八十二話 続サイレンのナルヒ 墜神復活

 

 

巨人、もとい怪力屍人を退けて早くも三時間が経過した。

此処まで、犀賀を除き、誰一人も欠ける事なく、彼らは何時出来たのかは分からない入り組んだ建物の中を歩いていた。

「流石にもう何があっても驚かないと思ったけど、ものすごい違法建築だね」

暢気に依子が呟くが誰もそれに同意はしない。

いや、する必要もない。

それよりも皆が気にしているのは、良介の事だった。

あの巨人に投げられたりしたのだから、傷は深い筈だ。

現に廃屋へ戻った時、病院から持ってきた治療道具の半分は使用した。

「あの・・宮本さん」

「ん?どうした?圭一」

「その・・ケガ大丈夫ですか?」

「あ、ああ。大丈夫だ。動けない訳じゃない・・」

良介は平然としていたが、内心では少し焦っていた。

それは、傷が酷いと言う訳ではなく、反対に傷の治りが常人よりも早いからだ。

(村中にいるあの化け物共は傷の治りが早かった・・・・そして、今の俺もアイツら程ではないが、傷の治りが早い・・・・この異界で俺達は少しずつあの化け物に近づいているのかもしれない。だとしたら一刻も早く、この異界から抜け出なければ・・・・)

例え、屍人に殺されなくても次第に自分達が人間ならざるモノに近づいている。一刻も早くこの異界から脱出しなければ、いずれは自分達も屍人になってしまう恐れがあった。

一同は、村に出来た違法建築の中を進んでいった。

 

 

ここで時系列は少し過去へと戻る。

 

良介達が病院から脱出をする準備をして居る頃、

本来、村と隣町を結ぶ街道・・・・今は異界に飲まれて赤い水が広がる赤い海の海岸。

海と同じく赤い雨が降るその海岸に、赤い修道服を纏った修道女、八尾 比沙子が一人佇んでいた。

「復活の時が近づいている・・・・」

八尾が見えない誰かとまるで会話をするかのように何もない空間に向かって喋り始めた。

「永遠の狭間で始まりと終わりが一つとなる・・・・」 

彼女が語り終えると、八尾の足元に何かが流れ着いた。

八尾が跪き、流れ着いた漂着物を拾うと、突如として雨は止み、海上からは一筋の光の柱が天へと伸びていく。

その光の柱からはまるで八尾を祝福するかのように六本の大きな腕が伸びていた。

また光の下・・・・赤い海の水平線の向こうには、小さな船に乗り、手には箱の様な物を持った赤い修道服を身に着けた老婆が立っていた。

その老婆はどこか八尾に面影のある人物だった。

老婆は、八尾に何かを伝えるかのように微笑みかけてきた。

 

 

