魔法を知識とし、それを力に変えたあの日から2ヶ月と少し経ったあの日。


 きっとあの日から運命はきっと決まっていた。


 だからって恨みもしないし、それが良かったのかと言われると言葉に詰まる。


 だけど、これだけは言えるんだ。


 過去があるから現在いまがある。現在いまがあるから未来がある。だから過去を忘れようたって今ここにいる限り、誰
かが記憶している。している限り先がある。


 現在いまがなくなるとすれば、それは誰もしが忘れ去ってしまう事なんだろうって――


 今から決意するこの気持ちは自分だけの気持ち。この意思だけは忘れたりしない。


 そう思うからこそ、あいつだけは(これ以上はペンで消されているので読めない)











――志麻恭司日記より最後のページ





















































 ――――海鳴市 某所 4月22日 AM 6:40


 5つの花弁を美しく咲かせていた木々たちが、緑の葉によって青々しく包まれ始めるこの時期に、広場で1人
の少年が空き缶を持っていた。広場には彼以外の人影は見当たらない。
 少年はその広場で空き缶を振り上げて宙へと放り投げる。彼の視線はそのまま空き缶へ。
 宙に浮いた空き缶は、重力に逆らうことなく放物線を描くようにそのまま空から地へと落下する。その空き缶
を見据えた少年は、何を思ったのか跳躍する。
 そのまま少年の体はあっという間に通常、人の跳躍では届かないようような位置へと移動する。やはり見てい
るのは放り投げた空き缶。

「――ふっ、せいっ、てあっ」

 少年は宙に浮いたまま、両足を使って空き缶を蹴り上げては落とし、蹴り上げては落とすという行為を続ける。
 右足を使えば左足へと変え、そのまま左足から右足かと思えば左足で何度も蹴り上げたり。そこはもう、1つ
の少年だけの空間へと化していた。
 少年は空き缶を蹴り上げる行動を何度も繰り返す。だが少年は何を思うのか空き缶を始めの場所から大分高く
蹴り上げる、だが彼はその空き缶に追いついてしまう。気づけば人であるのならばありえない位置へと身を置い
ていた。
 少年はそのまま蹴り上げては落とすという行為を無意識に行っていた。そして自分の相棒に話しかける。

「――はっ、ルージュこれで何回だ」
<85回。ノルマまであと915回です>
「おい! ――っ、ノルマ10倍に跳ね上がってるぞ!」
<今日のノルマは一度も申し上げておりませんので、今日はこの回数ですよ>
「ありえない――だろっ! ったくへりくつばっかこねやがって、小姑かお前は」

 少々、沈黙が怖い。

<……42回。ノルマまであと9958回>
「やめろおおおおお!」

 ……何故か少年――志麻恭司――とその相棒――ルージュセーヴィング――は話すかと思えば言い合いをして
いた。











 ――――海鳴市 某所広場 4月22日 AM 7:00



 恭司がきちんと基本のノルマ100回を超え、気づけばその5倍である500回に到達しようとしていたとこ
ろで広場に人影が――。その人影に気づいた彼は焦った。すぐさま空き缶を自らの手に戻し、そのままゆっくり
と広場の方を見る。

「やっべ、人こない所だと油断してた。なのはの奴嘘つきやがって」
<明らかに見られてますよ、空飛んでるところ>
「記憶消す魔法とかってないかなー」
<あれば、今頃色々なところで記憶喪失な人がいますよね>
「うぐぐ……」

 恭司が唸っている間に、ルージュセーヴィングは周辺をスキャニング。
 表情等分からなくとも声に安堵の色が戻る。

<まあ見られても大丈夫なんですけど>
「ん? どういう意味だ?」
<降りれば分かりますよ>

 相変わらず要領を得ないルージュセーヴィングだったが、飛んでいたところでどうしようも無いので、とりあ
えず恭司は降りることにした。
 彼が降りると、そこには1人と少女がバスケットを持って立っていた。

「そーいう事か」
「どういう事?」
「こっちの話。ところでフェイトはどうしてここに? っていうか朝早くにどうした」
「……集中しすぎ、もう7時だよ」

 恭司は右手首につけていた時計で時間を確認すると、目の前の少女――フェイト――の言うとおり既に時計の
短針は7時を回っていた。
 どうりで腹が減っているわけだ、と彼は納得する。

