「私に渡してくれないかしら?」




  濃厚な死と恐怖の気配が漂った。

 その圧倒的な悪意と敵意に、薫が悲鳴をあげる。

 アレフは銃を、雄途と秋姫は剣を構えた。

 その圧倒的な死の気配は、いつの間にか来た一人の少女のものだった。

 そして、その少女をこの場にいる誰もが知っている。

 その少女は…




 「じゃないと皆殺しをしないといけないし、ね」




  死織が、そこにいた。











-------------------------------------------------------------

                縁の指輪 
    二の指輪 二刻目 盲目―― 来る


-------------------------------------------------------------











  死織が最初に現れたのは教会日本支部第六分隊のある町の浄化作戦中だった。

 ある町にあふれ出したグールの完全浄化。

 そのために教会は戦六などの許可を得て第六分隊を送り出した。

 浄化はうまくいってた。

 だが、そこに死織が現れ………

  生き残ったのは第六分隊副隊長のエリシア=フォールドだけ。

 他の隊員は一人残らず死織に殺害されたのである。

 どれも心臓への小太刀の一突きで殺害されており、生き残ったグールも死織が全滅させた。

 遺体が見つからない人物も数人いたが、全員グールになり、死織に殺されたと判断されている。




 「………彼女が、死織…?」




  呆然と雄途はつぶやいた。

 彼は死織が何十人もの人を殺した殺人鬼に見えないのだろう。

 確かに、外見だけならそう思えるだろう。

 しかしその少女が放つ圧倒的な殺意が、少女が死織だと言う事を証明していた。




 「……… 貴女の狙いは、錬ですかッ!」




  エリスが死織を睨みつけながら叫んだ。

 鈴を掲げ、死織へとリンクを作って死織を無力化しようとする。

 対する死織は、小太刀を無造作に振るった。

 それだけで構築中だったリンクは、完膚なきまでに殺される。




 「――――――――――ッァ!?」

 「あんまり……… 舐めないでほしいわね。
  私は死を操る…… 自分に降りかかる死を振り払うくらい簡単よ」




  エリスは思わず、その言葉に絶句した

 来る死を払う、と言うべきとんでもない能力。

 全ての攻撃を無力化できるのか、そうでは無いのか。

 だがしかし、確実に言える事は死織には並大抵の攻撃が効かないという事だけである。

  秋姫は『紅き血の姫』の力を使い、もう一度紅い剣を持つ。

 その横で雄途も『黒き髪の王』により作られた黒い剣を構えた。

 アレフも隠し持っていた二丁の拳銃を死織へと向ける。

 それらの武器を見ながら、死織は小太刀を構えた。

 彼女は壮絶な笑みを浮かべ、奇妙な体制を取る。

 ただそれだけの単純な動作で、殺気が倍近く膨れ上がった。

 すでに殺気は、物質化しても可笑しくない濃度と化している。

 いるだけで魂が凍りつきそうな殺意、薫はそれに気絶はしなかったが悲鳴を上げた。




 「それじゃ……… 誰から死にたいのかしら?」




  死の名前を持つ少女はその言葉を、鬼気を込めて言う。

 その言葉を受けて、アレフがゆっくりとした動作で拳銃の安全装置を外した。




 「そうだな――― では、リクエストをしたいのだが。 いいか?」

 「どうぞお好きな用に」




  楽しげに死織は微笑む、その笑みはまるで世界を侵す猛毒のようだった。

 彼女の笑みで、自分の正気がゆっくりと削られ抉られ、粉になっていくような幻想すら雄途の心中で完成する。

 あながち間違いではないと、雄途は思った。

 目の前にいる少女こそ、死という現象が生み出した狂気の存在なのだから………




 「まあリクエストの内容は単純だ―――」




  楽しそうにアレフは言う。

 彼が両手に持つ拳銃―― ヴァンデッタアレフカスタムと<<スレイプニール>>の引き金が引かれる。

 二丁の魔銃、その撃鉄が弾丸を叩いた。




 「お前が、消えうせろ死織」



  狂っているとしか思えない口径を誇る対鬼用拳銃ヴァンデッタ、それをベースに殺傷力を高める改造を成されたヴァンデッタ・アレフカスタム。

 連射速度を極めるためにニューナンブをベースに、改造に改造を重ねた魔銃<<スレイプニール>>。