此処で、時系列を戻し、

違法建築と化した村の中を進んでいく一同。

その中心部あたりに来た時、

「きゃぁぁぁぁぁー!!」

凄まじい絶叫が彼らの耳に届いた。

絶叫が聞こえた方に駆けた彼らは驚愕に足を止めた。

そこには二人の人間がいたのだが、内一人は火達磨になってもがき苦しんでいる。

「ど、どうして!?」

残る一人は火達磨になっている人物を見て、オロオロしている。

そのオロオロしている人物は、あの時、蛇ノ首谷で会った、梨花の兄貴、古手 淳であった。

どうやら、屍人に襲われる事は無かったようだ。

「あいつ!」

梨花が驚いたような声を出した。

どうやら、火達磨になっている人物に見覚えがあるらしい。

「あの人、知り合い?」

「亜矢子・・私の姉だ。きっと私の身代わりにされたんだ」

圭一の問い掛けに、梨花は顔を顰めて答える。

この時、梨花の脳裏にはある出来事が過ぎった。

それは、村が異界に飲まれた直後・・梨花があの儀式の場から逃亡し、犀賀の狙撃で救われる前の事だった・・・・。

儀式が失敗し、村が異界に飲まれた中、

亜矢子は逃亡する梨花を見つけ、問い詰めた。

「アンタだけが消えれば良かったのに何でこんな事になるのよ!?」

「消えるのはお前でも良かったかもね。淳にはその方が都合良かったんじゃない?」

「何言っているのよ?頭可笑しいんじゃないの?淳は私の許嫁なんだから」

亜矢子が言う許嫁は淳の事を言っているのだが、彼はどちらかと言うと、許嫁である自分(亜矢子)よりも梨花の方に執着し、彼は時折梨花に関係を求めてくる。

勿論、梨花は断っている。

許嫁である自分よりも妹に執着する彼(婚約者)に対する不満は淳本人ではなく、妹の梨花の方へと向けられ、亜矢子は常日頃から梨花を憎んでいた。

「死ぬのがそんなに怖い?化け物になってまで生き続けたい?」

嫉妬で烈火のごとく怒りを露わにしていた亜矢子をまるであざ笑うかのように呟く梨花。

「それはアンタだけでしょう?アンタはさっさと生贄の羊になりなさいよ!!」

そう言って亜矢子はいずこかへと走り去っていった。

「やっぱりね・・・・何も分かってない・・・・」

走り去っていった亜矢子の背を梨花はジッと見つめていた。

 

全身を焼かれ、もがき苦しんでいた亜矢子はやがて動きを止め、その場にバタッと倒れた。

「し、死んだ・・・・」

良介が焼死した亜矢子の死体から視線を逸らし、周りを見る。

百合の花が敷き詰められた祭壇に、赤い水が張られた鏡の様な水面。

そして場違いなオルガン。

そのオルガンの傍には赤い修道服を着た修道女が居た。

「あの人!!」

今度は圭一が修道女を見て、声をあげる。

「圭一の知り合いか?」

良介が今度、圭一に尋ねる。

「はい。良介さんと逸れた時に俺を助けてくれた人です」

「・・・・」

圭一を助けたと言う修道女。

しかし、良介はあの修道女がどこか気に食わなかった。

人の姿をしているのだが、気配が人ではないように感じたからだ。

「あの女・・・・」

竹内も、修道女の八尾を驚いたように見ている。

「竹内さんも彼女の事を知っているんですか?」

「あ、ああ・・・・今まで黙っていたが、私はこの村の出身だ」

「えっ!?」

「もっとも、村に居たのは七歳の頃までだがな」

「それで、あの人とは昔からの顔なじみとか?」

「ああ・・・・だが、私の知っているあの女は今、目の前に居るあの女の姿と寸分変わらない姿だ・・・・あの女はあの姿のまま・・・・一切、年をとっていない!!」

「そんな馬鹿な!?」

「コレを見ろ」

そう言って竹内は手帳から数枚の古びた写真を数枚取り出した。

写真の一枚の年号は大正と表記され、写っている写真には、犀賀医院開業式典と書かれた看板がおり、病院関係者や村の権力者が写っていた。

その中に白黒で色は分からないが、修道女を着た女性が写っていた。

写真に写っている人物はまぐれもなく八尾 比沙子その人である。

また昭和になり、戦時中、犀賀医院が軍病院に指定された時に撮った写真では、軍と病院関係者と共に写真に写る八尾の姿、入院中の患者を見舞う八尾の姿が写されていた。

そこに写る八尾は大正、昭和時代の時と、今目の前に居る八尾と寸分変わらぬ姿で写真に写っていた。

「・・・・」

良介は息を飲んで写真を見ていた。

(っ!?そう言えば、あのテープを録音した人物が、「お前は・・・・ずっとずっと昔からこの村にいるんだ!!」「何十年 何百年 ずっとこの村を見張っている」「お前は・・・・お前は・・・・化け物だ!」と言っていた『お前』の正体はあの修道女だったのか)

 

