5.5「A kitchen is his battlefield」
それはとある日のこと。その日も大和はいつものように図書館へと足を運んでいた。すでに日課になりつつある大和の図書館通いは平日の日中は続けられていた。
自らの記憶のことやジュエルシードのことなどいろいろと考えるべきことはあるのだけれども、時間を見つけては足しげく通っているのだ。なのはがいなければ暇であるというのもある
が、それ以上に図書館という場所を大和は気に入っていた。
本には知識だけではない、それ以上の何かが詰まっている――――
大和は最近ずっと通うことでそう思う様になった。見知らぬ風景や国、または聞いたこともないような言葉など。そこらかしこに未知との出会いが転がっている。それを大和が面白いと
思うのに時間はかからなかった、ということなのだろう。
故に、大和は何かの本を読もうと思って図書館に行くわけではない。つまり、ほんの偶然の産物だったのだ。それが図書館に行く途中で『その』広告を見たからか、はたまた誰かが『そ
れ』について話をしているのを聞いたからか。
原因はどれでもいいのだろう。確かなのは、大和の記憶の一部が本人の知らぬ間に戻ったということだ――――
「……っと、もう夕方か。そろそろなのは達も帰ってくるだろうし、俺も戻ろうかなぁ」
大和は時計を見上げて大きく伸びをする。長時間同じ姿勢で本を読んでいたためか、さすがに肩が痛い。それをほぐすように体を少しずつ動かしていく。
すでに指定席になりつつある大和が座っている場所の周りには様々なジャンルの本が山のように積み重ねられている。それには何の規則性もない。本当に大和の目についた本を読んでい
るだけなのだ。
ほぐし終わった大和はきちんと本を元の場所に戻していく。一冊一冊しっかりと間違えのないように。次の人のことを考えれば、適当に置くなど言語道断だ。……まあ、一度にだくさん
の本を持っていくのはどうかと思うが。
少し時間をかけて元に戻した大和は再び時計に目を向ける。すでになのはは家に帰っているだろう。手ぶらなので自身の準備は無い、急いで玄関へと向かい始める。
だが、その足が急に止まる。大和の視線はある一点で固定されていた。それは返却図書の棚。そこに何冊も纏めて置かれている本に大和は釘づけになった。
少し急ぎながらその棚へと向かった大和は、『それ』を手に取る。周りを見ても、別段なんの変哲もないただの本。中をペラペラと流し読みする。
「ん……?」
一通り読んだ大和はやはり何か引っかかるものがあるのか、次の本を手に取りまた流し読みし始める。その表情は大変形容し難い。ただ悪い感情ではなさそうである。
二冊、三冊……と読み進めていった大和は、結局薦めによりその本を借りることにした。時刻はすでに門限を過ぎていたのだが、今の大和にはそれ以上に気にかかることがあったのだ。
その日の夜、大和は借りてきた本を徹夜して読破したのだった。
チュンチュンチュン……。
「もう朝か……ふあぁぁぁ。結局、借りてきた本を全部読んじまった」
首をぐるんぐるんと回しながら部屋の隅に重ねてある本に目を向ける。その大和が借りてきた本とは――――
「にしても、何故……和食だけなんだろうな?」
『I don’t know』(私にもわかりません)
そう、和食のレシピの本だったのだ。それも十冊以上。それを大和は一夜で読んだのだが、途中相当疲れてしまい眠ってしまったのは、ファランクスだけの秘
密である。
しかし、その本のラインナップを見ると見事に和食『だけ』である。一応、返却棚の本を借りた後に他の料理の本も見たのだが……、何故か何も感じなかったのである。和食の本を見た
時と同じ感覚だけではなく、それ以外の何も。例えば面白そうだ、とか作ってみたい、など。
そのため、和食に関する本だけを借り行くことにしたのだった。
「ならこれは記憶に関係しているのか?」
『There is strong possibility』(可能性としては大きいかと)
可能性としてはある――
その一言は今の大和には少し重い。それはそうだろう自身の記憶の手がかりが小さくても見つかったのだから。だが、問題はそこじゃなかった。
問題は何故『和食』なのか、というところである。また、そこからは魔法や格闘術につながることはないだろう。つまり、現在最も欲しい記憶にたいする手がかりではないこと。
問題はその二つ。
コンコン。
「大和君、起きてる?」
しかしそこまで考えたところでドアがノックされた。反射的に時計を見ると、もういつも起こしてもらう時間だった。素早く鏡で顔を確認して、ファランクスにも変なところがないか確
かめる。
なのはに気づかれたくないという一心で素早く身支度を終わらした。なのはに返事をする。
「ああ、なのは。起きてるよ」
大和の返事とともにはいってくるなのは。ちなみにユーノも一緒にいる。
「うん、今日もおはよう、大和君」
「おはよう、ヤマト」
「ああ、おはよう。なのは、それにユーノ」
そのまま三人は和やかな挨拶を交わし、リビングへと向かった。
「どうしてこうなった……」
大和は今、とあるスーパーの前に立っている。目の前のスーパーは結構大きく、なかなかに人の量も多い。それがタイムバーゲン的なもののおかげなのか、元から賑わっているのか……
