9.「ターニングポイント」
とまあ、そこから目を覚ますまでに何があったのか、俺はそれを知らない。知る必要もないって思ってるしな、だいたい
野暮ってもんだろうが。なあ、フェイト?
ん?……別に他意はないけど。いやあ別に、俺の意識が無い時にフェイトが何かしたか、なんて別に興味はないよ?
どうしたフェイト、そんなに顔を真っ赤にして。もしかして、フェイト……お前…………!
って、冗談冗談だ……って……。あの、いや、なのはさん?顔が物凄く、その、怖いんですけど……。え、怖くないよっ
て?
嘘だっ!どこの世界に今のなのはの表情が怖くないって言う奴がいるんだ!……恭也さん?……………………いや、だっ
て恭也さんだし。
……さ、さあ、早く話を始めるとしようか!!
「……ああ、戻って……きたのか…………」
目を開けるとそこには見慣れた天井。どうやら俺はフェイトの部屋から高町家へと戻ってきたようだ。布団から抜け出
る。体の節々がさすがにまだ痛いが、どうやら動けないほどではないようだ。少し安心する。
体の無事を確認したら次は日付の確認だ。起きたら全てが終わってました、なんてのは御免被りたい。調度視界の隅に時
計が目に入った。
「……っと、あれから二日も経っているのか。結構長く寝ていたみたいだな……。しかし、どう言い訳すればいいんだ
?」
そうである。最後に懸念すべきことと言えば、高町家への言い訳なのだ。フェイトとアルフが俺をどのような状況でこ
ちらに返したのかは分からないが、どちらにせよあまり良くない状況のはずだ。
そんなことを考えていると、誰かが部屋に来る気配を感じた。どうやら士郎さんと桃子さんだけのようで、恭也さんは
いないようだ。しかし何も言い訳を考えていない。
だがすぐさまその思考を捨てる。どうせだ、小細工など不要。それは士郎さん達を裏切ることになる。それだけは――
自分勝手な我儘だということは、確かにわかっているとしても――嫌だった。ならば今、自分が言うべきことを言わな
ければならない。
あまり感じたことのない緊張をほぐすため、少し長めの深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。そして目の前のドアが開
くのを待った。
「どうやら思ったよりも元気そうでよかったよ」
「ええ……まあ、なんとか。九死に一生のような気もしましたが」
心の底から安心したかのような士郎の笑顔に大和はどこか他人事のような苦笑で返す。しかし桃子の表情は晴れない。
それもそうだろう。そんなことを話に来たわけではないはずだ。
それきり三人の間を沈黙が支配する。だが大和は勇気をもって口を開く。自分が話すと決めたのだから、士郎達に甘え
るべきではないということかもしれない。
「とりあえず、俺が帰ってきた時の状況を聞かせてほしいんですけど……」
その言葉に一転、士郎さんの笑みは曇る。
「もしかして……覚えてないのかい?」
「……はい」
こくりと頷く大和に士郎は簡単に話す。外傷は一切なかったが、死んだように眠っていたこと。服に少しだけ血が付い
ていたこと、また血が多く足りなかったこと。なのはだけが先に帰ってきて、泣くばかりで何も聞けなかったこと。そ
してその次の日に帰ってきたことなど。
全てを聞き終えた後、頭を抱えたい気分になった。どうやら状況は俺が思っているよりも酷いようだ。先ほどから桃子
さんが一言もしゃべらないことも気になる。いや、まあ自分が悪いのは明白なのだから、言うことなんて一つしかない
んだが。
「……すみません、迷惑をかけてしまって」
「いや……それはいいんだ、少なくとも俺『は』ね」
やはりか、と大和は思う。高町家の人達は素姓の知れない俺を良くしてくれている。そのような人たちが先ほどの状況
の俺を心配しないはずがないだろう。
桃子さんの方へ向き直る。心なしか視線を合わしてくれない。胸のどこかが痛むのを感じた。
「桃子さん……あの……」
「……まだ私たちにも言えないこと?」
虚をつかれた。聞かれるとは思っていたが、まさかいきなりとは……。
大和は思考を落ち着かせ必死に考える。魔法のことを言うべきか。……いや、将来的にきっと言わなければいけない時
は必ず来る。それが遅いか早いかの話なのだ、ようは。
しかしだからといって無闇に話していいのかという心配もある。どちらも正しいようで間違っているのかもしれない。
それならば自分が信じることはただ一つ。
「そんなこと……ない、です。話します、全部」
それから大和は簡単に話していく。今まで自分となのはが何をやってきたかを。そして今の状況とこれからのことなど。
ともすれば作り話のように聞こえることも、二人は真面目に聞いてくれた。
