今考えると……まあ、あの時もっと深く考えるべきだったとは思う。それで答えが出るかは別の問題だし、解決できるかもまた別の問題だがな。とにかくあの時はそうするのが一番…… とは言わないが、次善の選択だったとは思ってる。

本格的に動き始めたのがおそらく……この頃のはずだ。俺にとっては、だがな。なのはとフェイトはもう少し前だったはずだろ?

いや、俺の場合も『本当の意味』でってことさ。自分自身と向き合うこと、それを当時の俺は何故か避けていた。今となっては……、もう推測するしかないけどな。

とにかく、確か温泉に行った時だったはずだ。だいたいあの温泉で記憶に残ってるのが卓球なんだ、いまいち覚えてない。

どわっ!別にそんなに怒らなくてもいいじゃないか……。しょうがないだろ、衝撃的すぎたんだよ。文句ならすずかに言ってくれ、フェイト。すずかが人間離れしすぎなんだ。

とまあ、そん時の話をしよう。



パカーン、パカーン。

どれくらいの間小気味よいその音が鳴り響いていただろうか。すでに時間の感覚はなくなっていた。いや、時間など気にする余裕がなくなっていたというべきか。

一人の男と女のプライドを賭けた戦い。故に退くことなどできようもない。目つきは鋭く、表情は険しい。しかし二人は間違いなく楽しんでいた。このような強敵と戦えることに、この ような偶然を与えてくれた神様に感謝していた。

「ていっ!!」

男の子が力を込めて必殺を放てば、

「えいっ!!」

女の子が必中をもって返す。

「行っけぇっ!!」

女の子が不可避で狙えば、

「ちぇいさー!!」

男の子が必当で上回る。

その応酬が先ほどから繰り返されており、集中力がきれれば負ける。すでに二人の世界がそこに出来上がっていた。誰にも邪魔されない、邪魔できない、彼と彼女だけの天国。

互いに人間離れしたその業に観客達は声も出せず。ただ黙って見守るしかない。一瞬も目を離せないその戦いは永久に続くかと思われた。

しかしその終わりは突然に訪れる。男の手から得物が離れていってしまったのだ。なんとか取り戻そうとするもののその隙を目の前の女の子が見逃すわけもなく、いい笑顔で宣言した。 すなわち、勝利宣言。

「チェックメイト、だねっ!」

その言葉とともに振り下ろされるは気合の一撃。勝負を決っするための全身全霊の一撃に見守る者はこれで終わってしまうのかと残念に思うと同時に安堵する。やっと終わるのか、と。

だが、彼は諦めていなかった。得物を即座に掴み、崩れてしまった体勢を無理矢理に整え、その一撃をしっかりと見据える。目をそらせば負けるとでも言わんばかりに。

その眼にはまだ諦めの色は無く、ただ闘志が燃え滾るのみ。だからこそ女の子はまだ油断なく彼を見据えている。

そんな彼女の様子に彼は喜びながらも全てを賭けて裂帛の一撃を放つ。

「ちぃっ!まだだ……まだ、終わらんよっ!!」

無理な体勢からの無理なフォームによる一撃。

全てが万全でないとしても、彼はそれ以上の状況に作り変える。万全でないならば最善に、最善でないならば次善に。その上を彼はさらに行っていた。

そしてその一撃は。

無情にも彼女との勝敗を決する一撃となった。



「っはぁ〜〜〜〜!!いい勝負だったぜ、すずか。まさかあんな戦い方が出来るとは」

「そんなこと言って、大和君も凄いと思うよ。最後のあれを返されるとは思わなかったなぁ」

全員が呆然と見つめる中、当事者たちは和やかに握手を交わす。全身全霊を賭けて戦ったのだから、清々しい気持ちで一杯だった。今はその疲労感すら気持ちいいだろう。互いの健闘を 讃えあって笑い合う。

やっていることは和やかなのだが、先ほどまでの試合を見ていると素直に見れないのは何故だろうか。

「な、何なのよ、あいつらは……。すずかも凄いと思ってたけど、大和も人間離れしすぎじゃないのよ」

「大和君ってあんなに動くことができるんだ……」

「……本当に子どもなのかい、あいつは」

「大和、凄いんだね……」

顔を引きつらせて各々の感想を述べるアリサ、なのは、アルフ、フェイト。彼女たちには目の前の人たちが異次元にいるかのように感じられていた。実際、それほど彼らの戦いは凄かっ たのだ。

最初こそ和やかに進んでいっていたが、途中から雲行きが怪しくなってきた。大和がアルフと戦っていたがあまりの強さにすずかが途中交代。予想外の強敵にお互いが段々とセーブでき なくなってきて……。

この有様である。ちなみに卓球であるのであしからず。

彼女達四人は伝説の生き証人となったかもしれない。まさか卓球で消える魔球とか、増える魔球を見ることになるとは思わなかっただろう。それをさも当然のように打ち返す二人はいっ たい何者なのか。それは誰にもわからなかった。

「それにしてもせっかく温泉に入ったのになぁ……。これだけ汗かい、た、ら…………」

汗でびっしょりとなった浴衣の裾で扇いでいた大和の動きが急に固まった。何故かその目が異様に動いている。何かを言おうとして口をパクパクさせるが、結局何も言わずにその場から 逃げだそうとした。

いきなりの挙動不審に一同は疑問に思い、先ほどの大和の視線を辿っていく。大和の視線の先にはすずか。そしてそのすずかは皆と同じく浴衣で、大和と同様に激しい動きだったので『 それ』は結構はだけていた。

一瞬にして理解する女性陣。それからの行動は早かった。

一目散に逃げ出す大和にフェイトが足を引っ掛けて転ばせ、その背中に向けてアリサがジャンピングキック。地面に叩きつけられてバウンドする大和をアルフが抱え上げて羽交い絞めに し、なのはが射殺すような視線で睨みつける。完璧なコンビネーションの前に大和は為す術もなく捕まってしまった。

