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                縁の指輪 
    一の指輪 四刻目 涙の結果


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「行くぞ」


風を斬り砕き、グングニールが錬へと突き出される。
錬はそれを横に跳ねて避けた。
しかしそれを知っていたかのように、槍か軌道を曲げて錬を狙う。
自分の体勢を自ら崩し、錬はそれを回避する。
クロードはそのまま駆け抜けて、20m離れた位置で停止した。
そしてゆっくり、錬の頬が浅く裂けた。
風圧だけで、斬られた。


「………ッ」


浅いが、鋭い痛みに顔をゆがめながらも、クロードへ錬はナイフを投げつける。
それをクロードは眼前で槍を回し、叩き落とした。
その回転はまるで風車のようである。


「遅いデス… ねッ!」


もう一度、クロードは突撃姿勢をとる。
錬はナイフを構えなおした。


(速い……… その上、移動自体にもとんでもない攻撃力が有るんだ。
 迂闊に攻撃を仕掛ければ自分が死ぬ………)


知覚できる限界近い速度で移動し、その移動時に攻撃すれば攻撃した方が死ぬ。
クロードの強さとは………


(攻撃力… そして速度。
 その両方を兼ね備えた『突撃』と『投擲』、それがこいつの武器…)


錬の苦手な相手だった。
鬼などは人に殺されないと慢心している所がある。
だがクロード相手では、致命傷を与えられる距離に近づく以前に錬がやられる。
クロードは錬を甘く見ていない。


「ドウしましタ? サァ、きなサイ。
 こないナラ…… こちらカラ行きマスヨ!?」


そう叫び………クロードは『突撃』した。
錬はなんとか回避するが、もう少し反応するのが遅れていたら串刺しである。。
ナイフで戦うには、余りにも不利な敵。
その上、錬は出血しすぎた。
能力発現中の痛覚麻痺状態でも、痛みや脱力感が消えない。
出血がチカラを失わせていく。


「……………」

「ハハァ!」


何もかも貫くようなクロードの突撃。
避けられないわけではないが、そうそう何度も避ける事はできない。
クロードは疲れを知らないようで、突撃の速度はゆるまない。
しかし錬はどんどんと消耗していく。
そして意識すら朦朧としてきた。
錬は現実味をなくしていく世界をにらんで、ナイフを握る。
――― せめて一撃くれてやる。
自分の身を犠牲にし、零距離に接近。
一撃で殺す。
それしか方法が無かった。


「もうダメですか? まぁコレだけケガしていれば当然デス」


クロードは槍を右手に持ち、右足を半歩後ろに下げた。
『投擲』、しかし錬にはとても回避できない。
轟音と共に槍が投げ飛ばされた。
錬は避けようとするが、とても間に合わない。
「やった」と確信し、クロードは微笑む。
だがその槍は、横から飛んできた巨大な剣に弾き飛ばされた。
錬とクロードはそれに、目を見張る。
錬はその剣の、異常極まる大きさに。
クロードはその剣の存在に。
その大剣は教会で、もっとも有名な武器。


「――!?」

「ナッ!? 『エクスカリバー』!?」


それは純白に金と蒼で細工された優美さを持つ大剣だった。
教会製作、対魔武装。
神剣『エクスカリバー』。
白い一番目のオリハルコンとブルーオリハルコン、そして純金により作られた剛なる剣。
自己再生能力を持つ蒼いオリハルコンに支えられた、強いが脆い白色のオリハルコン。
金の飾りは豪華としか言いようが無い。
それは、教会最強と名高い第一聖典『アノウ・セブンロード』の愛剣。


「マ。ま、まさか……!」

「正解だ、勘だけはいいな狂犬」


剣を追うように、空から人影が落ちてきた。
その影は地面に突き立った剣の横に止まる。
皮のコートを着て、艶が無い黒髪を黒銀のバンダナで止めた男。
手にはTと刻印された十字架を持っている。
それは教会の、聖典の証。
彼を見て出来たクロードの隙に、錬は指輪をはめなおす。
校庭の入り口から、白コートをきた男が三人走ってきた。
いつのまにか黒いコートを着た男が二人、その横に現れる。


