2.「出逢いはいつも突然に?」
とりあえずどこから話そうか……。
ん、なんだエリオ?
ああ、確かになのは達との出逢いを話すよ。
それでも、なんて言えばいいのか……、俺が持つ一番古い記憶からだと長いしな。
それに闇の書事件が終わってから俺は……。
…………。
とにかく、……いろいろあったんだよ。
は?
……別にそれでもいいってか。
わかったわかった、最初から話すよ。
たしか、あれは今日みたいに……澄み切った空だった。
今でも鮮明に思い出せる一番古い……記憶。
あの瞬間に俺の人生は始まった。
『如月大和』ではない俺の人生が、な。
「…………ここは……?」
気がつけば森の中にいた。
確証は無いが視界の中には木しか存在しないのだから、そう判断するのが妥当だろう。
だがしかし、ここはいったい何所なのか?
見渡す限りが木ばかりでは、何の情報にもならない。
少し体を起してみる。
幸いなことに体はどこもいたくない。
どうやら怪我はしていないみたいだ、……頭は酷く痛むけど。
木が生い茂っているせいか、辺りは結構暗い。
そのため今が何時なのかが全くわからない。
まったく、いきなり見知らぬ所で目覚めたら何の情報も無いとは……。
仕方がないので、軽く自分の状況を推察してみる。
俺がどうしてこんな森の中にいるのか?
簡単なこと。
途切れる前の記憶を思い出せばいいだけのことだ。
さあ思い出せ、俺はここに倒れる前に何をしていた?
…………。
…………む?
少し本気で思いだそうとするのだが……。
「え……、あれ……?全く思いだせない……?いや、ちょっと待て、まさか……まさか…………」
欠片も思いだしそうにない直前のことはまず忘れる。
それよりも大事なことがあった。
最悪の予想が頭を過りつつも、必死になって記憶を探っていく。
しかし俺の予想は最悪の形として的中した。
愕然として呟く。
「…………俺は……誰だ……?」
前後の記憶だけでなく、自分自身のことまでも忘れている。
さすがの事態に頭を抱えた。
自分のことまで忘れているとは……。
だが落ち込んでばかりもいられないので、すぐさま思考を切り替える。
忘れていることがまだ他にもあるかどうか。
先ほどと同じようにして記憶を探していく。
……駄目だ。
一通り思いだそうとしたものの、自身の記憶――思い出と言うべきもの――はさっぱりのようだ。
唯一の救いと言えば、知識はだいぶ残っていたことぐらいか。
そう、それは『不自然』なぐらいに。
しかし今は忘れていなかった知識に感謝をするべきだろう。
そこに例え某かの思惑が働いていたとしても。
知識すらも忘れていれば、こう何かを考えることすらできないのだから。
だからこそ、ある意味で俺は落ち着いていた。
考えられるということはまだ俺に余裕を持たせてくれたのだ。
しかし俺はその段階で重要なことに思いつくことはなかったのだが。
その状況でもわかるように、人が近くにいなかった。
森の中というのは結構今の位置を知る情報がない。
空が見えたらまだ何か打つ手はあったんだろうが、あいにくの環境だったからな。
まずここでは何もできない。
だから森の中は危険だと思って、何とか抜け出そうとしてあてもなく歩きだした。
そこで思い出そうとしたんだ、俺のことについて。
さっきは簡単に自身の状況を知ろうと思っていただけだから。
深く思いだそうとすれば、記憶が元から存在しなかったり、文字通り喪失してなければ思いだせる可能性はある。
そう信じて挑戦してみた。
確認として、今の時点で分かっていたこと。
全ての記憶がないというわけじゃないこと。
また、全く俺についての手掛かりがないこと。
自分に関しては、本当に綺麗さっぱりだったからなぁ。
森を抜ける間思い出そうと挑戦し続けた結果。
如月大和、という自分の名前だった。
頑張ってそれだけ。
しかし自分の名前が思い出せたというのは、恩の字というべきか……。
少なくとも自分の情報は手に入れたのだから。
ついでに名前の漢字は、忘れていなかった日本語から取ってみた。
おそらく間違いはないと思ったからな。
そして森を抜けた俺を待っていたのは、澄み渡った青空。
暗いところから出てきたから、凄い眩しかったのは覚えている。
目が痛くなるぐらいだ。
その光景に何故か心奪われて……少しの間空を見つめ続けた。
どこか儚くて、それでいて尊いもの。
そう思えたんだ、確かに。
数分経ったか、ふと我に返り街の方へと向かってみる。
先ほどよりは軽い足取りだ、あの青空のおかげで。
しかしさらなる問題が俺を襲うことになる。
それは街中にでて、ショーウインドウの前を通りすぎた時に俺はそれに気づくわけだが。
自分のうっかりにほとほと呆れるしかない。
その深刻な問題とやらだが。
わかるか?