「おい、何しやがるんですかっ!?」

「黙って」

「……ハイ、モウシワケアリマセンデシタ、ナノハサン」

最後の抵抗を試みた大和も一瞬にして撃沈。冥王なのはがここに再び降臨していた。圧倒的な威圧感の前にそそくさと正座する大和。なかなかにシュールな光景である。

というか、女性陣の目が一人を除いて凄い痛かった。もちろんその一人とはすずかのことで、彼女だけ顔を真っ赤にして俯いていた。

これはこれで新鮮な光景であるのだが、今の大和にそこまでの余裕は全くない。目の前に冥王が立っていてよそ見など出来ようもない。よそ見は即、死につながる……ような気がするの だ。

「それで大和君、何か言いたいことがある?」

「そりゃもちろん……」

目の前で腕を組んで仁王立ちするなのはにおずおずと顔を窺う。その表情はさすが高町家といったところか。あまり克明に描写はしたくない。しかもその仁王立ちが似合っているのだか ら、更に手のつけようがない。

一体、高町家の女性陣はどうなっているんですか、士郎さんに恭也さん……。

そんなことを考えつつなのはに弁明しようと口を開きかけた大和を遮るように、すずかの普段よりも良く通る声が発せられた。

「えと……言ってくれれば、その……私のだったら見せてもいいかな、なんて……」

「フェイトさん!?」「フェイト!?」

まさかの爆弾発言に大和とアルフの素っ頓狂な声が重なる。当の本人はいつぞやに負けず劣らず顔が真っ赤だ。恥ずかしがるぐらいなら言わなければいいのに、というのは無粋か。

だが問題なのはそれを聞いて一層女性陣の視線が冷たくなったこと。アルフ分の数が減っているのに、視線は逆に強くなっていた。大和は胃が再びきりきりと痛むのを感じ始めていた。

魔王と冥王の前に自身があまりにも無力なことを痛感しながら、どうしてこうなってしまったのか――。そもそもの原因を大和は考え始めていた。

人、それを現実逃避と言う。



三家族合同の旅行に行くとのお達しを受けたのが車に乗る前。つまりは旅行に行く直前だった。あれよあれよの内に車に乗せられた大和はこれまた何故か桃子さんの膝の上。……誤解無 いように言わせてもらうが、大和は出来る限りの抵抗をした。

しかし桃子のほうがあらゆる上を行っていたというだけだ。加えて敵は桃子だけではない。そこはすでに敵地だったのだ。最初から勝ち目はなかった。

故に大人しく桃子の膝の上に座っている大和だった。しかしどこか落ち着きの無い様子を勘違いしたらしく、少し意地の悪い笑みで大和に話しかける。

「ふふふ、あっちが気になるの、大和君?」

「うえっ!?い、いや、そんなことないですよ」

突然の話題にびっくりしてしまって声が裏返ってしまう。これでは自ら白状しているようなものではないか。いや、実際のところそんなことは全く思っていないが。

そんな大和の姿に桃子さんは微笑んでいる。この笑みでは何を言っても無駄に終わりそうだ。諦めて大和は口を噤んだ。

「あら、そ〜お?ねえねえ、大和君。私、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「えっと……あ、はい。いい、ですけど……」

桃子さんが俺を抱きしめたまま話しかけてくる。ただ、その抱きしめ方が逃がさないように感じられるのは何故だろうか。地味に痛いので何とかしてほしい。あと、胸が……。

ちなみにこの車には大和と士郎に桃子と恭也、そしてその恋人である月村忍というメンツが乗っている。必然的にもう一台の車にはその他+アリサという組み合わせだ。これではどちら に乗っても地獄を見ると思うのだが、今の大和にはわからない。

「大和君は男の子よね、年頃の」

「……まあ、女の子じゃないですから」

質問の意味がわかりません。しかも何故かさっきまで仲良く話していた車内が急に静かになっているし。恭也さんのプレッシャーが半端ない。このシスコンめ……!

とは心の中で思っても絶対口に出すことはない。わざわざ死ぬような自殺願望など大和にはなかった。意識的に無視しながら桃子さんの話につきあう。

「女の子にはやっぱり興味あるわよね?」

「…………まあ、それなりには」

この段階でも気づかなかった俺はやはり鈍いのか。それともスキル『うっかり』のせいか。このさいどうでもいい。……どうでもいいことはないか。

桃子さんの笑みが少し、ほんの少しだけさらに面白そうに笑った。

「じゃあ、なのはとすずかちゃんとアリサちゃん。この中で一番誰が好み?」

「うえええっ!?!?!?」

予想できた予想外の質問に大和は一気に頭が回らなくなる。気のせいか助手席の方から何かが壊れたような音が聞こえた。後、士郎の小さな悲鳴も。気にしないでおこう。

しかし今の大和にはそんなものに気を割く余裕などなかった。頭の中を先ほどの言葉がぐるぐると回り続けている。意外と大和はイレギュラーに弱いのかもしれない。

そんな俺の様子を見ていた桃子さんは

「それじゃあ、まずはすずかちゃんからいってみましょうかしら。正直言ってどう思ってるの?」

「あたしのことは気にしないでいいから、ね?同い年の男の子がすずかの事をどう思っているのか気になるしね〜」

俺の逃げ道を確実に潰していた。しかも忍さん――こう呼べって言われたのだ――までも敵に回っていた。

さすがに戦力不足を感じた大和は助手席に座る恭也に救助の念を送る。しかし返ってくるのは遠慮したいまがまがしいオーラ。どう見ても四面楚歌である。士郎のことは最初からあてに していない。

