自分、北風徹は卑怯者である。
少なくとも自分ではそう思っている。
それは自分だけではあるが、断言できる。


「おい、どうした?」


紫苑が話しかけてきた。
世界そのものが大嫌いになった俺でも、コイツだけには絶望を覚えない。
それは何故だろうか?
考えた事は無い。


「ああ。 なんでもないさ」

「ならいいけど……… 結局、キミは俺に何を期待しているわけ?」


紫苑はそのパープルの瞳でこちらを見つめてくる。
対する俺の黒い瞳は、唯単にそれに反応して焦点を合わす。
本当、疲れる。


「そうだなァ」

「だからさっさと言ってくれ」

「そうだ。 アレがあった」


―――そう、世界の絶望を覆してほしいんだ。
―――希望ではなく、望みに。


「難しい事言うね」


笑いながら、紫苑は言った。





















刻の後継者 第一話(後編) 『生物 ―せいぶつ――』




















「弐号機をハンガーへ固定! 燃料投棄の後、オーバーライドでコックピットを開放!」


弐号機と参号機、そしてシタンのトレーラーは、ナナツキという工場へと帰ってきていた。
そこへ着いてから、シタンは大声で命令を下し続けている。
参号機は自走でハンガーへと帰る事が出来たが、弐号機はそうはいかなかった。
ほぼ全身がいかれており、歩行すら出来ないありさまである。


「弐号機の崩壊した人工筋肉を切り取れ! 予備の物に交換すれば稼動はできるはずだ」

「何処が変なんだ!? 戦闘機動時のデータを洗いざらい調べろ!」



「異常なんて何処にもないさ」


そんな彼らの会話を聞きながら、シタンは呟いた。
それに月野は眼を細める。


「何処にも無い?」

「全部いかれているなら、異常なんてないさ」


要するに、弐号機はフレームからの修理が必要というコトだ。

それを月野は理解して、指示を出すために走り去った。
シタン………いや南原紫鍛は機体の脚部装甲から飛び降り、その下で待っていた紫苑に話しかけた。


「すまんな、いろいろ立て込んでいて」

「いつものことだろうに? いまさら建前なんて意味ないよ」

「………―――だな」


シタンは実の息子の言葉に、肯定しかできない。
シタン自身は理由をもっているのに、それは紫苑には言い訳にしかならないだろう。
右腕の痛みを隠し、シタンは歩き出した。



「ナナツキ……… 聞いた事が無いな。そんな会社」

「そりゃそうだ。 ナナツキはいろいろな幽霊会社を通してしか営業とかしないからな、ナナツキ自身は表舞台には出ない」


紫苑はものめずらしそうに、その工場の中を見ていた。
三機の機体が椅子に座り、その内一機が分解され始めている。
弐号機の再修理が始まったのだ。


「ねぇ、アレ壊してない?」

「直しているんだ、縁起の悪い事を言うな」


シタンが紫苑の言葉を否定する。
何が悲しくて数少ない機体を壊さなければいけないんだ。
そんな事を考えながら、シタンは壱号機が入ったコンテナが倉庫に運ばれるのを見つめた。
十二個の8桁パスワードを必要とする機密度が高い倉庫である。
主には重物質を使用した超兵器たるアンチマテリアルバズーカなどの危険な物がしまわれているのだ。
壱号機もその倉庫に封印されることとなる。
その部屋のパスワードはシタンと月野が半分ずつ持っており、片方のパスワードをもうひとつが補完する事で初めてパスワードとして成立するのだ。
シタンの物だけでも駄目だし、月野のものだけでも駄目である。
そして最後の12個目のパスワードだけは日ごとに変化していく。
特定の解読法に従ってシタンの愛用ノートパソコンにのみ存在するプログラムを走らせて、初めてそのパスワードは判明する。
それだけ危険な物が入った倉庫なのである。
通称、封印格納庫。


「シタン隊長! 最後のパスワードを」

「922x54tnだ。ただしこのパスワードは最初の数字の入力から最後までを十秒内に入力しないと全部リセットされる。気をつけろよ」

「了解!」


紫苑はその会話を聞いて、大体の父の立場を理解していた。
―――上司というわけだ。
その父の行動一つ一つに、紫苑は怒りを覚えた。
いいわけだとは知っているが、気に喰わないのだ。
彼の行動一つ一つが用意されていたマニュアルにそっているように見える。
そして興味をそそるものもあった。
椅子に座った鋼鉄の巨人、シメオンである。


「シメオン。 人体の拡張となる大型パワードスーツというわけです」

「………誰ですか?」

「月野直井です。 ナナツキの副隊長こと副司令です。影が薄いことで有名」

「……………シメオン?」

「聞き流しましたね………怨みます。 それはさておき、シメオンは強化物質を用いた素材だけで作られているのです」

「強化物質だけで!?」


強化物質とは2010年から発見された、特殊な原子結合を持った物質のことである。
銅なら銅の、銀なら銀の強化された結合が存在する。
硬いなどの金属としての性質が大幅に強化され、今までの機械技術を根本から覆した。
だが製作のコストが莫大で、これで機械を作っても赤字が多くなるというのが問題である。
ほとんどの場合使用されるのは少量で、それだけで機械を作ることはほとんどない。
だが目の前に、そのほとんどがあった。