「八尾さん!!」

牧野がこの場に響くような大声をあげると、その声に反応して八尾が此方に視線を移す。

「あら?梨花様、そちらにおられたのですね」

こちらに気付いた八尾は、牧野を無視して慈愛に満ちた微笑で梨花に近付いてくる。

近づいてくる八尾に梨花は怯えた。

「嫌だ!・・来るな!!私は生贄なんかじゃない!!生贄なんかになるものか!!」

後退る梨花の前に、彼女を庇うように圭一が立ち塞がった。

「悪いけど、梨花に触らないでくれ」

圭一の無礼なその態度にも女性は笑みを崩さない。

「大丈夫、今度こそ上手くいくわ。あの実は不出来だったけど、貴女ならあの御方も喜んでくれるわ。さぁ、牧野さん、儀式の準備をしましょう?」

先程は無視されたのだが、突然振られた牧野は口篭る。

そして一度固く目を瞑ると意を決したように口を開いた。

「い、嫌です!!・・・・僕はもうこんな事・・・・八尾さんどうしてこんな事を・・・・?」

悲痛な牧野の叫びも、最早八尾には届かない。

「また失敗してしまうか不安なのね?大丈夫よ、次こそ上手く・・・・」

「それ以上近づくな」

牽制したのは拳銃を構えた竹内。

「村人の多くは上手く騙せて来たが、私は騙されないぞ!!化け物。お前は私や私の両親が生まれる前から生きていた・・・・今のお前と変わらない姿で・・・・」

「へぇー随分と長く生きたな・・・・人の姿を保ったまま・・・・」

かつて管理局を影から支配していた最高評議会の連中が知ったらきっと羨んだ体だと思う良介だった。

そして良介は八尾の首筋に鉈を突きつける。

「誰?貴方?村の人じゃないわね?」

「通りすがりの探偵だ」

良介自身、この八尾と言う修道女は見ていて悪寒が走る。こうして鉈を突きつけている間も距離を取るか、すぐにでもこの女の頸動脈を切断してやりたいと言う思いがある。

その時、祭壇が突然炎を吹き上げた。

其処に居た者全員が驚き、祭壇の方へと視線を向ける。

祭壇から吹き上がった炎のなか、青白く半透明でタツノオトシゴに人間の手と魚の尻尾やヒレを生やしたような気味の悪い生き物が現れた。

謎の生き物が出た時、良介は思わず、八尾から離れた。

八尾はそれを見ると祭壇へ近づき、嬉々とした表情で、気味の悪い生き物――堕辰子を仰ぎ見る。

「楽園をもたらす、神の復活を祝福しましょう。これで罪は洗い流された」

しかし、堕辰子の姿を見た時、笑みを浮かべていた八尾の表情が変わる。

まるで何かに怯えるように顔を歪め、数歩後退る。

「ち、違う・・これでは違う・・・・」

八尾を除く皆が、何を言っているのか分からない。

堕辰子が復活したのだから、八尾の目的は果たされた筈・・・・。

しかし、八尾は「違う」と言う。

八尾の目には復活し、楽園へと誘うはずの神が怒りに満ちた顔をしている様に見えたのだ。

皆が困惑している中、

「運命に抗ってみるのも悪くない」

そこに、一人の男の声がした。

病院で別れた犀賀だった。

「犀賀医師」

「探偵・・受け取れ」

犀賀は懐から紐で縛られた分厚い手帳の束を良介に向け、放り投げる。

「これは?」

「この村で行ってきた裏事情・・・・探偵さん、アンタが知りたがっていた情報だ」

「やっぱり気づいていたんだな?」

犀賀は良介が何のためにこの村に来たのか知っていた様だった。

良介に手帳を託した犀賀はゆっくりとした足取りで堕辰子の正面に立つ。

すると、堕辰子は口からアリクイの様に先端が尖った舌を犀賀の腹部に突き刺した。

「犀賀医師!!」

「うっ・・」

「消えなさい。裏切り者」

不愉快そうに八尾は犀賀を見る。

「うっ・・・・生憎、そんなヤワじゃないんだ」

犀賀はまたも懐から何かを取り出した。

