第5話  覚悟の選択






ムティカパ退治が終わり、村にも平和が戻った。

この村では一人も犠牲者が出なかったのが幸運だった。

自分はあの時の怪我のせいでしばらく絶対安静を言い渡された。

……結局、2回も重症を負ったんだもんな。

もし次があれば(無い方がいいが)怪我しないように気をつけよう。

あと、あの時アルルゥが拾ってきた子ムティカパ(ムックル)は元気に育っている。

どうもアルルゥのことを母親のように思っているらしく、いつも甘えている。

周りの人間にも慣れているようだし、後々成長したら暴れだす、ということもないと思う。

……一つだけ気になるのは、怒ったエルルゥを見ると怯えだす癖がついているのはなんでだろう?













ある日、いつもどおり野良仕事をしていると、村の方が騒がしくなった。

なんでも領主じきじきに村に来たそうだ。

自分が見に行った時にはもう話は終わりかけていたが。

印象は、見た目だけでなく中身も最悪なちょび髭オヤジだった。

あの態度だけで、他人を見下してるのがよく分かる。

むかつく連中が帰った後、村長の家で談議が始まった。

連中の言うことには、この村が税をごまかしていたと言い、10年分の税を収めろ、だそうだ。

また、鉄を精製して売りに出していることも、許可なしでは違法だ、それも収めるように、だと。

……無茶苦茶な言いがかりだ。収穫量をごまかした、ではなく、ハクオロさんのおかげで今年から増えただけなのに。

鉄もそうだ。そもそも造り方すら広まっていない物を造るのに許可が要るはずがない。

「まさか、鉄を造ったりするのに許可が要るなんて知りませんでした。

それを知っていたら、もう少し……」

「そんなものはありはせんよ。みんなあいつらのでたらめじゃ」

やっぱり、か。トゥスクルさんの言葉を聞いた時、そう得心した。

「いよう、しけたツラしてやがるなぁ、おい」

そう言って家に入ってきたのはげいに……いや、ヌワンギだった。

「ま、まさか、てめえが領主に言ったのか……」

「そうよ、この村が鉄を作って売り出してることもなぁ。

畑が広くなったことも親父に伝えたぜ」

「て、てめぇ……」

「オヤジさん、落ち着いて」

そのまま殴りかかりそうなオヤジさんをなんとか宥める。

「いいのかぁ、そんな態度をとってよぉ。

今日からは俺がこの村の税の徴収を任されたんだ。口の利き方には気をつけろよ」

いい気になっていやがるな、だが手は出せない、くそ。

「どうだい、エルルゥ。俺様の力は?」

「……ひどい」

「……へ?」

「ひどいよ、皆一生懸命だったのに、どうして、こんなひどいこと。
それなのに、それなのに……」

「い、いや、エ、エルルゥ?」

「ヌワンギの……バカァーー!!」

そう叫んで家の奥に走って言ったエルルゥ。

「な、なんでだ。俺は、エルルゥのためにここまで」

まだそんな事を言ってるのか。

「あのな、ヌワンギ。エルルゥがそれを本気で喜ぶと思っているのか?」

「あ、当たり前だろう。贅沢な暮らしを喜ばない奴なんかいる訳がないだろうが!」

「俺はこの村にきてまだ何ヶ月もないが、それでも分かることはある。
エルルゥは、他人の犠牲の上で成り立つ、そんなものを欲しがるような娘じゃない。
……昔ここに住んでいたって言うのなら、そんな事は分かっているだろうに」

「う、うるせえ! そんなことはねぇ!
あんな、あんだけ豪華な生活があることを知れば、きっと、きっと、くそ!」

そう言い残して家を出て行く。やれやれ。

「昔はああじゃなかったんだけどね」

そうソポクさんが言ったが、知らない俺にはわからない。

「ハクオロ、あんた早くエルルゥを慰めに行きなさい」

「は、自分がですか。なぜ自分が」

「全く、うちの男共ときたら朴念仁ばっかりなんだから」

……俺も数に入れられてるのかな。















その日の夜、オヤジさんがなにやら騒いでいたので様子を見に行く。

「オヤジさん、何かあった?」

「おう、ショウか。いや、これを見てくれよ」

そういって指差したところには、あいつらに持っていかれたはずの……

「食料と、鉄!?」

「ああ、それもきっちり、持っていかれただけ置いてありやがる。
一体全体誰がやったんだか」

これだけの量を取り戻すにしても簡単ではない。

かなりの人数を費やさなければ運ぶのにも苦労するだろう。

そのとき、騒ぎを聞きつけたのかハクオロさん達が来た。

トゥスクルさんは誰かが自分達を助けてくれたのだろう、と言っていたが、

……なんでそんなに驚いていないのだろう?