「そして、敵と対抗するための武器なのです」

「それが、あの化物」

「我々は未確認生物と命名しています。まあ命名じゃ無い気もしますが………
 奴らには現存の戦車などではあの運動性、攻撃力には太刀打ちできません」

「戦闘機とかがあるでしょう?」

「ではもし対抗されて飛行する敵が出てきたら? それに戦闘機など飛ばしたらあいつらの存在を宣伝するようなものです。
 そうなったら………世界的な混乱は間逃れませんね」


世界的な混乱………確かに人間なんて物の数ではない生き物がいると分かれば人は恐怖するだろう。
簡単に世界のシステムなど壊れる。


「それゆえにわれわれは『システム』なのです。 世界の機構を守る機構。
 シタン隊長ならこう言うだろうな『そうだな、ココこそ人類の壁そのものだ』って」

「…………」


月野はそう呟き、もう一体のシメオンが布をはがさる様を見つめた。
肩に『五』と書き込まれたその機体は、他の機体とは違い右腕がかなり大きい。
頭部にはたいした変化は無いが、獣のような気配が漂っている。


「………… シメオン」


紫苑がそう呟くと、五号機は紫苑に眼を向けた。
そんな気配がした。











「シメオン一機大破……… シメオン単独では『オーガ』にも対抗できないことが判明しました」

『それは分かっていたことだ。 シメオンは所詮アレの粗悪な模造品にすぎん、期待するほうが間違っている』


暗い隊長専用室の中、シタンはめがねをかけて電話をしていた。
電話機に番号は出ない、完全な専用回線なのだ。


『アレはアレで半壊しているが、シメオンはその能力の一割にも満たない。
 ギリギリで現存の兵器の上を行っているが、単純な火力や装甲では戦車にもかなわんし展開性と運動性も戦闘機にはかなわない』

「それでも、あいつらに対抗できる兵器はあれしか有りませんが?」


三次元的行動を行える『敵』に、戦車や戦闘機では勝てない。
戦車では当てることすら出来ないだろう。
戦闘機でも戦闘ヘリでも『敵』相手では間違いなく勝てない。


『分かっている、言うな。 そのためにフォルテの生産ラインに乗せるのを急いでいるのだ、お前らは完成まで時間を稼げばいい』

「無理ですね、二機だけでは………」

『なんなら奴を出せばいい? だろ』

「………………あの道化を?」

『冗談だ、お前の息子の能力者のはずだが?』


その言葉に、シタンは笑みを浮かべた。
だが声にはカケラも出さず会話を続ける。


「不可能ですよ、紫苑が適応するとしたら……… 壱号機かEX・NO・01です」

『危険な賭けになるか……… 止めたほうが無難だな』

「アイツは賢いから、状況を分かってくれますよ。 秘密は守られます」

『だな。 弐号機は製造時の予備部品を送る。 頑張れよ』

「お互いに、ですね」

『ああ……… 大変だよ』


闇の中、シタンはめがねを外し、それを引き出しの中に入れた。
旧友だった彼と既に電話でしか話せない距離が離れている。
その徒労感に苦痛を覚え、引き出しから薬瓶を出して薬を飲み干した。
頭痛薬にシタンは感謝する。
フォルテシリーズが生産ラインに乗るまで? 一体いつの話だ。
まるでゴールが見えない戦い、侵略との戦いとはこういったものなのだろう。


「そうだ、侵略者だ。 これは………」


シタンは薬瓶を机の上に置き、呆然と呟いた。


『確かにな』

「―――!?」


まだ声が―――!?
シタンは電話をみるが、回線はつながっていない。
そのとき、警報が響いた。











静はコンバットアーマから私服に着替えてから、やっと心臓の鼓動が落ち着いていた。
戦闘の、死の恐怖はいつまでも継続する。
美野里はこれを完全に無視できる。
それは静にはすごい才能に見えた。
戦闘では気にせず動けるが、機体を降りてから全身が寒くなる。
まるで自分が化物のように静は感じるのだ。
鋼鉄の化物を支配する化物。


「あっ……………」


音を立てて、椅子の上に置いていたコンバットアーマのヘルメットが床に落ちた。
軽く数回地面で回り、右側を下にして止まる。


「…………」


自分用の藍色を主にしたコンバットアーマはだらしなく椅子にかかっている。
多分、装甲の上に変な風においてしまったから落ちたのだ、と自己完結して静は深めの帽子をかぶった。
そしてヘルメットに手を伸ばし、その後ろの方を掴んで持ち上げてみる。
思ったより軽かった。
それだけ確認して、静はコンバットアーマをハンガーにかけてロッカーに押し込んだ。
ロッカーをいまでも使われる南京錠で閉めて、狭い着替え室を出る。
弐号機の修理であわただしい格納庫を通り、自らの参号機のところまできた。
二回の出撃で損傷は皆無。
それは美野里が犠牲になってできた事実である。
自分は何もしていない。
唯単に、敵の隙をついて攻撃をしただけ、そう思い静は嫌な気分になった。
これでは唯の嫌な女ではないか、と。


