――――海鳴市 月村邸 4月23日 PM 3:00



 恭司達が月村邸についてからは何もかもが早かった。
 門から庭に続く道を絶えず進み、普通に玄関から入った一行は、そのまま猫に群がられながらテラスのテーブ
ルへ案内され、その後間髪いれずに、紅茶セットを手にしたファリンが現れる。
 一連の動作としては既に完成された域にようにも思える。

「ようこそいらっしゃいまし……わっわっわああ――」

 何もない場所で躓いてしまうのは何故だろうか、それがファリンだからだと説明してしまえばそれで終わって
しまうような気がしてしまう。それほど彼女は……なのだ。

「危な――!」

 恭司は倒れそうになるファリンを支えるために飛び出す。拍子に目を瞑ったアリサとすずかの耳を襲った音は、
甲高い音はではなく無音だった。
 ――普段ならここで紅茶セットを割っているのに。
 失礼だが、アリサとすずかは思ってしまう。そして何故無音なのか目を開けて惨事を確認しようとする。そう
惨事を確認したのだが――

「む……ぐぐ」
「ふぇ……」

 ファリンは恭司を下敷きに目を回していて、恭司はメイドに埋もれていた。

(ファリンの下敷きになるのは分かる! でもなんで胸に顔を埋めてるんだこの男――!)

 アリサとすずか、心の叫びである。























魔法少女リリカルなのは 救うもの救われるもの


第十一話「過去」




















 恭司は片手にお盆にポット、もう一方にカップを指にかけ結果としてファリンすら助けようとした時に下敷き
になることを選んだ。ヘッドスライディングの要領ではなく、普通にスライディングで。そして先ほどアリサ、
すずかの両名が見た有様となったのだった。

「……」
「……」

 現在テーブル席についているのはすずか、アリサ、そしてファリンに助け起こしてもらった恭司の3名である。
ファリンは紅茶セットを恭司から受け取りカップに注ぎ終えると、妙に緊張した場の空気に耐え切れずそそくさ
とこの場を去るという選択肢を恐らくだが、3択くらいから抜き取り実行したのだった。
 緊迫した場は未だ変わらず、沈黙だけがここに取り残された。

「……あの」

 その静寂に耐え切れず恭司が喋った、その時だ。

「――ていっ!」
「いたぁ!」

 アリサの平手打ちが恭司の即頭部を思いっきり引っ叩く。その弾みで恭司の頭が直角に近い角度まで横倒れに
なる。その曲がりように思わずすずかは目を覆う程、擬音で表すとゴキッ――とか音がしそうなくらいに曲がっ
ていた。
 恭司は首が曲がったまま、ちょっとだけ涙目になる。恭司に言わせれば泣いてないよ、頭の衝撃でちょっと塩
水がびっくりしちゃったんだ。とか言いかねない状況である。
 それでもアリサだけは未だ上がらぬ機嫌と共に席を立ったままでいた。彼女は朝の件より車内及び先程のファ
リンの1件のせいだろう、余計に機嫌を損ねる事となっていた。
 すずかもすずかで目を覆うくらいで特に助けもしなかった。むしろ、恭司が「おお神よ、神はいなかったの
か」などと冗談まじりで言っている辺り、まだおしおきくらいはしておいた方がいいのではないかと考えるくら
いである。
 とまあその間、曲折浮沈……という程ではないが、なんとか恭司が復活し1つ咳払いをしてから仕切りなおす。

「それで……」

 恭司はこれまでの経緯から自分が呼び出されたという事について考えていた。そもそもに家具等、重いものを
運ぶのなら忍の恋仲でもある恭也に頼んだ方が、まだ自分より頼もしいと今になって思い出す。そう恭司は今に
なって別の意図があってここに呼び出されたのではないのかと感づいたのだ。正直今更すぎるのだが……。
 だが意図に気づく事は恭司には出来なかった。既にその先端には触れているのである、彼が気付いた後に出来
る事、それはこの場に流されるしかないという事だけは、はっきりと理解したのだった。
 ならばこの場にいる2人の少女に任せようと、体当たりされようが引っ叩かれようが何をされようが、とにか
く彼女達の意思を汲み取るしかないと恭司は覚悟を決める。
 恭司の意思に反して彼の喉が鳴る。
 恭司の目の前にいる彼女達が何を思いこの場にいるのかが未だ知る事なく、何を言われるのか想像するだけで
も糸が張り詰める思いだった。朝の1件。こう言えば話は早いがその実、あのやり取りについて恭司が感じたの
は、はっきり言えば恐怖だけだった。
 何かこの気持ちの行く場の緩衝材は無いのか。そう思った恭司は自身のすぐ横にいた虎模様の子猫がじっと恭
司の事を覗いていたのに気付く。猫と目が合った瞬間、彼は言いかけていた言葉と共に子猫を抱き上げる。

