――――巡航L級8番艦アースラ ブリッジ 5月1日 AM 10:02



 艦が揺れブリッジでは一斉に怒号が飛び交う。
 原因は何処で、被害状況は、そう言い合う中クロノは1人デバイスを手に取り、颯爽とブリッジから出ようと
する。
 それを見たアースタスタッフの1人が艦長、と声を掛ける。

「慌てずに。とにかく被害がどれ程な物なのか、とにかく現状把握に努めてくれ」
「了解です。艦長、後は頼みます」
「ああ……っ!」

 こんな馬鹿な事をやらかした奴に泡を吹かせてやるさ、とクロノはスタッフに聞かせるよう言い、原因であろ
う場所へと彼は向かう。
 クロノは黒いバリアジャケットに身を包み、誰もいない通路を彼は駆け抜ける。
 原因を追究しに、異常音がする現場へと向かっている途中だった。

「誰だろうか。志麻がやったのか、他の人間がやったのか……」

 呟くと同時にまたしてもアースラが揺れ、岩が崩れるかのような大きな音が轟音のように通路に響く。

「くっ……」

 手を地面につき、バランスを崩しながらもクロノは体勢をすぐさま立て直し、また走る。
 とにかく異音のする方向へと。

「これ以上はマズイな。すまない、誰か!」

 クロノは所持していた端末からブリッジにいるクルーへと呼びかける。
 時待たずにしてエイミィが出る。

「どうしたの、クロノ君!?」
「ここでは艦長と――ええい、それよりここに艦を置いてるとダメだ。もしかしたらアースラは航行不能になり
かねない」
「分かった。ならすぐに地球へ」
「結界だけは先に張って……、そうだな海へと着水しておいて欲しい」
「海鳴で大丈夫?」

 エイミィが場所を指定するも、それに何か引っかかりを覚えるクロノだったがそれが一番無難と考えたのか肯
定の返事を彼女へと向けた。
 了解とエイミィは返事を返しクルーへと伝えそのまま通信は途絶えた。

「とにかくこれ以上アースラを傷つけはさせない、絶対に修理費を請求してやるからな!」

 クロノは意志を固め、また駆ける




















魔法少女リリカルなのは 救うもの救われるもの


第二十話「海鳴」























 時間経たずにして問題の場所へと到着するクロノだったが、通路の壁は壊れ、ほぼ部屋そのものが全壊してい
るといっても、もはや過言ではない有様を彼は見た。
 一体何があったのか、とクロノが様子を伺っていると、破壊された衝撃で若干崩れていた壁がさらに崩れ去る。
すると中の様子が手に取るように分かったのだが。

「どう、なっているんだ?」

 そこには倒れ意識を失っているメイアを守ろうと、衝撃に備え屈んでメイアを庇っている恭司と、対立する見
知らぬ人物と、その見知らぬ人物と対峙するシグナムという構図が部屋の中にあったのだ。

「クロノか!? すまないけどメイアを、彼女を守ってくれ!」
「志麻、これは一体!」
「説明は後、とにかくコイツをメイアから遠ざけたいんだ!」

 コイツというのがクロノには理解できなかったのだが、消去法でクロノは恭司の言うコイツという人物を割り
当てる。
 見知らぬ人物。それは少女とも少年とも呼べるような体躯で髪は二つ結び、全体的に女の子と言っても相違無
いように見える。服はバリアジャケットなのだろうか、黒いスカートに学校の制服かと見間違えるようなブレ
ザーのような姿であった。
 その人物が、シグナムと恭司の2人を視界に入れながら、薄気味悪く笑っているのだ。
 二つ結びにした髪を揺らし、その見知らぬ人物は口を開いた。

「ハハ、お笑いデスよね。つい先ほどまで殺すと言っていたモノを守ろうとするんデスから。アンタはよっぽど
の馬鹿か救いきれない馬鹿なんデスね!」
「馬鹿馬鹿うるせぇ。それにメイアは物なんかじゃない。俺の妹だ、人なんだよ。君には分からないんだろうが
これは俺の意地だ。分かったような口を叩くんじゃない!」
「じゃあ、アンタは死んで一生悔やんでるのが一番お似合いデスよ!」

 キャハハハと笑いながら、それでいて叫ぶような声で恭司を侮辱する見知らぬ人物。それを見たクロノは大方
理解した。
 この見知らぬ人物が襲撃し、そして恐らくメイアの仲間で彼女を取り戻しに来たと、そうクロノは解釈する。

(シグナム……)
(分かっている、これ以上この艦の中で闘う訳には行かないからな、とにかく暴れさせないよう警戒している状
態だ。それよりアースラは)
(今地球に向かわせてる。遅かれ早かれ外に放り出す)

 クロノとシグナムは念話で会話をする。状況を見るにあたって一番冷静なシグナムへとクロノは事情を確認し
たのだ。
 しかし、2人の思惑の望んでいたこう着状態は、そう長くは続かなかった。

「鬱陶しいんデスよ。ウチらにとってアンタは一番邪魔な癖に、必要な人間っていうんだから余計に苛立たしい
んデス。邪魔なのに邪険に出来ない。殺したいのに殺せない。もどかしいと思わないデスか。くそなげぇ時間か
けてこっちは準備してきたのにデスよ。それで邪魔されて、その邪魔者全部殺せないなんて苛々するんデスけ
ど!」
「勝手に押しかけて、勝手に友達傷つけられて、挙句には殺したいとか、傲慢にも程があるんじゃないのか?」
「お笑いデス。ほんと笑うしかないデスね。勝手にこの世界へ押しかけたのはアンタで、その厄介事を持ちこん
だアンタ達に傲慢と言われたくねぇんデスよ!」

 見知らぬ人物は怒声を上げるが如く、言葉の羅列を恭司へと叩き付ける。
 現実を現実として理解させる為に、恭司たちがやはり『前提』になっている事を。

「じゃあ何か、俺達一家がこの世界に来たせいでこの事件がこの世界で起こって、さらにこの世界で友達になっ
た人間は俺達のせいで傷ついたって事だって言うのか?」
「いやいやホント、馬鹿でも理解が早くて助かるデスね。その通り。アンタ達が厄介事押し込んだせいでこの事
件起こってるんデスよ。それをまるで自分達は悪く無いと言い張りながら、偽善かまして達成感得て、喜んでる
んじゃねぇデス」
「ならば遅かれ早かれ俺がこの世にいる限り、この事件は起こったのか」

