第四話 森に住まう主






最近は物騒な世の中になっている、と思えてくる。

この家の前にいる、山を越えて戦から逃げ延びてきた人たちを考えると、特に。

その人数、なんと150人弱。この村の人よりも多いほどだ。

本当はもっと大勢だったらしいが、山越えの際に事故にあったり、追っ手に襲われたりしたらしい。

今は全員に食事を取ってもらっている。畑が増築されたため、蓄えにも余裕ができたおかげだ。

しかし……

「どうするんだい、村長。この人数を食わせていくのは無理があるぜ」

という、オヤジさんの言葉が今の問題を物語っている。

蓄えができたとはいえ、この人数を含めて食っていくのは不可能。

新しい作物を収穫するのも難しく、狩りでまかなうのも同じことだ。

今しているのは彼ら、戦からの落人達の処遇をどうするか、という話なのだが。

「なら、とりあえず受け入れられるぎりぎりの人だけ受け入れて、
残りの人は別の集落に行ってもらうしかないのでは」

「いや、今はどこの集落でも同じ状況だろう。
それだけの人を受け入れるのは無理だろうぜ」

自分の提案はオヤジさんに却下された。それだけこの国の税がきついということだが。

「やっぱ無理だぜ、村長。あれだけの人数を受け入れるのは」

人情気質のオヤジさんが無理というほど、難しいのか。

「……なら、彼らを見捨てるのかぇ?」

「ぐ、い、いや、でもよ……」

「戦で家を焼かれ、住む場所を追われ、断腸の思いで故郷を捨て、
何人もの同胞の屍を踏み越えながら山脈を越え、ここまで辿り着いたあの者達を見捨てろというのかぇ?」

トゥスクルさんの、静かな声が流れ、その場に居る皆から言葉が途絶えた。

皆考えは同じなのだ。彼らを助けたい、でも現状がそれを許さない、ということだ。

「……ハクオロ、ショウ、お前さんらの考えはどうじゃ?」

いきなりこちらにふられたが、自分に言える事は、

「……彼らを助けたい、と思います。自分もああして、戦場から逃げてきた所を、
皆さんに助けられました。だから、彼らも助けたい」

「私も同感です。森の中で倒れているのを、エルルゥが見つけ、ショウが連れて行ってくれた。
トゥスクルさんが治療してくれて、アルルゥが見舞ってくれた。……私も、彼らを助けたい」

そう、俺ら助けられた二人だから、そこは曲げられない、曲げたくない。

そうなると、問題は……

「じゃが、受け入れるには食料が足りない、というのが問題だと言いたいのじゃろ」

そう、その問題を解決できなければ助けることはできない。

作物は収穫できず、狩りでは賄えない。他に何か手は無いだろうか?

「私にひとつ、考えがあります」

とハクオロさんが言い出した。

「足りない分の食料は、どこかから仕入れればいいのではないでしょうか」

「アンちゃん、そりゃ無茶だぜ。確かにその方法なら食い物は何とかなるだろうが、
そのための金が無いんだぜ。情けねえ話だが、この村には金目な物はほとんどないんだ」

その反論に、ハクオロさんは

「なら、金属を精製すればいい。鉄なら銅よりも価値が高い。それを売りに行って、帰りに食料を……」

「い、いや、ちょっと待って、ハクオロさん。どうやって金属なんか作ろうって言うのさ?」

いくらなんでも無茶な案だと思う。作り方も材料も知らないのに。

「ああ、鉄の製法くらいなら自分が知っている。
純度の高い物を造るには高熱に耐えうる炉や、燃料、他に薬品とかも必要ですが、何とかなるでしょう。」

……でたらめすぎにも程がある。オヤジさんも皆も唖然としている。

そこのところを突っ込んだオヤジさんにソポクさんがひじで突く。

「何言ってんだい。ハクオロが何とかできるって言っているんだから細かいことは気にしないの」

「そうじゃな。ではまかせたぞ、ハクオロ」

「自分が、ですか?」

「そうじゃ。まあ、田畑の開墾と同じ様に指示を出せばええ。

少し忙しくなるが、そう変わらないじゃろ」

やっぱハクオロさんは只者じゃないな。鉄の精製ができるって。

……まあ、ソポクさんの言うとおり、細かいことはいいか。

ハクオロさんの人格は信用してるし、不思議だが問題は無いだろう。

後自分にできる事は、だ。

「もし、金属の精製に成功して、売りに行く時には自分が護衛について行きますよ」

「ああ、それは助かるねぇ。最初はともかく、何度も行く事になれば賊に狙われるやもしれん。
その時にはよろしく頼むよ」

トゥスクルさんにも言われたし、後は頑張っていこう。

護衛だったら傭兵家業の時、多少はやっていたし。











数日後、本当に金属の精製が成功した。純度もよく、質、量も問題なし。

確かにこれなら食料くらい訳なく買えるだろう。いや、蓄えまで補えるかもしれない。

いや、ハクオロさんってできないこと無いんじゃないかと思えるほど物知りだ。

護衛として馬車の警護を、落人だった人たちの何人かと一緒に歩く。

彼らの中には戦場に出ていた人たちが多い。護衛を手伝うと提案してくれたのだ。

これだけいれば、早々問題も起こるまい。

(事実、この後何度もこうして行商をしたが、山賊などに襲われた回数は1,2回位しかなかった。)