そんな二人に感謝するとともに、改めて納得した。この二人だからこそ、あの家族だからこそ、なのはが真っ直ぐに育っ
たのだろう。少し羨ましい気持ちもある。
「……これで全部です。今まで黙っていて、すみませんでした」
「いや……いいんだ。私たちだって実際信じられるかはわからなかったしな」
ぽんぽんと士郎が優しく大和の頭を撫でる。それを少し恥ずかしそうにしながらも、決して撥ね退けようとはしない。大
和とて家族が欲しくないわけではない、愛情がいらないわけではない。
撫で終わると今度は桃子が大和の方へ寄ってくる。そしてそのまま手を挙げる。さすがにそれには驚いたのか大和が目
を瞑ると桃子はふっと優しく笑った。そして。
「あ……え……?」
「……今まで、頑張ってきたのね」
ふわりと抱きしめられた。突然のことに硬直してしまう大和。そんな大和を更に優しく抱きしめる桃子。
「こんなになるまで頑張って、傷ついても戦って……。必死になのはや、皆を守ってくれてたのね」
「あ…………」
優しい言葉と穏やかな心。どちらもが今までの大和が本当の意味で知らなかったものだ。それが今心の中へと染み渡る。
完全に不意打ちだった。
それからどれくらい時間が経ったのかはわからない。少しだけ赤くなった目を瞬かせながら大和は頭を下げる。
「……すみません、服を汚してしまって」
「ううん、いいのよこれくらい。それでこれからどうするつもり?」
「それは俺も聞きたいな。なのはのこともある。あの子が簡単に諦めるとは思えない。だから……」
士郎の言葉を大和は遮る。それを言わしてしまっては戦士として……いや、『男』として駄目だと思ったから。しっか
りと二人の目を見据えてはっきりと答える。
「守ります、必ず。だから……なのはが二人に自ら告げるまで、待っていてくれませんか。この身にかえても守り抜き
ますから」
「……いや、それでは駄目だ」
まさかの士郎の一言に固まる大和。そんな様子を見ながら、士郎と桃子は優しく微笑む。それは本当の息子に向けるよ
うな温かな笑顔。
「大和も……俺たちの息子なのだから」
「だから……一緒に戦い抜いて、お願いよ」
その時大和は直感した。自分が将来どれだけ経験を積んでも、きっとこの二人には勝てないだろうということを。親は
偉大であるということを。
二人が出ていくと同時に、今まで黙っていたファランクスが急に話し始めた。空気を呼んでいたとでもいうのだろうか。
しかし家の中では話したくない内容のようだ。そこまで気にすることでもないだろうとは思えど、素直に大和は外へと
出た。もちろん二人には断って。これ以上、無用な心配はかけたくなかったからだ。
家の周りをぶらぶら歩きながら話を切りだす。
「なのはが急に出かけただって?」
『Yes. I discovered a new magic reaction. She probably go there』(はい。私も新しい魔力反応を感じましたので、
おそらくは向かったのかと)
その一言に腕を組んで少し考える。いくつか予想しうる可能性はあるものの、今の時点では除外していいものばかり。多
少は楽観視しても構わないはずだ。当面のライバルになる人物も――黒幕が誰かはわからないとは言え――わかっている
以上、そちらだけに気をつければいいはずなのだが……。どうしても大和は楽観視出来なかった。
理由を挙げるとすれば、先ほどの可能性と同じぐらいはある。それこそありえないと思われることまで。しかしこの状況
がすでにありえないのだ、本来ならば。
偶然が重なりあってできた今の状況が、大和に楽観視させることを許さない。なのはの事まで考えているのだから尚更だ
ろう。
溜息混じりに大和は呟く。
「このタイミングで……。偶然にしてはさすがに、な」
『I agree, this timing is almost good. But ...』(それは私も同感です。十中八九、このタイミングを狙ってきた
かと。……ですがまあ、何と言いましょうか)
自分というなのはを守る盾がいないこのタイミング。普通ならば偶然と考えていいかもしれないが、先ほどの理由から偶
然と考えることはできない。それならば誰かが意図してこの状況を作り上げたと考えるべきだろう。しかし大和はそこで
ある疑問に辿り着く。
つまりこの状況を作り出したのは誰か、ということ。
まず第一の候補に挙がるのはフェイト達だろう。素直に考えれば現状の敵対勢力であるフェイト達が、こちらを出し抜く
ために仕向けたと考える。だがどうしても大和にはそう考えられなかった。理由もない、唯の直感ではあるが。
そうなれば、次に挙がってくるのはフェイトの背後にいる――かもしれない、だが――黒幕だ。だがこちらも、違う理由
