あの頃は何もかもが早かった。まさにあれだ、波乱万丈ってやつか。そのおかげで、いろんなことを考えることなく過ごせたとは思うんだが なぁ……。

毎日が楽しいこと…………ばかりじゃなかったとは思う。それでも、少なくとも今では楽しいと思えるのは確かさ。それはきっととても大事 なことで、何度でも俺は同じ道を選ぶだろうな。

どうした、キャロ。そんなに俺のことが意外だったか?……あのなぁ、俺だって一応は普通の人間なんだが。どんなことがあろうと甘く優し いわけじゃない。

言うべき事を言わないこと……、それは優しさでも何でもない。そんなのは甘えで、侮辱だ。必ず自分も相手も不幸にする。

なんとなくでも、それを確かに感じていた。



なのはと協力し始めて数日経ったある日、大和は士郎と桃子に突然呼び出された。心当たりのない大和は不審に思いながらも、二人の所へと 向かう。しかし暇を持て余していた大和は、どちらにせよ二人の所へと向かうつもりだったのであまり問題視することでもなかった。

二人の待つリビングへと向かう短い道の途中で、大和はふと思う。自分は今何をやるべきなのか、と。確かに目の前のこととして、ジュエル シードの問題はある。

だが、そのジュエルシードに関しては現在、進展がほとんどないと言ってもいい状況。焦っても仕方がないので、気長にやっているのだが……。 しかし、その時の俺は知る由もなかった。

いや、考え付きもしなかったと言うべきか。ジュエルシードを探している人間が俺たちだけではない、ということ。少なくとも可能性として は上げておくべきだったのかもしれない。そのことを後に気づくことになるのだが。

閑話休題。

そんなある日のことなのだ。突然呼ばれた大和に対し、士郎は学校のことを話し始める。どうやら、大和ぐらいの年齢で学校に行かないのはい ろいろとまずいのだろう。もしくは、士郎達が不憫に思ったか。この場合は後者の可能性が高い。

だが、その話は今の大和にとって渡りに船である。もし、ジュエルシードの問題が片付いてしまえば、今度は何をするのか?こうして暇を持て あますぐらいなが、なのは達と一緒に学校へと行きたいと思う。

しかし、一通り話を聞いた大和は、少し困り顔で士郎に学校には行けないことを伝える。ここでも生来の性格が災いした。

「ありがたいんですけど、わざわざ私立の学校に通わせてもらうわけには……」

さすがにこの提案をすんなりと受け入れるわけにはいかない。現在、高町家では三人が学校に通っている。それに大和が加われば四人に 増え、単純計算でも学費は馬鹿にならないぐらいに増える。そのお金をどこから持ってくるか……、それはもちろん高町家からだ。そうすれ ば士郎達の負担は増えるだけだ。

そんなこと大和は認めるわけにはいかない。それがたとえ、士郎達から言いだしたことだとしてもだ。そもそも大和自身は自覚していないか もしれないが、意外と義理固いところがある。そんな人間がこの提案を受け入れられるはずもない。

兎にも角にも、大和は必死に抵抗しようとした。だがしかし、大和も最終的には意見を飲むことになってしまう。大和の性格をよく見抜いて いた、必殺の一言。義理固さが仇となるようなことを言えばいいだけ。

つまり。

「子どもは親に甘えるものでしょう?」

という、桃子さんの一言によって。大和には最初から為す術などなかったのだ。大和はその瞬間、嬉しさと申し訳なさが心に入り混じって複雑 な気持ちになった。



それからはとんとん拍子で話が進んでいき、テストは今度の休日に行うということになり、今日もぶらぶらと街を散策することにした。勉強 などしなくてもいいのかと言われそうであるが、特別する必要はないと言われたのだ。それならば、わざわざやらなくてもいいことをやるつも りはない。

ということで、今日も今日とて大和は日課の散歩にくりだしていた。

――――はずだったのだが。



大和は再び異様な空気に身をさらしている。胃が痛むのを感じながら、大和はこの間のなのはとのやり取りの時の空気を思い出していた。ど うも最近このような空気に縁があるようである。大変喜ばしくないことではあるが。

そんな大和の目の前には、机を挟んで二人の女性が座っている。一人は金髪をツインテールにした女の子、もう一人は犬耳(?)を生やした 長身の女性。街ですれ違えば、男なら間違いなく振り向いてしまうぐらいに綺麗だ。まあそんなことしたら、いろんな意味で危ないかもしれ ないが。

