――――海鳴市 4月23日 PM 6:32



「確か……、フェイトって言ったわよね」
「それがどうかしましたか」

 海鳴の上空で対峙する2人。
 メイアは余裕の笑みを浮かべ、それに対してフェイトは口にしてはいないもののその様子は苛立っていた。
 フェイトと共にやってきたなのはは恭司を助けに、フェイトはメイアに事情を聞くためにやってきた。

「そんなに睨まないで頂戴、結構怖いわよ貴女」

 メイアの様子に怯まず佇むフェイト。その顔は無表情と言えば無表情、だがその瞳の奥にある感情は隠しきれ
ないものだった。

「アイツが大切だったのかしら? それはアイツが仲間だから? それとも――ふふ、好きだから?」
「今の貴女には関係の無い事です。私は貴女から事情を聞きだすためにここにいます。だからそれ以上でもそれ
以下でも無い。変な邪推は止めて下さい」
「事情……ねぇ」

 フェイトの言葉に何か引っかかるような物言いをするメイア。
 本来ならメイアの目的自体は果たされていない。生きているという事も、そしてそれを逃したという事も分か
っていた。それでも恭司を追いかけなかったのはフェイトに興味があったからだった。

「別に目的はアイツに話したわ。まあ、その聞いた当事者は虫けらの様にやられ無様に落ちていったわ。その事
情とやらを聞きたければわたしなんかを構ってないで、アイツを追えばいいじゃない。それとも何? わたしが
憎いからここにいるのかしら? そうよねアイツをやったのはわたしだもの――」
「アイツ、アイツと馴れ馴れしく喋らないで下さい。あの人には志麻恭司という立派な名前があります」
「名前、そんなに必要な物かしら?」

 お宝だ、と見せた物が見せられた人によって様々に形を変えるようにメイアはフェイトの言葉を否定した。
 そんなメイアにフェイトは特に興味を示さなかった。価値観は人それぞれだと知っているから。

「キュリタルでも会ったけれど本当怖いわね」
「――っ、貴女が!」
「そうよ、途中で貴女達の前に出てきたのはわたしよ。それにしても、まるで世界を恨むかのようにわたしを恨
むのね。その感情は人にとって必要な物よ。もっとも、貴女の名前の由来がその感情を強くしているのかしら。
ふふふ、そうよねあの研究は本当に――忌々しい物だわ」
「何が言いたいのですか」

 口を強く噛みしめながらフェイトはバルディッシュを構える。
 フェイトはバリアジャケットに身を包み、そしてメイアは銀の翼を隠そうともしない。まさに一触即発、どち
らかが手を出せば話し合いなど無意味になる。彼女達の出す空気はまさにそういう雰囲気にさせるものだった。

「フェイト、その名は作られた名。運命と名付けられ、そして運命に弄ばれた存在。プロジェクトF.A.T.E……、
貴女にとってそれは切っても切れないモノ」
「何故その事を」

 相変わらず余裕を崩さないメイアの様子に段々と苛立ちを隠せなくなってきたフェイト。人の事情に土足で踏
み込んでさらに踏み荒らすメイアはフェイトにとって、とても許せる行為でなかった。
 そんなフェイトの様子に満足しないのか、メイアは続ける。

「なのにフェイト、貴女は何故ここにいるのよ・・・・・・・・・。運命と名付けられた貴女が何故運命に翻弄され続けるの? 
今は自由な筈。いつでもその背中についた翼で空を自由に飛び立ち、空を堪能出来た筈。なのにそれをしない。
束縛から解かれた物が何故また捕まっているのか。翻弄された運命から放たれた貴女は自由の身だというのに飛
び立ちもしない、それどころかいつまでも過去を引きずっている」
「何を」
「今貴女が本当に苛立っているのは今ここにいるわたしに対してでも無いわ。フェイト、貴女は分かっている筈。
そこにいる貴女は本当の貴女ではなく、自らを仮面で隠した姿。そして貴女が本当に憎いと、恨んでいる
のは――」
「やめて……」

 フェイトへ矢継ぎ早に叩きつけられる言葉の数々。そのどれもが深く彼女の心を抉る。それでもメイアは容赦
しなかった。

「――貴女自身なのよね。何も出来ない、期待に沿える事も出来ない、愛した人に愛して貰えない、愛して欲し
いと願っても愛してくれないその身。努力しても身についたのは戦う術だけ。貴女はそんな貴女が大っ嫌いなの
よ!」
「やめてくださいッ!!」
「やめて……ね、否定しないのねわたしの言葉」
「――ッ!」

 フェイトはメイアをキッと睨みつける。バルディッシュを握る両の手は強く、また佇まいも変わった。
 メイアはそのフェイトの眼光を物ともせず、あくまで相手の心の内を晒し明かそうとしただけだった。だがそ
れがいけなかった。メイアが思っている以上にフェイトは心の在り所を失ってはいなかったのだから。

「否定はしません。ですけど、今の私は違います。貴女のようにただ辺りに散らすだけで駄々をこねる子供でい
たくないだけです」
「……言うわねぇ。なら見せてみなさいよ貴女の言う子供じゃないって事をさあっ!」
「く……」
「目標、補足」

 メイアの輝く銀の翼が一層光を強くした瞬間、彼女の周りにはあの恭司を苦しめた羽が舞い踊るように現れ、
それらはフェイトを取り囲む。
 その羽がなんなのかフェイトは瞬時に把握する。

(これに当たればさすがに無事って事にはならなそう)

 フェイトの得意とする戦闘は相手より先を行く戦法。速さが足りなければより速く、相手が避けるのなら避け
られないよう戦術を組み立てる。
 だが根本的にフェイトの戦闘スタイルは防御すら捨てた速さとそれに伴う攻撃力の上昇だ。だからこそ防御に
徹するのは彼女にとってマイナスでもある。
 しかし――

「吹き荒めぇッ!」
「負けません!」

 ――防御をするなら攻撃に転じてしまえ。
 フェイトはその言葉を体現するかのようにバルディッシュを振り回した。それはがむしゃらに振り回すもので
なく、とても速く、そして鳥達が空を舞うようにフェイトは一糸乱れぬ統率のとれた動きで羽を次々に斬り落と
した。
 ハーケンフォームの生み出す刃でフェイトは右にあった羽を斬れば、その動きを止める事無く次の動きへと連
携させ、左に数枚あった羽を同時に斬り、彼女の頭上から狙う羽を体を捻らせ、さらに斬撃を加える。
 数にして1、2――6つを超えた辺りでフェイトは数えるのを止めた。

「はああぁぁぁぁぁああっ!」

 一体いくつフェイトは羽を斬り落としただろうか。時間にしてしまえばそれは刹那の時。だが1つでも取りこ
ぼしがあればそれは同時に危険に繋がる。いわば彼女にとって賭けに近い防御だった。
 だが全ての羽を斬り落とした時には既にメイアは次の行動を取っていた。
 見惚れた訳じゃない、けど彼女の姿は美しかった、とメイアはそう思っていたのだろう。だからこそ無粋な攻
撃方法でなくあくまでフェイトのスタイルに近い姿で戦いを挑んだのだ。
 そうしてメイアは腰に付けたポーチから1つの棒を取り出す。その棒先から銀の色をした刃が形成される。
 棒とは柄の事だった。そうして彼女は1振りの西洋剣――ショートソード――を手に取る。
 メイアの持つ銀の剣。
 フェイトの金色の刃を持つバルディッシュ。
 2つが交差し、瞬時に反転。2人は距離を互いに離したまま攻撃魔法を繰り出す。

「プラズマランサー!」
「アルジェンティーノスパラーレ!」

 勢いを増した2人の攻撃魔法は互いの魔法を打ち落としていく。
 電撃を模した魔法と銀の羽。
 それらがぶつかりあった瞬間、爆発を起こし視界を不鮮明にする。それは互いに同条件、しかしメイアの方が
行動が早かった。

「何処に目を付けてるのかしら!?」
「くぅッ!!」

 上空から現れたメイアにフェイトが気付いた時には既にメイアは剣の射程圏だった。
 フェイトは反射神経の全てを総動員してバルディッシュを横にし銀の剣を防ぐ。しかしそれもフェイクだった。

「本当、貴女の目は節穴ね!」

 いつの間に詠唱していたのだろうか、フェイトの周りにはまたしてもあの銀に輝くあの羽が――

(いくらなんでも早すぎる!)