「あら、やっと着替えが終わったの?」


女性の声を聞き、静は振り返る。
そこにはまだコンバットアーマを着込んだままの美野里がいた。
ヘルメットは右手に持っており、頭部にはその代わりに包帯を巻いている。
彼女の声は、彼女が着ている鉄色のコンバットアーマのように、冷たい声であった。


「美野里さん………」

「いいご身分ね、私を一人戦わせていい所取り、本当、いいご身分ね」

「………………」

「冗談よ、どうしたの? もしかして本当に自分の『いい所』を宣伝したかったの?
 私は間抜けな美野里と比べ物にならない優秀な人材です、って?」

「み、美野里さん!?」


何で。
いきなりの美野里の言葉に、静は混乱した。
多少は負い目を感じていたが、ここまで悪意をむき出しにして言われるとは思っていなかったのだ。
美野里は静の慌てぶりを見て満足したのか、歯を見せた笑みを止めた。


「いいざまね。 一生そうやって生きていけばいいんだわ、貴女は」

「―――!」

「そうやって他人の悪意を恐れて、それでそれから逃げるしかしない貴女にはね」


そういい残し、美野里は静が通った道、つまり着替え室へと歩いていった。
静は帽子を深くかぶりなおす。
頬を伝った涙を、すこしでも隠したかったのだ。
美野里はそれを見て笑ったのだから。
心の奥で、静は美野里に悪意を覚えたが、その表にはその影はカケラも現れなかった。
ここでその悪意を開放する事もできたが、静はその悪意を心の中にしまいこむ。
むしろ、そのような悪意の沈殿こそが危険であると知っているのだがそれ以外の方法を思いつけなかった。
そして気づいた時、静は笑顔だった。
悪意など、奥に捨ててしまえばいいのだ、それで忘れられる。
知っていても、彼女はそれを実行した。
涙をハンカチで拭い、涙の痕跡を消し去る。

ほら、もうなにも残ってないでしょう? 私は泣いてなんかいない、悲しくも無い。

そう心の中で呟き、階段を上がり始めた。
階段は歩くたびに音がする。
ステンレスか何かしらないが、安物の上に薄い素材で出来ているからだ。
静は階段を登りきり、事務室に向かおうとして人間に気づいた。
黒髪の、紫の瞳の少年が事務室の前で椅子に座っている。
事務室前の時計を見つめ、せわしなく指で膝を撫でていた。


「………お客さんですか?」

「……? ここの人」

「一応、そうなりますね」

「全く、親父はこんな子までこんなところに………」

「………え?」

「ああ、気にしないでくれ」


少年は時計を見て眼を細めて、もう一度、静の方を向く。
紫の瞳は彼が色素異常者という事を表している。
少年も静の髪の毛の、深い緑を見て気づいているはずだろう。
顔色に変化のカケラも無いが、静への警戒はといたようだ。
膝を撫でるのを止めて、少年は静の顔を見る。


「南原紫苑です。始めまして」

「あ。ええ。 水面静(みなもしず)です。 こちらも始めまして」

「………変わった人」

「失礼な人ですね。 で、ここに何の御用ですか?」

「シタン隊長に用事があって。 今、会議中だから待ってろってさ」

「会議中? そうですか、それは困りました」

「何か?」

「帰宅の許可を貰いにきたのですけど………」

「なら帰ったら? シタンには用事がある、ついでに俺が話しておくから」

「止めておきます」


静は金縁めがねの伊達めがねをかけて、少年、紫苑を見た。
シタン隊長と名前が似ているなと思い、その横に座る。


「私は帰宅の時、必ず隊長に言う事にしています」

「決まりごとってこと?」

「いいえ、誰でも守りたいと思う物があるでしょう?
 歯は奥歯から磨くとか、寝る時はアイマスクを使わないとか、そんな小さいものでも守りたいと思わないと守れません。
 私はこれを守りたいと思うから、守っています。
 破る気はカケラもありません」

「そう……… やっぱり変わった人」


呟きながら紫苑は椅子から立ち上がった。
動作に余りにも覇気がなく、静にはその動作が機械のように見える。
そして階段の方へ歩いていくのを見て、静は奇妙な事に気づいた。
『シタンには用事がある、ついでに俺が話しておくから』
つまり彼はこの後、シタンに会うはずなのだ。
なのにいきなり格納庫へ、つまり出入り口へと向かうのだろう。


「どこへ行くんです、シタン隊長に会うのでしょう?」

「それは別の機会でもいいんだよ、来年でも再来年でも、何年でも」

「悲しい事言うなぁ」

「………チッ」


紫苑が舌打ちしてから、事務室の扉を見る。
そのノブが回り、扉が開いてシタンがでてきた。
敵意をむき出しに、紫苑がポケットからミラーシェードを取り出してつける。
それにより紫苑の眼は光の反射で見えなくなった。


