――――巡航L級8番艦アースラ 4月30日 AM 10:20
「今日で丁度1週間……、か」
クロノが自分の前にあるコンソールを叩く。すると宙に浮いたスクリーンが映し出され、そこには志麻恭司、
フェイト両名の戦い、そしてなのはとコキュートスの記録。
最後に移ったのがフェイトと恭司と、瀕死の美咲にかけよるユーノの姿で止まる。
「不甲斐無い、まったくもって不甲斐無いな。自分が艦長であることを今日ほど呪った事は無いよ」
自嘲気味に心の底から吐き出すかのように呟くクロノ。今回の件、誰かの責任では無いのはこの場にいた局員
からも一目瞭然なのだ。力量が違うとかそういうものではない、状況そのものが悪かった。皆その事を分かって
いるからクロノに声をかけなかった。
その事実を知っているクロノは自分を責める事でしか自分を保てなかった。
「これ以上自分を責めても前には進まないよクロノ君」
「……分かってるよエイミィ。僕がいくら嘆いた所で事実は変わらない。だからいつも全力を尽くしてきた。だ
けど結果がコレでは僕に出来るのは嘆く事しか無いんだ」
苛立たしそうに目を伏せクロノは歯を噛みしめる。事実、クロノが尽くしたのはほぼ全てを尽くしたつもりだ
ろう。ユーノを無理に頼み動かしたのも正解だったし、アースラの転送を常に地球に設定したのも正解だった。
それでも結果は現状だ。
「志麻恭司――身体の至るところに裂傷、そして左上腕部、前腕部、及び右下腹部左下腹部に刺創。魔力もほぼ
底を尽きアースラ内部で意識の無いまま治療後……。
フェイト・T・ハラオウン、高町なのは――目立った怪我は無いが、朝夜と休憩をあまり挟まず戦闘行為をし
た為、全身疲労が一番酷くこれ以上の行動は無理と判断し自宅で療養、今では普通に生活を送っている。
八神はやて――魔力枯渇による回復は既に完治に向かっており、意識も回復。現在では海鳴の自宅に戻りいつ
も通りのように生活を送っている」
エイミィの持ってきた資料を手に取り、徒然と書かれていることを述べるクロノ。彼はその資料を目にしなが
らそして、と加え最後まで読み切る。
「志麻美咲――恐らくだが銃創と見られる左下腹部および右腹部の傷が最も酷く、今も意識不明の重体。
メイア――対抗勢力であろう少女。魔力ダメージによる気絶で運び出され、アースラにて治療。後に敵対勢力
ということで今現在では矛盾しているが不自由の無い軟禁状態に」
クロノは資料を表示していたモニターを切った後、彼は椅子に深く座り込み、深いため息とともに口を開く。
「本当に散々な有様だ」
右手で顔を覆い、背もたれに体重を乗せクロノはまた考え込む。
敵勢力の大きさも分からず、少数精鋭なのか、はたまた大規模な組織なのかそれすらも分からない。分かった
ことといえば、記録からとれた会話の内容だけでしか推測出来ない程度で、物理的な証拠も得られなかった。
メイアも口を割るとは考えがたく、いまや八方塞り。
希望の綱といえば美咲が口にした『根』という単語。これに関しては無限書庫の司書を勤めるユーノ・スクラ
イアに直々調べるようアースラから正式に依頼。海鳴海上で起こったあの日から1週間経った今でも結果は来な
い……、つまりは未だに調査中という事だ。
「あまり根詰めない方がいいよクロノ君」
「ああ、分かっている。ただ現状にある材料が少なすぎる。判断しかねるもの、不確定なものが多すぎて逆に頓
挫してしまってる。何か打開できるものがあればいいんだが……」
「…………」
「だが、それ以上に僕達は自分達のプライドに傷をつけた。民間人を守れなかった時空管理局員。それが今僕ら
にのしかかる肩書きだ」
「うん……」
「美咲さんのためにも僕らは全力を尽くさなければいけない。これだけは絶対に――!」
「私達に出来るのは事件を解決して綺麗さっぱりする事だけだもんね」