さて、初めての行商だったが、かなりの盛況だった。

希少価値の高い鉄ということもあって、最初は偽物ではとか、粗悪品ではと疑われていたが、

しっかり確かめてもらい、疑いが無くなると凄い勢いで取引が行われていく。

ものの2,3刻で全ての取引が終了した。

取引が終わり、辺りの様子を見回すと、昨日のオヤジさんの言葉の意味がよく分かる。

まったく、と言うほどではないが、活気が感じられないのだ。

ここら辺では大きな市のはずだが、売り物にも、売る人にも、歩く人にも活気が感じられないのだ。

大勢を受け入れる余裕は無い、というのは本当だろう。

それ程税が厳しくなっているということなのだが、ここまで高いのはおかしいのだ。

ちゃんと政治のことを考えている皇なら、ここまでしない。

むしろ、周りの政治家達が何とかしようとあれこれ施策を行っているだろう。

いや、行っていてこれほどなのかもしれない。

市の所々から聞こえてくる噂話も暗くなる内容のものばかりだ。

とりあえず自分達にできる事は何も無い。早く帰ろう。









その日の夜、いやな感じがして眼が覚めた。

最初は何も気付かなかったが、すぐに気付いた。

……虫の鳴き声が、全く聞こえてこない。

いつか覚えのある感覚、そう、ハクオロさんが倒れていた日も、こんなふうに静か過ぎた日だった。

あの時は大地震、では、今回は何が起こる……?

その時、外から魂を揺さぶるかのような咆哮が轟いた!

家が壊されていく音、そして聞こえてくる悲鳴……!?

それが聞こえた瞬間、槍を持って飛び出した。間に合ってくれ、と願いながら。







「く、くるなくるなぁ!!?」

急いで駆けつけたその場所では、大穴の開いた家と、血塗れの親子。

その二人を守ろうと、出血をそのままに木切れを構えた男の姿が。

彼の前にいるのは、大きな、獣!?

見た瞬間、自分にはソレがなんなのか、理解できなくなっていた。

四足歩行する獣なのだろうと推測はできるが、余りにも巨大すぎた。

これほどの大きさの生き物が、実在していることが信じられない。

それでも、理解できなくても状況は明らかだ。

あの獣が家を壊し、あの家族を襲ったのだ。いや、襲っているのだ。

なら、自分のすべき事はひとつ。彼らを守ること。

「いやぁぁぁ!」

一気に距離を詰め、気合と共に槍を突き出す!狙いは後ろ足!

これは当たる、と確信していた。実際、当たったのだ、が。

     カキィィィンッ!!

と言う音と共に俺の槍ははじかれた。

……は? いや、何だ今の音は?

当たった場所には何も無く、ただふさふさしている毛皮だけが……

毛皮!? そんなもので鉄の穂先を跳ね返したとでも言うのか!?

跳ね返された後、慎重に間合いを計りながらも、心中では驚きを抑えるので精一杯だった。

しかし、怪我を負わせることはできなくても、こちらに意識を向けさせることはできた。

襲っていた家族から眼を逸らし、こちらに体を向けてきたのだ。

明らかに不機嫌そうな顔。食事の邪魔をされたのだから当然か。

だが、そんな食事をさせるつもりは無い。無いのだが、

(やばい、な。どうやって退けるか……?)

さっきの一撃が全く効いてないのは衝撃だ。全力の一突きだったんだが。

(なのに毛皮のせいで無傷。なら、体を狙うのは全く意味が無い。

……なら、残っているのは)

顔、その中でも毛皮に覆われていない箇所、目を狙うしかないだろう。

そう考えていたのだが、

  グオオオオォォン!!!

雄叫びと共にこちらに飛び掛ってくる獣、てか速すぎる!?

攻撃、守りなど考えから全てすて、必死で横に飛ぶ。

あんなもんに圧し掛かられたら、それだけで終わりだ。

そんなこちらの抵抗もむなしく、かわしきれずに弾き飛ばされる。

なんとか受身は取ったが、それだけで体に軋みが走る。

そして、獣は第二撃を繰り出そうと……!

「はあぁぁ!」

カキン、と言う音と共に弾かれる鉄扇、え、鉄扇?

