八十六話 ゲンジツカラユメノナカへ 良介編
しばしばわたしは夢見るのだ
風変わりで心にしみる ひとりの見知らぬ女の夢
現れるたびに姿を変え 同じ人とは思えぬながらも
わたしを愛し受け入れてくれる
「サチュルニアン詩集 よく見る夢」 ヴェルレーヌより
「・・・・すけ・・・・りょう・・・・・」
誰かが何かを言っている・・・・。
自分以外の誰かの声を聞いて良介は意識が段々と覚醒してきた・・・・。
「良介!!」
止めと言わんばかりに耳元で自分の名前を呼ばれ、良介はハッと目を覚ました。
「ん?な、なんだ?」
「やっと起きたわね、良介」
「・・・・アリサ?」
「まったく、もうミッドに着いたわよ」
良介は寝ぼけ眼で辺りを見回す。
彼の目の前には何の変哲もない次元航行船のキャビンが映る。
(あれ?俺はなんで此処にいるんだっけ?)
自分が何時、次元航行船に乗ったのか?
その理由が分からない。
「随分良く寝ていたけど、何か良い夢でも見ていたの?時折、気持ち悪い笑みを浮かべていたわよ」
アリサが良介に尋ねてくるが、気持ち悪いは余計だ。
「えっと・・・」
アリサに言われ、夢の内容を思い出そうとするが、自分がさっきまでどんな夢を見ていたのかを全然思い出せない。
「なんだったんだろうな?」
「私に聞かれても分からないわよ」
「そうだな・・・・ただ・・・・」
「ただ?」
「良い夢だったと思ったんだがな・・・・」
首を傾げつつ、先程まで自分が見ていた夢を思い出そうとしてもやはり思い出せず、奥歯に物が挟まる様な思いで、次元航行船を降りた良介だった。
「さて、ようやくミッドに帰ってこれたんだもの。まずははやて達の所に顔を出していくでしょう?お土産を渡す手間も省けるし」
「あ、ああ・・・・そうだな」
次元航行船の発着船場へと行くと、そこでは何やら、沢山の人だかりが出来ていた。
「何かあったのかしら?」
「さあ?有名人でも来ているんじゃないか?」
アリサはざわついている人達の様子が居になっている様だが、良介の方はと言うと、無関心。
「ちょっと、聞いてくるわ」
アリサは気になったのか、その場に荷物を置いて、人だかりへと向かっていった。
暫くすると、アリサが血相をかけて戻って来た。
「良介!!大変よ!!」
「どうした?ファンのアイドルか芸能人でもいたのか?」
やはり、良介はこの場に有名人が来て、ファンサービスにサインでもしているのかと思ったが、次のアリサの言葉に固まった。
「昨日、地上本部ビルがテロにあったみたいなの」
「なんだって!!」
「そ、それで、その後、首謀者のテロリストから一週間後に管理局に対し、大規模な戦闘を行うって予告までして来たのよ」
「なるほど、だからそのテロに巻き込まれないように此処(次元航行船発着場)がざわついているわけか」
「恐らくね。皆巻き込まれないようにと避難しようとしているのよ」
「兎も角、詳しい情報を知るため、俺達ははやて達の所へと行こう」
「そうね」
良介達は次元航行船発着場からタクシーを使い、管理局員でもあるはやて達の下へ行こうとした。
その際、良介は
(何か前にもこんな事があったような気がする・・・・)
と、デジャヴを感じていたが記憶に靄がかかっているみたいで詳しくは思いだせなかった。
ロータリーへと出てタクシーに乗ると、アリサが行先を継げた。
「古代遺物管理部
機動六課隊舎まで」「えっ?」
アリサの言った行先を聞き、良介は若干戸惑う。
(六課って解散しなかったか?いや、でも・・・・)
此処でもやはり奥歯に物が挟まる様な気分がした良介だった。
「はい」
