――――4日目



 やくそくの日。
 やはり昨日と同じようになのはの事が気になりながらも、俺は何事も無く登校する……が。

「先生、お腹が痛いので保健室へ行ってもいいですか」
「ふう……、分かりました保健委員の人は一緒について行ってあげなさい」
「俺が行きましょう」

 立ち上がったのは先日俺を騙した悪友だった。
 文句の1つでも言ってやりたかったが、都合がいいので何も言わずに感謝だけする。

「ありがとう、悪友その1」
「それは感謝しているのか貶しているのかよく分からんぞ志麻坊。君も少し配慮というのを覚えた方がいいと思
うのだが、そこのところどうなのだろうか」
「いい加減そのあだ名をどうにかしてくれたら、素直に感謝してあげる」
「それはいかん、これはいわば俺のアイデンティティだ」

 アイデンティティなんて難しい言葉をよく知っているなと今になると思えてくる、とそれよりそんなものを生
きがいにされたら、されたこっちはたまったものじゃない。
 いい加減教室内にいるのもあれな上に、俺の様子を勘ぐってきた担任に牽制するためにも早めに保健室へ向か
うとする。
 廊下を歩いているといたるところに作られた教室の窓から訝しげな視線を感じるが、特に気にせず保健室へ行
こうとする、すると途中特別教室が連なっている場所で悪友がそれを止めようとする。窓が無いので人の視線を
気にすることが無くなったのだろう。

「おいおい、どこへ行こうというんだ親友その1よ」
「保健室に決まってるよ、悪友A」
「先ほどから俺の呼び方変わっているが、気にしないでおこうじゃないか。はは俺はなんて心が広い――
 って普通に置いて行こうとするんじゃない」
「気にしないんじゃないの……?」

 無視してそのまま保健室に行こうとするもまたしても俺の行く手を阻む悪友。
 その顔は誰が見ても笑顔だと言い張れるが俺には分かる、あれはこの世の全てを悟った上で何か思いついた時
の笑みなのだと。

「どうせ、今日も早退するつもりなのだろう?」
「――どうしてそれを?」

 こいつの考える事はいまいちよく分からない。
 だが、ある程度は役に立つのだ。それもいい時に限って最大のサポートするくらいに……だがその半分以上が
罠だったりする訳で、油断する訳にはいかない。

「ふふん俺の観察眼をなめてもらっては困るな、志麻坊。大方、今やっかいになっている家の人の事だろう? 
相変わらず首を突っ込むのが大好きな奴だ。
 では俺が用意した特別なルートを――」
「もうそれはいいよ……」

 溜息交じりに答えても、悪友はそれでも諦めていなかった。まったくもってこいつの言う事を素直に信じて良
い事なんて両手両足で数えたら簡単に数えられる程度だというのに。
 そもそもに諦めるという言葉自体、あいつの辞書に無いのだろう本当、無駄にアクティブな奴である。

「ほれ」

 俺に何かを手渡そうとする。
 ――紙?

「早退するのに必要な物だ。いやなにそろそろ必要だろうと思って俺が偽ぞ――ごほんごほん、特別なルートで
手に入れた正規品だ。これを書いて国家の犬にでも渡してくればいいだろう」

 国家の犬って……、先生の事かよ。普通そういうのは――いかんいかん、あいつに毒されてきている気がする。
 とりあえず断る理由にもならないので、受け取り早速適当な壁に貼り付けて紙に必要事項を書く。

「君の行く末が楽しみだ」
「うん?」

 壁に向かっていたのでその後ろにいたあいつの声をしっかりと聞き取れなかった。
 だが聞いても要領を得ない内容なのは、それもいつもの事だった。

「いいや、こっちの話さ。俺自身介入はするが主軸にはならんよ。まあ本当に気にするな独り言である」
「そう……?」

 どこかで聞いたような話だが特に気にせず自分の作業に戻る。
 名前、クラス、理由――は書いてあるなってなんだ後天性ゲーム脳症候群って、いくらなんでもゲーム脳はな
いだろ……。しかもあれって結局全否定されて、今では無かった事になってなかったっけ。
 まあこれで通るなら構わないと悪友に言いたいことを飲み込み一応感謝だけはする。

「ありがと、これで騙したら君を永遠に友達と認めて無かったよ」
「相変わらず毒舌がうまいな親友よ。まあ存分に乳繰り合って来い」
「誰が誰と!?」

 そのまま悪友は満足したのか歩き去ろうとする。
 ……そっち教室のあるほうじゃなかった気がするんだが、あいつの事だまた何か企んでいるのだろう。俺は気
にせず教室へ戻り担任へと先ほどの紙を手渡す。

「ふむ、あまりゲームをやりすぎないように気をつけるんだぞ」
「はあい」

 いいのか担任。
 そして、さっきまで廊下のやり取りは、年端もいかない少年達の会話ではなかったと今でもそう思う。



 1時間目で颯爽と帰る俺。
 街の雰囲気はやはりいつも見慣れてる物では無く、時間の流れがゆっくりとしたような光景だった。
 今目の前に砂時計があれば、その砂の落ち方はさらさらと流れるように落ちるのではなく、1粒1粒ゆっくり
と落ちるような様相を見せてくれるだろう。
 そんな街並みを背景に俺は高町家へと戻る事にする。
 小遣いが少し余っていたので途中コンビニエンスストアへ入り、お菓子を買う。
 もちろん2人分だ。
 帰宅路には特にイベントなんざ発生せず、大きい犬に追いかけられたり、季節的にありえない桜が咲いていた
りその中に宇宙人が空腹で倒れてたりなんていう事は絶対にありえないのだ。

