「――――提督、確認できました」

 

 

 我の傍らに立つマスターに、一人の技官が声を掛ける。

 

 確かこの研究チームの責任者だったな。

 

 

「ほう」

 

 

 マスターは大した感想もないようだ。

 

 おそらくここまでに掛かった手間を思い出しているだろう。

 

 

「やはり起動は不可能ですね。製造されてから途方もない時間が経っているのです、動くという方がおかしい」

 

 

「――――はぁ。だったらこれを軍事利用しようとした方々は盛大な予算の無駄使いをしたということですね。ついでに、諸々の信頼も失って」

 

 

「はい」

 

 

「難儀な話です」

 

 

「全くだな」

 

 

 我々も相応の予算を使う羽目になった。

 

 『これ』を他の勢力に先んじて見つけ出すために、膨大な戦力を投入することが必要だったからだ。

 

 

「とりあえずこれでしばらくは平穏な日常ですかね」

 

 

「この情報を適当にリークすれば、それで完了だろう」

 

 

「『方舟(アーク)』――――彼らは本気で時間を越える兵器なんてものを信じてたんでしょうかねぇ」

 

 

 全くだ。

 

 そんなことが可能なら、とうに人類は滅びているぞ。自滅でな。

 

 マスターが見上げる巨大な棺状の構造物――――『方舟』

 

 もはや、ただのモニュメントだ。

 

 

「――――時間を越えられるかは分かりませんが、機構上は超長距離空間移動が可能だと考えられます」

 

 

「転移魔法とどちらが使い勝手がいいでしょうか?」

 

 

「転移魔法でしょう。これはたったの一機、トランスポーターはそれこそ無数にあります。経済的な観点から見ても、これを修復する理由がありません。まあ、純粋な考古学的資料としての価値なら期待できるでしょうが……」

 

 

「はぁ……」

 

 

 溜息も漏れるというものだろう。

 

 すったもんだの挙句なんとか手に入れたロストロギアが無用の長物、はっきり言って粗大ゴミ一歩手前、考古学は技術者の本分ではないと来た。

 

 

「――――ユーノ君にでも送りましょうかねぇ」

 

 

「それが妥当だろう」

 

 

「はぁ」

 

 

 マスターの肩が心なしか落ちた。

 

 この粗大ゴミ一歩手前のせいで、かれこれ一ヶ月本局に缶詰だったからな。奥方が怒っているのは間違いない。

 

 

「――――ん?」

 

 

「――――マスター?」

 

 

「非常によく知る気配が――――」

 

 

 うん?

 

 ――――お、宮本。

 

 

「ごくろーさん」

 

 

「ご苦労様です〜〜」

 

 

 我がそれに気付いたと同時に、保管庫の扉を開けて一人の男がその姿を見せる。

 

 宮本良介――――マスターの友人、あるいは好敵手といったところだろう。

 

 そして、そのデバイスであるミヤ嬢。

 

 今回『方舟』をここまで運んだのは、この男だった。

 

 正確に言うなら民間業者の輸送船にこれと一緒に乗り込んでいたのだ。

 

 これを追っていたのは各世界の政府で、管理局が表立って動くことはできなかった。

 

 それ故、マスターはこの男に『方舟』の回収を依頼した。プロの運び屋も付けてな。

 

 

「どんなもんだ?」

 

 

「――――――――めでたく、本来のユーノ君のお仕事となりました」

 

 

「ま、俺としてはそれでもかまわねぇがな」

 

 

「もちろん、きちんと報酬はお支払いしますよ。――――ローンを引いてから」

 

 

「――――抜け目ないやつ」

 

 

「褒め言葉以外なら利息増やしますよ」

 

 

「もちろん褒め言葉だとも」

 

 

「自業自得です!」

 

 

 ミヤ嬢が正しい。

 

 

「――――寝てる間にビンに詰めて海に流してやる」

 

 

「そ、それは……」

 

 

 そんな掛け合いを聞きながら、マスターは『方舟』を見上げる。

 

 つくづく大きいな。これでは漬物石にもならん。

 

 

「――――実際に触ってみますか?」

 

 

「あん?」

 

 

「え?」

 

 

「ここまで一度も実際に触れる機会は無かったのでしょう?」

 

 

「まあな」

 

 

 危険性すら判断できないものに、民間人を触れさせるわけにもいかんだろう。

 

 

「せっかくですから、古代ロマンに触れるということで」

 

 

「暇つぶしにはなるか」

 

 

「わ〜いです!」

 

 

 そう言って、マスターと宮本は『方舟』の周囲に建てられた足場の階段へと向かう。

 

 我も行くか……

 

 

「ふうん、感触としては普通の石って感じだな」

 

 

「は〜〜……ひんやりです〜」

 

 

「組成としては金属なんですけどね」

 

 

「ほお〜」

 

 

「とはいっても、既存の金属なんですよねぇ」

 

 

「――――うわ、役にたたねぇ」

 

 

「本当に」

 

 

 二人は感想を言いながら『方舟』の周囲を回る。

 

 やがて、我の光学センサーにこの『方舟』のコアと思われる部位が見えてくる。

 

 

「――――これがコアということです。完全に死んでいますので触ってもいいそうですよ」

 

 

 そう言って一抱えもある球状のコアに触れるマスター。

 

 このコアの周囲にはもともと足場らしきものがあった。

 

 人間が十人前後乗れると思われる足場には、マスターと宮本しか乗っていない。

 

 ここはすでに調査が終わり、技官たちは別の部位を調査中だ。

 

 大して考えもせず、宮本がコアに手を伸ばす。

 

 

「格別、どうって事も――――――――なぁっ!?」

 

 

 ――――!?

 

 

「これは――!」

 

 

 コアから溢れ出るこれは――――虹色の魔力光だと!?

 

 我の知る限り、このような特異な魔力光を持つ者はただ一人!

 

 

「宮本! 貴様何をした!?」

 

 

「そうです! 今度は何を壊すつもりですか!?」

 

 

「知るか! 俺は普通に触っただけだ! 頁にもアクセスしてねえ!! ――――つーかお前には分かるだろうが!?」

 

 

「うきゃっ」

 

 

 ミヤ嬢を怒鳴っても仕方あるまい!

 

 

「ならばこれは何だ!?」

 

 

「だから知るか!!」

 

 

 くそっ! 

 

下で技官たちが大慌てで走っているのが見える。突然の事態にパニックを起こしているに違いない。

 

 

「――――頁……法術……!?」

 

 

マスター?

 

 

「くっ! 君という存在の危険性を忘れていました」

 

 

「なんだと!?」

 

 

「異なる世界からですら『頁』を介しての長距離召喚が可能な法術。召喚術とは根本から異なる『方舟』のシステムもおそらく同系統!!」

 

 

「な…!」

 

 

 だが、確かにそれなら納得がいく。

 

 宮本という存在が『方舟』の中枢になんらかの影響を与えたというべきか?

 

 

「もともと法術は謎が多い力です。発祥も存在理由もこれという説がない。たしかにいくつか仮説はありますが、いかんせんランク付け不可能なほどのレアスキルです。研究すらまともにできていません」

 

 

「ていうか、早くどうにかしろよエセ紳士!!」

 

 

「エセはともかく、どうしろというのですか?」

 

 

 凄まじい勢いで増す光量。

 

 マスターはシールド、バリア、フィールド三種複合の防御を我らに張っているらしい、この状況でも我らに影響は出ていない。

 

 

「力の中心である君がここを離れれば『方舟』は暴走する可能性が高い。そして、仮にこれが時空を越えるほどの力を持ったロストロギアだった場合――――」

 

 

「場合?」

 

 

 マスターの顔に、苦悩が浮かぶ。

 

 

「――――次元世界そのものに次元の大津波が押し寄せます。次元空間という海を越え、通常世界にも多大な影響を与えるでしょう」

 

 

「っておい!?」

 

 

「無論、例外はありません。地球にも甚大な被害が――――ぐっ!?」

 

 

「リョウスケ!? 何をするですか!?」

 

 

 マスター!?

 

 宮本!?

 

 

「だったらどうにかしろよ! てめえは時空管理局でも最高レベルの力を持った魔導師の一人だろうが!? 俺みたいに力に振り回されるんじゃない、力を使いこなすだけの頭も才能もあるんだろう!?」

 

 

「知識と才能だけでどうにかできる問題じゃないんです! 分かりますか!? ここで食い止めなければ、ミッドチルダは壊滅的な被害を受ける。そうなれば――――!!」

 

 

 マスターの大切な家族は――――消える。

 

 

「私とて手段があるならそれを講じ――――」

 

 

 殴られた頬を押さえもせずに叫んでいたマスターの動きが止まる。

 

 その瞳に、明確な意思が耀き出す。

 

 

「おい、どうした?」

 

 

「――――あるかもしれない」

 

 

「何!?」

 

 

 宮本の言葉を無視して、マスターは空中のコンソールに指を走らせる。

 

 その姿は確かにいつものマスターだ。

 

 

「――――空間干渉係数――――虚数空間の開放――――積層世界――――――――いける」

 

 

「本当か!?」

 

 

「――――これが時空を越えるような力があるなら、暴走している力を別時空に廃棄します」

 

 

「な、なな……!」

 

 

「無茶だマスター! これほどの力、誰が制御する!? ――――――――まさか!?」

 

 

 それでは――――二人とも助からんぞ!

 

 

「――――良介君」

 

 

「何だ!?」

 

 

「リョウスケ! 頑張ってくださいです!!」

 

 

 どうにかして暴走を抑えようとしているのだろう。宮本の額には夥しい汗が浮かんでいる。

 

 だが、こやつの能力では抑えきれるはずもない。ミヤ嬢との融合もこの状況では不可能だ、融合しようと制御を甘くするだけで力は決壊する。

 

 

「――――力の制御は私が行います。君は――――」

 

 

「逃げろとか言うんじゃないだろうな!?」

 

 

「いいえ、力に方向性を持たせてください。私が抑えられるのは精々が数十秒、その間に扉を開き、力を廃棄します」

 

 

「――――出来るのか?」

 

 

「そんなこと無理に決まってます!!」

 

 

「ミヤ!?」

 

 

 その通りだミヤ嬢。

 

 

「――――他人の魔力、それも法術の魔力を通常の魔導師が制御できるものか」

 

 

「――――」

 

 

「――――分かるか!? 性質が違いすぎるんだ! 地球風に言えば、専用の燃料を使わずに発動機を動かすようなものだぞ!?」

 

 

 運が悪ければ流れ込んだ魔力が拒絶反応を示し、即死だ。

 

 マスターには、宮本ほどの悪運はない!

 

 

「――――――――知ってますか? 私は彼女と子供らを守る『義務』と『権利』を持っているのですよ」

 

 

「っ!?」

 

 

「君は『守護者』として創られた――――ならば、私の感情も理解できるでしょう。納得は出来ないでしょうがね」

 

 

「リュウトさん……」

 

 

「――――さて、『権利』を行使するといたしましょうか。間違いなく妻には怒られるでしょうが」

 

 

「なんでもいいから早くしてくれ! なんか、頭の中が訳わかんねぇ!」

 

 

 日頃魔力の制御をミヤ嬢にまかせっきりにしている報いか。

 

 法術そのものは宮本の力だから、こうして制御できているのだろう。

 

 

「いいですね? 私が力を受け止めている間に、君たちは退避しなさい。暴走が収まっても、余波でこの部屋くらいは吹き飛ぶかもしれませんので」

 

 

 マスターは技官たちに指示を出す。

 

 その指示通りに技官たちは行動をはじめ、部屋には四人だけが残される。

 

 

「――――行くぞ」

 

 

「――――ええ、どうぞ」

 

 

 我の目の前で二人の男が並び立ち、『方舟』に手をかざす。

 

 そして――――

 

 

「受け取れぇええええええええええええええっ!!」

 

 

「――――ぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 マスターの雄叫びとも悲鳴ともつかない声が、我の聴覚センサーにこびり付く。

 

 展開したバリアジャケットの腕部が容易に吹き飛び、鮮血が舞う。

 

 ――――やはり、こうなるのか……

 

 

「――――ミヤ、てめえも行け」

 

 

「え…?」

 

 

「行けって言ってるんだよ!!」

 

 

「!? そ…そんなこと――――」

 

 

「やれ」

 

 

「――――どうしてですか!? ミヤはあなたのデバイスです! あなたが生み出したデバイスです! リョウスケの隣以外のどこにいろっていうんですか!?」

 

 

「はやてのことにでも厄介になってろ。こいつの嫁さんのとこでもいい」

 

 

「嫌です! 絶対に嫌です! わたしはリョウスケと一緒に――――」

 

 

「――――邪魔だ」

 

 

「あぐっ」

 

 

 その言葉と共に小さな身体が吹き飛ぶ様子を我の光学センサーが捉えた。

 

 宮本が――――殴り飛ばした。

 

 

「――――仕事の邪魔をするな。これは俺が受けた仕事だ、ここの保管庫にこいつを納めるっていうな。それに、奴は出来ると言った。俺がそれを信じない理由はないんだよ。それに――――こいつがそう簡単に死んだら、俺の今までの苦労はなんだったんだよ」

 

 

「リョウスケ――――ッ!? どうして!? どうして進めないんですかぁ!?」

 

 

 透明な壁にぶつかったように、ミヤ嬢の動きが止まる。

 

 どんどん、と壁を叩く音が我の聴覚センサーにも届く。

 

 

「――――マスター……か」

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

 ほとんど意識を持っていかれているだろうに、ミヤ嬢を巻き込まないようにという宮本の意思を叶えたのか?