タクシーの運転手が行先を聞き、車を発進させる。
やがて、目当ての機動六課隊舎の近くに行くと、
「すみません。この先は通行止めです」
と、交通整理をしていた局員に止められた。
理由を聞くと、この先の道が酷く痛んでおり、場所によっては地盤沈下している箇所もあり、車はこれ以上通行できないのだと言う。
「すみません。お客さん。どうしますか?」
「此処から先は歩いていくから大丈夫です」
と、アリサが運転手にお金を払い、良介達はタクシーを降り、交通整理をしていた局員に自分達の身分を証明し、機動六課の関係者だと知らせると、通行止めの先にある六課の隊舎へと徒歩で向かった。
「それにしても何があったのかしら?」
通行止めに関し、アリサが疑問を持つ。
「大方、なのはやフェイト、シグナム辺りが、気合を入れて新人どもを鍛えているんじゃないか?一週間後には此処は戦場になるかもしれないのだから。それでやり過ぎちまった・・・・そんなところだろう」
「うーん。あながち否定できないわね・・・・」
砲撃能力が異常に高いなのは。
バトルマニアのフェイトとシグナム。
ギガントハンマーを振り回すヴィータ。
その四人が暴れまわったら、この周辺にまで被害は及びそうだ。
そんな訓練に付き合わされた新人の
FW陣も災難だったな、と思いつつ良介とアリサは六課の隊舎敷地内へと行くと・・・・。「な、何よ?・・・・コレ?」
アリサが絞り出すような声で呟く。
「・・・・」
良介は無言のままで目の前の光景を見つめる。
二人の視線の先には、自分達の知る機動六課の隊舎は存在せず、かわりに大量の瓦礫の山と忙しそうに瓦礫の撤去作業をしている局員の姿があった。
「なのはが隊舎に向けて全力全開の
SLB(スター・ライト・ブレイカー)をぶっ放したか、はやてが敷地内で終焉の笛(ラグナロック)をぶっ放した事故・・・・じゃ、ないよな・・・・」「どう見ても訓練中の事故じゃ済まないわよ」
二人が唖然としているとそこに、
「ん?宮本にローウェルか?」
撤去作業をしていたシグナムが二人の存在に気がつき声をかけてきた。
「シグナム」
「コレは一体どういうことだ?」
二人がシグナムに事情を聞くと、昨日に起きた地上本部ビル襲撃の際、六課の隊舎も同時に襲撃されたのだと言う。
幸い、はやて、なのはフェイトらは無事であったが、ザフィーラと新人の
FW陣を含む局員には多数の怪我人も出て、聖王教会系列の病院に入院中だと言う。二人ははやて達の土産をシグナムに渡すと、今度はザフィーラと新人の
FW陣達が入信している病院へと向かった。
病室のベッドには、痛々しく包帯に包まれたザフィーラの姿がまず目に飛び込んできた。
「ザフィーラ、大丈夫か?」
「うぅ・・・・その声・・・・宮本か?」
「ああ」
ザフィーラは今、目が見えていない様で、声から自分の病室を訪れたのが良介だと判断した。
「いつ・・・・ミッドへ・・・・?」
「ついさっきだ」
「そうか・・・・」
「・・・・」
何とも気まずい空気であったが、ザフィーラが、
「私の心配よりも、スバルの心配をしてやれ・・・・」
「スバルの?」
「ああ・・・・」
そう言えば、六課の新人たちもケガをしたと聞いたので、良介はこの場をアリサに任せ、スバルの病室へと向かった。
「スバル」
病室のドアを二、三度ノックをすると、
「宮本さん?」
中からスバルの弱弱しい声が聞こえた。
スバルの声がして彼女が起きている事を知った良介はそのままスバルの病室へと入る。
病室に居たスバルはザフィーラ同様、体中を包帯とガーゼで包まれた痛々しい姿だった。
