八十七話 マダサイレンガナッテイタヒ

 

 

この日、良介は既に恒例となった、昔自分が世話になった児童施設への寄付の為、その施設を訪れた。

そして以前、此処の施設長からの依頼で、住民が突如、消失した島・・夜実島の住人であり唯一の生存者でもある、神代 美耶子の様子を見に来るのも、目的の一つであった。

「あっ、宮本さん」

お目当ての美耶子は玄関先で掃き掃除をしていた。

「おっ?美耶子。元気にしていたか?」

「はい。あの時は、お世話になりました」

美耶子はペコッと頭を下げる。

「いや、いいってことよ。それよりも、元気そうでなによりだ。須田も元気か?」

「はい、今日はアルバイトが有るため、まだ帰ってきていませんが、恭也も元気です」

そして、美耶子は良介を施設長室へと案内する。

その途中で、美耶子と島で出会った青年、須田 恭也の近状を聞きながら、施設長室へと向かう良介。

 

「どうも、施設長、また来たぜ」

勝手知ったるなんとやら、良介が施設長室のドアを開けると、其処には施設長の他にもう一人、年配の女性が居た。

「あっ、すまん。接客中だったか」

良介が慌ててドアを閉めようとすると、

「あっ、待って宮本君」

「えっ?」

施設長が良介を呼び止めた。

「ん?」

「ちょうど、貴方に聞いてもらいたいことがあったのよ」

「俺に?」

良介は何か、嫌な予感がしたが、昔世話になった施設長の話と言うのであれば聞かなければならない。

「こちら、私の小学校からの親友で、太田 静江さんっていうの」

「あっ、どうも・・・・」

施設長から紹介された静江と言う女性は良介に一礼した。

「それで話って言うのは?」

「実は・・・・」

施設長は静江に視線を向けると、静江は一度頷く。

それは、良介に話しても構わないと言う意思表示だった。

「実は、静江さんの一人息子・・辰男さんって言うんだけど、その息子さんが三年前に行方不明になったの」

「行方不明?」

「ええ、辰男さんは、静江さんに内緒で小袋村って言う小さな漁村に言ったらしいの」

「らしい?とは?随分あやふやな表現だが?」

その後、良介は施設長から静江の息子、太田 辰男について詳しい事情を聞いた。

静江の息子の太田 辰男は大学を卒業後、とある製造工場に就職したのだが、どういう訳か勤め先の会社を僅か一か月で辞めてしまった。

その後も様々な会社へと転職を繰り返したが、どれも長続きはしなかった。

今まで務めていた会社でトラブルや虐め、パラハラ等を受けた形跡も無く、鬱病の気が有るのではないかと本人もそして静江もそう思い、精神科のカウンセリングへ通院する事となった。

事実、診察にかかった医者からも「軽い鬱病の気が有る」と言われた。

辰男が行方不明になった後、静江はかかりつけの精神科医に辰男がどのような事を悩んでいたのかを聞くと、彼は「サイレンの音を聞くと気分が悪くなる」と言っていた。

大学を卒業するまでは何ともなかったのだが、最初に就職した工場の昼休憩を知らせるサイレンの音を聴いて以降、サイレンの音に過敏に反応するようになり、長く聴いていると、気分が不安定になったり、頭痛がすると言い、行方不明になる直前の頃には救急車のサイレン音にも反応するようになったと言う。

(またサイレンか・・・・)