どうしようもないので覚悟を決めて――開き直ったとも言う――正直に話してみることにした。何を言っても子どもだから許してもらえるだろう、という打算があったからだが。

まずすずかを考えてみると、にこにこと微笑んでいるすずかが心の中に浮かんできた。やはりすずかの魅力と言えば、である。大和はうんうんと頷く。

「えっと……、やっぱり笑顔が可愛いなって思います。あの笑顔を見てると楽しくなりますし。でも、俺には勿体ないような気もするんです」

「あら、どうして?」

不思議そうに忍さんがこちらを見てくる。その視線が自身のコンプレックスを見透かしてるようで大和はほんの少し顔を背ける。

少し、居心地が悪い。

「何て言えばいいのか……、自分に自信を持てない今の俺じゃ彼女に失礼ですから。ただ魅力的かと聞かれたら、その……魅力的だと思います」

「ふ〜ん、そっか〜。すずかったらそんな風に思われていて幸せ者ねぇ」

俺の言葉に何に納得したのかわからないが、嬉しそうに何度も頷く忍さん。これは本当の気持ちである。彼女と恋仲になる人は幸せだろうと思う。実際、幸せになれるだろう。

ただその資格が自分にあるとは、どうしても今の大和には思えなかったのだ。それはおそらく大和の中にある潜在的なコンプレックス。

それに気づいた桃子達の表情が少しだけ陰ったことに大和は気づかなかった。気づかないこどが良かったのかは分からないが。

「ふむ、そんなに自分を卑下することは無いぞ、大和君。しかし将来自分が成長すれば、釣り合う可能性もあるということか?」

「あ〜……いや、そこまでは……」

正直考えてなかった。というか、士郎さんがこのタイミングで入ってくるとは思いませんでした。思わぬところからの援誤射撃、味方のふりをしてあんたも敵か。

「あらあら、すずかちゃんも罪作りね。それならアリサちゃんはどうかしら?」

「ありえないです」

「「「あはは……」」」

即答した俺に苦笑する一同。好みかと聞かれたら即座に否定できる。なのは達の意見として大和のアリサへの態度は面白い、ということがあるのを大和は知らない。

だからこそ、大和はここで正しくはっきりと自身の気持ちが言えた。何の打算もなく、掛け値なしの本音を。

「でも、友達としては・・・・・たぶん好きだと思います。ああいう友達『で』遊ぶのは楽しいですから」

「……今何か変な日本語が聞こえたんだが?」

「いえ、合ってますよ恭也さん。それに一緒にいると飽きることはありませんから」

偽らざる本心。好みかと聞かれれば即座に否定するが、友達としてどうかと聞かれたら即座に好きだと答えられる。それが俺の中でのアリサだ。

それを聞いてまたも満足そうに頷く桃子。そして最後の一人の話題に移りかけた時、やはりというか車内の気温が下がった。あまりにも予定調和すぎる。

その反応が予定調和なら、大和がその質問にうろたえるのも予定調和だった。

「それじゃあ、なのはなんてどうかしら?私としては結婚してもらいたいぐらいだけど?」

「うえっ!?!?!?な、なな、何、何を、きゅ、急に言いだしてるんですか、桃子さん!!」

「……ほほう?それは俺も大変気になる質問だな。良かったら大和、君がなのはのことをどう思っているのかこの際だから聞かせてもらおうか」

「恭也さん、眼がっ眼がぁっ!?ひっ、ひぃぃぃ!!」

先ほどと同じように聞かれると決めつけていた大和には完全に不意打ちだった。『結婚』という二文字に踊らされてしまう。もう一人踊らされている奴もいるが。

「あら、なのはのこと……嫌い?」

「いえ、大好きです……じゃなくてっ!!ひっ、ひいっ、恭也さんその殺気は止めてください!!」

「なのはは絶対にやらんからな!!」

「まったく恭也も困ったシスコンね」

「兄が妹のことを心配して何が悪い?シスコンで何が悪い!?」

いえ、威張って言うことじゃないと思います恭也さん。だが話の矛先が逸れたと思った瞬間、すぐにまた戻ってきた。この家族はじりじりと俺の退路を断ってくる……!

逃げ道がだんだん塞がれていくのを確かに大和は感じていた。

「それで、なのはのことはどう思っているんだ?」

「士郎さんまで……。いや、そりゃ可愛いと思いますし、将来恋人同士になったら楽しそうだなとも思いますよ。まあ、責任感が強すぎて目を離せないところもあってそれがまた……」

段々と小さくなっていく俺の声。それに反比例して恭也さんからの殺気が増加中。明らかに先ほどの二人とは違う反応に、一同は何かに気づいたようである。

その証拠に士郎さんは真剣な表情で「……ならばうちの流派を継がすのもいいかもしれんな……」とか呟いてるし、桃子さんは嬉しそうに「私としては学生結婚はオーケーよ?」とか言っ てるし。ついでに密着しているので桃子さんはバレバレです。

忍さんは「そっか、そっかー。すずか、ファイトよっ!」だし、恭也さんにいたっては理解したくもない。なんか物騒な言葉が聞こえたのは確かで。

そんなこんなのノリで俺は目的地までの道のりを過ごすことになったのだった。



「やってきました、O☆N☆SE☆N☆!!」

「ね、ねえ、お父さん。大和君どうしたの……?」

「なのはにアリサちゃん、すずかちゃん。男にはね、男にしかわからない苦しみがあるんだ。今は……そっとしておいてあげてくれ」

「何があったのよ、いったい……」

車から降りると同時に異常なテンションで叫び出す。そんな俺を引きつった顔で見ている一同であった。



「ふは〜……日頃の疲れが吹っ飛んでいく。やはり温泉は日本人が生み出した文化の極みだ。あ〜……生きてて良かった……」

どこか年寄り染みたことを口走りながら温泉につかっていく。現在食後の二度風呂である。さすがにあの年配者どもの酒宴に交われるわけもないので、広間から逃げ出してきたしだいで あった。

目を瞑りながらゆっくりと息を吐く。体の隅々まで温泉がいきわたっているような錯覚さえ覚える。まさに今がリラックスの極みだろう。しかし油断したのか、そのまま顔まで湯に浸かっ てしまい水を少々飲んでしまった。

「げほっ、げほっ!ったは〜……こんな間抜けな死に方をしたらいろんな人に申し訳がたたん」

眠りかけた思考を叩き起こして、今度は半身浴を始める。桃子さんに是非と先ほど薦められたためにやってみようと思ったのだ。

カポーンと温泉独特の何かの音が鳴り響く。そんな音を聞きながらしみじみと考える。今この場には大和しかいなかった。

「なんか最近急に慌ただしくなってきたな……、これじゃ記憶なんて取り戻すなんてできやしない。けど……俺は、本当に記憶を取り戻したいんだろうか?」

高町家に迎えられてから過ごしてきた日々の中で感じ続けていた疑問。それこそがこの言葉である。

記憶を取り戻したいという思いは嘘ではない。だがそれ以上に今の生活を壊したくないと思っている自分がいる。そして日々を送っていくたびに壊したくないという気持ちが大きくなっ ていくことに、大和はある種の不安を覚えていた。