「何十分待たせたと思っている。 それで謝りもせずふざけた言葉、それでよく隊長とか司令とかお偉いさんをやれるな」

「ごめん、すまん、ゆるしてくれ……… これで十分か?」

「ざけるな、帰らせてもらうぞ。 安心しろ、こんな非常識すぐに忘れてやるさ」

「………八つ当たりだろう」

「―――――何!?」

「月野から説明を受けたが、理解できないからって俺に八つ当たりをするな」

「き、キサマ…………」


紫苑が怒りを込めてその言葉を言う、しかしシタンは気にせず静の方を見る。


「ああ、静。 参号機用のジャミングシステムが到着するそうだから、もうすこし帰るのは待ってくれないか?」

「ええ、わかりました」


静は紫苑を見た後、小走りで階段へと走り、階段を下っていった。
静の背中が見えなくなってから、シタンはやっと紫苑の方へ向く。


「で、何だ?」

「………! ―――話があるって待たせたのはアンタだろうが!」

「そうだったな。 簡単だ、手伝え」

「―――はぁ?」

「世界を守る正義の味方だ。 子供の夢見るストーリーだろ?」

「……… 俺にあの化物と戦えと」


ゆっくりと、押し出すように紫苑は呟いた。
シタンはとても楽しそうな笑みを浮かべている。
その笑みに子供の頃苦しめられたことを思い出し、紫苑は口を怒りに曲げた。


「YESといったら?」

「帰る」

「NOといったら?」

「帰る」

「結局、帰る気か?」

「いいか南原紫譚(なんばらしたん)! 俺はお前の息子である事を怨んでいるし、貴様自身も憎んでいる!
 その人を小ばかにしたような口調も嫌いだし、母さんの事だって―――」


瞬間、母の事を紫苑が言った時、シタンは顔を下に向けて表情を隠した。
それに気づかず、紫苑はシタンに背中を向けて歩き出す。
紫苑が階段を下り始めたあたりで、シタンはやっと言いたいことを思い出した。


「すまん」

「いまさら遅いんだよ」


返す返事は、冷たかった。










五号機解凍………
その命令が来た時、一番驚いたのは整備主任である朝河祐平(あやかわゆうへい)であった。
パイロットがいない五号機を使える状態にしてどうしようというのか?
いや、もしかしたらパイロットが見つかったのかもしれない。
そう思い、作業を開始して数分してから、ふと思い当たった。
もしかして―――今日来た少年かもしれない、と。

PS/SシリーズNO5、シメオン五号機。
右腕が足まで届くほどの巨大に作られた接近戦用のシメオンである。
その特徴は戦車のように前面に多く装備された装甲。
そして四つのカメラアイを保有していることである。
他のシメオンが人間のように足の指を5本持っているのに対し、五号機の右腕は2本減った代わりに指の一本一本が太くなっていた。
他のシメオンが人間であるなら、このシメオンは別の生き物を模しているとしか思えない。
そういった外見を持つシメオンである。
無論、この機体のフレームは弐号機、参号機とは異なるものだ。
細部はできるだけ規格が合うように作られてはいるが、全くの別物といった方がいい。

その機体を使用可能にする作業をしている中、紫苑はその機体を見上げていた。
五号機が自分を見ているような気がしているのだ。
紫苑はミラーシェードを額にずらして、その機械仕掛けの巨人を見上げている。


「挙動不審人物発見〜」


後ろから声をかけられ、紫苑は後ろを向いた。
そこには私服に着替えた美野里がいた。


「見たことが無い顔ね。アンタ」

「初めて会うからですよ」

「―――だ、わね」


きまり悪そうに美野里は髪の毛を右手でかいた。
本当に不審人物なら面白かったのだが、ここまで堂々な不審人物などとっくにつかまるはずである。
紫苑は振り向く時にミラーシェードをかけたので、美野里は紫苑の瞳に気づいていなかった。
対する美野里もかつらをつけてその青色の髪を隠している。
互いに特に奇異な存在だと気づいていなかった。


「今日はある人物に話があってね、その帰り道」

「そう? ならいいんだけど、急いで帰ったほうがいいわよ。このあと整備とかでうるさくなるから」

「そうですか……… ああ。 俺は南原紫苑」

「私は藍原美野里(あいはらみのり)よ。 シメオン弐号機のランナーをやってるわ」

「プラモデルの?」

「………バイクとかのよ」

「それはライダーだよ、まあ深くは問わないけど」

「………パイロットよ」

「そっちの方がわかりやすいよね」


美野里はこの時、紫苑を喰えない男だと思った。
紫苑はすこし怒りかけている美野里を見て、会話をぶった切る。
これ以上挑発するとキレると分かっているからだ。
特に上っ面を飾っている人間というものは。


「そうか、では俺は帰るよ」

「ご勝手に?」

「ではお言葉に甘えて」


そう言って歩き出した紫苑の足を、警報が止めた。










「なんだこれは! ギゲルフ・ゴージュレッド!」

『だから敵だよ、オーガ二体がそちらへ向かっている』

「何!? 倒したはずだ!」

『相互補完、やつらは二つで一つだった。確実に両方を、再生する前に倒すしかない。そういう事だ』


瞬間、シタンは机に全力で拳を叩き込んでいた。
この男………


「知っていたな!? キサマ!」

『そうだ、だがこれで彼は覚醒する』


それに呟くように、シタンは言った。


「させんよ」

『いまさら何が出来るというのだ? それにこうしないと全てが終わるだけだ』


その時、シタンは動いた。
引き出しをかなりの勢いで開け、そこから拳銃を引き出す。
そしてそれを壁に向かって撃った。
その壁に歩いていき、拳銃であいた穴を広げ手を入れる。
すこしして、そこから通信機が取り出された。
とっくに拳銃で破壊され、機能しなくなっている。