 

 いや、同じように邪魔になると考えたのか?

 

 

「――――こっちも始める」

 

 

「うむ」

 

 

 宮本が目を閉じ、その精神を集中させる。

 

 我は、そんな二人を見詰めるだけだ。

 

 

「リョウスケッ! リョウスケ!! リョウスケェッ!!」

 

 

 ミヤ嬢の悲鳴が響く。

 

 だが、そこに異音が混じった。

 

 

「――――ミヤさん……」

 

 

「リュウトさん!?」

 

 

「つ…まに……でん……ごんを……」

 

 

 マスターの瞳からはすでに意思の光が消えている。

 

 しかし、その声には確かに意思がある。

 

 

「アニーさんにですか!?」

 

 

「ええ……『ゆう……ごはん…は……い…え…で……たべ…る…』と…」

 

 

「――!? どうしてわたしに言うんですか! 自分で伝えてください! 自分で伝えてあげてください!」

 

 

「――――――オオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

「リュウトさん!!」

 

 

 マスターに、もはや言葉を紡ぐ余裕はない。

 

 ならば――――

 

 

「奥方への伝言、よろしく頼む」

 

 

「ブレストさんまで!?」

 

 

「約束するのだ、マスターが。どんなことがあっても約束を違えないマスターが。――――頼む」

 

 

「――――」

 

 

 顔を歪めるミヤ嬢に、我が伝えられる言葉はもうない。

 

 

「――――さて、我も付き合うとするか」

 

 

「勝手にしろ」

 

 

「そうさせてもらう」

 

 

 マスターの声が響き渡る中、宮本が静かに手を差し出す。

 

 

「――――――――見えた」

 

 

 我には、宮本が見た光景が何かは分からない。

 

 深い闇だったのか。果てない光だったのか。

 

 だが、我らは虹色の光へと溶けていく。

 

 

「くそ、だからこいつの依頼は嫌なんだ」

 

 

「そう思うならすべての借りを返すことだな」

 

 

「ち」

 

 

 僅かずつセンサーを侵食する光。

 

 熱感知、魔力感知がダウン――――動体感知、ダウン。

 

 光学センサーもノイズがひどい。

 

 ――――もって一〇秒といったところか。

 

 

「さて、我らの運命や如何に――――」

 

 

「リョウスケぇええええええええええええええええええッ!!」

 

 

 ミヤ嬢が叫び、マスターが膝をつき、宮本の身体がぐらりと揺れ――――

 

 

「オールシステム、緊急コード――『天岩戸』。システムシャットダウン」

 

 

 さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 

 誰も死ぬとは考えていない、ただ、これが最善の策だと信じているだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リョウスケ…?」

 

 

「どこですか……どこにいるんですか……?」

 

 

「わからない…? どこにも……リョウスケを感じられない……」

 

 

「おい! ――――と――――に緊急連絡だ! えらい事になったぞ!!」

 

 

「消えたっていうのか…!?」

 

 

「アホ! そんなところで突っ立ってないでさっさとデータを拾え!」

 

 

「主任! この子はどうしますか?」

 

 

「――――――――りょうすけ……」

 

 

「彼のデバイスか――――――――仕方がない、機動六課――いや、クルス・ミナセ本邸に」

 

 

「分かりました」

 

 

「――――さて、あの二人はどこに行ったのか」

 

 

「『方舟』とはよく言ったものですね」

 

 

「ああ、だがこれが本当に方舟なら――――二人は生きているだろう」

 

 

「だといいのですが」

 

 

「――――だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのは―――くらひとSSS 特別編―――

 

 

 

 

―孤独の剣士と白の剣聖 StrikerS 3rd

 

〈二人の異邦人と二人の少女〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 システム再起動――――

 

 

「む?」

 

 

 光学センサー――――再起動。

 

 

「――――公園?」

 

 

 我の目の前の光景――――公園の定義が我と異なった場合を除けば、ここは公園で間違いない。

 

 

「――――ふむ。外まで飛ばされたのか?」

 

 

 ならば、早急に管理局に戻らねばならん。

 

 そうだ、マスターたちは――――――――

 

 

「――――妖精さん?」

 

 

「ぬおッ!?」

 

 

 こ、子供!?

 

 いや待て、ここは極々普通の公園だ。子供の一人や二人――――って!

 

 

「リンディ、こっちの二人も起きたよ」

 

 

「――――レティ姉さん!?」

 

 

「――――リンディ!?」

 

 

 あ、居たのかマスター怪我は大丈夫かって、そうじゃない!

 

 

「――?」

 

 

「だれ?」

 

 

 我らの前に立つ二人の少女、その姿は紛れもなく――――

 

 

「どうしてわたしたちの名前知ってるんだろう?」

 

 

「さあ?」

 

 

 リンディ・ハラオウンとレティ・ロウランだった。

 

 小さいが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つーか、お前って何でも出来るよな」

 

 

「――――これで打ち止めですよ、もう現金に換金できるようなものは持っていません」

 

 

「宮本は大したもの持ってなかったしな」

 

 

「やかましい!!」

 

 

 マスターが慌てて確保したセーフハウス――――二階建てで一階がガレージ兼作業場になっている建物の二階で、我らは車座になって作戦会議中だ。

 

 時折マスターがぶつぶつと言っている言葉を拾ったところ――――「アニーさんに貰ったものまで売る羽目に……」だの「クルス家の家宝を売った史上五人目の当主になってしまった」だの呟いていた。もちろん、宮本は聞こえないふりをしていたぞ。

 

 それはともかく――――

 

 

「お兄さんたち、誰?」

 

 

「うん、どうしてあんなとこに寝てたの?」

 

 

「――――オーケー分かりました、君たちの姿に関しては何も言いません。ですが――――何故ここに!? というか、なぜ小さい!?」

 

 

 マスターが半分ほど壊れておる。

 

 まあ、このような状態の知り合いに出会えば無理もなかろう。

 

 

「だって、家近いんだもん」

 

 

「うん、妖精さんと遊びたい」

 

 

 どうやら小さいレティ女史の方が積極的なようだ、小さいリンディ女史は小さいレティ女史の言葉に頷いてから言葉を発している。

 

 

「――――――――姉さん、あなた方は小さくても私を翻弄するのですね……」

 

 

「泣いてる!?」

 

 

 怪我はすでに応急処置が済んでいるが、状況が判明していない上に管理局とも連絡がつかない現状では、満足に治療することもできん。

 

 

「――――ちょっと出てきます」

 

 

「おいおいおい! そのまま投身自殺しそうな雰囲気だぞ!?」

 

 

「――――大丈夫ですよ。ちょっと行って現金稼いで来ます」

 

 

 家が確保できても他は何もないからな。

 

 要するに食料もない。

 

 

「大丈夫かよ?」

 

 

「――――ついでに情報収集もしてきます」

 

 

「あ、ああ…」

 

 

「――――ああ、そうだ」

 

 

「うん?」

 

 

「――――いくらか余ったので、これを買っておきました」

 

 

 それは――――スケッチブックと鉛筆……?

 

 

「――――どうしろってんだ?」

 

 

「――――その子らの子守がてら、小銭を稼いでください」

 

 

「小銭言うな!」

 

 

「――――ついでに情報収集も」

 

 

「ついでかよ!」

 

 

「――――そういうわけですので、そこのお兄さんと遊んでいてください。そこの妖精も好きにしていいですよ」

 

 

≪おいコラ待て!!≫

 

 

 我の身の安全の保証を要求する!!

 

 

「――――では行ってきます」

 

 

「ちょッ! ま――――って行っちまいやがった」

 

 

「我の保証……」

 

 

 この状況で保証がないというのが何とも言えんのだが――――

 

 

≪のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?≫

 

 

 まるで階段から転げ落ちたような音と、マスターの悲鳴……?

 

 

「――――大丈夫かよ、おい」

 

 

「――――死にはせんだろう、多分」

 

 

 何気に打たれ強いからな。

 

 そうでなければあの奥方の夫は出来んが。

 

 

「――――しっぽのお兄さん、どこ行ったの?」

 

 

「うおっ! レティ!? ――――じゃなかった、どうした?」

 

 

「ううん、わたしの名前はレティだよ?」

 

 

「――――――――ああ、俺も逃げてぇ……」

 

 

 マスターは逃げたわけじゃないぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「動くなって言ってんだろうが!」

 

 

「うわあ! 猫になった!」

 

 

「ふわふわ……」

 

 

「殺す気か貴様!? この状況で動かないなど、殺せと言っている様なものだぞ!?」

 

 

 遠慮なく我の身体を触りまくる二人の悪魔。

 

 この子らはマスターの言葉を素直に聞きすぎる!

 

 

「――――じゃあ、描くのやめ……」

 

 

「やッ!!」

 

 

「いや〜〜!」

 

 

「――――――――これが普通のガキだって忘れてただけだ……これが普通だ……殴ったら奴に潰されるぞ俺……!」

 

 

 こめかみに青筋を浮かべて震える宮本――――気持ちは分かるぞ。

 

 

「口の悪いお兄さん」

 

 

「んだとコラ!?」

 

 

「黙れ」

 

 

 電気銃――――再起動。

 

 

「ぎゃああああああああああッ!」

 

 

「気にするな。あれはああいう生き物だ」

 

 

「うん!」

 

 

「うん」

 

 

「それでどうした?」

 

 

 出来ればその手を離して欲しいのだが――――その笑顔を見る限り不可能だろうなぁ……

 

 

「ええと、お兄さんたちのお名前は?」

 

 

「そ、それは……」

 

 

 言っていいものか?

 

 ここがどこか分からない以上、下手に痕跡を残すわけにも……

 

 

「――――ぜ、全員が揃うまで秘密だ!」

 

 

「ダメ妖精め」

 

 

「くらえーい」

 

 

「うぎゃあああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 

「すごい! ぴかって光った!」

 

 

「どうやったの?」

 

 

 我だってダメだとは思うわ!!

 

 というか、ちび共よ。

 

 ――――これは芸じゃないから、拍手はいらんぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――で、小さい姉さん方はお帰りになったと」

 

 

「門限をしっかり守っておられたぞ」

 

 

「――――くそ、ガキはキライだ」

 

 

 マスターが戻ってきたのは日付が変わる頃だった。

 

 その手にはこの世界の通貨がぎっしり。

 

 

「――――どこで盗んだ?」

 

 

「全部合法ですよ! ――――すれすれですけど」

 

 

「嫁さんにちくってやる」

 

 

「アリサさんに諸々の秘密リークしますよ」

 

 

 なんて不毛な争いだ。

 

 

「まあ、蛇の道は蛇ということで――――納得しないと後悔しますよ」

 

 

「――――オーケー分かった」

 

 

「うむ」

 

 

 あの目は本気だ。

 

 こんな見ず知らずの世界で果てたくはない。

 

 

「で、この世界のことは分かったのか?」

 

 

「――――まあ、ある程度は」

 

 

 む? 珍しいな、この類の話でマスターが言葉を濁らせるなど。

 

 

「――――何かあったのか?」

 

 

「正確に言うなら『なかった』と言うべきでしょうね」

 

 

「は?」

 

 

 意味が分からん。

 

 我らはこの部屋に篭ったままだったから、外のことなど分からんぞ。

 

 だが、宮本と我の考えなど今のマスターにはどうでもいいらしい。

 

 

「――――ここはクラナガンです」

 

 

「へ?」

 

 

「そうなのか?」

 

 

 それにしては知らない構造物が多いように見えたが……

 

 我の中にはクラナガンを含めた複数の場所の地図が入力されている。

 

 このセーフハウスに到着するまで何度か走査したが、我の知るクラナガンにはあまり似ていなかったぞ。

 

 

「ですが、時空管理局が――――存在していません。魔法という技術はあるようですがね」

 

 

「な――!?」

 

 

「なんだと!?」

 

 

「おかしいと思っていたんです。その気になればクラナガンのどこからでも見えるはずの管理局地上本部が全く見えない。最初は過去にでも飛んだのかと思いましたが、どうにも世界そのものが違うようです」

 

 

 マスターはこの世界の図書館を探し当て、そこで情報を集めていたらしい。

 

 それによると、ここはミッドチルダのクラナガンである。

 

 だが、時空管理局という組織は過去から現在に至るまで、一時も存在したことがないという。

 

 

「本筋とは関係ないですが、この世界は幾度か次元災害に遭遇しているようです」

 

 

「こちらの世界にもそのようなものがあるのか……」

 

 

「どこも慌しいな、おい」

 

 

「ですねぇ」

 

 

 苦笑を浮かべるしかないのは、マスターの仕事故だろう。

 

 この世界において我らは異邦人でしかない。そのため、この世界に深く干渉することは避けるべきだ。

 

 それはつまり、マスターはこの世界で時空管理局の局員としての職務を果せないということになる。

 

 