特に腕の部分は酷い重傷を負った様だ。
「宮本さん・・・・」
「大丈夫・・・・そうじゃなないな・・・・」
良介はベッドの近くにある椅子に腰かけると、一度辺りを見回して、
「そういえば、ギンガはどうした?」
と、スバルの姉であるギンガの行方を尋ねた。
妹思いである彼女がスバルが大怪我をして見舞いに来ない筈がないのだが、彼女は今この場には居ない。
良介はてっきり、彼女がスバルの為に売店で飲み物か食べ物を買いに行っているのだろうと思ったのだが、
「・・・・」
ギンガの行方を尋ねられたスバルは俯いてしまう。
「スバル?」
スバルの様子が変なのに気が付いた良介は、この時嫌な予感がした。
「ギン姉は・・・・」
スバルがポツリと呟きだした。
「ギンガは?」
「ギン姉は・・・・ギン姉は・・・・」
「ギンガはどうしたんだよ!?スバル!?」
思わず、イスから立ち上がり、大声を出してしまう良介だが、
スバルはそんな良介の態度に臆することなく、ギンガの行方を良介に告げた。
しかし、それは良介にとって衝撃的なものだった。
「ギン姉は・・・・攫われちゃった・・・・アイツらに・・・・」
「なっ!?」
スバルが告げたギンガの行方を聞き、良介は、力なく椅子へと座る。
その後、スバルの口からギンガが攫われた経緯を聞いた。
「そんな・・・・ギンガが・・・・」
「ごめんなさい。宮本さん・・私がもう少し早く着いていれば、ギン姉は・・・・」
「スバル・・・・」
スバルは俯いた涙を流し始めた。
「いや・・・・スバルが悪い訳じゃない・・・・俺だって・・・・俺だって・・・・・」
良介自身も左手で顔の半分を覆い、呟く。
そして、
(くそっ、また・・・・なのか・・・・また俺は肝心な時に役立たずだったのか・・・・アイツとの約束を・・・・守れなかったのか・・・・)
と、自己嫌悪に陥った。
かつて、良介がミッドに来たばかりの頃、良介はギンガとスバルの母、クイント・ナカジマに良い意味でも悪い意味でも色々と世話になった。
そのクイントがとある任務中に殉職し、彼女の葬儀の時に彼女の夫であり、ギンガとスバルの父、ゲンヤ・ナカジマから彼女が認めた自分宛の遺書見た。
その中には、自分をナカジマ家の養子にしたい事、
ギンガとスバルを託す事などが、書かれていた。
今までの人生を孤独とちゃらんぽらんで生きてきた自分に大事な娘を託すなんてどうかしているぜ。と思いつつも良介は、クイントとの誓いを守って来た。
新暦
71年に起きた空港火災でギンガとスバルが巻き込まれたと知った良介は、ミヤとユニゾンし、炎の海を駆けまわり、二人を助けた。二人の模擬戦相手を何度も務めた。
何時しか、ギンガが成長し、立派な局員となって居る頃、自分はかつてクイントに追い掛け回された時と同じように、今度はギンガに追い掛け回される事が多くなった。
そんな中で起きたテロとギンガの誘拐。
良介は何時までもへこんでいる訳にはいかなかった。
良介の行動は素早く、スバルに自分の意思を伝え、
「スバル!!俺はギンガを取り戻すぞ!!お前はどうする!?」
「どうする・・・・って?」
「決まっている!!此処で、メソメソ泣いているだけか、それともギンガを取り戻すかをだ!!」
「アタシは・・・・」
スバルは自分が敬愛の姉を守れなかった事を悔いていたが、
「アタシもやります!!」
意思がしっかりと宿った瞳で良介に言う。
「それでこそクイントの娘だ!!」
二人はギンガを救う意思を固めた。
良介は暗闇の中をポツンと一人で立っていた。
ここが何処かも分からない暗闇の中を・・・・。
一体自分は何時ここへ来たのだろうか?
