彼はいつものように走っていた




 彼女はいつものように走る彼を見つめている




 彼は走る 見つめる先に何があるのか期待で胸を膨らませながら




 彼女は見つめる 彼の見つめる先を彼が掴み取るのを見るために




 彼は走る 見つめる彼女を知らずに




 彼女は見つめる 走る彼が自分に気づいてくれなくとも




 彼は走り続ける いつまでも




 彼女は見つめ続ける きっと――いつまでも




 彼は走り去る 見つめる先のものが見つかったから




 彼女は彼を見失う 見つめる先のものが自分には触れられないから






























「……嫌な、夢」

 少女はむくりとベッドから這い上がる。
 彼女はそのまま向かうべく場所にふさわしい物に召し物を変える。途中、夢を忘れようと頭を振るが、中々に
消えてはくれない。ここの所同じ夢ばかり見ているからだ。
 いつもいつも後姿だけを見て、そのまま彼が見えなくなるまで1人佇み見守り続ける。そんな、自分が嫌にな
るような夢。
 あの時もそうだった。彼に言われるがままにして、彼だけ傷ついて、そして自分だけが無傷で彼を見ているし
か出来なかった。
 自分にそんな力があるとは思わない。いや否定し続けているだけなんだと自嘲する。
 それでも……いつも彼女は彼を見ていた。



*





 学校の制服に着替えて朝食を取っていると、彼女の姉がやってくる。

「ふああ……ん、おはよう」

 その姿を人に見せられるような格好ではなく、彼女の姉を知っている人間ならば幻滅すらするような姿だった。
 だが彼女はその姉に対して言及するわけでもなく――というより今までしていたのだが直らないので諦めた―
―挨拶を交わす。

「おはようお姉ちゃん、また夜更かし?」
「いやあ、そういう訳じゃないんだけどね……疲れてるのかなあ?」
「ふーん……だったらそろそろバレないようにして欲しいかな」
「――な、何の事かな?」

 彼女は含みのある笑みを姉に向けるだけで、何も言わない。
 姉はそんな妹の姿を見て、今度からは家でなく別の場所にしておこうと誓うのだった。

 彼女はそのまま家を出る。出るのだが正確には家と外を隔てる扉から出たと言えば正解か、彼女が玄関先に立
つ。そのまま目の前にある車に乗り込んだ。
 運転席に座っていた女性は少女の姉のメイドである。

「今日もよろしくお願いします」

 冗談まじりに言う彼女の顔はお世辞にもあまりいい笑顔では無かった。

「――はい」

 そんな様子の彼女を見ても気にせず――というが、やはり仕える者にとっては気にならないと言えば嘘になる
――メイドは少し強めにハンドルを握る。
 車内ではエンジンの音すら聞こえない程である上、スムーズに進む。それだけでも車としては上位に値する物
だという事は分かった。
 お互い走り出してから喋らない。だがその沈黙を破ったのは、意外にも寡黙で知られているメイドの方だった。

「お嬢様、今日は普段より早いお時間に出られましたが。
 何かご予定がありましたでしょうか?」

 簡単な、日常で言うならば他愛のない質問だった。
 彼女はそれに対して、明確な答えを持っていなかった。だが――

「うん、なんとなくなんだけど……嫌な予感がして」
「嫌な予感……ですか?」
「そう、嫌な予感」

 言うと彼女は車の外を眺める。走り流れる海鳴の光景を眺めながら、夢見が悪いからただなんとなく、と彼女
はその事については口にすることはなかった。
 彼女の様子はいつもと違うのは一目見れば分かる物だったが、メイドはいつものように振舞う。

「そうですか。何も無ければ良いですね」
「そうだね……」

 彼女が気づけばいつもの集合場所に着ていた。
 一言ありがとうと彼女は告げ、メイドは姉の元へと帰る。その時ふと思ったのが自分のお付であるメイドの姿
を見ていなかったな、と思い出す。
 やがて時間が過ぎる。その間彼女は何をする事も無く、ぼんやりと春の陽気に包まれた風に身を任せながら待
っていると、いつもより早い時刻に彼がやってくる。
 ――嫌な予感的中。彼女はそんな事を不謹慎ながら思ってしまう。だがそれでも彼が明らかにいつもと様子が
違うのは目に見えている。
 だから彼女――月村すずかは、彼――志麻恭司に話しかける。
 いつもの日常を始めよう。だけどそれは二度と戻らぬ日常なのかもしれないが。
