「アノウ……セブンロード……第一階位………第一聖典…」


呆然と呟くクロード。
そこに白コートの一人が近づいていく。
コートの肩には十字架のワッペンが刺繍され、手にはデザートイーグルを持っている。
そして懐から、薄っぺらい紙を取り出し、読み上げた。


「クロード・G・エンセンス、アナタは聖典から除籍されたました。
 それにより日本退魔組織『戦闘六課』ならびに異能者連合『聖十字軍』の条約を当てはめ、アナタを抹消します」


アノウはその宣言を聞きながら剣に手を伸ばす。
そして、自分の背以上の長さの剣を軽々と構えた。
白コードの言葉に、紙に書かれていた事に、クロードはうろたえる。
つまり彼の言っていることは………


「そうだ、お前は教会から見捨てられたんだよ」


アノウが淡々と言う。
それこそ世間話を
瞬間、クロードは顔をゆがめた。
嘆きと怒り、その他いろいろな怒りと悲しみの感情を混ぜた顔に。


「あ、ありえマセン…」

「おいおい、元仲間の言葉を疑うのか?
 俺は『嘘』は絶対につかないぜ」


豪快にアノウは笑った。
クロードは、叫んだ。


「フザけ、ふざケるナぁアアああアァアアアア!!」


ベキリ………
クロードの骨が折れた。
異常なクロードの様子に、白コートの男達はとっさにデザートイーグルを構える。
黒コートの男達は奇妙な構えをとる、そうすると虹色の光が彼らの腕を包んだ。


「な、何………?」


錬はその空気に、驚きの声を上げた。


「異常進化筋肉、奴は筋肉が自分の骨格を壊すほど肥大化している。
 やれやれ、カンタンに壊れるもんだ。
 それに、元々やりすぎなんだよ、あいつは………」

「…そうじゃなくて!」


クロードのことではなく、コートの男達のことを聞きたいのにはぐらかされた。


「お嬢さん、頼む」


アノウが何も無い方へ手招きした。
錬はそっちを見る。
緑色の視界では判別できないので、指輪をつけた。
………そこには綾美がいた。


「アノウオオオ! 吸血鬼を庇ったナァ!!!」

「聖十字からの頼みでな、ま、聖十字に借りを作っておくにこした事は無い。
 少なくとも… お前みたいに恨みを買うより一億倍マシだ」


淡々と狂ったクロードの言葉に返す。
槍を地面に落とし、クロードは爪を立てて肩を削っていた。
「掻いている」という生易しいものではない。
文字通り、肉ごと削っていた。


「くそ、クソ。くそ!クソォオオ!!!
 化物を生かすナンテ! 聖十字なぞ半獣の群れ! 戦闘六課なぞ唯の歴史浅い若造!
 そんなモノに媚を売るトハ!
 魂を売ったか! アノウ・セブンロード!!!」

「お前見たく狂っていないだけだ」

「同感」

「おお少年、キミもそう思うだろう?」

「同意します」

「キサマラァアアアアア!!!」


アノウと錬は気が合い会話しているところへ、クロードが叫んだ。
槍を錬へと投擲する。
それよりも数秒早く、綾美が錬を抱えて回避した。
地面を大きく削り、グングニールは錬のいた場所に突き立った。
それを合図にしたかのように、アノウが動き出す。
軽い動作で、槍を回収したクロードに斬りかかる。
クロードは槍の腹で受け止めるが、みしりと骨格が悲鳴を上げた。
軽そうに見えた一撃には、とてつもない威力が込められていた。


「ば、バケモノ………!」

「おいおい、この程度でびびんなよ?
 魔王との戦闘はこの比じゃねぇぞ」


聖典もしくは階位と呼ばれる中で、唯一、魔王と交戦経験があるアノウがいう。
剣を軽く上に上げて、もう一度落とす。
今度はグングニールのブラックオリハルコンがきしんだ。
エクスカリバーのホワイトオリハルコンは、オリジナルオリハルコンに今は亡きネーム・ロア・フレイツが魔法強化を施した退魔金属。
対するグングニールは所詮、教会の第六聖典用に作られたオリハルコンの合金。
その性能の差は明らかだ。


