魔法少女リリカルなのは―――くらひとSSS 特別編―――

 

 

 

 

―孤独の剣士と双剣の魔導師―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青年がその場所に来るのは、これが初めてではなかった。

 

 かつてこの世界で暮らしていたとき、この場所―海鳴大学付属病院―にも来た事があったのだ。

 

 この街に住んでいたときはこの病院に何度も通ったものだった。

 

何処か悪いわけでもないのに月に一回のペースで風邪をひき、季節が変わるたびに寝込んだ青年には、この場所はあまり良い印象がある場所ではないけれど。

 

 その後、文字通り住む世界が変わり、ごく一般的な病院という施設とはとんと縁が無かった。仕事中に怪我をした事も多々あるが、殆どはすぐに治療され、重症を負ったときは病院というべき施設ではなく、艦艇の医務室にお世話になった。本局内の医療施設に担ぎ込まれたこともあったが、やはり純粋に病院とは呼べなかった。

 

 それ故、一般的な病院というのは彼にとってはあまり馴染みの無いものだった。

 

 以前に過労で入院したのが、唯一の入院と呼べるものだったが、その時のことは思い出したくない。というか、思い出せない。

 

 青年が今日この場所に来た理由は、彼の知り合いの少女の定期健診とリハビリに付き添いという形で同行してきたからだった。

 

 その少女も今は担当医に呼ばれ、診察室に居るはずだ。

 

 青年としては、まさか診察室に入るわけにもいかず、少女の診察とリハビリにはそれなりに時間がかかるという事で、結局少女に勧められて病院の中庭へと散歩に出る事にした。

 

 青年としてはリハビリにも付き添うつもりだったのだが、少女が日頃仕事ばかりしている青年を気遣って、散歩を勧めたのだった。

 

 その厚意を無下にするのもどうかということで、青年は少女に礼を言い病院の中を中庭へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病院の中を歩く青年にとって、ここは十数年ぶりの場所だが、これといって感慨は沸かなかった。

 

 未だ歳若いとはいえ、人生の大半を別世界で過ごし、そこで異常に密度の濃い日々を送っていた所為だろうか。少なくとも、懐かしいという感情はなかった。

 

 すでにこの世界は自分にとって帰るべき場所ではないのかもしれない。青年はふとそんな事を思った。

 

 青年は病院内の風景を横目で見ながら、病院内にある中庭の入り口へと進んでいく、外来患者をよぶ放送が聞こえ、患者同士のお喋りの声が青年の耳に入ってくる。看護士の簡単な問診の声も聞こえるが、そこはごく普通の病院の風景だった。

 

 

 

 

 

 

 外来受付から遠ざかりだいぶ人が少なくなった廊下で、青年が中庭へと続く扉に近づいた瞬間だった。

 

 

 

―――ふわり

 

 

 

 

「!?」

 

 青年は薄布のカーテンを潜ったような僅かな違和感を覚え、周りを見回す。

 

 しかし、そこには先ほどと変わらない病院内の風景が広がっているだけで、特におかしい所は無い。

 

 彼の分身ともいえる腕輪たちも何も反応しない。

 

緊急の事態や、異常を感知すれば青年自身が気付かなくとも腕輪たちが気付く。

 

 それが静かに青年の腕で輝いているということは、少なくとも危険は無いのだろう。

 

 もしかしたら単なる気のせいかもしれない。

 

 仕事漬けで疲れているのだろうかと、首をかしげながら中庭へと出る彼の耳に患者を呼び出す若い女性の声が聞こえてきた。

 

 

≪――――さん、第三診察室へどうぞ…!≫

 

 

その声が、彼には少し怒って聞こえた。

 

 一応、公共の場なのだから、もう少し落ち着いたらどうだろうかと思ったが、青年はその声の主にどことなく知り合いと同じ空気を感じ、触らぬ神に祟りなしと忘れる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青年が中庭に出たとき、そこには何人かの人が日光浴や散歩を楽しんでいた。

 

 自身の車椅子を押す看護士に話しかける老人、見舞い患者だろうか、同世代の女性と笑い合うパジャマ姿の女性。

 

 少し離れたところでは、入院患者らしき子供たちが何人か集まって遊んでいるのが見える。

 

 そんな風景を見ながら、青年は中庭をゆっくりと歩く。

 