『ははは……… 残念だ。 キミには理解してもらえると思っていたのだがな』


だが声は途切れない。
まるで魔法の世界に落ちたかのような気分になって、シタンは気持ち悪くなった。


「シタン隊長!」


月野が勢いよく扉をあける。
シタンは拳銃を隠して、彼を見た。


「オーガが二体、この工場に向かってきてます」

「放送規制は?」

「すでに、全ての報道機関をコード000で規制しています」

「シメオン参号機発進、ガンナーに美野里を乗せろ。 武装はB装備を使用」

「殲滅戦装備!? マジですか!?」

「敵を同時殲滅する。 絶対にここにいれるな!」

「り、了解!」


シタンは通信機を投げ捨て、部屋の外へ飛び出した。
月野もそのあとを追い、飛び出す。
すでにそこには私服とヘルメットを被った静と美野里が立っていた。


「お前らコンバットアーマはどうした?」

「来ている暇なんてないでしょう?」

「だな……美野里、参号機のガンナーに乗れ。 B装備を使う」

「―――!? はい!」








B装備。
ガドリング砲、ならびにミサイルランチャーを装備した殲滅装備である。
ロケットランチャーと実体剣、そしてマシンガンと言う汎用性に飛んだA装備とは違い使用場所を選ぶのが弱点。
しかしそれを補う大火力を誇っていた。
使用できるのは参号機のみ。
レーダーシステムを外し、変わりにB装備を装備する。
さらにガンナーがいなければこの装備は使えなかった。





「美野里さん、ガンナーの経験は?」

「シュミレーションで三回、B装備は二回」

「頼みますよ」

「言われなくとも」


参号機のメインコックピットに乗り込みながら、静は美野里を見た。
彼女は機体の首あたりに存在するハッチを開け、そこからガンナーコックピットへと入り込んだ。
自分もメインコックピットに乗り込んだ静は、コックピットのケーブルをヘルメットに差し込む。
ヘルメットにモニターが表示される。


『B装備、換装完了』


「行きますよ美野里さん」

『分かってるわよ、いちいち言うな』

「ハンガーオープン!」


椅子の形をしたハンガーから、参号機が下りる。
手にしたマシンガンを装填して、ゆっくりシャッターのところまで歩いた。
シャッターが開き、参号機が駆ける。
その後姿を見ながら、シタンは指揮車のほうへ歩いた。
紫苑はそれを、階段から見ている。
その顔はとても不機嫌そうだった。
紫苑は奇妙なほど自らの父であるシタンには冷たい。


「で、こんなフウに大人は見学、子供は戦場ってわけだ」


紫苑は呟いた。
安全のために彼も子供用のコンバットアーマを着込んでいる。
黒金色の装甲でできた戦闘服は、奇妙なほど紫苑に合っていた。
ミラーシェードの端末を、工場の戦闘管制システムにつないでいるため、戦況がシェードに写る。
赤いターゲット二つに、青いターゲットが近づいていく。
シメオン参号機と、その蒼いターゲットは表示されていた。
そのターゲットは赤いターゲットと接触し、吹き飛んだ。








「だぁあああ!?」

「左上腕部損傷、武装への誘爆の危険性は無し。 まだ大丈夫です」


山肌に叩きつけられた参号機は、即座に立ち上がる。
その左腕は大きく抉れており、オイルが血のように流れ出していた。


「ええい! なんてトロイ機体なのよ! 静!? あんたちゃんとやってる!?」

「………B装備のシュミレーションは2回です。 いきなりA装備と同じようにやれと言うのは不可能です」

「なら転んでもいいから攻撃は避けなさい! 射撃支援システムに誤差が出る!」

「無茶を言う……… アップ」


シメオン参号機は腰部アンカーを地面に叩き込み、それをつかって手を使わず立ち上がった。
オーガは二体。
一体は前回戦った赤い鬼、もう一体は青い鬼だった。
赤鬼と青鬼というべきなのだろうか、その正反対の色は遠目では綺麗だろう。
しかし血液のような赤と血の気もさめるような青の二色では気持ち悪さの方が先行する。
美野里はモニターのターゲットリングを青鬼へとセットして、トリガーを引いた。
瞬間、脚部に装備された対戦車ミサイルが飛ぶ。
だがそのミサイルは、青鬼の腕に握りつぶされてしまう。
無論爆発するが、手が多少焼けた程度で大きな成果は上げていない。


「………何よ、あの皮膚」

「対熱能力が高すぎる……… 爆発で殺傷する武器では効き目が無い」

「ならミサイル兵器は意味が無いじゃない! 脚部突撃槍は使える!?」

「B装備じゃ使えない! それにそんな至近距離じゃ一撃でやられるわ!」

「―――! ちまちまやるしかないか……… ショットガンの弾はまだたくさんある。 やるしか、無い!」


参号機はショットガンをリロードし、青鬼に向けた。
発砲し、それは青鬼に当たる。
さすがにこれは効いたらしく、青鬼はのけぞった。
だが、それに赤鬼が動いた。
シメオン参号機の持つ、ショットガンを脅威と感じたらしい。
参号機へと飛び掛っていく。


