鬼神 オニガミ       逢魔が時〜それは魔物の時間〜

















  それはとても貪欲で、汚らわしい闇だった。

 俺は鉤爪に変化させた腕を振るい、その闇に襲い掛かる。

 それを合図に二人の男が刀を持って、共に攻撃を繰り出した。

  闇は一人の女童を贄にして、この世界に溢れ出してくる。

 殺すしかないと分かっているが、それが出来なかった。

  “あいつ”が悲鳴に似た声で咆哮している。

  何を苦しんでいるんだ俺は。

 一番苦しいのは俺ではなく、“あいつ”のはずだ。

  それを思い出し、俺は涙を流した。

 なんでこうなってしまったんだ、と。

  女童が悲しみに満ちた瞳で、あいつを見つめた。

 そして、言うのだ――― 『なんで助けてくれなかったの』と。




 「それ以上! その顔と声で、囀るなッ!」




  『あいつ』が怒りではなく悲しみと苦しみに満ちている声で叫んだ。

 鬼殺しを振るって、何度も何度も黒い闇を斬る。

 だがそれ以上に、彼は手傷を負っていた。

  闇の攻撃は数十回に一度ほどの割合で、斬撃の結界を抜けて彼を傷つける。

 既に『あいつ』の体はぼろぼろで、もう人外の生命力でも限界が近い。

 だがそれ以上に、彼の心が先にまいってしまう。

  たとえ肉体が人ではなくとも、心までそうとはかぎらないのだから。




 「おおおおおおおおォォォオオオォォォオオオオ!」




  吼えながら俺は闇へ突撃する。

 闇は少女の声で笑いながら、襲い掛かってきた。

  俺は―――――………………











 「――――――!!!」




  声にすらなっていない悲鳴を上げながら、優はベットから跳ね起きた。

 爆発しそうなほどの勢いで心臓が動く、体はまるで血が溶岩になったかのように熱い。

 その灼熱の感覚事態、圧倒的な恐怖を感じた。

  今見ていた夢のせいだ。




 「クッ――― は、はぁはぁはぁ…………」




  顔面を鷲づかみにして、優は荒い息を整える。

 世界がまるで溶けかけた飴のように歪んで見えた。

 先ほどまで見ていた夢が現実と混ざり、どこまでが夢か分からなくなっている。

  それはまるで自分が壊れていく過程のようだった。

 鷲づかみしている手に力が込められる。




 「これは、現実だ。 アレは、夢――― のハズだ」




  自分に言い聞かせるように、無理やり自分を納得させるために呟く。

 ―――ガチガチガチガチガチ―――

  何かが硬いものがぶつかる音がする。

 すぐにそれが何なのか、優は悟った。

 ガチガチ鳴っているのは自分自身の歯に他ならない。

 歯の根がかみ合わない――― 怖い、どうしょうもなく、怖い。

  すぐに暗闇が恐ろしくなり、優は目をつぶった。

 一瞬でも早く、朝が来ることを祈りながら―――











  竜伊がゆっくり部屋の扉を開けて、それよりもさらにゆっくりと部屋の中へ入り込んだ。

 そして部屋の中を見渡そうとした瞬間、彼の首に小太刀の切っ先と拳銃の銃口が押し付けれる。

 脳裏に自己否定の論理を組み立てようとした竜伊だが、すぐにそれを無意味化させて放棄した。

 考えれば連絡無しで来たのだから、この程度は我慢するべきである。

  二人の武器を持つ少年を確認してから、竜伊は話しかけた。




 「酷い挨拶だな鶴来、それに朧」

 「僕たちのやっている事は、それぐらいの警戒を必要とするんだよ。
  どんな姿をしているのかさっぱりなんだから、もし貴方の姿で現れても驚かないさ」




  拳銃“マテバ”を竜伊へと向けていた男、朧はそれだけ言って椅子に座った。

 弾倉の弾丸を竜伊に見せ付けるように地面にばら撒き、彼は帽子を脱ぐ。

  黒い髪の中に、一束だけある日の光を思わせる金髪が酷く印象に残った。

 それ以上に落ち着いているというか、気だるいといわんばかりのやる気の無さの方が目立つ。

 情熱や根性などの言葉がこれほど似合わない男は、そうそういない。




 「そもそも連絡も無しで何のよう」




  小太刀を持った青年、鶴来が小太刀を鞘に収めながら言う。

 目をつぶったまま、彼は難なく刀を納めた。

  彼は長い銀色の髪を持っている、それが彼に幻想的な雰囲気を与えていた。

 だがそれ以上に、その銀は刃物の輝きを思わせる。

 彼自身の気配も鞘の中で息を潜めているそれに酷似していた。




 「はっきり言うぞ、今回の鬼の発生。 あいつらが関わっているんだろう?」

 「へぇ――――― 正解だよ竜伊。 クリスだ、アイツが薬を作ってばら撒いている」

 「尾川が知ったら飛んでくるだろうな」

 「彼が何をできるっていうんだい。 神魔を封じた鬼神はもう世界者とは戦えないよ」




  朧が拳銃を分解しながら冷たく言い切った。

 その言葉が事実とは言え、尾川がクリスを追う理由を知っている竜伊の心境は複雑だ。

  竜伊の内心を知ってか知らずか、朧が拳銃を整備する手を止めた。

 鶴来もゆっくりと閉じている目を開き、竜伊を見つめる。




 「妻の仇討ちもできないってわけか―――」

 「おなじ夫としてか、止めておけ。 彼の憎しみも悲しみも彼自身も物だ、他人が悲しむのは哀れみにすぎない」

 「それは分かっているが」




  部屋の隅に置かれていたパイプ椅子を持ってきて、竜伊は壁を背にして椅子に座った。

 この部屋に彼らの干渉はありえないが、万が一という事もある。

 そんな竜伊の様子を見て、朧は笑いながら言う。




 「警戒しすぎだって竜伊、貴方は完璧に彼らの追跡を振り切っているさ」

 「朧、希望的観測は捨てろ。 常に最悪を考えて動け」

 「分かってだろ、鶴来。 竜伊はそんなつまらないミスはしない男だよ」

 「―――そうだな」




  鶴来が何処からか二枚の紙を取り出した。

  何のことは無い、彼は無造作に空間に右腕を突っ込んだ。

 そしてその空間から紙を取り出したのである。




 「別空間につながっているのか?」

 「空間位相をずらしてあるだけだよ、紫色の友人がいるからね。 ちょっと彼に頼んだんだ。
  説明はさっぱりだったけど、六次元とか七次元の方向にこの空間は存在するらしいよ」




