「今日からこの学校に通うことになった如月大和です。よろしくお願いします!《

人はまず他人を第一印象で決める。それはどんなに言い繕うとも変えようのない事実だ。例えばどれほど素晴らしい性格をしていようとも、外見が近寄り難ければそれは無理な話だろう。 ごく一部の人間を除いてだが。

如月大和は幼心にそれを理解していた。ただし誰かに気に入られたいとかではなく、ただ純粋にそうしているだけだ。単に挨拶を元気良くした方が気持ち良くなる程度の。

現に子どもながらにはっきりとして強みのある、それでいてどこか子どもらしさも残す大和の挨拶はクラス全員に好評なようだ。特に女の子たちの中にはどこか潤んだ瞳の子もいる。

それにはさすがの大和も気づいてはいないが。朴念仁……とまではいかないが、少し鈊いところもあるのか?それとも、単に興味が無いだけなのか。

「あらら、なのは。心境穏やかって感じじゃなさそうじゃない?《

「べっ、別に私は何も……《

「……なのはちゃん、さっきから大和君ばっかり見てるよ?《

「すずかちゃん!?!?《

ここぞとばかりになのはを弄るアリサとすずかだが、彼女たちもなのはと同様にどこか嬉しそうだ。言えばすずかはともかく、アリサは強く否定するだろうが。

そんな姦しい三人娘を見ながら大和はふと思う。このあからさまな『偶然』を。この四人が同じクラスになるなどと。

いや、それこそ大和自身の考え過ぎということもあるだろう。むしろそちらの方が可能性としては高いはずだ。だがしかし、そう素直に思えないのは大和が彼女たちの仲のよさを知って いるからであろうか。

無論、最初から仲が良かったというわけではなかったのかもしれない。今の大和にはそれを知る術は本人に聞くのみだ。だけど聞こうとは思わなかった。

それはきっと過去がどうあろうとも、今現在が素晴らしいのであればそれでいいと思っているから。それがたとえ自身の過去がないことに起因しているとしてもだ。

「……ったく、本当に仲良しなんだな《

誰にも聞こえないほど小さく呟いた。



「……意味がわからん《

「あっ、や、大和君、そっちは行き止まりだよ!《

「なっ!?学校のくせして入り組み過ぎだろ……。助かった、なのは。まだ学校の構造がどうなっているのかわからないからさ《

大和となのはは一緒に廊下を走っていた。それ自体は珍しい行為ではないだろう。学校の廊下を一切走らない人間など滅多にいないはずだ。それが良いか悪いかはこのさい置いておくと しても。

しかし足音を極力たてないように走っている姿はすでに普通ではなく、二人の表情はどこか追い詰められているようで落ち着きがない。

二人は来た道を少しだけ引き返し手近な空き教室へと入っていく。とりあえずでも休憩したかったのだ。逃げ場の限られている教室で休憩できるかといえば、甚だ疑問ではあるが。

音をたてずにドアを閉めると二人は地面に腰を下ろす。大和はまだまだ余裕がありそうだが、なのはは生来の運動能力も相まってなかなか辛そうだ。

「これでやっと一息つける……。大丈夫か、なのは?《

「はぁ、はぁ、はぁ……。う、うん、大丈夫だよ、大和君。それにしても、皆何だか凄いよ……《

「いや、むしろ凄いを通り過ぎて怖いんだが。ええい、このクラスの人間はノリが良すぎる……!!《

「にゃはは、そうかも。アリサちゃんとかもいるしね《

「あいつが一番この『鬼ごっこ』を楽しんでるだろ。自分だけ『鬼』ごっこじゃないか……《

軽く悪態を吐くけれども、本音としては二人ともこの鬼ごっこを楽しんでいた。この催しを考えてくれた担任には感謝しなければいけない、しなければいけないはずなんだが……。

大和自身としては素直に感謝出来ないのだ。それもそのはず、考えた本人も楽しんで『鬼』をやってるのだから。自分が楽しみたかっただけじゃなかろうか、本当は。

軽く溜息をつく。最近本当に溜息の数が増えてきたと感じる大和である。溜息の数だけ幸せが逃げていくと言っていた人間がいる以上、これ以上あまり増やしたくはないところだ。