クロノはエイミィの声かけにああ、と肯定する返事をして思考の坩堝に入る。
全ては人の笑顔の為に。
「今をもってアースラは第97管理外世界、地球の衛星軌道より少し離れた場所にてユグドラシルの『根』を捜索
を行う! 総員準備はいいか」
やがて一斉にくる、アースラクルー達による肯定の言葉。
その言葉を持ってクロノは己のなすべき事を行おうと誓った。
「何が真実なのか、何が偽りなのか。僕自身の目で見定めさせて貰う!」
第十七話「嘘と真」
――――海鳴市 私立聖祥大学付属小学校 4月30日 AM 12:35
とある教室の風景。それは何処にでもあるような光景で、生徒達が会話を交わし、笑顔でいる。そんな日常の
情景。その中にこの世の成り立ち方の一部を知る少女達が一同を会していた。
彼女らの名前は高町なのは、アリサ・バニングス、月村すずか、フェイト・T・ハラオウン、そして最近復学
した八神はやて。彼女達は皆昼食という事もありそれぞれ色とりどりの弁当を持ち、会話をしている。
その光景自体はまさに仲のいい友人が集まり一緒に昼食を取るという、何処にでもあるようなシーンである。
そんな中1人の少女が、また友人を気遣ったかのように声をかける。
「アリサちゃん、食べないの?」
高町なのはだ。彼女は人の感情に敏感で、その表情や態度で何かを想っている事に気付いたのだ。弁当をつつ
きながらも一切手を出して口にすらしていなかった少女、アリサ。彼女はそんななのはの声かけに一瞬だけ間を
置き反応した。
「……食べるわよ」
ぶっきらぼうに放ち、自分の事なんか気にかけるなと言いたそうなアリサだったが、その行為はなのはにとっ
ては逆効果で心配してますといわんばかりの表情を浮かべるなのはだった。
「何かあったの?」
「別に……、なんでも無いわ」
鬱陶しそうに話すアリサの様子は変わらない。
これは今に始まった訳ではなかったのだ。実のところ今日から数えて数日前からアリサはこの様な感じで少々
ぶっきらぼうに、そして何か考えている表情を見せていたのだ。その度に誰かが心配をし、それでもここ数日の
あまりアリサの様子は変わらなかった。
しかしその態度にいい加減痺れを切らしたのか、なのはが少し強引に聞いてきた。
「そんな風じゃ何かあったと思うのが普通だよ。何があったのか……、教えて欲しいかな?」
その強引というか、積極的に聞いたのは今日が初めてだった。しかしそのなのはの様子に怒ったのか、アリサ
がなのはに向かって苛立ちを隠せない声を出した。
「別になんでも無いって言ってるでしょ!? いちいち聞かないでよ!」
その予想外にも大きな声は教室中に響き渡ってしまった為、アリサは少々居心地の悪さを感じたように自分の
弁当へと視線を戻す。
なのははそんなアリサの様子に萎縮してしまったのか、なのはは自分の弁当とアリサに視線を泳がせながら口
を開いた。
「え、あと。ご、ごめんなさい」
小さな謝罪の声。
その声に反応して呟いたアリサの声は誰にも届かない。
「なのはの……、せいじゃないもの」
急激に感覚として冷えるなのは達と、その不穏な空気を感じ取る他の生徒達。
感覚として捉える教室にいる面々だったが、それが自分達とは関係が無いと知るや否や会話を続けるのだった。
だが関係のあった少女達の沈黙は重く、話が切り出しにくい状況となっていた。
そんな閉塞感を感じたはやてが、急に笑顔になりその場にいる少女達に話しかける。
「それより私が戻ってきたって言うのに、誰もおめでとうなんて言ってくれへんのね」
冗談交じりで言うはやては原因が分からないからこそ、明るく話す。登校時に全員が全員復帰を祝ったものな
のだが今の空気に耐え切れないと思ったのか、はやてはこの話題で空気を和まそうとしたのだろう。
皆、はやての言葉を聞いた後苦笑いになった。
