四十五話 オボンノヒ 帰ってきたお母さん

 

 

お盆・・・・それは、先祖や亡くなった人たちの霊を祀る行事、またはその期間。

ハロウィン・・・・それは、死者の霊が家族を訪ねたり、精霊や魔女が出てくると信じられている日。

そんな、地球で死者が帰ってくると信じられた日や風習はここ異世界のミッドチルダにも存在していた。

これはそんな期間中に起こった奇跡のような話・・・・。

 

 

やかましい程、自己主張をしているセミの鳴き声が響くミッドチルダの真夏のとある日、ナカジマ家とミヤを除く宮本家の皆の姿は町外れの公共墓地にあった。

ミヤは闇の書の一部ということで、はやて達とともに闇の書で犠牲となった大勢の人々の御霊を慰めるために八神家の人たちと各世界を慰問している。

 

ナカジマ家族+良介+アリサは公共墓地の一画にある「ナカジマ家之墓」と墓石に彫られた墓をバケツと柄杓、ブラシを使って掃除をしていた。

掃除が終わり、線香と花、お供え物を添え、皆は墓石の前で手を合わせる。

その中でも特にチンクは真剣に手を合わせると同時に心の中で謝罪していた。

墓に眠る人物の名はクイント・ナカジマ・・・・。

かつて、首都防衛隊の一つゼスト隊に所属していた管理局局員で、ゲンヤの女房であり、ギンガとスバルにとっては母親に当る人物。

そして良介にとっては昔、色々と世話になった人物で、桃子同様、母親にもっとも近い女性だった。

最もギンガと結婚した今では故人とはいえ、義母と義息子いう関係であるが・・・・。

そして、チンクにとっては厚生施設でギンガにお世話になった時以上に複雑な気持ちと同時に申し訳ない気持ちで一杯だった。

当時、クイントが所属していたゼスト隊が全滅したときに、稼動し、彼らを返り討ちにしたのは現在、刑務所に収監されているトーレや自分達前期生産組みのナンバーズ一同。

チンクは養女とはいえ、自身の姉と妹から母親を奪い、姪の桜花から祖母を奪い、そしてナカジマ家の養女となった今では自らの手で母親を殺したというなんとも皮肉で残酷な結果となっている。

「・・・・気にしているのか?チンク?」

ゲンヤがチンクの様子が気になり、背後ろからチンクに話しかける。

「・・・・結果はどうあれ、私が父様の奥さんを・・・・自分の母様を殺したことには変わりませんから・・・・」

チンクは俯きながら答える。

そんなチンクにゲンヤはチンクの頭に手を置き、ニッと笑いチンクに語る。

「クイントはとても心が広く、やさしい女だ。お前が心から謝罪をしているのなら、あいつはきっとお前のことを許すさ」

「父様・・・・」

ゲンヤがチンクを慰めた後、ギンガが桜花を抱きながら、墓前でクイントに紹介する。

「母さん、この子が私と良介さんの娘で、母さんの孫にあたる子ですよ・・・・名前は桜花と言います・・・・母さんにそっくりの可愛い子ですよ・・・・」

その姿をゲンヤと良介は後から見ていた。

 

 

私はおまえを愛するからこそ、夜、

こんなに狂おしくおまえのところに来て、ささやくのだ。

おまえが私を決して忘れることのできないように、

私はおまえの魂を持って来てしまった。

 

 

今はもうおまえの魂は私のもとにあり、すっかり

私のものになっている、よきにつけ、悪しきにつけ。

私の狂おしい燃える愛から

どんな天使もおまえを救うことはできない。

 

「私はお前を愛するから」 ヘルマン・ヘッセ より

 

 

 