 

 

 そんな中、木々が立ち並ぶ一角が彼の目に留まる。

 

 何の気なしにその場所に近づいていった青年だが、そこに先客がいることに気が付いた。

 

 自分とそれほど違わない年頃と思われる短髪の少年が、木陰に横になっていたのだ。胸部が定期的に上下しているところを見ると、ただ単に寝ているだけだろう。

 

場所が場所だけに心配した青年だったが、少年が寝ているだけと分かると、ほっと胸を撫で下ろす。

 

 そこでまた、先ほどの女性の声が聞こえてきた。

 

 

≪――――さん! 第三診察室へどうぞ!≫

 

 

 先ほどよりも声の調子が怒りに染まっている。

 

 大変だなぁ、と他人事ならではの気軽さと本能が感じる何かを振り払うために呟いた青年だったが、自分の目の前で寝ている青年が先ほどの放送にピクリと体を反応させたことに気付いていた。

 

 寝ている少年はもごもごと口を動かし、何かを呟いている。

 

 

「……リス、静かに…」

 

 

 青年の耳に聞こえてきた言葉だけでは殆ど意味は分からなかったが、どうやら、放送の声の主を知っているのかもしれない。

 

 そんな事を考えていると、目の前の少年がゆっくりと目を開けた。

 

 はじめは、瞬きを繰り返し、あくびを噛み殺していた短髪の少年だが、体を起こすと目の前に居る人物に気だるさが残る瞳を向けた。

 

 

「……誰だ? あんた」

 

 

 やはり気だるさの残る声で、少年は自分を見ている青年へと声を掛けた。

 

 青年はその声に答えるべく口を開いたが、その口から自らの名は出なかった。

 

 その代わりによく聞くフレーズで返事をする。

 

 

「…通りすがりのものです」

 

 

 その答えに一瞬目を見張った少年だが、すぐに青年から視線を外す。

 

 そして、欠伸をしながら青年に向かって言った。

 

 

「そうかい。だったらすぐにでもどっかに行って欲しいもんだな」

 

 

 不機嫌そうな声に、青年は苦笑を浮かべると、おそらく寝ていた少年が思ってもいなかったであろう言葉をかける。

 

 

「隣、よろしいですか?」

 

 

「は?」

 

 

「ですから、隣に座ってもいいですか?」

 

 

 青年の言葉にぽかんとした少年だったが、すぐにさらに不機嫌そうな声で否定の言葉を返す。

 

 

「お断りだね。どうして初対面のあんたと同席しなきゃならないんだ」

 

 

 少年の言葉に、青年はうっすらと微妙な笑みを浮かべる。青年にしてみればその返答は予想通りのものだった。

 

 

「そうですか…。そういえば、先ほどから放送で何度も同じ人が呼ばれてますね」

 

 

「………?」

 

 

「かなり若い女性の声でしたね」

 

 

「………。…げっ!」

 

 

 青年の言葉に少年の顔が引き攣った。

 

 

「しかも、どんどん声に怒りの色が…」

 

 

「ぐぐぐ…」

 

 

 唸り始めた少年に止めを刺すように、三度、放送が聞こえてくる。

 

 

≪――――さん!! 第三診察室へどうぞ!! もう、早く来てください! 怒りますよ!!!≫

 

 

「―――………」

 

 

 既に怒っている放送の声を聞き青ざめる少年に、青年は最初と同じ質問をする。

 

 

「隣、いいですか?」

 

 

 もはや少年に、拒否することは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、あんたは何なんだ?」

 

 

「何とは?」

 

 

 隣に座る青年に、少年は僅かに声を荒げて尋ねる。

 

 

「だから、どうしてわざわざ俺の隣なんかに…」

 

 

 少年のその言葉に、青年は事も無げに答える。

 

 

「休むにはいい場所かな、と思ったもので」

 

 

「………。そんだけ?」

 

 

「それだけです」

 

 

 青年のあっけらかんとした表情に、少年は額に青筋を浮かばせながら静かな、しかし怒りの篭った声で告げる。

 

 

「失せろ」

 

 

「第三診察室ってどこでしたっけ?」

 

 

「ぐああああああぁぁぁぁぁぁ!! ちくしょう!」

 

 