 驚愕するフェイトに矢継ぎ早に攻撃を仕掛けようとするメイア。だがフェイトがいくらまってもその羽がフェ
イトを貫く事は無かった。
 フェイトが対峙しているメイアが笑っていた事に気付く。笑ってそして、すぐその顔は下卑た笑みに変わって
いた。

「知りたいんでしょ、教えてあげるわよ……………………の事」
「な……ん、で」
「フェイトちゃん!」

 名前を呼ばれて咄嗟に回避行動に移ったフェイト。そのフェイトがいた場所とメイアを貫くかのように桜色を
した魔法が一直線に貫く。
 メイアは動くこと無く防御し、恭司に城塞とも言われたあの羽をいくつか失っただけでに留まった。
 その事を予想しつつも、同時に驚きを持ったなのはだったが今の心配は友のフェイトだ。なのはがフェイトの
姿を見つけるとほっと一安心とばかりに息をつく。
 安心すると同時にメイアに対して警戒する。感情が一気に流れ込むもそれを押さえつけるなのは。今は1つで
も情報が欲しい。

(なのは、彼女は今朝の――)
("やっぱり"って思っちゃうよね、それでも行動が早い気がするの)
「おしゃべりは、貴女はいいわ管理局さん。フェイト、さあわたしと一緒に来る気は無い? こっち側につけば
貴女の欲しがっている『真実』の1つくらいは提供できるわよ」
「…………私だって『真実』というのが欲しい。『真実』というのはいつでも魅力的ですから」
「フェイトちゃん!?」

 フェイトは得たいと願ってしまった。欲しいと、失いかけた真実を。
 その事に驚くなのはだったが、次にきたフェイトの言葉はメイアを否定する。

「だけど貴女達に着いて行く事は出来ない。義理も無い、道理も無い。私が得た貴女達に対するものは猜疑心し
か無いですから。それに――」
「それに?」
「友達であるはやてを襲った。そして恭司も。どんな事情があったにしても友達を傷つけた、そんな貴女達を私
は許せないと思っていますから」
「ストレートな感情ありがとう。もう1人の管理局員よりはよっぽど分かりやすい解答だわ。そこの子はそんな
感情を必死にしまいこんで、このわたしと同等に立とうとしているんだから性質が悪いわ」
「えっ――」

 なのはは何か思うことでもあったのだろうか、メイアの言葉に対して驚きの表情を隠せなかった。管理局員と
しての自分。はやてや恭司の友としての自分。武器を持たずに話を聞きたいと思う自分。許せない
と憎く醜い感情を持つ自分。全てがなのはだった。
 まるで見透かすようにメイアはなのはとフェイトを見る。
 対極にあった境遇でも分かり合える人がいる。敵と認識していても、いずれ分かり合う事が出来る。それを体
現させた、そんな2人を見ていた。
 その事をまるで噛みしめるかのようにメイアは目を瞑り、深呼吸し、吐き出す。

「今日の目的は別に貴女達の相手をする事じゃない。わたしはわたしの為にここにいる。自分の為し得たい事が
あるからここにいる。確かに脅迫材料としてこの街を使った。だけどそうでもしなければアイツはやってこない
と思ったから。
 悪かったわね、別に惑わすつもりは無かったの。けれどわたし達はわたし達なりの理由があって貴女達の相手
をしている。そして……、管理局がひたすらに隠すモノと、見つけ出せないモノをわたし達は持っている」
「それが……『真実』」

 なのはとフェイトどちらが口にしたのか、メイアの話す言葉に即座に反応した。

「ええ、けれど今の優先順位はアイツよ。だから――退きなさい」

 銀の翼が威嚇するように大きく広がり神々しく瞬く間に輝く。
 それは神が民衆の前に顕現し、仰々しさを放つ光のようだった。

「人であるならば人を捨てなさい。心を持つなら心を捨てなさい。捨てるものが無くなれば拾うものも無くなり
迷いは断ち切られる。それを修羅と呼ぶなら修羅と呼べ。それを鬼と呼ぶなら鬼と呼べ。貴女達の相手するわた
しという者はそういうモノなのよ」

 その言葉に嘘偽り無いと告げるメイアの顔があった。
 その言葉を着飾ったつもりもないと表現するメイアの気配があった。
 だが知っている。フェイトは知っている。メイアがそのようなモノで無いと。彼女がそのようなモノならば昨
日のような態度は一体なんなのだろうかと、疑問に思えてしまう。だが、それを否定するつもりは無い。フェイ
トはそれくらいメイアの事を知らないのだから。

「退けば貴女は恭司を殺す。そう、なんですよね」
「えっ」
「そうよ、わたしがわたしでいるためにアイツを殺す。それが今日の目的。さあ退きなさい貴女達には興味があ
るけれどそれ以上にアイツを殺したいのよ」

 フェイトはその言葉を受け――バルディッシュを強く握った。
 なのははその言葉を受け――戸惑いを覚えながらもレイジングハートを握った。

(殺すとか殺さないとか……、そんな悲しい事をなんでこの人は平然と言うのだろう)

 なのははどうしてもその行動をいまいち理解できないでいた。いや理解しようとして悲しくなったのだ。彼女
の心は優しい。優しいが故に自分が許せないと思った事には全力でぶつかり合う、それがなのはだ。
 この時のなのはは許せないのではない、とても悲しくなったのだ。

「なら1人で2人相手してもいい――」
「そうはいかないよ、我が愛しの妹よ」

 いつの間に。
 それがなのはとフェイトの感想だった。
 メイアがやる気を出そうとした瞬間、彼女の背後に立っていたのだ。
 今朝、管理局とぶつかったあの――

「「コキュートス(さん)!?」」
「名前を覚えていただき至極恐悦。とはいっても名前ではないがね。この私闘、私も引き受けようじゃないか我
が妹よ」
「……何故ここが分かったのですか?」

 メイアの方もこの援軍は知らなかったのか、コキュートスに聞いたのだった。

「別に、と言っておこう。いや何だ、妹のピンチに駆けつけるというのが姉である私の役目だからな」
「今朝は逆の立場でしたけど……、都合のいいように記憶は改ざんされていますのね」

 メイアは頭を手で抱えながら独り言のように呟いた。
 その呟きを理解できなかったのか、コキュートスは知らぬ顔で惚ける。

「ははは、今朝の件とは一体なんの事だい? 我が妹よ」
「やっぱり……、まあいいです。今はありがとうございますと言っておきます。ではお姉さまはあの生意気な白
いのを。わたしはあの黒い露出魔を仕留めます」
「ああ、そうだねそれはいい案だ」
(生意気な白いの……)
(黒い露出魔……)

 戦意を削ぐようなあだ名を付けられた管理局グループだったが、相手の実力は折り紙つきというのは既に今朝
の件で思い知らされている。
 おまけにコキュートスは2人がかりでやっと相手ができ、さらにメイアもフェイト1人では太刀打ちできてい
なかったというのが現実だ。
 だが管理局の2人は諦めない。
 いつか突破口が開かれると。そして志麻恭司を救う為にも負けられないとなのはとフェイトは強く願った。





