4.「高町なのは」
あの頃の『自分』は…………きっと、『俺』の意志で動いてなかったと思う。見えない何かに動かされるように生きていた。それが失った記憶によるのか……今はもう、わか
らない。
自分の意志で動いていると思っているマリオネットは、どれほど滑稽に見えることか。
…………だけど、今はそれがきっと大事なことだったと思える。滑稽だとしても、それが間違いだったなんて思えない。たとえ自分の意志で無かったとしても、失った記憶に
引き摺られて動かされたとしても、だ。
そうでなければ俺は行動を起こせなかった。自分の弱さだと認められるからこそ、あの行動は正しかったと胸を張って言える。
そして今はもう……もっと大事なものを、俺は得ることができたんだ。
なのはが夜中にジュエルシードを封印した次の朝。この日が休みであることに、大和は大変感謝していた。如月大和という人間はある点においては嘘が上手であるが、ある点
においては嘘が大変下手である。
「……時間をかけるわけには、いかないよな…………」
真に時間が解決してくれることなど、この世には存在しないのだから。
昨日と同じように目覚めた朝は、しかし快晴の天気とは裏腹にどこか暗く重い。それを強く感じながら、だらだらと大和は着替えていく。単純な作業も沈んだ気持ちでは捗ら
なかった。
昨日より少し遅めにリビングに現れた時、すでになのはは定位置に座っていた。その姿に大和はほんの少し安堵する。まだ目に見える所で『日常』は壊れていないことを確認
したからだ。
そんなことを露知らず、なのはは元気よく大和に挨拶をかけてくる。
「おはよう、大和君」
「ああ……おはよう、なのは」
思った以上に上手くやれたことに対し、大和は嫌悪する。この行動は人間として正しいのか否か、……いや、『如月大和』として正しいのか否か。
朝食の間中考え続けていたが、結局答えがでることはなかった。
いつもどおり――に過ごせたかはわからないが、少なくとも誰も大和の態度を気にすることはなかった――朝食を終え、片づけを終えて各々散らばり始める。なのはも例外で
はなく、自分の部屋へと戻っていった。
その姿を大和は恭也と見送り、互いに目配せを行う。それに頷き合いながら別れて大和もそのまま部屋へと戻っていくなのはを追った。その足取りは、少し重い。
体中に重りを付けられているかのように。
それでも一直線になのはの部屋に向かうと、やはりドアは閉まっていた。だが部屋の中には気配があり、なのはと誰かの話声も聞こえてくる。それを聞いて咄嗟に隠れてしま
う。
疚しいことは無いというのに。だが、大和は冷静に考える。このような朝早くからなのはに来客があるとは聞いていない――聞かされていないという可能性はあるが――から、
この声は一体誰のものか?
それを確かめてからでも遅くはないと思うが、これ以上遅らせてしまえば自身の決意すら危うい。大和は意を決してドアをノックした。
今にも震えだしそうな手を抑えつけながら。
「なのは、……少し話が、あるんだ」
「大和君?えっと……どうしたの。なんだか怖いよ……?」
しかし大和のその努力はあっけなく見破られる。
どことなく不穏な空気を感じとったのか、それはわからない。だが大和の異変になのははすぐに気づいた。
そう、自分すら騙せないような嘘は、誰かを騙すなど到底できようもないのだから。そのことを大和は考えすらしていなかったのだ。
だがそれ以上に、今の大和はなのはの姿から目を逸らせないでいた。それもそのはず、しっかりと大和は見てしまったから。
なのはの肩が一瞬だけ、竦んだのを。そして顔も強張っている。その姿を見、少しずつ大和の中に罪悪感が芽生えてくるが……。
すぐにその考えを追いだす。
恭也さんに言ったことを嘘にするつもりか?……そんなことはない、いずれは言わなければならないこと。ただ……そう、『ただ』タイミングが悪かっただけだ。
再びなのはの視線に正面から向き合う。これは逃げてはいけないこと、なのはがこれからも魔法に係わっていくというならば……『覚悟』を決めてもらわなければならない。誰
