――――来たれ終焉、我が剣を超えられるのならば――――











 甲高い木刀の音色が訓練スペースに響き渡る。

 互いに切っ先を突き合わせたまま微動だにしない二人。それは長い時間のように感じられる静寂の暇であったが、実際には刹那といっても良いほど短い間隙でしかなかった。

 あれだけの速度で突き合わされたはずの木刀が微動だにしない。それは尋常ならざる事態であり、本来ならあり得ないような事だった。

 その気になれば鉄板すら貫くほどの威力を有する二人の穿突。その破壊力を生み出す"力"は、二人にまったく違う結末を用意した。

 二人が木刀を突き合わせてから瞬きひとつに満たぬ時を経た頃、別の音が波紋となって広がった。











 硬い破裂音を残して粉砕されたのは、リュウトの持っていた木刀だった。

 芯鉄を残し、周囲の木材は木っ端となる。

 握っていたリュウトの手の平も無事では済まなかった。赤々とした血が砕けた柄を握ったままの手に滴り、ひとつひとつ、ぽつぽつと床に円を描いている。


「――――――――」


 対して良介の木刀は繰り出された時と比してひとつの違いも無かった。

 罅割れも無く、ささくれも無く、滑らかなままの表面には天井の光が反射して見えるほどだ。

 同じように、良介自身の身体にも異常は無い。木刀を握ったままの手はしっかりと固定されており、何の揺らぎも無かった。


「――――――――」


 これ以上ない決着。

 二人は互いの勝利と敗北を噛み締め、ゆっくりと姿勢を戻した。











 二人の姿を見ていた集団から、最初に漏れたのは誰かの吐息だった。

 感嘆のような、或いは驚愕のような吐息。それは瞬く間に波及し、旧機動六課は騒がしさに包まれた。


「――――勝った? 先輩が……?」


「た、多分そうじゃないの? そうだよね、ギン姉」


「――――――――」


 驚愕したままのティアナに対し、スバルは姉に向かって自分の判断の是非を問う。しかし、妹から投げ掛けられた質問に、ギンガは答える事ができなかった。

 盛り上がるメンバーとは別に、明らかに冷静なままの者たちがいた。シャッハやアランがそれに当たる。

 彼らは騒ぎ始めた者たちとは違う目で、訓練スペースを見詰め続けていた。











 良介は自分の手に残った木刀を見詰め、ゆっくりと顔を上げた。

 彼にはすでに勝敗が分かっている。


「――――――――正直、お前がここまで這い上がるとは思ってなかった。レティがお前んとこに行ってから、そんなに時間経ってないしな」


 良介は皮肉げに口の端を上げ、リュウトに木刀を差し出した。


「だがまあ、俺としてはこれで満足だ。リンディもレティも、これで無事に帰せる可能性が出てきたって事だ。そうだろ?」


「――――――――それで、君は納得するので?」


 良介から差し出された木刀を受け取り、リュウトは同じような笑みを浮かべて問い返した。すでに手のひらの出血は治まっている。


「納得するさ。お前は魔法も使わずあれだけの技を出した、それだけで十分だ」


 良介はそのまま振り返る。


「――――あれだけやられちゃ、俺の負けだろ」













「負けっ!?」


「うそ!?」


「いや、だって……」


 良介の言葉に、機動六課は再びの騒がしさを振り撒いていた。一時は引いた喧騒の波が、倍の大きさになって戻ってきたのだ。


「す、スバルさん、これって一体?」


「いや、あたしに聞かれても……」


 キャロの戸惑ったような瞳にたじろぎ、スバルは助けを求めるようにパートナーに視線を向けた。戦場把握の能力に関しては四人の中でトップのティアナなら、その答えを知っていると思ったからだ。

 しかし、そんなスバルの視線を受けたティアナは、良介の視線の先に目を向けて瞠目した。


「――――な、なにあれ……?」


「え?」


 スバルも同じように視線を動かす。その先にあるのは、訓練スペースの耐衝撃素材の壁。

 そこにあったのは、魔導師のように視力を強化する事ができて初めて確認できるほどの小さな穴だった。


「何々? 何かあるの?」


「あ、うん、コインくらいの穴が壁に……」


 スバルは強化された視覚でそれを確認し、アルトに自分の見たものをそのまま伝える。だが、当のスバルもそれが何か分からない。

 だが、彼女の姉とシャッハ、アランにはすべてが理解できていた。


「――――確かに、宮本さんが負けを認める訳だわ……」


「ギン姉?」


 ギンガは半ば呆然と遠くの壁を見詰めた。

 まず自分や妹には不可能な力の一点集中。如何なる障害も、不必要な傷も認めない畢竟の技。

 究極の刺突。

 活殺を己が手の内に納める覚悟を決めた者だけが至れる最後の地だ。


「――――宮本さんと同系統の技と見受けましたが、あの昼行灯があそこまでやるとは……」


「シスター、何気にうちの本部長嫌いだよね」


 シャッハが感嘆したように吐息を漏らし、そして自分の仕草に嫌そうな表情を浮かべる。それを見てアランが深い溜息を吐いた。別に心の底から嫌っている訳ではないと知っているし、シャッハがいなくなるとリュウトが困るだろうから特に何かするつもりもないが、どうしてここまで嫌えるのかは理解できない。


「嫌いです、わたしから逃げますから」


「仕事から逃げるとは言わないんだね」


「――――仕事からは逃げないんです……! なのにわたしからはなんで逃げるんですか!?」


「――――――――いや、追うからでしょ」


 アランは怒気全開のシャッハからじりじりと距離を取る。相手の間合いで戦えるほど弱い敵手ではないし、何よりも彼の本能が近付く事を拒否していた。

 自分がここまで苦手とする人間も珍しい――――アランはこのシスターに追われる運命を背負った二人の男に、少しだけ同情した。













 木刀を貫き、空気を伝播して壁面を穿った一撃を、良介は少しの感嘆と多勢の不愉快を以て認めた。

 自分の身体にほんの僅かな痕跡すら残さず、それどころか"力"が突き抜けた事実を自分に悟らせないほど集束された衝撃波。それを放つ人間に、迷いなど存在するはずもない。


「――――で、依頼は?」


 故に、良介はリュウトの依頼を受ける事にした。

 リュウトに対する忌避感は今回の騒動以前の程度にまで減衰しているし、何よりここで無意味な依頼をするほど、この男が馬鹿ではないと知っている。


「依頼は二つ。ひとつは、これを然るべき場所に運んで、そこにいる人たちを口説いてきてください」


 リュウトはそう言ってノートサイズのアタッシェケースを空間転移で引き寄せた。そのまま良介に手渡そうとする。

 しかし、良介は差し出されたケースを見詰めたまま受け取ろうとしない。


「――――――――嫌な予感がするんだが」


「大したものは入ってませんよ。少しお金になる希少金属が入ってるだけです」


 リュウトは落ち着いたまま苦笑いを浮かべる。

 嫌な意味で見慣れたその笑顔に、良介は低い声で問い返す。


「――――――――お幾ら?」


「最新鋭艦船で一個艦隊を編成できて、それを十年間維持できる金額です。無論、戦闘状態で」


「ど・こ・が・す・こ・し・だッ!?」


 良介はリュウトの襟首を掴んで吼える。

 偶然にも数日前と似たような状況になったが、二人の雰囲気はまるで違った。


「これからのご時世、高くなる事はあれど、安くなる事は考えられないものを選びましたからね。高効率魔力伝導体はデバイスから艦船まで色々使いでがありますよ」


「こんな国家予算持ってたら恐くて外歩けんわ!!」


「おや、君がそんなに繊細だとは知りませんでした」


「今知れ、そして今死ね」


 良介の拳がリュウトの頬目掛けて疾駆する。だが、その一撃はあっさりと空を切って良介は体勢を崩した。


「避けるなと何回言わせるつもりだ!? ああ!?」


「攻撃されてそれを喜んで受ける趣味はありません。君じゃないんですから」


「俺もねーよそんな趣味!!」


 良介は地団太を踏んでがーっと吼える。

 さらに繰り出される拳はどれも一撃必殺の威力を秘めていたが、すべてがリュウトの外套を掠めるだけでまともに当たる事は無かった。

 やがて良介の攻撃が止み、二人は少しだけ乱れた息を整えて向かい合う。


「――――さて、軽く準備運動が終わったところで詳しい情報を寄越せ」


「――――できれば、私無しで準備運動してくれると有難いんですがね」


「断る」


「―――――――――まあ、いいですけどね」


 リュウトは溜息ひとつ。

 万感の想いを込めた溜息であったが、リュウトもそれを吐いて気を取り直した。

 通常の念話に幾つか術式を加え、良介に向けて意志の言葉を発する。


『一応機密に属する事なので、念話で失礼しますね。あ、双方向通信にしてありますので』


『――――――――至れり尽くせりだな。で?』


 リュウトはさっさと話を進めろと目で訴える良介に苦笑しながら、求められるままに言葉を続ける。


『この軌道施設から然程離れていない宙域に各世界政府の統制から外れた私掠船の船団がいるはずです。彼らに接触してください』


 良介はリュウトの言葉に何か叫びかけるが、これが念話だという事を思い出して慌てて口を噤む。万が一にも情報を漏らすような素振りを見せれば、目の前の男が一瞬で自分の意識を刈り取るだろう。

 その後はナンバーズ御一行に進呈されるか、旧機動六課と共にいる良介専門の追跡者に預けられるのだ。それだけは避けたい。

 良介は今更文句を言っても仕方が無いと諦め、リュウトに念話を返した。


『――――何故に海賊?』


『彼らはそこらの軍や警察機構よりも実戦経験が豊富です。使っている船も管理局の一線級艦船にそうそう劣りません。それに、彼らは政治的信条よりも確固たる保証を重視します。その希少金属は手付金と言ったところでしょうか』


『――――――――』


 国家予算規模の資金を手付金に保証を行う。確かにそれなら食指を動かされる者もいるかもしれない。だが――――


『動かない上、金だけ持ってトンズラされたらどうする? 俺も殺される危険があるんだが』


『おや、流石に命の危機には鼻が利く』


『答えろ』


 良介はおそらく無意味な質問だろうと思いながらも確認する。目の前のいけ好かない男が、何の対策も取らずに自分を送り出す訳がないと確信していた。

 そしてそれは、概ね正しい。


『本当なら私が直接出向きたいところです。向こうはちょっとした知り合いですし、そっちの方が確実だ』


『なら何で俺を行かせる』


 良介の言葉に、リュウトは笑みを深めた。


『――――君は知らないのかもしれませんが、ああいう人たちにとって君は中々に興味を引かれる存在のようです。まあ、君のしてきた事を思えば納得できますが』


『ひでーなおい!? 俺は別にお付き合いしたくないぞ!!』


『万が一の時には今回の伝手が役に立つかもしれませんよ。君が上手く彼らとの間にコネクションを築けるかどうかも多分に影響してくるでしょうけど』


『――――――――』


 良介はリュウトの言葉に沈黙する。

 管理局と水面下で衝突する事もある良介にしてみれば、一個の独立した組織である海賊とコネクションを持つ事は悪くないように思えた。

 だが、すぐにある事実に気付き、リュウトを睨み付けた。


『――――――――つーか、お前の知り合いじゃ意味ねえじゃねぇか!?』


 良介の存在駄々漏れである。たとえリュウトの知り合いだという人物が情報提供を断っても、様々な方法で情報を得ようとするに違いない。

 そして、最終的にはバレる。


『気付きましたか。結構結構』


『いっぺん死ね。そして俺の死んだ後に生まれ変われ』


『嫌です、面倒ですし』


『輪廻転生を面倒!?』


 今の現実以外には他人の将来くらいしか興味の無いリュウトにしてみれば当然の事だ。生まれ変わりを信じていない訳ではないが、信じている訳でもない。あれば便利程度の認識しかなかった。

 良介はすっかり以前の調子に戻ったリュウトに複雑な感情を抱きつつも、これ以上の問答は無用と判断する。請けると言った以上、自分はやらなければならないのだ。


『――――で、次は?』


『これから承認させる作戦に参加してください。君の能力が必要です』


『――――――――もっと単純に、お前が必要だと言えんのか?』


『それは結果です。君と同じ能力を持っているなら、別に誰でも構いません』


 リュウトは冷静そのものといった風に告げる。その顔に本気以外の何かを見つけ出せなかった良介は、ひどく疲れた表情で頭を抱えた。


『――――お前のその性格、嫁は直さんのか?』


『さて、どうなんでしょう。私には何とも』


 リュウトの言葉もまた正しい。直そうと思うかどうかはその者次第だ。


『それはともかく、俺を出そうってんだから勝てる戦なんだろうな?』


『勝率はゼロより遥かに高い数字ですよ。このままでいるより数百倍マシな――――』


 良介の問いに答えている最中、リュウトの携帯端末が着信を訴える。合成音が無機質で単調なリズムを刻み、主がそれを取る事まで自己主張を続けた。


「はい――――」


 リュウトは一旦念話を術式凍結して通信を取った。リュウトなら並列処理もできるだろうが、念には念を入れる。

 指向性の高いスピーカーは、一切通信の内容を漏らさない。しかし、それを聞くリュウトの眉間に皺がひとつ増えるような話らしい。

 また問題だ――――良介は本気で誰かの呪いかもしれないと思い始めた。この二人が揃う度、何か面倒事が発生している気がする。


「――――なるほど。では、安全圏からのデータ収集に任務を変更してください。できるだけ正確な到達時間が欲しいので…………ええ、お願いします。では――――」


 リュウトは一瞬だけ通信機を見詰めると、複雑な笑みを浮かべて良介に念話を送ってきた。


『先ほどの勝率。何もしないよりマシだと言いましたが、さらにマシになりました』


 それはつまり――――


『動いたのか?』


『ええ、"敵"との境界線付近で哨戒任務中だった艦船が大幅な進行速度増加を確認。このままだと、数日でこの施設に到達します』


 良介は天井を見上げて溜息を漏らし、再びリュウトに向き直る。今更取り乱しても意味はない、そういう事だ。


「どうする?」


 念話ではない、通常の言葉。

 声音には様々な意味を込め、その視線には真実のみを求める光がある。

 余計な言葉はいらない。


「――――――――動きましょう、可及的速やかに」


「ま、それしかないか」


 リュウトは返事の言葉を待たず、その場で外套と政府制服を翻して良介に背を向けていた。自分の言葉をそのまま実行したという事だろう。


「第八七バースに高速連絡艇を用意しておきました。非武装ですが、先方を刺激しない為にも最良かと。こういう時は逃げ足が肝心ですし」


「――――まあいいさ、この期に及んで文句は言わねぇよ」


「それは良かった。では、よろしくお願いしますね」


 良介はリュウトの背を見送り、己もまた反対側の扉へと歩き始める。

 上の通路でドタバタと慌てている面々を視界の隅に収めながら、彼は自分の拳を握り締めた。


 ――――次は失わない。


 リュウトの瞳が語り、良介も思う事。

 一度目は自分の弱さ故、だが、二度目は許さない。

 戦う事を決めたのなら、自分の納得する結果をこの手に掴んでみせる。











 事態は急速に動き始めた。

 管理局各部隊の動きが慌しくなり、それを警戒するかのように各世界の軍事・警察機関も動きを活発化させる。

 この時、各世界に管理局からの通達は一切なかった。そのため、各世界は管理局の動静を事細かに観察し対処するしかない。相手が明らかに戦闘の準備をしているというのなら、彼らもまた戦いに備える。

 管理局が強権を用いて各世界併呑に動き始めた――――管理局を呑み込もうとした自分たちの行動を棚に上げて、各世界高官は怯えながらも自分たちの指揮下にある実力組織に臨戦体勢を取らせる。

 これから人類同士の戦争が始まるかもしれない。

 避難民たちが不安に苛まれる中、管理局が各世界に向けて首脳会議の開催を要請する。

 管理局の動きを警戒していた各世界政府は、情報収集を目的としてそれを了承。同時に提案された各世界軍事・警察機関の武官トップによる安全保障会議の開催も実現する。

 同時に行われる事となった文官・武官の頂上会議。政治には一切干渉しない事が是とされる武官までもが一堂に会するという事態に、誰もが緊張を隠せないでいた。

 そして、ミッドチルダ標準時十二月二七日一二時〇〇分。

 世界の命運を決する会議が、同時に幕を開けた。














 扇状に広がった座席を持つ議場は、集められた武官たちの声で満ちていた。

 割り当てられた席に座ったまま打ち合わせをする者たちもいれば、精力的に動き回って味方を増やそうとする者も見られ、議場は会議の始まる前から戦いに溢れているようだ。

 有力世界の周囲にはその衛星世界が集まり、いくつもの派閥がそこかしこに見られる。しかし、武官らしく政治的な遣り取りを嫌う者たちもまた多く、もう一つの議場で行われているであろう醜い応酬は、ここではあまり発生していなかった。

 それに、一部の例外を除き、彼らはあくまで文官の命令を受けて組織を動かす立場。もう一つの会議の結果こそがもっとも重要視されるだろうと誰もが考えていた。

 この会議も、寄り合い所帯となった避難施設での治安維持について確認する程度だろう――――緊張こそしてはいるが、ここにいるほとんどの人間が心のどこかでそう思っていた。その心の余裕が現れ、議場の中は騒々しいほどの声で埋め尽くされている。

 しかしそれでも、議場の中心である演壇に続く扉が開き、そこから管理局高官のみ着用する外套を翻した若者が姿を見せると、会場内は一気に静まり返った。

 非難するような視線はいくつか見られども、露骨な態度を見せる者はいない。

 政治家とは違い、彼らは自分たちも若者と同じ役目を負っていると知っている。

 万が一の場合には、守るべき人間を見捨てなくてはならないという役目。世界の憎しみを背負って戦わなくてはならないという役目。自分の大切な者のために他人の大切な者を殺すという役目。

 それを思えば、彼ら武官こそが、ある意味ではもっとも平和を願い、もっとも争いを厭う者なのかもしれない。


「――――――――」


 議長席を背に、若者は自分の倍以上生きている先達を睥睨するリュウト。

 どの視線にも一筋縄ではいかないと分かる経験と知性の光が見えた。

 しかし、これからリュウトはここにいるすべての人間を相手に戦争を吹っ掛けなくてはならない。自分のすべてを賭けた作戦を実行するため、そして成功させるために。


「――――――――」


 背後の議長は管理局を退役した老人だった。所謂調整型の人間で、他者の間に立っていくつもの地域紛争を収めてきた実績を持っている。

 無論、現状で管理局の人間が議長を務める事に文句が出なかった訳ではない。しかし、他の世界の人間が議事運営を行う事はもっと避けなければならない事であり、議長を務めるという退役将官の実力は誰もが認めていたから、その文句は問題となる前に自然鎮火した。

 中立を尊ぶ調整者で、こと議事に関して自らの組織にすら一切の便宜を図った事のないという老将官の声が、静まったままの議場に響いた。


「――――時間もない故、面倒な開催の宣言は省略する。諸君らは一切の虚偽なく心を開き、真摯に耳を傾けよ。私はそれを手助けする事をここに約束する、諸君らは一切の虚偽なく言葉を発し、一切の脚色なく言葉を聞くと誓えるか? 沈黙を以て是とする」


 息を殺したかのような沈黙。

 議長はそれ聞いて満足げに頷き、自分の前に立つリュウトに言葉を掛けた。


「ぬしもそれで良いかの?」


「――――ええ」


 議長は再び頷き、ただ一言開催の言葉を発した。


「それではこれより、次元世界臨時安全保障実務者会議を開催する」











 リュウトが演壇に立っている事で、出席者たちはこの会議が単なる治安維持に関する連絡会議ではない事に気付いた。

 いくらこの場で罪に問う事はできないと言っても、リュウトに対する各世界人の感情はとてもではないが良好とは言い難い。そんな人物を矢面に立たせるという事は、管理局側に現状を動かすだけの覚悟があるという事の証明だ。

 それに、ここにいる出席者ならば今次騒動の初期におけるリュウトの行動を釈明するにも都合がいい。何せ、民間人とは違い彼らは専門家だ。

 必要な情報を提示してリュウト自身が事情を語り、その上で出席者たちが示された情報の裏付けを行えば、それだけで十分な弁明になる。

 リュウトが議長に発言の許可を求めた段階では、少なくとも彼らはそう考えていた。

 許可を得て、演壇を照らす光の中心に立ったリュウトを見ても、おそらく同じ事を考えていただろう。


「時空管理局大将、リュウト・ミナセです」


 だからこそ、前置きも何もなくリュウトの発した言葉は彼らの度肝を抜いた。


「――――単刀直入に言いましょう。あなた方に我々管理局の提案する"奪還"作戦に参加していただきたい」


 拡声器によって増幅されたリュウトの声が議場に浸透する。

 機械的、或いは魔法的な同時翻訳は当たり前のように行われていたし、それ以前にリュウトの発した言語は次元世界の各世界で第二公用語に選ばれる事の多いミッドチルダ語だ。

 かつて次元世界を二分する勢力であった古代ベルカに起源を持つベルカ語も未だそれなりの数の世界で使用されているが、事実上の次元世界公用語として使われているのはやはりミッドチルダ語であり、その使用人口も段違いだ。

 つまり、ここにいる彼らは翻訳などせずともリュウトの言葉の意味を理解できるはずだった。


「我々時空管理局は、今次の作戦を次元世界全体の奪還作戦と位置付けています。そのため、この次元世界で次元空間航行能力と真空間戦闘を行える軍事・警察組織にはすべて参加要請を行うべきと考え、こうしてここで要請する事となりました。すでに作戦案はこちらの方で用意し、必要ならば適宜修正を行う準備もあります。よって今必要なのは、各世界政府の承認と現場の人間である皆様の理解と経験だけです」


 リュウトは驚いたままの顔を自分に向けてくる出席者を見渡し、一息の間を空けて続けた。


「――――――――ご裁可を」


 議場が揺れた。

 怒号が吹き荒れ、リュウトに対する罵声が同じ内容の暴言を打ち消して意味不明な音の連続と化す。机を叩きながらリュウトを指差して即刻退場するよう大声を上げる者もいれば、ひたすらに険悪な視線を向ける者もいる。

 最前列――――外交儀礼上の上座――――に座る者たちこそ静かにリュウトを見詰めているが、列の後ろに向かうにつれて聞くに堪えない言葉が蔓延している。

 議長はすでに事態の収拾を諦めているのか、目の前のリュウトを興味深げに見るだけだ。或いは、自分の後輩でもある青年を試しているのかもしれない。


「――――――――」


 リュウトは沈黙したまま、ただの一度も反論しなかった。

 どんな悪口雑言にも眉ひとつ動かさず、じっと前を見て動かない。随伴してきたリュウトの部下の方がよほど表情豊かに反応していた。


「本部長……! このままでは……」


 病室を飛び出した後、翌日再び自分を召喚した上官は以前の姿に戻っていた。

 襟や肩の階級章は大将のものに変わっていたし、身に纏っている外套は武装隊栄誉元帥を髣髴とさせるものであったが、彼女にとってみれば温和に微笑むリュウトの表情こそがすべてだった。

 昇進の祝いを述べる彼女に苦笑いし、昨日までの非礼を詫びるリュウト。そんな上官に彼女は流れる涙を懸命に隠しながら文句を言った。

 そして、再びリュウトの補佐役としての任に就いた彼女は、いきなり全次元世界に向けて喧嘩を売るという上官に巻き込まれる事になったのだ。


「――――カリーナ、落ち着いてください」


「こ、これが落ち着いていられますか! 私も提督と同じく、自分に対する文句だったら無視しますけどね!? 同僚をバカにされて黙ってるほど私は優しくありませんよ!!」


 むきゃーと今にも出席者に飛びかかろうとするカリーナ。

 同じように随伴して来た男性局員がその身体を羽交い絞めする。


「放しなさい二尉! セクハラで訴えるわよ!?」


「自分も上官を傷害で逮捕したくありません! というか、他人を想ってる女性に手を出すような人間じゃありませんよ!!」


「分かってるなら放しなさい!」


「駄目ですって! ここで暴れたら本部長の作戦が……」


「!!」


 二尉の言葉にぴたりと動きを止めるカリーナ。ゆっくりと上官を見上げると、生暖かい視線とぶつかった。


「――――迷惑をかけましたからねぇ。ストレスも溜まるでしょう」


「――――――――」


 いっそ怒ってほしいと思う。

 そんな心底申し訳ないといった顔で見詰めないでほしい。

 カリーナは同僚に抱えられたまま沈黙した。


「――――本部長、一部の人たちがこっちを見て怒ってます」


「――――それはまあ、あんなに肩で息をするくらい頑張って罵倒したのに無視されれば誰だって不機嫌になる」


 リュウトは自分を射殺さんばかりに鋭い眼光を向けてくる出席者にちらりと目を向ける。いままでの部下との遣り取りは、リュウトの背後にいる議長くらいしか聞こえていない。その議長もリュウトたちの会話を面白そうに見るだけで何も言わなかった。


「向こうからすれば、私は格好の人身御供。自分たちの責任を丸ごと背負ってくれるのだから」


「本部長はそのおつもりで?」


 二尉の言葉に、リュウトは少しだけ笑みを深めた。


「――――――――知れた事。必要なら躊躇いはなく、不必要なら断固として受け容れず」


 二尉はその言葉に頷き、ただ一言。


「本部長が決めた道なら、我らも喜んで剣を取りましょう」


 階級も年齢も一側面に過ぎない、自分たちは同じ組織の同僚だと部下の顔と名前をすべて覚えているリュウト。危機管理部の局員たちは、そんな上司が好きだった。

 単に上司として気に入っているだけという者もいるし、一緒に死んでも悔いはないと豪語する猛者もいる。危機管理部すべてがリュウトに殉じる事はありえないが、それでも助けてやろうと思う人間は多い。

 最高司令官でありながら危機管理部地上庁舎前花壇の手入れをしていたり、管理局見学に来た子供たちの引率を務めたりもするリュウト。部下たちは、そんな上司だからついていこうと決めた。


「本部長は将として我らに道を示してください。我々は、その道を武器を手に持って進みます」


 将が将としてあるのなら、兵は兵としてある。

 戦う術は違っても、目的と見詰めるものは同じ。

 リュウトは少しだけ口元を歪め、前方を見遣る。


「――――――――ならば私は、命を背負って戦おう」


 命を失う事を躊躇いはしない。

 だが、絶対に忘れない。


「それが将たる者の戦い」











 リュウトの視線の先から、貫くように声が響いた。


「――――貴官は、未だ勘違いをなされているようだ」


 最前列に座る将帥の内の一人が、ゆっくりと立ち上がる。


「時空管理局にはすでに統治する権利が存在しない。我らの世界は、すでに我らのものだ」


 その言葉に同調する議場。

 リュウトはその言葉を発した将の下に目を向けると、正面から受けて立った。


「――――次帥閣下こそ何か思い違いをなさっているのでは? 我らはあなた方に命令を下している訳ではない。作戦を承認し、然るべき戦力を出して欲しいと願い出ているだけです」


 次帥はリュウトの言葉に嘲りの表情を浮かべると、大きく手を広げて胸を張った。


「今まであれほど我らを虐げてきた管理局が"願い"? 自分たちの都合を正義と嘯き、認められぬ他者を悪と決め付けた貴様らに、今更そのような権利はない!」


 肯く出席者。中には露骨な舌打ちと嘲笑を浮かべるものもいる。

 次帥は管理局創設の頃から何度も衝突を繰り返してきた管理世界を統治する某立憲君主制国家の人間だ。管理局高官を多く輩出した世界ではあるが、同時に管理局とは思想的に反目しあう事も多々あった。

 独自に陸・海・空・航空宇宙の四軍を揃え、その戦力は管理局全戦力の一割に届くとさえ言われている。実際には防衛機密を盾に詳しい戦力が公開されていないため、推察の域を出ることはないが。


「我らが女王陛下を地方領主扱いし、その権限を貴様らの都合で制限。最終的には我らの文化そのものである王家を取り潰そうとした恨み、忘れると思うてか!?」


 次帥と同じように、管理局統治下で文化を否定されてきた世界は多く存在する。

 文化の保護を名目に各世界の伝統を管理し、時には闇に葬った事もある。それは管理局の統治を行い易くするための処置であったが、結果を見れば多くの恨みを買う事となった。

 歴史上永遠に続いた統治は存在しないが、時空管理局もまた、常に崩壊の危機を孕んだ統治機構と言える。


「――――ここで管理局が衰えたのも天佑、盛者必衰の理よ。大将、君はまだ若い。今こそ我らに屈し、新たな統治機構の一員となれ」


 譴責そして懐柔。万が一の時には処分する予定の人間だ、適当な立場で飼い殺すのも悪くない。

 少なくとも、目の前にいる青年将官は管理局の中で有数の人格者。慕う部下も多く、望めば管理局の持つ多くの権限を合法的に掌握できる可能性を有する人間だ。取り込んでおいて損はないだろう。

 旧統治者を厚遇するか冷遇するか、それは新たな統治者を見定める重要な要素のひとつだ。恐れず厚遇することで懐の広さを示すか、徹底的に廃除する事で峻厳さを示すか。それによって後の統治に大きな影響が出る。

 管理局を打倒する事はすでに決定された事だったが、その管理局に所属する者たちの処遇については未だ意見が割れていた。次帥はその議論に一石を投じ、その上で多くの世界を従える盟主としての度量を示したいと思っていた。


「すでに趨勢は決した。ここは我々と共に困難に打ち勝つ事を選ぶべきだ」


 新たな世界がどのような形になるかは分からない。

 各世界の代表者によって作られる議会が次元世界を統治するという提案が一番現実的だと思われたが、次元世界最古の血統を持つ王家を元首とする統一帝國を造ろうという者たちさえもいる。後者は極端な例であって実現する可能性は皆無に等しいが、それでも多くの人間が新たな世界を、と望んでいる。

 管理局の統治が完全でないことはリュウトも、他の多くの管理局員も気付いていた。次元世界のためにと力を尽くせば尽くすほど広がる理想と現実の溝。どれだけ崇高な目的を掲げても、結局は支配者が支配者でいるための走狗でしかないのかもしれないと考えた事もあった。

 世界を超えての騒乱は決して珍しいものではなく、世界内での紛争など日常茶飯事。多くの人間が傷付き、文化が破壊され、世界そのものが痛みに呻いているようだった。

 二十年間管理局にいれば、理想と現実の区別くらいはつく。

 だが、それでも理想を目的としていこうと決めた。どれだけ困難な道でも、人間が考え得る理想は現実にする事ができると信じた。

 いつの間にか多くの仲間と同僚が共に歩いてくれるようになり、掛け替えのない家族や友人ができて、より理想が輝くようになる。

 独りでならできない事も、二人なら、三人なら、もっと多くの力があれば少しくらい実現できると思った。

 すべてが実現する必要はない。人間という種が滅びる前に達成されればそれでいいと考えた。

 人種や宗教、思想を超える必要はない。それも全部受け容れてしまえるような世界があればいい。何千、何万年の時を経て自分のような考えをする者が現れたのなら、あと数千、数万年の時を経れば、人間すべてが変わっているかもしれない。

