七十六話 続 サイレンのナルヒ 羽生田村
リスティの依頼を受けて、地方の山奥にあると言われる羽生田村まで行く事となった良介。
地図で確認する限り、海鳴から目的の村まで行くのに時間が掛かりそうなので、良介は朝早くから海鳴のホテルをチェックアウトし、羽生田村を目指し出掛けた。
村には鉄道が通っていないため、村に最も近い最寄り駅である興宮(おきのみや)と言う駅に良介は降り立った。
そこからバスに乗って村へと向かう予定である。
駅を出た良介に声をかける人物がいた。
「宮本 良介さんですね?」
「はい。貴方がリスティの言っていた・・・・」
「元興宮署刑事の大石です」
良介の目の前に居る人物こそ、今回リスティに依頼をした先輩刑事、大石 蔵人であった。
二人は駅前のカフェへと行き、そこで良介は、大石から見た羽生田村の実態を聞く。
「あの村には独特の風習の他に隠し銀山やダム建設時、当時の建設大臣の孫誘拐についても関係があると、リスティに聞いたのですが・・・・」
「ええ、風習は兎も角、隠し銀山の存在も当時の建設大臣の孫、犬飼 寿樹君誘拐事件も連中の仕業と私はみてみます。犬飼 寿樹君誘拐事件の時は警視庁の公安部の刑事さんと共に捜査を行いました。そしておやっさんの事件も私は定年まで追い続けました・・・・」
「おやっさん?」
「ダムの現場監督です」
「・・・・」
良介は大石がダムの現場監督とは麻雀仲間だとリスティから聞いており、神妙な気持ちとなった。
「結局、私はおやっさんを殺したホシをあげられなかった・・・・それどころか真相は全て闇へと葬られた・・・・刑事としてこれほど悔しい思いはありません。宮本さんどうかこの事件の謎を解いてください」
大石は良介に頭を下げ、頼んだ。
そして良介は「全力を尽くします」と大石に言った。
その後、良介は大石から直接村の現状等を尋ねた。
「では、村では今でもその銃やライフルが・・・・」
「ええ、今でも村の何処かに溢れている筈です。しかもちゃんと使える様に整備されて・・・・」
大石の話では、第二次世界大戦中、羽生田村には、旧日本陸軍の演習場や化学部隊等の軍関連施設があり、戦争中、村には大量のライフルを始めとする銃火器が溢れていた。
戦後、
GHQの命令で日本軍の武装解除が行われたのだが、その村に置かれた銃器は回収されたのかが不明であり、記録も一切残されていない。故に大石は今でも大量の銃器が村には残されていると推測している。
更に戦後の食糧難においては、人肉の缶詰を売り、莫大な財源を確保したともこの興宮の人から聞いたと言う。
隠し銀山を始めとする財力、大量に残された旧日本軍の武器・・・・。
それらを備えた村・・・・。
いかにも都市伝説っぽい話だが、もしそれが事実ならば、とんでもない事である。
「村に入った際は、十分用心してください。殺されたとしても、村では貴方の存在さえも、無かったことにされてしまうのですから・・・・」
「ええ、分かりました。ご忠告感謝します」
大石の忠告を聞き、良介はカフェを出た。
興宮駅のバスロータリーで、良介は羽生田村へ行くためのバス停へと向かうと、バス停の時刻表の部分に、『羽生田村周辺で原因不明の霧が発生しているため、バスの運行は暫くの間、休止します』と書かれている紙が貼ってあった。
「おいおいマジかよ」
張り紙を見ながら、良介は顔を歪ませる。
やむを得ず、良介は村の近くまでタクシーを使う事にした。
「お客さん何処まで?」
「羽生田村まで」
タクシーに乗ると、運転手に行先を言う。
良介から行先を聞いたタクシーの運転手は驚いたように言った。
「ええぇー!?アンちゃんあの村に行くんですか!?」
「ええ、仕事で・・・・運転手さんはあの村の事をご存じで?」
「・・まぁ、仕事柄ね。だけど、あの村の連中は何か薄気味悪い奴らばかりだよ。ここいらのタクシー仲間もたまに駅から村まで村人を乗せた事が有る奴がいるんだけど、村に入ると、村人達が、ジッとこっちを見てくるのさ。それも無言、無表情で・・・・。俺も何度か経験があるのだけど、気味悪い連中だったよ。あの村の連中はさ・・・・」
