多くの出会いと別れ、喜びと悲しみが紡いだ一年が終わりを迎えた。

共に戦った人々も、この静かな夜を平和に迎えているのだろうか。


(とりあえず今回はさわやかに新年を迎えられそうだな……)
竜魔の里の新年は凄まじいの一言である。
三箇日ぶっ通して行われる大宴会。
その用意をする為に、四日前から総動員で仕込みをしている。

それと並行に大掃除も行うのだから、たまったものではない。
連音も否応無くその作業に毎年追われていた。
主に買出しと大掃除である。

鳴り響く鐘の音に平穏の有り難さを感じつつ、連音はベッドに潜り込んだ。




   シャドウブレイカー新年SP  ファースト・ナイトメア







「ハッピーッ!ニューッ!イヤーッ!!」
俺はいきなりの声に盛大にひっくり返った。

余りのアホらしい展開に、力が入らない。
何なんだこれはっ!?

いきなり襲い掛かったドスン!という衝撃に飛び起きてみれば、目の前には一人の女性。
しかも、俺の良く知る顔だ。
腰まで伸びた綺麗なブロンドの髪と、見る者全てを虜としてしまう様な美貌を持った、正に女神。
「またお前か、アリシアッ!!」
「おっはよ〜!せっかくのお正月だし、初詣にでも誘おうと思って……来ちゃった♪」
「来ちゃった♪じゃねぇ!」

俺は時計を掴んで時間を見た。

AM 7:23

クソ。せっかく平穏な元日を過ごせると思っていたのに………ん?

「待て待て待て!!何でお前がいるんだッ!?」
そう。どうしてここにアリシアがいるんだ?だって彼女は――。
「どうしてって、初詣に誘いに」
「そうじゃなくて!お前はとっくに死んでるだろうが…!!」

アリシア・テスタロッサ。
もうこの世にはいない、しかし俺にとっては色々と縁が在る女性だ。

よく部屋を見回せば、ここは俺の部屋ではない。全く見た事のない部屋だ。


このありえないシチュエーションはどういう事かと少し考え、あっさりと結論が出た。

「また夢か」
「チェッ。もうちょっと引っ張りたかったのに……」
「人の夢枕にヒョイヒョイと立つな!?さっさと成仏しろ!!」
「私、仏教徒じゃないから成仏は……チョットねぇ〜、お門違いかな?」

だったら昇天でも何でもしろ。そして真っ当に生まれ変わるかどうかしろ。
「まぁまぁ、早く着替えて初詣に行こうよ~!」
「ハァ〜…しょうがないな……」
夢で初詣というのに幾分かの虚しさを覚えつつ、俺は着替えをしようと箪笥に手を伸ばした。
夢だけあって、見知らぬ部屋なのに手に取るように分かる。

「……………おい」
「何?」
「俺は着替えるんだが?」
「そうだよ?早くして♪」

「だったら外に出てろッ!!」
じっと見るな!着替えられないだろう!!
「良いじゃない。どうせ夢なんだから」
ほほう、そういう事を言うか。ならば。
俺はシーツを掴み、思いっきりアリシアに投げつけた。

「わぷっ!?」
更に顔を覆うように巻きつける。
アリシアがシーツを剥ぎ取ろうと、もがいている。

その隙に一気に服を脱ぎ去り、パッとジーンズを穿き、トレーナーに袖を通す。

そしてアリシアがシーツを取った時には、着替えは完了していた。
どうだ、早着替えは忍者の必須スキルだぞ。
「ブーブーッ!!」
本気でブーたれるアリシア。

「ほら、行くんだろう?初詣に」
「綿飴とじゃがバターと串焼きね」
「……おごれと?」
「おごれと」
アリシアはこっくりと頷いた。
夢の中で食って美味いのか?
そこはかとない疑問ではあるが、まぁ本人が食いたいというのならば。


とりあえず掛かっているコートを手に取り、そして…………は?
何か、妙に俺の視線が高くなってるんだが?

「ほら、どうしたの?」
「いや待て!何で…アリシアが、俺より背が低いんだ!?」
そう。さっきまで普通だった筈の俺の身長が、一気にでかくなっている!?

「そりゃ夢だし。ほら、早く…!」
そう言ってアリシアが腕を組んできた。

ん〜〜〜。まぁ、気にするだけ無駄か。
夢なんて不条理の塊なんだし。


と、ドアの向こうからドドドドド!!という音が!?
「な、何だ!?」
「や、ヤバッ……!」
戸惑う俺と、何かにびびるアリシア。
音が部屋の前まで来た瞬間、いきなりドアがバーンと開かれた。
そこにいたのは……何!?

「アリシア……ッ!!」
「プ……プレシアッ!?」
「お母さん!!」
そう、そこにいたのは死んだ筈のプレシア・テスタロッサだった。
普段着だが、しかも鬼神のような形相をしている。

夢とはいえ、何だこの状況は!?

しかし、俺の戸惑いを余所に物語は進んでいく。
「正月早々……うちの娘を部屋に連れ込むなんて……!!覚悟はいいわね…!?」
「待って、お母さん!」
いきなり戦闘モードで何処からか杖を取り出すプレシアと、その前に立ちはだかるアリシア。
「退きなさいアリシア!!」
「イヤよ!!」
何だ、この修羅場は!?

しかし戸惑う俺を完全に置き去りにし、事態は更に混迷を極めた。

突如として天井から影が降り立ち、プレシアの前に立ち塞がったのだ。
今度は誰だ!?