自分が記憶を取り戻した時、高町家にいられなくなってしまうのではないか。またこの幸せな日常を壊してしまうのではないか。

そのことが不安でならなかった。

「って、頭でっかちで考えてもしゃーねー。記憶を取り戻した時に考えればいいか」

そう思いお湯を顔に叩きつけるようにしてかける。今ないものに恐れてしまって逆にこの日常を壊してしまっては本末転倒だ。少しのぼせてしまったのかもしれない。

そう考え男湯をでようと温泉からでようとすると、しきりの向こう――つまりは女湯だ――から聞き覚えのある声が聞こえてくる。

これはいつもの三人娘の声。俺が入っていることを知らないのか、先ほどよりも声が大きい。丸聞こえであった。

「まったく、お父さん達は……。あれだけお酒の飲み過ぎはダメって言ってたのに……」

「まさか恭也さんまで巻き込まれるとはねぇ」

「お姉ちゃんも完全に酔ってたし……」

大きな声とは裏腹に溜息すら聞こえてきそうなその言葉に大和は苦笑する。親の心子知らずとはよく言うが……、子の心親知らずでもあるのかもしれない。

「って、そんなことはどうでもいいのよ!ちょっと、なのは!?」

「ええっ、きゅ、急にどうしたの、アリサちゃん?」

「さっきの車の中での話の続きよ!それで、やっぱり大和のことが好きなんでしょ?」

「ええっ!そ、そんな……こと、ないよ?」

さすがにこれ以上聞いては拙いと思って出ようとしていた大和は、その言葉を聞いて盛大にずっこける。その際に顔面を殴打して大変痛そうである。現に今床の上をごろごろと転がって いた。しかもそこかしこに鼻血が飛び散って軽いホラーだ。

そんな大和の様子を露知らず、彼女たちの話は続いていく。

「はは〜ん……、なんか訳ありの反応じゃない?すずか、そっちを抑えて!!」

「え?ええ?」

「ごめんね、なのはちゃん。わたしも興味あるんだ」

ガシッ。

「ちょ、ちょっと、すずかちゃん?あ、アリサちゃん何だか手つきが危ない人だよ……」

「黙らっしゃい!!素直に吐けばよろしい。けど……そうでなければ、こうよっ!!」

「ひゃ、ひゃあ、くすぐったいよ、アリサちゃん!」

「どう話す気になったかしら?」

未だに大和はノックダウン。立ち上がることすら覚束ない中でなんとか動こうとしてもがいていた。

「わ、わかったから、アリサちゃん。えと、話すからも、もう止めて〜!!」

「ふふん、最初からそう素直に話しておけばいいものを。それじゃちゃっちゃと話しなさい」

おい、もう少し頑張るべきだろ!

なんて叫ぶことはできないので無言で聞くことに集中する。いつのまにか復活していた。しかしすでにその頭にはこの場から一刻も早く脱出するという考えはなく、彼女たちの本音を聞 こうと必死になっていた。

じりじりと仕切りに近づいていく大和の姿は結構怪しかったりする。

「ううう……、は、恥ずかしいよ、アリサちゃん」

「ふぅん……、なのははもう一度あれを受けたいわけね?」

「わー、わー、そんなことないよ!?じゃ、じゃあ、えと……話すね」

ゴクリ。

この三人の中で生唾を飲み込んだのは誰だったのか。

「好きか嫌いかで言われたら……やっぱり好き、かな?」

「なによー、なのは。やっぱりそうだったんじゃない!」

「なのはちゃんは判りやすいもんね」

いえ、ぶっちゃけ俺にはわかりませんでしたのことよ?

と心の中で冷静にツッコミを入れた、つもりなだけである。日本語すら怪しくなるほどに大和は動揺していた。

そしてその動揺がピークに達したと同時に大和は湯あたりしてしまい、その場に倒れることになった。消えかける意識の中で、ただ一つの言葉が駆け巡っていた。

『好き』

何故か、なのはのその言葉に予想以上に動揺している自分がいたのだ。しかしその動揺が心地よく、素直に聞くことができたのも事実だった。



出口で買ったコーヒー牛乳を片手に大和は館内を目的もなく歩きまわっていた。温泉に浸かる前のユーノとの会話では今のところジュエルシードの反応はないと言っていた。そうだとす ると今からすることがない。単独でジュエルシードが捜せればいいのだけれど……。そう思わずにはいられない。

だが自分の無力を嘆くわけではない。人は自分の為せる役目を為せばよいのだ。

「それにしても温泉まで来てコーヒー牛乳かよ……。これってコーヒー好きとしても牛乳好きとしてもこのチョイスは侮辱じゃないのか?そもそも既製品のコーヒー牛乳ってコーヒー入っ てるかも怪しくね?いや、個人の趣味をとやかく言うつもりはないんだが……」

ぐちぐち文句を言いながらも飲むのは止めない。好きなのか嫌いなのかわからない反応かもしれないが、大和自体はコーヒー牛乳は好きだ。もっぱらコーヒーはブラック好きではあるが。

「やはり俺の血はコーヒーで出来ているのか……?それはそれでなんか嫌……ん?」

ふと大和は足を止める。視線の先にはただの壁があるだけだが、大和はどうやらそれよりも向こうを見ているようだった。ぴりぴりと感じるこの気配。大和にとって間違えようのないほ ど馴染み深いもの。

それ即ち、殺気。

だがその発生源はどうやら全員が大和にとって顔見知りのようである。段々と呆れ顔になっていく。

「ったく、何やってんだか。それにしてもここは穏便に……。レクリエーションルーム?」

たまたま目に付いたレクリエーションルームの場所を指し示す案内。それを見て一瞬考えるが、その直後にはさっさとそちらに向かう。上手くいけば穏便に済ませることができるアイテ ムがあるはずなのだ。

「頼むから早まんなよ、アリサ……!」

何故か危険だと思ったのはアリサだった。当の本人がその瞬間クシャミしたかどうかは判らないが。

レクリエーションルームに勢い余って文字通り転がり込んだ大和は、そこですぐにお目当ての物を発見する。その事実を確認した大和の瞳は、何か悪だくみを考えたかのように怪しく光っ ていた。

「そうと決まれば早速行動!」

必要な物を二つ掴んで再び来た道を戻っていった。



数秒もたたないうちに彼女たちの下へとたどり着いた大和は、あまりに自然な光景に思わず噴き出しそうになった。やはりというか、アリサとアルフが一瞬即発の中で睨みあっていた。

