6.「道の始まり」
とまあ……話から想像できるかもしれないが、その次の日から暇を見つけては足しげくフェイトの所に通った。もちろん、ご飯を作るためだ、別に深い意味はないからな?
ええい、餌付けとか言うな!…………確かにアルフはそんな感じではあるが。まあ、否定はしない……できないからな。ただ、まあ、そうだな……。二人がおいしそうに食べる姿を見る
のが楽しみだったってのも確かにある。
そんな感じで毎日通った俺は、だんだん仲良くなっていった。もちろんフェイトは初日にだいぶ仲良くなっていたから、アルフとってことだな。フェイトの笑顔もたくさん見れるように
なったし。正直な感想を言わせてもらえるなら、安心したよ。この子もちゃんと笑えるんだ、ってな。
ん?
…………迷惑だったなんてこと、あるわけないだろ、フェイト。俺はある意味、フェイトのあの笑顔が見たくて通ってたってのもあるんだ。だから謝る必要なんてない。むしろこっちが
お礼を言いたいぐらいなんだ。だって、あの頃は魔王様が……。
……おおっとー!そ、そうだな、話を先に進めようか!!次は少し進んでなのはとフェイトの初邂逅だな。べ、別になのはが怖いとか……。
あーっ!ま、待て、落ち着くんだ、なのは!その笑顔はあんまりよろし……!!
すずかの家でお茶会をするとの誘いを受けていた大和は、学校の入学試験が終わるとすぐに目的地に向かっていた。その足取りはどこか軽い。
それもそうだろう。少々不安に思っていた入試問題をさくっと終わらせることができたからだ。
今日ほど大和は自身の都合のいい記憶喪失に感謝したことはなかった。知識は忘れていなかったおかげで、たいした勉強もせずにやすやすと問題を解けたからだ。それを見ていた試験官
は大変驚いていたようだが……。
当然暇になった時間を持て余した大和は、当然の如くこっそりと持ってきたファランクスと仮想戦闘を行うことにする。
この仮想訓練自体は、実はユーノに言われた日から続けてきたことなのだ。是、日々鍛錬である。さすがに高町家との団欒の時には行っていなかったが、それ以外で暇な時を見つけては
行っていた。一刻も早く取り戻したかったのである、戦いの記憶や知識を。何かを守るためには、少なくとも対象より大きな力が無ければその行為に意味はない。
その成果か、大和はだいぶ自身の魔法というものを思い出してきていた。それと同時にユーノの言っていたことを理解し始めてもいた。
ファランクスドライバーを見たユーノに言わせれば、どこかちぐはぐな気がするデバイスらしい。攻撃方法はステークによる刺突であること、それはファランクスに確認済み。であるの
に、アームドデバイスではなくてインテリジェントデバイスに分類されるのがどうにも納得できないらしい。
大和にはその違いが良く分からなかった。しかし現時点の大和やなのはよりも魔法に詳しいユーノが言うのだからそうなのだろうと無理矢理納得していただけだ。そのことも日々の仮想
訓練でだいぶ理解してきてはいたのだが……。
しかし結局のところ、大和にとって唯一無二の相棒なのだからどうでもいいことだった。相棒がどのようなものでも、互いを信じて戦うだけ。
閑話休題。
とにかく魔法戦闘を思いだすためにも、実践は必要である。出来れば実際に魔法を使ってみるのが一番なのだろうが、そうなれば様々な制約が出てくる。それに割かなければいけない時
間もでできるだろう。故に、仮想訓練なのだ。
しかし仮想訓練とはいえほとんど実戦と変わらないほど。それならば数をこなしていけばいい。そのためにこういう暇な時間は大事であり、別にマルチタスクができるのだから他の時間
でもいいのだが。しかし集中できる時には出来るだけ集中しておきたかったのもあり、今仮想戦闘を行っていた。
とまあ、どんなに言い繕っても暇だったからには違いないのだが。
「シミュレーションとは言え……やっぱり凄いよな、魔法ってのはさ」
『Is that so ?』(そうでしょうか?)
