魔法少女リリカルなのは―――暗き瞳に映る世界―――

 

 

 

 

 

第三章 

 

 

 

第二話

 

〈アンジェリーナの業務日誌〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――21日

 

 

 本格的に私の仕事が始まって数日が経った。

 

 初日はバカな鳥と口論をしてしまった為に、まともに仕事が出来なかった。

 

 どうしてあの脳みそスポンジなドジ鳥娘は私に喧嘩を吹っ掛けてくるのだろうか、私には全く理解できない。

 

 しかも、異性である上官もいるというのに平気で人のスリーサイズを明かすなんて……

 

 育てた人間の顔を見てみたいが、きっと今私の斜め前に座っている人物がそうなのだろう。

 

 それにしても――――あ、この書類は……

 

 

「提督。こちらの書類を先にお願いします」

 

 

「ん? あ、じゃあ、送ってください」

 

 

 私は返事を聞くとすぐに上官の端末に書類データを送る。

 

 手元の操作が終わると同時に上官の手元の端末に書類が表示されたようで、彼はそれを一瞥して困ったように眉根を寄せた。

 

 こうして仕事をしていると分かるが、彼は余り大きく表情を変えない。この世界で生きるために必要な事だっただけかもしれないが、自分よりも年下の彼がこういう顔をするのが余り好きじゃない私がいる。私が言っても説得力はないけど。

 

 この提督に実際会うまで自分の中で作り上げてきた印象は、すでに私の中から殆ど消え失せていた。

 

――――正直に告白すると、私はこの提督が嫌いだった。

 

 別に嫌いではないと殆ど無理に自分に言い聞かせ、自分に無いものを持っている提督に対する羨望と嫉妬を隠してきた。

 

 今現在それが無くなった訳ではないけど、少しは上官の本当の姿を探してみようと思い始めたのが、今の私。あれだけバカ騒ぎをして何も学習しないような私ではない。

 

 まあ、仕事上の付き合いしかない状況では、あまり理解は進んでいない。それ以上の付き合いをする気はないけど。

 

 とりあえず、仕事だけはしっかりやろうと思う。少なくとも、遣り甲斐のある仕事ではあるから。

 

 私の視線の先で、上官は書類の送信元を再び確認すると小さく唸った。

 

 

「――――むう」

 

 

「何か問題がありましたか? 無いようなら早めにお願いします。今日中に許可しないと、向こうも困りますよ?」

 

 

 私が上官に送った書類は、現在本局ドックで修理中の次元空間航行艦船L級八番艦アースラからの――より正確に言うのならアースラ艦長リンディ・ハラオウンと執務官クロノ・ハラオウンからの本局訓練施設の使用許可申請だったはず。

 

 私が見た限りでは特に問題のある内容ではなかったが、彼は何が気に入らないのだろう。

 

 施設使用希望日の二日前という確かに急な申請ではあったけど、この仕事ではそれほど珍しい事ではないし。施設関係の部署ではなく此方に申請をするのも、上官の職権上一応問題はないはずなのに……

 

 

「――いえ、許可するのはいいんですが……」

 

 

「何か?」

 

 

「――――ものすっごく嫌な予感がしましてね」

 

 

――この上官は時々変なことを言い出すようだ。

 

 でも、その顔は歳相応とは言えないけれど、いつもより実年齢に近い表情だった。私としては此方の顔をお勧めしたい。誰にとは言わないけれど、私にも分からないし。

 

 

「では、不許可にすればよろしいのでは? 前々日になって申請する方も問題がありますし」

 

 

「ううむ……――――施設に空きはありますか?」

 

 

 上官は尚も悩みながら私に聞いてきた。

 

 その情けない声に呆れながら、私は端末を操作して施設の使用状況を調べる。

 

 幾つもの路を抜けて目的の施設の使用状況を確認すると、私は上官にそれを報告した。

 

 

「希望があった時間なら、第三が空いています」

 

 

 上官は私の言葉に黙り込み、少しの時間が経った頃口を開いた。

 

 

「――――分かりました。許可の旨、各部署に通達しておいて下さい」

 

 

「了解しました」

 

 

 すぐに私がアースラへ許可が下りたことを知らせる書類を書き始めると、上官は付け加えるように告げてきた。

 

 

「あと、くれぐれも無茶をしないように、と」

 

 

「?――分かりました」

 

 

 上官の言った意味は分からなかったが、私は上官の言葉を書類に追加する。

 

 

 

 

 結局、その後は鳥娘が戻ってこなかった事もあって平穏に終わった。

 

 これからもこういう日が続けばいいと思う。

 

 それにしても、上官――リュウト・ミナセは私から逃げようとしている気がする。気のせいだとは思うけど、もしそうだったら少し腹立たしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――22日

 

 

 それなりに時間が経って、仕事にもようやく慣れてきたと思う。

 

 でも、今日は出勤してくると――――上官が机で寝ていた。

 

 その上官が眠りの世界に旅立つ直前まで使っていただろう端末を覗き見るような真似は出来ないので理由は分からない。

 

 でも、私のすべき事は分かりきっている。

 

 それは――――

 

 

「提督、朝です。仕事です」

 

 

 上官を起こす事。

 

 独身者用の寮からここに来るまでに考えていた仕事の段取りは、仕事場で寝こけている上官によっていきなりの修正を迫られているのかもしれない。

 

 

「――ん……む」

 

 

 それでも、私がこの部屋に入ってきたことで眠りが浅くなっているようで、提督はすぐにもぞもぞと動き出した。

 

 ここでもう一押し。

 

 

「仕事は二度寝を許してくれませんよ?」

 

 

「!!」

 

 

 私がそう耳元で囁くと、ミナセ提督は意外とはっきり目を開けた。

 

 どうやら提督は目が覚めてからすぐに起きる事が出来るタイプらしい。

 

 

「――――そうなんでしょうけどね……はあ……」

 

 

 私を一瞥してから溜息を吐かないで欲しい、すごく不愉快だから。

 

 もっとも、私はプロだからそんな事は顔に出さないけどね。

 

 

「おはようございます。昨夜は家に戻らなかったのですか?」

 

 

 私が帰るときには自分もすぐに帰るようなことを行っていたけれど、この様子では帰らなかっただろう。何か問題でも起きたのだろうか…?

