第二話 何かが始まる時






「うおーい、そろそろ帰ろうぜ」

森の中でオヤジさんの大声が響く。ってうるさいくらいだな。

「もう戻りますか?」

「ああ、あんまり見入りは無かったが仕方ねえ。

あんまりにも今日は獲物がいなさ過ぎるからな」

他の人たちもその言葉に相槌を打つ。

「なんかいつもより静かだよな」

「全然見当たらないしな。これだけじゃあ少なすぎるぜ。」

たしかに、今日の森は様子がおかしい気がするな。

「確かにそうだけど。でもいない物はいないんだし、今日は諦めましょう」

普段ならもっと動物の移動した後や、鳥なんかの鳴き声が聞こえてくるのに、

……今日はあまりにも静か過ぎる。

まるで良くないことの起こる前触れかの様に。

……いや、考えすぎだろう。

オヤジさんの声が大きすぎて、皆逃げたと考えたほうがよっぽど納得がいく。

「とほほ、カアちゃんにどやされるな、こりゃ」

情けなく呟くオヤジさんを見ながらそう結論付けた。







ようやく村に帰ってきた時、エルルゥが血相を変えてやってきた。

「あの、すみません! アルルゥを見かけませんでしたか!?」

アルルゥ? 今日は狩りの前に見かけたぐらいだけど。

「いや、今日は狩りに行く前くらいしか見てないよ?」

「そうですか……、どこに行っちゃったのかしら、もう。

こんな時間まで帰ってこないなんて……」

うん、あと少しで日が暮れるし、気になるのも当たり前か。

「あん?アルルゥなら森の近くで遊んでいたと思うがな?」

あれ?自分には覚えが無いけれどな?いつ見たのオヤジさん?

「俺がしんがりだったからな、森に入る前に見かけたんだ。

大方蜂蜜でも探してたんじゃないか?」

「森ですか!? ちょ、ちょっと大急ぎで行ってきます!」

言うや否やさっさか走っていくエルルゥ。

「おーい、一緒に行こうかー?」

「いえ、大丈夫です! ご心配には及びません!」

……行っちゃった。森の様子が変だから少し気にはなるけど……

「ま、大丈夫だろ。あの二人はしっかりしてるしよ。

アルルゥだって森にゃ慣れてる。危ないことはないだろうぜ」

オヤジさんがそう言うし、確かに自分よりも慣れてるもんなぁ。

最初に森に手伝いに行ったときにはひどい有様を見せてしまったからな。

薬になる草は見つからないわ、足を滑らせかけるわ、村の方向も分からなくなるわ。

あの二人がいなかったら、あのまま遭難してたね、うん。

……最初にここに辿り着けたのは奇跡だったかもな、俺。

今では結構慣れてきたと思うんだけどなあ。

「よう、今日は飯はどうする?うちで食ってくか?」

「いや、今日はヤァプさんに声をかけてもらってるから」

「そっか、じゃあしょうがねえな。

……ほんとはカアちゃんの説教の身代わりが欲しかったんだがよう」

「あはは。まあ頑張って下さい」

そんな事を話しながら歩いていると、もうオヤジさんの家の前だ。

「あら、帰ってきたわね」

「おう、帰ったぞ」

「はい、お帰り。それでどうだったんだい? 今日の成果は」

「うぐぐ、いや、それがな……」

「ちょっとなんだい、その反応は? 全然籠に入ってないじゃないか!?

まさかまたさぼっていましたとか言うんじゃないだろうね!?」

「い、いや、それがだなぁ……」

「今日は皆不調だったんです。というか、全然獲物が見当たらなくて」

責められるオヤジさんを見かねて止めに入る。今日は仕方なかったと思うし。

「そうなのかい?そりゃ災難だったね」

「おう、そうだったんだ。別にさぼってたわけじゃねえぞ?」

「あんたはよくさぼってるから信用ならないんだよ」

「ぐ……。」

あはは、やりこめられてる。まあ、ソポクさんの言うことの方が正しいしね、うん。









「……ん? オヤジさん、今なんか音がしなかった?」

「音ぉ!? いや何にも……」

その瞬間、とてつもない地震が沸き起こった。

とんでもない揺れで、辺りの家が軋んでいるように感じるほど。

いや、比喩でなく立っているのも辛いほどだ!