それさえも思い出せない。
「良介さん・・・・」
何も聞こえない暗闇に中で聞こえた声。
それは確かに自分の名前を呼ぶ声だった。
「ギンガ?」
良介は聞こえてきた声からふと口にした名前で思い出した。
「っ!ギンガ!!」
自分が守らなければならない大事な存在・・・・。
そして良介は声のした方を向く。そこにいたのは、血に塗れて左腕のないギンガの姿・・・・。
「ギンガ!!ギンガぁ!!」
必死に手を伸ばすが、ギンガはどんどん遠ざかって行く・・・・。
「ギンガぁぁぁ!!」
腕を伸ばし、飛び起きた良介。
周りを見回しても、当然ギンガの姿は無い。
「夢・・・・?・・・・くそっ・・・・」
良介は伸ばしていた腕を拳にかえ、壁に叩きつけた。
「すまないギンガ・・・・必ず・・必ず助けるからな・・・・」
懺悔の様に呟いた良介の声はとても弱弱しかった。
病院でスバルの意思を確認した良介は、次にはやてに頼んで、ギンガを助けるため、一時的に六課に協力を申し出て、はやてとしても一人でも多くの手を借りたかったため、すんなりと了承した。
傷が治ったスバルはテロの首謀者・・・・ジェイル・スカリエッティの予告した決戦日の前日まで、激しい模擬戦を行った。
六課の方は破壊されてしまった隊舎の代わりに廃艦予定だったアースラを仮司令部と定めた。
そして迎えた決戦日・・・・。
クラナガン全体を囲むように設置された、レジアス・ゲイズ中将が心血を注いで造り上げた巨大砲塔『アインヘリアル』が突如、戦闘機人の集団に襲撃され全て破壊されてしまった。
この襲撃が後に
JS事件と呼ばれる大規模なテロ事件の決戦を開始する狼煙となった。丁度その頃、聖王教会のカリム・グラシアの義弟、ヴェロッサ・アコースがスカリエッティのアジトを発見したと通信を送って来た。
「はやて、スカリエッティのアジトを発見した」
「ほんまか!?」
「ああ、ただ、少し困ったことになってね・・・・」
アジトを見つけたアコースは何とも歯切れの悪い声を出す。
「どないしたん?」
「さすがに本拠地っていう事もあって、内偵中に見つかってしまってね。今、シャッハが迎撃に出てきたガジェットを叩き潰してる。教会騎士団からも戦力を呼び寄せてるけど、そっちからも制圧戦力を送れるかい?」
敵の本拠地だかって警戒も厳重だったらしく、警戒中のガジェットに見つかり交戦状態となった。
ガジェットとの戦闘が長引けば、戦闘機人も駆け付ける可能性が十分に大きい。
だが、此処で一つの疑問が生じた。
アインヘリアルを破壊した戦闘機人達は早々に撤退したのだが、撤退した方向がアジトとは全くの別方向だった。
この敵の行動にははやても直ぐに決断を下せなかった。
しかし状況はこちらに対して逡巡する暇も与えてはくれない。
「戦闘機人、アインヘリアルから撤収! 地上本部に向かっています!」
オペレーターを務めていたルキノ・リリエが敵の動きを報告する。
モニタの画面には、地上本部に向かって動く戦闘機人達の光点が映し出される。
「くっ、地上本部に向かっとる戦闘機人にはスターズ隊長陣とフォワードの皆に向かって貰おか。スカリエッティのアジトにはフェイトちゃんと良介で・・・・こういう割り振りでいこうと思うとるんやけど、フェイトちゃんと良介はそれでええ?」
「私は問題ないよ、はやて」
「ああ」
本拠地ってことは其処にギンガが捕まっている可能性も高い。
故に良介は、はやての割り振りには特に意見はなかった。
スカリエッティが何の目的でギンガを攫ったにしろ、スバルから聞いたギンガの状態ならば、恐らくまだ本拠地で治療中の筈だ。
なら、あいつのアジトに踏み込めばまず間違いなくギンガを助けてやれる。
良介はそう考えていた。
「宮本さん・・・・」
「スバル・・・・」
ギンガを助ける・・・・。
その思いに意気込んでいた良介にスバルが声をかける。
「ギン姉を・・・・お願いします」
「あ、ああ」