  紫色の友人とは、紫の魔法使いか魔術士に他ならない。

 だが問題はほぼ全ての紫が『霧龍の屋敷』にいる事だ。

 屋敷の外にいる紫など、少なくとも竜伊は知らない。

  鶴来が取り出した紙を竜伊の手に押し付けた。

 そして彼らは部屋から出て行こうとする。




 「何処へ行くつもりだ?」

 「俺たちもそろそろ仕事なんで、それとあまり怒るなよ」




  鶴来が部屋を出て行くと、朧が彼の後を追って部屋から出て行った。

 竜伊は受け取った二枚の紙に目を通した。

  一枚目をゆっくりと見て、二枚目に目を通す。

 二枚目を見終わる頃には、竜伊の中には隠しようの無い怒りが煮えたぎっていた。




 「こんな……… こんな事を正気で考えているのかッ、アイツらは!」




  紙を地面に叩きつけ、竜伊は駆け出した。

 地面に叩きつけられた二枚の紙は、すこししてからゆっくりと、自分の置かれていた別次元へと帰還し消滅した。











 「おはよう」

 「おはよう、ってどうしたの優。 顔色が悪いわよ?」

 「ちょっと眠れなくて………」




  一階に降りてから優は冬未に言われた事を気にして鏡を見ていた。

 くまなどはっきり見えるようなモノは無いが、自分自身にも何処と無く疲れて見えるような顔をしている。

 こんな顔をしていれば心配されるのは当たり前だ。




 「馬鹿だな、単なる悪夢じゃないか………」




  言ってみてから、優はその言葉の無力さを理解した。

 単なる悪夢では無いからこそ、あそこまでの恐怖に震えたのだ。

 朝になったからと、悪夢にできるような品物では無かった。

  妹の舞がその優の様子を階段から見ている。

 感情をほとんど出さない彼女だが、今の優を見つめる瞳には悲しみがあった。

 だが彼女が目をつぶり、開いた時にはその悲しみは消え去っている。

 そしていつものように優へと話しかけた。




 「おはよう、おにいちゃん」

 「ああ、おはよう舞」




  舞は階段を下りて優の前にたった。

 身長差があるため、舞は顔を上げて優の顔を見る。

 そして眉をひそめた。




 「悪い夢でも、見た?」

 「―――――!?」




  舞がぽつりといった一言に、優は過剰な反応をしてしまった。

 そんな優の反応を何時のも無表情で見つめる舞。

 そして、舞は口を開いた。




 「夢は夢、朝日と共に消えるモノ、だから怖がらなくていい」

 「………舞?」




  それだけ言って舞は食事をするために歩き出す。

 舞にまで夢は夢といわれ、優は恐怖していた自分が馬鹿馬鹿しく思えた。

  ゆっくりと舞は優を振り返り、すこしだけ微笑んだ。

 その笑みはまるで夜の闇の中、大地を照らす淡い月明かりのよう。

 だがその笑みはすぐに消え、舞は普段の舞らしく食卓についた。


















 「えっと、で、クリス? 僕の任務はそれでいいの?」

 「ええ、その通り。 君こそこの任務を成功できる唯一の人材。
  だからこそ君にその鬼殺しと高純度高濃度の『闇の水』を渡せるんだ」




  まるで芝居でもしているかのように、わざとらしい態度でクリスは語る。

 その言葉には致死量の毒に匹敵する忌々しさがあった。

 言葉こそ礼儀正しいが、その中身は救いようの無い糞外道だと少年は思う。




 「君は死ぬだろうねぇ」

 「分かっている」




  少年は顔色一つ変える事無く、その鬼殺しを手に取った。

 その妖樹を削りだし作られた鞘は、何処と無く不快な妖気を放っている。

 いや違う、鞘からもれているのは妖気ではなく純粋な殺意だ。

  鬼殺しは鬼を殺すためだけに作られた妖刀である。

 性質は聖剣や神剣に近いのに、その内包する力は妖刀や魔剣と呼ぶにふさわしい。

 現に手に持っている鬼殺しは壱拾五と中級程度であるが、触れた少年の鬼に反応し、少年の鬼そのものを食い殺し始めていた。

  すぐに用意していた特殊な布で鬼殺しをぐるぐる巻きにして、その上から札を貼り付ける。

 それにより鬼殺しは沈黙した。




 「あれあれ、大丈夫かい。 けっこう深く喰われたみたいだけど」

 「すぐに再生する、問題は無い」

 「そうかそれならいいんだ、問題は無い、大いに結構、うんうん」




  しきりにうなずくクリス。

 その演劇じみた行動に、無性に苛立ちを少年は積もらせる。

  もう一瞬たりともこの男と一緒に居たくなく、立ち上がった。




 「もう行くのかい? ああそうだ、一緒に食事でもしないか」

