七十九話 続 サイレンのナルヒ 生存者達 その三
蛭ノ塚にて、屍人を殲滅した良介は、またも二人の生存者を発見した。
異界とかした見知らぬ土地の所為で迷い時間を取ってしまったのが原因だろう。しかし、今回はそれが幸いした。
良介が二人を見つけた時、大人の女性が廃棄されていた給油車の中にあったガソリンを辺りにぶちまけてライターで火を点けようとしていたのだ。
給油車の近くには数人の屍達が居た。
ガソリンをぶちまけている女性は間違いなく、屍人を道連れに自爆しようとしていたのだ。
其処を間一髪、良介が助けたのだ。
序に周りに居た屍人も倒した。しかし、一定の時間が経てば屍人は復活するので、急いでその場を後にした。
そして、現在はこの村の小学校の教師、高遠 玲子とその教え子、四方田 春海と行動を共にしている。
「大丈夫ですか?」
先頭を歩きながら良介は振り返り、高遠に尋ねる。
すると、「えぇ・・・・」と気丈な返事が返ってきた。
何故、良介が高遠にそんな事を聞いたのかと言うと、給油車に積んであったガソリンに火を点けようとした時の高遠の表情が苦痛を我慢しているかのように歪んでいたからだ。
もしかすると、彼女は体調が悪いのかと思ったからだ。
しかし、今の彼女の様子から特に体調が悪い様には見えない。
杞憂か見間違いだったのか?と思い、三人は刈割(かるわり)と呼ばれる村の田園地帯を歩いていく。
村全体の水が赤い水となっているため、当然田んぼの中の水も赤い。
(なんか地獄の血の池みてぇ・・・・)
赤い水が満たされた田んぼを見て、地獄の光景を思い浮かべる。
最も此処は・・・・今、この村はまさに生き地獄状態だったので、あながち間違いではなかった。
田園地帯を進んでいくと、何かの気配に良介が足を止める。
「・・・・良介さん?」
春海が小さく良介の名を口にする。
それには応えず良介は、傍にあった納屋を開け放つ。
運よく納屋の中には屍人はいなかった。
「高遠さん」
「何かしら?」
「その子と一緒に中へ!!早く!!」
そう言って戸惑う二人を納屋に入れると扉を閉めた。
「鍵を!!」
切羽詰まったような声に高遠は従った。
鍵の掛かる音が響いた時、良介の目の前には彼と納屋を囲むように大勢の屍人が群がって来た。
「ったく、田舎のじぃちゃんやばぁちゃんは年の割には張り切り者が多い印象があったが、これは張り切り過ぎだろう・・・・」
良介は迫り来る屍人に対し、無理に笑みを浮かべるが、少し引きつっている。
「うおおおおー!!」
一人の屍人が叫びを上げた。
するとそれを合図にしたかのように屍人の群れが凶器を振り上げて襲い掛かってきた・・・・。
納屋の中に居る高遠は怯える春海を抱き締めながら、一人外に残った良介の身を案じた。
扉の向こうからは叫びと、ガキンと言う金属がぶつかり合う音、ザシュッと言う肉を切る様な音、ブシューッと血が噴き出るような音、屍人の叫び声等、争い戦っているような物音が聞こえていた
「っ!?くそっ、キリがねぇ!!」
斬っても斬っても奴らは生き返る。
幸い今の所、無傷ではあるが、良介の体力は限界ぎりぎりだった。
肩で息をしながら斬り伏せたはずの屍人が立ち上がるのを苦々しく舌打ちしながら見る。
「これならまだ、あの変態マッドが作った玩具(ガジェット)やミミズ共の方がマシだぜ、くそっ・・・・」
屍人の能力に毒づく。
「うおぉぉぉー!!」
再び屍人の一人が高く吠えた。
一斉に襲い掛かってくる屍人の攻撃を躱しつつ確実に斬っていく。
時には数人を一辺に切り裂いた。
斬られた屍人はその場に蹲り動かなくなる。だがそれは一時だけ・・・・。
ある一定の時間が経てば、傷を再生してまた起き上がり、再び襲い掛かってくる。
良介は先程からそれを繰り返しているのだ。
いい加減刀の切れ味も悪くなる。
屍人の血と肉の油で滑りやすくなっていた。
だが、拭いている時間も隙もない。
良介は切り捨てる技から今度は突き技へと変換する。
しかし、屍人は心臓を突き刺しても、眼玉を突きさしても喉笛を突きさしてもその場で蹲り、一定の時間が過ぎれば、傷を再生して、起き上がって来る。
どうやら連中は蹲っている間に欠けた肉体を再生している様だ。
良介の体力も限界ギリギリであったが、如何やら刀の方も限界だったらしく、
一体の屍人を突いた瞬間、
バキンッ
刀が折れた。
(嘘っ!?折れたっ!?)