 ――――海鳴市 4月23日 PM 7:01



<…………グモード――ブレイク。レッグ…………ーモード使用不可――ディスペル。…………レイカーモード
強制……開始。……ローディング開始、余剰……放出。従来プ……スの50%……ット、供……力上昇値8……
を確認。ドラ…………装着>
「お、おいおいおいおい――! 何してるんですかルージュさん、っていうかなんですかこの光! つーかさっ
きまでのシリアス面台無しにしてるの俺ですよね、いや分かってるんですけどこれはなんていうか予想不可能っ
ていうかなんていえばいいんでしょう、そうアレです不可抗力って奴でして――」
<うるさいですね、大人しく従ってればいいんですよ>
「従え、ってあんたさっき俺にmy loadとか言ったばっかですよね! 馬鹿な俺でもわかりますよあれは主君っ
て意味で――」
<はいはい……、プロセス…………ベルカ、クロスブレイカーモード駆動。さあ飛びますよ欲求どおり>
「だから聞いてるのかって――へ? 飛ぶってどこにいいぃぃぃぃいいぅわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 志麻恭司、彼はまさしく文字通り飛んで行った。ドップラー効果を残しつつ。
 その様子を眺めていたユーノは1人、感慨を受けたかのように呟いた。

「人が飛んででも誰かの元に駆けつけるとは、ああいう事を言うんだろうね」

 そして残されたユーノ・スクライアはまた1つ人を学んだのだった。




















魔法少女リリカルなのは 救うもの救われるもの


第十六話「慟哭」






















 ――――海鳴市 海上上空 4月23日 PM 7:02



「それで、この腕のは何なんだ?」
<所謂デバイスです、とデバイス自身が答えてみます>
「あれ、足のだけじゃなかったの?」
<本来ならばこの形が正常なんです。今までのは無理やり力を押し込めた感じで……、単純に言えば魔法を作る
時間が最低でも1.5倍は速くなってます>

 恭司が空を飛び、友人の下へと向かおうとしている間に自らのデバイスに声をかける。
 疑問を明確にするためにも、そして自らが今持つ戦力を確認するためにも。

<実はですね、さっきまでの形態だと恭司君の魔導師としてのランクだけならCがいいとこです>
「でもクロノ達にはAって言われてたけど?」
<あれはあくまで戦闘技術含めてAランクという事だったんですよ。魔力量としては十分でも魔法構成は甘い、
処理速度が遅い、その他もろもろ含めて魔導師関連だけで言えばCランクだったということです>

 魔法を手にし、自分の実力が明快にされた時、彼は絶望しかけた。友人が遠くその先をいっている事実を認識
した。けどその時はルージュセーヴィングに活を入れられた。その時の事は忘れる訳が無いと恭司は思っている。
 だが現実は酷く、彼は何度も訓練を行ってきたが彼女達に追いつけなかった。
 実際なのは達が天才と言われる所以を身を持って体感したのが恭司だ。
 クロノだって何年間という努力の積み重ねで今現在あそこに立っているのだ。恭司はそれが分かっていながら
も進まない自分の実力に何度か憤っていた。
 だがそれが意図的に道が塞がれていたのなら?
 誰だってそんな事をされれば何故と思う。人によっては嫌悪感すら抱くだろう。

「どうして……どうして俺の道を塞いだんだよ。なんだって一緒に頑張ろうって言ったのに……。お前のマス
ターを超えようって一緒に強くなるっていう意思を貫こうって言ったのに――」
<そのマスターが貴方の為を思って……、と言えばどうしますか?>
「え……?」
<マスターは貴方が戦う事を嫌がっている。マスターは貴方が危険に晒されるのを放ってはおけなかった。だか
ら私を改造したんですよ。本来の力をセーブするためだけに……、前に進もうと思わないように>
「……」

 だが今はその形態を変えたルージュセーヴィングが答えだった。
 恭司にはそれがどういう事を意味しているのかが分かる。
 自分がどれだけ美咲に大切にされているのか、自分がどれだけ愛されているのか。全ての事柄で全て恭司の為
を思って行動してくれた美咲の事を恭司は言葉だけでなく全てで理解した。
 もし本当に恭司が戦いに赴く事が嫌ならば初めからデバイスを渡す事なんてしない。いやそもそもにデバイス
があることすら話さない。
 もし本当に前へ進む事を止めたいのならば、デバイスを本来の形態へと戻さないようにすればいい。
 けど、どれもしなかった。
 それが美咲の恭司に対する『答え』だった。

「――ありがとう」
<それはマスターに言ってあげてください>





 ――――海鳴市 海上上空 4月23日 PM 7:08



 恭司が飛び出してから時間も経っていない頃、フェイトはメイアと、なのははコキュートスと既に戦っており
かなりの時間が経っていた。
 優勢はやはりメイア、コキュートスの両名。
 管理局ペアは常に次の作戦の為にと情報を得ようとするが、デバイスが見当たらない、相手の攻撃の種類を判
断出来ない、一体どの魔法体系なのか、情報を仕入れようとするたび不明な点が多すぎて混乱してしまう。
 そんな隙を相手が許してくれる訳が無く、少しでも思考に穴が開けばそこをついてくるのがメイアとコキュー
トスだ。
 それが致命的なものでなくとも、幾度と無く繰り返されればそれはいつか大きな失敗に繋がる。

(……相性が最悪のパターンを選ばれた?)

 フェイトは考える。
 この思考が既に隙ならば、考え抜いて好転に繋がる何かを見つければいいという考えに行き着いた。
 フェイトは今朝コキュートスと戦ってみてあまり手ごたえを感じなかったと感じたのだ。しかしなのはは手ご
わいと感じたと言う。
 そしてフェイトが加勢してからは、コキュートスの使った血塗れの籠という魔法で一気に体制は崩れ去るも、
それは諸刃の刃となるような魔法だった。それはつまり、そうしなくては勝ち目が無かった・・・・・・・・・・・・・・という事なのでは
ないだろうかとフェイトは考えたのだ。
 そしてメイア。
 先ほどまで戦っていて感じたことと言えば、魔法が完成するまでが異常に早く、またその構成も強靭で曖昧な
出来では無いという事だ。
 メイアに対して放ったフェイトの魔法は全てはじき返された。だがなのはの魔法に対しては防御をとっていた。
ここに何か弱点があるのでは……、と考えるも今となってはもう遅い。
 何故ならなのはとフェイトはそれぞれ離れた場所でお互い戦っているからだった。

「いつまでも考え事してると死ぬわよ!」
「ッ!?」

 銀の剣を振りかぶり接近したメイアをバルディッシュを使いその攻撃を捌くフェイト。
 咄嗟に判断したはいいものの、バルディッシュを持った腕は下がり万全な体勢でなくなってしまう。その隙を
メイアが逃すわけが無く――

「アルジェントの剣!」

 メイアが背中に羽ばたく銀に輝く翼が大きくなる。やがて1枚の翼が推定1mくらいまでになり、体を捻ると
まるで翼で切り裂こうと言わんばかりにフェイトに迫る。
 バルディッシュでは防げないと判断したのかフェイトは両手で持っていたバルディッシュを片手に持ち替え、
開いた手からラウンドシールドを展開させる。
 瞬間彼女の防御魔法に衝撃が走る。

「くううぅぅぅ!」
(なんて重さの攻撃、このままじゃ……)

 威力だけならシグナムの紫電一閃を凌ぐくらいか、そう感じ取ったフェイト。そこから更に銀の翼が踏み込む
かのように動き、フェイトの防御魔法が軋むような音がした。
 持たないと感じたのかフェイトはメイアから距離を離そうとする。

「逃がさないわよっ!!」

 フェイトが気付いた時にはもう遅かった。彼女が見た光景はすぐ目の前で銀の剣を横なぎにして今も斬りかか
ろうとしているメイアの姿だった。

「――あ」

 やられると、フェイトは覚悟して目を瞑った。

「諦めるには早すぎだろフェイトォッ!」
「ッ!?」

 フェイトが目を開けて確認すると、目の前には背中があった。
 そしてメイアの銀の剣は恭司の手の中だった。彼は身を挺してフェイトとメイアの間に割って入っていたのだ。
 何故ここに、どうやってここへ。
 フェイトの思考はそれだけに留まらず最後には。

(あの腕のは……?)