誰もが思っていたけど、誰も実行できなかった事をはやてがやった。その事と話の内容の2つ。きっとそれら
が合わさって誰もが素直に笑えなかったのだろう。
「朝、おかえりなさいって言ったじゃないのよ」
「え、そうやったっけ? おばちゃん耳遠いのよ」
「はやてちゃん同い年だよ」
雰囲気を壊してしまったアリサが初めにはやてに対してつっこみを入れると、間髪いれずにはやてが更にボケ
る。それにつられて今度はなのはがつっこみを入れる。
それだけでさっきまでの重厚感は消え去っていったのだが、その中でもフェイトだけはまだ何かを考えていた。
「すずか」
「何? フェイトちゃん」
歓談さえ始めたなのは達3人だったが、それでも何かを感じたフェイトは恐らくアリサについて知っているの
ではと思ったのか、すずかへと尋ねていた。
それに対してすずかは横に頭を振りながら答える。
「私も知らないの。だけど心当たりがあるとすればアリサちゃんがああやって不機嫌になってたり、何か考え事
をするのが多くなったのって確か3日前からだったよね」
あやふやになりがちな記憶から引っ張り出し、フェイトに尋ねるすずかだった。フェイトもその事を聞いてか
ら、再度確認するかのように視線を落とし考えた。
(――あれから1週間たったけど何も好転していない。最近恭司の姿も見てないし、どうしたんだろう)
誰に問うわけでもなく、フェイトは考える。すずかもフェイトの様子に倣うかのように、何か考え事をするよ
うな仕草をとった。
アリサの様子に関して原因が一体何なのかという事を知っている人物はこの場にはいなかった。何故アリサが
すずかの言うような様子になってしまったのか、それを考えても誰も答えは出せなかった。それはアリサだけが
知るアリサだけの答え。
隠し事。
誰かに後ろめたい事があるような態度でもないので、この場にいる誰かに関してではない。ならばアリサ本人
に関係している事を隠している。
そう結論付けるかのようにフェイトとすずかは考えたのか今はいない誰かを思う。
「魔法はあってもなくても、いつもの日常って変わらないものかと思ってたけど、やっぱり変わっちゃうものな
のかなフェイトちゃん」
「そう、なのかもしれない。私は初めから魔法という世界を知ってからここにいるから分からないけれど。恭司
を見てるとやっぱり魔法が無かった世界に魔法があるっていうのは、異物みたいな物なのかもしれないって感じ
てるよ」
微妙に変わる距離感。
それは友にも言えるし家族にも言える。そして当然世の中とも。
魔法というスパイスを加えた事によって、色々と変わってしまった日常。その日常を変わらない物にしようと
努力していた少年は、実のところ一番変化してしまっていたのかもしれない。
アリサの様子がおかしい。
それはもしかしたら魔法が無ければそんな事が無かったのかもしれない。そんなありえるようでありえない答
えが出てきてしまう。原因を責めたところで今の状況がよくなる訳では無いのは彼女達だって理解している。何
が原因なのか、何が要因なのか。それを想像してしまえばキリが無いだろう。
それこそ当人だけが知るのだから。
「何があったのかやっぱり話して欲しい。なのはちゃんの時もそう思ったし恭司さんの時もそう思った。だから
今回も話して欲しいって思うのは傲慢な事なのかな」
すずかの誰かを思う気持ちはここにいる皆が共通しているもの。
友達だからこそ悩みも分かち合い、解決したい。甘い考えなのかもしれないが、それはまさに理想なのだろう。
友として、親友として最高の関係なのかもしれない。
馴れ合いという訳ではない、それでも友に必要なものは頼り頼られる関係が対等な友と言えるだろう。
「悩みもすっきり靄も雲も無いような澄み切った青をした、そう今見える空のように……、晴れ渡るといいね」
「綺麗な空だから、一緒に見たいもんね」
「そうだね」