「ただいまぁ」

 家へと帰る。
 といっても高町家であることは説明せずともお分かりいただけると思うが。誰も迎えに来ないのでそのまま自
分の部屋へ戻り普段着に着替える。
 すると何故か部屋の扉が少しだけ開いていたのでどうしたんだろうかと一気に開け放つとそこには――

「ふええええ!?」
「覗き見は趣味が悪いよ、なのはちゃん」

 家に居た唯一の住人、高町なのはが何故かこっそりと覗いていたのだ。
 驚いて尻餅をついていること以外は特に様子の変化は無く、気にしすぎだったのかなと杞憂に終わろうとして
いたが、それが杞憂で済まなかったのは分かっていると思う。
 家に誰もいない、いるのはたった1人なのはだけ。
 そこに異常性を見抜けない訳じゃなかった。まだ小学校に入ってもいない子が家に1人なんてのはおかしい。
 さすがに俺がその問題を解決できるかと言えばそんな大それた事なんて出来ない。俺に出来ることはこの子を
1人にさせない事くらいだろう。根本的な解決は家族にしか出来ない、それくらい俺には分かる。それは今まで
なのはと接してきて分かっていたからだ。
 それは桃子さんに母親を重ねてしまった俺が思っているからだ。母親を代わる事は出来ない、確かに精神的に
は出来る事だしそういう家族もいることも承知している。
 だけど――いないから見出すのと、いるのに出来ない。
 この違いはそこら辺にあるような谷以上に違いは深いのだ。
 なのはが思っている事はここ2、3日で大体分かったし、その解決方法も分かっているが先ほども述べたよう
に俺には無理だ。俺だって自分の感情を表に出すことが苦手なのだから。
 なのはは我慢。俺は苦手。
 こんな似ているようで似ていない2人だった。

「遊ぼうかなのはちゃん」
「はい、今日はルービックキューブ一緒にやりませんか」

 まあ遊びの内容はどうにも微妙な感じもするが、特に気にせず一緒にいることを考えていた。
 学校から帰ってくるのがどうして早いのか。そこにはあまり気にしないようにしていたのか、なのはも喜んで
いた。
 リビングに行き2人でルービックキューブをしている時だった。
 俺が今出来る事を1つづつやっていこうと決心した。

 約束。

 それがどれだけの拘束を得るのか、果たしてその拘束の先に在る物は……。
 当時の俺には理解できていなかった。いわば枷のような物ともとれるが、俺には関係ない。なのはがそれで少
しは楽になってくれれば俺の身など安いものだとも考えていたから。
 どうしてそこまでなのはに執着したのか、それはやはり自分と少し似ていた所がとても気になったのだろう。
 はたまた、そうしてなのはを救う事によって自分も救われたかったのかもしれない。
 なのはに巣食う寂しいという感情の根底を揺るがす事は出来なくても。上辺だけでも動かす事が出来るのなら
もしくは取り除く事が出来るのなら――。
 そんな安易な考え。
 だが子供というのはそういう物だと思う。先の事を考えてしまえばそんなもの夢もへったくれも無い、ただの
操り人形のようになるだろう。

「なのはちゃん、ちょっとお話あるけどいいかな」
「はい、いいですよ」
「なのはちゃん、僕がなのはちゃんを呼ぶときになのはちゃんとなのは、どっちで呼んで欲しい?」
「えぇっと……。なのはでいいですよ」
「それじゃなのははなのはって呼ばれたいなら僕と喋るときもみんなと同じように喋ってね」
「ええええ!?」
「僕がなのはの願いを叶えるから、なのはも僕の願いを叶えてよ」
「は……う、うん」

 言葉遣いというのは難しいと俺は今でも思う。
 とはいえ、その辺りは成長と共に変わっていくのは然るべきことなのだ、だとしたらその変更は早いほうがい
い。1つの違和感はこれで無くなる。

「ありがとうね、なのは」
「ううん、でも恭司くんが喜んでくれるからいいなの」

 俺が出す提案はそれだけじゃない、むしろこれから出す事が重要だ。
 慎重に言葉を選ぶも自分のボキャブラリーの少なさは経験だけでは補えない。
 それは年を重ねるだけでも意味も無い、自らが進んで学ぼうとする姿勢が自ずとボキャブラリーを増やすのだ。
俺はそんな事をした覚えもないので、当然ながら俺の言葉は拙いものとなってしまう。
 勝手な願いだがそれでも彼女に届いて欲しいと思う。

「なのはいきなりだけど、もし迷惑だったらいらないって言って欲しいな」
「――うん」

 目を瞑り深呼吸、そして言葉にする。

「僕はなのはが1人で寂しいって思ってたりしたら絶対に助けるから、もしそれ以外でもなのはの事ならなんで
も助ける、僕が守ってあげる。
 だからやくそく。
 1人で泣かないで欲しい、寂しいって思ったら僕を頼って欲しい、僕達は友達なんだから」
「…………」