魔法少女リリカルなのは 救うもの救われるもの



第十話「不安な気持ち」




















 ――――海鳴市 4月23日 AM 7:50





「おはよう、すずか」
「おはようございます、恭司さん」

 いつもの挨拶だが、すずがにとってこの朝の挨拶。これはリハーサルに過ぎない。彼女は本番の舞台を用意す
る。それも恭司の為だけに。
 別に緊張している訳ではない。だけどこのように疲労すら隠せぬ恭司に対しては不満すら覚えていた。
 ――何も話さない。――何も……話してくれない。
 すずかはそんな不満から苛立ちに変わろうとしていたとき、自分が何を思っていたのかを思い返す。そんな事
に苛立ちを覚えちゃダメだ。すずかはそう気持ちを引き締める。あの時、なのはの時も同じような苦しみを受け
たのだと思い出す。あの時は話してくれない事に対してではなく、なのはが何も告げずに何処か知らない所へ行
ってしまう様に思えたのが懐かしい。
 状況としては同じ様な物である訳で、そういう意味で二度目である。ならば自分は我慢しなくてはならない。
慎重にだが彼の心に踏み込む為にすずかはタイミングを計る。

「恭司さん、何か疲れているようですけど……何かありましたか?」

 恭司にとってこの話題の振り方は弱点である。
 何故なら――

「何でもないよ、俺そんなに疲れてる顔してたか?」

 恭司が何かあるときに限って……必ずと言っていいほど何でもないと返すのだから。
 はっきり言ってズルイとすずかは思う。
 笑顔で、必死に、辛い事や悲しい事を隠す恭司が。
 そんなにも自分は頼りないだろうか、確かに年齢的に考えれば、頼る事を躊躇することもあるだろう。だから
といってすずかにとって恭司は友達なのだ。だからこそすずかは恭司に頼って欲しいとも思っていた。
 恭司はすずかの様子がいつもと少しだけ違うことに気がつかなかった。それもそうだ、先ほどまでアースラに
いた彼にとって、今ここにいるのは強行軍である。だが、それでもいつもの日常を過ごす為にも彼は必死に辛い
事を隠そうとしていた……自分で手一杯なのだ、気付くわけが無い。

 すれ違い・・・・

 恭司は何度もすれ違いを起こす。それは誰になのだろうか、物だろうか、人だろうか。はっきりと分かってい
ることは彼が必死になっているという事だけは確かだった。だが必死というのは常日頃に出すものでない。だか
らこそ誰しもが彼の異変に気付く事ができ、彼が何かを隠していると確信出来るのだった。
 そんな恭司の様子を痛々しいとすずかは思う。
 何が恭司をそんなに駆り立てるのか、興味本位で聞いてはいけないのだろう、ならば本気で聞くしかない……
恭司を思うからこそ、全てを知ろう。そうすずかは決心する。
 ――自分が今出来ること。それだけでもやるんだ、と。

「恭司さん、今日の放課後時間ありますか?」

 すずかは踏み込む。彼の……心に少しでも触れたいと決意したから。
 例え断られても、諦めない。今度だけは――前に出るんだ。

「そう、だなあ、少しくらいサボってもいいかな……。
 いいよすずか、放課後時間作っておくよ」
「では、恭司さんの校舎前で待っていてくれますか?」
「分かった、時間は……ってどの道俺が遅いんだろうし、待たせる事になるけど――」

 こんな時でも、私の心配なのですか。段々と目の前で必死に眠たそうにしている顔を隠している彼に対してす
ずかは憤りを感じてしまう。次に出た言葉はすずか本人が思っていたより大分荒々しかった。

「――いえ、大丈夫ですから。待ってますから!」
「あ、ああ」

 すずかの態度にやっと疑問を抱く恭司だったが、何が原因なのか理解できなかった。
 そんな時だ、アリサの車がやってきて2人の前にアリサが現れたのは。

「おはよう。すずか、恭司。
 ……何よ、この変な空気は何故かここにいづらいのだけど」

 アリサの挨拶に苦笑いで答える恭司とすずか。その2人の態度に余計腹が立ったのか、問い詰めるが彼らは何
も話さなかった。アリサをなだめた後、互いに挨拶を交わし、学校へと向かう少年と少女。
 いつもより人数が少ない。そんな周りにとって些細な出来事でも当人達にとっては大きな事実だった。
 はやて――彼女の容態に関してはアリサが来た時点で恭司が概要だけ答える。当然ながら彼女の心配をした少
女達だったが、回復の兆しはあると恭司が述べたときの2人の顔からは笑顔がこぼれた。
 なのは、フェイト――彼女達は管理局で少し厄介事に巻き込まれてると恭司は誤魔化す。まさかはやてを襲っ
たと思われる人物と会っている等と言えるわけが無く、穏便に彼女達が危険な事に首を突っ込んでいるとはアリ
サとすずかには一切話さなかった。
 ――そして、すずかに分かって……彼女が分からない訳が無いのだ。