 

 

「――――今月は帰れませんでした」

 

 

「――――」

 

 

 意外な真実。

 

 提督は管理局の官舎ではない自宅をクラナガンに持っていると聞いていたが、以外にも其方には帰っていないようだ。管理局内の低レベルなゴシップには提督の自宅に同棲中の女性がいるというのもあったが、これではそれも在り得ないだろう。

 

 そんな事を考えながらも、私は微妙に草臥れた姿の上官を仮眠室へと追いやる。

 

 

「とっとと身支度を整えて下さい。そんな姿で執務をするおつもりですか」

 

 

「あ、いや、失礼しました」

 

 

 提督はそう私に謝ると仮眠室へと入っていく。

 

 まあ、私が言うほど変な格好していたわけじゃないけど。制服には変なシワが付かない様になってるし、強いて言えば顔ぐらいは洗った方がいいだろう。

 

 そんなことを考えて自分の席に戻ろうとした私を、突然鳴り出したピピピピピ…――という電子音が脅かした。

 

 

「ひゃッ!?」

 

 

 それは提督の机上端末から聞こえた。

 

 慌てて端末を覗き込んだ私の目に、『WAKE UP !!』の文字。

 

 

「――――目覚まし時計?」

 

 

 私はそれを止めると、自分の席に戻った。

 

 今日は私が目覚まし時計だったのか……

 

 

 

 提督が仮眠室から出てくると、私たちの仕事場は戦闘態勢になった。

 

 各部署から届けられる書類や資料。実物、データを問わずにどんどん届けられるそれを、私はどんどんどんどん捌いていく、上司に見せなければならないものの中にも優先順位があるからだ。

 

 ちなみに今日は鳥娘がいないらしい。詳しくは知らないし、興味も無い。無いったら無い。

 

――――でも、一応聞いておく。

 

 

「提督」

 

 

「何ですか?」

 

 

「鳥……シグレさん、本日は?」

 

 

「――――ああ。確か技術局に寄ってから武装隊の訓練に教官として出るそうですよ」

 

 

 技術局?

 

 武装隊は分かるけど、技術局に何の用が?

 

 

「技術局…ですか?」

 

 

 思わず口から出た言葉に、提督は書類に目を落としながら答えてくれた。

 

 

「“月光”――シグレのデバイスを改良しましてね。その具合の確認も兼ねて訓練に参加するそうです」

 

 

「改良…ですか?」

 

 

 私は疑問の声を上げた。

 

 あの鳥娘のデバイスが提督の作ったものであるという事は知っている。でも、現在に至るまで特に問題があるような事は言って無かったはず。それに鳥娘のデバイスは改良が必要なほど古いタイプでは無かったと思う。数年前の型ではあるけど、その性能は最新式の制式採用デバイスと比べてもかなり高いものだ。

 

 

「あれを作ったのはもう五年近く前になりますか。当時の最新技術で作りはしましたが、やはり技術は古くなるものです。まあ、新しいユニットの増設も考えてましたし、丁度良かったので兄弟機である“B2U”に使われた新機軸のフレームに換装したんですよ」

 

 

 提督はそう言って書類を脇に置くと、机上端末を操作する。私の位置からモニターを見ることは出来ないけど、そこにはきっとデバイスのデータが映し出されているのだろう。

 

 

「アンジェリーナさん、デバイス関係の方は?」

 

 

「――基礎的なものなら…」

 

 

「それじゃあ、ちょっと見てもらえますか?」

 

 

 提督はそう言って手招きする。その視線がモニターから外れないのは仕方が無いのかもしれない。

 

 だけど、今の私にはもっと重要なことがある。

 

 

「――――提督。私の事はクルスとお呼びください」

 

 

 アンジェリーナという名前に愛着はあるけど、あの両親に付けられた名前だと思うと、あまりその名で呼ばれたいとは思わない。

 

 士官学校の後輩には、恋人や旦那でも出来てその人に名前を呼ばれるようになればアンジェリーナと呼ばれる事も好きになるだろうとは言われているけど、今のところはその予定も気配も無い。

 

 第一、それは夢を持ちすぎていると思う。

 

 

「――でも、二人しか居ないのに堅苦しいのはどうかと…」

 

 

「私は提督以外の呼び名で呼んだ事はないはずですが」

 

 

 ミナセ提督。提督。この二つでしか上官を呼んだことはない。

 

 

「そこはそれ、慣れの問題という事で。それに、故郷では苗字で呼ぶ事も多かったものですから」

 

 

「分かりました。ですが、アンジェリーナと呼ぶ事はやめて下さい」

 

 

「分かりました。アニーさん」

 

 

「――――」

 

 

 呆れた。

 

 確かに“アニー”と呼ばれる事は多かったけど、こんな場所でまでこのニックネームで呼ばれるなんて。

 

 ――まあ、仕事に支障が出なければ構わないわよね。

 

 

「――分かっておられると思いますが、他の方が居る場所では…」

 

 

「勿論です。そこまで無分別じゃありませんよ」

 

 

 なら問題なし。

 

 

「それで……」

 

 

「ああっと、そうでした。これなんですけどね」

 

 

 提督はそう言って端末を操作する。

 

 すると、端末のモニターの中で槍の形をしたデバイスの構造モデルがくるくると回転を始める。

 

 

「そして、新しく組み込む予定のユニットは…」

 

 

 再び提督の手が踊る。

 

 その踊りが終わると同時にモデルの一部が点滅した。

 

 三連装回転弾倉式カートリッジシステム――モニターの説明の通りならだけど――のすぐ下、それほど大きくないパーツが赤で存在を示している。

 

 

「クロックアップ機能の強化を図るためのユニットなんですけど、以前のフレームでは余裕がなくて搭載できなかったんですよね。その所為でクロックアップ機能もあまり効果を上げられなかったですし」

 

 

「これはシグレが?」

 

 

「ええ、彼女は一撃必殺を得意とする高速戦闘型ですから。でも、三つの魔法の内二つ以上を同時に使用すると処理速度が微妙に遅くなるんです。細かい改良では追いつかなくて…」

 

 

「それで新しい機能を取り付けようと」

 

 

「まあ、そんなところです。機能自体は以前から搭載されていたんですが、デバイスに掛かる負担が結構大きくて、とても多用は出来ない代物だったんです」

 

 

 提督の話としては、処理容量の増加と同時に処理速度の向上を図った装置をユニット化して搭載する予定なのだそうだ。

 

 それにしても…

 

 

「これって技術者の領分では?」

 

 

「――――」

 

 

「――――」

 

 

「――――そうなんですけどね。いや、まったくその通り」

 

 

 私の指摘に言葉を詰まらせ、無理矢理自分を納得させる提督は、どこか滑稽だった。

 

 口にも顔にも出さないけど。

 

 

 

 

