魔法少女リリカルなのは シャドウダンサー外伝
其乃一 フェイト・テスタロッサ
別れと旅立ちと
事件の終結から二ヶ月が過ぎようとしていた。
本局に移送されたプレシア・テスタロッサ及びフェイト・テスタロッサ。
両名の裁判は管理局にて行われている。
これほどの大事件では、数ヶ月以上の期間を掛けて審理は行われ、その間は局内で監視体制がとられる。
自らの意思で加担していないフェイトも、局内でのある程度の自由行動を許可されているが、
しかし、発信機付きの腕輪を常に身に付ける事も義務付けられている。
そして、主犯であるプレシアはその身柄を局内で拘束されていた。
―――――表向きは。
局内の廊下を走る少女。
ピンクのリボンでブロンドの髪をツインテールに結び、それがヒョコヒョコと揺れている。
角を曲がり、局員にぶつかりそうになって、ペコペコと謝って、また走り出す。
その後ろを大型犬がトテトテと追いかけていく。
そして辿り着いた一室。
ドアの前に立つ局員に、声を掛ける。
「こんにちは。もう、大丈夫ですか?」
「こんにちは。さっき検診が終わったところだから、大丈夫だよ」
そう答え、局員がドアロックを解除する。
ヒュン、という軽い音と共にドアがスライドして開かれた。
「あらフェイト…早かったわね?」
「ただいま、母さん」
プレシアには魔力封印の継続と、二十四時間の監視体制が敷かれていた。
そして入院を拒否した彼女は、今いる一室から出歩く事も禁止されている。
本来、彼女ほどの罪ならば下層部にある留置施設が相当なのだが、彼女の身を蝕む病と、
二人の監督責任者を名乗り出た人物によって、かなりの優遇がなされていた。
ギル・グレアム。それがその人物の名であった。
彼は時空管理局の中で、彼を知らぬ者はいない程の実力者であり、またその高潔な人柄ゆえ、多くの局員に慕われている。
フェイト達の扱いも彼の力が大きい所だ。
尤も、もしもプレシアやフェイトが何か大きな問題を起こした場合、その責任を背負う事は必至であり、
彼を慕う者達からは、今からでも辞退するようにと進言があった。
だが、彼は「彼女達が何も問題を起こさなければ良いだけだ。大丈夫、何の心配も要らないよ」と言って笑ったという。
その事はフェイト達の耳にもすぐに届いた。
未遂とはいえ、次元犯罪者である自分を信じてくれるその温かさに、プレシアは涙したという。
そして二人は、ようやく親子という名の関係で時間を過ごしていた。
室内には簡素ながらキッチンも在り、フェイトはプレシアの作った昼食を食べていた。
この三ヶ月のフェイトの食事は、全てプレシアの作ったものだった。
今日のメニューはトマトソースのパスタ。
肉類を省き、その代わりに野菜を細かく刻んで煮込んだソースを平打ちのパスタに絡めたものだ。
付け合せには温野菜のサラダ。
アルフもテーブルの下で、プレシアの作った食事にがっついていた。
昼食を終え、食後の一服という時間。プレシアはフェイトに相談を持ち掛けられた。
「嘱託魔導師に…?」
「うん……。今日、リンディさんに試験を受けてみないかって……」
「………良いんじゃないかしら?前から、考えてはいたのでしょう?」
「え…うん、そうなんだけど……いざとなると……」
プレシアの言葉に、フェイトは頬を赤らめて俯いた。
フェイトが嘱託魔導師になる事を考えたのは、なのはとのビデオメールで知った近況からだった。
遠くの世界で日々、訓練を行っているなのはに触発された部分が大きいのだ。
自分にも何かできる事は無いだろうか?