「それで、恭司。
 ――アンタ、何があったの?」

 唐突にだった。ずっと聞きたかったのかもしれない、タイミングを計っていたのかもしれない。だけどアリサ
は躊躇せずに恭司の心をノックし始めた。

「へ?」
「へ? じゃないわよ、そんな大きな隈まで作って。
 それにフェイトとなのはをほっぽりだして、アンタはこんな所でのうのうと学校ですか」
「ア、アリサちゃん……」
「……」

 言葉に詰まる恭司。
 すずかの前では必死に隠していた顔の表情――笑顔という仮面に隠していた――がこの時だけ、一瞬だけだっ
たが仮面も外れた。
 慌てて戻ろうとする恭司。だがさせまいとアリサは扉をこじ開けようとする。彼女は止まることは無く、ひた
すら前へと進もうとする。

「結構前になっちゃったけど言ったわよね、あたしに。
 少し違うかもしれないけど……なのはやフェイト達を助けるって、手伝うって」

 恭司はこじ開けてくるアリサを、彼は拳を握るも抵抗せずに待つ。笑顔はもう無く彼の顔は既に無表情。
 不穏な空気がこの場を包む。それでもアリサの詰問は続いた。

「それが何よ、管理局にだって今はいるんじゃないの?
 なのになのは達を置いて、ここに――」

 もう見ていられなかった。これ以上恭司の心を見ようとしても彼はただ傷つくだけで核心には近づけない。そ
れ以上にすずかにとってこの状況は望んだ物じゃない。友同士で争う、これはとても嫌な事で悲しい事だ。

「アリサちゃん!」
「何!? 今コイツに確認してるところなの、すずかは邪魔しないで!」

 恭司はひたすらに耐える。どう言われようが、どう罵られようが、恭司は何も言わない。口は閉じた貝の如く、
開く事は無かった。どんな開け方をされようが今の彼は部屋の様子すら見せる事は無い。そんな恭司を見かねた
アリサは彼を問い詰めていた。
 それでもすずかはこれ以上、友同士で争うのを止めさせようとするが、アリサは止まりそうに無かった。まる
で2年前と……同じ状況。そんな事が彼女の脳裏をよぎる。
 同じ轍は踏むものか――!

「アリサちゃん、今は、お願い。今だけは、お願いだから……」

 恭司に詰め寄るアリサをすずかは後ろから両腕で抱き止める。

「すずか……泣いているの?」

 背中に感じるすずかの顔の動きでなんとなくだが、把握するアリサ。
 熱くなった頭を冷ますには……凄く効果的で、そしてとても悲しかった。

「泣いて無いよ、別に泣いてない。
 だけどこれ以上友達で争うのは止めてほしいの! アリサちゃんの言い分だってあるけど……恭司さんの言い
分もあるんだよ、分かってあげようよ!」
「それを! 恭司が何も言わないから、聞いてるんじゃないの!
 なのに何も喋らないんじゃ分かりっこないじゃない!」

 何も言わぬ彼が、誰にも自分を見せない彼が、とても悲しくて哀しくて許せなくて、自分すら責めたくなりそ
うにもなる程憤りを感じても、それでもアリサは恭司に聞きたかったのだ――彼の言葉で。
 すずかの言っている事はもう恭司に聞く前からアリサにも分かっていた。
 ――こいつはここに居たくて居る訳じゃない。
 その程度の事、分からないアリサではない。いつもなのはの隣にいてあげて、見守ってきた彼が何も感じずに
学校に行くわけが無い。友達を置いて、守る事を放棄して、自分のやりたい事を放り投げてまで義務を果たそう
とする少年ではない。だから聞きたかったのに――

「……ごめん。俺がここにいると、空気悪くするだけだな。先に行ってるよ。
 それとすずか、ちゃんと約束は守るから。それじゃ……」

 ――逃げた。
 恥もかなぐり捨て、恭司は2人の少女から逃げた。自分の友達から逃げた。恭司を思っているからこそ聞きた
かった人から逃げた。
 アリサとすずかは、恭司が走り去るのをぼんやりと眺めていた。止める事も叶わず彼は1人逃げ去る。そんな
事実を突きつけられて、黙っているアリサでもなかった。