 なのはの顔が驚きの色の染まる。
 それもそうだろう、我慢していたものを我慢しなくていいと言われれば誰だって驚く。
 この後待っている言葉は拒絶の言葉だろうか、いらないと言われるのだろうか、余計なお世話だっただろうか。
そんな考えが頭をよぎる。何故に俺の頭の中にはマイナス方面しかないのかと自分で突っ込みを入れたくなるく
らいだが、告白した奴は誰だってこういう風に考えているだろう、それと一緒だと感じて欲しい。
 未だになのはは手に持ったキューブに視線を落としている。
 何を考えているのだろうか、それは分からない。気持ちは、言葉にしないと自分以外には分からない事だらけ
だから。
 言わなくたって分かるだろう? そんな言葉があるが、そんなのは独りよがりの言葉だ。理解して欲しいのな
ら初めから言葉にすればいい。それをしないのは何かしら理由があるからか、はたまた初めにいった言葉の通り
のどちらかである。
 勝手に理解したつもりでもそれが正解だなんて思うわけがない。あくまでそうなのかもしれないと想像するだ
けに過ぎない。
 そんな独りよがりの言葉は甘えからくる言葉だ。
 だから俺もこの時からはっきりと感情を言葉にする事にした。
 なのはが我慢して、俺が苦手で、比べてしまえば俺のほうはやっぱり甘えているだけだから。
 なのはは……、口にしてくれるだろうか、自分の気持ちを表に出してくれるだろうか。俺はなのはの言葉を待
つ。

「恭司くん……」
「嫌、だったら言って欲しいな。迷惑だったら――」
「そんなこと無いよ。でもやくそく、なんだよね」
「う、うん」

 相変わらずなのはは俯いたままだ。
 顔は俺からでは見えず、どんな感情が彼女の中を渦巻いているのだろうか。
 まったくもって女々しいとも思う。男なら堂々としてろとも言われるだろう。だが、俺はそれでもこの時まで
は怖かったのだと堂々と言う。嘘をついて虚勢を張って、それが彼女の何になるのだろうか。
 俯いていたなのはの顔がゆっくりと上がる。
 なのはが顔を上げるとそんな思いを吹き飛ばしてくれるような笑顔が目の前に広がっていた。
 そこで俺は気付いた。俺の不安や恐怖はまさに余計なお世話な感情だったのだ、と。

「やくそくだったら。ゆびきりげんまん、だよ?」

 意外な事を言われて少しだけ呆然とした、だがこれは……。

「あ……、うん、しよっか!」



 ――ゆびきりげんまん! 嘘ついたら針千本飲ぉます! 指きった!!――



 他愛の無い約束。
 僕を拘束するに十分な約束、そして俺が救われた約束。
 約束はいつまでも――























魔法少女リリカルなのは 救うもの救われるもの


第十三話「やくそく・後編」


















 ――6日目



 心打たれた日。
 憂鬱である。
 まさにこの一言に尽きる。目覚めからもどうしても戸惑いを覚える。
 なのはの為を思って行動したのはいいけれど、結局最後まで言葉にならず俺は途中で逃げ出した。そんな俺に
みんながかけてくれる言葉なんてきっと無い。
 昨夜からなのはが俺の部屋で寝ていたが、既にもぬけの殻であった。何処へ行ったのか、なのははあまり朝が
得意ではないはず――ふとそこで疑問に思い時計を見る。
 見えるのは俺の幻想か、蜃気楼か、はたまた幻か。
 ああ、どれも俺の願望である。当然ながら刻まれる時に寸分の違いは無く、電池の消耗による時差も無い。す
なわち目の前にある時間、それが現実なのだ。

「うわあああああああ」

 遅刻。
 そんな言葉がまさにお似合いな俺の顛末。

「うん………………?」

 待て、まあ待とう。
 さすがに起きたのが十時過ぎていたのは百歩譲って良いとしよう、いや良くないのだが。とりあえず時間は置
いておけ、そう重要なのは――今日学校あったっけ?

「……無い、無ければ、無かった」

 よし、学校無かった!
 とはいっても、状況としてはオールクリアとは言いがたい。あれだけの啖呵を切っておいて逃げた俺の事を高
町家の人はどう思っているだろうか、疎ましく思っていないだろうか。
 だがそれは考えるだけ無駄だろう、それらは当の本人達に会うまで分からないからである。

「――よっし」

 もう考えるのは止めようと、俺はもっと表に感情を出すんだって決めたんだ。
 あれだけ昨日言葉を出せたんだ、だからきっと俺は1歩先に進めたんだ。
 そう心に念仏でも唱えるかのように何度も連呼しつつ、ゆっくりと進むと先にリビングが見える扉を隔てると
ころで歩みを止め、そこで俺の全身が岩のように固まる。
 ここで止まるな俺! と鼓舞し進ませようとするが、それでも俺の体はまるで誰かの意思によって操られてる
かのように動かなかった。まるで目の前の扉が巨大な壁のようにも思える。
 根本を変える事は容易ではない事がまさに証明されたようなものだった。
 どうしても躊躇してしまう。かといって、ここにいたところでいつかは俺がここにいるって事くらい分かるだ
ろう。ならば進め、進むんだ俺。