 運動量が0の状態の刃をそのまま握っても怪我を負わない。だが通常、振り下ろされた剣を握る行為というの
は最低でも怪我を負う。それは既に刃を引く行為に入っているからである。
 フェイトのピンチに駆けつけた恭司の手の中にはあの銀の剣がある。しかし彼は怪我すらする前にその両腕か
ら両手にかけて見慣れぬ物があったのだ。
 それはガントレット。
 腕や手首を保護する武具である。
 本来ならばそれはあくまで保護がメイン。しかし恭司のガントレットは手首部分から伸びる右手5つ左手4つ
の長細い銀色のリングは恭司の黒いグローブを付けた手の親指以外である第二間接を守るように嵌められている。
そんな奇妙な形をしたガントレットだった。

「ふん、死に損ないが何の用件かしら。アポイントメントはマネージャーを通して取ったのかしら?」
「冗談。君に会うのに一々アポが必要とは知らなかったよ。
 ……それと悪かったなフェイト遅くなって」
「遅れた王子様は騎士気取りって訳?」
「ナイトになれるなら俺は自分を殺そう。人を守れるのなら悪魔にも力を貸そう。覚悟が無くて何が守る、だ」

 自嘲気味に恭司は吐き出す。
 母親の思いを理解した彼は、人を守る事の大切さを学んだ。
 士郎から貰った守る為の術。恭也から貰った守る心の意思。美由希から貰った人を愛おしく思う気持ち。そし
て春になってから彼が気付かされたものは多い。大切で、必要で、そしてなにより自分がそうしたいと願う気持
ち。
 恭司の心にはそんな人たちが宿っていた。

「人を守るならどんな事もしよう。大切な誰かを守るだけなら自分の手を血に染めよう。この意思、この覚悟。
メイア、今の君に打ち破れるか!?」

 恭司は右手で掴んだメイアの銀の剣を力を入れ握り、壊す。
 その剣が壊れる様子にたじろぐもメイアは恭司を変わらず睨みつけた。

「人として生きられる事がどんなにいいか、物として見られる事がどれだけ辛いか。アンタに分かるはずがな
い! そんな事が分からないアンタなんて大した事無い! だからアンタは弱いのよ、その弱さを強さに変えて
ないアンタが、そこにいるフェイトを守ろうってのがそもそもに大間違いなのよ!」

 例え人として認められなくても、人として見られないなら物として生きる。その覚悟が恭司の覚悟に負ける事
は無いとメイアは叫ぶ。
 それは恭司の後ろにいた少女が一度は思ってしまった道だった。
 だけどそれはフェイト自身が立ち上がり、諦めなかったから今のフェイトがいる。だからその覚悟は決して強
く無い。

「ああそうだ! これは身勝手で融通の利かない馬鹿な俺が出した答えだ! それが強いなんて思ってない。け
れど、この意思だけでも君を倒す力にはなる!」

 フェイトの事を知らずとも恭司は叫ぶ。メイアの言葉を否定するわけでもない、だけど今の覚悟で出来る事の
精一杯をこなす。

「馬鹿だ馬鹿だと思ってたけどここまで大馬鹿とはね」
「人生一度は馬鹿を見ろ。失敗ばかりしない人間が強い訳じゃない、驕り高ぶった人間の没落は世の常だ。だか
らこそ馬鹿も悪くは無いって事だ。だろ、フェイト」
「……そうだね。誰だって誰かに認めてもらいたい。そんな気持ちを持ってる。その認めてもらいたい気持ちは
本物……、そうでないと人は壊れてしまうから。だからこそ私は立ち上がった」

 フェイトは一度言葉を切った。
 バルディッシュを握り、メイアと戦うために構えを取る。

「けどそれは友達がいたから。私の事を大切だと言ってくれた人がいたから。だからその人は命懸けでも守る。
それが自分の為にもなる。それが護るという事」
「守る」
「護る」

 フェイトと恭司は同時に口にした。
 まもる、と。

「俺達は自分の大切な誰かを守る為に戦う」
「私達は自分が大切だから誰かを守る為に戦う」

 メイアは目の前で持論を広げる2人に対して嘲笑しか浮かばなかった。
 なんて綺麗事。なんて傲慢な思い。

「そんなもの添加物にもならないわ、せいぜい廃棄物がいいとこね」
「ならその身を持ってこの意思の力を味わうんだなっ!!」

 恭司が動いた。
 メイアはそれに即座に反応し翼を前にして防御する。
 壊れた翼は1枚。
 次にメイアが受けたのは雷撃。それも一度でなく数度に渡ってだった。
 だがそれでもメイアの翼であるは壊れない。それは幾度と無く恭司とフェイトに隙を作ることになる要因
だ。
 盾は硬く、剣も鋭い。
 まさに理想。理想という幻想を超え、虚像という偶像を壊したメイアの強さは本物だった。

「シッ――!」

 メイアの翼が瞬く間に再生されつつある。その瞬間に彼女の翼は大きく広がり翼ごと攻撃に回した。狙いは恭
司。先ほども彼女が使ったアルジェントの剣は恭司を容赦なく叩き斬ろうとしていた。
 その様子に驚くも、体は動き両腕を合わせてガード体制を取る。

「ヴェールズシェル!」

 アルジェントの剣は単純に魔力で出来た翼に『攻撃』という方向性を持たせて直接攻撃する魔法だ。それは魔
力で切れるものなら幾度と無く斬ってきたメイアの必殺。
 斬れぬものは無い。
 それが過信からではなく、経験から持ってそれを体感していたメイアだからこその直感。
 だが――恭司の防御魔法は斬れなかった。

「――――!?」

 それは確かに斬れなかった・・・・・・とメイアは感じる。斬れるものが斬れない、このイメージを再認識するのに時間
がかかったのか、彼女の動きは未だアルジェントの剣で恭司を叩き斬ろうとしていた。
 だが、恭司の防御魔法は魔力に対しての防御においては最大限のキャパシティを誇る。
 魔力の流れをルージュセーヴィングが演算機能のほぼ全てを駆使しそれをイメージ化させ、恭司がそのイメー
ジを受け流すイメージで作り出されるのがヴェールズシェルという魔法だ。
 その強固さはシールドタイプならば、なのはのディバインバスターをぎりぎり受け止める事が可能な程の物。
 だがこれらには弱点もある。
 物理が次点に繋がる魔法には極端に弱い事。つまり全く持ってという訳ではないが対ベルカに関して防御が手
薄になってしまっているということ。それと演算機能のほぼ全てを使うとはいえ長時間防御し続けることが不可
能。つまりは砲撃系魔法に弱いという事だ。それがディバインバスターをぎりぎり・・・・受け止めるというのに繋が
る。
 今回のメイアの攻撃は全て魔力で出来ていた。
 その『攻撃』という方向性の全てを恭司自身の魔力で受け流し、分散させた事によってアルジェントの剣によ
る攻撃でヴェールズシェルは破壊されなかったという事だった。
 確信を得た恭司は即座に反撃には、移らない。
 その行動には意味があった。