「今日はどうしたんだ? まさかお茶を飲むためだけに呼んだんじゃないんだろう」

 言い切った。
 自らの腕の中で大人しくしている子猫の体温に心温かになりながら、恭司は内心緊張しっぱなしなのを隠すよ
うに毅然と言い放ったのだった。
 すずかは元々、朝から感じていた嫌な予感をひしひしと目の前にいる恭司に対して感じていたからこそ、この
場を提供したのだ。ならば話す事は決まっている、彼の心の内を晒し出す為に。

「何で、呼んだのか分からないんですよね」
「――そうだけど」

 1つづつ紐解いていく。
 アリサの気持ちは分かっていた、それはすずかも同じ思いだったからだ。だけど朝からすぐにとは思えなかっ
た。どうせならば逃げ場を作れないようにすればいい、まずは囲いから……なればこそここは恭司の劇場なのだ。
主役は恭司、なれど脇役はいない。すずか、アリサは観客なのだ――そして同時に彼女達は監督でもあった。
 ひしめく言葉と心の壁。
 これから行う舞台は恭司にとってはさらけ出したくない物なのかもしれない、だけど私達には見る意思がある
受け止める覚悟がある。とアリサとすずかは決意新たにする。
 恭司の為だけを思い……恭司を崩していく。偶像ではない実像の彼を見るために。ならば美しく見える物を壊
していこう、破壊していこう、破砕していこう。
 友というのならば、その友として出来ることをしたい。胸の内を吐き出してもう少し楽になってほしい。
 純粋にこう思う気持ちは、ダメなのだろうか……。

「それで……また聞きますけど。
 ――恭司さん何かありましたか?」
「――――何も、ないよ」

 揺れた。
 言ってしまえば楽になる、だけどその逃げ道を進みたくないと恭司は心に思う。ならば茨の道でも進むのを厭
わないと彼は思っていた。
 揺れた。
 もう少しだ、恭司の心の中を覗くには……もっともっと言葉が必要なんだ。言葉にしなくては分からない思い
や気持ちもある。それをすずかはずっと恭司の口から聞きたがっていた。

「そうですか……ならなんで、なのはちゃんやフェイトちゃんは学校に来なかったんでしょうね」
「……え?」

 すずかは1つの言葉を慎重に選ぶ。そもそもにあの2人が何故学校に来なかったのかなんて知らなかった、だ
けど……きっと恭司の事も1つの要因なのではないのだろうかと、朝の恭司を思い出してそう思うすずか。
 恭司にとっては青天の霹靂だろう。もしかしたらそれほど時間がかかる何かがあったのか、はたまたはやての
ように襲われて倒れてしまったのか等、嫌な想像だけ彼は思い描く。だがそれだとすればさすがに連絡はよこす
だろう。あの兄は変な所でも生真面目なのだからと、恭司は逆に安堵し純粋になんで学校にこれなかったのだろ
うかという疑問だけが残った。
 だが恭司はフェイトにあのような事をして今の状態だとまだまともに顔を見れないから、良かったのかもしれ
ないと不謹慎ながらに思ってしまう。
 思惑は外れるもすずかは恭司に言葉を投げかけ続ける。

「もう楽になりませんか? はっきり言って……今の恭司さんは嫌いです。
 無駄に強情で強がりで、それでいて優しくていつも笑っていて、妙にお人よしな所もある恭司さんは何処に行
ったんですか? 今の貴方はショーケースに入った宝石です。光ることだけは一人前にして、本質を見せようと
しない。みてくれだけは素晴らしいけれど、その過程を見せない。
 もう一度言います……そんな今の恭司さんは嫌いです」
「――っ」