そう考える内に思い当たったのが、『嘱託魔導師』だった。
資格を得る事ができれば、行動制限が減る上、裁判でも良い印象を与えられる。
何より事件後、色々と便宜を図ってくれたリンディらに恩返しが出来る。
しかし、良い面ばかりではない。
嘱託試験を受けるという事はそれに向けて勉強する事もある。
そうすると必然的に、こういった家族の時間が減ってしまう。
それはフェイトにとっては苦しいものだった。
だから、迷ってしまう。
「………フェイトは、どうしたいの?私の事とか抜きで……どうなの?」
「わたしは……受けてみたい。自分に出来る事を見つけたいから……」
「じゃあ、決まりね」
フェイトがハッとして顔を上げれば、プレシアは優しく笑っていた。
「でも……わたしは……」
「あなたが自分から何かをやろうとしているのに、私が足を引っ張る気は無いわ」
そう言って、プレシアは立ち上がった。
「母さん…?」
「受けるのなら、当然目指すのは一発合格よ。今から早速、勉強を開始しなさい!」
「………うん!」
力強いプレシアの言葉に後押しされ、フェイトも決意を固め、立ち上がった。
少し鼻息が荒くなっているのは、気のせいではないだろう。
洗い物をする為にプレシアはシンクに皿を持っていく。
スポンジに洗剤を付けて泡立て、手際良く洗っていく。
「わたしも手伝うよ」
「それじゃあ、お皿を拭いてくれる?」
「うん」
カチャカチャと音が鳴る光景を、アルフは切なそうに見上げていた。
主であるフェイトの幸せが、自分の幸せ。
フェイトは今、本当に幸せだ。
だからこそ、この光景は悲しすぎる。
(もう………プレシアの体は……)
その事に、恐らくフェイトも気が付いている。
切欠は別れ際の連音の言葉。
元々、プレシアの体がおかしいであろう事には気が付いてはいた。
だがそれが、明日をも知れないものとまでは想像していなかった。
これほどの待遇なのも、もうすぐ命の灯火が消えてしまうから。
それが何時なのか、分からないからこそ。
「さて、これで終わりね」
「あ、アルフのお皿がまだ……」
「――もう、早く持って来なさい」
フェイトは真実を大事にしようと決めているのだ。
ならば自分はそれを守ろう。全てを懸けて。
アルフはそう心に改めて、皿を銜えて運ぶのだった。
そして時は過ぎ、フェイトの嘱託魔導師試験の当日。
アルフは転送ポートに先に向かった。余り待たせてはいけないと、フェイトは急ぐ。
「それじゃあ行ってきます。母さん」
「あ、ちょっと待ってフェイト?」
出掛けようとするフェイトをプレシアが呼び止める。
振り返ったフェイトに差し出された物は大きめのランチボックスと水筒だった。
「これって……お弁当?」
「アルフの分もあるから、お昼に食べなさい」
「…っ!はい、それじゃ……行ってきます!」
フェイトは元気良く、出掛けて行った。
フェイトのいなくなった室内で、プレシアの目前に空間ディスプレイが開かれる。
映るのは翡翠色の髪の女性。
「嘱託魔導師の件…色々と、手間を掛けてしまったわね?」
「そんな事はありませんよ。こちらとしても、フェイトさんの素質は惜しいですから。それに、素直で良い子だし」
「それと……もう一つの件はどうなっているのかしら?」
「そっちの方は……あなたに相談したいんだけど………」
「何、かしら…?」
試験は順調に行われていった。
前日に行った筆記試験も、自己採点ではかなり良い点を取っている。
魔法関連の試験もそこそこ以上と、フェイトは自負している。
そして、現在は昼の小休止。
プレシアの作ったお弁当に力を貰い、二人はこの後の実戦式試験に向けて英気を養っていた。
その様子を、モニターで見ているのはリンディ・ハラオウンとエイミィ・リミエッタ。
そして、もう一人。
リンディと同じ、提督階級の人物の着る制服に身を包んだ女性。
掛けた眼鏡の奥に、理知と強い意志を宿した瞳を持つ人物。
時空管理局提督レティ・ロウランである。
「そう、この子があのプレシア・テスタロッサの……。確かに、この才能は彼女の再来とも言えるわ。
あなたが、推薦するのも納得がいくわよ、リンディ」
「でしょう?彼女が局に興味があるみたいだ、って話をプレシア女史からされた時は、渡りに船と思ったもの。
まぁ、裁判中の試験は異例なんだけど……時間も…余り無いからね」リンディはそう言って表情を曇らせた。
「―――そんなに悪いの、彼女は…?」
「本当なら、立って歩くだけでも苦痛の筈なのに…今日だって、フェイトさんの為にお弁当を作ってたわ。
生きている内にやってあげられる事を、やってあげたいのね」
「で、これもその一つ、という事ね……」
「えぇ。自分が何時亡くなっても…フェイトさんが道を見失わないようにって」
「……随分と変わったものね。それも、例の非公開協力者のおかげ?」
レティの眼鏡がギラリと光る。その迫力にちょっとだけリンディは押されてしまった。
「まぁ…そんな所ね。……その子の事も気にはなるんだけど……」
「どうして?」レティが聞くと、リンディは瞳を伏せ、呟いた。
「何て言うのかしら………達観し過ぎている、と言えばいいのかしら?」
「達観…?」リンディは頷いた。
「私達は、この世界が綺麗事だけで済まないものだって、嫌って程知っているでしょう?