敵が分散して進撃した事により、スバルは直接ギンガ救出の隊には組み込まれずにいたため、良介に姉の事を任せた。
そして、皆が出撃しようとした時、
「待ってください! アコース査察官がいる場所から巨大な熱源反応が!!」
またもルキノの報告により、皆の目がモニターに釘づけになる。
やがて、アコースが居るスカリエッティのアジトからは、古代ベルカの遺産・・・・“聖王のゆりかご”と呼ばれる古代兵器が空へと舞い上がった。
そしてその艦内にある玉座には、先日六課が保護した少女、ヴィヴィオの姿があった。
「痛いよ・・・・怖いよぉ・・・・っ、ママ、パパぁっっ!!」
「ヴィヴィオ・・・・」
玉座に座らされ、痛みに苦しむヴィヴィオ。
ヴィヴィオとは良介とも当然面識があった。
なのはをママと呼び、良介をパパと呼んでいた少女・・・・。
その少女が今、自分達の目の前で苦しい思いをしている。
良介はヴィヴィオを助けに行くか、ギンガを助けに行くか迷いに迷った。
(俺はどうすればいい・・・・クイントの約束を果たすべきか?それとも、自分を父と慕う少女を助けるべきか・・・・)
彼はどうすればいいのか、迷い、葛藤し無意識の内に拳に力が入る。
良介が葛藤していると、なのはが優しく良介の拳に手を添える。
「なのは?」
「ヴィヴィオは私に任せて・・・・だからおにーちゃんは、ギンガを助けに行ってあげて・・・・」
「なのは・・・・お前・・・・」
なのは自身も、分かっていた。
良介がミッドに渡った後、彼がクイントを通じてナカジマ家の皆と死体しい事を・・・・。
幼い時分に母を亡くし、悲しみに暮れていたナカジマ姉妹を実の妹の様に可愛がっていた事を・・・・。
当初は良介が自分からドンドン離れてしまうのではないかと寂しさを感じたなのはであったが、なのは自身、幼いときに父親を亡くし、家族が居なくなってしまう悲しさと寂しさは経験していたので、ナカジマ姉妹の気持ちは理解できた。
フェイトの方も同じであった。
だからこそ、なのはとフェイトの二人はナカジマ姉妹を構う良介に表面上は「私達の事も構って!!」とは言わなかったが、たまに、「私達だって寂しかったんだから」と、さりげなく、甘える事はあった。
「すまない・・・・ヴィヴィオを・・・・頼む」
「うん。任せて。おにーちゃんも頑張ってね」
「ああ」
予定が居の事で、六課はさらに戦力分散をする事となり、ゆりかごへはスターズの隊長陣が、地上本部へと接近している戦闘機人の対処には、スターズの
FW陣が対応する事となった。しかし、状況は六課ではなく、スカリエッティ側が常に上だった。
「接近中の戦闘機人の映像出ます!!」
光学映像モードからようやく普通の映像が見える範囲に敵が近づき、その映像がモニターに表示された。
「えっ!?」
「なっ!?」
その映像を見た良介とスバルは目を大きく見開いた。
モニターに映児出された映像には確かに今まで六課が相手をしてきたスカリエッティ側の戦闘機人が映し出されていた。
しかし、その中には唯一場違いな人物が映っていた・・・・。
「そんな・・・・嘘・・・・だろう・・・・?」
「・・・・」
良介は震えた声を絞りだ様に呟く。
スバルに至っては目を見開いたまま体が硬直していた。
今、自分達の目の前に映る場違いな戦闘機人は・・・・。
藍の長髪にリボン・・・・。
普段纏っているバリアジャケットではなく、敵の戦闘機人と同じ、青を基調とするボディスーツの上に羽織られたジャケット・・・・。
左手に輝く白銀の篭手とローラーブーツ・・・・。
その容姿は見間違い様もない人物・・・・。
「なんで・・・・なんで、ギンガ・・・・お前がそこに居るんだよ・・・・」
良介は絶望の淵に叩き込まれた様な衝撃を受けた。
モニターを見る良介の声は震えており、スバルも大きく目を見開いて信じられないモノを見ている表情だ。
「ギンガを傷つけ、攫うだけじゃなく、あんなことまで・・・・」
ギンガが何故敵側の戦闘機人と行動を共にしているのかは、大体想像が出来た。
