『なあ――――。どんなことがあっても、他の人を否定しちゃいけないぞ』

 

 

 ――――どうして。

 

 

『この世界はな、人が居てそして世界があるんだ。だから、他人を否定することは自分の居る世界を否定することになる』

 

 

 ――――分からない。

 

 

『お前にはまだ難しいかもしれないなぁ。でも、教えておかなくちゃいけないんだ。俺はお前の父親で、お前の先生じゃないといけない』

 

 

 ――――だったら何故。

 

 

『“個ありて全となる”』

 

 

 ――――何故、あなたが……

 

 

『対話は“力”なんだ。言葉だけでも人を傷つけたり殺したりできる。戦争だって起こせる。だから、人と話すことを軽んじたりしたらいけない』

 

 

 ――――どうして。

 

 

『でも――――それでもぶつかることもあるだろう、それは仕方がないことだ。俺もぶつかることを否定したりはしないし、悪いことだとは思わない。俺だって、あいつとはしょっちゅう喧嘩するしな』

 

 

 ――――どうして。

 

 

『それでも、相手を否定せずに相手の言葉を聞くんだ。ぶつかることも、戦うことも、殺し合うことも俺は否定しない。でも、相手を否定することだけはしちゃいけないんだ』

 

 

 ――――どうして。

 

 

『――――だって、悲しいだろう? この世界は争いに満ちているけど、笑顔も満ちている。それはきっと相手を認めているからだ。嫌な奴が居るかもしれない、殺したいほど憎い奴が居るかもしれない。それでも、この世界から笑顔が消えることはない』

 

 

 ――――どうして。

 

 

『だから敵としてでもいい、相手を認めるんだ。それだけでこの世界に新たな繋がりが生まれる。繋がりが生まれれば、いつか分かりあうことができるかもしれない。でも――――』

 

 

 ――――何故。

 

 

『――――人を否定することは、その可能性を否定することだ。自分から世界を壊す行為だ。だからやっちゃいけないことなんだ』

 

 

 ――――死。

 

 

『“――――”。お前は優しい子だ。大きな悲しみに出会ったら、心が折れそうになるだろう』

 

 

 ――――いらない。

 

 

『俺は、お前のために何が出来るかな……』

 

 

 ――――そんな言葉はいらない。

 

 

『いつかお前が壁にぶつかったとき、俺はお前に何をしてやれるかな……』

 

 

 ――――“僕”が欲しかった言葉は、『――――』だけなのに。

 

 

『――――そうだな、そのときは俺ができる全部のことをしてやるよ。多分、できることは少ないだろうけど、俺はお前の“父親”だからな』

 

 

 ――――父さん。

 

 

『お前が生まれたとき、俺は思ったんだ。「この子は、自分を越える」って』

 

 

 ――――僕は……

 

 

『楽しみにしてるんだ。お前が俺よりでかくなる日を――――』

 

 

 ――――僕は、父さんの子供には相応しくない。

 

 

『だから、早く大きくなれ』

 

 

 ――――否定することを望む僕は、父さんの子供には相応しくない。

 

 

『お前が俺を越えたら、俺の言葉の意味も全部分かる……』

 

 

 ――――父さん。

 

 

『そのときは、一緒に酒でも飲もうじゃないか』

 

 

 ――――あなたは……

 

 

『ああ、楽しみだなぁ』

 

 

 ――――もう、どこにも居ないのです。

 

 

『お前はどんな大人になるだろう』

 

 

 ――――探しても探しても、どこにも居ないのです。

 

 

『俺が母さんに出会ったみたいに、一生を懸けて護りたい誰かを見つけるんだろうな』

 

 

 ――――あの大きな手も、低く優しい声も、もうこの世のどこにもないのです。

 

 

『そんなとき、俺はどうしているだろうな』

 

 

 ――――僕の手を引いてくれたあなたは、もう居ないのです。

 

 

『お前が誰かの“師”となるとき、俺は何をしているだろうな』

 

 

 ――――僕の一番初めの“師”だったあなたは、もう居ないのです。

 

 

『お前が“父親”になるとき、俺は何をしているのだろうな』

 

 

 ――――どこを探しても、もう居ないのです。

 

 

『――――ああ、素晴らしき我が人生よ』

 

 

 ――――ああ、父さん……

 

 

『お前と出会えたこと、神とサツキに感謝する』

 

 

 ――――神など……

 

 

『俺は神なんて信じてなかったけど、お前と出会って変わったんだ』

 

 

 ――――この世には居ないのに……

 

 

『お前が生まれてくれたことが、俺を大きくしてくれた。だから――――』

 

 

 ――――ああ、父さん……

 

 

『――――――――お前の未来が、耀きに満ちていますように』

 

 

 ――――僕の瞳は、耀きを見失いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのは―――くらひとSSS 昔語り―――

 

 

 

 

―ある提督と執務官の昔話 前編―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レイジングハート、あの二人の動き見える?」

 

 

『いいえ。瞬間的に捕捉することは可能ですが、全体は見えません。高速での知覚外戦闘です』

 

 

 唯一無二の相棒である魔法杖の言葉に、白い防護服(バリアジャケット)を纏った少女は空を見上げる。

 

 そこでは彼女の先輩である一人の魔導師と彼女の親友が、彼女自身には不可能な速度での近接格闘戦を演じていた。

 

 あちらでぶつかったと思えば、その一瞬後には別の場所で激突音が響き、その音に驚いてそちらに目を向ければ、そこには青い空が広がっているだけ――――彼女の周囲で行われている高速戦闘は彼女自身の認識が追いつかないほど速かった。

 

 

「――――訓練でよかったね……」

 

 

『はい』

 

 

 実戦でこのような戦闘が行われていたら、自分はまともに援護することもできない。

 

 それは彼女から少し離れた場所でその戦いを見詰めるもう一人の親友も同じ気持ちだろう。

 

 

『――――なのはちゃん、聞こえる?』

 

 

「はやてちゃん?」

 

 

 その親友からの念話に彼女――高町なのははほんの少しだけ驚いたような表情を浮かべた。まさか自分の思考が聞こえていたわけではないと思うが……

 

 

『こっちから見てる限りやけど、フェイトちゃん、順調に目標地点までリュウトさんを誘導しとるみたいや』

 

 

「うん、こっちからも見えてる。わたしも封鎖予定地点に向かってるところ」

 

 

 封鎖地点――それはこの訓練の目的地。

 

 さかのぼること数日前、普段は本局で仕事をしている先輩魔導師――リュウト・ミナセが、後輩三人の技術向上のためにと艦船『アースラ』艦長のリンディ・ハラオウンや時空管理局運用部のレティ・ロウランと今回の訓練を計画した。

 

それは時空管理局に慣れてもらうという意味合いが強かったが、掛け値なしに超一級の魔法資質をもつ三人の、魔法に対する意識調査という意味もあった。

 

 

『――まあ、魔法というものは誰でも使えるというものではありません。実戦で通用する魔導師は次元世界全体でみてもかなり少ないのです。資質があってもそれに気付かずに一生を終えるものもいるでしょうしね……』

 

 

リュウトのその言葉はなのはとはやてにはよく分かる。

 

自分たちの世界には魔法という技術は存在しない。だが、自分たちのような魔法の才を持つ人間はいる。その事実こそがリュウトの言葉の証明だった。

 

 

『なんにせよ、管理局の魔導師として生きるならそれなりの基礎が必要です。フェイト君は嘱託試験をパスしてますし、なのは君たちは実戦である程度の経験を積んでいますから、あとは慣れるだけです。ですが――――』

 

 

本局の一室に集められた三人の前で、リュウトは教え子を見守る教師のように微笑んだ。

 

 

『最初から――より正確に言うなら、魔法を知ってから管理局の魔導師として訓練を受けても、なかなか部隊行動に慣れることができない者もいるのですよ。他の魔導師から隔絶した能力故に、ね』

 

 

『――?』

 

 

リュウトは微笑みを苦笑いに変えつつ、どこか遠い目をして三人の疑問の眼差しを受け流した。

 

 

『ちなみに、その魔導師は記念すべき初任務で謹慎処分をくらいました』

 

 

『謹慎って……』

 

 

『ま、部隊から追い出されたとでも言いましょうか。ほとぼりが冷めるまで故郷に帰っていろってことですよ。はやて君』

 

 

『そんな…』

 

 

『ひどい…』

 

 

 なのはとフェイトが思わずもらしたその言葉に、リュウトは微苦笑を浮かべて頭を振った。

 

 

『少数の魔導師が戦うだけなら個人技でどうにでもなります。ですが、集団戦はバランスが重要。そのバランスを崩すような存在は部隊そのものを危うくします。そう考えれば、その部隊長の判断は正しかったといえるでしょう』

 

 

『――――』

 

 

『まあ、そう簡単に納得できないでしょうね。個を切り捨てて全を守る事が本当に正しいかどうかは、そうそうすぐに結果が出るものではありません』

 

 

 リュウトはそう言って三人に視線を向ける。

 

 

『――――さて、かの魔導師のその後はまた別の機会に話すとして、君たちには管理局に正式入局する前に事前学習をしていただきます』

 

 

『え…?』

 

 

 三人の口から漏れた言葉は同じだった。

 

 

『一人本局で暇を持て余している戦技教導官がいます。リンディ提督、レティ提督はその教導官に君たちの訓練を依頼しました。陸士訓練校に行ってもらうという考えもありましたが、とりあえずは三人で頑張ってもらいます』

 

 

『リンディさんが…?』

 

 

『でも、戦技教導官ってすごい人たちなんじゃ…』

 

 

『――――暇な戦技教導官…?』

 

 

 三者三様の疑問が室内を埋め尽くす。エリート中のエリートである戦技教導官に暇人がいるのかどうか三人には分からないが、自分たちがとんでもない訓練を課せられたのだけは分かった。

 

 

『――――というわけで、三日後までにこの目標を達成するための作戦を考えてきてください』

 

 

 その時のリュウトの笑顔には、一切の悪意はなかった。

 

 ――――それでも、三人の魔法少女は嫌な汗が浮かぶのを止められなかったが……

 

 

 

 

 

リュウトが三人に告げた訓練内容は逃亡する違法魔導師の確保。

 

その目標を達成するために三人は先輩であるクロノの指導の下で三日間頭を悩ませ続けたのだ。

 

春休み直前の忙しい時期にこのような無茶な課題を出したリュウトが悪いのか、授業中に考え込んでいたなのはとフェイトが悪いのか、とりあえず二人は何人かの教師から注意を受け、担任にも心配そうな顔をされた。

 

一方、はやては料理中に考え込んでしまい、その日の八神家の食卓には微妙に焦げた臭いのするクリームシチューが並んだ。

 

