「あぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」




  目が覚めたとき、聞こえてきたのはその悲鳴にも似た咆哮だった。

 手負いの獣なら出しそうなその声は、余りにも悲壮感に満ちている。

 そして。




 ―――――――――――――!




  耳があまりの大音量に、音として認識する事を拒否するほどの――― 砲撃音。

 それは錯乱した黒の魔王が、放つ破壊の一撃だった。

 着弾した位置で大爆発を起こすが、“時間が止まっている”神社の建造物は全く壊れない、汚れすらしない。

 思えば最初に昼夜を狙って放たれた弾丸も、屋根で爆発こそしたがその屋根は壊れていなかった。




 「消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ…
  消えろ消えろ消えろ、消えてなくなれ、消えろぉおあぁぁああぁぁああああああああああぁぁぁぁああああああああぁぁ!」




  白見はぼろぼろだった、だがそれは他人からの攻撃ではなくほとんどが自分の無差別爆破に巻き込まれた、文字通り自爆のダメージだ。

 錯乱している彼はもう弾が切れていることにも気づかず、ただ引き金を狂ったかのように見えない敵に向けて引き続ける。




 「くそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそ――――
  糞ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」




  叫びは掠れ、もはや声になっていない。

 おそらく錬や綾美と同じく何かを見せられただろう、それが彼の正気にとっての致命傷だったのだ。

  錬はそこまで考えて、彼の暴走に自分達が巻き込まれなかった事を安堵した。

 今の黒の魔王に、人と物の区別ができるとは到底思えない。

 目覚める前に砲撃でも喰らっていれば肉片も残らなかっただろう。




 「………うぅうぅううぅぅぅうぅぅぅぅぅぅう――――!」




  限界まで暴れ、やっと白見は落ち着きを取り戻し始めていた。

 ここがどこなのか確かめるように周囲を見回し、錬と綾美を見て、そして昼夜を見る。

 その指にはめられた指輪を見て、ゆっくりと、デリンジャーの弾丸を装填。

 気づいたときにはその銃口は昼夜へと向けられていた。




 「あははははは、はは。 さすがは破壊の女神様… 馬鹿にしてくれたな!」

 「よく言うわ。 貴方の見たものは貴方が作り出した物なのに、ねぇ」




  その言葉を言う時、昼夜は眼前の脅威たる白見など見ても、意識を向けてすらいなかった。

 彼女の、黒い黒い… 深い眼差しは、錬だけに向けられている。

 だから昼夜の言った言葉は、錬に向けられていた、錬が何を見たのか昼夜は知っているのだ。

  そう、あの過去… はるか過去のはずなのに。

 錬は思い出した、あの信吾と言われた男を育てた義母の名前を。




 「クタバレ」

  ――――――――――!!!




  その瞬間に世界が、少なくともその場にいた者達にとって停止した。

 放たれた弾丸は、凶悪な破壊の獣。

 その獣は無防備な昼夜へと爆発という爪をたたきつけた。

 昼夜の体から、右半身が消し飛ぶ。

  だが真に皆を凍らせたのはそれより先だった。

 消し飛んだはずの右半身は、何とも無かった。

 最初から怪我など負っていなかったかのように、文字通り何ともなっていない。

 それこそが、異常な事であった。




 「―――何だそれは!?」

 「……… 錬には、見られたく無かったわ」




  その姿を見て、錬は恐怖でなく一つの言葉を思い出していた。

 はるか前に、昼夜本人が言った言葉だ。

 そうそれは―――




 『私を殺して』

 『アナタにしかできないから』

 『アナタの力は、いつか絶対に必要になる。
 そして、私をアナタが殺すことも、必要な事なの。
 だから、その時がきたら………』




 ――――――――この私を殺しなさい




  あの言葉を言った時の、彼女の顔が消えない。

 悲しげでありながら、覚悟を決めたといわんばかりの、表情。




 「そっか、お前…」

 「そうよ、私は死ねない………」




  昼夜は、そう言い放つ。

 そのとき、錬は何故彼女が殺さてたがっていたのか、分かった。












 










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                縁の指輪 
    四の指輪 四刻目 真実断章 T