「閉鎖的な村だって聞きましたけど」
「いくら、閉鎖的っていってもありゃ、行き過ぎだな。アンちゃんもあの村に行くなら気をつけな」
タクシーの運転手も大石と似た事を言う。
それからタクシーは山道を通っていくが、段々と霧が深くなっていった。
そして、村に通ずる山道の途中にバリケードが設けられていた。
看板には、『濃霧のため、此処から先は通行禁止』と書かれていた。
「アンちゃん、すまねぇ。こっから先は通行止めの様だけど、どうする?」
運転手が運転席から顔を向けて良介に尋ねる。
「では、ここから先は、歩いて向かいます」
「マジかよ!?アンちゃん?」
「ええ、どうもありがとうございました」
「仕事って言っていたけど、それ急ぎなのかい?せめて霧が晴れてからでもいいんじゃないかい?」
「ありがとうございます。しかし、急ぎの要件なので・・・・」
あの手紙とテープの主は今も村の病院の何処かに監禁されているかもしれないと思うと、一分一秒でも早く助けなければならない。
良介は運転手に此処までの乗車料金を払い、タクシーを降りる。
「気をつけてな!!アンちゃん!!」
タクシーは再び駅に向かって走り去っていった。
良介は白い闇の中、懐中電灯の明かりを頼りに依頼された村・・・・。
羽生田村を目指した。
しかし、良介がタクシーを降りた山道から目的地である羽生田村までは、かなりの距離があり、しかも霧の影響で道に迷ってしまった。
更に日も落ち、辺りは真っ暗闇となってしまった。
それでも良介は懐中電灯の明かりを頼りに歩みを止めなかった。
やがて山の中を歩いていくと、前方に人影が見えた。
良介が目を凝らして見てみると、その人影は高校生位の青年で、彼は一本の木にマウンテンバイクを立て掛け、そのマウンテンバイクを修理している様だった。
「くそっ、よりにもよってこんな所でパンクするなんて・・・・」
青年は懐中電灯の明かりを頼りマウンテンバイクを修理している。
どうやら乗っていたマウンテンバイクがパンクしてしまった様だ。
「大丈夫か?」
「うわぁっ!!」
良介が声をかけると、青年は体をビクッと震わせた。
そりゃあ、人気の全くないこんな山中で・・・・しかも夜間のこの状況でいきなり背後から声をかけられれば、驚くのも無理はない。
青年に事情を聞くと、どうやらこの青年、前原 圭一も良介同様、羽生田村へ向かっている途中だと言う。
そこで、良介は圭一と共に村へ向かう事にした。
圭一のマウンテンバイクは、修理に必要なチューブがないため、この場に放棄する事となった。
それから暫く、二人で山道を歩いても、一向に目的地の村が見えてこない。
「もしかして、コレ遭難したんじゃねぇ?」と、思っていると、木々の向こうに篝火の様な明かりが見えた。
二人がその篝火に向かって歩いていくと、人の声・・・・詠(うた)が聞こえてきた。
「何だ?アレ?」
圭一が意味深しに呟く。
良介は圭一に静かにするよう手で合図し、声のする方まで足を進める。
山道を抜ける付近で足を止めて木の影にしゃがみこむ。
そして目の前に広がる奇妙な光景をジッと睨むように見た。
圭一も良介に習って身を屈め、良介の視線の先を追った。
二人の視線の先には、何やら気味の悪い人達がいた。
林の中に小さな神棚のようなものを設け、その近くには黒い防空頭巾の様な物を被り、服も上から下まで、真っ黒な服を着ている人たちが、手に持った石を打ち鳴らしながら、歌を歌っている。
その中には神父の様な男もいた。
敬い〜申し上げる〜
天におわす〜御主〜
光り〜輝く〜御姿で〜
現れ〜給う〜
「な、何をやっているんでしょう?」
圭一が恐る恐る良介に声をかけた。
「何かの宗教行事の一種だろう・・・・そう言えば、羽生田村は独自の宗教文化が有った筈・・・・もしかして、これがそうなのか?」
良介は以前、リスティから見せてもらった羽生田村の資料の項目を思い出した。
とすれば、今目の前で行われている光景はこの土地独特の宗教行事なのだろう。
「それにしても圭一・・・・」