 「遠慮させてもらう、僕は人間の食い物しか食えない」

 「それは残念ですねぇ。 ああ、それと特別製の『奇襲』を持って行きたまえ。
  『犠牲』よりいい出来だと宣言できる完成度を誇っているよ」

 「それなら遠慮なく使わせてもらう」




  少年は闇から這い出してきた異形を従えて出て行った。

 その背中を見て、クリスは歪んだ笑みを浮かべる。

 笑みは猛毒を連想させた。


















  学校へ続く坂道を、優は一人で歩いていた。

 普段、紗美や真紀が学校へ行く時間より、かなり早い時間のため彼女達の姿は無い。

  空気はまだ冷たいが、日光に当たった部分がジリジリと熱くなっていく。

 その感覚を楽しみながら、優はゆっくりと道を進む。




 「おはよう優君」

 「ん――――」




  後ろから名前を呼ばれ、優は振り向いた。

 そしてその少女を見つける。

  薄い青の髪、そして同色の瞳、彼女は間違いなく同じクラスの真風弓だった。

 そういえばいつも彼女は優の来る前に教室にいる。

 おそらくこの時間帯に登校しているのだろう。




 「おはよう真風さん」

 「珍しいね、一人で登校なんて」

 「普段よりかなり早いからね」

 「一人で寂しくない?」




  顔を近づいて、弓は優の瞳を見ながら言う。

 突然見詰め合う事となった優は、恥ずかしくて顔を赤く染めた。

 弓は学校の中でもかなり上位にいる美人である。

 つまり、女性にあまり免疫が無い優にはけっこうきつい。




 「な、なにを言ってるんです! 俺は子供じゃありません」

 「子供扱いじゃ無いけど、何か寂しそうだったから」

 「………………はぁ?」

 「昨日の晩御飯はうどんでした」

 「関係ない上に聞いてません、そんな事」




  突然、晩御飯の話をしはじめた弓に冷たく言い放つ。

 彼女はクラスでもマイペースと有名である。

 突然話題を変えられたら話を合わせてはいけないという事を、クラスのメンバーは身をもって知っていた。

 具体的には脱力という形で。




 「最近みんな冷たいよ」

 「自覚なしか………」

 「…………?」




  可愛らしく首をかしげ、弓は不思議な話を聞いたかのような顔をする。

 優は彼女に自覚の欠片すら無いと知り、ため息をつくほかなかった。

 あまり弓と会話した事はないが、話した人間がほぼ全員脱力する理由が分かった気がした。




 「話を戻すけど、寂しくないの?」

 「戻さなくていいですよ」




  心底嫌そうな口調で優は言うが、弓には効果が無いようだ。

 なにやら楽しそうな笑みを浮かべて、優の顔を覗き込む。

 突然、顔を近づけられた優の顔は先ほどよりも赤く染まった。




 「ゆ、ゆゆゆ、弓さんッ!?」

 「一緒に行こう!」

 「あ、え、ええ、え!?」




  驚いた優が何かを言う暇も無く、弓は優の手をとって歩き出した。

 弓から匂ってくる甘い香水の匂いに、優は赤面する。

 だがそれ以上にこのままだと一緒に登校するという事に気づき、慌てて離れようとした。

 しかし弓の力は思った以上で、振り払うことが出来ない。




 「―――分かった! 一緒に行くから手を離して!」

 「嫌」

 「うわぁ! 俺の切実な願いを一言で一刀両断しやがった!?」




  必死に離れようとする優を軽くあしらって弓は歩む。

 狼狽している優とは対称的に、口笛を吹いてとても楽しそうだ。

 いやスキップまで始めており、間違いなく楽しんでいる。




 「だから離してって!」

 「―――へぇ、それじゃ何でそんなに嬉しそうな顔をしてるんだ?」

 「そりゃ弓さんは美人だしスタイルいいし」

 「へぇ………」

 「あ………」




  一気に周囲の温度が下がった気がした。

 優はまるでブリキの玩具のような動きでゆっくりと、本当にゆっくりと振り向いた。

 そこには、笑顔なのに何故か震えるほど怖い紗美が仁王立ちしている。

  一瞬で血の気が引いた。




 「さて……… 言い訳はあるか、優?」

 「別に悪事を働いたわけではありませんと思います姫様!」

 「死刑」

 「うわぁ!? 弁護士はいないのか!」

 「弁護士真紀はいない、故に俺がルールであり死刑執行人だ!」




  制服に似合わないライダーグローブをはめて、ゆっくりと紗美は歩いてくる。

 だが彼女は歩みを止めて、口を開いた。

  なぜなら優と紗美の間に、この事態の原因である弓が割り込んできたからである。




 「邪魔すんな、弓」

