ラビリンス

        〜Kanon another story

           

第二話 『見えない明日』

Side Natuhiko

バシッ!

静まった道場に打撃音が響き渡った。

その音源である俺は、一心にサンドバックに己が拳を打ち込んでゆく。

「はぁっ!」

気合を込め全力で拳を叩き込み時折蹴りを交えながら、かれこれ二時間は続けている。

オレの中の不安を紛らわせるために・・・。

(あいつは本気であんなことを言ったのか。俺はどうしたらいいんだ!)

そんな事を考えながら打ち込みを続けていると、ふいに後ろから声がかかった。

「―まだしてたの。」

気配も何も感じなかったが、この人相手では仕方がない。

そう、俺に戦い方を教えてくれた師匠、川澄 舞師範がそこにいた。

「ええ、もうそろそろ切り上げるつもりでしたけどね。最近少し練習不足だったので、いい運動になりましたよ。」

そう言って、俺は師範に笑顔を向けた。

「そう・・・。」

「何ですか?」

「・・・。」

「何なんですか、本当に?」

「今日学校で何があったの?」

「!」

俺は表情には出さなかったが、内心かなりビックリしていた。しかし、師範に心配をかけたくないため、あえてシラをきろうと考えた。

「何でそういう事を聞くんですか?別に何もありませんでしたよ」

「嘘。さっきの稽古の時も迷いがあったし、今も作った笑顔を向けてる。六年前のあの時のように。」

『六年前』

その単語に思わず反応してしまい、顔が強張るのがわかった。

だが、すぐにいつもの顔を作り、言葉を吐く。

「気のせいですよ。本当に何もありませんでしたから。本当に・・・。」

「・・・。」

そう言うと、俺は学生服に着替え道場を後にした。

師匠の俺に向ける悲しい目から逃げるように・・。

Side Other 

一人残った道場で舞は悲しげな表情で呟く。

「私では力になれないの・・・。」

弟子が悩んでいても自分には何も出来ない。

己が無力さに、舞は泣いた。

その優しい心の内で・・・。

Side Natuhiko

師匠には悪い事をしてしまった。

しかし、人には話したくない事もあるのだ。

それが大切な事であればある程・・・。

家に帰る途中、俺は今日の事を思い出していた。

一時間目の授業後、信は転校生のお約束である質問攻めに会っていた。

どこから来たのか、趣味は、などなど・・・。

しかし、あいつ―信―はそれに無愛想に答えていた。

そんなあいつを見ていると、後ろから聞きなれた声が聞こえた。

「どうだい噂の転校生君は、夏彦?」

「さあな、見ての通りだ、彰。」

俺は彰に面倒くさそうに答えた。

「ふむ、見たところ暗そうな奴だな。―それと、やばい雰囲気をしてるな。」

彰の呟いた最後の言葉が気になり、俺は聞き返す。

「やばい雰囲気?どういう事だ?」

「詳しくは分からんが、どうも近寄りにくいというか、何というか・・・。

とにかく気をつけろよ。何か嫌な予感がする。」

そう言うと、彰は自分のクラスに帰っていった。

その後もあいつの事が気になり、俺は放課後、信を屋上に呼んだ。

「久しぶりだな、信。六年ぶりか。」

「昔話をするつもりはない。何か言いたい事があるのだろう。はっきり言え。俺は無駄に時間を過ごすつもりはない。」

そう言う信からは六年前とは違う、強い何かが感じられた。

「ふぅ。分かった。単刀直入に聞くが、何故今この町に戻ってきた。お前の目的は一体何だ。」

俺のその質問に、信ははきりと怒りの表情を浮かべて強い口調で言った。

「目的?あの時にも言ったはずだ。俺はアイツを許さない、と。俺の目的はただ一つ。魅奈を殺した犯人をこの手で殺すことだ!」

「殺すだと!?馬鹿なことを言うな!

俺だって犯人は憎いさ。だが、殺したって彼女は生き返らないし、それに彼女だって望んじゃいない!そいつを殺せばお前もあいつと同じ人殺しになっちまうんだぞ!」

俺も思わず怒鳴り声を上げる。

だが、あいつは俺の言葉を聞くと、一瞬悲しげな表情を浮かべた後、酷く冷たい目をして口を開いた。

「そんな事はわかっている。だが、俺はそのためだけに生きてきた。あいつを殺すためなら俺は悪魔にだって魂を売ってやるさ。」

その時、俺は彰が『やばい雰囲気』と言ったのを思い出した。

ここまで冷たい視線に会ったことは今までなかった。

「昔馴染みとしての忠告だ。俺の邪魔をするな。邪魔するならお前も潰す!」

そう言うとあいつは去っていた。

近づく者皆遠ざけるようなその後ろ姿に俺は何も言葉をかけれなかった。

「あいつの気持ちも痛い程分かるさ。俺もそうだったから。

それに、俺にあいつを止める資格はない。あの時守れなかった俺には・・。しかし、こんな事、彼女は決して望みはしない。

俺は一体どうしたらいいんだ・・。」

俺はそう呟き、しばらくの間その場に立ち尽した。

家に帰って、俺は部屋に戻りそのまま眠りについた。

例え悪夢だとしても、再び彼女に会うために・・・。

Side Other

某所。

ある倉庫でそれは行われていた。

ストリートファイト。

腕に覚えのある者達の戦いの場。

そこに彼―信―は居た。 

「さあ、今日のメインは信対京の試合だ!信は今日から参加している新人だが何といきなり9人を倒し力を示した強者だ。対する京はベテランで今までの成績は15835敗でランキングは15位だ。どっちが勝つか。レディー・・