 頭を抱えて悶える少年に、青年は暖かな眼差しを向ける。

 

 立ち上がって地団太を踏みそうな少年を見ながら、青年は落ち着いた口調で話しかける。

 

 

「まあまあ。そんなに気にしないで」

 

 

「てめえが言うか?!」

 

 

「怒られそうになったら、私と話し込んでいて気付かなかったと説明すれば…」

 

 

「茶すら出せんが、ゆっくりしてけ」

 

 

「それはどうも」

 

 

 素晴らしい変わり身の早さで、少年は満面の笑みを浮かべつつ手を差し出した。

 

 青年はその手を苦笑しながら握る。

 

 

(ほう、これは…)

 

 

「何か武道を嗜んでいらっしゃるので?」

 

 

「お、よく分かったな」

 

 

 少年の手から伝わる、肉刺の潰れた手のひらの感触。それは青年にとっては馴染みの深いものだった。

 

 

「そういうあんたも、なんかやってるんだろ?」

 

 

 手を離して自分の手のひらを見ながら、少年もまた青年の手から何かを感じたらしく、青年に問いかけてくる。

 

 

「ええまあ、そういうのを仕事にしてますからね」

 

 

「へえ、どっか道場でもやってんのか?」

 

 

「いえいえ、警察官みたいなものです」

 

 

「ああ、なるほどな」

 

 

 青年の言葉に納得したような少年だったが、ふと何かを思い出したような顔をする。

 

 

「そんな言い回し、どっかで聞いた気がする」

 

 

「はあ」

 

 

 神妙な顔で頭をひねる少年に、青年はべつの話題を切り出した。

 

 

「どんな武術を?」

 

 

「ん? ああ、剣だ」

 

 

「剣道…、とは違うみたいですね」

 

 

「まあな、殆ど自己流だし」

 

 

「なるほど」

 

 

「あんたも普通じゃなさそうだな」

 

 

 少年は何かを見定めるような視線を青年に向けてくる。

 

 この少年はなかなかに珍しい経験をしているようだ。青年はそんな事を思った。

 

 

「そうですね。実戦型とでもいいましょうか」

 

 

「ふうん。実戦型ね…」

 

 

 少年は何か心当たりがあるのか、複雑そうな顔で青年を見つめる。

 

 

「俺の居候先の連中も実戦型の剣術をやっててな。これが強いんだ…」

 

 

 少年はそこで言葉を区切り、青年の瞳を見据える。

 

 

「あんたも、強いんだろ? そいつらと同じ空気をしてる」

 

 

 青年は少年の視線を真正面から受けつつ、その視線に笑みが浮かんでくるのを止められなかった。

 

 

「ふふふ…。どうでしょうかね」

 

 

「ま、そんな事だろうとは思ったけどな。あんたは自分から強いって言う奴じゃなさそうだ」

 

 

 少年は青年の答えに僅かに不満げな表情をしたものの、それ以上問い詰めるようなことはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「今日はどうして此方に?」

 

 

 青年の問いかけに少年は嫌そうな表情をしながらも、答えを口にした。

 

 

「知り合いの医者に呼ばれたんだよ。あいつ、俺が無視したら家まで来るからな」

 

 

 過去に実際にそんなことがあったのかもしれない。

 

 

「だから、仕方なく来たんだよ。それなのにちっとも呼ばれないから、ここで寝てたって訳だ」

 

 

「…それであんなに怒ってるんですね」

 

 

「多分な。…くれぐれも逃げんなよ」

 

 

 少年の言葉は乱暴だったが、その目には微かな怯えが混じっていた。どうやらあの声の主は少年にとっては、それなりに苦手な人物らしい。少なくとも怒ってるときは苦手そうだ。

 

 

「で、あんたは?」

 

 

「知り合いの付き添いです」

 

 

「そんなもんか。まあ、怪我や病気してるようには見えねえけど」

 

 

「お互い様だと思いますけどね」

 

 

 青年のその言葉を聞いた途端、少年は青年の手を取る。

 

 

「そうなんだよ! 俺はいたって健康だっていってんのに、あいつ…」

 

 

「それだけ心配してもらってるんだから、良いじゃないですか」

 

 

 青年のその言葉にも少年は納得した様子は無い。

 

 

