Corporate warrior chapter.1 -permanent part timer- story.8


 努力とは一種の才能であると、俺は思う。

目標を立てて努力する――好意は立派だが、苦痛を伴う。目標によるが、大抵の人間は最後まで耐えられない。

最後まで諦めず努力、自分の夢を叶える最大の要素だろう。

白の書の精霊イムニティ、彼女にはその才能があった。死を強制されて尚諦めず、召喚器として生まれ変わった。


俺には出来なかった……痛みに耐え続けられなかった。


人間関係で傷つく事を恐れて独りになり、仕事に苦労するのが嫌でニートになり、生きていくのが億劫になり引き篭もった。

楽な方に逃げてばかりの人生――苦痛こそないが、刺激も何もなかった半生。

充実とは無縁で感情すら働かず、俺はゆっくりと死んでいった……


人生50年とすれば、残り半分。今までの人生をやり直す、最後の機会。


今度こそ努力をしてみよう。苦痛に苛まされても、きっと耐えられる。

平穏が一番の地獄。苦労を知らない人生はただ過ぎていくだけ。

ニートで引き篭もりな俺だが、今日は自分で部屋の外へ出てみよう――















「……ん?」


   まどろんでいた意識が目覚めていき、重い瞼をこじ開ける。

引き篭もり生活で何度も体験した重い朝――過剰な睡眠がもたらす、鈍さの残る感覚。

気持ちの悪い朝は気力を奪い、やる気を殺いでいく。

普段と違うのは、全身が訴える強烈な刺激だった。


「いぢっ!? ほ、包帯……?」

「――お目覚めかしら、マスター」


 子供の頃以来の大きな怪我の痛みに顔を顰めていると、傍から呼びかけられた。

狂おしいほどの疼きを誘う、艶を含んだ甘い声――

治療済みの身体から視線を上げると、真紅の少女が寝台に直接腰掛けて微笑んでいる。

俺が召喚した精霊イムニティ、人外の存在が不思議なほどに俺の胸を高鳴らせる。


「怪我の具合はどう? 治療に問題はなかったはずだけど」

「火傷で身体が引き攣るけど、お陰様で何とか起き上がれる。電気ショックでショック死するかと思ったよ。
イムニティこそ大丈夫なのか? 理屈は分からないが、お前本の中で何かされていただろう」

「心配しないで、マスター。存在が確立されて安定しているわ」

「確立……?」

「私は一度殺されて、ダウニーに忌々しくも力を吸収された身。
本来そのまま消滅するか、白の書の精霊としてシステムに再度組み込まれるのだけど……私は抗い、運命を変えてやったの。
神に認識されない存在は不安定。現世に束の間漂う蜃気楼と同じ、いずれ消えてしまう。

赤の書に憑いて何とか維持していたけど、神に見つかって抹消されかけた」

「そうか! 俺がお前を呼んだから――」

「そう、"召喚器"として存在が確立したの。貴方に必要とされて、私は生まれ変われたわ。
本来の召喚器ではないけど問題ないわ。神を殺せば、奴の定めた法則も消滅する」

「神殺し――イムニティの最終目標だな……でも、神を倒したその後はどうなるんだ?」

「そうね、システムが消滅すれば召喚器としての役目も終わるわ。それならそれでかまわない。
貴方への誓いは永遠に変わらない。

この命尽きるまで、貴方と共に――迷惑かしら?」

「そ、そんな訳ないだろう! 嬉しいよ。嬉しいに決まってる」

「マスター……その言葉、決して忘れません」


 立て続けに色々あってまだ困惑しているけど、彼女が傍に居てくれるだけで嬉しい。

彼女が出来るとは、こういう感覚なのだろうか……?

恋愛ゲームなんぞより、よほど嬉しい。感動と興奮で胸が詰まりそうだ。

イムニティは日本人ではないけど、違和感は全然感じない。精霊には人種を超えた美しさがあった。

男としてのむず痒い衝動に襲われるが、我慢しよう。ガッつく男は嫌われる。

……でも、やっぱりイムニティは女の子で、可愛くて、俺をマスターと呼んで慕ってくれて……ああ、くそ!