 共に非常識としか思えない狂気の産物が、熱い弾丸の吐息を吐く。

 その銃撃を死織は小太刀で切り払い、無力化した。

 死織の来る死を払うは、拳銃など簡単に無力化する。

 しかしその銃撃は開戦の合図としては十分だった。




 「そのリクエストはお断りするわ」



  死織が助走無しで高々と跳躍し、アレフへと鷹の用に襲い掛かっていく。

 錬の攻撃を真似したとアレフは思ったが、その動きは錬より鋭く攻撃的だった。

 むしろ錬がこの攻撃を模しているように思える、それほどの速度。

 死を与える小太刀の斬撃がアレフに襲い掛かった。




 「アレフ・リキュール!」




  雄途が叫びながら手に持った黒い剣を投擲する。

 死織はそれを半歩下がって回避行動をとろうとした。

 ――― しかし、その選択は間違っている。




 「お前は自分への攻撃には敏感だが、それ以外に対しては鈍感だなッ!」




  そう、その投擲は最初から死織に当たるはずが無かった。

 剣は、アレフの手に向かって投擲されていたのだ。

 ヴァンデッタを放棄し、アレフはその剣を掴む。




 「その状態で、避けられるかッ!」

 「―――――――――ッ!?」




  死織は次の行動に移れない、このままではアレフの持つ剣で切り殺される。

 その時、死織は明らかに『ありえない』動きをした。

 どんな行動をとっても回避できない一撃、それに対しナイフを足元へと投擲する。

 投擲したナイフを足場に跳躍し、アレフの剣撃を回避した。

 猿のような身のこなし……… もはや死織の動きはそんな次元の物ではない。

 明らかに『ありえない』動きだった。

 その動きを見て絶句するアレフを笑いながら、死織は空中で捻り………




 「アレフさん、逃げてっ!」




  薫が悲鳴のような声で叫んだ。

 死織は手にはいつの間にか、無数の黒い小太刀が握られていた。

 そしてその小太刀をアレフへと投擲する。

 小太刀の雨が、アレフに襲い掛かっていく。




 「舐めなァァァァァァァァァアアアアア!!!」




  アレフが世界を震わせるような叫び声を上げる。

 それと同時に、アレフの体に変化が起き始めた。

 背中から六枚の鋼鉄の翼が突き出し、それが無差別に暴れ始める。

 小太刀の雨は、その鋼鉄の翼でなぎ払われていく。

 攻撃としての成果は無かったがその攻撃の間に、既に死織は地面に降り立つ事に成功していた。

 アレフはその翼を消し去らず、そのまま死織への方を向く。

 その姿は異形の神のような、絶望的なほどの強烈な威圧感を誇っていた。




 「…………… 参ったわ、もう少しで斬られる所だった」

 「顔色一つ変えず言っても説得力が無いな」




  剣を雄途に返し、アレフは巨大なかぎ爪を両手に生やす。

 雄途は特技の『無為の構え』を取り、秋姫も牙突の構えを取る。

 共に両者が使える最強の技、それを放つための必死の構え。




 「――――― 楽しめそうね」




  心の底から楽しそうに、死織は笑った。






























 「参ったわ………」




  錬の家、居間のテーブルに綾美は突っ伏していた。

 錬に化けての学校生活は一日目で続行不可能になってしまった。

 自分の変装が下手だったせいか、紗美達の能力が高いせいかは分からないがもう綾美が学校へ行くのは危険すぎる。

 早く錬が帰ってこないと、欠席が沢山できてしまう。




 「錬が帰ってきたらどう説明しよう…」




  作ったばっかりの麦茶を飲み干し、綾美は頭を抱え込む。

 考えてみれば紗美達は綾美が錬に化けていた事を知っている、間違いなくこの家に来るだろう。

 どうごまかそうと考えると、綾美は頭がどうにかなってしまいそうになる。

 そもそもこの事態は錬が学校が有るにも関わらず旅行しに行ったのが原因なのだ。

 自分は悪くないと責任逃避しつつ、対処法を頭の中に並べていく。

 そして自分の考えた対処法が、どれもこれも意味が無いと理解して麦茶をこぼした。




 「何かすごくやばいかも………」




  いっその事アレフから教えてもらった電話番号で助けを求めようかと思ったが、それも危険かもしれない。

 よくよく考えれてみれば教会は本来吸血鬼を滅ぼすのが仕事なのだ。