その原因となった――無論、本人にそのような悲劇を起こす意図などないが――リュウトも当然怒られた。突然高町家に呼び出されて美由希の手料理を食べさせられ、突然訓練施設に呼び出されてヴィータの奇襲を受けたのだ。

 

 

そんなこんなで三日間。三人の魔法使いと一人の戦技教導官は各々苦労しながら準備を進めた。

 

 

 

 

 

そして今、彼女たちは仮想敵(アグレッサー)――違法魔導師役を務めるリュウトを演習区域にある滝にまで追い詰めていた。

 

 

 

 

 

 

(――――ふむ、いつにも増して積極的に近接戦闘をしてくると思ったら、ここに連れてきたかったんですね……)

 

 

 リュウトは自分に向けて繰り出される雷光の如き攻撃を捌き続け、その攻撃の主たちの意図を不完全ながら理解した。

 

 

(確かにここなら奇襲には最適。――――私が滝とか高い崖とかにろくな思い出がないという事を知っているクロノの助言でしょう)

 

 

 リュウトは自分の後輩たちが目標を達成するべく悩みに悩み抜いたのだと知り、小さな笑みを浮かべた。

 

 

「ふふ……」

 

 

 その笑みが消えないうちに、リュウトの体を影が黒く染めた。

 

 ――――上空からの奇襲。

 

 

「――――リュウトォッ!!」

 

 

 どうやらリュウトの笑みが見えていたらしい。

 

 その笑みが自分たちの策に向けられたと勘違いし、フェイトはその小さな憤りをリュウトに叩き込む。

 

黒き戦斧の一撃が黒き剣と擦れ、火花を散らす。

 

 

「ッ!!」

 

 

「あああああああッ!!」

 

 

 上空から一気に急降下した事で威力を増した少女の一撃にリュウトの腕は悲鳴を上げた。だがしかし、その腕の痛みと痺れにリュウトは自分の心に根差したその理念を思い出す。

 

 

「――――『戦技教導官とは、己の(からだ)(たましい)を削り、他者に力を教え、他者の心を導く者』」

 

 

「――――?」

 

 

 魔力とデバイスが奏でる音の中では、リュウトの言葉はフェイトの耳に届かない。ただ、リュウトの唇が小さくなにかを紡いだという事実が分かるだけだ。

 

 だがフェイトは、自分を見るリュウトの目に純粋な歓喜がある事に気付いた。

 

 

「こうして君たちは強くなる。他者を護れるほどに、他者を救えるほどに。いつか君たちには私を越えて欲しいのです。私のような過去を求める理由ではなく、未来を求める願いで人を救って欲しい――――」

 

 

「――――リュウト?」

 

 

 目の前の青年の名を呼んだ瞬間、フェイトの力が一瞬だけ弱まる。

 

 そして、その隙を見逃す人間が戦技教導官であるはずはない。

 

 

「であああッッ!!」

 

 

「!?」

 

 

 裂帛の気合が二重の――魔力とデバイスの奏でる悲鳴を切り裂く。

 

 リュウトは飛行魔法を反転させて半瞬だけ地上に向かう流れに乗ると、すぐさま再度反転、その動きで生み出された回転によりフェイトとの位置関係を入れ替えた。

 

 

「しッ!!」

 

 

「っく!?」

 

 

 リュウトは更に回転、身体を捻り、フェイトが咄嗟に構えたバルディッシュに向けて断頭の踵を振り下ろす。

 

 リュウトの機動に自分の勢いを利用されたことでフェイトはその一撃を耐えることができず、そのままの勢いで地上――――滝つぼへと落下した。

 

 巨大な水飛沫がリュウトの防御フィールドにまで水滴を届けたが、本人は滝の裏へと意識を移していた。

 

 

「なのは君――――ですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『フェイトちゃん! そのまま!!』

 

 

『分かった!!』

 

 

 なのはは自分の声に答えた親友の様子に僅かな安堵を覚えた。

 

 ――――リュウトが自分たちに魔法による攻撃を加える事はない。

 

 それは事前に決定されたルールだった。

 

 リュウトは直接的な魔法攻撃をせず、ラファエルとルシュフェルも防御以外に使わない。

 

 リュウトが三人に向けて行使できる攻撃は格闘術のみで、それは魔法技術を取り込んだ実戦型格闘術である。

 

 三人に対し魔法制限は行われない。ただし、教導官が危険と判断した場合は魔法の行使を中断させる――――あらゆる手段で。

 

 そして、今回の訓練に設けられる制限時間は一時間。

 

 三人に告げられたルールは大まかに言ってそれだけだった。

 

 

『――――実戦にルールはありませんので、細かく決めてもしょうがないんですよ。君たちが守るべきルールは、人間と魔導師としての常識だけです』

 

 

 リュウトの笑みの理由が、今のなのはにはよく分かった。

 

 

(リュウトさんの力は私たちよりはるかに上、それを制限したという事はそれでも目的を果せるということ……)

 

 

 事実ここまでリュウトは逃げ切っている。

 

 訓練開始後、リュウトはひたすら姿を隠していた。それでも三人はリュウトの姿を何度も発見したが、その都度最低限の戦闘をしただけであっさりと逃げられてしまう。

 

 制限時間を越えれば三人の任務失敗が決定するのだから、それは至極合理的な判断といえるだろう。

 

 

(ヴィータちゃんたちは隠れたりしないから分からなかったけど、こうして逃げたり隠れたりする人もいるんだ)

 

 

 だが、そうして逃げたり隠れたりする事は間違っていない。

 

 目的を果すために行われ、決められたルールに反しない限り、それはある種の正義と同義だ。

 

 

(でも――!!)

 

 

 ――――自分たちは負けない!!

 

 

「レイジングハート! A.C.S.スタンバイ!!」

 

 

Ok,My master. A. C. S., Stand by.

 

 

 己が唯一無二の戦友に煌めく桜色の刃と翼。

 

 その輝きに、なのはは勝利への決意を新たにする。

 

 

(レイジングハートの調整もリュウトさんが協力してくれた。アフターケアだって言ってたけど、リュウトさんの忙しさはわたしもみんなも知ってる…!)

 

 

 それでも自分とその掛け替えのない戦友に時間を割いてくれた先輩のために、彼女は全力を以て応えると決めたのだ。

 

 

「リュウトさん! 行きます!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――リュウトさん! 行きます!!」

 

 

「――――――――」

 

 

 リュウトは滝の裏にある洞窟の存在を知っていた。

 

 ここを演習地として選んだのはリュウトであり、そのリュウト自身もここで訓練をしたことがあるのだから当然だ。

 

 そして、そこになのはがいることにリュウトはすぐに気付いた。

 

 それでも気付かない振りをしていたのは、自分が逃走中の違法魔導師だからだ。逃亡中の魔導師が地理を把握している可能性は否定できないが、それでも管理局に追われて偶然(・・)逃げ込んだ場所の地理を知っているとは考えにくい。

 

 だからこそ、リュウトは“違法魔導師になりきって”なのはの奇襲に気付かない振りをしていたのだ。

 

 だが――――どうやら訓練の目的が自分を倒す事になりつつあるらしい。

 

 リュウトは自分の後輩たちの素直さに溜息を吐いた。

 

 

(――――ま、いいですけどね……)

 

 

 リュウトはすでに口癖と化した諦めの言葉を心の中で呟き、自分に向かって飛び出してくる桜色の弾丸を見据えた。

 

 

(どちらにしろ、最終的な目的は果せそうですし――)

 

 

 それが果されれば今回の教導の目的は達成される。

 

『自分と同程度以上の力を持った存在に対する集団戦法――その相手が自分たちの同じ思考を持つ人間であった場合、動揺せずに戦うことができるか否か』

 

 三人がそれを達成できるかどうか、リュウトはそれを確かめたかった。

 

 

(第一段階は達成――といったところか…?)

 

 

 フェイトとの戦いを経験したなのは、守護騎士たちとの戦いを経験したなのはとフェイト、そして、自分に向けられる憎悪を知ったはやて。

 

 少なくとも一般的な子供と比べればその精神的な成長速度は異常とも言える。

 

 

(まあ、私も他人事みたいに言えるような経歴の持ち主ではないですがね……)

 

 

 そういう点では三人よりも複雑な人生の経験者である。それを異常と思わない程度には慣れているが、それがいい事かどうかリュウトには分からない。

 

 だが、他人に経験させたいとは欠片も思わない。

 

 

(力を持つ者はどこかで力に溺れる――それは彼女たちも変わらない。元々が魔法を知らないなのは君とはやて君。組織に属さない形で魔法を習熟していったフェイト君。それ故――――あの子たちは己の限界を知っているのか?)

 

 

 誰もが感じる壁、それを認識することが成長の第一歩となる。

 

 しかし、その認識には代償が伴う。

 

 リュウトの場合それは二つの出来事だった。

 

 一つは陸士時代リーゼによって行われていた特別訓練中、高空から墜落したこととそれに伴う数ヶ月の治療――大部分はリハビリ――生活。これはリーゼの反対を押し切ってリュウトが無理矢理復帰した結果の数ヶ月だ。

 

 もう一つは士官学校へ入学する前の最後の部隊――救難担当の陸士部隊での事故。その結果リュウトは半年近い時間をベッドの上で過ごし――その内一ヶ月は意識がなかった――その間、士官学校への入学を果すべく勉強を重ねることになる。

 

 無理無茶無謀の三つが揃った過去遍歴だが、リュウトはそれを後悔していない。

 

 それこそが自分の成長を助けたと思っているからだ。

 

 だが、他の人間に同じことをさせたいなど思うはずはない。

 

 ――――どの時も、死を身近に感じないときはなかったのだ。

 

 体を包む苦痛、寒さも熱さも感じない虚無感、自分の体が認識できない恐怖、周囲から向けられる憐憫、目標がありながらそれに向かって進めない悔しさ、そして――自分に向けられる幾つもの悲しそうな瞳。

 

 そんな時、リュウトは一人の男に出会った。

 

 

『ああお前か、リーゼが言ってた無理無茶無謀の三つを兼ね備えたバカ息子ってのは――――あ? 俺か? 俺はただの戦技教導官よ』

 

 

その男は、ベッドの隣に立つ人物を不思議そうに見るリュウトに、にやりと笑みを見せた。局員であるリュウトにはその男が一等空佐であることが分かった。

 

 

『何しにきたって? お前を説教しに来た――って言ったらどうする? ま、訳分からんがほとんどだろうな。なにせ俺もよく分からん』

 

 

 男は体を震わせて笑うと、リュウトの体にその大きな手を叩き付けた。

 

