魔法少女リリカルなのは―――暗き瞳に映る世界―――

 

 

 

 

 

第二章 

 

 

 

第七話

 

〈顕現〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉は思わず口から出ていた。

 

 深い意味など無い。ただ、零れ出たとしか言いようが無い言葉だった。

 

 

「結局、こんな結果になっちゃったね…」

 

 

 時空管理局所属艦船アースラのブリッジ。そこには二人の人影がある。

 

 一人はこの艦の管制官であるエイミィ・リミエッタ。

 

 

「何を馬鹿な事を…。どこに結果が? これから次第でしょうに」

 

 

 もう一人はアースラに座乗しているリュウト・ミナセ時空管理局提督。

 

 彼は管制官のシートに座るエイミィに向けて、或いは、自分に言い聞かせるようにその言葉を紡ぐ。だが、その視線が彼の手元から動く事は無かった。

 

 

 

 

 第149観測世界に向けて航行すること早1日、仮眠から起きてブリッジに入ったエイミィを待っていたのは、オペレーターシートで本を読む幼馴染の姿。

 

 リラックスできるはずも無い状況で、幼馴染の行動はエイミィに僅かな余裕を与えた。

 

 当直のアレックスが居ない事が気になったが、大方リュウトが休むように言ったのだろう。本来なら規定違反なのだろうが、このような状況では誰が文句をつけるというのか。

 

 結果的に、エイミィは珍しく二人だけで幼馴染と会話をする事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それはそうだけどさ…。リュウトは緊張とかしないの?」

 

 

 勤務時間であっても、エイミィの口調は全く変わらない。それが彼女の持ち味ともいえるが、勤務態度に煩い者が見れば憤慨する事は確実だろう。

 

 エイミィの質問に、リュウトは一瞬の間を空けて答えた。

 

 

「―――しない筈もないでしょう。私も人間ですよ」

 

 

「そりゃそうだ」

 

 

 エイミィは分かっていて聞いたのだろう。おそらく自分が恐怖を感じているから。

 

 幼馴染が自身と比べものにならない重責を背負っているのは彼女もよく分かっていた。リュウトがこうしてここに居たのは、ひょっとしたら自分と話したかったからかもしれないと思う。それは今までの付き合いからはじき出された答えの一つだ。

 

 リュウトと出会ってからの時間は、自分の人生の中で半分近くを占めている。最初は変な男の子だとしか思わなかったし、付き合いを重ねているうちにやっぱり変な男だと思ったりもする。

 

 

「エイミィの方は………緊張してるようで」

 

 

「おーともさ! 緊張のあまり、お気に入りのカップ割っちまったい…」

 

 

 第一声こそ元気に答えたエイミィだが、最後の方はすでに別人のように沈んでいた。折角捻り出した空元気にも限度があるようだ。

 

 

「それは……残念だった、としか言えないですが…」

 

 

「そうだよ! 残念だったんだよ!!」

 

 

 リュウトの慰めも、今のエイミィには通用しない。

 

 むしろ、怒りをぶつける先を得たと文句をつけ始める。どうして自分がこんな目に遭うのか分からないまま、リュウトはその怒りを受け止めざるを得ない。下手に反論しようものなら数倍になって返ってくる事は間違いないからだ。内容はともかく、怒鳴られて喜ぶ趣味は無い。

 

 

「くそう…。お店何軒も回って見つけたお気に入りなのにぃ」

 

 

 エイミィは一頻り文句を言うと、最終的には萎んだ風船のように、その体をコンソールにだらりと投げ出す。その動きにどことなく小動物的な愛嬌を感じとるには、リュウトの感性は適しているとはいえなかった。

 

 その仕草を見慣れているリュウトだが、未だにどうしたものかと思ってしまう。買い物に付き合わされたことなど数知れず、クロノと二人でエイミィやリンディの魔の手から逃げ回った事もある。

 

 そして、自分に出来る範囲で最大限の効果を上げられる対処法など、一つしか知らなかった。

 

 

(いつもこうなるんだよなぁ…)

 

 

 嘆息しつつも、リュウトはその対処法を実行する。

 

 

「この件が終わったら三人で買い物に…」

 

 

「行く!!」

 

 

 リュウトが言い切らないうちに、エイミィの声がリュウトのそれを遮る。もはや慣れたものだが、納得いくかと問われれば首を傾げるしかない。それでも、リュウトはこの遣り取りをやめる気にはなれないのだ。

 

 これこそが自分にとっての平穏の一部といえるのだから。

 

 

「―――はあ……」

 

 

「何?」

 

 

 不機嫌なエイミィの声に、リュウトは反射的に嘘ではない建前を口にした。この行為もすでに何度目だろうか。

 

 

「いや…、店の方はそっちで探しておいてくれるんでしょうね? 私はそんな店知らないですよ」

 

 

「ふ……まっかせなさい! とびっきりの店に案内したげる。………値段もとびっきりだけど」

 

 

「―――代金は持ちませんよ」

 

 

「にゃんと?! そ、それじゃあクロノ君に…」

 

 

「年下に払わせる気でしょうか?」

 

 

「ぐむむ………」

 

 

 リュウトの反論にエイミィが唸り始める。口喧嘩で勝てた事など無い幼馴染に、いかに自分の目的が崇高なものか理解させる手段を思案しているのだ。もっとも、そんなものがあればの話だが。

 

 

「情けない声を出さないで下さい。この件が済んだら休暇も出るだろうし、給料に多少の色は付くはずですから…」

 

 

「ろくに給料も使わずに生きているお前に言われたくないやい!」

 

 

 確かに、リュウトは管理局で得た俸給の殆どを使っていない。どうしてそのような状況になっているのかと問われれば、使う機会に恵まれないという事だろう。自宅にも戻らずに管理局本局で寝泊りしているのだから、それも当然だといえる。更に言えば、リュウトは特に大金を必要とする趣味など持ち合わせていない。

 

 PT事件以降に訪れる回数が増えた海鳴でも、リュウトは管理局の俸給ではなく地球での資産を使っている。そのため、ミッドチルダでの預金は増えるばかりだった。

 

 

「そう言われても…」

 

 

「クロノ君といい、リュウトといい、高給取りのくせして物欲なさ過ぎなんだよ!」

 

 

「ありがとうございます?」

 

 