「なんです?良介さん」
「この村の連中は天に本カルビが有ると信じて、崇拝する神は腹がメタボな奴なんだろうか?」
「は?」
圭一は良介が何を言っているのか理解できなかった。
「ほら、連中、歌っていたじゃないか『天におわす本カルビ』『腹はメタボる〜』って」
「いや、そこは、『天におわす御主』『現れ給う』だと思うんですけど・・・・」
「・・・・
//////」圭一に指摘され、羞恥に頬を染める良介。
「ま、まぁ・・俺もそんな感じには聞こえましたので、気に病む必要はありませんよ」
圭一は、良介にフォローをいれるが、羞恥を紛らわすかのように良介は再び目の前で行われている怪しげな儀式の方へと視線を向けた。
すると、
「やめて!!いやぁぁ!!」
頭部に布袋をかぶせられ、両手を男達に固められたナース服の女性が引きずりだされると、神棚の近くに居た一人の人物が、神棚に奉納されていた御神剣を手にすると、女性の心臓を一突きにした。
「「なっ!?」」
白いナース服はたちまち彼女の血で赤く染まっていった。
良介と圭一は突然の事で動けなかった。
まさか、本当に刀で突き刺すとは思っていなかったからである。
すると、今度は、黒いワンピースを着た少女が刀を持つ人物の目の前に引きずり出された。
二人は、今度は彼女が殺される番だと思い、その場から飛び出した。
圭一は何も持たずに飛び出したが、良介は刀を持った相手が居ると言う事で、足元に落ちていた太い木の枝を持って飛び出した。
「おい、何やってんだよ!!やめろ!!」
圭一は少女の手を固めている人を突き飛ばし、良介は刀を持った相手に殴りかかった。
どちらも、突然の乱入者に対処できず、少女を拘束していた人物はその場に尻餅をつき、刀を持っていた方は良介に殴られ、刀を手放し、地面に倒れた。
他の人達は突然の乱入者に慌てふためくばかり。
その隙に、少女はその場から逃げ出し、良介は枝を捨て、落ちていた刀と鞘を拾い、圭一と共にその場から逃げた。
「何なんですか!?アレ!?マジで人を殺すなんて!!」
「分からんが、あそこにいた連中は、まともな人間じゃない事は確かだ!!」
走っている中、良介の脳裏に大石の忠告が蘇る。
(「殺されたとしても、村では貴方の存在さえも、無かったことにされてしまうのですから」)
(確かに人を簡単に殺す連中だ。そんな連中が大勢この村に居るとすれば、余所者を殺しても村ぐるみで隠ぺいしてもおかしくはないな・・ダムの現場監督殺害もやはり・・・・)
ダムの現場監督殺害の犯人、当時の建設大臣の孫誘拐事件の犯人はこの村の人間だと思う良介だった。
山中を二人で滅茶苦茶に逃げていると、二人の前方にポツンと赤い灯りが見えた。
それは篝火ではなく、よく交番や駐在所の出入り口にある電灯だった。
「あの灯り・・きっと交番ですよ!!」
「丁度いい!!あそこに行って警官を呼ぼう!!」
二人はそのままの足で交番へと駆け込んだ。
「すみません!!さっきそこで、女の人が殺されたんですけど!!」
圭一が声をあげて交番の中に入るが、交番の中には誰も居なかった。
外の赤い電灯は着いていたのだが、交番の中は真っ暗だった。
「誰か、誰かいませんか!?」
圭一が声をあげるが、奥の居住スペースからも誰かが、出てくる様子はなかった。
連絡を取ろうにも山間部の為かここでは携帯は圏外。
そこで良介は机の上にある電話を手にし、外部と連絡を取ろうと受話器を耳にあてるが、通話音がしない。
当然交番の電気も外の外灯以外は点かなかった。
「くそっ、電話は使えねぇし、電気は点かない・・どうなっているんだ?この交番は!?」
電話も電気も使えない事に思わず毒づく良介。
「もしかして、廃棄されていて、新しい交番は別の場所にあるんじゃ・・・・」
「でも、外の電気はちゃんと点いているみたいだが・・・・」
暫く待っても警官が帰ってくる様子が無かったので、仕方なく交番を出た直後、パトカーが物凄いスピードで交番前にドリフトしながら停まった。
「あぶねぇ!!」
「乗っている奴は酔っぱらっているのか?」