それは小さな土偶の様なモノだった。

「そ、それは・・・・やめて――――!!」

八尾は土偶を見て、大声をあげる。

すると、土偶が青白く発光し、犀賀と堕辰子の体を青い炎が包み、堕辰子は苦しみ出した。

「た、探偵・・・」

青い炎に包まれながら、犀賀は良介に話しかける。

「これで・・・・全てにケリを・・・・全てを終わらせてくれ・・・・この村の全てを・・・・俺の役目は・・・・これで終わりだ・・・・」

そう言って犀賀は良介にあの土偶を放り投げる。

良介がその土偶を受け取るのを見た犀賀は目を閉じ、穏やかな表情をし、一言呟いた。

「・・幸江・・・・」

犀賀が彼女の名を呟いた瞬間、彼の体は燃え尽き、後には何も残らなかった。

犀賀が燃え尽きた後も、青い炎に包まれた堕辰子は苦しみながら吠える。

すると、儀式会場が崩落し始めた。

良介はこの場は危険で、一刻も早くこの場から逃げなければと思っていた。

振り向くと、皆同じ事を考えたのか互いに目で合図するなり一気に走り出す。

遠くなって行く儀式場から、梨花の兄、淳の悲鳴が聞こえた。

 

あれからどのくらい走ったか分からない。

気付けば自分の周りには誰もいなかった。

決して皆を見捨てて逃げたわけではない。

この違法建築は、迷路の様に入り組んでいた。

恐らくそのせいで逸れてしまったのだろうと良介は思った。

逸れたのが自分一人で他の皆は一緒であればいいと思いながら、良介は巣の中を歩き出した。

 

 

その頃、他の皆はと言うと・・・・。

「見つからないか?」

「はい・・・・」

竹内の問いに圭一は複雑そうに頷く。

屍人の巣の内部に彼らはいた。

しかも良介が望んだ、良介以外のメンバー全員で・・・・。

良介と逸れてから、最初の内は平気だろうと思っていたが、こうも見つからないと流石に心配になってくる。

まして、彼は負傷者でもあるので、心配にならない筈がなかった。

「もしかしたら、この建造物の外に出たのかもしれないな」

竹内が指を顎に添えながら言う。

これだけ探して見つからないという事は、もう内部にはいないのかも知れない。

自分達が良介は外に出たと思っている様に、彼自身も自分達が外に居るのかもしれないと考えているのかもしれないと思い、外へ向かったのではないかと思う。

そして、少なくとも彼は生きていると結論付けた。

彼は強い。

傷ついてはいるが、肉体的にも精神的にも・・・・。

皆が行動を開始しようとした時、その場の誰もが異様なその雰囲気に警戒する。

「・・・・追ってきたみたい、ですね」

高遠の言葉に春海が彼女にしがみ付く。

その気配の主はすぐに彼らの眼前に現れた。

堕辰子は、まるで水中を泳ぐ魚の様に軽く体をクネクネと動かしながら姿を見せる。

梨花は堕辰子の姿を見て恐怖に目を見開く。

皆は堕辰子の姿を見て驚愕する。

先程まで青い炎に焼かれていた筈の堕辰子が何事もなかったかのように再び姿を見せたのだから。

堕辰子相手に勝ち目はない。

あの巨人も強敵であったが、堕辰子はその力を大きく上回る力を持っているのは、堕辰子が纏う異様な雰囲気で分かる。

堕辰子は、梨花に狙いを定めるが、

何者かが堕辰子の背後から刃物を振り上げ、高々と跳躍し頭から真っ二つにするべく、それを振り下ろす。

しかし、堕辰子もそれに気が付いた様で、寸前で避ける。

堕辰子を襲撃した者は地面に上手く着地し、刃物を構える。

それだけで牽制になったのか、堕辰子は暫くそこに留まってから逃げるように姿を消した。

「宮本さん!!」

圭一が堕辰子を襲った襲撃者の名を呼ぶ。

「大丈夫だったか?」

堕辰子を襲った襲撃者は皆と逸れた良介だった。

良介は刃物(鉈)を肩に担ぎ、ニッと笑った。

 