 前回はさまざまな理由が重なり事なきを得たが、今回もそうなるとは限らない。

 最悪の場合、教会と紗美達を相手にするはめになるだろう。

 それだけは全力で回避したかった。




 「――――こうなりゃ紗美と真紀を強襲、記憶消去を行うしか…………」




  いきなり無茶苦茶な作戦を頭に思い浮かべる。

 高笑いしながら、闇夜に一人で町を歩いている紗美へ襲い掛かっていく綾美。

 そして炎で返り討ちに合って、そのまま人目の無いところで処分される己の姿がくっきりと思い浮かべられた。

 はっきり言って楽しくも何とも無い。




 「なら真紀なら……… って、結局ダメだろうなぁ」




  もし吸血鬼としての力を完全に使いこなせるなら勝機はあるだろう。

 しかし一、二日では初歩の記憶操作と使い魔の製作、そして外見操作程度しか使いこなせなかった。

 それなりに時間をかければ力を使いこなせるようになるだろう。

 問題はその時間が無いという事なのだ。




 「本当に、どうしよう……………?」




  麦茶を新しくコップに注ぎながら、綾美は呆然と呟いた。






























  その頃、紗美と真紀はそれぞれの武器を持ち秋雨錬の自宅へと向かっていた。

 紗美はグローブ、真紀はクナイ、自分が得意とする武器を装備し夜の道を進む。




 「しかし、錬があの吸血鬼の『命の恩人』とはね。 一体何をしたんだか………」

 「さぁ、しかしすこし前に現れた吸血鬼と関係が有るのでしょう」




  すこし前、紗美と真紀は吸血鬼がこの町に入ったと知りその行方を捜していた。

 だがその吸血鬼は学校に現れ、教会のたまたま来ていた第一階位により元第五階位と共に滅ぼされた。

 そしてそれが教会のついた嘘で、紗美達は『全く別の何者』かが第五階位を滅ぼしたという事を知っている。




 「しっかし教会も何でも『聖典』と言い張るかねぇ」

 「『聖典』という呼び方は教会内限定ですからね」




  聖典というのは教会内限定の言い方で、その他の者達は彼らの事を階位と呼ぶ。

 しかし第一聖典でも第一階位でも同じ存在を意味している、例外と言えば第二聖典だけだろう。

 その第二聖典すら時々第二階位と呼ばれるのだからややこしい。

 それを非難しつつ、紗美と真紀は公園へと入った。

 この公園を通れば、じきに錬の自宅へとたどり着く。

 だがその公園に入った時、紗美と真紀は歩みを止めた。




 「こんばんわ、紗美さん、真紀さん」




  公園のベンチに腰掛けていた女性が声をかけてきたからだ。

 すぐに紗美と真紀は戦闘態勢に入り、その女性へと意識を向ける。

 一言で言って、奇妙な女性だった。

 一瞬、紗美は彼女を少女だと思ったぐらい、女性は若く見える。

 だがその目を覆う眼帯が――― 見えないはずの視線が自分に向けられているのを紗美達は理解していた。




 「あなたは、何者です」




  その女性の正体に真紀は気づいていた。

 しかし同時にそれが自分の勘違いである事を心の中で祈る。

 なぜなら、もし自分の想像通りの人物なら、今自分達は恐ろしい存在と対峙している事となるからだ。

 だがその眼帯が、腰まで届く銀の反射も持つ黒髪がその正体を明らかにしていた。




 「私はアスラル=ディエリッタという者です」




  聖十字軍最強クラスの異能者『眼光のアスラル』はそう名乗り、ベンチから立ち上がった。

 その異能は視線を媒介としている事は有名だが、その能力そのものの情報は一つも無い。

 視線による異能は主に、発火、吸収、呪いなどが存在する。

 だがアスラルの能力はどのような魔眼なのか詳細がはっきりしない。

 彼女に滅ぼされた異形の怪異も、焼け付けたり引き裂かれたりと統一性が無かった。

 しかし共通するものが一つだけある。

 どれも完膚なきまでに破壊され、砕かれ、滅ぼされていた。

 それゆえに、彼女の名前は畏怖を込められ他人から呼ばれる。




 「聖十字の懐刀がどうしてこんな辺鄙な極東の小国にいるのでしょうか?」

 「その認識は間違っている、むしろ教会も聖十字もこの日本には注意を注いでるわ。
  何せこここそが世界樹の元でありながら、火の国で、あげく硝子谷の奇異な国。
  魔王も蒼、深緑、教会から『封印』を決定された黒、そして紫。
  魔王が四人もいる国、それを辺鄙な小国といいますか?」




