秋雨錬と昼夜は、まさに姉と弟といった関係だった。

 よく錬は昼夜と遊び、彼女からいろいろな事を教わった。

 そしてある日、昼夜は錬に黒い指輪を渡す。

 それは、昼夜と錬の約束の品物だった。




 「これは何?」

 「これは黒いお月様の指輪、白いお月様と喧嘩して出来た月の破片。
  これなら、アナタの忌々しい「あれ」を閉じ込める事ができる」

 「本当?」

 「本当よ、さぁつけてみて」



  錬は喜んで指輪をはめようとしたが、大きすぎてはめる事ができなかった。

 昼夜を錬は恨めしそうに見つめる。




 「……………………………………」

 「あ、アレ? ちょっと、て言うよりかなり大きすぎた?
  で、でもこれから着けていくんだから成長した時の事も考えて大きめにしておかないと。
  ね、そう思うでしょう? ね、ね?」




  大事な所でミスをしてしまい、それを必死に誤魔化す昼夜の姿を見て錬は笑いそうになった。

 昼夜は誤魔化す事に必死でそれに気づいていなかったが、今度は笑わないようにと錬は誓う。

 そして錬は二つの指で指輪をつけた。




 「大丈夫、こうすれば使えるよ」

 「ごめんなさい、今度から気をつけるわ」




  昼夜が何時も言う言葉だ。

 少なくとも錬は今までに5回、その言葉を聞いていた。




 「前もそういった」

 「……………ごめんなさい」

 「いいよ、ありがとう」




  錬は指輪をつけた右手を精一杯、空へ伸ばす。

 何かをつかめなくなった気がしたのだ。

 その何かを失った事は、何故かとても寂しい気がした。

 


 「この指輪、何て名前なの?」

 「この指輪は『黒月の指輪』っていうのよ」










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                縁の指輪 
    二の指輪 五刻目 秋雨刀冶という人物について