「待ちなさい、お隣のプレシアさん!!」
この声…まさか!?
「雪菜小母様……!!」
アリシアが声を上げる。やっぱりか!………お隣?
「あ、私ん家って隣なんだ」
「説明ありがとよ…………って、母さん!?」
俺が驚きの声を上げると、母さんは振り向いてニッコリと笑った。

「明けましておめでとう、連音!大丈夫、母さんに万事お任せよ!!」
「いきなり出てきて何を!?というか何時から居たッ!?」
「もう!せっかく二人っきりだったのに、どうして何もしないの!?」
何を言ってるんだ、この人は。

「ゴチャゴチャとうるさいわ……!うちの娘を傷物にされて堪るものですか!!」
「良いじゃない!傷物どころか、そのままゴールインしちゃいなさい!」
「えぇ!?小母様……それは急すぎるんじゃ……」
そう言いながらも、顔がにやけているアリシア。
何がそんなに嬉しいんだ!?

しかし、プレシアはますます怒りを露にする。
「ふざけないで!アンタの所の愚息が、うちの可愛いアリシアの婿になるだなんて認められる訳ないでしょう!?」
「何ですって……?」
この発言に今度は母さんがキレた。

「うちの息子が何ですって……?」
背中からもの凄いオーラを発しながら、母さんはプレシアに詰め寄る。
「何…?」
負けじとプレシアも睨み返す。ハッキリ言って凄く怖い。

しばしの睨み合いの後、母さんが口火を切った。
「アリシアちゃんが、うちにお嫁に来るに決まってるじゃない!」
本気で何を言ってるんだ、この人!?
「婿入りに決まってるでしょうが!」
こっちも何言ってんだ!?というか、数秒前まで反対してなかったか!?

「嫁よ!」
「婿よ!」
「嫁よ!!」
「婿よ!!」

無駄な言い合いの果て、ついに限界を迎える二人。
プレシアが杖を。母さんが獣爪刃を構える。
そして後ろ手に靴を放り投げてきた。
「ここは私に任せて!二人は行きなさい!!」
未だ事態を把握できないでいる俺の腕を、アリシアが引っ張った。
「ありがとうございます小母様!ツラネ、行こう!!」
「ちょ――えぇっ!?」
俺が制止する間も無く、アリシアに引っ張られ………。


パリーン!!


アクション映画さながらに、窓を突き破って飛び出した!
―――て、三階から!?
「着地はよろしくね♪」
「何ぃッ!?」
俺はとっさにアリシアを抱き抱え、庭に着地した。
二人分の重さに足がジーンと痺れる。

直後、俺の部屋から閃光やら雷光やらが見えた。
その光に命の危険を感じずにはいられない。

「う〜ん、さっすがツラネ!カッコイイよ!!」
「うるさい!何か色々納得できんが、逃げるぞ!!」
靴を履き、俺達は走り出した。





背後で家が爆発した事なんて、全然気が付いてないから。




さて、神社への道程を行く俺達。
その道すがら、この悪夢の元凶とも言える人物に詰問を行おうか。
「何?私のスリーサイズは〜、計ってないから分かんないよ?」
「何を言って……何だ?」
「はいメジャー。計っていいよ?」
俺はメジャーを握らされ、彼方に向かって全力投球!!
「おぉ〜!あっという間に遥か彼方に……」
「そうじゃない!一体、この夢はどうなってるんだ!?」
「う〜ん……とりあえず皆、想像上の成長した姿……十年ぐらいかな?の姿になってるみたい。
海鳴市が舞台で……かなり滅茶苦茶な構成だから、良く分からないの……」
「お前にも分からないのか……?」
「私は演出家じゃなくて出演者だもの。とりあえず主役がツラネで、四股分ぐらいのフラグが立ってるのはハッキリしてるけど」
「誰かに熨斗付けて差し上げたいよ」
夢とはいえ、こういう話の主役って絶対に俺じゃないよな。
それこそ、自称孤独の剣士とか、天然フラグメーカーの古き鉄の剣士とか、別世界から来た赤髪の魔術師とか、そういう人のジャンルだろう?
なんだよ、四つ股分のフラグって!?

「何か色々アウトっぽいけど……とりあえず初詣に行こう!」
「そうだな……行くか」
とりあえず、いつかは終わるだろうと分かっている事だ。適当に過ごせば良いだろう。

…………プレシアには遭いたくないけど。

う〜ん、時の庭園で戦った時より怖かったな、あの人……。

とか考えていたら、向こうから息咳き駆けてくる人影。
「連音く〜ん!!」
関西系の独特なイントネーション。あれってまさか……はやてか!?
何で走れるんだ……って、そういえば闇の書の呪いが消えたからか。
十年も経てば歩けるよな、普通は。

そんな事を考えている内に、はやては俺の前にまでやって来ていた。
「明けましておめでとう、はやて」
「ハァ…うん、おめでとうな、連音君……ハァ…」
「大丈夫はやてちゃん?体力無いのに走って来て……」
「おぉ、アリシアちゃんか……まぁ、何とかな……ハァ…ハァ……」
知り合いの設定か。やれやれ、夢というのは随分と都合良く出来ているな。
俺には悪いのに。というか俺の夢ですよね!?

「なぁ、連音君。良かったら一緒に初詣に行かん?」
「初詣?」
そう言って、はやてが俺の腕に組み付いてきた。
えらく柔らかな感触が腕に感じられるが……そんなにして痛くないか、はやて?

「むぅ〜〜〜〜っ!!」
俺の視界の端に、むくれるアリシアの顔が見えた。
と、いきなり空いている腕に跳び付いて来た!?

「残念〜!ツラネは私と先約があるの!ごめんね〜。はやてちゃんはまた来年にね?」
グイッとアリシアが俺を引っ張る。
「いやいや!初詣いうんは、日本人の元旦恒例行事やし。ここは大和民族に譲ってもらえると!!」
はやてが負けじと俺を引っ張り返す。
「いやいや!異文化交流という言葉もあるし、ここは日本人が退くべきでしょう!?」
「いやいや!!」
「いやいやいや!!」
「いやいやいやいや!!!」

グイグイグイグイ!!!!