  真紀はそれを聞いて目を剣のように細めた。

 硝子谷は日本のみの秘密となっているはずであり、教会も聖十字も不可侵の場所でなければいけない聖域である。

 その名前を口に出すことすら、本来あってはならない事なのだ。




 「アスラル! 貴女は契約を破る気ですかッ!」

 「落ち着きなさい真紀、別に硝子谷の本当の名前を言ったわけではない。
  そんな事で怒っていたら体がもないと思うけど」

 「―――――キサマッ!」




  大声で獣のように叫びながら、紗美がアスラルへと飛び掛って行く。

 うかつな――――― 思わず真紀はそう心の中で叫ぶ。

 アスラルの能力は全くの未知数なのに、飛び掛っていくとは愚か以外の何物でもない。

 紗美がまだ見ぬアスラルの力で倒されると真紀は予想する。

 しかし予想に反して、アスラルは慌てて紗美の拳を回避した。




 (え………、何で?)




  とても戦い慣れしたとは思えない動きに真紀は驚いた。

 その動きの理由は簡単に理解できた、だがその理由が目の前にいるアスラルに結びつかない。

 聖十字最強の一人が、戦い慣れしていないなど可笑しいにもほどがある。

 しかし、もしかしたら―――

 彼女は異能能力が強すぎるが故に、近接戦闘などした事が無いのかもしれない。

 そんな事を考えながらも、紗美を止めるために真紀は駆け出した。

 アスラルが紗美の攻撃を避けながら、その手は首の後ろに手を伸びていく。

 眼帯を外して、異能能力を使う気なのだ。

 どんな能力か、真紀には想像すらできなかったがこのままでは紗美は死ぬだろう。

 まだ紗美が死ぬには、用意が整っていない。

 ――――けどもしかしたら、アレをアスラルなら滅ぼせるかもしれない。

 一瞬そんな事を考えて、真紀は足を止めてしまった。




 (馬鹿―――― 急げ私―ッ!)




  紗美も眼帯を外そうとしている事に気づいたらしく、間合いを詰める。

 しかしその時には既に眼帯は外されていた。

 その下に隠されていた左目があらわになる。

 黒い瞳だった、しかしその黒はまるで宇宙の深遠を思わせる輝きの無い黒一色であり、長く見ていれば狂気に染まりそうだ。

 だがそれより、その瞳で見られた紗美が倒れた事の方が真紀には重要である。

 一体どんな異能を使われたのか、何の外傷も無いのに昏睡状態に陥っていた。

 しかし言うまでも無くそれはアスラルの攻撃によるもので、その次の対象が自分である事は真紀にも理解できた。

 視線による異能は主に二種類存在する、視線を合わせると発動する物と見るだけで発動する物だ。

 視線を合わせる物は主に精神を、見るだけの物は肉体に影響を与える。

 前者は主に誘惑や束縛の魔眼、後者はメドゥーサの石化の魔眼が該当する。

 真紀からでは、紗美がアスラルと視線を合わせてしまったのかそうでは無いのか分からない。

  無数の護符を取り出し、真紀は自分に似せた式神を展開した。

 視線を合わせる魔眼でも、視認する魔眼でもこれなら撹乱する事ができる。

 そして全ての真紀はクナイを右手に持った。

 それを見てもなお、アスラルは余裕の笑みを浮かべる。




 (自らの魔眼に絶対の自信を持っているのか―――)




  左手に爆発の力を秘めた護符を持ち、全ての式神を散会させる。

 アスラルは右側の式神からにらみつけ、式神を粉砕していく。

 式神は粉砕されると普通の人間のように内臓と血を撒き散らすが、次の瞬間引き千切られた紙と化す。

 一瞬のみの血と細かい紙片の中、真紀はアスラルの後ろへと回り込んでいた。

 残り数対の式神に集中しているアスラルは真紀に気づかない。

 自らの視界内にいる真紀の中に、本当の真紀がいるとアスラルは信じているのだろう。




 (甘い―――どんな異能を持っているかは分かりませんが、紗美の分は復讐させて頂きます!)