 「相変わらず元気ですね紗美」




  微笑んでいる弓と、怒りをあらわにする紗美。

 優には一瞬、龍と虎がにらみ合っているかのように見えた。

 いや、確かに片方はサラマンダーという立派な竜の眷族だ。

 紗美の気性が荒いのも、それが理由なのかもしれないと優は考えた。

  もちろん、ある種の逃避である。




 「それで……… お前は何をやってるんだ?」

 「恋人と一緒に登校ですが?」

 「何大嘘を言ってるんです!?」




  弓が楽しそうに大嘘を言うのを聞いて、優はとっさに反論した。

 恥ずかしいからではなく、これ以上紗美という炎の中に火薬を投じないためである。

 しかしその切実な願いは意味を成さない。




 「………………………へぇ」

 「な、なんでそんな冷ややかな目で俺を見る!?
  言っておくけど弓さんの言っている事は大嘘だぞ、捏造だぞ、俺は無罪だ」

 「………………」




  ついには無言になる紗美。

 その顔に浮かんだ笑みが、とてつもなく恐ろしい。

 弓はそんな紗美を見てゆっくりと右腕を上げた。

  思わず注目する優と紗美。

 ―――そして。




 「私の勝ちです」

 『なんで!?』




  このとき見事、優と紗美の心は一つとなった。

 弓の理解不能な思考パターンが何を理由に『勝利』を宣言したのかは不明だが、唐突で意味不明なのは確かである。




 「そういう事で景品の荒神優を貰っていきます」

 「俺、景品扱い!?」

 「まてやオラァ」




  優を手を掴んで走り出そうとした弓の前に、紗美が立ちはだかる。

 そんな紗美を見て弓は見せ付けるかのように呆れて見せた。

 もちろん、紗美の怒りはさらに増す。

 まさに“火に油を注ぐ”な状態だった。




 「邪魔しないでください、紗美。 彼の単なる友人に過ぎない貴女が」

 「んじゃテメェは何だよ、単なるクラスメイトじゃねぇか」

 「いいえ、彼が覚えていないだけですよ」

 「え………」




  一瞬、彼女と誰かが被って見えた。

 時代を間違っているかのような巫女服を着て、弓をもった少女。

  ―――俺はその少女を知っていた、その子の名前は―――




 「――――!?」




  優は一瞬、“知らないはずの人”の名前を“知っている”事に絶句した。

 会った事も、見たことすらない少女の名前を何故自分が知っているのか。

 ましてやその少女は、間違いなく“現代の人間”では無いのに。

 だが彼女が自分にとって大事な人間であった事を覚えていて―――

  吐き気を通り越して意識が薄れ、優は地面に膝を突いて倒れそうになる。

 それに驚いた弓よりも早く、紗美が駆け寄って優が倒れそうな所を支えた。




 「おい優!? 大丈夫か!?」

 「大丈夫だよ、大丈夫………」

 「俺が肩貸すから、保健室へ行くぞ」




  紗美の肩を借りて歩き出す優。

 その後姿を見つめて、誰にも聞こえないぐらい小さな声で弓は呟いた。




 「嗚呼残念、もう少しだったのに」




  言っている事とは裏腹に、彼女は自分の思ったとおり進んでいる事態に微笑みを隠せないでいた。

 もしそれを優が見ていれば顔を青くしただろう。

 それはただ単に嬉しさより来る笑み、そう彼女はそれを喜んでいた。




 「次はもう少し多く、思い出せるといいですね」




  そして彼女は笑みを隠して歩き出した。


















  学校の屋上に吹く風はかなり冷たい。

 それが朝である事が原因なのかは分からないが、そのおかげで誰もいないのだから感謝するべきだと優は思った。




 「いいのか優、保健室いかないで」

 「大丈夫だよもう落ち着いているから」

 「ならいいんだけど……… 話ってなんだ?」




  あの後、保健室の前で優は紗美に話があると言った。

 その時の優の真剣さに“自分達”関係の話としって紗美は人のいない屋上へと来たのである。

  優は紗美に弓に重なって見えた少女の話をする。

 紗美は最初こそ不真面目に聞いていたが、それが優の倒れた原因というところになってくると真剣になった。

 特に知らないはずなのに知っているという所では鬼気迫るものがある。

  そして一通り話し終えた後、紗美は口を開いた。




 「もしかしたら優、お前『転生体』かもしれない」

 「転生体?」

 「ああ、前世の記憶とか全く別の記憶とかを魂そのものに刻み込んでいる人間の事だ。
  ほとんどの場合はすこし思い出す程度だが、酷い時にはその記憶に意思を支配されちまう」

