――――海鳴市 上空 アースラ襲撃より1日前 AM 3:40



 恭司はアリサに断りを入れず屋敷を抜け出し、今や朝焼けすらまだ早い時間に彼は海鳴市の上空にいる。飛べ
ばいいのだが、実際には「飛ぶ」というのには魔力を消費し続ける事になる。それは無駄だと恭司は思い切りよ
く割り切り、フローターフィールドを足場に展開する。
 以前は自分の魔力はあるものだと過信していた。だがそれを無いものだとちゃんと認識し、自分の無理の無い
形へと変えようとする姿がそこにあった。空を飛ぶというのはとても浪費するもので、以前メイアとの戦いへと
赴く際に飛行魔法を使っていたが、飛んでは降りてを繰り返すようなとても無茶な使い方だった。
 早朝の様子は海上で戦った時のような曇天ではなく、月が静寂と共に夜空へと映り出るような神秘的な空だっ
た。それを背景に恭司はまるで上空を意のままに走るような姿を見せる。身体は万全でないものの、魔力自体は
回復しきっていた為無理に身体を制御させるような飛行魔法は使っていない。
 故に速度自体はそれほどのものではなく、何者かに見つかるのは時間の問題だっただろう。

「何処へ行くそこの御人」
「えっ……あっ!?」

 恭司は急に声をかけられる。彼の背後、そこには闇の書と言われ続けた夜天の書の主を、ただひたすら護る為
に生き続ける剣の将シグナムの姿がそこにあった。
 この話を彼は知らない。
 言い方さえ変えれば、恭司の行き着く先を不撓不屈の如く時を重ねた姿がそこにある。そんなシグナムは冗談
めいた言葉でそれも苦笑しながら恭司を呼び止める。
 彼女の人間らしさは今の主によるものである。彼女を見て人でないと言う人間はまずいないだろう。いたとこ
ろで当の主によって何をされるか分からないというのもあるが。

「何処へ行こうというのだ志麻よ」

 どうして、という恭司の問いかけを無視し自らの疑問をぶつけるシグナム。彼女は一切の嘘を見通すかのよう
な達観した眼差しを恭司へとぶつけながら問う。それに対して急に現れたシグナムに恭司はしどろもどろにもな
りながら、またしても疑問には答えず自分の疑問を優先してしまう。

「もしかして、怒ってます……?」
「いや怒ってないぞ。主の名にかけて私は怒っていないとここに誓おう。だからさっさと話せ」
(語尾粗いッスシグナムさん! この人、滅茶苦茶怒っておりますがなあぁぁーーー!)
「……? どうした、何か言えない理由でもあるのか?」

 そう言うとシグナムは恭司へと近づき顔を寄せる。勿論そのような事をされては男性全体に渡って戸惑を覚え
るだろう。彼もまた例外ではなくしどろもどろになりながらも、矢継ぎ早に現状を説明しようとする。

「いえ言えない理由とかないんで大丈夫なんですけどあと顔近いですちょっと離れてくれると恭司君的にはこの
胸のトキメキを抑えられるかなとか思ってたりしてますがいいえ違います決してシグナムさんの顔が怖いとかそ
ういう訳じゃなくてですね」
「ならば何なのだ?」
「ややや特に深い意味は無くてデスネ所謂思春期における大人の女性的なフェロモンにこうクラクラさせられて
る訳でしてこのちょっと甘酸っぱくて切ない青春の1ページをここに刻もうだなんてとても思ってませんので」
「……ふむ」

 シグナムは手を顎にやり何か考え事をしている間にも恭司は言葉を続けていた。
 いや、そこは、いやいや嬉しいですけどさすがにそこまでは。等と言っている辺り大分余裕のありそうな恭司
ではあるが。当人からしてみれば思いっきりパニックになっているのだろう。少々ぶっとんだ妄想が入ってる辺
り中学生らしい感じではあるが。
 埒が明かないと決断したのかシグナムは恭司の肩をつかみ、上下左右そして前後へと揺さぶる。

「あぎいがあいえいがいひえぎあいぎえいあ」
「喋るならきちんと喋ってくれ、それでは伝わらないのだが」
「だだあだったっらららら、てててをはなしいいてててくだあささい(だったら、手を離してください!)」
「分からん」
「ひひひどおおおいいいいっっ(酷いっ)」

 楽しくなってきたのかシグナムは手を一向に離す気配が無かった。その姿は新しいぬいぐるみを買ってもらっ
て一生懸命愛でる女の子に似ていた。だがガクガクする恭司を見ていたのも関わらず、それにも飽きてきたのか
シグナムは思案顔になり、特に気を止めず手を離した。
 恭司は体が自由になったと同時に下を向く。
 それは勿論の事。あれだけ脳かき回されて三半規管が無事な人間なんてそうそういないもので、とりあえず嗚
咽していた。

「うー」
「事情は大方知っている。ハラオウンから聞いていたからな。確かに肉親を殺されかけて自暴自棄になるのは分
からんでもないが、それでもお前は闘うと決めたのだろう。だとしたら逃げるべきではなかったのではないの
か?」
「げほっげほっ……。ええ、痛い程にそれは分かりました。大切な友達を傷つけたのにその友達がそれを思い出
させてくれたので」
「そうか。弱いまま慢心して強くなろうとするのと弱いと自覚して強くなろうとするのは違う。例え叶わなくて
も願い続けるのは個人の自由だ。だったら自分がそう思い続ければ、いつか届かなくてもあるいはそれに近づく
事は出来るだろう」
「シグナムさんもそうだったんですか?」

 その恭司の問いかけにシグナムは。

「ああ」

 と口を緩めて微笑くらいの表情でそう答えたのだった。そのままその問いかけから少し恭司が落ち着くのを待
ってから、シグナムは再度話す。

「心配するほどでもなかったな」
「シグナムさん心配してくれてたんですか?」
「いや、私ではない」
「じゃあ誰が?」
「ここで聞くのは野暮というものだ」
「はあ……」

 とここで不意に思い出したかのように恭司がはっと顔を上げ、シグナムを見る。

「そういえば、はやてはどうなって――」
「主はもう大丈夫だ。私がついていなくてもヴィータやシャマルがついていてくれるだろう。勿論ザフィーラも
な。魔力も回復し始め、今では意識も回復してもう学校にも行っているぞ」
「よかった……」

 ほっと一息つくように恭司は安堵の表情を浮かべる。それは心から心配していた人に対して出来る物だろう。
その様子を見てシグナムも微笑を崩さなかった。
 すっ、と風が二人の間を駆ける様に走る。