「静!」

「―――! アクション!」


参号機が跳ねた。
赤鬼の頭上を抜け、その後方へと着地する。
同時に振り向きながら発砲。
赤鬼を地面へとたたきつけた。
その後に踊るような滑らかな動きで、青鬼に狙いをつける。
青鬼は避けようと左に動くが、右腕を撃ちぬかれる。
シメオンの切り札ともいえるこのショットガンは、装甲車など軽くクズ鉄に変えてしまう。
その威力もそうだが、静の能力を余すとこなく運動に使えるシメオンは、通常の倍近い動きをたたき出している。


(―――いける!)


思わず美野里はそう思った。
弐号機ほどではないが、参号機もそれなりの火力を持っている。
化物と言えど生物。
オーガだってショットガンを何回も喰らって生存できるわけがない。
ショットガンをリロードし、シメオンはそれを青鬼へと向ける。


「まずは手負いからしとめる!」


発砲。
青鬼はそれに対し、残った左手で地面をかき上げた。
大量の土と石が宙に土色のカーテンを作る。
そのカーテンにより、散弾は防がれてしまった。


「くっ……… 学習した!?」

「まあ射撃訓練の的では無いですしね。 学習程度はするでしょう?」

「ああ!? ちっ、エクスプローダは持ってきてるか!?」

「1セットだけ、あとは散弾1と通常弾頭が2セットです」

「………エクスプローダ装填、確実にこの六発でしとめる」

「頼みますよ!」


土を飛ばしながら、シメオンは後ろへと跳ねた。
宙にいるあいだに、マガジンを放棄し、エクスプローダが装填されたマガジンを装填する。
右足を軸に身を翻し、ワイヤーで停止。
青鬼へとショットガンを発砲した。
無茶な体勢で放ったが、エクスプローダ弾は青鬼の足を粉砕する。
その威力は絶大で、青鬼が骨まで粉砕されて倒れこんだ。
倒れた青鬼の頭部へ、銃口を押し付ける。
シメオンの足で鬼の背中を踏みつけ、避けれなくした。
静はこういうように冷酷だが、確実な行動を行える美野里がすごいと思った。
自分では怖がって、離れた所から当たるか当たらないか分からない銃撃しかできないと言う事を知っている。
それゆえに美野里の強さに驚いていた。


「消えなさい化物」


とても楽しそうに美野里は呟いた。
そのとき。


―――グァアアアアアアアアアアアア!!!


赤鬼が叫んだ。
瞬間、シメオンの外部装甲表面の一部が削れた。


「な―――なぬ!?」

「ヴォイス!? ………シメオンの固有振動数と同調している!?」

「―――っ! 拡散地雷発射、爆破!」

「は、はい!」


シメオンが腰アーマーに取り付けられた拡散地雷を発射した。
拡散地雷は本来、市街地戦で瓦礫などを吹き飛ばすために使用される。
しかしその爆発は、一瞬なれど超振動波を拡散させた。
その爆発で吹き上がった土煙の中、シメオンはショットガンをリロードする。


「くそっ! あの赤鬼、いい気になればつけあがりやがって!」

「―――!? 美野里さん! 下!」

「下ぁ――?」


美野里はカメラをシメオンの足に向ける。
その右足を、青鬼の左手が掴んでいた。
そしてシメオンは宙を飛んだ。









「………静さん」


シメオンのマーカーが消えた。
つまり戦闘不能になったか………破壊されたという事である。
紫苑はそのマーカーが消えた時、目を細めた。
一瞬、静の顔を思い出したからである。
………面白い人間だった。
しかし所詮、他人のはずである。
だが…


「………お前」


紫苑はミラーシェードを外しながら、シメオン五号機を見た。
もの言わぬ鋼鉄の巨人は、無言のままである。
だがその意思は紫苑の方を見ていた。


「戦えるのか」


シメオンへ、紫苑は問う。
いや、それはどちらかと言えば確認の言葉であった。
もう意思は決まっている。
ミラーシェードの代わりに、ヘルメットを被り、それを固定しながら紫苑は歩き出した。







「参号機大破! 背骨の人工骨格が折れました!」

「シタン隊長………」


かなり広めの指揮車の中、月野はシタンの方を振り向いた。
シタンは隊長席に座った状態のまま、沈黙を保っている。
しかし、月野にも分かっていた。
もう、打つ手は無いのだ。


「静と美野里をオーバーライドで脱出させろ、五号機を使う」

「し、しかしランナーが!?」

「私が乗る。 素人だが何とかするしか無いだろう」


隊長席のよこに据えられたヘルメットを取り、シタンは立ち上がった。
格納庫にいる指揮車両から出ようとして、突然月野が叫んだ。


「し、シメオン五号機起動! システム稼動率83%!」

「な、何!?」


シタンはハッチから顔を出し、五号機を見た。
上半身を固定するアームを力だけで破壊し、その巨大な右手に専用の剣を握る。
その剣で脚部を固定するアームを破壊し、巨人は自由となった。
アームに突き刺さした剣は抜けなくなったらしく、そのまま剣から手を放した。