「そらりょ! 右だ!」

「アァ!?」


エクルカリバーを構え、横に振るう。
舞のような軽い動き、だがそれに込められた破壊力はとてつもないものである。
それを受け止めたグングニールが悲鳴をあげた。
衝撃をもろに手に受けて、クロードは呻く。
楽しそうに、本当に楽しそうにアノウは微笑んだ。
対するクロードは冷や汗を流す。
実力に差が有りすぎた。
余裕があるアノウに対し、クロードには微笑む余裕すらない。
一撃でも喰らえば、即死だ。


「そりゃよ! 上!」

「ガァアアアア!!!」


軽く、重力に任されて落ちる剣。
クロードはギリギリで回避するが、発生した衝撃で吹き飛んだ。
ありえない………
そのとんでもない攻勢に、コートの男達は支援攻撃すらできない。


「な、何なんデスか!?」

「ああ、竜騎士(ドラグーン)だ。
 紅の魔王、アレフ・リキュールの古い知り合いの一人、それだけだ」

「教会に竜騎士!? 馬鹿な……」

「まあ、魔王とかにコネとかあるしな、教会も一枚岩じゃあねぇってこった」

「がぁああああああ!!! このバケモノがぁあああああ!
 もういい! 死ね!
 キサマを殺した後に、教会も、聖十字も、戦六も滅ぼしてヤル!
 人こそガ人の守護者になるべきなのデス! 竜騎士なぞ倒すベキ怪物に過ぎナイ!
 死ね! アノウ・セブンロード!!!
 『闇よ』『光よ』! 『開放するは我』!」


叫んだクロードが、槍を構え何かを唱え始めた。
槍が、グングニールが闇と光を飲み込み始める。
世界の色が、消えていく。


「相変わらずクロードは考え方がめちゃくちゃだな… まさかあれまで使うとは……
 おい少年と少女、とっとととんずらだ」

「へ?」


今までの圧倒的過ぎるアノウの戦いっぷりに、意識が半分飛んでいた錬は突然話しかけられて困惑した。
綾美をアノウの言葉どおりに、錬の手を引いて駆け出す。
アノウはそれを確認し、叫んだ。


「総員撤収! 聖十字は各個の判断に任せる!」


白コートの男達は命令に従い走り出した。
黒コートは少しの間思考して、走り始める。
それらを確認してから、アノウも走り出した。


「な、何が……」

「周囲の闇と光を媒介にし、物体を世界から排除する。
 グングニールの切り札だ」


黒いオリハルコン内部の空洞に掘り込まれた術式。
光と闇という混ざり合わない存在をあわせる事により発生する、世界の修正の隙を狙い、対象の存在を世界から排除する。
紫の魔術に似た、人が作り出した最強の魔術式の一つ。


「しかし、リミッターを外したな。
 このままだと、逃げ切れない」


グングニールの生み出した色がない世界は広がり続ける。


「普通なら半径30mが限界なんだがな………
 式事態が空気分子を動かして自己増幅してやがる」


アノウは憎憎しげに言う。
既に半径30mなど超えている。
思わず錬は耳を疑った。


「つまり……どういう事?」

「この町ぐらいの範囲から人外の生物が根こそぎ消滅する」

「そんあぁ!?」


話を聞いていた綾美が叫んだ。
アノウは黙ってうなずく。
最強の聖典でも、グングニールの魔術にはなすすべがない。
エクスカリバーも同じような魔術を掘り込まれているが、性質が違う上、防御系の物ではない。