どちらかが動けば崩れそうな均衡を自らが壊すために、手に持っていた片方をアルフに向かって思いっきり投げる。

風邪を切って高速で飛んでいく『ソレ』にアルフは驚きながらも危なげなくキャッチしてこちらを睨んできた。だがそれを軽く流す大和。今にも口笛を吹きだしそうな軽さに、場の雰囲 気が幾分か柔らかくなる。

「温泉で戦うなら、やはりこいつじゃないとな?」

「あんた……!いったいこんなもん渡して何を考えてるんだい?」

「何も考えてないと思うよ」

「今日は何気に酷いな、なのは。……まあ、確かに何も考えてないけど。だが、こんな所で殴り合いなんて風情が無いし、女性のやることじゃないと思うんだな。だから、ここは場に則っ て卓球で雌雄を決しようじゃないか?」

即答で辛辣な答えを勝手に返すなのはに内心冷や汗を流しながらも、余裕しゃくしゃくでアルフに提案する。しかし見え透いた罠に乗ってこないほどの冷静さはあるのか、それともフェ イトに何か言われたのか。

「はんっ、そんな手には乗らな……」

「そうだよね〜、いい歳した大人が子どもに遊びとしても負けるのは恥ずかしいもんね〜。いや〜、こいつは失敬。なんとも可哀相なことを申し上げたようだ。そんなプライドのプの字 もないような大人に何の用もないから。ほら、ハウス、ハウス。ゴー!」

わかりやすい挑発。わりと直情型のアルフにはストレートで簡単な挑発が上手くいくという自信が確かにあった。みるみる目じりが上がっていくアルフに、もうひと押しかと思って少し 付け加える。

彼女がフェイトに忠誠を誓っているとしたならば。

「それとも……、『彼女』が見る前で負けるのが怖いのか?」

その一言で何かが切れたような音が聞こえた。

「それまで言うんなら、大和!この卓球で勝負しようじゃないか!!」

心の中で大きくガッツポーズする。とりあえずこれで殴り合いとかの原始的な争いはなくなったのだから、これでまあよしとするべきか。

さきにレクリエーションルームに向かうアルフを見送りながら、アリサの近くに寄っていく。まだ少し雰囲気が固い。

だからそれをちょっとでも解そうと思ってアリサの頭を手で撫でた。茹でダコもかくやと言わんばかりに真っ赤になるアリサ。そしてそれを羨ましそうに見るなのは。にこにこと見守る すずか。

うん、君達意外と図々しいな。

「な、なな、ななな……!!」

「ほらアリサも一応生物学分類上は女性に分けられるんだから。そんな取っ組み合いのケンカとかはしたないぜ?」

「う、う、うるさ〜い!!」

何故か真空回し蹴りを食らった。大変痛うございましたよ……。



そんなこんなで大和とアルフの卓球勝負が始まった。最初こそは余裕を見せていたアルフだが、圧倒的実力差の前に為す術なくだんだん点を取られていく。それに比例するかのようにア ルフは真剣になっていくが、それでも届かない。

ちなみにいつの間にかフェイトもいたが、誰もツッコミをいれなかった。唯一なのはだけが何か話したそうだったが。おそらくフェイトはそれを意図的に無視したのだろう。

「ふはははは、どうしたどうしたぁっ!!それしきの腕でこの俺を倒せるとでも思ったか!!」

「な、なんだこいつ……。こんなに強いなんて……!」

アルフはラリーになんとかついていくのが精いっぱいといった感じだ。だが、もうすでに勝敗は決しようとしていた。あと一点を落とせば大和の勝ち。アルフは焦っていた。

それはもう、神様にでも祈るほどに。そもそも何故ここまで本気になっているのか?そう言われたら、相手が大和だからと言うしかないのだろう。

「こいつで、とどめだ!」

「アルフーーッ!!」

大和が大きく振りかぶる。無意識だろう、アルフを呼ぶフェイトの声も聞こえてくる。それが意味するものが何かはわからないが、ただ必死さは伝わる。

その声を聞きながら大和はアルフコートへと向けてスマッシュを打つ。その強烈な一撃に一切の手加減は無い。その速さにあのアルフすら反応できなかった。

出来なかった、のだ。

パカーン。

強烈な一撃に比べ弱々しくも聞こえるその音は、けれど確かな勢いをもって大和のコートへと吸い込まれていく。完全な自信をもって放ったが故に、大和は反応できなかった。

転がっていくのをただ見るだけ……いや、すでに大和の視線は球にはない。目の前に立つ新たなライバルだけだ。

少し呆然としてラケットを構えた『彼女』を見ていたが、状況が飲み込めてきたのか小さく笑い始めた。そして終いには大声で笑い始めたのだ。これにはさすがのなのは達も驚いたよう だった。

「ははっ……まさかこんな近くに俺のライバルになりそうな奴がいたなんてな。ちょっと登場が遅いんじゃないか、『すずか』?」

「ヒロインは遅れて登場するものだよ?……なーんて、ね。大和君の実力を知りたかったんだ」

「言ってくれる……!その言葉、後で後悔させてやんよ!!」

「大和君、それはたぶん死亡フラグっていうやつだと思うの……」

呆れて言うなのはの顔にも、これからの試合に対して隠しきれないほどの楽しみが溢れていた。体は言葉よりも時に雄弁だ。

そのまま二人の戦いは夜遅くまで続いた――――



「……上手く抜け出せたみたいだな。フェイト達の反応は?」

『No problem』(問題ありません)

ファランクスによる補助を受けながら、闇に包まれている森の中を全速力で駆け抜けていく。草木も眠る丑三つ時ならば、多少は派手に立ちまわっても見つかることはない。そのため大 和は速さを重視して飛んでいく。起きた風で落ち葉が勢いよく舞い上がる。

飛びながら空いた手で少しこめかみを押さえる。この不思議な反応を受けてから何故か頭痛が治まらなかった。何の予兆もなかった――もともと頭痛に予兆というものがあるのかは甚だ 疑問だが――故に、何かがあると確信していた。

この世に偶然などありえない、全ては必然である。そう考えている大和でなくても、この頭痛がその反応と関係あることぐらいは推測できるかもしれない。しかし大和は確信をもってい る。