 その後、結局私が出来たのは簡単な相談相手。デバイスを組み上げる事は出来るけど、開発なんて私には無理だった。改良だから開発とは違うけど、制式採用デバイスではないワンオフのデバイスのことなんて聞かれても困る。

 

 後から聞いた話だと、提督の作るデバイスってすごく高性能らしい。機能を特化させてある所為で使い手を選ぶし、滅多に作らないから知っている人は少ないけど、専門の技術者としての知識はなかなか高いようだ。

 

まあ、経験はそれほどでも無いし、本職には到底及ばないとは本人の言。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――2月23日

 

 

 ミナセ提督の予感が当たってしまった。

 

 “彼女たち”の戦いで施設は半壊――いや、七割は壊れただろう。人的な被害は無かったものの、施設の修理には軽くひと月は掛かるそうだ。

 

 損壊の理由として挙げられるのは、何故か申請に無かった守護騎士たちとの戦闘訓練が行われ、その訓練が行き過ぎてしまったことだ。

 

 その事もあって、提督はつい一時間前まで席を外していた。その間に何があったのかは分からないが、微妙に憔悴した様子をしていた事を考えれば、自ずと答えは見えてくる。

 

 そして、現在。

 

 私の仕事場である執務室内には、総勢11名の被告人が集められていた。

 

 

 

 

「さてと、とりあえず言い分は聞きましょう」

 

 

「ええと、リュウト? 私も?」

 

 

 申請書類に名前の無かったレティ・ロウラン提督が私の上官に愛想笑いを浮かべて情状酌量を求める。

 

 その態度は二十歳も歳の離れた人間に向けるには、些かおかしいように私には見えた。

 

 

「連帯責任」

 

 

「――――がく…」

 

 

 がっくりと肩を落としたレティ提督には同情するが、確かにミナセ提督の言っている事が正しいだろう。

 

 守護騎士達に訓練施設へ行くよう言ったのは、彼女だという事だから。

 

 

「他にありますか?」

 

 

 ミナセ提督の言葉にもう一人の大人が手を挙げた。

 

 

「リュウト。私は貴方をそんな子に育てた憶えはないわよ」

 

 

「育てられた記憶も無いです」

 

 

 自分の言葉をばっさりと斬り捨てたミナセ提督に、リンディ提督が恨めしげな視線を送っているのが私からも見えた。

 

 それに動揺するような上官ではないけれど。

 

 

「――これ以上聞いても意味はなさそうなので、さっさと処分を下したいと思います」

 

 

「ぶーぶー! おーぼーだぞ!!」

 

 

 あ、提督の顔がほんの少し引き攣った。

 

 至極冷静な提督を装っているけど、実際には十代の若者だものね。私より年下だって言うし。

 

 

「ヴィータちゃん!」

 

 

「ヴィータ!」

 

 

 守護騎士の――確かシャマルさんとシグナムさんに咎められ、ヴィータちゃんが黙り込む。

 

正確に言えば、黙らされたというべきなのだろう。文句言いたげな視線を提督に向けてるしね。

 

口を二人に押さえられてるから喋れないみたいだけど。

 

 

「――――」

 

 

 顔を僅かに引き攣らせたまま提督が黙り込んだのを見て、守護騎士達の保護者が慌てて頭を下げた。まだ、小さいのにしっかりしてるわね……

 

 

「す、すんません、リュウトさん! 後でよう言い聞かせておきますから!」

 

 

「――――いえ、構いませんとも、ええ」

 

 

 保護者――八神はやてちゃんの必死の謝罪に何とか気を取り直した様子のミナセ提督。

 

 あっちもこっちも必死。

 

 

「――でもさあ、あの程度で壊れて訓練施設っていうのもどうかねぇ」

 

 

「アルフッ!?」

 

 

「な、アルフ!!」

 

 

 でも、今度はフェイト・テスタロッサ――あれ、ハラオウン家に養子に入ってたかしら?

 

 まあ、いいわ。とりあえず、フェイトちゃんの使い魔であるアルフさんが施設の強度に関して文句を付けてくる。

 

 フェイトちゃんとクロノ執務官が驚いた声を上げているのがちょっと可笑しかった。

 

 もっとも、文句を言われた提督はそんなこと考えられないでしょうけど。施設の強度なんて私たちに言われても困るし。

 

 

「――――処分を下します」

 

 

 あ、耐えてる。一日中一緒に過ごしていると、意外と表情の変化って判るようになるらしいわ。それが本当の表情かは別にして。

 

 

「ちょっと、リュウ……もごもご」

 

 

「すみませんすみませんすみませんすみません!!」

 

 

「本当にすまない! え、ああいや、申し訳ありません!!」

 

 

 必死で謝り倒すハラオウン家の子供二人、家長のリンディ提督なんて顔を真っ青にしてるし。まあ、施設の一部じゃなくて丸ごと修理するなんて、結構手間と予算掛かるものね。

 

 下手な処分下されたら大変だろうし。

 

 一応壊れることが前提の施設ではあるけれど、あの施設は特別に予算と手間をかけて造られているし、本来なら彼女たちの訓練にも耐えられる筈だったのよね。

 

――二対二は無理だったみたいだけど。

 

AAAランク以上の魔導師が四人も同時に戦えば、壊れるのも当たり前。これだったら屋外演習場を用意した方が安全だったかしら?

 

 

「――――処分を下します」

 

 

 あの忍耐力だけは素直にすごいと思う。

 

 提督は執務机からレポート用紙の束を取り出すと、それを机の上に乗せる。

 

 ざっと見た限りでは1000枚くらいかしら。

 

 ミナセ提督はそれを分けると、名前を呼んで直接手渡していく。

 

 

「反省文の提出期限は五日後。遅れると倍になります」

 

 

「うげ…」

 

 

 レポート用紙を受け取ったヴィータちゃんが呻いた。

 

 彼女の手にあるレポート用紙は10枚くらい、他の守護騎士たちが50枚程度の枚数なのを考えればそれほど難しい数ではないはずだけど、彼女にとってはそうでもないみたい。

 

 

「――――リュウト。これ全部なの?」

 

 

 そう言って震える手でレポート用紙を掲げ示すのは、350枚のレポート用紙を渡されたレティ提督だった。

 

 隣では400枚のレポート用紙を渡されたリンディ提督が真っ白になっている。

 

 

「――とりあえずの処分ですがね」

 

 

「――――」

 

 

「――――」

 

 

 つまりそれは、これから本格的な処分が待っているということ。

 

 

「皆さんが無差別破壊した施設ですが、訓練スペース内部だけではなく壁面に内蔵されていた伝送系――エネルギーラインも損傷を受けているそうです。まあ、設計上のミスとも言えなくも無いですが、現実に壊してしまったものは仕方がありません」

