これは、「魔法少女リリカルなのは」と宮沢賢治先生の作品「銀河鉄道の夜」を合わせた作品です。

尚、本編とは一切関係ありません。

そしてこの物語に登場する宮本良介もリョウさんの作品To a you sideの宮本良介とは異なる人物です。

では、どうぞ・・・・

 

 

番外編 リリカルな銀河鉄道の夜   三夜

 

 

 

なのはの切符

 

 

通信文の内容の意味が解け、最初に乗った車両の席に戻たなのはと良介。そこに赤ひげの鳥捕りも何処かに行っていたのだろうか、大慌ての様子で二人の居る車両に入ってくると、なのはの隣に座った。

「検札ですよ。検札」

赤ひげの鳥捕りが慌てていた訳を話す。

すると、いつの間にか三人の座った席のすぐ傍に制帽に詰襟、がま口の車掌鞄を首からブラ下げた背の高い車掌がいた。

「切符を拝見致します」

赤ひげの鳥捕りはコートのポケットや懐を手でゴソゴソと探り切符を探している。

やがてコートのポケットから少しクシャクシャになった小さな紙切れを車掌に渡す。

受け取った車掌はその紙切れを見て、赤ひげの鳥捕りに返す。

「ご苦労様です」

切符を受け取った赤ひげの鳥捕りは車掌に労いの言葉を言う。

次に車掌はなのは達に「あなた方は?」というように、手をなのは達の方へ出してきた。

(ど、どうしよう・・・・私、切符なんて買って無いよぉ〜)

なのははここに来て初めて自分が切符を買わずにこの汽車に乗り込んだ事を思い出した。

そんななのはとはうって変わり、良介はわけもないという風で、ポケットから切符を取り出し車掌に手渡した。

(にゃっ!?良介君も切符を持っている!?)

良介から受け取った切符を車掌は検札した後、良介に返し、

「はい、次は貴女ですよ」

と、なのはに切符の提示を求める。

なのははすっかり慌ててしまい、何かないかとポケットに手を入れたら、何か大きな畳んだ紙きれに手があたった。

(こんなものポケットに入っていたっけ?)

と、思いながら、急いでポケットから出してみたら、それは四つに折ったはがきぐらいの大きさの緑色の紙だった。

車掌が手を出して待っているので、なのはは恐る恐るその紙切れを車掌に手渡した。

車掌はまっすぐに立ち直って丁寧にそれを開いて目を通し始めた。

「ほぉ〜」

車掌はなのはの渡した紙切れを熱心に見て、感心したような声をあげた。すると、赤ひげの鳥捕りもその紙切れを見て、車掌と同じく感心した声をあげる。

「これは三次空間の方からお持ちになったのですか?」

車掌がなのはに尋ねてきた。

「わ、分かりません」

なのは自身にもこの紙切れが何時自分のポケットに入っていたのか、そもそもこの紙切れがなんなのかも分からない。

「よろしゅうございます。南十字(サザンクロス)へ着きますのは、次の第三時頃になります」

車掌は紙切れをなのはに渡して車両を後にした。

何とか、検札のピンチを乗り切ったなのはは自分の持っている切符と良介の持っている切符を見比べる。

「良介君の切符と違うね。私は良介君と同じ所に行けるの?」

ここまで来て一人置いてきぼりは嫌だったので、なのはは良介に尋ねる。

すると、良介の代わりに赤ひげの鳥捕りが答えた。

「もちろんですとも。こいつはもう、ほんとうの天上へさえ行ける切符だ。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈でさあ、あなた方大したもんですね」

「やっぱりよく分かりません・・・・」

「もしかしたら貴方は・・・・どうもここの連中とは違うと思った・・・・そうじゃありませんか?つまり・・・・その・・・・いやぁまったく・・・・大したものです・・・・・」

赤ひげの鳥捕りが独り言を言っている中、良介は窓を開け、窓の外を見出したので、なのはも同じく赤ひげの鳥捕りの言葉を無視して窓の外に目をやる。

「もうじき鷲の停車場だよ」

良介が小さな青白い三角標と地図とを見較べて言う。

「ねぇ良介君。私達ずっと一緒だよね?」

なのはが確認するかのように聞くと、良介はなのは方に視線を向けた。

そして、

「?あの人どこにいったんだろう?」

と、なのはの問いには答えず、ついさっきまでなのはの隣に座っていた赤ひげの鳥捕りの行方を聞いた。

「えっ?」

良介の言葉を聞き、なのはも隣を見るが、そこには誰も居なかった。網棚の上には赤ひげの鳥捕りの白い麻袋の荷物も消えていた。

また窓の外で足をふんばって空を見上げて白鷺を捕る支度をしているのかと思って、なのはは急いで窓の外を見ましたが、外は一面のうつくしい砂子と白いすすきの波ばかり、あの鳥捕りの広いせなかも尖った帽子も見えなかった。

