志麻恭司、彼が語ったのは以上である。
 おおよそ誰しもが思ったような普通の出会いでは無く、かといって悲劇の出会いかといえばそうでも無い。た
だ彼と彼女は必然的に出会い、偶然的に約束を交わした。たったそれだけである。
 そこにドラマ性を見出す必要も無いし、それを本人達は良しとは思っていないだろう。
 だけどそれは当人達が否定するだけであって、他の人から見てしまえばそれは普通の出会いとは違うという時
点で特別だと感じてしまう。
 ならばあの出会いはなんだったのだろう。
 彼が進んだ一歩。
 彼女が見つけた大切な物。
 互いに掴んだものは違うといえど、先に辿り着くのは同じかもしれない。それらは幼少期に掴み取れるような
物ではない、だがそれは確実に彼らを1つ前へ進む事に等しい事であった。
 きっと出会いとはきっかけであるというのはまさにこの事なのだろう。
 志麻恭司と高町なのはは出会うべくして出会ったのかもしれない……。
 それこそ神のみぞ知る、という事なのだろう。




















魔法少女リリカルなのは 救うもの救われるもの


第十四話「蠢く野心と見つけた心」

















 ――――巡航L級8番艦アースラ 4月23日 PM 5:40



「どうだった?」
「駄目。補足しきれない上にロストロギアの影響かな、映像も乱れて全然情報が得られない」
「そうか、だが彼女達がしてくれた事は無駄足では無い事を証明してくれる物もあるし、問題はない」

 クロノが右手に持った紙媒体の資料を掲げると、エイミィはその資料を見て顔を歪める。

「それなのはちゃん達が遺跡で持ってきたっていう」
「ああ、おまけに例のプロジェクトに関しての資料付きさ。
 あの計画の残滓はここまで残っている。フェイトにとって永遠に付き纏う重りの様な物だよ。この資料を持っ
ていた奴にとって悪意を持ってなんらかの実験をしたのか、そこだけが懸念の材料さ」
「他の事は書いてなかったの?」
「……これを見てくれ、紙媒体だった資料をまとめた物だ」

 クロノは1枚のディスクを取り出すとそのまま端末へと入れ、データを読み込ませる。
 浮かび上がる空間ディスプレイと共に表れたのは。

「これ、今私達が追ってるロストロギアの――」
「ああこれが連中の目的の物なら厄介な事だよ。あれをどうにかするなんておこがましい。むしろあれは破壊す
るか、誰の手にも渡らぬように虚数空間に破棄してしまったほうがまだマシだ」

 何かを思い出すように吐き出すクロノ。
 そんなクロノを見たエイミィもまた苦渋に満ちた顔になる。

「でも上の人は……」
「そう、欲しがっているこんな物をだ。最初から何故今になってこいつを……、と思っていたが、これで少しは
繋がった。恐らく……、そうだなキュリタルに現れた者を仮想敵とすると、敵の情報のいくつかが本局ではなく
時空管理局全体の上層部に渡ったんだろう。そこにロストロギアを狙っている信憑性のある仮想敵が現れる」
「当然このロストロギアは今も存在していると確定する……?」

 ああ、と肯定的な返事をするクロノ。
 さらに端末を操作して更なる情報の書いてあるディスプレイを増やす。
 そこには――

「『救世計画』?」



 ――救世計画

 現在の魔法体系、及び時空管理局の横暴な捜査また過去遺産物の独占。
 これらを考慮した上でその基本概念を根底から覆す。
 以下「基礎救世計画書」同文――

 ――計画における現段階ではフェイズ4に値する(※各フェイズに関しては別資料を参考の元)
 フェイズ4も既に佳境である。
 次回のフェイズ5においては不安定な要素を含む過程になる故厳重注意が必要である。だがあの邪魔だったリ
ベランス王家も既に滅んだ。ならばあとは為すべき事をするだけだ。
 そろそろ私の体も完成に入る、その前になんとしてでも件を終わらせねばならない。
 あともう少しで彼と彼女の顔がどう歪むだろうかと考えてしまう、実現するのが楽しみで仕方が無い。