 

 

 提督の言っている事が事実なら、これは一歩間違えれば大惨事になっていたという事だ。

 

 一つのラインが寸断されたくらいで本局に影響はないだろうけど、それが引き金になってもっと大変な事態になっていた可能性もある。

 

 それを考えれば、反省文だけで事が済むはずも無い。

 

 

「それでも、本来の設計では無かったはずの場所にラインがあったのは事実。ですので、今回はとりあえず反省文を書いてください」

 

 

「よろしいので?」

 

 

 私は思わずそう口に出していた。

 

 上官が呼び出しを受けていたのは間違いなくこの一件に関することだ。施設関係の幹部に色々と言われたのだろう。それを考えれば、この処分は甘すぎる。

 

 

「構いませんよ。しっかり反省していただきますがね」

 

 

「――――分かりました」

 

 

「結構。それでは、レティ提督と守護騎士の皆さん、アルフは退室して下さい。あとの方は残るように」

 

 

 私が引き下がると、ミナセ提督はひとつ頷いて、そう指示を出した。

 

 はやてちゃんの事を気にしながらも、そのはやてちゃん自身に促され退室していく守護騎士たちは、ある者は手に持ったレポート用紙を睨み、ある者は残る人たちに心配そうな視線を向け、ある者はミナセ提督に『主に不当な処分を下したら斬る』という感じの視線を送っていた。提督もその視線を受けて眉一つ動かさないのは流石だと思う。

 

 レティ提督はどんよりとした空気を背負ったまま、アルフさんと一緒に守護騎士たちの後についてミナセ提督の執務室より退出していく、その背中には仕事に潰されそうな仕事人間の哀愁が漂っているように私には見えた。私もこうならないように気をつけようと思う。

 

 そして、全員が退出したのを見届けて部屋に視線を戻した私の目に、不安そうな表情で立つなのはちゃん達の姿が映る。

 

 怯える小動物のような彼女たちを見たとき、不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。

 

 だが、それを誰かに知られるわけにはいかない。

 

 あの鳥娘に気付かれたら最後、徹底的に私をバカにするだろうから。

 

 

「さて、君たちをここに残したのは――」

 

 

「ミナセ提督!!」

 

 

 執務机の正面に立つなのはちゃん、フェイトちゃん、はやてちゃん、クロノ執務官、そして真っ白に燃え尽きたままのリンディ提督。彼らに向かってミナセ提督が口を開いたとき、それを大きな声が遮った。

 

 

「提督! 申し訳ありませんでした!! 今回の一件は自分の監督不行届きが原因。どうか、処分は自分一人に…」

 

 

 それは、明確な意識を持っている人たちの中で、もっとも長く管理局に在籍しているクロノ執務官のものだった。

 

 まさか彼がそんな大声を出すとは思っていなかったから、私は少し驚いてしまった。それを悟らせる真似はしなかったけど。

 

 そんなクロノ執務官の言葉に、私の上司はあまり好意的ではない視線を向けたのが私の位置からはよく見えた。

 

 

「クロノ執務官。一執務官である君を処分したところで、今回の一件に決着が付くと思っているのか?」

 

 

「くッ、それは…」

 

 

 私の目の前でミナセ提督の冷たい言葉に苦渋の表情を浮かべるクロノ執務官。だけど、その時のミナセ提督の表情は、私がこの部屋で彼と再会したときと同じ顔だった。

 

 つまり――――

 

 

「リュウトさん! 訓練室を壊したのはわたしで…」

 

 

 苦虫を噛み潰したようなクロノ執務官の表情を見て、慌てたようになのはちゃんが自分の責任であると告白した。だけど、ミナセ提督がそれを知らない筈はない。なぜなら、それを提督に報告したのは私なのだから。

 

 

「知っています。ですが、それは最後の切っ掛けに過ぎないはず。いくら君の砲撃魔法が高い威力を持っていても、非殺傷設定の魔法一発で施設が半壊以上の損害を被る筈は無いのですよ。まあ、例外が無い事も無いですが」

 

 

 例えば、高出力砲撃魔法を使える教導隊クラスの魔導師が本気で魔法を撃てば、非殺傷設定だろうが、殺傷設定だろうが関係ない。間違いなく訓練施設は壊れる。

 

 ミナセ提督自身にも壊そうと思えば壊せるだろう。それだけの力を持っているのが教導隊の魔導師なのだから。

 

 

「守護騎士二名とAAAランク魔導師二名が本気で戦っても耐えられる施設など、管理局には殆どありません。その事はよく分かっているはずですね。クロノ執務官」

 

 

「はい…」

 

 

「――――ならば、今後は注意しなさい」

 

 

「――――は?」

 

 

「小言は終了。さっさと反省文を書いてください、ということです」

 

 

 その言葉にリンディ提督を除いた全員がポカンとした表情をしている。

 

 まあ、気持ちは分からなくも無いわね。

 

 てっきり別の処分が下されるのかと思っていたら、単なる小言だったんだものね。

 

 

「――ええと、ええんですか?」

 

 

「構いませんよ、はやて君。処分はすでに下されています」

 

 

「でも――」

 

 

「確かに、設備保守や施設担当の幹部の方には『君の後輩はとても素晴らしい破壊力をお持ちで…』とか『今度からは君の部下が来る前に避難の準備を済ませていくよ』とか『非常事態の訓練をさせていただいてとても感謝している』とか『君は手加減というものを教えなかったのかね?』とか『何事にも最適の力加減は存在するだろう』とか『何者も先達の背を見て育つものだからねぇ』とか言われましたけど、気にしないでいいですよ。――――とりあえず、二度と同じ事をしないというのなら」

 

 

「あは、は、は、はは、ははははは……」

 

 

 乾いた笑い声が部屋に充満した。

 

 嫌味というよりも、ただ自分が言われた事を復唱しただけだと思うけど、その破壊力はなかなかのものだった。

 

 なのはちゃんなんて申し訳ない上に恥ずかしいって感じで顔赤くしてるし、フェイトちゃんも似たような表情。はやてちゃんは顔を引き攣らせながら、恥ずかしそうに愛想笑い。

 

 で、クロノ執務官は色んな感情の混じった表情で乾いた笑い声を上げるしかない。

 

 リンディ提督は立ったまま何処かに旅立っているだけ。

 

――――変な空間。

 

 

 

 

 その後、リンディ提督を引き摺った4人が退出した執務室で、提督は自分の分の反省文を書いていた。枚数は100枚。

 