その日の夜。

この日の夜も良介はギンガを熱くそして激しく抱いた。

どのくらい激しいのかというと、

それはもう、普段のギンガならば決して口に出さぬようなあられもない台詞をはき、普段のギンガからは考えられないような淫らな姿になるほどだった・・・・。

何故、良介が連続的にギンガを抱いたのかというと、先日は主導権をギンガに握られたので今夜はそのリベンジを行なったのだ。

今回はナカジマシスターズの覗きは無く、ギンガとの行為を終えた後、二人は疲れ果ててそのまま眠った。

そして深夜、皆が寝静まったナカジマ家の中を・・・・。

良介たちの寝室に小さな風が吹き渡った・・・・。

そして・・・・。

「・・・・く・・ん・・・・りょ・・・・す・・・・く・・・・・ん・・・・良介・・・・君・・・良介君」

「・・・・ん?・・・・んぅん?」

自分の名前を呼ぶ声に良介は目を覚ました。

「ん?・・な、なんだ?」

良介は寝ていた姿勢から上半身を起こし、辺りを見回す。

てっきり、ギンガが呼んでいるのかと思ったが、ギンガは良介の隣で静かに寝息を立てており、寝言も言っていない。

眠るギンガの寝顔はとても満足そうな表情をしている。

「こっちよ、良介君」

「ん?」

声がした方を見ると、そこには半透明姿のクイントが居た。

「もしかしてクイントか?」

「こら、ちゃんとお母さんと呼びなさい」

相変わらず自分の呼び名にこだわっているクイント。

「・・・・ここはあの世じゃねぇし・・・・夢か?」

あの世でもないのに死んだはずのクイントが目の前に居るわけがないので、これを夢だと結論づけた良介は何時ぞやの病院の時のギンガと同じようにクイントを無視してベッドに横たわり、再び眠ろうとする。

「ちょ、ちょっと待ちなさい!」

再び寝ようとした良介をクイントは慌てて引き留める。

「なんだよ?夢の中でもお前は相変わらずしつこいな・・・・」

「夢じゃないわよ」

「はぁ?」

「だから、これは夢じゃないの。現実よ!げ・ん・じ・つ!!」

「何言ってんだよ?死んだはずのお前がここにいるわけないじゃないか。ここはあの世じゃねぇし、これは俺の夢だよ。ゆ・め!!」

あくまでクイントが目の前にいるのは自分が見ている夢だと言い切る良介。

「忘れたの?今日はお盆じゃない。お盆には死んだ人が帰ってくるのよ」

クイントの言葉を聞き、若干顔を青くする良介。

「・・・・そ、それじゃあ・・・・お前・・まさか・・・・」

「ええ、お察しの通り、幽霊よ」

そう言うとクイントはフワリと音も無く良介の近くに浮いてくるクイント。

「うわっ、足がねぇー!」

クイントの全体の姿を見た良介が驚きの声をあげる。良介の言うとおり、クイントの両足は膝から下が無かった。

「幽霊なんだから当たり前でしょう」

クイントはさも当然のように言う。

良介が声をあげたにもかかわらず、ギンガは良介との行為に相当疲れたのか、起きる気配はなかった。

「それにしても・・・・」

「 ? 」

クイントは全裸姿で幸せそうに眠るギンガと同じく自分の姿をみてビックリしている裸姿の良介を見て、

「若いっていいわねぇ〜良介君もギンガもお盛んだこと」

茶化すように言うクイントの顔は完全にニヤけている。

「なっ!?」

クイントに言われ、良介は顔を赤く染める。例えるなら、エロ本を母親に発見された上に丁寧に机の上に置かれたような恥ずかしい気持ちになった。

 

 