 痛みに耐えるべく脂汗を浮かべるリュウトに、男は神妙な面持ちで言葉を続ける。

 

 

『見事な重症患者だな、傷のない場所がない――か。はぁ……俺たち戦技教導官もまるで役立たずだな。ん? どうしてかって? 簡単なことさ、俺たちはお前みたいな奴を導く存在だ。それが存在意義だ』

 

 

 リュウトは男の言っていることが分からなかった。

 

 いや、言っていることそのものは分かる。だが、それを自分に向ける理由が分からない。

 

 

『――――単刀直入に言おう。俺はお前を教導隊に迎えようと考えている』

 

 

 リュウトはその言葉に驚愕した。

 

 齢一〇歳とはいえ管理局の局員だ。航空戦技教導隊がどのような部隊かなど、知らないはずはない。

 

 だが、その男は驚愕するリュウトに獰猛な笑みを向けた。

 

 

『もちろん、簡単なことじゃあない。俺たちは最強のエース集団、管理局の最高峰だ』

 

 

 リュウトもそれは分かっている。

 

 だからこそ、驚愕の眼差しを男に向けていたのだ。

 

 

『本局統幕と地上本部のお偉いさんと話した。――――条件を満たせば、お前の教導隊入りを支持するそうだ』

 

 

 リュウトは再び驚愕した。

 

 管理局のトップまで関わっているとは思っていなかったのだ。

 

 

『向こうが出した条件はいくつかあるが、お前がやるべきことは三つ――――』

 

 

 リュウトは、その時の男の顔を一生忘れないだろう。

 

 まるでこの世のすべてを楽しむ賭博師のような顔を――――

 

 

『――――まず一つは士官学校を卒業すること、これは今のお前にはそれほど難しくない。今までの所属部隊からの推薦状も士官学校に届いている事だろう。そのおかげで、おそらく実技試験は免除されるはずだ。よかったな、動ける程度までなら怪我を治せるぞ』

 

 

 医務官の話では、快癒には数年の時間がかかるということだった。

 

 だが、リュウトはそれほどの時間をかけるつもりなど毛頭ない。

 

 

『二つ目――――これと三つ目が問題だ』

 

 

男はそこで一度言葉を切った。

 

再び男の口が開かれたとき、リュウトは新たな道を進むことになる。

 

 

『二つ目、それは執務官試験をパスすること』

 

 

 それは管理局でも高難易度とされる資格試験だった。

 

 だが、男の言葉は止まらない。

 

 

『そして三つ目、上級キャリア試験をパスすること』

 

 

 リュウトは自分が何を言われているのか分からなかった。

 

 執務官試験の合格率の低さはよく知っている。その上で男は上級キャリア試験までも突破しろというのだ。

 

 それがどれほど不可能に等しいことか男に分からないはずはない。しかし、男は自分の言葉に絶対の自信を持っているようだった。

 

 

『――――確かに途方もない条件だ。だが、十かそこらの小僧を教導隊に入れるにはそれだけの土産が必要になる。この子供は管理局の将来に有益な存在であると古狸連中に認めさせるには、な』

 

 

 そこで男は再び笑みを見せた。

 

 

『しかしな、お前は必ず教導隊に来る。それがお前の目的に最も近いからだ』

 

 

 リュウトは男の言葉の意味が分からなかった。

 

 

『――――お前はいくつもの部隊で多くの経験を積んだ。そういう意味ではお前は陸上武装隊の(シード)だ。他の部隊、他の人間へと技術を伝えられる渡り鳥だ。分かるか――?』

 

 

 男は、心底嬉しそうに笑う。

 

 

『お前が人を救いたいなら、人にお前の技術を教えろ――心を教えろ。そうすれば、お前の志は多くの人に受け継がれ、多くの人々を救える。――――たとえ、お前が死んでも、お前の心が人々を救うんだ』

 

 

 リュウトは男の言葉に心を揺らした。

 

 自分の命に価値を求めていたリュウトにとって、それは最高の条件だった。

 

 

『いいか? お前がさっき言った条件を満たせば、教導隊(おれたち)が局全部を黙らせる。実力がある者を教導隊は欲しているんだ。その実力さえあれば、俺たち教導隊はお前を受け入れることができる。そのための苦労もいとわない』

 

 

 男はその目に情熱を宿し、リュウトに語りかける。

 

 

『無理無茶無謀大いに結構。それを超えるだけの力さえあれば、俺はそれで構わないと思っている。――――リーゼにも伝えておくが、これはお前の意思次第だ。お前が勝ち取れ、お前が奪い取れ、俺たちから力を盗んでみろ』

 

 

 男は立ち上がり、リュウトの体に繋がる管に目を向けた。

 

 

『――――俺はお前みたいなバカが大好きでな。どれだけ無茶しても、最後にはすべきことができる奴が一番だと思っている』

 

 

 自分で身体を動かすこともままならないリュウトの目を覗き込み、男はにやりと笑う。

 

 

『俺の処に来い! 俺がお前に――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

「『力と心を叩き込んでやる!』――か」

 

 

 誰にも聞こえないような小さな声で呟くリュウト。その瞬間、ラファエルとルシュフェルに魔力刃を展開する。

 

 そして――――桜色の魔力刃(ストライクフレーム)と、漆黒の魔力刃(フォースエッジ)が激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――教導官はみんなああなのか?」

 

 

「いえ、主殿は特に無茶をするタイプです。というか、分かってて訊いてるでしょう?」

 

 

「――――なのはのあの攻撃(エクセリオンバスターA.C.S.)を受け止めるなんて、『闇の書』じゃあるまいし……」

 

 

「主殿は対『闇の書』専門の魔導師です。持ち主が取り込まれるという最悪の場合でも、私と共に守護騎士を突破した上で『闇の書』の主を“処理”するだけの能力を自分自身に求めておられました。――――それ故のSSランク、それ故の無制限戦闘形態(ユニゾンシフト)です」

 

 

 隣に立つ兄弟子の使い魔の言葉に、クロノは顔をしかめた。

 

 すでに終わっているはずの『闇の書』事件だが、ここにもその残滓は存在している。

 

 だが――――

 

 

「――――怪我はどうだ?」

 

 

 クロノの口から出たのは、先ほどの思考とは関係ないことだった。

 

 

「医務官はすぐにでも治療をするべきだと言っています。――――このままでは一年と保たない、と」

 

 

「――――――――」

 

 

 クロノはモニターに映る兄弟子の姿を睨みつける。

 

 このようなこと、エイミィにも母にも伝えられない――もちろん、他の誰にもだ。

 

 

「――――リュウトは何と?」

 

 

「『一年もあれば問題ない』――と仰られていました」

 

 

「くそっ!! あいつはバカだ!!」

 

 

 クロノは心の底からそう叫んだ。

 

 人に無茶をさせるのは好まないくせに、自分が無茶をしてもそれに気付かない。

 

 十年間まともに休んでいないのに、未だに動き続けている。

 

 自分から休むなど、身体が必要とする最低限だけ。それ以外で休んだことなど、クロノの知る限り怪我の治療でベッドに寝ているときだけだった。

 

 

「――――――――僕も大概バカだな。あいつが止まることを恐れている以外、何も分からないんだから」

 

 

 リュウトの意思がどこにあるか分からない。

 

 『闇の書』が存在しない今、リュウトがその身を削る理由はないはずだ。

 

 リュウトはロストロギア『闇の書』を消滅させるためにこれほどの力を得た――――リュウトが己の命を懸けて人を救うのも、『闇の書』がリュウトに残した遺産だ。クロノはその理由を知っている。

 

 

「主“様”はあの子たちに自分と同じ道を歩んで欲しくないようです」

 

 

「――――そうか……」

 

 

 リュウトが『様』と呼ばれるのを嫌うため、シグレはあえて『殿』という敬称を使っている。主と殿は矛盾するかもしれないが、シグレにとっては主を呼ぶ事ができる唯一の言葉だった。

 

 だが、本人がいないときは、こうして『様』と呼ぶ。

 

 それは、シグレがリュウトに向ける愛情の証でもあった。

 

 

「――――そろそろ終わりそうですね」

 

 

「ああ、リュウトの目的は果せそうだ――――あの三人には教えられないが、な」

 

 

 二人が見詰める先、リュウトは土煙の中にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っくぅううううううッ!!」

 

 

 エクセリオンバスターA.C.S.を受け止めたリュウトだが、やはりそれを受けきることは叶わなかった。

 

 故に相手の攻撃を利用し、こうして相手との距離を開けたのだ。

 

 吹き飛び、地を転がり、滑りながら、リュウトの視線はたった今自分が突き抜けてきた爆炎に向けられている。

 

 転倒しないようにバランスを取りながら目を凝らすリュウト。

 

 

「ッ!!」

 

 

 その目に――――否、周囲に広げていた感覚器に複数の反応が捉えられる。

 

 その数、優に五〇。

 

 

「誘導操作弾による飽和攻撃……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「飽和攻撃……?」

 

 

「ああ、珍しくもない攻撃方法だが、それだけに効果も期待できるだろう」

 

 

 海鳴市にあるハラオウン家の一室で、四人の男女が一つの立体モニターに視線を向けていた。

 

 そのモニターに映っているのは、先の『プルガトリア事件』でのとある魔導師の戦闘記録だ。

 

 

「――――こう言っては何だが、君たちの個人技はリュウトのそれに遠く及ばない」

 

 

「――――」

 

 

 自分の能力を否定された形だが、三人の少女――高町なのは、フェイト・テスタロッサ、八神はやて――は誰もそれを否定しなかった。

 

 それは目の前の少年にも言えることだからだ。

 

 確かに各々が得意とする分野、なのはの砲撃魔法や防御魔法、フェイトの高速戦闘、はやての多彩な攻撃手段などではクロノも三人には及ばない。

 

 だが、総合的に見るとその長所も短所により相殺され、ほぼすべての能力が平均的に高いクロノに軍配が上がる。

 

 

「リュウトの個人戦闘技は他のミッドチルダ魔導師の技能とは大きく違う。リュウトはスタンドアロン――個人による戦闘を極限まで突き詰めた戦闘スタイルだからだ」

 

 

 個人戦闘が“可能”なのではない、個人戦闘が“本領”なのだ。

 

 

「――――シグレは?」

 

 

「いいところに気付いたな、フェイト。だが、シグレはリュウトの戦闘補助を目的としているわけではない。あくまでリュウトが単独戦闘に傾注できるように戦うのが彼女の戦闘スタイルだ。つまり、直接的な援護はほとんどしない」

 

 

 シグレの至上命題はリュウトが戦闘に集中できる場面を作り出すことだ。

 