「もうこんな時間だったのか、でも本当にどうしたの」
「お腹空いてるかなって思って……」

 フェイトは恐る恐る、手にしていたバスケットを恭司へと手渡す。
 彼がそのバスケットを受け取り中を見てみると、そこには白と茶のパンの間に具材が挟まれた、サンドウィッ
チが入っていた。

「おー……フェイトが作ったの?」
「ううん、母さんと一緒に作った」
「そっかリンディさんと一緒か、それなら味は大丈夫そうだな」
「――それってどういう意味?」
「ごめんなさい、謝りますから笑顔でバルディッシュを喉に突きつけないでください」

 フェイトはそのまま無言でバルディッシュの形態をハーケンフォームへ。魔力による金色の刃が形成される。
それがまた恭司の首へ突きつけられる。

「あ、間違えた」
「ひいいいいいいぃぃ! 間違えるなあああ!」
「……ごめん」

 一言だけ謝りそのままバルディッシュを待機型に戻そうとしていた。だが、恭司の一言が余計で――

「……俺を殺す気か、金髪ロリっ子め」
「あっまた間違えた」

 またしてもハーケンフォームに。しかし脅迫のネタに使われるバルディッシュが少々不憫でならない。

「あ、明らかに今のは間違える要素ないですよね! っていうか最初のも狙ってやりましたよね!」
「ううん、本当に間違っただけ、そんなことしないよ」
「あーくっそー笑顔ってずるいなあ! それにしたって、バルディッシュも何で付き合うんだ」
<"問題ないので">
「どういう事?」
「問題ないって言ってるよ」
「……つまるところ、俺が怪我してもかまわないって事ですか」

 するとこっそり恭司に見えないくらいにうっすらと待機型に戻ったバルディッシュが光る。

<……>
「――バルディッシュが言うには、刺し違えてもそれはそれで本望だって」
「あの時の事まだ根に持ってるんですかー!」
<"冗談です">

 これ以上問答しても無駄だと恭司は悟ったので、とにかくフェイトが持ってきてくれた朝食を食べる事にする。
 ベンチが近くにあったので、そのまま2人で腰掛けてサンドウィッチを頂く。
 バスケットの中に入っていたサンドウィッチは数種類あり定番のゆで卵から始まり、ハム、レタス等があった。
そしてただ1つだけ恭司から見て、凄く気になる物もあった。
 その気になる物をゆっくり持ち上げて恭司はフェイトに尋ねる。

「フェイト、これなに?」
「………………サンドウィッチだよ?」
「よし、一瞬間があったのはこの際置いておこう、だがこの具材は何か答えて欲しいかな?」
「や、野菜だよ。うん」

 フェイトに言われ、もう一度目の前の物体を恭司は注視する。

「……黒い野菜ってあったか?」
「た、たまたまあったんだよ……きっと」
「ふむ、たまたまあった『黒い』野菜となるものをわざわざ使ったのか」
「そうそう、恭司の言うとおりだよ。たまたまあったから使ってみたの」

 ひと時であるが、静寂がこの場を包み込んだ。  包み込んだのだが、それは本当に一瞬であった。

「んな訳あるかああああ! いい加減白状しなさああい!」
「ふにゃっ!」

 恭司の持っている中身が何故か黒かった。これが気になるものであった。
 そのまま、フェイトが中々答えてくれないので恭司は実力行使にでる。彼はフェイトの両頬を軽く引っ張った
のだった。ひたいひたいーとはフェイト、うははははこれでも吐かぬか貴様ぁとは恭司の声。
 少し経った後にフェイトは事情を隣に座ってまだ笑っている彼に話した。

「……痛いよ、酷いよ」
「まさかこの黒いのがオムレツとは」

 恭司はフェイトの恨み言を見事に無視。むしろ関心はその黒焦げたオムレツにあった。そのまま彼は思った事
を口にした。

「これ完璧に『炭』だろ」
「オムレツだよ」
「炭だ」
「オムレツ」
「オムレツだ」
「炭だよ――? あっ!」
「うははは、認めたなー!」
「卑怯……」

 そして何事もなく、恭司は黒焦げオムレツのサンドウィッチを頬張る。
 やけに硬い感触があったとは彼の後日談であるが、彼は結局の所焦げてしまったオムレツサンドウィッチを余
す事なく平らげてしまった。