オヤジさんの家も軋みをたてて……、いや、どころか! メキメキと音をあげて壊れていく!

「カアちゃん! 危ねえ!」

そう叫びソポクさんを引き倒して庇う。

幸い家がこちら側に倒れてはこなかったが、木の破片が辺りに飛び散る!

「そりゃあっ!」

気合と共に相棒の槍を振り回して、破片を切り払う。

全部を落とせる訳じゃないが、大きな破片だけでも吹き飛ばす!

……気が付けば地震は収まり、あちこちでうろたえ声が聞こえてくる。

辺りを見回すと、見当たる範囲で完全に壊れた家はここだけのようだ。

「オヤジさん、ソポクさん。大丈夫ですか?」

「おーう、なんとか二人とも無事だぜ」

怪我はないようだ。よかった。

「俺らは平気だが……家が壊れちまった」

確かに、完璧に潰れてしまってるよ。大丈夫かな、これ。

「それはさぁ、あんたが家を建てる時に、変な組み方をしたからじゃないのかい?」

うおっ、ソポクさん、笑顔なのに超怖い。

「あ、俺、他の人達の様子を見てきます、それじゃ!」

「あ、おい、ショウ、ちょ、ちょっと待ってく……」

オヤジさんの声を振り切ってさっさと走る。

いや、あの笑顔は本気で怖い。おそらく今日は一日説教漬けになるだろう。

御免、オヤジさん、と頭の中で謝っておく。頑張って下さい。








村の中を走り回ってみても、あまり大きな被害は出ていないようだ。

屋根が欠け落ちたとか、壁にひびが入ったくらいで、

後は食器の類が落ちて壊れたとかくらいか。

……完全に倒壊したのはオヤジさんの所だけのようだ。

あとは……トゥスクルさんの所はどうだろう?

大きめの家だし、大丈夫か心配だ。

そう思い、向かってみた先には特に壊れていない家があった。

「おや、あんたかい。見回りでもしにきたのかえ」

中から出てきたトゥスクルさんの第一声がそれだった。

……なんで一目見ただけで分かるんだろう?

「そうそう、お前さんエルルゥ達を見かけなかったかね。

あんな地震の後なんに見かけなくて心配でね」

「エルルゥ達ですか? いや、今日は……」

……あれ、エルルゥ達がいない? 確かさっき……

     『森ですか!? ちょ、ちょっと大急ぎで行ってきます!』

森、探しに行ったきり、大地震、戻っていない……?

「地震の前に森にアルルゥを探しに行くと……!」

「ほんとかい!? まさかまだ森にいるんじゃなかろうね!?」

「分かりません。でも、すぐに見に行ってみます!」

言うが早いや全力で走り始める。いくらなんでもまだ帰ってないのはおかしすぎる。

怪我でもして、動けないのかもしれないなどと心配だけが沸き起こる。

「くそ、無事でいてくれよ!」












「エルルゥーっ!! アルルゥーっ!! どこだー!!」

森の入り口辺りから叫び続ける。しかし返事は聞こえてこない。

「くそ、本気でどこにいるんだ」

森の中は地震があった後とは思えないほど静かだった。

昼間に狩りに来た時と大差が無いほど。

(……昼間静かだったのはあれを感知してたからか?)

大地震が来るのを動物達は感じていたとでも言うのか?

(いや、そうじゃない。あの静けさはそういうものより……)

なにか、恐ろしいものをやりすごそうとしてたかのような……。

その時、少し先から物音が聞こえてきた。

そこに見えてきたのは見覚えのある服を着た……

「エルルゥ! 無事か!」

「ひゃっ!? あ、ショウさん。どうしたんですか?」

「……、いや、地震があったのに君らが帰ってきてないと聞いたから」

「あ、はい。だ、大丈夫です。アルルゥもそこにいます」

指した方を見ると、確かにアルルゥがいた。

気を失っているのか、横になっているが。

「い、いや、地震で足を滑らせたのか、気を失ってて!