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  昼夜の宣言で悲しみを覚えていたのは、錬だけではなかった。

 白見が悲しみを覚えていた、それは自分も死がない存在だからだ。

 正確にはそれだけではない、白見はどれほど人間に近いと言っても彼は魔王。

 最初から永遠を生きるように生まれてきた存在だ、無限に心をすり減らす事など無い。

 だからこそそれに耐性の無い人間が、永遠を生きることとなった事に驚愕していた。

  綾美は昼夜の姿を見て、ある光景を思い出していた。

 かつて、あの吸血鬼より逃げ回っていた時、彼女が会ったとある男を。

 1束だけ短くした長い黒髪、見えないはずなのに何もかもを見通したあの瞳を。

 そして彼がレイ・ゼフィランスに斬られた時――― 昼夜と同じように再生していた。

  あの不可解な『斬られたという事実が消え去った』みたいな再生でもない復元でもない、取り消し―――リセット。

 錬にもそれになぜか見た覚えがあった、だがどこで見たのか思い出せない。




 「―――まさか、死を奪われているのか!?」

 「死の先には、新たな生が待つ――― その死を奪われれば、永遠に生だけが残る。 だ、そうよ」




  自分の事なのに、淡々とつまらない小説の内容を他人へと話すように言う。

 それがそれゆえにどれほど残酷な事か、それが彼女をどれだけ苦しめているのか分かる。




 「撃てば――― それでも私は死なない」

 「―――――撃てるとでも思っているのか」

 「貴方ほど不死を憎んでいる存在はいないとおもうけど」

 「痛――――!」




  昼夜という女の呟く、死などどうでもいいと言わんばかりの言葉。

 白見の銃をもつ手がガタガタと震える。

 まるで焼けた鉄を背中に押し付けられたみたいに、白見の頬を脂汗が流れて苦痛を感じているように顔が歪む。

 そして、その銃口は彼の足元へと向けられた。




 「撃たない――― あの光景を見たから」

 「お互いに死ねないというのは、大変ね」

 「ああ―――― そうだね」




  呆けたみたいに空を見上げて言う白見に、昼夜は何かを投げつけた。

 反射的に彼は受け止め、掌に乗っているそれを見て驚愕する。

 天麒輪… そう白見がここへ来る理由となった神具、それが今、掌に。




 「礼は言わない」

 「別に期待なんてしてないわ――― さっさと行け、私は義弟に用があるのよ」

 「―――ふん」




  白見の姿が、比喩ではなく本当に薄くなっていく。

 自分の現在いる位置を『否定』して、新しい位置へ自分がいなかったことを『否定』する。

 それは方法が違うが空間転移と呼ばれる能力に間違いなかった。

  ホンの数秒で白見は空間転移を終えてその場から姿を消す。

 錬はその後で、昼夜が自分を見ていることで気づいた。

  悪戯がばれた子供みたいな顔で昼夜が錬を見ている。

 そんな彼女は、やはり彼女以外の何者でもないのだ。

 不死とか死なないなんていうのは、関係ない、だから………




 「お久しぶり昼夜姉さん」

 「本当に、ひさしぶり、錬…」




  そうして昼夜は錬を抱きしめる。

 錬は自分の肩が彼女の涙で濡れている事と、彼女の嗚咽をあえて無視した。

 二人の再会を綾美は邪魔しないようにゆっくりと離れた場所へ移動する。

 彼女も再会というものの大切さを知っているから。

  そして、すこしして嗚咽の声はやむ。

 顔を伏せたまま錬から離れ、その顔を服の袖で拭う。




 「錬、私に聞きたい事があるでしょう?」




  彼女が顔を上げた時、もう涙の跡は無かった。

 空元気だろうが、明るい彼女の口調にすこしだけ安らぎ、錬は言う。




 「『この私を殺しなさい』… こういう事だったの?」

 「―――そういう事に、なるわね」




  笑顔でいうのが、とても悲しかった。

 昼夜は笑顔のまま、綾美を見つめる。