「香ばしいっす……」
「あ……」
「ん、もうちょっと頑張ろうなフェイト」
「う、うん」

 恭司はそのままフェイトの頭を撫でる、なんとなくそんな気分らしい。
 オムレツを焼いたのはフェイトであった。たまたま部屋に用事があったので卵を焼いていたにも関わらずちょ
っとだけならと油断していたのが命とりでそのままオムレツを焦がしてしまった。
 フェイトが持ってきたサンドウィッチを全て食べた2人だったが、何をするでもなく青い空と流れる薄い雲を
眺めながらベンチに座っていたのだが、恭司がさてと、とつけて立ち上がった。

「昼まで暇だし、どっかこのまま遊びに行くか」
「いいの……?」
「いいもなにも俺がそうしたいって決めたんだ、それに従うか従わないかはフェイトの自由だけど」
「なら一緒にどっか行きたい」

 そのまま少年と少女は広場を後にする。
 まさかこの後あんな事が待ち受けてるとは両名ともに予想できなかっただろう……。

「よしフェイト、行くか?」
「うん、恭司」












魔法少女リリカルなのは 救うもの救われるもの


第七話「運命と出会い」













 ――――海鳴市 ファーストフード店 4月22日 PM 0:20



 志麻恭司とフェイト・T・ハラオウンは朝から海鳴の街を歩いていた。
 公園に行けば、ただベンチに座り風が吹き木々が揺れるのを見たり、葉が舞う様子を眺めていたり。
 商店街に行けば、店内に入ることはなくただ店の外装を見たりするだけだった。
 なんと言えばいいのか、妙に小学生と中学生のコンビらしからぬ落ち着いた散歩である。

「俺らって金のかからないコンビだよなー」
「……?」

 恭司の言った事が聞こえなかったのか、フェイトは首を傾げて恭司を見る。
 フェイトのその視線に気づいた恭司は片手を横に振って、否定する。

「いやいや、こっちの話。そういえばお昼は翠屋じゃなくてよかったのか?」
「うん。何処でも良かったし、ここからだと遠いから」
「まあフェイトがいいって言うんだったら……」

 彼らが落ち着いたのは今では全国何処にでもあるファーストフード店であった。
 当然ながら海鳴にもあるわけで、その何処にでもある店舗の1つに彼らは入り、注文をし、トレイを持つ。例
外なくこのサイクルを繰り返す客の1つとなる。
 店内は丁度正午を回ったところなので、賑わいは最高潮であった。恭司とフェイトが座る席を見つけるだけで
も精一杯なほどである。
 もしこれがなのはならば翠屋直行コース、アリサだと文句の1つや……5つくらい飛ぶものだ。と今この場に
いない彼女達の事を恭司は思考の片隅へと追いやり、彼はなんとか見つけたテーブル席につく。フェイトもそれ
に倣った。

「はむはむ」
「なんていうか小動物みたいな食べ方だよな」
「はむ……何?」
「うんにゃ、何でもない」
「……ん」

 周りの喧騒はなんとやらといった感じで、恭司とフェイトは食事中には殆ど喋ることはなかった。
 この様子を同級生等に見られていたら、まずこう問われるだろう……「なんだか年相応じゃない」と。もしく
は「枯れてる」とも。
 フェイトはお喋りが好きという訳ではなく、あくまで聞く立場が多い。恭司は自ら話かけるタイプなのだが、
相手に合わせるのかフェイトの前ではのんびりとしている。それらに拍車がかかって、このような静寂を好む空
気になってしまっている。
 ただ当事者達はそのような事は微塵にも思っておらず、いつもどおりに過ごしているだけだった。だがこうな
ったのには意外と最近からで、周りの皆からにはこう勘ぐられている「春休みに何かあったのか」と。
 さすがに周りに何度も言われるので、彼と彼女はいつも否定している。やはりここで答えるのも――