大和の呟きにどこからともなく答えてくる声。送るイメージの中に自分を入れることも容易なのか。現代の科学者達がこれを知れば、どう思うだろう。それはそれで面白いものが見れる
かもしれない。
軽くため息をつき、前方の無秩序に並ぶ的を睨みつける。仮想戦闘ではあるが今から戦うわけではない。どちらかと言えば思い出した知識を、もう一度自らの物とするための作業。これ
を怠るわけにはいかない。『今』の自分には確固とした目的がある、成長するための。
大和は一人頷きながら、思い出した魔法をいくつか確認していく。幸い時間は多くはないがあるのだから、来るべき戦いに備えるのもいい。
まずは一つの適当なターゲットに絞り、左手を前に突きだす。ファランクスを右腕に抱えているから、空いているのが左手であるというだけ。別にファランクスを向ける必要はないらし
い。あまり気負わずに軽く呟いた。
「インパクト、シューター」
『Impact Shooter』
左手から放たれた赤い閃光がそのまま的を貫く。
威力も射程もどうやらそこそこ。自分で撃っておきながら感心する。インパクトシューターは、直線飛行のみで誘導性能を有しない代わりに弾速が速く連射も可能。それが簡単な説明で
あった。
直線飛行は確認したのだから、次は連射性能だ。新たな的に狙いを定め、次は五つほど同時展開させて撃つ。連射にほぼタイムラグは見られないことから、やはり思ったよりは使いやす
いのかもしれない。
それからも何度か撃ち方を変えて試してみても同じような結果になった。これは良い牽制手段になるだろう。一通り確認し終えて、次の魔法に移る。
単独行動には必須である誘導制御型の射撃魔法。誘導制御型とは、発射後に弾の方向をある程度誘導でき、熟練すると多数の誘導弾を異なる軌道で放つことが可能となる射撃魔法である、
とはファランクスの弁。
新しく生成してもらった的を狙う。そして同じく一言。
「ブレイズブレード」
『Blaze Blade』
今度は掌からではなく、自分の後方から撃つ。剣の形をした炎系の魔法。それは何度か方向転換をして的を同じように貫く。この魔法には自身の変換資質が現れているようである。
確かに俺は少し異質な魔導士なのかもしれないな、なんて他人事のように考えながらも、手は休めない。数を増やし、軌道を変え、撃つタイミングを変えて。何種類ものパターンを終え、
そして次の魔法へ。その繰り返しを自分の中の何かを確認するように、ファランクスと時間が来るまで続けていた。
そして冒頭に至る。
俺のお昼ご飯は向こうで食べさせてくれるということらしい。他人の家のご飯というのはやはり楽しみだ。これも料理人の性と言うのか……とにかく、誰かに食べさせる料理というのは
それ自体に意味を持つ。その料理に期待するのは人として仕方がないことだと思う。
そんなウキウキした気分で教えてもらったように進んでいくと、目的地で俺は言葉を失った。
「で、でかっ……。しっかしこれほどとはさすがに思わなかった…………」
呆然自失、本当にこの言葉が似合うほどに大和は立ちつくす。
お嬢様ということで多少は予想していたものの、それをあっさりと越えてきた月村家に驚かざるをえない。自分の小市民っぷりに呆れつつ、開いていた門から入らせてもらうことにする。
その際にしっかりと自分の名前を言うことは忘れない。まさかとは思うが、用心にこしたことはないだろう。この歳で泥棒と間違われないと信じたいが……。
「こんにちはー!えっとー、すずかの……月村すずかさんの友達の如月大和ですー!!誰かいますかー!?」
自分で言っていて「誰かいますかー!?」は無いだろうと思う。そもそもすずかにこの時間で呼ばれてきたのだから。
しかし何の反応もない。家の中から人の気配がするので、いないわけじゃないのだろう。もしかして聞こえなかったかと思い、家の玄関まで行こうと足を踏み出した瞬間だった。
「っ!?」
背筋を駆け抜ける悪寒。瞬時に戦闘態勢に移行し、後ろを振り返ろうとしたその刹那。玄関の方から声をかけられた。
「大和君?」
「……っ!……よ、よう、すずか。少し、遅くなったか?」
あまりの出来事にバクバクする心臓をなんとか抑え、表面上は普通に接する。すずかは何も気づいていないようだ。安堵のため息をつき、そのまま玄関へ向かう。もう先ほどの殺気は感