「さて、本題に入ろう」



















魔法少女リリカルなのは 救うもの救われるもの


第十九話「追憶」























 駆け抜けた風を追い求めるように顔を横に向けたシグナムがふと、そう呟いた。その彼女の表情からは何の感
情も出ていなかった。それでも何かを知ろうとする探究心のような物を感じ取れる。

「私がここに来たのは2つの理由からだ。1つは志麻の様子を見ること。そしてもう1つが真実を知る為だ」
「真実……」

 先の戦いの時メイアが口にしていた真実。
 常に真実という1つの答えがあるからこそ、人は今を生き、そしてそれを追い求める事で欲求を満たそうとす
る。その真実だ。しかしシグナムの言う真実が何故ここにあるのか、その事は恭司には分からなかったからこそ
彼女に問うた。

「どうしてここに? という問いにはこれで答えたな。私は独自で動いてる訳じゃない。お前の母親に頼まれて
ここに来ている」
「母さんが!?」
「ああ。どういう訳か主の家に戻ると私の私物の上に手紙が置いてあってだな。誰宛とも書いていないので私以
外の誰かと思い他の者にも聞いたのだが、心当たりが無いということで私が貰っておいたのだ。それがコレだ」

 そう言いながらシグナムはロングパンツのポケットから1枚の封筒を取り出す。紫色をしたその封筒の中から
出てきたのは白い1枚の便箋。それを取り出すも読むこと無くそのまま便箋を封筒の中に入れ、ポケットへと再
度しまった。

「大体分かりますよ」
「ふむ?」
「どうせ俺を追え、そうすればこの事件の真相が分かるとか書いて、明確な答えなんて書いてなかったんでしょ
う。あの人のやる事ですからね、いつも通りの調子でそんな事だと思ってますけど」
「ああ、概ねその通りだ」
「それと俺の母親の名前は書いてないと推察します。もしそれが合ってると仮定しても、シグナムさんは何故俺
の母親だって分かったんですか?」
「それなんだがな以前に美咲から譲って貰った服から香る匂いがだ、全く同じ香水の香りが便箋からするのでな。
判断材料としてはそれだけだが、それで美咲だろうとそう思っただけだ」
「いつの間にそんな交流を……」

 と呆れながらも苦笑した恭司だったが、その顔からは嬉しさがにじみ出るような苦笑だった。いまや力なく倒
れてしまった彼女の姿をここで追う形という事に拍車がかかっているのだろう。

「ですが、俺を追えという事には多分俺が鍵なんでしょうけど生憎俺は何も知りません。というより知ってたら
もうちょっと動き方違いますしね」
「だろうな。もし知っているのだとしたら都度落ち込むことなくこの事件解明に動いているだろう」
「な、何気に酷い」
「と言いながら笑っているのはどうしてだ?」
「そういうシグナムさんこそ」

 一拍置いて言い合うのは止める両名。恭司はそのままシグナムの言葉を待っていた。これは既に推測と推察を
交えた推理だ。答えの無い何かを突き止める為には一つ一つ整理して晒さなくてはいけない。

「つまるところは美咲自身、ある程度ではあるが真相を知っているのだろう」
「ええ、そういう事になります。俺が最後に聞いた言葉からもどうしてかこの事件の事を言ってたんです。だと
したら母さんは今起きている事件について何かしら知っていることになる」
「いやある程度では無いかもしれないな。恐らく、本当に推測に過ぎないのだが私には美咲自身がこの事件に関
わっているとしか思えないのだ。もしくは関わっていた、か」
「……っ」

 恭司はシグナムの言葉に息を呑んだ。
 それもそうだろう、母親が今回の事件について全容を知っているどころか関わっているのだとしたら、それは
彼の友達を間接的にだが傷つけた事になる。だがその仮定とその途中で出来た気分を振り切るかのように、恭司
は言葉を口にする。

「仮にそうだとしても、俺は母さんを信じます。あの人のやった事に間違ったことは無かったと俺が言い続けた
いと思います。それが例え俺の大切な人を傷つけてしまっていても、それでも俺は母さんを信じたいです!」
「母親……か」
「俺には幼い頃から母さんしか肉親を知りません。それがどういう意味を持っているのか俺は知る必要は無いと
思っています。マザコンなんでしょうね。母さんがいればなんとでもなると、そう思ってしまっている俺がここ
にいるのですから」
「母は偉大、か。そうなのかもしれないな。だがそれでも信じるべき者がいるというのはその者の信念にも繋が
る。それは私が良く分かっている事だし否定もしない」
「はい。自分を信じて俺が信じる人を信じ続けようと思います。誰でもない俺が唯一今、出来る事ですから」
「ではこの事件についてだ。志麻、お前はどう見る?」

 美咲についての言及は何も無く、シグナムもまたこの事件の真相を知ろうと願う1人の人だった。
 誰かが傷ついたのはもう変えられない事実である。はやては襲われ美咲も大怪我を負い、そして恭司やなのは、
フェイトも同様にだ。もうこの件について恭司の周りにいる殆どの人間が関わり、実害を被っている状態である。
 今回の件、収束に向かわなければまた近い内、また誰かが傷つくことになる。
 それだけはもう止めたいと、この場にいる2人は同じ思いであろう。
 少ない判断材料だけで恭司は今回の件について推察する。全ての言葉を繋げろ。全ての状況を見つめなおせ。
出てきた情報のフラグメントを接着面に。

「まず、俺が何故魔法を得たという所からなんだと思います」
「そこからか?」
「はい。多分全員が思っている以上にこの一連について深く根が這っていると思いますので……。それよりシグ
ナムさん場所を変えましょう。さすがにこれ以上この場に留まっていたら誰かに見られる事になると思いますの
で」
「そうだな。ならば志麻。お前の家に案内してくれ」
「い゛っ!?」

 驚いた恭司だったが、それでも全て合点のいく場所なのだろう。なぜなら誰もいない一番落ち着ける場所で、
さらに情報を得るために必要な何かがあるのだから。





 ――――海鳴市 志麻家リビング アースラ襲撃より1日前 AM 5:00



 ケトルから吹き出る水蒸気は水が沸騰したことを示していた。それを追うようにシグナムはダイニングでコー
ヒーを用意している恭司を見る。割と慣れた手つきで彼はコーヒーを入れている、とは言ってもインスタントの
簡単な物なので慣れるも何も無いのだが。
 恭司はマグカップを食器棚より2つ取り出して、そのままテーブルの上へ音を立てながら置く。そこへインス
タントのコーヒー豆をすりつぶした物をスプーンを使い、マグカップへ投入。その後に沸騰した水――いわゆる
お湯なのだが――をマグカップへと注ぎいれる。
 その時に香るコーヒーの香ばしい匂いが部屋中へとマグカップから湧き出る湯気と同じように立ち込める。
 ソファーの前にある小さなテーブルに恭司はコーヒーの入ったマグカップ2つを置いた。するとそのソファー
にもたれ掛かっていたシグナムがゆっくりと起き上がり、マグカップへと手を伸ばし彼の入れたコーヒーを口に
する。
 外は既に明るくなり始め、カーテンから漏れる光によって部屋は藍色に染まっている。そこで初めて2人が言
葉を発する事になる。