 恭司は理解を深める。真実の欠片を手に入れた恭司とシグナムにとって教授側の言葉は情報だ。それを断片的
にでも手に入れる事が今の出来うる最良の行動だった。

「言葉遊びは終わりデス。さあメイアちゃんを返してもらいますデス」
「嫌だ、と言えば?」
「死にたきゃドーゾ。死にたくなかったら大人しくこっちに渡すのが懸命デスよ、ああ間違えました。死ぬ直前
まで苦しみたければご勝手にデス」

 これ以上、ここで暴れる訳にはいかないと恭司も理解している。それはクロノとこっそり念話していたからと
いうのもあるが。
 あと少しでも時間を稼ぐことが出来ればと、クロノは考えるも相手はそれを許してくれなかった。

「自己紹介まだデスね。ウチはプシュケと言うデスよ。さて志麻恭司、アンタはここでご退場願いましょう」

 そう見知らぬ人物――プシュケ――が言う。プシュケの手中には扇子だろうか、それを2つそれぞれ右手左手
と握っていた。
 いつ、どうやって持った。という全員の疑問の前にプシュケが先に動く。

全員拘束テメーら動くんじゃねぇ
「なっ!」

 それは誰の驚きの声だっただろうか、気付けばメイアも含めこの場にいる全員が両手両足が動かなくなってい
たのだ。
 拘束された。その事実だけが恭司、クロノ、シグナムを現実へと引き戻す。

「キャハハハ! 最初っから邪魔するだとか、そういう次元の話してる訳じゃねぇんデスよ。大人しくしてるい
か、そうじゃねぇかの違いだけなんデスよ」
「く、一体何が」
「おやおや、そこにいるのはこの艦の艦長じゃねぇデスか。魔力反応だけで反射的に拘束しておいたけど、どう
やら正解だったようデスねぇ。ああそうそう艦長さん、レジストしようたって無駄デスよ。そうそうにその魔力
構造見破れるものじゃねぇデスから」

 そうプシュケが言う前にクロノは実感していた。
 拘束された瞬間に魔力構成を見破り綻びを見つけ、そこに無理やり魔力を流し込んで切ろうと思っていたのだ
が、魔力を流し込む直前に綻びが消えた。それどころか構成全体が変わりまったく別物の魔法にすり変わってい
るのだ。
 変化し続けるという正体不明の魔法に少しの焦りを感じつつも、クロノは現状を打破するために努める。

変更変わりたきゃ変わっとけ
「くっ……」

 またしても魔力構成が変わった。見破るには見破れる。だが、それを破壊しようとする前に見破った構成は急
激に変更される。まるで解は一緒なのに数式だけが変わっていくような物だとクロノはそう感じた。

「ならば引きちぎればいいだけの話だろう」

 シグナムがそう言うと己の持つ魔力を全稼動し、バインドの魔力構成全てに自分の魔力を与える。それは変わ
り変わりになる魔力構造を無視した唯一の対抗策だろう。
 プシュケの拘束を壊したシグナムは、そのままデバイスを起動し、甲冑を着る。

「ああ、貴方ヴォルケンリッターって言われてる人でしたね。そりゃこんな小細工きかないデスね」
「私が何者であろうがそれは関係の無い事。私の知人にした仕打ち、そして私の主にした仕打ちそれら全てを悔
い改めろ」
「主っていうとあの遺跡で邪魔してきた女の子デスね。あれはウチがやりましたよ」
「…………」
「おお、怖い怖い」

 はやての魔力を全て枯渇させる程の人物、それが目の前にいるプシュケだと自分で言うのだった。
 その事にシグナムは若干の驚きを見せるも、それはすぐさま怒りとなる。
 だがここで艦が大きく揺れた。
 それは生易しいような揺れではなく、この場にいる人間全員がバランスを崩すほどに揺れたのだった。それを
好機と見定めたのがクロノだ。

「転送!」

 クロノも揺れでプシュケがかけた、バインドの魔力構成変化が遅れていたのか拘束をすかさず破壊、プシュケ
に近づき自分もろとも、一纏めに海鳴へと放り出す。
 がそれを許すプシュケではなかった。

転送テメーら道連れだ

 プシュケによって、この場に居たほぼ全員が、海鳴の空へと吹っ飛ばされた。





 ――――海鳴市 海上上空 5月1日 AM 10:21



「一体どうなって!?」
「どうやら一杯食わされたようだ志麻」
「どういう事ですかシグナムさん」
「あれだ」

 先ほどの部屋に居た全員が、海鳴の海上空に転送されすぐに魔法で体勢を整えると、シグナムが何かを分かっ
たように話す。
 そしてシグナムが指す方向にはプシュケと、そのプシュケに抱きかかえられたメイアがいた。

「アイツ……!」
「ハラオウンの姿も見えないようだ」

 シグナムがそう呟くと恭司、シグナムの2人に念話が届く。

(志麻とシグナムか。僕は今、アースラの艦内だ。どうやら僕が使おうとした転送魔法をどうやったのかは分か
らないが、上書きするようにして自分の都合のいい形で転送させたらしい。僕はプシュケによる転送魔法で、あ
のまま部屋に残り、君達は海鳴の上空にいる。僕はこのままアースラの修復を急ぐから、そっちは頼めるか?)