 正面きって言われると堪えるものがあるなと恭司はその時思う。彼は今、自ら進む事もないし自ら戻る事もな
い、そんな停滞した無様な姿を見せては嫌われるだろうと推測した。
 一体何が彼をここまで強情にしたのか。
 それは年齢的な問題なのだろうか、はたまた性別的な違いなのだろうか……否そのどれもが違っていた。ただ
の格好付けだったのだ。1人でいることを恐れ、1人にされることを嫌がった、だけどそれを見せずにいつもの
日常を演じようとしたのだ。
 特別を嫌い恒常的に生きて行きたいと考えていた。
 だが、その特別を彼は手にしてしまう、そう――魔法。
 それからというものの恭司の根底は変わることはなかったが、魅せる枝葉は既にみてくれだけになっていたの
だ。芯からの美しさは無く、一般的に綺麗事で片付いてしまう美しさ、それが今日この日顕著に現れた。
 そんなものを見せられた友人はどう思うだろう。
 ――それが今の状況だ。
 恭司にもやっと理解した。今自分がしていることは2年前のなのはとあまり変わらないという事が、事情は違
うといえど、友に何も話さないという状況そのものが……。
 だとすれば恭司は何もしがらみ無く話せば楽になれるのか? 楽になったその先はあるのか?
 常に考え続ける。いつも猪突猛進の如く進んできた彼にとっても、過去は切り捨てきれぬ物であり過去という
名の蔦によってがんじがらめにされている。そんな彼が自らに絡む蔦を外そうと言うのか。

「出来ない、俺には……出来っこないッ!」

 叫び、この場をまたしても去ろうとする恭司。
 友人を責め、友人を裏切り、友人から逃げた。蔦は彼の奥底、心より生えていた。それでもその表面だけでも、
他の人にも見える先端だけでも取り除く事は出来ないのか。
 すずかはこれでも駄目なのだろうかと、そして自分に力がない事を悔やむ。そして彼女は見る、恭司が行く先
を、逃げようとする恭司を。すると恭司の背中が……夢に出てくる彼と重なって見えた。

「行っちゃ駄目ですっ!」

 すずかは力の限り恭司の背に向かって叫ぶ。
 その声に驚いたのか、応える気になったのかは分からないが、恭司の歩みが止まる。
 行かないで欲しい、いつも傍にいて欲しい……いや傍にいるから離れないで欲しい。そんな真摯な想いはいつ
も誰かの力になってくれる。諦めない、絶対に――諦めない! すずかは力ある言葉を放つ。

「恭司さんに出来なくても、私達が力になります。
 ――例え力になれなくてもいつでも傍にいます、いつも見ています、だから……お願いですから……」

 続く想いはアリサの気丈な想いの言葉。
 またそれも恭司に向かって放たれる。

「恭司、アンタが思ってる以上にあたし達は諦めが悪いのよ。
 それもこれも……なのはの影響なのかもしれないけど、これが悪い事だとは思わない。だから……助けて欲し
いなら助けて欲しいって素直に言いなさいよ! 苦しいって思うのなら苦しいって言いなさいよ! それだけで
もアンタは――恭司は救われるんじゃないの!?」

 2人の少女の想いは1人の少年の心を強く打つ。
 力強く、それでいて優しさに満ちた気持ち。安易な気持ちではない、考え抜いて出た正直な気持ち。そんな純
粋さは剣となりて恭司に絡まる蔦を切り払おうとする。
 だがそれでも恭司は振り向かない、俯き何かを搾り出すかのように声を出す。

「だけど俺は……もう嫌なんだ。誰かを犠牲にしたり誰かを傷つけてまで俺のわがままを押し通す事が。
 例えそれが見も知らずの人だとしても、俺にはそんな事できやしない。だから俺はそれ以上の友達であるお前
達を傷つけたくないんだよ。そんな俺が一緒に居ようって言う事自体がわがままなんだ。俺はもうアリサやすず
かの顔を見ることすら出来ないから……友達失格だよ。
 だから……もう俺の事なんて見捨てて――」
「嫌だよ! なんで、なんでそんな事言うの! もう私の前からいなくならないで! 私にとっては貴方がいな
くなるほうがよっぽど怖い!
 だから自分の事をなんて、って言ったり私達が傷つくとか、そんなの勝手に決めないで下さい!
 ……私は傷ついてなんかいません、傷ついてるのは恭司さん貴方自身じゃないですか!」
「――――!」

