第六話 わかり合うために必要なことなの?
 温泉旅行から帰ってきてからずっと、あかねは自分の部屋のベッドの上で過ごしていた。
 なのはの砲撃を至近距離で受けた事もあるが、その後で旅行の間は何事もなかったかのように振舞う為に増幅魔法をかけ続けたのだ。
 もちろんなのはやユーノには止められたが、楽しいはずの旅行で自分が倒れるわけにも行かなかった。
 おかげで自分が衰弱している事は参加者の誰にも悟られなかった。
 代わりにあかねは家にたどり着くなり倒れこみ、母にはしゃぎ疲れだと不本意な解釈までされてしまった。
 結局平日になっても起き上がる事の出来なかったあかねは、そのまま学校を休んでいた。
「今何時ですか?」
「Four o'clock」
「そろそろ学校が終わる時間だね」
 気だるげに腕を額に当てたあかねが尋ねると、ゴールデンサンと枕元で回復魔法をかけていたユーノが答えてくれた。
 何時もならそろそろなのはと一緒にジュエルシードを捜しに行く時間である。
 顔に疲労を滲ませながら体を起こそうとしたあかねをユーノが止めた。
「あかね、まだ無理しちゃ駄目だ。なのはの攻撃魔法のダメージも大きかったけど、やっぱりあの後の増幅魔法が後を引いてる」
「出歩くぐらい平気です。それに一昨日見つけたばかりで、今日すぐに見つかるとも思えないです。戦闘がなければ大丈夫でしょう」
「見つからないと思ってるなら寝てても同じだよ。それになのはから頼まれたんだ。ちゃんと君を見ていてくれって」
 あかねの家にユーノがいるのは、朝方になのはが連れてきてくれたからだ。
 回復と無茶をしないように監視の為に。
「それに今回の事は僕にも責任があるから。君やなのはの魔力が人並み以上だから、人並み以上の魔導師として頼りすぎてた。特になのはには、攻撃魔法を扱う事の怖さを何も教えてなかった。これは僕のミスだ」
「あの後、旅行中の事もうろ覚えなのですが。なのはの様子はどうでした?」
「あかねを撃った直後はやっぱり動揺してたけど、何かを決心したような顔もしてた。とりあえず、ジュエルシード探しを降りるような気はないと思う」
「と言う事は、フェイトさんと戦うつもりなんですね」
 やはりなのはにもフェイトにも撃たせずに済ますと言うのは甘かったようだ。
 フェイトは間違いなく強い。
 砲撃魔法だけでなく、近接戦闘用の魔力の刃をも生み出すことが出来る。
 唯一見ていないのは防御魔法だが、例えそれが弱点だとしてもありあまる身軽で素早い動きがフェイトにはあった。
 ユーノの見立てでは、正式な戦闘訓練を受けている節があるということだ。
 あの夜にはなのはと二人で協力すればとは言ったが、今思えばそれも危ういらしい。
「あかね、とりあえず僕はなのはと一緒にジュエルシード探しに行くから。動いちゃ駄目だからね」
「解りました。ただし、見つけたらちゃんと教えてください。発動さえすれば場所はそれとなくわかりますから、変に嘘はつかないでください」
「うん、ちゃんと連絡するから。見つかってもないのに、きちゃ駄目だよ」
 ベッドのすぐそばにある窓を開けてやると、その隙間からユーノがするりと抜け出した。
 あかねに釘を刺してから走っていったユーノを見送っていると、家の前にやたら長くて黒い車が止まるのが見えた。
 普通の車が止まったのなら誰だろうと思うが、それがリムジンとなると思い浮かぶ顔は決まってくる。
 案の定、降りてきたのはアリサとすずかであった。
 ただ直ぐに家に入る素振りを見せずに、近所の家の屋根をあちらこちらへと見渡していた。
 その行動に意味があったのか、やがて諦めたようにインターホンを鳴らしていた。
 とりあえず数分待っていると、アリサとすずかが部屋のドアを開けて現れた。
「お見舞いに来てあげたわよ、あかね。温泉に行って、疲れて倒れるなんて馬鹿じゃないの?」
「アリサちゃん、そんな事言っちゃ駄目だよ。あかね君、大丈夫だった?」
 正直アリサの台詞には、お見舞いではなくてからかいにの間違いではないかと言いたかったが何とか耐えられた。
 もちろんきちんと心配の言葉を述べてくれたすずかのおかげである。
「認めたくはありませんが、はしゃぎ疲れだと思われます。もう今は殆ど大丈夫です」