……本気で驚いたよ。
考えもしなかったからな、反射した自分の姿を見るまでは。
理由はわからないが、ほとんど無意識だったはずだ。
だってそうだろ?
体の異変を調べた時に気づくべきだろ、普通は。
自分が子どもで、それもおそらく低年齢の。
しかしそれが幸いかどうかはしらんが、自分が子どもの体であるとわかると同時に、今から取れる選択肢が大幅に減少した。
10歳ぐらいの子どもが一人ぼっちで生きていけるほど、あの世界は優しくなかった。
それでも俺はまだ……なんとかなるだろうと思っていたんだ。
どうしてか子ども『らしくない』ほどに体は鍛えられていたし、生きていく術も忘れちゃいなかったこと。
また一日一食で問題なかったこともある。
実際、それ以上の間何も食べなくても動けたし。
それらが逆に災いしたと言うべきか……。
この調子で生きていけると思ってしまったんだから。
そんなふうに最初は割と余裕があった、確実に。
今思えば、な。
なんて馬鹿な考えだったんだろうと思ってるさ。
所詮、まあ……俺も子どもだったんだろう、と思う。
生粋の楽天家だとは思われるのは、断固辞退させてもらいたい。
そうやってなんとかして生きていた時だった。
最初の記憶から……たぶん…………夜を5回ほど過ごした時だったか。
その6回目の夜。
突然……本当に突然の出来事でな。
……カードが、俺に対して話しかけてきた。
唯一持っていた――大切そうにな――カードが、わかるか、急に話しかけてきたんだぞ。
まさかカードがしゃべるなんて思うわけないだろ、少なくともあっち――つまり俺やなのはの元の世界、地球だ――ではありえない、と俺の知識でも思った。
最初は幻想でも見始めたのかと、本気で思ったね。
幻想を見始めるような状況でもあったし。
『Master』
「って、…………か、カードがしゃべった……!?」
そこで俺は再び楽天家スキルを発動させた。
ここまでくると本当に俺はもってるんじゃないかと思う。
ただ、唯一よかったのが、街中――つまり人が大勢いるところ――でなかったこと。
魔法を知らないあちらの人がその状況を見れば、普通はどう思う?
はい、なのは君。
……そんなにはっきり言わなくてもいいんじゃないか?
…………そう、言われたとおりに、唯の変人ですよ。
結局のところ、すんなりと受け入れたさ、カードがしゃべるという異常を。
すでに記憶喪失という自分が異常な事態に巻き込まれていた、というのもあったと思う。
別に楽天家スキルだけじゃないってことだよ!
…………すまん、仕切り直しだ。
とにかく、俺の行動はそこからは早かった。
自分の事を知っているというのだし、言葉を話せるのだから、知っていることを話してもらった。
その時はまた考えもしなかったが、俺は普通に英語を理解してたからなぁ。
それに気づくのはまだまだ先の話。
だがそれでもわかったのは、魔法関連ばっかり。
結局唯一俺の事を知っているカード――ファランクスドライバー――に聞いてさえ、自分が何者かなんてわからなかった。
自分が『非日常』で生きる人間ということもわかったんだが。
さすがに俺は焦り始めた。
俺を知っているというファランクスもわからない以上、俺が自分の力で情報収集するしか方法はない。
でもわかるだろう?
当時の俺はたぶん9か10歳ぐらいだったはず。
さっきも言ったが、そんな子どもが一人で何か出来るか?
警察に駆け込むという手もあったのだが……。
相談すれば保護なり何なりの手はうってもらえたのは間違いない。
だけど、本当にどうしてかわからなかったんだが、それは駄目だと思った。
足が絶対に向かなかったんだ、無意識と言ってもいいレベルで。
今でもよくわからん、考えても絶対に答えは出てこないと思ってる。
あえて何かで説明するとしたら、戸籍とかそんなところか。
名前を名乗って戸籍が無かったら……、何て想像はしたくない。
この理由は自分で言ってて納得していないが。
話を戻して、するとどうなる?