良介はサイレンに反応すると言う言葉を聞き、夜実島、そして羽生田村の事を思い出す。

更に彼が行方不明になる少し前、辰男は物置の整理しながら、姉の行方を静江に尋ねてきた。

実は、辰男には姉がおり、その姉も二十年前に行方不明になっていた。

静江は辰男に姉は病気で死んだと言っていたが、その事に辰男は不審を抱いている様子だった。

良介に話したのは、姉の死に不審を抱いていた辰男本人が行方不明となり、隠す必要がないため話したのだ。

「その息子さんが最後に行ったと思われる小袋村?・・でしたっけ?それはどこにあるんですか?」

辰男が消えた小袋村の所在を尋ねる良介。

「ここです」

静江がハンドバックから地図らしき紙を取り出し、テーブルの上に広げる。

「どれどれ・・・・っ!?」

良介はテーブルの上に広げられた地図を見て、目を見開く。

その原因は・・・・

「夜実島・・・・」

そう、小袋村があるのは、あの夜実島の近くだったのだ。

「はい。実は、今日此処に来たのも、以前、宮本さんが、夜実島に関する事件を解決したと聞きまして・・・・ですが、小袋村のある海姫(わたひめ)島は、去年人口の過疎化によって廃村となり、住民は本土か近くの亀石野島に移り住んでおり、夜実島の様に謎の集団失踪はしていません」

(いや、そういう問題じゃないと思うんだが・・・・)

静江の説明に思わず心の中で突っ込む良介。

「でも、廃村と言う事は夜実島同様許可が必要になるんじゃあ・・・・」

「その点でしたら、大丈夫です。この村は去年廃村になったばかりなので、国に入島の許可を取らなくても入れます。ですが、近い内に入島も困難になるかもしれないので、制限がかかる前に、何とか息子の足取りを掴んでほしいのですが・・・・」

「島からの転入者の中に息子さんの姿は・・・・」

「ありませんでした。・・・・それどころか、失踪直前に入島したという記録もありませんでしたが、息子はあの島に行った筈なんです。お願いします。何とか息子の行方を捜してはもらえないでしょうか?」

静江は良介に頭を下げて頼み込む。

良介はあの夜実島の近くの島、サイレンと言う共通点からこの依頼、受けるべきか悩んだ。

だが、最終的に息子を思う母心に突き動かされ、良介は、この依頼を受ける事にした。

それにサイレンに関係する依頼は之で三度目、今回はミヤを連れ、新たに愛刀となった焔薙を持って行こうと決めた。

 

「そう言えば、夜実島の近くで太田って・・・・」

良介は以前、夜実島にて、太田と言う苗字に心当たりがあった。

「はい。夜実島で綱元を務めていた太田家は亡き主人の家の本家です。主人の実家はその分家でした。ですが、夜実島の住人消失事件以降、太田家は没落してしまいました」

「そう・・ですか・・・・」

(ヤバッ、地雷踏んだか?)

分家とは言え、自分達の家の没落を思い出させてしまったのだから、気まずさがあった。

「太田さんの依頼は受けますが、それが満足いく結果とは限りませんけどそれでも構いませんか?」

最終確認をし、依頼結果が静江の満足のいく結果とは限らない事を事前に伝える。

息子の足取りが見つからないかもしれない。

もしかしたら、息子は亡くなっているかもしれない。

その結果の方が、可能性が高いかもしれないのだから・・・・。

「ええ、構いません」

こうして、良介はまたもサイレンに関する依頼を受ける事となった。

 

 

「それで・・・・」

潮風が吹き、波音がする港で、

「なんでミヤも付き合わないといけないですか!?良介!!」

少女モードのミヤは大声で良介に問う。

その様子は物凄く不機嫌である。

「まぁ、いいじゃないか。こうして離島に観光へ来れたんだから」

「ミヤはもうあんな怖い連中とは会いたくないです!!」

ミヤの言うあんな怖い連中とは、以前夜実島で行った異形人殲滅戦で殲滅した異形人の事を言っているのだろう。

確かにあの時の殲滅戦の時には、はやてやヴィータ同様、ミヤも自分達に襲い掛かって来た異形人の姿を見てブルっていた。

「俺だって出来れば願い下げだよ。あんな奴ら・・・・お前は知らないだろうが、羽生田村じゃ、あの異形人以上の連中と戦ったんだぞ!!マジであの時は殺されるかと思ったわ・・・・」