「くそっ!!」
良介は折れた刀の柄を屍人に投げつけ、今度は倒れている屍人から鉈を二本素早く奪い取り、両手で持ち、二刀流の構えをとった。
それは小太刀二刀流を得意とする御影流の構えであった・・・・。
これは良介の知り合いで、御影流流派の師範、師範代であり、なのはの兄と姉である、月村 恭也(旧姓 高町 恭也)と高町 美由希が得意とする戦法で、当然二人の知り合いである良介も御影流の技は幾つか教えてもらい、それを使える。
鉈の刃渡りはちょうど、小太刀と同じぐらいの長さであったため、咄嗟に使う事にしたのだ。
しかし、体力の方がついて行かない。
かすり傷程度ではあるが、次第に良介の体に傷が目立つようになった。
「はぁはぁはぁはぁ・・・・くそっ!!」
体力の消耗と体の負傷は良介の集中力は欠如していた。
一体の屍人が良介の隙をつき、斧を振り上げる。
集中力が欠如していた良介は一瞬ではあるが、その反応に遅れた。
屍人の斧が今まさに振り下ろされ用とした時、
ズドーン!!
一発の銃声が響き、斧を振り下ろそうとしていた屍人は手から斧を落とし、その場に蹲った。
良介も屍人達も何が起こったのか分からずにいたが、銃声は尚も続き屍人達をバタバタと倒していく。
「随分と無茶をするな」
やがて、銃声が止み、屍人達が納屋の前で蹲っている奇妙な状況の中、一人の男が肩に散弾銃を担いで現れた。
「犀賀・・医師?何故ここに?」
「気になって探しに来たんだよ」
犀賀のおかげで窮地を乗り切った良介。
ライフルで撃たれた屍人は未だに蹲っている。
どうやら、屍人に与えるダメージによって屍人の復活の時間は異なる様だ。
刀や打撃系の武器よりも銃などの強力な武器の方が連中、再生する時間が多く必要なようだ。
「高遠さん・・・・もう、いいですよ」
納屋の中にいる高遠と春海に声をかける良介。
恐る恐る高遠が納屋に掛かっていた鍵を開け、扉を開ける。
すると、高遠の目に入ったのは、体の彼方此方に傷を負った良介と、散弾銃を肩に担いだ犀賀の姿があり、地面には蹲っている屍人の群れ・・・・。
春海は小さく悲鳴を上げて高遠にしがみついた。
「ギリギリの所で犀賀さんが来てくれましてね・・・・」
「迎えに来ました。さあ、早く行きましょう。またすぐにこいつらは生き返る」
犀賀は足元の屍人を爪先で軽く蹴った。
刈割から病院まではそう歩かなかった。
もしかしたら犀賀が近道を通ったのかもしれないが、何にせよありがたかった。
朝から走り回り、まともに休憩していない良介は取りあえず、横になりたかった。
それに犀賀の話では、今から向かう病院は、小学校同様、村の避難所も兼任しているので、病院の倉庫には非常食と飲料水が保存されていると言う。
村全体が赤い水により水没している状況下なので、水道を捻っても蛇口からは赤い水が出てくる。
この水を大量に摂取したら屍人と化してしまう。
それだけは御免だ。
水も飲みたいし、それに病院ならばベッドもあるだろうと思い、病院の玄関口に到着した。
院内に入る時に犀賀が一度足を止めた。
「中は随分荒れていますからね。足元に気を付けてください、ガラスや医療用の機材が散乱していますから」
先を歩くのは私ですが、と言い一番に犀賀が院内に踏み込んだ。
懐中電灯で足元を、時折廊下の奥を照らしながら歩く。
「皆はどこに?」
「診察室にいる。あそこが今、病院の中で唯一電気が通って・・・・っ!?」
良介の問い掛けに答えていた犀賀は廊下を歩く何かに気付き懐中電灯を消した。
そして「しゃがめ」と手で指示する。
しゃがんだ場所は廊下の曲がり角・・・・。
犀賀がそこから僅かに顔を覗かせ、通路の様子を見ている。
そして小さく舌打ちした。
「っち、まずいぞ・・・・」
「どうかしたんですか?」
犀賀の呟きに高遠が何かあったのかと悟り警戒しながら尋ねる。
「あいつ、診察室の方に向かったぞ!!」