「ふざけるんじゃないわよ……。
 あいつ、あたし達の事なんだと思ってるのよ。ただの友達ごっこするためだけに今まで付き合った訳じゃない
のよ。それなのにあいつは……恭司は、何も言わず1人で抱え込んで……。
 まったく……あたしも何が楽しくてあいつの事心配してると思ってるのよ……」

 ポケットからハンカチを取り出し、アリサはそのまますずかの目元へ。アリサはばつの悪そうな顔をしながら
すずかの涙を拭う。

「もう、何も泣かなくてもいいじゃない……」
「……ごめん」
「あいつが悪いのよ。すずかを泣かせておいて、ただじゃ済まさないんだから。
 だから謝らないでよ……すずかのお陰であたしも頭冷えたし」
「うん、ありがとうアリサちゃん。それに、今日の放課後――」

 純粋に恭司を心配する2人の少女。
 悔しくて、悔やみきれなくて、それでも諦める事が出来ないから何度も挑戦する。

「行くわよ、どうせ放課後にあいつと会う約束でもしてるのでしょう?
 あたしも連れて行って頂戴、そうじゃないとこの気持ち収まらないんだから」
「アリサちゃん……うん、一緒に聞こう。恭司さんの思ってる事」

 風が吹く。それは気持ちを確かにする心地よい風だった。
 諦めない気持ち。なのはにも宿っている一途に追い思う気持ち。それはアリサ、すずかの彼女達にも宿ってい
た。何故ならなのはがいたから、今の彼女達がいるのだから。



*





「最低だ……俺」

 1人居た堪れなくなり、友人達から逃げた少年は呟く。
 疲れていた。そういえば終わるのか、いやそんな事は無い。彼は彼なりに彼女達を気遣ったつもりだった。だ
がそれが逆効果だった。そんな事さえ分からなかった恭司は、自分を責めたてる。
 アースラではフェイトに、通学路でアリサとすずかに。
 フェイトの1件があったからこそ、彼は何も言わぬ人形となった。自分の心をさらけ出して、アリサやすずか
に八つ当たりする事なんてしたくなかった。そんな事をして彼女達を余計に心配をかけさせたくなかった。だけ
どこれで良かったんだろうか……。
 恭司の思考はループする。
 人の生に正解は無くとも、間違いはいくらでも起こる。恭司にとって自分の選択は間違っていたのだろうか、
何度も何度も自答する。

「どうすればいいんだろう、見えないんだよ……暗いんだ目の前が」

 醜い自分を表に出したくなかった。感情だけで生きている自分を世界に見せたくなかった。だが、たった一言。
大切だと、守ってやると思っていた人からたった一言告げられただけでこの様だ。恭司は底の無い暗い感情の沼
に沈んでゆく。
 腕を伸ばし、何かを掴もうとするも恭司の手には何も握られていない。
 そんな恭司を気遣う事無く、左腕のバングルは日に照らされ密かに煌くだけだった。





 ――――海鳴市 私立聖祥大学付属小学校 4月23日 PM 2:30



 全ての学課を終了した1つのクラスで少年、少女達は談笑や帰り支度をしている。その中にすずかとアリサは
いた。
 アースラにいたフェイトとなのはは結局学校へ来る事は無く、はやてもまた回復に向かってるとはいえ、学校
には来れないだろう、それ故姿は無かった。
 彼女達は急ぐことなく自らの校舎を出る。目的地は――中等部の校舎だ。
 中等部の校門から少し離れたところに立派な車がある。アリサは既に自宅へ連絡をし、用件があるので先に帰
って欲しいと執事に告げた。後ろで控えている車は月村家の物である。
 すずかとアリサが待つのは当然ながら志麻恭司という1人の少年。
 時間も程なくして恭司がやってくる。時間を見ても授業が終わり次第すぐさまに出てきたのだろう、彼の顔の
様子を見るに急いで来たに違いない。だが、どことなく余所余所しい感じではあったが。