で、でも大丈夫です。調べましたけど、怪我とかはないですし!」

ふうぅ、よかった。いや、頭を打って気絶したなら問題あると思うが、

エルルゥが診てみた結論なら信用できるしな。

「そ、それとショウさん、そっちに人が倒れてて」

「人?こんな所に倒れてる人なんて」

……いるか。自分もそうしてヤマユラの人に拾われた訳だし。

それはそうと誰が倒れているのか? その人を見てみると

「いや、なんだあの怪しい仮面着けた男は!?」

妙な仮面を着けて倒れていというだけでも怪しいのに、

上半身は裸、脚絆は……見たことも無い材質でできている。

仮面も石、にしては滑らか過ぎるし、よく分からないな。

ただ言える事は、体中傷だらけで、簡単な手当てしかされてないという事だ。

「なんかすごい怪しげな格好なんだけど、この人」

「い、いえ、確かにそうですけど。そ、その、放っておけないですし……!!」

エルルゥ、優しいのは良いが、これはあまりに怪しすぎると思うけど。

……まあ、いいか。自分もこうして倒れてる所を助けられた訳で、

同じ様に倒れてるんだから、それだけで助ける理由にはなるか。

「分かった。この人は俺が担いでいく。

悪いけど、二人は難しいんでアルルゥは頼む。」

「はい、分かりました!」

そういってアルルゥの肩を担ぐエルルゥ。

こっちの方は、と。結構鍛えられているようで見た目より重い。

それでも問題は無い程度だな。これくらいなら。

「それと、どこに連れて行くんだ?」

「うちまで運んでください。お婆ちゃんに見てもらわないといけないし」

結構深い傷もあるしな、そりゃトゥスクルさんの助けがいるか。。

しかし、エルルゥはいつこの人を見つけたんだろう?

森に探しに行って、地震があって、アルルゥ見つけて怪我してないか確認して。

アルルゥ見つけるだけでも大変だったと思うんだが。











とりあえずあの男はトゥスクルさんに預けた。

衰弱が激しいらしく、2、3日は起きないだろうとのこと。

アルルゥの方はたいした事はなく、気絶しているだけとの事だ。

……というか帰る頃には熟睡してたような気もする。

ただ、あの男の様子を見てたトゥスクルさんがなにか緊張してたように感じたけど。

なにかわかったのか、それとも意外に重症だったんだろうか?

とにかく俺にできることはすんだし、エルルゥ達は無事だったし。

家に帰って片付けでもしよう。飯どころじゃなくなってしまったし。

それと、家が完璧に壊れたオヤジさんたちは他の家に止まることになったみたいだ。

明日から直し始めるみたいだから、その手伝いもしよう。










……それから4日が過ぎた。

オヤジさんの家の修理は8割方完了。後は細かい所を片付けるのみだ。

食器やら何やら、足りない物はご近所さん全員で援助する、と。

他の家でも全壊したところはないが、それでも被害が無かった訳ではなく。

ここ3日は修理に大忙しだった。

アルルゥは何も問題なく、元気に走り回っている。

エルルゥやトゥスクルさんはあの男の看病で忙しいようだ。

昨日あたり眼を覚ましたらしいが、まだ起きれる体調じゃないらしい。

しかし、いったい何者なのかな。

落人、にしては変な話だ。

最近村の近くや国境の側で戦が起きたなんて話は聞いていない。

武器や防具といった物は一つも持っていなかった。

なら、他の国から逃げてきた、というのはどうか。

……それでもあの仮面はどう説明できる……?