 「……………なんかやばそうだな」

 「たぶん記憶の食い違い、っていうか記憶していない事を覚えているせいで拒絶反応を起こしたんだろう」




  あの少女は、紗美のいう通りに優の刻印された記憶であろう。

 だがそれが何故、弓とタブって見えたのか。

 それがどうしても優にとって気がかりだった。




 「いいか、優。 過去は過去だ、どんなモノでもな」

 「気にするな、って」

 「そうだ、“私みたいになるぞ”」

 「え………」




  紗美はいった言葉に優は驚いた。

 彼女は普段自分の事を“俺”と言っているのに、その時だけ“私”と言ったのだ。

 それにその口調は、普段の彼女と違いすぎた。

  まるで、自分自身に絶望しているような、冷たい声。

  ―――優の背中を寒気が襲った。




 「さ、紗美―――?」

 「ん、なんだ優」




  優を振り返ってみた紗美の目は人間の目では無かった。

 彼女が人外の力を発揮している時と同じ、人外の生き物の目。

  それが紗美の“話したくない”という抵抗そのものだ。

  優はすぐに彼女に聞くのを諦めた。




 「なんでもない、えっと……… そろそろ教室に行こうか?」

 「ああ、そうだな」




  優は紗美よりも早く屋上の扉に手をかけた。

 そして後ろにいる紗美を振り返り、口を開く。




 「俺は聞かないからな」




  紗美は優の言葉を聞いて、小さくため息を突いた。

 優が屋上からいなくなったあとで、空を見上げる。

  どこまでも蒼い空、それが今の紗美には不愉快。




 「くそ、今もイジイジ悩んでるのか紗美。
  いい加減に諦めて楽になっちまえ」




  自分をそう罵って、紗美も屋上から出ようとする。

 そのとき、扉が開いて真紀が屋上へと入ってきた。

  真紀は紗美を見つけると、意外そうな顔をした。




 「この時間に屋上にいるなんて、珍しい」

 「いちゃ悪いのかよ」

 「いいえ、それよりも涙を拭いたらどうです?」

 「―――ああ」




  今頃自分が泣いていた事に気づいて、紗美はその涙を拭いた。

 自分の心と感情がまるで別人になってしまった気分。

 心はもう諦めているのに、感情はまだ悲しんでいる。

  とっくに母に見捨てられているというのに。




 「どうしました紗美さん?」

 「いや ………なんでもない」

 「そう、ですか?」




  そんな心配そうな真紀を無視して、紗美は屋上を出て行った。

 真紀はそんな紗美を見ているときから、心の奥にしまっていた言葉を呟いた。




 「まるで昔の私みたいですね………」



  自分を偽って、心を少しずつ壊して、自分を苦しめ続ける。

 それが唯一の自分ができる事なのだから。

  戦い以外に自分を見つけることが出来なかった、ひとつ前の自分もそうだった。

 真紀はそんな事を考えながら、自嘲の笑みを浮かべる。

  同情する事ができる存在か、私は。

  そんな疑問が脳裏に浮かんだからだ。

 無論の事、自分も原因の一つなのだから。

 しかし、あの人に助けてもらって、私は何をしているんだか………




 「今の私を見たら、怒るでしょうね。 絶対に」




  今思い出しても、その意思の強さは美しいほどだった。

 それと真紀は自分を比べて、ため息をつく。

  情けないとしか思えなかった。


















  学校の授業は、今日も普段のように始まり、普段のように終わった。

 唯一つ、紗美に普段通りの元気さが無い事以外は。

  その原因は間違いなく、朝の会話だと思っている優は複雑な心境だった。

 自分が話さなければ、紗美は決してあんな事を言わなかっただろう。

 アレが紗美の心の内に秘めた寒さだと、優は確信していた。

 何時もの強気の態度も、あの明るさもその底にはあの冷たさがある。

 それが今までの彼女の明るさがメッキだという事を優に語っていた。

 ゆえに、優は紗美に気の利いた言葉をかけられない自分が憎い。

  だから優は真紀が自分の顔を覗き込んでいる事に気づかなかった。



 「優さん?」

 「―――ん、真紀か」



  席で寝ていた優は顔を上げて真紀を見た。

  優には一瞬、彼女が泣いているように見えた。

 がそれは幻で、彼女はいつものように微笑を浮かべている。




 「優さんが放課後に教室にいるなんて珍しいですね」

 「ああ、そういえばそうだな」




  いつも学校が終わればすぐに帰宅するので、優は放課後に教室に居ない。

 けど今日は紗美の事を考えていて帰る事を忘れていたのである。




 「もしかして、紗美さんですか」

 「―――やっぱりわかる?」

 「ええ、あんな様子の紗美さんを見るのは久しぶりですから」

 「え―――?」

 「昔、この町に来て私と仕事をし始めた頃の彼女とそっくりです。
  そう、まるで鞘をなくしてしまった刀のよう―――」




  刀は鞘がなければ壊れてしまう。

 刀は切れば刃こぼれを起こす、そして血を浴びればこびりつく。

 血を拭く紙も、休むべき鞘も無くいつしかその血は刀を錆びさせて、破壊する。

  それは真紀は初めて紗美とあった頃の姿と酷似していた。

  自分の安らぐ居場所を見つけることが出来ず、他人に敵意しか向けられない。

 そして自分を磨耗させていくのだ―――

  その末路は、悲劇以外の何者も待っていない。




 「私の時は時間が解決をしてくれたと思っていましたが、それは表だけだったんですね………」

 「―――真紀?」

 「いいですか優さん、紗美を助けてください。
  私では無理なんです、彼女の傷を癒すのは―――」




  真紀が小さな声で言う。

 悲しいのではなく、それは己の無力さを知っている故。

  自分が助けたかった人を自分では助けられなかったという事が、どれだけ人の心を痛める事か。

 それを、真紀を通して感じた気がした。

 同時に優はそれを知っている気がする。

 そう、それはあの弓に見た“前世の記憶”とよく似ている気がした。


  昔、自分が知らないような昔に自分は同じように救う事に失敗しているのだ。


  優はそう、耳元で誰かに囁かれた気がした。

 それは酷く不愉快で、同時にそれは認めるしか出来ない。

 自分の記憶では無い以上、自分では変えることできないのだから。




 「俺にできるのか―――」

 「………おそらく今、紗美さんがもっとも心を許しているのは優さんです。
  きっと彼女は今の貴方に、私とあった頃の自分を重ねています―――
  だから、私では無理でも、貴方ならできるはず」