「・・・・私・・もう少しあの人とお話をしておけば良かった・・・・」

なのはがポツリと呟き始めた。

「ん?」

「・・・・・私はあの人が邪魔のような気がしたの・・・・だから・・もう会えないと思うと・・・・話せないと分かると・・・・・なんだか・・辛い・・・・」

突然消えてしまった赤ひげの鳥捕りについて、なのはは後悔したように呟いた。

「そう・・・・」

なのはの呟きを良介は静かに目を瞑って聞いていた。

 

 

リンゴ

 

 

それから何時間たっただろう?

なのはも良介もいつの間にか眠ってしまったが、ほのかに香る甘酸っぱい匂いで目を覚ました。

「なんだかりんごの匂いがする・・・・」

「ホントだ。りんごの匂いだね」

すると、客車の扉が開き、なのは達のいる車両になのはより年上の青年と少女、そして年下の男の子の三人が入ってきた。

なのはが席を横にずれ、男の子がなのはの横に座る。

「ありがとう」

青年がなのはにお礼を言うと、少女は良介の隣に座る。

「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか?」

黒マントの灯台守が青年に尋ねると、青年は黒マントの灯台守の向かい側に座る。

「氷山にぶっつかって船が沈みましてね。私はこの子達の家庭教師です。この子達のお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに帰られたので、あとから発ったのですよ」

青年が話をしていると、疲れていたのだろうか、なのはの隣の男の子はコックリコックリと頭を揺らし、眠っていた。

ただ男の子の髪は水で濡れており、少女が懐からハンカチを取り出し男の子の髪を拭いてあげた。

「月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧が非常に深かったのです」

青年は船が沈没した経緯を話し始めると、

 

ボォォォー

 

と、窓の外で大きな汽笛音が聞こえ、思わずなのはと良介が窓の外を見ると、そこには氷が浮かぶ夜の海を進んで行く大きな四本煙突の船の姿があった。

 

船の前後にあるマスト、その前方マストの中間辺りに設置された見張り台では二人の船員が寒さと戦いながら見張りをしていた。

「双眼鏡は?」

不意に一人の船員が相方に双眼鏡の行方を尋ねる。

「ブリッジの連中に持っていかれた」

相方の方は双眼鏡の行方を知っていた様で、双眼鏡の行方を答える。

「何で?」

「分からない。でも返してくれとは言ったよ」

「それで?」

「善処するだってさ」

「はっはっはっそれじゃあ当分返ってこないな」

「全くだ。ハハハハ」

「ハハハハ」

下らない話をしながら寒さを紛らわし、二人が再び目を凝らし前方を見ると、船の針路上に白い大きな島が見えた。

見張り員はそれが氷山だと分かると備え付けの警鐘を三回鳴らし、ブリッジに電話を入れた。

「誰かいますか?」

「どうした何が見えた?」

ブリッジからの返答を聞き、見張りの船員は声をあげて叫んだ。

「真正面に氷山だ!!」

「わかったありがとう。・・前方に氷山です!!」

見張り台からの報告を当直の航海士に伝えると、航海士はすぐに回避運動に入るよう指示を出す。

「左舷に回避!!取舵だ!!」

「取舵一杯ヨーソロー」

舵輪を握っていた船員が思いっきり舵を左に切る。

「機関、全速後進」

続いて航海士はテレグラフと呼ばれる指示器で機関室に後進をかけるよう指示を出す。

しかし、懸命の衝突回避動作にもかかわらず船は右舷から氷山に衝突した。

「大変だ・・・・浸水を防ぐために防水扉を閉める。航海日誌に時間と船の位置を記録しろ」

「イエッサ」

航海士はこれ以上船に海水が入らないよう防水扉を閉じた。

 

甲板では突然船が大きな音と共に停ったので、何事かと甲板に出てきた乗客の姿と氷山の欠片の氷を蹴って遊ぶ乗客の姿があり、この時はまだ船の深刻な事態に乗客は気がつかなかった。