「結局いつも通りだな……春休み終わっても」
「そうだね、でも夏休みは――」
「なのはとフェイトは向こうの陸士学校? だったか、そこに行くんだよな」
「うん、短期間のコースがあってそれに参加しないかって言われたから」
「管理局で働くに必要な事……なんだよな」
「それだけじゃないけど、行っておくと何かといいって」

 なのはは教導官を目指し、フェイトは兄であるクロノと同じ執務官を目指している。その為にも向こうの学校
に行くことが近道であるとも恭司は聞いていた。
 だが、恭司はこの事を始め聞いたときには驚いてしまった。
 何故なら、魔法の使える人間の中でいまだ進む道を決めていなかったのは恭司だけだった。それもあるのだが、
何よりこれから守ろうと思った少女が既に何かを守るために動いているという事に、彼は焦燥感を覚えたのだっ
た。

「俺だけが宙ぶらりん、か――」
「どうかしたの?」
「いや、何でもない」

 何でもないと言う彼の表情には隠しきれないほどの感情が表れていた。
 当然ながらそれを見逃すフェイトではない。

「何でもないって言うけど、顔はそう言ってないよ」
「……分かる?」
「伊達になのはの友達やってないよ」
「そう……だったね――ん?」

 苦虫を噛むような表情だった恭司の顔が、急にすりかわるかのように疑いの顔になった。だがその視線は目の
前に座るフェイトへではなく、レジカウンターがある方だった。
 何だろう? とフェイトは恭司の向く先を見てみるとそこには店員と言い争っている一人の女の子がいた。
 その少女、年の頃はフェイトと同じくらいの背格好だったので大体フェイト達と同い年くらいだろうと恭司は
読んだ。黒い髪のセミロングで服装はその髪の色と同じで肩の空いたカットソーの上に純白とも言える白いキャ
ミソール。下にはデニムのパンツで動きやすそうな格好をしていた。
 瞳の色は黒でヴィータに似たような強い瞳だったが、むしろ恭司の瞳の雰囲気と何故か少女の瞳は似ていて透
明感のある瞳だった。はたから見れば少女は綺麗というより、可愛らしいという形容が合っている少女だった。

「どうかしたのかな?」
「分からないけど……そう、だな――フェイトいいかな?」
「ん、いいよ」

 お互い何が言いたいのか分かっているといった感じである。
 フェイトはただ座っていたが、恭司の方は立ち上がり今問題となっている少女の方へ向かっていく。

「だからお嬢さん、お金がないと買えないんだよ」
「だったら後で支払うから、今さきに品物だけよこしなさい」
「いや……だからね――」

 恭司が近寄ると店員とその少女の会話が聞こえてきた。
 どうやら少女はお金がないのに、品物を先によこせと言う。先払いシステムだというのに無茶を言う少女だな
と恭司は少々吹き出しそうになる。
 その様子を少女に見られた恭司だったが、少女のほうは嫌な顔をするだけで特に触れることも無かった。これ
は好都合と恭司は店員と少女の間に割ってはいる。

「すいません、妹が無茶を言ってしまって」
「へ、ああお兄さんですか。ダメですよー本当に困りますから」
「本当にごめんなさい。おいくらですか?」
「ちょ、ちょっと貴方――」
「はい980円となります」

 ――高い。
 恭司は一瞬だけ自分の財布の中身が大丈夫かどうか不安になったが、4月に入ってから美咲より貰った小遣い
はあまり使っていなかったのを思い出し安堵する。そのまま財布より1枚のお札を取り出し店員へと手渡す。

「人の話を――」
「はい、1000円でいいですか」
「では20円のお返しとなりますー。ありがとうございましたー」

 店員もこれ以上、騒ぎにしたくないのだろう。そそくさと恭司に釣り銭を手渡す。
 恭司は少女を無視し、その少女が注文したと思われる品物が置いてあるトレイを店員から受け取る。そのまま
何食わぬ顔で、自分の席へと少女の注文したトレイを持ったまま戻ろうとした。
 だが、恭司のその行動を逃す少女でもなかった。