「まるで歪んだ研究者が作るような計画書と手記だ。時空管理局の横暴な捜査とロストロギアの独占、そんなも
の誰かがやらなければ悪用する輩が増殖し、全時空間での大規模なテロやロストロギアを悪用する者が増える一
方だ。抑止しなければどうなる……。
 そんな事誰がさせるか――!」

 クロノ、彼の両手は握りこぶしを作っているがそれ以上に手から血が流れそうな程圧力が加わっていた。
 この計画が本当に決行されているのか断定は出来ないし、かと言って楽観視も出来ない。もしこの計画自体が
フェイクならば、他に目的があるはずである。だがそれらを考慮した上でこの計画が本当の物だった時、その後
に待っている物は混沌だ。
 抑止力が働かなければ人はどれだけでも欲望に忠実になる。
 その時の事を考えるだけでもクロノはどうにかなりそうだった。

「もしこの計画が実行されているというのなら、例のプロジェクトもそして僕達が探しているロストロギアも恐
らくこの計画に必要なピースなのだろう。後手に回るのはいつもの事だ、だとすればそこから覆す要因を作れば
いい。ピースの1つでも欠ければパズルは完成しないのだから」
「だからこその時空管理局だもんね。頼りにしてるよ艦長」
「あ……ああ」

 笑顔で答えるエイミィに対してそっぽを向いて少し照れながら返すクロノ。今になってこの部屋に2人きりと
いう事に気付いたのはクロノのほうが先だった。
 だがそれでもクロノは動揺はしない。それ以上に目の前にあるディスプレイの文字が気になっているからだ。
 現状計画書とは言えども殆どが手記であることに違いは無い。そこで分かる重要な物がプロジェクトF.A.T.E
とアースラに下った捜索命令対象のロストロギアの情報。
 仮にどちらかを手に入れたとしても、それをどう使うのかそしてどういう行動で実行に移すのか、まったくも
って把握できていない。
 後手に回るのはいつもの事。
 この言葉が示すとおり、時空管理局の殆どが事件が起こってから初めて捜査をするのが専らである。たしかに
事前に把握しきれているものであるのなら、事件になる前に捜査し、抑制すればいい。だが今回の件は後述した
通り事件になる前の捜査に位置するものだとクロノは思っていたが、この時になって初めて時空管理局が既に後
手に回っているのを示唆している事に気付いた。
 事前把握に関しては確かに計画書にあるように強引な手を使って捜査する場合もあるが、そんなもの大海に沈
む貝殻1つ分くらいの事である。
 だからこそ、迅速な行動と判断力が求められる前線において執務官はかような能力を求められるのだ。
 その狭き門をくぐり今や単独時空航行が可能な艦の艦長を務めるクロノ・ハラオウン。彼はどのように動くの
か、そしてこの計画を見てどう出るのか。

「ところで……」

 眉間に皺が寄っているクロノの顔を見ながら、おおマジだよ真剣と書いてマジって読むくらいの顔だよ、等と
不謹慎にも思いながらエイミィは彼に尋ねる。

「恭司君の事はどうするの? 一応アースラの民間協力者という事で船に乗れる権利も一応あるし、この捜査命
令に関しても彼自身が動いていいんだよね?」

 本来なら事件に関わった人間に対して現地等で捜査協力を求める。その求めた人に対して時空管理局は民間協
力者という形で協力してもらう。
 だが恭司の場合はほぼ特例に近い状態で民間協力者扱いである。
 そこは本来ありえない人事をレティが動かしたからであり、その協力とレティに促したのがクロノの母リンデ
ィなのだ。
 実際の所、本当に何ら関わりの無いのならクロノは恭司には大人しくしてもらうつもりだったのだが――