「止めるにはグングニールを破壊するしかない…」

「アナタには出来ますか?」

「無理だ。
 排除される前にグングニールを確実に破壊しなければ………」

「俺ならできる」


綾美の手を振り切り、錬は立ち止まった。
出血も痛みもすでに指輪により回復している。
そして………
ナイフを引き抜いた。


「少年、できるか」

「やれます」

「止めないの!?」


錬を置いて、走り続けるアノウに綾美が叫んだ。
アノウは止まった綾美をお姫様抱っこして走り続ける。
錬はそれを横目で見ながら、指輪を外した。


「止めれるけないだろう?
 第一、俺は今回、お前の保護を頼まれてもいるんだよ。
 危険な所に置きっぱなしでいられるものか」

「……淡白ね」

「まあ、そういうもんだ」


錬の切り札。
鬼と人には埋められない大きさな差がある。
生まれつきの身体能力だ。
アノウやクロードといった生粋の戦うために鍛えられた戦士と違い、錬はたかが15の子供に過ぎない。
なら錬が鬼相手にどう戦っていたのか。
答えは簡単である。
速度だ。
一瞬だけの加速、それと共に行うたった一度の攻撃。
錬の瞳が見る、壊れた世界と現実の接点。
絶対物質崩壊点への一撃。
グングニールは、既にエクルカリバーの攻撃で大きなダメージをおっている。
グングニールの刀身に、うっすらとヒビが入っていた。
そのヒビが集まる、中心より微妙に下の部分。
そこさえ狙えば、この鉄でしかないナイフでも十分破壊できる。


「………行くぞ」


錬は駆け出した。
色の無い世界に入ると、錬に『アラ』が出てくる。
画質が悪いテレビのように、錬が音を立てて少しずつぶれていく。
世界からの排除が始まった。
―――気持ち悪い。
それが錬の感想である。
ぬるま湯につかったような感覚の中、感覚が薄れていく。
だが、視角だけは世界を緑で覆いつくす。
クロードまで、あと10メートル。
錬の姿を見て、クロードが反応した。
グングニールから手を離し、手甲を右手につける。
離れても槍の力は働くようだ。
現に、まだ色の無い世界は広がる。
クロードは幸せそうに微笑んだ。
錬は速度を速め、さらに加速する。
クロードは腕を引きちぎれるの覚悟で、全力で殴りかかる。
それを速度に任せて回避した。
槍を狙う一撃。
それ直前に、ナイフが『排除』された。
輪郭が薄れ、世界に溶けるように消えていく。
だが、それでも攻撃の手段はある。
それは………

錬は、グングニールを手に取った。


「ナァアアアアア!?」

「もうこの槍の壊し方は理解した。
 自分の武器で殺してやるよ」


グングニールを本来の持ち主のクロードより軽やかに、錬はグングニールを構えた。
『排除』はグングニールに接触したせいで、安全装置がかかり錬への効果が無力化される。
たとえ意思の無い魔術兵器だろうとも、自分も消してしまうほど愚かではない。
しょせん神槍としても、人が作った武器でしかない。
武器なら、奪うことも可能だ。
クロードは筋肉組織がちぎれた右手ではなく、左腕で握りこぶしを作った。
まだ、戦う気なのだ。


(だから狂犬か…)


アノウの言った言葉の意味が分かった。
もう、自分の意思などコイツには無かったのだ。
単なる脅迫概念に踊らされる兵器。
まるで、何もかもを壊すように、クロードは拳を振るう。
錬はグングニールを横に振るった。
無論、クロードも回避行動をとる。
だが、槍は彼を狙ってはいなかった。
その、右腕の、手甲とぶつかる。
それはもう限界を超えたグングニールに、この上なく破壊しやすい状態を生み出す。
そして、乾いた音を立てて、グングニールは壊れた。
瞬間、世界は元に戻った。
しかし、クロードは変わっていない。
錬は彼の拳を回避するが、その左腕は槍の柄を叩き錬の手から槍は飛んでいった。
すかさずその槍を手に取り、クロードは突きを繰り出す。
ズタズタの槍先は、まだ人を殺す力を秘めていた。
錬は先の回避行動から立ち直っておらず回避できない。
その時だった。
グングニールの矛先を銃弾が弾いたのは。


「何ィイイイ!?」

「早く立ち上がれ坊主!」


銃を撃ったのは白コートの一人だった。
白コートが二人、黒コートが二人、錬へ走ってくる。
黒コートの一人が虹色の光を纏った拳を、地面へ叩き込んだ。
瞬間、クロードはジャンプして後方に下がる。
さっきまでクロードが居た地面から、土で出来たトゲがつきだしてきた。
クロードはそれを行った黒コートへ走るが、その歩みを白コートの三人目がライフルで威嚇射撃をする。
槍の風車でクロードは弾丸を弾く。