かを……危険に巻き込んでしまうかもしれないという事を、平和に暮らせる未来を振り切ってまで戦い抜くことを。
その先にある未来が、幸せになりうるとは限らないのに。それでもきっとなのはは、往く。それは確信にも似た予感。
不安そうに見つめてくるなのはの足元では、ユーノが大和を見上げている。その目がどこか非難しているように見えて少し居心地が悪く感じられる。馬鹿なことだと自分に言い
聞かせて頭を振った。
なのはが遠いな……。
近いのに遠い、矛盾したようなその気持ち。手を伸ばせば簡単に触れられるのに、手を伸ばしても絶対に触れられない気がしていた。
そのことに気づいて、何故だか…………哀しく思った。
少し時間を巻き戻すことにしよう。
大和がなのはを追って出て行った後、リビングでは士郎と恭也が何をすることもなくただある一点を見つめていた。
An another view
「恭也」
出ていく大和を見送った恭也はその場に立ち続ける。いや、立ちつくしていると表現すべきか。どこか真剣な表情で虚空を見つめている。だがその後ろ姿は物悲しさを醸し出し
ていた。
そんな恭也に士郎は声をかける、ほんの少しの躊躇いを振り切って。
「どうして……任せようと思ったんだ?大和君は確かに悪い子ではないのかもしれない。だが私が言うのも何だが、知り合ってまだ三日目だ。その短期間でどうしてなのはを?」
士郎の問いに答えることなく、恭也はただ前を見つめ続ける。そうして、少し時間が経っただろうか。恭也がぽつりと呟く。
「……悔しいが、なのはと同じ目をしていた。理由は……………………とにかく、『今』はそれでいいと感じたんだ」
決して視線を合わせようとしない恭也。それに対し士郎も無理矢理合わせようとはせずに、隣同士に立って話す。それでも互いに見ようとはしない。
一点を見つめ続けている二人は、一体何を見ているのだろうか?
「……そうか、恭也がそこまで言うのなら……そうなんだろうな」
どこか自嘲気味にも聞こえるその言葉は、そのまま朝の喧噪へと消えていく。二人には台所での水仕事の音がどこか遠く聞こえていた。
Another view end
An another view -Takamachi Nanoha-
ユーノ君に大和君の事で話がある、そう切り出されたのが朝食の前のこと。
今ここにはもちろん私とユーノ君とレイジングハートだけ。ユーノ君がこうやって私の部屋で話すことは珍しくない――というよりも、他の場所では話すことが出来ないだけだっ
たりする――から、私はユーノ君の目の前にちょこんと座る。そんなユーノ君は目線を合わせるために机の上。
でも、どこか見たことのない真剣なユーノ君に少し居住まいを正してしまう。ほんの少しだけ、そんな真剣な表情もできることに驚いたけれど、それ以上にユーノ君の口から紡
がれた言葉に驚くことになる。
「……えっと、じゃあ大和君も魔法が使えるってことなの?」
「……うん、それは間違いないと思うよ。部屋にもカードがあったし……」
そんなどこか歯切れの悪いユーノ君の言葉だけれど、それよりも気になる一言。少し頭の中を整理しながら聞き返してみる。
「ユーノ君、カードって?」
「えっと、そうだね、なのはは覚えてる?キサラギ君が唯一持ってた物なんだけど」
ユーノ君が言うカードって……。たぶんあのカードかな?頭に思い浮かべてみる。どこか不思議な感じのするカードだったかも。あの雨の日――私と大和君の初めての出会っ
た――も大事そうに手にしてたから、そうかなって思ってたけど……。
「うん、大丈夫。どれのことかわかると思う」
「…………あのカード、たぶんレイジングハートと同じようなデバイスだと思う」
その言葉を聞き、私はさらに驚く。魔法が使えるかもしれないということだけでも驚べきくことなのに、その上デバイスも持っているなんて……。
「本当なの、ユーノ君!?」
「……うん、たぶんだけどね。それにキサラギ君からも普通の人より『は』多い魔力を感じられる」
それでもなのはよりは少ないけれど、とユーノ君は言ってる。でも、なんだかよく聞こえない。驚きと一緒に、何か違う気持ちが沸いていた。何なのかな……、この気持ち。