「あいつのは過保護っていうんだ。俺の周りにいるやつはそんなやつばっかりだけどな…」

 

 

「…そうですか」

 

 

 少年の様子に僅かな共感を得た青年だが、それを口にする事は無かった。

 

 

「大体、俺は孤独を愛する男なんだ。それをあの連中は…」

 

 

「孤独ですか…?」

 

 

「おう、それがどうかしたか?」

 

 

 少年の口から出た言葉に、青年は訝しげな表情を見せる。

 

 

「…孤独なんてそれほど良いものではないと思いますけど」

 

 

「そうか?」

 

 

「ええ、少なくとも私は望みませんね」

 

 

「…まあ、人の価値観に口出しする気はねぇよ」

 

 

 青年の口調に何かを感じ取ったのか。少年はあっさりと引き下がった。

 

 

「それに…」

 

 

「それに?」

 

 

「自分が孤独であると感じる者は、本当に孤独ではない。真に孤独な者は自分が孤独であると気付かない者です。少なくとも私はそう思います」

 

 

 青年の言葉に、少年は黙り込んだ。

 

 青年には少年がなにを思っているのか分からなかったが、少なくとも、悪い事ではないだろう。

 

 青年はこの少年が孤独を求める理由を知るつもりはなかった。

 

 少年がここにいる。それは少年が孤独でないことの証明だからだ。

 

 青年はそんな事を思う自分に、微かな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「警察官、とかいってたよな。あんた」

 

 

「ええ」

 

 

「やっぱ大変なんだろうな」

 

 

 少年が口に出した言葉は、青年にとっては予想外のことだった。

 

 

「俺の知ってる奴も似たような仕事してるんだけど。けっこう大変そうだったぞ」

 

 

「まあ、それなりに大変でしょうね。命がかかってますから」

 

 

「命か…」

 

 

 少年の声には深い色があった。

 

この少年の過去になにかがあったのかもしれないが、青年にはわからないことだったし、理解できるとも思わなかった。

 

自分はそこまでの存在ではないし、傲慢でもないつもりだった。

 

それに…。

 

理解は出来ずとも、受け入れる事はできる。

 

青年はそう今までの出会いでそう考えるようになった。この十数年で様々な人に出会い、別れ、命の終わりに立会い、命の誕生を知った。

 

それ故、この世界は綺麗だと思えるようになった。

 

あの夜以来、世界が暗くて仕方が無かった自分が、そう思えるようになった。

 

だから、この世界は素晴らしいと思えた。

 

自分がここに居るのは、誰かが自分を受け入れてくれたからだ。

 

だからこそ、自分は………

 

 

「なあ」

 

 

「はい?」

 

 

 少年の声に、青年は自分が考え込んでいたことに気付いた。

 

 そんな青年に構うことなく、少年は言葉を続ける。

 

 

「あんたは自分が強いと思えるか?」

 

 

 少年の質問は青年に衝撃を与えるものだった。

 

 青年は微かに驚いた表情で少年を見る。

 

 

「どういう意味でしょう?」

 

 

「そのまんまだよ。あんたは自分が強いと思ってるか?」

 

 

「――――――」

 

 

 青年はかつて強さを求めた。

 

 しかも目的は復讐という安易なもの。

 

 それでも、自分が出来る事はそれだけだと思い、必死で己を磨いた。

 

 そして、青年はここに居る。

 

 

「…そうは思いませんね。そう思ってしまったら、そこで終わってしまいそうで…」

 

 

「そうだな…」

 

 

「でも、強くはなりたいです。私にはすべき事がある。成したい事がある。その為には…」

 

 

「強くならないといけないってか?」

 

 

 少年の言葉に、青年は小さく、しかし確かに頷いた。

 

 

「そうか、でも…」

 

 

 青年から視線を外しつつ、少年は小さな声で言葉を紡いだ。

 

 

「強さだけで、成し遂げられるのか?」

 

 

「…分かりません。でも、後悔はしたくないですから」

 

 

 青年の言葉に、少年は口の端を上げる。

 

 

「やっぱ、あんたは強いな」

 

 

「そうですか?」

 

 

「ああ。俺なんか、守れなくて、みっともなく大泣きして、それでここにいるんだ」

 

 

「泣く事が弱い事とは限りません。あなたはそれを知っているのではないですか?」

 

 

「………」

 

 

 少年の心に浮かぶもの、それは少女の笑顔。

 

 そして、自分を抱きしめてくれた母のぬくもり。

 

 

「そう、だったな…」

 

 

 呟く少年は、青年の心にもまた同じものが映っていることに気付かない。気付くはずもない。

 

 

「ええ…」

 

 

 青年が少年の言葉に頷く。

 

 彼には、少年もまた強く見えたのだ。

 

 過去と向き合えること、それも強さだと青年は思う。

 

 その点では、自分はどうなのだろうか…?