「全く、どういう神経をしているのですか君は」


銃を撃っていない最後の一人が錬の横まで来て言った。
錬は彼に対し、笑みで答える。


「図太い神経だよ」

「見たいですね」


彼もデザートイーグルを構えクロードへ発砲する。
クロードはそれに反応し、回避行動を取った。
そこへすかさず、もう一人の黒コートが虹色の光を纏った拳を振るう。
その拳の延長線上にいたクロードが、まるで拳が届いたかのように吹き飛んだ。


「聖十字の戌がァアアアアア!!!」


クロードが叫ぶ。
それで錬にも事態が飲み込めた。
教会と聖十字が共に戦っているのである。
白コートは教会、黒コートは聖十字なのだ。


「アノウさんが彼女を下げるまで持ちこたえればいい!」


衝撃波使いの黒コートが、もう一人に叫ぶ。
しかしもう一人はクロードの猛攻を避けるので精一杯だ。
グングニールは元の形状を保っていないというのに、その速度はむしろ向上していた。
黒コートは人間とは思えない速度で回避行動をしているのに、すこしずつだが手傷を負っていた。


「下がれ、支援する!」


白コート三人がデザートイーグルを構える。
それを合図にして、黒コートたちは後方に下がった。


「撃て!」


三人がデザートイーグルに残った全弾を撃った。
その攻撃を、クロードは槍で空へ飛び避ける。
すかさず衝撃波使いの黒コートが攻撃を仕掛けた。
クロードはその衝撃波を空中で槍を振るい、体を横にずらして回避する。
さすがに回避されるとは思っていなかったらしく、五人ともが驚愕した。
腐っても、教会第五聖典。
その隙を逃さず、黒コートの二人を流れるように切り裂いた。


「がぁ!?」 「ウぅ!!」


槍先が壊れていたおかげで傷は深くなかったが、既に戦える状態では無い。
白コート達はデザートイーグルを捨て、銀でできた投擲剣を引き抜いた。
だがクロードの動きの前では、勝ち目が無いとしか言えない。
その状況を知り、錬は駆け出した。


「どけ! お前達じゃ勝ち目が無い!」


既に黒月の指輪のおかげで回復は終わった。
もう、戦闘に支障は無い。
クロードは錬を知覚し、狂気で染まった口調で叫んだ。


「キサマきさまキサマキサマきさまきさまキサマぁアアアァァァァアア!!」

「黙れ、壊れラジカセ!」


走りながら、錬は白コートの一人から銀の投擲剣を分捕った。
「あぁ!?」と彼は驚くが、錬は「ごめん」と言ってクロードへと切りかかっていく。
クロードは槍を突きの形に構えて、錬へと突撃する。
銀の投擲剣は刃が薄く簡単に壊れそうだった。
しかし教会の武器、見た目道理とはいくまい。
実際にクロードの超高速の突きを受け流してもヒビ一つ入らない。
さらに錬は右腕だけで剣を持ち、左腕にナイフを持った。
クロードの突きを確実に錬は銀の剣で切り払い、ナイフで一撃死を狙う。
錬の能力から言えば、一撃加えられば勝利なのだが、その一撃を微妙に体をそらしてクロードは回避した。
錬がもつ力を理解していなくとも、歴戦の戦士の勘が錬の攻撃を脅威と感じさせているのだ。
現に錬の一撃は、直撃さえすればどれも必殺の技である。
しかし、どれも外れる。


(ヤバイ……ヤバイぞこれは…)


既に錬の視界は緑で濁ってきている。
本来錬の能力は、人間には過ぎた品物だ。
長時間使えば、間違いなく綾美への攻撃のように見境無く攻撃を始めるだろう。
そうすれば真っ先に狙われるのは黒コート、異能者の二人だ。
それ以前にけりをつけるしかない。
あせりが、錬の技に曇りを生み出した。


「――――――ぁ!」


銀の剣の腹を、クロードの槍がぶち抜く。
かろうじてナイフで刃先を受け止めるが、錬は衝撃で吹き飛んでしまった。
錬は立ち上がったが、ナイフは砕けていた。
今日持ってきたナイフは、これで最後である。
破片が体の所々に突き刺さった上に、また傷口が開いてしまった。
錬は後ろに下がり間合いを取る。
武器はもう無い。
しかしまだ錬の世界は緑色である。
爪でも、うまく狙えれば倒せる。