 綾美はその視線を真正面から受け止めた、視線を逸らしたり逃げたりしたら自分が許せないと思ったからだ。




 「錬がお世話になってるみたいね」

 「い、いえ私は居候の身で…」

 「昔の錬なら、こんなに幸せそうじゃないもの」




  ああ、この人は錬の姉なんだな。

 そう綾美は感じた、彼女は錬の事をとても大事に思っている。

 だけど甘やかさない、大切に思っているからこそ。

 間違いなくそれは、姉と呼ばれる存在………




 「貴女は―――」

 「うん?」

 「―――錬のお姉さんなんですね」

 「当然よ」




  優しく微笑みながら、堂々と自慢げに、昼夜は言った。











 「ねぇねぇねぇねぇ、みやみみやみ!」

 「りゆ… もう少し静かに出来ないの?」

 「無理でぇす! きゃは♪」

 「ふう―――」




  そこから望めるのは、壮大な海の姿だった。

 崖から、広い砂浜へと降りていく道を進みつつ二人の女は話し合っている。

 正確には一方が騒いで、もう一人がしかたなく付き合っているという感じだ。

  だが彼女達の姿を見れば、知る人は驚愕するだろう。

 金属やベルトで補強された黒いコート、それは聖十字の派遣軍の正式採用装備。

 それを着ているという事は、そこへ所属しているという事に他ならない。




 「煙草、吸うぞ」

 「いやだよ、けむいし匂いがきつい〜」

 「お前が黙ったら吸わない」

 「無理」

 「なら私は吸う」




  大人びた女はコートのポケットへ手を突っ込んで、煙草とライターを取り出す。

 髪は短く切っていたが一束だけ長く左目を隠している、それが何となく色っぽさをかもし出している。

 唯一見える右目は鈍い錆色をしていた。

 戦火美闇(いくさびみやみ)、『戦場闊歩』という二つ名を持つ異能者。

 彼女は美味しそうに煙草を吸ってから、嫌がらせと言わんばかりに煙を子供っぽい少女へと吐いた。

  その煙にけほけほと咳き込みながらも、スキップしながら少女は進んでいる。

 外見こそ中学生ほどだが、その行動や仕草で小学生のように見える少女だった。

 茶色の髪を緑のリボンでくくって、眼鏡をかけているが眼鏡には度が入っていない。

 その背中には神話で出てくるミノタウロスが持っていそうな巨大な斧がくくりつけられていた。

 泥水理癒(どろみずりゆ)、『剛獣』という二つ名を持つ獣人。

 外見に似合わない二つ名であるが、その名は伊達ではない。

  この二人は聖十字派遣軍のチームの中でも数々の作戦に参加して戦果を上げてきたエースチームだ。

 りゆは子供みたいだが高い戦闘力を有し、美闇はその戦闘経験でりゆを支える。

 まさに理想的といってもいいチームだ。




 「でも今度こそ当たりなんだろうな、りゆ」

 「もっちろん、副指令に確認したしぃ、大丈夫でしょ〜☆」

 「言ってもいいか?」




  美闇はまるで自分の足元が崩れ落ちていくような脱力感とめまいを感じて思わず目頭を押さえ込んだ。

 今の発言において見逃す事の出来ない爆弾があったからである。

 ここで見逃したら大事な何かを失いそうだった。




 「本部にいて捜索活動とかしてない副指令がそこに誰かいるって分かるわけ無いだろうが!」

 「大丈夫大丈夫、泥舟に取った気で安心〜☆」

 「完璧に間違えてるから」




  諺を言ったつもりだろうが、“正確には大船に乗ったつもり”で、だ。

 泥舟なら川や海に出たとたん沈んでしまう、というかそれ以前の問題。

 本当に沈みそうだと思いながらも、美闇は砂浜に足を踏み入れる。

  浅く沈む靴の底、その感触を感じながら歩む。

 砂は自分では戻らない、歩むたびに進んできた道に跡を残す。

 それはまるで人生と同じだなと美闇は妄想した。




 「ねぇねぇ、みやみ! ヒトの気配がするよ〜☆」

 「それだけで騒ぐな、それで当たりとは限らないだろうが」




  獣人特有の常人を超越した感覚を持つ彼女が、気配がするというのだ。