あまり認めたくないような気持ちである、それだけはどこか気づいていた。
大和君は目覚めてから三日目になるけど、本当は家に来てから一週間以上経ってる。あの大雨の中で見つけたあの日から。毎日毎日目を覚まさないか何度も顔を見てきた大和
君。お兄ちゃんはもっと気をつけろっていつも言ってたけど……。私はどこか不思議な気持ちで見てたんだ。
そんな大和君が、私と同じ魔導士だったなんて……。
「……じゃ、じゃあ、ジュエルシードのことも?」
「……だろうね、おそらく。でも、記憶喪失だからそのあたりの事は聞けない。だから、とにかくなのはには黙っておいててほしいんだ」
その言葉に再び驚く。まさか、ユーノ君からそんなことを言われるなんて思いもしなかった。たぶんだけど、手伝ってくれるように頼もうって思ってたから。
……でも少し、ほんの少しだけ、安堵した。
その気持ちに気づいてちょっと動揺したなのはは、それを誤魔化すようにユーノに理由を尋ねる。
「ど、どうして?」
「…………目的がわからないんだ。ジュエルシードを狙っていた過程で、記憶喪失になったという可能性もあるから」
苦しそうに呟くユーノ君。たぶん、ユーノ君だって疑いたくないんだと思う。でもジュエルシードは危険だから。それは私も身をもって感じた。それを封印するという危ないこ
とに、他の人を巻き込みたくない。
だがその考えは多くの人も巻き込む可能性があることを、なのはは知らない。
「幸い気づいてなさそうだから、このまま黙っておこう。……いいね、なのは?」
「…………うん」
念を押すような言葉に、力なく頷く。
隠し事は嫌だけど、あれは危険っていうのもわかるから。だから、ばれるまでに対策を考えようとユーノ君は言ってる。それにその間は、私の傍にユーノ君が居てくれるし。ユー
ノ君が私を必要としてくれる。
私は一人じゃない。
なんだか嫌な子だな、私。その時は思いもしなかった。私たちが行動を移す前に、ユーノ君の言う状況がすぐにおとずれるなんて。
Another view end
そして先ほどの状況に至り、異様な沈黙が部屋を支配していた。
一人は俯き、もう一人はどこか苛立たしげに彼女を見つめていて、そこにはある種の異様さが存在する。その渦中にいるのが、子どもだということが更に異様さを高めているか
もしれない。どちらにせよ、ここは空気が歪んでいた。
「…………」
「…………」
原因の人物は溜息をつく。こんなはずではなかったのに、と。しかし今更後悔しても後の祭りであり、わかっていてやった結果でもあるので、そこまで当の本人は気にしていない。
それでも割り切れていないのは、やはりまだ子どもであるが故なのだろう。
なんとかきりだせたものの、大和はそれ以上何かを言うことができなかった。なのはもそんな大和に何も言えずにただ俯くだけ。お互いの距離はさらに遠のいていた。
俯いたままのなのはに埒があかないと思い、心の中を渦巻く『ナニカ』を抑え込んで言葉を発する。慎重に決して問い詰めるような口調にならないように気をつけながら。
「……なのは」
「は、はいっ!?」
大和が声をかけると、なのはが驚いて顔を上げる。その驚きようはもはや可哀相に思えるほど。これではまるで、大和が虐めているように錯覚してしまいそうである。
もう一度大和は溜息をつく。
こんなことをやっている場合じゃないことはわかってる。……恭也さんとも約束した。なのはを守ると、……必ず守ると。だから聞かないといけない、そう決意したのだから。
何かに怯えたような姿に、決意が揺らいだなどと言えるわけがない。
自分を誤魔化すために少し固めの声音で話し始める。心のどこかが軋む音を、この時確かに聞いた。ただ、何故軋むのかはわからないまま。
「…………その様子だと、俺がどうしてここに来たのかは……わかってるみたいだな」
「……うん」
なのはは再び俯いてしまった。そのせいで表情はわからないが、声からすれば意気消沈しているだろう。今のなのはは痛々しい。