 外から余計な手を出されないようにするため別の敵性対象を戦ったり、リュウトが戦闘に突入するために必要な道を切り拓いたり、探査魔法を駆使してリュウトの目標を見つけ出すことが目的となる。

 

 そのため、リュウトとシグレが連携して一個の対象に当たることは稀だ。

 

 だが――――

 

 

「だが、それは大きな弱点とも言える」

 

 

 クロノの言葉に従い、モニターにリュウトの各種戦闘データが表示された。

 

 

「――――このデータからも分かるように、リュウトの戦闘手段はごく近距離の近接戦闘から長距離の砲撃魔法、果ては儀式魔法による広範囲完全殲滅まで、それこそミッドチルダ式魔法の見本市とさえいえるほど、馬鹿馬鹿しい完成度を誇る」

 

 

「――――あの、完全殲滅って……?」

 

 

 なのははクロノの言葉の中に混じった不穏当な言葉に、内心ビクビクしながら質問の声を上げる。少なくとも、なのははリュウトのそんな戦闘方法を知らないからだ。

 

 

「――――――――はぁ」

 

 

「え?」

 

 

 だが、クロノはその質問に溜息と頭を右手で抑える仕草で答える。

 

 その様子に当惑したような表情を浮かべる三人だが、クロノはすぐに言葉を繋いだ。

 

 

「ひとつ昔話として教えよう。今から数年前、とある自治都市で生物災害が発生した」

 

 

「――――――――」

 

 

 三人は黙ってクロノの言葉に耳を傾ける。

 

 

「その対処のために管理局から差し向けられた執務官は、早急な事態打開を求める都市代表にこう言った――――」

 

 

「――――ごくり」

 

 

 三人の喉が同時に鳴る。

 

 

「――――『分かりました、一時間で終わらせましょう。ですが、敵の本体は地下です』」

 

 

「――――い、嫌な予感が……」

 

 

「わ、わたしも……」

 

 

「リュウトさん、容赦ないからなぁ……」

 

 

 三人が嫌な汗を感じる暇もなく、クロノはそれを告げた。

 

 

「『ですので――――都市外縁部を効果範囲として、地下五〇メートルまで“都市ごと”完全消滅させますが、よろしいですか? ああ、大丈夫です。人間には効果がないようにしますので』――――この言葉を聞き、都市代表は慌てて自分の言葉を撤回したらしい」

 

 

「――――――――」

 

 

 三人が固まるのを、クロノは懐かしそうな目で見詰める。

 

 当時執務官になったばかりの自分も、話を聞いてこうして固まったものだ。

 

 

「リュウトの使う儀式魔法にはそれを可能とするだけの威力があるからな。物質にそれぞれある一定の振動を与え、原子レベルでの崩壊を引き起こす完全殲滅魔法――――現在は評議会の承認なしに使うことは許されていない」

 

 

「――――――――」

 

 

 未だ動きを見せない三人。

 

 

「ちなみに廃棄された都市を目標として行われた試験において、威力行使後に残っていたのは辛うじて砂粒としての形を保てたごく一部の欠片だけだったそうだ」

 

 

「――――――――」

 

 

 ぴくりとも動かない三人に、クロノはこう締めくくった。

 

 

「これがSランクオーバー魔導師の力だ」

 

 

 時空管理局においてもほとんど居ないSSランク。

 

 その気になれば一国を相手に喧嘩を売れる存在だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「話が逸れたな、それではリュウトの弱点について続けよう」

 

 

≪はい!≫

 

 

「――――」

 

 

 三人の生徒が同時に返事するのを確認して、クロノは小さく溜息を吐いた。

 

 どうやら先ほどの自分の話は、彼女たちの記憶の片隅に追いやられたらしい。

 

 

「――――厳密に言えば弱点というほどのものでもない。確かに個人での戦闘には限界があるが、今回の訓練ではそれもほとんど関係ないだろう」

 

 

「じゃあ……」

 

 

 どうするのか――――三人の心が重なる。

 

 その疑問に、クロノは笑みを以て答えた。

 

 

「だが、僕も伊達に十年間負け越していない、いくつか対処方法は心得ている」

 

 

「お〜〜」

 

 

 拍手せんばかりの賞賛の眼差しを向ける三人。

 

 その視線の先で、クロノは説明を続けた。

 

 

「僕が得た情報では、リュウトには今回制限(リミッター)がかけられている。デバイスにも別口――技術的問題で機能制限がかけられているから、その戦闘能力は四割以上落ちているとみて間違いないだろう」

 

 

「ふむふむ」

 

 

「その能力はおそらくAAA+ランクからSランク程度と推測される。それなら、君たちにも十分勝機はあるだろう。いや、八割以上の確率で君たちが勝つ」

 

 

「じゃあ!」

 

 

「まあ待て。これはあくまで正面から戦った場合の話だ」

 

 

「あ」

 

 

 喜色を浮かべた三人だが、クロノの言葉で任務達成条件を思い出す。

 

 それはリュウトを撃破することではないのだ。

 

 

「それに、リュウトもそれは承知しているだろう。おそらく逃げの一手を打つはずだ。僕でもそうする」

 

 

「――――――――」

 

 

 だったらどうすればいいのか――――少女たちは逃げる相手を見つけて確保する手段など、ほとんど知らない。

 

 

「君たちに戦術関係の経験が少ないことはリュウトも知っている。だから僕がここに居るわけだな」

 

 

 『アースラ』が修理中で動けないことを加味しても、現役の執務官が嘱託魔導師の講師に付くことなどありえない。

 

 

「そこで、僕は君たちにある作戦を提案したいと思う」

 

 

「――――それが、段階式飽和攻撃?」

 

 

 フェイトが首を傾げながらクロノに問う。

 

 

「ああ、そうだ。見つけることは不可能じゃないし、訓練のために向こうも何度か姿を見せるだろう。その時が勝負だ」

 

 

 リュウトが本気で隠れたら、時空管理局の専門部隊を動員しない限り見つけることは不可能だ。

 

個人戦闘では奇襲も重要な攻撃手段となり得る、リュウトが隠密系幻術魔法を得意とする理由はそこにあった。

 

 

「リュウトをある地点まで誘導し、そこで迎撃能力以上の魔法を叩き込む――――僕一人では不可能な対リュウト用戦術だ」

 

 

 ここにいるのはAAAランク魔導師二人とSランクの魔導騎士だ。

 

 相手がSランク相当の能力を持っていても、それを押し潰せるだけの力がある。

 

 

「そこに至るまでにも攻撃を加え、リュウトの体力を奪う。その後、多数の誘導操作弾の飽和爆撃で一気に勝負を決める。さらに――――」

 

 

「く、クロノ君……」

 

 

「ん? 質問か、なのは」

 

 

「ううん、質問っていうか――――リュウトさん捕まえるのが目的だよね?」

 

 

「無論だ。だからこうして無力化する策を考えている」

 

 

「――――――――」

 

 

(無力化とゆーか、殲滅では?)

 

 

 三人は意図せず同じ思考に至った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――刃以て血に染めよ。穿て、ブラッディダガー!」

 

 

Yes,ma’am.Blutiger Dolch”>

 

 

 己の周囲に紅の短剣が浮かび上がるのを、はやては一瞬で確認した。

 

 そして、B2Uをリュウトに差し向ける。

 

 

「いっけぇッ!!」

 

 

<“Feuer.”>

 

 

 放たれる鮮血の短剣。

 

 それは一つ一つが必殺の意思を以て敵を貫かんと飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルカス・クルタス・エイギアス――――疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル」

 

 

空に朗々とした祝詞が響く。

 

それは、確かな力となり、ひとりの少女の許へと集束する。

 

 

「――――フォトンランサー・ファランクスシフト!」

 

 

Yes,sir. Photon Lancer Phalanx Shift.

 

 

 強化型のプラズマランサーではなくフォトンランサーを選択したのは、一発の威力よりも面単位での制圧力を重視したためだった。

 

 だが、バルディッシュの能力の向上により発射台となるスフィアの数は大きく増加し、その威力は『ジュエルシード事件』でのそれより遥かに高い。

 

 

「発射!」

 

 

fire.

 

 

 雷光の槍が、漆黒の魔導師に向けて放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いくよ、レイジングハート!」

 

 

Accel Shooter.

 

 

 最早余計な言葉はいらない。

 

 一組の魔導師と魔法杖は、いくつもの実戦でその絆を深めてきたのだ。

 

 

(正確さよりも弾数を優先……! 弾速よりも威力を優先……!)

 

 

 訓練開始前に行ったミーティング通り、彼女は己の魔法を調節していく。

 

 そして――――

 

 

「シュ――――――――トッ!!」

 

 

 凛とした声を受け、桜色の光弾が空を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クロノッ! お前の入れ知恵ですね!?」

 

 

『主様、全周囲すべて囲まれました』

 

 

『う〜ん、さすがなのはちゃんたち、主様の昔を思い出すね』

 

 

「どうして君たちはそうも冷静なのでしょうか!?」

 

 

 戦闘関係の機能強化限界に達してからは言語機能の強化に日々を費やしているらしいラファエルとルシュフェル。日々メディアで様々な言葉を学習しているらしい。近頃はリュウとすら知らない言葉を使ったりもする。

 

 

『愚問です、我が主』

 

 

『頑張って受けきってね』

 

 

「――――――――実は機能制限付けたの怒ってるでしょう?」

 

 

『――――――――』

 

 

「やっぱり!」

 

 

 己の魔法杖は拗ねていた。

 

 本来なら迎撃可能範囲に納まっているはずのこの攻撃が自分の対処能力を超えているのだ。戦うために創られた彼女たちにとってこれほど悔しいこともあるまい。

 

 

「――――ここで投降するわけにもいかないでしょう」

 

 

 少しでも後輩に何かを遺さなければならない。

 

 ならば、することは決まっている。

 

 

「ラファエル! ルシュフェル!」

 

 

『それでこそマスターだね! モードシフト、“マグナム”!』

 

 

『我が力、あなた様のために――――モードシフト、“スナイパー”』

 

 

 その言葉と共にデバイス各部を固定していた接合部が解除されると、リュウトが握り締める柄が傾き、白と黒の刃が二つに割れ、そこから銃口が現れる。

 

 それに連動してカートリッジシステムが移動し、上部スライドが後退。そして、再び各部ジョイントが重厚な金属音を立てて固定。

 

 

Magnum mode.

 

 

Sniper mode.