 それについて異論はなかったので、2人は同意の返事をしてそのままプシュケを見る。
 プシュケは相変わらず薄笑いをしながらシグナムと恭司を見ていた。

「起きるデスよメイアちゃん。敵は目の前デス。倒せ倒せ倒せ、ぶっ殺せ」
「……て、き」

 まるで、メイアに対して催眠術をかけるかのようプシュケは呟く。するとどうだろうか、メイアが起き上がり
デバイスを起動する。すると彼女の背中から1対の翼が現れ、最後には目を開いた。
 その目は焦点のあって無いような目で恭司とシグナムを見た。その事に若干の焦りを見せたのがシグナムと恭
司だ。

「やる気、みたいだな」
「こっちの言葉は――そもそもにこっちを誰と認識してないみたいだから声かけても無駄なんでしょうね」
「私はプシュケの相手をしよう。志麻はメイアを頼む」

 とにかく、今は出来る事をしなくてはいけない。火の粉が降りかかるのならそれを払いのけるまで。そう現実
を認識して、悲惨な現状を嘆く前に動こうとシグナムは恭司に頼みごととして話した。
 それを感じ取ったのか、恭司は心配になりシグナムへと声をかける。

「大丈夫ですか?」
「それはこちらの台詞だ。それとベルカの騎士は――」
「1対1では負けない、でしたね」

 ああ、と頷き応えるシグナム。
 その問いかけに満足した恭司は向き直り、プシュケと、虚ろな視線で恭司たちを見るメイアに声をかけた。

「メイア待ってろよ、今助けてやる。絶対にお前を守るんだ」
「アンタにゃできねぇデスよ。偽善だけ行ってテメェの自己満足だけを得ようとする。そんなエゴイストには自
滅がお似合いなんデス!」
「黙ってろプシュケ。お前みたいな事をしている奴がいる限り、嫌な連鎖が起こる。その楔を繋げさせない為に
も俺は君を止める!」

 恭司は上空を勢いよく蹴り出し走る。
 フローターフィールドを足元に張り、ツインファクシを使って風を切るよう素早いスピードで一気に2人との
間合いを詰める。

(シグナムさんお願いします!)
(任せろ)
(メイア……)

 恭司はメイアの頭をとん、と軽く撫でるかのように触れ、その後ろで事を傍観していたプシュケへと迫る。

「君の相手がウチとはとんだ役不足っぷりデスねウチは」
「言ってろ!」

 恭司は足を一気に上へと振り上げ、ハイキックをプシュケへと仕掛けた。
 しかし、それをいとも簡単に見切るかのよう、軽く上半身を逸らすだけで恭司の攻撃を避けたプシュケ。その
事実にプシュケは嘲笑を浮かべるのだった。
 だが、恭司の狙いは違うところにあった。それは、プシュケとメイアの距離を離すことが重要であると、確認
した上での特攻。後はシグナムが上手くやってくれるだろうと信じて追撃の体勢を整える。

「攻撃の動作が分かり安すぎデス。避けてくれって言ってる様なものデスよ?」

 振り上げた足を急降下させ、捻る身体でもう一方の足で横薙ぎに振る。が、それも簡単に避けるられる。
 恭司はプシュケの言葉を無視し、更に無呼吸でガントレットがついた腕をテンポよく動かし攻撃する。そのど
れもを避け続けるプシュケ。

「まったく。存在すらも鬱陶しいというのに、こうも絡んでくると更にうざったいデスね。おしまいデス」

 プシュケは右手に持っていた扇子を広げ、恭司の拳を受け止める。
 だがそれは恭司の、そしてシグナムが待っていたものだった。

「はあああああああああああっ!」
「――――ッ!?」

 メイアの相手をしていたシグナムが、急にプシュケ目掛けて特攻するのだ。それはプシュケ自身驚いただろう。
 すぐさまプシュケは回避に移ろうとしたが、恭司はその扇子自体を掴み取り、逃がさないといった風に握り締
めていた為、プシュケは動けなかった。

「く――離せ!」
「紫電一閃」
「くそっ!」

 シグナムの攻撃を受けたプシュケは、直撃を免れたがそれでも衝撃だけは抑えられなかったのだろう、そのま
ま後ろへと飛ばされていく。
 その間にも、恭司はシグナムの攻撃が来る瞬間に離脱、直後にメイアと対峙するために移動を始める。

「誰も志麻がお前の相手をするとは、言って無いだろう?」
「は、はははははあははははははは! まったくもってその通りデスよ。勘違いしたウチの失態デス。だけどう
ぜぇのは変わらないんデスよね!」
「吼えてろ!」

 メイア、恭司との距離は取れた。シグナムはそう確認した後プシュケの様子を探ることにする。
 見る限りでは、ヴィータと同じ背格好、そうなると年齢としてはそれ相応なのだろう、とシグナムは認識する。
それに加えて両手に持っている扇子――

「それが、シフトデバイスというものか」
「へえ……、絶対に所在が分からないように情報操作していたっていうのに知っているんデスか。面白いデスね、
どうやってコレらの事知ったんデスかねぇ」
「お前達の持つ真実、とやらに近づいたという事だ」
「ならば話は早いデス。シフトデバイスの能力知ってるんデスよね?」

 プシュケはそう、笑いながらシフトデバイスと呼ばれた扇子で顔を仰ぐ真似をする。

「並列処理を行うためだけに使われるデバイスと聞いている。ミッドチルダのインテリジェントデバイスを極端
化させ創り上げたものを、ベルカ式でユニゾンデバイスと言われるデバイスがある。それでも融合事故というの
が起こり、一般化は出来なかった」
「そうデス。そしてそのユニゾンデバイスの自律系を全て術者で賄うのがシフトデバイスという訳デス。所謂人
のデバイス化デスね。術者としての人と、デバイスとしての人をまとめて使えるようにしたのがシフトデバイ
ス」
「だが、現実にそんなものは出来ない筈だ。人が自律する思考を2種類所持するという事は脳が混乱し整理でき
ず自壊するだろう」
「甘いデスね。実際ウチには独立した思考が2つあるデス。だけどねそれらが別の意見を持った覚えなんてねぇ
んデスよ。だってそうでしょう、どっちも手前なんデスから」

 プシュケは両腕を広げ、扇子を展開。左手の扇子を口元に、右手の扇子を身体の後ろへ。

「1つの術を完成させるのに、通常の2倍の速度で展開する事が出来る。2つの術を完成させるのに通常の速度
で展開する事が出来る。独立した思考、つまりマルチタスクによって生まれる戦術性の幅。理解出来るでしょう、
アンタたちはそんなのを相手に戦ってるんデスよ」