 提督本人は自分への戒めって言ってたけど、本当の所はどうなんだろう。

 

 

 

 追記。以前、提督も同じ施設を破壊したとか。その時は幾つかの偶然が重なった結果らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――2月24日

 

 

 今日は一人で仕事。

 

 怒り心頭といった様子の医務官に引き摺られていった提督が戻ってくるのは、何時になるかわからない。

 

 なんでも定期検査を仕事の多忙を理由に五回もすっぽかしたらしい。

 

 すっぽかしたと言っては提督が可哀想だけど、向こうの医務官からすればすっぽかしたとしか言えないのかもしれない。

 

 それにしても――

 

 あの碧髪が綺麗だった医務官、胸が大きかった気がする。

 

 決して自分の胸が小さいとか寂しいとか悔しいとか寒いとか思っているわけじゃないけどいくらなんでもやっぱり小さすぎやしないか私の胸。

 

――――やめよう、虚しいから。

 

 とりあえず、教導隊時代からお世話になっているという医務官に連れられて、我らが提督閣下は現在医療施設のどこかで説教を受けている可能性が高い。

 

 手のかかる弟扱いと言ったところだろうか。――いい気味だ。

 

 そういう理由で一人仕事をしているけど、この部屋って一人だと広く感じる。

 

 たまに提督の部下――二日目に紹介してもらった――や他の部署の人が来るけど、基本的には一人でデスクワーク。

 

 一応前線部隊扱いのはずのこの部署だけど、実際には大きな事件が起きたりしない限り後方部隊と変わらない。

 

 まあ、提督が出て行く事件なんて、起きない方が平和でいいけど。

 

 でも、こんな広い部屋に一人は寂しいかもしれない。

 

 私が来るまでは提督は一人でこの部屋に居た筈。

 

 寂しいという感情がないとは思えないから、やっぱり寂しかったんだろうか。

 

 考えても答えは出ない。出るはずも無いけど。私は提督本人じゃないから。

 

 結局、あの人は一人で何でも出来るのかもしれない。

 

 管理局に居る理由も実は無いんじゃないかって思う。

 

 魔導師で居るだけなら、他でも出来る。

 

 提督ほどの実力なら、民間でも引く手数多だろう。

 

――――考えても仕方が無い、か。

 

 

「そろそろお茶にしようかしら…」

 

 

 昔からお茶を飲む習慣だけは変わらない。

 

 あの家での思い出にいい事はあまり無いけれど、姉さまと飲んだお茶だけは幸せな思い出。

 

 その姉も結婚して家を出てしまった。

 

 その事で姉を恨んだりする気持ちはないけど、少し寂しいかな。

 

 また、一緒にお茶を飲めるといいけど、今の仕事の忙しさじゃ無理かしら。

 

 

「――――提督次第ってことね。もっと頑張ってもらわないと」

 

 

 今でも過労死寸前かもしれないけど、まあ、大丈夫でしょう。

 

 さて――――

 

 

「お茶の準備をする前にこれだけは片付けないとね」

 

 

 私の目の前に堆く積まれたファイル。

 

 これを在るべきところに戻さないと、あとで面倒な事になるわね。なにせ機密の山だもの。全部が全部機密文書って事はないけど、中には提督の副官になっていない頃の私だったら見るだけでかなり煩瑣な手続きを要するもの、見ることが出来ないものもあった。

 

 

「さてと、まずはここから始めますか…」

 

 

 データであれ紙媒体であれ、不法な改竄なんかからは逃れられない。

 

 だから、重要な文書なんかはこうして紙の媒体なんかになったりもしてるのよね。

 

 確かにある種の安全性は高くなるけど、それでも管理には細心の注意を払わないと。

 

 

「んしょ…と、これはこっちで――」

 

 

 これが…あそこ。

 

 執務室の四方の壁。その一方を占有する書架に、私はファイルを収めていく。

 

 書架のはずれ、つまり部屋の隅に近い場所には隣の資料室への扉があるけど、それ以外は全部書架。これだけでもすごい量よね。

 

 それなのに資料室にはこの十倍以上の様々な資料があるって言うんだから、提督の仕事振りには感心するやら呆れるやら。私も出来るだけ早く覚えないと仕事にも支障が出るかもしれない。

 

 それにしても――はあ…、提督が帰ってくるまでに終わるかしら…

 

 まあ、間に合わなかったらいつもの通りに一緒に片付ければいいだけだけどね。

 

 

「う〜んと、これは……あ、あそこか」

 

 

 そういえば、翠屋ってどこかしら?

 

 あそこのブレンドって美味しいんだけど、何処にあるのか知らないのよね。この前無くなったんだけど、いつの間にやら新しいのが置いてあったし、提督に聞けば分かると思うけど。

 

 それにしても、コーヒーやお茶が趣味とはね…

 

 

「で、これが…」

 

 

 料理も出来るし、変なところで家庭的よね、提督って。

 

 そういえば、仮眠室のキッチンに大きな冷蔵庫があるとかないとか。

 

――――………

 

――――私も、料理覚えようかなぁ……

 

 

「はっ!?」

 

 

 仕事っ! 仕事よ! バカな事考えてる場合じゃないッ!!

 

 

「――――え、ええと、これは……?」

 

 

 あれ?

 

 見つからない…

 

 この書架よね…?

 

 まさか資料室ってことはないはずだし…

 

 あれ?

 

 

「――――?」

 

 

 どこかしら?

 

 右見て、左見て、下見て、上見て、て、てえええええええッ!!

 

 

「――――と、届かない……ッ!」

 

 

 私が背伸びしたってあれには届かない……

 

 そう、目的の場所は書架の最上段。

 

 

「くぬ…ぬ…くううう――ッ!」

 

 

 届かない…

 

――――…………

 

 こうなれば――

 

 

「こうなれば、私も意地よ…」

 

 

 覚悟なさい!

 

 

「とうッ! てやッ! とおおおおッ!!」

 

 

 ぴょんこぴょんこぴょんこ……

 

 ぴょんこぴょんこぴょんこっと――――と、届かないぃぃ…

 

 まだよ…

 

 

「まだまだッ!!」

 

 

 この程度じゃ諦めないわよ!!

 

 

「――ただいま戻りました…って」

 

 

 諦めて堪るもんですかッ!

 

 

「てあッ! そりゃッ!! くぬうううッ!」

 

 

「――――」

 

 

 それにしても、こんな所絶対人には見せられないわ。

 

 『氷の才媛』なんてありがたくも無い二つ名貰っちゃったけど、冷静っていう評判だけは嬉しいかもしれない。

 

 昔は冷酷なんて言われてたけど、こういう仕事なら冷静沈着は美徳だものね。

 

 作ってるわけじゃないけど、ああいう態度の方が私には合っている。

 

 でも、中々入らない…

 

 

「くうううう…」

 

 

 届けぇ〜…ってあれ?