犀賀が屍人の向かった先を伝えると、診察室から何人かの悲鳴があがった。
「しまったっ!?」
「ちっ!!」
犀賀が走るよりも早く良介が廊下を駆ける。
懐中電灯を持っていないため、辺りは真っ暗闇だが、悲鳴はまだ聞こえている。良介はそれを頼りに辿り着いた先には扉が開け放たれた部屋があった。
間違いない。
良介はその部屋へと飛び込む。
見間違えるはずがない彼らがこちらに背中を向けて先客に釘づけになっている。
ナース服を着た屍人は顔にタコの様なモノが付着している。
その屍人は窓際で震えている依子と知子に近づいている。
竹内が銃で屍人に狙いを付けているが、屍人と二人との距離が近すぎてうかつに撃てない。
牧野は異様な姿の屍人の姿に震えている。
「どけ!!」
目の前にいた竹内を押し退け屍人に走る。
そして、
「おらぁ!!」
屍人に対し、ドロップキックをくらわす。
「逃げろ!!」
良介が叫ぶと、はっとしたように依子と知子は竹内の下へと走る。
無事、屍人からの脅威から脱した依子と知子はもとより、その部屋に居た誰もが二人の無事に安堵した。
しかし、それが仇となった。
「宮本さん危ない!!」
知子が悲鳴に近い声を出した。
だが、気付いたときに遅かった。
良介は頭部に割れるような鈍い痛みと激しい衝撃に意識が一瞬飛ぶ。
次の瞬間には荒々しい音を立てて床に叩きつけられていた。
「痛っ・・・・」
屍人が持っていたのはスコップ。
体力が落ちた良介のドロップキックでは屍人蹲らせる程のダメージにはいっていなかった様だ。
そして、良介はその屍人が持っていたスコップで殴られた。
スコップの一撃を頭部にくらい、良介の頭からは血が出ていた。
目の中に血が入り視界が霞む最中、良介は看護婦の胸元についているネームプレートを見た。
そして、胸元には見慣れた傷跡があった。
「河辺・・幸江・・・・?」
それを読んだ時、再びスコップが振り上げられる。
屍人は良介にドロップキックをされたことを怒っているようではなく、まして、そこら辺の屍人同様、良介が人間だから襲い掛かってきている訳でもなさそうだ。
それ以前に良介のドロップキックにより、邪魔された事に対して怒っているようにも見えた。
咄嗟に両腕をクロスして防御の姿勢をとるが、それよりも早く、竹内が拳銃を屍人に照準を合わせ、引き金を引いた。
弾丸は屍人の体に命中するが、蹲る事は無かった。
竹内が撃鉄を降ろし、再び屍人に弾丸をぶち込もうとした時、
突如屍人が、
「センセェ〜・・・・」
と呟き、その場にいた人間に見向きもせず、部屋を飛び出していった。
部屋にいた者達はただその様子を唖然として見ていたが、良介は見逃さなかった。
闇が広がる廊下の奥にチカチカと点滅する光を・・・・。
そして屍人はその光に向かって走り去って行ったことを・・・・。
(あの光・・・・それにあの服の傷は間違いなく刀を突いたときに出来た傷・・・・もしかしてあの屍人・・・・)
胸元に刀傷がついたナース服を着た屍人・・・・。
良介はあの屍人が最初の夜に見た儀式で生贄にされたあの女の人ではないかと思った。
「大丈夫か?」
屍人の脅威が去り、竹内が良介の傍に寄る。
「え、ええ・・・・大丈夫です。これくらい、ヴィータの鉄槌に比べれば蚊に刺された程度です」
自力で立ち上がりながら苦笑する良介。
「君の言うヴィータが何なのかは分からないが、血の量がすごいな。すぐに手当てをしよう」
竹内が銃を懐に仕舞ながら棚をいじる。
簡単な止血をする道具を探しているらしい。
良介は依子に椅子に座らされ、知子と共に助けてもらったことに何度も礼を言い、牧野はとにかく無事でよかったと安堵している。
そんな時にふと入り口から二人の人影が現われた。
「高遠先生!春海ちゃん!」
知子が気付き声を上げる。そこにいたのは犀賀と一緒に来ると思っていた高遠と春海の姿だった。
「宮本さん、どうしたんですかそのケガ!?」