 プシュケは何もしていない。正確には何もしていないように見える。だが現実にはプシュケが攻撃をしたとい
う事実に変わりはなかった。
 甲高い音だけこの場に響く。それは、シグナムがレヴァンティンの腹にて不可思議な攻撃を受け止めた音だっ
た。
 シグナムが何をされたのか理解出来ない間、その初撃を避けたことにプシュケは感嘆した。
 プシュケは攻撃を止めなかった。だがシグナムは、それ全てに応じるかのようレヴァンティンを反射的に動か
し攻撃を弾く。
 しかし、プシュケの攻撃そのもののスピードもまた、尋常じゃなかった。
 初撃はシグナムの眼前に現れたが、その後はランダムに彼女は攻撃されている。
 上下左右は勿論の事、それ以上に前後にわたってまで攻撃が展開されるのだ。普通の魔導師なら対処しきれず、
一撃の下に倒れているだろう攻撃を、シグナムはそれら全てを勘で弾いていた。
 一発の攻撃が終わればすぐさま上からの攻撃。その上からの攻撃を弾いたと思えば背中から攻撃。それらをレ
ヴァンティン一振りで打ち落としていく。
 それでも、プシュケは動く様子を見せない。

「やるデスね。さすが烈火の将と謳われるだけはあるようデスね」
「お前が2倍の速さで魔法を使うのなら、私は3倍の速度で魔法を使おう。お前が2倍に増やした魔法を使うの
なら私は更に上を行こう。お前が言っているアドバンテージ等その程度のモノだ」
「ハッ! 言ってくれるデスね。ならコイツでどうデスか!」

 プシュケは両腕を背中に回したと思いきや、即座に扇を展開したまま前へと両腕を振るう。
 先ほどまでは普通サイズだった筈の扇子が、シグナムが見るとそれは、人、一人をはたくのに必要な大きさへ
と変化していたのだ。さすがにそのことにはシグナムも驚きを隠せなかったが、焦りは無かった。

「レヴァンティン!」
<Jawohl.Schlangeform!>

 高らかにシグナムは自らのデバイスを叫び、奮いあがらせる。
 その瞬間、レヴァンティンの形状が変わり、刀身が一部一部に別れる。それは1本のワイヤーのようなもので
全て連結された形状になっていた。
 シュランゲフォルム。
 レヴァンティンの初期起動状態をシュベルトフォルム。つまりは片刃西洋剣の形状をとっているのだが、シュ
ランゲフォルムではその短かった刀身と射程が伸び、中距離にも対応したフォルムだ。シグナムはプシュケに対
応するべく変化させたのだ。
 迫る扇にシグナムが対策として取ったのが、プシュケの正面。ほぼ防御姿勢が取れない状況で腕を突き出して
いる。つまり当然ながらプシュケの正面は空白の場所。攻撃を仕掛けるならそこだと、思い切りよく踏み込んだ
のだ。

「駆け抜けろ!」
「とっとと潰れるデス!」

 プシュケに迫るレヴァンティンの剣先。それより早くシグナムを潰そうと狙う誇大化した2つの扇子。どちら
が先にぶつかっても互いに致命傷は避けられない。
 しかし結果は。

「やはり、か」
「やるデスね。攻撃と防御同時になんて」

 シグナムの剣先はプシュケに届くことは無く、またプシュケの扇子もシグナムの身体に触れることは叶わなか
ったのだ。
 プシュケの前にあるのはシールドタイプの防御魔法。そしてシュランゲフォルムの一部を、身体に纏うように
して自身を守ったシグナムがいたからこそ、互いの攻撃は届かなかった。
 間違いない。これは強敵なのだ。とシグナムは認識を改める。
 誰がなんと言おうと、シフトデバイスの能力は明らかに他のデバイスを上回る。インテリジェントデバイスを
ピーキーに、かつそれ以上のポテンシャルを誇るユニゾンデバイス。その欠点であるデバイスの独立した思考故
の融合事故という不安要素を取り除いたのがシフトデバイス。
 己の思考を2分化し、それで正常を保つ。分けた思考は独自に戦闘のパズルを組み立て、自らの解とする。同
じ人間を、2人同時に相手するのとまるで同義になるデバイス。
 デバイスと化したその思考は魔法構築、試算。それら魔法における計算もユニゾンデバイスと同様のスピード
で作られる。本当に隙の無いデバイス。
 まるで――

「夢のようなデバイスだな。全てを上回ろうとして高みに上ろうとし、それでそれ以外を蔑むというのか。とん
だ傲慢なデバイスだ」
「そこらかしこにあるデバイスを上回ったところで、手前が強くなったなんて思ったことねぇデスよ。だけどそ
れでも事実として、今出てるデバイスを越えてるのは確かデス。だけどそれでも……」
「限界はあるだろう。そんなデバイスが、人の手で簡単に御するとは思えんな」

 シグナムはレヴァンティンのフォルムをシュベルトフォルムに戻し、構える。プシュケもまた扇子を閉じ、だ
らりと腕を下げながらも言葉を続ける。

「犠牲、っていう言葉ってのは生贄とも言える言葉デス。そいつを盾にして後ろで悠然としてる奴らの礎になっ
て消えていくんデス。滑稽でしょう。盾にする奴なんて誰だってよかった、たまたまそいつが選ばれただけ。そ
んな巡り合わせが悪かった、ってだけでいなくなっちまうんデスよ。
 だから、ウチは犠牲って言葉が大ッキライなんデス。そんな釈然としねぇ言葉で綺麗に片付けようとする大人
がうぜぇんデスよ。何かを矢面に立たせねぇと立てねぇ、そんなくそ食らえな奴がうざったいんデス。
 ウチはウチのやり方で、この世界を変えていこうって決めたんデスよ。教授なんて関係無い。だけどあの人が
いう理想が楽しそうだからっていう理由で、ウチはついていこうって決めたんデス。だから目障りな管理局とそ
れに加担する王子が鬱陶しい。いいから消えろよ、邪魔なんだよ」
「邪魔だから消えろ、まるで子供の癇癪だな。邪魔ならどかせばいい。力ずくでどかせばいい。だがそれをして
貴様等の言う、理想の世界というのは来るのか。それで来るなら、どの世界も戦争が終わらないだろう。理想を
掲げてその理想を押し通すが為に力を振りかざすなら、それは簡単に崩れるだろう。
 力を振るうべき場面というのは決まっている。
 己を守るか、他者を守るか。
 これ以外に力を振るうのなら、それはただの暴力だ。暴徒と化した人間の理想など、誰もその理想を素晴らし
いものだと理解することも、しようともしないだろうな」
「ウチはウチの為に力を振るう。それは誰でもないウチの為の力デス」
「ならば来い。お前が望む世界を作りたいのなら、それの邪魔になる私を倒せ。その先に待っているのは理想と
いう言葉に霞んだ妄言だという事を、思い知らせてやろう。尤も、妄言に囚われているお前にやられる私でも無
いがな」