「それで……、先程の事だがどうして志麻が魔法を手にした事とこの事件にどう関わりがある?」

 海鳴市の上空で恭司が口にした言葉をシグナムがもう一度確認するように述べる。それは彼が魔法を手にした
事から既に今回の件は始まっていたという事についてだ。
 シグナムの言葉を聞いて恭司は持っていたマグカップをテーブルへと置き、シグナムとは違うソファーに腰掛
ける。ふぅと目を閉じ息をつき、一息入れてから開かれたのは彼の目と口だった。

「まず、そもそもに前提がおかしいんですよ」
「前提とは?」
「はい。多分俺がなのはやフェイト、ヴィータ達の訓練を見るまでは偶然だったと思います。だけどここからが
重要なんですよ」
「…………」

 シグナムは恭司の話す、前提という言葉を気がかりにしながら彼の続く言葉を待っていた。

「どうして母さんはデバイスを持っていたのか。どうして母さんはあの時俺に諦めさせるような言葉を口にした
のか。そして、どうしてリンディさんは母さんの事について知っていたのか。これが前提です。これ全部おかし
いんですよ。まず何で母さんがデバイスを持っていたのかという事なんですけど、どうして俺に合わせてチュー
ニングしてあるのでしょうか。そもそもに母さんのデバイスならそれ専用にカスタマイズされてるのが道理でし
ょう。だけどそれがされてなかった」
「だが美咲は魔力が無いと言っているが? そうなるとデバイスを持っていても宝の持ち腐れというものだろう。
だからこそ元々魔力を持っている事実を知っていた美咲が志麻に合わせておいたというのも道理ではないか?」

 恭司の言葉に対してまず否定的な意見を出すのがシグナムの役目だ。
 推理とはその否定をしらみ潰しに消していく事から始まる。

「ですがあの時皆は俺が魔力を持っていない人間だと扱っていたわけです。それってコレのお陰だと母さんは言
ってました」

 そう言うと恭司はポケットからペンダントをじゃらりと音がしながら取り出し、マグカップの隣に置く。その
ペンダントに興味を持ったシグナムがすっと手を出し、ペンダントを眺める。

「おかしいですよね。だってこれだって母さんが同じように持ってたら母さんだって魔力の無い人間って思われ
るでしょう? あまり言いたくないのですけど……」
「いや、いい話してくれ」
「はい。シグナムさん達については若干ですがどういう事をしたのかというのを、いくつか聞きました。確か魔
力を蒐集していた、と」
「ああ、あの場にも私はいたな」

 はやてが本局の医務室へ運ばれた時の事だ。その時、恭司はシャマルやシグナムから経緯は省かれたが管理局
と対峙していたという事情を聞いた事を言っているのだろう。

「もし母さんが微弱ながらも魔力を持っていたとすればシグナムさん達の蒐集相手になったんじゃ――」
「違うな。人に魔力素質の特性はあったとしても、私たちは無闇に人からは奪わなかった。それはあくまで対峙
した魔力をある程度以上持った管理局の人間にのみ蒐集していた」
「そうだったんですか……、すいません」
「いや謝る必要は無い。私たちもその事については何も話さなかったからな」
「だけど、俺を襲うことは無かったというのは管理局の人間じゃなかったからですか?」

 そう問いかける恭司に対してシグナムはコーヒーを一口飲んでから、それに答える。

「違う。たしかに対峙した人間のみと言っていたが状況が状況だった。もし一定以上の魔力を持つ人がいればや
はり襲っていただろう。だが、その時は志麻の反応には気付かなかった」
「つまりこのペンダントの効果は確かなもの、という事になりますね」
「だろうな」

 恭司はシグナムのその言葉を聞き自分なりに情報を統合させる。点と点を結べば線となり、線と線を結べば図
になる。それはまさに数学と同じ事だろう。

「となると母さんは場合によってはずっと俺と同じペンダントをつけていた可能性が……、あった?」
「…………可能性の話をしてしまえばそうなるな。だがそれがどうかしたのか?」
「仮に母さんがペンダントによって魔力を抑えているのなら、ルージュを使うのに必要な材料は揃ってますよね。
なのに俺向けの調整になってる。どういう事なんでしょう?」
「なら本人に聞くのが一番だろう」
「その本人がいないからこうやって――あっ」

 喋っている間に何かに気付いたのか恭司はふと自分の右腕を見る。そこには淡く紅色に輝く宝石があしらわれ
たバングルがあった。それを外して今度はペンダントの横に置いておく。
 シグナムの言うまさに当人そのものであろう。

<いつまで無視されるか時を刻んでいたのですがね>
「志麻は酷い奴だな」
<ええ、まったくもって。シグナムさんに使ってもらいたいくらいです>
「生憎私には相棒が決まっていてね」
<それは残念です。一流の刀は一流の剣士によって使われるのが本望なのですが>
「ならば今の持ち主を一流に鍛え上げるのもまた一流の刀ではないのか?」
<そうですね。できれば早めになって欲しいところなんですけど>

 ルージュセーヴィングによる毒舌をさらりとかわしながらシグナムはしたり顔で笑っている。勿論それはこの
場にいる彼を責め立てるような形での会話であった。当然その話を目の前で聞いていた恭司であったが、シグナ
ムとルージュセーヴィングのやり取りに彼にある何かの糸が切れるのは時間の問題だっただろう。

「うがああああああーーーーーーーーーーー!」
「暴れるなら外でしてくれ」
<暴れるなら外で誰にも見られないようにして下さいね>
「あああああ……、うう、何なんだよぉ……、もうちょっとこう、人としてブレたっていいじゃないかー」