 

 私は手から消えた重さに目をぱちくりとさせる。

 

 あれ?

 

 

「あ〜、ご苦労様です」

 

 

「――――」

 

 

 あれ?

 

 

「すみません。この書架に付いてた梯子、邪魔だから資料室の奥に仕舞っちゃってたんです」

 

 

「――――」

 

 

 え?

 

 

「――――ええと、ちょっと持ってきますね」

 

 

 うそ?

 

 

「!!」

 

 

 私は慌てて仕事場を見回す。

 

 その姿は今までで一番私らしくない姿だったかもしれない。

 

 

「――――いない?」

 

 

 それでも私の目にはこの部屋の主の姿はない。

 

 先ほどまで目の前にいたと思ったのだけど…

 

 

「――気のせい、かしら?」

 

 

 まさか幻術系の魔法じゃないわよね。

 

 

「う〜ん…」

 

 

「どうしました?」

 

 

「!?」

 

 

 ビックリした…!

 

 ちょっと考え込んでいた間に、この部屋の主は私のすぐ近くに立っていた。

 

 

「あ、いえ」

 

 

「気付かなくてすみませんでした。――っと、これでいい…かな」

 

 

 提督は私に謝ると、すぐに書架最上部のポールに車輪の付いた梯子を引っ掛ける。

 

 

「私は梯子が無くても届くし、シグレはあまりデスクワークをしなかったものですから」

 

 

「――――いえ、それは構いませんが…」

 

 

 そう、そんな事はどうでもいい。

 

 私が気になるのはただ一つ。

 

 

「――――見ましたか?」

 

 

 それだけだ。

 

 私の恥ずかしい姿を、この一見好青年に見えるけど実際には何を考えているか分からない人物に見られたかということだけだ。

 

 

「何を、ですか?」

 

 

「私が…ええと…」

 

 

 なんて言えばいいのだろう…

 

 跳ねていた?

 

 飛んでいた?

 

 どちらにしても恥ずかしい…

 

 

「だから…ええと…」

 

 

 言いよどんでいる私を見て、提督は何を言いたいのか察したらしい。

 

 でも――――

 

 

「ああ、ぴょんこぴょんことウサギみたく――――ぐえ」

 

 

 提督の言葉を最後まで聞かず、私は思いっきり手を振り抜いた。

 

 乾いた音と共に提督の声も聞こえた気がしたが、そんな事は私の思考に入ってこない。

 

 

「――――休憩してきます」

 

 

 赤く腫れた頬を押さえ、ポカンとした非常に珍しい表情の提督を残して、私は執務室を後にした。

 

 あの部屋に居たらもっと提督を叩いてしまいそうだったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、あたしに連絡してきたと」

 

 

「――文句でもありますか?」

 

 

「いいえ〜。全くございませんとも」

 

 

「ふん」

 

 

 私ともう一人の連れが居るのは本局内にいくつかあるカフェの一つ。

 

 昼食には少し早いけど、私はここでお茶とランチを兼ねた休息をする事にしたのだ。

 

 

「でも、あたしだって暇じゃないんですよ?」

 

 

「クロノ執務官が、近頃エイミィはいつもサボってばかりだとぼやいていましたが?」

 

 

「う…」

 

 

 目の前で口を噤んだのは、私の士官学校時代の後輩であるエイミィ・リミエッタ。

 

 私が飛んで跳ねてたって事を聞いても、大して気にしないのはこの娘だけだろう。

 

 それに士官学校で浮いていた私に積極的に話しかけてきたのは、後にも先にもこの娘だけだったわね。下心の塊らしい生き物は話しかけてきたけど、あれは人間じゃないし。

 

 そういえば、エイミィとは付き合いがあったけど、結局士官学校時代にクロノ執務官に会う事は無かったわね。まあ、私はすぐに卒業しちゃったから、仕方が無いのかもしれないけど。

 

 よく考えてみれば、私が士官学校に入った頃にミナセ提督が入ってきてそれほど経たずにすぐに卒業。その後、私が卒業間近だった時にエイミィ達が入ってきたのよね。

 

 私は短期コースじゃなくて普通に数年通って――時間が掛かった分、私は管制官や通信士などに関するスキルも身につけた――卒業したけど、陸士訓練学校を卒業していた提督は士官学校もさっさと卒業していった。

 

 

「――まあ、それはそれとして」

 

 

「今回だけですよ」

 

 

「はーい。でも、リュウトがあんなんなのは昔からですよぉ。今更あたしに文句を言われても…」

 

 

「別に矯正してくれとは言ってません」

 

 

「じゃあ、なんですか?」

 

 

「――――」

 

 

――――なんだろう?

 

 本気で矯正してほしいとは思わないけど、やっぱりどうにかして欲しいのかな、私は。

 

 

「う〜ん」

 

 

「先輩、ここって奢りですか?」

 

 

「ん〜。好きになさい…」

 

 

「え? マジ? やった!!」

 

 

 目の前でエイミィが何やらはしゃいでいるが、私は自分の思考に手一杯だった。

 

 私は提督にどうして欲しいんだろう。

 

 そもそも、どうして私はここに居るんだろう。

 

 上官を思いっきり引っ叩いたのが、気まずいから?

 

 でも、ウサギみたいに飛び跳ねていたのは事実だし、やっぱり叩いたのは不味かったかしらね。でも、人が気にしてる事に対して平気であんな事をいう方にも問題がある気がする。

 

 う〜ん……

 

 

「いっただきま〜す」

 

 

「――――」

 

 

「ええと、そちらのお客様は…?」

 

 

「あ、そうだった。じゃあ、クラブサンド。紅茶のセットで」

 

 

「はい、かしこまりました」

 

 

「――――」

 

 

「アニーせんぱーい? ご飯の時くらいその眉間の皺とって下さいよー」

 

 

「――――」

 

 

「ダメだこりゃ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、結局先輩はどうしたいんです?」

 

 

「む…」

 

 

 私の目の前でパスタをフォークで突付きながら、エイミィがそう言ってきた。

 

 エイミィからしてみれば何のことはない言葉だったのだろうけど、今の私にはちょっとぐさりと来た。

 

 

「先輩ってば『氷の才媛』とか言われてるけど、結局は人付き合いの苦手なだけの人ですもんね」

 

 