「だ、誰が乗っているんだ」

『歩くから足元の人はどいてくれ!』


そのとき、シメオンから紫苑の声が響いた。
シメオンは頭部をシタンに向け、左指に複雑な動きをする。
シタンはそれを知っていた。
紫苑に昔教えた、無言で意思を伝えるための特殊な動きなのだ。


『問題は無い、やってみる』


シャッターをシメオンは手で叩く。
開けろと言っているのだ。


「シャッターを開けろ! 奴に任せる!」


シタンが叫んだ。


「は、はい!?」


月野がシタンの叫びに応じて、シャッターの開閉スイッチを押す。
ゆっくり音を立てて開くシャッターの向こうに、オーガ二体が見えた。
片方は手負いだが、もう片方はほぼ無傷である。
瞬間、シメオン五号機は走りはじめた。
地面をけり、土ぼこりを上げ、怒りを拳にこめ紫苑はシメオンを動かした。
システム稼働率83%=同調率83%。
長い時を生きた物には意思がやどると言う。
武器ならば戦う意思ができるだろう。
だが、シメオンの意思は違った。
忠実な部下のように自分の意思に従う。
その事実に紫苑は開放感を覚えた。
機械の巨人が違和感無く、自分の体となっている。
窮屈なコックピットも問題ではない。
計器の出す機械音も問題ではない。
この巨人の体で、確実にあの鬼をしとめる。
その意思が巨人を動かしていた。


―――ギギ?


シメオンに気づき、硬化しようとしていた赤鬼の顔面にシメオンの飛び膝蹴りがめり込んだ。
その体を掴み、ワイヤーで機体を固定して、シメオンは赤鬼の腹に脚部のパイルバンカーを叩き込む。
脚部衝撃槍、濃厚なイオン臭とともに打ち出された杭は赤鬼の腹に大きな風穴をあけた。
飛び散る血液と肉片を浴びながら、シメオンはカメラアイを光らせる。
紫苑もコックピットの中で、音の無い叫びを上げていた。






「いけません、紫苑君の同調率が高すぎます。
 このままでは暴走の危険性が!」


指揮車の中で月野が叫び声を上げた。
紫苑が乗っていることを言い、シタンは隊長席に座りその報告を聞いていた。
第一次PS起動実験。
当時使用された試作機(ノーナンバー)と実験パイロット(ランナー)は同調率95%をたたき出した。
同時に暴走を開始。
シメオンに置ける兵器としてのシステム、それにランナーの意思が巻き込まれるのだ。
同時にランナーの凶暴性が浮き彫りになる。
当時のテストランナーは、防衛用の戦車六両を破壊したところでパニック障害により、停止した所を救助された。
死にはしなかったが、今も彼のリハビリは続いている。


「………オーバーライドで抑制剤を投入できるか?」

「無理です。 まだ五号機は完全ではありません」

(それも狙いかギゲルフ!?)


―――ギゲルフは紫苑を暴走させようとしている!?
それに思い当たった今、シタンは手を強く握り締めていた。
自分の爪で手のひらを傷つけるぐらいに。


「―――――参号機は」

「静ちゃん、美野里ちゃん共に無事です。
 前にも言いましたがシメオン参号機は活動不能、今彼女達は徒歩で帰還しています」

「………くそ」


シタンは呟いた。




封印格納庫内部。
そこで何かが動き始めていた。
コンテナを内から開けようとしているかのように、コンテナが内側から破壊されていく。
そして、隙間から赤いカメラアイの輝きが溢れた。





「―――――――――!!!」


赤鬼が叫び声を上げた。
シメオンはその口をひき潰し、その声を止める。


「ぅるさいッ!」


そのまま持ち上げて、地面に叩きつける。
悲鳴が聞こえた。


「あ、はは、はは、ははは、はは…… 化物が一人前にぃ…」


シメオンは赤鬼を放さない。
もう一度持ち上げて、叩きつける。
喘ぐ赤鬼の首に右足を叩きつけて、力が無い動作で青鬼の方を向く。
青鬼は木を引き抜き即席の槍にし、それを構えシメオンへ向かってきている。


「はは、何だそれは。 槍ってのはな…」


シメオンは右手を手刀に構えた。
槍を半歩横に動いてかわし、手刀を突き出す。
それは青鬼の腹を貫通し、背中から突き出した。


「槍って言うのはこういうものだっ」


すばやく腕を引き抜き、血塗れの手を握りなおし、青鬼の顔面を叩く。


「まだ会ったばかりの人だけどね…」


青鬼を赤鬼に叩きつける。


「変な奴だったけどね、気に喰わないんだよ! 戦わせる奴も戦う奴も襲ってくるキサマらも!
 だいたいに! 目の前で死なれるのは気に喰わない上にイヤなんだよ! もう、目の前でお母さんのようなのはイヤなんだ!」