夜実島で会った異形人並に強力な不死の連中・・屍人・・・・。

その屍人の中でもあの巨人の様な屍人、怪力屍人の力には流石の良介も絶望感を味わった。

 

何時までも港で口論している訳にもいかず、良介とミヤは歩き出した。

「へぇー離島って寂れているイメージがあったんだが、此処はそうでもない様だな」

良介は辺りを見回して呟く。

今、良介とミヤが来ているのは、目的地の海姫(わたひめ)島ではなく、その近くの亀石野島に来ていた。

亀石野島は夜実島、海姫島の二つの島よりも島の面積が大きく、漁業と観光リゾートで発展した島である。

国は亀石野島での成功から、夜実島を第二の亀石野島にしようと、リゾート開発を行ったのだが、あの人魚のせいで失敗に終わったのだ。

しかし、その真相を知る者はごく僅かである。

 

リゾート地として開発された亀石野島の商店街を歩いていると、

「ん?何だ?これ?」

土産物屋に並んでいるある商品に目がとまった。

「どうしたですか?良介?」

「ジュゴンの矢?」

神社で売っている破魔矢そっくりな商品があり、矢にはお札が付いており、其処には『儒艮の矢』と書かれていた。

その他にはジュゴンストラップ、ジュゴン饅頭、大小様々なジュゴンのヌイグルミ等、ジュゴン一色で飾られていた。

「良介、ジュゴンってなんですか?」

店に飾られているジュゴンを見ながらジュゴンについて尋ねるミヤ。

「人魚のモデルになった海洋ほ乳類の事だ。昔は沖縄近海にも生息していたらしいが、ジュゴンの肉や歯、骨にはさまざまな薬効があるとされ、乱獲されて今は絶滅危惧種に指定されている」

「人魚・・ですか・・・・」

ミヤはジュゴンのヌイグルミを見ながらよく本に載っている人魚をイメージする。

魔法が存在する数多くの管理世界でも人魚の確認事例は未だに報告が無く、管理世界においても人魚は想像上の生物として扱われていた。

「あぁ〜人魚って言っても本に載っている様な姿じゃなかったけどな・・・・」

「良介は人魚を見たことがあるですか?」

「ああ、夜実島でな・・・・正直、気持ち悪かった・・・・」

本に描かれているイメージ図と異なった姿をしていた夜実島の人魚の姿を思い出した良介は顔をしかめる。

 

商店街を歩きながら、目的地である海姫島へ行く方法を探る良介とミヤ。

その途中、二人は一つの神社に辿り着いた。

その神社には狛犬の代わりに人魚とジュゴンの銅像が有り、その他にも絵馬を飾るところには、ジュゴンと人魚の絵が描かれた絵馬が沢山あり、社の中には江戸時代の絵師がかいたのであろう、古い人魚の絵が沢山飾られていた。

二人が絵馬や絵を見ていると、

「おや?観光の方ですかな?」

背後から声をかけられた。

二人が振り返ると、其処には袴姿の年配の男性が一人立っていた。

彼のその格好から、この神社の宮司だと思われた。

「え、ええ。神奈川の海鳴からです」

「ほぉー海鳴から・・それはそれは・・どうですかな?この島は?」

「良い所です」

「そうですか。それは良かったです」

そう言って宮司は箒で境内の掃除を始める。

「あの・・・・」

「はい?なんでしょう?」

「この神社には人魚の絵馬や絵が多いようですが、この近くに人魚がいるんですか?」

「いえいえ、昔はこの近くにもジュゴンがいましてね・・・・知っているかもしれませんが、ジュゴンは人魚のモデルとされた動物です。戦国時代から江戸時代にかけてヨーロッパとの貿易が始まると、島の漁師達は、ジュゴンの肉を人魚の肉と称し、外国人船乗りに高値で売っていました・・・・しかし、その乱獲の影響で、この近くの海のジュゴンは絶滅してしまいました。この神社はその乱獲で命を落としたジュゴンの鎮魂のために設けられました」