「――――ガァアアア!!」


獣のように叫びながら、クロードは飛び掛ってきた。


「少年!!!」


そこへ、前の時のようにエクスカリバーが飛んできてクロードを拒んだ。
アノウが叫びながら投擲したのである。
エクスカリバーは柄が『飛び出していた』。
いや違う、剣の中に剣が収納されていたのだ。


「それが『エクスカリバー』だ! 使え!」


柄を共有した、大剣エクスカリバーの真の姿、神剣エクスカリバー。
ただ一振りの、合成品では無い、オリジナルオリハルコンで作られた剣。
すかさず錬はそれを引き抜く。
巨大な刀身の姿をした鞘を盾にし、すばやくクロードの死角をとる。
真のエクスカリバーは軽い。
その外見は、いまだ普通の剣よりふた周り大きい。
だが、錬に邪魔にならない程度の重さだった。
それをクロードの右わき腹に突き刺した。
内臓を破壊し、切り裂き、砕き、クロードを構成する細胞を殺しながら、反対の左わき腹へと貫通する。
クロードは口から、血を吐いてグングニールを落とした。
錬はエクルカリバーを勢いよく引き抜く。
血が飛び散り、錬の顔を染める。
怒号と絶叫の叫びが、錬の耳を突いた。


「アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


クロードの血液で、錬の服は赤に染まる。
だが、この一撃でもクロードは倒れなかった。
腹圧で飛び出そうとする内臓を無理やり動かした右手で押さえる。
クロードはもう一度左手でグングニールを握り、まだ戦おうとしていた。


「ぁ……グぅ………が…ハ……… ぐぅう…」


言葉の代わりに呻き声を出し、クロードは錬へと向きかえった。
鬼気迫る殺意を隠しもせず、その殺意で顔を怒りの表情を超えた何かにしている。
すでに、人間ではなくただの殺意の塊だった。


「……………」


こんなものが、人間であるものか。
一瞬、錬はそうおもった。
では、人間とは何なのだろう?
同時にそうも思う。


「ガァァアアアアアァァァアアアアァァアァアアァアアア!!!」


クロードが吼えた。


「うぉおおおおぉおおおおおおおおおぉぉぉおおおおおお!!!」


錬が叫ぶ。
錬の狙う場所はクロードの――。
クロードの狙うのは錬の心臓。
エクスカリバーを構え、錬は突撃する。
グングニールを構えて、クロードは捨て身の攻撃をしかける。
交差したのは、一瞬だった。
そして結果が出たのも一瞬である。
血液を飛ばして、錬は倒れた。
かなり深く肩を切られた。
丁度切れ味がいい所できられたので、指輪で再生できるだろう。
そしてクロードは、倒れた。
錬のエクスカリバーは、彼の槍を受け流しながら、腹部を強打したのだ。
それにより、クロードは倒れたのだ。


「唯の死にたがり屋と、すこしでも生きたい奴では、結局生きたい奴が生きるんだよ」


ぼんやりと、錬は呟く。
これが、この戦いの終末だった。










































「お世話になりました」


布で包まれた剣を背負ったアノウに、ミイラ状態の錬は言った。
あの戦いから一日、綾美の過剰な処置により大量の消毒薬と包帯で錬はミイラ状態にされてしまった。
対する綾美は、無傷であるし、アノウも無傷である。


「ああ、いいって事よ。
 どうせ聖典なんて派遣員でしかないからな。
 給料はいいんだけどな。 ははは!」

「………私はどうすればいいのですか?」


綾美はアノウに問いかけた。
彼女は一応主だったレイ・ゼフィランスが消えたことにより、彼の力を継承している。
だが、昼間も彼女は出歩けた。
それは本来ありえないことである。
力を継承するというコトは、完璧に人でなくなると言う事なのだから。