だが除外できる。挙げるとすればいくつかあるが、一つはこのタイミングだ。
黒幕がどれほどの力を持っているかはわからないが、わざわざ大和を避けるだろうか。いないタイミングを狙うよりは、
実力で排除したほうが早い。そちらのほうがメリットも多いだろう。
そうなれば考えうるのは第三勢力。今までを監視していれば、なのはとフェイトがジュエルシードを持っているのはわか
るはずだ。その場合も大和がいないタイミングを狙う必要はないかもしれないが、例外としてこの第三勢力が大和達に害
するつもりがない場合だ。
そうなると、無用な戦いを避けるために大和がいないタイミングを狙うのは理にかなっている。今の大和は良くも悪く
も、なのは達に対して少々過保護すぎた。
そんなことを考えつつも、いつもとは少し違うファランクスの言葉に大和は聞き返す。このようなことは、短い期間の
付き合いだが珍しい。
「どうした?」
『...... He is a disagreeable fellow』(……いけすかない野郎、かと)
虚をつかれた。ファランクスがそんなことを言うことにもなのだが、それ以上に怒りがこちらへ伝わってきていること
に。手の中にあるファランクスを少し強めに握る。
その瞬間に遠くで何かが爆発した。その方向になのはの魔力反応を微かながら感じとれる。だがそれ以外の反応がわか
らない。自身の探知能力の無さが情けなく感じられた。
大和は爆発した方を見ながら静かに呟く。
「ファランクスも言うもんだな。しかし、いったい誰がそんなことを……」
『I don’t know. But please do the best you can before it is too late』(それは私にもわかりません。ですが全
てが手遅れになる前に)
「……わかってるさ。ファランクスドライバー、セットアップ!」
人気のない路地裏へと飛びこみ、そのままそこから飛び立つ。さすがに少々目立つかもしれないが、なりふり構っている
場合ではない。
だがそんな大和の耳に再び大きな爆発音が聞こえてきた。機械による爆発とは違うあの独特な音。大和は自身の嫌な予感
が的中したことを知った。それが悪い方か最悪な方かはまだわからない。だが。
「如月大和、出る!」
『Yes, master』(了解です)
何があっても守り抜く決意を固め、大和は目的地へと向かっていった。
幸い現場は簡単に分かった。もちろん良い意味ではないが。しかし到着した大和の目の前に立っていたのは知らない男。
そしてそいつに取り押さえられているなのはとフェイト。
その光景を見て、瞬間的に頭に血が上る。
だが大和は衝動的に飛びだすことが出来なかった。自身の勘が慎重に行けと告げていたのだ。なのは達を人質に取られて
いる以上、下手な真似は出来ない。一旦相手の出方を窺うべく、表面上は怒りながら叫ぶ。
「なのは、フェイト……!!誰だ、お前っ!!!」
「や、大和君……?」
「大和……」
「目上の人間に対しての口の聞き方がなっていないんじゃないか?」
かちんとくる話し方だ。大和は反射的に襲いかかろうとするが、なのは達のことを思い出して思いとどまる。この状況で
は相手にその気が無くとも、人質に取られているようなものだ。心の中で相手に悪態をつく。
ゆっくりとファランクスを構えると、相手も何かの杖を構える。あの杖と二人を抑え込んでいる方法から考えても、どう
やら男も魔導士か何かのようだ。大和はじりじりと間合いを詰めていく。
長期戦は今の大和にとって明らかに不利。体力面などの不安要素が多すぎる以上、全力での短期決戦で決めるか、もしく
はなのはとフェイトを解放してすぐにこの場を離れるか。その二択しかない。
だが相手の実力が一切分からない今の状況では、背中を見せて逃げるのはリスクが高い。下手をすればダメージを負った
挙句、逃げ切れない可能性もあるからだ。大和は慎重に考える。
「真に敬える人にはちゃんと話すさ」
「……それは僕が敬えないと言っているのか?」
男の言葉に大和は嘲笑をもって返す。
安い挑発だと自分でも思うが、相手の年齢を推測すれば乗ってきてもいいはず。また乗らなくても時間稼ぎが目的な以
上、さしたる問題ではない。要は他の仲間が助けに来る時間を稼げばいいのだ。
故に大和は――それがいけすかない野郎で一刻も早く殴り倒したい相手だとしても、だ――相手との話を伸ばそうとす
る。
「女の子を力で抑えつけるような男なんて、な」
「それが最善の行動だと思っていたんだが?」
心底そう思っているという表情に大和は嫌悪感を覚える。いけすかないからレベルアップした男と最早同じ場に居たく
もない。
こいつは自分が何をやっているのかわかっていない。……いや、違う。正しいと疑っていないのか……!