「『ヒドゥン』という名称で、世界を滅ぼすほどの力を持ち、この世界の人々はその度に多大な犠牲の元、それを防いできた――――私が調べたのはこの程度です」

 

 

「ふむ……次元断層とも違うようだな」

 

 

「そうですねぇ――――私としては、この世界の在り様そのものに影響を与えるのではないかと考えますが。まあ、私の意見などどうでもよろしい」

 

 

「だな」

 

 

 少なくとも、我らの知るクラナガンではないということが分かった。

 

 それだけでもある程度は目標ができるだろう。

 

 

「――――とりあえず、帰る手段を探そうと思います」

 

 

「ま、妥当なところだな」

 

 

「――――帰りたくないだとか駄々を捏ねないように」

 

 

「俺かよ!?」

 

 

「――――ここなら平穏に暮らせるはずですから」

 

 

 知り合いが居ないからな。

 

 

「――――――――」

 

 

「悩むな馬鹿者。お前がこちらに居ることで影響を受ける者もいるだろうが」

 

 

「――――分かってるよ」

 

 

 ここでこやつが生きている以上そうそうすぐに問題が出るとは思えないが、法術でこの世に存在しているアリサ嬢に全く影響が出ないとも言い切れない。

 

 それに――――

 

 

「――――君が消えたということで大騒ぎ間違いなしです」

 

 

「――――お前が消えても大騒ぎだろうが」

 

 

「――――――――ですねぇ……」

 

 

「――――――――だな……」

 

 

 どちらも恐ろしい知り合いが多すぎる。

 

 普通からは遠く離れた知り合いが多い宮本に関しては言うまでもない。文字通り世界を股に掛けた捜索が繰り広げられているだろう。

 

ついでに、マスターを見つけようとグループ内の警備会社を総動員しかねない女性に心当たりがあるぞ。――――いや、あれは警備会社じゃない、私設軍隊だ。

 

 

「今頃海鳴では大騒ぎでしょうねぇ」

 

 

「クラナガンでも大騒ぎだろうな」

 

 

「機動六課が本来業務に戻れるのはいつでしょうか」

 

 

「奴らのことだから無理してでも普通の仕事してるだろうさ」

 

 

「――――色んな人たちが権謀術数を駆使してそうで面倒なんですが」

 

 

「――――首都航空隊の中将とかな」

 

 

「ゲイズ中将も悪い人ではないんですよ。ただ、思想に偏りがあるだけで」

 

 

「本音は?」

 

 

「――――もう少し大人しくしてくれるとありがたいなぁ、と」

 

 

 軍拡派と軍縮派の争いみたいなものだからな。

 

 戦力拡大を訴えるゲイズ中将と戦力の効率的な運用を訴えるマスター、仲がいいはずがない。

 

 二人の争いは管理局の名物とも言えるだろう。

 

 

「まあ、それはいいとして――――」

 

 

「いや、良くねえだろ」

 

 

 確かに。

 

 

「晩御飯にしましょうかねぇ」

 

 

「――――ボケか? それともマジか?」

 

 

「マジですよ」

 

 

 マスターが手に入れてきたのは、どうやらこの世界の通貨だけではないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――普通だな」

 

 

「桃子さんとかと比べられると困るんですけど」

 

 

「宮本の舌は何気に肥えているからな。――――あれだけ美味なものを食べ続けているのだから当たり前だが」

 

 

 ようは餌付けだ。

 

 

「――――今、何考えた」

 

 

「――――貴様が餌付けされたということだ」

 

 

「――――――――」

 

 

 黙りこむ宮本の脳裏に何が映っているか、手に取るように分かるぞ。

 

 高町家、月村家、八神家、ハラオウン家、さざなみ寮、ついでにクルス・ミナセ家――――舌が肥えないはずはない。

 

 

「まあ、元々が貧乏舌だからな。肥えやすかろう」

 

 

「うるせえ」

 

 

 知ってるぞ、『コンビニ小僧』から色々聞いているからな。

 

 

「――――はぁ」

 

 

「――? どうしたマスター」

 

 

 この世の終わりといった感じだぞ。

 

 

「――――――――夕食までに帰れなかった」

 

 

「っておい!?」

 

 

「ああ……――――今度は何時間無言で睨まれるんだろう」

 

 

「聞いてねえし!」

 

 

「あの姿で涙目は無理です。いろんな意味で無理です」

 

 

 実は時空管理局最高の恐妻家だったりするのだろーか、うちのマスター。

 

 

「君も六課の宿舎に招待されていたのでは?」

 

 

「ていうか、民間人を宿舎に入れるなよ!!」

 

 

 貴様の口から常識が出てくるとはな。

 

 だが問題ない。

 

 

「――――きちんと申請すれば問題はないのだ」

 

 

「いつの間にしたんだよ!?」

 

 

「つい数日前にマスターが許可した」

 

 

「――――私も彼女たちを止めることはできないもので」

 

 

「実は無法地帯!? 管理局ってそんな組織!?」

 

 

 すまん、否定できない。

 

 まああれだ。

 

 

「人の恋路を邪魔して地獄行きはちょっと……」

 

 

「お、俺が地獄に送ってやるぅううううううううううう!!」

 

 

 食事は静かにするものだぞ、宮本。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは〜〜!!」

 

 

「こんにちは!!」

 

 

「って、何故に!?」

 

 

 レティとリンディ、今日も来たのか。

 

 

「――――良介君」

 

 

 ちび二人から見えない位置で、マスターが宮本に囁く。

 

 

「な、なんだよ……?」

 

 

「私は部屋で資料を漁ったり作業場でやることがありますので子守はお任せしますでは」

 

 

「早ッ!? もういねえし!!」

 

 

 さっさと逃げたな。

 

 妥当な判断だが……

 

 

「――――しっぽのお兄さん、いないの?」

 

 

「レティ?」

 

 

 どうしてそこまで悲しげな顔を?

 

 

「今日は遊べると思ったのに……」

 

 

「――――マスターは保父でも学校の教師でもないぞ」

 

 

「せっかく遊び道具たくさん持ってきたのに……」

 

 

「だからここは託児所じゃないと――――」

 

 

「リンディは口の悪いお兄さんがいればいいんだもんね」

 

 

「ち、ちがうよ……!」

 

 

「――――――――」

 

 

 これが普通だ…………マスターのお子たちが珍妙なだけだ…………

 

 

「つーかその呼び方やめろ!」

 

 

「じゃあ、お名前は?」

 

 

「ぐ……!」

 

 

 む、レティという存在相手ならいつでもどこでも宮本が劣勢だったのだな。

 

 相手が十に満たぬ子供だというのにまるで勝てる要素が見つからん、それでも二十代後半の大の男か貴様、いくら見た目が若いとはいっても二〇歳近く年下の子供だぞ相手は。

 

 

「――――剣士ですよ」

 

 

「ぬおッ!?」

 

 

「けんし?」

 

 

「そうです。彼は自分が剣士であることに大きなこだわりがあるようですから、是非ともその名前で呼んであげてください」

 

 

「黙れこの野郎!!」

 

 

「あっはっはっはっは――――では失礼します」

 

 

「何しに出てきたんだよ!」

 

 

「無論、嫌が――――もとい、フォローに」

 

 

「嫌がらせって言った!?」

 

 

「分かった、剣士のお兄さんだね」

 

 

「リンディ!? ぬおおおおおおおおおおお!? 何故か非常にムカつく!!」

 

 

 荒波に翻弄されているのに、誰にも文句が言えない現状に腹を立てているのだろうな。

 

 マスターは部屋に逃亡、ちび二人に文句を言うわけにもいかない。

 

 

「――――――――」

 

 

 うん? 急に黙ってどうした?

 

 

「――――おい、やつはいんけ――――ぐぼッ!」

 

 

 報復は成らなかったらしい。

 

 

「そうでした。朝ご飯の片付けはよろしく」

 

 

「……………………」

 

 

 いや、多分聞こえてないと思うぞ。――――軽く痙攣してるし。

 

 というか、その手に持った整備工具は何だ?

 

 

「しっぽのお兄さんは遊んでくれないの?」

 

 

「すみませんねぇ。これでも色々やることがありまして」

 

 

「――――――――残念」

 

 

「な、泣いてもダメですよ!?」

 

 

 う〜む、あれか? 存在レベルで勝てないようになっているのか?

 

 

「――――――――」

 

 

「――――――――」

 

 

「――――――――ぐすん」

 

 

「のおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!? 分かりましたから泣くのだけは勘弁してくださいぃ!」

 

 

 いや、マスター……?

 

 多分レティは――――

 

 

「うん、分かった」

 

 

「騙されたぁあああああああああああああああああッ!?」

 

 

 ほれみろ、だから嘘泣きだと――――言ってなかったか。

 

 

「じゃあこれ!」

 

 

 リンディが取り出したバッグ、その中に入っているのは――――

 

 

「――――ものすごく嫌な予感がするんですが、これは…………」

 

 

「おままごとセット!!」

 

 

「――――――――いっそ殺してください」

 

 

「気持ちは分かるが耐えるんだマスター、お子たちと遊んでいると思うんだ…!」

 

 

 我とてバッグの中身を見たときには背筋が凍ったぞ。だが、ここで敗れるわけにはいかんのだ。

 

 

「――――良介君を気絶させるんじゃなかった……」

 

 

「後悔先に立たずという言葉を知っているかマスター」

 

 

「――――今、その真の重みを知ったところです」

 

 

 泣くな、マスター。

 

 

「最初はわたしがお母さんで、しっぽのお兄さんがお父さん、リンディが子供ね!」

 

 

「うん!」

 

 

「――――――――」

 

 

「――――――――惨い」

 

 

 もうすぐ三十路の男が赤の他人の子供と飯事――――その精神的ダメージは計り知れんな。

 

 

「妖精さんは赤ちゃんね!!」

 

 

「何だとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ……いてて……」

 

 

「起きたのか宮本」

 

 

「――!! あの野郎はどこだ!? 一発殴ってやる! ――――って何やってんだ?」

 

 

「見ての通り、隣の家の子供役だ」

 

 

「は!?」

 

 

 配役を変えて五回目。

 

 我はついにこの役に堕ちた。

 

 そう――――こやつの子供役にな!

 

 

「――――何やってんだよ」

 

 

「――――子供らに付き合って飯事中だ。マスターは仕事に行った夫役なので、隣の部屋に篭っておられる」

 

 

「――――詳しい状況が知りたくねぇ……」

 

 

 おそらく家庭での精神ダメージが大きすぎて仕事に逃げたに違いない。

 

 典型的なダメ親父だ。

 

 む? レティたちがこちらに気付いた。

 

 

「あら? だんなさんが起きたわよ」

 

 

「あら本当! おはようあなた!」

 

 

「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、宮本が部屋を転げ回る。

 

 おそらく自分の配役に気付き、よりにもよってリンディに『あなた』と呼ばれたのが心に突き刺さったのだろう。

 

 

「でもいいわねぇ、あなたはだんなさんが優しくて……」

 

 

「そうでもないわよ、あなたのだんなさんだってここぞというときには頼りになるじゃない」

 

 

「――――――――俺も仕事に行ってくる」

 

 

「何ぃ!? 我はどうするんだ!」

 

 

 生まれて間もないという設定のため、喋ることすら許可されていないんだぞ!?

 

 この人形用の涎掛けが見えんのか貴様!!

 

 

「きょうは早いんですか?」

 

 

「――――あの陰険野郎と一緒だ、多分な」

 

 

「燃え尽きてる!?」

 

 

 あの宮本が一切抵抗せずに見送られているとは……!

 

 恐るべし、『おままごと』!!

 

 

「はーい、ぼくはご飯のじかんですよ〜〜」

 

 

 ちょっと待て!

 

 何故に服をはだけ――――確かに母乳は大切だが、ってのおおおおおおおおおおおおおおッ!!

 

 

「だ、誰か助けてぇえええええええええええええぇぇ〜〜……もごッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――お互い大変だな」

 

 

「――――私は今、君が後光を背負っているように見えますよ」

 

 

「――――奇遇だな。俺もお前が救いの神に見える」

 

 

≪…………――――――――かんぱーい……≫

 

 

 部屋の隅で縮こまって晩酌――の振り――をする二人の男。

 

 その背中には恐ろしい密度の影が集まっているように見える。

 

 我はすでに寝たという設定のため、二人とは反対側の床に寝ておる。

 

 

「ほんとうに、仕事もできてやさしいだなんてりそうてきじゃない」

 

 

「うふふふ――――ほんとうに優しいけど、さいきんは仕事ばっかりなのよ」

 

 

「ああッ!? 心が痛い!?」

 

 

 常日頃の自分を当て嵌め、奥方にそう言われているのではないかということに気付いたのだな。

 

 

「あなたのだんなさんだってみんなに慕われているじゃない」

 

 

「そうねぇ。でも、うわきがしんぱいで……」

 

 

「げほッ! げほッ!!」

 

 

 自分を中心に巻き起こった騒動を思い出したのだな、宮本。

 

 ――――しかし、子供とはよく見ているものだなぁ……

 

 

「――――親の顔が見てみたいものですねぇ」

 

 

「――――とりあえず一発殴るがな」

 

 

 気持ちは分かるぞ二人とも。だが、我は知らん。

 

 

「ああ、でもね。優しくてもよるのほうは――――」

 

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 

「あらなあに、あなた」

 

 

 それは叫ぶだろう。

 

 叫ばなければ人間として生きてていけなくなる。

 

 

「よ、よその方にそういうのはちょっと……」

 

 

「そうなの?」

 

 

「どらまとか、本とかではふつうに描いてあるよ?」

 

 

――――――――少女漫画恐るべし……! ついでにメロドラマ恐るべし……!