大和は先ほど合わせた視線をできるだけ自然に外していく。覚悟はしても、やはりあのような表情は見たくはない。だが逃げ出すわけにはいかない以上、少しでも軽減したかっ
たのかもしれない。
その上で冷静に、且つ慎重に言葉を選んで話していく。これでは『如月大和』が話していないようではないか、なんとも滑稽な話である。
大和は自嘲気味に笑う。
「……昨日見たんだ、なのはが夜中にでていくのを。その後に感じた大規模な魔力。…………あれが、なのはのやっていることなのか?」
感じた魔力量は異常だ。あれがもし何らかの事情で暴走でもしたら?その可能性が無いなど、楽観視はできないのだ。
そしてもし暴走したならば、想像するに難くない。街一つぐらいなら簡単なはず。最悪の可能性を考えて動く必要が当事者にはある。
暴走の結果、壊滅する街並み、そして瓦礫の山に埋もれる――――
その光景が頭に浮かんできて、大和は無意識に拳を握りしめていた。爪が手のひらに食い込み少し血が出て、握った拳から一滴だけ血が零れ落ちていく。でも不思議と痛みは感
じなかった。
ただ何かが壊れていくような――――
「……うん」
蚊が鳴くかのようななのはの声に我を取り戻すが、何故か大和はさらに苛立ちを募らせていく。いったいこの苛立ちは何に対してなのか。おそらく、自分自身でもわかってはい
ないのだろう。口調にも少しずつ責めるようなものも含まれていく。
「どうして一人でやったんだ。俺の魔力は感じていたんだろう?普通の人よりはさすがに魔力量はあるはずだしな」
「……うん」
苛立ちに比例していくかのように強まっていく語勢。それに反して弱まっていくなのはの様子に、さらに苛立ちは募る。ここに悪循環が出来上がっていた。
……どうして。
「うん、じゃわからないんだ、なのは。しっかり話してくれないと、俺にはわからないよ……」
「……うん」
……俺は力を持っているのになんで頼ってくれないんだ。まだ……会って間もないからなのか、時間はそこまで大事なのか。
大和のこの想いは、なのはにとって少し酷なものでもある。知り合って三日目の人間に――魔力を持っていたとしても、だ――頼れというのはどだい無理な話。責任感の強いな
のはならばそれは尚更だろう。
そのこと自体は大和自身も正しく理解していた。しかし理性が理解できても、感情が納得しない。別に無力な自分が嫌で、それを認めたくないとかそんなくだらないものでもな
い。
わからない『ナニカ』が大和をここまで動かしていた。
「なのは……!」
「ごめんなさい……!!」
俺は同年代の女の子の助けにすらならないほど、弱くて力もないのか!!
終いには吼える大和に、なのはは謝るだけ。
その姿に一気に怒りが収まっていく。……っと、冷静になれ。俺が怒ってどうする?何をしに俺はなのはの部屋に来たんだ?これじゃあ、本末転倒ではないか。
一旦、深呼吸する。
でも、どうしてここまで怒っているのか、その時の俺にはわからなかった。単に女の子が一人で頑張ってるからだと。俺に力があるのに、なのはが頼らないせいだと。頼りにす
らならない俺の弱さに怒っているんだと。
そう、思っていた――――
An another view -Takamachi Nanoha-
「なのは……!」
「ごめんなさい……!!」
どこか必死な顔で私に詰め寄ってくる大和君は少し、怖い。けれど、怒りの矛先はどこか違う方へと向かっているみたいで。
しかしそれを感じれども、ある種の感情がなのはにそれを理解させるのを拒む。それは責任感か不安感か、もしくは孤独に対する恐れか。様々な感情が心の中で混ざり合ってご
ちゃごちゃになっていて。
なのはもまた、自らの中にある『ナニカ』に困惑していた。今まで感じたことのないこの気持ちは、一体何なのか。自分が名前呼んで欲しかった理由に起因するのか、それとも
大和が知り合って間もない自分にここまで心配してくれている事実のせいか。
Another view end
話し始める前の静けさとは異なる静けさ。あちらが重いとすれば、こちらは痛い。そう感じさせるような空気だ。
「…………心配なんだ、なのはのことが」
ぽつり、と呟く。