 「―――難しい事をいってくれる」




  しかしそれが真紀の精一杯の応援だった。

 難しい事――― それは真紀には不可能な事。

 ゆえに真紀は、たとえそれがどんなに辛く苦しく難しい事でも、優に託すしかない。




 「でも、できるだけの事はするよ」

 「お願いします。 おそらく、今は屋上にいますから………」




  真紀が小さな声でいうのを聞いてから、優は帰り支度の済んだ鞄を背負って駆け出した。

 何処へ行くなど言う必要など無い――― 紗美の所だ。




 「頼みます――― それと、ごめんなさい」



  真紀が誰にも聞こえないほどの小さな声で呟く。

 それは優には届かなかった、自分にすら届いていないのだから………


















  夕日、それは昼の終わりの宣告。

 その美しくも悲しい光景を、夏樹紗美は学校の屋上で見ていた。

 口笛を吹きながら、世界が染められていく様を見る。

  ガタンと音を立てて、屋上の出入り口である扉が開かれた。

 そこから走った事で息を切らせた優が、屋上へと入ってくる。

  紗美は息が荒い優を横目で見て、小さく微笑んだ。




 「何だよ優、そんなに慌てて」

 「真紀からここにいると聞いて、走ってきたんだ」

 「ちぇ、あのお節介」




  口調とその表情は合っていない。

 どこか疲れたようなその表情は、夕日と合わさって悲しげに見えた。




 「で、何しに来たんだ」

 「朝の話、“私みたいになるぞ”って言う事の意味を」

 「………はは、一番言いたくない事なんだけどな」




  柵を背中にして、紗美は優に振り向いた。

 いつもの明るさは無く、優はこのまま紗美が夕日に消えてしまうように感じてしまう。

 それが単なる優も妄想だと、誰が言えようか。

  そう思えるほど、今の紗美は儚げな存在だった。




 「何、過去に囚われて唯一無二の親友を苦しめた愚か者の話さ」

 「さ―――」

 「黙ってくれ、言われたら俺は耐えれなくなる」




  優が言おうとした事を、紗美は止めた。

 思わず優はいいそうになった言葉を、飲み込む。

  言えずはずが無い――― “それは紗美、君の事なんだろう”なんて。




 「そいつは火蜥蜴だった、火竜の子なのに、竜じゃなかった。
  母は何も言ってなかったが、忌々しい子だったんだろう――― 8歳の時にその子は別の人に預けられた。
  子は母に恨み言の一つも言えなかった、母も何も言わなかった。
  一言、言って欲しかった。 そう“産まないほうがよかった”とそう言われれば―――
  そういわれれば、子は親と別離できたのだから………
  親に何も求めないでいられるようになるから」



  語る紗美の口は滑らかだ。




 「子は親にそれ以外の何も求めていなかった。
  本当は愛して欲しかったんだろう、好きであって欲しかったんだろう。
  しかしそれはもらえなかった。
  そのせいか、親から離れた時にその子は荒れた。
  世界の全てが自分を憎んで、苦しめるためにあるとしか思えなかったからだ。
  けどそれ以上に、悲しみを怒りで誤魔化さないと、子は生きていけなかった。
  そして子は自分と共にいた少女に、怒りの矛先を求めた。
  少女は怪我をしても一言の文句も言わなかった。
  けど子は、その少女が怒っていると感じていた、なのに文句の一つも言われない。
  子は、文句を言って欲しかった――― それ以上に自分がいる場所が欲しかった。
  親にもらえなかったものが、欲しかった」




  紗美はそれだけ言って、流れ始めた涙を拭った。




 「ある日、焔使いの吸血鬼と子は出会った。
  その師匠の話で、子はやっと気づいた。
  少女はいつも、自分と一緒に居ることに怒っているわけではなかった。
  子の怒りの姿をした悲しみを、拭えない自分に苛立っていたのだ。
  ―――さぁ、子は気づいてしまった。
  自分のやっていた、過去の鎖のせいでやってしまった過ちに。
  それ依頼、傷まみれの少女の姿を見て、自分の過ちに苦しんだ。
  だから子は強気のフリをするようになった。
  今までの自分じゃ無いと見せたかった。
  少しでもその少女を助けるために―――
  ま――― そんだけの話さ」




  まるでつまらない話をしたかのような口調で言った。

 だがその顔は今にも泣きそうだった、今にもこの場所から消えてしまいそうだった。

 それよりなにより、強い後悔がその顔には浮かんでいる。




 「その少女は子がそう思っている事を悲しんでいるぞ」

 「だろうな、アイツはいい奴だから」




  笑みを浮かべて、紗美は優の顔を見る。

 いまの優は、怒りを浮かべていた。




 「他人に“過去は過去だ、どんなモノでもな”とか言っておいて、一番自分がそれに縛られていてどうする?」

 「縛られているからこそだよ、昔の自分は何も分かっていない子だった。
  過去は過去でも、その存在の歩んできた道である事は変わらないし、な」

 「昔は、か……… なら今なら分かっているんだろう」

 「分かっているなら割り切れといいたいんだろう、分かっているさ。
  でも、今でも思うんだよ。
  母親に自分は、本当はどんな言葉を言って欲しかったのか、って。
  それを考えるたびに、まだ母の事に愛してると言われたい自分に気づくんだ」