すずかとフェイトは話す。強要はしないけれど、それでもいつかこの空のように……、と。
美しいものは醜いものを照らし出してしまう。見たくないものに蓋をして隠していてもいつかはさらけ出して
しまう。そうなる前に、解決できればいいと彼女たちは願う。
友という関係とハーモニーが奏でられるように――。
――――巡航L級8番艦アースラ 収容室 翌日5月1日 AM 9:50
「おはよう気分はどうかな」
部屋が開け放たれると同時に決して大きく無い、まだ変声していない少年の声が部屋全体に響き渡る。その声
は相手を気遣うものでなく、むしろ皮肉った感じだった。
その事が癇に障ったのか、苛立った声を出すのは少女の高くも力強い声だった。
「五月蝿い黙れ。ここに連れてきたのはアンタでしょう」
「ごもっとも。だけど俺が君をここにつれてくる間は君にやられた傷が思ったより酷かったからね、殆ど意識を
失っていたさ」
「ふん」
そこでようやく部屋に照明が灯される。
急に部屋が明るくなったからか、少女のほうが急に入ってきた光から目を守るかのように瞑る。対して少年の
様子は変わらない。
少年とは志麻恭司、そして少女とは今や捕われのメイアである。メイアは鋭い眼光を恭司へと向けるが、それ
を颯爽と無視する恭司。私服姿の彼はいつもの変わらない格好であったが、何かが違っていた。その違和感を彼
女は探ること無く彼の質問が始まった。
「君の知っている事を教えてもらうか」
拷問こそかけることは無いが、軟禁でメイアも精神的に磨耗している。そこにやってくるのは不躾な質問。そ
う簡単に真実が得られるなら誰しもが事の真相を知るだろう。
メイアは同時に馬鹿馬鹿しいと思ったのか、鼻で恭司を嘲笑し、反論をした。
「教えると思ってるの?」
「思ってないけど……、どうでもいいから話せ」
「っ!?」
どうでもいい。それはメイアの事などどうでもいいからさっさと真実を話せという、メイアという全てを無視
した質問。いや一方的な会話ともとれない会話だった。それをされる彼女は実際嫌な気分だけだろう。それは彼
女の苦渋に似た表情が物語っている。
あるのは会話という情報だけ。記号と記号で話し、その先にある感情は無くただあるのは事実だけ。
「やっぱりアンタは最低だよ!」
「"やっぱり"? それではまるで誰かに俺の事を聞いて知ったような口調だな」
「――っ」
何かいけないことでも喋ってしまったかのようにメイアは視線を恭司から地面へと移す。その態度がいけなか
ったのだろう、恭司はそこに詰め入るように口を開く。
「俺はメイア、君と話しているんだ。壁とでもない地面でもない。君の口から告げられる真実とやらを聞きたい
だけだ。いいから話してくれないか?」
まるで矛盾するかのような物言いの恭司。誰とでもなくメイアと話している。それは先ほど述べた「どうでも
いい」という言葉を否定する物だ。
「喋る事なんて何一つ持ち合わせてないわよ。特にアンタなんかにはね」
矛盾した存在を否定するように、メイアの恭司に対する辛辣な言葉は変わらない。
恭司がいればメイアが否定される。メイアがいれば恭司は恭司として生きていられる。どこかバランスの崩れ
た振り子のように揺れるその存在。意思を否定されるのではなく、存在を否定することによって肯定される存在。
おかしな話だ。
誰かを否定して生きて、誰かがいるから否定される生き様。初めから存在しなければいいと考えるのは道理。
だがそもそもに、何故そうなったのかが定かではないのだ。
恭司の聞きたい真実は何なのだろうか。それは本人だけが物語る。
「生きていくことが辛いなら終わらせればいい。だが君はそれをしたくなくて、生きていく上で害となす俺を殺
したい。それは自分を否定することに何の変わりがあるのだろうか。俺がいるから君が否定される。なら俺がい
なければ本当に君は生きていけるのか?」