高遠も春海も頭から流血している良介に驚いている。
此処に来るまでの良介もケガをしていたが、頭からは出血していなかったのだから、驚くのも無理はない。
「あれ?犀賀さんは?」
一方、良介の方も意外そうに高遠に尋ねる。
てっきり、犀賀も高遠達と一緒にいると思っていたのに、此処に来たのは高遠と春海だけ。
良介の指摘を受け、高遠が部屋の中を見回す。
「あれ?おかしいな・・・・一緒に来ていると思ったのに・・・・」
高遠が首を傾げ、春海も不安げにしている。
「と、とにかく中へ・・・・」
牧野が二人を慌てて診察室の中に入れる。
(やはり、さっきの光は恐らく犀賀医師が・・・・まさか、自らを囮としたのか?いや、しかしあの屍人は「先生」と言っていた。それにあの屍人は服装から見て看護婦。そして犀賀医師は医者・・・・あの二人、何か関係がありそうだが・・・・)
あの屍人と犀賀との間に何か関係があると思いつつも明確な答えは出ず、時計の針が日付を変わった事を知らせても、犀賀は診察室には戻らなかった。
電気の消された診察室・・・・。
一度明かりを消してしまえば次は点かなくなるかもしれない不安はあったが、屍人に見つかるよりはマシと電気を消した。そこで、彼らは休んでいた。
傷ついた良介は、竹内が治療に使う救急キットを探し当て、高遠がソレを使い、良介の手当てを行った。
病院内に保存されていたミネラルウォーターも良介を始めとし、皆はゴクゴクと浴びる様に飲んだ。
そして、初日の夜同様、依子、春海、知子を覗いた大人の面々が交代で見張り、夜を凌ぐ。
静かな部屋の中、キィッと音を立てて扉が開く。
「トイレか?」
この時間帯の見張りをしていた竹内が、診察室を出ようとしていた良介に話かけてきた。
「犀賀さんの事が少し心配で・・・・」
「大丈夫か?そのケガで?」
「病院内を一回りしてくるだけです」
「そうか?それじゃあ之を」
そう言って竹内は手にしていた拳銃を良介に渡す。
「でも、それが無いといざって時に困るんじゃ・・・・」
「大丈夫だ。こっちにはライフルもあるしな」
竹内が見せたライフル。それは、蛭ノ塚で良介が屍人から奪ったライフルだった。
恐らく牧野から借りたのだろう。
良介はライフルがあれば大丈夫だろうと思い、竹内から拳銃を借り、病院内を捜索しに行った。
懐中電灯の明かりを頼りに院内を歩く良介。
人気のない通路にコッ、コッ、コッ、コッと良介の足音が不気味に響く。
良介がこの病院を散策する理由は、本来の依頼をこなす為であった。
リスティから受けたあのテープレコーダーを録音した人物の捜索・・・・。
あのテープの中に『犀賀の病院』と言う名称が出てきた。
そして、今自分が居るのはその犀賀医院。
もしかしたら、あのテープを録音した人物ないし、その人物の痕跡を見つけられるかと思ったのだ。
病院内を散策していると、病棟の中には、まるで牢屋の様な部屋もあった。
「・・・・どうやらこの病院・・ただの病院ではない様だな」
院内の様子からこの病院は、明治時代に建てられ、それから戦前の昭和までは精神病院として使用していた様だ。
院内を歩き回りそんな印象を良介は受けた。
(これじゃあ、あのテープを録音した奴はもう・・・・)
村がこの異界に飲まれる前に、あのテープを録音した人物は、何者かに消されている可能性があった。
例え、無事だとしても異世界化が進み、人間も次々と屍人と化しているこの村では、生存の可能性は極めて低かった。
そうなれば、あのテープを録音した人物よりもあの人物が何を伝えたかったのを調べる事にしたが、最優先事項はこの村からの脱出であった。
「ん?」
一階の通路を歩いていると、中庭が見える窓から良介はふと気になるモノを見つけた。
中庭の真ん中にこの病院の創設者であろう胸像があった。
その胸像の土台の下から僅かな明かりが見えた。