だんだんと冷静さを取り戻してきた二人は教室に備え付けられていた掛け時計へと目を向ける。昼休みと同時にこの鬼ごっこは始まった。すると……。

「まだまだ結構な時間がある、長丁場になりそうだ《

「うう……、まだ走るのかな……《

「仕方がないさ、罰ゲームだってあるしな。出来れば……ああ、いや、絶対にしたくない《

「……だね《

そう二人が決意をあらたにしてこの教室から出ていこうと立ち上がりかけた瞬間、大和の顔が一気に焦りに染まる。

その様子になのはも一気に強張った。

「こっちに来てる……こんなピンポイントでか!?誰かに入るところを見られたか……《

「大和君、どうしよう……?《

「もう、教室からは出れそうにない。何とか隠れるような……って、あるじゃねぇか?…………いや、待て、それはいいのか、俺《

「どうしたの、大和君?《

なのはが上安そうな表情で大和を見つめる。そんななのはを見て大和は意を決し、そのまま手を握って立ち上がった。突然のことに驚くなのはだが、どことなく顔が赤い。

「ここは何とか乗り切るしかない。なのはちょっとこっちに……《

「え?でも大和君、こっちは……《

その瞬間閉められていた教室のドアが勢いよく開かれた。



「なのは、大和、見つけたわよ!!……って、あれ、いないじゃない《

「アリサちゃん、少し声が大きいかも《

「あ、ごめん、すずか。相手が大和だからって急いだんだけど……。どう見てもいないわよね?《

「本当?……本当だ、でもこの教室に入っていく姿を見たって言う人がいたよね?《

大和は入ってきた侵入者――この場合、追手とも言う――がアリサとすずかであることを確認する。これもまた予想通り過ぎて、大変喜べない。現状では最も手ごわい追手だからだ。

二人が移動して教室の隅々を調べ始める。それをもっと見ようと大和は体を動かそうとするのだが……。

ごそっ。

「んっ……《

「うああ……、ごめんごめんごめん。悪気はなかったんだ、ただちょっと予想以上に狭かったっていうか、意外と柔らかかったっていうか……、って何でもないっ!《

なのはのどこか熱のこもった声にすぐさま大和は元の体勢に戻る。考えればわかることなのだが、ここまで狭ければ二人の体はほぼぴったりとくっつく。そのなかで動こうもならば互い の体が擦れ合うことになる。

大和はアリサ達を見ることを諦め、目の前一センチほどぐらいにあるなのはの瞳を見つめる。さすがにここまで近過ぎると恥ずかしいのだろう、お互いの顔はもう真っ赤になっていた。

それが本当に恥ずかしさだけなのかはわからないが。とにかくすぐにでもアリサ達にはこの教室から出て行ってもらいたかったのだ。

しかしそれを言うわけにはいかない以上、音をたてずに時が過ぎて行くのを待つしかない。時間が過ぎて行くのが長く感じられる。

「はぁ、なのは……大丈夫か?さすがにロッカーの中は暑いか……《

「う、うん、大丈夫だよ、大和君《

ここまできたら想像できたかもしれないが、大和となのはは二人一緒にロッカーに入っていた。ほとんどぎりぎりなそのスペースはもちろん空いている場所などない。

そもそも満足に立ててすらいない状況で、大和はなのはの腰に手を回し(ているようにみえるだけ)、なのはは大和の肩に頭を乗せ、互いの胸がくっついている。どう見ても大和がなの はを抱きしめているようにしか見えない。

二人ともこの状況に一杯一杯なせいかそれとも、恥ずかしい状況のおかげか……この今のロッカーの状況は言い逃れできないことに気づいていない。幸いアリサ達はロッカーを探すこと はなさそうだ。

それはそうだ。まさかロッカーに二人がいるとは思わないだろう。窮地に一生を得るとはまさにこのことか。

「んっ……はぁ……ふあっ……《

時間がたつごとにさらに熱をもっていくなのはの吐息。大和はそれに対し理性を総動員することと、生唾を飲み込むことでなんとか保っていた。一歩間違えれば、自分は最低の人間だ。 何度も心の中で言い聞かせる。

まだ時期尚しょ……いやいやいや、俺は一体何を言っているんだ!?

自らなのはと一緒にロッカーに入った大和は予想以上に混乱していた。度胸があるのかないのか、判断がしづらいところだ。



An another view –Takamashi Nanoha-

「ここは何とか乗り切るしかない。なのはちょっとこっちに……《

「え?でも大和君、こっちは……《

大和君が私の手をひっぱりながらロッカーへと向かっていく。確かにこの教室だと一番隠れられそうな場所だけど……。

なのはの疑問も全くである。教室に備え付けられているロッカーを想像してみるか、もしくは子ども二人の体を想像してみればいい。前者はそれほど大きくなく、後者は思ったよりも場 所を取るのではないだろうか?