 

 

 肉厚の銃口を持ち、中・近距離射撃戦闘に特化したラファエル。

 

 長い銃身を持ち、長・超長距離での射撃戦闘に特化したルシュフェル。

 

 まるで正反対の能力を持つ二機が同じ目的で運用される場面が存在する。

 

 

「――――ガトリングブリンガー……」

 

 

Yes,My lord.

 

 

Gatling briger.

 

 

 それは――――多数の脅威に対する迎撃。

 

 リュウトの意思と剣の言葉に応え、二つの銃口の前に漆黒の魔法陣が浮かび、ゆっくりと回転を始める。

 

 その回転は速度を上げ、やがて甲高い咆哮を上げる。

 

 

「――――――――」

 

 

 リュウトは目を閉じ、腕を胸の前で交差させる。

 

 

「目標補足開始」

 

 

Target lock,Start.

 

 

 リュウトの脳裏には、己へ迫る多数の軌跡が刻まれていた。

 

 

「一番から一二番捕捉――――一三番から二四番――――捕捉」

 

 

Number two-five to three-six lock.(二五番から三六番まで捕捉)>

 

 

Number three-seven to four-eight lock.(三七番から四八番まで捕捉)>

 

 

 次々と意識で捉えられる脅威。

 

 それに伴い、リュウトの意識には次々と負荷が加わっていく。

 

 

All target lock.(全目標捕捉)>

 

 

 だが、それもここまで。

 

 

Recommend fire.(迎撃準備、完了)>

 

 

 ラファエルとルシュフェルの声に目を見開き――――

 

 

「ッ!!」

 

 

 しっかりと地を踏みしめ――――

 

 

「ディス、チャージ!!」

 

 

 リュウトは、二挺の銃を目標へと向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「乗った……!!」

 

 

「――?」

 

 

 クロノは思わず喝采を上げた。

 

 伊達に十年も共に修行していない。

 

 三人の攻撃に対してリュウトが取る手段も、クロノにはおぼろげながら読めていた。

 

 

「お前ならそうすると思った。あれだけの攻撃を防御するのはお前やなのはでも難しい、ならば――――別の手段による迎撃が考えられる」

 

 

 クロノの見詰めるモニターの中では、三六〇度全周囲から迫り来る魔力弾をリュウトが二挺の銃で撃ち落していた。

 

 否――――より正確に言うなら、それ自体が銃口と化した魔法陣から連続で放たれる銃弾が撃ち落しているのだろう。

 

 二筋の光条に見えるほど連続で放たれる魔力弾。それが高速回転する魔法陣から次々と飛び立つ様は、クロノが訓練で何度も見てきた光景だった。

 

 

「アクティブドラグーンやクリスタルバレット、クリスタルソードを併用、僕自身何度も煮え湯を飲まされた。――――だが、フェイトたち三人を相手にどこまで耐えられるかな……?」

 

 

「――――――――」

 

 

 シグレは自分の横で嫌な笑みを浮かべるクロノから視線を外し、モニターに映る主へと心で問う。

 

 

(リュウト様、クロノ執務官相手にどんな戦い方で勝ったのですか? しょーじきすんごく気になります)

 

 

 きっと容赦の欠片もなく叩きのめしたに違いない。

 

 自分が見ていた範囲ですらそうだったのだから、この執務官の少年の心にはそれ以上の情景が映っているのだろう。

 

 

「――――主殿、もう少し手加減を覚えませんか?」

 

 

 『何はなくともとりあえず叩き潰す』――――リュウトの教導隊時代の指導係が教えたことは、妙な形で主に残ったらしい。訓練に一切の妥協がないのはある意味では素晴らしいことだろう。だが、別の意味では――――

 

 

(――――――――それ以上考えないのも、忠心でしょうか?)

 

 

 なんにせよ、この訓練は大詰めを迎えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッああ!!」

 

 

『敵性誘導弾第一五波全弾撃墜!!』

 

 

『続いて第十六波迎撃開始。アクティブドラグーン全自動迎撃モード――――発射』

 

 

 一発一発はそれほど強力でなくとも、一〇〇を優に超える数ともなれば状況は変わってくる。

 

 たとえ通常の魔導師とインテリジェントデバイスには不可能な迎撃能力を持っていようと、それを超える攻撃を加えられればその盾は砕ける。

 

 

「ッ!?」

 

 

 防御網を突破する魔力弾が増え始めた事実を、リュウト意識の片隅で確認していた。

 

 

(これほどの集中攻撃――――教導隊でも経験がない……!!)

 

 

 ただ一箇所だけ開いた防御網の穴。

 

 それを狙って次々と魔力弾が飛び込んでくる。

 

 

(防御は不可能。対処パターンK‐W――――いや、L‐[!)

 

 

『アクティブドラグーン半誘導迎撃モード――――発射!!』

 

 

『クリスタルバレット対空迎撃モード――――発射』

 

 

 己の周囲に浮かぶスフィアから次々と発射される灰色の迎撃弾。

 

 積層構造を持つ黒い結晶が敵性魔力弾の中心に飛び込み炸裂、撒き散らされた破片と魔力で飛来する光弾を絡め取る。

 

 だがそれも対処の遅れが目立ち始めていた。

 

 

(私が対処可能な攻撃総量を知っている人間はそれほど居ないはず――――やはりクロノの指導でしょうね)

 

 

 自分に吹き寄せる三色の嵐。

 

 その只中にあって、リュウトの意識には歓喜の色があった。

 

 

(誰も彼もが私を越えてゆく。地に堕ちて朽ちるだけだった私が、こうして空に輝く星を帰すことができるとは……ね)

 

 

 生き急ぎ、己の死を待ち望んでいた自分が、こうして後輩たちの糧となる。

 

 リュウトにとってはこれ以上ない幸福だった。

 

 

(――――――――マリア、君はこんな私を軽蔑するでしょうね)

 

 

 だが、時間はそう多くない。

 

 

「ラストォッ!!」

 

 

Splash!!

 

 

 最後の誘導弾を撃墜。

 

 それを確認したリュウトは、すぐに周辺の走査を行う。

 

 だが――――

 

 

(残留魔力が多すぎる、魔力探知は不可能か。それに、熱探知――――不可。動体探知――――不可。音響探知――――不可)

 

 

 これまでの迎撃行動で消耗した魔力では、満足に探査魔法を展開することも叶わない。

 

 リュウトはそれを感じ取るとすぐに別の手段での探査を開始する。

 

 

(心を無に、身体を空に、そして――――存在を世界に溶け込ませる)

 

 

 魔力が使えないなら使えないなりの方法で――――リーゼたちはリュウトにその手段を与えていた。

 

 それは“気配”を探ること。

 

 完全に魔力を失った状態でも戦闘能力を失わないよう、リュウトは様々な訓練を受けている。その内容は、御神の剣士たちも驚くほど武術家のそれに似ていたという。

 

 

「――――――――」

 

 

 もうもうと立ち込める土煙。

 

 

「――――――――」

 

 

 主の集中を妨げまいと沈黙する剣たち。

 

 

「――――――――」

 

 

 頬を撫ぜる風。

 

 

「――――――――」

 

 

鼻孔をくすぐる水の香り。

 

 

「――――――――」

 

 

かすかに聞こえる滝の音。

 

 

「――――――――」

 

 

 そして――――――――迫る三つの気配。

 

 

「疾ッ!!」

 

 

 刹那。リュウトの周囲を流れていた風が逆巻き、バリアジャケットの裾が翻る。

 

 二挺の銃は――――

 

 

「あ……!」

 

 

「……ッッ」

 

 

 リュウトに向け“不屈の心”を持つ少女と、同じくリュウトの首筋に“閃光の戦斧”を突きつけた少女の眼前へとその銃口を晒していた。

 

 

「――――リュウトさん」

 

 

 そして、一人銃口を向けられなかった少女は、己が仮初の戦友を白い防護服の背へとかざした。

 

 

「――――終わりました」

 

 

「これ以上の戦闘に意味はないはず」

 

 

「投降してください」

 

 

 はやての言葉に続き、フェイトとなのはがリュウトに降伏を勧告する。

 

 三人の攻撃でぼろぼろになったバリアジャケット。それを纏い、リュウトは沈黙していた。

 

 

「リュウトさん」

 

 

「リュウト」

 

 

「リュウト、さん」

 

 

 なのは、フェイト、はやての言葉。

 

 リュウトはそれを噛み締める。

 

 そして――――

 

 

「ふ――――」

 

 

 リュウトは小さく笑い。両の手の銃から手を放した。

 

 二挺の銃はトリガーガードを中心に回転し、二人の眼前から黒々とした銃口が消える。

 

 

「状況終了。――――君たちの勝ちです」

 

 

 その言葉と同時に制限時間終了を告げるブザーが鳴り、次の瞬間には三人の少女の喝采が演習場に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なのは君のエクセリオンバスター、今回は訓練用に魔導師本人に負担が掛からないよう調整しておきましたが、実戦での使用はそれなりの覚悟をするように。誘導弾の操作に関しては優秀といっていいでしょう、このまま焦らず習熟してください」

 

 

「はい!」

 

 

「フェイト君の高速戦闘にも緩急が付いてよかったです。シグナムさんとの訓練がいい方向に働いているようですね。あとは己の状態と相手の状態をしっかり考えて戦闘を仕掛けるように、それができれば近接戦闘で教えることはありません」

 

 

「うん、分かった」

 

 

「はやて君とBUのコンビネーションも大分板についてきましたね。二人とは違う視点で戦場を見渡すというその心構えもよろしい。後衛が優秀なら、前衛はその力を数倍、数十倍にもすることができるでしょう」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

 バリアジャケットを解除し、戦技教導隊の制服となったリュウトは、三人の後輩に訓練の総括を伝えていた。

 

 リュウトの背後にはシグレとクロノがそれぞれの表情で立っている。

 

 

「訓練結果は後日書面でもお伝えします。それを元に更なる修練を積んでください」

 

 

「はい!」

 

 

 三人の返事に笑みを深め、リュウトは後背を振り向く。

 

 

「二人は何かありますか?」

 

 

「いえ、主殿の総括と重複するので」

 

 

「僕も同じく。ただ――――」

 

 

 微妙な表情のクロノの言葉に、三人は訝しげな表情を浮かべる。

 

 そんな後輩たちの顔を見て、クロノは言葉を止めた。

 

 

「――――いや、リュウトからの書面に書いておくとしよう。細かい点だからな」

 

 

 クロノの言葉にリュウトが頷き、三人に向き直る。

 

 

「これで訓練は終わりです。シグレに送らせますので、家でしっかり休んでください」

 

 

「はい! ありがとうございました!」

 

 

「はい、ご苦労様でした」

 

 

 リュウトは微笑んだまま、三人の後輩を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――で、君は私に言いたいことがあるのでしょう?」