完全に選択肢がなくなるわけだ、もともと少なかった選択肢がな。
このまま衣食住すらままならず、海鳴市のような街で生きていけると思うか?
普通に考えたら無理だろ。
結局そんな俺は、なんとか『生きる』ことは出来た。
でも如月大和が戻るべき『日常生活』に戻れなかったんだ。
それは俺にとって確実にマイナスだった。
食べなければ死ぬ、それは基本的な人間にとって常識。
忘れてはいなかったから、それは俺にもわかっていた。
だけど無力な子どもである俺にはどうしようもなくて。
でも鍛え上げられていた体は、俺に簡単に死ぬことを許さなかった。
それから何も食べることができずにふらふらと街を彷徨い歩いたよ。
最初の方はただ単に運が良かっただけ。
ファランクスが何度か声をかけてきたようだが、全く覚えていない。
その言葉をちゃんと聞いていたかも怪しいぐらいだからな。
だがそんな状況が長く続けられるはずもない。
そう、いきつく先はただ一つ。
…………死。
倒れ伏す自分の幻が、現実になり始めたあの日。
俺にとっても運命の日なんだが……、生憎ほとんどの記憶がない。
そもそも食べずに何日過ごしたのかも定かではないのだ。
とにかく、とうとう俺は力尽きて倒れてしまった。
その日は運悪く雨が降っていてな。
道路に顔から倒れた俺の体力を、着実に奪っていった。
刻一刻と迫ってくるのは、死の足音だったのか。
薄れゆく意識の中で俺は確かに思った。
ああ、俺はこんなところで、……死んでしまうのか、と。
何もできず、こんな無様に死んでいくのか、と。
今でもどうしてかそれだけは覚えてる。
俺自身わからないけど。
死に対して無抵抗な心は、どうしてか逆の意思もあった。
つまり、まだ死ねない、と。
いや、死ぬこと『が』できないと。
そこで俺の意識は確実に途切れた、と思う。
曖昧なのはさっきも言ったように、その日ぐらいの記憶がないこととそこだけは何故か鮮明に覚えているから。
道路に倒れこんだ俺。
スローモーションで倒れていく感覚は、なんか貴重な体験だったな。
そのまま、本来なら死ぬのだろう。
だけど俺の意識ではない『何か』が、俺に死ぬことを許さなかった。
認めなかったんだ。
だからたぶん、……『出逢う』ことができたんだと思う。
今だから言えることではあるが。
だってそうだろ?
一歩間違えれば、今ここに俺はいなかったんだからな。
今頃どっかお空の上だ。
運命なんて言葉で片付けたくない、本当に必然だったと思ってる。
俺たちの出逢いは。
次に目を覚ましたとき、一番初めに見たもの。
それは女の子の泣きそうな表情。
その表情に何故か心が強く揺さぶられた。
まあ、この想いはのちにフェイトにも感じたわけだが……。
ちょ、はやて、その目は止めてくれっ!
別にお前にそういう想いを感じなかったなんて一言も言ってないだろ!?
感じたとも言わんが……、なんて心の中だけだ。
さすがにそんなことを言ったら、シグナムに斬り殺されるか、ヴィータに光にされそうな気がする。
あと魔王様と雷神様にボッコにされる気もするし。
なんか俺のまわりの女性は皆逞しいなぁ……。
…………。
ま、まあ、とりあえず話を戻そう。
急激に覚醒する意識に身を委ねつつ、ゆっくりと瞼を開けていく。
……眩しい。
ここが……天国ってやつか?
普通に考えればあの状況で俺が生きているはずがない。
近くに人はいなかったはず。
そう冷静に考える頭があった。
未だ霞がかった様な意識の中、自分の顔を覗き込むように見ている少女に気づく。
……可愛いな。
ぼんやりと、だが率直に思った。
「あ、えと、……大丈夫?」
目の前の少女がたずねてくる。
……なにが大丈夫かはわからない。
でも答えるべき言葉は、唯一つだと感じた。
彼女が待っている、答えは……言葉は……。
「……ああ、もう大丈夫。心配掛けたようでごめん、そしてありがとう」
今できる精一杯の笑顔とともにお礼を述べた。
とりあえず礼の一つでも言っておかなければなるまい。
ここは天国でなくて、現実だと教えてくれたのだから。
だってそうだろ?