「そんなので学校休んだの? でも確かに二日目から様子が変だったもんね。あかねらしくなく、妙にきびきび動いてたり、かと思ったらふらふら何処かへ行ったり」
「調子が悪かったらちゃんと言わないと。学校であかね君がお休みだって聞かされてびっくりしたんだから」
「申し訳ないです。明日はきちんと通いますから。とりあえず、その辺に座ってください」
 折角来た相手を立ちっぱなしにさせるわけにもいかず、適当な床を指差した所で再び部屋のドアが開いた。
 そこに立っていたのは胡散臭くも満面の笑みを浮かべた母であった。
 わきに二枚の座布団を挟み、両手はジュースとお菓子を載せたお盆を支えている。
 同級生がお見舞いに来てくれたのだからそこまではわかるのだが、次の行動にはアリサもすずかも驚いていた。
 つかつかとあかねのそばまで歩み寄り、唯一空いていた足を振り上げたのだ。
 母のかかとが容赦なくあかねの頭に打ち込まれた。
「せっかくお見舞いに来てくれた女の子をその辺の床に座らせるんじゃありません。アリサちゃん、すずかちゃんごめんなさいね、気の利かない息子で」
「ど、どうもありがとうございます」
「あ、あかね君……」
 ベッドの上で悶絶しているあかねを他所に、二人に座布団とお盆を渡して部屋を出て行った。
 さすがのアリサもあっけにとられ、すずかは悶絶中のあかねが気になりお礼も言い忘れていた。
 二人ともあかねの母は旅行直前に少し見たぐらいで、その時はあかねとの入浴をネタにバスの中を大爆笑に導いた面白い人という印象であった。
 だがその認識は間違いだったようで、単にあかねに容赦がないだけであったようだ。
 未だベッドの上で悶絶しているあかねをすずかがおろおろと見守る中、落ち着いて手持ち無沙汰となったアリサがキョロキョロと部屋を見渡し始めた。
「答えられるようになったらで良いけど、さっき車の中からユーノが窓から出てくる所見た気がしたのよ」
「あ、それは私も見たよ」
 先ほど家の前でアリサとすずかが近所の家の屋根を見ていたのは、そう言うわけらしい。
 ユーノの姿をみられたのは迂闊だと思うべきか。
 かと言って見られた以上隠すのも変なため、ダメージから回復しつつあるあかねは正直に言った。
「ついさっきまで、居ましたよ。今は散歩に行ってますけれど」
「なんでなのはの家のユーノがここにいるのよ」
「何故とは……その、なのはが連れて来てくれました」
 一つボロが出ると、それがつづくものであった。
「なのはちゃん、今日は用事があるからって学校が終わってそのまま何処かへ行ったのに?」
「そもそも車で来た私たちより早く来れるはずないわよ」
「朝方です」
「つまり、なのはは知ってたんだ。あかねが学校を休むって」
 何か尋問でも受けているような気になってきたあかねであった。
 アリサとすずかの顔も真剣そのものであり、何か妙な緊張感が漂い始めていた。
 ふと、二人がただのお見舞いにきたのではなくて、何か聞きたいこともしくは確かめたいことがあってきたのだと気付いた。
 あかねの病状を全く気にしていないということもないのだろうが。
 諦めたように溜息をついて、あかねは二人の本心を尋ねた。
「参りました、降参です。ストレートに聞きたいことを聞いてください」
 あかねが開き直ると、今度は逆にアリサとすずかが口ごもってしまった。
 よほど聞き辛いことだったようで、結構な間を置いてからまずすずかが口にした。
「あのね、温泉旅行の二日目。あかね君の様子がおかしくて、なのはちゃんが色々お世話してたでしょ?」
「それだけじゃなくてさ。今は私も名前で呼んでもらってるけど、最初はなのはを名前で呼び始めたじゃない。私たち二人の間で何があったか知らないし」
「今日もなのはちゃん、何度もあかね君の席見てたから。そうなのかなって」
「もうずばり聞くけど、なのはと付き合ってる?」
 段々とあかねのベッドに身を乗り出すようにして聞いてきた二人を前に、周りからはそう見えていたのかと割りとあかねは冷静であった。
 気恥ずかしさというものは確かに存在するが、なのはが相手だとどうしてもそうは考えられない。
 ジュエルシード探しで一緒に戦いなどと荒っぽい事をしてきた事を考えると、気持ちとしては男友達の方が近い気がする。
 素直にそう答えたら、目の前の二人は間違いなく激怒するだろうが。