事実、絶賛胃が悲鳴をあげている大和自身もこんな状況でなければ喜べるんだろう、と思っていた。それからも彼女たちのレベルがどれくら い高いかは察していただけると思う。

話を元に戻す。

そんな大和と彼女たちの間にはテーブルがあるが、その上には所狭しと並べられた和食の数々が存在する。ある意味、この状況の一番の被害 者は料理と言えるだろう。

出来上がりには熱々だった料理も、今はだいぶ冷めてしまっていた。そんな料理を見て、大和は一握りの勇気を振り絞る。

「……あの、食べてくれないと大変困るんですけれども……」

おずおずと話しかけてみるが、瞬時に睨まれてしまい肩をすくめる。笑うならば笑え。大人の女性に殺気を込められて正面から受け止めるよう な精神は、今の俺にはない。俺、何かしたのかねぇ……。まあ、知らないうちにやっているって可能性は大いにあるんだが。

(主に犬耳から)見つからないように溜息をしつつ、この状況の原因をゆっくりと思い出していた。



話は2時間ほどさかのぼる。

ぶらぶらと街中を散歩していた大和。現状、自分自身の記憶の手がかりが全くないと言ってもいいので、とりあえず身近な所からという理由。 本音を言えば、たんに散歩でもしていれば気でも紛れるかと思っていただけだ。

今日の天気は何故か特に気持ちよく感じる。その陽気に当てられ、いくらか俺はぼーっと歩いていた。そんな状態で遠見市――出かける前に 地図は覚えている――まで来た俺は結構呑気だったのだろう。

ここで余談ではあるが、大和の魔法には相当穴がある。この間なのは達と大和の魔法について話し合った時に浮上した問題点。

まず一つ目、防御系と拘束系はとことん苦手であること。これはもう致命的と言ってもいいぐらいに出来なかった。しかし苦手と言うよりは、 不可能と言うべきか。

次に二つ目、魔力変換資質は炎よりであるのに、そこまで自身の炎への変換効率があまりよくないこと。これはユーノにも原因がわからない ようだった。

そして三つ目、魔力を感じる能力がそこまで高くないこと。いや、低いと言ってもいいほどだ。なのはの魔力に関しては近くにいたとはいえ、 ほとんど偶然だと言えるのだ。

大まかに上げてみればこれだけだが、細かい点も上げてしまえば数えきれないほどあるかもしれない。ある意味で、大和は普通とは違ってい た。

閑話休題。

つまり、俺の魔力感知能力は底辺レベルだということ。それを聞いた瞬間、あのフェレットもどきを八つ裂きにでもしてやろうかと思ったの は内緒だ。まあ、そんな感知能力ではこの街に魔導士は誰もいないと言っても何の説得力もない。

さらにここでまずかったのが、なのはも感知していなかったこと。その説得力のない二つの理由で、俺たちは何故か安心してしまった。戦場 にて小さな油断は大きな命取りになるというのに。そんな初歩的なことも忘れ、俺は呑気に街を歩いていた。その足取りは軽い。自分でも何 が楽しいかはわからないが、何かが楽しいのだから仕方がない。

そして完全に油断して曲がり角を曲がろうとしたその瞬間。

『Master』

「どした?」

『See ahead. You run against』(前を見てください。ぶつかります)

その言葉の意味を確かめる間もなく、俺は誰かと盛大にぶつかった。

ガンッ!!

「うぇはっ!?」

「きゃっ!?」

頭どうしがぶつかったせいで眼の前で火花が散っている。今の状況を目ですぐさま確認することはできないが、声からするとどうやら女の子 とぶつかったのか。

そんな俺たちは現在進行形で地面に倒れこんでいる。それも女の子の方に向かって、俺『が』押し倒すように。

さあ、ここで皆さんは冷静に考えてみよう。今の現場は人通りの多い道。そして子どもとはいえ、男性が女性を押し倒している(ように見え るだけなのだが)。トドメとして、真昼間である。

そこから導かれる結論は、変t……。

…………ぬぁぁぁっ!?!?

なんか知らんが、これは絵的にあまりよろしくないような気がする、というか確実によくないっ!?!?