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  錬は目覚めてから、まず自分の指輪を確かめた。

 今は中指ではめている指輪、子供の頃と今を比べて見て錬は不思議な気分になる。

 あの時は大き過ぎると思ったが、今でも指輪は大きかった。

 もしかしたらこの指輪は巨人の子供がはめるもので、人間がはめるには大きすぎるのだ。

 そういう空想した事もあったが、昼夜からこの世界に巨人はいない事を教えてもらっていた。

 昼夜に教わった事は決して多くは無いが、それは間違いなくこの世界の裏の知識である。

 昼夜の正体を錬は知りたくなかったが、彼女も普通の人間で無いのは確かだった。

  気絶した自分を布団に入れてくれた事をアレフに感謝して、錬は目をつぶって寝ようと試みる。

 しかし―――




 「……………眠気が覚めた」




  どうやらあの薬品よる気絶は、睡眠とほぼ同じものらしい。

 それにより一日に必要な睡眠は取ってしまったらしく、全く眠気が来ない。

 錬は必要な睡眠を取ってしまうともう寝る事ができないと言う体質を持っていた。

 その体質で寝不足は無いものの……… 一度起きれば二度寝はできない。

 仕方なく錬は暇を潰そうと、廊下で出てみる。

 そして中庭へと向かい、足を進めた。

 そこで、漆黒の少女と出会う。




 「…………誰だ」




  錬は思わず警戒する、が少女は気にするわけでもなく独り、月を背に錬を見つめる。

 その少女は、あまりにも死織と似ていた。

 だがあの狂気はカケラも持っておらず、錬は少女を敵視するのをやめる。

 しかし、警戒だけは怠らない。




 「死織と、会った、わね」

 「ああ………」

 「彼女は殺してはいけない、そうなれば全てアイツの思うままになる」

 「アイツ?」

 「黒い闇、黒い光――― 世界を、そこに生きるモノを遊び、狂わせる闇」

 「……………それはなんだ」

 「それは人が生み出した自業自得たる悪夢。
  だがそれゆえに、人では打ち払う事が出来ない、呪わしい霧。
  それを既に貴方は至っているはず」




 ――――あはははははははははははははははははははははははははははははは………




  あの笑い声が――― 聞こえた気がした。




 「そう、それ。
  それは忌々しい、選択肢の末路、間違った未来、歪んだ過去、ネジレ狂う今。 歪む明日」




  少女は錬を見ていない。

 その瞳は、何処とも分からない遠い世界を見ていた。

 まるで舞うかのように、黒い衣を風に靡かせる、死織と似て全くの別人。

 死織が狂気なら、彼女は空白。




 「時間切れ、もう、この夜には幻出できない。
  気をつけなさい、気づきなさい、もっとも大事なのは――――
  眼前の敵ではなく、己の影に気をつけること」




  突然、虚空から何本もの刀が出現した。

 その刀達が彼女の姿を覆い隠す、それは死織のモノとよく似ている、刀剣。

 そして風が吹き、刀剣は粉塵となり風にさらわれて行く。

 既に少女の姿は、そこには無かった。




 「何だ、今の―――」




  錬は狐に化かされた気分になった。











 「はっきり言おう。 今日、ワシは錬を帰す」

 「何故だ、刀冶。 死織の能力を無力化できるのは錬だけのはずだが?」

 「だからこそだ、錬の家には既に『アスラル』が到着しているだろう。
  あの時、死織にダメージを与えられたのは不意をついたからだ。
  今のままの秋雨錬では、奴に打ち勝つ事はできない」