「それはわたしが決める事。アンタにわたしという全てを犯されない。誰が何と言おうとわたしはメイアである
ことに変わりは無い」
「なら君は既に間違った道を進んでいる。君は君だし、俺は俺だ。志麻恭司がいるからメイアがいるのではなく、
メイアがそこにいるからメイアが生きている。俺にはそう思えるし、それ以外思えない。きっと俺以外の誰かに
聞いても同じ答えが返ってくるはずさ」
生きることというのは難しい。誰かに存在を否定される、それは本当に生きているのだろうか。多分それは生
きているのではなく、ただそこに在るだけなのだろう。
だけど恭司は既にメイアを一個人としてその存在を認めている。それはこの場にいないなのはやフェイト、ク
ロノだってそうだ。
メイアを1人の人間と認めているから、クロノは非人道的な措置を取らない。
メイアを認めているから、フェイトはメイアの言葉を聴き、迷い、そしてその言葉に打ち勝とうとした。
それが意味する答えはただ1つ。メイアはメイアという存在を確立しているという事だ。
「君は今現にこうして生きている。君に受けた俺の傷はまだ治っていない。それは君が行動を起こした結果なん
だ。俺のこの傷はメイアにやられた傷だそれ以外の誰にでもない。君が俺を殺そうとしたんだ」
恭司の言葉はメイアを否定しない。
それは――傲慢な事だった。
「ごちゃごちゃと聞いていれば虫唾の走るような話ばかり。薄っぺらい言葉はどうでもいいのよ。わたしは自分
で決めているの。そうよ、わたしが存在していられるのはわたしが自分を信じているから。だけどわたしに近い
者はわたしという何もかもを全員、否定するのよ」
「何故――!!」
「分かりやすく、そして手っ取り速く。ごちゃごちゃしたこのくだらない会話を終わりにするためにも簡潔に教
えてやるわよ」
「何を……」
部屋は既に明るい筈なのに、どこか仄暗い何かが覆うような空気だ。それはメイアの言葉尻にある、どこまで
も暗い真実が公に出ようとしているからだろうか。
メイアは笑う、薄気味悪くどこか悲しげな表情で。そして大きな壁のような巨大で圧迫感のある言葉を恭司に
ぶつける。
「わたしの、この身体を構成している遺伝子はね……、
「――っ」
「この世界の言葉で言えば、所謂クローン人間ね。――プロジェクトF.A.T.E聞いたことないかしら? 管理局
に組していても、調べる気が無ければ知らない事だろうけど、この艦の人間はほぼ全員知っているわ」
やがてくる暗い感情。その感情を抑えるのに胸を押さえながら話すメイア。それでも睨みつける先は自分と同
じ遺伝子を持つという恭司。親の仇のように睨むメイアの感情はまさに純粋な殺意だ。歯を食いしばり、手で胸
を押さえながら睨むメイアの姿は相手にとって恐怖そのもの。
1つの真実を聞いた恭司はどうするのか。自分と『同義』とされる少女をどう思うのか。初めはメイアの言葉
を聞いて驚いていた恭司の表情は、感情の読めない無表情になっていた。
自分のコピーという事実を哀れと思うのか。その存在に同情するのか。はたまたその事実を否定するのか。恭
司は未だ動かない。
「何も言わないのね。ふふ、まあそうよね、自分が男でわたしは女。クローンと言ってもある程度作りは違うの
だから純粋なコピー物ではないわ。だけどこれが真実であることには変わらない。志麻恭司という人間の遺伝子
をわたしは持っている。この言葉に一切の嘘偽りは無いわ」
続け様に恭司へと言葉を浴びせるメイア。
真実を1つ明かしてしまえば後はもうどうでもいいという事なのだろうか、まるでせき止めていたダムが開く
ようにメイアは流暢に真実を話していた。まるで自分を哀れむのではなく、恭司を哀れむかのように。
「どうも思わないってのは違うわよね。アンタはどうしてわたしがアンタを殺したがっていたのか知りたかった。