「――――違うわよ。付き合うに足る人間が少ないだけ」

 

 

「まぁたそんな事ばっかり言ってるし…」

 

 

 でも、事実。

 

 他人をバカとは思わないけど、心から付き合いたいと思える人だけと付き合いたいというのは、私の基本的な欲求だった。

 

 その基準に頭がいいとか成績が悪いとか、或いは面白いとかつまらないとかっていうものは存在しない。だけど、私の表面を見て、それで私のすべてを理解したつもりで近付いてくるような人間は嫌い。

 

 士官学校時代にも成績だけを見て私を口説いてきたバカが居たけど、私がその生き物にした返答といえば、格闘訓練で徹底的にボコボコにすることだった。

 

 

「まあ、リュウトってお世辞は言っても嘘は言いませんよ」

 

 

「――――それで?」

 

 

「能力を買ってるって言われたんでしょう?」

 

 

「そうよ。クロノ執務官も聞いてたし、どうせあなたも彼から聞いたんでしょ?」

 

 

「よく分かってますねぇ。さっすが先輩」

 

 

 そう言っておどけるエイミィに、私は少しきつい眼差しを向ける。

 

 もっとも、エイミィはそんな事で引っ込むような娘じゃないけど。私の視線にも慣れてるだろうし。

 

 

「それで、あなたは何を言いたいの?」

 

 

 私はサンドイッチ――実は私の好物だったりする――から溢れたマスタードとソースを気にしつつ、それを頬張る。

 

 うん、やっぱりサンドイッチはちまちま食べても美味しくないわね。

 

 

「まあ、簡単に言えばリュウトはそれほど悪い人間じゃないってことです」

 

 

「そうかしら。とりあえず、裏表で随分と差のある性格してると思うけど」

 

 

 私が自分で見た限りではそれが提督の印象だった。

 

 誰に師事したのか知らないけど、その手腕は並みの士官とは一線を画している。

 

 あの歳で上層部に居るっているのがその証拠。

 

 口の悪い人に言わせれば親の七光りだって事だけど、あれはもっと別の意識がそうさせている気がする。

 

 そう、目的の為には手段を選ばないタイプに近い。

 

 例の“婚約者”の一件もそうだ。自身でそれを否定する事で、管理局内の反<ヘンリクセン>勢力を抑え付けているんだろう。自分たちの勢力に取り込める可能性のある人物に対して、彼らが強硬な手段に出ることは出来ないからだ。要するに、自分の身をもってバランスを取っているということ。

 

 そしてその最終的な目標は、おそらく局内でエヴァ・ヘンリクセンの安全を確保すること。

 

 まるで自分を顧みない手段で、赤の他人を守ろうとする。

 

 それも手段を選ばないっていう一面を表しているとは言えないだろうか。

 

 

「あの人は怖いのよ。まるで聖人の顔と行動をしているのに、その理由がすごく暗くて深い…」

 

 

「――――」

 

 

「底が知れないっていうのとは違う。究極的に命をモノとして扱っているっていう感じ…」

 

 

「――昔、クロノ君も同じ事を言ってました」

 

 

 私の言葉を黙って聞いていたエイミィが、そうポツリと呟いた。

 

 

「『リュウトにとって自分の命は手段でしかない。唯一つの目的のための』って」

 

 

「じゃあ…」

 

 

「あたしも詳しくは知りません。それがリュウトがこの世界に居る理由なんだろうってことは、なんとなく分かりますけど…」

 

 

 幼馴染であるエイミィすら知らない提督の過去。

 

 管理外世界の出身でありながら、類稀な魔法資質で管理局に於いて有数の魔導師となった青年。

 

 はっきり言おう。

 

 私はこの青年――私の上官が恐ろしいのだ。

 

 博愛精神なんてものじゃない。己が命を世界の部品と考えるその精神が恐ろしい。

 

 本局に来て提督のことを調べたとき、その経歴に驚いた。

 

 9歳で陸士訓練学校を短期コースで卒業、高い魔法資質の事もあって二等陸士として実戦部隊へ。その後、数年間様々な実戦部隊で過ごした後、二等陸曹の時に士官学校に入学そして卒業。12歳で執務官試験を突破し、航空戦技教導隊へ研修も兼ねて配属。一年半を教導隊で過ごし、その後は本局の執務官として様々な事件で陣頭指揮を執る。そして、16歳で提督となり、艦船勤務を経験して現在の職に就く。

 

 いくら魔法の才があっても、この経歴は限りなく異常に近い。

 

 執念――――そう、執念だ。

 

 何を目的としているかは分からないが、一つの目的のために突き進んだ結果。今の提督が出来上がったのだろう。

 

韜晦をもって生き抜くことを選んだ青年。そして限界を超えてまで突き進み、今に至る。それが、私が受けた印象。

 

だからこそ、恐ろしい。

 

 

「でも、本当に悪い奴じゃないです」

 

 

「え…?」

 

 

 エイミィの言葉に、私は言葉を失った。

 

 今、私が恐ろしいと思った人物のことを、この後輩は笑みを浮かべて悪い奴じゃないと言う。

 

 

「――――どうして、そう思うの?」

 

 

「今、あいつが何をしているか考えると、そうとしか思えないんですよー」

 

 

「何をしているか…?」

 

 

「そうですねぇ。きっと、資料室の書架に梯子を付けてから、溜まった仕事を片付けつつ、どうしたら先輩に許してもらえるかずっと考えていると思います」

 

 

 まさか…

 

 

「嘘だと思います? ま、日頃の行いを考えればそれも分かるんですけどねぇ」

 

 

「――一言謝ればそれで済む話じゃないですか。そんなに悩む事ではないでしょう…?」

 

 

 そうだ、私は一言謝ってもらえばそれでいい。そうすれば、私も謝る事が出来るだろう。

 

 自分から謝る事が出来ないというのは、少し情けないかもしれないけど。

 

 

「何が悪いのか分からないから、謝る事もできないってことですよ。あいつ、変なところ子供で、変なところ大人だから」

 

 

「難儀な性格してるのね…」

 

 

「ははは…。真剣に付き合いたいから、上辺だけの謝罪はしたくないんですよ…」

 

 

 本当に難儀。

 

 適当に謝るくらい処世術じゃない。

 

 でも――――

 

 

「――――それがミナセ提督ってことかしらね……」

 

 

「ええ、そうですよ」

 

 

 こちらの内心を見透かしたように笑うエイミィに、私は少しだけ羨望を覚えた。

 

 いつか、私もあの提督の事を理解できる日が来るのだろうか。

 