 もう言葉を交わすことは無い。
 そう言いたげに、無言でシグナムとプシュケは対峙し構える。
 言葉が伝わらないのなら、己が理想としているものを力で分からせる。
 これは、誰が望んだ道筋なのだろうか。



                         *



<どうするんですか?>
「どうするも何も……、決めてないっていうのは駄目かな?」
<さすが無計画、行き当たりばったり、無茶苦茶、無謀、思いつき、粗雑と揃った恭司君の言葉です>
「結構酷いッスよね!?」

 とまくし立てているが、現状芳しくないのはこの場を見れば誰しもが分かる。
 なんとかプシュケから離れ、メイアと対峙することにした恭司達だったのだが、いかんせん人の言葉も通じな
いといった様子で無作為に攻撃を加えてくるメイア。
 それらをなんとか致命傷だけは避け、逃げに逃げ。気づけば海鳴の海でも大分岸に近づいてきた。
 だが、これ以上逃げ続けたところで事態は好転しない。それは恭司にも分かっているが、行動が理想に追いつ
けないのだ。

「逃げるので精一杯……。メイアに攻撃するわけにもいかないし」
<何、フェミニスト気取ってるんですか。そんな事言ってたって向こうはほとんど意識無しで魔法撃ってきます
よ?>
「だからって俺がアレに勝てると思うか?」

 アレ、といいながらメイアを指す恭司。
 その言葉に呆れたルージュセーヴィングは、呟くような小ささで。

<意気地無し>

 だけどその言葉が聞こえたのか恭司は奮い立たせるように叫ぶ。

「おう、意気地もないし勇気もない。だけどメイアは助けたい!」
<本当に無茶苦茶ですね>
「無茶苦茶で結構。無計画万歳、全部まとめて不幸込みで来い! 利子含めて運命の神様ってのに返済してやる
よ!」
「…………ッ!」

 恭司の言葉とは裏腹に、メイアのアルジェンティーノスパラーレが狂い咲く。
 辺りに舞う銀色の羽根は美しかった。だがこの美しさは暴力的に破壊的だ。

「あぁ……なんていうかな。さっきまでは威勢よく言ってたけど、コレは……。そうだな言葉で例えればタガが
外れたって言えば一番分かりやすいのかな。この前戦ったとき平時では4から8発くらいがいいところだったけ
ど、あれってやっぱりこっちに合わせてたんだねぇ」
<いちいち過去の事を確認しなくていいじゃないですか。それでどうするんですか>
「全部、捌くに決まってるだろ」

 とは言うものの、今回は頼りになる年下の女の子、フェイトがいない。いればなんとかなったのだろうが、今
は恭司1人しかいない。

<来ます!>

 ひらひらと無規則に舞っていた羽根。その全てが標的を恭司と定め、向きが変わり固定した。
 地上から見る、流星群のような勢い。軌道が残像のように見えるスピードで羽根は、恭司へと一気に迫る。
 瞬間的な思考で、それも脊髄反射のような反応速度で対応しないと手に負えない、そんなレベルの攻撃。
 一瞬にして溜めたクロスブレイクで接近した羽根を壊す。だがチャージ速度、それでいて人の身体能力を超え
なければ無理だ。だが、超えたところでそれだけでは壊しきれない。だからこそ恭司はその思考の一瞬にして右
手左手の両手から黄金の糸を出し、体を守るよう球体状に張り巡らせる。
 すると羽根は黄金の糸に触ると一瞬だけ動かなくなった。それを目視せずとも恭司はノルニルスレッドを出し
た後にクロスブレイクを、何度も何度も叩きつけるが羽根を壊すのが間に合わない。
 間に合わないと分かったからこそ恭司は防御魔法ヴェールズシェルを展開する。だが、恭司のヴェールズシェ
ルは一定の攻撃力を持つ魔法に対し、受け流しの効果は表れない。だからこそ前回の戦いではあくまで防御結界
として使い、その穴をフェイトに埋めてもらったのだ。
 つまりは――

「あ、あああああぐううう」

 抜けてくる。
 羽根が幾重にも恭司の体へと無惨にも突き刺さる。
 純粋な魔力ダメージと言えども、身体に衝撃が来ないわけじゃない。
 何秒耐えればいいのだろう、それとも何分か、それとも何時間か。気が遠くなるような思いで、恭司は必死に
ダメージを軽減しようとヴェールズシェルを展開し続けるも、アルジェンティーノスパラーレはその意思をも同
時に切り裂いていく。

「がああがああああああああああああああぁぁぁアアアアアア!」

 悲鳴は続き、恭司の身体ももう惨烈を極めている。魔力で出来た羽根は無常にも恭司の身体へと突き刺さり、
それが1度や2度ならいい、それが数百となれば惨状を極めている。それでもメイアの攻撃は終わらなかった。
悲鳴もだんだんと小さくなり、意気消沈としている中それでも恭司はただひたすらに耐えるだけだった。
 やがて羽根は1つ1つと消えて行く。また恭司を守り纏っていたヴェールズシェルも消える。

「……ぁ、あぁ」

 なんとか恭司は息だけは吹きかえすも、その様子は惨劇を思い返す。
 彼の身体に羽根は突き刺さり、刺さった箇所から出血。全身を銀色の羽根が覆いつくすような格好でただ耐え
ていた。

「ぅ……っごふっ」

 口から少量ながらも血を吐き出す。魔法の衝撃で内臓が痛めつけられたのだろう。致命傷とはいかないが、そ
れでも無事とは言いがたい様相だった。
 その時魔法で出来た羽根が全て霧散し、掻き消える。
 だけど恭司の目は死んでなかった。
 守りたいと、妹と決めた1人の女の子を守りたいと救いたいと願った。その決意は揺るがない。
 全身に悲鳴が上がっているにもかかわらず、笑顔で喋る。