 たれる恭司を尻目にルージュセーヴィングとシグナムの会話は続く。それに聞き耳を立てながらも、膝を落と
し両手をついて哀れな1人の少年の図が出来上がっていた。

「まあ当人に聞くのが一番早いだろう」
<そうですね、ある程度の情報なら私の記憶媒体から引っ張り出せますが>
「ではまず、美咲の魔力についてだが――」
<マスターの魔力についてですが、確実に無くなってますね。まあ無くなったとは言え、それでもある程度の魔
法は扱える程度には残ってます>
「ならばルージュセーヴィングを使う事も?」
<ほぼ不可能でしょう。マスターにはもうちょっと私を使ってもらいたかったのですが魔力が無いのではどうし
ようもないですからね。どうしても私は戦闘向けのデバイスなので>

 シグナムとルージュセーヴィングの会話はまた1つ真実を映し出す。その会話から読み取れるルージュセーヴ
ィングの感情。ルージュセーヴィングからは残念だ、という思いが伝わってくるような物言いだった。
 それを聞いていた恭司はやるせない思いに駆られたのだろう。
 マスターを超えるとお互いに決めた。それはマスターが、美咲がいたから決められたことという事なのだ。そ
れは恭司自身分かっていたのだろう。美咲がいなければその思いは生まれてこなかったという事に。

「それでも見つけたのだろう? 自分が今一緒に居たいという主が」
<まだまだ半人前な所ですが、意地と意思が伝わるいい言葉を貰いましたからね。だからこそ昇ってもらいます
よ、私が理想としている頂に>
「ふ……、そうか。ならば最低でも私の所までは昇ってきてもらわないと困るな」

 楽しそうに会話を続けるシグナムとルージュセーヴィング。それを恥ずかしそうに聞く恭司は頭をかきながら
ソファーへと再度腰掛けながら喋る。

「話が逸れたな。そういう訳で志麻の考えを話てくれ」
「なら次の前提ですけど。なんで諦めさせるような事言ったんでしょうか? 俺はあの言葉に最初は打ちのめさ
れましたよ。子供だけどただ自分の意見を我侭のように言うのが精一杯でした」
<それも恭司君の思い込みです。前にも言いましたけど、マスターは闘ってほしくなかったんです>
「ああ……そっか、特に他意もなく。あの言葉通りなんだな」

 1つ1つ崩れていく推察の山。恭司が疑問と思ったものの何かが崩れていくのが分かる。牙城を崩すならまず
は門をどうにかしないといけない。門をどうにかするのなら敵の動きをどうにかしないといけない。このような
地道な作業の先にあるのが、崩す鍵となる訳である。

「最後に言っていたな。元艦長と美咲がお互いの事情を知っていた、と」
「はい。俺もここで最初は特に疑問を抱かなかったのですけど、おかしいと思ったんです。あの日の事を思い出
すと今も全部が何処かがおかしいな、って思うんですけど」
「どういう事だ?」

 恭司の言葉には何か含みのあるものを感じたのか、シグナムは思った事を口にした。その問いかけに待ってま
したとばかりに恭司はその疑問を話す。

「おかしい。というよりは何かが違うんです。本当なら俺が混乱して終わるような話じゃなかった筈なんですよ。
だってそうでしょう? 魔法を見られて困るのは当然なのは達だった筈です。だけどまるで対処が分かってるか
のように俺をすぐ連れて行った」
「それはそうだろう。一番事情の分かる人間と一番説明の出来る人間が同一人物なのだからそこに連れて行くの
は普通なのでは?」
「多分、そうなんでしょうけど。違うんですよ。何であの場に母さんが現れたのかって事なんです」
「家に帰ってお前がいなければ、隣で厄介になっていると思う。これも普通の思考だと思うぞ?」

 ちぐはぐな恭司の言葉の一連にはやはり美咲が現れていた。
 確かにあの日、全ての出来事に関してシグナムのように裏づけが出来るだろう。実際には美咲は恭司が結果内
に侵入したのを確認してからつれてこられたと知っているからこそ、リンディの所に向かったのが事実なのだが、
それはこの場にいる誰もが知らない事実だ。
 恭司は目の前に居るシグナムに真っ向から否定されても、尚それでも恭司はその日に違和感を抱き続ける。

「うまくいきすぎなんです。俺が魔法を見ることも、俺が魔法を選択することも、俺が打ちのめされるのも。ま
るですごろくのマスに止まったかのようにトントンと状況が進んでいくんです」
「人のターニングポイントというのは得てしてそういう物なのではないのか? 私の時もまるで盤上の駒のよう
な気持ちだったが、それでも何者かに操られて今この時を生きているとは思えない」
「その感覚が一番普通でまともだと思います。むしろ俺のほうが異端かと。それでも拭いされないくらい違和感
を感じるのもまた事実なんです」
「………………使い方としては間違っているがあえて例えるなら、神の見えざる手、か」
「みんながいつも通り生活をして、みんながいつも通りな対応をして、結果俺が魔法を取ることになった。この
一連に何か含みのあるものがあればきっと俺は魔法を手にしてなかったと思います。例え話なんてしてしまえば
いくらでも言い換えれますから」
「そういう事か」

 恭司の言葉に何かを感じたのか、恭司の言う違和感というものに気付いたのか。シグナムは合点のいくような
顔になった。それに対して冷静に自分の考えをまとめようと恭司は目を瞑りながらまた一口コーヒーを含み、カ
ップを元の場所へと戻す。

「前提がおかしいと言っていたが、確かにおかしいな」
「分かりましたか?」
「ああ、お前の言う違和感の正体。意味がやっと分かってきた。私もある程度ハラオウンから事情は大方聞いて
きたと言ったが、それを思い出したら分かった。志麻が何故違和感を抱いたのか」
「とりあえずですけど。そもそもに俺が魔法を取らなかったとしてもこの事件は起こったと思います。これは間
違い無い。俺が鍵になってるのはそんな所ではないんです」

 シグナムは恭司の言葉を待つ。何かを得たからこそ他人の言葉から更に情報を引き出し、それを自分の中で整
理する。お互い外の様子に気付けばそこには藍色だった部屋は白い光が差し込み、淡く白い部屋が見れるほどの
時間になっていたのだった。
 それでも歩み始めた考えは止まらない。