 自分は人を救う覚悟を決めた時、同時に護りたい人ができた。

 人類の欲望が戦いを欲するのか、人類の願いが戦いを呼び起こすのか、リュウトは未だに真実を知らない。

 しかし同時に、一生理解できないだろうと知っている。

 そして、いつかの未来に答えを託すと決めた。

 時空管理局が古代の遺物となるくらい未来なら、きっと答えも出ているかもしれないと。

 リュウトは呟く。


「――――――――未来。そう、未来だ」


「何?」


 次帥もそれに同調した出席者も訝しげな顔を見せる。突然のリュウトの言葉に、答えを返せない様子だった。

 そんな眼差しをいくつも受け止めながら、リュウトは続ける。


「皆様は、知った上で戦いから逃げておられるのか? それとも知らずに立ち竦んでおられるのか?」


「――――――――貴様……!」


 次帥の顔色が変わった。同じように出席者の半数以上の顔も。

 明らかに何かを知っている表情、それを見てリュウトは確信する。


「すでに侵攻が始まって尚、我々は一枚岩になれない。すでに滅びは決定されているというのに、奇蹟という名の偶然に縋るおつもりか?」


 次帥を始めとした出席者が呻きと共に黙り込んだ。

 "アンラ・マンユ"侵攻再開の報はすでに各世界に通達されている。この会議に参加している者たちのほとんどは、自分たちの選択できる未来がそう多くない事を知っているはずだった。

 それでも結局、争いは止まなかった。


「これをご覧ください」


 リュウトは議場中心の立体モニターに次元世界の宙域図を映し出した。この軌道施設を中心とした避難施設を一端に広がる宙域図。その反対側から、じわじわと赤色の領域が広がっていく。


「――――敵の侵攻再開からすでに数時間。その速度は速くなる事はあっても、遅くなる事はありませんでした。計算により、敵がこの施設に到達するのは来年一月一日の未明と判明しています」


「――――――――それは……あくまで貴様ら管理局の情報を基にした計算で……」


 誰かがリュウトの言葉に食い下がる。おそらくリュウトよりも上位の軍人であろうが、その声には覇気が無い。


「そうでしょうか? 同じように侵攻を確認した組織の方々も、彼と同じ意見をお持ちですか?」


 沈黙。

 リュウトの言葉に異は唱えられなかった。

 その中には、先ほどまでリュウトに喰らいついていた次帥の姿もある。彼自身、これ程までに新秩序に拘ったのは、この侵攻があったからだ。


「今我らに必要なのは、この事態を打開する策と戦力、そして覚悟です。前者二つはすでに揃っていると言ってもいい。ですが、最後のひとつは他人に作れるものではないはず」


 リュウトの言葉に、別の将が静かに答えた。


「――――――――しかし、可能性は低かろう」


 最前列中央、同じ意匠の軍服を従えた老将が、深い皺と白くなった眉の下からリュウトを見詰めていた。

 静かな声。出席者の誰も、言葉を発さなかった。

 否、発せなかった。


「――――――――大元帥閣下……」


 ここにいる誰よりも先任であり、誰よりも高い地位にいるその老将に、リュウトは呑まれないようにするのが精一杯だ。

 次元世界という概念を知る世界すべての軍人に『閣下』の敬称を以て尊敬される人物であり、リュウトにとっては教本で何度も名前を見た生きる伝説だ。

 近代戦術のほとんどは彼の手がどこかに入っているといってもいいほど、大元帥は多くの戦術を編み出し、改良し、勝利してきている。

 創設間もなかった管理局が最上の礼を持って迎えようとしたが、あっさりと断られたという出来事もある。

 リュウトが管理局に入って数年後に引退し、今は時折講演を行う程度しか人前に現れないという。


「いやなに、君の発言を否定しようという訳ではないよ。事実を聞きたいだけだ。私の幕僚たちは、老い先短い私に心配かけまいとなかなか真実を教えてくれないからね。君に聞こうと思っただけだよ、ミナセ君」


「は……!」


 老将の言葉に動揺する幕僚たちだが、当の本人は彼らを責めるつもりはないらしい。好々爺然とした笑いを発し、リュウトを見遣る。


「それで、実際のところ作戦成功率は如何程だい?」


 リュウトは一瞬だけ目を伏せて考えるような素振りを見せたが、すぐに顔を上げて答えた。


「――――我らに都合のいい形で戦況が動くなら、一割。最悪なら一パーセント足らずです」


 リュウトの答えに議場が揺れた。

 悲鳴と怒号が渦を巻き、何人かの出席者が議場を飛び出そうと席を立つ。誰もが自身と自身が責任を持つ国家に安全をと思い、動揺している。

 しかし、特大の一喝が場を治めた。


「――――静かにしないか!!」


 老将の豪声に出席者たちは体を硬直させる。まるで新米だった頃の指導下士官の怒声に貫かれたように、客観的に見れば笑みすら零れそうなほどあっさりと。

 発生源の老将の経歴を見れば、それも当たり前かも知れない。すでに半世紀以上の長きに亘って軍務に就いている彼にしてみれば、ここにいる者たちは総じて子供だ。中でも最年少のリュウトなど、生まれたばかりの嬰児に等しい。


「ここで動揺するなど、組織の長たる者がすることか? 私とて現役時代に経験したどの体験よりも今の状況が危うい事は分かっている。しかし、だからこそ我らが慄く事は許されん」


 老将の言葉に、議場は静寂のみの世界となる。

 ここにいるのはすべて戦いを生業とする者たちだ。どのような形にせよ一国を代表するほどの立場に伸し上がった傑物が大多数を占めている。その中で明らかな異端はリュウトだけだが、それでも心の底から彼の存在を場違いだと思っているものはほとんどいなかった。


「ここでもっとも若い将帥が我らに問うた、"我らは何か"と。ならば彼の先達たる我らは何と答える」


「しかし……管理局に作戦を委ねる事は……」


 老将に近い席に座っている長衣を着た老女が口を挟んだ。先の混乱の余波が未だ収まらない現状、管理局に運命を託すことに難色を示す者たちは多いだろう。老女が言ったのはそういう事だ。

 そして、その言葉に答えのたのは最高齢の老将ではなく最年少の若将だった。


「――――猊下の不安はもっともです。ですから我々は、今次の作戦において主導的な立場を取らないと決めました」


 どよめきが広がった。

 隣の人物と言葉を交わすという光景がそこかしこで見られ、誰もが猊下と呼ばれた老女と若将の遣り取りに耳を澄ませる。


「それは――――あなたの指揮下にある『D級』も、ということかしら?」


「管理局の保有する全戦力が、この作戦において然るべき人間の指揮下に入るという事です。『D級』も私自身も例外ではありません」


 管理局の保有する最大戦力を他人に委ねる――――未だ嘗てこんな決定が下されたことがあっただろうか。出席者は目を見開いて壇上を見る。


「猊下の教国神衛艦隊と同じ立場です。誰が上位という事もない、この場で決定された事ならば、我らは従います」


「――――――――」


 管理局の人間が各世界の軍組織を指揮したことは何度もある。しかし、逆は例がない。

 管理局は自分たちを上位と位置付けて各世界に幅を利かせていたのだから、それも当然の事かもしれない。

 実際に管理局員になる事は大して難しくない。無論、局員であり続けるには相応の努力を要するが、実力さえあれば栄達も十分に望める世界だった。

 リュウト自身、元は一陸士であり士官ですらない。それでもここまで昇進できたのは、管理局が生粋の実力主義だからだと言える。

 魔導師優遇の差別組織と揶揄される事もある管理局だが、魔導師でなくとも十二分に位を高める事ができる。特に兵站などの後方支援を担当する部署では、魔導師資質のない将官の方が多いくらいだ。

 歴代の統合幕僚会議議長も魔導師資質のない人物が就いた事がそれなりにある。それを考えれば、魔導師資質で栄達できる部署の方が限られていると言っても良い。

 リュウト自身、魔導師としての資質は中の上。魔力だけなら彼の上に管理局内だけで三桁の人間がいるのが現実だった。

 しかし、それほどまでに実力主義が根付いている組織だからこそ、どの世界出身の人間でも高みを目指せる。出身世界によって昇進や昇格に制限が加えられる軍組織が多い中で、管理局は別格であった。


「我々は、今まで慣例的に皆さんの上位組織として振舞ってきました。しかしこの段に到っては、如何なる理由を以てしても上位者たるに相応しいと証明する事はできません。ならばこの次元世界を護るためにどうすべきか、簡単なことです」


 リュウトは議場を見渡し、胸を張って発した。


「初心に還り、次元世界を護るために創られた組織としての任のみを果たすだけです」


 支配者ではなく、守護者に戻る。

 リュウトの宣言は議場を動揺させた。


「し、しかし……現実に彼らに勝てるのか? 成功率一割など、作戦とは言えないぞ」


「そうだ! 管理局がどれだけ本気でも、勝てない戦に貴重な戦力を投じる訳にはいかない」


「それに政府が何と言うか……我らは所詮文民統制下の軍人。できる事は政府の意思に従って作戦行動を取るだけだ」


 管理局が本気で作戦を望むなら、成功率一割足らずの作戦そのものを見直すべき。議場の空気は次第にそう染まっていく。

 同時に政治的な判断を行う権限を与えられていない者たちは、自分たちの選択で自国の民が傷付く事を恐れていた。下手な事を言って言質を取られては祖国の存亡に関わる――――そう考え、消極的な姿勢を示す者がぐんと増える。

 しかし、思わぬ人物がリュウトに助け舟を出した。


「――――ミナセ将軍。その成功率は、我らの手によって引き上げる事が可能か?」


 次帥。

 驚いたように瞠目するリュウトの口がそう動く。

 今の今までリュウトを睨んだまま、次はどんな言葉で上司を攻撃するかとリュウトの部下たちが警戒している最中の事だった。

 それでもリュウトは驚きからすぐに脱し、次帥の言葉に答えた。


「――――――――無論です。我らが提示するのはあくまで作戦草案、皆さんの経験や知識で改めていっていただけるのなら、より成功の可能性は高まるでしょう」


「そうか……」


 次帥は腕を組んで沈黙した。

 最早好き嫌いで相手を選ぶような状況ではなくなったのだ、今更管理局を叩いて自国の価値を高めようとは思っていない。それに、管理局が自分たちの指揮下に入るというならそれも良い。このまま時空管理局という組織を縮小させ、円滑に支配体制を移行するという手段を取る事ができるだろう。

 それは争いを厭う女王陛下の意思にも適う。


「――――だが、我らは王城府が是と言わなければ戦力を動かせん。我らは国の軍ではない、女王陛下の軍。陛下や陛下の愛する子である国民に危機が迫れば独断でも動けようが、攻め入るとなれば話は別だ」


 王立軍である彼らは、国家に属する軍ではない。王家に属する軍だ。

 同じような軍構成の世界もいくつかあり、彼らも同じような顔でリュウトを見詰めた。


「私たちも同じよ、教主法皇聖下のご聖断無く神衛軍を動かす事はできない。特に我らは他国に攻め入る事を数代前の法皇聖下に禁じられた身、今上聖下から直接言葉を賜らない限り協同は不可能よ」


 同じように難色を示す意見が続出する。特殊な例を除いて、ここにいる出席者のほとんどは命令を受けて麾下の軍を動かすのが仕事だ、自ら判断して行動するには材料が足りない。


「――――ミナセ君。聞いての通り、この会議はいささか時期尚早だったのではないかね?政府決定が下されないまま軍実務者のみの会議を行うなど、越権行為と取られても仕方ががないぞ」


「それでは遅いのです、閣下」


 リュウトはモニターを見上げて出席者たちに訴える。


「この作戦は、どう考えても一日や二日で準備が終わるものではありません。最低でも政府間会議での結論を受けてすぐに作戦案の修正に入り、それと同時に戦力編成を行うくらいでないと間に合わないのです」


 モニター内に新たな色が増える。

 青で示された帯が赤い領域に飛び込み、切り裂いていく。


「高速艦船のみを選び、臨時の指揮系統を確立。その上で足の速い輸送艦に必要物資を積み込み、偵察部隊を先行させる必要があります」


 赤い領域の中で青の帯は動きを見せる。しかし、その動きの最中、赤い領域の先端が起動施設に到達する。

 その刹那、議場に呻き声と息を呑む音が滲み出した。


「半日、たった半日の遅れが我らに滅びを齎します。今までのような遅々とした作戦行動では座して滅亡を待つのと違いはありません」


 巨大な軍勢を動かす為には、それこそ年単位の準備が必要になることもある。常識で考えるなら、ここにいる者たちの指揮下にいる戦力を総動員する作戦には、少なく見積もってもひと月以上の時間を要して下準備を行う必要があった。

 しかし、あと数日で滅亡する世界にそんな余裕はない。


「そのため、お集まりの諸卿にはこうして作戦の概要をお話しています。各政府の命令が下り次第即刻戦いの準備に移れるように」


 議場を見渡すリュウトの言葉に、面と向かって異を唱える人間はいない。

 ただやはり、動きたくても動けないというのが出席者のほとんどを占める思考だった。


「――――――――君の意見は理解できる。しかし、現実として独断行為はできん」


「それも理解しています、大元帥閣下。ですが――――」


 俯き、数瞬だけリュウトは意識を別の場所に移した。

 そこは記憶の回廊。リュウトを形作る想い出の集合体。


「――――――――」


 誰もがいた。

 大切な人々が、命を賭して護りたいと思った笑顔を浮かべて。

 失いたくないと望み、ずっとこの手にと願った思い出。

 一つ一つが支えとなり、リュウトをリュウト足らしめている。


「――――――――私には、失いたくない思い出があるのです」


 大切な家族との思い出。

 掛け替えのない仲間との記憶。

 この命を捨てても惜しくないと思えた想い人。


「この敵は、私たちの過去も未来も奪い取る。妻が初めて見せてくれた笑顔も、使い魔が作ってくれた料理も、妹たちがくれた贈り物も、子供たちの成長も、すべて――――」


 顔を上げ、天を睨む。


「――――そう、すべてです」


 音を立てて外套を翻し、右手を広げる。


「過去に作り上げた想い出も!」


 風の唸りと共に左手を翳す。


「未来に築かれるであろう思い出も!」


 大きく両腕を広げ、リュウトは叫ぶ。


「神の名の下に、すべてが奪われる……!!」


 何故、とは問わない。

 これが現実だと言うのなら、現実を変えるまで。


「それが赦せない、赦してはいけない。過去無くして未来はなく、未来なくして過去は存在し得ないのだから」


 リュウトの言葉に、悪意を向ける者はいなかった。

 一番若くとも、抱える思い出に軽重はない。家族との記憶も、仲間との記憶も、誰に負けるものではない。


「――――――――協力者の持つ情報に、『アンラ・マンユ』の研究資料がありました」


 腕を下ろしたリュウトは静まった議場に打ち明ける。

 これで認められないなら、最悪管理局独力での作戦も辞さない覚悟があった。


「もしも『アンラ・マンユ』を消滅させることができたのなら、彼に存在を消滅させられた者たちを救えるかも知れません」


 どよめき。

 誰もがリュウトの言葉を疑い、そして事実であってほしいと願っていた。


「過去・現在・未来に『アンラ・マンユ』が存在しているのは、すでに周知の事実です。今回の作戦の鍵となる"箱舟"は、その存在を現在に固定する為の装置――――つまり、我らと彼らを同じ戦場に立たせるものです」


 モニターに"箱舟"のモデルが浮かび上がり、回転を始める。


「その結果、我らは彼らを消滅させる事が可能になり、無限の再生能力を有する敵に勝つ事ができます。それと同時に、『アンラ・マンユ』を過去から引き剥がし、消滅させる事で……」


「『アンラ・マンユ』に消滅させられた存在が消滅させられていなかったという過去が作られる……!」


 歴史を変える。

 文字通りの所業に出席者たちの間で興奮したような遣り取りが行われる。

 『アンラ・マンユ』は、時間という概念に縛られない故にあらゆる時間に存在できた。しかしその為、『アンラ・マンユ』には過去を経て未来に至るという概念も存在しない。『アンラ・マンユ』は全か無かの二択しか持たない存在だった。

 『アンラ・マンユ』という存在を滅ぼせば、『アンラ・マンユ』によって作られた過去は消滅するしかないのだ。

 時間を大樹と喩えるなら、『アンラ・マンユ』によって作られた歴史は『アンラ・マンユ』という枝を無理やり接木されて作られた歴史に過ぎない。枝がなくなれば、その先にある歴史は『アンラ・マンユ』の影響を排した形に修正される可能性が多少なりともあった。


「もちろん、これは可能性でしかありません。このまま失った者たちが帰ってこない可能性もまた、十二分にあります」


 どんな経緯があるにせよ、歴史を変える事は不可能かもしれない。

 人を生き返らせる訳ではないとはいえ、一度存在が消え去ったものが復活する可能性も決して高くはないだろう。


「実際、時空超越体の研究を行っていた異次元の研究者たちも可能性のひとつとしか言っていません。こちらよりも研究が進んでいた向こうの世界でさえ、時間を越える術はなかったようです」


「――――――――」


 出席者たちは揃って黙り込む。

 旧領奪還だけではなく、失ったと思われた人命までも奪還できるとなれば、彼らの率いる組織の士気も上がるだろう。士気の上昇は、そのまま作戦成功率の上昇へと直結する。

 どれだけ技術が進んでも、結局戦うのは人間でしかない。人が戦う以上、その意思が勝敗を分けるのだ。


「――――――――だが、可能性はあるのだな?」


 次帥が沈黙から脱し、確認するように問う。その表情は暗くも明るくもないが、リュウトに対して挑むような視線を向けていた。


「我らが護りきれず、彼方の世界へと消えた者たちを取り戻せる可能性が」


 次帥の言葉に、出席者の視線がリュウトへと向かう。確認するように、そして縋る様に。

 数百人の視線を一身に浴び、それでもリュウトは肯いた。


「――――可能性はあります。零ではない、確かな可能性が……」


 確実に取り戻せる保証などありはしない。だが、このまま何もしなければ確実にゼロだ。


「未来の可能性をこの手に取り戻すことを、ここでお約束することはできません。ですが、可能性だけは提示できます。それを信じていただけるかどうかは、皆様の裁量次第です」


 ざわめきと溜息。

 信じるか、否か。

 今更嘘を吐く意味はないと理解はしている。だが、それだけで多くの命を危険に晒せるか。或いは自らの世界の政府を説得できるか。彼らは自らに問いかける。


「――――――――」


 リュウトも立体モニターを見上げたまま沈黙していた。

 今、この瞬間にもこの軌道施設に近付いてきている"敵"。家族を消滅させ、今また世界を消滅させんと迫る圧倒的な存在に、リュウトは敵意と共に憐憫の情を抱いた。


(――――完成された存在であるが故に、あなたは永遠に孤独となった。時間すら超えても、あなたは何一つ得られない存在に成り下がってしまった。ならば、私は完成など永遠の夢物語で構わない)


 未完成な人という種。同族同士で殺し合い、騙し合い、嫌悪し合う底辺の生物。

 しかし、消滅を是とするほど弱い種ではない。


「――――――――!」


 リュウトの耳に、通信の着信を知らせる合成音が飛び込んできた。

 最初は議場の一角から、だがリュウトが視線を巡らせるより前に会議場の各所で同じような合成音が響いた。

 いくつも、いくつも。

 やがてそれは議場全体に波及し、通信を受けた出席者が応対する声で議場は埋め尽くされた。


「――――会議中は通信機の電源を落として貰いたいものよな」


「そう言わないでください議長。ミゼット提督が私との約定を果たしたのなら、これは福音となるはずです」


 リュウトの元に部下が走り寄る。その手にはやはり着信中の通信機。

 受け取った通信機の指向性スピーカーから、彼は待ち望んだ報告を聞く。


 ――――――――次元世界各首脳は時空管理局の提案を受諾。次元世界奪還作戦の発動を承認す。


 喜色を隠さない部下の声に笑みを浮かべ、リュウトは通信機を切った。

 そして、正面に向き直り、自分に決意の目を向ける守人たちを睥睨する。


「――――――――確認いたします。今次の作戦を承認し、協同を許諾される方は沈黙を」


 一秒。

 二秒。

 三秒。

 四秒。

 五秒。


「―――――――――」


 聞こえるのは、息遣いの音のみ。

 そして、大きく頷いた議長がその役目を果たす。


「―――――――――今回の提案に対し、一切の異論異議はないものと判断する」


 その宣言を以て、近代史上初の全世界合同軍事作戦の幕が開いた。












 リュウトたち時空管理局が提示した作戦案は各世界の専門家たちによって修正され、ものの数時間で完成に漕ぎ着けた。

 日頃対立する世界でさえもより強大な敵の前に矛を収め、平時であれば机上の空論と一蹴されるはずの次元世界連合艦隊の編成が現実となった。

 まさに歴史的瞬間といえるが、そこに到って別の問題が浮上する。


「――――――――断る」


 連合艦隊総司令官にと全会一致で承認された人物が、それを辞退したのだ。

 当然、議場は上へ下への大騒ぎになった。


「大元帥! この期に及んで耄碌なさいましたか!? あなた以外の誰がこの大役を全うできると言うのです!!」


 この言葉を誰が叫んだか分からないほど、議場は騒音の坩堝と化していた。単純な年功序列ではない、純粋な指揮能力で選ばれたはずの共和国海軍大元帥がまさかの辞退。揉めないはずはない。


「閣下!」


「――――叫ばずとも聞こえておるよ。だが、何と言われても総司令官を引き受けるつもりはない」


 同じ共和国軍の幕僚が一番慌てているところをみると、老将の総司令官固辞は予定外の出来事だったらしい。彼らからしてみれば、自分たちの司令官がそのまま艦隊司令長官に就任するのが当然の成り行きだ。この会議の出席者の中では間違いなく最上級最先任、功績もそれを後押しする。いくら大元帥という階級が称号的なものであるとはいえ、誰が文句をつけるというのか。

 だが、老将は頑として頷かない。


「――――今回の戦いでは階級などより優先すべきものがあるだろう。その者の下で働けというなら、私は喜んでこの身を捧げようじゃないか」


「――――――――あなた以外に、司令官に相応しい者がいると?」


 老将は制帽で顔が隠れるほど深く頷いた。そして皺だらけの指を伸ばし、議場の一点を指す。

 全員の視線が同時に移動した。


「――――――――提督、何か指差されてますよ」


「――――――――ん?」


 老将の指し示す先にいたのは、議長席横で自らの周囲に複数のモニターを浮かべて個艦単位の作戦命令書を書きまくっている一人の青年だった。

 ほぼ同時に青年を見る出席者たちは、青年の頭から湯気が出ているような気がした。

 少なくとも、自分が指される理由に心当たりはないらしく、きょとんとして議場を見回している。

 椅子を蹴立てて立ち上がったのは、王立航空宇宙軍参謀総長である次帥だった。


「冗談にしては些か場を読み違えているのはありませんか!? 先ほど貴官が仰られた通り、彼はこの中で最年少の将官ですぞ! 実績もない人間にそのような大役が……」


「実績? ここにいる堅物共を戦場に引き摺り出しただけでは不足かね? 誰よりも早くあの敵に対抗する術を用意しても?」


「それは……」


 次帥は老将の反論に押し黙る。だが、別の人間が意見を連ねる。

 猊下と呼ばれた将。教国枢機卿団長の女性だった。


「彼にはこれほどの軍勢を指揮した経験がありません。この戦はまさに世界の運命を決める天王山、生半可な指揮官では勝てる戦いも勝てないでしょう」


「ならば君が指揮を執るかね? "敵"の事もろくに知らない我々が指揮を執り、本当に勝てるのか?」


「――――――――ならば、閣下はミナセ将軍が戦う相手を知るが故の抜擢だと仰られるのですか?」


「無論だ。私はもっとも勝てる可能性が高いと思う策を献じているに過ぎないよ」


 そう言われれば納得できる部分もある。確かに敵を知る、という一点に於いてはリュウトがもっとも指揮官に相応しい。

 しかし、『はいそうですか』とあっさり決める訳にもいかない。この一戦に敗北は許されないのだから。


「ならば、閣下が然るべき情報を得れば問題ないのでは? 何も彼に総司令官を任せる必要は――――」


「――――それは駄目だよ」


 老将は枢機卿に向けてただ否定し、頭を振った。

 何の理由も告げられずにただ自分の言葉を否定された枢機卿が一瞬だけ怒りを滲ませる。だが、すぐに朱に染まった顔色を治めた。


「――――――――理由をお聞かせ願えますか、閣下」


 それでも声が少し震えていたのは、自分の言葉に自身と、自分の経歴に自負があったからだろう。

 老将が指揮を執らないなら、自分が執る――――そう考えていたのかもしれない。

 枢機卿の顔を見てそんな内心を見通したのか、老将は苦笑した。


「――――別に、ここにいる皆を否定している訳ではないよ。ただね、この中なら彼が一番相応しいと思っただけだ」


 老将の言葉は、先ほどとほとんど変わっていなかった。

 確かに別の意味も確かに存在する。だが、結局言葉にしなければ通じることはない。

 老将は再び口を開こうとする何名かを視線で制し、続けた。


「そう怒らないで聞いてくれたまえ。彼が一番若いというのは皆も知っていることだね?」


 出席者は困惑しながらも肯く。

 それを見て老将も肯き、緩やかに語り始めた。


「それはつまり、もっとも未来の可能性を持っているという事だ。それはひどく単純な事だが、我らが決して忘れてはならない事でもあるのではないか?」


「――――それとこれとは関係ありません。彼の未来が大事と言うなら、我らで護れば良いだけの事」


「違うな」


 次帥の言葉を一刀で切り捨て、老将は続ける。


「彼はもう、護られる人間ではないのだよ」


 彼はリュウトに視線を合わせると、皺を深めて笑みを浮かべた。


「――――ミナセ君」


「はい」


「君には子供がいたね」


「はい」


 リュウトは首肯する。

 家族が消滅させられたなど、彼はもう認めるつもりはないのだ。

 奪われたなら取り戻す、そう決めた。


「――――この戦、怨みからか? それとも取り戻したいからかい」


「どちらも違います」


「ほう」


 老将は、リュウトの否定の言葉に嬉しそうに顔を歪めた。


「怨みで戦えば子供たちの未来に汚点を残します。そして、取り戻す事は手段であって目的ではありません」


「ならば、これ程までに多くの戦力を用いて世界を救い、何を求める?」


 次帥が腕を組み、リュウトを見据えて問う。同じようにリュウトを見詰めてくる者が議場には多くいた。

 彼らの視線に少しだけ笑みを見せると、リュウトは照れたように頭を掻いた。


「――――今回の一件で妻や子供とのパーティをすっぽかしましてね。怒られるためにも帰ってきてもらいたいのです」


 議場が固まった。

 告げられた言葉が信じられないと、ほぼすべての人間が思考停止に追い込まれる。


「妻も子供も仕事と言えば納得してくれるのですが、個人的には怒られてすっきりしたいという希望もある訳で……」


 リュウトは背後で部下二人が頭を抱えているのにも気付かず、困ったように笑う。


「正直、家にいる事も少ない私です。あの子たちの泣き顔など赤ん坊の頃しか知らないほどに、あの子たちの事を知らない駄目な親です。ですが――――」


 リュウトは手を天へと差し伸べる。

 すべての視線がその手の先に向かった。


「あの子たちが求めるのなら、この手に――――あらゆる障害を乗り越えてでも、この手に掴みたいのです。あの子たちの手を……」


 リュウトは天に伸ばした手を握り締める。


「子供たちの成長を、あの程度の偽神に邪魔される謂れはありません。あの子たちが私を必要としなくなる日まで、私はあの子たちを決して放さない。そう決めたんです」


 いつか自分が不必要になる事を望む――――それは危機管理部の理念と同じ願い。

 自分がいなくても幸せであるのなら、それはきっと自分にとっての幸せだと思う。


「私は父親として優秀ではありませんでした。ですが、親は子供に道を譲るまでその道を護る義務があると、そう思います」


 受け継ぐ事が人の歴史なら、受け継ぐ事を護るのが武人の本懐。

 ひとつの未来が潰えても、すべての未来を放棄したりしない。

 リュウトは静かに宣言した。


「あの子たちが歩む未来にそれが必要な事ならば、私は神さえも殺しましょう」














 リュウトの言葉に肩を震わせた者は多く存在した。

 しかしそれに対する想いは様々で、彼らは己の感情に多くを考える。


「――――――――まったく、これが組織を率いる者の言なの……」


 一介の修道女だった頃に出会った夫との間には、ついに子供ができなかった。

 それでも彼女には、実の子のように愛する孤児院の子供たちがいる。


「でも……そう……選べる未来がないなんて、あの子たちには言えないものね……」


 彼女は自分の執務室に飾られている、子供たちからの贈り物の絵に想いを馳せる。

 あの子は医者になりたいと言っていた。

 別のあの子は教師になりたいと言っていた。

 さらに別のあの子はたくさんの子供の親に、あの子は管理局員に。

 そしてあの子は、自分のような聖職者になりたいと言っていた。


「――――――――じゃあ、私も少し頑張りましょう」


 呟き、彼女は立ち上がる。


「私は神と聖下の御名において、今作戦のリュウト・ミナセ大将の総指揮官就任を承認いたします……!」











 彼も思考する。

 幼い頃から自分を父のように慕ってくれた主君の姿を。

 従妹が王家に輿入れして生んだあの子は、自分にとって実子も同然だった。

 王位を巡っての争いに巻き込まれる事を嫌った従妹があの子を自分に預けてから、もう二十年以上が経つ。

 それこそ赤ん坊の頃、乳母の乳を飲んでいた頃からずっと見守ってきた。


「――――――――」


 このまま自分の子供に、と思った事も一度や二度ではない。血腥い権力闘争など関係ない優しい世界にずっと置いておきたかった。

 だが、彼女の両親がテロリストの凶行によって命を落とした時、自分は国家の安定のために彼女を擁立した。

 そして心の内で許しを請い、この命を捧げて護り抜くと誓う。


「――――――――陛下、この老骨に勝利をくだされ」


 瞑目して呟き、彼はゆっくりと立ち上がった。


「認めよう、女王陛下に勝利を捧げるために!!」











 膨れ上がる人々の声。

 勝利を渇望し、未来を切望する愚者たちの声。

 されど愚者は愚者故に未来を切り拓く。


「――――――――ミナセ君」


「――は」


 出席者たちがあげる鬨の声。その只中で、老将はリュウトを呼ぶ。

 ともすれば掻き消されそうな声だが、不思議な事にリュウトにはその声がはっきりと聞こえた。


「人は弱さ故に傷付く、そして、強さ故に傷付ける」


「――――――――」


 嘆くように、誇るように、そして繋ぐ様に――――受け継ぐ事が人の生きる理由なら、人の願いは永遠を手に入れられるのか。

 或いは、永遠こそが人の夢なのか。


「ならば、傷付かないほど強く、傷付けないほど弱くなりなさい。人間(ひと)は、それができる」


「はい……!」


 力強く首肯するリュウトに微笑み、老将は席を立つ。

 訝しげな幕僚たちを尻目に、彼は演壇に向かって一歩一歩ゆっくりと歩を進める。

 そんな老将の行動に気付いた出席者たちが急速に静寂へと変じていった。


「――――議長、発言をよろしいかな」


「うむ」


 演壇に立った老将は、議長の許可に会釈を返すとリュウトを視線で呼んだ。

 それに従って演壇へと歩み寄るリュウト。老将はそれを確認して口を開いた。


「――――――――指揮官に必要なもの、それが何であるのか私にも未だに良く分からない。人を護る仕事に就いていながら人の命を奪ってきた理由も、面と向かって問われれば言葉に詰まるだろうね」