  真紀は右手に持つクナイを無防備なアスラルの背中に突き刺した。

 その瞬間だった、アスラルの姿が水飴のように溶けて消えたのは。




 (―――そんな……… いや、まさか…!?)




  急いで真紀は自分の状態を確認する、そして何者かに視覚を支配されている事を知った。

 すぐに解除の護符を使い、視覚支配を解除する。

 そして正しい世界では、アスラルは真紀の見ていた地点より人一人分横に居た。

 アスラルの眼帯が変化している、右目を封印していた眼帯が外れて左目がもう一度封印されていた。

 その右目は目が潰されそうなほどの圧倒的な神気と太陽のような神々しさを持つ、金色の瞳。

 アスラルの魔眼は、左右が別の物だったのだ。

 左目が肉体への攻撃、右目が精神への干渉を持つ魔眼。

 しかも真紀が知らないうちに影響を受けていた事を考えると、右目は視認する魔眼である。

 そしてアスラルの金色の魔眼を真紀は視線を合わせてしまった。




 (でも―――― なんで………)




  なんでアスラルは硝子谷に本当の名前があると知っているのだろう。

 そんなくだらない疑問を浮かべながら真紀は後ろに下がって行く。

 しかし魔眼から逃れるには、余りにも距離が近すぎた。

 たとえユニコーンとなり全速で駆けようが、アスラルの魔眼により倒されるだろう。

 いや、逃れる事さえ不可能である。

 現在進行形で、アスラルの右目の魔眼により真紀の神経は乗っ取られているのだ。

 次々と魔力とマナを融合、精錬し力に精製するための式が封じられ、護符への魔力回路が断裂して行く。

 視界も特に変わったところは無いが、間違いなく嘘の視界だろう。

 そして真紀は今更だが気づいた。

  ―――――最初からアスラルの使っていたのは右目だけだったのだ。

  左目が黒い魔眼なのは真実だろう、だが真紀達が見たのは右目の金色の魔眼で見せられていた偽者なのである。

 紗美は真紀に比べて、物理的な防御は高いが、変わりに魔法的、魔術的な防御力が余りにも低い。

 真紀は防御力が高いので一瞬では支配され無いが、紗美では抵抗すら不可能だろう。

 次々に支配に対抗するために作った障壁が喰い破かれていく。

 桁違いの性能を持つ非常識な二種類の魔眼、それがアスラルの能力なのだ。

 聖十字最強の一人というのも、このとんでもない魔眼を持つならうなずける。

 意識がゆっくり黒く染まっていく中、真紀は紗美の方を向いた。

 紗美は倒れているだけである、死んでいない。

 それだけを確認し真紀は安堵の息を突いて、気絶した。






























 「――――― 楽しめそうね」




  その言葉を合図に死闘は始まった。

 エリスが『ティンカーベル』を高々と鳴らす。

 音が衝撃波となり、死織がいた空間を抉った。

 同時に秋姫と雄途が斬りかかって行く。

 理不尽なほどの圧倒的な姿が見えない攻撃の後ろを、二人の戦神が駆け抜ける

 エリスの生み出した衝撃波を、死織は小太刀を振るい払った。

 死織のみ行う事が出来る『来る死を払う』により、衝撃波の力が消失したのだ。

  秋姫と雄途が死織へと目にも止まらない連続攻撃を繰り出す。

 それは剣の輝きが横に振る雨に見えるほどの、美しく強烈な斬撃の雨だった。

 その斬撃の雨を、死織はたった一刀の小太刀で受け流している。

 剣の黒と赤の閃光が、闇に染まった小太刀で斬り払われていた。

 繰り出される高速の剣、それを防ぐ闇色の小太刀。

 既にそれはヒトが手を出せる領域では無かった。

 だが、ここにいるのは誰一人として普通のヒトでは無い。




 「うまく避けろよ―――」




  アレフはヴァンデッタを地面から拾い、両手で構えた。

 その銃口の先を死織へと慎重に向ける。

 使う弾丸は特殊な加工が成された対鬼用大型弾丸、もし間違えて秋姫達に当たれば一瞬で殺してしまうだろう。

 アレフですら、この弾丸を使うのは正直恐ろしい。

 公爵級吸血鬼十七の一人、ローゼ・サーガイラ、別名製作者の作り出したイスカリエシリーズの一つ。

 『イスカリエの魔弾』、これを使うものは魔弾の使い手となる。