なのはには怪我なんてしてほしくない。ましてや、覚悟も無くなんてまっぴら御免だ。だからこそ、本音をぶつける。なのはにも本音をぶつけてもらいたいから。時間なんて関
係ない、それを伝えたくてただ話す。
「…………」
「……………………あの魔力量だ、消滅させるにしても封印するにしても、大変なことだと思う。確かに俺じゃ足手まといになるかもしれない。……いや、なるだろうな」
自嘲気味な笑み。自分がなんでもできるなんて思わない、思ってもいない。そこまで万能な人間でもない。なのはほどの才能もないこともわかってる。俺は記憶が無くても、そ
のあたりのことは正しく理解していると思う。
……だけど、だけど俺だって男なんだ。退くことのできない戦いだって、……確かにある。その戦いが今であるだけだ、きっと。
「…………そんなこと、ないよ」
絞り出すような泣き声。その声に頷きながら、
「だけど、だけどさ、なのは。それでもなのはのサポートは出来る。一人じゃなくても、二人なら出来ることがあるかもしれない」
「……うん」
顔を上げたなのはと視線が絡み合う。弱々しい、けれど固い意志を持った瞳。その意志を俺は曲げることなど出来やしないだろう。……いや、決して曲げさせてはいけないんだ。
…………だから。
逃げ出さない、『今度』こそ。必ず守りきってみせる。
「だからさ、協力させてほしいんだ。……頼む」
そう言って頭を下げると、慌てたようになのはが、
「えっ、えとっ、か、顔を上げて、大和君。どうしてそこまで言ってくれるの……?」
不安に揺れるなのはの瞳。意志が強いとは言え、まだ10歳にも満たない女の子。どれだけの物をその肩に背負うつもりなのか。無理にでも全てを背負おうとするのなら、それ
を無理やりにでも奪い取って背負ってやる。
そう……ともに歩けなくなる、その時まで。彼女の翼にとって俺という存在が枷となるその時まで。だから自身がもてる最高の笑顔で答えよう。
そう考えると、すっと一つの言葉が出てきた。時間なんて吹き飛ばす、そんな出逢いがあってもいいじゃないかと思うから。
「俺たちは『家族』で『友達』、……だろ?」
その時のなのはの顔を、俺は一生忘れないと思う。だって、あれほどまでに。
気分転換という建前で外にでた俺となのはとユーノは、一緒に海沿いを歩いていた。魔法の事を話すのに聞かれるかもしれない家の中では、あまり話す気になれなかったのもある。
断じて、恭也さんの視線に殺されそうだったからではない。
……士郎さん、ありがとうございました。もう少しで俺はあの世に逝くことになっていたかもしれません。うん、あれは新しい暗殺術にでもなるんじゃないかな?
そんな新たな脅威に対して軽い不安を覚えつつも、大和は横を歩くなのはをちらりと見る。もう先ほどのような暗いものはなかった。
……もう大丈夫そうだな。
あれから家を一緒に出た二人は、道中で簡単になのはの話を聞いた。ジュエルシードの事、ユーノ――本名はユーノ・スクライアだそうだ――の事、レイジングハートの事、そ
してなのは自身の事。
正直に言って、なのはは強い女の子だ。責任感の塊と言ってもいいと思う。だけど、たぶんそれは……悲しい過去の裏返しなんじゃないか。あの歳で分不相応な意志の強さな
ど、普通に生きていてあるはずがない。そこまで危険な国ではないはずだ、ここは。
だから全部のこと――ジュエルシードとか――を聞いた後、なのはの頭をなでた。ほぼ無意識の行動だった。
「にゃ、にゃっ……!」
「……よく頑張ったな、なのは。なのはは偉いよ、本当にさ」
そのまま撫で続ける。
……心なしか、なのはの顔が赤い。その姿を見て、この状況に俺も気づいた。って、結構恥ずかしいことしてるよね、俺!?ま、まあ、恭也さんもいないからいいか……。
ついでになのはは撫でられるままで、ユーノの視線は少しきつかった。その視線にどこか嫉妬めいたものを感じるたは気のせいだろうか、いやきっとそうに違いない。フェレッ
トもどきに俺は一体何を感じているというのだろう。
「は、恥ずかしいよ、大和君……」とか「あうぅぅ……」などと言うなのはの言葉は完全に無視したのではあるが。意識してしまえば、もう止められないと思ったからだった。