 「………まさか、刀冶、アナタは………」

 「安心せい、死織には殺されんよ」




  自信満々の強い言葉で刀冶は宣言し、酒をあおった。

 酌に注がれた酒を一気に飲み干してその酒を味わう。

 だが、アレフは自分の酒に手をつけない。

 恐ろしいほど鋭い目で刀冶をにらみつける。




 「死織にワシは絶対に勝てない。
  否、ワシの攻撃では死織に傷一つ与えられんだろう」

 「なら………」

 「ワシは最悪の咎人じゃ、これで罪はすこしでも軽くなるのなら………
  喜んで自分の身を戦いの焔で焼こう」

 「なら何故そのための武器を手放す?」



  ゆっくりと視線を動かし、アレフはそれを見つめた。

 『丙子椒林剣』が箱に収められている。

 白木でできた箱に和紙が引き詰められ、『丙子椒林剣』がそこに収められていた。

  『丙子椒林剣』、聖徳太子が使っていたという御剣と同じ名前を持つ最強級の聖剣。

 秋雨家が保有する、世界に誇る退魔武器である。

 だがこの剣の真価は武器としてでは無く、持ち主の力を増幅、覚醒させる宝剣としての能力だ。

 数々の儀式にてこの剣は舞いに、術に使われ持ち主に絶大な力を与え続けてきた。

 製作者は白の魔王「ネーム・ロア・フレイツ」とされているが、定かではない。

 刀冶はこの剣を持つ事により『両断』という絶技を使用できるようになった。

 だが刀冶はこの剣を錬に渡そうとしている。

 それは能力を捨てるに等しい行為であった。




 「この丙子椒林剣は正当な持ち主が使うべきじゃ。
  ワシという、咎人が使い続けるには余りにも穢れ無き剣。
  そう、この剣の本当の持ち主は錬だ」

 「どういう事なんだ、秋雨刀冶」

 「この剣は、ワシが錬より奪ったのだよ」




  刀冶は酒を飲み干し、新しい酒瓶を棚から取り出してきた。

 見た目だけで高級品と分かる。




 「取っておきだ、アレフ。 お前にも飲ましてやろう」

 「ではお言葉に甘えさせてもらうとするか」




  アレフは自分の杯に刀冶の持つ酒を注ぎ、呑んだ。

 すでにアレフは致死量のアルコールを摂取していたが、紅の魔法によってアルコールはどんどん無害な物質に変化していく。

 それをすこしだけ止めて、アレフは酔いを楽しんだ。




 「無粋だな、アレフ。 酒では無く酔いを楽しむとは―――」

 「ふん、酒の楽しみ方は人それぞれだ」




  丙子椒林剣が入った箱に、刀冶は蓋をする。

 もう、アレフは彼にかける言葉が無い事を知った。


















 「用意が早いな」

 「持ってきた荷物、少なかったからな」




  荷物の整理は、10分もかかっていない。

 20分ほど前、突然刀冶から帰るように言われ、錬は文句の一つも言わずに荷物の整理を始めた。

 錬が持ってきた荷物は、すこし金銭が減っただけで大きな変化は無い。

 ただ、白木でできた箱だけが増えていた。




 「アレフ……… ここでお別れだな」

 「いいや、俺はお前が戦った男を追いかけている。
  奴がお前を憎んでいるなら、また会う事もあるだろうさ」




  アレフとエリスも、既に自分の荷物をまとめている。

 バスの出る時刻までそれなりに余裕はあるが、この家でゆっくりしているほどは無い。

 アレフが部屋から出て行った後、錬は箱を刀冶から貰った鞄に入れた。

 何の未練も無く部屋を出て、玄関へと向かう。

 玄関へと歩く中、中庭を見て錬はそこで遊んでいた幼い頃の自分を幻視した。

 泣きたくなって錬は目を逸らす。

 涙を流すのをなんとか堪えて、中庭を通り過ぎる。

 そして玄関で靴を履き、外に出れば、そこに刀冶が待っていた。

  刀冶の姿を見て、錬は足を止める。

 彼の姿が、一瞬半透明に見えたからである。

 それはまるで、彼がもうここにないようで―――




 「…………さようなら、刀冶おじいちゃん」

 「ああ、お前はワシの、最高の息子じゃよ」




  錬は涙が頬を流れるのを止める事が出来なかった。

 その涙を、刀冶が手ぬぐいで拭う。

 ―――子供の頃、泣いていた時、涙を拭ってくれた。

 あの時から、何一つ変わっていない。

 この男は何処までも、錬の優しい祖父………




 「いつまでも……… 元気、でな」

 「―――――うん」




  それで、最後の挨拶は終わった。

 もう錬は振り返る事も、刀冶の事で涙を流し、後悔し、懺悔する事は無い。

 ここで、おしまいなのだ。

 だが、最後に、ただ、一言、だけ。




 「俺の、最高の、おじいちゃんだったよ」




  刀冶は何か言おうとしていたかもしれない。

 だが錬はそれを聞く前に駆け出していた。

 彼がどうなるかうすうす気づいている、だからこそ、彼に言ってほしく無かった。


















  綾美は懐かしい気配を感じて、アスラルの講義から逃げ出した。

 思わずアスラルは何か言いそうになったが、すぐに理由に気づき言うのをやめる。