「ダーッ!!痛いわッ!!!」
俺は二人から強引に自由を奪い取った。
その行動に二人はビックリしたのか、大きな瞳をパチクリとさせている。
「もう俺は一人で行く!お前らは来るな!!」
そう言い捨てて、俺は一気に走り出した!

後ろから追いかけてくる気配がするが、無視だ。
それに、俺の体力に着いて来られるのは恭也さんぐらいだろう。
あっという間に気配が遠ざかって、消えた。




「さてと、これからどうしようかな……?
元日だからか。それとも俺の夢だからか。全く人の気配の無い大通りを進んでいく。

一人で行くと言ったものの、何となく行く気を無くした俺は、適当にブラブラしていた。
「とりあえず、士郎さんの所にでも行ってみるか」
あそこなら恭也さんも居るだろうし、元日早々でも手合わせしてくれるだろう。

………まぁ、夢なんだけど。


しかし、どうにも妙な感じだ。
夢というには現実感があり過ぎる。しかし、突拍子も無い設定もある。

「う〜〜む?」
心に引っ掛かるものを覚えながら、歩いていると――。


「お待ちなさいッ!!」
いきなり頭上から響く、すっごく聞き覚えのある声。
まさかな〜、と思いつつ見上げる…………あぁ、やっぱり。

「その君っ!!どうして可愛いガールフレンドと一緒にいないの!?」
「貴様!主はや――ゴホン、あれ程に可憐な乙女の何に不満があると言うのだ!!」
「つーか、はやてに手ぇ出した時点で…テメェは頑固な汚れ決定だけどな……!!」
「ヴィー…ゴホン、そういきり立つな」

あぁ…そうだよなぁ〜。はやてがいるんだから。
見上げる俺の目に映るのは、八神一家の人々――ヴォルケンリッターだった。
騎士甲冑を纏って浮いているが………なんで揃って蝶の仮面!?
パピ○ンマスク!?それとも○蝶仮面か!?

「新年早々、何をやってるんですか……ヴォルケンリッターの皆さん」
「違う!我々はヴォルケンリッターなどという、夜天の守護騎士ではない!!」
シグナムさん、夜天の守護騎士って言ってますよ。
「そうよ、連音君!私達はマスター・ハイウインドに仕える騎士!!」
ハイウインド=疾風?……はやてって事か?
「え〜っと……なんだっけ、アタシの台詞?」
「『風の護り手、流れる白雲』だ」
ヴィータ…。ザフィーラさん……あなたまでですか。

「「四人揃ってナイト・オブ・クラウド!!我ら、乙女の願いの為に!!」」
ズビシィ!!と、効果音が付きそうな程に、見事にポーズを決めるシグナムさんとシャマルさん。

ヴィータは恥ずかしそうに。ザフィーラさんは良く分からん。
いつもの狼形態だし。つーか、今更だけど意味無いですよね、その仮面!


俺は彼らに背を向けて一気にダッシュッ!!
「あ、コラ!待ちなさーい!!話は終わってないのよ〜ッ!!!」
「辰守連音、背を向けて逃げるか!!卑劣な!!」
「うるさい!これ以上は痛々しくて見てられませんっ!!」
これ以上は、幾ら夢とはいえ酷すぎる。
大通りを走り続け、チラリと後ろを覗く。

「まてぇーい!!」
追って来てる!?くそ、更に加速して振り切ってやる!!
「ッ!?」
唐突に感じた気配に、反射的にジャンプ。
瞬間、地面から幾本もの牙が!鋼の軛か!?
「チッ、躱したか……!」
ザフィーラさん、本気でしたね。
「シュワルベフリーゲン!!」
今度は鉄球が襲い掛かる。こっちは無防備だというのに!!

「しょうがない…!琥光!!………………琥光?」
いつもなら“了解”とか言うのに?
そう思いつつ右手を見る。……………いない!?

ポケットをまさぐるが、財布以外に入ってない!
おかしい。幾ら夢でも琥光を忘れる筈がない。どうなってる!?

しかしそんな思考も、襲い来る攻撃を躱しつつでは上手く行かない。

とにかく今は全力で走れ、俺!!



全く人の気配の無い町を駆け抜ける一陣の風=俺。
それを追って飛翔する風=ヴォルケンズ。


空を行く彼らを振り切るのは容易ではない。しかし、全く不可能という訳でもない。

「くそ!何処に隠れた!?」
「…ッ!いたわ!あそこのビルの影!!」
見つかった俺は、素早くその場を離れる。更に別のビルの影に隠れ、気配を殺した。
そして再び、俺を見失った。


竜魔の隠行の術は、シャマルさんのサーチすら誤魔化す事が出来る。
まぁ、この術自体がそういう術に対抗する為のものだし。優秀とはいえ、個人の術式程度に引っ掛かるようじゃ意味が無い。

そうやって何度かやりながら、俺はついにヴォルケンズを振り切る事に成功した。


さて、撒いたとはいえ、あの騎士達が諦めたとは思えないし…。如何したものか。
「連音君?」
そんな事を考えていると声を掛けられた。振り返ってみれば、軽いウェーブの掛かったロングヘアーの女性。
深窓の令嬢。そう言葉がしっくり来るような雰囲気の持ち主。
一瞬誰だろうかと考え、ふと目に止まったのは白いカチューシャ。