「さぁ、戻ってカードを続けましょう。大丈夫よこの船は沈まないの」

一人の乗客である貴婦人が手にもっているグラスのウィスキーを一気に飲み込み、グラスを甲板に置き、侍らせている紳士たちと共に船内へと戻って行く、やがてグラスは静かに傾いていき、

 

パリン

 

甲板に叩きつけられ、割れた。

船はゆっくりと船首から沈み始めたのであった。

 

時間が経つにつれ、船はどんどん沈んで行き、既に船首の部分は海中に消えている。船に備え付けの白い救命ボートは次々と降ろされ、沈みゆく船から離れていく。

船が沈んでいく中、船長はブリッジに一人ポツンと立っていた。

そこへ船員の一人が船長に声をかける。

「船長、脱出されないのですか?」

「・・・・ある船会社が新聞社に何度もこう豪語していたよ。『例え神でもこの船を沈めることは出来ない』とね・・・。だからそう命名されたんだ・・・・ギリシャ神話で敢えて神々に戦いを挑んだ傲慢なタイタンは・・・・地獄の底に・・・・投げ込まれた・・・・」

船長のこの言葉を聞き、船員は、「船長は何を言っても脱出はしない。船と共に海に沈むつもりだ」と判断し無言のままブリッジを後にした。

再び一人となった船長は懐から小さな写真入れを出した。その中には妻と娘の写真が入っていた。

「・・・・・・許してくれ」

船長は家族に謝罪の言葉を呟いた。

 

船に乗っていた楽団のメンバーは乗客がボートデッキに上がるよう指示をされた時からパニックが起こらないように甲板で音楽を演奏していたが、船が沈んでいくに従って乗客たちにも次第に焦りやパニックが起こり始め、これ以上演奏しても無駄だろうと判断したリーダーが「ここまでだ」と言うと、楽団のメンバーは演奏を止め、互いに別れの言葉を交わし、船尾の方へと向かおうとする。

メンバーが船尾に向かおうとする中、リーダーはただ一人その場にとどまりバイオリンで賛美歌320番を演奏し始める。

その音色を聴いた他のメンバーは再びリーダーの下に戻り、演奏をし始めた。

 

賛美歌320番 Nearer my God to Thee (主よみもとに近づかん)

 

Nearer, my God, to thee, nearer to thee!

E'en though it be a cross that raiseth me,

Still all my song shall be,

Nearer, my God, to thee;

Nearer, my God, to thee, nearer to thee!


Though like the wanderer, the sun gone down,

Darkness be over me, my rest a stone;

Yet in my dreams I'd be

Nearer, my God, to thee;

Nearer, my God, to thee, nearer to thee!

There let the way appear steps unto Heav'n;

All that Thou sendest me, in mercy giv'n;

Angels to beckon me nearer,

Nearer, my God, to thee;

Nearer, my God, to thee, nearer to thee!

Then, with my waking thoughts bright with thy praise,

Out of my stony griefs Bethel I'll raise;

So by my woes to be

Nearer, my God, to thee;

Nearer, my God, to thee, nearer to thee!

Or, if on joyful wing, cleaving the sky,

Sun, moon, and stars forgot, upwards I'll fly,

Still all my song shall be,

Nearer, my God, to thee;

Nearer, my God, to thee, nearer to thee!

There in my Father's home, safe and at rest,

there in my Savior's love, perfectly blest;

age after age to be,

Nearer, my God, to thee;

Nearer, my God, to thee, nearer to thee!

 

 

そんな船の様子をなのはと良介は唖然としながら汽車の窓から見ていた。

目の前の壮絶な光景になのはは信じられず、手は少し震えている。

「私達がボートデッキにあがると、既に殆どのボートは船を離れてしました。残されたボートではとても船に残っている人全員は乗れませんでした」

青年は自分達の体験談を再び話し始めた。

「近くの人達はすぐに道を開いてくれました。けれどそこからボートのところまではまだまだ小さな子供や年寄りの弱い人が沢山いました。それでも私はどうしてもこの子達を助けるのが義務だと思い前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもそんなにして助けてあげるよりはこのまま神のお前にみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。神に背く罪は私一人で背負ってぜひとも助けてあげようと私は人を押しのけながら思いました」