「「へぇ〜」」

宮司の説明を聞き、思わず二人は声をあげる。

「あの・・隣の海姫島に行くにはどうすればいいですか?」

良介は次に本命の要件を宮司に尋ねる。

「海姫島にですか?それなら、港でレンタル船がありますから、それで行くか、港の漁師に頼むかのどちらかですな。何か用があるのですかな?海姫島に?」

「あ、いえ、ちょっとパソコンサイトであの島で変なサイレンの音がするって書き込みがありまして、それが何なのか気になって・・・・」

「ああ、それでしたら恐らく満潮を知らせるサイレンでしょう」

「満潮・・ですか?」

「ええ、あの島の海岸の一部に引潮になった時だけ現れる道があるのですが、満潮になると、その道は波に飲まれてしまう。昔はそこで、遭難者が多発しまして半鐘を鳴らして知らせていた様です。その後、サイレンに代わって鳴らしていたそうです」

「そうなんですか・・・・」

二人は宮司に礼を言って神社を後にした。

(どうやら、今回は化け物とは無縁に終わるかな・・・・しかし、息子さんの行方の手掛かりはこの島にはなさそうだ・・・・やはり現地に行ってみないと分からないな・・・・)

そう思いながら二人は再び港へと向かった。

二人は神社の宮司に教えられた通り、レンタル船を扱っている店に行くと、一隻の船を借りた。

船の説明を終えた後、良介はふと、隣の船着き場から出航しようとしている船に目が留まる。

その船には、屈強そうな男と共に袴姿の男が乗り込もうとしていた。

格好からして袴の男は宮司なのだが、先程神社で会った宮司とは別人の様だ。

「あの、すみません。あの人達は?」

「えっ?ああ、あの人らは、海姫島にあった神社の宮司さん達だよ」

と、レンタル船ショップの店員は良介に説明する。

「海姫島の宮司さんがなんで海姫島に?たしか廃村になったんですよね?」

「さあ?でも、あの人らはほぼ毎日、船で海姫島に行っているね。きっと、住み慣れた故郷が懐かしいんだろう」

「へぇー・・・・」

良介は海姫島の宮司らが乗った船をジッと見ていた。

 

「ところで、この亀石野島には、海姫島の人も越してきたんですよね?」

良介が何気なく、レンタル船ショップの店員に尋ねる。

「ええ。何人かは・・・・」

「店員さんから見て、海姫島の人達ってどんな感じですか?」

以前、羽生田村へ行くとき、興宮からタクシーの運転手に聞いたり、事前に調べた結果、羽生田村の村人は、閉鎖的な人間だった。

この島の近くの夜実島の島民も鉱山で見つけた職員の日誌を見るからにあの島の島民も閉鎖的な人の印象を受けた。

それはもしかしたら、あの海姫島の元住人もそうだったのではないかと思い、尋ねたのだ。

「そうですね・・・・あまり、とっつきの良い人ではないですね。夜実島の人達同様、あまり外の人と交流を持とうとはしなかったみたいですし・・・・」

(やっぱりか・・・・)

思った通りの回答だった。

「かつて、夜実島の住人もそんな感じだったと聞きましたが・・・・」

「ええ、確かに夜実島の住人もあまり人付き合いが得意と言う訳ではありませんでしたね。本土からの出稼ぎ労働者達と何度も問題を起こしたと言う噂も聞きますし・・・・」

「ですが、この亀石野島の人は割と開放的ですね」

「そうですね。まぁ、ここは夜実島や海姫島よりも大きいし、観光産業も重要な資金源となる事を知っていましたからね・・・・だからこそ、今この島は観光リゾート地として栄えているんです」

「成程」

何気ない世間話をしながら海姫島の情報を掴み、船の準備が整ったので、良介とミヤは目的地である海姫島へと向かった。

 