「ん――」

 ドアノブに手をかけて、そのままそっと扉を開く。
 軋む音なく開いた扉。
 部屋の中で俺を待っていたのは――いつもの高町家だった。

「おはよう恭司、今日は随分と遅いな。学校が休みだからといって怠けるのはよくない」
「恭ちゃん、言いすぎだよお。学校休みだったら誰だってこの時間まで寝ることだってあるよ」
「それは暗に自分の事を言われてるようで黙ってられなかっただけじゃないのか」
「うぐ……」

 あれ、なんだろう。
 俺が考えていたことって何だったんだろう。
 目の前で繰り広がれている会話を聞いていると、段々とそういう思いになってくる。

「あら起きてきたのね。恭司君、パン焼くから待ってね」
「え、あ、うん」

 まるで昨日の事が無かったかのように展開し続ける日常。
 俺がしたことはまったくもって無駄な事だったのか。
 ――分からない。

「あ、おはよう恭司くん。いつも早いのに今日は遅いね」
「なのは……。お、おはよう」

 躊躇していた自分がまるで滑稽にすら思えるこの日常。
 一体なんだろうか、この感覚は……。まるで買い物へ出かけたのに目的の品物が見つからず無駄足になってし
まった時のようなこの感じは。
 何かが、パズルで言うならばピースが足らない、いやむしろ何故か違うパズルのピースが混じって増えたよう
な。そんな日常。

「はい、出来上がり。すぐスクランブルエッグとベーコンも焼いちゃうからそのままパン食べちゃってね」
「ありがとう、桃子お姉ちゃん」
「いいのよお。それじゃちゃちゃっと作って出かけましょうね」

 ――ん? 出かける?

「言い忘れてたな恭司。今日は皆で出かける日にした。そのまま帰りは買い物だ」
「恭ちゃんそれじゃ何をするのか分からないよ。きょー君、今日はこのあとピクニック行くんだよ。当然きょー
君は強制的に参加なので拒否権はありません」
「え、え、えええ?」

 畳み掛けられるように俺に説明してくる恭也さんや美由希さん。
 いえ、出かけるのは分かるのだけれども翠屋とかいいのだろうか――ってそうか、何か違和感があると思った
ら。
 こんな時間なのに平気で家にいる桃子さんが違和感の元だったのだ。

「――なのはは? なのはは一緒だよね」
「勿論だ、今日は2人の為にも一緒に出かけようと思ったのだからな」
「それってどういう――」
「はい、お待ちどう……って恭司君食べてないじゃない! ほらさっさって食べてね!」
「う、うん」

 なんだか納得がいかないが、とりあえず言われるがままにまったくもって遅い朝食を取ることにする。
 食べている間に情報の整理。
 まずは皆の様子はいつもと変わりはないということ。翠屋の営業に関してと俺となのはの為のピクニックとい
う点が不可解な点。
 だが、その疑問だらけな情報をそのままに俺は朝食をとりおえ、身支度をすると既に俺以外の人達は玄関前で
待っていた。
 早い、早すぎるこの一家。

「恭司君、行こう」
「ほら、遅いぞ恭司」
「きょー君先に行っちゃうよお!」
「恭司くん、手繋いで行こう」

 ああ、なんだかんだと難しく色々と考えていたが俺は結局、この状況を楽しんでるんだなあと今ここで認識し
た。
 どうせなら楽しく笑顔で生きていきたいじゃないか。

「置いていかないでえぇぇぇ!」

 俺の叫びは皆の心に届いた。
 なのはの寂しいという気持ち、そして俺が自分で作っていた壁を理解してくれた。
 そしてなのはの寂しさは消え去り、俺の壁は俺自身で壊したのだ。
 俺は心から、そして自分から思うようになる。もう俺は高町家の一員なのだ――と、俺は彼らと共に過ごした
日を忘れる事は絶対に無いだろう。
 そう気付いた時には俺は何故か笑いながら涙していた。
 寂しくて涙したのではない、悲しくて涙したのではない。
 心から嬉しくて涙を流したのだった。



 この日の戦果。
 俺は高町家の家族となった。
 壁なんて最初から無かった、全て俺が作り出した幻だった。





 ――7日目



 期限の日。
 1週間というのはあっという間だったなあ、とついつい振り返ってしまいそうになるが俺には母親がどうなっ
ているのか気が気でなかった。
 前述していないが、俺はほぼ毎日時間を見つけては病院へ行ったが、母さんは起きる事無く、また何も反応を
示さなかった。
 日数を重ねると同時に段々と期待より恐怖の方が勝っていった。
 このまま起きなかったらどうなるのだろうか。
 確かに高町の家でお世話になるという事もまったく考えなかったかと言われれば、それは否定しざるを得ない。
俺は少しでもこのまま一緒の時を過ごすという選択も思い浮かんでしまった。だが、思い浮かんでは頭を振りそ
のような考えを消そうとした。
 昨日という日は今まで生きてきた中でとても大切な時間であったと俺は自負する。
 だが同時に俺には大切な存在があった。
 志麻美咲、俺の母親は一体どういう意味であのメッセージを残したのか。
 それは誰にも分かるわけがなく、俺はただ言われた通りに丁度1週間を迎えようとするこの日に病院へと赴く。