「その通りだ。それにこの件に関しては少なからず志麻は関わりがあるだろう。だからといって今朝の様子では、
何も出来ないし、何も頼むことはない」

 動かそうにも、そう簡単には動かすわけにはいかない。そんな葛藤がクロノの中にある。
 クロノにとって恭司とは歳の近い友人だと彼は思っている。だからこそ彼の処遇について慎重にもなるし、本
来ならば民間協力者という位置づけも彼にとっては不満でもあった。事実、民間協力者扱いと実の母から聞かさ
れたときは反対した。
 だが、それ以上に恭司の迷った心を垣間見たクロノは、あくまで恭司の選択肢として今の位置を嫌々ながらも
承知し、自分を納得させたのだった。
 そんな考えをしていた等、他の誰かに聞かれればクロノは全否定を貫くが、それでも恭司の事を心配してしま
うクロノの姿はまるで兄のようだった。
 今朝の恭司を見た時、クロノは落胆した。だがそれは彼の等身大を見つめたわけではなく、クロノ自身が勝手
に偶像化した恭司と今朝の恭司を重ねて見たからである。その事を自分で分かっているからこそクロノは余計に
もどかしいと思っていた。

「…………?」

 クロノがそんな思いを抱きながらぼんやりと目の前にあるディスプレイを眺めていると、通信が入ってきた。
 発信先は――

「地球、海鳴市」

 たしか母は休暇だったなとクロノは思い出し、恐らくそこからだろうと推測していたのだがそれは間違いであ
った。データが音声のみでの通信でその声はクロノの母とはかけ離れた声だったからである。
 エイミィはクロノが音声で通信を聞いているのをただ見ていた。声は彼女に届かなかったので誰かは分からな
かったが、クロノの表情だけで誰か分かる。
 そこには仕事中あまりみない笑顔と少し心配している様子が見られるクロノがいたからだった。





 ――――海鳴市 月村邸 4月23日 PM 5:00



「――まあ当時の事を思い出しながらだし、記憶も結構曖昧になってたな。とりあえずなのはと出会ってからア
リサやすずかに会うまでの話はこのくらいだろう。後は2人とも一緒だったしな。
 うぅん、今思うと長い付き合いだよな」

 恭司の話す過去に少し驚きながらも、最後まで聞き続けた女の子達すずかとアリサ。彼女達の思いを一身に受
けた恭司の独白は終わる。思いの丈を話した彼の顔に後悔の文字は無かった。
 恭司は始めこそ事故の事であまりいい顔をしなかったが、それ以降は笑顔で話していた。それは昔の事を思い
出として語るほどに昇華していたからだ。
 母親の事故、そこにまつわる人達。
 そんな中に高町家があった。たったそれだけで今日この日に至るまで恭司の心に強く印象付ける物となってい
る。それは今後も変わらないだろう。
 そのように笑顔で話されては何も言えることが無いと思ったのかほっと一息をつくアリサとすずか。
 だが恭司の心は未だなのはとの約束に繋がっている。
 恐らくこれは、互いが存在し続ける限り永遠に続く想いの紐なのだろう。しかしそれはそれ、これはこれ。す
ずかはやってしまおうと、後戻りすることが出来なくともそれくらいの覚悟は出来ていると、そんな決心をした
かのように思い切りのよさそうな笑顔でいた。
 アリサはそんなすずかの様子を見ただけですずかの考えている事の大体を把握してしまう。長い付き合いだけ
じゃない、彼女の観察眼はそれほどまでにずば抜けているからである。なれば同じ思いを抱くのは親友故なのだ
ろうか、彼女もまたすずかと同じ様な表情をしていた。
 お互いの決心はついた、あとは彼に委ねるだけと彼女達は1つになる。
 恭司は2人が何も言わないことに少しだけ、どうしたのだろうと心配してしまう。くだらない過去話だっただ
ろうか、それとも嫌な思いをさせてしまっただろうか。そんな後ろ向きな事を考えていたのか、少しの間顔を曇
らせ、目が泳いでいた。

「アリサちゃんも同じ考え?」
「すずかが決めたのなら、あたしも決めないといけないしね」
(急に話し出したと思ったら……一体何の事?)