去年廃村となった為、海姫島の港はそこまで荒廃しておらず、難なく船をつける事が出来、二人は海姫島に上陸した。

海岸線を沿って歩いていると、鳥居と洞窟の様なモノが見えた。

近づいて見ると、鳥居の前には、柵が設けられており、洞窟には入れないようにされていた。

良介とミヤの二人が柵の前に立ち止まっていると、

「おい、そこで何をしている!?」

突然声をかけられた。

二人が振り向くと、其処には袴姿の男が・・・・この海姫島にある神社の宮司が立っていた。

「ああ、すみません。あの洞窟は何かと思いまして・・・・」

「あそこは奥宮だ。君達、この島の者じゃないな?」

「ええ」

「この島は、去年廃村になった筈だが?何をしにここに来た?」

宮司はジロリと良介とミヤを睨みながら言う。

「探し物をしに・・・・」

「探し物?」

「ええ、祖母がこの島に住んでいたんですが、その祖母が島に猫を忘れてきてしまってその猫を探して連れて来てくれと頼まれて・・・・」

「そうか・・・・」

良介の嘘の説明を聞き一応は納得した様子の宮司。

しかし、完全に信用した様では無い様子。

「あの・・・・」

「何かな?」

「奥宮と言うとあの洞窟は神社の・・・・」

「そうだ。海姫神社の奥宮だ。私はその神社の宮司を務めていた」

「何故、この島の村が廃村になったのに貴方はこの島に来たですか?」

ミヤが廃村になった筈の島の村に来たのかを尋ねる。

「例え、廃村になっても、私は海姫神社の宮司だ。島に残された神を祀るのは神職の者として当然の事だ」

「「へぇ〜」」

宮司の言葉に一応納得する良介とミヤであったが、この宮司も良介同様何かを隠していると思った良介。

それに廃神社になる前に通常は神の移動を行うモノだ。

廃神社にそのまま神を放置するのは、やや不自然だ。

「兎も角そこは満潮になると、海に沈むから危険だ。今後は近寄らないように」

「はぁ〜 あっ、そうだ。もう一つお尋ねしたいことが」

「何かね?」

「数年前、この島に太田 辰男と言う男性が来たと思うんですけど、知りませんか?」

良介は行方不明になった辰男の写真を宮司に見せ、彼の行方を尋ねた。

「さあ?知らないな・・・・」

予想通りの宮司の返答を聞いた良介。

まぁ最初から期待はしていなかったが・・・・。

良介が宮司の当然の反応を聞いた直後、

 

ウ〜〜〜ウ〜〜〜

 

ウ〜〜〜ウ〜〜〜ウ〜〜〜

 

どこからともなくサイレンの音がしてきた。

「おっ、もうこんな時間か・・・・」

「あの・・このサイレンの音は?」

ミヤが恐る恐る宮司にこの突然鳴り響いたサイレンについて尋ねる。

「ああ、満潮を知らせるサイレンだよ。昔は半鐘を鳴らして知らせていたのだが、サイレンが導入されてからはサイレンに切り替わったんだよ」

サイレンについては、亀石野島の宮司と同じ事を言う。

「でも、何故廃村になったのに今でもサイレンを鳴らし続けているんですか?」

「このサイレンも海姫島の列記とした伝統の一つだからな。廃村だからと言ってその伝統を消すわけにはいかないのだよ」

「はぁ・・・・」

「それじゃあ私は用があるからこれで失礼する。いいかね、その洞窟に入ってはイカンよ。猫を見つけて早々にこの島から出なさい」

そう言い残し、宮司は去っていった。

 

二人は洞窟の存在に多少気になったが、今は依頼人の息子の足取りを掴むため、廃村となった海姫島の小袋村を歩き回った。

(廃村になってから、あまり時間が経っていないせいか、夜実島の廃墟よりは綺麗だな)