屍人の巣から抜け出した一行は、中央交差点まで来ると、まず其処で腰を下ろした。

周囲に屍人も堕辰子の気配は無い。

「竹内さん」

「ん?なんだ?」

休憩の最中、良介は竹内に声をかける。

「村の出身で民俗学の貴方ならコレが何なのか?分かりますか?」

良介は竹内に犀賀から受け取った土偶を見せる。

一見、その形はただの土偶にしか見えないが、竹内は自身が纏めた村の伝承や古文書を書き記した手帳の中を見てこの土偶の正体を探る。

「これはっ!?まさか・・・・」

手帳を捲っていた竹内の手が止まり、驚きの声を発する。

「どうしたんですか?」

「これはもしかして、神の武器かもしれない」

「え?この土偶が?」

「ああ」

竹内が良介に土偶を返し、先程の竹内と良介とのやり取りが聞こえていたのか他の者も良介の手の中の土偶を見る。

「これが神の武器ならば、不死の存在である奴らを完全に消し去る事が出来る」

先程見た青い炎で堕辰子はかなり苦しんでいた。

あの後、もう一度復活をしたが、恐らく八尾が淳を生贄にささげ、堕辰子は事無きを得たのだろう。

良介は、土偶を握りしめ、踵を返す。

「宮本さん、どこへ行くの?」

知子が不安げに眉を下げて問いかける。

「もう一度、アイツの下に戻ります。皆は此処にいて下さい」

あの違法建築である屍人の巣の中へと戻ろうとする良介。

その時、牧野も良介の後を追う。

「どうせなら徹底的にやりましょう」

牧野の言葉を聞き、良介は足を止め、牧野の方へ顔を向ける。

良介についてくるつもりなのか、牧野は警棒をギュッと握っている。

「此処から少し歩きますが、山の中腹に小さなダムが有るんです。近くには爆薬が保存されている井戸もあります。それを使って全てを終わらせましょう。八尾さんの企みも・・この村も・・・・」

牧野は真剣な眼差しで良介を見つめる。

良介は、初めはキョトンとしていたが、直ぐに微笑を浮かべた。

「ああ。・・・・という訳で、ちょっと行って来ます」

まるで、友人の家に遊びに行くかの様な気軽さで残る人たちに言う良介。

「二人で平気なの?私も一緒に・・・・」

「高遠さんは此処で皆と待っていて下さい」

良介は自分もと言ってくれた高遠に微笑してから、二人はダムへと足を進めた。

 

「確か此処のはずなんだが・・・・」

先を歩いていた牧野は足を止めた。

その隣で良介も足を止めた。

二人の視線の先・・・・。

そこにあるのは、すっかり荒れ果てた村の一部だった。

辛うじて民家や櫓は確認出来るが、そこが最早人間の住むべき場所でないのは一目瞭然だ。

まぁ、人間の住むべき場所でないと言う点では、この村全体で言える事なのだが。

「何で此処にあると思うんですか?」

「昔、村の権力者達から聞いたことがあるんです。戦時中、村が軍の演習場や関連施設が出来て、戦後、村に溢れていた武器を何処かに隠したと・・・・。ここら辺一帯は、戦前から戦後まで、特に再開発をされていない区画だから、武器が隠されているとしたら、此処しかないと思ってね」

「成程」

やがて、廃墟の外れにポツンと建つ一つの古井戸があった。

「おっ?あったぞ!!あの井戸だ!!」

良介と牧野は古井戸へと駆け寄った。

 