「褒めてない!」

 

 

「やっぱり…」

 

 

 こんな言い合いなど昔は日常茶飯事だった。だが、今では艦船勤務と本局勤務に別れてしまっている為、会う事も少なくなってきている。同じアースラ勤務のクロノとは殆ど毎日顔を合わせているのに、もう一人の幼馴染とは疎遠になりがちで、こんな風に二人で話すなんて滅多にないことだ。前に二人だけになったときは、はやての件で管理局から通信が届き、会話など殆ど出来なかった。

 

 すでに局内でそれなりに責任のある立場にいるリュウトは、久しぶりに自分やクロノと会うと、とても嬉しそうな顔をする。日頃面倒な仕事ばかりしている所為だと言っていたが、エイミィがシグレに聞いたところによると、昔が懐かしいと時折寂しそうに呟いているという。

 

 英才教育といえば聞こえはいいが、リュウトの修行は実戦と変わらないものだ。士官学校に入学する前、リーゼ姉妹によって様々な現場に放り込まれたリュウトが学んだのは、まず第一に死なない事だった。それほどまでに実戦は厳しいものだったのだ。リュウト自身の才が、実戦を経るまで開花しなかったというのも原因の一つかもしれない。

 

 修行そのものはリュウトが七歳になった頃から始まっていた。リーゼ姉妹によって様々な修練を課せられたが、リュウトが自分の意思でやめたことはないという話だ。大抵はノルマ達成と同時にぶっ倒れて修練終了が常で、リーゼ達もそれを念頭に訓練メニューを組んでいた。

 

 最初の頃、体があまり強くなかったリュウトが、一度本気で死にそうになったという事を、エイミィはアリアに聞いたことがある。

 

 簡単に言ってしまえば、飛行中に意識を失ってしまい、共に訓練をしていたクロノが呆然としている間に地面に叩きつけられたということだった。その時はさすがにリーゼ姉妹も顔色を変えて落下地点にすっ飛んでいった。

 

 原因は過労による意識喪失だった。もともと体を動かすのが得意でなかったリュウトは、リーゼ達の修行についていこうと随分無理をしていたらしい。その所為で体が限界を超えてしまい、飛行中に意識を失ったという。

 

 その時のリュウトの怪我はそれほど時間も掛からずに治ったが、それは治癒魔法によるものであって、怪我が軽かったわけではない。気の弱い人が見れば卒倒間違いなしのスプラッタ状態だったという。

 

折れた骨が皮膚を突き破り、流れ出した血が川になり、気絶すれば多少は楽になるというのに、習った応急処置を施そうと無理矢理意識を保っていたリュウトの呻き声が、周囲に響いていたらしい。

 

 バリアジャケットがなければ死んでいたとアリアは語った。その場面を思い出すと生きているリュウトに抱きつきたくなるらしく、突然飛び掛って彼を驚かせていた。

 

 エイミィにはそこまでリュウトが力を求める理由が分からなかった。クロノは知っているようだが、エイミィに話すことはしない。リュウト本人に聞けば、今ではよく分からないという反応が返ってきた。

 

 その反応に、男ってバカばっかりだと言った自分に向けて苦笑を浮かべていた頃のリュウトは確かに楽しそうだった。

 

 この世界に来てからろくに友人も作らず修行に明け暮れていたリュウトが、自分たちのことをとても大事に思っているという事はエイミィにも分かっている。

 

 リュウトが今の役職に就いた後、一度冗談でアースラの艦長になればいいのにと言ったことがあったが、リュウトは微苦笑を浮かべるだけだった。本当はそうしたいのかもしれないが、今の立場で出来る事がある以上、リュウトはそうする事はしないだろう。

 

 だが、PT事件以降になってリュウトは急激に変わり始めた。地球にも何度か行っているのだという。以前は全く里帰りせず、シグレだけが地球に行って家の掃除をしていたというが、今では自分でも家に戻って色々やっているらしい。

 

 それでも藤見台にだけは行かないと、悲しそうにシグレが呟いていたのをクロノとエイミィは聞いた事があった。

 

 

 

 

 

 

「さてと、先遣部隊との合流まであとどれくらいですか?」

 

 

「へ?」

 

 

「いや、合流まで後どれくらいか聞いたんですけど…」

 

 

 聞こえてきたリュウトの声に、エイミィは自分が随分深く考え込んでいたということを悟った。自分を見るリュウトの顔に怪訝そうな色があることに気がつき、彼女は慌ててコンソールを操作した。

 

 その操作に応え、エイミィの前にあるモニターに合流予定時刻が浮かび上がる。

 

 

「あと、4時間弱ってところかな。到着予定までは4時間26分」

 

 

「ふむ…。一休み出来そうですね」

 

 

「え?!」

 

 

 ポツリと呟くように言ったリュウトの言葉に、エイミィは素っ頓狂な声を上げてしまった。まさか、この男は本当に話をするためだけにここに居たのだろうか。

 

 それ以前にどうしてここに居たのか、エイミィはリュウトに聞きそびれてしまっていた。

 

 

「一人で当直は大変だと思いますが、まあ、頑張ってください」

 

 

「いや、頑張るけど…。もう少し労りとか…」

 

 

「私はやる事があるので、これで失礼します」

 

 

「無視?!」

 

 

 エイミィの声も虚しく、リュウトはさっさとブリッジを出て行ってしまった。その素早い行動に、エイミィは呆然とするしかない。

 

 だが、視線をめぐらせたエイミィの目に、リュウトの座っていたシートの前に一つの小ぶりな箱が置いてあるのが見えた。

 

 先ほどまでそんなものはなかった筈だが、いつの間に置かれたのだろうか。エイミィはそう思いながら首を傾げ、その箱を手に取る。

 

 その箱は思ったよりも軽かった。エイミィは以前にもこれと似たようなものを誰かからもらった事があるような気がしたが、すぐには思い出せない。

 

 しばらく悩んでいるうちに、エイミィは甘い匂いがどこからか漂ってくるのを感じた。その匂いが箱から出ている事に気付いた彼女は、この箱の中身と送り主に思い至る。

 

 

(リュウト…、いつの間にクッキーなんて焼いたんだろう…?)