じなかった。
すずかからは何も感じられないことから、どうやら彼女自身はしらないようだ。防犯的な意味合いのものならば、子どもである彼女が知ることはない。過剰すぎる気がしないでもない
が……。
頭を振ってその考えを吹き飛ばす。このご時世だ、多少の無茶ぐらいが調度いいのかもしれない。それを考えるのは大人の仕事である。
「ううん、そんなことないよ?早く上がって、なのはちゃんやアリサちゃんも待ってるよ」
「……ああ!えっと、そんじゃ、お邪魔します〜!!」
にこにこと笑って俺の手を引くすずかに、先ほどのことを聞けるはずもなく。為されるままになのは達と合流した。
「えっと、それじゃあ、なのは。…………本当、なの?」
信じられないような目でアリサ。
「大和君は凄いね。なんだか羨ましいなぁ……」
どこか尊敬したような目はすずか。
「そうだよね、アリサちゃんもすずかちゃんもそう思うよね?」
何故か誇らしそうなのはなのは。
「…………お前らなあ」
頬を引きつらせて笑うしかないのは大和。
言葉通りには捉えられない評価な気がするのは俺だけか。軽く睨みつけてやると、アリサだけが顔を逸らす。つまり他の二人は本当にそう思っているのだろう。最近よくつく溜息を吐き
ながら、紅茶を口に持っていった。
……うん、美味しい。今は四人と一匹でテーブルを囲んでおり、その真中にはお手製であろうクッキーが置かれている。どうやら俺の昼ご飯までの繋ぎのつもりなのかもしれないが……。
どうでもいいことだが、ちなみにそのクッキーに俺は一切手をつけていない。本当にどうでもいいことなのだが。
穏やかなお昼時の空気に間違いなく大和は油断しきっていた。故に、アリサの放つ一言に咄嗟に反応することができなかったのだ。
「ねえ、なんで大和はクッキーを食べないわけ?」
「へ?……た、単にアリサが見ていないだけじゃないか」
軽い疑問だったに違いないのだが、俺にとっては重大だ。アリサに、こう何と言えば良いか……、弱みは見せたくないというか。その言葉で気づいたのか、なのはとすずかも言葉を投げ
かけてくる。
こんなときほど女の子は勘が鋭いものだ。
「……あっ、ほんとだ。大和君、お腹減ってない?」
「そんなことないよ、なのは。さすがに試験で頭を使ったし……」
「?……あっ、それじゃあもしかして」
すずかが大和の言葉から何かを感じ取ったのか、少し思案顔になる。先ほどの言葉自体に重要なことは含まれてはいない、いないはずなのに……。しかし、そこは月村すずかなのだ。
頼む、気づいても何も言わないでくれっ!
なんて虫のいい話が通るはずもなく、大和の願い空しく言葉は発せられた。ある意味すずかは空気を読んだと言えるかもしれない。
「クッキーが、というよりも甘いものが苦手?」
「…………」
聞いた瞬間に俺はその場から逃げだしていた。敵前逃亡ではない。繰り返す、これは敵前逃亡ではない!これは戦略的後退なのだ。
誰ぞの言い訳のような言葉を、ここにはいない誰かに向かって心の中で叫ぶ。微妙に情けないことを大和は理解しているのだろうか?
アリサの「待て―!!」という言葉を背中に聞きながら、大和はその場をなんとか脱出した。古今東西、待てと言われて待つ奴はいない。
だがしかし、何故逃げてしまったのだろうか?それはきっと、大和自身にもわからないのだろう……。時に人間は感情のままに行動するものである。
「HAHAHAHA!私はここだー!!」
「待ちなさいよ、このやろー!!」
意外と余裕があるのか、混乱しているのかわからない大和であった。
そのままなし崩し的に追いかけてきたアリサと『大和VS.アリサ鬼ごっこin月村家』に突入するのは時間の問題であった。時間無制限、殺るか殺られるかの一本勝負。結果はアリサの体
力切れにより俺の勝利で幕はとじた。
のだが……。
「それでなのはが一人でその猫を探しに行った?」
疲労でバテバテのアリサを横目に、俺は用意してもらった少し遅いお昼ご飯を食べている。洋食もいいなぁとか思いながらすずかになのはの居場所について聞くと、先ほどの言葉が返っ
てきたのだ。
その間も手はしっかりと動かし続ける。けれど食べ物を含みながら話すことはないように。適当な所が多々ある大和だが、こういう他人に迷惑がかかるような礼儀に関しては守るようで