人でごった返している甲板を進む青年たちの姿がなのはと良介の目に映った。

「けれども女性と子共ばかりボートの中でお母さんが狂気のようにキスを送り、船に残ったお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っている姿を見ているうちに、私はすっかり覚悟をして、この子達二人を抱いて、浮べるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました」

沈んでいく船はやがて船尾を大きく夜空に向けると、突如自らの重みに耐えきれず、船体はまっぷたつに割れ、船尾は海面へと叩きつけられたが再び空へと持ち上がるとそのまま海へと沈んでいった。

氷と多くの人々と共に船は真っ暗で冷たい海中へと消えていった。

その中には今、なのは達の目の前にいる青年と少女、男の子の姿もあった。

映画ではなく、目の前で大勢の人達が死んでいくのを見て、涙を流すこともなく声を出すこともなく沈没していく船を見るだけしか出来なかった。

そして船と共に沈んでいった筈の青年たちが何故この汽車に乗っているのか、なのはは不思議でならなかった。

「なにが幸せかは分からないです。本当にどんなに辛いことでもほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠の上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一足ずつですから。」

黒いマントの灯台守が青年をなぐさめていた。

「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです」

黒いマントの灯台守の言葉を聞き青年が祈るようにそう答えました。

そしてあの姉弟はもう疲れていたのかぐったりと席によりかかって眠っていた。

 

「いかがです?りんごは?」

そう言うと黒マントの灯台守は黄金と紅でうつくしくいろどられた大きなりんごを落さないように両手で膝の上にかかえ、青年に差し出した。

「立派なりんごですね」

「まぁ、お取りください」

青年は黒マントの灯台守からりんごを受け取り、

「貴方がたもいかがですか?」

と、良介となのはにもりんごを薦めた。

青年が手でりんごを割るようにすると、りんごは分身するかのように二つになった。

なのはは青年からりんごを受け取ると、先程青年がしたようにりんごを手で割るとりんごは再び分身し、なのはの手には二つのりんごが存在し、一つを良介に渡した。

「ありがとう」

「どこで出来るんですか?こんな立派なりんごは?」

青年が黒マントの灯台守に尋ねる。

「この辺では、たいていひとりでにいいものができるような約束になって居ります。そんなに骨は折れません。自分の望む種子さえ播けばひとりでにどんどんできます」

青年と黒マントの灯台守が話している間になのはと良介はりんごを割り、りんごを分身させると、眠る少女と男の子の手にりんごを置いた。

すると、男の子が目を覚ました。

「ああ、ぼくいまお母さんの夢をみていたよ。お母さんが僕に『りんごをあげようかと』と言っていたら、眼がさめちゃった。そしたらりんごを持っていた・・・・ああここさっきの汽車のなかだねぇ」

「そのりんごがそこにあります。このおじさんにいただいたのですよ」

と、青年が言った。

「ありがとうおじさん」

男の子は黒マントの灯台守にお礼を言った。

少女も目を覚まし、手に置いてあるりんごを見て言った。

「まぁ綺麗なりんご・・・・それにとてもいい匂い・・・・」

少女もりんごを貰いご機嫌な様子だった。

その時、窓の外を黒い鳥が飛んでいった。

「まぁ、カラス」

「沢山飛んでいる」

男の子も窓の外を飛んでいる鳥を見て言った。

「あれはカラスじゃなくてカササギだよ」

「そう・・・・」

良介が指摘すると、少女はきまり悪そうにした。それでも良介はちゃんとしたフォローをして、少女と会話を楽しんでいる。なのははその様子を見て、何だか面白くなかった。

「あっ!りんごだ!」

男の子が窓の外を見ながら叫んだ。

窓の外には青く茂った大きな林が見え、その枝には熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい実っていた。

森の中からはオーケストラベルやジロフォンにまじって320番の賛美歌の歌声が聞えてきた。

320番だ・・・・」

「きっとあの森の奥で合唱しているんだわ」

よほどの人数で合唱しているらしくなのは達はりんごの森を見ながら大勢の人の歌声に耳を澄ました。

 

 

あとがき

今年の4月でタイタニックが沈んで100年になります。

そんな年の2月に起きた地中海での客船の事故、しかもその被害者の中にタイタニック号被害者の子孫がいた事は何だか運命的なものを感じます。

宮沢先生も当時、起きたタイタニック号の沈没事故を知って、急遽そのネタを作品の中に入れたらしいです。




作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。