シメオンは止まらない。
そのまま二体を右腕に串刺しにし、ゆっくり傷口を抉る。
噴出す血と叫びが、シメオン五号機を染め上げていた。







警戒音が響いた。


「どうしたっ!?」


シタンが即座に反応して叫ぶ。
それに対してオペレーターが叫んだ。


「壱号機が自律機動を……… 行っています!」


月野がヘットギアを投げ捨てながら叫ぶ。
そのとき、封印格納庫の隔壁を破壊して壱号機がその姿を現した。


「何ぃ!? 起動プログラムは消去しているはずだ!」

「壱号機が………人工筋肉がシステムを再構成しています!」


オペレーターが月野の叫び声に対して、悲鳴のような報告をした。
その間にも壱号機は開いた隔壁から外へ出て行く。


「人工筋肉が………自分でプログラムを構成している………」


月野は思わず、耳を疑った。
それでは………これじゃまるで―――


「生物じゃないか………」

「かもしれんな、停止信号は?」

「受け付けません」


シタンはその報告を聞くとため息を突く。
ここまでギゲルフの思惑道理に事は進んでいた。
しかし、これはイレギュラーな事態である。
とうに壱号機は死んでいるはずなのだから。


「秘匿コード101入力、対応パスワードは18663428、人工筋肉を強制パージ」

「…………… 入力拒否!」

「ならコード120を使え! 強制入力だ!」

「………………!? 壱号機のシステムが変化して受け付けません!
 OSパターンが高速で変化して、とてもではありませんが強制入力は不可能です」

「基本OSは確かにパイロットに合わせて自己調整をするが… これでは自己進化じゃないか…」

「………やはりあれに近いだけはある…。 指揮車を動かせ、壱号機を追いかける」

「了解♪」

出番が無かった運転手の七里が声に嬉しさをにじませて言った。







静と美野里が見たのは、悲惨で凄惨で、そして荒んだ光景だった。
………五号機が、二つの肉塊を引きちぎっていた。
よく見ればその肉塊は赤と蒼の皮膚が混ざっている。
オーガだった。
まだ死んでいないらしく、奇跡的に無事な左腕がぴくぴくと動いている。
だが、それ以外は原型すらとどめていない。
もはや人型ではなく、粘土のようであった。
静はそれに、吐き気すら通り越して現実を受け止められなかった。
なぜ五号機が動いている。
なぜオーガは嬲られている。
そんな疑問も、美野里にも静にも浮かばなかった。
ただ一つだけ、分かっている。
これは唯単に作業なのだ。
自分の怒りを他人にたたきつけると言う………
静はすこしして、やっと吐き気を思い出した。
あまりにも凄惨で、一瞬感覚すらいかれたらしい。
静は世界がグルグルと回っているように感じた。


「……… 暴走…?」


美野里がポツリとつぶやいた。
確かに、シメオンは暴走の可能性が在る。
だが、静達は個人個人に合わせてチェーニングされた上で、リミッターをかけて暴走を防いでいる。
それゆえに、暴走を見るのは初めてだった。
瞬間、美野里は体を振るわせた。
つまり自分達は、あのような兵器に乗っていたのだ。


「…………静、逃げるわ。暴走時のシメオンは危険よ」

「え…ええ」


呆然と、意識を半分放棄している静の手を掴み、美野里は走り始めた。
邪魔なコンバットアーマのサバイバルキットを放り捨て、全速で走る。


「静! 走りなさい!」

「………あのシメオン、泣いてる」

「え………?」


静の言葉に、美野里は耳を疑った。
よりにもよってあのシメオンが泣いている?
子供でももっといい冗談を思いつくだろうと思い、美野里もシメオンへ振り返った。
瞬間、悲しくなる。
何か血塗れの巨人が、シメオンが悲しげに見えたからだ。
戦いたくないのに、殺したくないのに殺そうとしている。
その嘆きと悲しみが、美野里に訴えかけてくる。
―――助けてくれ、止めてくれと………


「無理よ、私には戦えない。 もう私の巨人は動かない」


静が呟く。
美野里も静も、シメオンは動けなくなっている。
たとえ助けを求められたとしても、もう助けれないのだ。


「ごめんな―――」


静が謝ろうとしたとき、静達を影が覆った。
美野里はそれに驚き、上を見上げる。
ぼろぼろの巨人が、そこにはいた。





「―――――!?」


紫苑は、いや紫苑の姿をした攻撃衝動の塊はそれに気づいた。
そしてそのときには、それの拳を受け後ろへと吹き飛んでいる。


「し、シメオン!?」


そう、シメオン五号機を襲ったのは、シメオンだった。
だがその姿は異彩を放っている。
まず右の手が引きつぶれている。
全身が赤い液体で染まっており、異常なまでに手が長かった。
手がまともな左腕は、すでに地面へと手をつけている。
そのシメオンは、肩に『01』と書かれている。
シメオン壱号機。
五号機も体勢を整えて壱号機に向かい合った。


「―――――――ァアァアアァァァアアアア!!!」


五号機が、突撃した。












次回

「今は安静にしてください」

「壱号機はもう動けない、はず、だ」

「それじぁ、行くか」

―――おのれが戦場へ―――


第二話 『戦場 ―平和の裏は―』