自身の索敵能力の残念さは既に実証済みだ。だがそれなのに、なのはやフェイトが気づかずに大和だけが気づく。この異常さもあり、大和に確信を抱かせているわけだ。

「反応は?」

『Forward』(前方に)

「了解、さっさと片付けよう。……なのはやフェイトが気づく前には、な」

『Yes, my master. Discover』(了解です。……ありました)

大和が前を向くと、確かに一点怪しく光るところがある。この漆黒の森の中でも分かるほどに禍々しく輝くジュエルシード。それを見て、どこか恐ろしいモノを感じた。

人が触れるべきではない神の領域、扱うことのできない大きすぎる力。それを大和の全身が教えていた。近付くにつれて酷くなる頭痛、周囲の温度が下がったのかと錯覚するほどの怖気、 そして圧倒的なその存在感に目を離せない。不思議な感覚だ。

近付くにつれて強く鳴り響く頭をなんとか気力で抑え込みながら、大和はジュエルシードを肉眼で捉えた。気のせいか少し大きく見える。というより、周囲が歪んでいるようにも見える のだ。

しかしそこで更なる頭痛が大和を襲う。ありえないほどの痛みに一瞬意識がとびかける。だがなんとか持ち堪えると、今度はその余波で体が崩れ落ちてしまう。地面に着地するものの、 無様に転げてしまう。しかし今はそんなことを気にしている場合ではない。

肩膝をつきながらも視線は外さない。こうしている間にもアレは収まることなく脈動しているように感じられるのだ。まるでそれ自体が生きているかのような……生き物だけが持つ『存 在感』。それは今までとは違う、明らかな『異常』。だがしかし、何故最初に気づかなかった?

纏まらない思考を意識的に纏めるため、声に出す。そうすることで頭と聴覚で考えを維持しようとする。頭痛は酷くなっていて治る気配もない。

「純粋な……『力』、じゃない……?くそ、こんな……こんな、やっぱりあれは破壊するしか……!!」

『Agree. Let’s go, master』(賛成です。やりましょう、マスター)

大和の提案にファランクスも間髪いれずに賛成してくる。それだけ大和の状態が切羽詰まっていたのだ。自分では気づけないほどに。

一歩一歩なんとか近づいていく大和。だがしかし、それに比例して更に酷くなる頭痛や倦怠感で再び膝が崩れてしまう。どうやら意識も若干朦朧としているようだ。それでもなんとか立 ちあがり、また崩れる。その繰り返しを続けてゆっくりと近付いていく。

しかしそれは所詮無理矢理なのだ、長くもつはずもない。案の定意識をとばしてしまった大和は、そのまま地面へと倒れ――――



――戦う前から負けるなど……、やってみなければわからんッ!!――



「っ!!……なんだ、い、今の光景は……」

――――なかった大和は、崩れかけた体をファランクスを支えにしながら立つ。顔色は先ほどと同じだが、その原因は明らかに違う。視線は前に向けながらも意識は違う方へと向かって いた。

頭に一瞬流れた知らない光景。あまりに鮮明すぎる『ソレ』に驚きを隠しきれない。しかも何故か先ほどまで酷かった頭痛も今はだいぶ弱くなっていた。倦怠感にいたっては全くと言っ ていいほど無くなっている。せいぜい先ほどまでの状況と今とに体が追いつけないことから起きる不具合程度だ。

だがそれについて考えるべき時間は今ではない。目の前にある『アレ』は変わらず禍々しい光を放っているのだ。時間をかけるべきではないのに、迂闊に手をだせない。しかし時間が経 つにつれ――冷静に見れば見るほど不気味なそれは――ある一つの確信を大和に生まれさせた。

あれはジュエルシードと明らかに違う、と。

どこがどう違うのかと聞かれれば、おそらく見た目や感覚的なものでしか答えられない。確実な証拠は確かにない。だがしかし、そうだとしてもはっきりと答えられるのだ。そのジュエ ルシードには無い、持ちえない『異常性』を。

大和の額を一筋の汗が流れ落ちる。気がつけばファランクスを握るその手の中にもだ。どうやら知らず知らずのうちに緊張していたらしい。そんな大和にファランクスが声をかける。

『All right ? …… Master !』(大丈夫ですか?……来ます!)

「……ええい!!」

ファランクスの警告が早いか否か、ジュエルシード――ここでは便宜上、ジュエルシードと呼称することにした――から放たれたエネルギーがこちらへと真っ直ぐ向かってくる。あまり に早いそのスピードに大和は回避するのではなく防御を選択する、いや……せざるをえなかった。

反射的に左手をつきだす。防御は苦手なんだが、と愚痴りながらも高速で術式を組み立てていく。こういうとき、多くの人数で一緒に戦えば楽な部分もあるだろう。互いが互いの不得手 なところをカバーするのだ。特に防御関連に関してはそちらのほうがありがたい。普通の人より手間がかかるのだ、自分は。

しかし今は大和一人。来ることのない援軍をアテにして戦うことはできない。それで待っているのは敗北だけだ。今この場で敗北は許されない。

故に気合を込めて発する。

「プロテクションッ!」

『Protection』

真っ向からぶつかり合う防御魔法とエネルギー。その勢いは突き出した大和の左手が押されていることからも相当強いことがわかる。押し負けると判断した大和は勢いを受け流すように 力点をずらし、後方へとエネルギーを流しきる。

しかし何とか出来たと思ったのも束の間、すぐに第二波、第三波が続く。そのスピードは先ほどと比べ物にならないぐらい速く、そして多い。雷のようなエネルギー波がいくつも大和を 襲う。

だが今度は簡単に避けてみせる。不意打ちじゃなければ、高速戦闘はむしろ得意分野なのだ。ただ速いだけで直線的なエネルギーなど避けるのは容易。

大和は確実に攻撃を避けながらじりじりと目標まで近づく。だがそこでジュエルシードの異変に気づく。遠目からはわからないが、近くに寄って集中して見ればわかるレベルだ。

「エネルギーの渦が……できているのか?」

『I don’t know』(わかりません)

すぐさま答えを返す己の相棒に少し苦笑する。誰に似たのかはよくわからないが、大変素直すぎる。それがデバイスとしていいのかは別だが。

「早すぎる、少しは考えてくれ……。ワンショットで様子見といこうか!」

『Yes, Impact Shooter』(了解です、インパクトシューター)