「すずか…か……?」
俺がほとんど無意識に言うと、彼女はキョトンとした顔をした。
「そうだよ…どうしたの?お正月だからって夜更ししてたの?」
「いや…そういう訳じゃ……」
うわ〜、何て言うか………すずかって……こんなに変わるのか!?
いや、うん。夢だよな、夢。でも、これは……。
「……?」
目の前で首を傾げるすずかに、俺は「何でもない」と首を振った。


「それで、すずかは何でこんな所に?」
「これからなのはちゃんの所に行こうと思って。連音君は?」
「俺も同じだ。ただ色々と問題が……な」
「問題…?」
「あぁ……かなり厄介な…ッ!?」
そう言い掛けて、俺は感じた気配に反射的に動いていた。
すずかの腕を掴み、路地裏に身を隠す。
「え!?連音君!!?」
「静かに…!」
俺はすずかを抱きしめる様に隠し、気配を殺した。
上空を窺えば、飛んでいくヴィータの姿。まだ諦めてなかったか。

ヴィータが行ったのを確認し、俺は腕の力を抜いた。
ついついすずかを巻き込んで隠れてしまった。まぁ、すずかって嘘付くの苦手だしな。
絶対に意識せずにバラしちゃうからな。うん。

しかし、胸に抱き締める形になってしまったのは不味かったな。
「悪いな、すずか……苦しい思いをさせて」
俺は謝るが、すずかは顔を伏せたまま動かない。
本気でマズイな………怒らせたか?

う〜ん、すずかって普段温厚だから、怒ると本気で手が付けられないんだよなぁ。

そう、あれは四年前の事……って、振り返ってる場合じゃない。
「すずか……?すずかさ〜ん……??」
俺はどうするべきか迷い、とりあえず、すずかの顔を覗き込んでみた。

「…………連音君」
「すずか………うおっ!?」
いきなり凄い力が掛かり、俺は地面に倒されてしまった。
すぐさま起き上がろうとするが、その上にすずかが跨ってきた!?

「す、すずか……!?」
「連音君がいけないんだよ……?あんな事するから……だから、わたし……」
そう言って上げた顔を見て、俺は固まった。
目が……紅くなってる。夜の一族の血が目覚めてる!?何で!?
しかも顔は紅潮し、吐息も妙に艶っぽい。これって…一族特有の発情か!?何で!?!?
訳も分からないまま、すずかが俺に迫ってくる。
「ねぇ、良いよね…?」
「待て待て!落ち着けすずかっ!!」
口を開け、牙を晒すすずかを俺は必死に押さえる。
「どうして連音君……?ちっちゃい時、言ってくれたよね…?吸っても構わないよって……」
「そうだけど!ここはマズイだろ!?」
というか、発情状態では本気でNGだ。何としても阻止せねば!!

しかし、すずかの手が俺の腕を引き剥がそうとする。クソ、流石にキツイ…!
「くぅ……!」
「うぅ……!」
徐々に俺の首にすずかが………あん?

「待った、すずか」
「……?」
俺がすずかの向こうに視線を送っているのに気が付き、振り向く。
そこにはカメラを持った、ものすっごく見慣れた二人組がいた。
「お、お姉ちゃん……!?ノエル…!?」
すずかが驚きの声を上げる。
「あぁ、こっちは気にしないで?」
「どうぞお続け下さい。すずかお嬢様、連音様」
「あ…あぁ……あぁ……!」
あ〜あ、すずかの顔が見る間に真っ赤になっていく。

とか思っていると、不意に顔に影が差した。
「ん…?」

視線を向けると………………しまったぁ!?
「貴様という男は……このような往来で……!!」
そこには鬼神の如き形相のシグナムがいた。ゆっくりとレヴァンティンを鞘から抜いていく。
それを上段に振りかぶって………ってヤバイ!!
「きゃっ…!」
俺はすずかを突き飛ばし、その場から跳び退く。
一瞬遅れて、魔剣が地面を叩いた。
「ちょっと!?今の本気だったろ!!」
「当然だ……主はや――もとい、あれ程に可憐な女性に想いを寄せられておきながら、
そのご友人に……朝っぱらから、し…しかも、外でなど……!!この痴れ者がぁっ!!」
訳が分からん!誰が痴れ者だ!!
とにかく逃げないと。俺は全力で走った。

必死に走り、そして眼前にはハンマーを担いだチビッ子が!!
「チッ!」
とっさに切り返し、左に方向転換。
後ろからヴィータが追ってくるが、構わず走る。


「はい、ここまでよ!!」
「うわった!?」
路地を抜けた瞬間、俺の体を縛る物があった。設置型のバインドか!?

バランスを崩してすっ転んだ俺の前に、シャマルさんが降りてきた。
そしてシグナムさんとヴィータ、ザフィーラさんも。

「さて、覚悟は出来ているな…?」
「このヤロォ……はやてと二股かよ……いい度胸だなぁ〜?」
「まぁまぁ…その辺りはこれからじ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っくりとお話しするって事で、ね?」
俺、何も悪いことしてないよね!?何でこんな事に!?
というか、これ夢………だよな?何か自信が……。

「そうだな……むっ!?」
シグナムさんが反射的に飛び退く。と、いきなり地面が割れた!?
「申し訳ありませんが、連音様は」
「うわわっ!?」
「こちら側です…!」
強い力に一気に抱えられ、俺は宙を舞っていた。
そして着地すると、そこには忍姉とすずかがいた。顔を上げれば、俺を抱えているのは、やはりノエルさんだった。

「悪いけどこれ、うちの妹のボーイフレンド兼、忍ちゃんの楽しいおもちゃなのよね〜。
はやてちゃんには悪いと思うけど………帰ってくれる?これからほら、姫初めってヤツだから。自重して?」
「お、おおおおおおお姉ちゃん!?」
相変わらず訳の分からん事を。