もある。
「うん。なのはちゃんが一人でいいって念を押すから、ここで待ってるんだけど……」
「……なるほどなぁ」
どことなく申し訳なさそうなすずかの顔を見ながら、おそらくジュエルシードがらみと見当をつける。猫を探すのに一人で行く必要は無いし、なによりこの場にユーノもいない。その事
からも決定的だ。
話によると探しに行ってまだ時間はそう経っていないそうだから、これを食べ終わったら手伝いにいこう。そう結論付けて、食べるスピードを上げ始める。しかし料理のレパートリーが
多いのはやはり便利かと思う。というか、和食しか出来ない俺の頭はどうなっているんだと言いたい。
数分後。しっかりと残さずに食べて、すずかにお礼を言う。
「ごちそうさまでした、っと。お昼ご飯ありがとう、すずか。作ってくれた人に美味しかったと伝えてくれ」
「うん、もちろんだよ。それでなのはちゃんを捜しに行くんだよね?」
「ああ、そうしようと思う。なるべく早く帰ってくるから、アリサを頼む」
先ほど食べたらなのはを追うことを告げていた。自分もついていくというすずかを、アリサを餌にすることで引きとめる。わざわざ一般人を巻き込む必要もない、なのはもそう思ったの
だろう。おそらくだが、魔法のこともしらないだろうし。
話すべきことを話すと、大和は最後に紅茶を飲みほして立ち上がる。
さあ、いっちょ行くとしましょうか。
その時軽い気持ちで行ったことは認める。ジュエルシードの危険性は聞いていたが、なのはが無事に封印できてきたこと。また、多くがまだ眠っていることからそこまで難しくないだろ
うと思っていたからだった。
月村家を出てすぐに飛びあがる。人目につかなければ、やはり走っていくよりかは飛ぶ方が圧倒的に早い。そのままファランクスをデバイスモードに戻し、同時にバリアジャケットも装
着する。白を基調としたバリアジャケットは少し目立つかもしれないが、誰も人が空を飛ぶなんて思いもしないだろうから、気にしなくてもいいだろう。
蛇足ではあるが、なのはのバリアジャケットと色合いなどがほぼ一緒だったりする。そのことになのはが気づいた時……。
「ファランクス、今なのははどこに?」
『To the east. But I find another magical reaction』(東の方に。ですが他に魔力反応があります)
その言葉に驚きを隠せない。なのはから協力者の存在を聞かなかったからだ。そしてそれはユーノにも言える。あの性格で話さないとは思うから、可能性としては独自に誰かが探してい
たというもの。そうなると少々厄介なことになるかもしれない。
あくまでも、『少々』の範囲ではあるが。
「別の魔力反応?……ファランクス、もしかしてとは思うんだが」
『Yes. It comes under Miss. Testarossa』(はい。テスタロッサさんの反応です)
「フェイト?……マジかよ」
『Yes』(『マジ』、です)
ついつい頭を抱えてしまう。この間言ったことがまさかこんなにも早く実現するとは思わなかった。いつかは魔導士として会うかもしれないと思いはしたが……。とにかく早くなのはの
下に向かわなければ。そう思いさらにスピードを上げていく。
「間に合ってくれよ、なのはにフェイト……!!」
予想は悪い方に的中した。なのはとフェイトが何らかの理由で戦うこと。それが俺の中で悪い考えだったのだが……、まだなんとか間に合ったようだ。最悪の結末ではない。
大和は軽く安堵の息を吐く。まだまだ安心できる状況でないのは確かなのだが、到着したらなのはがやられてた、なんてのは大変ご免被りたかったからだ。
しかし遠目に見てもなのはが一方的に押されている。仕方のないことだとは思う。ユーノの話によれば、最近まで本当にド素人だったのだから。まだ意思を持たない『モノ』と戦うなら
ばそれでいいのだろうが、それが本職――つまり魔法で戦う者――と戦うことになればまた話は別だ。
正直言って勝てるわけがない。更になのははフェイトと戦いながらも、心ここに在らずといった感じだ。非常にまずい。戦いの中で油断は命取りになる。それを知らないなのはは危ない。
ならば自身が取るべき行動はただ一つ。この現状で取りうる最大の効果を生み出すことだ!