 強い日差しにすこし怯みながらも、綾美は外へ飛び出した。

 そして、そこに、彼はいた。

 思わず、綾美は微笑む。




 「ただいま、綾美」




  彼は綾美に言った。

 綾美も、彼に言う。




 「おかえり、錬」




  錬が綾美の方へと歩いてくる。

 綾美も、錬の方へと歩いていく。




 「えっと、昼飯は何にする?」

 「リクエストしていいんですか?」

 「まあ冷蔵庫に入っている物で作れるものなら」

 「それじゃ………」




  考え込んでから、綾美は錬の目を見た。

 錬の目はすこし充血している、きっと泣いたのだろう。

 しかし綾美はそれを見なかった事にした。

 錬は悲しいのだろう、自分が彼女を失ったように。

 なら、その痛みを知っている。




 「とりあえずお任せします」

 「任せるっていうのが一番大変なんだけどなぁ」




  笑いながら綾美は錬と歩く。

 錬は気づいていないが、綾美の手を握っていた。




 「ああ、それと三人分作ってください」

 「え、綾美が二人分食べるの?」

 「いいえ、実は―――――」




  こうして二人は再会した。

 すぐにまた、魔が彼らの世界を穢しに来るだろう。

 だが今ならそんなもの軽く滅ぼせると、綾美は思った。




























  漆黒の闇を、神秘に満ちた月の光が照らす、魔の時間、夜。

 刀冶は一本の鞘に入った刀を腰に差し、独り、庭にて精神を研ぎ澄ます。

 否………もう独り。




 「………お前か」

 「―――――― ええ」




  死織に似た、あの少女が岩に腰掛けていた。

 精神を研ぎ澄まし、限界まで集中していた刀冶の五感ですら少女が何時現れたのか分からない。

 だが、その事実に刀冶は疑問を抱かなかった。

 彼女はそういう存在なのだから。

  人の常識など、最初から超越している。




 「………錬に、会ったな?」

 「―――――― ええ」

 「…………すまない」

 「謝っても、もう全ては始まってしまった。
  錬が勝つか、あの忌々しい奴の仔供が勝つか、それだけ」

 「すまない」

 「――――いまさら、遅い」




  少女は初めて感情をあらわにする。

 それは余りにも深い、哀れみの感情だった。

 だがそれはそれよりも鮮烈な悲痛で埋め尽くされている。

 どちらもその少女にはあまりにも似合わない感情。




 「………そろそろ、彼女が来るわ」

 「ああ、さらばだ」




  空白の少女が消える。

 刀冶はそれを合図にして瞬き一回の時間をはさんでから剣を横薙ぎに振るった。

  誰かがその一撃をかわす。




 「――― いきなり危ないじゃない?」




  死織がそこにいた。

 少女が纏っていた漆黒より、深い深い憎悪の黒を纏い、狂気を己の糧とした怪物が、塀の上に立っている。

 その手には一本の日本刀。

 ―――死織の本当の武器。




 「あいつ……… あの女がここに来ていたわね――― 何を話していた」

 「お前に言う理由が何一つ見つからんな。 出直して来い死織」

 「へぇ、丙子椒林剣を持たない、今のアナタに何が出来るの?」

 「そうじゃなぁ………」




  刀を水平に構え、死織へと剣先を向ける。

 思わず刀冶は笑みを浮かべてしまう。

 もはや、この戦いの結末は決まりきっている事なのだ。




 「悪あがき程度はしてやろう!」

 「せいぜい足掻きなさい。
  まずは…… まずは疾走…………… 狙うのは―――」

 「殺ぁああああアアアアア!」

 「――――――!?」




  最初に攻撃を仕掛けたのは刀冶の方だった。

 岩を足場に死織へと跳躍し、刺突を繰り出す。

 死織はその一撃を横薙ぎの一閃で打ち払い、返し刃で刀冶の右腕を狙う。

 腕への攻撃を刀の柄の底で防ぎ、刀冶は蹴りを繰り出した。

 死織は後ろに下がって蹴りをかわす。

  間合いが離れた。




 「ご老体、無理はよした方がいいと思うけど?」




  刀冶を嘲りながら、死織は刀を構える。

 その笑みは余りにも邪悪で、見ているだけで吐き気を催す。

 だがその笑みを前に、刀冶も不敵に笑んだ。

  その笑みは追い込まれた獣のものでは無い。

 剣に生きた男の、それゆえの戦士としての笑みだ。




 「まだ小娘に心配されるほど落ちぶれてはおらん」




  刀冶がまるで閃光のように疾走した。

 まさに雷の速度の牙突を、死織は黒い疾風で迎え撃つ。

 疾風が雷を打倒した。

  刀冶の刀が粉砕され、破片が宙を踊る。

 死織はそれを見て笑う。

 しかしそれは一瞬の後に驚愕へと変化した。

 彼が死織へ左腕を向ける。

 その袖口から棒が出て、刀冶はその棒の先を右手で持つ。

 棒を振るうと、その先が飛び、その刀身をあらわにした。

 ―――それは仕込み刀と呼ばれる武器である。




 「そんなくだらない玩具で………」

 「試してみるか?」




  再度、刀冶が疾走した。