「ああ、それは聞いてない。
 アレフにせかされたせいで、ろくに話が聞けなかったからな」


やれやれと大げさに体を動かし、後ろにいた二人の白コートの男を下がらせた。
そして錬の耳に顔を近づけてささやき声で言った。


「うちの日本支部、通称『神樹の下』の隊長、中風=ロゼット=フィリアムと………
 第三聖典『聖鈴』シェイク・エリスが、お前の祖父、秋雨刀冶と何か話し合ったらしい」

「………何?」


何で、アノウが祖父の名前を知っている!?
錬は驚愕した。


「これ以上はいえないな。
 いった理由事態は単純だ、このままだとお前、アイツに喰われるって。
 アレフが散々言ってきたからな………」

「―――――!!」

「武運を祈る」


アノウはそういい、錬に背を向けた。
それはもう言う事は無いと言う意思表示である。
錬は思わず叫ぼうとしたが、その背中という拒絶に阻まれ、声は出なかった。


「総員撤収、それと本部に連絡。
 アノウ・セブンロードがクロードを殺したとな」


それは彼の思いやり。
もし、錬がクロードを殺したとわかれば、教会は錬に目をつけるだろう。
しかし、この場にいるのは………


「いいのですか?」

「ああ、頼むぜ」

「任されました」


アノウが心から信じる、仲間だった。
白コートの男達は、かなりの速さで立ち去っていく。
アノウは、錬と綾美がまばたきした一瞬で消えていた。


「まるで、幽霊みたいですね」

「………だな」


学校で、どうやってこの傷の言い訳をしようか………
錬はやっと、思考を普段の物に直すことに成功した。
とりあえず、今日は風邪という事で休みをとろう。
頭をかきながら錬はそう決めて、家へ入ろうとした。
そして、綾美を見る。


「……………」


彼女は、泣いていた。

人で無くなったときから、既にこの時は来ないと思っていた。
―――暖かい朝日が、この上なく心地よかった。


「綾美? 家に入るよ」

「家?」

「俺んち」


錬はそう言って、黒い破片を取り出した。
黒い破片。
それはグングニールの破片の一部だった。
破片には、服一部がくっついている。
それは『藍子』のものに違いなかった。


(それじゃ、な)


破片を空に投げ上げ、落ちてきた所を能力を使ったナイフで粉砕する。
粉になった破片は風に流され、舞い上がった。


―――錬なりの、お別れだった。


綾美には、『藍子』はいなかったとでも言っておこう。
この痛みと苦しみは、自分だけの物にしておこう。

錬はそう、心に誓った。


「今のはなんですか?」

「………厄除けだよ」


自然な笑顔で錬は微笑んだ。
ナイフをしまい朝日の中、天へ手を伸ばす。
その手は今は、朝日を掴んでいた。




















「あらあら、あのバケモノも役に立たなかったわね………」


錬達を、遠く遠く離れた場所から死織が見つめていた。
すでに錬につけられた傷は跡形も無い。
手の中では、黒い短刀が脇差になったりナイフになったりと変形を続けている。
そして錬の使っていたナイフと同じ形状になった。


「ふ〜ん………」


そのナイフを握り、数回振るう。
死織は呆れてためいきをついた。


「なんて無様な武器……… やっぱり凶器としては日本刀が最高ね…」


ナイフを元の短刀に戻し、背後に振るった。
ゼロはその攻撃を、黒い液体を盾に防ぐ。


「ゼロか……… 驚くじゃない」

「それはこちらのセイフだ。 いきなり攻撃する奴が言うセイフでは無い!」


死織とは違い、ゼロの方は完治したとは言えなかった。


「しかし、私の混沌を上回る攻撃とは……」

「そうよ、だからよ。 全く、本気では無いのにバケモノ並みね」

「本人の言った通り、本気ではないと?」

「あんな指輪で抑制している時点で、全力で戦えるものじゃ無いわ。
 破壊は、制御されないからこそ破壊なのよ」


実に楽しそうに死織は言う。
ゼロは痛む二の腕を撫でながら、木を背に座った。


「あら、まだ再生してないの?」

「錬……… 奴から喰らったケガは治りにくい」

「破壊されたのよ、攻撃を受けた部分の存在そのものが」

「………存在そのものへの直接攻撃…? 馬鹿な…」

「アナタみたいな存在のまさに『天敵』ね。 まあ私もなんだけど」


一瞬、ゼロは顔を怒りに染めた。
死織が一瞬、自分を侮辱したと思ったのだ。
だがよくよく考えてみれば、実際にその通りなのである。


「永遠を、否定するもの………」


ゼロはそう呟き、考え込んだ。
それを死織は横目で見て、微笑む。
とても楽しそうな笑顔。
もしゼロがそれを見ていれば、即座に彼女から逃げるだろう。
それは世界そのものを獲物と見る、肉食獣のものだった。