 恭司は2人が決心した事に気付かない。それどころか、今日の夜はどんな訓練をしようかと悩んでいるくらい
だ。まったくもって彼女達が不憫に思えて仕方が無い。
 そんな様子を尻目にアリサとすずかはお互いの目で語り合う。
 恭司が夕日の茜色が綺麗な空を仰いでいると途端にすずか、アリサの両名が急に紅茶を同時に煽り一気に飲み
干す。その2人の様子に驚いた恭司は呆然とするしか出来なかった。
 カップを置いた2人は恭司を睨むかのように見つめ、口を開いた。

「私とも約束して下さい」
「あたしとも約束しなさい」
「……………………」

 一拍置いて動き出す恭司。

「……えぇっと、ワンスアゲイン?」

 慣れぬ英語を使う恭司は明らかに動揺し、同時に心拍数および脈拍、さらには動悸息切れすら起こっている。
 ――彼に今必要なのは求○だろう、いや119か?
 そして恭司に返ってくる先程と寸分違わぬ言葉。まあもう一度と言っているのだから返ってくるのは同じ答え
だろう。なので良い加減に理解しろ志麻恭司。

「わ、分かったから顔近づけないで欲しい……その、なんだ恥ずかしいじゃないか」
「阿呆か!」

 甲高い音と共にやってきたのは、恭司が首を曲げるのだった。
 またしてもアリサにツッコミをいれられる恭司だったが、彼の顔は真剣そのものだったのでアリサは拍子抜け
してしまう。

 ――いきなりマジな顔にな、ならないでよ。

 まあ、ある意味告白ととれても仕方の無いような内容なのでアリサもすずかも心の内は穏やかでは無い。そん
な時にボケる恭司も悪いのだが、そんな空気でも無いと少しでも読んだのだろうかとアリサは恭司の内心を想像
する。
 恭司にとってこの答えはいつかくるかもしれない、なのはとの約束について話せばきっとこの2人もなのはと
同じようにと思うかもしれないと、心のどこかで予想していた。だが恭司にとって今までの付き合いだったらそ
の答えを跳ね除けようと思っていたのだが、今この時では先程のやりとりも含めしてもいいかなと思っていた。
 この約束はただの口約束だが、本来なら何も約束しなくても恭司はこの2人を助ける。いやそれどころか彼は
今知り合っている人を全員助けてあげたいと願っている程だ。
 無理な話である。
 それでも恭司の行動原理は全てそこに回帰しており、それがなければ今の恭司たる存在構築の殆どを奪い去る
に等しい。それに彼自身分かっていた、そんな事は矛盾しているとも。

『人ってのは助けたり救ったりするのにキャパシティってのがあるものよ。それを超えることはまずない。その
限界を超えようとして生きていい事があった人なんて誰もいないわ』

 彼の母親が放った言葉、恭司はこの言葉を聞いたときの母親の顔がとても印象に残っていた。何故なら彼が見
た彼女の顔、そこには後悔しかなかったからである。
 だが恭司はその言葉には、どうしても「それでも――」と母親の言葉で付け加えて欲しかった。
 それでも、貴方のしたいようにしなさいと言って欲しかったのだ。
 だから、恭司は母親の言葉を否定するためにも自分がやらなくてはと再度決意を固めたのだろう。
 そんな時に、すずかとアリサに約束をして欲しいと言われた。

(なら、俺は俺のやりたいようにするだけだっ!)

 迷いは無い、彼の心は晴れ渡った大空のように青く澄み切り遠くを見渡せるほど美しく、そして力強さを感じ
る物となっていた。

「本当にそれでいいのか?」

 再度恭司は彼女達の意思を確認する。
 なんて事のない約束。
 そう言われてしまえば終結してしまう物でも、ここにいる彼と彼女達にとってそれは周りにとって小さくても
本人達には大きな意味を持った約束である。
 恭司が問うた後のすずかとアリサの顔は恭司の心に負けないくらいのとてもいい笑顔だった。
 もう互いに言葉を交わす必要は無い。
 今日この日を持って志麻恭司は月村すずか、アリサ・バニングス両名と約束を交わしあった。未来永劫、不変
で在り続けたい約束を――。