「プラズマ――」

 恭司の後ろにいた気配が動く。
 メイアは、はっと気を持ち直すがもう遅い。
 恭司は誰に言われるも無くバク転の要領でフェイトの後ろへと飛んだ。その瞬間フェイトの魔法は完成される。
 メイアが見た光景は左手には圧縮された魔力球。魔法を完成させたフェイトの腕や眼前には金色の環状魔法陣
が幾重にも張り巡らされていたものだった。

「――スマッシャー!」

 魔力球を制御していた左手を突き出した瞬間、膨大な魔力の奔流がメイアを襲う。
 フェイトが使った魔法プラズマスマッシャー。
 ミドルレンジ、クロスレンジを得意とするフェイトの中でも最大射程を犠牲にした威力特化の砲撃魔法。純粋
な威力面で見ればなのはのディバインバスターを上回る魔法だ。
 だがメイアは防御に徹することなく回避に全力を費やしたようだった。

(あの体勢から無理やり避けたってのか!?)
(魔法全てにおいて現状じゃ負けてる……、けどきっと何処かに穴はある筈だよ。諦めないで頑張ろう恭司)
(そうだね。さすがに負けて死ぬってのだけは勘弁してもらいたいし)

 負ける訳にはいかない。
 そう事実を再認識する恭司とフェイトの2人。
 お互い油断はならぬ状況。
 その状況下で動いたのはメイアだった。

「それだけ動けるって事はこっちの本気もいけるって――訳よねっ!」

 無理な体勢から一瞬で間をつめたメイアはすかさずポーチから三節棍の様な物を取り出し、連結部分を全て繋
げる。出来上がった棍の長さはゆうに1mを超える。
 出来た棍を両手でメイアが握るとその先から銀の穂先が生まれる。
 出来上がったソレは槍。厳密に言えばショートスピアと呼ばれるものになっていた。
 さらにはメイアを取り囲む鳥の羽。
 メイアの魔法――アルジェンティーノスパラーレ――が既に制御下に置かれていたのだ。
 恭司の前には魔法を放ったフェイト。故に直線かつ最短距離をとればメイアの前に現れるのはフェイトだ。
 メイアは柄を握り、突くような動きをせず上半身のバネを使い袈裟を斬る様な動きでショートスピアを振るう。
 恭司は後ろにいたがメイアが何をしようと理解していた。だからこそ彼は動く。フェイトの肩を借りるかのよ
うに恭司は無理やりフェイトの前へと出たのだ。
 その間にショートスピアは恭司の足によって阻まれ、アルジェンティーノスパラーレは彼の防御魔法で見当違
いな方向へと突き進む。
 そのままメイアはショートスピアによる連撃を恭司へと試みる。

「はああぁぁぁっ!」

 突くことは勿論、袈裟へと、横なぎにと、全身を回転させ遠心力を利用した攻撃と、まるでメイアの動きが1
つの舞のように華麗にそして素早く動く。

「まだまだまだぁ! ――ふっせいっ!」

 それらを四肢の全てを使い防ぎ、避け、回転攻撃は槍を直接蹴り上げ攻撃の軸をずらした。
 その間にも見当違いへと飛んだ銀の羽はメイアの制御の下フェイトへと攻撃するように素早く動いた。
 フェイトはその事に驚きもせず、バルディッシュを構え背中を恭司に合わせる。
 恭司の背中を守るのはフェイト。
 フェイトの背中を守るのは恭司。
 羽の暴力的なスピードと破壊力がフェイトへと襲い掛かろうとする。
 1つでも逃せばメイア自身の攻撃を防いでいる恭司へと当たる。なれば1つも見逃すことは出来ない。
 フェイトはゆっくりと深呼吸し、バルディッシュをハーケンフォームのまま先ほどの要領を同じ感覚で来る羽
を斬る為に構える。

 ――来た!

 1つ、2つ、3つ。既に数えるのを止めたフェイトは自身の動きの流れを予知する。
 常に自分の動きをトレースし次に備える動きもさらに予知しトレースする。
 予測の予測をした後に予測をする。
 常に一手二手どころかそれ以上の先を行かなければ高速戦闘は出来ない。だからこそフェイトは己の最速を信
じる。

「せやああああああああ!」
<Quickly movement!>

 斬る、斬る斬る斬る斬るっ!
 羽は無残にフェイトの持つバルディッシュによって真っ二つになり、その場で霧散し魔力素子へと変化してい
く。

 ――守る。絶対に守ってみせる!

 時間にしてみれば数秒とたたずに羽は全て掻き消えた。
 メイアにしてみればそれは当たり前の事、いや彼女と戦うのに必要なスキルのようなものだ。なければ今ここ
で勝つのはメイアだと言ってしまうようなもの。だからこそメイアはフェイトが確実に攻撃を防いでくると予測
していた。
 目の前にいる恭司にはクロスレンジで勝てる気がしないと判断したのか少し恭司から距離を取るメイア。
 連撃につぐ連撃を物ともせず防ぎ、避けきり、メイア側の攻撃も無効化する。そんな恭司に自分の格闘スキル
が確実に負けているとメイアは確信したのだろう。
 それでもメイアは諦める事をしなかった。
 彼女の想いは全て彼を殺すという負のイメージで出来上がる強き思い。それを中途半端で投げ出す事を許さな
いとメイアは自分を追いやる。

「リズムに乗れ……、ウーノ、ドゥーエ、トゥレ! 叫べ我が翼!」

 メイアが声に出すと銀の翼が一気に膨れ上がる!
 翼から溢れる余剰魔力の粒子、それはメイアの所持する魔力の量を物語っていた。
 精神を集中するかのようにメイアは少し目を閉じ、さらに時間が少し経ってから異変は起こった。

「アルジェンティーノスパラーレ! さあわたしの魔法、防ぎきれるものなら、防いでみなさいよ!」

 メイアの魔法が出来たと同時に恭司とフェイトは目を覆いたくなった。
 翼を持つ少女の周りにある羽の数、全て恭司とフェイトの方を向き、攻撃するとちらつかせる様にその場に漂
う。
 恭司とフェイトはさすがにたじろいだ。
 何故ならメイアの羽の数が、ゆうに100は超えていたのだから。

(冗談がすぎるメイア。何が防ぎきるだ。こんなの!)
(流石にこれは……厳しいね)

 羽を直接叩き落したフェイトにとってもこの数は異常なのだろう。
 だが目を逸らしたくなっても、目の前の状況は変わらない事をフェイトと恭司は分かっている。
 2人は構える。
 圧倒的な数、そして圧倒的な破壊力を持つ、あの魔法を耐えしのぐために。

(行ける? フェイト)
(やってみないことには……)
(伸るか反るか、まさに博打時ってのはこういう事を言うんだろうね!)

 羽が動く。
 その速度のせいで羽という原型は留める事は無く、視覚的に見てしまえばそれはレーザー。
 弾速は残像を作り出し、銀色は絶望を彩る。

「ヴェールズシェル!」
<込められた弾丸は撃ち貫く>
「ラウンドシールド!」
<Load cartridge>

 フェイトと恭司はカートリッジを使用した己が持つ最大限の防御魔法を使用する。
 恭司のは今までに見ないエリアタイプのシールドで風の膜のような球体をした魔法、防御魔法を得意としない
フェイトと自分両方を守る為に両手を広げて使った。
 フェイトはそれでも防ぎきれない時の為に魔力弾系にもっとも優れるラウンドシールドを両手に片手1個づつ
展開する。
 受け流すイメージをこめても、メイアの襲う暴力的な魔力はそれを超えるのか恭司のヴェールズシェルを持っ
てしてでも受け流す事は不可能だった。そのせいかシールドに直接メイアの羽があたりその瞬間ヴェールズシェ
ルが上回っている場合羽は霧散する。
 球体の防御魔法を維持するだけでも十分な魔力を恭司は使っている。

「く、くぅぅぅぅうう」

 既に恭司は歯を思い切り噛みしめ、その拍子に唇まで切ったのか口から血が流れ落ちる。
 ドスドスッと重い音を無数に立ててはヴェールズシェルを襲う銀の羽。さらにはその数多を超える攻撃に耐え
切れなくなったのか、構成が甘くなった所から羽が進入してしまう。

「――っ!」

 その進入した羽をラウンドシールドでしっかりと防ぐのがフェイトだ。
 フェイトの戦闘方法からにして、彼女は自分の防御魔法に絶対的な信頼を持っていない。自分でも防御魔法を
捨て回避に重点を置いているというのをしっかりと見据えているからこそ、彼女は強い。しかしコレほどまでに
圧倒的な場面に出くわすとは思いもよらなかっただろう。
 絶対的な攻撃力、絶対的な防御力、絶対的な機動力。
 まるで完璧、死角の無い存在。
 メイアを例えるなら神と例えてしまうだろう。
 だが、それでも人は神にはなれないのだ。

「がああああああぁぁぁ!」

 恭司が吼える!