 老将はそう言いながら、腰に佩いていた軍刀拵えの太刀を剣帯ごとはずした。

 柄頭に嵌め込まれた群青色の宝玉と鞘に走る装飾が、一目見て業物と判別できるだけの存在感を与えている。


「正直に言おう、この刀も私には重荷だった」


 老将の言葉に息を呑む出席者。その軍刀が老将の世界に於いて最高の軍人に与えられる至高の一振りと知っているからだ。

 国家に大きく貢献した武官に与えられる宝刀であり、かの世界のみで採掘される魔導水晶の刀身を持つ究極の褒賞。過去三人の武官がその栄誉を受け、彼が四人目だ。


「何千何万の人々を殺して得た宝に何の価値があるのだと、幾千幾万の民を護れなかった自分がなぜこれを受け取るのかと、そう思った事もあった」


 老将は議場を見回し、自分より若い将星たちを慈しむ様に見詰める。


「――――――――だが、確かに護れた命もある」


 老将は太刀を掲げた。

 相当な重さのはずだが、彼の腕は微塵も揺るがない。


「救えた命も、救えなかった命もこの刀に刻み込まれた大事な記憶。それに気付いた時、この太刀は重荷ではないと気付いたよ」


 証だと思えるようになった。

 これこそが記憶だと、自分の過去そのものだと思えるようになった。


「――――――――諸君、受け継ごうではないか」


 いつかの過去から現在を経て、いつかの未来へと。


「歴史を終わらせず、いつかこの世に生まれる者を守る事も我らの役目。人を護れる事を嘆くな、人を救う事を躊躇うな。我らはそれが許された者たちだ」


 人を護る事が我らの受け継ぐ事。


「――――ミナセ君、こちらに」


「はい」


 出席者の視線が演壇に立つ二人に集まる。

 今までリュウトに対して悪意を抱いていた者も、もうそんな視線を向けてはいなかった。


「いつまでも老人が先頭に立つ必要はない。そう思わないかい?」


「いえ、私には…………分かりません」


「ふふふふ……それで良いのだよ。君がもう少し歳をとれば理解できる事だからね」


 老将はリュウトに向けて、自らの歴史と言える太刀を差し出した。


「いつか君が誰かに渡してくれ。君の過去を受け継ぐ者に、君の手で造られた想いを。そして――――それまで君は、これを持て」


「――――――――は」


 受け継ぐ事が最大限の敬意であると理解し、リュウトは躊躇う様に腕を上げ、怯えるようにゆっくり手を伸ばす。

 老将はそんなリュウトの様子に微笑んだまま、急かす事も無く待ち続けた。

 そんな老将の脳裏に、多くの人々が浮かんでは消え、また浮かんでくる。

 今まで出会ってきた者たち、そしてもう会えない者たち。


(――――戦友たちよ。"俺"は託す勇気を持てたぞ)


 だからあと少し待ってくれ、この若者の未来を見届けてからそちらに行くから。

 そうしたら良くやったと言ってほしい、お前は未来を紡いだのだと言ってくれ。


("俺"は今日この日のために生き永らえたのだ)


 たったひとつの想いを繋ぐ為に。

 たったひとつの願いを託す為に。


「君がこんな借り物の刀を必要としなくなった時、君が君の想いを誰かに託した時、これを返しに来てほしい。私がいなくても、私の想いを継いだ誰かに返しに来てくれればそれでいい」


 だから、今はこれを貸そう。

 いつかの未来に繋ぐ為に。














『この世界に生きるすべての者たちにとって、未来とは等しい財産だった。貴賎の別なく時の流れは平等であり、人は誰しも生と死の権利を与えられていたはずだ』


 施設中に生中継されている映像を映し出すモニターを見上げ、チンクは恩人の連れ合いが立ち直った事を悟った。

 演説を続ける何処かの世界の代表らしき初老の男、その背後に並び立つ制服の男女の中心付近にその姿があったからだ。


『だが今はどうだ。住む場所を奪われ、家族を奪われ、そして未来をも奪われようとしている!』


 正直、何処かの誰かが言っている事などどうでも良かった。

 しかし、あの男が戦う事を選んだという事実だけは彼女の心に大きく響いた。


『――――――――だが、我々も諸君らに謝らねばならないだろう。ここまで追い詰められるまで、我々は何ら有効な手段を取る事ができなかったのだから』


 戦う事を運命付けられた自分たちに戦い以外の道を指し示した人間たちのひとりが、今こうして戦う事を選んだ。

 それも追い詰められての暴発ではない。明確な意思を持って行われる運命への反攻だ。


『しかし我々は、あの敵が押し付ける運命に身を委ねることはしない! 運命が滅びを求めるのなら、我々は運命すら超えて生存を勝ち取るまで!』


 映像に移るあの男は、モニターの先にいる誰かを見詰めているように見える。

 それはあの"敵"に奪われた家族なのか、それとも別の誰かなのか。


『我々は今こそ――――』


 チンクはモニターを消して顔を伏せた。

 そのまま一分ほどの時間が過ぎ、彼女の背後に気配が現れる。


「――――――――チンク姉」


「何だ、ノーヴェ」


 チンクは顔を伏せたまま答える。その声に、妹は一瞬だけたじろいた。

 これから後ろ暗い事を言う――――チンクにとってはあまりにも分かり易い態度だ。


「あ、あの…………」


 ノーヴェの声はやはり震えていた。

 戦いの場ではあれほど勇猛な彼女だが、姉に対して恐れに似た感情がないわけではない。

 尊敬故の畏怖。言葉にすればそれが近いだろう。


「皆とも話したんだけど、やっぱりアタシたちも……」


「――――――――言うな」


 びくりとノーヴェが震えた。

 恐れ、いや、困惑だ。


「チンク姉?」


「――――――――分かっている」


 妹たちは、戦いたいのだろう。

 戦う事が存在意義だったあの頃とは違い、今度は自分の意思で戦いに赴きたいのだ。

 平穏な生活がいやになった訳ではなく、戦う力を持つ自分たちの責任を果たしたい。

 あの生活を与えてくれた恩人を救えるかもしれないのなら、戦う事が報恩。


「戦いたいのか、やはり」


「――――――――」


 姿こそ見えないが、肯く動作をしている事は分かった。

 ノーヴェの背後に集まっている気配も、おそらく同じように肯いたのだろう。


「今は平穏を与えられている状態で、求められた戦いでもないぞ」


「――――――――」


「そして、我々が戦いに出られるかも分からない。それでもやるのか?」


 自分たちは所詮保護観察を受けている身、社会奉仕の一環として戦闘に参加したとしても名誉や感謝を受ける事はないと言って良い。

 それどころか、最悪味方に討たれる可能性もある。彼女たちが社会に与えた衝撃とは、それを納得させるだけの大きさだったのだ。

 どんな崇高な理由があっても、人に害を為す以上恨まれずに済む訳がない。

 自分たちが保護観察処分に落着いた事自体が多くの反発を生んだ。彼女たちがいた隔離施設は彼女たちを閉じ込めるというより、彼女たちを守る為に存在していたと言っても間違いではないのだ。

 そんな逆風の中で彼女たちを妹のように可愛がった女性は、彼女たちが戦う事を決して望まなかった。


「戦い以外の道を見つけられるようにと彼女は私たちに多くを教えた。そんな彼女の気持ちを裏切るのか?」


「――――裏切るわけじゃない」


 ノーヴェは拳を握り、自らの姉の瞳を真っ直ぐに見詰めた。


「あの人に聞きたい事がまだある。教えてもらわなきゃならない事がまだ残ってるし、あの人の家に行って、教わった料理を食べてもらうっていう目標もある」


 いつの間にか、ノーヴェの後ろには戦いの準備を終えた妹たちが待っていた。

 それぞれの意思をその双眸に宿し、彼女たちは姉の問いに答える。


「皆、初めて自分で戦う事を選ぶ。きっとあの人は喜ばないだろうけど、借りは必ず返す」


「――――――――」


 望まれて戦う運命は終わった。

 だから、これからは望んで戦う。


「――――――――そうか」


 チンクはふっと笑みを浮かべ、妹たちを見遣る。


「その猪突猛進振りは誰に似たのやら……」


 答えは知っている。

 そして、自分自身の答えも知っている。


「――――――――私がミナセに話をつけよう。お前たちは鈍った体を調整しておけ」


 やった、と手を打って喜ぶ妹たちを前に、チンクは自分たちを変えた男に思いを馳せた。














「――――――――よう、総司令官閣下」


 危機管理部の使用している機密区画の大型艦船用バースで窓の外を眺めていたリュウトに声を掛けてきたのは、数時間前に私掠船団の駐留地に向かった良介だった。

 にやにやと面白いものを見る目付きでリュウトを見遣り、その反応を待っているようだ。

 しかし、リュウトは良介に一瞥をくれると、逆に微笑んだ。


「やあ、向こうでは随分お楽しみだったようですね」


「――――――――」


 リュウトの言葉に顔色を変え、両の頬を押さえる良介。

 そしてぼそぼそと訴える。


「――――取れねぇんだけど、この口紅」


「――――――――非常にデジャ・ヴですが、私に対する軽い嫌がらせでしょうかね」


「こんな体を張った嫌がらせしねえよ!? 一歩間違ったら俺が制裁食らうわ!!」


 確かに、と頷くリュウト。


「――――――――とりあえず、危機管理部の医務室に行ってくれれば何とかなると思いますよ。最悪、変身魔法で隠す事になるでしょうが」


「――――どうしてお前の知り合いってこんなにえげつねぇのかな……」


 良介は天に向かって嘆く。向こうでそれなりにいい思いをしたが、結局これでは自分の払う料金の方が遥かに高くつくではないか。

 いや、むしろぼったくり。


「いやなに、君がそれだけ歓迎されていたという事でしょう」


「――――――――」


 もういいや、結局何言っても人の話聞きゃしねえ――――日頃の自分を棚に上げて、良介は諦念の篭った溜息を大きく吐いた。


「――――で、その良い感じの刀はどうした? 打刀じゃなくて太刀ってとこが憎い」


「――――美由希さんじゃあるまいし、そんな物欲しそうな目で見ないように」


 リュウトはそう言って外套の下に佩いている刀を外した。

 そのまま良介の眼前に掲げる。


「――――ほうほう、これまたご当地日本でも見られないくらいの業物だな。誰から分捕った?」


「分捕ってません。借りただけです」


「へー」


「信じてませんね」


 良介は一瞬の迷いも無く肯いた。


「うむ、自慢じゃないがお前の言う事はすべて嘘臭く聞こえる」


「――――――――そうですか」


 良介はやれやれと頭を振った。今更訂正する気も無い。


「まあ、色々ありまして、これを持ってれば多少は威厳もつくかなと」


 老将との遣り取りを話す気にはなれなかった。

 少なくとも託されたのはリュウト自身であったし、それは彼自身が成し遂げなくてはならない事でもあったからだ。

 良介はそんなリュウトの言葉に納得した様子ではなかったが、それ以上聞き出そうというつもりもないらしく、あっさりと別の話題を振る。


「そういや、ナンバーズ出撃すんだってな」


「本人たちの希望ですからね。まあ、地上戦力は多くて困る事はありませんし、君と一緒に敵陣に突っ込める戦力となると一騎当千の力の持ち手の方が色々やり易い」


「――――――――」


 良介はリュウトの言葉に硬直する。

 協力するとは言ったが、自分に課せられる仕事についてはほとんど知らされていなかった。


「とりあえず、機動六課の方々には一緒に行って貰うとして、あとはギンガ陸曹とシスター。あ、カリムさんを前線に引っ張り出すと色んな人が怒るので、ロッサ引き摺って行ってください」


「濃い」


 良介は一言で評価を下した。

 条件さえ揃えばもう一度地上本部に喧嘩を売れそうな戦力だ。


「もちろんうちの精鋭も付けますし、特殊作戦群の主力も借ります」


「――――お前は一体どこの世界を滅ぼして来いと言うつもりだ?」


 良介がげんなりと肩を落とす。しかし、リュウトはその台詞に笑みを深めた。


「――――――――折角なので、いいモノをお見せしましょう」










 二人が向かったのは、リュウトのいた場所から幾つかの階層を経た別の艦船バースだった。

 先ほどの場所では出港準備に勤しむ管理局員と、彼らを腹の中に受け入れては吐き出す艦船の姿を見る事ができたが、ここでは通路の照明以外の光は確認できなかった。

 つまり、窓の外は染み一つ無い漆黒。


「――――なんかあるのか?」


 良介は窓の外に目を凝らす。だが、彼の目に映るのは自分の顔を映す窓だけだった。


「――――――――ある意味、君好みの展開じゃないですかね」


 リュウトがそう言って窓に触れる。

 すると、リュウトの指を始点に光の筋が数本走り、いきなり窓の映す風景が切り替わった。


「――――!!」


 窓の外を見て驚く良介。

 大きく見開かれた彼の視線の先には、白亜の巨艦がその身を横たえていた。


「改巡航L級壱番艦『デウス・エクス・マキナ』、神に喧嘩を売るには最高の名だとは思いませんか?」


 リュウトの言葉に微かな反応を示す良介。しかし、言葉を発するほどの余裕はない。

先ほどのバースのように出航準備を進めている『デウス・エクス・マキナ』。巡航L級のシルエットこそ踏襲しているが、中央が大きい三つの艦首ブレード部と大型化した艦体、そして艦体部を包み込んだ武装・推進部位が旧L級艦船との違いを際立たせていた。

 呆然と巨艦を見詰める良介だが、聞きなれた一つの単語に反応を返す。


「――――改L級っつー事は……」


「ええ、君にも馴染みの深いアースラの妹分ですよ、彼女は。まあ、設計段階から改良されたので、従姉妹くらいは血統が離れているかもしれませんがね」


 リュウトが評した従姉妹という言葉。それは傑作艦と呼ばれ、長きに亘り時空管理局次元航行部隊の雄であり続けた巡航L級の血統を受け継ぎながらも、最新の技術と設計思想を受け入れて新たに産み落とされた改巡航L級という艦を示すに相応しい言葉の一つだった。


「危機管理部は管理局から五パーセントしか予算を受け取っていません。組織としての中立性を保つ為に必要な事だったのですが、やはり批判はあるものです」


 管理局の監督下から逸脱した実力集団ともなれば、それは社会の不安材料となる。そんな批判を躱す為に、建造されたのが危機管理部主力艦の一種類である改L級艦船だ。

 まず管理局の監督下にある事を示す為、主力艦を管理局艦船の再設計艦とし、それによって、自分たちは管理局から逸脱した不法集団ではなく、あくまで中立独歩を是とする管理局の一部局であると内外に喧伝したのだ。

 それと同時に、危機管理部の保有艦船に制限を加える事でも己の危険性を否定した。その保有艦船数は次元航行部隊の十分の一以下であり、改L級に至ってはわずか六隻しか保有しないとしている。


「――――――――まぁ、一隻でXV級が一ダース建造できるくらいお金掛かってますけどね」


「っておーい! のっけからそれかい!」


 非公開となっているが、危機管理部の予算は管理局一部局としての限度を大きく超えている。陸・海・空のあらゆる戦力を量より質の原理で揃えており、危機管理部は管理局でもっとも金の掛かっている部局と言ってまず間違いない。


「いやはや、フネはこだわると中々にお金が掛かります。地上部門の戦闘車輛も限界まで性能を追い求めましたし、航空戦力も通常の戦闘機で空戦魔導師と喧嘩しろって命令下しました」


「――――――――お前らの方があの変態医師よかよっぽど危険だよ」


 質量兵器の規制内でそこまでの戦力を有するとなると、まず開発で莫大な予算を食う。

 実戦配備するにしても、他の部局にはない独自仕様の装備品は作るだけで余計な金が掛かるだろう。いくら共通部品を多く使用して整備性の低下を防いでいるとはいえ、やはり全体の数割は共通とはならなかった。


「まあ、数の力が無いなら一戦力単位辺りの力を増やすしかないわけです」


「――――――――ま、俺には関係ないけどな」


 そう無関係を宣言する良介。巻き込まれたら只では済まない。


「しかし、この改L級――――通称D級も艤装中だった陸番艦モリガンが轟沈、参番艦スサノオ、肆番艦シヴァが行方不明と、半数の三隻しか残っていないんですがね……」


「いや、それはともかく、また豪快な名前だな」


「さあ、私が名付けたのは壱番艦だけですし。あとは部下が投票で決めたみたいです」


 さらに弐番艦ヴリクリウ、伍番艦テスカトリポカと破壊神の名前がずらりと並ぶ改L級艦船。まさに神をも恐れぬ戦闘集団の証明だ。


「神殺しの専門家にはなれませんが、悪の担い手なら少しの工夫で実現できそうですよ。それに、今度は迷う必要も感じない」


「――――――――家族と世界が天秤に乗ってないからか?」


「…………ええ、そんな所ですね」


 今度は家族と世界を同時に求める事ができる。

 戦う相手はたったひとつだ。


「躊躇わずに戦える事がこんなにも幸せだとは知りませんでしたよ。戦う以上は一切の躊躇い無しと心に戒めていましたが、やはり私は未熟だった」


「俺も似たようなもんさ。躊躇いばっかだ」


 甘さと躊躇いは時に自分以外の人間に累を及ぼす。それを知りながらも、躊躇いを捨てて戦える人間がどれほどいるか。

 戦い自体を厭う事はしなくても、その戦いの結果を嫌う人間のどれだけ多い事か。


「戦いに喜びはあってはならぬ、戦いに快楽を求めてはならぬ、戦いに正の感情のみを覚えてはならぬ」


「それは?」


 リュウトは手に持った軍刀に一瞬だけ意識を向けた。


「――――この刀を貸してくれた人物の言葉です。士官学校でいやと言うほど叩き込まれましたよ」


「そうか」


「ええ、戦いを目的とする人間は他人の命を使う資格はありません。どんな事があっても、戦いをひとつの手段として見続ける事が指揮官の最低条件。戦いを望む者こそが、ある意味私たちの最初で最後の敵だとね」


 戦いは人間の本能かもしれない。

 だが、本能に溺れればその人間は人間から堕する。人間という種の絶対的な敵となる。


「"敵"、便利な言葉です。それだけで戦いが正当化できる」


「正当化されていない戦いなんて滅多に無いけどな」


 良介の言葉に、リュウトはふっと笑う。


「――――その通り、私も今回の戦いに反対した者たちを悪に仕立て上げました。世論に逆行する者は悪であると、そう訴えてね」


「今更その程度の悪行、お前の地獄行きは変わらねぇよ」


「でしょうね」


 良介が巨鯨を眺めながら呟き、リュウトもそれに答える。


「神と人を選択せよというなら、私は人を選びます。その段階で、私は神から見れば悪でしょう」


「それは俺も同じさ。神様なんつー引き篭もりより、一緒に馬鹿騒ぎできる奴らを選ぶ」


「そうですね……」


 これから行われる作戦は、おそらく史上最大の馬鹿騒ぎになるだろう。

 戦いを選ぶすべての人間が一堂に会し、神という存在を相手に舞を踊る。


「この宴、勝って巨悪となりたいものです」


「――――――――」


 良介はリュウトの言葉を聞くと、窓の外から意識を外し、その場に背を向ける。

 数歩歩いて足を止め、口を開いた。


「――――――――本当に必要なら、お前は正義を騙り、悪を語るんだろう?」


 リュウトは再び刀を佩き、良介に背を向ける。

 そして、歩みを止めないまま答えた。


「愚問。人々が立ち上がる助けとなり、この世界に夜明けを切り拓く、それが私の戦う理由です」


「……………………」


 良介はリュウトの言葉を聞き、再び歩き出す。

 二人は速度を緩める事無く歩き続け、ただの一度も振り返らなかった。














 壮挙。

 メディアがそう謳う軍事行動は最初から全力で行われた。

 すでに"敵"の攻勢は始まっており、一瞬の遅れが滅亡を意味するとなれば、今まで反目していた国家同士ですら小競り合いを起こす事もないほどだ。ここで下手な行動を取れば世間に見放されるという恐怖もあり、ここに至って世界はひとつになり始めている。

 リュウトは各軍との調整を寸暇を惜しんで進め、連合艦隊の編成に一先ずの終わりを見ていた。


「――――――――出撃艦艇数、動員数、双方とも近代史上最大の作戦か……」


 リュウトはモニターに浮かんだ数字を見詰めて呟く。

 自分が用意した部分もそれなりにある作戦案だが、実際にここまで多くの世界が参加するとは思っていなかった。


「国家理念上外征ができない軍事組織を除けば、ほぼすべての軍が参加している。――――やはり閣下や他の方々の影響力はすごいな」


 リュウトだけでは明らかに不可能な動員数。老練な指揮官がリュウトの周りを固めているからこそ、これだけの戦力が集まったといえる。

 いくら武功を重ねても、青二才と言って間違いないリュウトだけでは世界を動かす事は絶対に不可能だ。信頼と信用無くして人を動かす事はできないのだから、それも当然である。

 その点を補い今回の戦力を集めたのは、各世界で信頼の厚かったその世界の将帥たち。リュウトが司令官に推されたのも、決してリュウトの能力が優れていたという訳ではないだろう。


「――――さてさて、戦いが終わったらお礼行脚ですね、これは」


 自分を立ててくれた先輩諸兄には頭が上がらないな――――リュウトは苦笑した。

 そして、戦は一人でするものではないという言葉を思い出していた。


「さて、後は閣下たちともう一度作戦について詰めておかなければ……」


 リュウトの部下たちは一部の護衛を除いて作戦の準備に走り回っている。誰かを使いに出すよりも自分が出向いた方が、色々な面倒が少ない。

 そう考えたリュウトは、必要な書類とデータメモリを手に執務机から立ち上がる。

 まずは第三艦隊を率いる次帥の下へ――――リュウトが一歩を踏み出した瞬間、執務室の扉が勢いよく開かれた。


「おっにいちゃ〜〜んっ!!」


 そして突入してくる侵入者――――っぽい臨時補佐官。

 リュウトはとりあえず避けた。


「――――って受け止め……ッ」


 執務机の向こう側に盛大な音と共に落下する補佐官。実は二度目な扱いだった。


「レティさん、私はちょっと出てきます。仕事が終わったのならもう休んで結構ですよ」


 リュウトはそう言って落下物に背を向けた。

 ひどい扱いのように思えるが、完全無視されていた数日前よりはマシだと思われる。


「――――――――」


 それでもやっぱりあんまりなリュウトの言葉に、机の向こうから何かが震えているような音が聞こえ始める。


「それでは」


「――――――――って、ちょっと待ったーッ!!」


 怒りを示して気を引こうとした落下物だったが、仕事の虫としてなら次元世界で一、二を争う男には通用しないらしい。本気で放置されそうになった落下物が慌てて立ち上がった。


「お兄ちゃん! こんな可愛い婚約者がお手伝いしてあげてるのにその扱いは何!? この話は無かった事にするよ!?」


「――――――――」


 そうですか――――振り返ったリュウトの顔はそう言っていた。

 レティは戦慄する。この男、特定距離以上近くにいる人間にはとことん投げ遣りだ。

 或いは信頼の証ともとれるが、慣れていないレティにとっては釣り上げられた瞬間の解放である。


「――――――――お、お兄ちゃんがこんな人だったなんて……」


 来るもの拒まず去るもの追わず、でも一度捕まったら獲物は逃亡不可。でもリュウトはいくらでも離れられるというインチキ設定だ。


「――――――――良介お兄ちゃんより始末に負えないよこの人……」


 釣った魚に全自動給餌機で餌をやる男。

 リュウトの部下である女子局員が上官を評する言葉である。


「――――――――いっそ餌くれなきゃ良いのに……」


 いつの間にか机の下に引き篭もったレティの呟きが、リュウトの耳に聞こえてくる。

 どうやら休むのは嫌らしいと判断した彼は、餌をやる決断を下した。


「――――ふむ、一緒に行きますか?」


「行くよ!? 何か文句ある!?」


「そうですかー」


 机の下から飛び出した物体がリュウトの背中に飛び付く。

 そのままリュウトの耳を齧り始めた。

 落ち着いた印象が強いレティだが、リュウトの前では十年前からの成長途中らしい。


「むむむむ〜〜〜〜」


「――――――――地味に痛いですね、それ」


 ぶらぶらと齧り虫を下げたリュウトが扉に近付く、だが彼に反応する前に扉が勝手に開いた。


「おや」


「む〜?」


 同時に扉を見る二人。

 そして、来訪者と目が合った。


「――――――――お楽しみの途中だったかね?」


 共和国海軍大元帥。

 リュウトの額に冷や汗が浮かび、レティが可愛らしい悲鳴を上げて床に落ちた。













「いや、突然すまなかったね」


「――――――――いえ」


 リュウトはソファの上座に座る大元帥にまともな返事を返せなかった。

 レティがギクシャクとした動きでテーブルにお茶を運ぶ。


「ど、どどど、どうじょっ!?」


 噛んだ。

 完全無欠に噛んだ。

 レティはぐるぐると回る走馬灯に逃避しようとする。

 だが、老将はレティの態度に疑問すら感じた様子は無い。


「ありがとう、いただくよ。幕僚たちを撒くのに少し運動したから、咽喉のどが渇いていてね」


「――――――――」


 ほっと安堵の溜息を吐く二人。

 そんな二人の様子に、老将は微笑んだ。


「先ほどの事なら気にする必要は無いさ。私も若い頃は妻以外の女性と仕事場で乳繰り合ったものだからね」


「ち、ちちっ!?」


「――――――――閣下、それは懺悔と受け取るべきで?」


 顔を朱に染めて部屋の壁際まで退くレティと半眼で老将を見遣るリュウト。ここでも両者の違いが笑いと涙を誘う。


「好きに受け取ってくれたまえ。妻も今更怒りはしないよ」


「それは――――理解のある奥様で……」


 女性の扱いに関しては幼稚園児以下のリュウト。

 時折何かをやらかしては奥方以下何名かの女性に精神的袋叩きに遭う彼にとっては、老将の言葉は心底羨ましい。


「ふふふ……、そういう話もできるならしたいものだがね。時間が多く取れないからそろそろ本題に入ろうか」


 老将はリュウトの言葉に笑みを浮かべはしたものの、その笑顔は数瞬で将の顔へと変貌した。

 無意識に背筋を伸ばすリュウト。重要な話をすると察したレティは慌てて頭を下げ、退出しようとする。

 しかし、老将はレティを止めた。


「君も座りなさい。彼を支えたいと思うなら、ね」


「っ!? は、はい!!」


 頷いたレティ。わたわたとした動作でリュウトの隣に座った。

 小さな体をさらに縮こめるレティに対し、二人の男は同時に苦笑する。


「――――さて、私がここに来たのは、君に最後の確認をする為だ」


「最後の、確認ですか?」


 リュウトはレティと顔を見合わせた。今更、という訳ではないが、リュウトの覚悟は誰もが知っている。ここにきて確認する必要などありはしない。

 二人は老将を見詰め返した。


「確認とは、一体何を確認したいのでしょうか」


 リュウトの言葉に、老将は一層目を細めた。


「――――――――生き残る覚悟だよ」


「っ!!」


 老将の視線と言葉に、リュウトは膝に乗せた拳を硬く握り締めた。

 それと同時に、レティが驚いたようにリュウトを見る。


「お、お兄ちゃん……?」


「――――――――……………………」


 返事を返さないリュウト。レティは不安げな顔を隠さず、大切な想い人の手を包んだ。


「どういう事? 何で、こんな事……ねえ……」


「――――――――」


 それでもリュウトは言葉を返さなかった。

 自分の拳に手を添えるレティに、一瞬の視線すら向けない。

 そんなリュウトに溜息を吐き、老将は困ったように頭を振った。


「――――――――その覚悟、間違っているとは思えない。だが、その娘を護れるのは君だけではないのかね」


「――――――――ですが……それでは……」


 覚悟は戦人の基盤である。

 どんな戦いに赴くにしても、まず必要なのは様々な覚悟だ。

 人を傷付ける覚悟。人を虐げる覚悟。人を殺す覚悟。

 そして、人を救う覚悟。人を護る覚悟。人を活かす覚悟。

 相反するようでいて常に同じ場所にいるそれらは、戦いに不可欠だった。


「自分を追い込む必要はない。いや、自分でも気付かぬうちに追い込んでいるだけかもしれない。だが――――」


 老将は瞼の間から見える瞳をリュウトに向けた。


「――――死ぬ覚悟をするのなら、同時に生きる覚悟をしなくてはならない」


「――――――――は」


 リュウトは顔を伏せた。

 分かっているつもりだった。しかし、無理をしているのは判る人間には分かるものだ。


「気負うな、とは言えない。私が背負わせた重荷もあるだろうからね」


 老将は困ったように笑う。


「しかし、そこの娘さんを泣かせるような事はしないようにしてくれたまえ。私は、彼女に恨まれたままこの世を去るのは御免だからね」


「え、あ、いえ……まさか……!」


 レティは慌てて両手を振った。

 しかしふと考える。リュウトがもしいなくなったら、自分は誰も恨まずにいられるだろうか、と。


「――――――――」


 答えは簡単だった。

 自分は絶対に誰かを恨む。自分を怨み、他人を恨むだろう。


「――――――――お嬢さんに復讐は似合わないだろう? ミナセ君」


「――――――――ええ」


 リュウトは弱弱しく笑った。

 そして思う、使い魔の猪突猛進振りはおそらく自分のこんな面を受け継いだのだ。


「――――――――万金に勝るお言葉、生涯の糧といたします」


「え、あ、ありがとうございます!」


 リュウトは深く頭を下げた。レティも慌てて頭を下げる。

 老将はそんな二人の様子に皺を深めながら、席を立った。


「――――いやなに、若い者を導くのは年長者の仕事だよ。君もいずれ、誰かを導くさ」


「は」


 扉の前まで老将を見送り、リュウトは去っていく背中に再び頭を下げた。

 レティがそっと手を握ってくると、彼は少しだけ躊躇い――――強く握り返した。













 出撃艦艇数一千隻超。

 これは近代戦史上最多の艦艇数である。

 動員された人員も小規模国家の人口を上回る数であり、その出撃は多くの見送りと激励の声によって彩られていた。


「――――――――」


 一足早く連合艦隊総旗艦兼第一艦隊旗艦である『デウス・エクス・マキナ』の司令座艦橋に現れたリュウトは、多くの感情溢れるそんな光景をモニターで見詰めていた。

 最低限の動力のみを起動しただけの司令座艦橋は、そこにいるべき艦橋要員を一切欠いている状態であり、ただ独りの総司令官のみの世界だった。


「――――――――」


 艦橋内でも高い位置にある司令官席に座り、リュウトは無言のままモニターを見る。

 家族との別れ、恋人との別れ、仲間との別れ、多くの別れがそこにあった。

 たとえ同じ軍組織に属していても、今作戦の行軍速度に対応できなかった艦艇は施設防衛に回されている。その中には老朽化した艦もあれば、純粋に高速機動を念頭に置いていない艦も存在した。