だからさ、アンタがアンタで居続ける限りわたしはアンタのコピー品としてしか見られないのよ。その存在はま
さに空虚よ。自分のした事でも、自分のしようとした事もこの感情も何もかもアンタがいたからここにある。そ
れはアンタが居たからわたしが居たのと変わりがない。つまりわたしがしたことは全てアンタに直結しているっ
て訳」
自然の摂理、当然の回帰よね。と自嘲気味に笑いながら話すメイア。
恭司は何を思うのだろうか。
「だからアンタを殺して、わたしがわたしでいられる理由を作ろうと思ったわけ」
「それが――」
それがメイアの生きようと、存在していようと。運命という名に弄ばれた人間が思いついた先だった。そこに
は嘘は存在していない。メイアという存在が考え抜いて出した答えなのだから。
殺したいとか殺されるとか。そういう思いを抱くような年齢でもない彼女がそのような考えに行きついてしま
ったのは運命なのだろうか。それこそ神のみぞ知るという事なのではないだろうか。
「否定するものなら否定してみせなさい。否定することによってアンタはわたしという存在を許さない事になり、
同時にアンタは自分を認める事になる。けれどアンタが――」
「関係ないよ」
メイアが言い切る前に恭司は自分の気持ちを表に出した。
感情だけじゃなく、信念まで出したメイアの言葉に対抗する恭司の思いは否定でもなく肯定でもなく、無関心
だった。
「例え君が俺のコピーだとして、今の君が考えてることは何? 俺がいるから考えたのに変わりは無いとしても
その考えが巡るのは俺じゃないはずだよ。既にそこで矛盾が出てるんだメイア。
君は君で、俺は俺だ。
陳腐な言葉かもしれないけれど、そうとしか言いようが無いんだ。だから今の君は志麻恭司がいるから存在し
ているのではなく、ただメイアという存在そのものがここに在るんだ」
誰しもが誰かの変わりをつとめることは出来ないと同じ様に、メイアの起こす行動は全てメイアに回帰してい
るという事だった。
メイアは全て恭司がいるからこの感情や行動は出来上がったと言い。
恭司はメイアがいるから、メイアの考え抜いた行動が出来上がったと言う。
どちらの言い分が正しいとかではない。よりどちらの考えで生きて行けるのかという事なのではないだろうか、
と恭司は言っているのだった。
「気の持ちようだ。ネガティブに考えた答えは全てネガティブで、ポジティブに考えて出た結果は全てポジティ
ブなんだよ。それは誰か他人が否定するのものでなく、自分が決める事なんだ」
「………………」
恭司は言葉を続ける。
それに対してメイアは無言だった。だけど、その感情は暗いだけの物ではなさそうだった。別の考えがそこに
ある。別の意思として目の前に違う考え方をしている人間がいる。その影響は計り知れないだろう。
「俺の言葉でメイアの生き方が変わるとは思ってない……、だから俺は1つの決意を固めたんだ」
「決意……?」
願いでもなく切望でもなく、決意。その意味は己が決めた事を貫こうと決めたという事だ。ただ祈るだけでは
状況は変わらない、だからこそ行動を起こすべきなのだ。
恭司は常に何かを背負うことなく生きてきた。ただ単純に背負うと思えば友を守る事なども都合に入るのかも
しれない。だがそれだけでは背負うという言葉にはならない。だからこそ彼は決めたのだろう。
「俺の聞きたい真実はもう聞いたよメイア。何で俺を殺したがっていたのかっていうのが聞きたかったからね」
「ちょ、っと待ちなさいよ。何? すんなりわたしはアンタの要望に答えたって訳!?」
「そういう事になるなあ」
してやったり顔の恭司に対して、憤慨するのは当然メイアだ。
突然立ち上がり、右足で地面を一蹴。そのまま恭司を睨みつける。
「ふざけないでよ!」
「ふざけてなんか無いさ。そうだな色々と聞きたい事はあるよ?」
「何よ――」
「俺の母親を撃った奴を教えろ」