「くっ、んっ!」

 フェイトが耐えしのぐ!

「何で諦めないのよ、何で防ごうって考えるのよ! どう考えたってアンタ達じゃ無理でしょうが!」

 メイアが圧倒的な立場にいながら動揺する。
 自らが防げ、と言ったにも関わらず彼女はこの魔法を見て相手は負けると思ったのだろう。その予想が外れた
のか、動揺してしまう。
 彼が必死で諦めないように。
 彼女が懸命に耐え切るように。
 その2人の姿に畏怖さえ感じたのか、メイアは怯んだ。

「フェイトを、――くぅ、ま、守る為に!」
「恭司を、守る為に!」

 自らを鼓舞するかのように、叫ぶフェイトと恭司。
 羽は勢いを止めるどころか、更に勢いを増していく。
 横殴りの雨を受けるように無数の雫を払いのけるように、恭司は、フェイトはメイアの攻撃を、互いに守りあ
う為に防ぐ。
 それは2人が最初に言った言葉が全てだった。

 ――守る。

 たったそれだけ。だがたったそれだけでもこの暴風雨の様に防ぐ事が不可能だと思うような攻撃を現実に今、
彼や彼女は防いでいるのだ。
 嵐のような怒涛の攻撃にも怯まず、立ち止まらず、耐え切ろうとするその姿勢にメイアが……、負けた。

「……く」

 吹き荒んでいた魔法は瞬く間に消え、メイアは何かを決意したような目になる。
 そんな様子すら見ることが出来ない満身創痍の恭司とフェイトだったが、メイアが何かしようとしているのだ
けは確認した。

「はあ――っ、はぁっ」
「ふぅ……」

 休む暇は無い。そう物語るかのようにメイアは動く。

「銀よ――」

 腰に付けたポーチからまたしても何かを取り出したメイア。
 右手に3本、左手にも3本。
 何かの短い棒のようなものを出して詠唱すると、棒から銀色をした両刃が形成され、瞬時に右腕を下から上へ
と大きく振り上げ、魔法で出来たダガーを投擲する。
 だが恭司はその行動を許さなかった。

「くそっ! 滴る雫は黄金に」

 これ以上、何かされたら厳しいと判断したのか、メイアが何をするのか予測する前に恭司が動いた。
 恭司の右手に嵌めてあるリングが一瞬煌く。すると恭司の指から金色に輝く数本の糸が出来上がる。
 彼が腕を振るうとその糸たちが意思を持つかのように、メイアが投げたダガーの刃を包み込むように動く。

「ノルニルスレッド! 壊せ!」

 銀の刀身を金の糸が絡まった瞬間あたかもそこに存在していなかったのように銀の刃は霧散し、柄のみ空中に
漂うことになった。
 しかし、恭司の取った行動はしてはならない事だった。
 フェイトと恭司が視線を上に動かしていた間メイアは恭司の背後に回り込んでいたのだ。

「なっ!?」

 そこは一歩踏み込めば互いの射程内。
 恭司は咄嗟に片腕を広げ、後ろにいるフェイトを守ろうとする。
 だがメイアは踏み込まない。

「種を明かしてあげましょう。こいつは単純に魔法で出来ている」

 と銀でできた3本のダガーをメイアは取り出しジャグリングの要領で両手を行き来させる。

「当然さっきみたいな魔法には弱い、なにせ魔法としては未完成だから」

 3本あったダガーが気付けば1本になっていた。
 一体いつ何処にやったのだろうか。

「ただコレには秘密があってね、さっきみたいに簡単に形状を変えられるって訳」

 持っていた1本のダガーはそのままに、先ほどまであったダガーが突如右手に出てくるもそれには刃は無くな
っており、柄として機能を失った棒が2本。
 その2本の棒はダガーの柄の部分へと繋げ、連結させる。

「こんな感じに」

 ダガー程の長さだった銀の刃が刃渡りおよそ70cm程になりその刃は美しい曲線を描く。それはもうダガー
と呼ばれる物ではない。あえて言うなれば日本刀そのものだった。
 だが日本刀になった瞬間、メイアの射程は伸びる。

「だけどこれだけじゃ足りないから追加するわ」

 右手には銀の刀を持っているため開いた左手をメイアはふと上へあげる。
 その時、恭司とフェイトはメイアのしている意味を理解した。お互いがまずいと思ってしまうも狙われている
のは――両者・・だ。
 メイアが左手を振り下ろし、右手に持っていた刀は下段から振り上げられる。
 統率の取れた動き、彼女の行っている戦闘はすべて組み立てたパズルのように相手を確実に追い詰める。
 先ほどまでのようにフェイトは恭司を、恭司はフェイトを守ろうとした。
 だが実際行動がとれたのは反射神経がフェイトより幾分良かった恭司だけだった。

「フェイト……………………ぐぁッ――!!」
「恭司!」

 メイアの銀の刀は恭司の後出に回した右手の内に。
 しかし銀のダガー・・・・は左上腕に1本、右わき腹に1本、そして左肩に1本、計3本全てが刺さっていた。
 恭司の左腕の中にはフェイトが抱えられていた。
 フェイトは無傷、恭司はフェイトを守る為に行動した。

「守る事が既に弱点なのよ。アンタの反射神経ならフェイトを守りつつ自分が犠牲になる事を問わないと思った。
だから敢えてフェイトも狙った」
「くっ……」

 メイアの物言いに反論したいフェイトだったか、恭司の体も心配していた為か何も言えないでいた。

「残念ながらここいらで幕引きのようね。さようなら偽善の……、そして運命の王子さま」

 いつの間にかに恭司に握られていた刀は形状を変え、それはブロードソードともとれる幅広の刀身を持った剣
となっていた。

「はっ、俺にしては上出来だよこの状況。誰かを守ったんだ誇らずして誰が自分の行動を褒める」
「減らず口を……!」

 背中越しに聞こえる恭司の声はメイアを苛立たせるのに十分だった。
 もう何も躊躇いは無い。
 そう言うかのようにメイアは両手を持って柄を握り、一気に振り下ろす。その瞬間だった。

「せい!」

 フェイトの掛け声が聞こえたと同時に恭司の体は勢いよく真っ逆さまに海へと落ちる。
 掛け声は恭司を叩き落したもののだったようだ。
 何を思ったのか、とその行動にメイアは唖然とするも、振り下ろした剣は勢いを止めないでフェイトへと迫る。