 

 

「――――」

 

 

 リュウトは手元に浮かんだ三つの制御卓を平行して叩きつつ、クロノに視線を送る。

 

 

「――――三人はどうだ?」

 

 

「先ほども言った通りです。君や私とはずいぶん違う形ですが、魔法を使う人間としての訓練は実を結んでいるようですね」

 

 

「そうか、詳報は母さんやシグナムたちにも?」

 

 

「ええ、それ以外にも本局、地上本部、評議会にも」

 

 

「評議会?」

 

 

 クロノは思わぬ言葉に瞠目する。

 

 

「ええ、『闇の書』事件の功労者と被告の存在に興味があるようです」

 

 

「――――そうか」

 

 

 リンディやレティ、リュウトならともかく、一介の執務官に過ぎない自分には、大した情報も与えられないだろう――――クロノはそう考え、リュウトにそれ以上の問い掛けをしなかった。

 

 

「大丈夫ですよ」

 

 

「何がだ?」

 

 

 だが、リュウトはモニターに視線を留めたままクロノの心の内の疑問に答える。

 

 

「はやて君たちに対して強硬な姿勢を取れるほど、一部の人たちに体力は残っていません。あと数年は問題ないでしょう。姉さんたちも同じ意見です」

 

 

「――――そうか」

 

 

 クロノは安心したように頬を緩め、あまり代わり映えはしないものの穏やかな表情をその顔に浮かべた。

 

 しかし、その表情もすぐに戻った。

 

 

「あの三人のことはいいとしよう。だが――――」

 

 

「――――私ですか?」

 

 

「ああ、主治医から相談された。長期治療を断り続けているそうだな」

 

 

 弟分の刺々しい声に、リュウトの動きが一瞬だけ止まる。

 

 再び動き出したリュウトにクロノは僅かに声を荒げた。

 

 

「理由を言え……!」

 

 

「――――病院が嫌いなもので」

 

 

「ふざけるなッ!」

 

 

 リュウトの明らかに言い訳と分かる台詞に、クロノは叫ぶ。

 

 

「何をそんなに焦っている? 『闇の書』はもうない。はやてたちに対する反感も抑えた。これ以上お前が無理を通す理由がどこにある!?」

 

 

「――――――――」

 

 

「十年だ! 十年間、僕はお前の背中しか見ていない! 僕がいつお前を見ても、お前は僕たちに背を向けて進んでるんだ!」

 

 

「――――――――」

 

 

「張り詰めたままの弦はいつか切れる――――そう言って僕を諭したお前はどうなんだ?」

 

 

「――――――――」

 

 

 リュウトは何も答えない。

 

 ただ黙々と仕事をしているだけだ。

 

 

「あの雨の日、墜落したお前を捜索したリーゼの気持ちが分かるか? 墜落地点を見たロッテが自分をどれだけ責めたか分かるか? 雨で消えていくお前の痕跡を泥だらけになって探したアリアの気持ちが分かるか? 血まみれで謡うお前を見つけた僕の気持ちが分かるか?」

 

 

「――――いえ」

 

 

 リュウトは視線を動かさず、ポツリと零す。

 

 

「そうだろうな。お前に僕たちの気持ちは理解できない、だから無茶ができる」

 

 

「――――でしょうね」

 

 

「お前は致命的にバカだ。壁にぶつかり痛い目を見たのに、それを自分の力不足と考える」

 

 

「――――――――」

 

 

「そして、また無茶をして力を増し、壁を越えてしまう。学習能力ゼロの大バカだ」

 

 

 諦めを知らないというなら聞こえはいい。だが、それは人としての枠に収まっている間だけだ。

 

 許容量を越えた無茶は、その人間を滅ぼす――――その思考に、クロノは自分がまだリーゼたちの下で修行していた頃を思い出した。

 

 

「――――憶えてるか?」

 

 

「何をです?」

 

 

「お前が陸士隊に配属になって初めての休暇――正確には謹慎だが」

 

 

「――――君が無茶をしていた頃ですね」

 

 

「それを認識できるのに、どうして自分のことは理解できないんだ」

 

 

「さあ、私にも分かりかねます」

 

 

 一瞬だけちらりと自分を見遣るリュウトに、クロノは大きく溜息を吐いた。

 

 

「――――僕はその頃、君が嫌いで仕方がなかった」

 

 

 クロノの心には、その頃の光景が昨日のことのように浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『エルグランドT(ワン)よりデルタチーム。当該目標は貴隊の前方一二〇〇を飛行中、高度八〇〇、方位〇−二−四』

 

 

『高度八〇〇、方位〇−二−四。デルタリーダー了解、当該目標の確保に向かう』

 

 

 通信機から聞こえる分隊長と司令部の通信。

 

 その会話を受け、分隊は光条を曳いて緩やかに旋回する。

 

 

分隊長(リード)よりデルタ各員。デルタU(ツー)とデルタW(フォウ)が前衛、V(スリー)は俺と後詰めだ。しくじった奴は今度の非番で財布が飛ぶ』

 

 

『ツー了解』

 

 

『スリー』

 

 

『フォウ、コピー』

 

 

 四人編成(フォーマンセル)の空戦魔導師分隊、つい先週までならそれ以上の命令はなかっただろう。

 

 だが、今は違う。

 

 

X(ファイブ)、新入り、二等陸士、お前は後から付いて来い。俺たちの邪魔はするな』

 

 

 臨時編入の五人目。

 

 つい先ごろ陸士訓練校短期コースを修了したばかりの新人に、分隊長はそれだけを命令した。

 

 

「――――ファイブ、了解」

 

 

 通信機に答え、その新人は前方に視線を向ける。

 

 “新入り”、“二等陸士”、その言葉に悪意はないだろう。ただ、自分のような子供が彼らの領域に足を踏み入れ、こうして後を付いてくる。彼らにとってのその事実――異分子という自分――があの言葉となって返ってきただけだ。

 

 

「――――――――」

 

 

 配属当初は珍しがられた八歳の陸士。

 

 それも一週間が経った今では日常に埋もれた。

 

 ただの一点を除いて――――

 

 

『スリーよりリード。本当にあのガキを連れて行くんですか? 今からでも遅くない、あいつには司令部に戻って――――』

 

 

『リードよりスリー。部隊長命令だ、折角の空戦魔導師、使えるか確認したいらしい』

 

 

『ツーよりリード。あのグレアム提督の息子なんでしょう? 親の七光りじゃないんですか?』

 

 

『ツー、いいことを教えてやる。うちの部隊長はグレアム提督の後輩だ、その意味が分かるな?』

 

 

『ツー、了解……』

 

 

 念話で交わされる言葉。件の新人がそれを傍受しているとは考えていない内容に、彼は僅かに顔を歪めた。

 

 

「ギルが身内びいきをするものか。部隊長も分不相応な評価はしない」

 

 

 自分ですら分かるその絶対的な現実。

 

 だが、自分に対する不安があるというのもまた現実だった。

 

 

「――――確かに現実は厳しいね、リーゼ」

 

 

 自分のような子供が時空管理局の局員になることは不可能ではない。

 

 だが、それは後方部隊での話だ。

 

 ここのような前線部隊に自分のような子供が配属されるということはあまりにも現実味を欠いていた。

 

 自然保護や文化調査、その他の非戦闘任務には自分のような子供も従事していると聞いている。

 

 

「校長先生もそっちで経験を積めって言ってたっけ……」

 

 

 十に満たない子供である自分を孫のように可愛がってくれた訓練校の校長。彼は最後まで少年の前線配置に反対していた。

 

 いくら陸士訓練校史上に残る成績を叩き出したとはいえ、やはり子供と大人では基本的な任務達成能力に差がある。使うデバイスもワンオフのストレージで、インテリジェントのように魔導師を補助することはできない。

 

 その校長も最後は折れたが、今でも心配してメールを寄越してくる。

 

 『部隊で苛められていないか』

 

『気を許せる仲間はできたか』

 

『転属希望があるなら相談に乗る』

 

 二人の母親からも同じようなメールが一日何通も届き、少年の情報端末はメール送受信が最たる仕事となっている。

 

 

『リードより分隊各員。前方に目標発見、これより接敵する』

 

 

『了解』

 

 

 四人の声が重なり、同じように光跡も重なる。

 

 当該目標の上空。先手必勝の構えだ。

 

 

『確認した、当該目標に間違いない。これより空対空機動戦に入る』

 

 

『了解!』

 

 

 再び重なる隊員の声。

 

 五つの光は三つの光に向かって上空から駆け下りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 当該目標は管理局陸上武装隊の元下士官。

 

 三人の下士官は多額の報酬と引き換えに管理局の機密情報を他国に漏らしており、その責を問われてもうすぐ査問が行われるはずだった。

 

 だが、その直前に三人は逃亡。

 

 三人が逃げた地域を担当する陸士隊に捕縛命令が出た。

 

 だが――――

 

 

『まずは足を止めるぞ。連中はすでに民間人を殺傷している、それを以て警告とする』

 

 

 口頭での警告はない。

 

 分隊長の言葉はそれを意味していた。

 

 つい先ごろまで仲間だった三人の魔導師、それを少年たちは追っている。

 

 ――――逃亡時、子供を含む民間人六名を殺害、四五人に重軽傷を負わせたかつての仲間に、少年たちは一切の手心を与えるつもりはなかった。

 

 

『総員、発射!』

 

 

 分隊長の命令。五人それぞれから複数の魔力弾が放たれ、下方を飛行する三人に殺到する。

 

 

≪!!≫

 

 

 突如上空から降り注いだ魔力の雨に、三人は驚いたように機動を乱すと散り散りになって逃走をはじめた。

 

 彼らには分かっていた、自分たちのかつての仲間が追いかけてきたのだということが。

 

 

『リードより各員。ツーとスリーは左、フォウは右、俺は正面だ。ツー、スリーはさっさと終わらせてフォウの援護に入れ』

 

 

『了解!』

 

 

「――――――――」

 

 

 やはり、少年への命令はない。

 

 少年に与えられた分隊長の命令は唯一つ――――『邪魔をするな』だけだった。

 

 

「現実は厳しいよ、明日香。魔法を使えても僕は無力なままだ」

 

 

 仲間から同格と認められない現状。

 

 少年は分隊員たちの戦闘を上空に残って見詰めていた。

 

 その心に浮かぶのは、三人の違法魔導師が攻撃した繁華街の光景――――

 

 

『お父さん! お父さん!』

 

 

 担架に乗せられた父親に縋る子供。

 

 

『おい……目を開けろよ…! 誕生日に死ぬなんて笑えないぞ! お前に渡したい物だってあるんだぞ!?』

 