それはわからない。
だがそれすらも今の大和にはどうでもよかった。左手には買い物袋、右手にはチラシ。その姿がなかなか様になっている。それを聞けば大和はどう反応するのだろうか。
微妙な表情になることだけは、確かだろう。
「いや……まあ、見つかってた俺が悪いと言えば悪いのかもしれないけど……。だけど、いきなり皆の晩御飯って、ハードルが高すぎる気がするんだ、俺……」
はぁ、と軽い溜息をつく。そんな大和を不思議そうな眼で見ている人もいるが、当の本人は全く気が付いていない。それもそのはず、今大和の頭の中は高町家の晩御飯のことで一杯だ。
しかし口ではそう言いながらもしっかりチラシに印をつけているあたり、自身が思っている以上に乗り気なのは間違いがなさそうである。
とまあ、そこまで形式的に不平不満を吐いた大和は。
「……そんじゃま、出陣といきますか!」
勢いよくスーパーの中へと駆けていった。その後ろ姿からは隠しきれない喜びがにじみ出ていた。
「大漁、たっいりょう〜♪」
読んで字の如く、両手には異様なまでに膨らんだ買い物袋。先ほど袋を持っていった、とかツッコんではいけない。あまりにも量が多すぎて入りきらなかったのだ。
しかしこの大和、表現するまでもなくご機嫌である。それも今までに見たことがないぐらいの。誰もが大和のスキップ姿を見たことがあるまい。
普段は少し大人びた仕草も多い大和なだけに、この姿は相当レアなシーンだろう。こんなところをなのは達に見られたらどう思われるだろうか?
それはたぶん――――
「あれ、大和君?」
「……な、なのは!?それに、すずかもいるのか」
「ちょっと、私のこと忘れないでよね!?」
「あ、いたのか、アリサ?」
「……大和君って、アリサにはたまに酷いよね」
「「「料理!?」」」
三人娘の声が綺麗にシンクロした。それほどまでに大和が料理をできる、というのは衝撃的なことだったらしい。なのはやすずかはまだ受け入れかけているが、アリサに至っては自分に
「これは夢よ、これは夢。そうよ、大和なんかに料理ができるはずなんてないんだから」などとぶつぶつと頭を抱えて呟いている。なかなかに酷い。
「む、なんだその反応は?なんだ、お前ら、アレか?男が料理できちゃおかしいって言うのか?」
先ほどとは一転、不貞腐れた表情になる。それもそうだろう、変な物でも見るような目で見られたら、誰でもそう感じる。大和は人間なのだ、多少大人びているとしても。
だが主な原因は大和自身気づいていないが、なのはに先ほどのような態度を取られたことだ。その気持ちに気づくのは、当分ないだろうが。
その心を知ってか知らずか、思わずもれてしまった大和の本音になのはは手を振って必死に否定する。
「あ、あのね、そういうつもりじゃないんだよ!?えっと、その、大和君『が』料理できるのって凄いなって単純に思っただけで……」
「あ……」
なのはの言葉の中で明らかに強調されている部分。その意図はおそらく、すずかやアリサにはわからないだろう。現に二人はキョトン顔だ。
二人だけの秘密……なわけではないが、今この場ではそう言っても差支えはない。記憶喪失、これを知っていない人には二人の会話を真の意味で理解することはできないだろう。
だからこそ、なのはは必死に否定したのだし、大和もそれに気づいて落ち着きを取り戻したのだ。
「ごめん、そうだよな……。なのはが、そんなこと言うわけないもんな」
「ううん、こっちこそごめんね?私、言葉が足りなかったみたい」
向かい合う二人。そこには一瞬にして二人だけの世界が出来ていた。
「なのは……」
「大和君……」
近付いていく二人。そして……。
「って、何をしてるのよー!!」
「あべらっ!?」
そして、大和は宙を舞った。回転のおまけつきで。それを呆然と見送るなのはとすずか。飛び蹴りから華麗に着地するアリサ。
一瞬にして出来上がった世界は、これまた一瞬にして破壊された。
「大和君……生きてる?」
「な、なんとか……」
心配して寄ってきたなのはに地べたに顔をつけたまま答える。クリーンヒットしたこの体は、すぐに起き上がれるほどの回復力を持ち合わせてはいなかった。
「あはは……。アリサったら、日に日に上達していくね」
「勘弁してくれ、今回は俺悪くないと思うんだ……」
そのなのなに遅れて近付いてきたすずか。彼女もまた顔の引きつった苦笑いだ。すずかに手を貸してもらって、なんとか立ちあがる。確かに日に日に蹴りの威力は上昇している。
いったい、アリサはどこに向かおうとしているのだろうか?それは誰にもわからない。おそらくアリサ自身にも、だ。
ここでまあ、余談ではあるが……。大和が持っていた買い物袋は、しっかりとなのはとすずかが持っていた。器用なことに、大和は吹き飛ばされながらも荷物を死守するために二人に投
げ飛ばしていたのだった。
恐るべき如月大和。……いや、恐るべきは食材に対するその執念か。
なんとか立ちあがると、ふとアリサと目が合う。この間なのはに言われたことを突然思い出した大和はニヤニヤする。なのは曰く、アリサは『ツンデレ』らしい。そう思うとこんな仕打
ちも――不本意ではあるが――可愛らしいものだ。
だが。
急にニヤニヤし始めた俺に何を思ったのか、アリサは視線から外れるように体を隠す。顔も少し赤く、なんだか目は挙動不審だ。
なんだ……?