 恭司の言葉を掻き消すように、恭司の言っている事は間違いだというように、すずかは彼を肯定しながらも否
定する。矛盾しているがそれだけ彼女は必死だった、そして高まった感情はすずかに敬語という物すら奪う。
 恭司の言っている事は綺麗事だと、そんなのは本当に友達の事を思っての行動ではないと思い知らせようとす
る。何故なら、彼女達は彼の友達なのだから。

「勝手に――決めるな、か。
 それでも俺にはそう思えて仕方が無いんだ、臆病だから……本当は怖くて仕方が無いんだよ、自分の思ってい
る事を前に出そうっていうだけで怯えるんだ。アリサやすずかだけじゃない、本当は俺以外の誰かが怖いんだ、
他人が凄く怖い。もう俺には何も残されちゃいない、俺はただ前を向いて突き進むしか生きていく方法を知らな
いんだよ」
「だけど、今言っている事は……恭司さんの、本物の恭司さんの言葉なんじゃないんですか?
 もし本当に私達が怖いのなら、何も言わずにここを立ち去ります。だったら何で自分の事を話してくれるんで
すか!?」
「それは……」

 怖いのなら逃げればいい、本当に臆病ならひたすらに逃げて消え去ってしまえばいい。
 だけど、それをしない。
 それはもう既に恭司にとっては矛盾した行動なのではないのか。それをすずかは思う。

「だったら、少しでも私達に話してくれる気があるなら、逃げないで下さい。
 私達は傷ついたりしません、恭司さんの事を大切な友達だと思っています。そう……私達はどんな事があって
も恭司さんの味方ですよ」

 すずかはアリサに目配りしてからその意図を手繰り寄せるように汲み取り、アリサは恭司へと伝える。

「アンタが例えどんな事をしたっていつでもあたしは見てるわ。それを咎めたりしない、それを問い詰めたりし
ない、だけどあたし達はアンタを見ている。どんな思いでそんな事をしたのかと、理解する。
 無意味に自分を責めないで恭司、アンタが思ってる以上に恭司は立派よ、そして優しすぎるのよ……それも嫌
なほどにね。優しさってのは時に鋭利な刃物にもなるから、今の恭司が思い行動する優しさってのは、あたし達
にとってナイフを突きつけられている様な物なの。だからアンタはもっと自分に素直になりなさい。じゃないと
その優しさでアンタはあたし達を本当に傷つける事になるわ」
「………………」

 言葉を積み重ね、磨き、それらは恭司へと送り届けられる。
 胸に抱いた子猫が重いと恭司はそう感じた。純粋な気持ちで紡がれた彼女達の言葉は恭司の根底を揺るがす。
 恭司は自分のしている事こそが優しさであり、またそれが彼女達を傷つける事になっているとアリサは言った。

「俺は……どうすればいいんだろう。
 こう口にするだけでも甘えてるのかもしれない、これもまた自分を見失っている事なんだって分かる。だから
逃げたかった、俺はそんなに優しくなんか無い……だけどすずかやアリサが俺の事を大事に思ってくれている事
はとても伝わったよ」
「素直になればいいと思います。怖い事は怖いって言う事も必要だし、嬉しい時は嬉しいって言う事が大切なん
です。私達はそれを受け止めて一緒にその思いを分かち合いたい」

 恭司にも理解できないわけでない。過去に生まれた蔦が今消える事は無い、それでも蔦を別の何かに絡めれば
いいのだと、それは……友と分かち合う事なんだと。
 昔、恭司自身がアリサに言った事を思い出し、恭司はゆっくりとだが彼女達を前にするため、振り向く。

「ああ――そうか、そうだったね」


 ――こうして少年の蔦は2人の少女にも絡みついた。


「だから、まずはごめ――」
「謝るのはいつだっていいの、今聞きたいのは……
 恭司あんたは一体どうしたって言うのよ」

 恭司は振り返りまずは謝ろうと思ったのだが、それはアリサによって阻まれた。
 謝罪等いらぬ。
 問われた恭司はもう答えるしかないと踏み切る。彼の扉は今この時を持って放たれ全て、彼の言葉で彼の真意
は彼の口を通して世界へと通じる。
 恭司はゆっくり語る。自らの境遇をそして何があったのかを……。