そんな嬉し恥ずかしのイベントを終えて、再び脱線していた本題に戻る。すでにお互い落ち着いていて――本人達が思っているほどではなかったと、後にデバイスたちは語
る――ユーノを交えて二人+一匹で本格的に話し始めた。
「それじゃあ、今は四つも回収できたのか?」
「うん、なんとかだけどね」
ユーノ君の力もあったし、と少し照れながら言うなのは。そんななのはを見ていて、大和は改めて天才というものを思い知った。
最近まで本当のド素人であった人間が、すぐに活躍できるようになれるほど魔法の世界は優しくない。それでも現にこうやって、なのはは活躍しているのだ。それが才能があ
るという何よりの証拠であろう。
それが良いか悪いかと聞かれれば、大和には答えられない。大いなる力を持つ者には、それ相応の事象に巻き込まれる。それが力ある者の運命、望む望まずに係わらず。
「それで他のジュエルシードはどこにあるのかわかるのか?」
「えっと、まだ…わからないかな」
その大和の言葉に、一転申し訳なさそうな表情になってしまう。しかしなのはのせいだと誰が責められるだろうか。そのように大和は思っていたので、追及するつもりはもと
もとなかった。ただの確認的な意味合いが強い。
今度はなのはの肩に乗るユーノに話しかけようとしたが、その瞬間大和は強烈な違和感に襲われた。今までに何度か違和感を感じることはあったが、今回のそれは比にならな
いほど。大和は首を傾げる。
……なんだ、この今更な違和感は。居るべきじゃないものが、そこにいるかのような感覚。矛盾、と言えば一番しっくりくる感覚だ。その正体が何かはわからないが。
考えても答えがでなさそうだったので、大和はそのあたりで考えるのをやめる。害が無いのだから、すぐに解決する必要はない。
「ユーノ?」
「……ううん、僕のほうもわからないよ。ジュエルシードって、覚醒前はちょっとわかりにくいから」
ユーノの言葉も否定の意。つまるところ。
「今は打つ手なし、か……」
無意識に俺は呟いていた。その言葉に一気に沈み込む二人と一匹。皆の間に重い空気が漂う。
それを払拭するかのように、ユーノが話し始める。しかし言っては悪いが、見た目フェレットに話しかけられるとは……。あんまり慣れたくない光景だ。何と言うか、こう、
人間の常識、みたいな意味で。
「えっと、それで確認なんだけれど。大和はどれくらい魔法を使えるの?」
「…………」
素朴な疑問だ。なのはを手伝うと言っている以上、俺の実力が気になるのは当然のこと。しかしその疑問に対し、俺は沈黙をもって答えた。果てしなく長い沈黙――俺にとっ
ては――だ。実際はほんの少しだけしか経っていないのだが。そう思えるほど、俺の沈黙は痛かった。そして明らかになのはとユーノの視線が冷たい。
そもそも察して欲しい。俺が目覚めたのはいつだと思ってんだ?いや、まあ、街中を彷徨ってた時に確認したと言われては仕方がないが。残念ながらそんな余裕はなかった。
「……まさか」
「大和君……」
それぞれが何を言おうとしているのか確実にわかる。だがそれを認めてしまえば、俺の中の何かが決まってしまうような気がした。それだけは何としても防がなければならな
いのだが……。
今の大和には何を言っても無駄にしか思えなかった。
「「もしかして、実力がわからない?」」
無情にも言葉は発せられた。ああ、何ということであろうか。その通りであるが故に、俺は何の反論もできずに明後日の方向を見るしかなかった。人、それを現実逃避と言う。
大声で否定したかった。
「……じゃあ、今度俺も魔法を使ってみるか。ファランクスが適当に使ってくれるだろう」
『Please leave it』(お任せください)
その後俺の迂闊さに対してなかなかに厳しい追及をかわしつつ、場所を移動した。人気のない場所で魔法を使ってみるためである。やはりジュエルシードがいつ覚醒できるか
わからない以上、早急に俺の力を知るべきだとユーノが提案したからだ。断じて俺の迂闊さに不安になったわけではないと思いたい。そもそもどれぐらい出来るのかを知る機