隙を見ての一発。その一撃は襲いくるエネルギーを器用に避けながら目標へと飛んでいく。そして当たるか、というぐらいで急に消滅した。あまりにも突然すぎる現象に、大和は一時我 を忘れてしまう。

ここは少し特殊であるとは言え、戦場だ。そんな所で我を忘れてしまえばどうなるか……、それは火を見るよりも明らかなこと。

一瞬目を離したツケを大和は己のダメージで払うことになった。防御も間に合わず、その勢いのまま後ろへと吹き飛んでいく。地面を何度か転がってようやく止まることが出来た。酷い ありさまだ。地面を転がったせいもあるだろうが、先ほどの一撃だけでバリアジャケットの大部分が裂けていた。所々で血も出ているが傷は浅い、問題はないだろう。

それを見て自分の装甲がここまで薄いとは思っていなかった大和は溜息をつく。これではおちおち防御もできない。ましてや直撃などを食らえば最悪死ぬ可能性があるではないか。

視線は外さずにファランクスに尋ねる。

「ファランクス……あれはやはり?」

『I suppose it did absorbed』(私としても吸収されたと推測しています)

「…………やっかいすぎるだろ。あれは本当にジュエルシードなのか?さすがにここまで違うと状況証拠で何とか説明できるような気がするんだが。むしろあれを同じであると説明する ほうが難しいんじゃないか?」

『I agree. But, you think about what will happen later. It move』(同感です。けれど、それは後にしておきましょう。動きがあります)

今度はファランクスが言いだす前に既に大和は動きだしていた。防御が出来ないのならば、当たらなければいい。先に攻撃されるのならば、それより先に攻撃すればいい。やられる前に、 やる。

それだけを考え、大和は一直線にジュエルシードへと突っ込んでいく。体勢は低く、できるだけ風の抵抗を受けないように。自身の最速をもって撃ち貫く。無意識のうちに右手で持つファ ランクスを強く握りしめた。

雷にも似たエネルギーが大和のすぐ上を通り過ぎていく。髪が焦げるのを感じながら更に姿勢を低くする。スピードを上げれば上げるほど、自分も動きづらくなるのだ。それならばせめ て当たる面積は小さくしておきたい、そういう考えもある。

何発かかすりながらも、大和は自身の距離に目標を捉える。だがまだだ、まだ攻撃のチャンスではない。目標の周りを渦巻く『ナニカ』……。それが大和に攻撃をさせることを躊躇わせ ていた。

先ほどの一射。おそらく吸収されたのだろうという結論に至ったが、だから何だという話だ。そこまで考えて大和は一瞬自嘲する。

なんだ、俺は一体何を考えてたんだ?あれだけなのはに偉そうに戦い方について教えていた俺が、こんな無様な戦いをするのか?……ありえない、そう『ありえない』。

にやり、と笑う。普段の大和からは想像できない笑い方だが、何故か不穏な物を感じられない。それはおそらく――――

「見せてやるさ、俺の戦いってやつを!ファランクスドライバー、ステーク……セットアップ!!」

『Yes, Set up “Steak Mode”』

ガシャンッ!!

大きな音をたて、ファランクスドライバーの最大の特徴でもあるステークが飛び出してくる。ファランクスにはいくつかのモードがあり、ステークモード――英語名で発音するのが正し いらしく、”Steak Mode”というらしい。どう違うのかはよくわかっていない――が今の状態だ。最大の特徴であるステークを待機格納状態から戦闘状態にする、それが”Steak Mode”。

大和は一旦足を止め、ほんの少しだけ距離を離して構える。霞の構えと呼ばれるそれは本来剣術の型であるも、ファランクスを構えるその姿は様になっている。それに対して何故か攻撃 をしてこないジュエルシード。これでは何かを『待っている』ようではないか、それ自体が『意志を持っている』ような……。

「おもしろい……、こいつを受け止められると思うな!!」

瞬間、地面が爆ぜた。

そのように感じられるほどに大和の一足は凄まじかった。現に足元の地面が抉れている。一直線に向かってくる大和へ、先ほどとは比べ物にならないぐらいに何百何千ものエネルギー波 が飛ぶ。しかしあまりに速すぎる大和にそれらは掠ることも叶わず、そのままどこかへと消えさる。

一秒後、すでにそこは大和の距離。構えたファランクスを槍で突くかのようにジュエルシードに攻撃する。

「ここはもう俺の距離だ、……もらったぁぁぁぁ!」

ガ、ガキンッ!!

突き出されたファランクスのステークは見えない何かに受け止められ、それ以上先には進まない。だというのに、大和の表情には焦りなど微塵も見えない。むしろ楽しんでいる様子さえ 見受けられる。

「今度は先ほどとは違う……、いや原理は同じ?だがどのような防御でも、やることは同じだ!」

『Cartridge, reload. Start system, two remainders』(カートリッジ、リロード。システム起動、残弾数2)

ガシュンッ!!

勢いよく排出されるカートリッジを見ながら、大和は不思議な感覚に包まれていた。知っているようで知らない、知らないようで知っている。これが記憶喪失というものならば………… 大和はきっと神様とやらを信じ感謝することだろう。

そうでなければ、こんなにも誰かのために自分を賭けることなどできやしない。心の中で彼女達二人に微笑む。この出逢いに感謝しながら、告げる。

それは祈りにも似た『呪い』だと気づかずに。

「そうだ、俺は二人を守る『騎士』になりたい!……撃ち貫く、止められるものなら止めてみろ!!」

『Impact !!』

ファランクス内部に魔力が駆け巡り、様々な部位を動かしていく。原子的であるが故に、純粋な力となるステーク。

地震が起きたのかと錯覚するほどの衝撃。子どもの体型である大和は自らの反動で吹き飛びながら呑気に考えていた。視線の先には収束していくエネルギーの渦。自分は何とか賭けに勝っ たようだな、と思いながら着地しようとする。

しかし綺麗に着地することはできず、少し体勢を崩してしまう。どうやら先ほどのステークが予想以上に余波を呼んでいたようだ。痺れてまともに動かない足を叱咤激励しながら、もう 一度ジュエルシードの方へと歩いていく。