自分の行動に、そして理念に疑問を抱かない。それはある種の強さだ、否定するつもりはない。自分にだってあるのだから。
しかし行きすぎてしまえば、ただの害悪にしかならない。自らの正義を他人に押し付け、それに従わない者を悪と決め付け
る。
これか、と心の中でようやく大和は気がついた。何故自分がこれほどまでに――初対面だとしても――目の前の男を嫌っ
ているのか。何故吐き気を催すほどにイラついているのか。
自分の平和を脅かす者の存在。
今まさにそれが目の前にいる。大和は二人を助けると同時にこの男を倒さなければならない。そうしなければ如月大和
を、高町なのはという人間を否定することに繋がる。それだけは決して認められない。
「だからと言って、女の子をそう扱っていいものか!」
「いや、それは……彼女達が僕の言うことを聞いてくれなかったからなんだが」
なんとか一足飛びの間合いまで近付かなければこちらには打つ手がない。逆にあの男を離して二人の下へと行くことが
出来れば打つ手はある。それも飛びきりの切り札が。
だが明らかに近づいてくる大和に対し、男は武器を構える以外に何のアクションも取らない。余裕の表れか、それとも
こちらを侮っているのか……。大和は最後のカートリッジを密かに装填する。
もう少しで大和の間合いという所まで近付いた。やはり相手のアクションはない。それならばもう心は決めた。
「何をしようとしてるのかわからないが、無駄な抵抗は止めた方がいい。このままだと僕は君も拘束しなくてはならな
くなる」
ピタリと近づけていた足を止める。先ほどの言葉の中に、一言だけ聞き逃すわけにはいかない言葉があったからだ。再
び頭に血が上りかけるが、何とか押しとどめる。
ここで冷静にならなければ、自分は何も救えない。誰も助けられない。内心の動揺を見せないようにしながら大和は男
に訊ねる。
「拘束だって……?どういう権限があって、あんたは現地に武力介入を行うんだ」
「それはもちろん、僕達が『時空管理局』だからだ」
時空管理局。
大和は頭が痛くなった。時空管理局とこんな形で出会うことになるとは思わなかったからだ。ユーノに話を聞いて時か
ら考えていた可能性の一つがこれだ。どうやら予感は最悪の一歩手前で当たったようだ。喜ぶことなんて到底できない
が。
しかしこれで尚更この男をぶちのめさなければならなくなった。多少……いや、相当私怨が入っているような気もする
が。すでに間合いは大和のもの。あとは仕掛けるタイミングだけ、どいったところで大和はある人物を遠くに見つける。
……アルフだ。フェイトと別行動をしていたのか?だが、これはチャンスだ。
大和はそう考え念話を送ろうとするが、遠すぎるのかそれとも他の要因か。何故か念話が通らない。そうしている間に
もアルフはこちらへと向かってくる。この状況でばらばらに動くメリットはない。目的は同じなのだから一緒に動くべ
きだ。
そこまで考えて、簡単な事に思いつく。自分がアルフに合わせればいいのだ、と。頭の中で簡単にこの後のアルフの行
動をシミュレートしてみる。今までのアルフと現在のアルフの表情からなるべく精密なものをシミュレートする。
とかなんとか格好いいことを言っているが、要は想像である。数秒後、シミュレートを完了した大和はそのままアルフ
の行動を待つ。おそらく彼女が次にとる行動は……。
「あんた、フェイトに何をしてるんだっ!!」
「っ!?」
わかりやすい女性で助かったと心底思った。
背後からの突然の攻撃に一瞬注意がそちらへと向く。その隙を大和が逃すわけはない。可能な限りの速さで接近する。
間合いに入れば、こちらに分があるのだ。この隙を逃すわけにはいかない。
「取った、フラッシュアクションッ!!」
『Flash Action』
高速移動魔法で一瞬にして男の背中に飛びこみ、魔力強化による一撃必殺の飛び蹴り。アルフもろとも男を蹴り飛ばす。