そして・・・・

「どうです?ありましたか?」

「おっ?あったぞ!!」

井戸の中を覗き込みながら良介が声を張り上げると、中から牧野の声が反響しながら良介の耳に届く。

あの後、爆薬が隠されている井戸に到着し、廃屋の納屋から持ってきたロープを持ち出してきた。

当初は、良介が井戸に降りようとしたのだが、上で良介を括り付けたロープを支えるのは、牧野には少々無理があったので、牧野に井戸に降りてもらい、上で良介がロープを支えていた。

 

「えっと・・・・」

井戸に降りた牧野は井戸の底に積まれた古びた木箱の蓋に手を掛けた。

開けるのに手間取ったが、何とか箱を押し開けると中には大量の手榴弾が詰まっていた。

その他にもライフルや弾丸の入った箱も積まれていた。

どの武器も保存状態が良く、すぐに使えそうだった。

「まさか、之ほどの武器が有るなんて・・・・」

噂で聞いていた村の裏側の事実を見て、困惑が隠せない牧野。

手榴弾やライフルを二丁、弾丸を持てるだけ持つと、ロープを伝って井戸から這い上がる。

その行為を何度か繰り返し、ダムを決壊させるには十分な量の手榴弾を確保した良介と牧野。

集めた手榴弾や武器を見て、良介は、

「この村の連中は日本政府に対し、独立戦争でも仕掛けるつもりだったのか?」

と、呆れながら言う。

「さぁ・・・・?でも、そう考えても可笑しくないかもしれないですね」

歪んだ思想を持つ者が多かった村なので、もしかしたらそう言う事を考えていたかもしれない。

もし、村の権力者たちがそう言う事を考えていたとしたら、今回村が異界に飲まれた事は、神が下した罰なのかもしれないとそう思える牧野だった。

 

井戸から引き揚げた手榴弾を持ってきた空のカバンにありったけ詰める二人。

「牧野さん、ダムはすぐ其処なんですよね?」

「あ、ああ。ただ近道を行くには廃坑を抜けなければならないのだが・・・・」

「・・・・」

ダムの所在を聞いた良介は、この後牧野自身も驚く事を言った。

廃坑・・・・そこにも当然、奴らは潜んでいるだろう。

「じゃあ此処からは俺一人だけで行きます。牧野さんは皆の所に戻ってください」

そう言って警官から奪った拳銃と一丁のライフルと弾丸を渡した。

「本気かい?」

「はい。今回の件を終わらせるのは俺一人十分です。だから、牧野さんは皆と一緒にいて下さい」

口調は穏やかだが、有無を言わせぬ凄みが何処かにあった。

牧野はどうすべきか僅かに迷いを見せたが、やがて決心したように良介を見た。

「分かった。君に全てを任せよう・・・・。でも、必ず戻ってきてくれ・・・・この村の求道師である私が言うのもなんだが・・神の祝福があらんことを」

良介は微笑すると頷く。

そしてそれは一瞬の事・・・・。

計ったように同時に背を向けるとそれぞれの目的地に向けて歩き出す。

互いに背を向けた二人は一度も振り返らなかった。

それは互いに信頼している戦友の様でもあった。

 