 

 あの夜以来、青年は泣いていない。それでも、母が代わりに泣いてくれた。

 

 ごめんなさいと謝りながら、二人の母は確かに青年のために涙を流した。

 

 そして、その涙を見て青年は決意したのだ。

 

 自分の成すべき事を…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても…」

 

 

「どうしました?」

 

 

 少年がふと口に出した言葉に、青年は意識を向ける。

 

 

「俺の周りには強い奴ばっかりだ。力も心もな」

 

 

「―――。私の周りもそうですよ」

 

 

「お互い大変だな」

 

 

「そうですねぇ」

 

 

 二人は顔を見合わせると、同時に吹き出した。

 

 

「くく……。特に女は強いな」

 

 

「ふふ……。そうですね」

 

 

「俺としてはもう少し大人しいと助かるんだが…」

 

 

「私は大人しかったら恐ろしくて堪りませんけどね」

 

 

 そう言われた少年は何を思い浮かべたのか、ぶるっと体を震わせる。

 

 

「う…。確かにそうだ。俺だったら何企んでるのかと思っちまう」

 

 

「ふふふ…」

 

 

「あんたも苦労してんだな…」

 

 

「楽しいですけどね」

 

 

「…まあな」

 

 

 そうしてまた、二人は笑い合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青年がここに来てから、それなりの時間が経った。

 

 そろそろ少女の用事も済む頃だろう。

 

 

「そろそろ、私は失礼しますね」

 

 

「ああ、面白い話聞けて良かったぞ」

 

 

「また、どこかで会うかもしれませんね」

 

 

「かも…な。そんときは俺と戦ってもらいたいもんだ」

 

 

「機会があれば、お相手しますよ」

 

 

「楽しみにしてるぜ。あんたを負かすのをな」

 

 

「せいぜい頑張ってください。私も本気を出したいですから…」

 

 

 一瞬空気が固まる。

 

 

「………そうか。そんなにボコボコにしてもらいたいってか」

 

 

「出来ない事を口に出すものではありませんよ」

 

 

「てんめえ…!」

 

 

「!」

 

 

 少年の言葉に反論しようとした青年の感覚が、今までに感じた事の無い気配が近づいていることを感じとる。

 

 しかも、普通の気配ではないように青年には感じられたが、その正体を青年が知っているはずもない。

 

 

「おい! どうかしたのか?」

 

 

 突然動きを止めた青年に、少年が声をかける。

 

 

「…いえ。私はそろそろ行きますね」

 

 

青年は頭を振ると、少年に改めて別れの言葉をかける。

 

 

「ん、ああ、分かった。じゃあな」

 

 

「ええ、ご健闘を祈ります」

 

 

「は? あ、ああ…」

 

 

 少年にはなんの事かさっぱり分からなかったが、きっと剣のことだろうと思い、返事を返す。

 

 しかし、それは正解でもあったが、はずれでもあった。

 

 

「それでは…また、どこかで」

 

 

「ああ、またな」

 

 

 青年は最後に少年にそう挨拶すると、少年もまた別れを告げる。

 

 それに笑みで返すと、青年はゆっくりと去っていった。

 

 少年はそれを見送ると、再び芝生の上に横になる。

 

 何か忘れているような気がしたが、少年がそれに気づく事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 青年は出入り口へと歩いている途中、銀髪の白衣をきた女性とすれ違った。

 

 その瞬間、何かを感じ取った青年が足を止める。

 

 しかし、女性の方は青年に気を留めた様子も無く、中庭へと早足で進んでいく。

 

 その後姿を見送った青年は、やはり首を傾げながら病院内へと戻っていった。

 

 そして、病院内に入ろうとした時、

 

 

 

―――ふわり

 

 

 