「さあ、一緒に行くわよ」
「一緒に行くぞ」
「当然一緒だよね!?」
「一緒なの」

 今の状況を簡単に説明しよう。
 今日もまた翠屋を休業した桃子さんは俺についてくるということ。そして俺の前に立つ人数は4人。
 またしても計算が合わないが、正確に言えばあっている。
 桃子さん、恭也さん、美由希さん、なのは。
 学校や仕事を全て休み、俺1人だけの為にここに佇んでいる。
 決して興味だけでついていくのではなく、恐らく何かあった時の緩衝材にでもなろうというこの人達なりの心
遣いなのだろう。
 そっと溜息をつく。
 俺も俺であまり人の事を言えた口ではなかもしれない……、いやこの人達にきっと感化されたのだろう。
 こうやって全員、笑顔で俺のため、人のために行動する事を躊躇わない高町家が俺は大好きだ。

「お母さんはこの事を喜んでくれるかな」
「複雑かもしれないけど、きっと喜んでくれると思うわ」
「俺達には弟が出来た、兄が出来た。恭司にとって兄が、姉が出来た、そして妹が出来た。そう、考えればいい
んじゃないか?」
「恭也お兄ちゃん……、だね」
「む……、面と言われると恥ずかしい物だな」
「恭ちゃん、顔真っ赤っ――いだだだだだ、そこダメ頭! いやテンプル! やめ、いたたたた!」
「おにーちゃん、そろそろやめないとおねーちゃん泣いちゃうよ」
「なのはに言われては仕方あるまい」
「ひ、ひどいよ恭ちゃん……」
「あはははははは……」

 皆と一緒に来る俺を見て、どう思うのだろうか。出来ることなら歓迎してくれると嬉しいのだが、それでもそ
れは俺の願望でしかない。
 病院の入り口に立っていた俺達は早速母さんの病室へと向かう。
 一歩、また一歩。
 歩みと共に進んでく恐怖と期待。それはシーソーの様にどちらか一方に傾くのではなく、お互いが釣り合うよ
うに俺の感情は上下する。
 それでも俺達は止まらない、家を出てからだが右手に暖かい物を感じている、それはなのはの手だった。
 なのはの方を向くと、自分が見られていると分かったのかなのはも俺の方を向き顔を合わせる。そんな様子が
おかしかったのか分からないが、なのはは微笑みを浮かべる。俺はついつい照れてしまいそっぽを向く。
 それでも右手に感じるものは一向に変わることは無かった。

「恭司君、がんばって」
「恭司自分と母親を信じるんだ」
「きょー君後ろはまかされたよ!」
「行ってらっしゃい」

 俺の背中を後押ししてくれる皆の声。皆が皆大袈裟かもしれないけれど、俺はこの声に助けられた。
 廊下と病室を隔てた扉の前で決意を固める。
 怖い、怖いけど進まなければ最良の選択は現れない。
 取っ手に手をかける。

「――いってきます」

 何を緊張することがある志麻恭司。
 僕は、俺は、一歩前に進めたんだ、逃げる事なんてそもそもに選択にないんだ。

 ――ガラ

 窓から差し込む日の光が廊下へと漏れる一条の光となり、それは俺の目を眩ます。
 とっさに目を手で覆い、光を遮ろうとするが前が見えない。
 でもそれでも自分の目を疑いそうになるが、見えるものが真実だ。それを俺は知っている。
 そう、ベッドから体を起こしているのは俺の――

「――お母さん!」

 走る。
 短い距離でも、それでも俺にとって長い距離を駆けようとした――のだが。

「なんか――
 見ないうちに恭司が小さくなった気がするわ」
「大きなお世話だよ、お母さん!」

 ああ、こういう人だった。
 感動で頭がどうにかなっていたのだろう、この人に抱きつこう等考えるからこういうしっぺ返しを喰らう。第
一に身長の事を気にしているのを知っていてこういう事を言うのだから性質が悪いとしか言いようが無い。
 だがそれでも、俺は表情で隠し切れないほど嬉しかった。
 あの人の声で恭司と呼ばれる事がどれほど俺にとって嬉しい事なのか、俺にとってあの人の存在というのどれ
ほど大きなものだったか、俺は思い知る事となったのだ。

「いやあ、悪かったわね恭司。とりあえず……、多分1週間ぶりね、元気?」
「元気も何も、お母さんだって大丈夫なの?」
「ん――? ううん、なんだかまだ頭が痛いわ」
「え!?」
「冗談よ、冗談」

 わ、笑えない……。
 とそこで、俺が紹介していないことに気付く。

「恭司、後ろで苦笑い浮かべてる人達はどちら様?」
「あ――えっとね、お母さんが寝てる間お世話になった人達だよ」
「うん? ……そ、そうなの。これは挨拶しなくちゃね」

 なんだかこの再会――と言えばいいのだろうか――の間母さんは妙にしどろもどろだったのは思い出せる。
 何故か、何かを一生懸命隠しているような気がしてならなかったのだ。

「ベッドの上から不躾で申し訳ありません、この子の母親の志麻美咲と言います。この度はこの子がお世話にな
ってしまっていたようで、申し訳ありません。それに加えて本当にありがとうございます」
「――あ、いいえ。あたし、高町桃子といいます。恭司君のことはどうしても放っておけなかったと言いますか、
何と言いますか。こちらこそ彼から大切な物を思い出させてくれましたので、こちらこそ感謝してもしきれない
くらいです」
「……そう、ですか」