 誰かがいるのは間違いない、だがなぜかりゆが言うと限りなく不安になる。

 良くも悪くも一般論というのを覆す女なのだ、りゆという少女は。




 「しかも当たりだったらだったで危険極まりない任務だって、知ってる?」

 「大丈夫、だよ〜♪ きっといい人だよ〜☆」

 「はぁ…… 新しい相棒を切実に望むよ」




  確かに戦闘力などから見れば理想的といってもいいチームだ。

 しかしこのチームが続けば美闇は間違いなく倒れるだろう… 主に精神的な疲労で。




 「でもねでもね、ヒトの気配はするんだけどなんだか変なの〜☆」

 「変だと?」

 「薄いっていうか〜 人っぽくないっていうか〜☆」

 「はぁ………」

 「そろそろ見えてくる〜」




  そうりゆが宣言する、美闇はコートのポケットに手を入れ武器の持ち手を掴む。

 そしてそこへ足を踏み入れた時、世界が変容したのを実感として感じていた。

 この変容は美闇が最悪の悪夢として覚えているものと似ている。

  自己世界――― かつて美闇が参加した帝級吸血鬼ビースト・ハウリング攻略戦にて味わった、脅威。

 ビースト・ハウリングの構築した自己世界は極めて特異にして単純、それゆえに凶悪な秩序を持っていた。

 単純な確率変動――― 入った者全てに不幸をもたらすという単純な攻撃。

 だがそれは絶対的な死を統べる力を持っていた―――

  隊員の一人は木の根っこに足を取られ、転んだ先に尖っていた岩があり頭蓋を貫通した。

 もう一人は鳥が高い高度から落とした木の実で一撃を喰らって死んだ。

 そう、単なる不幸―――それが全てを薙ぎ払う。

  だが今、感じた自己世界はあの獣王が振るっていた悪意と憎悪に満ちた世界ではない。

 やさしく、赤子を抱きかかえる母親のような…




 「みやみ〜 いたよ☆」

 「……………―――――!」




  美闇はいままで、赤と青は相容れぬ色だと思っていた。

 混ざれば毒々しい紫となり、赤と青の原色が隣り合っていれば吐き気すら覚える。

 だがその考えを改めなければいけなくなった。

  海の美しい青の中、美しい赤が舞っていた。

 ルビーを思わせる赤いワンピースを着込んだ、雪のように白い肌と抜群のプロポーションを持つ女だった。

 朱色のショートカットヘアの上に麦藁帽子を被り、風で飛ばないように麦藁帽子を押さえている。

 それだけでそれは絵画のように美しい光景。

 完璧な青と赤の美しさがそこにある。




 「我が妻に、何の用かな?」

 「――――――――――!?」




  そう声をかけられるまで美闇は彼の接近に気づけなかった。

 振り向けば、そこには背の高い男が立っている。

 りゆも男には気づいていなかったらしく、なんで気づけなかったのか頭を傾げていた。

 だがもし彼女が探していた人物なら、男の正体も察しがつく。

 その正体から見ればこの程度など朝飯前だろう。

  男は外見だけみれば、頼りない男を連想させた。

 すこしやせ気味の体、ぼさぼさで手入れをしてない黒髪、髪の切り方も雑。

 髭も定期的に剃っていないらしく無精髭だ、着込んでいる大きなコートも全く似合わない。

 だらけている雰囲気の男、だがしかしそれは戦闘を生業とする者から見ればすぐに違うと知れる。

  やせ気味だったがそれは限界まで絞り込めれているゆえの細さだった、決して筋力が劣っている事など無い。

 下手に分厚い筋肉をつけるのとは違い、その素早さと俊敏性は失われていない。

 むしろその体は“速さ”を生かした戦いを行なうために特化していた。

  その男の蒼い瞳が鋭い眼光で美闇とりゆを見ている、それだけで息が詰まる――― 殺気などを向けられていないのに………

 強さの格が違う、潜り抜けてきた死線の数が違う、美闇はそう感じた。




 「そのコート、聖十字か」

 「はい、聖十字軍所属の戦火美闇と申します」

 「どろみずりゆだよ〜♪」




  それだけ聞いて、男は女へと向きなおした。

 ただ水と戯れる女を優しく見つめている。