直感的にそう判断して、大和は瞬時に彼女と位置を交換する。こうすれば間違っても、大和『が』押し倒しているなんてふうに見えな いだろうという魂胆だ。

そこで再びうっかりスキル発動させる。

大和の力ならなんとか持ち直せることをすっかり忘れていたのだ。それに気づくのは果てしなく後なのだが、この場ではもはや関係のないこ と。

つまり女の子が男の子を押し倒している(!?)絵に変わっただけで、状況は何ら変わっていない。むしろ、もうどうしようもないほどに深 刻になっていて。

そしてさらに不幸は加速していく。元々倒れるまでの猶予はほぼなかったのに、さらに位置換えのために時間を使った。

するとどうだろう。女の子が何かをするような時間はなくて、そのままの勢いで俺たちは地面に倒れこんだ。

だが忘れていないだろうか。女の子は何の反応もできずに大和に倒れこみ、大和も位置を換えただけでそのまま地面に倒れこんでいる。正確 に言えば、大和は女の子と向かい合っている格好だ。つまり何が言いたいかというと。

チュッ……。

その瞬間、もう何かが吹き飛んだような気がした。

確実に。



「すみませんっしたぁぁぁ!?」

互いの唇が触れあってしまった――事故とはいえど、紛れもなくファーストキスである――ことに気づいた俺は、すぐさま彼女に対して土下 座した。自身の考えうる最大の土下座であるジャンピング土下座。地面がコンクリートだとかそんなのはこの際気にしていられない。とにか く謝らなければと思い、体がすぐさま動いた。ついでに彼女の顔は見ていない。それはただ単に怖くて見れないからだ。

なんて俺は万死に値することを……!?今朝に憤死するとか言っていたような気がするが、これはこれで死んでしまいたくなる。

そうして土下座してどれぐらい経ったか――すくなくとも大和には永遠のように感じたられた――、彼女がか細い声で話しかけてきた。

「あ、あの…その、私は気にしていませんから。か、顔を上げてください」

「無理ですっ!!」

即答。

ここは即答しちゃいけないようなタイミングだったかもしれないが、気にはしない。ほらみろ、彼女はさらに困惑している。少なくとも彼女 の声音から俺をどうにかしようという考えはなさそうなので、顔だけをあげる。そこであからさまな視線に気づいた。

あれ……?なんか凄い注目されてたりするね、俺。

大和が恐る恐る顔を上げていくと……。案の定というか、認めたくなかったというか。顔を真っ赤に染めた女の子が立っていた。

視線が合ってしまう、それはもう誤魔化しようがないほどに。

…………。

「やっちまったぁぁぁぁっ!?!?」

「!?!?!?」

急に叫び出す大和、それに驚く彼女。もうすでに状況は収拾がつかった。



「はぁ、はぁ、はぁ……。よ、よし、ここで一旦冷静になろうじゃないか、お互いに」

「えっと、それはむしろ君の方じゃないのかな……?」

あの後彼女の手を取った大和は、取りあえず逃げ出すために行く当てもなく走り出した。そして無意識に来たのは、何故かなのはとよく来る 海沿いの公園。一体、どれほど走ったんだと言いたいぐらいだ。そこで初めて彼女の手を離す。心なしか彼女の顔はまだ赤かった。

赤いが……、それにしても可愛い。

…………いかん、思う存分に冷静になれ、俺。

いまだ混乱していることに気づいた大和は、一旦深呼吸する。

そんな大和の姿を彼女は不思議そうにずっと眺めていた。そして本格的に落ち着いてきた頃、ようやく彼女とまともに話し始めることができ たのだった。

「すまん、さっきはなんて言えばいいか……。とにかく、申し訳ないっ!」

手を合わせて、勢いよく頭を下げる。さっきのでさすがに学習したか、今度は土下座をしない。うっかりの多い大和だってあの状況はもう お断りだ。

とはいえ、適当に謝っているだけに過ぎない今の状況も最善とは言いがたい。だが幸か不幸か、大和も彼女もそれを気にする余裕は今のとこ ろなかった。

「……あの、だから、さっきも私は気にしてないって言いました」

困惑したような声。しかしその声にはどこか覇気がない。不審に思った大和は彼女の顔を少し詳しく見る。するとそれとなく原因が分かった。 顔色がちょっと悪いのだ。

今まで気づかなかった自分の不甲斐なさに多少苛立つ。

「…………なあ、ちょっと……いいか?」

「?え、えと、はい……」

急に真剣になった俺の表情と言葉に怪訝そうな様子を示したが、すぐに諦めたかのように頷く。むぅ……、どこか釈然としないが、まあいい だろう。ここはあれだポジティブシンキングで考えよう。

そのまま彼女の額に大和は何気なく自分の額をくっつける。とりあえず熱でも測ってみることにしたのだが、どうやらまた大和は懲りていな いらしい。

「!?!?!?!?!?」

「お、おわっ、きゅっ、急に熱が上がった!?お、おい、大丈夫か!?」

すぐ目の前にある彼女の顔がみるみる真っ赤に染まっていく。声にならない悲鳴を上げながら離れようとする彼女を、大和は思わず放してし まう。そんな自分の手を大和はまじまじと見ていた。