「俺が魔法を取らなくても事件は起こった。けど俺が鍵になってる。それは――俺の出生した世界のロストロギ
アです。そしてクロノは言ってました。この事件、君は無関係じゃないと。更に流れるようにメイアは俺を殺し
たいと言ってきました。でも、そこに俺が魔法を知らなかったという例えがあったとしたら?」
「志麻は誰にでも言われること無く生活し、日常を送っていただろう。主が倒れたのも何か別の病気で入院して
いるという話になり、高町やテスタロッサの疲労で家で休んでいた事についてもただ疲れがたまっていた、とい
う形ではぐらかされる」
「そうやって俺は違和感を抱かずそのまま時を過ごしていたでしょう。だけどここにメイアという異物が在った。
ロストロギアも何も知らずに生きてきて、それでそれについて俺は鍵じゃなかった。だけどメイアは? あの子
は俺が第一目的だった」
「そこが違和感か」
「はい。全部が全部です。まるでボールが坂を転げ落ちるように、川が流れ続けるように。転々と状況が移り変
わり、またその中心にいないとしても俺がいないと話が繋がらないんですよね」
「だがその違和感の正体を掴んだとしても、この事件の真相にはならんだろうな」

 そうですね、と恭司は一旦言葉を切りソファーから立ち上がる。
 その様子に何事かと見るシグナムだったが、恭司の言いたいことが伝わったのか、シグナムもまたソファーか
ら起き上がった。

「見つけに行きましょう、真相という真実を」





 ――――海鳴市 志麻家部屋 アースラ襲撃より1日前 AM 6:23



 がちゃり、とドアノブが回り扉が開かれる音がする。開かれた扉を通るのは恭司とシグナムだ。彼と彼女が目
にしたのはベッドとデスク。それに部屋に備え付けてあったのだろうクローゼットに化粧台という簡素な部屋だ
った。
 デスクの上にはノートパソコンが置いてある。メーカーの記述も何もない、オーダーメイド製なのかは分から
ないが鈍色のパソコンがそこにあった。

「おかしいって思いません?」
「…………特に違和感は感じないが」

 そうシグナムが返すと、恭司は何かを含むような表情で右腕を掲げる。その様子というより、その右腕に何が
あるのかを思い出し気付いたのかシグナムはなるほど、と呟いた。

「もし俺用にカスタマイズしたのなら、母さんは何処かでルージュをチューニングする必要があります。それに
対して母さんの過去は知りませんけど、それでも俺用ということは地球以外でチューニングしたという事はあり
えないと思うんです」
「仮にそうだとしても、デバイスを操作するというのは専用の機器がなければ行えない筈だ」
「多分、大掛かりな事はここではやってないと思います。だけど以前ルージュが言ってくれた言葉を思い出した
んです」

 先の戦いの際にルージュセーヴィングが言っていた言葉とは。それを恭司は代弁するかのように口にする。彼
自身の顔は真剣そのもの。全てを見通す為に何か見落とす事の無いように気をつけながら言葉にしていく。

「『本来の力をセーブするために』と。だとすると、ここ最近に行われたものだと思います。例えばこのパソコ
ンを使ってとか」
「私の知っているデバイス調整ではもっと大掛かりなものを使っていたと記憶しているのだが」
「んー、それだと俺の読みは外れちゃいますね」

 といいながらも恭司はパソコンの電源ボタンを押し、起動させる。
 起動させたのはいいのだが、見慣れた光景の前に特に何も感慨を受ける事なく恭司とシグナムは動くOSを眺め
ている。その先に待ってたのはただのデスクトップ画面。殆ど手の入っていないその画面に落胆を覚えながらも、
何かを探すようにマウスを動かしてクリックする恭司。美咲のフォルダを見ても恭司が成長していく写真データ
が入っていたり、よく聞いている音楽のデータが入っていたりと、特にこれといった収穫は無い。
 恭司が調べ物をしている姿とパソコンのディスプレイをシグナムはぼんやりと見つめていた。

「何も、無いな」
「見つかりませんね。とはいっても簡単に見つかるような場所に置いてあるような気はしてなかったのでこれく
らいは予測済みです。そもそもにここであっという間に見つかるような代物を、あの母さんが置いておく訳が無
い。だからこそ調べがいがあるというものです」
「なにやら楽しそうだな。私はもう少し失礼ながら部屋を物色させてもらおう」
「分かりました。俺はもうちょっと探してみます」
「ああ頼んだ」

 そういうや否やシグナムはすぐに化粧台に手をまわす。そこには各種瓶や化粧道具が乱雑に、それでも使い易
いような場所に整頓されているのに気付く。それは細かい事に気が回るという事他ならない。シグナムは美咲が
この化粧台をよく使っているという事を知るが、それが何を意味しているのかと彼女は自重するように化粧台を
後にする。
 シグナムはクローゼット等を見渡してみたが特に不思議な何かがあるわけでは無く。ただ普通の部屋だという
感想にしか至らなかった。その間にも恭司はマウスやキーボードを叩く手を休めていなかった。

「これか……」

 恭司が口にしたのをきっかけに、シグナムはまたノートパソコンを前にする彼の後ろへと立ち位置を変えた。

「何か見つかったのか?」
「あ、ええ。とりあえずやってみないことには分かりませんが」

 そういう言うやいなや彼は立ち上がったパソコンを前に再起動をかけようとする。シグナムはその事に疑問を
抱いたがそこは彼を信じて口を挟まなかった。
 再度、見慣れたOS表示画面を見る恭司とシグナムだったが恭司は何を思ったのかその時にあるボタンを押した。
 デリートキーとコントロールキーさらにはオルトキーだ。
 するとどういう仕掛けなのだろうか、OSが立ち上がる画面のゲージが先ほどまで右から左へと動いていたのに、
まるで時間を戻すかのように左から右へと動き始めた。
 これには恭司もシグナムも驚かされた。

「何故分かったんだ?」
「さっきまで立ち上げて色々とファイルと調べても何も見つかりませんでした。だけどもしこのPCに何か隠すの
なら何か打ち込む必要があると思った訳で、コマンドプロントを使ってある言葉をキーに探してみたのですが、
そこにも何も無い。あとあるとすればアプリケーションだと思ったのですが特に変哲も無いプログラムばかりで。
だけど、1つだけ……」
「何か見つかったという事か?」
「ええ、1つだけどうやっても動かなかったソフトがあったので気になったんです。で名前が」
「そのキーを叩く名前だったという事か?」
「いえ、ただソフト名だけで見たらただのブロック崩しです。ですけどそこから母さんの性格を連想して固定概
念を壊すというところにまで至りまして」
「殆どノーヒントではないか」
「動かないソフトはPCを再起動させて起動させると動く事がある時がある。ブロック崩しというソフト自体には
意味は無くてもタイトルから何かを崩すという点。そして母さんの性格を考慮して絶対に有り得ない時に有り得
ない操作をする。という図形を作ってみたところ、ビンゴだったといったとこでしょうかね」
「美咲という人物を想像しえないとそう簡単にそこまでには至らないぞ」