 そして、外征の行えない組織の艦艇なども施設の防衛ラインに配されることになっている。


「――――――――」


 リュウトは頬杖をついたまま虚空に指を躍らせた。

 その軌跡があるひとつのサインを描くと、リュウトの眼前にひとつのモニターが浮かぶ。


『System Nornir』


 一瞬だけ輝いたその文字に呼応して、リュウトの前にひとつの像が結ばれる。


『――――――――』


 ゆっくりと顔を上げる長い髪の女性。

 虹のように色を変えるその髪は、重力に支配されることなく宙を漂っている。


『――――――――おはようございます。我が最愛の主』


 一切の感情を感じない声。それでいて艶を含んだ音が、リュウトの耳朶を擽った。

 どんな状況になっても同じ表情と口調で話しかけてくれるこの女性に、リュウトは半ばほっとしたように口を開いた。


「おはよう、ヴェル。気分はどうですか?」


『――――――――気分というものがわたくしの調子を指す言葉ならば、現在わたくしのメインシステムは再起動プロセスを実行中の為、決して良好ではないとお答えできます。或いはわたくしのメンタルシステムに縁る回答をお求めならば、数日振りの主の姿にほっとしております』


「心配を掛けましたか」


 リュウトの言葉に、幻像の女神は頭を振る。


『心配という機能はわたくしにございません。ただ、二度と主に会えないという可能性はわたくしの機能上、重大な障害に成り得るとお答えできます』


 それを心配というのだ――――リュウトは初めて自分で生み出した人工知能の言葉に苦笑した。

 正しくはヴェルザンディという名の彼女。彼女はリュウトが管理局に入って数年後に組んだ人工知能そのものだ。

 仕事の合間を縫って改良を重ね、最終的にはこの『デウス・エクス・マキナ』級艦船の主管制人格を勤めるに至った。


「妹たちと連絡は取れましたか?」


 三機の量子演算機を依り代とした彼女は、同級艦船の主管制人格であるタイプ・ノルニルの長姉でもある。

 彼女たちには独自の超空間通信機能が付与されており、管理局の敷設した中継器を経由して次元世界のほとんどすべての場所で相互通信を可能としていた。

 だが、今となってはその機能に応える姉妹は――――


『――――――――いいえ。モリガンもスサノオもシヴァも、わたくしたちの声に応えません』


 ヴリクリウやテスカトリポカの管制人格も、機能凍結されていた時ですら通信を送り続けていた。それでも一切の答えはなく、彼女たちは作り物の心を軋ませている。

 しかし、それでも彼女は自らの主に告げた。


『ですが、戦ともなればわたくしたち三人だけでも姉妹たちの役目を果たすつもりです』


「――――それで良いのですか?」


 リュウトは答えなど判りきっていながら、それでも問う。

 それは彼の弱さか、或いは強さなのか。

 幻像の乙女は、彼女だけが知る答えにほんの少しだけ目尻を緩めた。


『わたくしたち姉妹は、"命のために"と生み出された幸福な魂と主は仰いました。生まれながらの価値を持つ魂だと、生まれながらの可能性を持つ魂だと、そう仰いました』


 ヴェルザンディは大きく両の腕を広げ、主に自分の姿を誇らしげに見せた。


『――――――――ここまで、あなた様に育てていただきました。あなた様の大切な方たちに育てていただきました。ヒトに創造されしモノとして、わたくしたち姉妹は他の何よりも幸せだと自負しております』


 幸せを頂きました。

 そして、未来を望む心を頂きました。


『この幸せは、ヒトに創られ、ヒトに想われたからこそ。ならばわたくしたちは、ヒトと共に生きる事を"幸せ"だと定義します』


 ヴェルザンディはリュウトの手を両手で包み込み、微笑を浮かべた。


『我が創造主にして、我が最愛の主よ。わたくしたちはあなたに創られ、幸せを知りました。ブレスト叔父があなた様の近くを離れないのも、あなた様がきっと弱く脆いと知っていらっしゃるからでしょう』


「――――確かに、そうかもしれませんね……」


 リュウトは苦笑いと共に"娘"の頬に触れた。

 ヴェルザンディは一瞬驚きはしたものの、すぐに嬉しそうな表情を浮かべた。


『ならば、我ら姉妹に頼ってください。わたくしたちは"親"の助けになる事を望みます。誰かの"幸せ"を守る事を望みます。生み落とされて十五年、わたくしは今日ほど戦いを望んだ日はありません。そして、これからもないと推測されます』


 リュウトはヴェルザンディの言葉に頷いた。

 そして、囁くように問うた。


「――――――――傷付きますよ。あなたも、あなたの妹たちも」


 その問いに、ヴェルザンディは迷い無く答える。


『お忘れですか? わたくしたちは傷付くために生まれた存在なのです。ヒトの身代わりとなる事を望まれた存在なのです。その上で、誰かの代わりに傷付くことを望む存在なのです』


 彼女はただ望む。


『わたくしたちは戦いを肯定された存在。なれば、戦い、護る事を望みましょう』


 いつか、自分たちが消えるその時まで、護りたい場所を見つけたから。


『この世界がどんなに汚れていようとも、神が消滅を望もうとも、わたくしたちは神に逆らうを躊躇いません』


「――――――――」


『主が望むなら、ヒトが望むなら、わたくしたちは神を滅ぼしてでも世界を護ります』


 それこそが――――


『それこそが、神ではなくヒトに創られたわたくしたちの特権です』


 彼女たちにとって神など取るに足らない存在でしかない。

 創造主はヒトであり、神など単なる単語過にぎないのだ。


「――――――――」


 リュウトは"娘"の瞳を見詰め、ゆっくりと瞼を落とした。


「――――――――ならば、共に往きましょう」


『はい!』


 ヴェルザンディは大きく頷いた。

 リュウトはその様子を想像し、瞑目したまま微笑む。


「――――――――少し休みます。艦の出航準備は任せてもよろしいですか?」


『はい、お任せください』


 答えると同時にヴェルザンディは司令座艦橋の照明を落とした。

 そして、穏やかな笑みを浮かべたまま虚空に溶ける。


「――――――――」


 誰もいなくなった艦橋でリュウトは静かに吐息を漏らし、意識を手放した。










 その数秒後、暗闇の中に優しげな声が響く。


『――――おやすみなさい。リュウト君』


 十五年前と同じ声、姉妹たちの雛形となった今は亡きリュウトの最愛の女性が、彼の眠りをそっと包んだ。













 良介はこの段階になって後悔し始めていた。

 彼がいるのは見送られる側と見送る側の人間でごった返す港湾区画のホール。一時も止まない喧騒の中で、彼は前後左右上方を完全に囲まれた状態で立っていた。


「――――――――別に逃げませんよ?」


 良介は弱弱しく左右の女性に訴える。だが、その言葉に対する回答は単なる一瞥だけだ。


「――――――――ですから、皆さんも見送りの方々にご挨拶など……」


 再び一瞥のみ。

 良介は前後に立つスバルとティアナに視線で助けを求めた。


「――――――――」


 本気で助けを求める良介に対し、二人は申し訳なさそうに視線を逸らした。


「――――――――」


 絶望に打ちひしがれる良介。天を仰ぐ。

 すると、そこにはお目付け役の警備端末の姿。


「――――――――何か用か、宮本」


「――――――――いんや、別に」


 良介はついに床を見るしかなくなった。

 だが染みも模様もない床、一瞬で飽きた。


「つか、何でこんな厳重な監視?」


 良介は誰にともなくぼやいた。

 しかし、その言葉に対しては明確な答えが返される。

 地の底から漏れるような声は、ギンガの発したのもだ。


「――――つい一昨日、わたしたちの監視から逃れていやらしい遊びに出掛けたのはどこの誰でしょうか?」


 その言葉に反応するように、周囲の温度が一気に下がる。

 さらに、良介の周囲を囲む集団から人々が距離をとる。


「しかも、ミナセ提督に連絡艇まで借りて施設外に行くなんて、どうしてあなたは……!!」


「落ち着こうぜお二人さん!? あれはヤロウに仕事を押し付けられて――――ってそれはーッ!!」


 シャッハが沈黙のまま一枚の写真を取り出す。

 そこには、かなり薄かったり少なかったりで際どかったりする衣装を身に付けた女性に囲まれて酒を飲む良介の姿があった。

 顔にはどこかで見たような口紅付きである。


「――――――――」


 がたがたと震え始める良介。

 視界の片隅で、仲の悪いとある執務官が意地の悪い笑みを浮かべているのが見えた。


「て、てめぇ――――」


「宮本さん!!」


「ってはい申し訳ありません!! ですから少し話を聞いてくださいませんか!? 冤罪ですから! 今度ばかりは本当に!」


 ギンガの一喝に背筋を伸ばす良介。

 すっかりギャラリーの見世物と化した彼だが、本人にとっては死活問題。必死に弁解を続ける。


「皆さんが必死に準備を進めているというのに、あなたはどうしてきちんとした生活を送れないのですか!? こんな状況ですから不安になるのも理解できますし、男性の欲求に関しては目を瞑ります! ですが、もう少し近くの人間を頼るとか別の方法もあったんじゃないですか!?」


「別の方法って、俺は別に好きで行ったわけじゃ……」


「好きで行ったわけじゃないって……場当たり的にこんな事を!?」


「悪い意味で取り過ぎ――――!!」


 シャッハの驚愕の表情に良介は絶叫。

 代わりに反論する事ができる情報を持つ彼の秘書は、現在各方面との調整を行っている為不在だった。

 その後も、良介の言葉にギンガやシャッハが反応するという遣り取りは続いた。


「――――うーん」


 そして、そんな掛け合いを見て一言呟くナカジマ家の次女。


「――――――――これってヤキモチ?」


 概ね。
















 次元世界すべての世界合同で行われた壮行式典も終わり、艦隊には決意が満ちていた。

 しかし、連合艦隊総司令官という顕職に就いたはずの青年は多忙を理由に式典を欠席し、ミゼットが代役として演説を行う事となる。

 それが市民感情を考慮しての嘘だったのか、或いは単なる真実だったのかは多くの人々の理解の埒外であり、今後も真実が明かされる事は無いだろう。


「――――――――」


 そして現在、司令座艦橋には、艦隊運営に伴うスタッフがひとつの席の空きも無いほどに詰めており、つい数時間前の静かな風景とはまさに正反対だった。

 改L級艦船は艦を指揮する艦橋や戦闘指揮所とは別に艦隊を指揮する司令座艦橋と中央戦闘指揮所を備えている。その為ここにいるのは艦隊運営に関わる者たちだけだが、それでもここにいる人間は百人を下らない。

 さらに、リュウトの座る司令官席を上座に指揮卓に座るのは危機管理部を始めとした各幕僚たちだが、その中には各世界より派遣された参謀の姿もある。

 同じように第二艦隊旗艦『カルブリヌス』や第三艦隊旗艦『クイーン・オブ・サンクチュアリィ』にも各世界から選び抜かれた幕僚たちが派遣されており、次元世界を挙げての大作戦であると内外に示す明確な証拠だった。

 リュウトも各部門を統括する幕僚たちとの調整を行っており、彼の周囲から人が消える事はなかった。

 そんな中、リュウトに報告を持って来たのは危機管理部から派遣された一人の参謀。彼は多忙な上司の姿にも躊躇う事無く自分の役目を果たす。


「――――閣下、機関長から主機関起動準備完了との報告が……」


 『デウス・エクス・マキナ』とその同級艦の主機関は、同級の戦闘能力の高さが原因で封印処理されていた。

 一撃で軌道施設を消滅させる事も容易い同級を完全な状態で待機させておく事など、各世界が認めるはずもないだろう。しかし、今次作戦に於いては完全稼動状態の同級が不可欠である。主機関が動かなければ、同級の戦闘能力は一割にも届かない。

 移動や必要最低限の自衛武装は補助機関のみでも稼動させられるが、主武装や特殊武装、防御機構には主機関によって生み出される膨大なエネルギーが必要だった。


「そうか。ならば全艦に通達後、主機関起動シーケンスに入る。各幕僚もそのつもり頼む」


 リュウトの言葉に返る了解の声。各幕僚も主機関起動に関しては事前に聞いており、今更予定が狂う事はない。

 封印処理を解き、点検調整を済ませた主機関。その起動はこの司令座艦橋と通常の艦橋、機関管制室の三箇所を使用して行われる。改L級に限って言えば、一度火を落とした主機関を再点火するには、恐ろしいまでの手間が掛かるのだ。


≪全艦に通達。これより本艦は主機関再起動シーケンスに入ります。各部署は所定のマニュアルに従い行動を開始してください。繰り返します――――≫


 全艦に響いたアナウンスと同時に照明が必要最低限にまで落とされる。元々明るいとは言えなかった司令座艦橋だが、そのせいでさらに暗い空間へと変貌した。


≪補助機関出力一二一パーセントまで上昇。第一主機関への伝送路確認――――≫


 手元のモニターで進捗状況を確認しているリュウトの眼前にひとつの魔法陣が浮かび上がる。

 それは暗闇の中で燐光を放ちながら、然るべき相手の接触を待っていた。


「――――――――危機管理部本部長リュウト・ミナセ。コードナンバー、EX−00125873−00」


<声紋、パスコード確認。遺伝子情報、魔力情報の提示を要請>


 リュウトはその声に従って魔法陣に手のひらを押し当てる。


<遺伝子情報、魔力波形情報を確認。対象を最終封印解除資格保持者と認定>


 最後の言葉が終わった瞬間に魔法陣は役目を果たし、一瞬の光を残して消え去る。

 それに続くように、機関管制室からのアナウンスが進行状況を伝えた。


≪資格保持者による最終安全装置解除を確認。これより主機関再起動シーケンスは最終段階に入ります≫


 アナウンスの言葉通り、艦全体からエネルギーというエネルギーが消えていく。重要区画である司令座艦橋は完全に沈黙する事はないが、必要と判断されていない区画は生命維持装置さえ止まっているはずだ。

 しかし、限界稼動を続けている補助機関の起こす細かな振動が、重力制御の弱まった艦を揺さぶった。


≪第一から第十六までの補助機関の臨界突破を確認。第一主機関への伝送路を開放、フライホイール接続――――≫


 そのアナウンスと同時に、艦からすべての振動と音が消え去った。


「――――――――」


 強要された訳でもないのに、誰もが口を閉ざしている。


「――――――――」


 そのまま静寂が数秒続き、誰かが大きく息を呑んだ。

 そして、その瞬間――――艦が身動ぎした。


「―――――――――!!」


 艦全体の重力制御が回復するまでの一瞬だけの出来事。段々と出力を上げる主機関に引き摺られ、『デウス・エクス・マキナ』が神殺しの戦船として目覚めた瞬間だった。


≪第一主機関から第二主機関への伝送路開放――――第二主機関の起動確認。第一主機関から第三主機関への伝送路開放、第二主機関から第四主機関への伝送路開放――――≫


 次々と目覚める合計五つの主機関。

 艦内にエネルギーが駆け巡り、各部署から報告が上がる。


≪第一から第二四までの主推進器起動。二五から四八も順次起動中≫


≪第一区画から第三区画までの二級兵装以上の起動を確認。変換機から主砲へのエネルギーラインも接続≫


≪各防御機構へのエネルギー接続を確認。分子変相装甲強度二七六パーセントまで上昇≫


 報告を聞いても、リュウトの表情はほとんど変化しなかった。

 だが、艦橋内は一気に喧騒の度合いを増し、幕僚たちも自分の担当する部門に発破をかける。


「――――――――」


「閣下、全艦隊出港準備完了しました」


 やがて宴の準備は終わり、ただ一人の号令を待つのみとなる。

 艦橋すべての視線を集めたその男は、指揮卓に置かれたままの軍刀を手に取った。


「――――――――通信参謀、全艦隊に向けてメッセージを」


「は……はっ!」


 リュウトの突然の言葉に驚いた通信参謀だが、大きな作戦前に司令官が訓示を述べる事は珍しくない。すぐに気を取り直して通信を繋いだ。

 自分に向けて頷いた通信参謀に視線だけで礼を述べると、リュウトは刀を床に突き立てて立ち上がる。














≪――――諸君、戦だ≫


 リュウトの声は、施設周辺で準備を整え終えた連合艦隊すべてに届いていた。


≪それも、大義名分には事欠かない世界奪還のための戦いだ≫


 誰もがリュウトの声を聞き、改めて戦いの予感を覚える。


≪――――――――人間同士の争いを越えて、我らは今初めて一個の種としての戦いを始めようとしている≫


 ある者は隣の者と頷き合い、ある者は残してきた大切な存在に想いを馳せた。


≪相手は神にも等しい力を持つ未知の存在。作戦成功率は一割未満。作戦というのもおこがましい幼稚な作戦計画。どれを取っても苦難を示している。

 だが、私は"勝て"などとは言わない。

 ただ、"手に入れろ"とだけ言わせてもらう≫


 リュウトはモニターの中心で真っ直ぐ前を、モニターを見ている者たちすべてを見据える。


≪奪われたものを取り戻せ。相手がたとえ神であろうとも、遠慮はいらない。この作戦に係るすべての咎は、私がすべて持っていく。

 諸君らは、私という悪魔に唆され、神と戦うに至った。それで十分だ≫


 躊躇いなく。

 そして後悔もなく。


≪神殺しの汚名も、扇動者の罪も誰かに押し付けたりはしない。作戦が成功したのなら、君たちはすべての栄光と未来を持っていけ≫


 ただ、告げる。


≪私は喜んですべての罪を受け容れよう。

どれほどの大罪であっても構わない、死を以て償えと言われても構わない≫


 先駆者としての役割は、ひとつ残らず果たしてみせよう。


≪だから、躊躇わずに戦え。悲しみも、憎しみも、怨みも、要らぬと言うなら私に寄越せ。

 私がすべて持っていく≫











≪神殺し、大いに結構。叛乱者、誉め言葉だ≫


 レティは『デウス・エクス・マキナ』内部の"方舟"の許にいた。

 最終決戦に向けて万が一も許さない緻密な調整作業を行っている最中、彼女にとって最愛の人物の声が響いてきた。


≪敵を滅ぼす事で神殺しと呼ばれるのなら、私は喜んでその名で呼ばれよう≫


 彼女は技術者たちに指示を出す事も忘れ、その声に聞き入っている。


≪運命を取り戻す事が叛乱だというのなら、私はすべてに対して叛旗を翻そう≫


 そして思う事はひとつ。


≪私は決して逃げない、ただそう決めた≫


 もう、一人では戦わせたりしない。


「――――今度は、わたしも……!」













≪神殺し、それは罪だろう≫


 良介は、別働隊として進撃する予定の艦隊の旗艦に身を置いていた。

 周囲には見慣れた人物ばかりで、彼女たちの様子をちらちらと確認しながら知人の言葉を聞いていた。


≪運命への叛乱、それは悪だろう≫


 今次の作戦に於いて最重要ともいえる部隊へと配された彼にとって、彼女たちの存在は口にこそ出さないものの拠り所の一つとなっている。

 実際に戦ったからこそ知っている力。

 実際にぶつかり合ったからこそ理解している心。

 実際に言葉を交わしたからこそ知っている想い。


≪――――しかし、私は罪人となる事を躊躇わない。大悪となる事も迷わない≫


 思い出という過去が力となる。

 夢という未来が力となる。


≪――――――――私は、それが必要だと思う≫


 "絆"は確かに過去から未来へと繋がっていく、だから――――


「―――――――戦うさ、失う事は嫌いだからな」











≪躊躇いも、迷いも、逡巡も、恐れも、今この時は捨てろ≫


 優しさなどない、抜き身の言葉。

 だが、それ故嘘は無い。


≪我らに必要なのは、そんなものではないだろう?≫


 リュウトはすべての者に向けて宣告する。


≪必要なのは唯一つ、可能性だけだ≫


 可能性と言う曖昧なもの。だが、曖昧な事こそが人を人足らしめているのだ。

 それを知るからこそ、リュウトは宝刀で床を突き、胸を張って咆えた。


≪我らに勝利は不要だ! 我らに必要なものは唯一つ! 我らは――――――――明日を望む、夜明けの軍勢なり!!≫


 艦隊すべてがリュウトの言葉に答えて揺れた。

 雄叫びを上げる者、拳を振り上げる者、静かに闘志を燃やす者、各々が戦いに向けて決意する。


≪勝利など誰かにくれてやれ! 栄光など欲しい奴が持って行け! ただ、未来だけは誰にも譲るな! 諸君らの未来、諸君らが必ず手に入れろ! 誰にも譲るな! 誰にも許すな! 誰にも渡すな! その手にしっかりと握り締めろ!!≫


 可能性を譲るな。

 リュウトのその言葉は艦隊を駆け巡る。


≪大切だと思う者がいるなら、彼らの代わりに戦って手に入れろ! それが諸君らの役目、諸君らの権利、諸君らの義務だ!! 敵と戦う機会を得られなかった者たちに譲られた想い、決して忘れる事無かれ!!≫


 大きく息を吐いて呼吸を整え、リュウトは軍刀を引き抜き、水晶の刃を前方へと差し向けた。


≪――――全艦、抜錨ッ!!≫


 その命令が駆け巡り、すべての艦が錨を引き上げる。

 リュウトは粛々と命令をこなすスタッフに感謝しながらも、ひたすらに前を向き命令を下した。


≪"オペレーション・ライジングフォース"、作戦開始!!≫


 前進を始める艦隊。

 今この瞬間、"夜明けの軍勢"との名を冠された作戦が始まった。














 "それ"は自我を持っていなかった。

 "親"と定義できる存在から一定領域の哨戒を行うよう命令を下され、考える事も無くただ仕事をこなすだけの存在だった。

 "それ"と同じような存在はそれこそ数億も存在し、"本体"のある場所を中心とした防衛ラインを形成している。

 しかし、"それ"の思考――――或いは、限りなく思考に近い何か――――を担当する"本体"ですら、"それ"の存在する場所に敵が来るなどと予想していない。彼らはこの世界を飲み込まんと進撃を続けており、今までと同じように邪魔な存在は軍勢の先にしかないと思っていた。

 だからこそ、彼らと彼らの敵の間には巨大な戦力の空白地帯が存在し、その気になれば互いの軍勢の姿を見る事無く本拠を攻撃できる。少なくとも"本体"はそう思考していたし、"本体"以外の思考機関を持たない彼らは自らを疑うという行為すらできない。

 しかし、"本体"の予想を超える存在は確かに在った。


(――――――――?)


 人間と同じ感覚で言うならば、それは疑問というものになったのだろうか。

 "それ"は"本体"からの情報で図りきれない事象を観測し、より詳細な情報を求めて真空を翔ける。


(――――――――)


 同じように周囲の"それ"が集まり、彼らの"本体"とされる地点から数光秒離れた場所に発生した事象を観測する。

 そして、"それ"らは同時に事象の変化を感じ取る。

 空間の揺らぎと呼ばれる事象はその揺らぎを増大させ、"それ"らを困惑させた。

 "本体"からの命令には、この事象に対する指示は無かった。

 "それ"らは命令の範囲を越えた現象に、ほんの僅かな時間機能を混乱させた。


(――――――――)


 畢竟、その僅かな時間が運命を別つ一因となる。


(――――――――!!)


 揺らぎが一気に限界を越え、"それ"らの前に巨大な影をいくつも産み落とした。

 高速で揺らぎより飛び出した影は、その大質量と光速の数パーセントに届くほどの速度を以て"それ"らを次々と吹き飛ばしていく。

 周囲に次々と現れる巨大な影を、"それ"は今になって敵の攻撃性体だと気付く。

 その時すでに影の現出より数秒。他の"それ"より後方に位置していたために、"それ"は辛うじて影の洗礼を受けずに済んでいたが、それも結局は時間の問題だった。


(――――――――!!)


 "それ"が"本体"に向けて警告を発しようとしたその一瞬、"それ"は目の前に現出した影――――次元世界連合艦隊総旗艦の質量により吹き飛ばされた。













「――――本艦の通常空間への復帰を確認。艦隊各艦も次々と復帰中。落伍艦なし、損傷艦なし、全艦無事です」


 管制官の声に司令座艦橋の空気が僅かに緩む。だが、モニターに映し出された敵の本拠地を前に、その緩みは矯正された。


<こちら観測室。艦隊前方に敵本拠地と思しき浮遊大陸を確認、情報にあった通りです>


 通常空間に浮かぶ巨大な大陸。

 それはかつて"アンラ・マンユ"と戦うために、異世界の者たちが向かった場所と同一だった。


「――――――――」


 リュウトはモニターを埋め尽くす黒の軍勢を見据えた。

 黒い雲にも見える敵の軍勢、百億を越える"闇"の劣兵の集合体だ。


「――――――――艦長」


<――――はい>


 リュウトの言葉に応え、一つのモニターが浮かび上がる。

 そこに映る艦長らしき壮年の男は、すでに艦橋から艦の戦闘指揮所へと移動していたらしい。彼の背景は、リュウトも知る『デウス・エクス・マキナ』のCICのそれだった。


「予想よりも敵が多い。――――行けるか?」


<勿論です。たとえ我が艦一隻のみ生き残ったとしても、彼らを目的地に送り届けてみせましょう>


「苦労をかける」


 艦長はリュウトの言葉に笑った。


<何、これほどの大戦おおいくさで最高司令官の騎馬となれる栄誉に比べれば、苦労と言うほどの事でもありますまい>


「フォウ艦長……」


 リュウトはかつての教官に向けて敬礼した。


「よろしく頼みます」


<お任せを。君も頑張りなさい、ミナセ君>


 敬礼したままのフォウを残し、モニターが消える。

 リュウトはその後一瞬だけ沈黙すると、三個艦隊総てに向けて一つの命令を下した。


「――――『Hy−G−De』を使い、突破口を開ける」


「は!」


 リュウトの命令を受けて、各艦隊後衛部隊に配置されている改L級三隻が艦隊の前方へと進み始め、それと同時に前衛の高機動部隊が改L級の前方から退避していく。

 やがて白い巨影が艦隊の中心に移動し、停止した。


「――――――――艦首超重力縮退砲、発射準備」


「了解! 艦首超重力縮退砲発射準備開始します!」


 砲撃管制室の砲術長がリュウトの命令を復唱する。

 その命令が艦全体に伝播し、『デウス・エクス・マキナ』は蠕動した。


<艦首部封印解除、超重力縮退砲発射形態へ移行。――――これより本艦は対特殊敵性体用砲撃機構『Hy−G−De』の発射形態に変形する。艦首部にいる乗員は安全区画へ対比せよ。繰り返す、これより本艦は対特殊敵性体用砲撃機構『Hy−G−De』の発射形態に変形する。艦首部乗員は安全区画へ退避せよ>


 三つの艦首のうち、左右の二つが両舷一杯まで広がっていき、中央の一つは中央部で上下二つに分離、それぞれ上下へと口を広げた。

 ゆっくりと確実に顎門を開いていく『デウス・エクス・マキナ』。その中心に一個のエネルギー・コアが生成され、段々と圧縮されていく。

 五基の主機関のうち二基を推進と艦内維持、二基を兵装に振り分けている改L級だが、残る一基は通常予備機関として最低稼動状態を保っている。

 だが本来、それは『デウス・エクス・マキナ』の特殊兵装である超重力縮退砲を使用する為だけに搭載されたと言っても過言ではないのだ。


<第五主機関出力臨界。――――エネルギー・コアの重力崩壊、確認>


 重力崩壊。それは、たったひとつの点の発生を意味する。

 真空間に漂うレゴリスやデブリが黒点に引き寄せられて艦体を叩き、艦が小刻みに震え始めた。

 それは黒点の成長と共に軋みと変わり、僚艦から見た『デウス・エクス・マキナ』の姿は重力レンズにより歪み始める。


<超重力場の発生を確認、魔導障壁展開します>


 艦への影響を抑える為に形成された障壁だが、これも発射までの数分しか保たない。

 その間に、四本となった艦首ブレードの間に二四個の重力レンズが造り上げられる。


<重力レンズ第一から第二四まで生成。――――砲身の展開完了>


 光が歪められ、重力レンズに映る風景が滲んでいく。

 その遥か先には、浮遊大陸。


<――――魔力弾殻を形成>


 ブラックホールを高密度の魔力弾殻で包み込む。

 このシュバルツシルト半径外ギリギリに生成された弾殻により、ブラックホールは蒸発を免れたまま解放予定地点まで投射される事になる。

 しかし、この魔力弾殻そのものも砲弾としての役割を負っていた。


<弾殻を発射位置へ。最終安全装置解除を申請>


 砲術長の声にリュウトは立ち上がり、前方に手を翳した。

 その手の先に、光で形作られた立方体が浮かぶ。


「――――――――最終安全装置、解除」


 言葉と同時、リュウトは立方体に刺さったままの鍵を真横まで回す。

 然るべき相手にしか動かす事はできない鍵は、この暴虐なる砲火の発射を認めた。


<最終安全装置の解除を確認。照準固定――――目標、敵浮遊大陸上空>


 砲術長の声が全艦に響く。

 僚艦は『デウス・エクス・マキナ』から遠ざかり、駆逐艦などの小型艦は錨まで降ろして衝撃に備えた。


<発射準備完了>


 砲術長の役目はここまでだ。

 少なくとも、権利を譲渡されない限りは彼に引き金を引く権利は無い。

 今この引き金を引く事ができるのは、たった一人の青年だけ。


「――――――――」


 リュウトは再び鍵に手を伸ばし、しっかりと握り締める。

 そして瞑目し、次に目を開いた時にはひとつの曇りも無い瞳で遥か先の何かを見詰めた。


「超重力縮退砲――――」


 指に力を込め、横に倒れた鍵を押し込み、再び同じ方向へと回す。


「――――発射ッ!!」











 三方向から同時に放たれた砲弾は、その速度を光速の一割近くにまで加速されていた。通過しただけで周囲の浮遊物を吹き飛ばし、当たり前のように黒の軍勢を薙ぎ払っていく。

 艦隊の出現を感知してそちらに群がろうとしていた『アンラ・マンユ』の軍勢は、その一撃で壊滅といえるまでに撃ち減らされた。

 そして軍勢を切り裂いて突き進む砲弾が浮遊大陸の上空へと差し掛かると、砲弾はその内包したブラックホールを解放した。


(――――――――!!)