十分に距離をとった後、彼女は息も絶え絶えに言い放つ。顔が真っ赤なので迫力は皆無だが。

「な、なな、何をっ……!?」

「いや、何って……。まあ一般的な、熱測り?」

「何でそこで疑問形なんですかっ!?」

腕を組んで首を傾げて答えたら、なんか軽く怒られた気がする。いやしかし、彼女に熱がないとしてあれはいった、い……。

そこで大和の思考はある一つの可能性に辿り着いた。

……マテ。オレハイマナニヲヤッタ?サキホドモタシカ……。

……………………うん。気にしないでおいた方が、やはり精神衛生上よろしい。

しかしまた話が進まなさそうである。彼女が何もしてほしくないとしても、大和はそれを良しとしない。それが例え善意の押しつけであった としても。

そうまでさせるものが、確かに大和の中に存在していた。しかし今の大和はそれに気づかない。ただ目の前にいる儚い彼女のことを、どうに かしたいと思っていたから。

だからこそ、この機会で大和は彼女に何かをしてあげたいと思うのだ。ちょうどいい理由もあるのだ。それを今利用しないわけにはいかなかっ た。

だが今の俺に何ができるか……って、あるじゃないか。この俺が今できるたった一つのこと。だから彼女に提案した、いつものように。

つまり深く何も考えずに、だ。

「じゃあ、料理をつくろう!!」

今思うとなんて軽率だったと思う。そもそも話が繋がっていないような気がするとか、変なところを上げようと思えば上げられる。それなの に彼女は何故かその時、先ほどよりも抵抗しようとはしなかったのだ。



その時の俺はそれがさも当然のようなことに思え、そうでなくてはならないと感じていた。なのはに対して感じていたものを、確かにフェイ トにも感じていたのだ。



彼女を怒涛の言葉ラッシュで丸めこみ、二人で彼女の部屋へと歩いていった。道中さすがに何も話さないのは寂しいし、俺としても女の子の 友達は多い方が嬉しい。なので、世間話ということで差しさわりのないことを話しだした。もっとも、最初の方はあまり乗り気ではなかった ようだが。

だがしかしそこはそこ。どうやら大和は女の子に対してだと、いつも以上に頭が働くようだ。丸め込む、と言ってしまえば言葉は悪いが、彼 女と仲良くなり始めていた。それこそが大和の特技とでも言えるだろう。

なのはに対しても然り、アリサやすずかに対しても然りである。

そんな二人はお互いの容姿の話に移っていた。むしろ可愛い子の容姿について触れないなど何の冒涜か、というぐらいである。ただそれ以上 に金髪というのは、やはり目を引く。それが綺麗ならばなお更。

彼女――フェイト・テスタロッサと名乗った――は金髪のツインテールだ。

あの金の悪魔と同じで、あの金の悪魔とは違うツインテール。中身的にはあちらは凶暴だが、こちらはどことなく儚げだ。なんと表現すれば いいのだろうか……。触れれば壊れてしまうと言えばいいのか。

大和の中でフェイトに対する第一印象はだたいこういう感じだった。

そんなこんなで俺たちはフェイトの部屋に着いた。彼女の話によると今は二人で住んでいて、もう一人は出かけているとのこと。そしてもう すぐ帰ってくるから、その彼女の分も作ってほしいと言うこと。って、本当に我ながら仲良くなったよなぁ……。なんて考えながら、台所に 移動した。ついでにフェイトも一緒だ。

そんなフェイトの表情はどこか心配げだ。まだ大和の料理の腕を信用していないらしい。当然の反応であるが、大和はそれが面白くなかった。 だからこそいつもよりも張り切っているのだ。

水がかからない程度に袖を捲り、ほんの少し気合を入れる。

ふふふ、ならばっ!!

そう勢いよく冷蔵庫を開ける、と。

…………あれ?