「確かに三人の中で誰が一番仲が良いかと聞かれたら、なのはと答えますが。そう言う関係では決してありません」
「そうなんだ、よかった……あ、ごめんなさい」
 思わず呟いてしまった言葉に、すずかが直ぐに謝りをいれてきた。
 そう言う関係ではないと言ったものの、すずかが口にした言葉は少しショックであった。
「聞いたままの意味じゃないわよ。別にあかねが嫌ってわけじゃなくて、私たちはなのはを取られたくなかっただけ」
「そうなの。一年生の頃からずっと仲良しで、これからもずっとそうだと思ってたから」
「もし仮に二人が付き合ってたら、それなりに気を使って三人一緒の時間が減っただろうし」
「では、少し僕は距離をおきましょうか?」
 良かれと思って呟いた言葉の後、アリサにぽかりと殴られた。
 しかも先ほど母に思い切りかかと落としをくらった脳天部分を。
 ややぶり返した痛みに顔をしかめていると、立ち上がったアリサだけでなくすずかも厳しい視線を送ってきていた。
「そう言うことを言いにきたんじゃないの。アタシたちは、二人が付き合ってないって事がわかっただけで良いの。今さらアンタにグループから外れろなんて言いたいわけじゃないし、付き合ってたとしても別れろなんていわなかった」
「なのはちゃんと同じぐらい、あかね君の事も大切なお友達だと思ってるから。私たちが仲良くなる切欠だったあの場にも、あかね君はいたし」
「そう言えば、そうね。なのはとの喧嘩に必死で、後から聞いて知ってるだけだけど」
 本当の意味で憶えてないと暴露したアリサに、あかねは久々に嫌そうな顔を向けた。
「人をあれだけボコボコにしておいて、覚えてなかったんですか?」
「だって、結局あの後アタシとなのはを止めたのってすずかだったじゃない。先生たちまで飛び出してきて、事が収まった時にアンタはいなかったし」
「一人だけあまりに怪我が酷かったので保健室につれていかれたんですよ」
「あとで三人であかね君に謝りにいったけど、怪我してたかまでは憶えてないね。でも懐かしいな」
 あかねにとって、その話題は決して触れたくはない話題のはずであった。
 結構な怪我をこさえ、生まれて始めて苦手と言う事のできる人間を二人も生んだ事件である。
 なのに心がささくれ立つ事もなく、アリサやすずかと同じように懐かしいと思えるようになっていた。
 自分が変わったのか、それとも先入観のないまっさらな状態のなのはやアリサを知ったからか。
 あかねは今は良い思い出だと思える話を耳にしながら、自然と微笑んでいた。
 それからしばらく三人でお話をしていると、ふと時計を見上げたすずかが驚いたように言った。
「あ、アリサちゃんそろそろ。お稽古の時間」
「本当だ。あかね、私たち行くね」
「また明日、学校で」
 立ち上がった二人を見送ると、小さくお邪魔したしたという声が聞こえてきた。
 良く聞こえはしないが、母と話す二人の声が途絶えた所で、あかねは起こしていた体をベッドに倒れこませた。
 天井を見つめ、不仲な状態から変わることの出来た自分達をフェイトと重ねる。
「今はお互いに何も知らなくて、話すことすら難しいかもしれないけれど。変わっていける、仲良くなれるはずだ。大丈夫、なのはがいれば」
 ぽつりと何も考えない状態で呟いた自分の台詞に、疑問符を浮かべる。
 フェイトやアルフを知っているのは自分やユーノだって同じだ。
 なのに何故なのはがいればと言ったのか。
 答えは考えればすぐに出てきた。
「僕を変えたのはなのはだから。苦手だと言い張る僕に諦めず笑いかけたり、憎まれ口を叩き合う僕とアリサの仲を取り持ったり。なのはは多分、人を変える力がある。変えていこうと、努力する事ができる」
 魔法という同じ秘密を共有し、同じ目的の為に手を取り合えたなのは。
「声が聞きたいです」
 朝ユーノを届けてくれた時は、直接話す事は出来なかった。
 ジェルシードを探す為に、アリサやすずかみたいにお見舞いにこれなかったのも解っている。
 先日はなのはに自分を撃たせてしまった事も謝っていないし、直前の喧嘩の事も仲直りしていない。
 少し念話を使えば直ぐに話せはするのだが、直接会って言葉をかわしたかった、笑いかけて欲しかった。
(もうずばり聞くけど、なのはと付き合ってる?)