「っ!ったく、何やってんだ、なのは!」
『Accel Move』
魔法でさらに加速し、今まさに撃たれようとしていたなのはを間一髪で助け出す。どうやら少し掠ったのか、バリアジャケットが焦げている。だがなのはは無事に俺の腕の中。さすがに
この状況に理解が追いついていないようだが……。何にせよ、『二人』とも無事で良かったと思う。
そのままなのはをユーノの所へ送り、フェイトと対峙する。フェイトもフェイトで予想外の出来事に困惑しているようだった。その様子を無視するかのように、俺は普段のように声をか
ける。
「よう、フェイト。こんな所で奇遇じゃないか」
「え……、な、なんで、大和がここに……?」
何という白々しさ。大和は言った一秒後にその自分の言葉を後悔した。この場に及んで『奇遇』はないと思ったからだ。だが後悔しても既に後の祭り。もう考えないことにした。
問答無用で襲いかかってくる様子は無いのでひとまず安心するが、まだまだこれからだ。心の中で気を引き締め、フェイトをしっかりと見つめる。
……何故か頬を赤く染められて顔を逸らされた。
「とりあえずでも武器は戻してくれ。……ここにいるってことは、フェイトもジュエルシードを?」
こくりと頷くフェイトに、俺は不思議に思う。ユーノは自分以外にジュエルシードを集めている人はいないと言っていた。管理者が言っている以上間違いないのだろうから、フェイトが
自分で集めているのか、もしくは命令されているのか。そのどちらかであるのは間違いない。単にユーノが知らなかったという可能性も捨てきれないが……。
このさいその可能性は捨てる。今現在、他に探しているのがフェイトだと仮定しよう。そうなると引っかかってくるのは、先ほどの探す理由。問題はそのどちらかであるかということ。
前者でも後者でも打つ手はあるが、後者だと最後の方で難易度は格段に上昇するだろう。命令されているとすれば、そいつの実力は間違いなくフェイトよりも上。そうなると奪い取るこ
と自体が難しくなってくる。できれば前者であってほしいとは思うが……。いかんせん、俺の持つ情報が少なすぎる。
ここはまずフェイトの情報か。そう思いなのはの所にいるユーノに念話を飛ばす。
(ユーノ、聞こえているか?そちらの様子はどうだ)
(聞こえてる。だいぶなのはは消耗してるけど、そこまでじゃない。封印ぐらいならなんとか出来ると思う)
(わかった。なのはにはいつでも封印できるようにさせといてくれ)
視線はフェイトに合わせたまま。下手に勘ぐらせてはいけない。こんな所でこれ以上二人を戦わせるわけにはいかなかった。
大和はなるべく普段の態度でフェイトに話しかける。
「それなら俺たちと一緒に集めないか?そっちの方が効率はいいと思うんだが……」
「えっ!?あ……そ、それは……無理だよ。だって、母さんとの約束だから……」
俺の言葉に一瞬嬉しそうな顔をしながらも、すぐにその笑顔が陰る。しかし、母親か……。つい話してくれるほど仲良くなっていたことは嬉しいが、言葉の内容で素直には喜べない。出会っ
た時の表情やたまに……いや、よく聞くアルフの愚痴。それらからもフェイトはおそらく……ジュエルシード集めを強制させられているのではないか。そう俺は見当をつけた。
正しく言うとすれば、それは確信に近いものであるが。そんなことを考えつつ、大和はフェイトの顔を見る。出逢ってからそれほど日にちは経っていない。経っていないけれど、彼はフェ
イトにもっと人生を楽しんでほしいと思っていた。そのための鍵となる人もちゃんといる。
今度は横目でなのはを見る。彼がそうだったのだから、なのはもフェイトのことをきっと好きになる。……いや、すでに好きになっているのかもしれない。そんな考えに至るのに、先ほ
どの戦闘を見ていれば難しいことではない。
だからこそ、大和は冷静に冷酷な方法を用いる。
一ヶ所に集めて最後に奪う。その一ヶ所はもちろんフェイトのこと。全てを預けると疑われる恐れがあるから、適度に渡しつつも行動を監視。リーチに至った時に彼が手を出せばいいだ
けの話。
そう、それだけなのだ。
これが一番効率いいし、協力すれば少なくとも戦う必要はなくなる。ジュエルシードの危険性やフェイトの黒幕を考えると、相当危ない賭けに思える。だからあと一押し、彼女を縛り付
ける言葉の鎖を。それを伝えるために口を開こうとすると、何故か隣になのはが立っていた。あまりの出来事に硬直してしまう。
いや、おまっ!?
大和は咄嗟にユーノへガンを飛ばす。それから逃げるようにユーノは物陰に隠れ、念話を飛ばしてきた。
(止める前にいっちゃったんだよ……)
(ユーノ、お前は後でシメる。干物としての未来を覚悟しとけ)
あのフェレットもどきは置いとくとして、この状況をどうするか。なのはがここに来たことで、フェイトも再び戦闘モードに戻っている。
一瞬即発。
その空気の中、気丈にもなのははフェイトに尋ねた。空気が読めない、とも言えるかもしれないが。単になのはの場合は、フェイトへの興味が恐怖を上回ったのかもしれない。
「えと……大和君の友達なの?」
「…………え?あ、うん、そう……なのかな?」
「いや俺に聞かれてもな、フェイト。まあ、友達であることは間違いないぞ、なのは」
予想すらできなかったなのはの質問に、フェイトは困惑した顔で答える。その様子にさらに困惑する大和。この微妙な空気に飲まれて普通に答えてられたその空気に困惑しているなのは。
おそらく本人はその気持ちがわかっていないだろうが。それは幸か不幸か。
……何これ。
とにかく一瞬即発の事態ではなくなったことだけは確かなのだが……。なんとも言えない空気が漂っていた。その中で再び口を開いたのはなのは。意外と度胸あるんだな、と大和は心の
中で呟く。
「えっと、貴女はどうして大和君と出逢ったの?」
その質問に、フェイトは思いっきり顔を赤くした。ボンッという擬音が聞こえてきそうなぐらいにだ。間違いなくアレを思いだしたはず。ついでに俺も思い出した。
まだ子どもとはいえど、大和も立派に男の子ということなのだろう。シンクロしたかのように真っ赤になる二人を見て、なのはの視線が急に厳しくなる。その眼光、まさに『冥王』。
いったい何だって言うんだ……!?