覗き込んだまま、大和の体は固まった。早く閉めなければ電気代が、などというツッコミは無粋だ。

錆びている機械の如く首を動かし、背後に立つフェイトに意味有り気な視線を向ける。だが、フェイトは大和の言いたいことがわかっていな いようだった。

しょうがないので屈んだ体勢から立ち上がり、大和はフェイトに向き直る。ほんの少しこめかみが痛んだ。

「…………なあ、フェイト」

「えと、どうしたの?」

「いやあのさ……、これ、この食材。本当に『全部』使っていいのか?」

大和が指差す冷蔵庫の中には様々なものが入っていた。しかし、どれもこれもが共通して使われた形跡が全くと言っていいほどない。

そして冷蔵庫の中に気がつけば、さっきまで気にもしなかったことが急に疑問になり始める。例えば、調味料など。中には使われていない どころか、封を開けられてない物のもあるほど。これはさすがに異常な光景である。

だが、部屋の主であるフェイトは大和の言葉をあまり理解できてなさそうに頷く。実際、大和の言いたいことがわかっていないのだろう。先 ほどからずっと不思議そうな顔のままだ。

「うん、大丈夫だよ?私達はほとんど使わないし、それにちゃんと作れないから」

「…………そうか」

どこか寂しそうに見えるフェイトの表情に、大和は開きかけていた口を閉じる。今は言葉ではなく、違うもので示したいと大和は思った。

故に、彼は新たな戦場に立つことにする。

そう、台所という戦場に!ふふふ、燃えてきた、燃えてきたぞ!!フェイト、先ほどの言葉を驚嘆とともに撤回させてやろうではないか!!!

大和の今のオーラを表すことが出来ようものなら、きっと背中に真っ赤に燃え上がる炎が見えることだろう。それほどまでに今の大和は燃えて いた。

なんて大和の内心など露知らず、そんなフェイトは未だ大和の後ろに立ったまま。どことなく所在なさげだが、決してそこから離れようとは しない。

そのせいか、さすがの大和も背後に立たれたままでは料理がしにくいようで、少しして作業していた手を止めた。その姿をフェイトは不思議 そうに見つめている。

「いや、フェイト……?俺が作るから、座ってていいんだぞ?」

「でも、なんだか悪いよ……」

いいえ、この場で圧倒的に悪いのは俺の方です。なんて絶対に言わない。言ってしまえば、また先ほどの二の舞だ。ふふふ、この如月大和、 同じ轍は踏まん!

などと本気で思っている人間は、うっかりで何度も間違いを起こさないとは思うが。今の大和にその手の説教は効果がないだろう。良くも悪 くも、今の大和の頭の中はフェイトのことで一杯だ。

ガリガリと頭を掻いた大和は、もう一度フェイトと視線を合わせた。しかしそれも一瞬。小さなため息を一つ吐いた。

「……じゃあ、ちょっと手伝ってもらおっか」

フェイトのどこかしら意志のこもった眼に、大和も折れてしまう。先ほどからは想像できないが、これも緊張が解れてきたおかげかと思うこ とにしたのだ。何でも理由付けするのは大和の長所でもあり短所でもある。

でも、俺の意志が弱い…………い、否、断じて否!!女の子に甘いと思うことにしておこう。…………それはそれで駄目な気がしたが。

一刻も早く記憶を取り戻しておこうと心に誓った大和だった。



そして数十分後にはテーブルの上に所狭しと置かれた和食の数々。料理だけを見ればどこかの料理やかと思うだろう。それほどのものを大和 は作ったのだ。

そんな料理を傍に、大和は胸を張るようにフェイトの目の前に立っている。今回はよほどの自信作のようで、盛り付けにはいくつもの工夫。 見た目にも美味しそうに見えるその料理は、人々の食欲を誘うだろう。事実、フェイトの視線も釘付けになっていた。

まあ、おそらく本人は必死で否定するだろうが。

「っと、これで完成だ。どうよ、フェイト!!」

「……本当に料理できたんだ……」

…………あっれー?

まさかの一言に大和は呆気にとられる。だがそこまで落ち込んでなさそうに見えるのは、心のどこかでその可能性を考えていたからか。

しかし平静を装うとする大和の内心は大変なことになっていた。

……もしかしなくても、俺って今の今まで信用されてなかった?もしかして手伝うって言ったのは不安…………い、いや、ま、待て!ここは、 そう、ポジティブシンキングだ!見た目同い年な男が料理なんて……。

そこまで考えて一気に思考を叩き壊す。どうやら最近の大和は暴走する傾向にあるようだ。不思議そうに見ているフェイトにちらりと視線を 向けて、気づかないぐらいにため息をついた。

少しは自嘲せねば……って違う、自重だ。嘲笑ってどうするよ、俺。

どうやらまだまだ落ち着くには程遠いようだ。

乾いた笑みを浮かべる大和をフェイトは不思議そうな目で見ている。先ほどの一言も悪気はないのだろう。そう自分を納得させた大和はフェ イトとともに向かい合うようにして座ろうとした。