なによりの証拠が、ナカジマ姉妹が今まで暗黙の内で封印している戦闘機人モード・・・・眼が金色になる状態をナカジマ姉妹は行う事は無かった。
最もスバルは地上本部のテロの際、ボロボロ状態のギンガの姿を見て怒りで我を忘れてなったが、通常の状態で戦闘機人モードになる事は決してなかった。
しかし、今目の前の画面の向こうに居るギンガの眼は見間違える事のない金色・・・・。
スバルの時の様に怒りで我を失った訳では無い。
あれは、今の自分の意思で戦闘機人モードになっている様子だ。
六課の隊長陣もスカリエッティの所業には怒度が
Maxとなり、メーターの針が振り切れるばかりの怒りを覚えた。「はやて、フェイト・・・・」
「ん?」
「何?良介?」
「・・・・すまないが・・・・配置を変更しても良いか?」
「良介・・・・」
はやてが突然の配置変更に戸惑っていると、
「良介・・・・私は構わないよ」
スカリエッティのアジトに突入組のフェイトは良介の提案を了承し、
「分かった。フェイトちゃんやアコース君達には苦労をかけるけどしゃーない。囚われのお姫様を助けるんは、王子様の役目やからな」
はやては割り切ったような表情でフェイト同様、良介の頼みを了承した。
「すまんな、フェイト・・・・」
「ううん・・良介がギンガとスバルの事を大事に思っているのは、私も知っているから・・・・」
フェイトは少し寂しそうに呟いた。
「それにしてもはやて・・・・お前の口からそんな乙女チックな発言が出るとはな・・・・」
「明日は雨か雪だね」
「ちょっ!? 良介はともかくフェイトちゃんまで酷っ!?」
その場にはスカリエッティへの怒りからほんの僅かに和やかな空気が流れた。
そして、決戦上には一番最初の予定通り、良介とスバルの二人がギンガをスカリエッティの魔の手から解放すべく、ギンガと対峙し、ティアナには負担が大きかろうが、ギンガと行動を共にしていた残りの戦闘機人三人(ノ―ヴェ、ウェンディ、ディード)の相手を務めてもらった。
戦場へ行く前、ミヤは良介に「ミヤも行きます!!」と言ってきたが、良介はそれを断った。
「大丈夫だ。スバルもついて来てくれるし、何より俺自身が俺の剣でギンガを助けたいんだ・・・・分かってくれミヤ。他の皆も手一杯だろうから、お前は自分の出来ることを精一杯やってくれ」
「・・・・分かりました・・・・リョウスケ。必ずギンガを取り戻すですよ」
「ああ」
そして、各地でスカリエッティ一味との最後の戦闘が繰り広げられた。
ゆりかご内部に侵入したなのはとヴィータは、なのはがヴィヴィオを助けに、ヴィータがゆりかごを止めるため、ゆりかごの機関室へと向かった。
スカリエッティのアジトでは、フェイト、アコース、そして聖王教会のシスターでアコースの護衛として随伴したシャッハ・ヌエラがアジトを警護していたトーレ、セッテ、セインと戦闘を開始。
シグナムは別ルートで地上本部ビルを目指していたかつて、クイントの上司で、管理局首都防衛隊に所属していたゼスト・グランガイツと戦闘を開始。
エリオとキャロのライトニング
FW陣は、召喚師の少女ルーテシア・アルピーノとその召喚虫、ガリューと戦闘を始めた。
そして、良介、スバルの二人もギンガと戦闘を開始した。
しかし、非殺傷とは言え、自分の姉に対して攻撃をためらうスバルと大切な妹に攻撃を躊躇する良介。
反対にギンガの方は殺傷設定ではないものの、二人にお構いなしに鋭い攻撃をしてくる。
しかも、ギンガのリボルバーナックルはスカリエッティによって改造されており、手の部分が高速回転し、ドリルの様な威力になっている。
魔法に関しては非殺傷設定だが、あのドリルに触れれば大怪我は免れない。
攻撃をかわしながら二人は必死にギンガに呼びかけるが、二人の言葉は届かず、躊躇いのない攻撃に膝をつく。
「ギン姉ぇ・・・・」
「ギンガ・・・・・っ」
涙を流す妹の少女と唇を噛み締める剣士・・・・。