今度は完全に沈黙しているようだ。肉眼で捉えられていたあの渦も今はない。安心して大和は近付く。ただし保険として一応バリアジャケットは装備したままだが。

「しっかしまあ……ほぼ全力でこのダメージじゃ壊すのは無理か?」

『It doesn’t be unreasonable……, I don’t recommend』(無理とは言いませんが……、お勧めはしません)

「……了解っと。それじゃあ回収して封印し……」

大和は封印しようと左手をジュエルシードの方へと伸ばす。さっきまでならばともかく、完全に沈黙したであろう今ならば容易であると考えたのだ。

だが、その考えは甘かった。左手が触れるかというぐらいで、ジュエルシードは再び輝き始めたのだ。しかも先ほどとは比べ物にならない。急激に輝きを増していく『ソレ』に大和は大 慌てで左手を伸ばしてしまった。

それは大和の意志ではなく、『ナニカ』に引っ張られるように。吸い込まれるように大和の左手は急激な力で引き寄せられていく。

これではまるで――――

――――俺がアレを求めているようではないか。

『Master, it’s danger !!』(マスター、危険です!!)

「しまっ……!!」

時すでに遅し。禍々しい輝きは大和の左手を飲みこんでいた――――



その光の向こうで誰かが確かに呼んでいた。ようこそ、修羅の道へ、と。声の主は決して見えないのに、どうしてかその表情は容易に想像できる。

……笑っている、笑っているのだ。それは蔑みではなく、同胞を迎えるような暖かい微笑み。そして祝福してくれている、自分がこの場に行くことを。

悲しんでくれている、自分がその場へ行ってしまうことを。自分たちの宿命を背負わしてしまうことを。それの意味はわからない。でも恐れることは無かった。

だって、自分は一度『   』のだから――――



An another view

「ジュエルシードは渡さない……!!」

「待って、私の話を聞いて!」

レイジングハートとバルディッシュがぶつかり合う。ぎりぎりと音が鳴り、お互いに一進一退の攻防を続ける。近付けば離れ、離れれば近付く。フェイトはまだまだ余裕がありそうだが、 なのはは少し苦しそうだ。

しかしそれもこの前まで圧倒的実力差がついていたことを考えると、妥当なのかもしれない。現に焦っているのはなのはよりもフェイトだった。

フェイトが鍔迫り合いから経験の差で力任せにバルディッシュを薙ぎ払う。あまりの力に少し吹き飛ばされるなのはだが、体勢をすぐに立て直しこちらもレイジングハートを構える。

「それに大和も、君なんかに渡せない!」

「それはこっちの台詞だよ!」

気のせいかジュエルシードよりも大和のことが論点になっているような気もするが……。その場の傍観者たちはそれに口出すことはない。ただお互いに思っていることは同じなようだが。

もちろん、彼女たちのこともある。だがそれ以上にこの場に居るべき者がいないことが気がかりになっていた。無論、大和のことだ。二人のことであれば真っ先に飛んできそうなのに、 これだけの時間がたっても向かってこない。むしろくる様子すらない。

ユーノはなのは達を見ながらほんの少し不安にかられていて、そんな自分に驚いていた。自分が思っている以上に大和のことを信頼していたことに。

それは確かにアルフにも言えることだった。

そんなことを考えている間にも二人の戦いは進んでいく。五分五分の戦いをしていた二人だが、やはり地力の差かなのはが少しずつ押され始める。それを見たフェイトが一気に勝負をつ けようと距離を詰めようとしたその瞬間。

すぐ近くの森の中で大きな魔力爆発が起こった。幸い指向性を持っていたおかげでこちらに被害はないが、明らかな異変だ。なのはとフェイトはすぐに勝負を止め、息を合わせたかのよ うに目線で会話し、爆発地点へと向かう。

あまりに速い二人の動きに反応が出来なかったユーノとアルフは少し遅れて追いかけることになった。雲を切り裂き天へと伸びる光の塔の下へ。

Another view end



「う……うう……あ、こ、これは……。一体……何が……」

目を覚ました大和はズキズキと痛む左手を気にしながら、空を見上げていた。否、女の子の顔を見上げていた。なのはとフェイトだ……。ともすれば赤くなりそうな顔を意識する。少し、 恥ずかしい。

だいぶ冷静になった大和は、自分が失敗してしまったことに気がついた。彼女たちの瞳が涙で一杯になっていたからだ。とりあえず心配している彼女たちを安心させる必要がある、そう 思い何事もないかのように立ちあがった。

「大和君、一体どうしたの!?」

「大和、さっきのあれは?」

彼女たちを見ながら大和は乱暴に髪の毛を掻く。本当のことを言えない以上、どう誤魔化すかを考えているのだ。あまり彼女たちに嘘はつきたくないものの、こんなこと馬鹿正直に言え るはずがない。

一瞬の逡巡の後、大和は答える。

「……わからないんだ、俺にも何が起きたのかさ。そっちは何か気付かなかったか?」

「えっと、私は何も……。ユーノ君は?」

なのはが申し訳なさそうにユーノに尋ねるが、ユーノも似たような答えだった。フェイトとアルフにしても同じ。大和は少し考えた後、この場から離れることを提案した。理由としては これから何かが起こらないとも限らないから、ということなのだが……。

だがそれに対しなのはとフェイトは素直に頷く。しかしアルフはその態度にどこか不満げで、ユーノは逆に深刻そうな顔だ。それぞれに思惑を残しながらもその場から去る。

大和はもう一度自身の左腕を見る。先ほどの痛みはすでに無い。さきほどがまるで嘘のようだ。何度も何度も握りしめ問題ないことを確認する。そう、何も問題はないはずだった。現に 見た目にも問題はない。十中八九、心配ないと診断されるだろう。

だが大和の顔は一向に晴れる気配が無い、むしろ悪くなる一方だ。そんな中、あの禍々しい輝きの中で見たジュエルシードを思い出す。忘れようと思っても忘れられないあの光。

「……ジュエルシード、シリアルナンバー……『ゼロ』」

その呟きは夜天へと消えていった。



あとがき
今回から少しずつ戦闘シーンを入れていこうと思っています。
拙い表現だと思いますが、伝えたいことを書けるようにしていきたいですね。



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