まずはフェイトを座らせる。遠慮しがちなフェイトの扱い方も分かってきた大和は、なんなく座らせる。そうして自分も座ろうとしたその瞬 間。

「それでいつごろ食べるんだ?さすがに遅くなるようだと冷めるし……」

しかしその大和の言葉は、玄関から飛び込んできた何かに遮られた。

ああ、俺また飛んでる……なんて考えながら。何の準備もなしに吹き飛ばされた大和に出来ることがあるはずもなく、何時ぞやのように顔面 から床にダイブした。それはもう漫画の如く。

ズサーっと一定距離を滑っていった大和は床に顔をつけたままで考える。

……最近は妙な縁があるな、床と。

そんな状態赤くなった顔を摩りながら、先ほどまで俺が立っていた方を見る。倒れたままなので視界が九十度ほどおかしいが、それでも目 当ての『ソレ』は確認できた。

……奴か、俺を吹き飛ばしたのは。

視線の先にはフェイトよりも身長の高い女性。フェイトを守るように立っている。そんな彼女にフェイトは何かを言っているようだが、聞く 耳持たずと言った感じだ。どこか理不尽を感じつつも、俺は両手を上げながら立ちあがった。

今から話し合うか戦うのかはわからないが、一応は敵意がないことを示しておかねばまた問答無用で吹き飛ばされる羽目になる。そんなのは さすがにご免なのだろう。

そのまま何事もなく立ちあがった大和に彼女は驚いたようだ。そんな彼女の様子を見て大和は少しムッとする。

失礼だな、こいつは。

「ええい、フローリングが無ければ即死だった……!!」

「あ、あんた、あれを食らって普通に立てるのかい!?」

「普通は先に言うことがあると思うんだが……まあいい。体の丈夫さも取り得なんでね。さすがにいきなり吹き飛ばされるとは思っていなかっ たから、無様に顔面からダイブはしたが」

「い、いや、先にツッコむところがあるんじゃないかな、二人とも……」

フェイトが何かを言っているようだが、今の大和の耳には入らない。ただ目の前の闖入者にだけ注意が向けられている。その闖入者に対しあれ ぐらい何でもないと言外に匂わす。さて、後は彼女がどうでるかだが……。予想通り、彼女はフェイトをさらに守るように立った。

そんな彼女を大和は気取られないように分析する。完全に油断していたとはいえ、自分に一撃を与えた相手なのだ。情報を集めておいて損にな ることはないだろう。

「フェイト、駄目だよあいつは。魔法なら相手にならないけど、殴り合いじゃ分が悪い……。フェイトだけでも逃げるんだ」

「えっと、だからアルフは誤解してるだけだよ。大和はそんな人じゃ……」

その言葉を聞いた瞬間、殺気がさらに膨れ上がった。なんか今俺の名前に反応しませんでしたか?あと、この立ち位置だと明らかに俺が悪役 だよね。

しかし今の大和にとって彼女が何者なのかとか、どうしてこうなっているのかとか、魔導士だってばれてるとか、そんなことはどうでも良かっ た。それ以上に彼の心の中を占めるものがあるから。

だから二人に言ってやったのだ、俺の本心を。

「……なあ、いいか、二人とも」

「っ……!」

「や、大和」

彼女は突撃できるような構えに、フェイトは逆に不安そうな表情に。だからだろう、俺の言葉が一切予想できなかったのは。……普通できる わけない、なんて反論は聞かない。

「料理冷めるから、早く食べてほしいんだが……」

そのさいの二人の顔は見ものだった。若干フェイトの表情は女の子としてどうかと思いはしたが。



そして今に至る。あの場を収めてなんとか各々テーブルに着きはしたものの、まだ箸すら持っていない。だがそこには先ほどと比べれば何の 問題もなかった。

……………………って、問題ありまくりじゃねぇかっ!?!?

ま、まあ、俺への敵対心は許したとしても、料理への冒涜は許せん。だから先ほど俺は言ってやったのだ。

その結果としてこの状況。やったことに対しては後悔など微塵もしていない大和も、さすがにこの空気は耐えきれないようだ。だが、そんな 大和に救いの手が伸べられることになる。

この空気に耐えかねて言葉を発しようと大和が口を開きかけたその瞬間、

ぐぅぅぅぅぅう……。

「「「…………」」」

物凄く響き渡った。静かだったのもあるし、感覚が鋭敏化してたのもある。

しかし、なんと言えばいいのか……。犯人が分かっているがゆえに、これは笑いが抑えられん……!