 母さんが桃子さんの話を聞くと影を落とした笑みで俺を見る。
 その笑顔が意味する事を俺は分からなかった。
 確かに起きてみて1週間が既に経っているという事など考えると、混乱もするし、紹介されたとはいえ見知ら
ぬ誰かに息子が引き取られた事で負い目でも負っているのだろうか。
 だが、憶測は推測の域を超えることは無かった。
 それぞれ挨拶を交わし、俺がこれからどうすればいいのか母さんに聞こうとした時だった。

「405の人が突如起きだして、歩き回ってるらしいよ!」
「何ですって!? あの人大怪我をしてここに運ばれたんじゃ!?」
「そうなんですけど、何故か元気なんですよ! とにかく主任も来て下さい、私達じゃあの人止められませ
ん!」
「分かったわ!」

 何だ何だ――そんな声と共に、個室になっている病室から出られる人が何事かと廊下へ様子を伺っている様子
が見えた。
 かくいう俺もそうだったのだが、何故か桃子さん、恭也さん、美由希さん、なのは全員が飛び出してしまった。
 追いかけるべきか迷う所なのだが……。

「行ってきなさい、貴方のしたいようにするのが一番いい事なのよ」
「……うん、行ってくる」

 母さんに後押しされて俺も皆の跡を追う。
 そして問題の騒ぎになっている病室へと入ると。

「シュークリーム! うおおおおおお、猛烈に今! 桃子のシュークリームが食べたい!」

 痛々しく包帯が巻かれているのに、病室内を歩き回りながら叫んでいる男の人がいた。
 病院で騒ぐなんてはた迷惑な人だなあと思いながら、男の人の台詞で聞き捨てならないいくつかのフレーズが
あるのを思い出す。

「あなた――っ!」

 部屋の入り口がごった返しになっていたので下から覗いていたのだが、その少し前にいた女性がどうやらこの
人の妻らしい。
 むう、足しか見えない。

「「とーさん!」」
「おとうさん!」

 今度は家族だ。
 しかしどこかで聞いたような――あああああああああああああああ!

「ごめんなさい、通して!」

 俺はとにかく確認したかった。
 奇跡が2つも起きることを、俺は目の前で見たかった。
 信じる事が大切な事、信じきる事がとても難しくて、そしてそれがもっとも尊いものである事。そうすればも
しかしたら願いが叶うかもなんて思えるようなこの世界。
 俺はそんな暖かくて柔らかい世界が大好きだった。





 ――後日



 全てが丸く収まった……日?
 母さんの起床と士郎さんの回復がほぼ同時だったあの日から数日が経とうとしたある日の事。入院していた母
さんがとうとう病院を出る事となった。つまるところ退院の日を迎えたのだった。
 今日という日を待ち望んでいた先週とは違い、むしろ別れがあるだけ俺の感情は螺旋を描くように複雑怪奇な
思いを作り出す。
 今生の別れというわけではないのに何故か体の一部をどこかに置き忘れたかのような、思っていて意味が分か
らない、でもそれでいてこう表現するしかないこの思い。
 それが病院の玄関口で突っ立っている俺の感情だ。
 そういえばついこの間聞いたことなのだが、士郎さんの回復は医師が驚くほどだったらしい。体の外傷がいつ
の間にか完治していて、意識を取り戻すだけという状態になっていたのが不思議だと言っていた。
 まだ俺の母親が入院するまでは致命傷となるような傷が塞がっていなかったのに、それが1週間足らずで治っ
たというのだ、脅威的な回復力だと医師が関心していたらしい。
 病院側はそれについて奇跡という言葉で実証も何も無いまま済ます事にしたらしい。
 俺の中でもそう思っている。
 あんな風にみんなが笑顔でいられる日というのはこの世の中そうそうにないのだから。

「――ん、行こうかな」

 今日は途中からだが1人で病院に。
 病院に行くのも大分慣れてしまったようで、俺は迷う事無くこの場を目指す事が出来た。
 個人用の病室。
 扉を開け、まず第一声はとりあえず挨拶、というよりしないと俺が怒られるのだ。

「おはよう、お母さ……ん?」

 まず様子がおかしいことに気付く。
 扉を開ける前からなんとなく、胸が騒ぐようななんというか虫の居所が悪いと言うべきか、そんな嫌な予感だ
けをひしひしと感じていた。
 そう、部屋に入るとその部屋の中でまず目立つような大きいベッドの上に、いつも寝ている人物がいないのだ。

「………………」

 いやいや、俺も沈黙するだけじゃなくてだね色々とそうナースコールを押して呼ぶとかね。色々出来たわけで、
とはいってもこのようなイレギュラーにはそうそう出会わないので、俺の脳内でいわゆるパニックのマニュアル
を本棚から選び間引いてしまったのだ。
 さん、はい。

「うわああああああああ! なんでお母さんいないの? え、これなんていうかあの昔テレビでやってたドッキ
リって奴!? あれかな騙した本人がプラカード掲げてやってくるのかな!? っていうか何でいない訳なのか
分からないのでして。一応怪我人ッスよね? ぶらぶらとほっつき歩いてるわけですか? ありえないありえな
いッスよ、お母さん!?」