良介が胸像の所まで来ると、土台の下には地下に続く階段があった。
階段を降り、地下の通路を進んでいくと、奥の方から悲鳴の様な声が聞こえてきた。
警戒しながら近づいていくと、奥に部屋があった。
悲鳴はその部屋から聞こえてくる。
良介が部屋を覗くと、其処に居たのは・・・・
「うぎゃぁぁぁぁぁー!!」
ベッドに拘束され、腹を裁かれたあのナース服を着た屍人だった。
そして、メスを持ち、ナースの屍人を切り刻んでいる犀賀の姿があった。
「い、一体何を・・・・?」
良介が思わず、犀賀に尋ねると、犀賀は手を止め、良介の方へと視線を向ける。
「待っていたよ・・・・探偵君。『何を』って?勿論、永遠の命の解明だよ・・・・どんなに切り刻んでも自己再生をしてしまう」
犀賀はフッと笑みをこぼし、メスをその場に捨て、壁に立てかけてあるライフルに手をかける。
その行為に良介は、いつでも拳銃を撃てるように警戒する。
しかし、良介の思惑と反し、犀賀は、
「まぁ、ゆっくりしていってくれ。俺にはやる事がある・・・・」
そう言い残し、犀賀は去っていった。
「ちょっ!?この屍人はどうするんだよ!?おーい!!」
犀賀が部屋を去って行った後、良介はベッドに拘束されている屍人について、尋ねるが、既に犀賀はこの地下道から完全に出て行った様で、良介の問いに答える者は誰も居なかった。
「うぎゃぁぁぁぁぁー!!」
良介のすぐ隣には、叫び声を上げ続ける屍人。
これが普通の人間ならば、助ける所なのだが、此奴は屍人・・・・拘束具をとった瞬間、自分に襲い掛かってくるのは、目に見えている。
なので、良介は屍人をこのまま放置して、地下から出た。
最後にあの屍人が拘束具を強引に引きちぎって抜け出してきても厄介なので、胸像の位置を元に戻し、あの屍人が出て来れないようにした。
そして、診察室へと戻ったが、そこに犀賀の姿は無かった。
来る前は曇っていた空模様だったが、今は雨が降り出した。
雨が降る中、犀賀は外へ出たのだろうか?
良介は犀賀を探す為、雨を物ともせず走りだし、犀賀医院を後にした。
地理が分からないというのは全く宜しくない。
舌打ちしながら気配を追う。
その時、ぬかるんだ土に足跡があるのを見つけた。
最近つけられたであろう足跡・・・・。
良介はそれを見て目を細めた。
その頃、みちこは疲れ果てていた。
取材で訪れた村は気持ちの悪い人間ばかり・・・・。
いや、人間の姿をした化け物と言った方が正しい。
途中で拾った銃も弾薬が尽きかけていた。
ふと気付くと目の前には赤い泉・・・・。
体力の限界で疲れ果て、喉も乾いた。
まさに極限状態であったみちこにはもはや判断する力はなかった。
引かれるように泉に歩みだす。
足跡を追い掛けて来た時に良介の耳に、ぶつぶつと何かを呟く女性の声が聞こえてきた。
屍人かと物陰に隠れながらそっと声の方を見やる。
そこには屍人ではなく、一人の女性の後ろ姿があり、彼女の目の前には赤い水で一杯になった泉がある。そして彼女はそこに向かって歩いている。
「アイツ、入水自殺する気か!?」
まずいと判断した良介は物陰から迷わず飛び出していた。
赤い水があんなに一杯に満たされた泉に入水自殺なんてしたら、屍人になるのは目に見えている。
「待て!!」
「いや!!離して!!」
すぐに女性の腕を掴むが、良介の声は届いていない。
「だぁーっ!面倒くせぇ!!はぁっ!!」
「へぶっ!」
良介は女性の首に手刀を一撃入れて気絶させた。
「はぁ・・・・やれやれ」
犀賀の後を追おうとしたが、このままこの人をこの場に置いておくのも危険なので、犀賀の捜索を諦め、良介は確保した女性をお姫様抱っこして、犀賀医院へと戻った。
病院に戻った良介の姿を見た皆は大変驚いた。
突然、雨の降りしきる外へ出て行ったかと思うと、女の人を抱えて、戻って来たのだから。
「お湯と綺麗な布を!!それと何か着替えが有ればそれを!!」