 先ほども感じた違和感が、青年の身に降りかかる。

 

 しかし、彼はその違和感が決して害悪でないことに本能的に気付いていた。

 

 その背後から、誰かが言い争う声が聞こえてきた。

 

 

「――さん!! どうしてあんなに呼んでるのに無視するんですか?!」

 

 

「…げ!! あああ! あのヤロウ、事情説明しないで行きやがった!!」

 

 

「なんの事ですか?! 私の事がそんなに嫌いなんですか??!!」

 

 

「違うんだって、ここで会った奴と話してたら、気付かなくて…」

 

 

「そんな人どこに居るって言うんですか?!」

 

 

 青年の耳にはさっきの少年の声と、女性の声が聞こえてくる。

 

 その声を聞きつつ、青年は薄布の中を歩いていく。

 

 背後から聞こえる声が、本当に明るい声だと、孤独でありながら孤独ではない声だと、そう感じながら。

 

 

(やはり、あなたは孤独ではない。だからこそ、あなたは強いのだろうな…)

 

 

 青年の耳に、いつの間にか二人の声は聞こえなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな人どこに居るって言うんですか?!」

 

 

 少年は目の前に居る銀髪の女性の剣幕にたじろぎながら、何とか反論した。

 

 

「ほら!! あそこの出入り口のところに背の高い奴が居るだろう! あいつだよ!!」

 

 

 少年は青年が歩いていった出入り口を指差した。

 

 しかし、

 

 

「どこにもそんな人居ませんよ? やっぱり私のこと嫌いなんですね?!」

 

 

 少年が示した先には、そんな風貌の人物は居ない。

 

 その事実が少年には信じられなかった。

 

 

(確かに、さっきまで姿が見えてたよな…?)

 

 

「そんな…。確かにいたんだよ!」

 

 

「だって、居ないじゃないですか?!」

 

 

「俺にだってわかんねぇよ!!」

 

 

「分かんないってなんですか?! せっかく頑張って仕事終わらせたのに…」

 

 

「だあもう!! こんなことで泣くなっての!」

 

 

「遅れたのは、私が悪かったですけど…。それでも無視するなんて…」

 

 

「悪かったっていってるだろ!?」

 

 

「そんなこといって!! 本当は私の事なんて…」

 

 

「ちがうっつーに!!」

 

 

「じゃあ、なんだって言うんですか?!」

 

 

「だから、確かにここで色々喋ってたんだよ!」

 

 

「そんな人居ないじゃないですか!!」

 

 

「確かに居たんだよ!」

 

 

「そんな嘘つくほど私に会いたくないんですか?!」

 

 

「そんなこと言ってねぇ!?」

 

 

「他に何かあるって言うんですか?!」

 

 

 結局、剣士の少年は混乱した頭で女性を宥めるはめになった。

 

 説教を聞きながら、先ほどの青年のことを考えたが、答えが出ることは無かった。

 

 そんな少年に女性はさらに声を荒げる。

 

 

「――さん!! 聞いてますか?!」

 

 

「聞いてるよ!」

 

 

 

 孤独の剣士―――その名を宮本 良介―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年との出会いの翌日、青年は自分の仕事場であくせく働いていた。

 

 馬車馬のように働き続けていたとき、同じ部屋で書類を整理していた青年の副官が思い出したかのように口を開いた。

 

 

「そういえば、昨日海鳴で局所的な特異点が発生したそうですけど、何か知ってますか?」

 

 

「!? ……いいえ。私は気付かなかったですが…」

 

 

「そうですか…。規模も小さくて、空間に影響を与える危険もなかったようですので、気付かなくてもしょうがないですね」

 

 

 青年はその言葉に、昨日の違和感の正体を知った。

 

 しかし、それを表に出す事は無い。いつもの表情のままだ。

 

 

「ええ…。この子らも異常を感じなかったようですし」

 

 

 青年はそう言って自分の両手首の腕輪を見る。

 

 

「特異点…。そうですか…」

 

 

「そんな事より、仕事して下さい」

 

 

 何か考え込んでいる上司に、副官は冷たい声で仕事を促す。

 

 

「そんな…。そっちが言い出したんじゃないですか」

 

 

「ええ、ですから私が仕事するように言ったんです」

 

 

「それは、正しいような…、間違っているような…」

 