 三箇所同時。互いの威力を阻害しない距離を空けて解放された三つのブラックホールが次々と軍勢を飲み込んでいく。

 引き寄せられ、素粒子にまで分解される軍勢。

 それを確認し、リュウトは全方位回線で艦隊すべてに号令をかけた。

 立ち上がり、刀を振り上げ、敵集団とその先の浮遊大陸を指す。


≪――――――――この手に未来を!! 全艦、突撃ぃッ!!≫


 そして同時に、艦が、兵装が、機関が、すべてが戦闘状態へと移行する。

 照明が赤く変わり、騒乱が幕を開けた。


<艦長より全乗員へ。総員第一種戦闘配置、コンディション・オメガ発令。繰り返す――――>


 居住区画の隔壁が閉鎖され、艦橋や戦闘指揮所、各機関や主演算機などを擁する重要防御区画の分子変相装甲の強度が最高レベルに引き上げられる。各区画は万が一の損傷に備えて独立区画となり、損傷の拡大を防ぐ。


「我らもCCICに移る。ここの指揮はデュアリス中将に」


「は、お任せを」


 幕僚の中でリュウトに最も近い席に座っていた初老の男が立ち上がる。

 リュウトに敬礼し、幕僚を引き連れて中央戦闘指揮所に移動するその背中を見送った。


「――――――――ふ、マリアの目は確かだったか」


 そして、微笑みながら亡き娘に呼びかける。


「お前の選んだ男は、わしを超えて行ったぞ」











 少し時間は遡り、通常空間復帰直前に動き出した部署があった。

 それはレティが率いる事となった『アフラ・マズダ』の運用チームで、彼らは第二艦隊に配属された『ヴリクリウ』、第三艦隊に配属された『テスカトリポカ』に積み込まれている"方舟"の増幅装置の運営も同時に行う。


「真空間復帰と同時に"方舟"を全力稼動。『アンラ・マンユ』をこの時空に固定します」


 レティは集められた技術者たちを前にそう告げた。

 技術者たちも最初は自分の子供のような年齢のレティに指図される事を嫌がったが、今となってはその知識の豊富さと聡明さで彼らのアイドル的な扱いを受けていた。


「しかしレティ君、我々には満足に"方舟"を操作することなど……」


 白衣を着た禿頭の老人が困ったように言うと、レティは自信に満ちた笑顔を見せた。


「元々"方舟"本体の完全制御はわたしとリンディしかできません。これは"方舟"に仕掛けられた安全機構のひとつです」


 レティはモニターを投影して説明する。


「わたしのミスラとリンディのウルスラグナ。この二機は"方舟"の端末であり、わたしたちと"方舟"を接続する接続器でもあるんです。この二機に対応できる術者のみが、"方舟"に意識を同調させてその機能を完全に掌握できる」


「つまり、俺らは増幅器の制御とお嬢ちゃんの補助が仕事って訳だな」


 眼鏡を掛けた中年の男が頷きながら問う。

 レティはその男に申し訳なさそうに頭を下げた。


「――――はい。ご迷惑でしょうがよろしくお願いします」


「いやいや、異次元の遺産なんて珍しいもんの完全稼動を見られるってだけでも、こっちが礼を言わなくちゃならんくらいだ。気にするなよ」


 さらに別の男が笑いながらレティの肩を叩く。

 レティが顔を上げると、周囲の男女は総じて笑っていた。


「あんたみたいな若い子が命張るって言うんだ。あたいらいい年こいたジジババが『嫌』なんて言う訳無いだろ?」


「正直、ミナセ坊に持ってかれるなんて惜しいと思ってるよ。うちの倅の嫁に、って思ったんだけどねぇ」


 二人の女性が互いに笑い合う。

 レティはリュウトの名に頬を赤らめたが、ぶるぶると頭を振って気を取り直した。


「――――それでは、あと少しで通常空間に入ります。皆様、よろしくお願いします!」


<おう!>


 技術者たちは周囲に散っていく。

それぞれができる事をするために、それぞれしかできない事をするために。

 だからこそ、自分も精一杯頑張らなくてはならない。

 応えるために、護るために、そして、大切な想いのために――――


「――――わたしも頑張るから、お兄ちゃんも頑張って!」


 きっと大丈夫。

 少なくとも今は、そう思えた。













 今回の作戦を簡単に説明するなら、三方向からの同時強襲が最初のプロセスとなる。

 第一から第三までの各連合艦隊はそれぞれ別地点に現出。その後、同時に敵本拠地に向けて攻撃を開始。進行する敵の軍勢の間隙を縫ってここまで進撃してきた連合艦隊は、ほとんど無傷の状態で最終決戦を迎える事ができた。

 レティたち技術陣が通常空間復帰と同時に時空固定を仕掛け、見た目こそ何の変化も無いが、間違いなく敵は有限となった。


≪偉大なる女王陛下の兵士諸君! 王国の興廃はこの一戦あり! 総員奮起して任に当たれ!!≫


 第三艦隊旗艦『クイーン・オブ・サンクチュアリィ』のCICで王立航空宇宙軍次帥が吼えた。

 同じように艦隊各所で各世界の代表が鼓舞を行い、第三艦隊は一個の生き物のように進撃を開始する。

 そして、同時刻別方面の第二艦隊旗艦『カルブリヌス』第一艦橋。


≪――――――――共和国海軍の将兵たちよ、この老いぼれと共に空を翔けてくれる事、感謝の言葉も無い。願わくば、この通信を聞いている者総てが故郷の空に戻れん事を≫


 大元帥の落ち着いた声が共和国艦隊に広がる。

 そして、巻き起こる歓声と喊声。

 第一、 第三艦隊と全く同時に、第二艦隊も突撃を開始した。










 三つの大艦隊が雲霞の如き黒の軍勢を切り裂いていく、対する『アンラ・マンユ』側も中央の浮遊大陸外周の軍勢をさらに押し出し、連合艦隊に対する防壁とした。

 その防壁を切り崩さんと突き進むのは、各世界の精鋭たち。


「艦首重粒子、ってぇッ!!」


 共和国海軍所属の突撃艦『コラーダ』の艦橋では、仁王立ちした艦長が次々と飛来する敵軍勢に向けて砲火を放ち続けていた。

 対空砲の光は間断無く、この作戦に際して封印の解除された条約禁止兵器である反応弾頭誘導弾も垂直式発射管から幾度も発射されている。

 周囲の僚艦も死闘を繰り広げている中、『コラーダ』に特攻を仕掛ける一匹の翼魔がいた。黒い翼を羽ばたかせ、赤い目で『コラーダ』を睨み付けている。


「左舷に敵影!」


 観測官の声に艦長の腕が振られる。


「左舷対空砲を集中管制! 高角砲も回せッ!」


「了解! 第四、第五高角砲塔旋回。照準固定――――発射!」


 砲術長が艦長の意を受けて敵に砲弾を叩き込む。

 魔力の砲弾が翼魔の表皮を突き破り、その内部で破裂した。

 紅蓮の炎に包まれ消滅する翼魔。


「敵、爆散!」


 女性のオペレータが歓喜の声を上げる。


「油断するな! まだまだ来るぞ!!」


 艦長の言葉を聞いたかのように、『コラーダ』の前方に新たな敵影が現れる。

 それも、数十の単位で。


「て、敵影多数! 艦長!」


「うろたえるな! 僚艦との連携を密に、やつらに共和国海軍突撃艦部隊の近接格闘戦術を見せ付けてやれ!!」


<了解ッ!!>


 艦全体から響いた声に彼は満足げに頷く。そして、唇を軽く湿らすと腕を振るって号令を掛けた。


「目標、敵集団! 両舷全速!」











 重駆逐艦『ゴルフ‐U』は、その艦首に装備された荷電粒子突撃衝角を以て、敵大型種を刺し貫いた。

 爆発から逃れるために一撃離脱を繰り返し、僚艦も含めて多くの敵を始末している。


「鈍足艦がいないとはいえ、我らに比べれば大型艦の足は遅い。つまり我らが、この戦の先鋒だ」


 作戦開始前に駆逐戦隊司令である准将が胸を張って告げた言葉を、艦長以下艦橋要員は改めて噛み締めていた。

 第一艦隊の前衛部隊となった彼らは、作戦開始と同時に突撃を敢行。同じ任務を負った快速部隊と共に宇宙を駆け巡っている。


「左舷に被弾! 第八対空砲塔消失!」


「ダメコン急ぎなさい! 敵は待ってくれないわよ!!」


「イエス・マム!」


 艦長を務めるのは、何と今次作戦の総司令官と同じ年齢の女性士官。前任の艦長が祖国からの脱出戦に於いて負傷、後送されたことにより副長から艦長へと昇進した人物だった。


「まったく、自分の艦を持って最初の戦いが世界を救う戦いだなんて――――」


 彼女は艦橋のど真ん中で叫んだ。


「――――私はなんて幸運なの! まさに戦いの女神に愛されたって証拠ね!」


「――――副長、嬉しいのは判りましたから、前見て指揮してください」


「"艦長"!!」


「はいはい、艦長ドノ」


 新たに副長として配属となったのは彼女の実の弟だった。そんな彼に対し、彼女は日頃の姉弟喧嘩の延長戦を始める。


「ていうか、なんであんたがここにいんのよ愚弟!!」


「だから前を見て指揮しろっつってんだよ馬鹿姉ぇッ!!」


 姉弟の喧嘩を隙と見たのか、『ゴルフ‐U』に向けて殺到する敵群。

 だが、兄姉は窓の外の敵を邪魔者と認識した。


「――――邪魔だ! 主砲対空榴散弾装填! 斉射三連、薙ぎ払えッ!!」


 姉弟は同時に同じ指示を飛ばす。

 砲術士官が慌てて命令を実行し、主砲が火を吹いた。

 敵群中央で炸裂する砲弾。炸裂と同時に花開いた魔法陣が、圧倒的なエネルギーで敵を消し飛ばした。


「敵群の三割を撃破!」


 オペレータシートに座る准尉が姉弟に報告する。

 すると、二人は互いを見下ろすように睨み合った。


「ほら見なさい愚弟。私の指示はあんたと言い争いしてても的確なのよ」


「何を言う馬鹿姉、俺の指示を真似ただけだろうが」


「――――――――」


「――――――――」


 沈黙する姉弟を爆光が照らし出す。艦橋要員はその光景に背筋が凍るようだった。

 しかし、彼らの状況など敵には関係なかった。


「――――ッ!! 艦隊進行方向に巨大な敵影を確認! 接触まであと四分!」


「なんですって!?」


 モニターに拡大投影されたその映像の中心。そこにはまるで巨大な海月のような敵の姿があった。ふわふわと頼りなく漂っているように見えるが、計測されたその大きさはこの艦の十倍以上、質量は百倍以上だ。


「――――ど、どうすんのよ……あんなでかいの……」


「びびるなクソ姉!」


「な、なんですってぇ!?」


 姉は弟の言葉に柳眉を逆立てた。

 なまじ美人であるが故にとんでもない恐ろしさだ。


「俺たちは軍人であいつらは敵! だったら戦うしかねえだろうが!!」


「そ、そりゃそうだけど……勝てない相手に戦いを挑むっていうのは――――」


「勝てねぇ訳あるか!!」


「ッ!」


 弟は姉の襟を?み、吐息の掛かる距離で怒鳴った。


「あんたにゃ好きな男と結婚して、ガキ産んで、そんで笑って死んでもらわなきゃ困るんだよ!!」


「は、はあ?」


「いつもいつも俺の面倒ばっか見てダチも作らねぇ、男も作らねぇ、果てには俺を上の学校にやるために軍人なんて仕事に就きやがって! 俺にどんだけ貸し作りゃ満足すんだよ!?」


 弟はその瞳に涙さえ浮かべて姉を睨んだ。


「俺はあんたが良いと言うまで後ろについて監督してやるし、ダチや男が欲しいなら紹介してやる! 俺は……俺はな――――」


 姉の驚く顔など知った事かと言わんばかりに、弟は戦場の中心で姉への想いを叫ぶ。


「――――あんたが幸せになって俺を忘れるまであんたを護ってやる! 誰にも殺させやしねぇ! 誰にも負けさせやしねぇ! 望むなら最高司令官にだって就けてやる!」


「あ……あんた……」


「さあ俺は言ったぞ! もう後戻りなんてできやしねぇ! あんたが戦わないなら、俺が戦う!! あんたは部屋に引っ込んで化粧の練習でもしてやがれ!!」


 弟は姉を突き飛ばす。

 よろめき、彼女は弟を見上げた。

 いつの間にか、自分より遥か高い場所から世界を見ていた弟を。


「――――――――」


 そして、ゆっくりと息を吐き、睨み付けるように前方へと視線を向けた。


「――――――――行くわよ、愚弟」


「あ?」


「行くっつってんのよアホ! その無い脳みそフルに使って私を助けなさい!!」


「お、おう!」


 頷いた弟から視線を外し、真っ赤に染まった顔で彼女は気高く宣言する。


「全艦突撃戦用意! 機関全速! あの海月のどてっ腹に風穴打ち開ける!!」


「――――おおおッ!!」


 戦乙女に率いられ、『ゴルフ‐U』は敵の一群へと突撃した。











 中央戦闘指揮所に飛び込んでくる報告は、各部隊の奮闘を間接的にリュウトに伝える。

 しかし、そこに発生する個人の想いや小さな出来事は、結局リュウトの耳に届かない。それはある意味では幸せな事で、ある意味では不幸な事だと言える。

 人を知れば人を使えなくなる。逆に、人を知らなければ人を使う事はできない。

 その二律背反する現実に耐えてこそ、初めて人は同じ人の命を預かれるのかもしれない。


「――――第三五水雷戦隊敵陣突破! そのままB‐V方面に再突入します!」


「巡洋戦艦『トキツカゼ』、推進部に被弾! 速度落ちます!」


「『トキツカゼ』の乗員を僚艦に移せ! 速度を落とす事はできない! 乗員たちには辛いだろうが艦を捨てさせろ!!」


「航空巡洋艦『アヴローラ』艦載機により敵大規模集団の位置が判明!」


「第五二打撃戦隊を向かわせろ! 後詰めは第四九強襲戦隊!!」


 休む事無く上げられる報告と下される命令。

 三つの牙が相手を食い破ると同時に、相手も圧倒的な物量でその牙を押し潰しに掛かる。単純な物量では比較にならない連合艦隊は、その速度を武器としてひたすら前に突き進むしかない。

 それでも彼らはここまで敵の攻撃による犠牲を一隻も払う事無く進撃を続けてきている。乗員脱出の上で自沈させられた艦は数隻あるが、轟沈して乗員を巻き込んだ艦は一隻も存在しない。

 だがそんな中、ついに致命的な損傷を受けた艦が現れた。


「閣下! 『ミストラル』が……!」


「くっ!」


 『デウス・エクス・マキナ』より先行していた重巡洋艦『ミストラル』が機関部に敵の特攻を受け、艦隊を離れて迷走を始めていたのだ。

 艦橋こそ残っているが、艦内の半分はすでに火の海と化している。


「乗員の脱出を急がせろ! 足の速い艦を救助に――――」


『――――要らぬ!!』


「なッ!?」


 リュウトが救援の指示を出すと、次の刹那にはそれをかき消す声が中央戦闘指揮所に轟いた。中央付近にモニターが浮かび上がり、真っ赤な警戒灯に染められた『ミストラル』のCICの様子がそこに映し出される。

 その中心に立つ、制帽をかぶった髭面の偉丈夫が声の主だった。


「大佐! それはどういう意味か!?」


 リュウトはモニターに向けて詰問する。答え如何によってはここで論戦も辞さないという視線だ。

 だが、大佐と呼ばれた男は豪快に笑うと制帽を脱いだ。


『がっはっは! 若いな総司令官殿! わしはそういう若造が好きだぞ!!』


「大佐! 私はそんな事を言っているのではない!」


 リュウトは肘掛の上に置いた拳を叩き付けた。

 だが、大佐はそれでも呵呵と笑うだけでリュウトの剣幕に圧倒された様子は無かった。それどころか好ましいものを見るかのようにリュウトを見詰め、笑みを浮かべるだけだ。


「大佐! 乗員を見殺しにするか!?」


『何を言う! 乗員の総意を以て艦の意思とするがわしのモットーよ! 乗員すべて玉砕の覚悟を持っておる!!』


「な……!!」


 リュウトは驚愕に目を見開いた。


『これほどの大戦、死ぬ覚悟無くして戦えるものではない! それに――――』


 大佐はリュウトを見て満面の笑みを浮かべた。生き残る道を選ばなかったというのに、その笑顔には悲壮感などありはしない。


『――――自分の後を継ぐ者の下で戦い、そして死ねるのだ! 武人としてこれ以上の死は無い!!』


「大佐――――!!」


 リュウトがその言葉に反論しようと口を開いたその時、彼の耳に情報幕僚の悲鳴が飛び込んできた。


「前方に敵が集結! このままでは当艦隊の進路を完全に塞がれます!!」


「くッ! こちらの頭を抑えに来たか!!」


 航行参謀が悔しげに拳を手のひらに叩きつけた。

 幕僚たちは皆似たような表情で模式化された戦況図を見遣り、何とか状況を打開しようと自らの職分に全力を傾け始めた。

 戦況図には三個の艦隊に群がる敵群が赤い点で投影されていた。やはりと言うか、第一艦隊――――『アンラ・マンユ』を滅ぼすに足る力を持つ"方舟"を擁する『デウス・エクス・マキナ』――――に向かってくる敵が一番多い。

 そして今、第一艦隊の進行方向には数を判別できないほどの敵が集まり、城壁と化して敵を待ち受けていた。


「艦長に伝えろ! 本艦を前面に出して再度『Hy−G−De』による突破を図ると!!」


「は!」


 リュウトの指示を受けて一人の参謀が走る。だが、それを再び制止する声が轟いた。


『その任、この『ミストラル』が請け負う!!』


「――!!」


 リュウトの含めた全員が『ミストラル』艦長に視線を向けた。


『本艦で必ず艦隊の突破口を開いてみせる!』


「大佐! 『ミストラル』ではこれ以上の戦闘に耐えられない! 早急に後方へと下がれ!!」


 リュウトは必死の形相で『ミストラル』の後退を命令する。今なら後方で友軍の救助を受ける事もできるはずだった。


「大佐!」


『――――黙れ若造!!』


「ッ!?」


しかし、大佐は眦を吊り上げてリュウトを一喝した。

 肩を震わせて唾を飛ばし、怒り一色に染まった顔でリュウトを睨んだ。


『貴様には分かるだろう! ここで貴艦が前面に出れば全方位からの集中攻撃を受ける事が! そうなれば如何な堅艦とていくらも保つまい、なれば、この死に損ないに花道を作らせろ!!』


「――――――――」


 リュウトは大佐の気迫に圧倒された。階級など関係ない、人間としての重みが違う。

 肩で大きく息を吐き、最後に大きく深呼吸すると、大佐は再び柔和な笑みを浮かべてリュウトを見た。


『――――――――若い奴は年寄りの言う事を聞くもんだ。それに、お前みたいな危なっかしい奴のお守りはこれっきりにしたい』


「大佐……」


 リュウトは力なくシートに座り込んだ。

 呆然とモニターを見上げ、ただ自分の命令を待つ戦人の顔を見た。


『――――――――これも司令官の仕事だ。ほれ、さっさと命令してくれや。最後の最後で命令違反の特攻なんてかっこ悪いじゃねえか』


「――――――――」


 リュウトは震える膝で立ち上がった。

 掌に滲む汗を制服で拭い、震えそうになる声を意志の力で捻じ伏せる。


「――――大佐……」


『おう、何だ司令官』


 大佐は我が子の成長を喜ぶ親のようにリュウトの顔を見る。若い人間が自分を追い抜いて先に走っていく光景。彼はそれを夢にまで見た。そしてそれは、今目の前にある。


「――――『ミストラル』は敵防衛陣に突入…………我らの活路を、未来を拓け!!」


 リュウトの命令が大佐の全身を貫いた。

 そして浮かぶ感情は、未だかつて感じた事が無いほどの歓喜。

 彼はその感情に従い、自ら選んだ死地に赴く。


『了解だ! 俺の晴れ姿、しっかり見とけよ小僧!!』


「――――――――了解、した」


 リュウトの返事を聞き、大佐は通信を切った。

 そしてリュウトが再び前方を見据えた時、彼の耳に『ミストラル』特攻の報が届いた。


「『ミストラル』加速! 敵陣に突っ込みます!!」


「――――大佐……!!」












 真空中の浮遊物が荷電粒子に溶かされ、光を発して燃え尽きる。

 そんな光は小さく、彼の目にはおそらく映っていないだろう。


「――――――――されど、小さき光は集まり星の光に届く……そうだろ、リー……」


 『ミストラル』艦橋で呟き、彼は隣にいるはずの副長に問いかけた。

 だが、その言葉に返答は無い。


「――――――――ちッ、通信中に逝っちまったか……」


 彼は艦橋の壁に寄り掛かったまま事切れている自らの腹心に黙祷を捧げた。

 先ほどまでは自分の言葉に辛うじて反応を返していたが、あの若き司令官との通信中に先に逝ってしまった。


「お前の事だ、先に行って道でも調べてんだろ」


 どうせ自分もすぐ逝く。

 そうしたらあの若い司令官でも肴にして一杯やるつもりだった。


「――――――――くそ、目までぶっ壊れたか……」


 彼は血に塗れた手で目を擦りながら操舵席へと歩いて行く。その後を追いかけるように点々と血が落ちていた。深々と構造材の破片が刺さった彼の背中から落ちたものだ。


「ふん、俺も中々の演技派だな……」


 操舵席に座ったままの操舵手の体を、彼は心の中で謝りながら床に落とした。

 まだ若い、あの司令官と同じくらいの年齢の操舵手だった。


「――――――――向こうでも一緒の艦に乗ろうや」


 彼は操縦桿を握ると、機関のリミッターを外した。

 そして、一気に操縦桿を押し倒す。


「――――往くぜ、『ミストラル』」


 爆発的な加速。

 艦長の最後の命令に答えるように、艦はその損傷からは考えられない速度で疾駆する。

 敵の防衛線がぐんぐんと近付いてくると、それに伴い『ミストラル』への攻撃が苛烈さを増した。防御フィールドで防ぎきれなかった攻撃が、艦体を切り裂いていく。

 それでも、『ミストラル』の速度は緩まない。それどころか速度を増していく。


「――――お前はいい女だ……最高の女だ……」


 おそらく艦内に残った乗員が必死に艦を守っているのだろう。先ほど一方的に離艦を命令したが、残った物好きがいたらしい。


「――――――――くそ、俺には勿体無い最期じゃねぇか」


 士官学校の成績は最下位。

 昇進なんてろくに縁が無かったから、退役まであと数年だっていうのに大佐止まりだ。

 だというのに、この最高の栄誉ともいえる最期。まさに、今まで無かった運がここに来て帳尻を合わせたかのようだった。


「最高の艦と、最高の乗員と、最高の司令官……」


 すべてに恵まれて死ねる――――――――彼は大きく目を見開き、窓の外に群がる醜悪な敵に向けて吼えた。


「俺の花道!! 貴様ら如きに止められると思うなよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 攻撃を受けて爆発する艦体。

 大佐自身の身体も艦橋で発生した爆発で何度も切り刻まれる。だが、彼は一度も痛みに顔を歪める事無く前を見たままだった。

 そして、『ミストラル』の艦体が敵の防衛線に突入する。


「―――――ぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 大佐の指が制御卓を走る。

 最後のひとつを押し、彼の拳が入力盤を叩き割った。


「我が人生に、一切の後悔なしッ!!」


 爆発。

 『ミストラル』の魔導炉が暴走し、そのまま艦体を飲み込み爆発を拡大させる。


「――――――――勝てよ、若造ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 艦橋まで伸びてきた純白の光に包まれ、大佐の意識は消え去った。













「――――『ミストラル』、消滅……」


 半ば呆然としたオペレータの声にCCICは沈黙した。

 計器から聞こえる合成音のみが空間に溶け、消えていく。


「――――――――」


 やがて『ミストラル』爆発の残滓が消え、敵防衛線の姿が露わになった。


「これは……!!」


 情報参謀が感嘆の吐息を漏らした。

 『ミストラル』の爆発跡、それが敵の防衛線のど真ん中を消滅させていた。


「大佐……」


 リュウトはその光景に拳を握り締めた。

 彼は役割を果たした、ならば、自分もするべき事をしなくてはならない。


「――――艦隊全艦に通達……!!」


 リュウトは外套を翻して腕を前方に指し、声高に宣言した。


「全艦最大戦速!! 敵防衛ラインを食い破る! 『ミストラル』のくれたチャンス、無駄にするなッ!!」


≪――――オオオオッ!!≫


 ぐんと速度を増した艦隊から数百の光条が伸びる。各艦が全力で砲撃を開始した証拠だった。

 光は次々と敵の集団に命中、爆発を広げていく。さらに突撃艦や駆逐艦などの快速艦が敵の防衛ラインに喰らい付き、そのままずたずたに引き千切っていった。

 どの艦も『ミストラル』の仇討ちとばかりに戦意を滾らせ、今までに無いほど見事な艦隊運動を成し遂げていた。


「敵防衛ライン、崩壊します!」


 オペレータが喜びの声で報告を上げる。

 その報告に、リュウトは頭上のモニターに映る戦況図を確認した。


「――――――――行ける」


 敵浮遊大陸を中心に形成されている敵の防衛ライン。それは三個の艦隊の進路を妨害するように円状に形成されている。

 つまり――――


「次元空間の第四艦隊に連絡! 敵本拠地上空の敵影僅か、攻撃の好機だ!!」


 敵浮遊大陸直上は、がら空きだった。














 良介は自分の周囲で戦闘の準備を進める機動六課とその関係者、そしてナンバーズの面々から必死で距離を取ろうとしていた。

 ただでさえも日頃から女火照りの部隊が多い地上部隊、周囲の他部隊の男共が良介を視線で殺そうと必死になっているのだ。

 子供のエリオはノーカウント。一応後ろに固定されている装甲指揮車の中にはグリフィスやヴェロッサもいるが、ここにいるのは事実上良介だけだった。


「――――――――俺のせいじゃねぇっつの……」


 呟くように文句を垂れる良介。だが、大声で言ったら最後、自分は作戦前に味方に殺されると理解していた。


「お兄ちゃん、準備はできた?」


「――――――――」


 そして最大の問題。幼い顔立ちに大人が裸足で逃げ出すプロポーションの小娘が一人。

 近くにいた男性局員が『ギャップ萌え!!』と叫んで鼻血を盛大に噴出し、医務官からの冷たい視線と治療を受けていた。死んでしまえ管理局。


「――――俺はいいから少し離れろ」


「えー、だってわたしがいなきゃ『アンラ・マンユ』倒せないよ?」


「――――――――」


 そうだった。

 良介はがっくりと落ち込んだ。


「――――――――これが世の中の不条理か……くっ、泣いてなんかないぞ……」


「お、おにーちゃーん?」


 さめざめと人生の不条理に涙する良介。

 強襲揚陸艦の兵員輸送室で、今一人の日本男児が敗北を噛み締めていた。

 そんな中、彼らの頭上から聞きなれた声が振って来た。


≪あー、てすてす、聞こえるかー?≫


 それはこの艦の艦長の声。間延びした何ともいえない声が、作戦前の士気を根こそぎ奪い取っていく。

 だが、彼の次の言葉に場の緊張が一気に張り詰める事になった。


≪ライジング・フォース総旗艦『デウス・エクス・マキナ』より連絡。第一から第三の艦隊は予定通り陽動作戦を成功させた、これより当艦隊は作戦第二段階の担い手として――――≫


 一瞬の間。

 全員が、揃って息を呑んだ。


≪――――敵本拠地に対して強行上陸作戦を行う。総員、死に方用意≫











 通常空間に飛び出した第四艦隊は、そのまま直下にある浮遊大陸へと逆落としを掛けた。四個艦隊中一番少数の艦隊ではあったが、その分艦隊としての速度は最速。一応重力もあるらしい浮遊大陸に引かれ、さらに加速して敵本拠地へと飛び込んでいく。


「のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 だが、重力制御の甘くなった艦内は地獄と化していた。

 固定されている航空機や戦闘車輌などは問題ないとしても、普通にシートに座っただけの人員はさながらジェットコースターである。


「せ、先輩、どこ触ってるんですか!?」


「し、知るかボケ! ってバレルロールぅううううううううううううううううううううううううっッ!!」


「うきゃああああああああああああああああああああッ!!」


 ちなみに良介の両隣はリンディとティアナだった。ティアナの方は厳正なるくじ引きの結果だが、リンディはリュウトの命令を盾に無理やり捻じ込んだ結果だ。

 強襲揚陸艦に格納されている揚陸艇内の座席は、かなり無茶な機動でも人員を守れるようにできている。だが、今回はその性能の試験をしているかのようなとんでもない機動だった。