「どうかしましたか、マスター。何故ぎこちなく目を逸らすの?」

「いや、別に――こ、こら、俺の上に乗るな!?」

「汗がビッショリ……ぎこちないのは視線だけかしら、ウフフ……ねえ、マスター。
書の精霊との、最も深い契約の形を御存知かしら?」


 うう、引き篭もり生活で逞しくなった妄想が具現化している。

精霊を名乗る女の子が従者となり、主の思い通りにしてくれるのだ。

淫らで甘い夢に溺れられれば、どれほど甘美か――


「それは、主との完全なる一致……マ、マスター!?」

「うぎぎぎぎ、流されない、流されないぞ俺は! 現実逃避してたまるか!
――ハァ、ハァ、やばかった……こんな怪しい部屋で、お前とノンビリ出来ないよ」


 腕に巻かれた包帯を引き絞り、強烈な痛みを発して煩悩を逃がす。

自分の人生は一度きり、ゲームのようにリセット出来ない。やり直せる機会なんて早々ない。

赤の書を手に取った時点で――イムニティと共に歩む事を選んだ時点で、今までの日常とは縁が切れた。

今日からは誰にも守られない、自分だけの人生。たった一つの選択ミスが、取り返しのつかない事になる。

目覚めて視界に飛び込んだ景色が、現実味を与えてくれた。


――此処は怪我を負った人間を休める病院ではない。


堅い木のベット粗末な椅子、石造りの壁にカビの生えた天井――たった一つの分厚い扉。

窓一つない窮屈で暗い部屋は住民を圧迫し、完璧に閉じ込めている。

駅のトレイでも自分の家でもない、牢屋をイメージさせる部屋だった。


「一体何処へ運ばれたんだ、俺は!?」

「マスター、何も考えず快楽に溺れましょう。どうでもいいでしょう、今は」

「麻薬常習者の台詞だ、それは!」


 事態は俺の知らない内に進行していたらしい。社会に出れば当然だが、溜め息が出るのを止められない。

禁断の甘い果実は美味そうだが、今は食べている場合ではない。

苦しい事から目を逸らし、部屋に閉じこもる自堕落な生活は止めた。


「此処は何処だ、イムニティ。俺達は何で閉じ込められている?
あの赤の書の精霊と何か関係があるのか」

「フゥ……契約を済ませたかったけれど、マスタの命令なら仕方がないわね」

「書の精霊の役目を自分から辞めたのだから、契約だって必要ないんじゃないか?」

「あら、マスターは私との契約は必要ないの?」

「――宜しくお願いします」


 ……何だよイムニティ、その意味ありげな目は。主への敬意が感じられないぞ。

もう少し強気な態度で臨むべきかもしれないが、気弱な性格は急には変えられない。

イムニティは人を弄ぶ意地悪な性格だが、嫌な感じは与えない。少なくとも、俺には。


「此処は魔法と科学が調和する世界――"アヴァター"。数多に広がる世界の根源を司る『根の世界』よ」

「ア、ヴァター……? 異世界なのか!?」


 イムニティは首肯する。信じられない話だが、彼女の存在そのものが異界を証明している。


「神との戦いで負傷したマスターを治療するため、此処へ招待して差し上げたの。
あの場は目障りな人間の目があり、何よりオルタラがいた。

赤の書の精霊を滅ぼすにはまだ力不足。対立は避けて、交渉を持ちかけたわ」

「救急車で運ばれる訳にはいかないからな……」


 閉鎖空間内での死闘――二人の精霊の力を借りて、神を退ける事に成功した。

だが慣れない戦いで疲労した俺は体力も気力も尽き、怪我も手伝って無様に倒れた。

世界は在るべき姿を取り戻し、当然のようにトイレに入ってきた男性に見つかって大騒ぎ。

物騒な世の中となっている昨今、トイレ崩壊とあっては警察やマスコミが飛んでくる。

あの赤の書の精霊はその辺を考慮して、気絶した俺を運んでくれたようだ。

その配慮は実にありがたいのだが――


「何というか――実感がわかないな……
自分が今生まれ育った所とは異なる世界にいて、本の中で話していた精霊と会話しているなんて」

「接触を図ったのは私だけど、私を呼んだのは貴方よ。
私の力を使ったとはいえ、根源的な元素を生み出すこの世界からオルタラを召喚したのは驚いたわ」

「そうだ、あの子! あの子はどうしたんだ!?」

「……気になるの、マスター。私よりも、あの娘を!」

「逆に詰め寄られた!? だ、だって気になるだろう……?」


 石造りの部屋に二人きり、当事者だった最後の一人がいない。疑問に感じても無理はないと思う。

――のだが、因果律を覆す意思を持つ少女に睨まれると萎縮してしまう。脱ニートを決意したばかりの男では、気迫で負ける。

アニメやゲームの主人公だと頭を撫でたりするが、よくあんな事ができると感心してしまう。現実でやれば変態である。

イムニティは実に不満そうだが、説明はきちんとしてくれた。


「アヴァターへの転移と貴方の治療、その見返りに赤の書の返却と情報提供を持ちかけたの。
私一人ならどうとでもなったけど、マスターを置いていけなかったから」