 

「いいから、始めて下さい。あの鳥娘が居ないうちにさっさと済ませたいんです」

 

 

「いえ、彼女も一生懸命やってるんですよ?」

 

 

「そんな事は分かってます。でも、実際問題、居ない方が仕事がはかどります」

 

 

「それはそうなんですけどね…」

 

 

副官の一切の温かみの無い声に、青年は顔を引き攣らせた。

 

しかし、副官は次の瞬間には僅かに口調を緩めた。

 

 

「さっさと済ませましょう。そうしたらお茶にしますから…」

 

 

「了解しました。翠屋のお茶は美味しいですからね」

 

 

「ええ、あそこのお茶は私も気に入ってます」

 

 

「今度、一緒に行きますか?」

 

 

 青年の提案に、副官はピタッと動きを止めた。

 

 

「……それは、どういう?」

 

 

「どうということもないですよ。近々あっちに行かないといけませんから、その時にでも」

 

 

 青年の答えに、副官はため息をつく。

 

 

「分かりました。もちろん奢りですよね?」

 

 

「ええ、勿論です」

 

 

「ふう。その為には、仕事頑張らないといけませんね」

 

 

「そうですねぇ。頑張りましょうか」

 

 

「ええ、頑張りましょう」

 

 

 二人はそう言って、仕事の山を踏破するべく、自らの机へと向かうのだった。

 

 そんな中、青年はふと、あそこで出会った少年に思い出す。

 

 そして、かの剣士への言葉を心の中で紡いだ。

 

 

(異世界の剣士殿、あなたの健闘を祈ります。異なる世界の知人としてね…)

 

 

 そんな心境など、副官には関係なかった。当然、青年には叱責が飛ぶ。

 

 

「仕事して下さい!」

 

 

「イエス・マム!」

 

 

 

 

 双剣の魔導師―――その名をリュウト・ミナセ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良介さん!! 今日こそは逃がしませんよ!」

 

 

「待てい! 俺が何をした?!」

 

 

「自分のした事が分からないんですか?!」

 

 

「いや、分かるけど、そこまで怒られる理由が…」

 

 

「私がどんな気持ちで、待っていたと思ってるんですか?!」

 

 

「分かった、分かったから!!」

 

 

「分かってません!!」

 

 

「ああ、ちくしょう!! 今度会ったら覚えてろよおおおおぉぉぉぉ!!」

 

 

「良介さん!!」

 

 

 ―――孤独の剣士―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督!!」

 

 

「了解しました!」

 

 

「返事するより、仕事して下さい! あの鳥娘…! ここに居ないのに仕事増やすなんてどういうつもり?!」

 

 

「そう言われましても、私にはどうにも出来ません」

 

 

「じゃあ、仕事して下さい!」

 

 

「アイ・マム!」

 

 

「その呼び方やめてください!」

 

 

「努力します!」

 

 

―――双剣の魔導師―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らが再び出会うのはいつか、出会うことがあるのか、それは誰にも分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜あとがき〜

 

皆様こんにちは、悠乃丞です。

 

今回は皆様おなじみの、あの方との邂逅でした。

 

今回二人は、お互いの名前も知らずに終わりました。クロスオーバーならば、そちらの方が王道だろうという事で、そうなったとか。(何故か他人事

 

良介氏とのセットで登場したフィリス女史、舞台が舞台なので、役得です。

 

そして、この話を書いていて一番大変だった事、それは良介氏の口調が分からないのです!

 

時系列が時系列なので、多少は丸くなっていますが、リョウさんからダメが出ないか不安です。

 

そして、良介氏のファンからバッシングを受けないかと布団の中でガクガクブルブルしている小動物は私です。

 

すでに喋り方も変になっていますが、私は元気です。(やっぱり変

 

最後に出てきた副官さんは、第三章から登場予定の新キャラで、リュウト君の胃をガンガン削岩機で削っていく強い味方です。(作者にとってはね)

 

フィリス女史に副官、主人公たちを説教させては天下一品の人たちの共演により、この話はしっかりと終わらせる事が出来ました。

 

無事完成して、作者は色んな人に感謝感激です。

 

次も頑張って書こう自分。

 

ええと、それでは、この辺で失礼致したいと思います。

 

では、次のお話でお会いしましょう。







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