口を押さえて肩をぷるぷると振るわせながら下を向く大和とフェイト。もうこの時点で先ほどの音の主が誰かおわかりいただけるだろう。当の 本人は恥ずかしさからか、顔を真っ赤にしていた。

「な、なんだい!そ、そんなに笑いたきゃ笑えばいいじゃないかっ!?」

「じゃあ、遠慮なく。だーっはっはっは!!……いや、すまん。だからその目は止めてください」

本気で笑ったら涙目で睨まれた。さすがにフェイトは笑ってはいないが、少しお腹を押さえて顔が少し赤いのは、見なかったことにしよう。 とにかく食欲があるなら、先ほどのような顔色に戻ることはないだろう。

少し安堵する。改善できる余地が見れたのなら来たかいがある。本来の目的が達成されたと感じた大和は、いつまでも解決しそうにない問題 に手をつける。

そう、ただ一言でいいのだ。それを大和が勇気をだして言うだけ。すぐさまフェイトに目くばせする。それだけでフェイトも頷いてくれる。

いつのまにか大変仲良くなった二人であった。

「せっかく作ったし、料理に罪はないんだ。口に合うかはわからないが、食べてくれ。フェイトも一緒に手伝ってくれたから何の心配もいら ない」

「うん。ね、アルフ。私も手伝ったんだ」

にこっと笑って料理を差し出してくるフェイトに観念したのか、彼女――アルフ(仮)とでもしておこう――がその皿を受け取る。

その時の表情が優しく見えたのはおそらく気のせいではないだろう。それほどまでに劇的に表情が変わっていた。それを見て大和の心も和む。

「……別にあんたのために食べてやるわけじゃないんだ」

なんてテンプレなツンd……!!

とは口が裂けても言えるわけがない。よって首を縦に振るだけで肯定する。その様子にフェイトも安心したのか、皿を受け取った。

内心で少し冷や汗を流しながら、大和もそれに続く。これで食べる準備は整った。三人は手を合わせる。

「それじゃ、頂きます」

「いただきます」

「……いただくよ」

結局、フェイトとアルフの箸は一時も止まることはなかった。それをニヤニヤしながら見ていた大和は、相当怪しい人間かもしれない。

今更ではあるが。



「本当に美味しかったよ、あんた。…………どうして、こんなことをしてくれるんだい?」

食事の後に使った皿を片づけていると、そっとアルフが話しかけてきた。まだ声にはとげが残っているが、そんなものだろう。大和にしても 『そういう』意図をもって料理をふるまったわけではない。純粋にフェイトに作ってあげたいと思ったからこそ、だ。

大和自身それを言うのが嫌なわけではなく、むしろ言ってやりたいぐらいだ。フェイトのために作ったんだ、と。

だけどアルフの質問の答えはそれじゃないとわかっていたからこそ、大和は軽く気配でフェイトの居場所を探る。こんな所で役に立つなど思 いもしなかったが。

……いないみたいだな。

少し安堵のため息をつくが、すぐに真剣な表情になる。決して顔はあわせない。理由はどうあれ、フェイトが今現在『ああいう』状況である ということ。それを嫌っていながらも改善できていないアルフに対し、大和は全面的に友好関係を築けるわけじゃない。

それはおそらくアルフもである。だからこそ、お互い絶対に目を合わせない。

「……フェイトの顔色が悪かった、それが理由じゃ…………いけないのか?」

吐き捨てるように呟いた。吐きだした言葉には様々な感情が込められているが、どれもこれもが良い感情ではない。

アルフの言いたいことは、聞きたいことはわかる。大和だって思っている。どうしてこの部屋にアルフと二人だけで住んでいるのか。どうし てあんなに顔色が悪かったのか。両親は、他の家族は。

……聞きたいことはたくさんある。それこそ挙げ始めればきりがない。だからこそ、大和は何も言わないのだ。

「あんた……」

直接見なくても、アルフの表情が曇っただろうことがわかる。知り合いになってから時間もほとんど経ってはいないが、アルフはどうやら表 現が豊かなようだ。喜怒哀楽もストレートにでる。フェイトに少し分けてやってもいいぐらいではないかとも思うぐらいだ。