 

 

 以前に食べた事のある幼馴染特製のクッキーの匂いは、確かに覚えがある。だが、この状況でいつの間に焼いたのだろうか。

 

 

(ま、いっか。それにしても照れちゃって…、普通に渡せばいいのに)

 

 

 幼馴染がここにいた理由がエイミィにはようやく分かった。これを渡すためにここで待っていたのだ。

 

 リュウトはクロノよりも年上ながら、時折なのは達と同じような年齢に見えることがある。それはきっと、こういうところが原因なのだろう。身長こそ大きく伸びたが、昔からどこか子供っぽさが抜けないところもまたあった。子供らしくない子供だった少年は、大人らしくない大人になろうとしているのかもしれない。

 

 とりあえず、お茶を淹れてこよう。エイミィはそう思って笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「予定座標に到着しました」

 

 

 アースラのブリッジにオペレーターであるランディの声が響いた。先遣部隊との合流を済ませ、ようやく目的地に到着したのだ。

 

 ここでの自分たちの働きに、全てが掛かっている。

 

 

「惑星表面に次元歪曲反応があります。魔力パターン計測……<メイガスの鍵>と一致しています!」

 

 

 惑星表面を探査していたアレックスの報告に、リンディは表情を曇らせた。

 

 既に異変は最終段階に入っていた。惑星表面の反応は増大するばかりで、一向に収まる気配がない。その中心には間違いなく鍵があった。

 

 リンディに責任は無いが、それでも一度確保したはずのものが異変の中心にあるというのは、心の底から納得できる事でもない。

 

 だが、彼女の内心とは関係なく、アースラは戦いへとその身を投じていく。艦隊各艦とのデータリンクが構築され、艦隊は戦いの準備に入った。今頃全ての艦で慌しく準備が進められているに違いない。

 

 

「旗艦より通信。 『全艦指定位置へ』 以上です」

 

 

 そして、もはや残された時間は少ないと判断したのだろう、艦隊司令とその幕僚は艦隊に戦闘の準備を通達してきた。

 

 異変の中心では、既に鍵とは違う魔力波動が観測されている。それが何であるのか、すでに誰もが分かっていたのだ。

 

 旗艦からの命令を受けて、アースラの艦内は慌しい空気に包まれる。誰もがこの先にある戦いに何かしらの不安を感じていたのだ。それを誤魔化すためにも、彼らは一心に己の職務を果たしていく。

 

 指定された攻撃位置に移動する中で、艦長であるリンディの口から矢継ぎ早に指示が飛ぶ。それを実行に移すエイミィたちもまた、この先にある結果がどのようなものになるか分からないでいた。

 

 そんな中、リンディが艦内に向けて自ら作戦の開始を告げる。それは彼女こそが必要とした切っ掛けだったのかもしれない。

 

 

「艦長より全クルーへ。これより我が艦は<マンティコア>撃破の為、作戦行動に入ります」

 

 

 アースラを含めた艦隊が攻撃予定地点に着くのに要した時間は僅かなものだった。だが、その間にも惑星表面に発生した次元の歪みは加速度的に大きくなっていく。それを見ることが出来る者は、誰もがそう多くの時間は残されていないと思った。

 

 艦隊の各艦に分かれて乗り込んでいる降下部隊はすでに準備を終え、転送を待つばかりとなっている。その役目が来ない事を願ってやまないが、歪みが拡大する毎にその可能性が低くなっていくようにリンディ達には感じられた。

 

 艦隊が予定位置に展開して十数分後、彼らの目の前でその歪みがある一点を越えた。

 

 

「特殊空間の開放を確認! 来ます!!」

 

 

 ランディの声と共に、モニターの中心で空間が破裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来た」

 

 

 そこにいた誰かの声と共に、転送装置で待機していた降下部隊に緊張が走った。

 

 部屋の天井付近に投影された映像の中で、“それ”はこの世界に、存在してはいけないはずの世界に顕現した。

 

 

「これが―――」

 

 

「―――<マンティコア>だ」

 

 

 はやての声に答えたリュウトの言葉に、彼女たちの緊張は最高潮を迎える。

 

 一面の雪景色を写した映像の中では空間が泡立ちはじめ、それがどんどん広範囲に広がっていく。

 

降下部隊が固唾を呑んで映像を見つめる中、その歪みの中心から巨大な何かが腕を伸ばした。それがマンティコアの腕部であると気付いた何人かが呻き声を上げる。その大きさから、マンティコア本体の大きさが推測できたからだ。出来の悪い怪獣映画のワンシーンのように思える光景だが、これは自分たちのすぐ近くで起こっている現実だった。

 

 腕は何もないはずの空間を掴むと、そこを手掛かりにしてその身を異空間の海より引き出そうとする。その仕草は確かに人間のようだった。ここまで巨大で禍々しい気配を感じさせる人間が存在するならの話だが。

 

 その映像を、なのは達は息を呑んで見つめていた。自分達がこれから戦う相手。それがついに姿を見せたのだ。

 

 

「………」

 

 

 ひたすらに無言。降下部隊の誰もが、その出現を黙って見続ける。彼らにはそれしか出来ないのだ。戦うべき相手から目を逸らさずにいる事、それだけが今出来る事だった。

 

 マンティコアは泡立つ空間から赤黒い頭部を出すと、人間がするように周囲を見回した。その仕草が人間と同じ目的で行われているかは分からないが、ひどく人間らしいというのはその場にいた全ての者の認識だった。

 

 しかし、頭部にはおよそ健常な人間が備えているものは何もなかった。ただ、人形のような卵形の頭部がそこにあるだけだ。ただ、目のように見える赤い光が一つだけ中心にあるのが見えた。

 

 マンティコアがその身を現すごとに、その周囲では強い風が吹き荒れているようだった。風にあおられて雪が舞い散り、マンティコアの姿を僅かながら隠す。その情景は現実感に乏しかった。

 

 空間を掴んでその身を引き摺り出したマンティコアは、上半身が現われると同時にその手を地面へと振り降ろした。その瞬間……

 

 

―――轟音

 

 

「!!」

 

 

 はやての体がびくりと震えたのを隣にいたヴィータが感じ取る。彼女は家族であり主でもある少女の手を握り、その震えが少しでも治まるようにと力を込めた。それに気付いたのか、はやてがヴィータを振り返り、その顔に小さな笑みを浮かべる。その顔を見たヴィータもまた僅かに笑った。

 