「アンタ、私の何処に持って行こうっていうのよ」

 先程まで無視されていた事もあり、彼女の声には少々怒気がこもっていた。だが、恭司はそれでも飄々とした
顔のまま、少女へと忠告をする。

「まあまあ落ち着けって。
 このままだと皆に注目されたまま話をしなくちゃならないんだけど、それでもいいのか?」

 少女が辺りを見渡すと、明らかに視線を感じたのであった。さらに少女と目が合うと気まずそうに目を逸らす。
確かにこれでは少々居心地が悪い。

「う……」

 そう感じた少女も結局のところ恭司に付き添う形で付いていく事になった。

「おかえり」
「ただいま、何事もなく平和だな」
「あたしの物奪っておいて何言ってるのよ、この泥棒」

 恭司と少女を迎えたのは当然ながら一部始終を見守っていたフェイトであった。少女の言うとおりももっとも
なのでフェイトは苦笑してしまう。そして彼女はそのまま感慨深く思った事を口にした。

「本当、いつも通りの恭司だなって」

 やはりここでも――『いつも通り』
 結局のところ、恭司にとってもその周りにとってもこのような出来事は日常の1ピースだという事なのだった。

「悪かったなああいう場面を見るとすぐ体が動いちまう」
「恭司らしいといえば、らしいよ」
「あんまり褒められてる気分にはならないな」
「そんなこと――」
「あーたーしーをーむーしーすーるーなーあー!」

 日常を広げる少年と少女に対して、先ほどまで当り散らしていた少女が2人の日常を横から壊す。
 2人は忘れていた。とさも言わんような顔を、強気の少女に向けてた。
 その顔が余計に少女の機嫌を損ねる事になるのは、明記するほどでもないだろう。
 つまるところ、少女は怒っているのだった。

「さて、とりあえずお腹が空いてるんだろ? なら先に食べてから話を聞こうじゃないか」

 恭司が言い終わるのと同じ時に、少女のお腹が可愛らしい音を鳴らす。その音が聞かれたと分かった少女は、
顔を赤くして俯いてしまった。
 だが恭司とフェイトはその事を笑うことなく、ただ微笑んでいた。
 少女の頼んだ品数は多く、1人で食べ切れるのか不安になる恭司とフェイトだったが少女の食べる勢いはすご
く、2人の心配は杞憂に終わった。――そう数分するだけで全て平らげるくらいに。

「す、凄いなあの量を……」
「お腹あまり空いてないから……いつもならもっと頼んでる」
「マジか」

 恭司は天を仰ぐ。
 少女の頼んだ品数は実は少ない――などと言われたならば多少なりとも引くものがあった。とはいっても、昨
今女性でも大食いな人がよくテレビに出ているので珍しいな、くらいで恭司は収めてしまう。
 フェイトの様子は少女が食べる様子を見ていた。ただ口は呆然と開いていたが。少女が食べ終わった後でも口
が閉じることは無かったが、その姿を恭司に咎められすぐに閉じるのだった。
 少女も事を済まし、少女にとっての本題を切り出すのだった。

「とりあえず、ありがと。それでアンタはいつもこんなことしてる訳?」

 アンタとは恭司の事だった。彼女はただフェイトのことは二の次で今は彼に聞きたいという事だけだった。

「こんなことというのは、飯をおごる事か?」
「違う、第一お金は後で払うわ。
 それよりも何で見ず知らずの私をいちいち助けるような真似をしたのかって聞いてるのよ」
「なーんだそんな事ね」
「そんな事って何よ」

 恭司はフェイトと目を合わせると、吹き出す。
 何のことだか分からない少女は余計に不機嫌になるのだった。

「悪い悪い、まあ答えとしては『俺』だからだね」
「はあ?」

 何言ってるのかこの少年は、と少女は思ったのだった。
 たしかに誰に問いかけてもその答えは分からないだろう、何故なら恭司という人間を知らなければ答えようが
無いからである。

「この人はね、お節介なんだよ。根っからの」

 答えは恭司の隣に座っていたフェイトからやってきた。
 その答えだけに余計に少女は意味が分からなくなっていた。

「それだけで見ず知らずの私を助けたっていうの――」
「俺は恭司、こっちの女の子はフェイトって言うんだ。それで君の名前は?」
「話聞きなさいよ――」
「名前」
「――ああ、もう。はいはい、私はメイアって言うの」
「ふむ、これで見ず知らずという訳にはいかないな。よろしくだ」
「フェイトです、よろしく」
「へ? ……もう訳分かんないわよ。本当にこの男どうにかしてるんじゃないの?」