急に冷めた口調と冷めた表情にころりと変わる恭司。その変わりようにメイアは唖然とするも、そもそもに美
咲が撃たれたのはメイアが気絶してからだ。当然メイアはその事を知る余地も無い。だからこそメイアは答えな
かった。いや答えられなかったのだ。
中々に口を開かないメイアに対して恭司は苦笑して返した。
「ほら、聞いてみたってその小さい口はだんまりだ。だから俺の知りたかったのをメイアに関してだけにした。
ただそれだけだよ」
「――っ」
感情や思いの事を知るのはその人だけ。真実へたどり着く道は何も1つだけじゃない。
その事が分かっているから、焦らず1つづつ自分の知りたい事を知っていこうとした恭司。それはこの艦にい
た誰にも出来なかった大きな1歩だった。
「さて、決意って言ったからには決意表明をしなくてはならない!」
「い、いきなり何よ」
通常の声で部屋全体に十分伝わっているのに、わざと張り上げるような声でメイアへと告げる恭司。その異質
な雰囲気と、声の大きさで畏怖さえ抱いたかのように後ずさるメイアであった。
「長年に渡る俺の目標である1つが今、ここで達成できるかもしれないのだ!」
拳を上げ高々と語る恭司の姿は堂々としていた。
「メイアが俺と殆ど同じ遺伝子だというのならば尚更問題はあるまい!」
「…………はあ?」
「君は今から俺の妹だ! 誰のでもない俺の妹だ! シスターだよ、メイアは俺の妹だああああああああ!」
語る内容は別として……。
「ちょっ、そんな事高々と宣言すんな! この馬鹿!」
「馬鹿で結構、そうじゃなきゃこの理論に行き着くわけが無い!」
「何開き直ってるのよ!」
「開き直ってるのではない! 俺はただ自分の欲望のまま、自分の欲するがままに行動しようと決めたんだ!」
「それ絶対ベクトルが間違ってるわよ!」
「うはははははははは!」
「笑って誤魔化すなぁ!」
収拾が付かなくなっているようだが、それでも恭司の思惑がうまくいったことには変わりは無いのかもしれな
い。敵だからだとか味方だからとか、そういう狭い考えでなく。ただ相手の事を知ろうとして、恭司はここにや
ってきたのだ。それはあのなのはの行動に似ている。
誰しもが無差別に行動は起こさない。
それは人が人である限り、どこかに要因となるものが繋がっているのだ。それを知ることは相手を知ることに
他ならない。
行動に意味を見いだせなくても、要因に意味を見出すことは可能だ。だからこそ恭司はメイアが何故自分を殺
そうとしたのか、その動機が聞ければ恭司にとってはそれで満足だったのだろう。
「それに、ほら……」
「急に何よ」
恭司が自分の持ってきていた手提げのバッグから取り出したのは、ピンク色をした可愛らしい袋に包装された
何かだった。
その袋をメイアに手渡そうとする。
「何よそのファンシーなのは……、それにいらないわよそんなもの」
「ファ、ファンシー……」
「落ち込むとこそこじゃないでしょ!?」
両手とひざを地面につけ、全身で落ち込んでますオーラをかもし出すのは恭司だった。
その奇抜な行動をいぶかしげに見るメイアだった。
「これ、マドレーヌって洋菓子。おいしいかどうかは分からないけど、食べて欲しい」
「おいしいかどうか分からない物を寄越すっていうの!?」
「あー、うんおいしい。きっとおいしいから、ほら食べてくれ」
そう言って、袋を持った手を伸ばし恭司はメイアへと手渡そうとする。
「何かアンタと話していたら何でアンタを殺そうとしていたのか分からなくなってくるわ。この前のは本当に殺
してやろうって、それだけしか思わなかったのに、何でかしらね」
「俺の事知ろうとしなかったから、じゃないかな。俺もメイアの事を知らなかったからメイアに向けられてた殺
意に対して身構えた。俺は俺の意思で君と戦っていなかった、仕方が無いからと自分に言い訳しながら戦ってた。