廃村を歩き回った二人であるが、誰も居ないのであれば、事情を聞きたくても聞けず、村の旅館に侵入し、宿帳が無いか調べてが、記録などは宿の人間が持って行ったのか、それらしい物は見つからなかった。

そして二人は海姫島の神社へと辿り着いた。

「あれ?あの宮司さんいませんね」

ミヤが神社を見渡し、境内にあの宮司の姿が無い事に疑問を持つ。

「もう、要件を済ませて帰ったのかもしれないな・・・・」

一方、良介の方は宮司の姿が無い事に特に疑問を持たなかった。

二人はそのまま境内の奥へと足を踏み入れた。

良介とミヤが訪れたこの神社も亀石野島の神社、同様狛犬の代わりに人魚の銅像が建てられていた。

人魚の銅像の近くの看板には、祭神の名が書かれていた。

「えっと・・・・祭神は恵比寿様に・・・・大神社姫?」

恵比寿は言わずと知れた七福神の一人の神の名であるため、知っているが、大神社姫と言う神の名に該当するものは無く、地方の神の名かと思い、社へと向かう良介とミヤ。

社の中にはやはり、人魚の絵が沢山飾られていた。

その他にも昔からこの地方に伝わる言い伝えなのか、大きな紙に筆文字で、

 

天地未だ分かれずして混沌とする様は鶏子の如し。

 

闇が淵の面に在り、蠢く者等、水の面を覆いけり。

 

天之御中主神、光在れと詔らせ給えば光生まれたり。

 

混沌に蠢く者等、光の洪水を畏れ地の裏へ逃れけり。

 

逃れた後、其の身闇に溶け合い一つに成れり。

 

逃げ遅れし者等、深き海底に潜り凝り固まれり。

 

闇に閉ざされし者等、現へ還らんとする願い叶わず。

 

現へと使い女を飛ばし其の時を待ちわびぬ。

 

 

海底に潜りし者

 

 

堕慧児は海底に潜りし古の者なり。

 

地の底に逃れし同胞を慕い哭けども其の願い叶わず。

 

堕慧児終ひに悪しき災と成る。

 

其の嘆き海原を大ひに揺るがして怨を為すなり。

 

 

と、書かれていた。

昔の人の言い伝え故に意味はよく分からなかった。

(カリムでも連れてくれば何か分かったかもな・・・・)

予知能力のレアスキルを持つ、聖王教会の騎士、カリム・グラシア。

彼女の予言も暗号めいたものであるため、こういう言い伝えとかの類の意味を紐解くには、彼女の知識が大いに役立つだろう。

しかし、此処に書かれているのは予言ではなく、あくまで言い伝えや昔の人の考え・・・・。

今回の依頼には何の関係ないモノだろうと、良介は思っていた。

 

「亀石野島の神社ではジュゴンの鎮魂を兼ねていましたが、ここではそれらしい物はありませんね・・・・」

ミヤが社や神社を見渡しながら言う。

確かにミヤの言う通り、この島の神社には人魚の銅像や絵は飾られているが、ジュゴンの絵や銅像は一切ない。

昔、この近海にジュゴンがいたならば、当然この島の漁師もジュゴンを狩っていた筈だ。

だが、自分達が絶滅させたジュゴンをこの島の人達は鎮魂していない様子・・・・。

まぁ、そちらの方が当たり前なのかもしれない・・・・。

社の中の人魚の絵を見ていた良介はある一枚の人魚の絵の前で立ち止まる・・・・。

(こ、これは・・・・あの時の人魚にそっくりだ・・・・)

良介の目の前にある絵の中に描かれている人魚は、かつてあの夜実島で対峙した人魚にそっくりな顔をしていた。

そして絵の下には『大神社姫』と書かれていた。

(あの時の人魚が大神社姫だと?・・・・まさか、この島の何処かにアイツみたいな化け物がまだ生息しているんじゃ・・・・)