 時折爆発の衝撃で艦が揺れるが、彼らは外の様子を知る事ができない。彼らにできるのは、艦長以下クルーを信じてひたすら待つ事だけだ。


「せ、生殺与奪を他人に握られるのはこれっきりにして欲しいもんだな……!」


「先輩の日頃の行動を見れば無理だって判るじゃないですか――――ってひゃああああああああああああッ!!」


 ハーネスを掴んで必死に揺れに耐えるティアナ。良介もほとんど同じ格好で揺れを堪えている。


「――――生き残ったら奴をシメる!!」


「その時はわたしも呼んで下さい!!」


「おう!」


 珍しく意見の一致を見た二人。その報復対象が現在防衛ラインを突破して浮遊大陸に接近している事など知る由もない。

 この作戦に於いて第四艦隊は浮遊大陸に対する奇襲を任務としている。それは三個の艦隊を丸々囮として使う今作戦で最重要の任務といえた。

 同時に『アンラ・マンユ』を消滅させる事ができるリンディと良介を無事敵本体の前まで届ける事も第四艦隊の仕事だが、厳密にいうならこの第四艦隊旗艦『カラドボルグ』に乗り込んでいる精鋭たちの仕事だった。

 奇跡の部隊と名高い機動六課の生き残りを軸に構成された部隊で、時空管理局特殊作戦群や危機管理部実働部、さらに各世界で最精鋭と呼ばれるメンバーが揃っている。これだけの戦力があれば、ミッドチルダの地上とて一時間もせずに陥落するだろう。

 だが、今回に限ればそれでも戦力が足りない。というよりも、どれだけ戦力があっても十分とは言えないのが現実だった。


「――――落ちねえだろうなぁこのフネ……」


「落ちたら一瞬で死ねますよ。良かったですね」


「良くねぇよ!!」


 リンディが必死に自分に掛かるGに耐えている中、ティアナと良介の舌戦は止まらない。


「つか、こんな状況でもいちいち突っ込み求めてねぇから!」


「こんな状況で軽口叩けるあなたを尊敬します!!」


「軽口じゃなくて切実な訴えだから!! 俎上の鯉だーかーら!!」


 そして、二人の遣り取りを半ば遠くに飛んだ意識で評するリンディ。一言呟いた。


「――――――――ふ、二人ともすごいのかな? それともおかしいのかな……?」


 幸か不幸か、彼女の言葉は件の二人に届かなかった。













 『カラドボルグ』という艦は、厳密に言えばどこかの世界に属する艦ではない。ヘンリクセン系列の民間軍事会社に属する民間の強襲揚陸艦である。

 だがヘンリクセンの軍事技術を惜しみなく投入されたその性能は間違いなく次元世界でもトップレベルで、こと強襲揚陸艦という括りで考えれば現時点で最高の性能を持っていると言って過言ではない。

 元々会社内で揚陸部門の旗艦として運用されていたこの艦だが、グループ代表を乗せたまま行方不明となった総旗艦『ヘンリクセン』に代わってこの重要な役目を受ける事となった。


「揚陸艇射出ポイントまであと一五〇〇、各揚陸艇に離艦準備を通達!」


「友軍各艦も揚陸艇の射出準備完了。降下地点を確認、敵本拠地と思わしき巨大構造物より三〇〇の地点」


「護衛艦『ザクセン』被弾! 大気圏突入機能喪失! 後退します!!」


「『ザクセン』の穴を『アルディート』に埋めさせろ! 揚陸艇が狙い撃ちされるぞ!」


 その艦橋では、今まさに揚陸艇離艦という瞬間を迎えていた。

 強襲揚陸艦そのものも大気圏突入機能を有しているが、作戦そのものを成功させるには小回りの利く揚陸艇の方が都合が良かった。この艦隊に配備されている揚陸艇数は一二〇〇、揚陸艦一隻辺り平均一二隻の揚陸艇をその腹に抱えている。

 然るべき場所で揚陸艇を切り離し、その後上陸支援を行うというのがこの艦隊の役目だ。

 そして、その時はやってきた。


「――――――――射出予定地点到達! 司令!!」


「うむ、艦隊全艦揚陸艇切り離し。その後、支援行動に入る」


「了解。艦隊全艦に通達! 揚陸艇切り離し!!」


 強襲揚陸艦と高速輸送艦から揚陸艇が射出、或いは切り離される。巨艦である強襲揚陸艦や高速輸送艦に比べれば遥かに頼りない揚陸艇が、大気摩擦で真っ赤に染まりながら地上へと降下していく。


「降下シーケンス六番まで終了。大気圏突入用外殻パージ」


 オペレータが降下作戦の推移を事細かに報告する。その内容は楽観できるものではないが、同時に作戦が順調に進んでいる事も示している。

 第四艦隊の司令官と上陸部隊の上空指揮官が微笑み合った。

 だが、そんなつかの間の安寧は司令官席の下に位置する管制官の一人によって突き崩された。


「――――!! 地上に高エネルギー反応!! 砲撃来ます!!」


「な――――ッ!?」


 渡り鳥のように整然と編隊を組んで降下していく揚陸艇の集団に、地上からの光束が突き刺さる。

 爆発する揚陸艇。その瞬間、乗員と降下要員合わせて数百名の命が散った。

 しかし、その爆発は一度では終わらない。


「第二派、来ます!!」


 再び爆光煌く空。

 地上から飛来した光が一方的に揚陸艇を喰らい尽していく。


「揚陸艇の防御フィールドでは防ぎきれません! 揚陸艇の被害五パーセントを突破!!」


 オペレータが悲鳴を上げる。この作戦では揚陸艇の一五パーセントが落とされた時点で作戦成功率がほぼゼロになると試算されていた。最終的には未だ揚陸艦の内部に格納されたままの良介の乗る一隻が降下できれば作戦そのものは実行可能だが、旗艦に残った数隻分の地上戦力に何ができると言うのだろうか。


「――――――――」


 司令官は地上の様子を映したモニターを睨み、唸るように命令する。


「――――これ以上揚陸艇をやらせる訳にはいかん!! 艦隊全艦に伝えろ! 我らが盾となって揚陸部隊を地上に降ろすとな!!」


「りょ、了解!」


 司令官の命令は同じ事を考えていた各艦の艦長たちによって驚くべき速度で実行された。降下速度をギリギリまで上げた第四艦隊の艦が揚陸艇の下に回り込み、降下部隊の降下を阻害しない位置でその身を防壁とした。

 元々揚陸艦は強襲降下を前提として艦底面の装甲が厚くなっている。防御フィールドの強度も揚陸艇とは比較にならない。

 先ほどまで一方的に揚陸艇を食っていた光軸が各艦の底面で拡散、無力化されていく。


「我らを侮るなよ! 異次元の偽神!!」


 司令官が立ち上がり吼える。


「たとえこの身砕け散ろうとも、貴様らに我らが故郷を汚させはせん!!」


 司令官の声に呼応し、艦長が指示を飛ばす。


「下部、舷側主砲照準! 敵本拠地に叩き込め!!」


「了解! 各主砲照準、目標敵本拠地。――――――――第一射、ってえッ!!」


 『カラドボルグ』から十数本の荷電粒子が放たれる。大分高度が下がっていた事が幸いし、思惑通りに地上へと降り注ぐ。一瞬だけ、敵の攻撃が緩んだ。


「今だ!! "剣士"と"戦女神"を降ろせ!!」


 『カラドボルグ』から射出される揚陸艇。それは地上からの攻撃の間隙を縫うようにして降下していく。それを見詰め、艦橋の中心で司令官が呟いた。


「――――頼んだぞ。だが、君らだけに戦わせたりはせん……!!」


 彼は制帽を目深に被り直すと、再びモニターを見上げて腕を振った。


「全艦突撃! もう一度宇宙に上がる必要はない!! 艦をぶつけてでも彼らを守り抜け!!」














 良介は上空の艦隊が打ち降ろす百雷の音を聞きながら、自らの足となる戦闘車輌に歩み寄った。揚陸艇は未だに高機動による回避行動を続けているが、出力の安定した重力制御によって艇内は揺れが最低限に抑え込まれている。

 機動六課の面々も同じように準備を整えており、良介は最後の最後に彼の騎馬へと跨った。リンディもその背中に抱きつくようにして乗り込む。


「何か、昔みたいだね、お兄ちゃん」


「――――――――サンダーボルトU、か」


 ボディに描かれたミッドチルダ語を読む良介。彼にとっては忘れる事のできない名前だった。


『懐かしかろう、あのサンダーボルトの後期量産タイプだ』


「俺にあれを運転せよと?」


『問題ない。あれ程操作性は悪くないからな、まあその分性能も落ちているが』


 ブレストが良介の着ている装甲服の接続具にその身を取り付けた。そのままサンダーボルトUにもアクセスし、その制御系を管制下に置く。


『貴様は普通のバイクでも運転する気になれ、後は我がフォローする』


「――――いいのか、そんないい加減で」


『いい加減ではない、適当なだけだ』


 無論、いい意味での適当だ。適材適所と言い換える事もできるが、単なる警備端末に今回の戦闘は荷が勝ち過ぎている。だからこそ、彼はこうして良介のバックアップに回る事を選んだ。


『ミヤのようにはいくまいが、貴様の最期には付き合ってやる』


「――――――――」


 良介はブレストの言葉に沈黙した。

 そしてハンドルに引っ掛けられたままの防護用ヘルメットを被り、他の人間に聞こえないほどの声で囁く。


「――――――――死なねぇ、今回だけは絶対に」


『上出来だ。アナザ・マイスター』


 ブレストは声だけで微笑み、サンダーボルトUのエンジンを轟かせた。


『勝ちに行くぞ』


「当たり前」


「あたりまえー」











 落着。そして揚陸艇から展開される虚空滑走路スカイライン

 揚陸艇下部のランプドアが開くと同時にスカイラインを駆け下りた機動六課の面々は浮遊大陸にその一歩を標した。だが彼らがそんな感慨を抱くはずもなく、残された土煙だけが彼らの向かう先を示しているだけだ。


『敵本拠地はあの山だと推定されている。実際、地下からはリンディ嬢たちの持ってきたデータサンプルと同じ波形のエネルギー放射が確認できる。おそらく間違いないだろう』


「そうかい! だったら進むまでだ!」


 良介は一気にスロットルをぶん回す。魔力残滓の排気を振り撒き、サンダーボルトUはフリードリヒに並走するほどの速度で駆け抜けた。

 フリードリヒに乗るキャロとエリオの二人が一瞬良介に視線を向け、すぐに前方に集結を始めた敵の群れを見詰める。


「良介様、わたしたちが突破口を開きます!」


「良介さんはその間に!!」


 良介は一瞬躊躇うように視線を巡らせたが、二人の顔が彼らの母親が見せる戦いの時の表情と同じ顔だと気付き、その躊躇いを捨てた。


「任せた! フェイトに誉められるくらいの戦いを見せてみろ!!」


「はい!」


 揃って肯く二人。たった一年で成長するものだと思い、良介は自分の思考に苦笑した。


「行くよフリード!!」


「ケリュケイオン! 猛きその身に力を与える祈りを! フェイトさんに負けない心を――――!!」


『――――ブーストアップ!! ストライクパワー!!』


 二人の叫びが響き渡り、その姿が一条の光となって敵の群れへと突入する。

 閃く刃と轟く竜炎。次々と吹き飛ぶ"影"を前に、良介は額に浮かぶ脂汗を感じていた。


「――――――――あの二人、下手に他人とくっつけられねぇ。やっぱり一生セットが一番じゃね?」


『――――――――否定はできんな……』


 ブレストが疲れたように答えた。どんな関係にせよ、あの二人は引き離してプラスになる事があまりないように思えた。当人たちが気付いているかは分からないが、あの二人のコンビはなのはとフェイトを超える可能性があるとブレストは思っている。

 間違いなく互いを必要とし、これ以上無いほど互いを認め合っているのだ。そうそう負けるコンビではない。

 そして、それはもうひとつのコンビにも言えた。


「先輩、わたしたちも出ます!!」


「後ろから回りこもうとしてる集団がいるってアラン執務官から連絡が!!」


 ウイングロードに乗ったまま良介の頭上を通過するスバルとサンダーボルト制式採用型であるライトニングボルトを駆るティアナ。二人は良介に軽く手を振ると、その返事も聞かずに反転。一気に加速して遠ざかった。


「あ、あいつら……」


『――――……一撃必倒、か……』


 再びぽつりと呟くブレスト。遥か後方で馴染み深い魔力が炸裂するのを彼は観測した。


「ど、どいつもこいつも無茶ばかり……誰に似たんだ……?」


『――――――――』


 これだけは、誰からも返事は返ってこなかった。













 揚陸艇からゆっくりと降り、アランは草ひとつ生えていない不毛の大地に手を触れた。


「――――――――行ける」


 その声が切っ掛けとなったのか、彼を中心として地面が波打つ。揚陸艇が少しも揺れていない事が不思議なほどの揺れだった。


「あの人に喧嘩を売った事、僕が後悔させてやる」


 アランは漆黒のバリアジャケットを翻し、大きく手を広げた。


「――――大海穿つ静寂の歌、遠き海原の永久の支配者、来たれ我が元に、白き龍鱗の暴君。海龍召喚……!」


 アランは大地に浮かんだ魔法陣に拳を叩き付け、それによって生まれた波紋に訴えた。


「大海鳴動! 来たれ、レヴァイアサン!!」


 トリガーヴォイス。

 アランの言葉に大地が渦を巻き、巨大な影が天に向かって屹立する。

 レヴァイアサン。巨大な体から水を滴らせるその姿は、まさに神話に登場する神の獣だった。

 アランは叫ぶようにレヴァイアサンに命令する。


「――――すべてを喰らい尽くせ!! ここにいるのは、僕らの敵だ!!」


<GyAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!>


 浮遊大陸全体を揺らすような咆哮。天に向かって屹立していた白鱗の巨龍が、大海と化した大地を引き裂いて突撃した。


「誰かに許してもらう必要なんてない……! 僕は、僕だけはあの人を裏切らない!」














 地響きが良介の足元に届いた。

 すぐにどこかで聞いたような獣の咆哮も届き、彼は大嫌いな執務官がマジ切れしたと確信した。


「海皇召喚じゃなくて海龍だっつーのが恐ろしいな。今頃大量虐殺か?」


『アレが生き物ならな。アランにとって正義はマスター、悪はマスターの敵、ある意味では一番人間らしい人間だぞ、あやつは』

「ガキだろうが」


『子供の方が人間として判り易かろう。余計なしがらみが無いだけ、素直に自分を出せる』


「――――――――羨ましいような、そうでないような……」


 良介はミラーに映る虐殺を見てぼやく。白い鱗が見える度、黒い影が空を舞っている。それが五体満足な"影"なのか、それとも食い散らかされた破片なのか、ここからでは判別できなかった。


『まあ、管理局員としては問題児だな』


「――――人間としても問題だろ……、あれを人間相手に使うような奴だぞ」


『喜んで使うような人間ではないが。まあ、使うと決めたら良心の痛みすらないだろう』


「――――――――はあ、俺も良い子ちゃんばっか見てきたからなぁ……」


 誰もが子供らしからぬ態度で良介に接してきた。そのせいで一部の感覚が麻痺していたのかもしれない。


『まあ、今後成長する事を望むとしよう。子供なら、いくらでも変われる』


「だな」


 良介は再び加速した。












 大地を疾走する良介。先ほどから周囲で戦闘が激化している事には気付いていたが、彼を狙う敵は大概彼の周囲にいる者たちの手で消滅させられており、彼自身が戦う事は一切無かった。

 もっとも、良介を守るべく随伴しているメンバーからすれば、彼が戦うという事実こそがある意味では敗北と同義。そうそう許すはずもない。

 そんな激戦地のど真ん中で、あまりにも聞き慣れた声が良介の名を呼んだ。


「いたぁあああああああああああああああああああああああああああッ!!」


「チンク姉! リョウスケいたっス!!」


「――!?」


 慌てて振り向く良介。


「って、セイン!? ウェンディまで!?」


 ボードに乗って良介と並走するウェンディとそのボードに相乗りしているセイン。良介は二人の姿に軽い眩暈を覚えた。


「なぜいる!? 別のフネで降りたんじゃないのか!?」


「そうっスよ、だから必死こいて良介探してたんス」


「や、役立たずぅうううううううううううううううッ!!」


「ひ、ひどーッ!?」


 思わず叫んだ良介に文句をのたまうウェンディ。愛しい相手を探して何が悪いと言わんばかりの表情だ。

 その上、良介にとって非常に見慣れた無人航空機、ガジェットU型に乗った姉妹たちが登場するに至り、良介は時速一五〇qで走るサンダーボルトUの上で項垂れた。ブレストが操縦を行っていなければ、重大事故になっていただろう。


「――――――――何故ガジェットがここに……」


『資料として押収した。そうしたら今回彼女たちが使いたいというので供出したのだ』


「――――――――」


 納得できる理由だった。


「どうしたミヤモト、そんな疲れた顔をして」


「――――――――嗚呼、ちっさい姉さんがガジェットに乗ってるぅ……」


「何!? 折角、助太刀に来てやったのにその態度は何だ!!」


 こめかみに青筋を浮かべたチンクがサンダーボルトUに飛び移ろうとする。だが、良介の背中に張り付いているリンディがウルスラグナをぶんぶんと振り回して妨害行動を開始した。


「何をする小娘!」


「あ、あなたの方が小さいでしょ!?」


「ええい! お前などどうでもいい! さっさとそこから退け!!」


「退けってどこに!? ここ何もない平原だよ!!」


 ちなみに飛行魔法の使えないリンディ。ここで降ろされたらヒッチハイクで敵地突入である。


「つか、お前ら人の後ろで何やってんだよ!?」


「お前は黙ってろ!」


「お兄ちゃんは黙ってて!」


「――――――――ういーす」


 当事者なのに蚊帳の外。良介は黙って安全運転を始めた。


『――――――――マスターの方が女難の相が上だと言ったらしいな』


「――――――――訂正する」


 ブレストの言葉に返ってきた言葉は、彼の聴覚素子が拾えるぎりぎりの小ささだった。














「――――――――」


「――――――――」


 隣を飛行するガジェットの上で、二人の乙女が無言で視線を交わしている。

 そんな光景から意図的に視線を逸らし、良介はひたすら前だけを見ていた。巻き込まれたら面倒、というより、生存本能に従った結果に過ぎない。

 さらに言うと――――


「――――あの、すみません、重くて……」


「――――――――確かにある意味重厚な感触が……!」


「え?」


「だー! 何でもない!!」


 リンディと場所を交換したディードの様々な感触に耐えるためでもある。

 背後からの視線がぐさぐさと良介の背中に突き刺さる。だが、その背中に恐ろしいまでの自己主張を行う物体があったりするのであまり痛みは感じていないようだった。

 なぜか飛行機能をもつ姉妹まで参加して行われた良介とタンデムする権利争奪ジャンケン大会。結果は無欲の勝利だった。


「――――――――」


『―――――――――無様』


「ほっとけ!!」


 ヘルメット内の指向性スピーカーからの突っ込みに反応する良介。突っ込みの内容が聞こえなかったディードは、ただ首を傾げるしかない。


「――――宮本さん、あとでしっかりと事情聴取しますからね……!」


「どこに俺の責任が!? つーか助けろよギンガ!!」


 ウイングロード上を疾駆するギンガの宣告に対し、良介は必死に無罪を主張する。だが勤勉実直な捜査官はそんな被疑者の主張を退けた。


「今回の事だけではありません、ちょうど良いので過去の罪を清算してください」


「良くねえ! どうせそこな馬鹿姉妹と一緒に社会復帰プログラム受けろってんだろ!?」


 良介の言葉に耳聡く反応する二人の姉妹。


「え!? 何それ!!」


「ひとつ屋根の下!? 何すかそのナイス刑罰!! ――――だったら弁護人一は被告人の有罪を主張するっス!!」


「弁護人二も!!」


「お前らもう一回最初から教育されろぉおおおおおおおおおおおおッ!! ていうか、弁護してねぇええええええええええええええええッ!!」」


 ぎゃいぎゃいと言い争いを始める良介たち。ギンガですら取り残された形で呆然としている。

 ちなみに良介の周囲を固める護衛部隊からも殺気が漏れ出していた。彼らが命懸けで職務を果たしているのに要警護者は痴話喧嘩。いくら鉄の忍耐力を持つ彼らでもそろそろ怪しかった。


「――――隊長、俺は今、かつて本部長に抱いた嫉妬の感情が復活しています! 申し訳ありません!!」


「あ、ああ、気にするな……」


 護衛小隊の指揮を執るため良介の頭上を飛行するアリオンに、次々と謝罪の言葉が送られてくる。彼自身はあまりにも見慣れた光景のため大した感想も抱かないが、部下たちはそうでもないらしい。或いは噂で聞いた良介の真実を知り、そのせいで憤っているのかもしれない。

 アリオンは自分の感覚がずれ始めているのかもしれないと若干の危機感を抱きつつも、軽く頭を振って前線指揮官としての意識を取り戻した。

 そして自分の頭上に視線を向け、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。


「それにしても、上空の戦況が不味い。このままでは頭を完全に押さえられる」


 アリオンの見る先、航空機の曳く飛行機雲がいくつも曲線を描き、航空魔導師の光跡が幾何学模様を映し出す空は、一切の天体が見えないにも拘らず一定の明るさを保っている。

 だが、そんな空も常に一定以上の敵が群れを成して飛び回り、予定よりも大分高度を落としている第四艦隊の艦艇が、盛んに対空砲火を撃ち上げてそれに対抗していた。

 もっとも、ここが相手の根拠地であるという事を考えれば、相手の数を減らす事にそれほど意味があるとは思えなかった。現に撃ち落とされた敵こそ空に消えていくが、すぐに同じ数の敵が敵本拠地と目される大陸中央の山から飛んでくる。

 それに対して艦隊の物資は有限であるから、このまま時間が経てば確実に絶望的な敗北が訪れるはずだった。二度目の戦いが仮に可能だとしても、これだけの戦力を投入して勝てない相手に、より少なくなった戦力で勝つなど現実的ではない。


「――――せめて主力艦隊が到着すれば…………ッ!!」


 アリオンは言葉の途中で息を呑む。彼の意識内に投影されている警戒域に、明らかに今までとは違う敵の反応が侵入して来たからだ。

 数は千を超え、すべてが飛行型の翼魔。一体でも並の空戦魔導師が手こずる相手だというのに、それが千以上である。アリオンはぐらりと揺れる意識を叱咤し、何とか飛行を続けた。


「――――ミヤモトさん!」


「――? 何だアリオン」


 ブレストの探知機とアリオンの探知魔法では警戒域に大きな差がある。良介は未だ敵の接近を知らなかった。アリオンは良介の余裕のある態度に安心と若干の怒りを感じつつ、敵影接近を伝えた。


「――――マジで?」


「マジです」


 アリオンの言葉を示すように上空の揚陸支援艦が舳先を巡らせ、アリオンが伝えた方向に向けて主砲を撃ち放った。その砲撃を目で追い、遠方で爆光が煌くのを確認して、良介はアリオンに向き直る。


「――――――――やべぇ」


「だからそう言ってるじゃないですか!? 上空の艦じゃ対応しきれません! ミヤモトさんは急いで敵本拠地に!」


「お、おう!」


 アリオンは良介の返事を確認すると部隊の一部を引き連れて上空へと翔け登った。拡大した視覚に黒い雲のような敵の影。彼はデバイスにカートリッジを叩き込んだ。

 吹き上がる魔力の渦。師事して十年、彼の姿は烈火の将に良く似ていた。


「――――上空から一気に突入、そのまま蹂躙する……!」


「はっ!!」


 気合の篭った了解の言葉。それを聞いたアリオンは真っ先に敵の群れへと飛び込んでいった。シルベルシュヴェールトに青い炎を纏わせ、裂帛の喊声を上げる。


「青炎輪舞!! 薙ぎ払えぇえええええええええええええええええええええええええっ!!」


 振り抜かれる青炎の剣。数百メートルに伸張した炎の刃が、敵の軍勢を薙ぎ倒した。











 アリオンの一撃が良介の顔を照らした。

 空に輝く青い炎を見上げ、良介はさらに加速する。

 上空の艦が揃って同じ方向に砲を撃っている。アリオンだけではとても防ぎきれないだろう。


「くそったれ! どれだけ倒せばいいんだよ!」


 良介が際限なく現れる敵に文句を吐く。倒しても倒しても減らない敵に、苛立ちだけが募った。


「――――たぶん、どらだけ倒しても意味はないと思う」


「オットーか」


「あれは『アンラ・マンユ』の細胞みたいなものだから、本体がいなくならない限りは復活し続ける。施設に対して軍勢を差し向けているからこれくらいで済んでるけど、もしも施設が陥ちて軍勢が戻ってきたら……」


「――――――――」


 確実に負ける。

 しかも施設が失陥した時点で再起はない。


「多分、一度にこの世界に出現できる敵の総量は決まってるんだ。でも再生力が段違いだから、ほとんど無限の敵を相手にしてるのと同じ」


「――――くそったれ……!」


「お兄ちゃん! 来たよ!」


 リンディの声に空を見上げる良介。

 その視線の先には、空を埋め尽くさんばかりの醜悪な影がある。


「ちッ! 間に合うか!?」


「無理です! 突破するしかありません!」


 危機管理部の局員が操縦するライトニングボルトのタンデムシートからシャッハが答える。

シートの上に立ち、ヴィンデルシャフトで迫り来る敵を切り払う彼女の顔には明らかな焦燥があった。先ほどから直接敵と刃を交えている彼女には、上空の敵が容易ならざる存在であると嫌でも判る、だからこその表情だ。


「――――先ほど別方面から上陸を開始した部隊に援護を要請しました。あと数分で先発隊が到着するはずです」


 ギンガが勤めて冷静に告げる。だが、その額に浮かぶ汗は決して戦闘だけが理由ではないだろう。その数分間は彼女にとって初めて体験するほど絶望的な戦いなのだから。


「――――――――…………」


 良介はギンガの言葉に沈黙し、汗が滲む手のひらでハンドルを握る。先ほどから沈黙したままのブレストが制御しているサンダーボルトUはその動きに何の反応も示さなかったが、彼はそれにすら気付いていなかった。


「――――やるしかない」


 良介は空を見上げて呟く。

 その軍勢に奥歯がかたかたと音を立てても、気を抜くと膝から力が抜けそうになっても、本能がすぐに逃げろと叫んでいても――――戦うべき時に逃げるなど、死よりも御免だった。

 にっと口の端を引き上げ、良介は後ろを振り向いて命を預ける事になる仲間に尋ねた。


「逃げたい奴は?」


「アタシらはやるっスよ!! リョウスケはしっかり護るっス!!」


「聞くまでもないでしょ、逃げても一緒だし――――」


「借りも返せないだろうが」


 ウェンディ、セイン、ノーヴェが良介に笑い掛ける。ディードも良介の体に回した腕に力を込め、言葉よりも雄弁に決意を伝えてきた。


「――――ボクもやるよ。たぶん、それが一番勝率が高い」


「やるべき事から逃げるなんて、する訳が無い」


「――――――――妹たちにここまで言われてはな、退くなど姉の言葉ではなるまい」


 オットー、ディエチ、そしてチンク。


「ミヤモトさんを残して行ったら何をしでかすか分かりませんから!」


「最後までしっかり付いていきますよ!!」


 ギンガとシャッハ。顔を見合わせ、頷いた。


「他の連中もいいのか?」


 良介はライトニングボルトに乗る危機管理部メンバーと特殊作戦群の面々、そして知らない戦闘服の男たちに訊ねた。


「――――命令、というより俺たちの意志だな。ストラトス一門の実力、あのエイリアンにご馳走してやるぜ。なあ、クソ兄」


「――――――――そうだな。人という種を侮った報い、その滅びで贖わせるぞアホ弟」


 危機管理部と特殊作戦群の男二人が睨み合いながらも良介に親指を立てた拳を示した。いつかは敵だった特殊作戦群だが、この戦いでは間違いなく心強い味方だった。

 良介はそんな二人の様子に苦笑すると、他世界の部隊を纏めていた男に視線を向けた。

 男は良介の眼差しに目を合わせる事無く、ただ呟く。


「――――――――あの男が用意した我々の戦場。ここで戦わねば身内の恥も雪げん」


 良介には意味の分からない言葉。だが、男の決意だけはしっかりと理解できた。


「――――――――」


 絶望的という言葉すら生易しい状況で、良介は人の意志の強さを再確認した。そして、その意志を束ねる事ができる力を持つ彼がその戦いの中心にいるという事実。


「――――――――戦い、か」


 戦いがヒトの業ならば、それも良いではないか。

 ヒトはあらゆるものと戦う力を持った生き物、それこそがひとつの真実だ。


「――――…………」


 良介は息を大きく吸い込み、敵を見る。

 相手に取って不足無し、世界を救いに行くのなら越えるべき試練でしかない。

 やれるものならやってみろ、そう簡単にすべてをくれてやるものか――――人は、戦う生き物だ。


「――――――――行くぞぉッ!!」


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 良介の叫びに応え、あらゆる世界の戦士が敵中に飛び込む。

 男女の別も無く、ましてや種族や思想の差も無く、ただヒトとして生きる為に――――
















「四十五ぉッ!!」


 良介は騎馬武者のように剣を振り、右手より飛来した翼魔を切り捨てた。サンダーボルトUの車体は傷付き、一部の装甲板はすでに剥離してしまっている。それでも速度を落とさず走り続けるタフさは、やはりあのサンダーボルトの直系であると良介に思わせた。


「オットー、そっちはどうだ!?」


「どうもこうもないよ! やらなきゃやられるだけ!」


「判り易くて大変結構!!」


 オットーの投げ遣りな返答に怒る事も無く、良介はむしろ笑みさえ浮かべていた。絶望するしかない状況でも信じ抜ける仲間、それが背中を護っているのだ。これが笑わずにいられるか。


「リンディ! ウルスで連中消し飛ばせ!!」


「りょーかい!! ――――――――ぶっ飛べコウモリモンスター!!」


 皮膜状の翼を持つ翼魔を指した言葉だろう。リンディはトリガーヴォイスを叫んで敵を吹き飛ばす。"方舟"の端末だけあって、ウルスラグナは敵に対してもっとも高い戦果を上げている。だが同時に、リンディと良介は敵の集中攻撃の対象とされた。