ゴーー!」

ストリートファイトのルールは、凶器攻撃以外は何でもあり、KO・ギブアップのみが勝敗を決める、真の強者を決めるためのものである。

また、50戦を戦った者の内、勝率の高さによってランキングが決まる。

ランキング上位の者はそのファイトマネーも急激に上がるため、多くのファイターから尊敬と畏怖の眼差しを向けられるようになる。

アナウンスの掛け声とともに京が間合いを一気につめる。

京はこの試合を長引かせずケリをつけるつもりだった。

前の9試合で多少なりとも疲労しているはずの信を、回復する前に倒すつもりである。

京は間合いに入りそのままハイキックを放つ。

―ゴッ!

鈍い音が倉庫中に響いた。

しかしその音とともに崩れ落ちたのは京のほうだった。

「あんたの考えは正しかったと言えるだろう。但し普通の相手にはだがな。

悪いが俺には通用せんよ。この程度では全く疲れないからな。」

信はハイキックを放った姿勢のままそう呟いた。

勝者のコールを受け、そのまま信は人混みを抜けて控え室に入っていった。

Side Sin

コンコン

控え室に戻って、少ししてノックの音が聞こえた。

誰か自分に用があるのだろうか?

少し疑問の表情を浮かべながら俺は扉を開いた。

そこには一人の男が立っていた。

とりあえず一番疑問に思っている事を質問する。

「誰だ、お前は」

「俺の名はジョン。本名は言えないが情報屋だ。あんたに話があるんだが。」

情報屋と聞き、少し思うところがあったので、俺は話を聞いてみる事にした。

「何だ、話とは。」 

「俺は今ある筋から依頼を受けててな。それにピッタリな人材を探してたんだ。あんたはそれにうってつけでね。どうだいやってみないか、あんた。」

俺は話を聞いて即断する

「断る。俺にメリットがない。」

どこの誰かも知らん奴の依頼に付き合ってやる義務はない。

話を終えたと思い帰ろうとするが、その時後ろから声をかけられた

「そう言うなよ。俺と知り合っておけば色々便利だぞ。欲しい情報は何としても手に入れてやるしな。」

「・・・。」

奴の言葉に少々考えた末、俺は答えた。

「本当だろうな。情報を手に入れるというのは。もし、それが本当ならやってもいい。」

こいつの言葉が本当だったら、ここでコネを作っておくのもいいだろう。

ストリートファイトに出たのは、コネを作るためでもあったのだから・・・。

「そうか!ありがとうよ。細かいことに関しては後日連絡する。じゃあな。」

そう言って奴は嬉しそうに出て行った。

再び部屋に一人となった信は、拳を軽く握る。

「何とかコネを作ったし、ヤツへ一歩前進といったところかな・・・。」

そして、目を閉じ、妹の事を思い浮かべる。

「きっとこれから俺の歩む道をお前は許してはくれないだろう。

だが、例えその先に破滅が待ってても俺は構わない。

それが、俺の望みだから・・・。」

悲しい響きを持った言葉が控え室へ広まっていく。

その中心で椅子に座り、彼は拳を強く握り締める。

自分の決意が揺らがぬように・・・。

こうしてそれぞれの夜が過ぎていく。

強き想いを胸に抱いて・・・

 

―次回予告―

ジョンからの依頼はボディーガードの仕事だった

信「おい、あんたは何で狙われているんだ」

?「ある人を傷つけてしまったからよ」

微笑むその向こうに一体何が隠されているのか

次回ラビリンス第三話「悲しみの微笑み」

信「戦うなら、覚悟を決めな!」

 

 

あとがき〜

維「どうも、毎度御馴染み作者の維新伝新です。」

信「アシスタントの新条 信だ。毎回のあいさつ、捻りが無いな。」

維「思いつかないんだからしょうがないだろう?まあ、今回はメイン二人の葛藤を少しだけ書きたかったからこんな展開になったんだけど・・・。」

信「俺の性格、暗すぎないか?趣味が賭け事だから、普通は軽い奴では?」

維「ん〜、そんな事無いよ?趣味が賭け事なのは、生活費とコネを作るためだからね。あと、性格暗いのはしょうがないだろう。あんな酷い目にあってるんだからさ。」

信「はあ〜、まあいいか・・・。

ところで、次の話、予告見る限りでは俺が主役か?」

維「Yes!というか、主要キャラは君しか出てこんよ、次回。」

信「それは嬉しいが、それで良いのか・・・?」

維「いいの!ここでは俺がルールだから。」

信「まあ、後ろから刺されるなよ。」

維「了解。ではここらへんで。」

&信「「また次回に会いましょう。」」

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