「昨日の夜からの話になるんだけど――」





 ――――巡航L級8番艦アースラ 4月23日 AM 11:20



「落ち着いた? フェイトちゃん」
「うん……ごめん、なのは」
「にゃはは、こういう時はありがとうだよ」
「ありがとう」

 キュリタル遺跡を調査してからというもののフェイトは長い間呆然としていた。
 夜天の書内で見せられた幻を打ち破っても、いざという時になってやっぱダメだなあ私……とフェイトは自嘲
してしまう。遺跡の資料は今やクロノ辺りが上層部に送っているだろう。当然ながら彼も見たはずだ、あの資料
を。

 ――プロジェクトF.A.T.E

 フェイト自身の名の由来である、とある研究。
 その研究結果の一部があの資料に記されていた。分かったのは自分以外にもやはりあの計画によって生み出さ
れた命があるという事。
 願わくは、その子も幸せであって欲しい。
 そんな事を思うのは傲慢なのだろうか、それでもフェイトは願わずをえなかった。

「ふう……ありがとうなのは。それに他にも気になっていた事もあるんだ」

 なのはから渡された紙コップを受け取り一息つくフェイト。

「気になっていたことって何かあったの?」
「うん、あのコキュートスって人の事……」

 フェイトはなのはにあの資料について何が書かれていたのかは既に教えている。それで余計に心配されたのは
言うまでもないだろう。さらに先の戦闘で相手をしたコキュートスやそのコキュートスに妹と呼ばれていた少女
についてもお互いに考察を交え相手を分析する。
 彼女達が転送した後、アースラでも彼女達の転移先を追跡するも途中で見失い彼女達の消息は結局掴めず仕舞
いである。だが、それでもいくつか持ち帰れる情報もあったしまた管理局の前に現れるような事も言っていた。
なのは達は次に出会う時の為にも、話し合う。



 やがて話している内にフェイトが落ち着いてから大分時間が経っていた。
 結局学校にも行けず、こうやってなのはに心配ばかりかけさせている、とフェイトはまた少しだけ落ち込むが、
恭司に一々落ち込んでいたらキリがないだろう? と言われた事を思い出す。そして更に思い出したのだ、彼女
がアースラで何を見て何があったのかを。

「なのはの応援に行く前に恭司に会ったんだけど」
「うん、私がクロノ君に許可取るためにブリッジに行ったらクロノ君と恭司くん揉めてたよ。
 私はアースラの配属になったからすぐ向かったんだけどね」
「そうなんだ……」

 フェイトは思い出す。あの時なのはを助けるべくアースラ内部で走っていた時にぶつかった恭司の様子を……。
尋常じゃなかった。彼にいつもの調子は無く、彼女にとってただ怖かったという印象しか残らなかったあの暗い
影だけの瞳を。
 クロノと揉めていたのなら、それでも強気の恭司なだけでいつもと何も変わらない筈だろう、ならいつどうし
てあんな、凄く暗い表情になるのだろうか……。とてもじゃないがフェイトには思いつかなかった。
 そんな束の間ともいえる時間であれほどの状態になるにはきっと何かがある。それとどうしても引っかかって
いた事があった。それはフェイトの目の前にいる少女の事だった。

「なのは、恭司に何か――言った?」

 自分でも驚くほど怖い声だったと、フェイトはなのはに言ってからそう思った。
 感情的になっちゃ駄目だ……あくまで客観的に恭司を追い詰めた何かを見つけなければ、彼を元気付ける方法
が見つからない。フェイトはゆっくりなのはに向かってもう一度、今度は穏やかな声で尋ねる。

「ごめん、ちょっと怖い言い方した。
 続きなんだけどアースラの廊下で会った時、凄い暗い表情だった。一体何が恭司にあったのか結局分からない
ままなのはを助けに行ったんだけど、その時恭司はこう言ったんだ。

『お前もか』

って……誰の事なんだろうって思ったんだけど、なのはしか思いつかなくて……」
「…………」

 なのはは思い出す。必死だった恭司を危険な場所に行かせたくなくて、彼に言葉を投げかけた……その投げか
けた言葉がどんな形だったかを。
 自分も必死だった。彼に認めてもらいたくて必死になっていた、そんな時に彼に何て言ったんだろうか、何度
もなのはは自問自答する。そして時経たずして思い出す、彼に伝えた言葉と……同時に忘れ去っていた過去の約
束を――