「俺のせいで君まで……ごめんな」

「謝る必要なんてどこにもないわ。言ったでしょう、私は貴方の所有物。
主に身も心も捧げ、主の力となる事が至上の喜びなの」


 人間を歯牙にもかけない狡猾な精霊の、一途な面――

以前に選ばれたマスターはイムニティを知らないまますれ違ったそうだが、不幸な話である。

たとえその人間の代わりであっても、イムニティと巡り会えた事は生涯の誉れだった。


「交渉は成立して、俺は命拾いしたと――赤の書とは本屋で購入したあの本だよな?
いいのか、返却してしまって」

「まあ、マスター。人の物を盗んではいけませんわ」

「君のせいで万引き扱いされたんだよ、俺は!」


 反射的に怒鳴ってしまったが、楽しそうに笑い返されただけ。

神を破滅に追い込まんとする彼女の性格の悪さは筋金入りだった。

くそ、隙を見せればからかわれるな……


「交渉が成立したのはいいけど……あまり歓迎されていない気がするんだが、どうだろう?」
アヴァターの病室はこんなに狭苦しくて暗い仕様になっているのか。気の弱い病人なら発狂するぞ」

「オルタラに警戒されているのよ。むしろ交渉が成立しているからこそ、この待遇なの。
本当なら抹殺されているか、力を封印されて厳重に幽閉されるわ。あの娘も甘いわね」

「――雲行きが怪しくなってきたんですけど」


 赤の書と白の書の精霊、二人が好意的な関係ではないのは分かっている。

どのような事情があるのか正確に把握していないが――待て、今聞いておくべきだろ。

後回しにしがちな自分を叱咤する。此処は異世界、自分の常識は通じない。

就職と同じ、情報がなければ生き残れずに切り捨てられる。俺は指折りながら、今までの情報をまとめる。


「イムニティの話だと、書の精霊は資質ある人間を選び、契約して世界の真実を伝える。
二つの書を有した者が真の救世主となり、世界の命運を握る王となる――

赤の書の精霊オルタラは一人の救世主候補を選び、君と争っていた。
その最中ダウニーという男の裏切りにあって、白の書は精霊ごと奪われた。その仮初の白のマスターも、結局討伐されて終わり。
悪は滅び、世界は平和になりました。めでたし、めでたし……



……。



――そこへ君があの世から蘇れば大慌てするよ、それは!」

「少しは現実を認識し始めたようね、マスター。いい傾向だわ」


 何故イムニティが落ち着いていられるのか、まるで分からない。

赤の書側からすれば白の書の精霊は悪の手先、問答無用で倒さなければならない。

それともこの世界には警察のような組織があり、法的に罰するシステムが存在するのだろうか?

だったら、この牢屋まがいの部屋は――


「俺……もしかして、共犯扱いされてる?」

「扱いだなんて無礼な真似は、私の誇りに誓ってしないわ。
貴方は私の選んだ正統な主――ダウニーのような出来損ないとは別格の存在。

我々破滅を統べる王・・・・・・・であると、オルタラに教えてあげたのよ」

「火に油どころの話じゃないだろ、それはーーーーー!?」


 ――神の破滅を願う呪われた召喚器、イムニティ。

神との戦いで、俺は神や神の作り出した世界の理不尽に抗う決意を固めた。

刺客とはいえ退けた時点で、間違いなく神は俺は敵と認識しただろう。

全ては覚悟の上、後悔はない。酷い目に遭わされて泣き寝入りなんて、もう嫌だった。


だが……今の俺は自分の部屋からようやく出たばかりの、一般人。右も左も分からない。


物語の主人公じゃあるまいし、急に強くも偉くもなれない。

異世界に放り出されて不安を感じ、無実の罪にも怯えてしまう。

それに赤の書は世界の観点から見れば善、肯定される側だ。

俺も今までその中で守られてぬくぬくと過ごしてきた。守られる側の立場も理解している。

何も悪い事はしていないのに、罪に問われて抹殺なんてあんまりだ。

冗談では済まされず、俺はイムニティに詰め寄る。いざとなれば、俺は――


「落ち着いて、マスター。オルタラに伝えたのは私自身の意思であり、決意の証。
あの娘や他の人間達はまだ鵜呑みにせず、貴方の意思を確認するつもりなの。
彼らはまだ、対応に苦慮している。

破滅に選ばれた貴方が――救世主の証である召喚器を持っている事に」

「あ……」

「そう、貴方は選べるの。
破滅の王となるか、真の救世主となるか――此処が運命の分岐点。

――フフフ、まもなく分かるわ。現実さえも、貴方に平伏している事に」


 イムニティと歩む事を選んだのに、その険しい道のりに俺は怯えている。

即答出来なかった俺を、彼女は不安に俯いた事に――俺は気付いてやれなかった。













to be continues・・・・・・







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