「んと、それは、その……街中で押し倒されて…………えと、ファ、ファーストキス、奪われて………………」
「何を言ってるんですかね、フェイトさんっ!?」
まさかの爆弾発言に止める間もない。痛い、なのはとユーノの視線が凄い痛い。なのはの表情なんてお見せできないぐらいだ。冥王、ここに誕生す……!!なんて馬鹿なことを言ってる
暇などありません。すぐ近くにまで迫っている危機に早く対策をたてなければならないのだ。
あ、でもなんか遠くでBGMが聞こえてくる……。って、ええい、存分に落ち着くんだ!!
「……どういうことなのかな?わたしにも解るように説明してほしいよ、大和君」
「いえ、あの、その、何と言えばいいのでしょうか……。あれはまあ、事故と言うべきもので両者の間に意思はなかったというか……」
あまりの迫力に視線を合わせられないのと敬語になっているのは許してほしい。しかし俺の奮闘も空しく、さらなる燃料は投下された。
もちろん、当事者であるフェイトによってだ。正直、フェイトは……いや、この二人は今の状況を楽しんでいるのではないだろうか?そう思わせるほどに二人の息は、ある意味でぴった
りだ。
「ううん、そんなことないよ。だって、大和……あんなに情熱的に…………」
「やめろ、もうーっ!!」
もう俺の開いた口は塞がらない。そしてフェイトの妄想――いや、全てが妄想というわけではないが、事実が異常に脚色されているような気がして――に対して俺はなんて無力なんだ。
フェイトが口を開くたびになのはとユーノの視線がきつくなっていくし。
ああ痛いなぁ、なのはの視線が凄く痛いなぁ……。でもなユーノ、お前のその態度は何故か許せない。
とまあ、現実逃避はそれまでにしておいて。ふとそこで気づく。なのはの表情に先ほどまでとは違う感情が含まれていることに。
…………?
恨みなど負の感情でないことは間違いないが、俺にとってあまりよくない感情のような気はするのは最近物凄い勢いで増えていく経験のおかげか。しかしこの状況で俺に対してあまり良
くないことって……。
……あー!?
俺が答えに行きつくのとなのはがフェイトの尋ねるのは、ほぼ同時だった。それはつまり手遅れであるということに他ならない。
「その……ど、どんな感じだったの……?」
まあ、なのはもそういうお年頃だもんね。などど無理やり納得して、すぐさまその場を離れようとしたのだが……。
『Restrict Lock』
『Lightning Bind』
彼女たちの愛機により捕獲されてしまった。その反応速度やら諸々に動揺や理不尽さを隠しきれない大和である。
あ、あれ?なんかいろいろとおかしくないですか?いろいろと無視してないですか!?