ひょっとしたら、だれがやったか知っているのかもしれないが、

問いたださなくてもいいか。

トゥスクルさんがなにも反応しないのは、その人達を信じているからだろう。

だとしたら、悪いことにはならないだろう。

後は、あいつらに分からないように誤魔化す片付け方をしないとな。













その日からは平穏な日々が続いた。

最近ではヌワンギも余り来なくなっている。

あの時にエルルゥに拒否されたのが効いたのかもしれない。

そういえば、時々またトゥスクルさん達が往診に行っているようだ。

なぜかは分からないが、いつもハクオロさんを連れて行くのだが。

ハクオロさんに聞いた所、病人の子、ユズハという名前らしいが、

ほとんど外に出たことがないらしく、知らない人と関わることもなかったらしい。

その子がハクオロさんを気に入ったらしく、会いたがるそうだ。

そういう理由だったのか、と納得はしたが。

……前にしていた指に髪の毛を結ぶお呪いも、その子がしたのか。

話を聞く限り、本当に純粋な子らしいから、また会いたい、というだけだったんだろうが。

あと、一回だけ大変なことになっていた事があった。

何でか知らないが、ハクオロさんが怪我をして帰ってきたことがあった。

トゥスクルさんいわく、馬鹿二人が大喧嘩をしたとのこと。

多分、相手はあのオボロだろう。ほかに思いつかないし。

なんでそんな事をしたかをハクオロさんに聞くと、

「意見をぶつけ合っているうちに、引くに引けなくなった」

とのこと。なんの意見を言い合ったかは聞けなかったけど、聞かない方がよさそうだ。

……それに、そんな事を考える暇なんか、すぐになくなってしまったから。

10日程過ぎた後、起きてしまった、あの事件のせいで。











「にゃぷぷぷ。それらも徴収していくにゃも」

また突然、藩主一行がやってきたかと思うと蔵の物を税として徴収すると言い出した。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。税はこの間収めたばかりだろう!?
いくらなんでもこれは」

と、俺が言うと、

「ええーい、うるさいにゃも。前に徴収した分の税は山賊共に持っていかれたにゃも。
だから、また税の徴収をしに来てやったにゃも、ありがたく思えにゃも」

「これ以上持って行かれたら、本当に暮らしが成り立たなくなる。
どうか勘弁いただけないか?」

ハクオロさんがなんとか思いとどまるよう説得する。

……実際には誰かが取り戻してくれたので余裕はあるが。

山賊と言うのはきっとその時の誰かか。

だが、戻ってきているのがばれたらただではすまない。

なのでなんとか誤魔化さないといけないのだが。

「にゃぷぷ。そんな事は関係ないにゃも。
おみゃあらがどうなろうが、税さえ取れれば問題ないにゃも」

「それでは、次以降に収められる税がなくなってしまう。
どうか、考え直しては……」

「ええーい、うるさいにゃも、わしの言うことが聞けないというにゃも!?
お前ら、こいつを少し痛めつけてやれにゃも」

言われたまま動きハクオロさんをつかまえる兵士二人、だが傍観してるつもりはない。すぐにあいつらを……

「そこのおみゃあも動くんじゃないにゃもよ。おかしな動きをしたら村が大変なことになるにゃもよ。」

くそ、ヌワンギと同じ手できやがる。しかし、手を出せばこの村が……

「いったい何の騒ぎなんだい!」

この騒ぎに気付いたのか、トゥスクルさんが来た。

「ササンテ。これは一体どういう事だい?」

「に、にゃぷぷ。藩主じきじきに税の取立てに来てやったにゃもよ」

「少し前に取っていったばかりじゃないかい。また来るとはどういう了見か聞いておるんじゃ」

と、藩主を相手に一歩も引かないトゥスクルさん。

トゥスクルさん相手には強く出れないようで、気圧されていく藩主。

このままうまく話が進めばよかったのだが、

「おい、婆。貴様誰に向かって口を聞いている」

兵士の一人がトゥスクルさんの前に立ちはだかった。

「なんじゃ、小童。この村を預かる村長のワシが、この村を滅ぼすかもしれんことに反論しているのじゃ。
この村に住む何百という命がかかった問題じゃ。相手が藩主じゃろうと何の関係がある?」

「なんだと、こいつ」

いきり立つ兵士に、どこからか小石が投げつけられる。

見れば、泣きそうな顔をして小石を持っているアルルゥが。

「おとーさんと、おばーちゃん、いじめるな」

そう言いつつ、また小石を投げかける。

「このがき、藩主様になにをしやがる!!」

それまでのトゥスクルさんとのやり取りを受け苛立っていたのか、

アルルゥに向かって剣を振りかぶり、って

「させるかっ!」

とっさに身体が反応し、槍で剣を受け止める。

そのままの流れで剣を弾き飛ばして柄の部分を叩き込む!