 

 

「――――この世界って、すごく怖いかもしれない」

 

 

「――――俺らの周りにいる連中が変なだけだろ」

 

 

「――――普通って恐ろしいものだったんですね」

 

 

「――――知るか」

 

 

「――――ああ、普通とは程遠い人生ですもんね」

 

 

「――――テメエの責任も多少はあると思うんだが」

 

 

「――――私がいなかったら被害届が三倍になってますよ、きっと」

 

 

「――――ギンガに情報をリークしたろ?」

 

 

「――――リークじゃなくて情報提供ですよ」

 

 

「――――何が違うのか教えてくれ」

 

 

「――――――――気分?」

 

 

 お。

 

 

「――――よし、そこを動くな。すぐにコロシテヤル」

 

 

 いつもの騒ぎも静かなものだな。

 

 まるで半死人が戦っているようだ。

 

 

「そうだ! こんど一緒にりょこうに行きましょう!」

 

 

「いいですね! だったらあのひとにお休みとってもらわなきゃ!」

 

 

 本当にこんな会話が行われているとしたら、井戸端会議には絶対に近付かんぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――で、どうしたんですか? その格好は」

 

 

「剣士のお兄ちゃんに虫とり教えてもらったの!」

 

 

「よかったですねぇリンディ……――――泥だらけですけど」

 

 

「その目は何だこら!」

 

 

「――――――――リンディ、レティ、そこの剣士にお風呂に入れてもらいなさい」

 

 

≪は〜〜い!!≫

 

 

「なんですとぉッ!?」

 

 

「さっさと行きなさい」

 

 

「うおおおおおおッ! 放せぇえええええええええええッ!!」

 

 

 宮本が引き摺られていった数分後、上機嫌なちび二人の歌声が聞こえてきた。

 

 我には宮本に対する鎮魂歌に聞こえたがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら! きょう学校でつくったの!」

 

 

「ほうほう、よくできてますねぇ……色んな意味で」

 

 

「ほんと!?」

 

 

「ええ、本当ですよ……あくまでいろんな意味で、ですけど」

 

 

「じゃあ、食べて!」

 

 

「――――――――やってしまった」

 

 

「くくくく…………リンディはうまく作れたもんな?」

 

 

「うん! 先生もほめてくれた! でも、レティは――――持って帰りなさいって」

 

 

「――――その教師の名前を教えてください」

 

 

「ヤル気かおい!?」

 

 

「ねえ! 食べて食べて!」

 

 

「ぐ……」

 

 

 あれはクッキーじゃない、黒い何かだ。

 

 ちなみにマスターは泡を吹いて喜んでいたぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから、私たちは参観日には行けないんですよ」

 

 

「い〜〜や〜〜ッ!!」

 

 

「やッ!!」

 

 

「――――どうにかしろよ」

 

 

「分かってますよ。――――ほら、私たちはここで待ってますから」

 

 

≪や〜〜〜〜〜〜ッ!!≫

 

 

「――――困りましたねぇ」

 

 

「全然困った顔してねぇからムカつくよな」

 

 

「おや、それはもっと困った」

 

 

「いっぺん死んで直して来い」

 

 

「あっはっはっは」

 

 

≪さんかんび〜〜〜〜ッ!!≫

 

 

「――――はぁ、仕方がない」

 

 

「その目は何だ…! だ、ダメだぞ俺は……」

 

 

「うん、そうしよう」

 

 

「おいこら! その目をやめろぉおおおおおおッ!!」

 

 

 その日の参観日には得体の知れない一人の男が参加していたらしい。

 

もっとも、誰もそれを疑問に思わなかったのは、ひとりの魔王が幼い子供の願いを叶えたからだとか。

 

 とりあえず、二人は満足した。

 

 ちなみにマスターがどこから参観していたのかは、本人だけの秘密だそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、アニーさん…………すみません…………だから泣くのだけは〜〜…………」

 

 

「む〜〜…………しっぽ……とどかないぃ……おにいちゃん……の……ばか〜〜……」

 

 

 徹夜の疲れが出たのか、壁に寄り掛かったまま眠りこけているマスターと、それにへばり付いて眠っているレティの寝言がここまで聞こえてくる。

 

 その内容はどちらも個性が出ていて、聞いている我としては何とも愉快。

 

 お子たちにも人気だからな、マスターのしっぽは。

 

 対するあちらは――――

 

 

「ぐぐぐ…………お、おも…………」

 

 

「く〜〜…………」

 

 

 床で大の字になって寝ている宮本と、その上で丸くなっているリンディ。

 

 こちらも、らしいといえばらしいかもしれんな。

 

 だが――――

 

 

「――――別れは来るのだぞ、マスター、宮本」

 

 

 どれ程強い想いがあっても越えられぬ壁は存在する。

 

 それは、人が越えてはならない壁だ。

 

 それを超えることは、おそらく大きな悲しみを作り出すこと。

 

 

「――――――――」

 

 

 この子らの生活はよく知らん。

 

 ここに来ているときは、どうやら二人で遊んでいることにしているらしい。

 

 まあ、妥当な判断だろう。一歩間違えればマスターたちは誘拐犯になってしまう。

 

 

「――――好き、なのだろうな」

 

 

 それが如何なる種類の感情なのかは、我には分からん。

 

 幼き子供が大人に向ける憧憬。年齢の離れた友人に向ける友愛。ひょっとしたら、ただ懐いているだけかもしれん。

 

 

「――――――――どちらにしろ、この子らは泣くのだろうな」

 

 

 別れを経験することは多くある。

 

 それは、どれ程幼い子供でも変わらん。

 

 

「こちらの世界に来てひと月。さて、どうなるか……」

 

 

 我としては早めに帰ることを推奨するぞ。

 

 これ以上共に過ごせば、この幼き二人の少女の心に刻まれるだろう――――二人の男が、この世界に確かに存在していたという記憶が。

 

 幼き思い出として忘れ去られることなく、生涯に亘ってその心に生き続ける。

 

 それは、マスターも宮本も望まぬだろう。

 

 

「――――――――すまんな、リンディ……レティ……」

 

 

 我は、お前たちの悲しみを望むしかないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つかった?」

 

 

「ええ、可能性というだけですが」

 

 

 マスターが夕食の席でそれを切り出したとき、我はこの時が来たと思った。

 

 

「ど、どんな方法なんだ!?」

 

 

「――――――――しいて言えば、釣りですかねぇ」

 

 

「はあッ!?」

 

 

 気持ちは分かるが、落ち着け宮本。

 

 

「良介君の『力』を使います」

 

 

「『力』っつーても――――」

 

 

「うむ、宮本の力は己の願いを叶える類のものではないぞ」

 

 

「ええ、分かっています」

 

 

 ふむ、それなら――――

 

 

「では、マスターの願いを叶えるということか?」

 

 

 一応、それは可能なはずだ。

 

 本人たちが嫌がっているために実現していないが。

 

 

「げ」

 

 

「露骨に嫌な顔をされるのにも慣れましたよ」

 

 

 だが、それで帰ることができるというならやる価値はあるだろう。

 

 

「ですが、それでは帰ることができません。私は戻っても良介君が取り残される可能性が高いですね」

 

 

「――――なるほど」

 

 

 たとえマスターが一人で戻っても、宮本を助けに戻ることはできまい。

 

 次元世界唯一の法術の使い手は、この異世界に残されるのだから。

 

 

「じゃあ、どうすんだよ?」

 

 

「――――君の『力』はどのような条件で発動しますか?」

 

 

 マスターは静かに宮本に問う。

 

 その顔は、明らかに向こうの世界でのものだ。

 

 

「それは――――」

 

 

「他人との『繋がり』、あるいは『絆』と呼ばれるものが必要なはずです」

 

 

「ま、まあな」

 

 

 孤独を愛すると公言して憚らない男の最大の『力』が他人のため、それを疑問に思ったことは幾度もある。

 

 だが、この男を慕う者たちを見ていると、これ以上この男に相応しい『力』はないのではないかと思えてくるから不思議だ。

 

 

「その『繋がり』と、世界の復元作用を利用します」

 

 

「復元作用ってのはあれか? あるべき状態に戻ろうとするっていう」

 

 

「ええ。すべての存在は、その存在にとってもっとも安定した形を求めます。――――アリサさんに教えてもらったんですか?」

 

 

「うるせい」

 

 

「結構、それを知っているなら話は早い」

 

 

 マスターは空中にモニターを展開する。

 

 ちなみにこれは元々この世界にあった技術だ。

 

 

「まずは、我々が生まれた世界がここ」

 

 

 その言葉と同時にモニターの一点が示される。

 

 

「そして、この世界」

 

 

 最初の点からモニターの中央を通過し、反対側にもう一つの点が図示される。

 

 

「この間には、我々が越えたことがないような。あるいは管理局すら知らない次元空間(うみ)が存在していると考えられます」

 

 

「ふんふん」

 

 

 宮本、本気で理解しているか?

 

 

「少なくとも、私が使用可能な転移魔法でこの『うみ』を越えることは不可能です」

 

 

「それは分かってる」

 

 

 そうでなければ、この世界に留まる理由もない。

 

 

「そこで君の登場です」

 

 

「――――理由を言え」

 

 

「もちろん。――――君の『力』は『絆』の力、それを糸や紐に譬えて私たちを引っ張ります」

 

 

「は?」

 

 

 分かるぞ宮本、我にもさっぱり分からん。

 

 だからマスターは言葉が足らんと言うのに。

 

 

「君には多くの繋がりがある。次元航行艦を係留できるような特殊素材のロープから原子同士を繋げられるほど細い糸まで、君が気付かないうちに繋がれた『絆』を含めれば、それこそ数百、数千に達する『繋がり』です」

 

 

「お、おお」

 

 

 半分分からなくなっている可能性があるな。

 

 

「その『繋がり』は、ほぼ間違いなく私たちの世界に繋がっているでしょう。それを利用します。この世界の影響圏から離脱することができれば、その『繋がり』と本来在るべき世界が私たちを引き寄せ、もっとも君と繋がりが強い場所――あるいは人へと帰ることができるでしょう」

 

 

 モニター内ではマスターの言葉の通りに画像が動く、だが――――

 

 

「――――――――日本語でぷりーず」

 

 

 ええい、野人め。

 

 

「簡単に言うと、もともとの世界に私たちを釣り上げてもらうということです」

 

 

「――――なるほど」

 

 

「分かってないだろう」

 

 

「うるせえ、テメエも分かってないだろうが」

 

 

「ふ、我は警備端末だ。このような学者の領分に興味はない」

 

 

 マスターも本業は違うが、面白がって知識を叩き込んだ師がいるからなぁ。

 

 

「まあ、それはいいでしょう。方法としては、私の転移魔法で世界の影響圏外まで飛び出し、その後は引き寄せられる力のままに戻るだけです。だた――――」

 

 

「ただ?」

 

 

 嫌そうな顔をするな宮本。

 

 

「私が君の『力』にアクセスしなくてはならないんですよねぇ……」

 

 

「断る」

 

 

「女性じゃなくて悪かったですね」

 

 

「違うわボケェッ!!」

 

 

 本気で嫌がっているわけではないだろうがな。

 

 宮本とて帰らなくてはならない理由がある。

 

 

「そうしないと、とんでもない所に飛ばされかねませんので、そこのところよろしくお願いします」

 

 

「――――――――ち」

 

 

「はい、以上で作戦会議終了。次の問題は、どうやってこれをあの子たちに伝えるかですね」

 

 

≪あ≫

 

 

 それを忘れておった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪や〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!≫

 

 

 こうなると思った。

 

 

「――――――――俺にはどうにもできねえからな」

 

 

「――――――――分かってますとも」

 

 

 本音では分かりたくないだろうがな。

 

 

「ほら、私たちは所詮旅人ですし、一所に留まれないんですよ」

 

 

 ある意味漂白民だ、少なくともこの世界では。

 

 

「だったらわたしの家に来てもいいよ! だから……」

 

 

「うん! 剣士のお兄ちゃんはわたしが守るから!!」

 

 

「――――――――」

 

 

「――――――――懐かしいと思っているでしょう」

 

 

「やかましい」

 

 

 海鳴に来てからのこやつの行動はすべて知っているからな、マスターにとっては苦笑いも浮かぼうというものだ。

 

 

「――――ですが、私たちは行かなくてはなりません」

 

 

「やだ!」

 

 

「レティ……」

 

 

「まだまだ遊んでほしいもん! いっしょに行きたいところもたくさんあるもん!」

 

 

「――――――――」

 

 

 どういう表情を浮かべればいいのか分からないのだろう。

 

 我は、マスターのこのような表情を知らん。

 

 

「わたしもヤダ!」

 

 

「おい、リンディ……」

 

 

「ちゃんと大きくなる! ちゃんと大きくなって剣士のお兄ちゃんのお手伝いするから!」

 