会がほしいとは考えていたのだから。まあ実際調度よかったのではあるのだ。
「……うん、結界を張り終えたよ。あまり強力な魔法は誤魔化しきれないけど」
「問題ないだろ、そこまでするつもりはないし。それじゃ、ファランクスドライバー……セット・アップ!!」
『Stand by ready. Set up』
俺の掛け声とともに、なのは達が見守る中デバイスを起動した。デバイスの名は、ファランクスドライバー。
その形は、
「……えっと、杭打ち機?」
「むぅ……、確かに。記憶が無くなったとはいえ、これは……」
なのはの困惑も当然だ。だって俺も同じなのだから。バリアジャケットも装着して、ファランクスをデバイスモードに。
したまでは良かったものの。俺たちが目にしたのは、大きな杭打ち機。他にあう言葉がないのだから仕方がない。なのはが持っている杖――レイジングハート――とは大違い
だ。誰も同じものとは思えないだろう。それ自体は大きな銃のようなのだが、銃口にあたるべき所にステークとは……。一瞬だけ全員言葉を失う。
本日何度か目の、あまり宜しくない空気の登場だ。
『Do you find anything unsatisfactory about me ?』(私に何かご不満でも?)
どことなくファランクスの声に非難が込められている。それは無視するとしても、驚いたのは事実。見た目に反して重くはないものの、やはり振り回すにはどこか扱いにくい
印象を受ける。
だがしかしステークのインパクトは圧巻で、結構この厳つさを気にいってしまったのもまた事実。なんだかしっくりくるもの理由の一つではあるが。
「いや、少し驚いただけさ。何て言えばいいのか……俺は好きだな、これが」
『You don’t really mean that. But I thank you』(お世辞はいりません。ですが、ありがとうございます)
どうやら本格的に拗ねてしまったようだった。本当に人間っぽいところがある奴である。だがそれはなのは達も同じようだ。
「それが、大和君のデバイス……」
「なんて言えばいいのかな……。とにかく凄いね」
ユーノのとにかくが何を意味しているかは全くわからないが、ただあまりいい意味で無いことはユーノの額に浮かぶ汗からわかることだった。
その後もファランクスに話を聞きつつ、魔法を少しずつ使っていった結果。俺はどうやらバインドと防御系が苦手であることがわかったのだった。
いや、苦手と言えるレベルではない。これはもはや出来ないと言ってもいいぐらいだったのはなんと格好のつかないことか……。
今日一日で大和のいろんなものが失われていた。
海鳴市某所、ある時刻にて。一つのビルの上に二つの人影がある。夜空に瞬く星の光に照らされて、一際輝く金色の髪。闇夜であるが故にその金色は良く映える。
「……アルフ、二つほど魔力を感じる」
「確かにね……。でも一つのほうはフェイトの相手じゃないし、もう一つの方もフェイトなら大丈夫だろ?」
そんなやり取りが誰にも聞かれることなく、街の喧騒に吸い込まれていった。
誰も気づかない、気づけはしない
運命という名の歯車が動き出したことに、石が長い長い下り坂を下りはじめたことに。
もう止まらない。
いつかの『終着点』まで。
ただ、動き続ける――――――
To be continued…?
あとがき
人物の心の動きを表現するのは、やはり難しく思います。今回は結構苦労して書きましたが、完璧には表現できなかったかと思っております。
あと少し展開が早すぎるような気もしますが、自分の中の主人公だとこういう風になると思って書きました。
その点についても感想をお待ちしております。
コメントの返信
>作者様へ
>なかなか面白い出だしでしたので、続きおねがいします!!
拍手ありがとうございます。
面白いと感じてもらえて嬉しく思っておりますので、これからもそう感じてもらえるように自分の中のものを表現していきたいです。
作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル、投稿小説感想板、