牧野と別れた後、良介は休む事無く歩き続けていた。

両肩に手榴弾と弾丸の入ったショルダーバックをぶら下げ、ベルトには二本の鉈を下げ、手には旧日本軍の三八式歩兵銃を持っていた。

蛭ノ塚で牧野にライフルを渡した時以上に、ゲリラかテロリストスタイルの良介だった。

言われたとおり坑道を抜け、多くの屍人に襲われつつ何とか突破を果たした良介だったが、疲労は目に見えて分かった。

それでも良介の瞳は強い意思があり、ただ真っ直ぐに目指すべき場所を見ていた。

鬱蒼と茂る雑木林を抜けた先に、

目的の地があった・・・・。

「・・・・成程」

辿り着いた目的地のダム・・・・。

土砂崩れが頻繁に起こっていた村らしいので、山の中腹に造られた小さなダム・・・・。

そしてそこからは丁度一直線の位置に重なるようにあの違法建築・・・・屍人の巣が存在していた。

「これで終わりだぜ・・化け物共」

呟いた良介は手榴弾を握った。

そして迷わず口で手榴弾のピンを抜くと次々とダムの中へと放り投げる。

ダムに貯水された水・・・・。

今は赤く染まっているが、かつては村の水源のため、綺麗な水が溜まっていたのだろう。

そのダムにポチャ、ポチャと小さな音を立てて手榴弾が沈む。

最後を見届ける前に良介はそこから離れていた。

やがて、激しい爆音と共にダムには幾つもの水柱があがり、水門が破壊される。

水門と言う栓を失ったダムの水は濁流となり、屍人の巣目掛けて流れていく。

屍人の巣は無情にも濁流によって半壊する羽目になった。

苦労して屍人達が気づいた城は僅か半日で崩壊した。

当然、その巣にいた屍人達も濁流に飲まれた。

「ざまーみろ!!化け物共!!人間を舐めるなよ!!」

不敵な笑みを浮かべながら、それを見ていた良介だったが、水のなくなった貯水池を見て目を見開いた。

「こ、これはっ!?」

水がなくなった貯水池。

其処はヘドロ化した泥や流木が沈んでいたが、その他にも、そこには無数の人影が揺らめいていた・・・・。

否、人と呼ぶにはもう遅い。

しかし彼らは自分達が人という存在で在り続けるために、此処にいた。

村の彼方此方で徘徊している屍人と比べれば、今、良介の目の前にいる人達(屍人)はまだ人間らしい。

「・・・・」

ヘドロまみれになって蠢いている人達・・いや人だった者達を見て、良介は言葉が見つからない。

彼らの身体は干からび、まるで木乃伊の様になっている。

それでも尚、死ぬ事は出来ない。

眠る事も、食事を摂る事も許されぬまま、水の中で、どれだけの苦痛の時間を此処で過ごしたのか。

屍人と言えど、動いている以上呼吸はするはずだ。

それは、視界をジャックした時に連中が荒い息をしているのを聞いているし、見ている。

その呼吸が出来ない水の中に居たと言う事は、何度、水の中で死に再生を繰り返したことだろうか?

「永遠に生きるというのは永遠に苦しむ事と同じなのか・・・・」

彼らを見て、良介はポツリと呟く。

だからこそ、管理局の最高評議会の連中は痛感を取り除くために脳だけで生きていたのかもしれない。

最も動くことが出来ずに、それが災いしてあっさりと殺されてしまったわけだが・・・・。

良介はポケットから土偶・・・・宇理炎を取り出した。

竹内から見せてもらった古文書に書いてあった事が本当ならば・・・・。

この土偶が本当に神の武器で不死の存在を完全に葬り去る事が出来るのであれば・・・・。

近くにあった階段を駆け下り、水の無いダム底へ踏み込む。

ダムの底に居た屍人達は、良介がどんなに近くに寄っても襲わない。

むしろ向こうから離れて行っている様にすら見える。

それは、良介を屍人にしないようにするための行動だった。

良介はダムの中心付近で足を止め、握った宇理炎を高く頭上に掲げた。

「アンタたちは化け物じゃない・・・・人間だ・・・・立派な人間だ・・・・待っていろ・・・・アンタたちをその苦しみから救ってやるからな・・・・煉獄の炎よ・・全てを焼き尽くせ!!」