二人が唖然としていると、パトカーの運転席から一人の警官が出てきた。
警官はどうやら無傷の様だ・・・・。
そして足取りから酔っぱらっている様子もない。
この警官は毎日こんな無茶な運転をしているのかと思う二人だった。
すると、警官は交番前で唖然としている二人をまるで麻薬をやっているかのような濁った眼で見て、おもむろに肩に装備されている無線マイクに向かって喋った。
普通の警官ならば、信じられない様な言葉を・・・・。
「了解、射殺します」
「「えっ!?」」
二人は、何かの間違いかと思っていると、
警官は腰のホルスターに入っている拳銃をおもむろに取り出し、良介と圭一にその銃口を向けてきた。
「お、おい!!」
良介が警官に声をかけると、
警官はいきなり引き金を引き、銃を発砲してきた。
幸い弾は二人にあたらず、交番の出入り口にある赤い電灯にあたり、パリンと言う音を立てて、電灯は割れた。
しかし、この行為で、この警官が本気で自分達を殺そうとしているのだとわかり、二人は慌ててこの場から逃げ出した。
警官から逃げている最中、良介の脳裏に、
この村の警官は村の出身者であり、信用ならない。
リスティの忠告が過ぎった。
「まったく、何なんですか!?此処は!?人を平気で殺す連中ばかりで!!警官ですら殺しに来るなんて!!って言うか良介さんの刀が原因なんじゃないんですか!?」
「例え、この刀が原因だとしても、普通は最初に『刀を捨てろ!!』って警告するもんじゃねぇのか!?なのにアイツはいきなり、人に銃を向けてぶっ放してきたぞ!!それにこの村じゃ、村人全員がグルになって殺人を隠す事もあるらしいぞ!!」
「そう言えば、都市伝説で人を生贄にする儀式が有るって・・・・」
「どうやらそれは都市伝説じゃなかった様だな」
「出来れば都市伝説であってほしかったっスよ」
山の中を再び滅茶苦茶に逃げていると、二人は土手の修繕作業をしている工事現場へと辿り着いた。
当然、今は夜間の為、作業員はいない。
工事現場にはプレハブ小屋と一台の軽トラが停まっていた。
プレハブ小屋の中ではいずれ追いついて来た警官に見つかってしまう。
そこで、軽トラで一度この村から脱出しようと良介が刀の柄の部分で運転席の窓ガラスを割り、車の中のロックを解除し、圭一に乗るように言う。
「圭一、乗れ!!」
「あっ、はい」
しかし、運転席にはキーがささっていない。
「くそっ、どこかにキーかスペアキーが有るとは思うんだが・・・・」
良介は辺りを探すがキーもスペアキーも見当たらない。
圭一も良介同様キーを車内で探す中で、ダッシュボードを開くとそこにこの軽トラのスペアキーがあり、圭一が良介にキーを渡し、良介がキーを際込み口に入れたその瞬間、
バキっ
良介たちの後を追いかけてきた警官が二人に追いつき、再び発砲。
警官が発砲した弾丸は軽トラのフロントガラスに命中し、弾がめり込んだ。
良介は慌てて、キーを差し込み、エンジンを始動させ、軽トラを発進させると、ドンと言う音と衝撃が軽トラにあった。
「やべっ!!」
「良介さん・・今の・・もしかして・・・・」
圭一が顔色を悪くして良介に尋ねる。
軽トラを一度、止めて後ろを振り向くと、先程の警官が地面に倒れていた。
二人は車から降り、警官に駆け寄ると、警官はピクリとも動かない。
「やべぇな・・・・」
「ど、どうします!?」
「どうしますって言われても・・・・」
「と、とりあえず、救急車を・・・・」
救急車または人を呼んで来ようとした時、
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・
辺りが大きく揺れた。
「な、なんだ!?地震か!?」
突如大きな湯が起きたので、地震かと思った良介であったが、揺れが収まると、どこからともなく、
ウウウウウウウウウウウウウウ〜
ウウウウウウウウウウウウウウ〜
ウウウウウウウウウウウウウウ〜
ウウウウウウウウウウウウウウ〜
ウウウウウウウウウウウウウウ〜
サイレンの様な音が鳴り響いた。
「な、なんですか!?この音?サイレン?」