いろめきだった兵士が自分を取り押さえようと向かってくる。

そこにギャウッ、と言う鳴き声と共にムックルが他の兵士に咬みついた。

しかし、まだ身体の小さいムックルでは簡単に振りほどかれ、地面に投げつけられそうになる。

そこにアルルゥがとっさに飛び込み、受け止めるが、目の前には剣を振りかぶった兵士が。

まずい!と気付いた瞬間、無理矢理に槍をぶん回し、周りの敵を打ち倒す。

そのまま走りこみ、槍で剣を弾こうとするが、それは少しだけ軌跡を変えることしかできなかった。

そして、人の切られる音と共に血飛沫が舞い上がった。

……トゥスクルさんの、血が。

アルルゥを、身を挺して、庇った、トゥスクル、さん、から。

「いやあぁぁぁぁぁ!!!」

エルルゥの悲鳴が上がり、トゥスクルさんは倒れ、アルルゥはまだ何が起きたか気付いていない。

許さない、目の前のこいつを切り倒してやる、と怒りに任せ槍を叩きつけようとしたとき、

……そんな怒りを吹き飛ばすほどの、ナニカを感じた。

圧倒的な力、あのムティカパの威圧すら子供だましに思えるほどの、恐怖。

ソレは、ハクオロさんから放たれていた。

周りにいる誰もが身動きすらできなくなっていたとき、トゥスクルさんのうめき声が聞こえた。

「トゥスクルさん!!」

我に返ったかのようにハクオロさんが声をかける。と、威圧感は一瞬でなくなった。

「に、にゃぷぷ。い、今のうちに逃げるにゃも!!」

同時に藩主が怯えながら逃げ出すと、兵士達も続いて逃げ始める。

そんな些細なことはどうでもいい。早くトゥスクルさんの手当てをしないと!



















夜が更け、トゥスクルさんの手当ては終わった。

しかし傷は深く、まだ意識は戻っていない。

また流れた血が多く、トゥスクルさんの体力次第では、もう

「いや、そんなことにはならない。
……ならないで、くれ」

今の自分にできることなど、神に祈ることだけなのだ。

それでも、希望は残っている。

最後の、自分の槍が届いたから、トゥスクルさんの傷も軽くなったそうだ。

もし届いていなかったら、今日の夜を越えることもできなかっただろう、と。

エルルゥにはそう言われ感謝されたが、心の内は晴れることはない。

後一歩、近づけていれば、あと少し、早く気付ければ。

そんな後悔が頭の中を駆け巡っている。

その時、オヤジさんや村の皆が集まってきた。

「おう、ショウ。これから、アンちゃんの所に行って来る。
……話さなきゃ、いけねえことができたからな」

こんな状況で話すことなんか一つしかない、よな。

なら、当然自分もついていく。

ふと物音に気づくと、ハクオロさんが馬に乗り村の外に向かって行く所だった。

村の外に行く用と言えば、彼に会いに行くのか。













村の皆には話していなかった、村の外の病人の話。

簡単に説明し、皆でハクオロさんを追いかけることになった。

エルルゥたちはトゥスクルさんの看病のため、村に残っている。

ハクオロさんに追いついたとき、話は終わりを迎える所だった。

彼、オボロは妹をハクオロさんに預け、トゥスクルさんの仇を討つつもりらしい。

ハクオロさんも止めていたが、聞き入れずに走り去っていった。

彼のやることは無謀だろう。まず失敗することだ。

それでも、彼の気持ちも分かるから。

……後、やることはひとつだ。

彼に近づいた時、やっと自分達に気付いたらしい。

「皆、どうしてここに」

「どうする、アンちゃん。こんな状況になって、俺達の我慢も限界なんだ」

「今までのやり方もむかついたが、我慢はできた。
だが、恩人を傷つけられて、俺は黙ってはいられない」

「皆、自分達が何をしようとしているのか、分かっているのか。
……後戻りできなくなるんだぞ!?」

そうだろう。これは取り返しのつかない選択だろう。

だが、それでも。

……もう、俺達皆の考えは一つだ。

「言ってくれ、アンちゃん。後はアンちゃんの一言があればいい。
アンちゃん……どうする?」

オボロの従者の二人も、心配そうに言う。

「ハクオロ様、どうか若様をお助けください。どうか、どうか」

「自分は……」

皆何も言わず、ハクオロさんの号令を待つ。













「……倉を開けろ!!!」



「「「「うおおおおおぉぉぉーーーーっ!!!」」」」







倉を開け、戦のときに使う武具を運び出す。

この村の元々住んでいた人たちは戦に出たことのない人ばかりでも。

後からこの村に流れてきた自分や落人達は、戦を知っている!