ハクオロさん!? あんたまで出てきてどうするの!?

絶体絶命の立場でもつい心の中で突っ込んでしまった。

しかし、今の一撃は気をそらす効果があった。思わず動きを止め、

ハクオロさんの方を見る獣。今こそ好機!

この機を逃すかと今出せる全力を籠めた突きを放つ!目標、目!!

だが当たる直前に獣が体勢を変えたため、外れてしまう。

いや、まだ終わっていないっ!

カキン、と言う音と共に、下に逸らされる穂先に無理に力を加え、その向きを捻じ曲げる。

その向かう先は…!

  ザシュッ!!

  ギャオオオォォォン!?

上に逸らされたり、弾かれてたら狙えなかった、その、耳の中だ!!

前からなら毛皮に弾かれるが、下から弧を描いて戻る様に引き戻せば!

手傷を負い、怒り荒れ狂う獣。その荒れ狂う前足の一撃が俺に直撃する。

「ぐばぁぁっ!」

ぎりぎりで槍を間に入れ爪に刻まれるのは防げたが、それが限界だ。

吹き飛ばされ、壊れた家の中に叩き込まれる。ごろごろ転がり、壁に衝突する。

……意識があったのはそこまでだった。次に気付いた時には、すでに事は終わった後だった……。













「ずぅあっ!!?」

意識が戻り、慌てて体を起こすと胴体部分に激痛が走り、思わず横に倒れる。

あ、あれ? なんか、前にもこんな感じになったような気が?

「おや、眼が覚めたのかぇ」

そう声をかけたのはトゥスクルさんだった。やっぱり。

なんとか気を落ち着かせ、周りを見ると自分の家の中。

ここで治療をしてくれていたようだ。

それでも気は落ち着かず、あの後どうなったか聞いてみる。

あの後、ハクオロさんもやられそうになったこと。

その後、何故かあの獣は逃げて行ったらしいこと。

怪我人だけで死者は出ていない事。(自分が一番重症らしい)

あれから2日がたち、周りの集落でも被害が出てきていること等を聞いた。

一番驚いたのが、

「ムティカパ、様、ですか?」

「そうじゃ。あれこそかの森の奥に住まう、主(ムティカパ)様じゃ。

表まで来ないよう、霊宿が祭られていたのじゃが、それが壊されていてのう。

そのせいで、主様が村まで出てきてしまったんじゃ」

いったい誰だ、そんな大事なものを壊した馬鹿は。

「だれがやったかは分からん。昼に若い衆で直しに行ったのじゃが、効果は期待できんじゃろうな」

一度壊れた霊宿には、効き目はない、と。

トゥスクルさんは長生きしているため、あの獣、ムティカパについて詳しいようだ。

そのトゥスクルさん曰く、主様に勝てるものなどおらん、とのこと。

夜の間、主様が静まるまでは何があっても外には出てはいけない、

もし誰かが襲われても助けに行くことはいけない、と言われた。

しかし、全く納得がいかない。

確かにあのけも、いや、ムティカパは強敵だ。それは、この体がなによりの証拠である。

たった一撃、それだけでこのありさまだから。

でも、襲われているのに助けに行けないなんて、納得いかない。

だが、助けに出ても自分が殺されるだけ。

くそ、何か対策はないものか。









3日後、多少動きがぎこちなくないが、問題なく歩けるようになった。

さすがに本格的な戦闘などは無理でも、走るくらいはできる、か。

とりあえず向かっているのはトゥスクルさんの家。

ハクオロさんに会い、ムティカパ対策を相談しようと思ったからだ。

その途中、壊れた家の前に出たところ、おかしなものを発見した。毛、だ。

長さからして、おそらくムティカパのもの。ただ、おかしい点がひとつ。

「なんでだろう? こんなにもろくないはずなんだがなぁ」

そう、水溜りに落ちていたこの毛を拾い上げいじくっていると、あっさり千切れたのだ。

あの時、全力の突きすら弾いたあの硬さとは裏腹に、もろすぎるのだ。

「……硬いのは体から生えている時だけ? いや、そんなはずないよな」

いろいろ考えてみたが、どうも分からない。

とりあえず、ハクオロさんに渡そう。対策の判断材料位にはなるかもしれない。

 ……ぎゃああああぁぁぁぁ!!!?

……なんだろう、今の悲鳴は? ハクオロさんの声のようだが。

ムティカパが襲来したわけではなさそうなのだが。



あの後、トゥスクルさんの家に着くと、アルルゥがしょんぼりしていた。

ハクオロさんに会ってみると、なんかエルルゥに火傷の薬を塗られていた。

何があったかわからないが、ハクオロさんはムティカパの弱点を見つけたそうだ!