「そ、それで、なんで俺の前に化けて出たんだよ?出るならとっつぁんのところに出ろよ。あんたら夫婦なんだろう?」

良介は頬を赤らめたまま、隣で眠っているギンガと自分の体をタオルケットで隠しクイントに用件を聞く。

「実はお願いがあって・・・・・」

「お願い?」

「ええ、お盆の期間中でいいから、良介君の体を貸して欲しいの」

「はぁっ!?」

クイントの頼みは突拍子もないものだった。

いきなり「体を貸してくれ」と言われ、「はい、どうぞ」と言えるほど簡単な頼みじゃない。

「な、なんでだよ?」

「だってぇ〜・・・・」

「だって?」

「・・・・私だって自分の孫をこの手で抱き上げてみたいんだもの〜それにギンガやスバルを鍛えなおしたいし・・・・」

子供がおねだりするような感じで体を貸して欲しい理由を話すクイント。

「あのなぁ〜」

クイントの理由を聞き、少し呆れた様子の良介。

「お願い。お母さんの一生のお願い聞いて」

両手を組み、潤んだ瞳で良介に頼み込むクイント。

「一生って、お前死んでんじゃん。第一なんで、憑りつく相手が俺なんだよ?」

「だって良介君は起こせるでしょ。奇跡」

「また法術を使うのかよ!?」

「どうしてもダメぇ〜?」

幽霊なのに涙目で頼み込むクイント。

「うっ・・・・」

その姿に良心が揺らぐ良介。

そして・・・・。

「あ〜もう!分かったよ。貸せばいいだろう!?貸せば!!」

クイントに体を貸すことを承知した。

お盆の期間中とはいえ、クイントと会えるのだ。

恐らくギンガとスバル、ゲンヤのとっつぁんは最初ビックリするだろうが、その後はきっと喜ぶと思ったからだ。

「ありがとう!!物分りのいい息子を持ってお母さんは幸せだわ〜」

「ただし、条件がある!!」

クイントに指をビシッと突きつけ、体を貸す代わりに条件を提示する良介。

「ん?何かしら?」

「一つは体を貸す期間はお盆の間だ。貸してそのまま乗っ取られるのはゴメンだからな!」

クイントのことを信用はしているが、それでも万が一そのまま自分の体をクイントに乗っ取られるかもしれないので、体を貸す期間を設けた。

「いいわよ。どうせお盆の期間中しか現世にとどまれないから」

「それともう一つ」

「何かしら?」

「お前、幽霊の状態でも魔力はあるか?」

「ええ、あるわよ。それがどうしたの?」

アリシア同様、どうやら幽霊状態でも魔導士は魔力があるようだ。

「俺の法術とお前の魔力を同調させるようにしろ」

「どうして?」

「そうすれば姿形もお前になれる・・・・さすがに俺の姿で女言葉を喋られたら後で妙な噂を立てられて困るからな・・・・」

良介の言うとおり、外見が良介の容姿のまま女言葉を使われてはお盆の後にはやて達にあらぬ噂を立てられそうだからだ。それに容姿がクイントの姿の方が分かりやすい。

「なるほど♪〜まぁ、私の方としてもそっちの方が都合がいいわ」

「そうか。・・それじゃあ・・行くぞ・・・・」

「ええ・・・・」

クイントの体がゆっくりと良介の体に近づき、やがて二人の体は重なり合った。

 

 

翌朝、ギンガが目を覚ますと、隣で寝ているはずの良介の姿がなかった。

てっきりトイレにでも行ったのだと思い、特に気にすることもなくギンガは服を着て、何時もの様に朝食の準備をするため、二階の寝室から台所へと下りる。

しかし、この時ギンガは気がつかなかった。

自分の服が一着なくなっていることに・・・・・。

 

ギンガが階段を降りていると、下からいい匂いがしてきた。

それは台所の方からは匂っており、耳を澄ますと台所からは料理をする音や食器を並べる音が聞こえてくる。

てっきりアリサかチンクが既に起きて朝食の準備をしているのだろうと思い、ギンガは小走りで台所へと向かった。

「っ!?」

台所に入った瞬間、ギンガは言葉を無くした。

なぜならば、台所に立っているのはアリサでもチンクでもなかったからだ。

今、ギンガの目の前にいるのは、自分の持っている服を着た明青紫色の長い髪の女の人だった。

ギンガにとってその後姿は忘れるはずもない。

今、ギンガの目の前に立っている人物はギンガ達の母親、クイント・ナカジマだった。

「か、母さん?」

恐る恐るギンガは目の前の女性に声をかける。

「あら、起きたの?ギンガ?おはよう」

ギンガの声を聞き、クイントは振り返って生前の時と変わらない優しい笑みを浮かべ、ギンガに朝の挨拶をする。

ギンガは信じられなかった。

死んだはずの母親が目の前にいて、料理をし、自分に挨拶をしてきたのだ。

「か、母さん・・・・こ、これは夢・・なの?」

「あなたも良介君と同じことを言うのね?これは紛れもない現実よ。ギンガ」

「で、でもどうやって・・・・母さんが死んだ筈じゃあ・・・・」

「う〜ん・・・・まぁ簡単に言うと良介君のおかげかな?」

「良介さんの?」

クイントは昨夜のことをギンガに話した。

お盆の期間中だけ現世にとどまっていることが出来、その間良介に体を貸してもらっていること、そしてクイント自身の魔力と良介の法術を同調させており、今はクイントの姿になっていることを・・・・。