思いっきり吹き飛んだ二人は派手な音や煙を発生させながらコンテナもなぎ倒していく。後が怖いが気にしてはいけな
い。
勢いを上手く殺して着地し、二人の所へと駆け寄る。外から見えるような外傷はないようだが、さすがに少し疲れてい
るようだ。心の中でほっと一息をつく。
「大丈夫か、なのは、フェイト」
「う、うん、何とか……」
にっこりと笑うなのは。しかしその笑顔もどこか疲れている。
「大丈夫だよ、だって……大和が来てくれたんだもん……」
そう言ってこちらににっこりと笑うフェイト。疲れているのはなのはと同じだ。
なんだか微笑ましくなって、不謹慎ながら少し吹きだしてしまった。そんな大和の様子を馬鹿にされたと思ったのか、
少し頬を膨らませるフェイト。結構可愛い姿である。
「っと、和んでいる場合じゃない。……ユーノ、ユーノはいるか?」
試しに呼んでみると近くの物陰から素早く出てくる。ユーノも無事なようでなによりだ。辿り着いてなのは達の様子を
見ると心得たとばかりに拘束魔法の解除を始める。なんだか申し訳ない。こういう時、自分の適性の低さが悩ましい。
「ったく、あいつは…………なっ!?」
頭の中に突然警告音が鳴り響く。振り向きざまに考えることもなく防御魔法を展開する。苦手だとか何とか言ってられる
状況ではない。頑強さだけをイメージしてバリアを張る。
何とか耐え凌ぐと、晴れた煙の向こうに先ほどの男が立っている。その傍らには拘束魔法を食らったアルフ。多少のダ
メージは負っているようだが、男はまだまだ動けるようだ。そもそも大和自身があの一撃で終わると思っていなかった
が。
しかしさすがに復帰が早すぎる。入りが浅かったか、もしくは相手が一枚上手だったか。できれば前者であってほしい
ところだ。
解除中で動けないユーノになのはとフェイトを守るために前へ出る。相手の実力が分からないとはいえ、ここで逃げる
ことは許されない。幸いか、こういう戦いは得意だ。
「……まさかあれを食らって無事なんてな。正直驚きだ、誇っていいと思う」
「君こそ、僕が反応するよりも早く魔法で近づけたのは誇るべきじゃないか?」
互いに無言で睨みあう。第二ラウンドが始まろうとしていた。
再び先に動いたのは大和。再び自身の間合いへと持ち込むために、相手の懐へと飛びこむ。先手必勝を常とする大和は、
先の先を取る。いや、取らなければならない必要があるのだ。
相手の得意距離がわからない以上、迂闊に飛びこむのは危険だ。しかしそのデメリットを鑑みても、先に飛びこむメ
リットの方が大きい。
故に大和は躊躇せずに相手の懐へと潜り込んだ。
「フラッシュアクション!!」
『Flash Action』
真正面から懐に飛び込む瞬間、先ほどと同じように魔法で相手の裏へと回る。しかし相手も予想はしていたのだろう、
冷静に大和の動きについてきた。
「それはもう通じない!」
大和が移動した先に男が現れる。しかしそれも想定の内、大和は自身の勘のままに拳を振るう。大和の戦闘スタイルは
インファイト。ぶっちゃけてしまえば、魔法はメインではない。ファランクスと格闘術で魔法が機能しにくい距離で戦
う。それこそが如月大和の真骨頂。
繰り出した拳を男は手に持っていた杖で受け止める。だがそのガードの上から大和は力任せに吹き飛ばす。
「でぇぇぇい!」
「っ……なんて馬鹿力なんだ!」
男はなんとか体勢を立て直して綺麗に着地する。しかしその隙を逃す大和ではない。振り切った拳の勢いのままに男に
向かって突っ込む。息のつく間もない連撃、それを可能にできるのが大和でもある。
右手に持ったファランクスをその勢いをのせて突き出す。鋭い突きを男もさすがに受け止めきれず体に多少掠る。しか
し決して致命傷にはならない。それはどちらもわかっていた。
だからこそ。
「まだだっ!」
「いい加減しつこいな、君もっ!!」
お互いの得物で鍔迫り合いに持ち込む。一進一退の攻防だが、魔法のバリエーションがあるであろう相手の方が多少有
利。さらにこれ以上時間をかけてしまえば、体力的に大和に不利だ。