大和は先ほどとは違う空気を肌で感じていた。その中で言葉を選んで自らの気持ちを伝えていく。ここは自分の気持ちを隠すべきじゃないと 思っているから。

「ここでの俺は『フェイトとアルフにご飯を作った男』だ。それ以上でもそれ以下でもない。……今はこれでいいと思うんだ、アルフ」

口は動かしながらも手は休めない。料理は後片付けまで。それを怠る者に料理をする資格はない。そう常々思っている大和は最後まで人任せ にすることはなかった。

最後の一枚を片付け終えると、もう話は終わりだとばかりにアルフと向かい合う。今度はしっかりと視線を合わせる。だが逆にアルフの大和 を捉えるその瞳は、どこか不安げだ。おそらく大和が敵かそうでないのかを確かめようとしているのかもしれない。

だが、そんなこと大和にはわからないし、わかると言う気もない。今はそれでいいのではないかと思うのだ。わざわざ自らの世界を味方と敵 に二分する必要はどこにもない。そんな生き方では疲れてしまうだけだ。

「……わかったよ。あん「大和だ」……ああ、大和。でも、それでも、あたしは……久しぶりにあの子の笑った顔を見たんだ。それがどんな に小さなものでも……。だから……」

そこまで言って俺の視線に気づき、慌てて手をぶんぶんと振る。顔も少々赤くなっている。それを見て大和も少し微笑む。

アルフの感情表現豊かなところは長所だろう。それほどまでにコロコロと表情が変わる。

「……って、なんであたしは今日会った大和にこんな話なんかしてるんだろうね」

「さあ、な。そんな日があってもいいと思うぜ。俺もそんな気分だったんだ、たぶんさ」

そんな不思議な俺たちの会話は、フェイトが入ってくることで中断された。それからもう同じ話題が出ることはなかった。

だが大和は人知れず心に誓ったことがある。それは――――



「そんじゃ、遅くなるといけないから」

「……うん、そうだよね」

「フェイト……」

フェイトが戻ってきてからは楽しく話した。少なくとも俺はそう思っているし、フェイトも時々笑顔がこぼれていたから。まあ、アルフはよ くわからなかったが。でも最初ほど嫌われてはいなさそうではある。嫌われて喜ぶような人間ではない。

そうして夕方まで三人は話していたのだ。しかし桃子達と夕方までに帰る約束をしていたのを思い出した大和は、フェイトに帰る旨を告げた のだが、それからフェイトがぐずり始めた。

そんなフェイトを宥めながら、自らも帰りたくないと思っていることに気づいた大和。ただその理由まではわからない。大方、楽しい時間を 過ごせたからだろうと当たりをつけていおいたのだが……。

まだまだ大和が鈍感から卒業するのは遠い未来のようだ。

「……フェイト。また来るから、必ずご飯を作りにくる。さすがにそう頻繁にくることはできないけど、な」

フェイトの目をしっかりと見つめ大和は言葉を紡ぐ。それに応えるかのようにフェイトもしっかりと大和を見つめていた。

こんな約束をする大和を甘いと言う人もいるだろう。それがわかっていても、大和は自然に言葉を紡いでいた。だからこそ、フェイトも笑顔 で応えてくれるのだ。

「……うん、約束……だよ?」

「ああ、約束だ。俺とフェイトと……アルフの、な」

「!……ああ、そうだね。あたしも、待ってるよ」

一瞬驚いたアルフも、苦笑いのような笑みを浮かべて答えてくれる。今はまだ道が交わる時じゃない、そう思う。だからこそ大和達は笑って 別れられるのかもしれない。

それはきっと、今気にするべきことじゃないのだ。今はただ、友達として別れたい。

「またな、フェイト、アルフ」

「……うん、ばいばい、大和」

「気をつけて帰んなよ」

だから手を振って別れるのだ。そう遠くない未来、俺たちの道が非日常の中で交わるとしても。もう一度、いや何度でも『日常』の中で会う ために。

俺は、背中でドアが閉まるのを感じた。



そうして格好良く――大和自身はそう思っている――部屋を出たところまでは良かった。大和は空を見上げてぽつりと呟く。すでに太陽は沈み 始めていた。街の街灯にも灯りがつき始めている。

「ああ……、こりゃ約束の時間までには帰れそうにないな…………」

魔王のような桃子さんに追い詰められる自分を想像してしまい、大和はげんなりしてしまう。すでに約束の時間は大幅に過ぎてしまっていた。

重すぎる足を無理矢理に動かしながら、大和はなんともすっきりしない気持ちで帰宅の途に着く。

街の明かりがやけに眩しく見えた――



余談ではあるが、高町家に辿り着いた大和を待ちうけていたのは想像を絶する地獄だったとか、二大魔王だったとかなんとか。

それはきっと、また違うお話。



あとがき

やっとフェイトを出すことが出来て、だいぶ登場人物も増えてきました。
これからもしっかりと更新していきたいと思います。



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