「そうなんだ・・・・ハッ!!・・昨夜ってことはもしかして・・・・」

ギンガは何か嫌な予感がした。

「ええ、昨夜は随分良介君とお熱い夜を過ごしたようね、ギ・ン・ガ?」

クイントはからかうようにニンマリとした笑を浮かべながらギンガに尋ねる。

「あぅ〜//////

クイントに昨夜の事を言われ、思い出したのか、ギンガは顔を赤くし俯いてしまう。

「でも、母さんは嬉しいわ。ギンガが幸せそうで」

クイントは微笑みながらギンガに抱きつく。

「か、母さん?//////

「こうして、立派に育って、良介君と結婚してギンガもお母さんになっている・・・・母さんにとってこれ以上嬉しいことはないわ」

「・・ありがとう。・・母さん//////

ギンガもクイントの背中に手を回し、クイントを抱き返す。

その後、ギンガはクイントと一緒に親子二人で楽しそうに朝食の準備を行った。

 

 

おまけ

 

クイント復活

 

チュンチュンと鳴く雀の声が聞こえ、私は重い瞼を開けた。

瞼を開けた私はカーテンの隙間から見える朝日の光に目を細める。

睡眠をとるなんて十年ぶりの事だろう。

目覚めた私は自分の手を見て、私の魂が良介君の体と融合している事を確認する。

手を開いたり閉じたりして血の流れを感じ、体温を感じて改めて良介君と融合し、受肉しているのだと確信した。

ふと、隣を見れば未だ幸せそうに眠っているギンガの姿があった。

あの世で良介君に「ギンガかスバルのどちらかをもらってくれないか?」と頼んだ時、良介君は「あいつらと一緒にいたら俺が不幸になっちまう」と言っていたのだが、良介君はこうしてギンガをちゃんと貰ってくれた。

そしてギンガとの間に子供も設けてくれた。

良介君が死んだとき何より一番傷ついたのは彼を手にかけたギンガだったのは明白であるが、今隣で眠っているギンガの安らなか寝顔を見ればギンガが今、幸せなのだと実感できる。

私はギンガを起こさないようにそっとベッドから降りた。

その時気がついたのだが、ギンガ同様良介君はあの時服を来ていなかった。当然彼と融合した今の私も服を来ていない。

やむを得ず、ギンガの服を一着拝借して私は久しぶりの我が家を歩き回ることにした。

幸い、服のサイズはたいして変わらなかったが、胸の部分は少しギンガの方が大きいような気がした・・・・。

 

 

この家は私の生前と何も変わっていない。

通路に飾ってある絵も玄関に置いてある置物もギンガとスバルが背比べをしてつけた柱の傷も・・・・

私は思い出に浸りながら我が家を見て回ると、居間の中に額縁に収められた一枚の絵が目に止まった。

その絵には微笑みを浮かべながら生まれたばかりの孫(桜花)を抱くギンガとその隣で同じく微笑んで二人を見ている私が描かれていた。

絵の隅には良介君のサインが入っている。

題名は・・・・「天使が舞い降りた日」・・か・・・・

良介君もなかなか良いセンスをしている。

私は暫くこの絵を眺めていた。

そして生前と同じく朝食の仕度をする時間になり、私は台所へと立った。

久しぶりの料理であるが、腕は鈍っていない。

ゲンヤさんやギンガにスバル・・・そして新しく出来た娘たちの為に腕によりをかけて私は朝食を作った。

朝食を作っている中、背後に気配を感じた。

この気配は・・・・ギンガね。

さぞ私の姿を見て驚いていることだろう。

やがて・・・・

「か、母さん?」

ギンガが声をかけてきた。

私は振り返り、

「あら、起きたの?ギンガ?おはよう」

と、生前変わらない笑を浮かべてギンガに声をかけた。

 

 

あとがき

完全に蘇ったわけではありませんが、期間限定中でクイントさんを復活させました。

おまけはクイントさん視点で書きました。

お盆の期間中はクイントさんに体をレンタル中ということで、良介君は登場しません。

最近、良介君の出番が減っている気がする・・・・。




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