 ――――海鳴市 通学路 4月23日 PM 5:50



 恭司が月村邸を出る際ノエルの方から送りましょうかと打診されるも、彼は断り歩いて帰りますと答えた。ノ
エルも彼に何かあるのだろうと察し、お気をつけてと一言残してから彼女は月村邸へと帰っていった。
 家を出てから大分時間が経っていたが、つい先刻から恭司は感じ取っていた。

 ――こっちに来いって事か。

 海鳴市で誰かに問うても必ず分かる場所、何処にいても分かる方角。
 そう恭司を呼んでいるモノは海の方角からだった。

「独断で動けばきっと怒鳴られるだろうなぁ……。かと言って動かなければ現状を変えることは出来ないだろう
し、困った――って俺が言う玉か? あいつに連絡とりゃ、なんとかしてくれると思う」

 恭司は制服のポケットから携帯を取り出し、特別な場所へと繋げる。

「何処にいるか知らないが、まあ繋がるって言ってたしな。多分アースラにいるだろうクロノんとこっと……」

 恭司の携帯には魔法陣が浮かび上がるもそこにはクロノ・ハラオウンという文字しか写っていなかった。恭司
がそのまま携帯を耳につけて数秒すると呼び出し音の途切れる音がして、クリアな音声が飛んできた。

『こちらクロノ・ハラオウン』
「相変わらず堅っ苦しいお返事ですね、クロノさん」

 いつもこのように出ているクロノの揚げ足を取るかのようにからかいながら、自分であることを教える恭司。
 そして相変わらずな様子の恭司に少しだけ心を撫で下ろしながら、いつもの言い回しをする恭司に対して電話
越しで分かるほどに苦笑しつつも答えるクロノ。

『君か……、それで何の用だい?』
「クロノ、俺に用事が無ければお前に話しかけないとでも思ったのか?」
『ああ』
「うーわ、即答ッスよこの人。まあおおまかに言えば正解なんだがな……さて、クロノ本題だがちょいと厄介な
事になりそうなんだよね」

 電話を耳につけながらも真剣な顔付きになる恭司。その様子はアースラの動向を探るかのような鷹のような目
をしていた。
 クロノは恭司から連絡が来た時点である程度は予想していた、こちらの事件に介入するのだろうと。

「大体君らがしようとしていた事は薄々ながら気付いていた。基本はロストロギアの回収が主だって言ってた
からな、多分今回のもそうなんだろう。そして特例で民間協力者となった俺にはなるべく触ってもらいたくない
物件なんだな?」

 洞察力とある程度の調べで大体分かる事だけを口に並べた恭司は、自分の言っている事が恐らく的外れではな
いと核心めいたものを感じ取っていた。

『そうだ。しかし、大体あっているが違う箇所もある』

 いい考察力だとクロノは恭司に対して感嘆を覚えるかのように話す。もう隠す必要は無い、恭司が関わるなら
情報は開示しなければならないだろうと、諦め半分にクロノは恭司に真実を話す。

「ん……? 何処が?」
『最後の志麻が関わらないという点だ。この件に関しては君も動いて貰って構わない、いや多分事情を話せば君
は黙っていられないだろう』

 どういう事だ……、とつい呟いてしまう恭司。
 恭司は自分がどうやってアースラスタッフの一員になれたかを思い出す。それはあの本局で出会ったレティの
計らいでほぼ特例での参加だった筈、本来ならばアースラや本局の設備を一部使用しても構わない程度のレベル
だ、と恭司は冷静に推測する。
 だがそれでも今回の件に関して動いてもらっても構わないと言う。いや黙っていられない事だとも言っていた。
そこで何かを思い出したのか、クロノについ聞いてしまう。それが正解だと自分でも確信しているのに他人の口
から聞きたかったのだ。

「つまり、今回追っているロストロギア……、それってまさか俺の生まれた世界を滅ぼしたっていう――」

 ごくりと恭司の喉が鳴る。
 そうであって欲しくない、だがそうであって欲しいと願う……。矛盾した思考が複雑に絡み合い、恭司の表情
が消える。
 恭司の問いに殆ど間を空けずに事実と、そして真実が返ってくる。