 

「――――――――くそ」

 

 

 眩しいまでの願い。

 

 この世が別れで満ちているからこそ、この願いは眩しいのだろうな。

 

 

「ねえ、しっぽのお兄ちゃん! わたしが頑張るから! 一緒に居られるように頑張るから! ――――お願い!!」

 

 

「お願い!!」

 

 

 マスターが決定権を持っていると判断したのだろう、二人はマスターに詰め寄る。

 

 その目に涙が浮かんでいるように見えるのは、決して光学センサーの誤作動ではあるまい。

 

 だが――――

 

 

「――――――――駄目です」

 

 

≪!!≫

 

 

「――――これは君たちとなんら関わりのないこと、君たちに私たちの将来を決める権利も意見を言う権利もありません」

 

 

「お、お兄ちゃん……?」

 

 

「どうして……」

 

 

「――――今日はもう帰りなさい」

 

 

「や――――」

 

 

「帰りなさい!!」

 

 

≪ッ!!≫

 

 

 マスターの剣幕に、二人が圧倒される。

 

 もはや涙は、その目から零れていた。

 

 

「剣士のお兄ちゃん……」

 

 

 リンディが縋るような視線を宮本に向ける。

 

 だが、マスターの意図を無視するような男ではない。

 

 

「――――」

 

 

「お兄ちゃん……!」

 

 

 ただ、目を背ける。

 

 それがこの男の拒絶の意思だった。

 

 

「――――い」

 

 

「――――――――」

 

 

「――――らい」

 

 

「――――――――」

 

 

「――――きらい」

 

 

「――――――――」

 

 

「お兄ちゃんなんか、だいっきらいッ!!」

 

 

「――――そうですか」

 

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」

 

 

「レティ!」

 

 

 マスターの冷たい言葉にレティが飛び出す。

 

 

「――――――――ッ!!」

 

 

 その後ろ姿に目をやり、部屋の中の宮本に視線を送り、リンディはレティの後を追った。

 

 

「――――?」

 

 

 走り去った二人を見送ったマスターはその場に落ちていた何かに気付き、手を伸ばす。

 

 そこにあったのは――――

 

 

「――――下手くそな折り紙だな」

 

 

「――――君が教えたんでしょう?」

 

 

「――――違いねぇ」

 

 

「――――でも、よく飛びそうだ」

 

 

 マスターは折り紙で作られた飛行機を眺め、目を細める。

 

 その目には、先ほどまでの視線など欠片も残っていなかった。

 

 

「――――――――さあな、一緒に飛ばそうと思って持ってきたんだろ」

 

 

「――――――――私は非道い人間ですね」

 

 

「何を今更言ってやがる。テメエが極悪非道な陰険提督だってことは、俺が一番よく知ってるぞ」

 

 

「――――冷たいですねぇ」

 

 

「冷たくて構わないね。だから――――泣くなよ」

 

 

「おや?」

 

 

 マスターの目からは、確かに涙が零れていた。

 

 出会わなければ良かったとは思わない。だが――――否、だからこその涙。

 

 

「泣いてませんよ。目にゴミが入っただけです」

 

 

「――――そうかい」

 

 

「そうです」

 

 

「――――――――ふん、近頃のゴミは侮れねぇな」

 

 

「ですねぇ」

 

 

 それっきり、二人は何も喋らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日、作戦の決行当日になってもあの二人は現れない。

 

 

「――――このまま、か」

 

 

「――――それもいいでしょう。冷たい男が小さい頃自分を泣かせた、それくらいの記憶で済むんじゃないですか?」

 

 

「――――け」

 

 

 部屋にはもう物が残っていない。

 

 必要だからと揃えた品々はすでに処分したからだ。

 

 あの子たちが残したものも、一つを除いてすべて家に届けた。留守を狙った上で、姿を消したマスターが届けた。

 

 

「今日の夕方には決行します」

 

 

「はいよ」

 

 

「――――――――」

 

 

 我は知っている。

 

 マスターのポケットの中に紙飛行機が入っていることを――――

 

 宮本のスケッチブックにあの子ら二人の姿が描かれていることを――――

 

 そして――――この二人もお互いに知っている。

 

 ただ、お互いに不干渉を貫いているだけだ。

 

 

「――――――――」

 

 

 部屋の壁に寄り掛かったままの宮本。

 

 窓の外を眺めたままのマスター。

 

 もう、この世界に心を残すまいとしているのだろう。

 

 もう、この世界に想いを残すまいとしているのだろう。

 

 しかし――――――――運命はそれを受け入れなかった。

 

 

「――――! あれは!!」

 

 

 窓の外を眺めていたマスターが声を上げる。

 

 その視線は遥か遠くへと向かっていた。

 

 

「――? どうした?」

 

 

「ニュースを! 早く!」

 

 

「お、おお」

 

 

 最後に残っていた映像端末のスイッチを宮本が入れる。

 

 そこに映し出されていたのは――――

 

 

≪――――りません! 全く分かりません! どうしてこのような巨大な生物が都市の防衛網を突破できたのか、行政府も正式な発表を出しておりません!! ですが、最高行政執行官は国家非常事態宣言を発令! 市民に避難勧告が発せられました!≫

 

 

「なんだ、これ?」

 

 

 黒い靄が、意思を持って暴れている光景だった。

 

 

「――――『ゴースト』? いや違う!」

 

 

≪首都防衛隊の攻撃も全く通じておりません! 魔法を含め、あらゆる攻撃が素通りしているようです!!≫

 

 

 ヘリか何かからの映像なのだろう。

 

 大空からの目は、街を破壊する黒い靄に向かって放たれ――――そのまま通過する光の筋を映していた。

 

 そして――――

 

 

「おいおいおい……!」

 

 

「レティ! リンディ!」

 

 

≪ですが、まだ市民の避難も終わっておりません! 警察や防衛隊の人員による避難誘導が行われ、これまでに犠牲が出たという情報はありませんが、このままでは犠牲者が出るのも時間の問題だと思われます!!≫

 

 

 画面の中で手を取り合って逃げていたのは――――我らがよく知る小さな姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だあくそ!! 運命なんて大嫌いだ!!」

 

 

「私も運命の女神とだけは会いたくありません!」

 

 

 ガレージへと走る二人の顔からは、いとも簡単に焦燥が見て取れる。

 

 マスターにとっては自分の手が届かない場所で知り合いが危険に晒されているということが原因。

 

 宮本にとっては毎度毎度起こる騒動に対する怒りと、こうして走るしかない自分への苛立ち。

 

 

「でも、ガレージに何があるんだ!?」

 

 

「『秘密兵器』です」

 

 

「は?」

 

 

 その言葉と同時に、ガレージへの扉が開かれた。

 

 そこにあったのは――――

 

 

「バイク? だよ、なぁ?」

 

 

「――――知るか、我には二輪車には見えん」

 

 

「まあ、な」

 

 

 そこにあったのは、普通の大型二輪車の倍近い長さを持った『化け物』だった。

 

 空間センサーを持つ我には分かる。

 

 これは二輪車ではない――――六輪駆動のモンスターだ。

 

 白に散りばめられた七の色。

 

 装甲車のものではないかと思うほど巨大な発動機。

 

 僅かに距離を開けて設置された前後二つのシート。

 

 そして、航空機のそれを思わせる制御盤。

 

 

「三輪のバイクか?」

 

 

「いいえ」

 

 

 確かに横から見ると前部に二輪、後部に一輪の三輪バイク。

 

 だが――――

 

 

「前か後ろから見てみろ」

 

 

「――――――――って、何だこれ!? タイヤが二つ!?」

 

 

 我の言葉に従って『化け物』の後方に回った宮本が見たものは、並ぶようにぴったりと接した状態の二つのタイヤ。

 

 あえてたとえるなら、『はんばーがー』という奴が一番近いだろうか。

 

 そして、このバイクはおそらく……

 

 

「――――七四式強行偵察用高機動六輪車、それをモデルにしたものです」

 

 

「ななよん……?」

 

 

「管理局地上武装隊の装備として制式採用されたものだ。だが――――」

 

 

「これは魔導師専用の代物で、一般局員には扱えないものなんです。その上、魔導師にも高い技量が求められる」

 

 

「魔導師にバイクの技量って……」

 

 

 宮本の言葉も尤もだ。

 

 

「――――そうです。使える人間が少なくて、予算一期限りの購入となりました。私も自分とフェイトさんとほか数人くらいしか乗れる人間を知りません。まあ、フェイトさんも二度と乗りたくないと言っていましたがね」

 

 

「うげ」

 

 

 あの運動神経抜群のフェイト嬢にそんな言葉を吐かせた六輪車。

 

 宮本の顔も頷ける。

 

 

「――――それでも高い性能があったので、こうして万が一の事態に備えて作っていたのです。ほら『こんなこともあろうかと』ってことで」

 

 

「作ったのかよ!?」

 

 

「設計図は持ってきた端末の中にあったので、後は部品だけです」

 

 

「才能魔人なんて嫌いだぁあああああああああああッ!!」

 

 

「――――マスターはデバイスマイスターの資格も持っているぞ。これほどの腕前だとは知らなかったがな」

 

 

 さらにいえば、これはデバイス技術者の領分ではないぞ。

 

 

「――――――――ふ、懐かしき思い出に乾杯」

 

 

「壊れてる!?」

 

 

 マイスター修行時代に何があったマスター。

 

 キャラが違いすぎるぞ!?

 

「そして、これです」

 

 

 マスターはガレージの片隅からあるものを持ってくると宮本に投げ渡した。

 

 

「――――服?」

 

 

「はい、防刃防弾耐火耐衝撃ついでに耐魔法性能を持った防護服です。これは色んな部署で普通に使われてますね。説明はいいのでさっさと着てください」

 

 

「分かった」

 

 

 闇を溶かしたような黒い防護服、宮本はそれに着替え始める。

 

 それを確認すると、マスターは懐から鍵を取り出し、それを六輪車の制御盤に差し込んだ。

 

 通常のバイクよりもいくつかの計器が増えているが、マスターはそれを把握しているらしい。

 

 

「――――さあ、最初で最後の大仕事ですよ。『サンダーボルト』」

 

 

 その言葉と共に、鍵を回す。

 

 瞬間――――

 

 

All light! My Lord!!(絶好調だぜ! 我が主!!)≫

 

 

「むおッ!? 喋った!?」

 

 

 鍵に付いた緑色の宝石が煌めき、合成音声が響き渡った。

 

 

「デバイス――なのか?」

 

 

「厳密には違いますけどね。ストームレイダーのようなものです」

 

 

「ああ、あのヘリの」

 

 

「この『サンダーボルト』の制御用に創った意思です。まあ、確かに魔法補助はできますがね」

 

 

「――――部屋に篭ってこんなの創ってたのか」

 

 

「こんなこともあろうかと」

 

 

「それ好きだな、お前」

 

 

「――――言ってなきゃやってられません」

 

 

「――――お疲れさん」

 

 

「――――はい」

 

 

 そんなことはどうでもいい。

 

 

「――――さっさと行くぞ」

 

 

「――――もちろん」

 

 

「――――ふん」

 

 

 我の言葉に答え、マスターがバリアジャケットを纏う。

 

 邪魔な純白の外装を取り払ったその姿は、確かにこの『化け物』の乗り手(ライダー)に相応しい。

 

 そして、もう一人の乗り手は――――

 

 

「はい、ヘルメット」

 

 

「――――いらん」

 

 

「まあ、いいですけどね」

 

 

 手渡されたヘルメットを断っていた。

 

 視界が遮られるという点では、宮本の判断は正しい。

 

 まあ、バリアジャケットも満足に展開できないことを加味すると、それが正しい判断かは分からん。

 

 

「バイクは乗れるはずなので、説明はしません。六課にあった原付は君のものらしいですから」

 

 

「うおいっ!? 原付と『これ』を一緒にするなよ!! 明らかに違うだろ!?」

 

 

「親戚みたいなものです」

 

 

「遠すぎる親戚だなオイ!?」

 

 

「――――試算だが、貴様の原動機付自転車の五〇倍から一〇〇倍の排気量だと思われるぞ」

 

 

 CCによる排気量換算だが。

 

 

「最低二五〇〇!?」

 

 

「管理局最強のバイク――――の親戚です」

 

 

「人類と類人猿くらい違うわ!!」

 

 

「さて、行きましょうか」

 

 

「待て! やっぱりヘルメ――――」

 

 

 宮本の焦ったような声を、甲高い悲鳴が遮る。

 

 それは、この『化け物』の産声だった。

 

 身体を震わせ、後部にある四つの排魔力・排気口から光の粒を吐き出している。

 

 

『さっさと乗ってください、時間がない』

 

 

『だあああッ!! 運命なんて嫌いだ!!』

 

 

 念話に答え――我にも受信機が付いている――宮本が『サンダーボルト』の後部シートに跨る。

 

 胴体の側面に付いたバーを握り締めると、その姿は騎兵によく似ていた。

 

 そう、戦場を駆ける神速の騎兵だ。

 

 

『ブレスト、良介君のジャケットに付いてください』

 

 

『了解』

 

 

 マスターの言葉に従い、宮本の防護服の各所にある接合部にその身を接続する。

 

 

「おい!?」

 

 

『君の補助に回ってもらいます。私は運転手なので』

 

 

『俺にあの化けもんと戦えってか!?』

 

 

『あの子たちを助け出すまでです』

 

 

『――――分かったよ!』

 

 

 再び前傾姿勢をとる宮本、その顔にはやはり焦りがあった。

 

 そして――――マスターがアクセルを吹かす。

 

 先ほどとは比べ物にならない光が排出口から噴出し、ガレージ内を染め上げた。

 

 

『では、騎兵隊の出陣といきましょう』

 

 

『うがああああああああッ!! 矢でも鉄砲でも持って来い!!』

 

 

『では――――――――テイク、オフ……!』

 

 

『テイクオフって、ぎゃあああああああああああああああああああああああああああッ!!』

 

 

 『サンダーボルト』は、その名に相応しい速度でガレージを飛び出した。

 

 そう『落雷』の如く。

 

 

(――――近所の窓ガラス、衝撃波で割れてなかったか?)