「貴方は勝ったようでいたようですけど、私達は諦めていませんよ。私達の勝利条件は恭司を守ってメイアさん、
貴方を退けることですから」

 フェイトの不敵な笑みと同時に、銀の大振りな一撃はフェイトのバルディッシュによって阻まれる。

「揃いも揃って往生際の悪いっ!」

 受け止められた銀の剣はそのままに、メイアは上半身をバネに横へと体を回転させ、剣を横なぎに振るう。
 遠心力と回転させたスピードの上乗せで、銀の剣の重さおよび攻撃力は一気に跳ね上がる。
 だがその行動を読んでいたのか、フェイトはすかさずメイアへと――近づいた。
 その行動は正しい。大降りな剣ほど射程は長いが、同時に自分の周囲の攻撃は疎かになる。メイアのとった行
動は力任せの、戦技と呼ぶには難しい、ただの攻撃だった。
 つまり、回転し攻撃が来るたったそれだけの僅かな間。
 その間を攻撃に転換しようと、そこに勝機はあると踏んだフェイトは勇気を持ってメイアの懐へと飛び込んだ
のだ。
 メイアはそのフェイトの行動に驚きはするも、今更動いた体を急停止することは不可能に近い。
 そう、不可能に近いだけなのだ。

「ヴォラーレ!」

 メイアの持つ銀の翼が煌くと同時に余剰魔力が翼から零れるような――否、吐き出すように噴出した。
 瞬間、メイアは飛び込んできたフェイトから遠ざかるように移動しながら回転をしていた。
 剣の射程に無理やりフェイトを押し入れるような感覚で、メイアは自分の攻撃を隙にせずきっちり攻撃に転化
させたのだった。
 フェイトはその事に対して驚きはしなかった。むしろやっぱりか、と感嘆さえ覚えてしまうほどに感じていた。
 だからこそフェイトはメイアが遠ざかった事に対応を遅れる事なく、防御した。

「思い通りってのはわたしだけが感じるものなの。貴方はその組みあがるパズルを壊そうと必死になっているけ
ど、無駄よ」
「無駄かどうかはやってみなければ分かりません」

 お互い引けを取らない戦い。
 守る為の戦い。
 それは互いに自分を守る戦いでもあった。



*





「っつー……、思いっきりバルディッシュで殴ったなフェイト……」

 頭が痛いのかしきりに海中でも関わらず頭を撫でる恭司。
 先ほどまで刺さっていたダガーは無く、そこから出血はするも致命傷とまではいかなかった。やはり最後の1
撃はメイア自身が、と思っていたのだろう。
 ダガーはフェイク、本命は己の持つ武器だったと恭司とフェイトは予測し一瞬でこの状況を作り出した。

「――――」

 恭司が考えることは1つ。
 メイアのあの防御を崩す決定打とは何か、という事だ。
 もしメイアの隙をうまくつけたとしても、その先にある鉄壁の防御がある限りその隙は攻撃側の隙になる。
 その瞬間をメイアは逃さず攻撃に転化させ、相手を追い詰める。
 そう考えながら彼は水しぶきをあげて海の中へと落ちる。

「だからこそあの防御を……」
<……>
(フェイト、アレ使おう)

 未だ上空で戦っているであろうフェイトに恭司は念話で声をかける。

(ダメだよ恭司……、今の魔力じゃお互いに厳しいし。それにアレはまだ成功すら――)
(でもここで使わないで、勝てるってフェイトは思うのか? だから……、頼む)
(……)
(最初はアレだって宴会芸のつもりだったんだけどな。まさかこんな場面で有効的に使おうとなんて思ってなか
ったかな)
(分かったよ……)

 戦っているフェイトに対して、念話で何かを試みようとする恭司。
 そしてルージュセーヴィングは何も語らない。
 彼を信じ、そしてかつてのマスターを思う。
 ここでやるべき事なのだろう。そうルージュセーヴィングは自らの演算機能を使い最善と思われるアドバイス
をする事にした。

<音声記録を再生します>

 突如語るルージュセーヴィングに驚く恭司。
 そして次にきた声にもう一度恭司は驚いた。

『貴方がコレを聞いているという事は、この子を持って戦っているという事。そして――今貴方が持っているこ
の子は今、クロスブレイカーモードという事なのよね』

 それは何度聞いても恭司にとって間違いようが無い、志麻美咲の声だった。

『今こうやってこの子をメンテナンスして、改造した。本当はこの声を聞いて欲しくないけれど、貴方は今聞い
ているのよね、恭司』
「……うん」

 会話が出来なくても頷く恭司。

『そしてこの音声が流れる要因の1つとして、今貴方が困っているという事。壁にぶつかっているという事なの
ね。だけど貴方は勘違いをしている』
「勘違い……?」
『壁が前に立ちふさがろうとも、それを突破し自らの道を自らの手で貫く事』

 海中にいることを思い出し、四肢を投げ出し目を瞑り、流されるがままに美咲の声を聞く。

『私が教えた生きるという事、きっと反論したかったでしょう。だけどそれが現実でもあることを思い出して―
―そしてそれに逆らいなさい。私が辿った道は酷く険しい道だった。それでも自分を最後まで信じて、やってき
たわ。それが今の貴方に繋がっている』
「……」
『全て貫きなさい。自分が信じてやまない事を疑わずに信じきって戦いなさい。それが貴方の力になるわ』

 恭司が意思を力とした。それを美咲は言葉でもって教える。

『そして答えはここにあるわ。ヒントは……、貴方が最も得意とするのは、何? 以上よ』

 ここで音声は途切れた。
 未だに目を瞑り、何も思わずひたすらに聞いていた恭司は体に力を戻さないまま海上へと浮き上がり。
 そして目を開けた。

「得意」

 その目には諦めない意思が感じ取れる。

「そう、得意な事」

 投げ出していた四肢に力が戻り姿勢を正す。

「ルージュありがとう」

 拳を握り、脚に力が戻った。

「突破するっ!」

 精神を集中するかのように深呼吸。

「クロスブレイク――セット!」

 腕と脚、それぞれ光が宿る。その力は意思と魔法とそして、守りたいと思う気持ち。

「もっと……っ! もっともっともっともっともっともっともっとだッ!」

 光は徐々に強くなる、際限なく白く光り輝く!

「行くぞ! ブレイクゥゥショットォッ!」

 腕を十字に切り、恭司の持つ唯一の射撃魔法を放つ瞬間――恭司は消えた。



*





「ならば貴方が体現しなさい、無駄だと!」

 メイアは剣を相変わらずブロードソードの大きさのまま振り回す。
 剣術というものは無く、ただ対象を斬りつけるという意思の元、メイアは剣を振るう。
 だがフェイトはそのメイアの行動を相手にせず、ぶつぶつと呪文を唱えるかのように何かを呟いていた。

「このっ馬鹿にし――ッ!!」

 フェイトの様子に怒りを覚えたメイアは一気に飛び掛ろうとした。
 が、異変に気付いたのはその時だった。
 視界も既に暗く、潮風も大分厳しいので月も雲にかかってしまっていたのに何故か明るかったのだ。
 何を、とメイアがふと視線を落とした瞬間。
 まるで半月の弧を描いたかのように白く輝いた刃が十字に交差され、今にもメイアに当たろうとしていた。

「アイツか!」

 その光の正体を掴むも、メイアは翼を総動員して前へと展開する。
 その行動自体、防御姿勢をとった本人が一番驚いていた。だがその行動を取ったメイアの感覚が全てを物語っ
ていた。あの光が怖い、と。そして瞬間メイアに襲い掛かる衝撃。
 十字に光るあの白い刃と同時に翼へと叩き込まれる恭司の二連打の脚撃。彼の生み出す技は彼の中でも、いや
現状ここにいる誰よりも速く鋭く貫く攻撃。
 速く! 早く! 迅く!