『そうだ。君が生まれ、そしてその君が生まれた世界で管理されていたロストロギア。

 ――世界樹の墓、通称<ユグドラシルの柩>

 これが君の世界を滅ぼしたロストロギアの名前だ』

 クロノが放つ言葉に無意識で反応する恭司。
 例え記憶の無い世界、関わりがあったのかも知らない世界。だが自分の生まれたところの……世界。真実を知
ろうとしなかった、母親にきつく言われた事が根にあったのでどうしても調べようとしなかった事。それが今、
1つの手がかりと共に恭司の前へと現れた。
 ユグドラシルの柩。
 謎だった。恭司は今までどうしてここ海鳴で生活していたのか記憶が無かった。母親に聞いてもはぐらかすだ
けで結局何も分からないままだった。
 それは恭司が3歳までの記憶を失っているという事に意味があった。だがそれを彼は不憫に思ったことは無い。
そもそもに3歳までの記憶なんてそうそう思い出せる物でもないのだから。
 しかし突如現れる……、恭司の失った記憶を呼び起こす何かが。そうして始めは平常でいようといたのだが、
それでも反応してしまう恭司。
 目を瞑り眉間に皺を寄せクロノの言葉を飲み込み、少し経ってからだったが彼は冷静になっていた。

「……そう、だったか。道理でお前が慎重になるわけだよ。まあその件については今は置いておこう、それより
現状ではこっちのほうが恐らく重要だと思うからな」
『一体どうしたんだ?』
「海鳴の海上上空でちょっと前に一度感じ取った魔力を感じたんだ。恐らくこいつは俺を呼んでる。だから俺に
いかせてくれないか? 本当は俺が出る幕ではないって事くらいさすがの俺でも分かる、それでも――」

 恭司は右手に汗をかいていた。
 それを誰もいないのに、隠そうとズボンで手を拭った。
 恭司が言葉を切ってからやがてやってくる返答。それは恭司にとって予想外でもあった。

『無理するな――と言っても無駄なんだろうね』

 反対されると思っていたのだろう。恭司の顔が少しだけ驚きの表情を見せるが、そのすぐ後笑顔に変わってい
た。

「ありがとう、クロノ。だけど今回はさすがにヤバいかもしれない、なんで早めに援軍を頼む」
『いつもの志麻らしからぬ発言だな、どういう事だ……?』
「ああ、こいつは俺の手に負えるほどのモノじゃない、もしかしたらなのは……、いやクロノ、君を超えるくらい
の実力かもしれない」

 そう恭司が言い放つと、電話越しに息を呑む音がした。
 恐らくエイミィが近くにでもいて、解析してくれたのだろう。

『――な!? 魔力反応S……、こんなの手に負えるとかそういうレベルじゃないぞ志麻!』
「いやそいつもうちょっと上の筈だ。それを抑えてそのレベルだぜ。ああ、まったくもって奇特な奴に好かれた
もんだよ……、という訳でなのはとフェイト出撃できるなら、頼む」

 恭司の言葉からなのはとフェイトを出して欲しいと言う位だ。クロノはその事の重大さを再認識する。
 今まで恭司のなのはに対しての保護というのは物理的な物も勿論だし精神的な物も多かった、だがその恭司
が 危険を犯してまでなのはを出して欲しいと言うくらいだ。
 恐らく恭司にとってこれは決死なものなのだろうと、そうクロノは判断する。

『……早まるなよ』
「まあ死ぬ訳にはいかないからな――今日約束した2人の為にも」

 今このクロノの選択は間違っていたのかも知れない。
 恭司を止め、なのはやフェイト、さらにはアースラ武装局員総出でなんとかするべきだったのかもしれない。
だがそれをしなかったのは、恭司の決意を踏みにじりたく無かったという、本当に周りの人からしてみればくだ
らない理由だった。だけどそんな理由だからこそ、クロノは恭司を行かせた。彼を信じ、彼が前に進めるように
と願いつつ。
 今までのクロノなら必ず止めていただろう。勝算の無い博打をするのは管理局員としてありえない行動だ。彼
らは常に最善の最善を行おうとする。それは事件が大きくなるのを防ぐ為でもあった。
 だが、クロノは恭司を行かせた。
 そこに勝算があると信じたのかは分からない。だけど確実になのは達の影響を受けているのは分かる。
 そして恭司はそんなクロノの思いを受け取り海の方角を注視する。
 恭司には分かっていた。恐らく恭司が初めに1人で出なければ相手は海鳴を躊躇無く壊すと言う事を。

 ――そんな事させてたまるかよ――っ!