「残念やけど、そうは行かんのですよ」
この声は!?
見上げると、騎士甲冑を着たはやてがいた。しかも、また蝶の仮面を付けてるし。
「何の用だ、はやて?」
「わ。私は八神はやてなんていう、関西弁とおっぱい好きがチャームポイントの純情乙女とは別人や!
私の名はマスター・ハイウインド!!程好くご近所の平和を守っとる、通りすがりの魔法少女や!」
「二つ言っておく。おっぱい好きはチャームポイントではない。
そして、そのなりで魔法少女を名乗るな。アウトを超えてビーンボールだ」
ついでに、誰が可憐な乙女だ。この親父少女め。
「と、とにかくや!そこの彼は我々が預からせてもらいます!即刻引き渡しなさい!!」
「そうは行かないわ!ノエル!!」
「了解です、お嬢様」
俺を下ろしたノエルさんの腰からウィングとバーニアが!
忍姉は腕時計を口元に持ってきている。

「BIG・N!ショウ・ターイムッ!!」
叫んだ瞬間、広場の地面が砕け、巨大な何かが迫り出してきた。
「な、何や…いったい何が!?」
「フッフッフ……月村家の底力、見せてあげるわ!」
忍姉がノエルさんに抱えられて飛んで行く。

そして現れたそれは………巨大なノエルさんだった。しかも、両腕が異常にデカくなっている。
その中に乗り込んだ忍姉の声が響く。
『どう!?全人類の夢、巨大ロボットと全男子の夢、メイドロボをクロスした意欲作!!
その名も、BIG・N!!今世紀最大の問題作よ!!』
自分で言うか、問題作って。事実そうだけど。

「せやったら、こっちも負けていられんな!みんな、集合や!!」
「「「「御意!!」」」」
ヴォルケンズがはやての元に集う。そしてはやては懐から何かを取り出した。
「マジックカード、『夜天の魔導書』を発動!!場のヴォルケンリッターを融合して、来ぃや、リインフォース!!」
こっちは遊○王か!?

凄まじい光が溢れ、その向こうに巨大な何かが出現した。
「どうや!!デカイはデカイでも、こっちは生やで!!」
でかいノエルさんに匹敵する大きさで、そこにはリインフォースがいた。
腕を組んで、肩にはやてを乗せている。
『我が主に仇為す者は、許しはしません……!』
『上等よ……!このBIG・Nのパワーを見せてあげるわ!!』


睨み合う両者。緊張の世界を目の当たりにした俺は思った。
ここから逃げたいな、と。

と、俺を縛るバインドが突然解除された。そして背後から声が掛かった。
「レン、大丈夫!?」
「っ!?フェイト…!?どうしてここに?」
そこにはアリシアを映したような姿の女性、フェイトがいた。
多少、目元とかが違うかな?イヤ、そんな事はどうでもいい話だ。
とにかく逃げなければ!

この場を離れようとする俺だったが、動かないフェイトに気付き、足を止めた。
「どうしたフェイト!?ここはやばいぞ!!」
「………大丈夫。レンは離れていて?危ないから……」
そう言ってフェイトはバルディッシュを取り出した。
待て待て、あれとやり合う気か!?ザンバーでも力不足だぞ!?
しかし、フェイトはバルディッシュを躊躇なく空に掲げた。
「行くよ……変身!!」
“Yes,ser”
突如、金色の光の柱が天に昇り、そしてあっという間に消えた。

『電光超人テスタロッサ、参上です!!』
代わってそこに現れたのは………いつものバリアジャケットに加え、何かアンダースーツを着たフェイトだった。
ヘッドギアというか、そんな感じの物も付けている。

ただし、問題はそこではない。
「………………でっかくなりやがって」
俺は顔を真上に向けていた。
今のフェイトは他二名と同じ大きさになっていた。

もうこれはやり過ぎだろう、色々と!?
そして、あのBJは変えさせるべきだな。あのスタイルで着たら、ただの痴女だ。

『おぉ!?フェイトちゃんも参戦するのね!!』
「これは…三すくみか……厳しいな、長期戦は」
『二人とも、すぐに戦闘行動を止めて下さい!』

フェイトが言うが、しかし二人は一向に従う気配を見せない。
『仕方ないですね……一気に戦闘不能にします!アルフーーーーーッ!!』
フェイトが空に向かって叫ぶと、彼方から飛来するオレンジの機体。

アルフ……お前はロボ化していたか。

『アルフ、合体を!』
『よっしゃあ!!クロス・フォーメーション!!』
フェイトが空高く飛び、メカアルフが分離して舞う。
閃光。そして大地に降り立つ。

フェイトの手足には装甲とブレードが、背中には巨大なブースターとキャノン砲が、
そして胸部には、メカアルフのウルフヘッドが装着されている。
『重武装、パワード・テスタロッサ!!』

「おぉ!!やるなフェイトちゃん!!」
『くぅ〜!合体までは手が回らなかったのよね……!!』
『忍お嬢様、この機体では合体は不向きかと』
冷静にツッコミを入れるノエルさん。

『そして、ソニックフォームッ!!』
「いきなりパージしやがったぁああああああああああああ!!」

その装甲のほとんどを外し、背中のバーニアだけが残されている。
ズシーン、ズシーンと音を立てて、落ちてくるアルフのボディ。

俺は眼前のアルフヘッドに聞いてみた。
「お前はこれで良いのか…?」
『何言ってんだい。フェイトの幸せが、アタシの幸せだよ』
……うん。納得しているなら良いか。


『薄い装甲を更に薄くしたか。緩い攻撃でも、当たれば死ぬぞ…?』
『あなたに、勝つ為です……強いあなたに勝つには、これしかないと思ったから…!』
お前ら、平然と良い台詞を言うな。というか、シグナムの意識もあるのか。