 あの時のアリサの言葉が脳裏をよぎる。
 なのはが相手だとそうは考えられない、本当にそうだろうか。
 普段の自分ならば誰かと付き合うなど想像もできずに考えることすらしないはずだ。
 男友達のようだとは、それだけ自分がなのはを近くに感じているということだ。
 考えが、想いがくつがえる。
 例えまた同じ質問をされたとしても、答えは同じであっただろう。
 だがもしも、別の問いかけ方をされたとしたら。
 なのはの事を好きなのかと問われたとしたら。
(きっぱり違うと言える自信、少しないです)
 もぞもぞと布団にもぐりこんだあかねは、浮かんだ疑問を頭から追い出すように布団の中で丸くなっていた。





 街中にあるとある高層ビルの一室、その寝室でフェイトはベッドで横になっていた。
 閉じられることのない瞳の輝きは鈍く、心安らかにとは間違っても見えない。
 その瞳が何を写し、何を思うのか。
 凍えに耐える子猫のように身じろぎしたフェイトが、目の前に力なくおいた手の甲を見つめた。
「温かかった」
 あの時、フォトンランサーの雨の中を白い装束の女の子の砲撃魔法が貫いてきた。
 直前にちぐはぐな行動を行う二人を見ていたから、あの威力の砲撃に驚き回避が一瞬遅れた。
 ダメージを覚悟し、体を硬くしたその時目に入ったのは、砲撃に押し流されている太陽の様に輝く背中であった。
 良く見てみれば、それはあの男の子のバリアジャケットのコートであった。
 目の前であの砲撃が四方へと力を分散させられていた。
 少しずつ砲撃の威力に押された男の子の背中が自分へと近づき、戸惑った自分の手へと手袋越しにぶつかった。
 不思議な温もりが手から滲むように広がった気がした。
「んっ」
 手を胸に当てて体を丸めると、背中が中から破れていくような痛みが走った。
 原因は背中に幾重にも走るひきつれである。
 手に宿る温もりとは違う、傷が生み出す熱が痛みを揺り動かしていく。
 じくじくとした痛みが少しずつ手に宿った温もりを侵食し、消し去っていくようだった。
「間違えないから」
 崩れ落ちたあの男の子へと、思わず手を伸ばしてしまったこと。
 不用意に名前を教えてしまったアルフを咎めもせず、仕方が無いと容認した自分。
 それらは必要のないこと、間違いであった。
 自分にはやるべきことが、何よりも優先すべきことがある事を忘れてはならない。
 胸元から手を離し、もう考えることをやめようとすると、足音が聞こえた。
「あ、また食べてない」
 テーブルに置かれっぱなしの食事を見たアルフが、ベッドの脇に座る。
 そのまま自分の頭を撫で付けるように手を置いてくれ、その手の温もりが少しあの背中がくれた温もりに似ていた。
「駄目だよ、食べなきゃ」
「少しだけ食べたよ。大丈夫」
 またしても思い出してしまった自分を叱咤するように、起き上がる。
「そろそろ行こうか。次のジュエルシードの大まかな位置特定は済んでるし、あんまり母さんを待たせたくないし」
「そりゃまあ、フェイトは私のご主人様で。私はフェイトの使い魔だから、行こうって言われりゃ行くけどさ」
 アルフの拗ねた声に、苦笑を漏らす。
 本当は何故アルフが拗ねた声を出して抗議しているのかはわかっている。
 使い魔とご主人の間柄だけでなく、アルフが本当の意味で自分を心配してくれているのもわかっている。
 それでも素直に甘えるわけにも行かず、わざと勘違いしたかのような言葉をつむぐ。
「それ食べ終わってからでいいから」
 慌ててそばに置いておいたドッグフードを遠ざけたアルフの語気が少しだけ荒くなる。
「そ、そうじゃないよ。アタシはフェイトが心配なの。広域探索の魔法はかなりの体力使うのに、フェイトってばろくに食べないし休まないし。その傷だって軽くはないんだよ」
「平気だよ、私強いから」
 立ち上がり、バリアジャケットの一部である手袋を両手に生み出し、マントも生み出し身にまとう。
 今度は間違えない、そう自分自身に呟きながらずっと手に宿っていた温もりを忘れる。
 ジュエルシードを探していれば、恐らくはまたあの白装束の女の子と、金色のコートを纏った男の子と鉢合わせることになるだろう。
 今度は間違えないように、ジュエルシードを手に入れることだけを考える。
 ジュエルシードのを待ち望んでいる母の為に、その母の役に立ちたいと思う自分の為に。
「さあ行こう、母さんが待ってるんだ」
 自分自身に刻むように言葉を紡いだフェイトへと、アルフも不満を浮かべながら続いた。





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