必死に解除しようとするが、そこで俺の欠点を思いだす。
――拘束系および防御系に難あり――
まさか思いもしなかった。実戦の中でなく、こんなところで枷になるなんて。これは実戦でこうならなかったことを喜ぶべきか、更に情けない状況になっていることを笑うべきか。
良い感じに混乱している大和であった。
「え、ちょっ!?あ、あの、二人ともちょっと怖いよ?女の子がそんな表情しちゃ……って、何するのさ!?待って、ユーノ助けて、助けてくれよ!?お、おい……!?!?」
不気味すぎるぐらいの良い笑顔でにじり寄ってくる二人。拘束されてい大和には為すすべもなく。その日海鳴市に男の子の悲鳴が響き渡ったという。
「フェイト!だいじょう、ぶ……かい?…………どうなってるんだ、これ」
アルフがフェイトの反応を追って到着したときには、俺は真っ白に燃え尽きていた。
ふふふ、身をもって知ったね、精神的なダメージのほうが重いってこと。言葉って、結構痛いんだなぁ……。
そんな瀕死の表情の俺に対し、なのはとフェイトはどこか満足そうだ。しかも何気にさっきより格軸に仲良くなってないか?君達、俺が来るまで間違いなく戦ってたよね。
ちなみにジュエルシードは、先ほど俺が封印した。これぐらいやっておかないと、俺が何のために来たのかわからなかったからな。決して弄られに来たわけではない。俺は弄る方が好き
なんだ。
少し仲良さそうに話す二人(実際はなのはが一方的に話しかけているだけだ)を見ながら、地面に転がっている大和の方へと近づいていく。なんとなく既視感を感じる絵だ。
「おう、アルフいたのか」
「いたのか、じゃないだろう……。たしか狎れ合うつもりはないって言ってなかったかい?」
いつのまにか来ていたアルフに軽く声をかけると、殺気のこもった視線が返ってきた。断じて違う、この状況は俺のせいじゃない。だが言ってもわからないというのはこの間知ったこと
なので、別に弁解はしない。だからアルフに向かってあるものを投げた。おそらく彼女達のお目当てである『アレ』。
何気なく投げられたものにアルフはあたふたして受け取る。少し涙目で睨まれた。
ちゃんと渡したじゃねえか。そして受け取ったものを確認すると、さらに睨まれた。
……理不尽すぎる。どうも最近周りにいる女性陣はこういう理不尽なことばかりを押し付けてくる。
「あんた、どういうつもりなんだ!?」
今にも掴みかからんばかりの剣幕に、さすがのなのは達も気づいたようでこちらに急いで寄ってきた。そんな二人の視線はアルフの手の中。そこにはさきほど封印したジュエルシードが
ある。
それを確認して驚いたようだが、反応はそれぞれ違う。なのはは訳がわからないという感じで、フェイトは逆に少し申し訳なさそうである。まあ彼女達の反応も当然で、俺はさきほどな
のはを助けたのだから、なのはの味方だろうとでも思っていたはず。なのはを裏切ったわけではないが、これが最善の策だと思ったからだ。
「……俺がさっき割って入った時点で勝負はフェイトの勝ちだったからな、それで今渡したわけだ。俺も狎れ合うつもりはないが、フェイトも退かなくてなのはも退かない。それならお
互い集めるのを競えばいいだろ。『コイツ』はうってつけにご都合的に非殺傷設定、なんてものがついてるんだからな」
自身のデバイスを彼女たちに見せながら、やれやれといった感じで説明する。あくまでも演技であることを悟られてはいけない。
ただ全てが嘘ではなく、半分ぐらいは本当なんだが。全てを嘘で塗り固めればいいってもんじゃない。古今東西、それで失敗した奴ばかりだ。しかし……よくもまあ、ぺらぺらと嘘をつ
けるものだな。
その言葉にやはり反応は三者三様。
なのはは少し困惑しているようだが、何かの決意を固めたように見える。この間――俺がなのはに説教もどきをした時や先ほどの戦闘中の時――より瞳の輝きが違う。覚悟と同時に漠然
としていたものが決まったという感じか。
フェイトはまだ状況が掴めていなさそうだが、俺が敵対するわけじゃないということはわかったようだ。表情が幾分かやわらかい。……ただ、全てが終わるときに俺はフェイトに恨まれ
るかもしれないな。
フェイトから逃げるようにしてアルフへと向ける。こちらは予想通りというべきか、全く違わない予想に苦笑する。やはり敵意がほとんどだ。それも先ほど言ったとおり馴れ合うつもり
がないし、彼女の存在はフェイトにとって重要だ。忠誠心というべきものは厚そうだしな。
各自の反応を比べていると、なのはが大和の肩をちょんちょんと叩いてきた。ずいぶんと可愛いやり方である。フェイト達に一応注意は向けながらもなのはに視線を向ける。もう話は終
わったのだから逃げられても構わない。相手がいることがわかれば、今回の情報としてはお釣りがくるほどだったのだ。
「どうかしたか、なのは?」
「時間、少しかかり過ぎちゃったかなって。アリサちゃん達を待たせたままだから」
「……ですねー。仕方がない、切り上げて帰るとするか」
なのはに言われるまで気づかないとは、さすがにどうかと思う。頭をガリガリとかきながら、フェイト達に背を向ける。そしてそのまま飛び立とうとする瞬間、アルフが思い出したよう
に飛び掛ってきた。
…………おい、さっき約束したじゃねえか。
ため息をつきながら、向かってくるアルフを見向きもせずに蹴り飛ばす。咄嗟にガードしたのはさすがというべきだろうが、その時には既に大和達は離れていた。反応できなかったなの
はの手を取り、ユーノが落ちないように支えながら。フェイトが追ってくることはないだろうが、万が一ということもある。それ故に自身の最大加速で場を離れた。最後にちらっと見た
とき、フェイトはこちらを向いたままだった。
さすがに抱えて飛び続けるのはなのはも辛い――恥ずかしさ的に、らしい――ということで、デバイスを戻して歩いて帰ることになった。時間はかかるだろうが、こちらのほうが安心
だ。ちゃんと件の猫もユーノが保護していたようで、今はなのはの腕の中で眠っている。
そんな猫の姿を見てふと大和は疑問に思う。
あれ……いつ保護したんだ?