 当時の俺としては最大の驚きだろう。何故なら口調すら変わってる。
 混乱するなら誰だって出来る。
 こんな言葉をどこかで聞いたことがあるが、まさに俺の状況としては万人が行う行動の1つに変わりは無いと q いう事である。
 ものの見事に俺は病室内をあちらこちらと走り回り、まさか窓から飛び降りてないだろうかと窓から見下ろす
というなんとも変わり映えのない行動をとった。
 しかし、それでも母親は見つからず俺の心臓の動悸は止まることをしなかった。
 はてさて、では何処へ消えたかというと――

「何してんのよ、恭司」
「……はえ?」

 溜息と同時に俺の名前を言う人こそ。

「まるで私がいなくなっている事が分かって、何処に行ったのかわからなくなって。
 おまけに昔の番組のドッキリを思い出したりしてみて、それでもありえないといいつつ怪我人だよね、とか言
いながらものた打ち回り窓の外見て飛び降りてないか確認したあと、部屋をあちらこちら歩き回って結局わから
なくなり途方に暮れて、寝ていたベッドを見つめていたかのように佇む恭司君は何をしているのかな」

 俺の母親、志麻美咲本人だった。
 というよりなんでそんな的確に答えてるんですかね、この人は……。ってあきれた表情の中に薄ら笑みを浮か
べているのが見えた、この人は俺が混乱している間ずっと病室を覗いていたという訳だ。
 なんというか、意地が汚いと言うべきか……。

「何処……行ってたの?」
「見て分からない? ほら」

 俺が質問すると、そのまま自分を見なさいと言わんばかりに指をさす。
 まあ当時の俺が考えていたのは別の事、無い胸張ってどうしたのだろうか、と。まあそれが命取りなのは分か
っていたが。

「――死にたい?」
「なんでもないよごめんねっていうか考えてること読まないで……。いえほんとなんでもないからごめんなさい
――っていたたたたたたたたたたたた!」
「余計な、事を、考えてるから、よっ!」

 あ、頭痛い。
 ちなみに答えは母さんの片腕に抱かれていた缶類にあった。ただジュース買いに言ったのなら普通にそう言え
ばいいものを逐一自分で考えさせようとする人である。
 それは今も昔も変わらない。
 ちなみに俺に攻撃するために缶をわざわざ置いた辺り律儀である。

「さぁて、そろそろ退院しましょうか。いつまでもここにいたら消毒液の匂いで鼻がどうにかなりそうだわ。恭
司ほら行くわよ、って何うずくまってるのよ」
「お母さんがしたんじゃないか! うめぼしやめてよねー痛いんだから」
「因果応報って言葉、知ってるかしら?」
「自業自得って言葉、知ってる?」」
「……」
「……」
「……ごめんなさい」
「よろしい」

 これ以上反抗しても俺に勝ち目は無いので静かに降参する。
 というより怪我人だったのになんでこんな元気なのだろうか、というより怪我をしていたのだろうかと違う意
味で心配になってくる。
 ただ、本人に直接聞いてもはぐらかすので結局の所分からず仕舞いだったのだ。
 自分の着替えが入った荷物を持つとそのまま母さんは廊下へと出る。当然ながら俺もそれに倣う。

「時間にしてみればあっという間ね」

 ふと自分の病室をじっくり眺めるように母さんは立ち、そう言う。

「僕にとっては長かった」
「……ごめんなさいね、心配かけて」
「ううん、別に無事だから、お母さんがこうやって隣にいてくれるから。僕は気にしないよ。だから、そこは謝
らないで欲しいかな」
「なら、ありがとう恭司」
「どういたしましてお母さん」

 お互いに笑う。
 本当に良かったと心から思えた。もしとか考えたらキリがないのだろうが、それでも本当に良かったと一安心
する。
 少し歩いてから母さんが気付いたように俺へ問いかける。

「そういえば、今日も高町さんの所来ているのかしら?」
「来てるよ。途中まで一緒だったから」

 病院に来る途中まで一緒だったが、他の人達は道中で必要な物があるという事で別れた。恐らく全員士郎さん
の所へ行っている。
 俺は俺で母さんの退院の準備を手伝いに来たのだから、当然ながら途中で別れた。

「そうなの? なら少し挨拶してから行こうかしら」
「別にいいけど」

 ぶっきらぼうに俺が答えると、その態度に何を感じたのか母さんが余計な事を言う。

「ふふー、なんだかんだいいながらなのはちゃんの所に行けて良かったんじゃないの? どうなのよ、うりう
り」
「な、何言ってるの違うよ!」

 まったくもってやっかいな人である。
 友達であるなのはに会えるのは当然ながら嬉しいのだが、母さんの考えている事と俺の考えている事のニュア
ンスが少し違ってきていると、俺でも分かったので否定した。
 しかし、なんとまあ間の悪いことか。

「違うの……?」
「違うって言ってる――な、な、な、なのは!?」
「恭司くん、美咲さんこんにちはー」
「こんにちはなのはちゃん」

 驚きというのは無限に自らの底から湧き上がる感情なのだとこの時知った。
 必要以上に否定した俺の後ろを強襲したのは、否定された当人のなのはだったのだ。既に1週間前の影を落と
したなのはの笑顔はもう無い。今は純粋に偽りの無い笑顔で俺達を迎えてくれる。
 これ以上驚いても仕方が無いので、いつものようにと取り繕うが母親は許してくれはしなかった。