だからこそ大和はその鍔迫り合いを長くは続けず、再度力任せに得物を振るって吹き飛ばす。少し疲れてきたのか、息
も乱れ始めている。だがそのような疲労を感じさせないほどに未だ目は輝いている。
一旦体勢を立て直し、改めて相手に向けてファランクスを構える。それを見て相手も理解したのか、杖を構え直す。お
かしなことだと、大和は思う。
「それが性分なんでね。時間をかけるわけにはいかない、次で決めさせてもらう!!」
自らに言い聞かせるように大和は叫ぶ。チャンスは一度、後はない。すぅ、と息を吸う。そのまま気合を入れるために
思いを叫んだ。
「あんたらのような組織を認めるわけにはいかない……!ここでケリをつけさせてもらうぜ、ロリコンっ!!」
その瞬間、世界が凍りついた。特に言われた男が一番。そしてその数秒後急に慌て始める。そんな当事者以外は皆冷や
やかな目で見ていて、先ほどまでのシリアス成分はどこへやら。
男は少し過剰とも思えるほどのジェスチャーで自らの潔白を証明しようとする。
「ま、待てっ!!それは誤解だ、僕はロリコンなんかじゃ……!!」
「言い訳なんて見苦しいぞ!さっきなのはとフェイトを無理矢理力で押し倒してただろうがっ!!くそっ、羨まし……
じゃなくて、なんだ……。とにかく、それをロリコンと言わずして何と言う!!」
忌々しげに足を踏み鳴らす大和。言葉の中に多少本音が混じっているあたりからすると、怒りの中に不純なものがは
いっているに違いない。それでもあの二人ならば喜んで受け入れそうである。実際二人の顔は少し赤い。
しかしそんなことはどうでもいい男にとって、更に悪い状況になっていた。それはもう、どうしようもないくらいに。
「だからそれは仕方がなかったと!」
男が弁明しようとして口を開けば、
「だから黙れと言ってるだろ、この『ロリコン』ッ!」
「ぐはぁっ!!」
大和がすぐさま切って捨てる。
少しオーバー気味に男が倒れた。最早ここまでくると茶番にしか見えないのだが、当事者たちは大真面目だし、対象者
達は気にしていない。冷静に判断できそうな残りのメンバーも場の雰囲気にのまれている。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ光景を見ながらアルフは溜息をつく。そしてそのまま緊張状態だった体を元に戻した。これでは戦
いに戻ることはないと判断したようだ。ユーノもそれに倣う。
先ほどまでの雰囲気は本当にどこに行ってしまったのだろうか。とはいえ、アルフとしては管理局と戦わなくて済んだ
だけでも儲けものなのだが。
そんな二人を尻目に、大和と男の口論――という名の、ケンカ。それもとてもレベルの低い――は続く。
しかし。
「だからこの……!」
突然、ぴたりと雷に打たれたかのように大和の体が硬直した。そして勢いよく顔を上げ、空を見つめる。いや、睨みつ
けると表現した方が正しいかもしれない。
そんな大和の様子をクロノは怪訝な表情で様子を見た。しかしすぐにに何かに気づいたようで、大和と同じく空を睨み
つける。
「この感覚……、なんだ、一体何なんだ……!?」
「こちらクロノ!エイミィ、そちらでは何か観測していないか?」
『ううん、こちらでは何も観測していないけど……。どうかしたの、クロノ君?』
クロノと呼ばれた男はそれに答えず、大和の方へと向き直る。こちらへと向き直った男を、笑いながら大和は睨みつけ
た。
「案外役に立たないんだな、御自慢の技術とやらも」
「……こんな時に皮肉は止めてくれないか?今僕達が感じているのは、きっと普通とは違う力だ。……君もそうだろ
う?」
「癪だけどな。だけどこのタイミングで介入してきて、得をする人物か…………。まさか……、まさかっ!!」
大和は勢いよくフェイトの方へと振り返る。フェイトの表情からは不安しか読み取れない。つまりこの状況はフェイト
も知らない、そしてそれはアルフも同じはずだ。アルフがフェイトに隠し事をするとは思えない以上。