 殆ど藁を掴むような、点にも成り得なさそうな物を繋ぎあわせて恭司達は奇跡的にも見つけたという事になる。
 固定概念を壊す。
 それを考え付いたのがデリートキーとコントロールキー、そしてオルトキーなのだろうか。だが結果としては
正解だったという訳だ。今もOSの立ち上げ画面では逆操作の如くゲージは動き続けていた。

「基本は破天荒ですからね母さん」
「そういうものか」
「そういうものです」

 とここでパソコンの画面に動きがあった。その様子に一瞬恭司がうっと言葉に詰まるがそれを無視して操作を
進める。先ほどまで見慣れていた画面が全て無くなり、紅色の画面の中央にまるで入力してくださいといわんば
かりの空白欄。恐らくパスワードか何かだろう。そこに恭司は意味の無い言葉の羅列を叩き、エンターを押す。
 当然ながら認証は失敗。パソコンからの情報は何も無く、ただビープ音がしただけの判断なのだが、やはり画
面に動きは無いという事はこの入力欄になにかしら入れて認証させないと、次の画面に移らないという事だろう。

「シグナムさん何か入力してみます」
「いや私はやめておこう。今回この手については手を出すどころか見当すらつかない」
「そうですよね……」

 と若干諦めムードだったのだが、そこで恭司は気がついた。ルージュセーヴィングなら何か知っているのでは
無いのかと。

「ところでルー――」
<知りませんよ>

 完封。
 恭司はひとまず思いつく言葉を全部入力してみる。自分について、美咲の仕事の上司について、仕事に関して、
好物と。とにかくありとあらゆる美咲に関しての恭司が知りうる事実を全て入力していくが、どれも反応を示さ
ない。
 次に恭司の周りについても入力してみても駄目だった。
 魔法について、管理局について、メイア達について。とにかく言葉という言葉を思い出してすぐ入力、そして
無反応という事を繰り返し続けた。

「ダメだー。これかな、と思う物を入力しても弾かれます。一体どんな言葉でパスワードなんて入力しているん
だー」
「………………」
「シグナムさん、ダメもとでまた聞きますけど何か分かります?」

 呼びかけられたのが分からなかったのか、考え事をしていたシグナムははっとなり恭司を見て喋る。

「ん、ああ。そうだな。ヒントがあればある程度絞れるのだろうが、それらしき物が無い。だとしたら志麻がと
った行動も無駄ではないのだが。それでも無限に近い言葉の羅列を入力してその無限分の1を当てるという芸当
なんて考えが付かないな」

 イメージしてもこのパスワード入力から先に進む想像が出来ないとシグナムは諦め半分に言う。それでも、真
実が欲しいと願う2人は諦めなかった。だからこそ恭司はまたも思いつく単語をとにかく入力し続けた。対する
シグナムもまた美咲に関するものだけでなく、もっと大きな視野から見つめ直そうとしていた。

(真相、真実、情報材料。そして答え)

 いくらでも言い換えられる。まるで同義語のようにすら思えてくるとシグナムの思考は横に逸れていた。
 そこでシグナムがふと何かを思い出したかのように、美咲からと思われる手紙を取り出し便箋を広げ、目を配
らせる。大きな意味としては恭司を追えば今回の真相に突き当たる、という事しか書いていない文面なのだが、
それでも何かが引っかかると思ったのか、シグナムは凝視するかのように文を追う。

(違う。これでも無い何だ。一体何が私を掻き乱す!?)

 シグナムが記憶しているのは、部屋に戻った時既にこの手紙が置かれていたという事。その封筒を開けること
無くまずは一家に聞いてみるもそれぞれが自分の物で無いという事。

「もっと――根本的な……」

 ぶつぶつと呟きながらシグナムは記憶と記録と自分の想像を統合させる。
 恭司のキーボードを叩く音をBGMにシグナムは思考をさらに深層へと潜らせる。彼女の持つ考える力というも
のを総動員させこの事件について洞察を始める。そうして時間にしては殆どかからずにシグナムはそこで気付い
たのだ。今回の事件というそのどれもが、同じ結末に行き着くことを。

「真実が、無い?」
「シグナムさんどうかしました?」
「ああ、いや。何でもないんだ。志麻もうちょっとだけ頑張って貰えるだろうか」
「ん、了解です」

 恭司は止めていた手を動かしながらまたも思いつく単語なら単語、文章なら文章をキーボードごしに空白へと
叩き込む。その都度頭をかき眉間に皺を寄せながらまた別の語句を思いついては空白欄を字で埋め尽くして行く。

(違和感の正体は全てにおいて真意が見えないという事だ。事件における真相が何も無いのだ。だから私達はそ
の真実を知るためにこうやって努力しているのだが、そもそもがおかしい。もしかしたら……、もしかすると志
麻の言っていた前提がおかしいというのは実はこういう事なのか?)

 過程の前にある前提が見えない。故に過程の先にある結末が見えない。つまるところ中身だけは見えるのだが
その外見が一切見えず、中身と外見を合わせたその何かを想像できないというのが今の現状だ、とシグナムは考
えたのだ。
 そこで気付いた。シグナムは1つの単語を思い浮かべ、それを恭司へと伝える。

「Trueだ。志麻Trueと打ってくれ」
「え、あ、はい!」

 恭司はシグナムに言われるがままにTrueと打ち込むが――

「シグナムさん、違うみたいです」
「む……」

 違うのか、と落胆するシグナムだったがそこで手に握っていた手紙に気付き便箋をもう一度見る。

(真実……、では無いのか? いやそうじゃない、もっと違う――志麻を追え、志麻は美咲と、あとは恭司。そ
の恭司だけを追え、志麻は1人。)

 シグナムは延々と考える。無意味な単語の羅列を並べるように、また分解するように。彼女は己が持つ思考を
フル稼働してたった1つのパスワード解明に努める。そうたった1つ。

「そうか、1つ。違えようの無い答え。それは真実を見せるもの。志麻分かったな、たった1つの真実だ」
「単語は?」
「Real One」
「分かりました」
「そうだ。真実に嘘偽りは無い。それが嘘だとすればそれは虚構だ。つまり私達が追っているのは真実であって
虚構ではない。だがそれを虚構と見破る術は私達には無いが、美咲にはそれが分かっているという事だ。この事
件の真実、見えぬままに終わらせる訳には行かない」
「シグナムさん行けました!」
「ああ。前提が見えぬなら真実から前提を見ればいい。何、いくらでもある前提を調べるより、全ての事柄を通
して通じるたった1つの真実から全てを見つめなおせばいいだけだ」