「恭司にふられたわねなのはちゃん」
「――――!」

 まったくもってこの年齢の俺達に何を言っているのか。
 もちろんある程度理解した俺と違い、なのはな一体なんの事なのか良く分かっていなかったが何を言われたの
か必死に理解しようとしたのか……。

「残念です」
「――――!」

 俺は母親の狂言から言葉にならない声を上げている。
 当然、なのはの時も同じリアクションだ。

「い、いい加減にしてよお母さん!」
「あら、恭司が怒っちゃった。わーなのはちゃん助けてぇ恭司が怖いわー」

 いい歳して、何をやっているのだか……。
 それにさすがのなのはでも、これは困るだろうと思っていたのだが。

「恭司くん、駄目だよ」
「僕が悪いのかな!?」

 なんとまあ、なのはは母さんの方についた。
 もう本当にこれ以上は疲れるので、とっとと無視して士郎さんの病室に向かう。
 くそう、歩いてる途中にやにやした顔の母さんが目についてしまうのが何故だか負けたのを認めたようで悔し
いのだが、いつか逆襲してやろうと思って実行しても、返り討ちに会うのは目に見えているのでもう何も考えな
いようにする。
 無心で歩いてると士郎さんの病室を過ぎていたようで、そんな俺の様子をなのはが軽く心配してくるが原因は
我が家の母にあるため何も言えず、ただ母さんを睨みつけるだけに止まった。
 俺が睨みつけてもなんのそのと我関せずという余裕しゃくしゃくの様子で母さんは士郎さんの病室に入ろうと
する。
 本当に勝てないのだろうなと、ついつい思ってしまった場面でもある。

「――失礼します」

 母さんが軽くノックをしてから、俺も一緒に病室に入るとそこには士郎さんはもちろんの事桃子さんの姿もあ
った。
 恭也さんと美由希さんの姿がないが、何処か買い物にでも行っているのだろうかと考えるが考えた所で答えが
出るわけが無いので、思考を停止する。
 退院するという簡単な挨拶なので、士郎さんと桃子さんと我が母がお互いに言葉を交わしている。
 あまりこの時の会話を覚えてないのだが、特に印象に残ったのがあった。

「それにしても……美咲君には助けられた。ありがとう、礼を言うよ」
「……なんのことでしょう? お名前は何度か伺っておりましたが、こうやって直接お会いしたのは今日が初め
てと私は記憶していますが」
「そうか、そうだったね。僕が君のように似た美人をどこかで見かけたからつい常套句の様な事を口走ってしま
ったようだ、ははは――い゛っ!?」
「いやですわぁ」

 一体何の事なのか分からないが、こんな会話を聞いた覚えがある。
 この会話の後士郎さんがどうなったかは想像にお任せする、何故なら俺の口からは阻まれるからだ。
 そしてこのまま何事も無く俺達は家族ぐるみで付き合う事が多かった――とはいえ俺がお世話になったという
のが正しいだろう。
 こうして俺達家族は病院を後にした。
 様々な思惑が巡るあの出来事の真実を知らぬまま俺は家へと向かうのだった。




 母さんはこの事故の後、海外へ出張することが多くなりその都度俺は高町家に厄介になった。
 一連の出来事から数年した後、士郎さんや恭也さん達が剣術をしているという事を聞き俺も教えを受けようと
したが、それは断られた。
 だが俺はなんとしてもと思い、剣術はいいから体を鍛える術だけでも教えて欲しいと士郎さんの顔を見るたび
進言した。だがそれでも何度も断られつい家で愚痴の様にこぼしてしまった。すると愚痴をこぼしたその翌日、
士郎さんの顔がひきつっていたが根負けしたと言い教授してあげようと言ってくれたのだった。
 そして剣術を学ばないという条件の下、俺はとうとう士郎さんからいくつか教わり、その後も何度か軽い手合
わせも一緒にしていた。
 最近では魔法の事もあり、その事を士郎さんに告げると

 ――好きなようにやりなさい、それが君にとって一番いい選択だ。

 と言ってくれたので、今はなのは達にもっとも近い魔法を選んだ。
 それが、本当にもっともよかった選択だったのかはたまた、彼女達に届く最短の選択だったのかは定かではな
い。
 ただ俺は俺の好きなように。
 俺が昔に踏み出した一歩はこの時も歩みを止めなかった。
 いつまでも真っ直ぐに、速く、想いを貫けるように――

























【あとがき】
 こんにちは、こんばんは、おはようございます。きりや.です。
 十三話から十四話にかけて一気に投稿させていただきました。
 なので、その日の事までしか書けません。
 仕事をしている店舗が全面改装ということになるみたいです。
 その際、自分のポジショニングが微妙なもので、どう仕事が変わっていくか分からないので先行きが不安です。
 あまり表立って行動する私ではありませんが、完結目指して頑張っていこうと思います。

 また最後となりましたが、読者の皆様とこのSSの展示をしてくださったリョウさんに感謝を。
 では次にお会いできる機会を楽しみにしています。









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