死んだんなら、出てくるのはお約束的に俺の先祖じゃないか。
お花畑でどうのこうのって件の……って、それは走馬灯だっけ?
別にどちらでもいいだろ、このさい。
そのあと女の子――この子が皆もわかるように昔のなのは、高町なのはだ――は頬を少し赤く染めていたが。
ただその笑顔は、明らかに異色なものも秘めていたようだが。
よくわからないので、放っておく。
そんな彼女を横目に軽く体を起こそうとした。
節々が痛いが気にしている場合ではない。
無理やり体を起こす俺に驚いたのか、女の子が声をかけてくる。
「まだ駄目だよ、寝てなくちゃ!」
必死の形相、……とまでは言わない。
けれど、その言葉は俺を押しとどめることに成功した。
なぜかその時、先ほどの違和感を感じた。
しかし今ならわかる、おそらくは……悲しみ。
別に俺の今の状況に対しての同情からではないと思うが……。
どこか引っかかる感覚だと思う。
思考を進めつつ彼女の言葉に従って、ゆっくりと体を元の位置に戻す。
その際彼女は背中を支えていてくれた。
再び横になる俺を確認した彼女は、お父さんを呼んでくるという旨を告げて、部屋から出て行った。
……どうやら俺は知らない人に予想以上に心配をかけてしまったみたいである。
知らず知らずとは言え、心苦しいこと極まりない。
だからせめて彼女の言いつけどおり大人しくしていることにしよう。
だがその間にも俺はするべきことはある。
まずは簡単な確認。
一通り体を目で見て確かめ、出来る範囲で軽く動かしてみる。
…………まあこの程度なら大丈夫だろう。
さすがに体力は落ちてしまっているだろうが。
動ければ……なんとかなるんだ。
それに生きていられるんだから、体力が落ちていることに文句なんてつけられん。
しかし驚くべきことが一つ。
それは全く落ちていなかった筋肉…………たぶんだが。
とにもかくにも、倒れる前はほとんど食べていなかった。
それなのにこの体は……。
間違いなくその点は俺にとっての『普通』で、誰かにとっての『異常』だった。
その考えに辿り着き、知らず知らずのうちに溜息がもれる。
とりあえず今はそれを考えるべきではない。
変な気持ちを紛らわすように、改めて周囲に目を向けてみた。
今現在自分がいる場所。
部屋の内装からして、おそらく客間であるだろう。
ごく一般的な部屋だとは思う、が……。
何かの違和感を感じてもう一度だけ見渡す。
うん、別に変なところはないと思う。
ファランクスがなにも言ってこないので、魔法的な何かが無いことも確実。
ならば俺はいったい何に違和感を、感じ、て…………。
自己防衛機能的な何かだったのかもしれない。
今となってはもう後の祭りだが。
考えてみろ、俺は布団の中で寝ている。
それはいい、それはいいんだ。
だが俺の意識はどこで途切れた?
少なくとも、こんな綺麗な部屋で布団にもぐって寝た覚えはない。
これはさすがに断言できる。
そして二つ目。
ちらっと布団の中を覗いてみる。
…………やはり、か。
そうだろうとは思っていたが……、当然の如く俺は着替えている。
それに関しても先ほどの布団の件と同じだ。
着替えた記憶なんて全くない。
まさか再び記憶を失ったとはあまり考えられない以上、導き出される答えは一つのみ。
俺が『誰か』に着替えさせられたということであり、その『誰か』がこの際問題なのだ。
助けてもらったのだから、そのあたりを考えるべきではないだろうが……。
一度考え始めるともう止まらない。
確信をもって言えるが、先ほどの少女ではないだろう。
俺が親なら許さない。
一番妥当なのが、そのお父さんとやらだが……。
だが、本当にそうか?
道端に倒れている変な子どもだぞ?
そんな奴を助けるお人よしだ、……言っちゃ悪いが。
最悪の可能性は捨てられん。
だが、だがそうすると、俺は何かを失ってしまったような気がする!!
どうにかして、そのことを確かめる方ほ…う……が、あるじゃないか!!
その瞬間、天啓の如き閃きが俺のもとに舞いおりた。
「ファランクス、少し聞きた」
『……I don’t know』(……私は知りませんよ)
一瞬の沈黙。
なんか今、認められないことが起きたような気がする。
確実にこいつは今、言うのを躊躇いやがった。
そんなところまで人間っぽくする必要はないだろう!?