 画面にはパスワードを認識しました。との文字が書かれ、徐々に紅色だった画面が黒く変色していく。次に立
ち上がったのはパソコンを通常通り起動したようにOSが立ち上がる。

「普通にOSが立ち上がった……? これでうまくいったのかな」
「どうだろうな。私達は美咲に振り回されただけ、というのも否定は出来ないが」
「うう……、母さんなら普通にやりそうだ」

 成り行きを待つしかないと、シグナムはそう呟いてディスプレイを眺める。やがて立ち上がるOSに、落胆の声
を漏らしたのは恭司だった。しかしそこで明らかに違っていたものがあった。
 デスクトップにある1つのアイコン。規則正しく並べられているショートカットと違い、まるでその存在をひ
けらかすかのよう不思議と真ん中にポツンと置いてあった。

「仕組み的には私には分からんが、恐らくコレではないだろうか」
「多分ですけど。OSを立ち上げる前、つまりオペレーションをかませないでパソコンを直接操作する。すると独
自のサーバーに保管してあったプログラムとデータを全部OS側で処理できるように改竄してOSへと登録。という
線が一番ありえそうですけど、俺には細かいところまでは分かりません。俺もパソコンに詳しい訳ではないです
から……。てか、そもそもにOS立ち上げないでサーバー操作できるのも怪しいし……」
「難しい原理だとかは置いといてとりあえず、これを起動してみるしか他に手はあるまい」
「そうですね」

 恭司がマウスでカーソルを動かし、でかでかと腕輪のようなアイコンをしたショートカットをダブルクリック
する。するとブラウザが起動して、見慣れたパソコン画面だったのだがそのページの内容が異質だった。画面は
紅色に彩られていてまたも恭司が嗚咽を漏らすも、目を細めながら画面を見続けた。すると数秒とたたずゲスト
IDでログインしますと言葉が表示され、ブラウザは新たなページへ開こうと読み込みを始める。

「ゲストID? つまりは先ほど入力したパスワードはゲスト用という事なのか」
「母さんは最初から自分ではない誰かにこのページを見せるつもりだったんでしょうね。でないとわざわざゲス
ト用なんて作る手間も必要も無いはずですから」
「そうなのだろうな。だがこれで分かったことは」
「母さんがこの事件について何か知っているという線は濃厚ですね」

 ああ、と肯定するようにシグナムは呟く。パソコンではまだ処理が続いていた。だがそこまで時間がかからな
いままにディスプレイ上では画面が切り替わり表示されたのは。

「これでいいのかな?」

 と恭司が誰に聞かずともマウスを動かして画面に表示されていた日記を開く。そこには最新の日記ではなく、
このプログラムを立ち上げてからの日記が書かれていた。

「最新の日記は――4月22日。あの日の前日……、か」

 とりあえず最新の日記だけ読むことにした恭司は、カレンダーの4月22日をクリックする。
 すると画面がまた変わろうとして、シグナムは身体を乗り出して画面を注視しようとした。間を持たずすぐさ
ま目的のページへと切り替わった。





『4月22日
 最近では恭司が強くなろうと頑張っている。それは避けようの無い未来だと分かっている。その事に疲弊する
だけの私だが、それでも……、なんとしてでも止めないとならない。それは過去、私が再三に渡り決意してきた
事だ。
 2月の通り魔事件。私はあの事件を確認しに先日病院へ行くと、やはりとしか思えなかった。あれはきっと根
を持ち出した大臣がこの時間、時空に飛んできたのだろう。そして襲われた奴は所持している物は無かったと看
護師が言う。つまりは根が既に奴の手を離れたという事だ。
 その事を初めに聞いた時、ふざけるな、と思って彼を殴りに行こうとも考えたが止めておいた。彼もまた被害
者でもあることを思い出したからだ。
 しかしこれで分かった事がある。つまりアレの鍵である根は今この世界にあるという事だ。それを教授が見過
ごす訳が無い。恐らく何かをだしにこの世界へやってくるだろう。
 教授と、そして恭司が手にする前に何としてでも根を回収し、リンディさんの所へ渡さなくてはならなくなっ
た。過去の贖罪と言えば聞こえはいいが、それでも私のやっている事は自己満足の、まさにエゴで固められた行
為だ。そこに独善的な何かは介在しない。
 時間は無い。地上にアレがあればもっと何かしらの障害があるだろうが、それらがまったくもって無い、目撃
情報が無いという事を考えれば多分だが恐らく……。
 明日仕事が片付く。回収しよう。絶対にこの私が止めなくちゃ行けないのだから』





 一通り読み終えた恭司とシグナムだったが、シグナムは終始疑問に思えてきた。
 何故自分が止めようと願っている事件を、まるで誰かに助けを求めるかのようにシグナムへと手紙をよこした
のか、その理由がシグナムには分からなかったのだ。

「…………」
「…………」

 恭司もまた困惑していたのだろう。画面から目を逸らし、何かを考えていた。

「日記、最初から読んでみます。はっきり言うと怖いです。やっぱ真実は知らないほうが幸せだという言葉、今
を持って体感してますよ」

 ははは、と乾いた声で笑いながら恭司はシグナムへと言葉を向ける。恭司の心境を知ってか知らずかシグナム
もまた恭司へと声をかける。

「ならば私も付き合おう。真実を知るのは1人とは限らない。旅は道連れ世は情けというしな」
「シグナムさん、ありがとうございます」
「何、先ほども述べたように真実を知る権利というのは別に誰にだってあるさ」
「そうですね」

 恭司は日記を読み直して、そして一番最初の日記を開く。
 彼らは目にした。
 美咲がどのような道を歩み、そしてそれをどうやって孤独に闘ってきたのか、という『真実』を。





 ――――海鳴市 志麻家リビング アースラ襲撃より1日前 PM 3:00



「すみません1人で寝ちゃって」
「いや、気にしなくていい。それに昨日寝ていなかったのだろう?」
「はい」

 リビングで1人くつろいでいたシグナムに対し、自室から抜け出した恭司が声をかけた。彼の目は疲弊してい
るかのように、虚ろな目線でシグナムを見ていた。

「すまないが勝手に台所を使わせて貰った。ほら」
「あ、ありがとうございます」

 美咲がいつも朝飲んでいるコーヒーをお互い口にする。そしてそっと一息ついたところで恭司はソファーに座
る。ちゃんとした行動にシグナムは満足したのか、頷きながらコーヒーを飲んでいた。
 恭司は自分がいかに脆い存在だったのか理解した。何もかもが支えられ生きていた事を実感した。