やはり、分からない事は本人に直接聞くしかないようだ。

外に出られるようになったら聞いてみよう。








次の日、オヤジさんの家の修理が終わる頃、

いつの間にかオヤジさんがいなくなっていた。

……また、さぼり、か。

ほっといて後でソポクさんに説教をしてもらうのもいいが、

その間のイライラしてるソポクさんの空気には耐えられない。

さっさと探しに行くか。……いや、ソポクさんもいなくなってる。

どうも我慢の限界を迎えたようだ。

オヤジさんの無事が気になったので、探してくる、と周りの人に伝えておく。

さて、どこにいるやら、と思っていると、

「お、お天道様が昇るまで働いたんだから良いじゃねえか」

「なに言ってんだい、この宿六!」

という声が聞こえてきたのでそちらへ進む。

そこで、耳をつねり上げているソポクさんと、

痛がっているオヤジさん。あと慌てているエルルゥと、

……あの仮面の男がそこにいた。

服装はすでに自分達と同じ物を着ていたが。

一人で歩くのがまだ難しいのか、エルルゥが肩を貸していた。

「なにやってるんですか、二人とも」

気にはなるが、まず二人を止めないとな。

「お、おう。わりいが助けてくれねえか?」

「サボったのはオヤジさんなので、自業自得です。助けません。

あ、ソポクさん。もうすぐ修理終わりますよ」

「本当かい? いやよかったよ。全く、うちの宿六はサボってばっかで」

そろそろ止めようかなー。痛がり方が凄くなってきたし。



その後、ソポクさんの興味は仮面男の方に向いたおかげで、

オヤジさんは開放された。

エルルゥが簡単にお互いの紹介をし始めたが、

……ハクオロ、という名前を聞いたとき、オヤジさんがいぶかしんだ。

慌てて、彼が記憶がないので、おばあちゃんが付けた、と説明するエルルゥ。

後で知ったが、そのハクオロという名前も、彼の着ている服も、

……エルルゥ達の、亡くなった父親のものだと。

それは、知っている人なら驚くわ。

なんでも背格好までそっくりだったので、最初見たとき間違えかけたと言っていたし。

とりあえずそれは置いといて、自己紹介かな。

「初めまして、ヒショウと言います。ショウと呼んでください。」

「ああ、初めまして。私はハクオロ、と言います」

名乗り方がぎこちないのは当たり前か。

しかし、記憶喪失と言うことは、なんであんな所で倒れてたのか、とか。

一切合財分からないまま、って事か。

トゥスクルさんの見立てでも、記憶が戻るかどうか分からないらしい。

行く所も帰る所も思い出せないので、このままトゥスクルさんの家に厄介になるらしい。

一つだけあった空き家は自分が使ってしまってるからなぁ。

まあ、部屋の空きはあるから、使ってもらっても良いんじゃないか、とエルルゥに聞くと、

「い、いえ。まだ怪我が完全に治っていないですし。

途中で具合が悪くなったら大変ですし」

との事。俺の時より体が傷んでいるらしい。

それより、ソポクさんが何かに気付いた笑みを浮かべている。

肩を貸している、というより抱き締めているように見えたのだろう。

「成程ねぇ。奥手なエルルゥにしては大胆じゃないか」

あれは人の恋の話とかを堪能する時の女性の顔だな。

うちの団の中でも時々目にした事があるわ。

大抵絡まれる方はひどい事になるわけだが。

その分にもれず、エルルゥも慌てる慌てる。

まあ、あのハクオロ、も少し話しただけだが悪い奴ではないかも知れない。

そんな男に気を許すほどエルルゥも抜けてはいないから。

でも、自分くらいは警戒もしておく必要があるかもな。

……一週間もしない内にそんな考えは飛んでいってしまったのだが。







 後書き

 ファストです。

 2次小説を書き続けるのは大変ですね。

 書いている最中に細かい所に気が付くと調べないといけないので、

 今回も書いている間、ゲームを何度も見直して作りました。

 ハクオロが目覚めたのは何日経った時か、会話の内容など。

 あちこち違うような所もありますが、どうかご容赦の程を。






作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。