 マンティコアの両手が地面を掴み、その身を引き摺る。その動きから、マンティコアが二足歩行出来ないらしいということが分かる。だが、脅威である事は変わらない。

 

 その身を引き摺り出そうともがくマンティコアに、何人かの人間が顔を顰めた。人間であるはずのモノなのに、その存在と行動にひどい嫌悪感を感じてしまうのだ。

 

 

「アルフ…」

 

 

 フェイトが自らの使い魔に視線を向けると、その使い魔はただ頷いた。自分がついている。そう言うかのように。

 

 そんな使い魔の心を感じて、フェイトの心は僅かに軽くなった。ここには仲間もいる。自分達が負けるはずはない。彼女にはそう思えた。

 

 そして、フェイトがモニターに視線を戻す頃には、マンティコアのほぼ全てが彼らの前に現われていた。その腕を動かし這い進むその姿は、むしろ人間らしすぎて余計に奇異に映った。

 

 もはや、その身はこの世界に確固たるモノとして在り、この世界すべてを食い尽くそうとしている。

 

 そして、最後にその脚部が異空間より脱した。それによって空間の歪みは収束に向かっているようだが、今となってはそんな事は関係ない。彼のモノはこの世界に現れ出でたのだから。

 

 やがて、マンティコアはその頭を巡らせる。

 

そして、その紅き視線はある一点で止まった。

 

 

「あ…」

 

 

 呟くように漏れたなのはの言葉に気付いた者はいない。

 

 誰もがマンティコアの視線が自らに向いていると感じ取ったのだから。

 

 確かに、マンティコアは艦隊の方を見ていた。

 

 そして、歓喜の咆哮をあげる。この世界に戻れた喜びを表すように。新たな獲物を狩る事が出来る喜びを表すかのように。ある者は、表情などあるはずも無いその顔に笑みを見る。

 

 

―――キャアアアアアアアァァァァァァァァァッ!!!

 

 

 その声は世界に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

≪艦隊全艦に通達! これより作戦を開始する!!≫

 

 

 ブリッジに響いた艦隊司令の声に、アースラのブリッジクルーは自分の職分を果たすべく行動を始めた。

 

 先ほどまでマンティコアの出現に本能的な恐怖を感じていた事など、微塵も感じさせない動きでクルーたちは自らの艦を操る。いや、必死で誤魔化そうとしているのかもしれない。だが、それを責められる者などこの艦隊のどこにもいないのだ。

 

 

≪全艦照準! 目標、<マンティコア>!≫

 

 

「全砲塔の安全装置を解除! 照準、マンティコア!」

 

 

「了解!」

 

 

 艦隊司令の命令を受けたリンディが、クルーたちに指示を出す。その声には凛とした決意があるようだった。

 

 それに合わせて、アースラの各ビーム砲塔が惑星表面へと向けられる。本来ならば惑星表面に向けての砲撃など出来ないだろうが、すでにこの惑星に主だった生命反応が無い事は確認されている。それがいかなる理由によるものか、リンディたちはあえて考えないようにしていた。

 

 艦隊全ての艦が砲身をマンティコアに向け、砲撃の準備を整える。

 

 この攻撃で、全てが終わる事を艦隊の誰もが願った。

 

 そして、艦隊司令がこの戦いを始める号砲を放つべく、強い意志を感じさせる声で命令を発した。

 

 

≪全砲門、斉射三連――――――てぇッ!!≫

 

 

「全砲塔、斉射三連! 発射ッ!!」

 

 

 リンディの言葉に合わせ、アースラの砲が灼熱の鏃を吐き出す。この光こそが古の災厄に対して向けられた、今を生きるもの達の決意だった。

 

 何かを感じたのだろうか、マンティコアが上空の艦隊に再び視線を向ける。

 

 その次の瞬間、はるか天空の彼方よりマンティコアに光が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだ?!」

 

 

 砲撃により発生した水蒸気によって視界が遮られたモニターを見て、その場にいる全員が同じ事を思った。

 

 地形を変えるほどの砲撃を受けて、マンティコアは存在しているのか。それだけがモニターを見守る者たちの頭の中にあった。

 

 戦う事に躊躇いは無い。だが、消す事の出来ない恐怖は確かに存在する。

 

 やがて、視界が晴れていくと結果が目の前に現われた。

 

 

「―――ああ…」

 

 

 落胆の声を止める事が出来る人間は、ここにはいなかった。

 

 蒸発した雪による水蒸気が薄れていく中で、マンティコアの巨体が浮かび上がったのだ。

 

 その姿は先ほどと殆ど変わっていない。僅かな傷は見えるが、それも急速に修復されているのが分かる。

 

 

「あれだけの砲撃を受けて、まだ動けるというのか…?」

 

 

「くそッ! どうやって戦えば…」

 

 

「慌てるなッ! まだ俺たちは何もしてないだろう!」

 

 

 降下部隊に広がる様々な声。それは、この部隊を率いるリュウトの耳にも入ってきた。だが、彼にはそれを止める術はない。出来る事といえば、その体に刻まれた傷を完全に修復したマンティコアを睨みつけることだけだった。

 

 自分達が戦うのは、まさに古代魔法の権化だ。闇の書の闇とは危険の度合いが違いすぎる。

 

 だが、動揺が広がる部隊にも、戦いの始まりを告げる命令が届いた。

 

 

≪全降下部隊へ―――降下を開始せよ。繰り返す、降下を開始せよ…!≫

 

 

 艦隊司令の声は苦渋に満ちていた。

 

ある程度の情報はあった。マンティコアが並大抵の敵ではないと分かっていたとはいえ、これほどまでに強大だとは予想していなかった。せめて倒せないまでも、幾らかのダメージは与えられると思っていたのだ。だが、終わってみればただ相手に餌をやっただけの結果。それが悔しくないはずはない。

 

 そして、彼の元にはこれから戦いを始める者達がいる。

 

 

≪降下部隊の指揮はミナセ提督に一任する。―――武運を祈る≫

 

 

 その言葉を聞いたリュウトが、一呼吸の間、目を閉じる。次の瞬間開かれた目には、戦人としての光が宿っていた。

 

 そして、彼はこの戦いで始めての命令を下す。

 

人を死なせたくは無い。だからこそ、死ねと命じるのが指揮官だ。リュウトにその言葉を教えたのは、自分の養父だった。そして、自分はその言葉を忘れる事はないだろう。

 