 「あなたが、秋雨伍龍ですね」




  男は沈黙で、それに肯定の意を示した。

 秋雨錬の父にして、世界でも屈指の腕前を持つ退魔士。

 だがそれ以上にその男は世界を覆す事をした事を、一握りの人間だけが知っている。

  赤い髪の女は美闇達を無視し、波と戯れている―――

 そんな事、どうでもいいと言わんばかりに。











 「全く、変わってないのは私だけね」




  あの後、錬は昼夜に今まであった事を離した。

 昼夜も綾美との話には注目したらしくしつこく何度も聞いてくる。

 間違いなくいきなり女性と同居し始めた(しかも二人)そんな錬への嫌がらせだろう。

 なにせ彼女はそのときだけニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていたから。




 「でもずいぶんと大変だったわね、よくやった」

 「そういいつつ人の頭を撫でるな!」




  小さな子供へとするように錬の頭を昼夜は乱暴に撫でる、おかげで錬の髪形はメチャクチャだ。

 メチャクチャになった髪をなんとか手で最悪でもオールバックにしようと足掻くが変な癖が付いたらしくうまくいかない。

 そんな錬を見て昼夜はまたあのいやらしい笑みを浮かべた。

 ふいに錬は嫌な予感と悪寒に襲われる、おそらくそれは間違いではない。

 ゆっくりと、昼夜は口を開く………




 「それで錬?」

 「んー、なんだよ」

 「綾美とはどこまていったの?」

 「「―――ブッ!?」」




  楽しんでやがる… そう錬は今更昼夜の笑みへ隠された悪意に気づいた。

 横を見れば綾美も顔を赤くして体が傾いている、意識が飛びかけているらしい。

 一撃で今までに無いほどのダメージを錬と綾美は味わっていた。

 ある意味、強敵と殴り合っているほうが余程マシだ。




 「キスぐらいはしたのかしら?」

 「な、なななななななな、な!?」

 「ひ、昼夜姉さん!?」

 「それともエッ―――」

 「わぁ――――――――――――――!!!」




  昼夜の爆弾発言を瀬戸際で防ぎ、錬は戦慄に身を凍らせた。

 昔の記憶を頭の底より拾い上げて思い出してみても、彼女はこんな事をするようには見えない―――と思いたい。

 何度も頭の中で言うが、言うたびにどんどん不安になっていく。

 何と言うか……… そういう人なのだ、彼女は。

 人を不安にさせる天才―――というか人災―――なのだ。




 「うむうむ、その初々しい反応――― からかいがいが有るってもんよね〜♪」

 「姉さんは変わってないのは嬉しいけど……… そこら辺は変わっていて欲しかったよ」

 「ふふっ。 あは…ははははは」




  錬のそんな情けない言葉を聞いて、昼夜は笑い出した。

 子供のように純粋に楽しいからの笑い声、だが彼女の頬を涙が伝っている。

 その涙を見て錬はすこしだけ、ほんのすこしだけ彼女の闇を知る、抱えてきた苦悩を感じる。

 小さい頃の自分なら見もしなかったそれが、今だからこそよく分かった。




 「――――ははははは、ふふ… あぁ楽しかった。
  ………でも、おふざけもここまでにして………―――」




  彼女のその一言をきっかけに雰囲気が変化した。

 張り詰めた緊張に支配された、冷たさを覚えるほどの雰囲気へと。

 錬はそれに目つきを鋭くして昼夜を睨みつける。

 もう再会を喜ぶ時間は――――― 終わったのだ。




 「聞きたい事があるんでしょ、ねぇ錬」

 「山ほど――― 知っている事、全部離してもらう姉さん」

 「全部とは言い切れないけど、言えることは言ってあげましょう」




  笑顔で、生まれてくる赤子を祝福する―――もしくは呪う―――ように、言う。

 今まで見なかった、敵としての昼夜がそこにいる。

 こちらを試すように威圧的にそこにいる、昼夜の放つ威圧感に身を潰されるような幻視をしながらも錬は言った。




 「――― あの光景は、なんだったんだ」