そしてもう少しで月村邸に着こうかというときに、なのはが急に立ち止まった。突然の行動にすぐには反応できず、数歩前に歩いてしまう。振り返って見たなのはの瞳は、先ほど感じた
決意の色で染められている。それを見て、俺はなんとなくだが言わんとすることを理解した。
だから、何も言わない。なのは自身が『日常』から『非日常』に入ることを決めたのなら、俺は何も言わない。その果てに辛い未来が待っているとしても、幸せになれるとは限らないと
しても、だ。
故に止めはしない、苦言も言わない。だけど俺にとっての『日常』の中で助力を請われるのなら……。それはきっと俺にとって望ましいことなのかもしれない。何度も口を開きかけては
閉じるという一連の行為を続けるなのはに苦笑し、助け舟を出す。もう、さきほどの言葉と矛盾しているかもしれないが。船に乗ろうとする者の手を取るぐらい問題はないだろう。
しっかりと視線を交わして話す。真っ直ぐ想いをぶつけようとする彼女から、逃げてはいけないから。
「なにか俺に話があるんじゃないか?……戦いのことでさ」
「……うん、大和君とユーノ君。私に、私にあの子と戦えるような……戦い方を教えてほしいの」
駄目かな、というなのはに大和は笑う。断る理由が見つからないが、それ以前になのはは覚えているのだろうか?
「いいのか、俺は記憶喪失だぞ?確かにだいぶ魔法は思い出してきたが」
それでも、と言う。それでも大和に教えてほしいと言う。なのはの目はどこまでも真剣だ。それはとても眩しいもので、なのはも一人の戦士であることを思い知らせるものでもある。
「それでもだよ。……大和君が来るまで、私はあの子と話もできなかったから。せめてあの子と対等に戦えるぐらいに、私も強くならなくちゃって。そしたらきっと、もっとお話し出来
るような気がするから」
気持ちはわかる。だがなのはが最近まで素人だったのに対し、フェイトは明らかに戦闘訓練を積んでいたはず。その差はあまりにも大きすぎる。
しかしなのははそれを理解しながらも、大和達に頼んでいるのだろう。ただ、フェイトと話したいという想いのために。大和は、本能的にそういう純粋な願いが大好きだ。だから断るは
ずもない。
なのはの言葉に、しっかりと頷く。
なのはの才能は物凄い。何度も訓練を続けていき魔法を使い続けていけば、きっと俺なんかが届きもしないところに行ってしまうだろう。
そこまで考えてふっと自嘲する。それならそれでいい。この身が、誰かのためになるのなら。きっとその生は無駄ではなかったという、証になる。
「その願い、きっと叶えてみせる」
「もちろん僕もだよ、なのは」
一人と一匹は目指すものは違えど、目的は同じだった。ただ……なのはの役にたちたい、と。それだけのために。
「うん!」
そんな彼らの言葉になのはも笑顔で答える。
ああ、この子なら、きっと……。
眩しげにその笑顔を見て、その将来に思いをはせる。そして一緒に並んで月村邸へと戻っていった。
余談だが。
あまりの遅さにブチきれた――心配し過ぎによる照れ隠しとも言うが――アリサに出会い頭、ジャンピングキックをお見舞いされた。そしてスカートであることを指摘したら、何故か今
度はなのはとすずかにも怒られた。理不尽だと、思った。デジャヴってやつか。
おかしい。俺は確かこんな立ち位置のキャラじゃなかったはずじゃないのか……。こうもうちょっと何て言うか、記憶喪失なキャラにありがちな神秘的な設定とかあるんじゃなかったの
か。
などと思いながら何度も宙を舞った大和だった。
To be continued…?
あとがき
二人の出逢いを少し変えてみました。原作のような剣呑な雰囲気ではないものの、仲良くはない感じです。
今回は少しギャグっぽいところが強かったかもしれませんが、もう少しこんな感じが続きそうです。
これからもよろしくお願いします。
拍手コメントの返信
>今後ヒロインメンバーとどのような関係を築くのか、今から楽しみです。
だいたいのプロットとして自分の中ではほとんどヒロインメンバーとの関係が決まっています。
それを上手く表現していきたいですね。
作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル、投稿小説感想板、