 息を吸い、その言葉に力が宿る事を祈って。全ての人が、居るべき場所に戻れる事を祈って。

 

 

「全部隊―――降下開始!」

 

 

≪了解!≫

 

 

 通信によって全ての降下部隊に伝えられた命令により、艦隊の艦から次々と部隊が転送降下していく。

 

 ある部隊はマンティコアの後方に回り出現する魔法生物に備え、ある部隊は既に出現を始めた魔法生物に対して攻撃を始める。

 

 教導隊主導の精鋭部隊は各部隊に分散配置され、結界の展開準備に入っているはずだ。最強を誇る部隊だからこそ、各方面の柱となる事が出来るだろう。

 

 そして、アースラからは直接マンティコアと激突するべく、主力部隊が出撃する。

 

 

≪転送準備よし。転送開始します!≫

 

 

 ブリッジからの通信の後、リュウトたちは光に包まれ彼らの戦場へと降り立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その場に降り立ったクロノ・ハラオウンが最初に目にしたのは、砲撃により耕された赤茶色の地面だった。

 

 だが、その光景は彼に特別な感慨をもたらす事は無い。クロノは訓練で体に染み付いた通りに視線を巡らせ、部隊の状況を確認する。

 

 転送を終えた部隊の面々は、各々別の表情で自分達が戦う戦場を確認している。この部隊にいるのは全て飛行魔法が使える魔導師で、マンティコアに対して機動力を生かした一撃離脱戦法を行うことになっている。

 

 いや、それ以外に取れる戦術が無いといってもいいのかもしれない。パワーなど比べるまでも無く、耐久力も回復力も比較する意味すら見出せない相手。

 

 それが、自分たちの戦う相手なのだ。

 

 

「ミナセ提督。全員無事に転送完了いたしました。指示を」

 

 

 相手が鍵を持っている以上、普通なら気にする事も無い転送失敗すら可能性としては捨てきれないのだ。マンティコアが自分達を邪魔だと思うなら、鍵によりこの空間を隔絶してしまえばいいのだから。鍵の能力を応用すればそれくらいの事は児戯に等しい。

 

 クロノの言葉にリュウトが答えようとしたとき、それは降下部隊の耳に飛び込んできた。

 

 

―――キャアアアアアァァァァァァァアアアァァァァァァアアアァア……!!!

 

 

 それは、彼らの視線の遥か先で、その巨体を蠢かせているマンティコアの咆哮。

 

 だが………

 

 

「これって…悲鳴…?」

 

 

「うん…そう聞こえる」

 

 

 フェイトの呟きに答えたなのはにも、それは確かに悲鳴に聞こえた。物悲しい悲鳴に。

 

 しかし、それは人間の女性のもののようでありながら、幾つもの声が重なったような不気味なものだった。

 

 その不気味な咆哮に心臓を掴まれた様に感じたのはなのは達だけではない、百戦錬磨の守護騎士たちですらも嫌悪感を顔に滲ませていた。

 

 

(嫌な声だ…。あの時を思い出す、な…)

 

 

 リュウトもまた、その咆哮にその身の傷を抉られるような気分を味わっていた。忘れようにも忘れられず、未だに悪夢として突きつけられるあの夜の風景。この身を焼く熱と赤い炎に包まれる両親と妹。そして、夜天に浮かぶ黒き魔導書。

 

 既に無い魔導書と既に無い家族。

 

確かに今の自分には目的がある。だが、それに意味があるのかと自問し続けていた。いつまで経っても答えなど出ず、終わり無くループし続けている命題。その答えには、あの夜を越える力があるのだろうか。

 

そして、その答えの先には………

 

 

「提督! 総員準備完了いたしました!」

 

 

「!!」

 

 

 リュウトの思考を断ち切ったのは、最先任である武装隊小隊長の声だった。その声に、リュウトは自分が珍しく深く考えに耽っていた事に気付いた。戦場では考えるよりも動けと教えられ、思考は必要最低限に抑えよとその身に叩き込まれた自分が、ただ一つの咆哮にそこまで考えを巡らせるとは思いもしないことだった。

 

 部隊の者からすればそれほど長い時間ではなかった事もあって、リュウトがマンティコアをひたすら見据えていたようにしか見えなかったのだろう。それ故、彼らの表情には疑問の色は無かった。或いは、自分たちにマンティコアと戦う覚悟を決める時間を与えたと思われているのかもしれない。

 

 自分はそこまで戦いに身を浸していると思われているのだろうか?

 

 その自嘲気味な考えに、リュウトは内心苦笑を浮かべた。確かに僅かばかりの戦の才はあるかもしれないが、自分が欲しかったのはそんなものだったのだろうか。

 

 

―――否。

 

 

 リュウトは部隊全員の視線が自分に向いているのを確認し頷くと、その手に自らの剣を出現させる。輝く二つの光に包まれ、彼の戦友にして唯一無二の剣たちはその主に身を委ねた。

 

 それを握り締め、リュウトは再びマンティコアに視線を戻すとラファエルの切っ先をマンティコアに向ける。

 

 

―――自分の欲しかったのは……

 

 

「行くぞ…!」

 

 

―――明日!

 

 

「総員、戦闘を開始せよ!!」

 

 

 時空管理局対マンティコア攻撃隊主力部隊、戦闘開始。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「主力部隊、マンティコアと接触しました!」

 

 

 ブリッジに響き渡るエイミィの声に、リンディは主力部隊の戦況を示すモニターに視線を向けた。

 

 そこには主力部隊がマンティコアに向かって一直線に飛び込んでいく状況が映し出されている。

 

 主力部隊の役目はマンティコアを足止めすることだった。その為にはマンティコアに対して一定の距離を保ち、間断ない攻撃によって対象を釘付けにする必要がある。

 

 マンティコアが鍵によって呼び出す魔法生物は、マンティコア自身の周囲にも多数出現している。それこそ戦闘能力が高いと思われる種類の魔法生物は、殆どこの場に出現していると言っていいだろう。だが、それはここだけではない。

 

 マンティコアから離れた場所に展開している教導隊率いる部隊でも、魔法生物との戦闘が激化している。彼らの中心たる戦技教導隊の面々は、自分たちの部隊の面目躍如とばかりに敵性魔法生物を薙ぎ払っているが、その数は減る事はない。むしろ彼らを脅威と感じているのか、その数は増え続けているのだ。