瞬間、宇理炎が青白い炎に包まれる。

やがて、その炎は良介の腕にも延焼していく。

「くっ・・・・これは・・思ったよりもキツい・・・・だが・・・・」

良介が歯を喰いしばると、良介の体が虹色の光に包まれ始める。

同時に地面に円形の穴が空き、其処から青白い炎がまるで、温泉か石油が噴き出るかのように、溢れ出てくる。

そして、宇理炎からも青と虹色の炎が、火の玉状になって無数に飛び出てくる。

地面に着弾した炎はその場に燃える物もなく、水気が有るにも関わらず、燃え続ける。

するとそれを見ていた彼らは、自ら進んで炎に当たりに行く。

焼かれた者達は熱さに苦しみはするものの、直ぐに塵となり、完全に消滅する。

ダムの底に居た屍人達が焼かれていく中、良介はふらつく。

もともと、宇理炎は扱う者の命を引き換えにその力を発揮する。

本来ならば死んでいるはずの良介が、まだ生きていられるのは、法術により、宇理炎の呪いの力を抑えているのだ。

しかし、それでも体力の消費は半端ではない。

体中から沢山の汗が流れ、呼吸も上手く出来ない。

心臓は大きく脈打ち痛いほどだ。

もしかしたら、自らの寿命も何年かは持って行かれたかもしれない。

だが、良介はこの痛み苦しみと引き換えに彼らに安らぎを与えられたのだと達成を得た。

息は荒く、額には玉の様な汗を浮かべ、良介は少しふらつく足取りで、皆の居る所へと戻った。

 

 

登場人物・登場兵器

 

 





竹内 多聞

城聖大学に勤務する民俗学講師。

専門は民俗学だが、考古学から宗教学、果ては神話やオカルトの類にまで興味を示し、その前衛的過ぎる理論から、学会では異端児扱いされている。

羽生田村の調査中、突如異変に巻き込まれるが、事態を予測していたのか、村人の襲撃を予測していたのか拳銃を用意していた。

強引に付いてきた教え子の安野依子とともに脱出をはかる。

羽生田村の出身で、七歳の頃に起こった土砂災害によって両親を亡くしている。

容姿 原作のSIRENに登場した竹内多聞と同じ。

イメージCV舘正貴

 

 





古手 亜矢子 享年16

古手家の長女で梨花の姉。

本来は“神の花嫁”として常世へ旅立つ運命にある妹・美耶子に対し、子を成して古手の血筋を繋いでいくことを運命付けられた存在であった。

自分よりも、妹の梨花に畏敬の念が集まっていることに劣等感を持ち、許婚の淳までもが梨花に執着していることに激しく嫉妬していた。

村では何不自由ない生活を送り、普通の人間として育てられたせいか、一族の秘密については何も知らされていない。

梨花が儀式に間に合わなかったため、梨花の代わりに儀式の生贄にされ、焼き殺された。

 

 





堕辰子不完全体

この世とは異なる別の世界から落ちてきた<>の一種。

日光を極端に嫌い、わずかに曝されただけで身を焼かれる。そのため堕辰子を迎える場である屍人ノ巣のある一番奥の層には日の光が届かないようにしている。

梨花の代わりに生贄となった亜矢子を贄として復活したが、やはり梨花ではなかったためか、堕辰子は不完全な復活を遂げ暴走する。

犀賀が自らの命をかけて放った宇理炎により致命傷を負うが、応急処置として今度は淳を贄として消滅を免れる。

 

 





宇理炎

土偶の形をしているが、神の武器であり、不死の存在である屍人を永遠に消し去る力を秘めている。ただし、その絶大な力を発動させるためには使用者の生命を引き換えにしなければならない。

良介は法術の力によって使用しても死ぬことは無かったが、著しく体力を消耗した。

 

 





三八式歩兵銃

1905年(明治38年)に日本軍で正式採用されたボルトアクション小銃。

三十年式歩兵銃を基に機関部の簡素化やダストカバーの設置など、南部麒次郎が改修を行って完成させた。

口径が小さく長い銃身を持つため反動が小さく扱いやすいため、第一次世界大戦の折には海外に輸出された。

その後の第二次世界大戦後まで、日本軍に使用されていた。

 

 

あとがき

SIRENのいよいよ終わりが近づいてきました。

本来宇理炎は使用者の生命力を奪う神武ですが、良介君は法術がその力を軽減させたので、使用しても死なない設定です。

では、次回にまたお会い致しましょう。

 




作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。