目の前の光景に唖然としながらも、俺の中ではドンドンと違和感が膨れ上がってきていた。

夢だから。そう思えば、納得がいく様に思える。
しかし、何かがおかしい。
これは本当に只の夢なのだろうか。
考えれば考えるほど、思考はそれを否定していく。

夢がいくら自由、混沌なものだとしてもこの光景はおかしい。
ハッキリ言って、これが他人の夢だというなら納得もいくのだが。
「………他人の、夢?」
そうだ。これが“俺の夢”だと誰が決めた。それは俺が勝手にそう思っていただけじゃないか。

という事は、これは俺以外の人間の夢が混じった世界という事になる。
「どうしたの?そんな真面目な顔をして……」
「…!?アリシア…?」
「あぁ〜、何か凄い事になっちゃってるねぇ〜。アハハ…」
いつの間にかアリシアが俺の傍に立っていた。
つられて視線を戻せば、三すくみが崩れようとしている。

いつの間にかフェイトはジャンボ・バルディッシュをザンバーに変形させ、BIG・Nはこの拳を構えている。
そしてジャイアントリインフォーズも、その翼を広げている。

「あ〜あ…皆、壊れてやがるな」
そう、皆一様に壊れている。唯二人を除いて。


「行こう、ツラネ」
「あぁ、そうだな……」

俺はアリシアと共に神社へと向かったのだった。






緩やかな坂道を登る途中、俺は足を止めた。
「どうしたの?」
それに気が付き、アリシアも足を止めて振り返る。
「お前……本当に、アリシアか?」
俺は静かに、アリシアに向けて言った。

「……何、言ってるの?」
「さっき気が付いたんだ。この世界では皆が、おかしくなっている……俺と、お前以外は」
「………それは」
「それは俺の夢だから、か?」
「っ…!?」
「俺の夢と言いながら、この世界は異常だ。確かに夢に常識を持ち込むのは無駄な事だろう。
だが俺の夢だというなら、どうして母さんしかいない?他の家族は?兄さんや、頭領は?
今まで出てきたのは、全員が海鳴市にいる連中だ。このまま進めば、なのはや恭也さんも出てくるんだろう?」
「ツラネ……何を」
「海鳴にいない中で出てきたのは、お前とプレシアと母さんだけだ。つまり……皆、死人だ」
「………」
アリシアが急に押し黙る。そして、その瞳からは急激に光が消えていく。
「自分を持っているのは俺とお前。海鳴にいない登場人物は死者ばかり。これは果たして偶然か?
それにお前は言ったな?『私は演出家じゃなくて出演者だもの』と。演出家とは何だ?
そして、この世界が俺の夢だと誘導したのもお前だ。この言葉も、ある前提を持って考えれば妙な話だ」
そう、アリシアだけがこの世界の特別なのだ。それが何を意味するのか、想像は簡単だった。

アリシアは何も返さない。
俺は最後の言葉を突きつけた。
「その前提……それは『この世界が多数の人間の夢で創られている』という事だ」
俺は、そう言いながら考えていた。
本当にそんな事が可能なのだろうか、と。

(いや、できるかもしれない……『夢移しの法』ならば)
だが、あれはかなりの高等術だ。そうできるとは………いや、久遠!?
久遠ならできる!だが、そうすると……チッ!?


俺が内心で舌打ちすると、アリシアがにぃ、と笑った。
美麗な顔が不気味に歪んで行く。
そして、その体からは異様な邪気が湧き出してくる。

「フフフ……面白い。流石に我が“呪”に堕ちながら、自我を保っていられるだけの事はある」
「“呪”ときたか………貴様、夢魔の類だな?」
その瞬間、世界が音を立てて砕け散った。
流動する闇色の波と、浮かぶ七色のシャボン玉。
チラリとそれに視線を向けると、その中に人の姿が見えた。
(なのはに美由希さん…恭也さんも……)
反対側には、はやてやヴォルケンリッターの姿も見えた。

その世界にフワリと浮かぶのは、アリシアの姿を借りた下種な笑みを浮かべる悪魔。
その後ろに見えるのは一際大きなシャボン玉。その中にいるのは……久遠だった。

「さてさて、とんだイレギュラー君だけど……君にはスペシャルステージを御用意しよう」
「スペシャルステージだと…?」
「そう、スペシャルな………地獄の大サービスを!」
パチンと悪魔が指を鳴らした瞬間、俺の周囲を囲うように無数の刀剣が姿を現した。

「ふん、芸が無いな……これで地獄ときたか」
俺は鼻先で笑い飛ばすと、悪魔がニヤニヤと気に障る笑みを浮かべた。
「どうやら君は、勘違いしているようだ……」
「…?」
「この世界は夢。現実ではない。だから死なない。そう考えているのでしょう…?」なんだ、そんな事か。
「しかし、君が認識すればそれは現実となる。そして、この夢での死は精神の死を意味する。
そう……二度と目覚めない暗黒の世界に沈み、二度と光を見ることは無い……!」
大仰に両手を振り、演説をする悪魔。
「だから何だ……?やるやら来い。遊んでやるから掛かって来いよ、悪魔ヤロウ」
俺がちょいちょいと指先で挑発をすると、悪魔の顔が不愉快さに歪んだ。おぉ、良い顔するじゃないか。

「フフフ……調子に乗るのは結構だが、相手は選ぶものだ……後悔は先には出来ないのだから、ね!」
悪魔が腕を振るうと同時に、無数の刃が俺の体を突き刺し、俺はまるで針鼠のようになった。
「フハハハハ………深い闇の中で、永遠にもがき、苦しみ、我が糧となり続けたまえ……!」
悪魔の笑い声が耳に酷くうるさかった。