圭一は突如、鳴り響いた謎のサイレン音に驚き辺りをキョロキョロみるが、
良介にはこのサイレン音を聞き、顔を強張らせる。
(まさか、このサイレン・・・・)
何故、良介がこのサイレンの音を聞き、顔を強張らせたのかと言うと、良介にとってこのサイレンの音には聞き覚えがあったからだ。
今も鳴り続けているこのサイレン音は忘れたくても忘れられない、不快極まる音だった。
(このサイレン音、まさかあの時の人魚が・・・・?いや、そんな筈はない。アイツは確かに消滅した。それに此処は山奥の村だ。海から遠く離れている・・・・アイツの筈がない・・・・)
良介は心の中で以前、依頼を受けたあの島で対峙した化物(人魚)の復活、生存を必死に否定した。
二人がサイレンの音に気を取られていると、さっきまで地面に倒れていた警官がムクリと起き上がり、再び銃口を向けてきた。
「っ!?圭一!!」
パン
そして発砲して来るが、良介の刀によって弾かれる。
「行くぞ、圭一!!」
「行くってどこへ!?」
良介は圭一の手を掴むと、崖下へと飛び降りた。
「うわぁぁぁぁぁー!!」
夜の村の工事現場に圭一の悲鳴が響いた。
「うへ、へへへへへへへへ・・・・」
崖へと飛び降りた二人の様子を警官は薄気味悪い笑みと声をあげて見ていた・・・・。
それからどれだけの時間が過ぎただろうか?
チョロチョロと流れる水音で圭一は目を覚ました。
意識が戻ってくると同時に、体中に激しい痛みが襲う。
「いっ!?」
しかし、その痛みが逆に意識をドンドン覚醒させていった。
身体を彼方此方打ち付けたが、幸い骨折などの大怪我は無い様だ。
「りょ、良介さん?大丈夫ですか?」
圭一が辺りを見回し、此処まで同行していた良介の無事を確認したのだが、自分の傍に良介の姿は無かった。
圭一は懐中電灯を点けて辺りを探すが、やはり周囲に良介の姿は無い。
恐らく崖を飛び下りている最中、違う場所へと落ちたのだろう。
そして、圭一の目に飛び込んできたのは真っ赤に染まった水が流れる小川だった。
「な、なんだよ、コレ・・・・」
圭一は目の前の現実離れした現実に、驚愕していると、一瞬だが、圭一の視界ではない光景が視えた。
「うっ・・・・」
圭一が頭を抑えていると、
「今、私と共感したでしょう・・・・?」
赤い修道服を着た修道女が圭一の背後から近づいて来た。
「貴方、幻視が出来るの?」
「あ、あの・・・・お、俺・・・・」
余りの出来事に呂律が上手く回らない。
「落ち着いて・・・・と言ってもこの状況じゃ、無理よね。とにかくここを離れましょう。ついて来て」
修道女はスタスタと歩いて行ったので、圭一もその修道女の後について行った。
その間、先程感じた他人の視界の様な光景・・・・幻視と言う能力を聞き、村の住宅街の近くに行くと、修道女以外の視界もジャック出来た。
村人かと思ったが、彼女曰く彼らは確かに村人であるのだが、彼らはもう、人間ではなく、『屍人(しびと)』と呼ばれる人外の存在になってしまったのだと言う。
屍人は、今村の彼方此方で流れている赤い水を人が体内に吸収し、その状態で死ぬか吸収量が一定を越えるかすると屍人化するのだと言う。
屍人化した人間は、いかなる傷を負っても治癒し、再生するため不死身の存在となり、その目には幻想的な風景が見えるようになる。
そのため普通の人を見ると、自分たちと同じような素晴らしい世界に招き入れる為に、赤い水を飲ませようとして襲いかかって来るが、映画やゲームに登場するゾンビなどのように人間を襲って食べる訳でない。
ただし屍人からは、人間の方が化物に見えるようである。
彼らの姿は本来の肌の色から、段々と青白くなっていき、目や鼻、口からは血が流れ出る。
これは、赤い水と入れ替わりに自分の血を出している彼らの生理現象である。
生前(人間だった頃)の記憶をかすかに残しているため、ある程度人間らしい感情が残っており、屍人化が進むごとに人間的知性は低下してゆき、ボソボソとなにかを呟きながら徘徊したり、同じことを繰り返したりするようになる。