その後何度問いかけても反応しない相棒にいらいらしつつ、答えの出ない問題について悩み続けることになる。
どうみてもいい感じに混乱していた。
諦めの境地に達してぼーっとしていると、先ほどの女の子と見た目若そうな男性、それにこれまた若そうな女性だ。
おそらく先ほどの彼女の言葉から察するに、男性の方は父親だろう。
だが、隣の女性は?
さすがに母親にしては若すぎるような気もしないではないが……。
男性との距離感と後ろに位置することから見て、母親ってのが妥当なところか?
……にしても、この男性。
『普通』じゃないな、たぶん。
この間、約二秒。
これが最初の高町夫妻の印象だった。
のちにその印象は木っ端微塵に吹き飛ぶことになるのだが。
「話せることだけで構わない。私達に話してはくれないか?」
高町士郎さん、と目の前の男性は名乗った。
先ほどまでこの部屋には俺を含めて四人いたのだが、今は二人きり。
……なんとも気の詰まる、なんて言ったら怒られるだろうか。
というか、そんなシーンじゃないから。
さすがに子どもとは言え、身元不明の道端に倒れていた人間と話すのだ。
安全の観点から見ても、むしろ妥当な判断だといえる。
話は戻って、士郎さんのこの質問に対し、現状の俺に選択肢が無いのは事実。
俺という存在が何者かがわからないのに、何も話さず出て行ってしまえば、また確実に同じ轍を踏む。
そんな予感があった。
だけど話さなくても高町夫妻は俺を助けてくれるだろう。
理屈抜きの完璧な直感。
だが例えそうだとしても、だ。
何もかもを話さないでいて、それなのに助けてもらうというのは何かが違う気がした。
そんな選択肢もありかもしれない。
いや……むしろ利用しようと考えるのかもしれないな、普通は。
だけどそうするのは、俺じゃないような気がした。
俺ではない何かになってしまうような、そんな気がする。
俺が『俺』という存在を、その証を忘れないためにも、この想いは大切にしたい。
記憶が無くても、根本的な性格は変わらないと思ったから。
だから、魔法の事は除いて、全てを話した。
ここは俺の直感に従うべき、そう『俺』が囁くから。
でも、もしも、……もしもだ。
それで見当違いだったら?
……単に、死ぬのが遅くなっただけだと考えることにした。
はずだったんだけども。
「……ふむ」
一通り話し終えて、高町さんの反応をうかがう。
当の本人は一度頷いただけでそのまま思案顔に。
ごくり、と無意識に生唾を飲み込んだ。
判決を待つ容疑者とか、こんな気持ちなのだろうか?
とにかく記憶喪失で自分の名前以外――どこから来たとか、何故この街にいたのか等がわからないこと――は全て話した。
もちろん先ほど考えたように、魔法の事だけは隠したが。
街にいても全く目にすることがなかったのだから、ここは隠しておくべき。
それがいつかは言わなければならない時が来ても、だ。
今は隠すべきだと強く思った。
俺がやるべきことはやったんだ。
様々な覚悟をして、シミュレーションしておくとしよう。
頭はしっかりと動くので簡単なこと。
いろいろな可能性が浮かんでは消えるが、どいつもこいつも悪いことばかり。
自分で考えて、段々自分で落ち込んでいく。
それ故に。
……次の言葉はさすがに予測していなかった。
「私の息子にならないか?」
その瞬間、俺はお人好しって本当にこの世界にいるんだと身をもって知ることになった。
それに対して即効で了承した俺もどうかと思う。
俺は馬鹿か?