良介が皆に指示を出すと、牧野がヤカンにミネラルウォーターを入れ、アルコールランプでお湯を沸かし、竹内が護衛につき、高遠が女性用職員の更衣室から替えの服を調達してきた。
そして、依子と高遠がまず泥だらけになった服を脱がし、洗面器に入ったお湯に布を浸し、女性の体を拭き、更衣室から調達してきた服に着替えさせる。
男性陣が部屋の外で、護衛兼待機している中、
「あの人、どうしたんだ?」
竹内が尋ねてきた。
「近くの泉で入水自殺を図ろうとしていたのを見つけて連れてきました」
良介は彼女を救助した経緯を話した。
そしてなぜ外へ飛び出したのかも。
「まさか、犀賀先生が・・・・」
良介の話を聞いて牧野は声を震わせる。
そこへ、
「着替え、終わったよ・・・・」
春海が女性の着替えが済んだことを伝えに来た。
診察室の中に入った良介はベッドに寝ている女性の傍に寄った。
目立った外傷も特に無く、屍人化している様子もない。
疲労が困憊しているのか、女性がこの夜、起きる事は無かった。
そして、夜が明けた。
夜の間に雨は止んだ。しかし、村全体は未だに深い霧が包み込んでいる。
異界に飲み込まれた村では太陽の光が届くことは無い様だ。
「うっ・・・・う〜ん・・・・・こ、此処は・・・・?」
やがて女性が目を覚ました。
「大丈夫か?」
「ふぇ?」
良介がその女性に声をかけた。
「あ、あの・・・・」
「ここは、村にある病院だ。残念ながらまだ羽生田村の中だが、何人かの人間も居る。安心しろ。あとこれ、喉、乾いたろう?ミネラルウォーターだ」
良介が手に持ったミネラルウォーターの入ったペットボトルを渡そうとした時、
突然、女性の目に涙が浮かんできたと思うと、
「うわああああああ!!ごわがっだ!!ざびしがった!!づらかったよーー!!」
良介に抱き付き、泣き叫んだ。
その様子から、彼女が良介に救助されるまで一人、孤独で恐怖と戦いながら村を彷徨っていた様子が窺えた。
そして、ようやく人間と会えた事からこれまでの緊張と恐怖から解き放たれた安心感から泣いたのだろう。
「も、もう大丈夫だから・・なっ?泣くな」
「ヒグッ、ウグッ、ウウウッ〜・・・・」
良介が女性を慰めていると、
「宮本さん、昨日の女の人は・・・・・」
依子が様子を見に来た。
「・・・・」
「・・・・」
依子の目の前には、女性が泣きながら良介に抱き付いている姿が・・・・。
「あ、あの・・・・これはだな・・・・その・・・・」
良介が依子に事態の説明をしようとしたら、
「宮本さん不潔です!!」
依子は一言そう言ってその場を後にした。
「ちょ、ちょっと待て!!誤解だ!!」
良介は依子の後を追おうにも女性が引っ付いて居て後を追えない。
(くそっ、また面倒な事が増えた・・・・)
と、心の中で呟く良介であった。
登場人物紹介
河辺 幸江
良介と圭一が目撃した謎の儀式で、生贄として殺害された看護師。
村が異変に巻き込まれ、屍人として復活した。
容姿 原作の
SIREN:New Translationに登場した河辺 幸江と同じ。イメージ
CV杉崎 綾子
頭脳屍人:甲
人間狩りを任務とする屍人を束ねる存在で、いくつかの屍人を統轄する屍人。
外観的には他の(完全な)屍人とは違って人間の姿をかろうじて残しているものの、頭部は個体ごとにさまざまな形態に変容しているのが特徴。
頭脳屍人が倒されると、統括されていた屍人も行動不能に陥る。
人間より知性の劣る屍人の中で、頭脳屍人は半屍人と同じく、人間だった頃の記憶をおぼろげに残している者も存在し、生前の言葉をある程度理解し使うことができる者もいる。
容姿は
SIRENに登場した頭脳屍人。
あとがき
みちこも無事に救出されました。
病院ならば、自家発電機もあるので非常食等も備蓄されていると思ったので、この犀賀医院にはミネラルウォーターもある設定にしました。
では、次回にまたお会い致しましょう。
>