「本当、嫌になりますね真実」
「そうだな。それが無くてはいけない事もあるだろうが、それ以上に世界というのは優しくないな」
「全く持って」

 恭司はシグナムが真実を皮肉って言ったことに対して苦笑いを浮かべながら応える。

「志麻、落ち着いたか?」
「まあ自分の中で整理出来るくらいには」
「そうか」
「多いですね、真実。厳しいですよね現実。リアルな事に慣れなくちゃ生きていけないのに、そのリアリティに
慣れない人間がいる。それこそ脆いほどに」
「人の心というのは移り変わるものだからな。私達はどうか分からないが、それでも意志は変わった。だからこ
そこうして実感できた事を言葉に出来るのだろう」
「もう慣れました。アレだけ怒涛に、それこそ土砂崩れのように真実を目の当たりにされちゃ誰だってダメにな
りますよ」
「それも当事者で、か」

 是認するように恭司が言葉を発するもそれは弱弱しいもので、なんとか口にすることが出来たといったような
希薄さだった。その様子にシグナムは目に留めながらも落ち着いた様子で恭司の言葉を待つ。

「どうしようって考えながら寝ました。これから自分はどうしたらいいのかなってずっと悩んでました。その時
答えは出ませんでしたけど、それでも自分に出来る何かを思い描いてました」
「ああ」
「人に出来る事なんてちっぽけな事だと思います。それこそ世界のサイクルに比べれば歯車の1つなんでしょう。
だけどその歯車が無くちゃ――」
「世界は動かない。だから私達は歯車なりにその機械を動かそうと必死なんだ。もし歯車が狂えば機械は壊れ動
かなくなるからな」
「そうしたら歯車は動く意味を失う。そうしたら機械は歯車を動かす必要がなくなる。だけど違う歯車はそれが
嫌だと思ってたら、それは統一意思ではない、各個たる意志です」
「ならば各個たる意志として、志麻がやるべき事は?」
「彼女を助けます。メイアを、俺のクローンと言われ続け苛まれてきた彼女を助けたいと思います。俺が今しな
くちゃいけないのは何よりメイアを助けてあげないといけない。それは俺が生きている以上俺がやらなくてはい
けない事だと思うので」

 初めは弱かった恭司の言葉も、段々と意志の強さに比例していくように言葉もまた強くなっていった。その事
に満足するように笑みを浮かべたのがシグナムだ。そして彼女はおもむろに立ち上がり、玄関へと向かう事にし
た。

「志麻、お前の意志見せてもらった。もう誰も何も言う事は無いだろう。美咲はお前が強くなるのを否定しなが
らも仕方の無い事だと言っていたがアレは間違いだな。美咲が志麻を強くしたんだ。それは間違いなく親子故だ
ろう」
「ええ本当にそう思います」
「真実の全てという訳ではなかったが、それでも私達は事の真相に近づいた。ならば私達に出来る事をしていこ
う」

 ではまた明日来る。と言い颯爽と玄関を開けシグナムは志麻家を後にした。
 ぱたん、と戸が閉まる音がして、家には恭司1人が残る。そこで美咲のパソコンが付けっぱなしだったことを
恭司は思い出し、彼は美咲の部屋に入った後、何気なくパソコンの画面を見る。
 そこには最初のほうにつけた日記のページが開かれていた。恭司はそのページを眺めながらも、苦笑いを浮か
べながらパソコンの電源を切った。

「まったく……。いつまでもそんな事実隠して怖がってたなんて知らなかったよ母さん。本当に嫌いになり続け
て貰おうかな、自分の事を」

 部屋の電気を消して、美咲の部屋を出る。彼は腕を伸ばし、固まっていた身体をほぐすようにストレッチをし
ながら自室に戻る。

「さて自分に出来る事、しようか!」

 財布を机から取り出し、それをそのままポケットへと仕舞い込む。
 メイアを助ける。その確かな意志を確認しながらも、自分が今出来る事をする。そうして恭司は苦笑しつつも
携帯を取り出し何処かへと連絡をしながら、彼は玄関から家を出る。そのまま廊下から家に漏れるような声の大
きさでごめんと、口にしながら恭司は玄関から遠ざかっていった。





 恭司が最後に見た美咲の日記にはこう書かれていた。

『息子として彼を養っていくことに決めた。彼の名前を今日から「恭司」と名づける。本当の名はあの人から貰
った大切な名前だったけど、日本で生きていくには何かと不都合なので変えさせてもらった。
 私と血が繋がってない事を後々に知ったらこの子は私をどう責めるのだろうか。だけど今だけは私にとってこ
の事にも縋りたい思いなんだろう。
 誰かが私を責めてくれないと、きっと私は自分を嫌いになり続けると思うから』

 その日記に書かれていた美咲の思惑とは外れた想いが恭司には宿っていた。真実の一端を知ったシグナムと恭
司は自分に出来うる事をし続けようと、確かめ合ったのだ。
 これがどう意味を持つのか誰にも分からない。だがそれでも彼らは前へと確かに歩み始めたのだった。
























【あとがき】
 こんにちはきりや.です最近になって水曜どうでしょうにはまってます。
 MHP3出ましたね。ここ最近じゃPSP弄ってるか、Torneで録画したアニメの消化ばかりしております。
 前回の更新がいつかも忘れてしまうくらいに小説を書いておりません。って言ったら殴られました。
 誰にって言わせんな恥ずかしい。って事ですよ。

 丁度先日魔法少女まどか☆マギカ見まして、久々にワクワクしてます。まだオススメできるかどうかは判断材
料が少ないのですが見てない方は是非。
 さて今話に関してですが『神のみえざる手』というのは本来経済用語であり物事に関しては言いません。他に
『見えざる手』とも言います。なのでシグナムのセリフに「使い方としては間違っている」と書きました。気に
なったらググってみてくださいね。


 感想を頂いたので返信です。
・作者さんへ>  検索していてたまたま見つけたのですが、面白かったです。
 メニューから直で読んでいなくて、後から色々探してしまいました。
 外伝もあるようなので、そっちも見ますね。


 ありがとうございます!かなり遅い筆ですが、気長に待っていただけると嬉しいです。
 外伝は現状で一応本編に繋がる物になるので、是非読んでいただけると楽しんでいただけると思います。

・執筆大変だと思いますが、頑張ってください(^^ゞ

 現在痛感している次第です。大体が私の怠けぐせの性なので、思う存分嬲ってあげてください喜び(ry


 また最後となりましたが、読者の皆様とこのSSの展示をしてくださったリョウさんに感謝を。
 では次にお会いできる機会を楽しみにしています。





作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。