「ごめん、待たせた――ってアリサ!?」
「……何よ」

 むすっとした顔で恭司を出迎えたアリサ。朝のを引きずっているのだろうか、

「い、いや……なんでここに?」
「いちゃ悪い?」
「別に、構わないけど……」」
「――キッ!」
「是非ともお供して下さい!」

 ――お嬢様不機嫌度指数最高値。
 アリサの威圧感は恭司の心を締め付ける。ただでさえ朝の1件があったからこそ顔を合わせ辛いと恭司は思っ
ていたのだが、彼女の行動力は恭司の予想を上回る物だった。
 だが恭司は何故ここにアリサがいるのかという疑問より、すずがが自分に何の用事で呼び出したのだろうとい
う疑問の方が彼の中で勝っていた。朝の出来事があるからこそ、余計に彼は疑問符をたくさんつけたい気持ちに
なっていた。

「さあ、行きましょうか」
「行くって……何処に?」

 すずかが恭司を車に入るように促すが、恭司は何処へ向かうか聞いていなかったので確認の為に聞く。
 恭司が出す疑問の声に毅然として答えるすずか。

「私の家です」
「そうなの――ん? なんで俺が必要なんだ?」
「いえ、ちょっと運んで欲しい物がありまして……」

 恭司はそこで、家具くらいの大きな物なのかな? と推測するが結局の所核心をついた答えではなかったので
あくまで恭司は推測に留めた。
 必要とされているならば、行くまで。恭司は自らを気持ちを殻に閉じ込めたまま、すずかの願いに応えるのだ
った。
 恭司、アリサはすずかの送迎車に乗り込む。
 運転手は朝と同じメイドだった。名前はノエル・K・エーアリヒカイトという。本来ならばすずかのお付のメ
イドはファリン・K・エーアリヒカイトという名のメイドなのだが、ノエルがすずかを送り迎えしていた。ファ
リンはその間屋敷での業務……とは言っても基本は買出しメインなのである。
 ちなみにミドルネーム、ラストネームで分かるように彼女達は姉妹である。補足だがノエルはすずかの姉、忍
の御付メイドである。
 恭司の持てる紅茶の知識の豊富さにノエルは以前舌を巻いた事があり、それ以降彼女の淹れる紅茶を楽しみに
恭司は月村家に遊びに行くことが多々あった。その事もあってかノエルと恭司の話のテーマはお茶に関してだっ
た。
 基本知識から始まり今の時節が旬の紅茶葉について。そして紅茶のアレンジについても。
 車を運転している間、車内は口数の少ないノエルとずっと喋る恭司の音しかなかった。ちなみにその音を快く
思わない者もいる。
 後部座席に座っている少女2名だ。

(なんで朝あんなに疲れてた奴がべらべらと喋るのよ)
(う……なんでだろう)

 すずかとアリサは顔を寄せ合い、ひそひそと前に座っている2人に気づかれないように話す。

(あいつ、もしかして学校に行って寝てただけじゃないでしょうね)

 アリサは恭司の性格、成績、行動基準これらを考慮して体力、眠気の回復の理由を探り当てる。アリサが導き
出した答えは正解だった。彼は学校に行ったのはいいのだが、正確には行っただけ。授業等まともに受けてやし
なかった。結果彼がしていたのは学校に寝に行っただけだ。
 これについては誰かを彷彿とさせるが、ここでは問題ではないだろう。

(ありえるかも……)

 アリサが推測した答えに、すずかは肯定する要素が沢山あった為うなずくしかない。
 そしてそれ以上にアリサとすずかの機嫌を悪くしていた要素がある。

(それになんでノエルさんとばっか喋ってるのよっ! あたし達の時は気まずそうにしてた癖に!)

 なんとなく恭司に、無視されているみたいでアリサにとって心地は良くなかったらしい。とりあえず、すずか
は巻き添えであるので一応反撃しておく。

(それは仕方ないよ、アリサちゃんが突っつくんだから)
(うぐっ――)

 ぐうの音も出なかったがうぐは出たアリサ。
 結局、月村邸に付くまでノエルと恭司は話しっぱなし――殆ど恭司が一方的に喋っていたとも言えるが――だ
った。それをアリサとすずかはずっと恨めしそうに眺めるだけだった。

























【あとがき】
 最近、穏やかな気持ちになる音楽で、健やかに過ごしているきりや.です。
 先日、お世話になっていた上司の栄転が決まり、少々物悲しさを感じる日々です。
 次の話もなるべく早めに仕上げようと思いますので、また読んでいただければ幸いです。

 また最後となりましたが、読者の皆様とこのSSの展示をしてくださったリョウさんに感謝を
 では次にお会いできる機会を楽しみにしています









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