良介は大神社姫の絵を見て、先行きに不安を感じた。

 

この日は特に収穫もなく、二人は亀石野島へと戻り、港から商店街を経由し宿へと戻る事にした。

そして、宿へと戻る途中の道にて・・・・

「気づいているか?ミヤ?」

「ええ、誰かが私達の後をつけているです・・・・」

顔を合わせることなく、普通に歩きながら小声で状況確認をする良介とミヤ。

チラッと後ろを見ると、パーカーを着た一人の男が不自然な動きで良介達の後をついてくる。

顔はフードとマスクで隠れていて良く見えない。

二人は背後から自分達の後をつけてくる男の気配を窺いながら、どう対処するか、考えた。

「良介、心当たりはあるですか?」

「恐らく、海姫島の関係者だろうな・・・・あの宮司、やっぱり何か隠しているな・・・・」

「どうしますか?」

「取りあえず、奴を人気のない所へと誘い込むぞ。此処じゃ他の人を巻き込む可能性があるからな」

「了解です」

二人は自然を装い、尾行してくる男を人気のない路地裏へと誘い込む。

そして、いきなり走り出した。

尾行していた男も、ターゲットがいきなり走り出したのを見て、慌てて追いかける。

やがて、角を曲がると、そこに良介達の姿はなかった。

「くそっ」

まんまと逃げられたと思い、良介達を尾行していた男は悪態をつく。

しかし・・・・

「よぉ・・・・」

「っ!?」

いきなり背後から声をかけられ、慌てて振り向く。

そこには先ほどまで自分が尾行していたターゲットの姿(良介)があった。

「コソコソと人の後を追いかけて来やがってテメェ何者だ?何故俺達の跡をつける?」

「う、うるせぇ!!お前は島の重要な秘密を暴こうとする厄介もんだ!!」

そう言って怒鳴ると、男は懐から包丁を取り出し、切りかかって来た。

「くっ」

良介は焔薙が入った刀袋で応戦し、

「このっ!!」

尾行してきた男を弾き飛ばす。

そして、素早く、刀袋から焔薙を抜刀し、男につきつける。

「もう一度聞く。お前は何者で、一体何故、俺達をつけ狙う?お前言った島の秘密とは何だ!?」

「うるせぇ!!誰がテメェみてぇな余所者に喋るか!!」

男はあくまでも秘密を貫き通す様だ。

そこに、

「おい!!そこで、何を騒いでいる!?」

騒ぎを聞きつけた一般人が近づいてくる気配を感じた。

良介とミヤがそちらの方に注意が向いている隙を見て、男は走り去っていき、良介もまた焔薙を鞘に納め、ミヤと共にその場から去った。

 

その日の夜、旅館にて、良介は普段着のままで居た。

「良介、着替えないですか?」

ミヤは既に子供用の浴衣を着用している。

「ああ・・・・今夜は荒れるかもしれないからな・・・・」

「?」

良介の言葉に首を傾げるミヤだった。

外は月が出ている綺麗な夜で、雨が降る様子はない。

 