 

 綺麗に化粧をし、自分に向けられるはずだった恋人の言葉を聞かずに逝った女性。

 

 

『お前たちは何をやってたんだ!? 俺の娘を返せ! 返せよ!!』

 

 

 現れた自分たちに掴みかかる男。

 

 

『救急隊の到着まで保ちません! 近くに医療魔法を使える魔導師はいないんですか!?』

 

 

 現場の指揮を執った若い士官の悲鳴。

 

 

『いたい……いたい……よ…ママ……』

 

 

 母親に抱き締められた血まみれの子供。

 

 

『誰かこの子を助けてください! 私の命と引き換えでもいいから、お願いします!』

 

 

 そして、その子供を抱き締め、周囲に助けを求める母親。

 

 

『――――魔導師なんてみんな人殺しさ。違うって言うならこいつを生き返らせろよ……!』

 

 

 自分を庇った親友の手を握り、震えていた青年。

 

 

『あいつらも管理局の魔導師だって!? お前ら、仲間だからって庇ってるんじゃないだろうな!?』

 

 

 自分たちの会話を聞き、部隊の何人かに殴りかかった中年の男。

 

 

『――――おにい…ちゃん……どこ……? みえないの……よるになっちゃたのかな……?』

 

 

 目に包帯を巻かれ、もう光を見ることはないと定められた小さな男の子。

 

 

『あの人がいないんです。ここで待ち合わせしてたのに……いつもの遅刻かな……?』

 

 

 男物の血まみれの眼鏡を抱え、涙を浮かべて笑う若い女性。

 

 

「――――――――本当に、僕は無力だ」

 

 

 少年は呟く。その手を震わせ、かちゃかちゃとその手のデバイスを鳴らしながら。

 

 戦闘はこちらが優位に立っている。

 

 この調子なら数分で決着が付くだろう。

 

 だが、少年のその考えは分隊長からの通信で覆された。

 

 

『くそっ! 目標が逃走! 追いつけない!』

 

 

「な……!」

 

 

 確かに分隊長が対処していた目標が逃走を始めている。

 

 その速度は通常では考えられない速度だった。

 

 

『エルグランドTよりデルタチーム! 目標は魔力増進を目的とした違法薬物を所持している可能性がある。注意されたし!』

 

 

『遅い!』

 

 

 誰が叫んだものだったのか。

 

 司令部からの通信は、彼らにとって何の意味もないものだった。

 

 少年は逃亡する魔導師を上空から追跡しつつ、その情報を分隊長へと伝える。

 

 降下しつつ追跡――高度を速度に変換することで、少年は凄まじい速度で逃亡する魔導師を追いかける。

 

 

「ファイブよりリード! 逃亡した目標は方位〇−四−五に向け――――ッ!!」

 

 

 だが、何を思ったのか、魔導師は少年に向けてその方向を変え、再び瞠目するような速度で突っ込んできた。

 

 

「しねぇええええええええええええッ!!」

 

 

「くぅッ!!」

 

 

 通過する瞬間に向けられた魔力の刃。その刃にバリアジャケットと腕を切り裂かれ、少年は呻き声を上げる。

 

 少年のその様子に、魔導師はにたりと笑みを浮かべた。

 

 

「いいザマだ! テメエみたいなガキがいることは驚いたが、どうせお偉いさんのバカ息子だろうが!?」

 

 

「ぐ、う……」

 

 

 出血の止まらない腕を押さえ、少年は魔導師を睨み付けた。

 

 鬼気迫るとさえいえる少年のその視線に、魔導師が僅かに怯む。

 

 

「な、なんだよ?」

 

 

「――――何故」

 

 

「ああ?」

 

 

「何故、民間人に…………手を……出した……?」

 

 

 治癒魔法を展開。ざっくりと切り開かれた右腕から、少しずつ痛みが消えていく。

 

 だが魔導師はそれに気付かないのか、少年の視線に怯んだという事実を糊塗するかのように笑い声を上げた。

 

 

「は! あいつらは俺たちの命の上に生きてたんだぜ!? 俺の仲間が死んでもあいつらは笑って過ごしてた! 守られるのが当然って顔して、自分たちの都合ばっか押し付けて!」

 

 

「それは……」

 

 

 管理局員としてはあってはならない思考だ。

 

 そんなことを考えたら、自分たちは“法と秩序の守護者”ではいられなくなる。

 

 たとえ考えたとしても、それは心の中で折り合いを付けなければならない。

 

 

「だからそのツケを払わせた! それだけの話だ!」

 

 

「――――」

 

 

 そう、あってはならない思考だ。

 

 自分たちが護るべき人々に牙を向けるその考えは、自分たちの存在意義を否定する。

 

 

「お前も考えてみろ! お前がどれだけ強くても、すべての人間なんて助けられない! いいか!? 百人助けても心から感謝されず、一人死んだら責任を取らされる! そんな場所なんだよこの世界は!!」

 

 

「――――――――」

 

 

「俺たちはあいつらの道具じゃない! 便利に扱われ、死んだらすぐに交換される道具なんかじゃない! だから――――」

 

 

「殺した、と?」

 

 

「ッ!?」

 

 

 視線を落とし、魔導師からは表情が見えない少年は、小さく魔導師の後を継いだ。

 

 髪に隠れ、魔導師からは少年の表情を見ることができない。

 

 だが、その身体から漂う仄暗い空気だけは認識できた。

 

 

「“力”で、かつて自分が守っていた人々を、その人たちを守っていた“力”で――――」

 

 

「そ、それがどうした」

 

 

「僕でも知ってる。“力”は責任を伴う存在、それを使う者にも相応の責任が生まれる。そして、あなたも魔導師なら分かるはずだ。魔法を使えない一般人にとって魔導師は畏怖の対象。僕たち魔導師は味方だからこそ彼らに受け入れられているんだ」

 

 

「だから何だ! 俺たちが責任を果たし、どれだけ傷ついても、あいつらはそれを当然だと思う! 俺はそんなこと認めない!」

 

 

 魔導師は少年に叫ぶ。

 

 自分たちの怒りは正当だと。

 

 

「ファイブ! 後は俺たちに任せろ!」

 

 

 その魔導師の背後から分隊の魔導師が近付いてくる。

 

 確保した二人の元局員はすでに後続の部隊に引き渡したのだろう。

 

 だが、その二人も同じように薬物での強化を行ったらしく、四人の身体には夥しい傷が残っていた。それでも致命傷がないのは、この四人の技量が二人の魔導師を上回っていたからだろう。

 

 

「抵抗は無意味だ。今ならいくつかの罪状は情状酌量の余地がある」

 

 

「うるさいッ!! 管理局の狗に成り下がったお前らに負けるかぁッ!!」

 

 

 諭すような分隊長の言葉に、魔導師は目を血走らせて吼える。

 

 

「――――仕方がない。無力化しろ」

 

 

「了解!」

 

 

 魔導師が自分たちの言葉に従う意思がないと確認すると、四人の分隊員は各々魔導師に攻撃を仕掛ける。

 

 今回の事態を時空管理局地上本部は重く見ていた。

 

 次元世界の守護者を謳う時空管理局の局員――元局員――がテロ同然の行いをしたのだ。それを未然に防げなかっただけでも管理局に対する批判は上がっていた。これ以上の失態は地上本部の権威失墜に繋がる。それだけではない、それは各地に飛び火し、本局そして時空管理局全体に対する批判へと繋がる可能性があった。

 

 今回デルタ分隊が容疑者の確保に失敗すれば、地上本部は少年の所属する部隊を潰すことで事態の収拾を図るに違いない。

 

 

「ツー、フォウは奴の動きを止めろ。スリーは援護、俺は止めを刺す」

 

 

「了解!」

 

 

「――――ファイブ、お前は下がっていろ。その負傷では足手まといだ」

 

 

「――――――――」

 

 

「治癒魔法も自分に対しては効果が薄いだろう。いくらお前がグレアム提督秘蔵の魔導師だとしても、これ以上の継戦行為は認められない」

 

 

「――――了解」

 

 

 再び上空へと退く少年。

 

 その顔には何の色もなかった。

 

 だが――――

 

 

「隊長! すみません!!」

 

 

 デルタUが叫ぶ。

 

 その声に少年と分隊長は戦闘空域へと視線を向けた。

 

 

「ガキぃいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!」

 

 

「ッ!! ファイブ! 下がれ!!」

 

 

 涎を撒き散らし、三人もの空戦魔導師を突破する魔導師の姿には、人間としての理性など欠片も見えなかった。

 

 

「くそっ! 薬物の思考侵食が予想以上に早い!」

 

 

 魔力の回復や増強を可能とする薬物は多い。

 

 魔導師に対する治療薬としてはそれほど珍しくないからだ。

 

 リンカーコアを活性化して魔力の回復を早め、一時的に使用可能な魔力の上限を引き上げることは、その回数は多くないにせよ管理局でも行われている。

 

 適切な処方を行えば人に幸福をもたらす薬品だが、それを悪用しようとする者は後を絶たない。

 

 裏の世界で作られた薬物の中には高いレベルでの魔力増強魔力回復と平行して使用者の思考を鈍らせ、倫理観や道徳心を著しく減退させるものも存在する。この三人が服用したのはおそらくその類の薬物だろう。

 

 

「ファイブ! 逃げろ!!」

 

 

「了解ッ!」

 

 

「させるかぁッ!!」

 

 

 分隊長の叫び。

 

 その叫びの通りに退こうとする少年だが、雄叫びを上げた魔導師がそれを許さない。

 

 

「分かるかガキぃ!! 俺は一度も管理局員であることに疑問を持たなかった! 人を救うのが俺の生き甲斐だと思った! 俺の親友が死ぬまでは!!」

 

 

「ぐ……あ……」

 

 

 首を万力のような力で掴まれ、少年は苦しげに呻く。

 

 

「俺もあいつの死は無駄じゃないと思った! あいつが命を懸けて災害現場から助け出した存在が、メディアであいつを愚弄するまではな!!」

 

 

――――『自分たち市民を守るために訓練を積み、また生活の糧を得ている人間がこうして私たちを危険に晒す。我々はその事実を重く受け止め、管理局に対しより効果的な策を講じることを望むべきだ』

 

 

いつかミッドチルダの週刊誌に載った講話、それを読んで憤慨した局員は多い。

 

災害現場から救出された一人の男性が書いたものだが、自分の資産を失った責任を管理局に求め、それを退けられた報復と言われていた。

 

自分たちが守るべき存在がそれに値するのかどうか――――己の内に沸きあがった疑問に沈んだ人間。少年の目の前にいた魔導師はそんな存在だった。

 