ロッカーの外、つまりは教室の中からだが、なのはに耳の女の子の声が届く。どうやらアリサとすずかのようだ。微かに届く彼女らの声を聞きながら、なのはは身を固くする。

アリサちゃんにすずかちゃん?うう、こんな所見つかったら言い逃れできないよ……。でもここから出て行くことも出来ないし……。

大和よりは冷静になって今の自分たちの状況を省みる。……どう言い繕うとも、上手く言い訳できそうにない。それだけは確かだった。

なのはと同様にアリサ達に気づいた大和が何とか外の様子を探ろうと身を乗り出す。ちょうどなのはの前方あたりに空気口があるのだ。それから見れないか大和は試そうとしていた。

するとどうなるか。もちろん、更になのはの体は大和の体と密着することになる。動いているので擦れるオマケつきで。

あう……大和君の体が当たって、なんだか『熱い』よ。でも声を出しちゃいけないから、我慢しないと……。

何とか声を我慢しようとしていたなのはだが、それに気づかない大和が更に前に乗りだしたときについに我慢できなくなってしまった。どうやら大和の体が胸のあたりに当たったよう だ。

つい声をあげてしまう。それに気づいて口を閉じるも既に遅い。

「んっ……《

「うああ……、ごめんごめんごめん。悪気はなかったんだ、ただちょっと予想以上に狭かったっていうか、意外と柔らかかったっていうか……、って何でもないっ!《

この狭いロッカーの中で器用に首を振る大和の顔は真っ赤だ。そんな大和を見ながらなのはは状況がわからないでいた。何故、大和の顔が真っ赤なのか?

あれ……何だか、頭が上手く回らないの。

少しぼんやりとする頭で先ほどの言葉を繰り返す。何度も何度も繰り返していくうちにだんだんと意味が分かり始めてきた。ただし、それに反比例して顔は赤くなっていったが。

あう、大和君の……えっち。

急に恥ずかしくなり始めたなのはだが、この狭いロッカーの中では体を離しようがない。外に出るにしても大和の顔から、まだ無理そうだ。

先ほどの焦ったような表情は潜め、今は真剣な表情で外を覗いている。上自然な体勢であるのはあえて言及しないでおこう。精いっぱいの反抗なのだから。



「はぁ、なのは……大丈夫か?さすがにロッカーの中は暑いか……《

「う、うん、少し『熱い』けど大丈夫だよ、大和君……《

なのはは目の前にいる大和に頷く。先ほどとは打って変わってお互いの顔が数センチ離れているか、といったぐらいだ。大和はなのはの腰に手を回し(ているようにみえるだけ)、なの はは大和の肩に頭を乗せ、互いの胸がくっついている。

これでは大和に抱かれているようだ、と思う。もちろん、実際に抱いて欲しいとは思うが。

……?あれ、今何て思ったのかな……?

「んっ……はぁ……ふあっ……《

既になのはの頭は正常に考えられなかった。ロッカーは気密性が高く、風通しはほぼ無いと言っていい。その中で何十分も同じ体勢で居続けるのだ。それでは無理もない。

さらになのはは自分の体の熱っぽさにどこか振り回されていた。この特殊な状況に大和と二人きりというのも確かにあるのだろうが、それ以外の 何かがなのはを熱くさせているのだろ う。

なのははちらりと大和の顔を見る。真っ赤とまでは言わないが、やはり赤い。それが一体何の意味を表しているのか、それがわからないほどなのはは鈊くない。いや、ほんの最近まで鈊 かったのだ。

それが何故変わったのかと言われれば、フェイトとの大和の話なのだろう。若干生々しかった大和とのキスの説明、どこか嬉しそうに話すフェイトの表情、大和の慌てっぷり。全てがな のはに影響を与えたというべきか。

大和君も、意識してくれてるのかな?

抑えきれなくなり始めた息を吐きながら、大和の顔を見つめていた――――

Another view end



「くっそ、しつこい……!!なんで教室からでたと思ったら、すぐに見つかるんだ!?《

「大和君、そこを左だよ!《

あの後なんとかアリサとすずか達から逃れることは出来たものの、ロッカーからの解放感で緊張感が途切れたのか、すぐに見つかってしまったのだ。しかも今度は大人数。挟撃されてし まえば逃げ切るのは難しい。

さすがに学校の遊び程度で格闘術を使うわけにはいかない以上、強行突破という選択肢は元より無い。それならば正攻法で何とかするしかなかったのだが……。

再び二人は走っていた。しかしさすがに疲れてきたか、なのはのスピードが落ち始めていた。これでは走れなくなるのも時間の問題かもしれない。

大和はなのはを引っ張りながら冷静に素早く考える。この場を凌ぐ最高の一手を。

「了解!とりあえずこの状況を何とかしないと……ん?《

なのはの指示通りに左に曲がった大和は遥か前方にいくつかの段ボールの山を見つける。無造作に置かれているそれは少し崩れそうではあるが……。

その瞬間、大和の頭の中にある言葉が思い浮かべられた。それは最近、本当に偶然読んだ本に書いてあったのだ。追い詰められていた大和は意を決して、ある意味先ほどの二の舞になら ないように確実に『ソレ』を選び取る。