それは水、らしい。さっきアルルゥがお茶をひっくり返し、それを浴びた毛があっさり千切れたらしい。

なるほど。だからさっき拾った毛ももろかった訳だ。

弱点が分かれば対策も立てられる。さっそく皆で準備に入ることになった。

……ちなみにさっきの悲鳴は、お湯をかけてしまったのに褒められたアルルゥが、

もっと褒められたくて煮えたぎったお湯をかけたから、で。

しょんぼりしてたのはエルルゥに説教されたから、だそうで。





さて、作戦自体はとても簡単。

まず落とし穴を用意し、その中に水を貯めておく。

次に、囮となるものが森の奥で騒ぎ立て、ムティカパをおびき出す。

うまく落とし穴の上まで誘導し、水に落とす。

そうすれば毛皮の守りは失われ、攻撃が効く様になる、という寸法。

なら囮役は自分が、と立候補したが、あっさり却下。

怪我人に無理はさせられない、との事。くそぅ。

結局囮役はハクオロさんとオヤジさんが務めることになった。

自分は皆と一緒に罠の周りで待機。

それから十数分後、囮役二人が戻ってきた。

二人を追って走り来るムティカパ。そして……!

「今だ! 切り離せ!」

走り抜けたハクオロさんの合図と共に、一斉に綱を切り落とす。

同時に穴の蓋が落ち、走りこんできたムティカパがその中に!

穴の中でもがいていたムティカパが外に上がった時には、全身が濡れていた。が。

……同時に。とてつもなく怒っているようだった。

すさまじい咆哮が辺りに響き渡る。

嫌いな水の中に落とされたため、とてつもなく不機嫌の様子。だが、怯えてなるものか!

「覚悟ぉぉ!!」

ムティカパの威圧の前に、固まっている皆より早く立ち直り、一撃を繰り出す!

前やられた借りは、今ここで全て返す!!

俺の振るった槍の一撃は奴の後ろ足に突き刺さる。おし、効いている!

  ギャァオォォォォン!!!!

でかい悲鳴を上げるムティカパ。痛みには慣れていないみたいだな。

「皆、かかれぇ!!」

オヤジさんの号令がかかり、我に返った皆が槍を構えて突進する。

ブス、ブスと次々刺さる槍の群れ。刺した後放心する皆。

だが、そこにムティカパの前足が勢いよく振られ……!

  ドガッ!

「ぐはあっ!」

放心している彼を突き飛ばし、代わりに食らう俺。

だが前の時とは違い、その威力は低くなっていた。

その上、今回は胴鎧を着てきている。多少吹き飛ばされたが、それは問題なし。

……でも、元々治っていない傷は悪化したようで、痛みのせいで動けない。

だが、それが最後の抵抗だったのだろう。すでに動けなくなっている。

そして、ハクオロさんがその前に立ち、

「はあぁぁ!!」

と言う気合と共に、その穂先が額に突き刺さった。

……そして、ムティカパの断末魔の絶叫が、響き渡った……









ようやく、全て終わった。

あの後オヤジさんに肩を貸してもらいながら村に戻る。

残った皆も心配してくれていて、安堵の息が漏れた。

本当に、やっと終わった。

村の人たちは、自分達でムティカパを倒したことに複雑な思いがあるようだ。

皆暗い顔をしている。後から村に住んだ自分達は、そこまでは考えていなかった。

……そして、すぐまた騒動が起きた。

アルルゥがいないことに気付き、混乱しかけるエルルゥ。

ひょっこり戻ってきたアルルゥだったが、懐が膨らんでいた。

聞いてみるとおとーさんの子供、らしい。……え?

そして騒ぎになるが、懐から転がり出てきたのは、なんと、子供のムティカパ!?

皆が慌てて距離を取り出したが、アルルゥはその子供を抱きかかえる。

トゥスクルさんは何か分かったらしく、アルルゥに話しかけていた。

アルルゥは自分がこの子を育てる、と言っている。 皆は、その子ムティカパをどうするのかでまた揉めたが、

「自分は、もう奪いたくない」

という、ハクオロさんの一言が決め手となり、アルルゥが育てることになった。

大きくなって暴れたら、という危惧もあったが、その時には退治すると言うことで納得させた。

……そんな話の最中も、子ムティカパ、ムックルはすやすや眠ったままだった。








 後書き

 やっと第四話目が書き終わりました。

 今回の話を書いて思ったのが、戦闘関係は書くのが難しいということでした。

 何度も書いてみて、慣れていくしかないのでしょうか。

 後、途中に出てきた市の話などは私の想像で書き上げました。

 あれだけ横暴な政治が行われているなら、市場も盛り上がらないだろう、と思ったからです。

 今回の話はここまで。この後の話は書くのがつらそうだなぁ。








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