「っはぁ……、はは……」
<恭司君もうアースラに転送してもらって――>
「嫌、なんだよ。もう俺が力振るうのは嫌なんだ……っ。俺のせいで誰かが傷つくのは嫌、なんだ。それが敵で
も俺は理解したい。なんでそんな、事するんだっ、ってね」

 この姿は当然ながらアースラに転送されている、つまりはクロノが見ているという事他ならない。
 だがらこそ、彼は止めたかったのだろう。

『志麻、ルージュセーヴィングの言う通りもう戻るんだ。君の怪我は致命傷じゃなくてももう戦えない。もう、
止すんだ』

 ボロボロの姿を見かねたクロノは念話で恭司に話しかける。

「い、やだ。俺は俺の俺が望む、未来を掴みたいんだ。メイアと笑って話が……したい。強制転送なんてしたら
俺は一生、クロノを恨む、からっなっ!」
『それでも僕は時空管理局員としてこれ以上君が傷つくのをただ見ているのは無理だ。男の理想で分かっても僕
は仕事の理屈を押し通しべきだと!』
「許さない、から」
『く……』
「ただじっと見ているのは嫌なんだ。俺は動くって……、決めたんだ。誰かが泣いてるなら、その泣いている人
を助けたい。自己満足でしかなくても、俺は泣くのを見た……くない。みんなが笑って生きている世界。理想だ
からこそ! 幻想だからこそ! 望むべき姿で在ろうって俺はもう決めたんだ!」
『理想は理想と分かっていながら何故進む! 理想に届かない人間だって沢山いるのに!』
「創造したい。理想と分かっているなら作ってあげたい。メイアにとって世界はこんなにも優しいんだって言っ
てあげたい。俺はそんな世界を作りたい!」
「……ッ」

 恭司は満身創痍ながらも、息を整え叫ぶ。
 自分が思っている事を、相手に向かって最大限にぶつける。想いを相手に伝えるために言葉にしてそれを風に
乗せて相手に届ける。

「分かってるんだろう、メイア。この世界を見て、この国に来て、思ったんだろう。皆が皆、自分を大切に生き
ているって。俺は、そんな当たり前の世界で生きてきたからこそ言える。メイアは俺の代わりじゃない、俺の代
替品じゃない、物でもない人なんだ。君は君で俺は俺で、そしてそんな俺の妹はたった1人だ!」
「ちが……、う」
「おかしいことなんかじゃない。人は誰しもが代替品になんてなれない。それは思考がすべて違うから。思想が
全員違うから人は手を取り、また対立しあう。だからこそ人は生きている」
「そうじゃ……、ない」
「生きるために必死になっているんだ。死にたくないから必死になるんじゃない。世界が悲しく辛くても、それ
を楽しくするために生きているんだ。だから俺は望む。俺がメイアと手を取って笑って冗談が言い合える、そん
な生きていて楽しいと思える家族になりたいと!」
「いや……、だ」
「俺が、俺だけが、俺だからこそ。俺だったから……、思い知らせてやるんだ。盤上で俺たちが踊るのを見てい
る運命の神様ってのに喧嘩を売ってやる。俺を敵に回したこと後悔させてやるっ!」

 決意を想いにそして言葉に。
 その言葉は言霊のようにメイアへ、そしてアースラにいる全員へと届く。
 一心に望むからこそ得る幸福。幸福を得るために一生懸命になる。誰が恭司を愚かだと言うだろう。ただひた
すらに、そして愚直なくらいに望む世界を掴む為に彼は運命とも闘う。
 戦い抜いて、それでもそれが運命だと言われないよう、運命すらも救ってやると。
 その時だ。メイアの背中から羽ばたいている銀の翼が2対に増えたのは。

「……ふざけないでよ! 人が気絶してるときに勝手にベラベラと……。アンタに守ってもらわなくてもわたし
はこの運命に打ち勝ってやるわよ。ア、アンタの妹にならなくても、アンタがいなくても、わたしは救われてる
って言ってやるんだから!」
「ああ、その調子だメイ、ア」

 メイアが目を覚ました瞬間、安堵してしまったのだろうか、笑みを浮かべ、そのまま意識を失い崩れ落ちる恭
司。
 空なのだから当然落ちていく。フローターフィールドを張る力も何も無い。落ちていく――

「ちょ、冗談じゃないわよ。これ以上アンタに左右されずに生きていくつもりが、なんでいきなりアンタに振り
回されなくちゃいけないのよ……。ああ、もうまったく!」

 恭司が落ちて海の中に消えていく。
 それをただ見ている訳にいかず、メイアは全速力でその落ちた海へと飛び込む。
 海に出来た2つの波紋はお互いに打ち消しあい、波が全てを消し去っていった。





 ――――??? ?? 5月1日 AM 10:45



「来た。まさに神の如く采配よ。これぞ啓示というべきものなのか、それとも私が全てを操作しているとでも言
うのか。ふふ……、どちらでも良い。私が望むべき世界を、いや在るべき世界を救うために私は選ばれたのだよ、
世界にだ。これを真正というべきか、誤りというのかそれは誰もが決めることは出来ぬ。私はただひたすら世界
が望むままに動くだけよ」

 ステンドガラスから漏れる光を浴びながら、膝をつき頭を垂れ両手を結んだ人がいた。
 それは神に祈るのか、偶像崇拝をしているのか、それとも自らの行動を祈っているのか、それは誰にも分から
ない。
 それから数分がたっただろうか、ふと何かに対して祈っていた人は、立ちあがりまるで芝居がかったかのよう
に振り向き、あたかもそこに観客がいるかのよう言葉を続ける。