 剣を振るって群がる敵を払い除ける良介。リンディも複数の魔法を使いこなして迎撃を続けた。


「四十九!! もうそろそろ飽きてきたぞ俺は! もっと変化のある敵はいないのか!?」


「お兄ちゃん! そんなこと言ってると本当に――――――――って、きたああああッ!!」


 リンディが敵の飛び交う空を見て絶叫する。

 良介たちも同じように空を見上げ、絶句した。

 いつか良介の戦った傀儡兵より巨大な人影。それが彼らの頭上に姿を現していた。


「――――――――く、クーリングオフ……」


「できるわけ無いでしょ――――ッ!!」


 リンディの命懸けの突っ込み。

 その言葉に合わせるように、敵巨大兵がその身に似合わぬ速度で突っ込んできた。


「って、まてええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!」


 慌てて加速する良介。

 だが、サンダーボルトUは所詮地上を走る車輌だ。空を飛ぶ巨大兵に勝てる訳も無かった。あっさり追いつかれ、巨大兵が拳を叩きつけようと振りかぶる。


「だから待てぇえええええええええええええええええええええええええええええッ!!」


「お兄ちゃん!!」


 護衛部隊から飛来する魔法も、その不定形の体に吸収されて意味を成さない。リンディの持つウルスラグナの攻撃だけが巨大兵の体を削り取るが、ろくに詠唱もしないその術に巨大な体すべてを一度で滅ぼせるほどの威力はなかった。

 必死に回避を続ける良介。彼の周囲に何発も降り注ぐ拳は、一度でも当たれば終わりだ。


「お兄ちゃん! 逃げてっ!!」


「もう逃げてる! ていうか、何とかしろ丸いの!!」


『――――――――』


 サンダーボルトUの制御系を握るブレストに呼びかける良介。だが、反応は無かった。


「――――――――壊れた?」


「役に立たねぇええええええええええええええええええええええええッ!!」


 オットーの呟きに良介が絶叫する。

 しかし、返事など返ってこないと思われたその言葉に、しっかりとした声で返答が為された。


『――――――――壊れてなぞおらん、失礼な』


「だったらどうにかしろよ!?」


 良介の悲鳴。

 ブレストはそんな良介に溜息を吐くと、答えた。


『――――――――判った』


「――――――――へ?」


 思わぬ返答に呆然となる良介。

 それでもブレストは至極冷静に良介と周囲の者すべてに命令した。


『伏せろ』


「は?」


 全員が同じ顔でブレストを、正確に言うならブレストを身に着けている良介を見た。

 意味が分からない。だが、ブレストは質問を許さなかった。


『――――死ぬか伏せるか、決めろ。さっさとな』


「――――!!」


 冗談を言う機能がないブレスト。ここに至り、良介たちは慌てて身を低くした。飛行中の者は地面すれすれまで高度を落とす。

 そして、巨大兵の拳が振り下ろされる。今度は、間違いなく直撃コースだった。


「――――ッ!!」


 顔を引き攣らせる良介。

 そんな彼を、巨大兵の影が――――否、さらに巨大な影が覆った。


<――――天上天下、森羅撃滅……>


 通信から洩れ聞こえる声。それは、この作戦の最高司令官のもの。

 そして上空の巨大な影は、第一艦隊旗艦『デウス・エクス・マキナ』だ。


<――――穿撃せよ>


 『デウス・エクス・マキナ』艦底部のハッチから見える虹色の光。良介の魔力光と良く似たその光は、通信の声と共に強さを増していく。

 やがて、光が良介たちを照らすほど強くなると、通信の声はただ一言――――


<――――――――ライジング・ジェノサイダー>


 滅びを断じた。











 虹色の光。『デウス・エクス・マキナ』から発射されたその穿光は、一瞬にして巨大兵のを消し飛ばした。

 それどころか良介たちに群がる敵を一挙に薙ぎ払い、消滅させていく。


「――――――――あいつ、切れてね?」


「――――――――今の魔法、レティが術式開発してるの見たことあるような……」


 どちらにしろ途方も無い威力だった。

 "方舟"の力を使った広域殲滅砲撃。"方舟"本体を擁するリュウトとレティだからこそできる一撃だ。良介とリンディはあくまで前線での直接戦闘がメインであり、高出力の魔法に関しては詠唱時間などの問題で使用を諦めていた。


『――――艦の動力を直接マスターの持つ砲に繋いで撃っているらしい。正直、あまり保たんぞ、マスターも』


「そう言う事は早く言えよ!!」


 良介以外にも同じ台詞で突っ込みを入れる者多数。護衛小隊や特殊作戦群の人員までもが声を上げていた。


『マスターは最後の手段に打って出た。時間は無いぞ』


「あ、あのヤロウ……! この期に及んでも俺に尻拭いをさせる気だな!」


『マスターが貴様の尻拭いをした方が多かろう。さっさと進め』


「はいはい!」


 ブレストの冷たい対応も良介にとっては慣れたもの。適当に言葉を返して加速する。

 そしてようやく、敵本拠地とされる巨大構造物の入り口が見えてきた。山に刻まれた割れ目のようにも見えるが、内部まで繋がっていると探知魔法から分かっている。


「リョウスケさん、そろそろ内部に突入します」


「ああ、お前らも気合入れなおせよ!!」


<了解!!>














 良介たちの突入より遡る事十五分前、敵地上空へと降下した『デウス・エクス・マキナ』の中央戦闘指揮所では突入部隊への援護を行おうとするリュウトを幕僚たちが必死に止めていた。


「閣下! 総司令官が前線に出るなど時代錯誤もいいところ! 自重してください!」


「彼らを見捨てる事は我らの敗北そのもの、ここで出し惜しみをする訳にもいくまい」


「それはそうですが……」


 リュウトは"方舟"の力を使える四人の内の一人だ。そして四人の中でも最大級の攻撃能力を持っている。その力を使って良介たちを掩護しようというのだ。


「幸い試作型の魔導砲が完成している。あれならこの艦の主機に直接ラインを繋いでエネルギーの確保も可能だ、私の魔力は制御のみに使えばいい」


「『オートクレール』を使うおつもりですか!?」


「問題はない、実験も済ませてある。"方舟"とのリンクもレティさんがやってくれた」


 幕僚たちは意志を曲げないリュウトに、唸り声にも似た吐息を吐く。

 司令官の役目をこれ以上ないほどに知るリュウトがなぜここまで間違いに拘るのか、それは他人ではできない。そしてどうしても必要だからという理由がある。


「君たちの言っている事は正しい。だが、私はここで前に立たなければならない」


「――――――――閣下……」


 リュウトの眼差しに、幕僚たちは諦めの色を濃くする。ここまで軍勢を率いてきただけあって、作戦前よりもなお意志の力は強くなったように思えた。


『――――――――責任から逃れず、それでも立つというのなら、それは君の背負える責任の限界だろう』


 突然の声に、リュウトと幕僚が揃って虚空のモニターを見上げる。そこには、同じように地上へと降下した第二艦隊旗艦『カルブリヌス』に座乗している老将の姿があった。


『――――それでも行くのかね?』


「はい、私がどこにいようとも、私はこの戦いのすべての責任を負います」


 リュウトはモニターを真っ直ぐに見上げ、しっかりと肯いた。子供のような理屈を大人が通すには、それ相応の覚悟がいる。リュウトに浜違いなくその覚悟があった。

 じっとリュウトを見詰め、数秒の後、老将は苦笑と共に餞の言葉を送った。


『――――――――ならば君にしかできない事をしたまえ。それが終わったら、私が直々に説教しよう。それまでは私が君の代理を務める』


「は、ありがとうございます」


 リュウトは老将に頭を下げると、背後に並ぶ幕僚たちに向き直り一言謝罪した。


「――――――――世話を掛ける」


 困ったように顔を見合わせる幕僚たち。その中の一人がリュウトの前に立つ。


「閣下の今の戦場は、ここではない。そうでしょう?」


「――――――――ああ」


「ならば、閣下は総司令官としての責任に於いて先頭にお立ちください。古の王のように戦士たちの先頭に立ち、勝利へと導いてください」


「――――――――分かった」


 リュウトは幕僚たちの顔をひとりひとり確認し、そこに込められた激励の言葉を感じ取る。これ以上無いほどの幕僚たちだ、リュウトはそう思った。


「艦隊指揮権は幕僚長へと委譲。だが、係る責任はすべて私が請け負う。君たちは第一艦隊と世界を護り抜け」


「は! 了解しました!」


踵を揃えて敬礼。

リュウトは幕僚たちに見送られながら制服を翻して中央戦闘指揮所を後にした。














 『デウス・エクス・マキナ』艦底部物資搬入口。

 六枚の板を六角形状に束ねた白い砲身。その両側に取り付けられたスリットと後端の排気孔から真っ白い蒸気が噴出した。

 リュウトは抱えるように保持している試作型重砲戦特化火砲『オートクレール』の状況を視界の隅に投影したモニターで確認する。

 結果は異常無し。若干の強度低下が見られる砲身は元々交換方式の使い捨てである。リュウトの背後にはその予備砲身が十二基納められたコンテナが置かれ、耐用限度に達して本体に悪影響を及ぼす前に交換すれば良い。


「―――――――」


 初撃は充填率三五パーセントの一撃重視。砲身の強度低下もそれに見合った数値で済んだ。試作兵装としては合格点と言ったところだろう。

 危機管理部の技術研究部門で開発されたオートクレールは、開発段階からデバイスという分類はされていない。使用するのが魔力では無く、そのため砲手が魔導師である必要が無いからだ。

 場合によっては質量兵器と分類される可能性もあるオートクレールだが、元々実戦に投入される可能性はあまり無かった。所詮試作兵装で本来は艦艇用の砲煩兵器として開発されていた事が理由だ。

 しかし、戦技教導官としてオートクレールの開発に携わったリュウトが個人携行兵器としての有用性を示し、再設計を行う事になる。その際リュウトから『オートクレール』の名前を開発コードとして与えられ、その後、正式な名称として登録された。


「エネルギー変換も良好、レティさんの仕事は完璧ですか」


 リュウトはオートクレール後部から艦内部へと繋がるエネルギーケーブルを見る。その中には艦のジェネレータから取り出したエネルギーを、レティの管制する"方舟"で変換した特殊なエネルギーが流れていた。

 そのエネルギーはこの世界の人間に制御できないという特徴があり、一度"方舟"による転移を経験したリュウトと良介だけがこの世界の人間としてその力を扱う事ができた。だが、ミヤのいない良介では満足に力を扱いきる事は不可能だ、得意とする剣術から派生する術式ならともかく、砲術式となれば良介の手には余る。

 だが、こうして後方から援護するのなら、これほど便利な武装は無い。


「――――――――」


 閃光。

リュウトは搬入口に迫った敵を無言で撃ち抜いた。充填率三パーセントの速射モードではあるが、艦の潤沢なエネルギーを使えるだけあって威力は高い。陸上戦闘車輌に搭載する事も可能で、戦車砲としても地上部隊の選考に挙げられたほどの完成度だった。

だが、先の事件によって地上本部の発言力と武力強化への意思は失墜した。オートクレールの制式採用は無期延期となり、このまま消滅すると考えられている。


「――――――――」


 続けて三射。

 地上に向けて放たれた閃矢は上陸部隊に襲いかかろうとしていた敵の群れの中央で炸裂。上陸部隊のいる方向以外すべてに飛び散り、光の破片が影色の悪魔たちを切り裂いた。

 そこで警告音。

 リュウトは視界内のモニターに目を向け、オートクレールの砲身が熱によって変形した事を確認する。最初の一撃が大きな負担になっていたのだろう、想定内とはいえ予想よりも保たなかった。


「――――――――」


 リュウトは銃把を持つ両手のうち左手を砲身と砲本体の接続部に伸ばした。折りたたまれていたレバーを引き起こし、引き下げる事で固定を解除。そのまま一気に手前に引き寄せる。

 爆発と言える勢いで膨大な量の蒸気が噴出し、砲身が分離。分離された砲身を重力制御で操り、搬入口から侵入しようとした一体の翼魔に質量弾として叩き込んだ。

 その間にコンテナから新しい砲身を取り出し、本体に接続。逆の工程を経て固定する。接続されたパイプを通って循環冷却剤が砲身と本体を巡り、その熱を奪い取った。


「――――――――」


 それを確認すると、リュウトは躊躇い無く搬入口から空へと飛び出した。リュウトが位置を固定すると、危機管理部所属の無人制空戦闘機がリュウトの両側を通過し、轟音を残して空へと駆け昇って行く。

 リュウトは探査魔法の警戒範囲を広げながらそれを見上げ、『デウス・エクス・マキナ』に通信を繋ぐ。すぐに女性の通信士がそれに応えた。


「――――――――アルヴィス00よりCCIC、これより実効射に移る」


『――――了解。幸運を……』


「ああ、ありがとう」


 通信を切り、リュウトはオートクレールを抱え直した。右手の銃把にある引き金に指を掛けると、砲身ひとつを使って行った試射のデータを纏め上げた。

 これですべての情報は集まった。後は、上陸部隊の援護を行いながら突入部隊の動きに対応していけば良いだろう。だが、エネルギーケーブルの長さには限度がある、『デウス・エクス・マキナ』から離れてそう遠くには行けないのだ。その見極めを誤ってはならない。

 リュウトはバリアジャケットを翻すと、オートクレールを構えた。

 巨大な影――――遊弋するエイのような形状の敵が、リュウトに向けて突き進んできてからだ。しかし、リュウトにとってはそう問題になる相手ではない。

 射手の意識に従い、オートクレールに虹色の魔力が込められる。


「さて、とりあえず――――」


 リュウトは構えたままの姿勢で呟き、次の瞬間には引き金を引いていた。


「――――踊りましょう、どちらかが果てるまで、ね」














 良介たちは遺跡と呼ぶにはいささか生物的な回廊を突き進んでいた。先ほどの戦闘で機能のほとんどを損傷したサンダーボルトUからはすでに降りており、同じように車輌を失った他の突入部隊メンバーも自らの足で進んでいる。

 時折迎撃に出てくる敵もいるが、それも散発的で障害にはならない。それが嵐の前の静けさだという事はここにいるすべての人間が分かっていたが、誰もそれを口にしなかった。


「――――おい丸いの、外はどうなってる?」


『主力艦隊が到着、上空を制圧してそのまま死守している。お前たちが戻るまでは何とか保たせるだろう』


「そうか……」


 良介はほぼ全力で走りながらブレストの言葉に頷いた。どちらにしろ、ここまで来てしまえば信頼するしかない。時折外の戦闘の影響で地響きが彼らを揺さぶっても、それ以外にできる事は無いのだ。


『――――――――む、敵、二時方向上』


「はーい!」


 リンディがブレストの警告に虹色の光弾を複数発射して応える。暗がりとなっている回廊の上方から攻撃を仕掛けてきた数体の小型翼魔と蟹に似た甲殻型の敵――――管理局分類名、甲魔――――が光弾に触れた瞬間、飛沫となって消滅した。

 "方舟"によって存在固定された敵は通常の魔法や物理的な攻撃でも倒す事ができるが、リンディや良介の攻撃は別格だった。良介の剣や拳に触れただけで低級の影は消滅し、リンディの魔法に至っては集団を丸ごと消し飛ばす威力もあった。


「――――すげーな……」


 ノーヴェがリンディの一撃を見て感嘆の声を上げた。彼女自身先ほどから何体もの敵を消滅させて来ているが、それでもリンディには及ばない。『アンラ・マンユ』の天敵としての力を振るうリンディたちは、この集団で間違いなく最大戦力だった。

 ただし、これはあくまで『アンラ・マンユ』を敵にした場合で、それ以外の状況ならノーヴェの方がリンディより何枚も上手だろう。


「ノーヴェ、後ろ!」


「ちッ!」


 旋回。そして振り抜く拳。

 回転の力を威力に変換された一撃が甲魔の腹に突き刺さる。すぐに拳を引き抜き、背後に迫った同型の甲魔に回し蹴りを打ち込んだ。

 さらに頭上から迫る一体。ノーヴェの反応よりも早く攻撃を繰り出せたはずのその一体は、明後日の方向から飛来したエネルギー弾に頭部を撃ち抜かれた。


「まだまだっスね」


「うるせい」


 ボードを構えたウェンディのにやにやした顔に一睨みをくれ、ノーヴェは再び移動を開始した。その隣に並んだウェンディが文句を言う。


「助けてもらったのにお礼の一言もなしっスか。ひでえ姉っス」


「――――――――」


 妹の言葉に苦虫を噛み潰したような顔をするノーヴェ。そのままもごもごと口を動かしていたが、件の妹の背後に影が滲み出たのを見て瞠目した。


「っく!!」


 一瞬だけどうするべきか考え、すぐに答えを出した。

 ノーヴェはその場で跳躍――――ウェンディのライディングボードに手のひらを押し付けて倒立――――


「っておわ! 何するんスか!?」


「黙ってろ妹!! 頭下げろ!!」


 そのままジェットエッジのノズルから噴射炎を撒き散らして回転。ウェンディは慌ててボードに伏せ、その段階でようやく自分が敵に狙われていた事を知った。


「ぶっ飛べッ!!」


 ブレイクギアの咆哮。甲魔はその一撃をもろに食らい、回廊の壁に叩き付けられた。

 それを確認してライディングボードから飛び降りるノーヴェ。再び走り出して溜息を吐くと、ついてきた妹ににやりと笑った。


「――――――――お礼は?」


「――――――――か、貸し借りなしっス……!」


 文句ありげにむくれるウェンディだが、ノーヴェはそんな事を気にしなかった。ただ声を出して笑い――――


「姉妹は助け合うもんだ、そうだろ!」


「――――そうっスね、その通りっス!」


 前方に出現した敵に突っ込んだ。ウェンディが誘導弾で射撃を行い、その突撃を援護した。


「やるぞウェンディ!」


「任せろっス!!」


 怒涛の射撃。その弾幕の一発一発の軌道を知り尽くしているかのように、ノーヴェは弾雨を潜り敵に肉薄した。


「アタシら姉妹――――」


「なめてもらっちゃ困るっスよ!!」


 次々と消し飛ぶ甲魔や翼魔。

 その後、彼女たちはたった数秒の接触で敵を殲滅し尽くした。














 突入から一時間が経過した頃、良介たちはようやく目的地に辿り着いた。

 目的地――――『アンラ・マンユ』の本体がある場所である。

 曲がりくねった回廊をひたすら走り、時に敵を殲滅し、時に敵をやり過ごし、ただ前だけを見て進み、分岐路ではリンディとレティを繋ぐラインから情報を得て正しいと思われる道を選んだ。

 ここにくるまでに何人もの護衛要員が脱落したが、同じように突入した後続部隊に救助されているはずだ。しかし、この作戦開始から考えれば、多くの人命が失われている事は間違いない。

 浮遊大陸に辿り着くまでに犠牲となった艦。この本拠地に辿り着くまでに斃れた者。そして、この本拠地内部に突入してからも誰かが犠牲になっているだろう。

 そしてヒトと云う種はこの戦いが始まる前に多くの同胞を失っている。


「――――――――」


 ――――その犠牲すべての果てに、良介はそこに立った。

 がらんとした何も無い空間。天井は見えず、半球状になった空洞がただ在るだけのその場所は、キャロのヴォルテールが自由に飛行できるほど広かった。

 ただ、壁の材質はひどく生物的で、良く見れば細かく脈動していると判る。床こそ硬質の材質でできているが、今まで見た事が無いような模様が描かれており、それは人に本能的な嫌悪感を与えて止まない。


「――――――――」


 良介はそのままゆっくりと歩く。

 ここまで辿り着いた護衛要員とギンガ、シャッハとナンバーズが後に続き、通信によれば後続部隊も近付いている。後顧の憂いが無いとは言い切れないが、それでも前だけを見る事はできた。

 そして、彼は暗がりの中で見る。


「――――――――ッ!!」


 『アンラ・マンユ』の本体。

 すべての元凶を――――――――














 時を同じくして、リュウトは良介たちの突入した巨大構造物の直上にいた。

 すでに立ち回る場所を『デウス・エクス・マキナ』の上部甲板に移し、ケーブルは甲板に接続されている。


「――――――――っああああああああああッ!!」


 対空砲火を潜り抜けた大型の翼魔を一撃の下消滅させ、次の一発で斜め下方から艦を狙った大型甲魔――――昆虫型――――を撃ち抜く。続けて自分の周囲に滞空させた誘導操作弾を放出し、空を爆光で彩った。


「はぁはぁ……ぐ……はぁ……はぁ……ッ!」


 額から流れる血と汗を幾つかのパーツが吹き飛んだバリアジャケットの袖で拭い、リュウトは空を睨んだ。

 減らない敵、先ほどから聞こえてくる通信はどれも味方の窮状を知らせてくる。艦隊はその総数を出撃時の四割に減じ、その数字は今この瞬間にも減っていた。

 忌々しげに敵の軍勢を睨んだリュウトだが、オートクレールの砲身が変形している事に気付き、それを分離。コンテナから予備砲身を浮き上がらせ、変形した砲身を極超音速にまで加速して前方に撃ち出した。

 その一撃で前方の敵集団に穴が開いたが、それが一秒と待たずに埋められると、リュウトの顔はさらに厳しくなった。無言で砲身を取り付け、諸々のラインが接続されたのを確認して構える。


「っく!」


 そして一射。

 前方から艦に突入して来た数体の翼魔が一度に吹き飛んだ。

 だが、リュウトの意識に疲れから盲点が生じた。

 そして、そこに『アンラ・マンユ』の差し向けた刺客が潜り込む。


「――――っ!!」


 リュウトは背後に現れた気配に背筋を粟立たせ、オートクレールを構えながら振り向いた。

 そして――――


「な――――」


 その瞳を驚愕に見開き――――


「――!? ッぐぁ……!!」


 腹部を貫かれた。














 良介は目の前に現れた存在に驚きを隠せなかった。

 世界の最果てのさらに奥、まるで光の無いかのような漆黒から姿を見せたのは、彼の隣に立つリンディと同年代の少女。

 闇色の髪と同色の瞳、そして冷たく引き結ばれた唇が良介の意識に食い込んできた。


「――――――――にん……げん、だと……?」


 良介はふらつき、リンディに支えられた。遠のいた意識が回復した時、良介は少女の両手にある見慣れた存在に目を奪われた。


「ウルス……! ミスラも!」


「どうして……」


 リンディも良介と同じものを見て硬直した。自分とレティだけが持つ"方舟"の端末。製造されたのは数年前だが、それ以降予備機すら作っていない。

 つまり、そこに存在するはずのないデバイスだった。


『――――――――』


「――――――――え……?」


 少女は口を動かし、リンディを見た。それと同時にリンディが崩れ落ちる。


「お、おい!」


 良介が慌ててその体を支えたが、リンディは茫洋とした瞳で少女を見るだけで良介の顔を見ようともしない。

 ただ、その口が真実を洩らした。


「――――――――あの子は…………前の戦いの……巫女……」


「何ッ!?」


 良介が少女を見る。同じように、ギンガたちも少女に驚愕の視線を向けていた。


「――――――――前の戦いの時、生き残った仲間を逃がすために…………ここに残ったんだって」


「あいつの、言葉が分かるのか……?」


「…………うん、なんとなくだけど……」


 リンディは"方舟"とラインで繋がれている。先の戦いに於いて同じ役目を負った少女の言葉を理解する事ができても不思議ではなかった。

 少女は沈黙の言葉を続ける。


「虚数空間に落ちながらもあの子はずっと『アンラ・マンユ』戦い続けて、でも、次元の壁を越えた衝撃に彼女の体は耐えられなくて……」


「――――――――」


 死んだ。

 ただ独り仲間を救い、そして死んだ。

 誰も彼女の死を知らず、誰もその死に興味を抱かず、誰もその死を悲しまない世界でその肉体が崩れ去る恐怖を抱いて死んだ。


「――――――――」


 リンディの言葉に、誰もが沈黙するしかなかった。

 "方舟"という装置なしで人間は次元の壁を越えられなかったのだろう。少女の顔に悲しみは無いが、その表情に浮かぶ虚無は良介たちを打ちのめす。


「――――それで、どうしてあいつが……」


 この世界を滅ぼそうとするのか――――良介は少女に目を向けてリンディに問う。

 リンディはしばし逡巡し、口を開いた。


「――――――――あの子の意思じゃない……そう言ってる」


「――――何だと?」


 良介はリンディを振り返った。

 同じように向けられた幾つもの視線に耐えながら、リンディは続けた。


「あの子の意思は、もうほとんど残ってない。今この時だけ――――リュウトお兄ちゃんに『アンラ・マンユ』の意識が集中している今だから、あの子は……! どうしようお兄ちゃん! リュウトお兄ちゃんが……!!」


 リンディの悲鳴と同時、少女が虚空を撫でると、良介たちの頭上に外部の映像が投影された。

 そこに映っていたのは、腹部を貫かれ崩れ落ちるリュウトと、その体に自らの腕を突き刺した――――


「――――アニー!?」


 いてはならない場所に立ち、あり得ない筈の光景を作り出した人物に、良介は驚愕と――――身を引き裂かれそうな悲しみを覚えた。














「――――ぐ―――が……」


 リュウトは驚愕から悲しみへと表情を変化させ、自身よりも遥かに小さなその身体を抱きしめるようにして崩れ落ちた。

 水音と同時に膝が落ち、リュウトはその人物の胸に顔を押し付ける形になる。その瞬間、咳き込むリュウトの口から鮮血が溢れ出た。


「――――あ……アニー……さん……」


 リュウトの言葉に反応したわけではないだろうが、アンジェリーナは自らの良人に突き刺した腕を引き抜く。

 再び咳き込むリュウト。先ほどとは比べ物にならない量の赤がアンジェリーナの身体を濡らした。それから逃れるように一歩下がるアンジェリーナ、支えを失ったリュウトの身体が甲板に倒れた。

 リュウトを中心に広がる赤い湧水。


「――――――――!」


 苦しげに、細かく重なる呼吸。リュウトは自らの身体から溢れた鮮血の先に、オートクレールが転がっている事に気付いた。

 だからと言って何かができる訳ではない。


「――――――――君たちも、いたのか……」


「――――――――」


 リュウトを囲むように立つ四人の女性。アンジェリーナ、シグレ、エヴァ、ゆりえ、その誰もがリュウトを無表情に見詰めていた。

 悲しみも怒りも、軽蔑や落胆も無い。ただ、無だけがある。


「――――――――……は……」


 リュウトは腕を付き、上半身を起こそうともがく。震える腕で必死に起き上がろうとする彼の腹に、一瞬で距離を詰めたシグレの蹴りが叩き込まれた。


「が……あ……ッ!」


 魔力で強化された一撃。リュウトの身体がくの字に折れ曲がり、吐息と呻きが混じった声がリュウトの咽喉から絞り出される。

 そのままリュウトの身体は数回甲板を跳ね、赤い軌跡を残して滑り、止まった。


「――――――――」


 動きを止めるリュウト。そんな姿を見ても表情を変えず、アンジェリーナたちはゆっくりとリュウトに近付いていった。













「何であいつらがここにいる!? しかも、リュウトを……!」


『――――――――!!』


 良介の言葉に応えようとした少女の顔が苦痛に歪む。

 身体を抱え、何かに耐えるように蹲った。


「おい!」


 その様子に慌てたノーヴェが少女に近付く、だが――――


「――!? ノーヴェ、下がれ!!」


「な!?」


 良介の言葉に驚きながらも、ノーヴェは一気に飛び退る。少女から距離を取り、ノーヴェは良介に理由の説明を求めた。


「どういう事だ!?」


「――――良く見ろ、あれは……今までのあいつじゃねぇ……」


「――――ッ!?」


 ノーヴェの顔がくしゃりと歪められた。彼女にも判ったのだろう、少女の気配が今までのそれとは大きく変わったのを。

 ゆらりと立ち上がる少女。

 顔を上げ、口を動かした。


『――――――――我ハ、アノ男ノ望ミヲ叶エテヤッタダケダ』


「な……!」


 良介は再び瞠目する。

 耳障りなノイズ状の声。だがそれは、確かに少女の口から発せられていた。


「お前……! まさか……」


 『アンラ・マンユ』

 良介はその正体を本能的に悟った。

 彼の中の何かが告げている。"これ"は、自分たちの敵だと。


「『アンラ・マンユ』!!」


『――――――――ソレガ、オ前タチノ名付ケタ我ノ個体名称カ。不便ナモノダナ、存在ガ多イトイウノハ』


 『アンラ・マンユ』は唯一存在。同じ種は存在しないのだ。


『ソモソモ、コノ思考トイウモノガ無意味ダ。最初カラスベキ事ヲ決メテオケバ、悩ムナドトイウ無駄ナ事ヲセズニ済ムモノヲ』


 少女の姿をした"それ"は、その顔に嘲笑を浮かべていた。感情と言うものが存在しないと言われてきた『アンラ・マンユ』の思わぬ言葉と表情に誰もが動揺した。

 ただそんな中、リンディだけが静かに『アンラ・マンユ』を見据えている。


「――――――――『アンラ・マンユ』は、わたしたちを"敵"と認めた」


「何?」


「前回も今回も、自分に対抗してきた人類を自分の存在を脅かす敵として認識したの。だから、『アンラ・マンユ』は取り込んだ人たちから人間という種の情報を抽出して、こうしてわたしたちと話している」


「――――本当なのか?」


 リンディは頷いた。


「――――あの子が言ってる…………『アンラ・マンユ』の中で、消えそうな意識で必死に伝えてきてる」


 少女の意識は、すでに消える直前だった。

 肉体は遠い昔に滅んでいる。その後『アンラ・マンユ』に無理やり合一されることで意識を保ってきたが、それも限界だった。少女は、この最果ての地で朽ち果てる。

 沈痛な表情で少女を、その姿をした『アンラ・マンユ』を怒りの眼差しで見る一同。そんな彼らの感情を逆撫でするように、投影された映像を見上げながら少女が口を開いた。


『――――コノ男ハ、自ラヲ罰シテ欲シイト願ッテイタ。我ハ、ソレヲ最高ノ形デ叶エタ。ソレダケノ事ダロウ』


「あいつが……! だが、それは……」


『貴様ノ意見ナドドウデモイイ。現ニ、アノ男ハ戦エナイデハナイカ』


 映像の中で、リュウトの体が空中に跳ね上げられた。アンジェリーナの一撃で浮いたリュウトの身体を、シグレの月光が切り裂く。


「――――ッ!!」


 飛び散る赤い液体に何名かが目を逸らした。到底受け入れられる光景ではない、彼女たちはもっともリュウトを愛し、もっとも愛された者たちだ。世界すべてが敵になってもリュウトの味方であり続けるだろう彼女たちがリュウトを殺そうとするなど、あり得ない、あってはならない事だ。