あの子も……世界はそういうものだって、割り切っている気がするのよ」
レティはその言葉に唖然とした。
話によれば、その子はフェイトと同じ年頃の子供。
そんな子供が夢や理想を思わず、現実しか見ていない。
それはリンディでなくとも不安を覚える。
事実、レティもそう感じている。
「それで、その子は今…?」
「なのはさんの話だと故郷に帰ったみたい。その故郷が何処なのか、全然見つからないから………行方不明ね」
「…………」
大人二人は、溜め息を吐く事しかできなかった。
同じ頃。
本局の一室で、プレシアは書き物をしていた。
青い表紙の日記帳だ。
「―――これで、全部……書き終わったわ。間に合って良かった……」
一仕事を終え、大きく一息吐く。
「―――ッ!!?ゴホッ!!う…ゲホッ…ゴホッッ!!」
突如込み上げたそれを抑えきれず、プレシアは口に手を当てて咳き込んだ。
「―――っ!はぁ……はぁ………!」
一分以上に渡って咳き込み、やっと治まり手を離す。
そこにはベッタリと血溜りが出来ていた。
手だけではない。
床にも、飛び散った血痕があった。
乱れた息を整えながら、プレシアは悟った。
来るべき時が訪れた事を。
「では、これをもってフェイトさんはAAAランク嘱託魔導師として認定されました。
認定証の交付の際に面接があるから、後はそれだけね」
レティ直々にフェイトに試験合格が告げられる。
それを聞き、フェイトの顔がパッ、と輝いた。
「はい!ありがとうございます!!」
合格の喜びに心が弾む。
そしてそれ以上に、想いは急いでいた。
息を切らせ、廊下を走る。
大切な人に今すぐに伝えたい。
自分の言葉で。
「母さん…!」
部屋に駆け込んだフェイトは、すぐにプレシアの姿を探す。
「………その様子だと、合格したようね」
「うん…!……うわぁ、凄いご馳走……ッ!……もしかして、もう知ってたの…?」
フェイトはちょっと落ち込んでしまう。
せっかくビックリさせようと思っていたのに、期待が外れてしまった。
しかし、プレシアは首を振った。
「知らなかったわよ。当然でしょう?」
「じゃ、じゃあどうしてこんなご馳走を…!?」
プレシアはクスッと笑い、フェイトの頭をゆっくりと撫でた。
「決まってるでしょう。落ちるだなんて…小指の先程度も思ってなかったもの」
「あ……」
その優しい言葉と暖かな温もりにフェイトの瞳に涙が浮かんだ。
「あ…あれ?どうしたのかな……?」
気が付いて必死に拭うが、止め処無く溢れてくる。
プレシアはそんなフェイトの姿に、チクリと心が痛んだ。
埋めようの無い寂しさを与えてしまった事。
そしてもうすぐ、更にこの子を悲しませてしまう事に。
そんな思いを振り切って、プレシアは微笑む。
「さぁ、せっかく作ったのが冷めてしまうわ。手と顔を洗って来なさい」
「………はい、母さん」
その日の食事はフェイトには一際美味しく感じられた。
合格した、という事もあるだろう。
そのお祝いのご馳走なのだという事もあるだろう。
しかし、それを差し引いても、やはり美味しかった。
まるで、最期の晩餐とでも言うかのように。
この日を境に、プレシア・テスタロッサの病状は急激に悪化。
元々入院することを拒み続け、何時こうなるとも知れない状態であったものが、ついに現実となったのだ。
そして、緊急入院から三日後。
プレシア・テスタロッサは、この世を去った。
体はボロボロで、襲う苦痛に地獄を見ていた筈だったのに、その死に顔は穏やかで、微笑さえも湛えていた。
ミッドチルダの外れ。豊かな自然に囲まれたアルトセイム地方。
湖を見渡せる小高い丘に小さな、しかし立派な墓が作られていた。
フェイトはその前で手を組み黙祷を捧げる。
どれほどそうしていただろう。やがてその場所を一人の女性が訪れた。
「フェイトさん?」
「…?リンディ提督……?」
声に振り返れば、そこにはリンディが立っていた。
「どうしてここに…?まだ、出航まで時間があるんじゃ……?」
「これを、フェイトさんに渡しておこうと思って。彼女の……プレシアさんの残した物よ」
そう言って差し出された物は、青い表紙の日記帳だった。
「これは……日記、ですか?」
「………開けて御覧なさい」
言われるままに、フェイトはそれを開いた。
「っ……!?こ、これって………料理の作り方…!?」
そこにはプレシアの字で、様々な料理のレシピが書かれていた。
その殆どが、この三ヶ月足らずの間にプレシアが作ったものであった。
ただのレシピではない。