「掴もうか、世界の在りのままの姿を。人間というものに汚された箇所のガーゼをそっと剥がし、世界の在り方
を全世界に問おうではないか!」

 だが振り向いた先には誰もいない。





 ――――海鳴市 海中 5月1日 AM 10:48



 暗い。
 酷く仄暗い。
 そんな言葉しか思いつかない世界。
 海面から指す太陽の光は海中を照らすにはやはり弱く、かろうじて底らしき場所が見えるといったくらいか。
そんな、薄暗い海の中を、恭司は意識を失ったまま沈んでいく。
 海は母性的でまた残酷までに破壊的だ。両面から見てしまえば、海は母なる大地に必要なものであり、またそ
の生まれた命を散らす場所でもある。
 海はそんな矛盾した2つ以上の事柄を内包している。
 物事に対し、どの場所から見ても同じものというのはつまらない物なのだ。それは完成された美術品だけで結
構。そんな機械じみた機能美ははたから見れば美しいと言われるだろうが、結局それで完結し飽きてしまう物で
ある。

「………………」

 彼はまたしてもそんな海に沈む。
 そのどれもがメイアにやられたものであり、またそれも間も経っていない。
 静かにただ波が押し寄せるように、それに沿って彼の身体もたゆたう。揺れに揺れ、そのままゆっくりと重力
に逆らうことなく沈んでいく。
 意思に揺らぎは無かったが、それでも彼は無力だった。
 故に彼は揺れる。身体が揺れ、心が揺れ、見えた道筋を歩むための力が無かった。
 歩きたいけど、歩く力が無かった。
 それは恭司にとって、愕然とするくらい現実実を帯びた事実なのだ。突きつけられた事実は、無惨にも彼を引
き裂き、倒す。だが力だけさえあれば、彼は道筋を正しく進めただろうか。
 答えは否だ。
 弱かったからこそ恭司は見えた道理を疑わなかった。弱かったからこそ悩み傷つき倒れ、そして立ち上がった。
人は完璧になればなるほど、理解できなくなるものである。
 弱き者の気持ち、弱き者の想い、それ故の葛藤。
 それらを理解し、高みに上ったものほど美しいものは無い。這い上がる事に意味が無いと言うならば、問おう。
一体どうやって貴方はその高みにいるのか。最初の一歩目は、同じところだったのではないのか、と。
 下を見れば限りなく深い底の階域であるが、上を見ても限りなく高い階域もあるものなのだ。
 沈む。
 沈んで這い上がって、強くなればいい。

「………………」

 ゆっくりと海底に横たわる恭司。
 その恭司の傍らに、幾らでもあるような流木があった。
 それを言うなれば、大きな木の枝のような大きさで、木刀くらいの長さだろう。そしてその太さは子供が掴む
には若干太めの流木であった。
 その流木を横に、恭司はいまだ目を覚ますことは無かった。

<手に出来ないのなら強くなって手にすればいいのよ。
 自分に出来ない強さならその自分にできる精一杯を生きれば必ず報われるのよ。
 君はそんな想いを持ってるだから手に取ろう、君の力を>

 彼方から聞こえる声、のようなもの。
 それはぴくりとも造作にしなかった恭司の身体を、無意識ながらにも動かすのに十分だった。
 恭司は傍らにあった流木を、意識も無しにしっかり手に掴む。その手になじむかのように姿を変える流木。子
供が掴むには太かった流木も、いつの間にか恭司の手に収まるような太さになり、長さも木刀くらいの長さだっ
たものが、恭司の腕と同じくらいの長さになっているではないか。
 一体何が起こっているのか、それは誰にも分からなかった。
 ただ、その流木は普通の流木ではないことだけは確かだ。

「この大馬鹿……、世話焼かせてっ!」
「………………」

 やがてメイアがやってくる。
 恭司を海底で見つけ、その手に持っている流木を訝しげに見ながら、彼を抱きかかえ、背中にある翼を羽ばた
かせるように海面へと向かう。
 漏れる光が段々と強くなり、そう経って間もないうちに海面へと飛び上がる。
 恭司は意識を失っていた為、彼は魔力も殆ど使い切った状態で海に沈んだ。それは危険であることを示してい
る。つまるところ彼は既にバリアジャケットを形成出来ていなかったのだから。

「ごほっごほっ、がはっ」

 海面に出た瞬間、目一杯肺に入ってしまった海水を吐き出すようにむせる恭司。
 その様子に、眉を潜めながらメイアは恭司を抱きかかえ近場の岸にと移動しようとする。

「ん……、重いっ」

 それでもメイアは恭司を助けるべく全力で飛ぶ。
 服が水を吸い、かなりの重さになっているにも関わらず、メイアは背中の翼を大きく羽ばたかせながら飛ぶ。

「見えた……っ!」

 そうしてやっと岸につき、恭司をゆっくりと砂浜に寝かせた瞬間メイアは凍りつく。

「君は先程までアースラで拘束されていたメイアだね。僕は時空管理局所属、巡航L級8番艦アースラ艦長のク
ロノ・ハラオウンだ」

 はっとなったメイアが恭司を挟んで前を見た。
 そこにはクロノが居た。彼はデュランダルを起動状態にし、それをメイアに対してつきつけていた。
 対してメイアは唇を歪めさせ、皮肉った顔で笑う。

「艦長自らとは随分なご歓迎ですね」
「そこの民間人を助けてくれたのは素直に感謝するが、再度拘束させてもらおうか」

 クロノはメイアの皮肉たっぷりの言葉を受け止めながらも要求を述べた。
 だがメイアは恭司が水を飲んでいた事が気がかりだった。しかしクロノの手前それも出来ない。

「別にこんなのどうなったって良いわよ。でも、その民間人てのは随分便利に使われてるわね。アンタ達の掲げ
る物は何処へ行ったのかしら?」
「…………、僕らは僕らの仕事をするまでだ。君にそこまで言われる筋合いは無いな」

 引く気は毛頭に無いとクロノはデュランダルを握る手に力を込める。
 クロノも分かっている。こんな事をする前に彼を助ける必要があると。だが、それでもクロノは止められなか
った。感情でも、仕事上でも。

「そうやって力で押さえつけて、正しいとか正しくないとか勝手に決め付ける。そしてその相手を悪だと言い続
け延々と禍根を残す管理局にコイツはいつか愛想尽かすわよ」
「君は大分管理局を誤解しているようだ。僕達はそのような力で決め付ける事は無い。だが、仮に君が世界をも
滅ぼす悪だと言うのなら話は別だが」
「悪。本当に悪かしら。世界を滅ぼす事が、管理局にとって都合が悪いから悪と決めているだけじゃないの。そ
れは誰にとって悪なのか理解してから言いなさい。それは既に害と成すべき物を悪と決めつけ、相手の事情すら
押さえつける管理局の体制でしょう。それで誤解とは言ってくれるわ。そうやって自分の世界を勝手に押し付け
ないでくれる。一般論とかそんな矮小な言葉はどうでもいい」