 

 さらには、第149観測指定世界の周辺世界でも魔法生物の出現が確認されていた。鍵が取り込まれた事により移動しなくなった為、その出現範囲こそ限られたが、その密度は決して低く無い。

 

周辺世界では時空管理局の地上部隊をはじめ、聖王教会の教会騎士団も戦闘に参加している。後方に近い場所では各訓練学校から選抜された訓練生までも後方支援に出ているという。

 

 マンティコア以外の生物ならば、ある程度の戦力を持った部隊ならそれほど脅威とは成り得ない。だが、数が違いすぎた。

 

 確かに魔法生物を無力化する事は容易い、それだけの人数がいるのだ。しかし、倒しても次の瞬間には別の魔法生物がその穴を埋めてしまう。それによって、各戦線は膠着状態に陥っていた。あわよくば中心部である世界に魔法生物達を押し戻そうと考えていたが、これでは現状を維持するだけで精一杯だろう。

 

 

「艦隊司令より命令が下りました。『艦隊はマンティコア周辺に出現する魔法生物に対して軌道上からの攻撃を行う』」

 

 

 艦隊司令からすればそれが精一杯の策だった。

 

 マンティコアに直接攻撃を仕掛けても意味はない。それどころか転移を早めてしまう可能性もあるのだ。最初の砲撃のエネルギーは全てが吸収された訳ではないが、あの砲撃を受けて健在だったという事実だけで、これ以上の攻撃を躊躇わせるには十分だった。下手に攻撃を加えて相手にエネルギーを与え、能力を回復させて、よりエネルギー吸収効率が上がってしまえば、それこそ取り返しのつかないことになるだろう。

 

以上の理由から、艦隊は援護以外の手段を持っていないのだった。

 

しかし、彼らの考えとは裏腹に、マンティコアは軌道上の艦隊こそが現状最大の脅威であると見做していた。自分に加えられた攻撃がそこから放たれたということが、マンティコアにも分かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八神はやてが経験した実戦はそれほど多くはない。

 

闇の書の闇との戦いを経て幾つかの実戦をこなしたが、未だに素人といっても差し支えは無いだろう。それでも彼女はこの戦いにおいて足手まといとはなっていなかった。

 

自分に出来る事をする。

 

言うだけなら簡単だが、出来る事と出来ない事の判断がつきにくいというのも人間の特徴だった。だが、彼女は守護騎士たちに助けられながらも自分の出来る事を精一杯やっていた。

 

彼女が持つデバイス<B2U>は彼女の力となるべく組み上げられたデバイスで、彼女以外には使うことは出来ない。例外があるとすれば製作者ぐらいのものだろうが、それでもテストを行う程度が限界だろう。

 

<B2U>の最大の特徴は、やはり使用者のリンカーコアに刻まれた多くの魔法を読み取る能力だろう。それこそがこのデバイスの根底といってもいい。

 

ミッドチルダのストレージデバイスでありながらベルカ魔導式にも対応し、なんら問題なく行使できるというのは意外と製作者を悩ませたものだ。単純にアームドデバイスを造るのとは訳が違う。100%とは行かないまでも、リンカーコアに遺された魔法を実戦において全く問題ないレベルで魔法を行使するという目的のみに特化し、それ以外の能力では数世代前の量産型デバイスにすら劣るというのがこのデバイスだった。

 

だが、それは持つべき人間が持つことで問題点ではなくなる。

 

真に持つべき主の手にある限り、その力は現行最高のストレージデバイスである<デュランダル>に勝るとも劣らない。

 

ただ読み取り、増幅し、顕す。それだけを求められ、それ以外に行えないデバイスだからこそ、それ以外では負けるものの無いデバイスなのだ。

 

補助目的の準人工知能は付与されているが、それは明確な意識を持っているわけではない。人工知能はあくまで補助で、インテリジェントデバイスほどの能力を持たされている訳ではないからだ。

 

だが、その人格は意思とは呼べないほどおぼろげながらも、今自分を剣として災厄と戦い続けている少女を気に入っていた。

 

このデバイスのために構築された仮想人格だからこそなのか、それとも同じデバイスを元にして造られた<月光>のように、この自分にも機能最適化ためにある程度人格成長する機能が備えられているのかは分からない。

 

だが、随分自らよりも生まれた兄弟である<月光>ほどの意識を持たない彼には、その答えは出なかった。

 

ただ、これだけは理解していた。

 

自分の役目はそう長くない、この少女が持つべき存在は自分ではなく別のモノだ。

 

でも、それまではこの少女を守ろうと思う。

 

それこそが、自分の使命であり……なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「シグナム!」

 

 

 自らの主である少女の悲鳴のようなその声に、目の前に現われた赤竜を一刀の下に斬り裂いたシグナムは、何があったのかと彼女が見つめている先にいるであろうマンティコアに視線を向けた。

 

 

 

「なッ?!」

 

 

 その彼女の目に飛び込んできたのは、様々な戦場を駆け抜けてきた彼女の予想を超える光景だった。

 

 口の悪い者の言葉で言うなら、度肝を抜かれたと言ったところだろうか。

 

 少なくとも、その顔に驚きの表情を与えるには十分なものだった。

 

 

―――キャアアアアアァァァァァァァァ!!!

 

 

 今までとは違うマンティコアの咆哮と共に、その背部が大きく割れたのだ。その裂け目はやはり赤黒いが、それ以上の何かを孕んでいるように見える。少なくともシグナムにはそう見えた。

 

 武人としての経験が、記憶が、彼女に緊張を強いる。

 

 

(何を…?)

 

 

 マンティコアの謎の行動に、主力部隊全体の動きが僅かに鈍化する。しかし、次の瞬間には不測の事態に備えて全員が身構えた。

 

 だが、マンティコアが狙ったのはシグナムたちではなかった。

 

 

「―――!! まさか?!」

 

 

「ッ?!」

 

 

 マンティコアの動きを注視していたクロノとリュウトが同時に空を仰ぐ、その視線の先には自分達が乗ってきた艦隊がいるはずだった。同じ答えに行き着いた何人かの部隊員も、同じように空を見上げている。

 

彼らの表情に隠しきれない焦燥があった。

 

 彼らのその仕草に合わせた訳ではないだろうが、マンティコアは彼らがその答えに至るのを待っていたかのように体を震わせる。その動きは明らかに何かを意図しているものだった。

 

 その動きに、クロノが緊急用の通信機に向かって吼える。

 

 

「アースラ!! 緊急回避だ! すぐにマンティコアの射線から離れろぉッ!!」

 

 

―――キャアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァッ!!!