 「魂はね、総量が決まっている――― ではここで問題、これには矛盾がある、いって御覧なさい」

 「―――総量が決まっているなら、人間が繁栄できるわけが無い。
  バケツにバケツより多くの水は入らないもの―――」




  綾美は錬に代わって言う、たしかにその通りだった。

 もし最初から決まった数があるのなら、その数より増えられるわけが無い。

 そもそも大昔と今では人の数は大幅に違う、それでは人が繁栄する事などできない。




 「魂はね、川の本流みたいなもの、そして個人個人の魂とはそれから流れる支流のようなものなの。
  私たちはそれをユグドラシル・ユニットと呼んでいるわ。
  人はその支流の一本なのよ、今いる自分は流れ続ける支流の、現世と言う地上に出てきた魂の一側面に過ぎない。
  そして、前に出てきた魂の表層を前世と呼ぶの」

 「人が増えるほどの支流が増えるなら、どんどん一人一人の量が減っていくのでは?」

 「そう、ユグドラシルが一本ならね――― なぜか現れるのよ、新たな始原の魂となる魂を持つ存在が―――
  魂の流れの始原となる魂を持つ『オリジナル・ヒューマン』、最初の人型が」




  エギレティスが吼えていた言葉、オリジナル・ヒューマン―――魂の始原を持つ者。

 すべての魂の根源に存在する、魂の海――― 命を生み出す大海原。




 「錬、あれは『錬』という魂の前の姿。
  過去視とは一時的に『錬』の始原である『彼』もしくは『彼女』へ働きかけし、その前の『錬』の出現を見るモノなのよ。
  文字通り、前世を見ると言っても間違いではない」

 「あれが―――過去にあったことなら、俺は―――」

 「“無垢なる”」

 「―――――――!」




  錬が――――かつて『秋雨刃』という真名を『荒神信吾』という名で隠していた男の思いが―――その名前に反応した。

 『私は“月美の無垢なる”…
 “全てを省みないゆえに無垢なるモノ”、だからもっともこの世界で無垢なる存在』

 『そうだよ、“無垢なる”は決して本人に無い物を得ることは無いのだから』

 月美を破滅へと追い込んだ、存在。




 「無垢なる………! 無垢なるって何だ!」

 「神魔、その中でも最悪に近い存在よ。 精神寄生体、人の心を貪って生きる寄生虫のような神魔」

 「……………」

 「それが現れたのは二回。 一回目はとある村の少女に、二回目は――― とある神社の巫女にへと」

 「ッ! 月河月美―――」

 「それを見ていたのなら、分かるわよね――― “信吾”」




  昼夜が錬の顔を覗き込みながら、言った。

 それは質問の形こそとっていたが、実質的な確認だ。

 これから先の話を聞く――― その覚悟があるかどうかという、モノ。

  知っているのだ、彼女は、錬の事を。

 錬自身すら知らない彼の根源へと続く忌々しい何かを知っているのだ。

 知っているからこそ彼女は錬へその覚悟を問うのだ、耐えられるか、否かを。

 無論、当然、その答えは決まっている。




 「教えてくれ姉さん――― 秋雨とは、なんだ」

 「死よりも辛いかもしれないわよ」

 「大丈夫だ、俺は――― 独りじゃ、無い」




  綾美を見て錬は言う、綾美もそれにうなずいて返した。

 もしかしたら自分一人なら逃げ出していたかもしれないと、錬は思う。

 だが一人などではない、綾美がいるアスラルがいる――― そして何より信頼する昼夜が目の前にいる。

 彼らとの出会いで変わったからこそ、逃げて踏みにじるわけには―――いかない。




 「本当なら綾美ちゃんには席を外してもらうつもりだったんだけどね。
  いいわ、聞きなさい―――荒神、秋雨、天魔、三つの人が生み出した神産みの一族の呪いを」














次回 縁の指輪 
四の指輪 五刻目 秋雨の血統







作者蒼夜光耶さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板に下さると嬉しいです。