  そう言って紗美はもう一度、夕日に振り返った。




 「思えば、真紀も……… あった頃には、もう親がいなかった。
  アイツは俺の通ってきた道を、とっくに越えているのかもしれないな」

 「なら超えられる道だろう、もう下校時刻だ。 ほら」




  優が強引に紗美を自分に振り向かせ、その手を引っ張って歩き出した。




 「おい優ッ!」

 「俺の知っている紗美は、この手を振り切って「自分で歩ける!」っていう奴だ。
  だからこそ俺はお前達の手伝いをする気になった、今更それを後悔させんな」

 「くそ、お前は俺の都合なんて分かってくれないんだな」

 「いつも俺の都合を無視しているお前に言われたくないッ!
  いいから一緒に帰るぞ、お前はもう過去なんて振り切っている。
  今のお前は悲しい物語を思い出して思い出し泣きをしているだけだ。
  だから俺に同じ思いをさせないためにああ言ったんだろう!?」




  紗美は叫んだが、それよりも大きな声で優は叫んだ。

 その言葉に紗美は驚いた。

 優の顔を見て、頬を赤く染める。

 そして紗美は手を振り切って、優よりも早く歩く事で答えを示した。




 「ほら帰るぞ優、今日の事は忘れろ。 いいな!」

 「はいはい、お前こそ今日みたいになるなよ。 真紀がまた心配するからな」

 「もうなんねぇよ。 なんならお前が悩んでいる時、悩みを聞いてやろうか?
  今日のお礼さ、遠慮すんな」

 「ああ、考えておくよ。 お前に相談なんてしないと思うけどな」

 「言ったな、なら相談しにきたら大笑いしてやる」




  そう話し合いながらも、二人は並んで下校し始めた。


















  夕日にそまった道を、優と紗美は並んで歩く。

 会話こそなかったものの、先ほどのまでの悲しい雰囲気はなくなっていた。

 それは優の説得のものなのか、それとも優の言ったとおり一時的なものだったのかは分からない。

 しかし、今はそんなモノ、関係なかった。

 それが現れるまでは―――




 「あの、すみません」




  後ろから話しかけられて、優と紗美は振り向いた。

 そこには日常とはかけ離れた非日常が存在している。

  話しかけてきたのは何の変哲も無い、ただの少年だった。

 だがその手に持っているのは人を斬り殺すための道具である刀。

 そして歪んだ笑みと、それに反する穏やかな表情。

  それが本当に人間なのか、優にも紗美にも分からなかった。

 時は夕方、夕闇が迫る頃、逢魔が時。

 このような存在が現れるのに、今ほどふさわしい時間は無いだろう。




 「えっと、荒神優さんと……… 夏樹紗美、ですよね?」

 「……………」




  優も紗美も無言。

 優は鞄の中に隠し持っている小太刀を取り出し、鞘から抜いた。

 紗美も隠し持っていたグローブをその手にはめる。

 二人が武装したのを肯定と考えたのか、少年は笑みを深めた。




 「始めまして、俺の名前は河崎康也です」

 「で、何のようだ」

 「実は用があるのは荒神さんだけだ、『奇襲』―――お姫様の相手を頼む」




  それに答えたのは甲高い獣の咆哮だった。

 優は紗美より速く、それに気づく。

 紗美へと襲い掛かろうとする、巨大な鳥の姿を―――




 「紗美ッ!」

 「しまッ―――」




  紗美は気づいたときは、すでに半瞬遅かった。

 『奇襲』と呼ばれた巨大な鳥は、紗美を右腕をその足で掴み飛び上がっていく。

 紗美が体勢を整えて反撃しようとした時には、もう落下したら危険な高度にあがっていた。




 「―――!? 紗―――」

 「言っておきますけど、避けないと死にますよ」

 「な―――に―――」




  振り向くよりも早く、鋭い殺気を感じて優は横に飛んだ。

 その直後に優が居た場所を赤い光を纏った刀が斬り裂いた。

  赤い光を纏った刀、優はその刀をよく知っている。

 言うまでも無く、鬼殺しの刀の特徴だ。




 「壱拾五、切れ味も鋭いけどその特性をよく知っているでしょう?」

 「鬼や人外の生物を殺す事に特化した武器………」

 「でも、人間も斬れる。
  すまないけど俺が人造の鬼である以上、どんな下衆でも主の命令は聞かないといけないんだ。
  ほんとうにすまない、抵抗しないで――― うまく殺せなくなる」