 またしても少女――メイア――の問いかけだったが、今度はフェイトに対してだった。
 その問いに、何度も聞かれたという思いで出来た苦笑と共に彼女は口を開く。

「うーん、この前は道行く男の人がうろうろしていたから、声をかけてみると猫が逃げ出したからどうしようっ
て言われて結局一緒になって1日中探してたし。
 冬におばあちゃんが灯油の入ったポリタンク持っていたから声をかけて家まで持っていったり。
 つい先日ではどこかのボディーガードなんてやってたかな? それくらいお人よしのお節介な人だよ」

 フェイトの恭司がどんなことをしていたのかという事をつらつらの述べる。ただ最後のボディガードの部分だ
け『どこかの』というところを強調して言っていたが、それは恭司だけしか感じ取れなかった。
 そしてメイアは絶句する。この男はどこまでお節介な奴なのだろうか、と。
 メイアが恭司を見ると、何故かばつの悪そうな顔を指で掻きながらフェイトの視線から逃れるように外を見て
いた。

「つまり、根っからの……馬鹿なのね」
「うぐ……」
「あ、あははは」

 メイアの言葉に恭司はさらに顔をしかめ、フェイトはただ苦笑して返すしかなかった。

「さて、何かの縁だしこれからちょっと付き合わないか?」
「んー……」

 名案とばかりに聞いてくる恭司の誘いにメイアは時計を見て思案する。

(別にあの人が来るまで時間があるし、案内役としても使えそうね……問題はないか)

「別にいいけど、出来ればこの街を案内してくれるかしら。つい最近になってこっちに来たから助かるわ。
 だけどいいの? お邪魔するような感じだけど」
「ああ、ここに最近来たのか、ならギブアンドテイクだ。
 俺ら2人だけで後することとなれば、散歩するだけだからな。そのついでって言うと失礼だがそれでいいなら
案内するけど」
「ならお願いするわ」
「うむ、お願いされました」

 こうして、恭司とフェイトの暇つぶしという名の散歩にメイアは加わったのであった。
 どのような数奇な出会いだろうか。彼らにとってこの出会いは何を意味していたのか……。
 それは神のみぞ知るという事だろう。



*




 ――――海鳴市 海鳴臨海公園 4月22日 PM 4:40



 ファーストフード店での出会いから、恭司達一行はまだ日が昇っている内に海鳴公園へと移動していた。
 かれこれ4時間くらいに渡って簡単にだが恭司とフェイトは、まだこの地にやってきて間の無い少女、メイア
の為に海鳴を案内した。
 途中、翠屋の前を通ったが学生が帰宅途中に寄るという時間帯だったので前を通っただけに留めた。
 案内している間はずっとお互いの事を話していた。フェイトが来年で小学生最後だということ。恭司は中学生
2年生になった事等、本当に紹介的なものから多岐に渡って話していた。
 勿論メイアの事も恭司とフェイトは聞いた。
 4月に入って海鳴に来たこと、親の都合で引越しをしなくてはいけなかったこと。実の所フェイトと同じ歳と
思っていたメイアの年齢は恭司と同じだと言う事。その際大いに驚いた恭司はメイアによって殴られる事となる。
 恭司達が気づけば案内している内に日が落ちそうだったので、恭司のお勧め――というより恭也のお勧めなの
だが――であるたいやき屋に行きたいという事でこの場にいるのであった。

「うう……まだ胸焼けがするわ」

 枝がかすれる音がして、潮の香りがする心地よい風が彼らをそっと撫でる。
 その風に乗ってメイアの呟きは空へと消えていった。
 恭司を真ん中に、その両隣をフェイトとメイアという配置で彼らはベンチに座ってゆっくりとしていた。

「おいしいのになあ……」
「いや、それは多分母さんと恭司だけだと……思うよ」
「やっぱ分かってくれるのはリンディさんだけかあ」
「よく、あんな物が食べれるわね……」