(さぁ、序幕は終わったわ。
 これからが、本当の始まり。 せいぜい楽しませなさい、秋雨……… 錬。
 私の……………)


死織は、天に手を伸ばした。
その手には、何も掴んでいなかった。
















「しかし、よかったのですか?」

「何がだ?」


教会日本支部、『神樹の下』。
そこでアノウは始末書を書かされていた。
クロードを倒したのは、アノウではない。
それはとっくに中風=ロゼット=フィリアムには気づかれていた。
上には話をごまかすと中風本人が言ってくれたのはよかったが、条件に彼のやった事の始末書を代わりに書かされている。
そこに白コートの一人がコーヒーを持ってきた。


「秋雨……… あの少女の名字と同じです。
 もしかしたら何らかの関係があるのかも………」

「………………十中八九そうだろうな。
 秋雨家は荒神家と同じだ。 どっちもあの者達の末裔。
 そういうこともあるだろう」

「なら、何故?」

「…………今はその時ではない」


アノウはコーヒーを飲み込む。
そして少しの間沈黙した。


「次からはブラックで頼む」


コーヒーは砂糖が入っていた。
アノウ・セブンロードは甘党ではない。


「死織といったか………
 エリシアだけだよな、第六分隊の生還者」

「ええ、他のメンバーは死織に殺害されました」

「………秋雨、死織…」































遠い昔の話である。







小さな錬は、何度も何度もナイフを藁人形に突きさしていた。
藁人形にはひらがなでおとうさん、おかあさんと書かれている。
錬は何ながら、叫びながら何度も何度もナイフを振るっていた。
藁人形はもうズタズタで、ナイフを突き刺すところは無い。
錬はそれを理解すると、ナイフを放り捨てて部屋から飛び出してしまった。
いつも一人で遊んでいる森、そこに錬は逃げ込んだ。
世界は、緑で満たされていた。

気持ち悪い………

異常なほど強烈な頭痛と、きしむような心に響く痛みに錬はもがく。
そして錬は気づいた。
錬の視界に入った、小さな池にいる女性に。


「――――――――!!」



殺してやる!
なんで僕はこんなに苦しいのに、お前は苦しんでいないんだ!


狂った思考の中で、錬はそう決めつけその女性に殴りかかった。
少女は甘んじて、力が入っていない錬の拳を手で受けとめた。
女性は奇妙な服装をしていた。
青い長いスカート、これはいい。
上着は、赤いセーター。そして上に革ジャンパーを着ている。
錬はその女性の顔を見た。

とても、悲しそうな顔だった。

その顔を見て、錬は攻撃を止めた。


「全く、いきなり何をするの?」

「……………ぅ」


何をした?

夢からさめたように、錬は攻撃的な思考を止めた。
しかし、まだ世界は緑色……

もう、やだ。
頭痛も、苦しみも、もう、やだ。


少年の錬はそう思った。
その心の声を聞いたかのように、女性は目を細める。


「その、瞳ね」


女性はそう呟く。
錬は、うなずいた。


「ならその苦しみをなくしてあげる」

「どうやって?」


錬が聞くと、女性は微笑み呟いた。
その微笑は、外見とは逆に悲しみに満ちている。


「見つけるの、その瞳を戒める指輪を」

「それって大変じゃないの?」

「だからアナタにも頼むわ」


そう呟き、女性は錬の耳下に顔を寄せた。
そして、とても小さい声で呟く。


「私を殺して」


一瞬ギョとして、錬は彼女の顔を見る。
その顔には、冗談のカケラも無かった。
錬に、本当に頼んでいるのだ。


「どう、して?」

「アナタにしかできないから」


女性は錬の手のひらに、自分の手のひらを重ねた。


「アナタの力は、いつか絶対に必要になる。
 そして、私をアナタが殺すことも、必要な事なの。
 だから、その時がきたら………」



――――――――この私を殺しなさい。



その女の名前は、昼夜。
自らの死を望む者………




次回 縁の指輪 
二の指輪 一刻目 蒼と緑の世界