基本的に、屍人化が始まってしまうとそれを防ぐ方法は無く、完全に屍人化した人を元に戻すのも不可能だと言う。
圭一は突如、身に着けた異能の力、幻視を使い、この謎の赤い修道女、八尾 比沙子と共に、彼女の住まいでもある教会へと向かった。
圭一が、八尾と共に教会へ向かっている最中、この異界に飲まれてしまった村に良介と圭一以外の人物たちが居た。
羽生田村 大字波羅宿
「せんせぇ〜どうなっちゃったんですか?此処どこなんですか?何かもう滅茶苦茶ですよぉ〜訳わかんな過ぎ〜!!」
夜の村の街道に女性の声がする。
そして、その後すぐに、
「車に居ろと言ったはずだ」
やや怒気を含む男の声もした。
「そんな事より、何が起きているんですか?何なんですかこれ?」
「だから着いてくるなと言ったんだ」
「せんせぇ〜それよりも村の人を探しましょうよぉ〜」
「少し黙っていてくれないか?」
この会話があまり噛み合っていない男女・・・・。
しかも男性の方は口調から少しイラついている様にも見える。
男性の方は、名を竹内 多聞と言い、城聖大学に勤務する民俗学講師である。
本来、彼の専門は民俗学だが、考古学から宗教学、果ては神話やオカルトの類にまで興味を示し、その前衛的過ぎる理論から、学会では異端児扱いされている講師だ。
女性の方は、名前を、安野 依子と言い、竹内が講師を務めている城聖大学に通う四年生の大学生だ。
講師である竹内 多聞を慕っており、今回、竹内が羽生田村に伝わる民俗学の調査に半ば強引に同行して今回の異変に巻き込まれた。
しかし、彼女自身、現時点では異変に巻き込まれたと言う認識はまだなく変わった村だと言う認識を持っていた。
「良いか、今度こそ、私の言う事を聞くんだぞ」
そう言って竹内は鞄から黒光りする鉄の塊を取り出した。
「先生・・それって本物?」
依子が恐る恐る竹内に聞く。
竹内が鞄から取り出して、今手に握られているのは、日本の日常生活においてあまり目にしない物・・・・。
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口径のリボルバー拳銃だったのだ。「よし、来い」
「は、はい」
竹内は拳銃と懐中電灯を手に夜の村へと入って行った。
やがて、橋の近くまで来ると、竹内は目を閉じた。
すると、今自分達が居る橋の反対側にある廃屋の屋根の上にライフルを持っている屍人の視界が映った。
何故、自分が幻視と言う異能な力が使えるのか、理由は分からないが、村が異界に飲み込まれた時から使える様になったので、今はこの異能の力が役立つ力だと思い、使用したのだ。
そして竹内はこのままこの橋を渡るのは危険だと判断し、橋の右側に広がる林の中を通る事にした。
竹内と依子が林の中を進んでいくと、林の中にある小川の浅瀬に倒れている人の姿があった。
「先生・・あれ・・・・」
「ん?」
「その人・・死んでいるの?それに刀、持っている・・・・」
「わからない。・・・・おい、大丈夫か?」
竹内は倒れている人物に駆け寄ると、声をかける。
しかし、刀を持っていると言う事で一応警戒はしている。
「うっ・・・・」
やがて、その人物が小さな呻き声をあげながら、目を開ける。
「こ、此処は?」
「大丈夫か?此処は、羽生田村の大字波羅宿と言う場所だ。君はどうして此処にいる?君は村の住人か?」
「いや、俺は海鳴から来た探偵だ。名は宮本 良介」
「探偵?探偵がどうしてこの村に?」
「ある人から依頼を受けてね・・・・依頼主と依頼内容は守秘義務で明かせないが・・・・」
「そうか」
「あんたらは?」
「私は城聖大学に勤務する講師の竹内だ。こっちは生徒の安野」
「ど、どうも・・・・」
互いに自己紹介をした時、良介は、先程まで一緒に居た同行者の存在が居ないのに気付いた。
「あれ?すみません。この辺で男子高校生くらいの少年を見かけませんでしたか?」
「いや、此処に倒れていたのは君だけだが・・・・一体何があったんだ?」
良介は、この村に来て、人を生贄にする儀式と警官に襲われた事を話した。
「人を・・生贄に・・・・」
依子は恐ろしげに呟く。