 志麻恭司、彼は往く。
 守るべき人達を守るためにも。



*




「よかったのかな、行かせて」

 先ほどまで否定的な発言をしていた人間が急に心変わりするはずが無いと。そう思っていたのかエイミィは疑
問を素直にクロノへとぶつけた。彼は恭司が今朝と変わりが無いようなら頼むことは1つも無いという事を言っ
ていた。だが今さっきの行動はどうなのだろう?
 死の危険すらあるかもしれないという境地すら物ともせずに、恭司をその場へと送り出したクロノの行動の先
にあるものは一体なんだろうか?
 そんな疑問がぐるぐると巡るも、答えの出せなかったのかエイミィはクロノへと問うたのだった。

「もし今朝の様子そのままだったら恐らく志麻は僕に連絡も無しに飛び込んでたさ。それくらいあの時の彼に余
裕は無かった。だが……」
「だが?」

 もったいぶって言うクロノの言葉を心待ちにするエイミィ。

「連絡も寄越したし……、何より自分の成すべき事、そして自分が今出来る事、それらを全て理解した上で僕に
頼んだんだ。なら僕のすることは彼を信じるという事だけだろう。それが僕の彼に対する最大限の成すべき事だ
と自分で思っている」
「ふうん」
「別に志麻に対して甘い訳じゃない……。だ、断じて」

 エイミィの勘ぐった顔から逃れるかのように、ぷいっと擬音がつくかのようにそっぽ向いて話すクロノ。
 クロノは恭司を信頼していた。それを隠そうとしている辺りまだ吹っ切れてはいないようだが、それでもエイ
ミィには分かっていた。

(本当にお兄ちゃんしてるなあ)

 見守るべき時と手助けするべき時、クロノはその分別を理解している。それは彼が今ここに立っているのがま
さに答えなのだから。
 まだ幼い時期より魔法の勉強と実地訓練や実戦訓練。そんな辛くとも今に繋がる行動を起こしたからこそクロ
ノの今がある。その過去は誰にも否定できないし、ましてや自分で否定する事なんて持っての他だ。だからこそ
クロノの言葉には重みがあった。
 昔の自分を写し重ねるかの様にクロノは恭司を見ていたのかもしれない。
 それはもしかしたらエイミィに見透かされているかもしれないと思ったから咄嗟に否定的な言葉を並べた。と
は言ってもエイミィにとってはそれは逆効果だったのだが、それはまた別の話である。

「さて、頼んだのだから……、こちらも頼まれた事をしよう。2人には悪いがもう一度出てもらう。エイミィ、
なのはとフェイトを――」
「はいはぁい、今連絡してますよー」
「あ、ああ頼んだ」

 エイミィ・リミエッタ。伊達に何年もクロノ執務官補佐を勤めている訳ではなかった。

























【あとがき】
 こんにちは、こんばんは、おはようございます。きりや.です。
 起承転結で表すのが段々と困難になってきた救うもの救われるもの。
 こんな事を言ってしまえばアレなのですが、最初の構成ではこの辺りの話数で完結予定でした。
 ですが、書きたいことを書いていくと、あれやこれやとどんどん文章が長くなってしまって気付けば十四話で
す。
 ですが何故か初期構成から外れることなくなんとか進んでいます。
 一歩一歩順調に歩みを止める事無く書けたらいいなぁと思っています。

 また最後となりましたが、読者の皆様とこのSSの展示をしてくださったリョウさんに感謝を。
 では次にお会いできる機会を楽しみにしています。












作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。