 

 

 その声が終わったのを待っていたかのように、マンティコアはその背部の裂け目より巨大な光を放った。それは射線上にあった空気と雲を吹き飛ばし、主力部隊を明るく照らし出す。

 

 さながら巨大な塔の様に天空へと聳える光の柱。

 

 それを止められるものなど、ここには居るはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「艦長! マンティコアに高エネルギー反応ですっ!」

 

 

「何ですって?!」

 

 

 エイミィの声にリンディは地上のマンティコアを移すモニターに目を向けた。そこには背部を割り、その身を震わせるマンティコアの姿があった。

 

 最初は地上部隊に対する攻撃だと思い、地上にいる若き魔導師たちの事を心配したリンディだが、それが間違いだとすぐに悟る。

 

 

―――彼のモノは、こちらに照準を合わせている!

 

 

 それに気付くと同時に、旗艦と地上より同時に通信が入った。

 

 

≪艦隊全艦、射線上より退避だ!! シールド全開!! 撃ってくるぞ!≫

 

 

『アースラ!! 緊急回避だ! すぐにマンティコアの射線から離れろぉッ!!』

 

 

 その声に、リンディは声を張り上げる。

 

 それは艦長としての経験と、魔導師としての本能が導いたものだった。

 

 

「シールド出力全開! 機関最大! 緊急回避!!」

 

 

 リンディの命令を受けて、すぐにアースラの巨体が動き出す。それは艦隊全てが同じだった。各々の艦長の命令を受けて回避行動に入る艦たち。

 

 間に合うか? そう考えたリンディの脳裏には今は亡き夫の面影が浮かんだ。かつて闇の書と共にアルカンシェルの光に消え、数多くのクルー達を守った亡夫。

 

 心に浮かんだクライドの顔は、笑っていた。

 

 大丈夫だとでもいうように、彼はリンディに笑みを見せる。

 

 それがマボロシだと分かっていても、彼女には一つの確信を与えた。

 

 

―――まだ、何も終わっていない!

 

 

そして、地上からの光が艦隊に突き刺さる。

 

天空を穿つ閃光の巨塔は、過去の銛となって現在に突き立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「母さん! エイミィ!」

 

 

 クロノの叫び声がリュウトの耳に入った。だが、リュウトがすべき事はその声に答えることではない。

 

 あれほどの出力を持った攻撃が放たれれば、周囲もただでは済まないのだから。

 

 

「総員、対衝撃防御!!」

 

 

 リュウトの声とほぼ同時に、彼らの居る場所に衝撃波が到達する。その衝撃波は彼らが予想したよりも遥かに強大だった。その証拠に、彼らの周囲では防御手段を持たない魔法生物達が、次々とその身を空に投げ出しているのだ。

 

 その予想外の衝撃に、部隊員の何人かは吹き飛ばされそうになるが、それでも何とか防御体勢を取り暴風に耐えているようだ。

 

 未だ戦いに慣れていないはやてはザフィーラによって守られ、予想以上の勢いに吹き飛ばされそうになったフェイトを、近くにいたなのはが自慢の防御魔法で庇っているのが見える。

 

 アルフはシャマルと共に負傷した部隊員達を結界で包み込み、荒れ狂う暴風に耐えている。

 

 シグナムたちは各々防御体勢を取り、部隊員たちと共にこの衝撃に耐えているようだ。

 

 リュウトとクロノも同じようにバリアを展開して、防御が遅れた数人を守っていた。

 

 クロノは別の心配事もあるだろう。先ほどからの衝撃波の影響か通信が途絶している。アースラの無事が分からないのだ。

 

 様々な葛藤を胸に衝撃に耐え、それが過ぎ去ったとき、彼らには新たな戦いが待っている。そこにいる全ての人間が同じことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃあああッ!!」

 

 

「うおおッ!」

 

 

「ぐうう…!」

 

 

「うう…」

 

 

 地上からの攻撃によって荒海の小船のように揺れるアースラのブリッジで、リンディたちは必死でコンソールや椅子に掴まってその揺れに耐える。

 

 殆どのモニターにはノイズが走り、防御シールドが火花を散らしているのが艦外モニターに映し出されている。そのモニターにもやはりノイズが走っていた。

 

 緊急用のシステムが作動したのか。艦内の全てに非常灯が点り、重要施設に近い場所のシールドが強化される。

 

 だが、アースラの揺れは収まらない。揺れる中で何とか顔を起こして正面のモニターを見たリンディの目に、この艦と同じように漆黒の宇宙を貫く光に翻弄される艦隊の姿が映った。致命的な損傷を受けた艦は無いようだが、どの艦も同じようにシールドが赤熱している。

 

 それほどまでに膨大なエネルギーがこの光には宿っているのだ。リンディは改めてマンティコアが途轍もない存在であると認識した。

 

 ある程度の間隔を置いて布陣していた艦隊を、こうも易々とまとめて突き崩すなど、並みの攻撃では不可能だ。光からそれなりに離れた位置にいるはずのこのアースラですらこれほどの衝撃を感じているのだから、より光に近い位置にいる艦など、どれ程の揺れになっている事か。

 

 地上でも大きな衝撃波が発生しているだろう。地上部隊は大丈夫だろうか。リンディは必死で耐えながらそんなことを考える。これほどの敵を相手にするのは、自分であっても二の足を踏むだろう。

 

 

(みんな、頑張って…)

 

 

 今の彼女には、彼らの無事を祈る事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 発射より十数秒後、艦を揺らしていた光が消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いたたた…。ああもう、コブになっているぅ」

 

 

「コブ程度で済んで万々歳だろうが」

 

 

 そんなことを言い合いながらエイミィとランディが艦の状況を掴むべく、コンソールに向かう。

 

 艦隊とも連携を取り直さなくてはならないだろう。もはや戦列はズタズタで、艦隊の各艦は散らばってしまっている。まさか軌道上にいる艦隊に対して有効な攻撃手段を持っているとは、艦隊の首脳部たちも予想していなかった。その対処策も考えなくてはならないだろう。

 

 だが、リンディの思考は悲鳴のようなアレックスの声で遮られた。

 

 

「再びマンティコアに高エネルギー反応です! これは…!」

 

 

「どうしたの?」

 

 

 リンディは努めて冷静にランディに問い掛ける。これ以上何が起こったとかと内心では不安だったが、クルーたちにそんな顔は見せられない。

 

 ランディも彼女の内心には気付かずに答えた。その声は、僅かに震えていた。

 

 

「転移の予兆と思われます!」

 

 

「まさか…!」

 

 

―――まさか、マンティコアは艦隊が自分に攻撃できない条件を作るために攻撃を?