「そうか・・・・この村ではまだその様な事を・・・・だが、この異変は・・・・・」
竹内は何かを思い出しながらブツブツと呟いているが、
「ともかく、この場を離れて休める場所を探そう。君も、そんな格好では風邪をひいてしまうぞ」
川を流されてきたのか、良介の服は濡れていた。
三人は、その後、林の中を通り、一件の廃屋を見つけ、今夜はそこで夜を明かす事にした。
廃屋とは言え、押し入れの中には、まだ使えそうな毛布や布団があり、良介は濡れた服をその辺に干し、毛布を羽織る。
「全員が寝て、寝ている間に殺られて三人仲良くアイツらの仲間入りは御免だ。かわるがわるで見張りをしよう」
良介がそう提案すると、
「そうだな。では最初に私が見張りに立とう」
竹内が良介の意見に賛同し、まず自分が見張りに立つと言う。
「いや、最初は俺でもいいぞ。俺はさっきまで気絶していたから寝なくても大丈夫だ」
「君の服はまだ乾いていない。今の内にゆっくり体を休めておくといい」
「そうか、それじゃあそうさせてもらう」
良介はそう言って目を閉じた。
「あの〜私は?」
依子が手をあげながら竹内に尋ねる。
「安野、君は見張りに立たなくても良い。君の場合は見張りに立っても居眠りをしそうだからな」
「う、嬉しいやら悲しいやら・・・・」
依子は微妙な顔をして、毛布を被り横になった。
異界に飲み込まれた村での一夜はこうして過ぎて行った・・・・。
登場人物設定
大石 蔵人
かつてリスティの教育係を勤めた事のある刑事。
現在は定年を迎え、興宮で暮らしている。
麻雀仲間であったダムの現場監督が羽生田村でバラバラになって殺された事件を追っていた。
容姿 名前の通り、竜騎士
07先生の作品「ひぐらしの鳴く頃に」の登場人物、大石 蔵人と同じ。イメージ
CV 茶風林
前原 圭一
オカルト好きで好奇心旺盛なごく普通の高校二年生。
原作の
SIRENの登場人物である須田恭也に位置する人物。パソコン上のハンドルネームは
MBK。羽生田村で起こった“一人の村民による全住民の大虐殺”“人間を生贄にする儀式”という衝撃的な事件の噂に惹かれ、羽生田村を訪れる。
羽生田村付近の山中でマウンテンバイクがパンクして彷徨っていたところ、良介と出会い、村で行われていた怪しげな儀式を偶然目撃、異変に巻き込まれた。
容姿 名前の通り、竜騎士
07先生の作品「ひぐらしの鳴く頃に」の登場人物、前原 圭一イメージ
CV 保志 総一郎
石田 徹雄
羽生田村の駐在所に駐在している羽生田村出身の巡査。
村の異変の際、感応しやすい性質であった為、村が異界に取り込まれる前から赤い水の影響を受けて半屍人化していた。
偶然道端で出会った良介と圭一に警告なしで突然銃弾を浴びせた。
良介が咄嗟に発進させたトラックに撥ねられるが、すぐにサイレンの影響で息を吹き返した。
容姿 原作の
SIRENに登場した石田 徹雄と同じ。イメージ
CV江戸 清仁
竹内 多聞
城聖大学の講師。
大学で民俗学を教えているが、彼の学説は前衛的すぎるため学会では異端児扱いされている。
教え子の安野 依子と共に羽生蛇村の儀式について調べている所を異界に巻き込まれる。
万一の時にと拳銃を所持しているが、入手ルートは一切不明。
元々は羽生蛇村の出身であり、幼少時代に起きた土砂災害の唯一の生還者。
幼くして両親と生き別れるという悲しい境遇を持つ。
容姿 原作の
SIRENに登場した竹内 多聞と同じイメージ
CV 舘 正貴
安野 依子
城聖大学の四年生。
同大学の講師である竹内 多聞を慕っており、半ば強引に竹内の調査に同行して異変に巻き込まれた。
容姿 原作の
SIRENに登場した安野 依子と同じイメージ
CV水野 雅美
あとがき
原作である
SIRENで何故村にあんなに沢山の銃器が溢れていたのか、謎だったので、旧日本軍の武器と言う設定を加えました。SIREN2
から敵の武器を奪えるようになりましたが、SIRENでは奪えなかった・・・・普通は敵を倒したら武器を奪うと考えるのに・・・・。では、次回にまたお会いしましょう。