「な、なによ、そんな急にニヤニヤし始めて……!まさか私の体が目的!?」
「えー……、誰がお前みたいな子ども体型に興味が…………って、はっ!?」
その瞬間、時が確実に凍結した。心なしかなのはとすずかの視線が冷たい。
これはまずい……!!本能的に自身の危機を感知し、『逃げる』コマンドを…………。って、コマンド自体がないっ!?
普通あれだろ!?逃げた結果として、回り込まれたとかはあるだろう。それはまあ、納得はいかないが、我慢してやってもいい。だが選択肢すらないってどういうことだよ!?しかもコ
マンドが、『フルボッコ』って!!これ俺の選択肢じゃないよね、確実に。
大いに混乱した思考の中、アリサの視線を捉えた。
笑っていやがるっ!!
だがもう遅かった。既にその時には、目の前に白い魔王が降臨していた。その日海鳴町に子どもの悲鳴が響き渡ったのだった……。
「ったく、アリサの奴ももう少し恥と外聞ってものをだな……」
「大和君……。でも、それがアリサちゃんの良いところでもあるんじゃないかな?」
「いや、まあ、そう言われたらそうかもしれんが……。だが、いい加減なんの警告も無しに蹴り飛ばすのはやめてほしい」
「あはは……大変だね、大和君も」
「完全に他人事だな……」
あの後さしたることもなく二人と別れた大和となのはは一緒に家へと帰った。一緒に帰らない理由がない以上、こうなることは明白だ。
そして今はキッチンに立っていた。もちろん料理をするためだ、別に空の鍋で遊ぶわけじゃない。
「それじゃあ、いっちょやりますかっ!!」
服の袖を腕まくりし、改めて気合を入れる。すでにエプロン(ファンシー柄)は装着済みだ。付けた瞬間になのはに微妙な反応されたのは思い出したくない出来事である。桃子さんには
大好評だったが……。
一通り道具を揃え準備を終えた大和の姿をなのはと士郎さん、桃子さんは温かく見守っている。ちゃっかりとユーノもいた。
「ええ、お願いするわ。なんだか楽しみね、お父さん」
「ああ、大和君が言いだした時は驚いたが……。楽しみであることには違いないな」
「なんだか楽しみかも。ユーノ君もそう思うよね?」
三者三様だが、和やかであることには間違いない。そこまでは良かった。皆が見守る中、俺は勢いよく包丁を手に取り――――
止まった。
まさかの状況に誰も反応できず、何故かいち早く戻ってきたなのはがこちらにやってくる。俯いて固まっている俺に、下からのぞきこむ。そしてそのなのはも再び固まった。後で聞くと
ころによると、「別人のよう」とは三人の弁。結構気をつけなければならないと心にきめたのだった。
閑話休題。
なんの反応もない俺に、なのはがなんとか声をかけてきた。士郎さん達も現実に戻ってきたらしく、こちらに近づいてくる。しかし今の俺には耳にも目にも情報がはいらない。ただ一つ
の事柄のみ。
「…………」
「え、えと、……大和君?」
「…………ふふふ、ふはははは」
「あ、あの……?」
壊れたように笑い出す俺に、三人は明らかに引いてる。
「我が世の春がきたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
なんか人をやめたような気がした。
言うまでもないことだが、三人に大好評だったことをここに記しておく。その話を聞いて他の人にも作らされ、多くの女性陣が料理に対して自信をなくしていったというのは名誉のた
めにも言わないでおこう。
それもまたきっと、違うお話。
あとがき
本編では書かなかったことをショートストーリーで気軽に読めるような感じに書いてみました。
これからも結構書いていくと思います。
それでは。
コメントの返信
>小説拝見、悪くないお話でした。
>最近横暴なオリ主人公物が多いので、自分の事だけではなく他人の事も理解できる人になってほしいです。
ありがとうございます。
自分の主人公に好感を持ってもらえて大変嬉しく思っております。最初に決めた性格が書けているようです。
さらなる精進をしていきたいと思っておりますので、今後もよろしくお願いします。
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