  獣の雄叫びに似た爆発音とともに、『魔弾』が放たれた。

 それは秋姫達を避けて死織へと向かう、その瞬間。

 死織は微笑んでいた。

 まるで必死に攻撃を仕掛ける皆を侮辱するかのように。




 「そろそろ斬り合いも飽きた」

 「―――――何ッ」




  一瞬だけ死織の動きが加速した。

 秋姫と雄途の剣を一瞬で受け流し、秋姫へと小太刀を突き出す。

 今までの斬り合いなど話にならない動き、死織は今まで手を抜いていたのだ。




 「――――ぁ」

 「―――――秋姫!?」

 「私と斬り合った時点で、アナタ達の負けは決まっている」




  吸い込まれるように、死織の小太刀は秋姫の胴体へと突き刺さった。

 死織は秋姫から紅い剣を奪い取り、その剣を使いアレフが放った『魔弾』を切り払う。

 そして紅い剣を捨てて、秋姫から小太刀を引き抜いた。

 小太刀の後を追うように、傷口から血液が噴出していく。




 「さて、この子はいつまで持つかしら?
  分かっているでしょう、アレフ。 この怪我は決して治癒しない」

 「お前を殺してでもか?」

 「その仮定には意味が無い。
  なぜならアナタでは私を殺せないのだから。
  もし殺せたとしても、その怪我を蝕む死を阻む事はできない」

 「――― なら、急いで殺さないとな」




  アレフは氷のような冷たい声で死織に聞こえるように呟いた。

 その姿がどんどんと人間からかけ離れていく。




 「雄途、秋姫を後退させろ。 エリスなら応急処置はできる」




  アレフの変形を呆然と見ていた雄途はその言葉で目が覚め、秋姫を抱えてエリスの所まで下がる。

 薫が持ってきていた医療キットを取り出し、エリスが傷口の処理を始めた。

 しかし血は止まらない、今も傷口が何かに攻撃を受けているかのようである。

 これが蝕む死――― このままだと秋姫は死んでしまう。

 アレフならどうにかできるかもしれない。

 そんな淡い希望を持って、アレフへと雄途は目を向けた。

 そして、アレフの変形した姿に絶句する。

 普通の人間が闇夜の中見れば、間違いなく悲鳴を上げるその禍々しい姿。

 頭部も既に人ではなく、大型の肉食動物『ワニ』の物と変化している。

 ―――人の見る悪夢の産物が、そこに物質化していた。




 「遊びはここまでにしよう」




  声だけは人間の姿の時から変化していない。

 それが歯の根が合わないほど恐ろしい、戦六の隊員達は皆、司令からある話を聞いているからである。

 紅の最終到着点、それは………




 「存在しない、異形の神を自らで実現させる事………」




  確かに今のアレフは、どこかの神話に出てきそうな異形の姿と化している。

 敵対していなくとも心臓を鷲づかみにされたかのような威圧感が、雄途達の心を蝕んでいく。

 こんなバケモノに戦いを挑んでいたのか―――― と。

 薫はいまさらそれを理解した雄途にため息をついた。




 「へぇ、それが紅の最終到着点、『異形の王』?
  すごいわね、紅の魔術士達が必死に目指すだけはある」




  死織は心の底から感心した口調で、そのバケモノに話しかける。

 その口調は旧友に話しかけるように馴れ馴れしいが、その顔は好敵手を見つけた修羅のようだった。

 心の底から恐怖が浮かんできそうなそれに、異形の姿となったアレフはワニの顔で笑みを浮かべる。

 だがそれは笑みと言うには歪んだ品物だった。

 顔が人のモノでは無い事もそうだが、その笑みが楽しいそうな笑みであるのも原因の一つで有る事に、間違いは無い。

  アレフの変じた『異形の王』がその巨大な口を開く。

 その中にはまるで刀剣のような形状を持つ無数の乱杭歯が並んでいた。




 「紅、最強の技だ。 これで死ぬ事を光栄に思え」




  瞬間、異形が駆け出した―――――















  その時、眠っているはずの錬の指が動いた事には、誰一人も気づいてはいなかった。































次回 縁の指輪 
二の指輪 三刻目 死を祓う――――










作者さんへの感想、指摘等ありましたらtomo456@proof.ocn.ne.jpまでどうぞ