「――――あ」

 なのはは自分でも思った以上に情けない音だったなと後になって恥ずかしくなった。そして自分がしてしまっ
た過ちを、認識する。
 過去に捕らわれていたのはなのはだったのか、恭司だったのか、それともどちらともなのか。その疑問に対す
る解答は無く、ただ時間の流れの狭間に消え行く感情だけが渦巻いていた。

「今まで気にしていなかったけど、なのはと恭司ってどうやって昔知り合ったの?」

 ゆっくりなのははその言葉を噛みしめ、自分の言葉を紡ぎだす。

「……小さい頃だったからあまり憶えてないんだけど、お母さんが昔お父さんに話していたのを聞いてたからあ
る程度は思い出せるよ」
「本当は聞く物じゃないのかもしれないけど……恭司の事心配だから」

 そうフェイトが言った後、なのははフェイトの顔を見ると眉をひそめ苦渋を飲まされた表情だった。それは純
粋に恭司の事を心配していると分かるものである。
 ――私がした事なのに、私が壊したんだ。
 例え時間による記憶の忘却だとしても、なのはと恭司の想いだけは崩れ去る事は無いと互いに信じきっていた。
なのはが甘えていたのかもしれないし恭司が甘えていたのかもしれない、そんないつ崩れてもおかしくない橋の
上の関係だった。
 それを叩き落したのが――なのはだった。

「ううん、フェイトちゃんには聞く権利はあるよ。私の友達で、そして恭司くんの友達なのだから」

 なのはもまた過去を語る。





 ――――海鳴市 月村邸 4月23日 PM 3:40



「――それで、自暴自棄になっていたところにフェイトがやってきて八つ当たりをした……と」
「ああ――うん、大体その解釈で合ってる」

 恭司は前日の夜からの出来事を、オレンジペコ等の部分を使った上質で美しい翡翠色をしたセカンドフラッシ
ュダージリンティーも冷えてしまう程、長い時間恭司は経緯を語った。
 アリサとすずかは静かに、恭司の語る話をBGMにその高級な茶葉を使った紅茶を飲む。その時そっと風が吹
く、まるで天井扇で送られてくるそよ風のように優しく、頬を撫でる。
 そして一通り恭司が語り終えると、アリサは頭の中で整理し肝心な部分だけ抜き取り情報を統合、まだ分から
ない部分もあるが……胸のつかえがやっと取れた、という明るい表情になる。
 さて、言うべき事はただ1つだけ。

「そう? じゃあいいわね、1回しか言わないわよ?」

 アリサの反撃が始まる。すずかも一緒になって恭司に対してあれやこれやと言いたい事があったのだがここは
アリサに任せる事にした。
 恭司曰く、その時のアリサの笑顔は見惚れるほど美しく、また可愛らしかったと言う。だがそれはあくまで表
面的な物の捉え方だ。彼女の本質ははらわた煮えくり返るほど怒っていた。その度合いが限界を突破し、それが
壊れて笑顔になったのだ。
 すずか防御展開。

「こんのお――」

 十字キー長押し、反対側に押し返し、ボタンを1個キーと一緒にプッシュ。

「――大馬鹿あああああああああああああああああああああああ!!」
「ぎゃあああああ!」

 子猫を抱えたままだったので腕も手も使えず、アリサの怒声を鼓膜フルオープンで聞き入れる恭司。子猫を見
るとすずかとは別の方法でだが耳を塞いでいた。
 ……なんとも策士な子猫である。

「あ、あうあうあうあう」

 耳がキーンという擬音が恭司の脳裏を駆け巡る程に辺りの音を正常に拾えなくなってしまう恭司。そんな彼が
混乱している中にアリサは畳み掛ける。今の彼女には容赦、情け、そんな言葉はもうとっくの昔に捨てきってい
るのだ。