 事件はたいやきを買う時に起こったのだった。
 恭也曰く、ここのたいやきはカレーとチーズを一緒に食べるのがお勧めだ。と恭司は聞いていて他の2人にも
聞いてみたところ、彼女達は少しだけ顔を引きつらせながら遠慮すると言った。
 そういう事で各々好きな物を選ぶという事にしたのだが、ここで恭司が新メニューがあると店主が言うのでそ
のメニューを尋ねた。これが第一である。
 そのメニューの名前だけでも胸焼けしそうな物だったのだ。その名も『蜂蜜練乳黒砂糖仕立て』
 甘いものにトッピングとして甘いものが入って、さらにそれを甘いもので仕立てるのだ。
 こんなもの聞いただけで胸焼けするのは当たり前なのだが、恭司はその名を聞いただけで瞳を輝かせたのだっ
た。これが第二。
 当然ながらこの一連の流れを見て、察しの良い方はお分かりだろう。恭司はその……『蜂蜜練乳黒砂糖仕立
て』という名のたいやきを購入し、すぐさまかぶりついたのだった。これが第三。
 補足だがフェイトはクリーム、メイアは餡子を選んだ。
 そして何より決定打だったのが、その恭司が当のメニューを頼んでうれしそうに頬張っている姿を見たメイア
が何を思ったのか、恭司に対して分けて欲しいと頼んだので少し分け与えた。そして――

「あんなのただの甘い塊よ、人外の食べ物だわ! あれ1個でどれだけのカロリーがあるのかしら。
 食べた瞬間、何かが横切ったわ。とある2文字だったけど、それだけで私は気が遠くなったわ」
「感動か?」
「違う! 太るよ太る! あんな物食べてたら体のどこかしらに変調をきたすわ」
「うーん……」
「悩んだって私は理解しかねるわ、まったく行動も変ときたら好物も変ときた。まさに『変人』ね」
「いやいや、ははは」
「褒めてないわよ! まったく――あ」

 更に文句を言おうとしていたメイアの視界にとある人物が映る。
 その様子に恭司もフェイトも倣うようにメイアが見ている方向を見る。
 するとそこには、1人の青年とも中年とも言える風貌の男性が立っていた。
 男は身長190はあるだろうと思われるほどの長身で、黒いスーツ姿だった。頭には時代に取り残されたと思
われていたシルクハットを被っていた。まるで細い木のような印象を受けるほどの細身で、すこし押したら倒れ
そうな感じだった。
 その男にメイアは近づいていく。そして小柄な少女と長身の男という奇妙なペアが出来上がった。
 恭司とフェイトはその様子をただ呆然として見ていた。
 男とメイアはお互い話していた。2人共、特に表情を変えることなく。
 そうして、いくらか話していた後、男とメイアが恭司とフェイトに近づいていく。

「こんにちは、君がメイアの事を助けてくれたのかね?」

 男の声は妙に掠れていた。その存在感を感じさせない風貌と相まって、少しだけだったが奇妙だと恭司は思っ
た。ただ思っただけだったが。

「まあ助けたと言えば助けた事になるんでしょうかね。とりあえず誰かを助けるというのはいつもの事なので気
にしないで下さい」
「ふむ、どうやら君は謙虚らしいな」
「いえ自分の欲求に素直なだけですよ」
「そうか、それはいいことだ。おっと自己紹介が遅れたね」

 男は今気づいたと言わんばかりに驚いた顔をし、そのまま帽子をゆっくりと外すのだった。
 恭司とフェイトも男と同じような顔をして、軽く頭を垂れる。

「あ、はい。俺、志麻恭司って言います」
「……私はフェイト・ハラオウンです」

 そこで恭司は何かに違和感を持ったが、その何に違和感を感じたのか分からなかった。
 男の顔は特に変わらず、納得しているかのように縦に首を振るのだった。首を振るのを止めた男は口を開くの
だった。

「私の事は『教授』と呼ぶといい。皆そう言うのでな」
「はあ……」

 本当なら普通に名前を言うのではないのだろうか、と軽く思ってしまう恭司だったので返事も素っ気ない物に
なってしまう。

「ところで、恭司君と言ったね。苗字は志麻、でいいのかな?」
「そう……ですけど」

 教授は聞いただけだった。そう恭司の名前と苗字を聞いただけだったのだが、その瞬間だった。
 教授は笑ったのだ。
 声を上げて下品に笑うわけでもない、かと言って微笑むわけでもない。だが笑顔というには不自然すぎるくら
いの笑みだった。