 今度はさきほどよりも――― 数段以上、速い。

 死織ですら、死を払うを行わなければ確実に一撃を喰らっていただろう。

 すかさず刀冶は追い討ちをかける。

  刀冶の攻撃を、死織は――― かわす事が出来ない。

 死を払うも間に合わない、だが――――




 「舐めるなッ―――!!!」




  手負いの獣のように、死織が咆哮する。

 その瞳は血色に輝いて…・……

 ―――――瞬間、死織は加速した。

 半瞬で刀冶の仕込み刀を破壊し、その半瞬後に刀冶の右肩を刺し貫き、その半瞬後に刀冶の左足を蹴り砕き、最後の半瞬で刀冶を蹴り飛ばす。

 それは一秒にも満たない時間に行われた。

 刀冶はまるで独楽のように回転しながら、障子を突き破り部屋の床に叩きつけられる。

 ほんの一秒にも満たない時間で、刀冶は致命的な痛手を受けた。




 「―――――――ごふぁ…」




  大量の血を吐きながら、無理やり刀冶は立ち上がる。

 砕かれた左足を引きずり、部屋の飾りとして置かれていた小太刀を引き抜く。

 それを左手で持ち、深呼吸をする。

 特殊なリズムの呼吸により、一気に全身に力が満ちた。

 そのまま、その力を使い出血を抑える。




 「はぁ……はぁ………はぁ……  はは、いいざまじゃない、秋雨刀冶?」




  死織がゆっくりと部屋の中へ入ってきた。

 攻撃を仕掛けた本人であるはずの死織の方が、刀冶より大幅に消耗している。

 崩れ落ちそうな体を無理やり魔力を使って支え、刀を捨てて小太刀を持っていた。

 もはや、刀を満足に使えないほど消耗しているのだ。




 「これが……… 貴様が奪った力か…」

 「そう、これが『殺害』 いいえ、紅の魔法と言い換えたほうがいいのかしら?」




  そう、それは間違いなく紅の魔法たる『肉体リミッター解除』だった。

 死織が消耗しているのは、限界以上行使された肉体のダメージによるものだろう。

 だが彼女は決して殺意を消さない。

 そう、殺意こそが死織を形作る物に他ならないのだから。




 「貴様とて、そこまで消耗しておればワシでも倒せるぞ?」

 「完全な状態ならね… そんな満身創痍の状態で戦えるわけ無いでしょう」




  死織が、とてもとても楽しそうに嘲笑する。

 その笑い声に含まれた殺意と嘲り、そして憎悪に、刀冶は眩暈すら覚えた。

 だが眩暈はその笑い声だけが原因では無い。

  出血により、刀冶は血を大量に失っている。

 気による生命力強化を使っても、決して傷そのものが治ったわけではない。

 今もなお、血はゆっくりと刀冶から失われていく。

 もはやゆっくりと減っていく死のカウントを止める術は無い。




 「一瞬のみの超加速……… 油断していた、が………」




  刀冶は小太刀を構える。

 死織もそれにあわせて小太刀を構えた。

 その時、ふいに刀冶が笑う。

 その余りにも幸せそうな、場違いな笑い声に死織は思わず叫んだ。




 「何を笑っている秋雨刀冶!?」

 「ああ、それはな………」

 (これでやっと、おしまいじゃからな)




  瞬間、刀冶は小太刀を逆手に持ち替えた。

 そして死織が行動を起こすよりも早く、その小太刀を自らの胸に突き立てる。

 大量の血を、刀冶は吐いた。




 「ごふぁ……… こういう、事。 じゃ、よ………」

 「なッ!? き、貴様!? 何を考えて………」

 「い、つだって ガッ……  こうし たいと思って………いた、それを…… 実行した、だけ………」




  ―――そう、あの時。

 ―――あの最大の罪を犯したその時から、何度もこうしたかった。

 ―――だが、それでは駄目だ。

 ―――何としても錬に丙子椒林剣を返さなければいけなかった。

 ―――何としても錬と別れをしたかった。

 ―――何としてもこいつには―――――




 「ころ、させは さ、せん ぞ………」

 「―――――――?」

 「し、おり……… おま、えは…… まだ、誰も―――
  っぐは…… が…… だ、れも……… 殺していないのだからなッ!」

 「何?」




  一瞬、死織は彼が狂ったのかと思った。

 しかしすぐ後に顔色を変える。

  すぐに彼が何を言っているのか、理解したのだ。

 それは死織にとって、余りにも驚愕の事。

 呆けた顔を死織は浮かべていた。




 「お、お前………」

 「さら………ばだ。 し、お………り。 れ………………ん―――――――」




  そして、彼は沈黙した。

 呆然と、死織は彼の呼吸が消えるのを見ているしかなかった………

 最初からこの男は………




 「………くそ、殺し損ねた」




  忌々しげに死織は呟く。

 その言葉には、隠しようの無い恐怖が混ざっていた………


















次回 縁の指輪 
三の指輪 一刻目 闇は蠢く









作者さんへの感想、指摘等ありましたらtomo456@proof.ocn.ne.jpまでどうぞ