 

「俺たちの仕事は万人に受け入れられるものじゃない! 一人を助ければ一人に恨まれる! お前が立っている世界はそんな世界だ!!」

 

 

「ぐ……そ…れが……どう…したって……いうんだ……」

 

 

「何ッ!?」

 

 

「ぼ…く……たち…の……せかい…………は……かなしみ……だけ…じゃ……ない……」

 

 

「だからどうした!? 市民の笑顔が糧だとでもいうのか? そんなことはあり得ない!!」

 

 

「ち…がう!」

 

 

 魔導師の一瞬の隙を突き、少年はその手から脱出する。

 

 

「取り押さえろ!」

 

 

 少年が捕まっていることで手を出せなかった分隊員たちが、魔導師を取り押さえようとバインドを展開した。

 

 しかし――――

 

 

「俺の邪魔をするなぁッ!!」

 

 

 魔導師はそのバインドを力で引き千切り、少年を再び追う。

 

 

「僕たちの世界は悲しみや恐れだけじゃない。そうでなければ、僕たちは生きていくことができないんだ!」

 

 

「ファイブ! 戻れ!」

 

 

 分隊員たちから離れ、少年は空を翔る。

 

 すぐ後ろに魔導師が追い縋るのを確認し、少年はさらに速度を上げる。

 

 

「僕も悲しかった! 怖かった! でも、こうして生きていられる! 僕を抱き締めて泣いてくれる人がいたから!!」

 

 

 魔導師の攻撃を弾き、反撃に転じる。

 

 少年は魔導師に圧倒されながらも決して退かない。

 

 

「戯言を!」

 

 

「戯言でもいい! 僕はそのために魔導師になったんだ! クロノとは違う理由だけど、僕は僕の理由で戦う!!」

 

 

 少年の心には決意があった。

 

 大切な三つの命と引き換えに得た決意、少年はそれを決して誇らない。

 

 

「助けられるだけ助けて“奴”と消える! 僕が生きている理由はそれだけだぁッ!!」

 

 

Load cartridge.

 

 

 急速反転。

 

 身体の周囲に張り巡らせた力場で慣性を抑え込み、少年は一瞬で魔導師の正面へと向き直った。

 

 その手の中で、二つのデバイスは身を捩る。

 

 少年が陸士隊に配属になったときに製作者が取り付けたベルカ式カートリッジシステム。

 

 外部取り付け式故にデバイスとしての完成度は決して高くないが、それでも少年の魔力を補填し、相対する魔導師に対して抗する力となる。

 

 

「くそガキがぁああああああああああああああああああああッ!!」

 

 

「ああああああああああああああああああッ!!」

 

 

 光の跡を残して縦横無尽に空を飛ぶ二人の魔導師。

 

 激突しては離れ、再び激突しては離れる。

 

 幾度もそれを繰り返し、二人は互いに距離を開いた。

 

 

「テメエの手は限界だろう!? 今までよく保ったもんだ!」

 

 

「く……ッ」

 

 

 確かにその通りだった。

 

 右腕の傷は先の戦闘で再び開き、腕の力はどんどん消えていく。

 

 だが――――

 

 

「一度使えればあなたを無力化できる!」

 

 

「なッ!?」

 

 

「サンダルフォン、ガンズモード」

 

 

Transform.

 

 

 少年は動く左腕に持った黒き剣を銃と変え、それを魔導師に向ける。

 

 

「次で終わらせる」

 

 

「やってみろ! くそガキぃッ!!」

 

 

「言われなくても!」

 

 

 二人は同時に加速、凄まじい速度ですれ違うと一気に遠ざかる。

 

 

「僕は――――二度と“敵”に負けないッ!!」

 

 

「お前みたいなガキになにが分かる!!」

 

 

 そして旋回。二人は再び正面に互いの敵を見る。

 

 互いの声など聞こえない距離、十キロもの長大な決戦場に二条の光跡が生まれた。

 

 

「消えろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 

 前方より飛来する誘導弾。

 

 少年は最低限の機動を駆使してそれを回避する。

 

 バンク。細かな機動で魔力弾を回避。

 

少年の防御フィールドは、それに触れた魔力弾との摩擦で火花を散らす。

 

 バレルロール。大きく弧を描き、飛び込んできた複数の光弾を回避。

 

 そして、少年もまた魔導師に銃口を向けた。

 

 

「ガトリングブリンガー!!」

 

 

 回転する魔法陣から次々と光の弾丸が飛び立つ。

 

 それは光の尾を引き、魔導師に吸い込まれていった。

 

 

「舐めるなぁあああああああああああああああッ!!」

 

 

 それでも魔導師は速度を落とさず、少年とは違い防御魔法でそれを弾き散らす。

 

 互いに全力。最大速度で相手に向かって飛び、次撃など思考の一片もない。

 

 

「があああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

 放ち、避け、弾き、躱し、散らし、再び放つ。

 

 ほんの十数秒の決闘。

 

 二人は互いの顔を確認できる距離まで来ても全く速度を落とさなかった。

 

 

「死ねぇええええええええええええええええええッ!!」

 

 

 魔導師は己の魔法杖に魔力の刃を形成し、突撃する槍兵となる。

 

 少年はそれを見据え、自身も右腕に(・・・)微かな力を込めた。

 

 

「ああああああああああああああああああッ!!」

 

 

「――――!!」

 

 

 そして――――衝突。

 

 音が消え、少年の意識に怒涛の如き痛みが押し寄せる。

 

 

「!!」

 

 

 分隊の四人が追い付いたとき、少年は左肩を魔力の槍で串刺しにされていた。

 

 

「ファイブ!」

 

 

 それは衝突後の刹那。

 

 二人の間では時間が止まり、互いの表情を何の感情もなく見詰める。

 

 その刹那の中で、魔導師は少年の目に狂気を見た。

 

 

「!?」

 

 

 思わず退こうとする身体。

 

 だが、それは叶わない。

 

 

「なッ!?」

 

 

「――――――――僕の故郷の言葉だ」

 

 

 少年は魔導師の槍を鮮血に染まる左手で掴み、同じく血に染まった白き銃を右手で魔導師の眉間に突き付ける。

 

 

「“肉を切らせて骨を切る”」

 

 

「――――!!」

 

 

 魔導師は杖を捨ててそこから逃走を図る。

 

 

「!! やめろファイブ!!」

 

 

 そして分隊長の制止。

 

 だが、それは二つとも間に合わなかった。

 

 

「――――消えろ。イクセルジェノサイダー」

 

 

 がしゃりという引き金の音。

 

 その瞬間、魔導師の目には漆黒の魔法陣と己を包む暴力的な光だけが映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――くそ」

 

 

 己の目の前を通過する暴虐の光芒。

 

 見る者によっては銀色とも見える薄灰の光の奔流は、彼が追っていた容疑者をいとも簡単に飲み込んだ。

 

 

「どうなってる……?」

 

 

 地表へと突き刺さる銀光の矢。

 

 その光景を見ながら、彼は吐き捨てるように呟く。

 

 

「これがあの小僧の戦い方だと?」

 

 

 光が消え、地面には一人の男の姿。

 

 これといった外傷は見られないが、間違いなく気絶している。

 

 

「非殺傷設定――――あれで理性的な戦い方だとでも言うつもりか?」

 

 

 彼の五番目の部下はその血まみれの両腕をだらりと下げ、地上の男を無感情に見詰めている。

 

 それは、彼の知るような子供の姿とは大きく違った。

 

 

「八歳。俺はそう聞いてるぞ……」

 

 

 子供とはあのような悟った表情を浮かべない。

 

 凶刃に向け、冷静に自分の身体を差し出せない。

 

 冷酷なまでの正確さで人間を撃つことなどできない。

 

 自分の命を完全に理解できない。

 

 

「あれは肝が据わってるとか、度胸があるとは違う…!」

 

 

 あれは、己の命を命と見ていない。

 

 そう――――

 

 

「あいつは、狂った戦士だ」

 

 

 そんな奴とは共に戦えない――――時空管理局陸上武装隊第204陸士隊第四空戦魔導師分隊<デルタ分隊>隊長ダグラス・エルステッド二等陸尉は、そう心で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人孤独の中で戦う少年は、こうして初めての実戦を終えた。

 

 少年の名はリュウト・ミナセ。

 

 ついひと月前に八歳の誕生日を迎えたばかりの、未だ幼き子供だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中編に続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜あとがき〜

 

皆様こんにちは、悠乃丞です。

 

 執筆ペース強化訓練中の作者がお送りする過去篇第六弾、いかがだったでしょうか?

 

 本編以上に執筆が進まない過去篇。現在私は執筆ペースの強化を図り、過去篇と本編、短編のいずれか二本同時掲載を目指しております。

 

 そうしないと年内に終わらないのです。

 

 本編書けと色んな人に苦言を呈されるのです。

 

 ただでさえも遅れ気味な執筆、できれば二週間で三本か、三週間に五本のペースを作りたいと悪戦苦闘しております。

 

 というか、執筆が日々の潤いと化しております。

 

 そして、書くたびに増えていく文書量の不思議。

 

 このままでは一〇〇ページ超が当たり前になりそうで怖いです。

 

 ただでさえも量が多くて携帯で見れないと苦情が来ているというのに、これ以上の増加は死活問題になりかねません。いつの間にか二〇〇kbが当たり前になっており、一〇〇kbぐらいが丁度いいかなと思っていた半年前が懐かしい。

 

 

 

 

 次回は『リュウト君謹慎処分、実家で頭を冷やして来い』の回です。

 

 そんな訳で約一ヶ月ぶりにグレアム邸へと戻ったリュウト。そこでは弟弟子であるクロノとの衝突が待っています。

 

 わずか八歳で実戦部隊に配属となったリュウトと自分を比較するクロノ。

 

 才能がないのではないかと思うほど覚えが悪い自分と、才能の女神に愛されたかのように様々な分野のスペシャリストに成長していくリュウト。

 

 クロノはその事実故に兄弟子と衝突します。

 

 それに対して、リュウトはクロノの様子を幾度も見に来るリンディを避け続けます。

 

 己の母を想起するリンディに、リュウトは近付くことできません。

 

 そのリンディにクロノのことを頼まれたリュウトは、クロノに言いようのない羨望を抱きます。

 

 護るために力を欲しながら得られないクロノ。

 

 力を持ちながら護るものを見出せないリュウト。

 

 十年後には義兄弟ともいえる関係になっている二人が如何にしてその絆を結んだのか。次回はそんな二人を中心に物語を進めたいと思います。

 

 それでは皆さん、次のお話で会いましょう。

 

 

 

 




作者悠乃丞さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。