そしてこちらサイドではないことも確かな事実。大和もなのはもこれほど大規模な魔法は使えない。もしユーノかその
仲間だとしても、事前に伝えてくるぐらいはするだろう。とすると、可能性はほぼ一つに絞られる。
だから同じ結論に行き着いた大和とクロノは大きく叫んだ。
「皆、避けろ!」
「エイミィ、すぐに回収を頼む!」
その直後辺り一偏を強力な雷撃が襲った。
「あいつは逃げれたのか……」
先ほどまで男が立っていた場所を見ながら、大和は呟く。その表情には色濃い疲れと少しの後悔が浮かんでいる。慣れ
ない防御魔法を使ったせいで体の節々が痛む。
言うことを聞かない足腰を叱咤しつつなんとか立ちあがると、物陰の向こうからユーノ達がなのはとフェイトを守りな
がらこちらへ走ってくる。一同の顔には安堵の表情が浮かんでいる。大和が無事――体のあちこちに怪我をしていると
はいえども――であることを喜んでいるのだろう。
出来るだけ無傷を装って大和は合流した。
「大和!……なんとかなったみたいだね」
「良かったよ、大和。あんたになんかあったら……フェイト達が悲しむからね」
「『達』、か……。ああ、そうだな。ごめん、ちょっと無茶をしたかも」
肩を竦めてみせる。言葉とは裏腹な態度になのは達は不思議な顔をしている。そんななのはの頭を、何気なくぽんぽん
と撫でた。
「えと……あの……あうう……」
顔を一瞬で真っ赤にして俯いてしまうなのは。しかしそれを無視するかのように大和は撫でるのを止めない。そんな光
景が少し続いていると、大和は何故か視線を感じた。どこか悔しそうで羨ましいような。
内心で苦笑しつつ大和はフェイトの頭を撫で始める。最初は恥ずかしそうにしていたフェイトだが、すぐに気持ち良さ
そうにしはじめた。
どこか和やかな雰囲気が漂い始めた一行だが、大和だけはどこか安心出来なかった。ここが重要な転機だとうっすらと
感じていたのかもしれない。
そのまま一行はそれぞれの場所へと戻っていった。
「事態は動き始めた……もう時間が無い。先手を打たれる前にこちらから打つ必要がある、か」
時刻は深夜2時を回ったほど。大和はたった一人で海鳴市埠頭に来ていた。このことはなのはにも、もちろんフェイト
にも話していない。さすがに士郎さん達には話しているが、少なくとも魔法関係者には知られていないはずだ。
「残りのジュエルシードは全部海にあるんだよな?」
『Yes. Fortunately JS don’t activate』(ええ、そうです。幸いと言っていいのかわかりませんが、まだ活性化も
していないようです)
眼前に広がる海を見つめながら虚空に呟く。周囲に人影もないのでいつもより声が大きい。
「それならば俺一人でもなんとかなるな……。気づかれる前に終わらせよう」
『Yes, master』(了解です)
そして大和はそのまま海へと飛びこんだ。
そしてその次の日。
すずか達と予定があるというなのはを家に残し、大和は一人散歩に出かけた。考えることが多すぎて煮詰まってた頭を
少し冷やそうというのが建前。第三勢力である時空管理局をおびき出すのが本音だ。
いつもの海沿いの公園にたどり着く。休日の午前である今の時間帯は、多く子どもたちが元気に走り回っている。そん
な様子を横目に見ながら海沿いを歩く。海から吹きつける潮風が気持ちいい。
少し海へと突き出た場所に立つ。さらに強く吹き付けてくる風に髪がボサつく。所々はねた髪を手で撫でつけ、乱暴に
自らの手でかき上げる。風が急に強くなった。
明らかに先ほどとは違う風に、大和は嫌悪する。だがその原因がどうやらこの場から離れようとしない。大仰に溜息を
つきながら大和は振り返った。
「……で、貴方は?」
「私は時空管理局のリンディ・ハラオウン提督です。貴方にお話があるのだけれど、時間とかいいかしら?」
質問なのに有無を言わせぬ口ぶり。予想以上に大物が釣れたようだと大和は感じた。それこそ望むところ、手っ取り早