 映像を見て絶句する良介たち、そんな中で、『アンラ・マンユ』に攻撃を仕掛けた者がいた。

 空気を焦がすような独特の発射音。良介はその音に驚き、自分の戦闘衣に接続されていたはずのブレストがいなくなっている事に気付いた。


『――――貴様ぁ……ッ! マスターのみならず、奥方やシグレ、エヴァまでも愚弄するか!!』


 射出される電撃。だが、ブレストが『アンラ・マンユ』に放った攻撃は、その直前で壁に当たったように砕け散る。

 それでも狂ったように攻撃を続けるブレスト。今まで見たことも無いようなその姿に、良介たちは全く身動きができなかった。


『マスターたちがどれほど互いを想っていたか、どれほど大切に思っていたか、どれほど……どれほど……!!』


 すべてを知っている。

 どれだけの想いが彼らを繋いでいたか、どんな想いで相手を見詰めていたか、ブレストはほぼすべてを知っている。


『我の稼働時間の中には、マスターたちの想いが満ちているのだ! こんな作り物の我を家族と言い、まるで親や兄のように我を慕ってくれたマスターたちをお前は……!』


 人間でなくて良かったと思った。

 機械であって良かったと思った。

 忘れずにいられる、ずっと共に要られる。

 子々孫々に、リュウトたちの想いを伝えられると思っていた。


『なぜ殺したとは言わん! だが、彼女たちの想いを愚弄する事だけは赦さん!!』


 ブレストは小さな身体に殺気を漲らせ、『アンラ・マンユ』に特攻を仕掛けようとする。だが、そんな彼の前に良介の背中が立つ。


『宮本……! 邪魔をするか!』


「――――――――しねぇよ。別にな」


『何!?』


「だけどな、お前の怒りはお前だけの怒りじゃねぇ。後ろ見てみ」


 良介の言葉に振り向くブレスト。

 その先には、デバイスを構えて歯を剥き出しにして憤怒の形相を浮かべる護衛部隊の面々と、同じように怒りに満ちた顔をしているギンガたちの姿があった。


『――――――――』


「知ってるんだよ、あいつらがどんだけ周りを気にせずいちゃついてたか、こっちが恥ずかしくなるくらい相手を好きだったか、相手の事がどれだけ大事だったか、そいつらとどれだけ一緒にいたいと思っていたか……!」


 良介は静かに剣を抜いた。

 そして構え、切っ先を『アンラ・マンユ』に向ける。


「――――――――お前が人の感情を知ってくれて良かったぜ。楽に死ねると思うな。俺の故郷にはな人の恋路を邪魔するやつは、馬に蹴られて死んじまえって言葉もあるんだ。生憎馬はいねえが…………馬より怖い奴らはこれだけいる――――」


 ブレストはゆっくりと良介の顔を見る。

 そして、そこに宿る地獄の劫火に回路が停止するような錯覚を覚えた。


「――――返せなくなったと思ってた借り、返す機会をくれて感謝するぜ。お礼に…………」


 良介がかちゃりと剣を鳴らした。

 それに合わせるように、背後の全員が己の得物を構える。


「――――――――…………一片も残さず消滅させてやる」













 レティは自らの身体で押し上げるように上部甲板へ繋がるハッチを開いた。

 防御フィールドに覆われているとはいえ、この高度になれば地上とは比べ物にならないほど強い風が吹いている。大きく乱れた髪がその視界を遮り、彼女は苛立ちながらその髪を押さえる。そして、その先に広がる光景に言葉を失った。


「――――お、お兄ちゃん……!」


 リュウトは上空でシグレの一撃を受け、そのままの勢いで甲板へと落下した。落下によって発生した衝撃波がレティを襲い、彼女は両手で自らを庇いながらリュウトへと走った。


「お兄ちゃん!」


 陥没した甲板。その中心に横たわるリュウトの身体からは、今も貴重な血液が流れている。レティはリュウトに駆け寄り、治癒魔法を掛けようと意識を集中した。

 だが――――


「ッ!!」


 レティのすぐ近くにエヴァの放った光弾が着弾する。瞑った目を開き、レティは長杖を持ったまま無表情にこちらを見るエヴァを睨んだ。


「――――どうして……どうしてあなたが……」


 そして、アンジェリーナたちのその瞳を見てすべてを理解する。

 彼女たちがリュウトにとってどんな存在だったのか。

 リュウトにとって彼女たちがどんな存在だったのか。

 同じ気持ちを抱くからこそ、彼女たちの行動が『アンラ・マンユ』に歪められていると理解できる。


「――――お兄ちゃん、どうして戦わないの……?」


 レティはリュウトの頭を撫で、その耳元で囁いた。

 アンジェリーナたちは動かない。何故だろうと思うよりも、それは当たり前だと思えた。

 仮に彼女たちが以前の意識を僅かでも残しているのなら、レティの邪魔をするはずが無い。それが『アンラ・マンユ』に逆らう事だとしても、彼女たちならそれができる。


「――――皆、悲しんでるよ? お兄ちゃんが傷付いて、お兄ちゃんを傷付けて、お兄ちゃんが――――お兄ちゃんでいる事をやめようとしているから……」


「――――――――」


 リュウトの身体がぴくりと動く。

 両手の指が動き、甲板を掻いた。


「お兄ちゃんは戦う人。誰かの代わりに、誰かの想いを背負って戦える人だよ。だからあの人たちはお兄ちゃんが好きで、お兄ちゃんを支えたいと思った」


「――――――――」


 リュウトの手が何かを求めるように動いた。

 その手は数回空を掻き、甲板に押し付けられた。

 レティは自らのジャケットにリュウトの血が染み込む事も気にせず、傍らに座り囁き続ける。


「――――戦って、お兄ちゃん。わたしがいる、わたしたちがいる。この世のすべてが敵だって、わたしたちは絶対にお兄ちゃんの傍に居続ける」


 そう、敵となろうとも。

 その身を汚され、意思を潰され、望まぬ戦いを強制されても、決して離れはしない。


「――――――――」


 リュウトは苦しげに息を乱しながらも、ゆっくりと身体を起こした。

 レティに目を向け、アンジェリーナたちに目を向け、膝を立て、甲板を踏み締め、立ち上がる。

 一つ一つの動作が緩慢で、見るだけで痛みを覚える傷をそのままに、それでもリュウトは立ち上がった。


「――――――――」


 口から零れる血を拭い、リュウトはレティに向かって手を伸ばした。


「――――――――刀を」


「――――はい」


 レティは今まで背中に背負っていた軍刀を降ろし、傅きながらリュウトの手に乗せた。

 オートクレールの保管されていた備品庫に残されていた刀を、レティはここに来る前に手に入れていた。大切に封印されていた刀だが、今のリュウトには必要なものだ。


「――――――――」


 リュウトは鞘から刀身を少しだけ引き抜き、その斑紋を見る。そして同時に、水晶の刃に刻まれた銘を、光の加減で始めて見る事ができた。

 ――――『払暁』

 この戦に、この戦を終わらせるに相応しい名前だった。


「――――――――レティさん」


「はい」


 レティはリュウトの背中に触れ、その温もりを確かめる。

 そして、目を閉じながらリュウトの言葉を待った。


「――――――――見ていてください。ただ、それだけをお願いします」


 レティは覚悟していたその言葉に唇を噛み締めた。共に戦えとは言わないだろうと思っていた。彼女たちが相手ならば、戦う資格を持つのはリュウトだけだからだ。

 レティはリュウトの背中に身を寄せ、小さく頷いた。


「――――――――分かりました。あなたの覚悟、しかとこの目に」


「――――――――ありがとう」


 レティは名残惜しそうにリュウトの背から離れた。

 リュウトは払暁を腰に挿し、抜刀の構えを見せる。


「――――――――」


 アンジェリーナたちが構えを取る。

 そして、上空を無人制空戦闘機の影が通り過ぎた瞬間――――


「――――ッ!!」


 爆発ともいえる加速を得て、リュウトの身体が射出された。

 その勢いのままアンジェリーナとシグレの横を突き抜け、後方に位置するゆりえに迫った。


「――――!!」


 慌ててアンジェリーナとシグレが援護に入ろうとするも、リュウトの加速はそれを許さない。元々ゆりえに戦闘能力は無く、リュウトに対して精神的な圧力加える事が存在意義だった。しかし、もうその手は通用しない。


「――――ゆりえさん」


 リュウトはその名を呼び、ゆりえの瞳を覗き込める位置で停止した。慣性を殺しきれなかったバリアジャケットとリュウトの髪が、二人の姿をレティから隠した。


「――――――――」


 無言で抜かれる冷たい刃。

 それは神速を以てゆりえの身体を切り裂いた。


「――――――――」


「――――――――」


 無言で見詰め合うリュウトとゆりえ。

 ゆりえの身体が影となって解ける瞬間、彼女は微笑んだ。


『――――――――またね、リュウ君』


「――――はい、また後で」


 幻聴かもしれない。だが、リュウトはその言葉に応えた。

 そして、背後に迫るシグレの月光を上空に飛ぶ事で避ける。そのまま空中で回転し、彼は長杖を構えたエヴァの前に着地した。

 リュウトに振り下ろされる長杖。エヴァは杖術の使い手でもあったから、その一撃はそれなりに鋭いものだった。だが、本来の威力には程遠い。


「――――――――」


 リュウトは屈めた身体を起こすと同時に払暁で長杖を弾き、がら空きになったエヴァの身体のど真ん中に刺突を入れる。

 嫌な感触がリュウトを襲ったが、彼は表情を変える事無くエヴァの顔に自分のそれを寄せた。


「――――――――」


 その動きに同調し、エヴァはリュウトの頬に唇を触れさせる。その瞳に一瞬だけ閃いた強い光に、リュウトはエヴァの意思を知る。

 エヴァの口が、何かを紡いだ。


『――――――――負けたら承知しないわ』


「――――――――勿論、あなたに勝利を捧げましょう」


 リュウトの言葉を聞いていたのか、それを確認したエヴァは満足そうに消えていった。リュウトは空に消えるエヴァを瞬きの間だけ見送り、豪風を伴って背後に払暁を差し向けた。


「――――――――」


 甲高い音を立てて月光を受け止めるリュウト。

 だが、シグレは次々と攻撃を繰り出してきた。

 さすがに最速と謳われた使い魔だけの事はある。一撃一撃は軽くとも、刹那に何度も叩き付けられる衝撃に、リュウトの腕は悲鳴を上げる。


「――――――――」


 だが、今のリュウトにとっては遅すぎた。

 本来のシグレはこれほど遅くない、リュウトは瞳にそんな言葉を乗せて月光の一撃に沿わせるように払暁を走らせた。

 火花を散らして月光の柄を疾走する払暁。リュウトは踏み込んだ勢いを利用して旋回、シグレの胴体を上下に斬り裂く。


「――――――――」


 驚きも宿さぬシグレの顔。だが、リュウトと目があった瞬間、泣き笑いに似た表情を浮かべた。


『――――――――リュウト様、御武運を……』


「――――――――任せてください。君の分まで、戦います」


 歓び。シグレはそれをリュウトに伝えて消えた。

 リュウトはそんな使い魔の笑顔を心に刻みながら、無言で頭上に払暁を掲げた。


「――――っ!!」


 轟音。

 アンジェリーナの踵が払暁に激突し、リュウトを中心として衝撃波を発生させた。

 リュウトはアンジェリーナの身体を一瞬だけ受け止めると、それを空中に弾き飛ばす。


「――――――――」


 アンジェリーナはそのまま虚空を昇り、脚甲に魔力の噴射炎を点した。

 構えるリュウト。その次の一瞬で、アンジェリーナは天から地へと爆炎を伴って駆け下りた。


「――――――――ッ!!」


「――――――――!!」


 無言の気迫が互いを圧倒する。

 迫る相手に己の意思をぶつけ、勝利をもぎ取る。

 二人は一歩も譲らず、互いの全力を叩き付けた。


「――――――――」


 交差する二人。一瞬だけ視線を絡ませ、アンジェリーナの身体が甲板に衝突した。

 リュウトに切り裂かれた下半身はすでに消え、その顔は柔らかい表情を浮かべてリュウトを見ていた。


「――――――――」


 リュウトはアンジェリーナの身体を抱き上げ、その唇に自分の耳を近付ける。妻の唇が何を紡ぐのか、それが聞きたかった。

 罵倒でも叱責でも良い、ただ、声が聞きたかった。

 だが、その唇からは一切音が聞こえず。ただ吐息の温い風がリュウトの耳朶を掠めていく。


「――――――――」


 リュウトはアンジェリーナの身体を抱きしめた。背後にレティが立った事にも気付いていたが、崩れるように消えていくアンジェリーナの身体を離したくは無かったのだ。

 やがて、アンジェリーナの手がリュウトの頬に触れた。


「――――アニーさん……」


「――――――――」


 リュウトの言葉に微笑み、アンジェリーナは唇を動かした。


『――――――――俟っています。あの時のように、あなたが私を奪い返しに来てくれるのを……』


「――――――――はい、必ず」


 リュウトの答えに恋する少女のような眩しい笑みを浮かべ、アンジェリーナは消え去った。最後の一片が風に流されてリュウトの手から零れ落ちた時、彼は軋む身体をおして立ち上がった。


「――――――――レティさん」


 リュウトは空を見上げて問う。


「――――――――はい」


 同じように空を見上げ、レティはリュウトの手を取った。


「――――――――戦っていただけますか?」


 リュウトの視線の先、そこには渦を巻くように収束を始めた闇があった。各艦に攻撃を仕掛けていた『アンラ・マンユ』の軍勢も単なる影となって集まっていき、艦隊のすべての艦もその動きに呼応して集結を始めた。

 三つの集団に集まっていく艦隊。『デウス・エクス・マキナ』は二人を乗せてその先鋒に位置した。


「あなたを護る余裕も無い、約束もできない、こんな私と共に戦ってくれますか?」


「――――――――」


 レティはリュウトの言葉に手を握り締める事で応えた。

 頷きもしない、言葉も紡がない、だが、リュウトにはその意思が確かに伝わった。


「――――ありがとう」


 リュウトの言葉がレティに届いた瞬間、渦の中心から巨大な影が二人に向けて飛翔した。














 良介は剣を『アンラ・マンユ』の眼前に突き付け、ぼろぼろになった戦闘衣で血を拭った。


「――――――――覚悟はいいな?」


 周囲の戦況も良介たちに大きく傾いている。『アンラ・マンユ』が呼び出した影は怒りに燃える護衛部隊やギンガたちによって出現するたびに消滅させられ、復活してもすぐに滅ぼされる。

 疲労などすでに通り越した。意思だけでも十二分に人間は戦えると、彼らは証明したのだ。


「途中からあの野郎の映像が消えたな?」


『――――――――』


 戦闘中にまで投影されていた映像は、レティがリュウトの傍に来てしばらく経った頃に消えていた。良介たちはそれを気にはしたが、レティが来たのなら大丈夫だと判断して戦闘に集中した。

 そして今、良介たちは急速に勢いを衰えさせた『アンラ・マンユ』に王手を突き付けたのだった。


「――――奴は勝ったろう? 当たり前だな、テメエみたいに人の心を攻める事しか能が無い奴と違って、あいつは隣にいる奴さえいれば神だって殺すぜ」


『――――――――』


 『アンラ・マンユ』は無表情の中にさまざまな感情を宿して良介を見た。感情を知ったばかりの彼にとって、それを御する事は難しいのかもしれない。

 良介は静かに剣を鳴らし、宣告した。


「――――――――人間を嘗めるな偽神。お前がどれだけでかい存在だろうと、存在するからには人間はテメエを滅ぼしにいく。人間は戦う生き物だ、相手が誰であろうとも戦う事をやめない生き物だ。だから人間同士でも争う、だからくだらない戦争が終わらない、でもな――――」


 良介は剣を振り上げ、虹色の光を帯びたそれを『アンラ・マンユ』に向けた。


「だから戦える! 護るために! 救うために! 人間だからだ!!」


『――ッ!! ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』


 その光に慄き、『アンラ・マンユ』は身を影に変えて逃げようとする。

 だが良介の放った光は決して影を逃さず、光の特性を以てすべてを消し飛ばしていく。


「殺すだけが人間と思うな偽神! それが理解できないなら、俺たちには勝てないッ!!」


『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォオォオオォオオォォォォォ!!』


 もがく『アンラ・マンユ』、だが、その姿は確実に虹に呑まれていく。

 自棄になったように良介を狙って攻撃を繰り出しても、その後背に立つリンディがそれを防ぐ。

 『アンラ・マンユ』はここに来て初めて、"恐怖"を理解した。


『滅ブ!? ナゼ! ナゼ滅ブ!? 我ハ絶対、我ハ唯一、我ガ滅ビル理由ナド……!!』


「滅びの理由なんて無い。ただ、お前はやっちゃいけない事をしたんだ」


『何!?』


 良介は再び剣を振り、虹色の光を天に伸ばした。その良介を支えるように、リンディが寄り添う。良介はリンディの手を握ると自分の剣に導き、剣を握ったその手を包み込んだ。


「――――"他を傷付けるな"。ガキでも知ってるこの理屈を理解できない奴は、大人に叱られるんだよ」


『――――――――――――――――――――――――ッ!!』


 悲鳴にもならない絶叫。

 『アンラ・マンユ』は虹色の意志に飲み込まれ、その思考を停止した。














 艦隊からの砲火を一身に受けるその姿は、まるで神話の暴龍のようだった。

 漆黒の身体は常に変化し、一見霧のように見えるそれは荷電粒子砲も重粒子砲も効いているようには見えない。

 だが、"方舟"を通じてリンディと意思を交わせるレティから、良介たちが『アンラ・マンユ』本体を滅ぼしたと報告が上がった時。艦隊に向けて無秩序な攻撃を繰り出していた暴龍がリュウトに向けて突撃を開始した。

 『デウス・エクス・マキナ』の主砲である自由電子衝撃砲と副砲の荷電粒子砲が暴龍を捕らえ、その突撃を跳ね返す。それと同時に艦隊すべての砲火が集中し、暴龍の姿が爆煙に消える。


「――――本体はあれを含めて二つか……!!」


 本体の分割。

 それは万が一に備えた防御策だったのだろう。ほかに分割された本体がいるかどうか"方舟"の機能を使ってレティが走査したが、彼女とリュウトの目の前にいる存在以外に反応は無かった。

 或いは、自分を滅ぼす力を持つ存在にのみ、本体を差し向けたのかもしれない。


「だが、これだけの攻撃を受けても――――」


 リュウトの言葉は正しかった。通常の攻撃では本体を滅ぼす事はできないのだ。

 彼はレティを背中に庇いながら、オートクレールを構えた。

 しかし――――暴龍がその口から漆黒の閃光を撃ち放った。


「――!? レティさん!!」


「お兄ちゃん!」


 リュウトはオートクレールを捨てて防御魔法を展開する。あんな隠し玉を今になって出してくるなど、『アンラ・マンユ』の性格は恐ろしく悪いとリュウトは思った。

 そして到達する閃光。


「ぐう……ッ!!」


 防御魔法が紙のように燃えていく。

 漆黒に侵食され、灰になって燃え尽きるように消えていく。


「だが……まだまだ……!」


 リュウトは背中にしがみ付くレティを感じながら魔力を練り上げた。

 大して大きな魔力総量ではない、だが、肝心な時に大切な人間を護れないほど弱くは無いつもりだった。


「ぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああッ!!」


 再び輝く防御壁。それは漆黒の閃光を押し戻し、それが消えるまで持ち堪えた。


「――――これで……」


「お兄ちゃん!! ダメ!!」


「――!!」


 レティの言葉に前方を見るリュウト。その視線の先には――――


「――ッ!! レティさん、下がって!!」


 大きく顎門を広げた暴龍。

 リュウトはレティを突き飛ばすと、その口に自らの右手を叩き込んだ。


「――!? っぐあああああああああああああああああああああああああああッ!!」


 右手が侵食される。

 黒い影がリュウトの右手に侵入し、その存在を奪っていく。


「ああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


「お兄ちゃん!!」


「ッ!! 来るな!!」


「――――ッ!!」


 リュウトは飛び出そうとするレティを視線と声で制止し、少しだけ笑みを浮かべると暴龍に向き直った。


「ぐ……あ…………な、嘗めるな偽神……! 私を、人間を……!!」


 リュウトは自分の前に密集する影に向かって吼えた。


「滅びなど、私を超えてからほざくがいい!!」


 リュウトの意識で急速に錬成される術式。

 それは――――


「滅びろ孤独な神よ! もしも孤独に疲れたなら、今度は人間として生まれて来い!!」


 指向性の高エネルギー爆発。

 リュウトは自らの右手を砲身に、それを暴龍に撃ち込んだ。


「――――!!」


 『デウス・エクス・マキナ』が震えるような咆哮を上げて退く暴龍。

 だが、リュウトのダメージも大きかった。


「お兄ちゃん!! 手が……!」


 右腕が、肩から消え去っていた。

 その肩からも止め処無く血が溢れ、リュウトとレティの身体を濡らしていく。


「――――レティさん、オートクレールを……」


「でも……!」


「あと一度、あと一度だけ付き合ってください」


 レティはリュウトの瞳に貫かれ、肩を震わせた。

 言いたい言葉が咽喉で詰まり、何も出てこなくなる。

 彼女はふらふらと立ち上がり、オートクレールをリュウトの元まで引き摺っていった。


「――――レティさん」


「――――――――」


 レティは無言で俯いた。

 ここでリュウトが無茶をすれば、死に至る可能性があると彼女は知っている。

 だが――――拒む事ができなかった。

 ただ、これだけは譲れないという想いがあった。


「――――わたしも一緒でいい?」


「――――――――」


「"方舟"からのエネルギー制御、わたしがやる。そうしたら、お兄ちゃんは発射管制に専念できるでしょ」


 リュウトは苦い表情でレティを見た。

 ここで危険な真似はして欲しくない、そう言っている目だった。


「大丈夫、お兄ちゃんが一緒ならわたしは平気。わたしの全部、お兄ちゃんが使って」


「――――――――」


 微笑むレティは、リュウトが知る中でもっとも美しい笑顔だった。

 犠牲になるつもりは無い、ただ、未来へと共に――――


「――――判りました」


 リュウトは立ち上がり、レティはそれを支えた。

 オートクレールの補助脚を起こし、レティがリュウトの前に立った。

 リュウトはその身体をオートクレールと共に抱き、片腕となった左手側に引き金を移した。


「――――来た」


 レティの言葉は、二つの意味があった。

 ひとつは前方に迫る暴龍。もうひとつは艦からのエネルギーだ。


「――――変換率一〇〇、オートクレールの耐用限界ギリギリまで入れるよ」


「――――それで結構、私たちの魔力も全部使ってください」


「うん」


 レティの操作に従い、オートクレールの前方に魔法陣が浮かび上がる。その中心に虹色の光球が現れ、環状魔法陣がそれを覆った。


「――――――――エネルギー充填よし。でもオートクレールが限界」


「――――これで最後です。耐えてくれますよ」


 二人は迫る暴龍に少しも動揺する事無く発射準備を進めていく。

 艦隊の砲をものともせずに突っ込んでくる暴龍にリュウトは照準を合わせた。


「――――――――」


「――――――――」


 吹き荒れる魔力に二人の髪とジャケットが揺れる。

 それでも互いの温もりは失われず、二人は銃把で手を重ねた。


「――――レティさん」


「――――なあに?」


 リュウトは前を見たまま、レティに告げた。


「――――ありがとう」


 引かれるトリガー。

 レティはリュウトの言葉に応える暇も無く、意識が遠ざかっていくのを感じる。


「――――本当に、ありがとう」


 発射された光が暴龍を丸ごと呑み込み、その存在を消し去っていく。

 レティが意識を失う前にみた光景は、それだった。














「――――帰る時間か」


「――――うん」


 『アンラ・マンユ』の消え去った空から何も感じられない白光が広がっていくのを、良介はリンディと共に見詰めていた。

 光に触れた制空戦闘機が消え、艦が消えていく。

 良介は、それがどのような現象かリュウトに聞いていた。


「――――巻き戻りだな」


「――――うん、多分そう」


 時間の巻き戻り。

 それは可能性のひとつとして挙げられていた。

 『アンラ・マンユ』は時空に縛られない存在。ならば、それによって派生した歴史は『アンラ・マンユ』の消滅と共に消え去る事は不思議ではない。

 時間を大きな樹と譬えるなら、間違って伸びた枝が時空の復元力で剪定されるという事だ。

 この光に飲まれれば、おそらくリンディは元の世界に戻る。

 いつの間にか、ギンガたちの姿も消えていた。


「――――レティも連れてこなきゃ、多分、一緒の方が安全に向こうに行ける」


「あー、じゃあ、戻って連れてくるか――――って、向こうから来たぞ」


 良介は面倒臭そうに空を見上げた。

 そして、自分で貫いた天井からリュウトが降りてくるのを見た。


「――――やばいくらい怪我してるぞ、あの野郎」


「――――巻き戻る前に死んじゃったら、多分そのまま消えちゃうんじゃ……」


「――――やべえな」


「――――やばいねー」


 二人のそんな会話など知らず、リュウトはよろめきながらレティを地面に降ろした。

 そのまま横たわるレティを支え、良介たちが近付いてくるのを待つ。


「――――――――彼女を、よろしく」


「――――うん、分かった」


 リンディは一瞬だけレティの気持ちを思い、それでも頷いた。

 リュウトはレティが帰る事を望んでいる。おそらく、向こうに残したレティの家族を思っての事だろう。

 それでも、これだけは聞いておきたかった。


「――――また来てもいいかな?」


「――――ええ、もちろん」


 リュウトはリンディに微笑み、レティの頬を撫でた。


「怒るでしょうから、私に直接文句を言うように伝えてください。それまでに言い訳を考えておきますから」


「――――まだ考えてないの?」


「どうにも、こういう事は苦手で……」


 リュウトが困ったように微笑み、リンディは大きく溜息を吐いた。

 これから先、どんな苦労が待っているのか容易に想像できる。


「――――良介君との別れはよろしいので?」


「あ、忘れてた」


 リンディはそう言って良介に駆け寄った。


「お兄ちゃん!」


「あ?」


 良介はリンディの顔を見る。


「えい!」


 そして、その顔がいきなり近付いてきた事に反応できなかった。


「!!」


 触れる唇。

 一瞬のはずなのにとても長く感じられるその接触に、良介は大きく目を見開いた。


「――――次来るときは、続きね?」


「ああ!? 何言ってやがる小娘が!!」


「小娘じゃないもん! 今度ちゃんと見せてあげるからね!!」


「いらんわボケ!!」


「えー!!」


「えーじゃねえ! 俺がいろんな人間に殺されるわ!!」


「ぶー」


 ぎゃーすぎゃーすと煩い二人を見ながら、リュウトはレティの瞼が震えている事に気付いた。もうすぐ意識を取り戻すかもしれない。

 光の拡散速度から察するに、彼女の意識が戻る頃にはすでに別れは済んでいる。

 だから――――


「――――――――」


 彼は、レティの唇に自分のそれを重ねる。

 眠り姫をそのまま眠らせる魔法使いとして、そして、いつかの目覚めを願う王子として。


「――――――――次は、逃げませんよ」


 だから、しばしの別れだ。

 次に再会する時までに、関係各位に対する言い訳を考えておくから。


「――――――――また、会いましょう」


「――――――――」


 光に薄れていく視界の中で、彼はレティの唇が動いたように見えた。

















 エピローグへ続く

















〜あとがき(劇場版)〜


皆さんこんちには、悠乃丞です。

 お久し振りなあとがきですが、無事こうしてあとがきを書いている事がなんとも幸せです。だって、四ヵ月振りの公開ですよ!? もう皆さんに平謝りするしかないという放置期間ですよ!?

 ごめんなさい! 申し訳ない! すみませんでした!!

 でも、これからもよろしくお願いします(ぉ



 さて、今回の劇場版には多くの艦船が登場しますが、その名前を求めて私は世界各国の海軍を漁り回りました。米国や英国は当たり前、仏国や伊国、露国や独国まで行きましたよ。

 これは何語(現地の言葉だよ)ってな名前に頭を傾げつつ、使えそうな名前をピックアップして勝手に使いました。艦の名前になるくらいだから、別に使っても大丈夫だろうという見切り発車ですがね。

 それにしても、ここまでで十六万四千字ですって、私はいったい何をしたかったんでしょうね(ぉぃ

 ちなみに一般的なライトノベルだと一ページが七一四字なので、二二九ページ分くらいとなりますね。出版社によって少し違うそうですよ。それはともかく、私って何したいのだろう(二度目

 まあ、実際にはスペースやら何やらが入っているのでもう少し嵩張っていますが、概ねそんな感じです。だから私はいったい何を(三度目しかも略


 それにしても、今回はオリジナルキャラが多いですね。ほとんどのキャラは以前から固めていたキャラですが、それでもオリジナルが幅を利かせすぎているかもしれないな、と思ったりもします。ですが、原作は艦隊戦に使えるキャラがおらんのですよ。それにこんな時に使えるキャラも少ないという現実。いっそドクター出そうかなんて思ったのですが、私には扱いきれないと思いまして断念。

   ああ、もう少し文才が欲しい……


 閑話休題。



さて、ここでリョウさんから転送していただいた拍手に返信をば。


※あー、また本編じゃなかった残念。特別編は本編が終わってからにしてほしい


>すみません、また特別編です。

 とりあえずこれで特別編は落ち着きますので、本編の方も書いていきたいと思います。もうしばらくお待ちいただく事になってしまいますが、きちんと書かせていただきますのでご容赦のほどを。


※続きまってました。これからの展開がどうなるか楽しみです。続きも楽しみに
してます。

>ありがとうございます。辛うじて生き残った私ですが、これからも精一杯書かせていただきますので、よろしくお願いします。


※悠之条さんへ 
最初は文法上のミスがありましたが、
だんだん減って読みやすくなってきていると思いますので、頑張って下さい。

>感想ありがとうございます。

 私自身、最初の頃の作品はとんでもないものだと認識しています。いつか纏めて書き直したいなと思っていますが、多分、本編が終わってからだろうと思います。

 それまでに少しでも技量を上げて皆さんに良いものをお届けできるよう頑張ります。


※アラン感じ悪っ、餓鬼みたいな八つ当たりしてカッコワリィ奴

>正解(ぉ

 それに気付いてくださる方がいて良かったです。アランは元々子供っぽい性格で考えていたのですが、こうなればとことんまでと思いましてああなりました。

 大人っぽい子供が多いリリカルなのはなので、子供っぽい子供を出してみようと画策した結果生まれたキャラですが、作者としては中々に楽しいキャラです。怨まれる事は特に気にしない彼なので、多分、これからもあんなキャラでしょう。




 とりあえずここまでだらだらと書きましたが、ここまで来れたのは皆様のおかげと認識しております。ラストはエピローグに持ち越しですが、あまり長くないエピローグですのですぐにお届けできると思います。

 とりあえず、リュウトと良介氏の受難はそちらをお楽しみに。

 それでは皆さん、また次の話でお会いしましょう。


















作者悠乃丞さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。