 

 

 その言葉は、宮本に言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ぎゃあああああああああああああッ!! 速い! 落ちる! 死ぬぅ!』

 

 

『宮本よ、速度を計ってみたのだが――――』

 

 

『何だこの野郎!?』

 

 

『時速二〇〇キロを越えたぞ。ついでにぐんぐん加速中だ』

 

 

『――――死ぬぅううううううううううううううううううううううッ!!』

 

 

『大丈夫ですよ。最高速度の五分の一以下ですから』

 

 

『音速かよ!?』

 

 

『最高速度試験ではそうでしたね。まあ、実際の道路では無理でしょうが』

 

 

『やっぱり死ぬぅううううううううううううッ!!』

 

 

 先ほどからハイウェイを走る車を抜きまくっているからな。

 

 我の前を驚いた運転手の顔がいくつも通過していったぞ。

 

 まあ、巨大な『何か』が隣を通過していけば誰でも驚くというものだろう。

 

 時速二〇〇キロオーバーで走るこの『サンダーボルト』を六輪車だと認識できるような猛者はおらんだろうからな。

 

 

『――――ふむ、存外悪くないですね』

 

 

『これって、絶対空戦魔導師用だろう!?』

 

 

『おや? 大正解』

 

 

『ぎゃあああああああああああああああああああッ!! 物凄い勢いで風景が後ろに流れてくぅうううううううううううううッ!!』

 

 

 完全独立駆動――サスペンションから回転まで――の六つのタイヤは、それぞれが『サンダーボルト』の意思に制御され、最適な駆動を続けている。

 

 カーブから段差、それ以外の諸々を含めて最適な駆動だ。

 

 この六輪駆動のおかげで、この機動車は巨体に見合わない運動性能を誇る。

 

 おそらく、魔法に依る運動制御も行われているのだろう。それこそが魔導師専用の理由かもしれん。それも空戦魔導師用の。

 

 

『――――車が邪魔ですね』

 

 

『危険な言葉が聞こえたぞ!?』

 

 

 我にも聞こえた。

 

 

『――――仕方がありません』

 

 

『何する気だ!?』

 

 

『ギンガとスバルにお礼を言っておいてください』

 

 

『片方は会いたくねぇえええええええええッ!!』

 

 

 宮本の叫びを無視して、マスターが制御盤に何かを囁く。

 

 それに応え――――

 

 

『――――天翔る騎兵ですねぇ』

 

 

Wing Road!!

 

 

 『サンダーボルト』の宣言が、この空に路を作り上げた。

 

 巨大な車体は漆黒の天空路に乗り上げ、その分厚いタイヤから白煙を吹き上げてさらに加速する。

 

 

『――――さあ、私の前に立ちますか?』

 

 

『俺は吹き飛ぶぅうううううううううううううううううううううううううううううッ!!』

 

 

 何とも対照的な二人だ。

 

 

『む? 三〇〇に届いた』

 

 

『ヘルメットくれぇえええええええええええええええええええええええッ!!』

 

 

 もう遅いぞ、宮本。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リンディ! 急いで!」

 

 

「うん!」

 

 

「はあ…はあ…はあ…」

 

 

「げほッ! はあ…はあ…はあ…」

 

 

「はあ…はあ…ねえ…?」

 

 

「な…ごほッ…なに…?」

 

 

「――――お兄ちゃんたち……はぁ……大丈夫……かな…?」

 

 

「はぁ…わか……んない……でも……」

 

 

「……うん……『これ』…渡さないと……」

 

 

「そう……だね………………ッ!! レティ! うえ!」

 

 

「え?」

 

 

「きゃああああああああああああああああッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『見つけた!! って、まずい!!』

 

 

『何!?』

 

 

 暴れる『靄』の姿を確認し、マスターは探査魔法を使って二人を探し始めた。

 

 だが、マスターの意識にはとんでもない状況が飛び込んできたらしい。

 

 

『二人のすぐ横にあるビル! その外壁が崩れそうなんです!!』

 

 

『なんだと!? 防御魔法だとか攻撃魔法で撃ち落すだとかできないのか!?』

 

 

『これだけ魔法を並列展開している状況での防御魔法ではあの質量を受け止められません! 攻撃魔法では砕いた瓦礫が二人に降り注ぎます!』

 

 

『くそっ!! 何か手は!?』

 

 

 空気抵抗を防御魔法で防ぎ、運動制御に『サンダーボルト』の制御、手一杯だ。

 

 補助を担当するデバイスがないことが原因だろう。

 

 

『――――あります』

 

 

『よし! 今すぐやれ!!』

 

 

 宮本は大して考えていなかったのだろう。

 

 興奮により異常に血の巡りがよくなった頭ではじき出した答えに違いない。

 

 

『――――分かりました。迎えに行くので二人をよろしく』

 

 

『は?』

 

 

『――――質量制御、いってらっしゃい良介君。ちゃんと防御魔法は張っておきますので、思いっきり蹴り飛ばしてください(・・・・・・・・・・)

 

 

『へ? え、え、えええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!?』

 

 

 マスターの言葉通り、我と宮本は『靄』に向けて発射された。

 

 それこそ、音速を超える速度で――――

 

 

『この大ぼけぇええええええええええええええええええええええッ!!』

 

 

『確かに俺がボケだったぁあああああああああああああああああああああああッ!!』

 

 

 ぐんぐんと迫る地表、その状況に――――宮本が開き直った。

 

 身体を捻り、最近ミヤ嬢が覚えた構えをとる。

 

 これは――――

 

 

「お、オレ様キィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッック!!」

 

 

 うむ、マスターすら冷や汗を流す奥方必殺の蹴り技。

 

 だが、その意気やよし!

 

 

「突っ込め宮本ぉおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

 我の光学センサーに、驚きの表情を浮かべる二人の姿が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃああああああああああああああああッ!!」

 

 

「お、お兄ちゃん……!!」

 

 

「――――――――オレ様キィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッック!!」

 

 

「――――――――突っ込め宮本ぉおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

「剣士の――――」

 

 

「お兄ちゃん!!」

 

 

 その言葉を聞いた刹那、宮本が瓦礫に激突――――瓦礫を粉砕した。

 

 だが、瓦礫は残っている。

 

 

「宮本!」

 

 

「分かってるよ!!」

 

 

 その言葉と同時に、地上へとゆっくり降り立った宮本は驚いた様子の二人を抱え込む。

 

 それにしても、しっかりと着地までフォローしているのがマスターらしいな。

 

 

「頼むぜおい!」

 

 

 宮本の声に応えたのは、やはり一人の男だった。

 

 

「――――我が友を守れ! アクティブドラグ――――――――ンッ!!」

 

 

 上空より飛来した灰色の誘導操作弾が、横合いから次々と瓦礫を撃ち落していく。

 

 弾着の衝撃で弾き飛ばされるもの、砕かれ砂礫となるもの、複数の着弾を受けて粉微塵に砕け散るもの。

 

 

「――――そういや、こいつに追いかけられたこともあったな」

 

 

「どうだ? 味方としての竜騎兵は」

 

 

「――――それなりだな」

 

 

 こやつらしい。

 

 そうこうしている間に、頭上で轟いていた破砕音と炸裂音、激突音が止んでいた。

 

 

「終わったみてえだな」

 

 

「うむ」

 

 

 空が青い。

 

 その空には灰色の竜騎兵が滞空している。

 

 

「さっさと逃げるに限るな」

 

 

「――――無論だ」

 

 

 先ほどから我らに近付いてくる巨大な反応があるからな。

 

 

「良介君、ブレスト、お疲れ様です」

 

 

 立ち上がった我らの横に、巨体とそれを乗せた天空路が滑り込む。

 

 巨大な『サンダーボルト』の威容に一瞬身体を竦ませた二人だが、その背に乗る騎兵の姿に笑顔を浮かべた。

 

 

「しっぽのお兄ちゃん!」

 

 

「――――レティ! こちらに来なさい!」

 

 

「うん!」

 

 

 マスターは自分の言葉に答えて駆け寄るレティを横抱きに抱え、リングバインドで固定する。その目に溜まっている涙を拭うことも忘れない。

 

 これでレティはシートの上に座る形となった。

 

 

「――――良介君も早くリンディを!」

 

 

「分かってるよ!」

 

 

「ひゃッ!?」

 

 

「我慢しろ!」

 

 

 リンディの悲鳴に怒鳴り声で応え、宮本も同じように彼女を抱える。

 

 そして、リンディが宮本の背に手を伸ばしたことを確認すると、再びリングバインドで固定。

 

 

「マスター! 反応が近付いてきたぞ!!」

 

 

「分かっています! ――――三十六計!」

 

 

「逃げるに如かず!!」

 

 

Go!!

 

 

「――――ォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオ…………」

 

 

 ビルの影から闇が現れ、我らに向けて歩を進める。

 

 だが、繰り出された『靄』の拳を直前で避け、『サンダーボルト』は空へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――ご無事で何よりです。ですが、何故あの場所に?」

 

 

「聞いたぜ、あそこは装飾関係の商業エリアで、お前らみたいな小さい子供が二人だけで行くような場所じゃねぇってな」

 

 

「それは――――」

 

 

「――――」

 

 

 二人を降ろした場所、それは奇しくも出会いの公園だった。

 

 そこでマスターが二人に問い掛けたのだ――――二人にあそこに居た理由を。

 

 その質問に答えるようにレティとリンディがポケットに手を伸ばす。

 

 

「これ……」

 

 

「あげる……」

 

 

 おずおずと差し出された手、その手に握られていたのは――――我の知らないブランドのロゴが入った小さな紙袋だった。

 

 マスターと宮本はそれを手に取ると、封をしていたシールを剥がして中身を取り出した。

 

 

「これは――――ネクタイピン?」

 

 

「キーホルダー、か?」

 

 

「うん、しっぽのお兄ちゃん、ネクタイしてたから」

 

 

「剣士のお兄ちゃんは何にでも付けられるキーホルダーね」

 

 

「ふむ……」

 

 

「――――――――」

 

 

 管理局の制服で飛ばされたマスターと、あまり飾り気のない宮本。

 

 その二人の為にと、考えに考えてこれを選んだのだろう。

 

 

「――――ごめんね」

 

 

「――――ごめんなさい」

 

 

「え?」

 

 

「なに?」

 

 

 驚く二人を目の前に、レティとリンディはぺこりと頭を下げた。

 

 

「きっと、お兄ちゃんたちにはまってる人がいるんだよね?」

 

 

「たくさん、たくさん、だいじな人がいるんだよね?」

 

 

 マスターたちを真直ぐ見詰める二人の表情に、我は二人の才媛の姿を見た。

 

 凛として折れず、風と共に在る柳の如き存在。

 

 

「だから、さようなら」

 

 

「これは、お別れのしるし」

 

 

 その目に涙が浮かんでも、言葉が揺れることはない。

 

 

「わたしはたくさん遊んでもらった」

 

 

 リンディが宮本に歩み寄り――――

 

 

「わたしはいろんなことを教えてもらった」

 

 

 レティがマスターの袖を掴んで引き寄せる。

 

 

≪だから――――ありがとう……!≫

 

 

「!」

 

 

「な!?」

 

 

 レティとリンディの小さな唇が、マスターと宮本のそれに触れ――――すぐに離れる。

 

 接触とも呼べない僅かな時間だが、戦場に似つかわしくない風が四人を包んだ。

 

 

「お兄ちゃんたちはわたしを子供だって思わなかった」

 

 

「いっつもわたしたちの前に立っていてくれた」

 

 

「ほかの誰よりも、わたしたちを見てくれた」

 

 

「ほかの誰よりも、わたしたちを受け止めてくれた」

 

 

 それは――――それが当たり前だったからだろう。

 

 子供だと侮れば自分が小さい人間だと思い知らされる。

 

 そんな時間を過ごしてきた二人だからこそ、小さな才媛たちをしっかりと見つめた。

 

 だが――――この子らにとってそれは大きな救いだった。

 

 自分をしっかりと見つめてくれる存在が居るということが、二人にとって最大の幸福だった。

 

 だからこそ、二人はマスターと宮本に想いを寄せた。

 

 自分らしく居られる場所を与えてくれたからこそ。自分という存在を受け入れてくれたからこそ。

 

 

「だから、さよなら」

 

 