「そうか、そうか。ところで君の母親は……美咲と言わないかい?」
「え……なんで……」
「いやいやいや、昔の美咲君に似ていたからね。それでピンと来たよ。
 私と美咲君は昔の知り合いなのでね」

 また違和感。
 何かがおかしい、そう感じる恭司だったがやはり何がおかしいのか分からなかったので無視をした。

「失礼、そうかなるほど……君が恭司君なのか。
 いやいや私は旧友と今度会えるのかも知れないな」
「母と会いたいのなら、お会いしますか? 元気ですし」
「そうか、彼女は『元気』なのか。いやならばいい、別に私に会った事を話さなくてもいいし話してもいい」
「はあ……分かりました」

 奇妙な会話は続く。
 恭司だけでない、教授を除くこの場にいる全員が……妙だと感じていた。
 何か、何かが狂い始めている。いくつかある歯車の内の1つが弾かれそうになるかのように。
 機械仕掛けの日常が狂い始める。

「では、私達はこれで失礼させていただくよ」
「あ、はい。お気をつけて」
「君も気をつけたまえ、おっと――」

 そこで思い出したかのように教授がメイアに対して耳打ちをする。全てを告げたのかそのまま教授はこの場か
ら去っていった。
 だが教授の言葉を耳にしたメイアの顔は、完全に血が昇っていると分かるほどに赤くなる。恥ずかしいのでは
ない……ただ単純に激怒していた。
 そして、メイアは目の前の恭司を睨みつける。まるで親の仇を見るかのように。
 恭司はその視線を受け、すくんだ。そして半歩だけ後ろに下がってしまう。
 何度も恭也や美由希という剣士から殺気を受けていた彼でも、それすらたじろぐ程の殺気。本気の殺気という
のを受けた。
 フェイトはその様子をただ見守るしか出来なかった。

「アンタは……あたしが必ず殺す。それまでせいぜい生きてなさい。アンタを殺してあたしはあたしになる」
「な、何を――」
「さよなら、偽善の王子様」

 そうメイアは言い切ると駆けて、教授と共に去ろうとする。
 先程までのメイアの様子はおかしいくらいだった、と恭司とフェイトは思った。
 ただ、彼女の殺気は本気だった。それだけは恭司には分かっていた。だからこそ――

「おい! 待てよ、意味が分からないぞ!」
「……」

 呼び止めた恭司だったがメイアはそれを無視し、結局教授とメイアは2人の前から消えてしまった。
 その去っていった2人をただ見る事しか出来なかった恭司とフェイトは、長い間その場に留まっていた。

「意味、わかんねーよ」
「……恭司」
「あれは女の子が出す殺気じゃない……あんなのただ、悲しいだけだ」
「うん」
「ダメだ分からない事だらけだ。ただメイアは俺を確実に恨んでいる。理由は……考えても出ないよ……」

 恭司とメイアが会うのは今日という日、それが初めてだった。
 だからこそ、何故教授から受けた言葉で一気に恭司に対しての恨みが出たのか……疑問は尽きなかった。ただ
彼女だけがきっと唯一の答えなのでは……ならばまた会うことがあれば聞こうと恭司は思った。

「それに気づいたか? フェイト」
「うん、恭司も気づいたんだ」
「まああれだけ、ならな」
「どうしよう……」
「今は……今はまだ大丈夫だよ、きっとな」

 公園でただ立っているのも何なのでと、恭司とフェイトは結局家に帰ることにした。
 お互い、話す事もなくただ無表情だったが……。
 その様子は朝の2人とはかけ離れている物であった。
 そして――






 ――――海鳴市 4月22日 PM 8:20














 夜、自宅でゆっくりとくつろいでいた恭司の携帯にとあるメールが届くのとほぼ同時刻。



 巡航L級8番艦アースラ及びアースラスタッフに辞令が下った。

 その辞令とは、消失扱いとされリスト外視されていた1つのロストロギア捜索願であった。












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