事細かく注意書きがされていて、この通りに作ればどう間違っても失敗はしないだろうという程の物だ。
「プレシアさんは…ずっと、それを書いていたみたいね」
「母さんが……でも、どうして……?」
偉大なる魔導師の遺品。それが料理レシピという事の意味が、フェイトには分からなかった。
ページを進めていくと、半分足らずの所で終わっていた。
そのページに挟まれていたのは、四つに折られた一枚の紙。
フェイトはそれをゆっくりと開いていく。
そこには、プレシアの想いが記されていた。
『フェイトへ。
これを読んでいるという事は、もう私はいないのでしょうね。
ここに書かれているのは、私が作れる全部の料理のレシピ。
もう私は、あなたにこれを作ってあげられないから、ここに全てを残すわ。
だから、これからはあなたが作りなさい。
いつか出会う、大切な人の為に。
そして、いつか産まれるあなたの子供の為に。
フェイト。この世界で幸せになりなさい。
ろくでもないこの世界で、一生懸命に生きて。そして、幸せになりなさい。
ここから先のページがあなたと、あなたの子供の手で埋められる事を願って。
プレシア・テスタロッサ』
ポタポタと、手紙に雫が落ちていく。
母の心が、フェイトの胸を締め付ける。しかし、それでもフェイトは涙を懸命に堪えた。
これからは一人なのだ。だから、こんな事で泣いていたら駄目なのだ。そう言い聞かせて。
「――ッ!?」
そっと温かなものがフェイトを包み込んだ。
涙でグシャグシャになった顔を上げれば、リンディの顔が傍にあった。
そっと、フェイトを抱きしめる。
「リンディ……提…督?」
「良いのよ……泣いても。我慢する必要なんて、無いんだから……」
「――――ッ!ゥウ……ァア…ァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
込み上げる思いを抑える事などできず、フェイトは母の想いを抱きしめ、大声を上げて泣いた。
リンディの胸にしがみ付き、声の限り。
響き続ける慟哭を、リンディはただ、受け止め続けた。
泣き腫らした目を擦り、フェイトは立ち上がった。
しっかりと大地を踏み締め、自分の足で。
「そろそろ時間ね。行きましょう、フェイトさん」
「――――――ハイッ!」
母の眠る地に背を向けて、彼女は歩き出した。
悲しい思いは消えない。
だけど、それだけではない。
母との約束。
この世界で生きて、幸せになる事。
そして、自分に出来る事を見つける事。
何時か、この白紙を埋める日が来ると、信じてくれた人の為に。
――行ってらっしゃい、フェイト――
「――ッ!?」
耳に届いた声に、フェイトはハッとして振り返る。
しかし、当然そこには誰も居らず、風だけが優しく吹き抜けていた。
「……どうかしたの?」
リンディが尋ねるが、フェイトは首を振った。
「何でも…ありません」
空耳だったのかもしれない。
幻聴だったのかもしれない。
だけど、そんな事は自分で決めれば良い事なのだ。
だからフェイトは、心の中で彼女に答えた。
(―――――行ってきます、母さん……!)
フェイト・テスタロッサ。
本日付で、管理局嘱託魔導師として非常勤勤務を開始。
主な所属は―――――時空航行艦船アースラ。
彼女の旅立ちは、ここから始まる。
※犬吉さんへ
辛い事はね、いつも考えてなくていいんだよ。
忘れようとしたって忘れられないんだから、
君が笑ったり楽しんだりしたからって、誰も連音を責めないよ、喜ぶ人はいてもね。
辛い思いに囚われて、大事な事を見失って、気が付いて。
ようやく一つの区切りを本編も迎えました。
この先も『自分の世界』の為に、連音はその強さを振るっていくでしょう。
忘れられない、大切な約束を背負って。
※魔法少女リリカルなのはシャドウダンサー
四聖獣召喚?しましたね〜。
青龍に朱雀、玄武に白虎、あと一体はどれにするんだろ?
作品頑張ってください。
う〜ん、朱雀以外のイメージって難しいですよねww
出来ているのもあるのですが、難産なのが二つばかり。
拍手を送って下さり、有難うございます。
引き続いてお願いいたします。拍手を送られます際は、誰宛なのかが判るようにお願いします。
これらは、管理人であられるリョウさんによって分けられております。
ですので、ご協力の方、よろしくお願いいたします。
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