もう少し考えるとかいろいろとあっただろうに。
「……どうしてこうなった」
「にゃはは……」
横に立つ高町さんが苦笑いする。
たぶん先ほどの桃子さん――彼女の母親だそうだ――の様子でも思いだしているのだろう。
今思い出しても怖い、というか若干引く。
まさか呼び方一つであそこまでの恐怖を覚えることになろうとは……。
なんかいろいろと守るべきものを守った結果として、桃子さんに落ち着いた。
ついでに高町士郎さんは、士郎さんと呼ぶことに。
これでよかったんだろう、きっと。
たが俺は聞いてしまった。
リビングを出る瞬間に、「ふふふ、私からは逃げられないわよ……?絶対に『お母さん』って呼ばせてみせるんだから」とかなんとか、背筋が凍るような気持ちを抑えつつ、平静を装って出て行った俺を褒めてもいいと思う。
むしろ褒めてくれ、誰か。
そんな何かをぶち壊すように頭を軽く左右に振る。
いかんいかん。
何かこれ以上考えてはいけないような気がした。
だがしかし、まだ家族はあと二人いるらしい。
その二人は夕食の時に紹介してくれるようなので、楽しさ半分に不安が半分っていったところか。
士郎さん達の子どもだから大丈夫とは思うけれども……。
やはり不安であることには違いない。
それを払拭するためにも、彼女に夕食までのこの街――海鳴市というらしい――を案内してもらおうと思った次第で。
彼女もまた二つ返事で了承してくれたため、先ほど二人と一匹で出かけているのだ。
今は海が見える公園を散歩中。
一通りは案内してもらった、のだが。
突然、俺は歩みを止める。
そこでふと気づいてしまい、知らずに声がもれてしまう。
急に立ち止まった俺を不審に思ったのか、彼女が心配そうな表情を向けてきている。
「…………あ、いや」
「?……どうしたの?」
なんて迂闊。
軽く自分を呪った。
まず聞くべきことがあっただろうに。
「あ〜……いや、君のことをなんて呼べばいいのかって……」
その言葉を聞いて彼女も思い立ったようだった。
二人ともなんてうっかりさん。
どこぞのツインテール中国拳法使いじゃないんだから……。
まだ自己紹介もしていなかったことに気づいた二人は、顔を真っ赤にして俯く。
うあ……、恥ずかし過ぎるだろ。
この状況に耐えかねた彼女が先に名前を言う。
「えと、私なのは、高町なのはです」
「なのは、か。いい名前だな、俺は好きだね」
…………あ、つい本音が。
言ってから後悔してももう遅い。
俺の言葉に再び顔を赤くする高町さん。
その姿を見て恥ずかしいことを言ったと気づいた俺も、さらに顔を赤くする。
はたから見ると和やかなんだろうが、こちとら恥ずかしさでそれどころじゃない。
今度はその恥ずかしさを誤魔化すように、俺が慌ててしゃべりだす。
子どもで良かったと思う。
だって、たぶん滑稽に見える可能性があったから。
「……つ、次は俺の番だな。俺の名前は如月大和。これから先どうなるかわからないけど、よろしく、高町さん」
そう言って右手を出すと、なんだか微妙な表情をされた。
…………あれ?
ちなみに微妙という言葉は表現はあってないような気もするが、それしか思い浮かばないのだから仕方がない。
悲しげ……というのかもしれないが。
言葉じゃ表現しづらい表情だと思う。
どちらにしろ、今はそこが問題なわけじゃないのだ。
それにしても……。
俺は今何か重大な失敗をしたのか?
……したような気がする、いや……たぶんしたに違いない。
そんな俺の困惑がストレートに伝わったのか、高町さんが慌てて否定し始める。
それをちょっと可愛いとか思ったのは絶対に内緒だ。
「あ、ち、違うの!……えと、その、なんだか名字で呼ばれたくないな、って思って。だから」
「なのは、……これでいいか?それなら俺のことも……大和って呼んでくれ」
全部は言わせない。
なのはの名前を呼ぶのに少しだけどもったのは秘密だ。
ついでになんか俺には似合ってないような気もする、この思考は。
驚きと何かの色に染められて、なのはがこちらを見つめてくる。
正直言って、恥ずかしいことこの上ない…………のだけども。
目は逸らさなかった。
それが大切なことだと思ったから。
なのはにもそれを感じてほしいと思って、
「……うん!こちらこそよろしく、大和君」
見事、この想いは届いたようだ。
その時は気づかなかった。
後から考えてもそれがよかったのかなんて、今でもよくわからない。
しかし何かが確実に変わっていたと思う。
俺は確実に失念していたのだ。
自分に魔力があること、そして魔法が使えることに。
そして、なのはにも魔力があることを。
To be continued...?
あとがき
テンポよく話を進められればと思っています。
デバイスの台詞は自身の拙い英語能力で考えているので、やはり自信がありません。
そのあたりを指摘だけでもしてもらえると助かります。
あとオリジナルの設定は次ぐらいにでも。
それでは。
作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル、投稿小説感想板、