「わたしたちも、お兄ちゃんたちみたいな大人になる」

 

 

「――!」

 

 

「――――俺たち、みたいな?」

 

 

「うん! わたしは誰とも目を見てはなせる大人になる! それができるお兄ちゃんのお嫁さんになれるくらい!」

 

 

「わたしはぜったいにあきらめない人になる! お兄ちゃんをとなりで助けられるくらい!」

 

 

 人を受け入れ、言葉を交わそうとするマスター。

 

 どれほど困難にぶつかっても、生き残ってきた宮本。

 

 

「――――――――そう、ですか……」

 

 

「――――――――そうか……」

 

 

 小さく呟き、二人は小さな戦女神の前に跪いた。

 

 騎士が、武士が、その敬意を表すように――――

 

 

「――――君はきっと強く優しく、気高い女性になる」

 

 

「――――お前はきっと強く優しく、大きな女になる」

 

 

「うん……ぜったいになる」

 

 

「わたしも……つよくなる」

 

 

 四人は、同時に笑みを浮かべた。

 

 

「レティ」

 

 

「なあに?」

 

 

「君がさきほどの言葉を叶え、大きくなって私の前に現れたときは、君に結婚を申し込みましょう」

 

 

「ほんとう!?」

 

 

「ええ、私の記憶に誓って」

 

 

 レティを抱き締め、その頭を撫でるマスター。

 

 その顔には、お子たちに向けるものとも、奥方に向けるものとも違う笑顔があった。

 

 

「リンディ」

 

 

「はい!」

 

 

「お前が俺の隣に立てるくらい強くなってまた会えたら、俺からお前に相棒になってくれって言うよ」

 

 

「うん!」

 

 

「――――だから、強くなれ」

 

 

 宮本はリンディの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

 

 ちいさな悲鳴を上げるリンディが満面の笑顔なのは、宮本の顔が笑顔だからだ。

 

 

「――――そろそろ行きなさい」

 

 

「――――俺たちは掃除してから帰る」

 

 

≪うん!≫

 

 

 リンディとレティは揃って頷いた。

 

 

「さよなら! また会おうね!」

 

 

「ええ、また会いましょう」

 

 

「剣士のお兄ちゃんも!」

 

 

「おう! どんだけ強くなっているか、楽しみにしてるぜ」

 

 

「妖精さんもバイバイ!」

 

 

「元気でね!」

 

 

「うむ、二人とも健やかにな」

 

 

≪ばいばい!!≫

 

 

 二人が駆けていくのを、我らは笑顔で見送った。

 

 その手に想いが溢れる贈り物を握り締め、その唇に女神の祝福を宿し――――

 

 

「――――さて、あれは彼女たちの未来に不要でしょう。一撃で潰します」

 

 

「――――同感だ。リサイクル不可能、俺らで消し去る」

 

 

「――――我の存在意義、ここに在り」

 

 

 我らは彼方に蠢く『靄』を睨みつける。

 

 後悔は無の底でするがいい、貴様は――――――――我らの『敵』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ォォォォオオオオオオオオオオ……………………!」

 

 

 『靄』の正面に黒い天空路が伸びる。

 

 そこを走るのは――――『落雷』

 

 

「『サンダーボルト』自爆シーケンス」

 

 

Yes!!

 

 

 天の路を駆け、『落雷』はその身を脱ぎ去った。

 

 本体である鍵を抜き去ったマスターがその身から飛び降りた次の瞬間――――爆炎が『靄』を包み込む。

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……!」

 

 

 そして――――

 

 

「――――ぁぁぁあああああああああああああああッ!!」

 

 

「オオオオオオオオオオオ……!!」

 

 

 天空より裂帛の気合を轟かせた宮本が、『靄』に一本の斬撃を刻み込む。

 

 その攻撃によって、『靄』はその腕を斬り落とされた。

 

 悲鳴とも風の唸りとも聞こえる音を発し、その身は背後に下がる。

 

 だが、その背後には――――管理局の魔王が漆黒の光を纏っていた。

 

 

「――――我の前に立つ『敵』に、我が意思の槍を以て応える」

 

 

 背後に湧き上がる凄まじい魔力。

 

『靄』がそれに気付いたときは、すでに遅かった。

 

 

「穿ち滅ぼせ! 必中必殺!! イクセル――――ジェノサイダァアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……」

 

 

 翳された手の先にある魔法陣に光が集束、それが放たれその身体を形作る『靄』の半分を削りとる。

 

 マスターが考えたとおり、この世界の魔法とは異なる我らの魔法は、『靄』に対して効果があった。

 

 

『奴にとって私たちはイレギュラーです。ならば、イレギュラーなりの闘いを見せて差し上げようではありませんか。――――二度とこの世界に出てくる気が起きないように、ね』

 

 

マスターの言葉を思い出す我の目の前に、ついに『靄』の核が姿を現す。

 

 

「宮本! 見えるな!?」

 

 

「応!!」

 

 

 マスターの手によって再び空へと帰った宮本が、我の誘導に従い『靄』の中心を狙う。

 

 

「――――良介君! 滅ぼしなさい!!」

 

 

 叫びと共に光が駆け、宮本の剣に巨大な黒い光の骨組みが現れる。

 

 そして――――その骨組みに虹色の光が絡みついた。

 

 

「一刀――――両・断!!」

 

 

 それは、巨大な虹色の剣へと変じ、空を斬り裂かんばかりの巨大な光の柱となる。

 

 

「消え去れぇえええええええええええええええええええええええええええッ!!」

 

 

 宮本の叫びと共に、虹色の剣が――――『靄』を斬り裂く。

 

 そう、一刀両断。一箇所の残りもなく、ことごとく。

 

 

「オオオオオオオオオオオオオォォオオオオオオォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォオオオオオオオオォォオオオオッ!!」

 

 

「ふん、あいつらの前に立つ資格は――――」

 

 

 宮本が剣を振り払い、虹色の残滓を虹吹雪とし――――

 

 

「――――君にはありません。虚空へと――――」

 

 

 マスターの足元に展開された魔法陣から風が吹き上がる。

 

 

「――――無の底へと、帰るがいい」

 

 

 黒い『靄』は――――虹色の風と共に空へと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪アクセス≫

 

 

 二人の声が残骸の森に響く。

 

 避難命令が出され、人の気配がなくなったここは帰還には最適の場所だった。

 

 

「我らの在るべき世界へ」

 

 

「我らの在るべき場所へ」

 

 

 黒い転移魔法陣と虹色の光が我の視界を塗りつぶしていく。

 

 

「――――あとは、適当に待ちましょう」

 

 

「――――だな、強いて言えば、あの二人に祈るくらいか?」

 

 

「なるほど、それは期待できる」

 

 

「神様なんかよりもずっと効き目がありそうだろ。まあ、俺はどっちでもいいけどな」

 

 

「ふふふ」

 

 

 確かに、あの二人の女神は我の知る中でも指折りの女神だな。

 

 

「――――良介君」

 

 

「何だ?」

 

 

「――――もしも仮に、姉さんたちと私たちが同世代の友人として出会えたなら、私たちは姉さんたちに心奪われていたのかも知れませんねぇ……」

 

 

「――――かもな」

 

 

「いつか、本当の名前を教えたいものです」

 

 

「そうだなぁ……」

 

 

 虹色の光が強くなる。

 

 

「ああ、そうだ。これを返し忘れてしまった」

 

 

「――? ああ、その紙飛行機か」

 

 

「困りましたねぇ――――――――って、これは……!」

 

 

 マスターが紙飛行機を開いて、中を覗き込む。

 

 その顔に、段々と笑みが生まれ出た。

 

 

「うん? どうした?」

 

 

「――――くくく……いや、参った、私の完敗です」

 

 

「はあ!? テメエにそんな台詞を言わせるだと? 見せてみろ――――!!」

 

 

「はい」

 

 

「なになに――――――――っ!! く、くく、はははははははッ!!」

 

 

「どうです? 勝てる気がしますか?」

 

 

 笑みを浮かべる宮本に、マスターが問い掛ける。

 

 その顔にも、耐え切れないような笑みがあった。

 

 

「いや! 無理だな。俺も負けたぁッ!!」

 

 

「でしょう? 最初から最後まで、しっかり私たちを振り回してくれましたよ」

 

 

「――――リンディたちに昔会わなくてよかったぜ」

 

 

「――――ええ、この二人と同じような存在だったら、私は本当に結婚を申し込んでいましたよ」

 

 

「全くだな、俺もしっかり捕まえられてたかもしれねぇ」

 

 

 二人は一頻り笑うと、空に向けて声を発した。

 

 

「レティ! また会いましょう!」

 

 

「リンディ! 待ってるぜ!」

 

 

「私たちの――――」

 

 

「俺たちの――――」

 

 

 その言葉は、光に消えた。

 

 ただ、我の『目』はこのミッドチルダのクラナガンに立つ二人の少女が見えた。

 

 たとえこの世界がどのような危機に見舞われても、この世界には最強の戦女神がいる。

 

 

(――――『虹桜 女神の唇 写し取り あまねく世界に 永久の祝福を』 字余り、か?)

 

 

 我に和歌の才はないようだな。

 

 だが――――

 

 

(それもまた、悪くない)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん」

 

 

「ん? どうしたユキオミ」

 

 

「父様はいつ帰ってくるの?」

 

 

「そうだねぇ、その内帰ってくるよ」

 

 

「どうして分かるの?」

 

 

「僕の名前がそう言ってるんだ」

 

 

「名前?」

 

 

「そう、父様が一番強いと思っている人の名前だからね」

 

 

「ふうん」

 

 

「――――でもそろそろ、母様が暴れだすかもしれないなぁ。毎日晩御飯作りばっかりしてるし」

 

 

「――――お家壊れる?」

 

 

「そうかもしれないねぇ、父様以外に止められる人はいないから」

 

 

「困ったねぇ」

 

 

「困ったねぇ」

 

 

「――――あれ?」

 

 

「――――おや?」

 

 

「――――――――」

 

 

「――――――――」

 

 

≪――――父様、帰ってきたねぇ≫

 

 

「うん、さすが父様。一番面白いときに帰ってくるね」

 

 

「母様たちは――――お風呂?」

 

 

「うん、きっと楽しいことになるよ。ふふふ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐんぐんと引き寄せられる感覚が終わった後に待っていたのは、落下する感覚だった。

 

 

「って、落ちてるぞ――――うぼ!!」

 

 

「おや、ここは――――ごぼ」

 

 

「嫌な予感が――――むぐ」

 

 

 暖かい淡水――お湯?――から飛び出した我の目の前は――――

 

 

≪――――!!≫

 

 

 肌色だった。

 

 ううむ、肌の色とはこれほど色々あるものなのだなぁ…………

 

 じゃなかった――――

 

 

「――――ぷはッ!! げほッ! 飲んじまった!」

 

 

「――――宮本」

 

 

「何だよ!?」

 

 

「――――いや、とりあえず覚悟しておけ」

 

 

「は?」

 

 

 宮本のボケた声が響き、それに応えたのは――――

 

 

「兄さん!」

 

 

「リョウスケ!」

 

 

「良介!」

 

 

「リョウスケぇッ!!」

 

 

「良介さん!」

 

 

「遅い!!」

 

 

「げッ!? つか、なんで裸ぁッ!? ま、まて、ごぼぉおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

 宮本の上にどんどん積み重なるうら若い乙女の身体。

 

 本来なら不埒な行いと断罪するところだが――――

 

 

「お、おぼれ――――ッ」

 

 

 ――――報いはすでに受けているから問題ないか。

 

 六課の隊長たちに守護騎士、アリサ嬢にミヤ嬢、まだまだ行くな。

 

 ――――うむ、誰が見ても欠片も羨ましくない光景だな。

 

 

「だああああああああああああああッ!! 野郎はどこ行った!?」

 

 

「兄さん! わたし心配で心配で――――」

 

 

「リョウスケ、怪我してない? 大丈夫?」

 

 

「ミヤに聞いたで? その辺しっかり聞かせてもらうから覚悟してや」

 

 

「良介さん、よかった――――」

 

 

「ちょっとリョウスケ! 勝手にどこかに行くのは駄目だって言ってるでしょ!?」

 

 

「リョウスケぇえええええええええええええええ! びえええええええええええええええええッ!!」

 

 

「うるさい! リュウトの野郎はどこ行った!?」

 

 

 その姿で怒ってもしょうがないと思うぞ。

 

 全身隈なく肌色だらけだ。

 

 おそらく全員が全員自分の姿のことなど忘れているに違いない。

 

 それはともかく、マスターなら――――

 

 

「――――とうに逃げ出したぞ」

 

 

「あのやろぉおおおおおおおおおおおッ!! って、肌色が! 微妙に色付いた肌色がぁあああああああああああッ!?」

 

 

「変なことするなよ、宮本」

 

 

「疲れてて叫ぶのが精一杯だよ!!」

 

 

「――――そうか、では我は行くぞ」

 

 

「なんとぉおおおおおおッ!?」

 

 

「さらばだ、見事に散れ」

 

 

 桜のようにな。

 

 

「――――ぎゃああああああああああああああああああああッ」

 

 

 うむ、武士が一人旅立ったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ふむ、やはりうちの浴場でしたか。でも、なぜに皆さんがここに?」