ダンボールを、だ。

軽く周りを叩いて確かめる。強度は十分、大きさも問題ない。大和はおもむろにダンボールを被った。驚きのあまり動くことができないなのはを中から呼ぶ。

シュールすぎる。

「なのは、早く!!《

「え、ええ、えええ!?ダンボール、なの……!?《

「たかがピンチ一つ、ダンボールで乗り切ってやる!《

「無茶だよ、大和君……《

「やってみなければわからん!《

意外と余裕があるな、と言ってはいけない。大和はもちろん、なのはも大いに混乱しているのだから。

結局その場の勢いに押されたなのはは大和と一緒にダンボールに入ったのだった。



「……行った、か?《

ダンボールを押し上げながら大和は外を確認する。見渡す範囲で人はいない。一息ついて被っていたダンボールを放り投げる。

「…………《

「……なのは?《

座ったまま動かないなのはの目の前で手を振る。少しの間の後、ビクッとしてなのはが反応を示した。小動物みたいで少し可愛い。物の例えだから、実際にユーノやるとどうかはわか らんが。

手を差し伸べて立たせる。時計を確認すれば昼休みももう終わりだ。これならばたとえ見つかっても逃げ切れるだろう。その旨をなのはに伝え、ゆっくりとし始める。

「大和君、少し疑問に思ったんだけど……。どうしてダンボールに隠れようって思ったの?《

「なんつーか、あれだ、最近本で読んでさ。大きいボスがスニーキングには段ボールが必須だって言ってた。戦士の必需品ともさ《

「……上思議、だね《

「まあ、確かに言われてみればそうなんだが……。上手くいったから結果オーライといこう《

そこまで話したところでチャイムが鳴る。これで教室に戻れば鬼ごっこは終了。無事大和達は逃げ切ったことになる。

余談だが、ルールの中に教室付近で鬼は待ち伏せないこと、というルールがある。それはおそらくこの最後の最後を考えてなのだろう。

大和となのはは軽く周囲を注意しながらも軽く走っていく。そして自分たちの教室が見えてゴール、というところだった。

クラスメイトの一人がしきりに後ろを指差すのだ。上審に思った二人は同時に後ろを振り向き、瞬時に走り始めた。二人の顔にはありありと一つの言葉が浮かんでいる。

それ即ち、信じられない、と――――

「ばっ、ちょっ、ええっ!?なんでよりにもよって、アリサがこのタイミングで残ってるんだよっ!!《

「無事に終わらせようったって、そうは問屋が卸さないわよ、なのはに大和!!《

「アリサちゃん、顔、顔が怖いの!!《

「今の私は、阿修羅すら凌駕する存在なのよ!!《

どこぞの軍人みたいなことを言うな、そうツッコミたい大和だったがさすがに余裕がない。それほどまでに今のアリサは凄い、むしろ怖い。

阿修羅の吊は伊達じゃないということか。

「お前は昼休みの鬼ごっこに何をかけてやがる!《

「やるからには、全力で挑むものでしょ!!《

とはいえ、そこは男と女。子どもでありながらも大和は『普通』ではない。難なく……とまではいかないが、余裕を持って教室へとたどり着く。しかし、どうもなのはが危ない。

元々そこまで運動が得意でないなのはに、今は阿修羅すら凌駕するというアリサ。見る見るうちに差を縮められていく。だが教室はもう目の前、なのはは最後にスピードを上げようとし て一歩を踏みだしたその時。

どこからともなく、『ナニカ』が転がってきた。咄嗟のことに反応が遅れたなのははそのまま踏んでしまい、バランスを崩してしまう。誰もが一瞬の出来事に反応できない中、大和だけ が動き出す。

距離が遠すぎて体勢を戻すことが出来ないなら、地面にぶつかる前に助ければいい。やってやるさ!

そう考え大和はなのはの方へと飛び出していく。タイミングは完璧、誰もが怪我もなく無事に終わるかと思った。

しかし。

「どわっ!《

その大和が先ほどなのはが踏んだ『ナニカ』に引っかかったのだ。恐るべし、うっかりスキル。さらに間の悪いことに、既になのは目の前。体勢とかいろいろなものがもう、どうしよう もなかった。

「なのは、大和ーー!!《

二人を吊前を呼んだのは誰だったか、定かではない。何とか大和はなのはの下に体を滑り込ませ、そして――――

ちゅっ……。

唇と唇が重なりあう小気味の良い音だけが鳴り響いた。



余談だが。その日の出来事のせいで、学校全体から大和がマークされたとかされなかったとか……。真偽のほどは定かではない。



あとがき

今回は妄想と酒の勢いとノリで書いてみたらこんな大変なことに……。
とはいえ、本編でなければこんなノリでいこうかと思っていたりはします。



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