流石に顔にまで刺さっている姿は、シュールだなと思う。
というか、前が見えないから邪魔くさいな。
俺はとりあえず、頭ら辺の刀剣を抜き捨てていく。
やっと広がった視界に飛び込んできたのは、驚きに目を見開く悪魔の姿だった。

「な……どうしてだ…!?何故、平然としていられる!?」
「生憎と、精神世界での戦い方を知っているんでな。こういった場合、刺さる事事態には意味なんて無い。
問題なのは、刺さった後……自分がどうなるかを想像する事だ」
俺は体に刺さった刃を気合を込めて一気に吹っ飛ばした!
「こんな物が刺されば、血が出て、痛くて、そして死んでしまう。それが精神のダメージになる訳だ」
「キ、キサマ……!」
「だったら答えは明白。そんな事を考えなければ良い。刺されても死なない。何も無いと信じれば良い。ただ、それだけだ」
しかし、これは言うほど優しくは無い。ほんの僅かでも自負が揺らいでしまえば、一気に持っていかれるからだ。
自分に対しての絶対な信頼。それがこの世界での戦い方。

「さて、と……せっかく良い物をくれたんだ。こちらもそれ相応の物をお返ししないとな?」
俺は拳を握り、バキバキと骨を鳴らした。そして悪魔に向けてゆっくりと歩を進めていく。
足を宙に踏み出し、しっかりと踏みしめる。階段を上るように、一歩づつ。
悪魔がその度、後退る。
「キ、キサマ……何を!?殴るというのか!?良いのか?これはキサマの――ッ!?」
言い切る前に、俺の拳が悪魔の顔面を捉える。グラリと揺れながら、後ろによろめく。
「その顔で、その声で喋るな。目障りの上、耳障りだ……!」
「ヒ、ヒィッ!?フグッ!?」
二発目が突き刺さる。奇妙な声を上げて、悪魔が吹っ飛ぶ。
「お前は許されない事をした。それが何か…分かるか?」
「ふぁ…はっがぁ!?」
今度は蹴りが鳩尾に突き刺さる。悶絶する悪魔を、刺さったままの蹴り足で持ち上げる。

「分からないか?なら教えてやる……」
足を使って、悪魔の体をひょいと真上に飛ばす。
そして、落ちてくる悪魔を睨み、拳を固めた。

「貴様は俺の…竜魔の逆鱗に触れた……!!」
「ッ!?りゅ…竜魔ガベッ!?」
その顎をショートアッパーで打ち抜く。
そして、そのまま怒涛のラッシュを叩き込んだ!!!
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ…ドラァアアアアアアアッ!!!」
「フベベベベベベベベベベベベベベベベベベベベベベ…ベヒャァッ!?!?」
トドメのストレートを喰らい、ド派手に吹っ飛ぶ悪魔はそのまま久遠のシャボン玉に激突した。

―ク…ゥゥ……―
「っ!?久遠…!?」
久遠のシャボン玉だけ巨大なのは、この夢世界を支えているのが久遠の力だという証拠だ。
つまり楔を解かれれば、この世界は一巻の終わりという事だ。
「くおーーーーーん!!起きろーーーーーッ!!」
俺は出来うる限りの声で叫んだ。しかし唸るものの起きない。

まともにやってもダメだな。もっとインパクトを与えないと。
となれば、あれか?
俺は息を大きく吸い込み、取って置きを使った。


「ウミャァァァァアオオオオオオオオ〜〜〜〜〜〜ン!!」


どうだ、必殺の猫の鳴きマネ!!
数秒の沈黙。そして――――。

「ぎゃうぅうううううううううううううんっ!!!!」
ものすごい勢いで久遠の瞼が開かれ、ドタバタと暴れだした。

その衝撃が闇の世界に亀裂を作っていく。
そして、そこから差し込む光が全てを呑み込んでいった。

「おのれ…竜魔!!この借り……必ず返すぞ……!!」
何…!?まだ生きてやがったのか!
俺はトドメを刺すべく、飛び掛かる。しかし、寸での所でヤツは消えてしまった。
「チッ…あれだけダメージを与えたんだ、すぐには動けないだろうが……厄介な事になりそうだな」
夢魔には肉体と精神のダメージの違いは無く、そのまま自身のダメージとなる。
ぶち込んでやった拳の分を鑑みるに、まともに動く事も出来ない筈だ。
その間に里に連絡をして、対策を練ろう。

そう決めて、俺の姿も光に消えた。
その時、誰かに頬をつねられた。眼前の光の中に浮かぶ人影。

――もう!容赦なく私の姿を殴らないでよっ!――

「悪ぃ……つい、本気でムカついてな」
俺は怒り顔の女神に、苦笑いを浮かべるのだった。









光の無い森の中、大地には呪法陣に囲まれた久遠がいた。
そして、道化をした何かが久遠の内側から飛び出してきた。

「ガハァ……!ハァ…ハァ…!」
全身はズタボロで、まともに立つ事も出来ない程に疲弊していた。
「おのれ……まさか、竜魔がこの町に居ようとは……!!クク…だが、次こそ……見ているが良い……!」


「ほう。次がある気でいるのか?」
「な…!?」
夢魔が掛けられた声に驚きの声を上げる。
木の影からゆっくりとした足取りで現れたのは、身の丈二メートル近い大男だった。
その手には一振りの日本刀が握られている。

「夢魔、遊狂斎……か。うちの住人を使って、随分と好き勝手してくれたな?」
「何者だ……っ!?」
遊狂斎は、男が持つ刀に異様な気配を覚えた。
男が柄に手を掛け、ゆっくりと刃を抜いていく。その瞬間、溢れんばかりの霊力が刀から吹き上がった。
その凄まじい霊力に、遊狂斎が男に注意を注いだ瞬間。
「ガッ…?ァア…ッ!?」
その胸からは刃が突き出ていた。
悪魔の背後で声がした。若い女の声だ。