 

 

「――――ここが私的な対策本部になっていたからです、旦那様」

 

 

「ああ、なるほど――――ってアニーさん!?」

 

 

「――――お帰りなさいませ。お食事の用意は整っています――――一週間前から」

 

 

「そ、それはお手間を取らせました。――――ん? 一週間?」

 

 

「はい、旦那様が本局で消えてから今日で八日目です。ミヤモトさんの情報を求めてここに来た皆さんも精神的にお疲れの様子でしたから、こうして気分転換にお風呂を」

 

 

「さ、流石です。『氷結の聖母』の二つ名は伊達じゃないですねぇ」

 

 

「――――他に言うことがあるのでは?」

 

 

「只今帰りました」

 

 

「――――――――ほう、とぼけるおつもりですか?」

 

 

「な、何がでしょうか?」

 

 

「――――私に怒られることを分かった上で、死地に赴いたのですか?」

 

 

「ほら、死んでないですし、死ぬつもりもありませんでしたし」

 

 

「――――――――この一週間、あなたの死を伝える宮本さんの姿ばかり夢で見ました」

 

 

「――――――――」

 

 

「『あいつらしかった』と言われるたび、死を受け入れそうになる自分がいました」

 

 

「――――――――」

 

 

「あなたから権利を取り上げることはできません。ですが、私にもあなたを支える『義務』と『権利』があるんです」

 

 

「――――――――分かりました」

 

 

「――――――――本当ですね?」

 

 

「ええ、私の記憶に誓って」

 

 

「――――――――だったら、いいです」

 

 

「ただいま」

 

 

「お帰りなさいませ」

 

 

 う〜む、ここが浴場ではなく奥方が全裸でなければよかったのだが――――

 

 まあ、マスターにとっては今更照れるものでもないのかもしれんが。

 

 とゆーか、その身体で四人も子供を育て上げたのが恐ろしい。母は最強の生き物だと言われるのがよく分かるな。

 

 

「――――シグレたちはどうしていますか?」

 

 

「――――妻を抱き締めながら他の女性の所在を尋ねるのはいかがなものかと」

 

 

「それはすみません」

 

 

「――――――――はぁ。シグレは旦那様の執務室で抜け殻、ルシィとラーファは旦那様の部署で指揮を執っています。機動六課のほうにも臨時で指揮官を送り、現状維持に努めています。アスカさんは海鳴で情報収集、ハルカさんは管理局情報本部です」

 

 

 さすが奥方、結婚以前と変わらぬ慧眼だ。

 

 

「六課の方に送った指揮官は引き上げさせましょう。もう大丈夫でしょうから」

 

 

「はい」

 

 

「――――――――あの」

 

 

「何か?」

 

 

「――――そろそろ放してくれませんか?」

 

 

「――――一週間はこうさせていただきます」

 

 

「――――仕事あるんですが」

 

 

「――――久しぶりに、私が副官を勤めさせていただきます」

 

 

「――――退職したはずでは?」

 

 

「数ヶ月前に予備役編入を要請されました。復帰時は二佐待遇で受け入れるとのことでしたので」

 

 

「――――――――知らなかったんですが」

 

 

 退職時で三等陸佐だから、昇進させた上で復帰させるということか。

 

 まあ、上級キャリア資格者ではあるし、その能力は衰えておらんようだからな……

 

 マスターを抑える役目でも期待されているのやもしれん。

 

 

「三十も目前ですし、年寄りの冷や水といわれない程度に頑張ります」

 

 

「――――三十でしたっけねぇ」

 

 

 見えん。

 

 この間『翠屋』で手伝いしていたら中学生だと言われたらしい。

 

 ええい…! 高町桃子といい、リンディ女史といい、どうしてこうも若いままなんだ。

 

 奥方の若さはその中でも抜きん出ているがな!

 

 とゆーか、幼いというべきだろう。

 

 

「――――ブレスト?」

 

 

「げ」

 

 

 背後から聞こえるこの声は――――

 

 

「ブレストだああああああああッ!!」

 

 

「ぬおッ!?」

 

 

 この猪突猛進な動作は――――

 

 

「マリアベル様!? 居られたのか!」

 

 

「わたしもいるよ〜〜」

 

 

「ミヅキ様まで!?」

 

 

 のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!

 

 どうしてここにお嬢様方がぁあああああああああああああああああッ!?

 

 

「あ、どうしてここに居るかっていうとね。母様が寂しそうだったから、一緒にお風呂に入ろうと思って!」

 

 

「父様も帰ってきたし、よかったねぇ〜〜」

 

 

「良くない! 放してくれ!」

 

 

「だ〜め、一緒にお風呂なんて久しぶりだし」

 

 

「我の思考パターンは男なのだぁああああああああああああああああああッ!!」

 

 

「大丈夫! わたしたちは気にしないから!」

 

 

「だいじょ〜ぶ〜」

 

 

「欠片も大丈夫じゃなぁああああああああああああああああああああああああああいッ!!」

 

 

 は、恥じらいを覚えるように!

 

 嫁に出せんではないか! 本気でマスターの嫁になるとか言うなよ!?

 

 

「皆一緒で楽しいねぇ」

 

 

「だよね! ――――あ、父様がのぼせた!」

 

 

「良介君が溺れた〜〜」

 

 

 なんと!?

 

 

「ミヅキちゃん!」

 

 

「マリアちゃん!」

 

 

≪――――やっぱりお風呂は皆で入るのが一番だね〜〜!!≫

 

 

 お、恐ろしい……!

 

 十年後が恐ろしすぎるぅうううううううううううううッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 結局胸に抱かれたまま入浴する羽目になった。

 

 それでも――――飯事よりもマシかもしれない。

 

 

 

 あ、月が見事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でぃすいずオマケ

 

 

「――――おや」

 

 

「――――げ」

 

 

 管理局の通路で、マスターと宮本が鉢合わせしていた。

 

 お互いボロボロになって。

 

 

「――――バレましたか?」

 

 

「――――隠しきれなかった」

 

 

「私も仕事中に付けてて見つかりました。――――貰った以上は使わないと失礼ですし」

 

 

「アリサに見つかって尋問された。お前って尋問術教えてねぇよな?」

 

 

 おそらく、あの二人から貰ったもののことだろう。

 

 向こうのことは一切口外していないようだが、土産に関してはあっさりばれた。

 

 

「――――執務室の温度が氷点下より上がらないんですが」

 

 

「――――毎日在宅確認メールが届くんだが」

 

 

「――――――――」

 

 

「――――――――」

 

 

≪――――はぁ……≫

 

 

 お互いに大変のようだな。

 

 マスターの近くには常に奥方や妹君が居るし、宮本の周囲からは人が消えない。

 

 それはともかく――――

 

 

「ほれ、またどやされるぞ」

 

 

「ああ、そうでした。評議会が始まる」

 

 

「――――今度の仕事は『翠屋』で手伝いか…………逆らえねぇ…………」

 

 

 とぼとぼとすれ違う二人。

 

 あの一件で立場が一層低くなったからな。

 

 

「――――本日も異状なし、だな」

 

 

 そういえば、少し気になっていたことがある。

 

 

「宮本の『繋がり』――――あの子らにも結ばれたのではないか?」

 

 

 まあ、考えても仕方があるまい。

 

 『方舟』が起動したままならともかく、な。

 

 

「――――さて、見回りといくか」

 

 

 本日も時空管理局は平和――――

 

 

≪アニーさん! ま、まってくださ――――ぎゃあああああああああああああああああああっ!!≫

 

 

≪げ! ギンガ!? のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!! 今日は何もしてねええええええええええっ!!≫

 

 

 ――――だな。

 

間違いなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幕間のオマケ

 

 

「――――ん?」

 

 

「どうした?」

 

 

「いや――――『EX−三三四五』でエネルギー反応があった気がしたんだが……」

 

 

「EX−三三四五ってーと――――おいおい勘弁してくれよ、『方舟』だぞ」

 

 

「いや、見間違いだった。記録にも残ってない」

 

 

「そいつは良かった。あれがもう一度暴走するようなことになったら、本局中が大騒ぎだぜ?」

 

 

「だよなぁ」

 

 

「何事も平和が一番、だな」

 

 

「全くだ」

 

 

「お、そうだ。いい店見つけたんだ、当直明けたら行こうぜ」

 

 

「本当かよ? お前の言うことは半分ぐらいしかあてにならないからなぁ」

 

 

「そんなこと言うなよ」

 

 

「はいはい、行ってからのお楽しみって奴だな」

 

 

「そうそう――――って、何か聞こえないか?」

 

 

「は?」

 

 

「――――ほら、『お兄ちゃん』って」

 

 

「――――大丈夫かよ? 飲みにいく前に医務室で診てもらったらどうだ」

 

 

「おかしいなぁ……?」

 

 

「もしかしてお前――――妹フェチだったのか?」

 

 

「違う!! 年上だ!!」

 

 

「いや、お前の女の趣味カミングアウトされても……」

 

 

「紹介してくれ!」

 

 

「――――いや、仕事しようぜ」

 

 

「おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜あとがき〜

 

 ジーク・キャロ! ハイル・ミヤ!

 

 ジーク・ヴィータ! ハイル・ちびふたり!

 

 第四弾兼四百万ヒットお祝いSS完成!!

 

 さあ、勢いに乗って感想返信だ!

 

 

>長男のリョウヤさん。〜〜……の方

 

 

※正解だ! 日本語で書くと字は違うが、諦めない者ということでこの名が付けられたぞ!! 良介本人がどう思っているかは謎だがな!!

 

 

 どういう訳か異常に長くなった今回の話だが、同志諸君の眼鏡にかなっただろうか!?

 

 小さい二人の姿は君たちの心に委ねる!! 紙飛行機に書かれた言葉もだ!!

 

 

 

 とりあえず対『生まれたての風』用特殊弾頭搭載型弾道弾はここでしばしの休息となる!!

 

 だが、ここで終わるわけではない!!

 

 同志諸君! 我らの願いは唯一つ!!

 

 この世界に真の夜明けを!!

 

 オール・ハイル『生まれたての風』ぇッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――予告――――

 

 

 

 

 それは、小さな異変から始まった。

 

 

「――――あれ? こんな場所で次元振動?」

 

 

 定置観測隊が察知した極小規模の次元振動。

 

それは――――巨大な異変の前兆だった。

 

 

 

 

 

「――――ふむ、部隊編成を急がなくてはなりませんね」

 

 

 時空管理局提督――リュウト・ミナセ。

 

 

「また奴からの依頼かよ」

 

 

 虹色の法術使い――宮本良介。

 

 

「さて、お仕事といきましょう」

 

 

「――――もうなんでもいい……」

 

 

 二人の男は、意図せずそれの中心に立った。

 

 

 

 

「だ、大規模次元振動を感知! そんな――――!?」

 

 

 管理局史上最大の異変。

 

 

「世界が――――飲み込まれていきます!!」

 

 

 それは、次元世界沈没。

 

 そして――――

 

 

「兄さん! おかーさんたちが!」

 

 

消えた家族。

 

 

「ど、どうして……? どうしてジュエルシードが!?」

 

 

現れた過去。

 

 

「あれは――――『闇の書』……?」

 

 

消えない罪。

 

 

「こいつは、あの時の――――!!」

 

 

 黒い『靄』

 

 

 

 

 多くの命を育む世界は、漆黒の海に沈もうとしていた。

 

 

「くっ! 避難命令を発動! 民間人の保護を最優先だ!!」

 

 

 次々と飲み込まれる世界。

 

 

「くそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 

 助けられない命。

 

 

「リョウスケ――――さよなら……」

 

 

 消える灯火。

 

 

「ミヤは、ミヤは幸せでした……! だから、頑張ってきます!」

 

 

 零れ落ちる光。

 

 

「主様、私は――――命を賭してあなたの矛となります」

 

 

 砕ける希望。

 

 

「侍君――――ごめんね」

 

 

 戻らない明日。

 

 

 世界は――――終わりを迎えようとしていた。

 

 

 だが――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは――――『方舟』?」

 

 

異世界の魔法少女――――現る。

 

 

「しっぽのお兄ちゃん! 約束通り助けに来たよ!」

 

 

 その胸には――――

 

 

「剣士のお兄ちゃんは、わたしが守ってみせる!!」

 

 

 ――――耀く約束!

 

 

 

 

「ここで終わらせる理由など、私には思いつかない!」

 

 

 もたらされた救いの道。

 

 

「――――報酬は後払いでもいいぜ?」

 

 

 もはや、躊躇いを覚える必要もない。

 

 

 そして――――

 

 

「全艦! 抜錨!!」

 

 

管理局最大最強の艦が出航する!!

 

 

「改巡航L級一番艦『デウス・エクス・マキナ』、神に喧嘩を売るには最高の名だとは思いませんか?」

 

 

 To a you side×暗き瞳に映る世界×魔法少女リリカルリンディ&レティ

 

 劇場版

 

孤独の剣士と白の剣聖 EpisodeEX

 

 

〈二人の戦士と二人の魔法少女〉

 

 

――――守りたい約束は、この胸にある。

 

 

 

 

 

新暦二〇〇七年冬、全国一斉ロードショー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




作者悠乃丞さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。