くて助かるぐらいだ。
「別に……まあ、構いませんよ。そこのベンチで待っていてください。……コーヒーの砂糖入りを適当に見繕ってくる
感じで?」
「あら、気が利くのね。それなら思い切り甘いのをよろしく」
「……了解」
予想外の言葉にげんなりしつつも、大和は自販機の方へと歩いていった。
とりあえず大和はリンディ提督の言い分――時空管理局の言い分だ――を聞くことにする。話を聞きもせずに否定する
ような愚を大和は犯さない。戦わずにすめばそれでいい。
と、最初の方は大和も確かに思っていたのだが。
途中からすでに大和は聞く気を失くした。表面上だけを取れば、その言葉は心地よく正しく聞こえるだろう。しかしそ
の実は違う。
「……貴方がた時空管理局の正義はわかりました、良いか悪いかは別として。ですが、このまま変わらずに続いていく
のなら、俺は将来……間違いなく敵になります。そして、俺は貴方達に協力するつもりはありません」
大和はリンディを正面に見据えてはっきりと答える。対するリンディも大和の視線を真っ向から受け止めた。お互いに
視線を外さないこと、ほんの数秒。リンディが口を開く。
「それは……どういうことかしら?」
「そのままの意味ですよ。あまり俺達を甘く見ないでもらえませんかね?」
「あら、そういうつもりは無いんだけれど。でも……今の貴方達には管理局の技術力が必要なはずじゃないかしら?だ
から要は取引をしましょうと言うことなのよ」
まず一枚目のカードを切ってきたかと感じた。しかしそれは今の大和に対し有効打にすらならない。ある意味で大和は
背負うものが何もないのだ。
「別にそんなことはないですよ。こちらが貴方達管理局より技術的な面で遅れていると思わないことです。…………そ
れは、傲慢だ」
組織である以上、綺麗事だけで成り立たない事は大和だって理解している。時には卑怯だと罵られるような行為も必要
となるだろう。それが組織というもので、きっと大人であるということだ。それが分かっているからこそ、大和はリン
ディに頷かない、頷けないのだ。
子どもの考えだと人は笑うかもしれない。しかし大和はれっきとした子どもで、リンディは大人なのだ。その立場の違
いが二人の考えに差異を落としている。根底にある想いが同じだとしても。
「……どうしてもなのかしら?」
飲み終えたコーヒー缶をボレーシュートの要領でゴミ箱へ向けて蹴り飛ばす。放物線を描きながら飛んだ空き缶は小気
味よい音とともにゴミ箱に入る。
「……俺は管理局と合い入れることはできません。もう二度と現れないでください。それでは」
大和はベンチに座ったままのリンディを背にして歩きだす。振り返ることなく歩いてくその姿にリンディは無意識に缶
を握りしめた。己の無力さと、組織としての傲慢さを感じながら。
「……それでも私たちは管理局の、組織の人間なのよ。貴方には悪いけれど、手放すわけにはいかないわ」
その呟きは空へと吸い込まれていった。
あとがき
大変時間があいてしまい申し訳ありません。
リハビリがてらまたゆっくりと精進していきます。
自分としてはクロノも管理局も嫌いではないです。
ですが自分の考えとして絶対的な正義など存在しない、見方によって立場は変わると思っています。なので大和はある
意味自分の分身でもあったりします。
当分そういう話をしないとは思いますが。
コメント返信
>小説、面白かったですよ。
>あとデバイスの設定とかがあったら教えて欲しいです。
ありがとうございます。楽しんで読んでいただけて嬉しいです。
デバイスの設定は必ず書くつもりですが、ファランクスドライバーに関しては若干今後の展開に係わる部分もあるので、
その点だけを除いて書こうとは思っています。
なのでもう数話待っていてくださると幸いです。
作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ*ル、投稿小説感想板、