 クロノに対して一歩も引かなかったメイアはクロノを睨み付ける。
 誰も彼もが恭司を心配していながらも、それでも互いの立場故に譲れない何かで争っている。愚かかもしれな
いがそれは譲れないからこそ起こってしまう事なのだ。

「僕はこうやって力で押さえつけてるだけではなく、あくまで君との対話を望んでいる。それは管理局としてで
なく、僕自身がそうしたいと決めたからだ。君こそ僕の行動を管理局の行動と受け取らないで欲しい」
「でもそこに力は本来必要ないわよね。貴方がしているのは一体何かしら。それを人は脅迫と言うのよ。対話す
る事を望むのではなく、対話させるためのだけにそのデバイスが突きつけている。それを力と言わずして何と言
うのかしら」
「僕は逃避も否定もしない。だけど君が固持している以上、僕はこの手にデバイスを握り続けなくちゃいけない。
出来るのならデバイス無しで会話を望む。ただ、それだけだ」
「そうデスね。だったらその仕事を終える為にもここで眠ってろデス」
「――なっが!?」

 クロノの後ろに現れたのは、先程までシグナムと対峙していた筈のプシュケだった。
 プシュケはクロノを簡単に気絶させてしまい、クロノはその場へと崩れ落ちる。その事に意を関せずさっさと
目的を果たすためにメイアへと近づく。

「これで艦長って言うのだからあっさりしすぎデス」

 不意打ちという点で明らかにクロノには非は無い。
 ただ、それでもほぼ一撃の元にクロノを気絶させる手腕は恐ろしい。

「さあ帰るデス、メイアちゃん。あなたにはあなたの役目がある筈なのデス。それは教授が望み、また世界が望
み、果てはウチも望む事デス」
「…………」
「ついでに、コイツ貰っていきますデス。というより今回の目的はコレなのですから」

 メイアは何も喋らない。
 誰かに望まれる、誰かに必要とされる。その気持ちは隠しようも無い。誰しもが誰かに無償で認められて嬉し
いと思えない人は、特殊でない限りいない。
 恭司に最低限の措置を施すメイア。彼は息を吹き返し、ひとまずは安心という状態にはなった。

「ん……」

 メイアは何かを堪えるかのように握りこぶしを作ったと思いきや膝をついて、砂を救い上げた。さらさらと、
指の間や掌から零れ落ちる浅黄色の砂を見る。その動作、そこに何の感情が込められているのかは分からない。
それでも何故か少女の瞳は何処と無く哀しげだった。
 プシュケはそれを横目で見ながら何か言いたげな表情だったが、それを悟られまいとすぐさま表情を戻し恭司
が握っていた流木を取り上げた。
 その瞬間だった。

「――痛っ」

 まるで、流木に棘があったかのようにプシュケは掌から血を流していた。
 しかし流木自体に棘は無い。恐らくシグナムとの戦闘で気づかず怪我をしていたのだろうと、プシュケは判断
し特に気にも留めなかった。

「メイアちゃん、行くデスよ」
「分かってるわよ」

 プシュケはメイアの返事に満足したのか、笑みを浮かべていた。
 メイアは怪訝な顔でプシュケに言い返す。

「ところでアンタいつまでそんな格好してるのよ、男の子の癖に」
「何度も言い返しますデスが、趣味デス。メイアちゃんが気にしなくていい事デス」
「あっそ……」

 趣味についてとやかく言われたのか、先ほどまで笑みだったのが苦笑になりつつも、プシュケは扇子を地面に
置いて詠唱を始めた。
 すると間を経たずにしてその場からいなくなる。
 結局のところプシュケの目的は達成され、メイアは悠々と逃げた。それは恭司達にとって好転していた事態が、
段々と雲行きの悪いものとなってきたのを示していたのだった。



                         *



「間に合わなかったか……」

 シグナムは苦虫を噛みつぶしたような顔をしながら目の前の凄惨たる現状を見る。
 そこには砂浜へと無造作に横たわるクロノと、外傷はあまりないもののダメージ自体が酷い恭司が仰向けに倒
れていたからだ。

「く……、プシュケといったか。奴のデバイス、というより攻撃魔法がどのような質を持っているのか分かった
瞬間に逃げられた。奴の本当の目的というものにも気づけなかった私は、とんだ粗忽者だ」

 戦っていた筈だった。殆どの攻撃が自分を倒すという明確な感情が込められた攻撃だった、とシグナムは感じ
ていたのだが、それがそもそもの間違いだった。
 最初からメイアを逃がすという目的と、最終的な本当の目的が。

「志麻。お前はやはりこの事件におけるキーマンだったようだ。だが、今となってはもう遅いのかもしれない。
予想も予測も全て裏切られるのなら、その想定外に私達は立ち向かうだけだろう」

 シグナムはそう呟きながら1人砂浜に立ちアースラスタッフの到着を待っていた。
 計画は進められる。
 誰もが過ごす時を止められぬよう、落ち行く砂はただ零れて行くだけなのだ。
























【あとがき】
 こんにちはきりや.です。最近仕事とゲームばかりで煮詰まってます。ダレカタスケテ!
 6/23にアトリエ新作、メルルのアトリエの発売が決定されたようで、ブラボーブラボー。
 こういう時の為の有給消化ですよ(おいこら
 トトリのアトリエでも配信してましたが、今回もするかも…? まあその時の気分でしょうね。

 そういえば前の話でまどか☆マギカの話題を出しましたが、ここまで話題作になるとは思ってもいませんで
したよ。予想を裏切るような最初の展開には唖然としましたが、逆に考えさせられる話ですね。
 魔法少女になる事による、いろいろな弊害を、世界設定と共にうまく繋げているのが素晴らしいです。

 今回は特に感想を頂いてませんので、これにて。
 また最後となりましたが、読者の皆様とこのSSの展示をしてくださったリョウさんに感謝を。
 では次にお会いできる機会を楽しみにしています。





作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。