  穏やかな声で、異常な言葉を吐く。

 そして康也は鬼殺し壱拾五号を振るい、優へと斬りかかった。

  優は小太刀でその一撃を防いで、後ろへと下がる。

 康也も同じだけ前進し間合いを詰めた。

 そのまま何の技も無く力任せに鬼殺しを振り下ろす。

 その攻撃は戦いなれている優にはあまりにも遅く見える攻撃だった。

  最低限の移動で、康也の攻撃を紙一重で回避する。

 そして小太刀を振るって鬼殺しを弾き飛ばした。




 「あれ―――」

 「お前の負けだ、話を聞かせてもらうぞ」




  そのまま康也の首に小太刀を突きつけて、優は冷たい声で囁いた。

 いきなり襲い掛かってきた相手に対し、礼儀など知った事ではない。

 いざとなれば殺してもいいと思った。

  優は一瞬、違和感を感じて顔をしかめる。

 自分はこんなに短気で冷酷だったのかと、自分の思考を疑う。

 それはまるで自分の物ではない思考が入り込んできたかのようで、気持ち悪かった。



 「こい」



  優が動揺した隙に康也が言う。

 それに反応して鬼殺しが宙を舞い、彼の右手に収まった。

  優の反応は早い、すぐに小太刀を振るった。

 そしてそれは彼の首の皮膚で弾かれる。




 「何ィ!?」

 「隙だらけですね、斬りますよ」




  苦笑混じりの声で宣言して、康也は鬼殺しを振るった。

 優はそれをよける事が出来ない。

  斬られると優が思ったとき爆発が康也を襲った。




 「―――え!?」

 「これはまさか―――」



  優は見ていた、一枚の札が飛んできて康也に当たった瞬間爆発した所を。

 それは優がよく知っている攻撃だった、いつも彼女はこんな札を使っている。

  優はその少女がいる理由を思いついて、名前とともに叫んだ。



 「まさか、実は見てたな真紀!」

 「ご、ごめんなさい。 でもどうしても気になって気になって!」



  制服姿の真紀が走ってくるのを見て、優は自分の言った事を確信した。

 真紀は優と紗美の様子を遠くから見ていたのだ、だからこんないいタイミングでくる事ができた。

  思わず恥ずかしさと怒りで顔を赤くするが、それよりも早くやるべき事がある。

  間違いなく優の一撃はあのままいけば彼の首を斬り飛ばしていた。

 だがそれは皮膚で弾かれる、その弾かれる時の感触を優はよく知っている。

 それは―――




 「真紀、気をつけろ。 アイツは鬼だ」

 「しかし鬼の気配は感じません」

 「けど普通の生物が皮膚で刀を弾けるか!?」

 「正解、鈴雪真紀さん。 優さんが言っていることは正しいですよ」




  優が叫ぶと、康也が優へと拍手を送りながら言う。

 とても楽しそうで、だから不気味だった。

  刀がくるくると彼の手で踊り、優と真紀へ剣先が向けられる。

 それはまるでこの状況を楽しんでいるようだ。

 いや間違いなく、彼は楽しんでいた。




 「では俺の正体が分かったところで、殺し合いを再開しましょう」




  そう言い放ち、彼は突撃した。


















  紗美は『奇襲』につかまった状態で必死に状況打破の方法を考えていた。

 迂闊に攻撃を仕掛ければ高い高度にいる紗美も命が無い。

 だがそれ以上に今『奇襲』が手を離しても死が待っている。

  周囲を見渡して、どうにかできる何かがないかを探す。

 ビルがあった―――

 おそらくすでに廃墟の区画まで運ばれたのだろう、下にはかなりの数の廃ビルが並んでいる。

 そしてそれを見つけたとき、紗美はそれしかないと思った。

  『奇襲』の自分を捕まえている足に焔を纏った指を突き立てた。

 悲鳴を上げてもがく『奇襲』は、おもわず紗美を離してしまう。

 そこを紗美は『奇襲』の足をつかむ事で何とか落ちる事を防ぐ。

 そして勢いをつけて自分から飛び降りた。

  飛び降りる先はさきほど見つけたビル。

 たとえそこに落ちられたとしてもかなりの高度だ、普通の人間ならひき肉になるだろう。

 しかし人外の体は着地の衝撃に耐えた。

  天井では勢いを殺しきれず、床が崩れて一つ下の階まで落ちた。

 硬いながら崩れた天井がクッションとなり、ダメージは思ったより酷くは無い。

 だがそれでも、とてもではないが戦える状態では無かった。




 「が、ハ……… ぐ、は……… なんとか、生きて、るな………」




  かなりの怪我をしたらしく、血が次から次へとあふれ出してくる。

 折れた左足を引きずって、壁を背にして紗美は立ち上がった。

 立ち上がったはいいのだが、歩く事は出来そうに無い。




 「はは……… それでまだ終わってないときやがったか」




  思わず紗美は乾いた笑みを浮かべる。

 崩れた天井の端に、『奇襲』が止まっていた。




 「くそ………」




  焔を生み出そうとするが、今の紗美の命のように現れた焔は小さく弱い。

 いまにも消えてしまいそうな焔では、武器としては使えない。

 最後の抵抗の武器も、これでは意味が無かった。

 『奇襲』がゆっくりと、紗美のいる階へと降りてくる。

 抵抗する手段が無い紗美を馬鹿にしているかのように、ゆっくりと見せしめるように近づいていく。

 そして途中で足を止めて、瓦礫を広いそれを一撃で粉々にした。

 今から紗美へ行う攻撃を見せたのだ。

  紗美はどうする事もできない。

 そして『奇襲』は―――




 「吹き飛べ、馬鹿がッ!」




  奇跡的に残っていたドアを蹴破り、入ってきた男に撃たれた。

 大型のショットガンを『奇襲』に撃ち込んだ男は、この漆黒のコートを着込んでいた。

 それに、人間ではありえない銀色の髪を誇っている。

 一目で紗美は人外だと思った。




 「キィイイイイイイイ!?」

 「とんでもない音がしたんで飛んでくれば、女をいたぶって楽しいか人造鬼!」




  男は――― 荒神竜伊は怒りを込めて咆哮した。






















次回 第一章 第四話
  二つの戦闘〜火と黒と鳥と、鬼と命と咆哮と〜







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