ギンガの目は普段のエメラルドグリーンではなく、金色をしており、目つきも普段の優しい目つきから、つり上がり、冷たい印象を思わせる。
対峙する両者の間に一筋の風が吹き、ギンガの髪とリボンを揺らす・・・・。
それを見て、良介に昔の記憶が蘇る。
今のギンガに似た女性に・・・・クイントにいつも追い回され、何度も馬鹿な争いをした記憶が・・・・。
「ふっ、約束は、果たすぜ・・・・」
(そうだ。ギンガを助けられるのなら、俺の命なんざ、くれてやる・・・・こんな魔法も、剣の腕も中途半端な俺でも命をかければ、一人の女を救える・・・・)
良介は自分の命を捨ててまでギンガを救うを事を決意する。
「・・・・宮本さん・・・・?」
先程までとはうって変って、焦りもなく澄んだ目と静かな気配となった良介にスバルは違和感を覚え、良介に尋ねる。
「スバル、俺がギンガの動きを止める、お前が決めろ―――出来るな?」
「宮本さん・・・・・っ、はいっ!!」
剣士の瞳を見て、決意を固めるスバル。
しかし、この時スバルはまさか良介が自らの命をかけてまでの行動を取るとは予測して居なかった。
そして、良介はギンガと一騎打ちを行ない、良介の愛刀はギンガのドリルにより折られ、続いてギンガの鋭い手刀が良介を襲う。
吐き出される鮮血、苦痛に歪む良介の顔。
「宮本さんっ!?」
「俺に構うなぁぁぁぁぁっ!!!やれぇ!!スバル!!」
良介がギンガの手をガッチリと掴み、スバルに攻撃の時間と隙を作る。
「宮本・・さん・・ッ、マッハキャリバーっ!!」
スバルのデバイスから魔力の翼が羽ばたき、翼の道が姉へと伸びる。
「ギン姉ぇぇぇぇっ!!!」
ギンガは必死に良介の体に刺さった腕を引き抜こうとするが、戦闘機人である筈の自分の腕がどいう訳か抜けない。
ギンガ自身、何故抜けないのかが理解できなかったが、脳裏の片隅で、ギンガ・ナカジマとしての意思が残っており、良介とスバルを思う気持ちがまだ残っていたからこそ、ギンガは完全な戦闘機人にはなれなかった。
それ故、今自分が手を抜けばどうなるか理解できたのかもしれない。
そんなギンガ・ナカジマの意思が戦闘機人タイプ・ゼロ・ファーストとしてのギンガの行動に支障をきたした。
「ディバイン・・・・」
その間にもスバルはギンガに接近していく。
輝く魔力、唸りを上げるナックルを見て、段々と薄れゆく意識の中、良介は、懐かしさを感じた。
二つのナックルとローラーブーツ、長い髪と、リボン―――。
その姿が懐かしいあの女性の姿を連想させる。
「約束は果たすぜ・・・・クイント―――・・・・」
「バスターーーーーーーッ!!!!」
少女の魔法が姉を貫き、光が弾け、剣士はそっと目を閉じた。
「・・・・・・、・・う・・・・・・・んっ・・・・・・さ・・・・り・・・・・・さんっ!」
暗い世界の中、遠くに聞こえる声。
あの二つのナックルとローラーブーツ、長い髪と、リボンの彼女との懐かしい夢を見ていた剣士の瞳が、ゆっくりと重い瞼を薄く開く。
そこには、涙を流す、成長した姉妹の姿。
ギンガの瞳は普段通り、金色からエメラルドグリーンに戻り、目つきも優しい目つきとなっていた。
あぁ、元に戻ったのかと、安堵する良介。
その一方で、必死に良介に呼びかける姉妹。
しかし、ギンガを救うため払った代償は大きく、薄く開いた視界に入る、穴の開いた自分の胸。
流れでる血は衣服を破いて止血してあるが、焼け石に水なのは明白だった。
自分が助からない・・・・。
待っているのは死・・・・。
しかし、良介には死の恐怖はなく、むしろ満足感が満ちていた。
震えながら、力なくギンガの頬を撫でる良介。
「良介さんっ!?
よかった・・頑張ってください、直ぐにシャマルさんが・・・・良介さん・・・・?」「・・・・やく・・・・そく・・果たし・・た・・ぜ・・・・クイント・・・・」
頬を撫でた手が、力なく地に落ちる。
良介は目を閉じ、満足したかのように笑みを浮かべ、眠ったように息を引き取った・・・・。
「りょう・・すけ・・・・さん・・?