 

 

 リンディの考えは正しかった。艦隊としての戦闘能力を喪失している現状では艦隊から有効な手は打てない。それどころか各艦の艦長以下クルーたちも艦を戦列に復帰させるだけで精一杯だろう。

 

 だが、地上部隊はそうではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員無事か?」

 

 

 周りにいるであろう部隊員たちに向けられたリュウトの声に、周囲から肯定の声が返ってくる。

 

 先ほどの衝撃波で魔法生物たちも吹き飛ばされたのだろう。軌道上の艦隊を直接攻撃できるような出力での衝撃波は、近距離においては大型の魔法生物でも耐えられまい。

 

 それを証明するかのように、リュウト達の周囲から魔法生物たちはほぼ一掃されていた。それだけではない、地上にあったほぼ全てのものが吹き飛ばされている。

 

 リュウトは改めてその驚異的な能力に戦慄した。かの災厄は自分たちの予想のはるか上をいく、このままでは自分達が足止めをすることは出来ないかもしれない。

 

 通信により艦隊の無事こそ確認できたが、マンティコアの目的はそんなことではなかった。

 

 

「マンティコアが…!」

 

 

 その声は誰のものだったか。その声によって視線を上げたリュウト達の前に、その深紅の瞳を煌々と輝かせるマンティコアの姿があった。そして、その身に高出力のエネルギーが集束していくのを誰もが感じ取る。

 

 そして、マンティコアが何をしようとしているのか。そこにいたほぼ全員が同時に思い至った。

 

 

―――空間転移。

 

 

 それは自分たちの敗北を意味する。

 

 ここから転移したマンティコアがどこに行くのかは分からない。だが、その先に待っているのは命が掻き消えていく光景だけだった。

 

 だが、彼らはそれを防ぐためにここに居る。

 

 たとえ相手が何だろうと、やるべき事は目も前にある。

 

目の前にいるのが過去の人間の罪の証だとしても、それに殉じる義務は今の命にある筈はない、あってはならない。

 

そして、そんなことを許すつもりも無い。

 

 

「クロノ! 周辺部隊に連絡。特殊強装結界、展開!!」

 

 

「了解!」

 

 

 リュウトの声に答えたクロノも、なのはも、フェイトも、はやても、守護騎士たちも、アルフやユーノも、そして主力部隊の隊員たちも、皆同じように、決意に満ちた表情をしていた。彼には出来る事がある。やるべき事がある。そして、望む事がある。

 

 ここで諦める者など、一人としていない。

 

 それは、この戦いに参加している者全てが同じだろう。

 

 リュウトが過去の罪過(マンティコア)に目を向けたとき、彼らの戦場を包み込むように結界が展開された。

 

 その空間が結界に閉ざされた刹那、マンティコアに集まっていたエネルギーが消失していく。結界により、転移が妨害された証拠だった。

 

 

―――キャアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァッ!!!

 

 

 自らの転移が防がれた事に気付いたのだろう。マンティコアが結界内に残る管理局部隊にその視線を向ける。

 

 その紅き目には、自分に逆らう矮小な存在に対する怒りがある。

 

 だが、魔導師達がその視線に怯える事はなかった。

 

 彼らには、進むべき未来があるのだから………

 

 

―――キャアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァッ!!!

 

 

 マンティコアのその咆哮が、新たな戦いの始まりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第八話につづく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜あとがき〜

 

皆さんこんにちは、悠乃丞です。

 

 何とかここまできました。皆様の応援のおかげでございます。

 

 書いてる途中でなんか別の作品じゃないかって思ったりもして、これは魔法少女じゃないかもしれんとか、ちょっと考えたりもしました。でも、アニメのスターライトブレイカー(闇の書バージョン含)を見て以来、こういう派手な話を書いてみたかったのですよ。

 

 地表からマンティコアが光線ぶっ放すシーンは、なんとなくマ○ロスのグラ○ドキャ○ン…。でも、あそこまでやばくは無いですよ。あんなん撃たれたら、きっとアースラ堕ちます。というか、サイズ的に無理だろうけど。このあたりはSF以外の何物でもないや。

 

 A’sの最後で戦った闇の書の闇とは、マンティコアは機能的に随分違います。無限再生機能に似たものはありますが、あれは人間が傷を治すのと変わりはありません。ただ、規模が違いすぎるだけで…。更に言えばマンティコア自体はロストロギアでも無いですしね。

 

 

 さて、次回は最終話に向けてラストスパート!

 

 二話同時更新になったらどうしよう…、すでになりそうだけどね。

 

 それでは皆さん、次回のお話で会いましょう。

 

 

 

 

 ちなみに、今回から正式に次回予告らしきものを入れることになりました。

 

 

 

 

 

 

 強大な力で少女たちを翻弄するマンティコア。

 

 だが、少女たちは決して諦めることなく、自身と大切な人々の未来のために戦いを繰り広げる。

 

 しかし、そこに届く凶報は、彼女たちに新たな戦いへの扉を用意した。

 

 自らに出来る事をすると決意した少女達に危機が迫るとき、青年の心に浮かぶのは過去の悪夢。

 

 今の自分は、果たして護れるのか? 護る資格があるのか?

 

 その先にあるのは果たして明るい未来か、暗き破滅か………

 

 

 

 次回、魔法少女リリカルなのは―――暗き瞳に映る世界―――

 

 第二章 

 

第八話  〈悪夢〉

 

 

 青年の心に去来するは、唯一つの温もり……

 




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に下さると嬉しいです。