「ウィズクロス――」

 恭司の声だ。
 メイアがそう思った瞬間には何故か視界が晴れていた。
 翼で前面を覆っていた筈なのに、と。

「――ノクターン!」

 メイアが自分の防御魔法が破られたと意識した時に、彼女の目の前には恭司がいた。
 恭司の四重奏はメイアの四重奏を打ち消したのだ。
 真剣な瞳を大きく見開きながら、自分の自信と共にやってきた恭司の姿がメイアの視界一杯に広がる。
 自らが絶対と信じて疑わなかった攻撃を彼らは防ぎ、そして自らが絶対と信じて疑わなかった防御を彼は崩し
た。そんな事実をメイアは認識した。恭司とフェイト、彼らは強いと。
 そしてメイアは気付いた。何か忘れていないか、と。
 月が隠れていたのは雲のせいだった。
 雷音が周囲に轟く。
 暗闇に隠れていた雲が集まり、この場に誰しもが気付けば海は波と波が衝突し白い飛沫を上げ、雲からは水滴
が一気に叩き落ちるように雨が降りしきる。
 その真ん中で光り輝くミッドチルダ式の魔法陣。
 それは金色をしたフェイトの魔法陣だ。
 恭司の手には先ほどまで自分に刺さっていた銀のダガーを作り出していたあの柄があった。
 既にその柄は3つとも接続され、長い物となり、その柄を高々と掲げる。

「な、何してるのよ。今の状況でそんな事したら――」
「俺ごと貫け、フェイト!」
「サンダーレイジ!」

 メイアが言い切る前に、メイアが恐れていた事が起こった。
 雲から伸びる黄金にも似た色をした雷が、轟音と共に恭司の持っていた柄を通して彼を貫き。そしてフェイト
の魔法がさらに恭司に直撃した。
 知らない人から見ればそれは命を落とす事だと思うだろう。
 だが恭司は死なない。
 何故なら彼は今まさに目を見開き、そして口を不敵に微笑ませているのだから。

「さあ、私達の攻撃!」
「耐えられるなら耐えてみせろ!」

 柄を放り投げ、恭司は右手に意識を集中させ、拳を握った。
 先ほどまで電撃が恭司の周りを覆っていたものが、全て右手へと収束する。

「放て轟雷!」

 フェイトが言い放つと電撃は威力を増すようにバチバチと激しく音を立て、視覚できるくらいにしっかりと電
流が流れていた。

「穿て風雷!」

 恭司が言い放つとそこから風のような魔力が嵐を呼ぶ。
 雷と風を纏う恭司の拳は、防御を崩され、意表を突かれ、何もかも隙だらけの状態のメイアに――

「「ソアハンマーッ!!」
「あ――――」

 ――直撃した。



*





 嫌な予感とともに私はすぐに家を飛び出した。ひとつのデバイスを持って。
 これでは空に羽ばたくことも、自由に飛び回る事も出来ない。
 だけど、誰かを守ることだけは出来る。
 ならば……、とそれだけで私にとっては十分過ぎた。
 海鳴の街にあった結界を見つける。
 ――間に合うか?
 そんな焦燥にも似た何かが私の心を縛り付ける。
 彼に対して、強い態度を取ってしまった。私が間違っていたのだろうか。
 私はあの子にとっていいと思っていた事をしてきたつもりだった。もしかしたらそれが逆に枷となっていたの
だろうか……、はたまた私の二の舞にしてしまうのか。
 それだけが嫌だった。私の後を追うなんて事だけはさせたくない。
 だけどあの出来事がきっかけで彼が変わってしまったことに変わりは無い。
 気づけば結界の入り口に私は立っていた。
 辺りの人たちは私を怪訝に見ている。何故なら私が見つめているのはただの公園。それを真剣な眼差しで見て
いれば気にもなるのだろう。
 だが、私はそんな周囲の目は気にはしない。急がねば私はまたあの思いを背負わなくてはいけない。
 ならばすることはただ1つ。


 ――結界の中に入った私を待っていたのは。



*





 気絶したメイアを抱えて恭司は公園へと辿りつく。
 恭司とフェイトの身体は健康と言い難く、むしろ満身創痍といった言葉が似合うであろう装いだった。
 息をつき、恭司はそっとメイアを近くのベンチへと寝かせる。今この場にいるフェイトと恭司の考えている事
は同じことだった。
 なのはは無事か。
 そう思った瞬間、恭司は自分の体が重くなっていることに気が付いた。

「え?」

 本当に突然の事だったのか、何が起こったのか分からず混乱する恭司。
 そして体が重くなった原因の彼女が喋りだした。

「勝って、兜の緒を締めよ……戦いの最中に隙を見せるのは……ダメ、よ」
「か、母さん!?」

 彼女、志麻美咲は恭司の体を支えに立っていた。
 この場いたフェイトと恭司は訳が分からなくなっていた。
 何故ここに美咲が、そして恭司にもたれかかっているのだろうか、と。

「急いで、アースラに彼女を収容、なさい。はぁっ――相手は1人じゃないの、もっといるは――あぐっ!」

 恭司が次に感じたのは、美咲が自分の体をまた押したという事だった。
 何が起こったのか、フェイトは理解した。理解した上で、彼女はバルディッシュを握りしめ、恭司の背中を
守っている・・・・・美咲を助ける為に動いた。
 フェイトはバルディッシュの持たない手で前面にラウンドシールドを張り、声を張り上げた。

「アースラ、聞こえますかアースラ! 急いでください、このままじゃ!」

 キュンッと甲高い音がして、ラウンドシールドにぶつかる何か。
 その何かが、美咲を攻撃したのだった。恭司が美咲に対して正面を向く。
 そこには微笑んでいた口から血を垂らし、目が虚ろなのに、恭司を見守るように見ていた美咲の顔が映った。

「冗談、だよね母さん。その血も違うよね、演技なんだよね……だ、騙されないよ?」

 必死に否定する恭司に突きつけられる現実。
 恭司が美咲を抱えると、そのわき腹を触ったとき、服には大量の血が附着していたのが見えた。

「馬鹿ね本当に……はぁっ、やっぱりあの子がここに来たという事はそういう事なのね……。
 恭司よく聞きなさい! この世界にユグドラシルの棺の門を開ける『根』があるはずよ。きっと、誰かが、こ
の世界に持ち込んだ。探しなさい、あの人より速く!」
「嫌だよ、死ぬなんて嫌だよ!」
「聞きなさいって……っ、言ったのにこれだもの……まったく、そう簡単に死ぬ、もんですか。貴方が、立派に
なるまでは死ねない――」
「そうだよ! 死んじゃいやだ!!」

 恭司をなだめようと言葉を口にするが、もう殆ど喋れていない。美咲は右手を恭司の頭にのせる。

「強く、なれたのね。自分の気持ちを本当に出せるように、なれたのね。良かっ、た……」

 のせた所で美咲の意識は途絶え、恭司の頭にのせていた手がだらり、と力なく崩れ落ちる。

「母さん……? 母さん、ねえ母さん!」

 呼びかける。
 何度も何度も何度も。
 自分を幾度と無く励ましてくれた人を。
 自分を数え切れないほど助けてくれた人を。
 恭司の目から涙が溢れる様に零れ落ちる。

「あ、うあ……嗚呼ああああぁぁああああああぁあああ!」

 雲から落ちる雫は涙のよう。
 空高く届くその慟哭は誰が聞き届けるのだろうか。
 それは誰も知りえなかった。

























【あとがき】
 こんにちは、こんばんは、おはようございます。きりや.です。
 色々思うこともありまして、なるべくはこちらに時間を割けるようにしたいと思います。
 もし続きを待っているという奇特な方がいらっしゃいましたら、長い目で見ていただけると助かります。

 また最後となりましたが、読者の皆様とこのSSの展示をしてくださったリョウさんに感謝を。
 では次にお会いできる機会を楽しみにしています。












作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。