「まっ――――たく、世話が焼ける男ね。
 辛いなら辛い、苦しいなら苦しい。そして楽しいなら楽しいって友達なら一緒に感じるものだ、なーんて言っ
た阿呆は、そんな事も出来ず1人勝手に走って苦しんでその事を誰にも打ち明けず、格好だけつけて……何やっ
てるのよ恭司、アンタはそんな簡単な事すら出来なかったの?
 本当あたし達を何だと思ってるのよ、アンタが言う友達って何なの? これじゃあたし達は恭司の友達じゃな
いって言ってるものじゃない、ふざけないでよ何でアンタなんかに振り回されなきゃいけないのよ。何で……」

 最後の方が聞き取れなくなるくらいに小さな声で、何なのよ馬鹿と繰り返し呟くアリサ。彼女の純粋な感情は
恭司の心に酷く強く打ちつけるものだった。
 己の言った責任すら取れないのか、本当に大馬鹿だなあ……恭司はまた1人感情の螺旋を描く。それでも螺旋
の終わりも見えた。彼の表情は今や影を落とす物ではなく、影を作る物だったからだ。

「はは、大馬鹿かあ、本当に自分で自分を傷つけてたんだ。痛い、痛かったよアリサ、そしてごめんねすずか。
 俺、何も見えなかった。前に進む事しか知らなくて目の前の事ばっかり見ようとして、その目の前が真っ暗で
怖かったんだ。後ろ見ればさ、みんな居てくれて、その人達と一緒に歩けばよかったのに。前は真っ暗でも、振
り返れば明るくて、それは友達が照らしてくれるのに。そんな事も分かってなかったのに格好つけて1人で勝手
に騒いじゃってさ。
 ――本当にありがとうすずか、アリサ」

 感謝の言葉を恥ずかしがらずに言う恭司の顔はまた先程のアリサとは別の比べようの無い、無垢な笑顔だった。
 そんな笑顔を向けられるとさすがのアリサも照れる物があった。すずかもまた照れながらも恭司に応える。

「ふふ、どういたしまして」
「う……分かればいいのよ、分かれば」

 例え目の前が真っ暗でも、先の見えぬ暗闇だとしても一緒に歩む人が居れば心強い。手をつないで歩けば怖く
ない。そんな簡単な事だった。
 甘えない事が果たして大人なのだろうか。恭司はそんな問いに対して簡単に答えるだろう。大人だからといっ
ても怖いものは怖い、だから人は1人で生きていけない。怖いなら半分にすればいい、それが多ければ多いほど
1人の恐怖は和らいでくる。だったらあとは簡単だ、横に居てくれる人がいるだけで心強い、1人で強がってい
たって何も得る物は無いのだと。
 恭司の偶像は今まさに形持った実像となる。
 それを実感したアリサは何か思い当たる事でもあったのか、1つ質問を恭司に繰り出す。

「すずかもきっと思ってる事だと思うんだけど、あたしどうしても気になる事があって」

 アリサが思案するような顔で恭司に聞く。
 その言葉にすずかも反応を示す。今まで疑問に思っていた事もここで、強引かもしれないが恭司に聞きたかっ
たのだ。

「多分アリサちゃんが言ってるの、あってると思う。
 ――恭司さん、これに関しては言いたくないなら別にいいんですけど……」
「ん? 何かある?」

 憑き物が落ちた様に明るい顔になっている恭司が、はきはきと2人の少女に応えようとする。
 今日この時までやってきたのは友人を裏切る行為だった。だとすればその罪滅ぼしともいかないが、恭司は何
でも言う事を聞こうと思考をフル回転させて、次に放たれる言葉に備える。
 だが、次に送られたものは……恭司の表情を凍らせる物だった。

「なのはちゃんと――




 どうやって知り合ったんですか?」

























【あとがき】
 遅くなりましたが十一話お届けでございます。きりや.です。
 先日Strikersのオフィシャルファンブックと共に漫画版も購入しました。
 漫画版は本当に補完とストーリーの流れ、きちんと掘り下げてる部分に共感し、オフィシャルファンブックは
これ1冊あるだけで漫画版の部分やサウンドステージの部分もきっちり書いてあるのでしっかりとした出来でと
ても満足できる一品でした。
 次回も早めにお届けできればいいのですが、風邪を引きまして少しへたれてます。
 皆様も体調はなるべく気をつけながら生活してくださいね。

 また最後となりましたが、読者の皆様とこのSSの展示をしてくださったリョウさんに感謝を
 では次にお会いできる機会を楽しみにしています











作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。