――――出来るだけ早く、その日が来る事を望む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――2月25日

 

 

 奴が居た。

 

 午前中は提督と共に平穏に過ごした――昨日の事はとりあえず謝らせた――が、お昼になってあの鳥娘が帰ってきた。

 

 今日の予定は陸士隊の訓練のはずだが、訓練予定よりも早く訓練が終わったらしい。

 

――――邪魔。

 

 

「――――平和って尊いですよね」

 

 

 自分の執務机で仕事をしていた提督がボソッと呟いた。

 

 

「何か仰いましたか? 提督」

 

 

「何か仰られましたか? 主殿」

 

 

「いえ、何も…」

 

 

 本当に仕事の邪魔。

 

 役に立たないなら、いっそ別の場所で訓練でもしてきたらいいのに……

 

 

「――――その不機嫌な顔は仕事の邪魔です。暇ならこの書類を運んでください」

 

 

「――――暇ではありません。貴女と違って私にはデバイスの調整という仕事があるのです」

 

 

――――それは、私がデバイスを持っていない事に対する挑戦?

 

 

「――――そうですか。なら、私が運びましょう。ああ、これで提督の仕事がまた増えてしまいますね…」

 

 

「ッ!? ――――分かりました。主殿の為ならば私に否はありません…」

 

 

 ふん、最初からそうしなさい。

 

 

「あー…シグレ? 私も行かなくてはならない場所があるので、途中までお付き合いします」

 

 

「あ、はい!!」

 

 

 なッ!?

 

 嬉しそうな顔をする鳥娘の顔を睨みつつ、私は慌てて頭の中で提督の今日の予定を確認する。

 

――――…………

 

――――技術局…!

 

 修理に出していた提督のデバイスが仕上がったという連絡が、先ほど入っていたのを忘れていた!

 

 私としたことが…

 

 鳥娘のことで頭が一杯になっていたからだろうか…

 

 

「では、行きましょう! 主殿!」

 

 

「――どうしてそこまで機嫌がよろしいので?」

 

 

「いえ! お気になさらず!」

 

 

 鳥娘の余裕の表情が、ひどく腹立たしい。

 

 別に提督と仕事をしたい訳ではないけど、鳥娘の望んだ通りに事が進んでいると思うと心の奥底から怒りが込み上げてくる。

 

 

「では、行ってきます」

 

 

「――はい、いってらっしゃいませ…」

 

 

「――――ふ」

 

 

「!?」

 

 

 あの鳥娘ぇええええええッ!!

 

 私は二人が出て行った扉を睨みつける。

 

 

「…………」

 

 

――――よし、提督の仕事を増やそう。

 

 

 

 

 

 

 その後、鳥娘が一人で戻ってきた。

 

 提督について行こうとしたのだが、私の仕事の手伝いをしてほしいと言われて戻ってきたようだ。

 

 

「――――」

 

 

「――――」

 

 

 でも邪魔。

 

 

「シグレさん。とりあえず仕事はありませんから。訓練でもなさってきたら?」

 

 

「いえ、主殿からクルス二尉の手伝いをしろと言われておりますので…」

 

 

 だから、訓練に行って欲しいのよ。

 

 書類から視線を上げると、デバイスの調整をしていた鳥娘も私を見ていた。

 

 

「――――」

 

 

「――――」

 

 

お互いの視線が、剣呑な気配を纏うのが分かった。

 

 

「――――とっとと何処かに行ってしまえ! このドジ鳥娘ッ!!」

 

 

「黙りなさいこのぺたんこ才媛!! 主殿から言われなければ、貴女の手伝いなんてするものですか!!」

 

 

「口を開けば主殿主殿と、他の言葉を忘れたの!?」

 

 

「私にとってはその言葉だけで十分! 他の言葉を忘れても、主殿のことを忘れるはずはないでしょう!?」

 

 

「大した忠誠心ですこと! じゃあ、その大切な主に無駄な苦労をかけたのは何処の誰!?」

 

 

「ッ!? それは…」

 

 

「あんたでしょうが! 事務能力皆無に等しいくせに!!」

 

 

「貴女だって、顔が怖いって迷子の子供に泣かれたそうじゃない!!」

 

 

「ッ!? どうしてそれを…」

 

 

「全く、身体は子供のくせして!!」

 

 

「なッ!! あんただって痴漢を叩きのめして結局提督が謝りに行ったそうじゃない!!」

 

 

「くッ!!」

 

 

「むむ…!!」

 

 

 

 

 結局、私と鳥娘の口論は備品を投擲し合う戦いへと移り変わっていった。

 

 提督が戻ってくる頃には執務室は備品が散乱する戦場跡と化し、私と鳥娘は始末書一ダースの処分を受けた。

 

 その後、提督を仲介として鳥娘との間に条約が結ばれ、執務室内の口論では物理的手段をもって攻撃することが一切禁じられた。

 

 

 

 追記。私たちが口論をしている頃、提督は色んな部署に顔を出して時間つぶしをしていたらしい。

 

 仕方が無いので、仕事を増やそうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三話につづく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜あとがき〜

 

皆さんこんにちは、悠乃丞です。

 

 アニーさん大活躍の第二話でございました。

 

 この作品全体でのアニーさんの役目は、リュウトの過去を知らないキャラとしてリュウトの内面を知っていくというものです。

 

 シグレと同じような位置に居ますが、下手に過去を知らない分、より客観的にリュウトの内面を見ることが出来るはずです。

 

 アニーさんの過去に関してはその内色々出すつもりですので、楽しみに待っていて下さい。

 

 そして、口論じゃないというツッコミはアニーさんにお願いします。でも、アニーさんにとっては口論なのでしょう。

 

 まあ、条約が結ばれたので今後は多少大人しくなるはずです。多分。

 

 兎にも角にも、アニーさんにはこれからもリュウトをイジめてもらおうと思います。

 

 次回の話はクロノとリュウト、そしてザフィーラ、男だらけのバトルターン!

 

 それでは皆さん、次のお話で会いましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寂寞たる荒野に爆音が轟き、荒涼とした渓谷に爆光が奔る。

 

 三人の男が挑む敵は、双頭の竜。

 

 向かった世界で、男たちは己の力をもって困難に立ち向かう。

 

 古から続く流れの中で、この戦いは刹那でしかない。

 

 だが、確かに我らはここに在る。

 

 

 

次回、魔法少女リリカルなのは―――暗き瞳に映る世界―――

 

 第三章 

 

第三話  〈乾いた風の中で…〉

 

 

 永遠の氷棺と無限の劫火、どちらで滅びたい?




作者悠乃丞さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。