お互いに知らなければ、そういう風に言い訳が出来るからだと俺は思う」
「そういうものかしらね」
「そういうものなんだろう」
メイアはつっかえていた何かを取り除くように大きく息を吸って吐く。彼女はそのまま落ち込んでいたままの
恭司と目線を合わすように膝を曲げて座った。
「ありがたく貰っておくわ。確かにアンタの言っている事が全部正しいとは思ってないけれど、それでもアンタ
を知ることにはなったわ。だけど、わたしはアンタを殺す」
ピンクの包みを持った恭司の手から受け取るようにメイアは手を伸ばして取る。その辛辣な言葉は変わらずだ
ったが、それでもメイアは笑顔で話していた。何がそうさせたのかは分からない。だけど確実に言えるのは、恭
司の行った事は決して無駄ではなかったという事だ。
「そっか……、まあその度に妹の相手をするのは兄として当然だな」
「なっ!? だからアンタなんかの妹になんかならないわよ、わたしは!」
「そうデスね。メイアが貴方の妹になんかなったらウチの立場はどーなっちゃうんデスかね」
ありえない声。この場にいない第三者の声が部屋全体に伝わる。この部屋に現在いるのは恭司とメイアの筈な
のに声は再三に渡り響く。その声はやや幼い少女を彷彿させるような声が高く、舌足らずな印象を受ける。
「まったく茶番デス。誰が殺すとか関係ないんデスよ。メイアちゃんが明確な目的を持たせようとあの人が頑張
ってくれたのにデスよ? それを簡単に覆そうだなんてウチが許さないデス。メイアちゃん帰りますデスよ?」
その言葉が切れた直後やってきたのは轟音。
煙が舞い、視界が奪われるのはこの部屋にいる者全員であった。
――――巡航L級8番艦アースラ ブリッジ 同日 AM 10:00
「ん?」
「どうした、ミッドに残した恋人でも思い出したか?」
「ちげーよ! いやな、さっきブリッジ以外で微弱な魔力反応があった気がするんだが……」
主に艦内の状況をオペレートとする男2人。恋人がいるとからかわれた男の名はアレックス。そしてからかっ
た相手の名はウェッジ。
アレックスが魔力反応のログを確認しようとして、その手をウェッジが止める。
「どうせ、あの坊や達だろ」
「あぁ……、志麻と言っていたか」
「それに、ほら一緒に来たのって」
「……ああ」
一緒に来た人というのを想像したのか、鼻の下が伸びる2人。まったくもってだらしないものである。
「確かにあの人ならセンサーに引っかかっても問題ないよな」
「まあなぁ……」
「ってかお前恋人いるんだから色々想像してんじゃねぇよ!」
「なっ、君だってミッドに奥さんと息子さんがいるじゃないか! 妄想するとは恥ずかしくないのか!」
「何をー!」
「やるのかー!?」
「君達……、何をしているのかな? それとも何かな『根』が見つかったという報告でも僕にくれるのかな?
嬉しいなぁ、本当に僕は部下に恵まれているなぁ」
取っ組み合いになろうとしている2人の後ろに、このアースラで一番偉い人間がやってきた。
「「ハ、ハラオウン艦長」」
「で、何か見つかったのかね?」
「「特に異常ありません! サー!」」
「持ち場に戻りなさい」
ひい、という声を出して目の前のモニターを注視し始めたのを見てクロノは艦長席に戻り、そっと息をついた。
息をついた瞬間、アースラ全体が――揺れた。
【あとがき】
予定構成ではこの話数あたりでエピローグどころか、既に完結していたっていうのだから驚きです。こんにち
は、きりや.です。
かなり前からですが自覚しておりました。厨二病、そして無駄に長い文章で冗長気味になってるところです。
こんな物書きな私ですが最後までお付き合いしていただけると幸いです。
また最後となりましたが、読者の皆様とこのSSの展示をしてくださったリョウさんに感謝を。
では次にお会いできる機会を楽しみにしています。