「阿呆が……うちらの事を忘れとるぞ…?」
更に深く、刃を差し込む。
「グゥウ…ッ!?キ、キサマは……神咲の……!」
突き刺さった刃に、炎が燃える。女性はそのまま刀を振り上げ、両断した。
「グギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
断末魔の悲鳴を上げ、悪魔が炎に包まれて踊り狂う。

そして数秒の後、悪魔は黒い灰になって崩れ落ちた。


「神咲一灯流伝承者、神咲薫……覚えなくて良いぞ……」
『聞く耳も、覚えておく頭も在りませんですしね』
と、男の持つ刀が声を発した。次の瞬間、浮き上がるようにして、金色の髪をした、瞳を閉じたままの女性が現れる。
「ふぅ〜、ハッタリと囮役…上手く行ったか」
悪魔の消滅を確認し、男が安堵の溜め息を吐いた。
『お疲れ様です、耕介様』
「ありがとう十六夜さん。でも、こういうのはダメだね。もう若くないな……ははは」
『何を新年早々……まだ若いでしょうに』
と、今度は女性――神咲薫の刀が少年の声を発し、そして十六夜と同じように、少年が浮かび上がるように現れた。
「お疲れ様、御架月」
『ダメですよ。“まだ若い”と言う事は、“もう若くない”と言っている事と同じなのですから』
『そういうものなの、姉さん?』
『そういうものです』

霊刀姉弟の会話を尻目に、耕介は久遠を抱き抱える。多少弱ってはいるが、命に別状は無さそうだ。
「それにしてもあの悪魔……話と違って、随分と弱っていたな?」

耕介は他の面々のように夢魔の世界に捕らわれていた。
それを駆けつけた薫によって助けられ、こうして悪魔退治に来たのである。
その道すがら、悪魔の事を色々と聞いていたのだ。

夢魔、遊狂斎。
今から三百五十年前、遠くヨーロッパから日本にやって来て、奈良の都の夜に暗躍し、危機的状況を生み出した悪魔。
人の心の苦しみを糧とし、圧倒的な力を持っていたが、時の神咲流伝承者と、ある存在によって討たれた後、封印されていた。

現代に時は移り、その封印が綻び、悪魔が復活をしてしまった。
それを追って、薫は奈良からこの海鳴にやって来たのだった。


「ずっとあいつを追ってきたけど……確かに、凄いボロボロだった」
『そうですね。昔もでしたが…私達が道中で戦った時も、こんなにあっさりと行く相手とは思えませんでしたし』
「夢の中であれと戦った者が居る……?恭也?」
『いえ、恐らく違うでしょう。あの方には、あの悪魔と戦える程の霊力はありません』
考え込む薫と十六夜。同じように考えていた御架月が何かを思い出した。
「そういえば、姉さんは竜魔って知ってるかい?」
『…!?竜魔…!?どうしてその名前を!?』
『えっ!?いや、アイツが言っていたんだ。“竜魔がこの町に居ようとは”って』
御架月の言葉を聞き、薫は表情を曇らせる。

「竜魔……確かにあの一族なら。かつて、うちの一族と共にあれを封じたのも、竜魔の忍……」
『でも、あの一族はほとんど表には現れない筈ですが…』
「じゃあ、あの一族が出張るほどの事態が起きていると…?」
『どうなのでしょう?ただ道中に立ち寄っただけとも……』
「う〜ん……」
『う〜ん……』

すっかり考え込んでいる二人に、耕介が声を掛ける。
「考えるのは寮に帰ってからにしないか?こんな所にいたら冷えちゃう……クシュン!!」
『そうですね。帰って御屠蘇とお節を重に詰めないと』
「当然、皆も手伝ってくれるんだろう?」
そう耕介が言うと、薫と十六夜は顔を見合わせ、頷いた。
「それじゃあ、久しぶりに……耕介さんの手料理を味合わせてもらいます」
『早く帰らなければ……特に御屠蘇が無かったら真雪様がどんな癇癪を起こされるか……』
(霊にまでそんな認識をされている辺り……凄いよな、うん)

ともあれ、耕介達は夜空が赤紫に染まる中、さざなみ寮への帰路に着いたのだった。






夜の終わりを告げる暁が海鳴の町を染め上げていく。
年の始まりを告げるご来光を、ビルの屋上から連音は眺めていた。

当然ながら、体は元通りになっている。

「あ〜あ、良い初日の出たってのに……あんな悪夢…夢魔が初夢とは……」
『アハハ…ツラネは今年も大変そうね?』
「笑い事じゃないぞ…!まったく……」
連音は隣に居るアリシアの顔を見て、溜め息を吐いた。
もう人生の半分ぐらいの幸運が、出て行ってしまったかもしれない。

夢魔から連音を救い上げたのはアリシアだった。連音の中に入り、呪を祓ったものの、それ以上の干渉はできなかった。

しかし最後、夢の世界を看破した事でアリシアの力が甦り、夢魔を退ける事ができたのだった。

とりあえず夢魔に関して連絡を入れておいた。
どうなるか分からないが、とりあえずは問題無いだろう。


「さてと、じゃあ行くか?」
『…?何処に行くの?』
「初詣。初夢の続きだ」
連音がそう言うと、アリシアの顔がパァッと明るくなった。
そして、連音の首に抱きついた。

重くはないのだが、何となく気恥ずかしさを覚えてしまう。




「ま、とにかく……明けましておめでとう、アリシア」
『ハッピーニューイヤー、ツラネ』










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