うそ・・ですよね・・・・? いつもの、冗談ですよ・・ね・・・・? ねぇ、良介さん、りょうすけ、さん・・・・――――い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」ギンガの絶叫が虚しく澄み渡った青空にこだました。
湧きながらみなぎりふくらむ夜よ。
ともしびと星々とに充ちているこの暗さよ。
かぎりない遠いところに
今 何が目をさますのか?
「夜の歌」 ヘッベルより
「・・・・すけ・・・・りょう・・・・・」
「おき・・・・・す・・・・け・・・・・りょう・・・・」
再び暗闇の中から聞こえてくる誰かの声・・・・。
俺は確か、ギンガを取り戻した後、死んだ筈じゃあ・・・・。
そう思いつつ、今こうして意識がある事に疑問を抱く良介。
その間にも暗闇から聞こえてくる声はますます音量が激しくなってくる。
「良介!!」
そして、止めと言わんばかりに耳元で自分の名前を呼ばれ、良介は目を覚ました。
「っ!?」
「やっと起きたわね、良介」
「・・・・アリ・・サ?」
「もうミッドに着いたわよ」
良介の目の前には呆れた表情で自分を見つめるアリサの姿。慌てて辺りを見回すと、彼の目の前には何の変哲もない次元航行船のキャビンが映る。
「・・・・」
状況確認が出来ずに、茫然として次元航行船のキャビンを見渡す良介。
「大丈夫?少し前から魘されていたけど・・・・」
アリサが心配そうに尋ねる。
「あ、ああ。悪い夢でも見ていた様だ・・・・」
確かにアリサの言う通り、どうも夢見が悪かった様で、自分の体は寝汗でびっしょりしている。
「アリサ・・俺・・・・」
「あぁ〜もういいからさっさと降りましょう」
アリサは良介の背中をグイグイ押してキャビンから連れ出す。
(アレは夢だったのか?いや、しかし、このシュチュエーション・・・・まさか、デジャヴ!!それじゃあギンガは・・・・)
先程まで見ていた夢が予知夢ではないかと疑い不安になる良介。
しかし、
「あっ、良介さん!!こっちですよ!!」
次元航行船発着場にて、娘の桜花を腕に抱いて、自分達を迎えに来たギンガの姿を見て、安堵した。
(ギンガ・・・・良かった。やっぱりあれは夢だったか・・・・)
そして、何故自分がアリサと共に次元航行船に乗っていたのかを思い出した。
(そうか、俺はアリサと仕事で他の世界に出掛けていたんだ・・・・あの時と同じような状況だったから、あんな夢を見たんだろう・・・・)
ギンガと娘の姿を見て、あれは過去の出来事を夢に見たのだと、理解した良介だったが、久しぶりに辛い過去の出来事を思い出し、気分はあまり優れなかった。
そしてその日の夜、宮本家の寝室にて・・・・。
「ギンガ・・・・」
良介はギンガをベッドの中でギュっと強く抱きしめた。
「良介さん?」
「すまないギンガ・・・・だが、今夜はこうしてお前の温もりを感じさせてくれ・・・・腕に抱かせてくれ・・・・」
ギンガの胸元に顔を埋めながら呟く良介。
それはまるで、夜の闇を怖がり、母親の温もりを求める幼子の様でもあった。
そんな良介の行動を最初、ギンガは戸惑ったが、やがて優しく微笑むと良介の頭を優しく撫でた。
自分らしくない行動だと良介自身も思ったが、もう二度と彼女を手放したくない・・・・。
明日になれば、自分の目に映るのはきっと、騒がしくも楽しい日常の風景だろう。
そう信じながら良介は目を閉じ、ギンガの温もりに包まれながら眠りについた・・・・。
あとがき
この世界での
JS事件では良介君にもある種のトラウマを植え付けていました。被害者であるギンガにもかなりのトラウマがあることでしょう。
原作キャラのメンタルの強さは異常レベルですね・・・・。
では、次回にまたお会い致しましょう。