簡単な陣形や作戦の概要など、皆に説明していく。

軍師役などは自分の本職ではないが、それほど複雑な作戦でもない。

まず中に何人かが侵入し、内部から大門を開ける。

その後皆で突入し、藩主ササンテの首を獲る。

そこから先は、なるようにしていくしかないが。













作戦はうまくいった。

自分やハクオロさん、オヤジさんと、

オボロの従者二人、ドリィとグラァが最初に侵入。

門を開け、村の皆とオボロの仲間達が一気に侵攻。

その勢いのまま、屋敷の前で敵に囲まれていたオボロと合流できた。

「な、なんにゃも!?なにがおこっているにゃも!?」

この流れが理解できないらしい藩主に言ってやる。

「一つしかないだろう。……反乱、だよ」

「は、反乱!?お、おみゃあらそれがどういう意味かわかってるにゃも!?」

分かっているに決まっているだろう。こんなこと。

「お、おい待てよ!なんでこんなことしやがる!?
てめえら、自分達の立場がわかってやがるのか!」

ササンテの後ろからヌワンギが出てくる。

「当たり前だろう。立場が理解できているから、覚悟ができているから。

……皆が、ここにきているんだぞ。

さあ、覚悟を決めろ、ササンテ。あんたの暴政は、ここで終わりだ」

「ひっ。お、お前ら、全力でこいつらをおさえるにゃも!!
こ、こんな所で死んでたまるかにゃも!」

そう言い放ち奥へ逃げるササンテ。それを追いかけるヌワンギ。

逃がしてなるものか!

目の前の兵達も怯えている。百人以上が攻めて来ているのだから、当然だが。

「あんたらも降伏しろ。俺達の狙いはササンテ一人だけだ。
あんな奴のために命を失うことはない」

そう言ってやると、あっさりと武器を捨てて降伏した。

兵士達を殺すのが目的でないのだから、彼らは他の人たちに預ける。

でも、本当に人徳ないな、あの藩主。

そのまま屋敷に飛び込むと、倉庫の方から声が聞こえてきた。

そちらに走りこむと奥の通路に逃げ込もうとしている二人が。

「見つけたぞ、ササンテ!!」

「くっ、こうなったら相手をしてやるにゃも!」

やけになったか両手の袖から爪のような武器を取り出し、切りかかってくる。

見た目からは想像できないほど早く、重い攻撃だった。

だが、それくらいでは通じない。

ムティカパの攻撃を食らった経験がある。それくらいじゃ効かない。

隙を見て反撃を繰り出すと必死に防ぐが、こちらの連撃は止まらない。

思い切り槍を切り上げると、受けきれずに体制を崩した。

悪いね、ハクオロさん、オボロ。コイツは、俺がこの手で

「引導を、渡してやる!!」

振りあがっている穂先を、全力で切りつける!!

ザン、という音と共に、血飛沫が飛び散る。

……トゥスクルさんと、同じ傷の痛みを知れ。

「お、親父……? ひ、ひいいぃぃぃーー!!?」

声に気付きそちらを見ると、ヌワンギが悲鳴を上げ隠し通路に逃げていく。

だが、あくまで目標はササンテだけ。見逃してもいいだろう。

他の皆が駆けつけたときには、すでにササンテの息は止まっていた。











朝日が昇る頃には、全てが終わっていた。

ここにいた兵士は半分くらいが投降し、残りは逃げていった。

投降した兵は、説得次第でこちらについてくれるかもしれない。

後やることはここの修理や守りを固めること。

おそらくすぐに軍がここを攻めて来る事だろう。

ゆっくり休んでいる暇はなさそうだ。

遠くの方では、ハクオロさんがオボロを殴っている。

少し心配だが、言いたいことがあったのだろう。放っておこう。

周りを見渡せば、不安な顔をしている人たちが多い。

しかし、もう行動してしまった以上、後戻りはできない。

あとは、最後まで戦うのみだ。

絶対に、守り抜いて見せよう。








 後書き

 ・・・大変お待たせしました、ファストです。

 前に投降した時から、3ヶ月は経ってしまいました。

 夏季休講の間に書こうと思っていたら、駄目でした。

 途中全くと言えるほど指が文を打つのを嫌がるシーンがあり、

 情けないほど時間がかかってしまいました。

 言い訳はこれくらいにして、やっと第5話です。

 この辺りからすこしずつオリジナルの展開を含めていこうと思っています。

 トゥスクルさんの怪我や、ササンテの最後など。

 頑張って書いていきますので、これからもよろしくお願いします。








作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
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