良介とミヤが寝静まった深夜・・・・。

旅館の二人の部屋に忍び寄る一団が居た・・・・。

「っ!?」

良介は部屋に近づいてくる怪しい気配に気づき目を覚ます。

「おい、ミヤ起きろ」

「うにゅ〜もう朝ですか?それともトイレですか?良介」

寝ぼけ眼を擦るミヤ。

「バカな事を言ってないで逃げるぞ。荷物は全部、お前の本の中に入れるぞ」

良介は布団のシーツを長い紐状にし、ベランダの柵に巻き付ける。

その間に、ミヤは荷物を全て自分の持っている魔導書の中にしまい込む。

荷物から身元がバレて、海鳴の知人やあの施設の皆に迷惑が掛かっては大変だからだ。

当然この事を見越していた良介は宿の宿泊帳には偽名と出鱈目な住所を書いていた。

そして、脱出準備が出来ると、良介はシーツで出来た縄を使い、それを伝って降り始める。ミヤはデバイスモードになり、良介の上着のポケットの中に入っていた。

降りている中、先程良介達が泊まっていた部屋からは・・・・

「どこだ?」

「いないぞ?」

「探せ!!まだこの旅館内に居る筈だ!!」

部屋には大勢の人間が侵入した事が窺える。

その中の一人が何気なく、窓の外を見ると、其処には布団のシーツを縄の様にし、窓から逃走する良介の姿があった。

「いたぞ!!外だ!!」

「急げ!!」

侵入者たちは慌てて外へと飛び出すが既に其処には良介の姿はなかった。

 

「本格的に攻めて来やがった・・・・この依頼の裏・・・・海姫島にはやっぱり何かがあるな・・・・」

「そうですね・・・・今の襲撃でソレは確信しました」

良介はポケットにミヤを入れて夜の亀石野島を逃げながら呟く。

 

謎の襲撃者・・・・恐らく海姫島の関係者からの襲撃を受けた良介は、結局亀石野神社の境内の縁の下で夜を明かした。

今の季節が真冬じゃなくて本当に助かった。

日が昇り、昨日と同じ、レンタル船ショップへ行こうとしたら、港の一部に人だかりが出来ていた。

「何かあったんでしょうか?」

ミヤが首を傾げ、

「行ってみるか」

気になった良介もその人だかりに近づいた。

 

「すみません。何かあったんですか?」

近くに人に事情を尋ねる。

「ああ、釣り人が海に落ちて死んだみたいだよ」

「釣り人が?」

「ああ、恐らく昨日の深夜に夜釣りをしていて足を滑らせて海に落ちたんだろうなぁ・・・・」

事情を聞き、人だかりの中を進んでいくと、その釣り人の死体が目に入った。

「なっ!?」

釣り人の死体を見た良介は目を見開く。

水死体として上がった釣り人の死体は昨日、良介達を尾行していた男だったからだ。

「あ、あの人は・・昨日の・・・・」

ミヤも水死体を見て、声を震わせる。

「良介、これはどういう事でしょうか?本当に事故なんでしょうか?」

震える声のままで良介に尋ねるミヤ。

「いや・・・・事故じゃない・・・・これは、失敗した者への制裁と俺達に対する警告だ」

「警告・・ですか・・・・?」

「ああ・・・・」

良介とミヤが警察の人に運ばれていく水死体を見ていると、

「その通りだ・・・・」

人ごみのどこからか、良介とミヤに話しかけてくる人物が居た。

「これ以上、関わるな。早々に立ち去れ・・・・さもなくば、あの様な姿になるぞ・・・・」

慌てて振り向いたが、其処にはまだ野次馬が大勢おり、誰が良介とミヤに話しかけたのか分からなかった。

「どうするですか?良介?このままおめおめと引き下がるですか?」

「まさか、此処まで来てノコノコ帰れるかよ」

謎の人物の警告は逆に良介の探究心に火を着けた。

二人は昨日同様レンタル船ショップへと赴き、船を借りようとしたら、何故か店員に渋い顔をされ、船は貸せないと言われた。

恐らく旧海姫島の関係者がこの店の店員に金でも掴ませたのだろう。

そこで、良介が店員に連中が払った金の三倍は出すと言うと、店員は掌を返し、良介に船を貸してくれた。

「良いんですか?良介?」

「問題ない。これも必要経費の内だ」

そう言って、再び良介とミヤは海姫島へと向かった。

 

 

あとがき

SIRENシリーズにおいてまだ倒していないボスキャラがいたので、再び良介君にはSIREN関係の事件に首を突っ込んでもらいました。

しかし、今回は三度同じ轍を踏まぬようにミヤを連れてきました。

では、次回にまたお会い致しましょう。




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