三十一話 コドモノヒ 戻ってきた私の旦那様
「ああ〜もう・・・・可愛いなぁ！！可愛いなぁ可愛いなぁ可愛いなぁ！！ほら宮本、私の膝に来い！！抱っこしてやるぞ！！」
「うぅ〜・・ヤダ！！僕、ギンガお姉ちゃんがいい！！」
良介がお子様姿になって数日が過ぎた。やはり記憶も元に戻らず、体と心は六歳のままである。そんな中、ギンガの下にはやてからお詫びがしたいとの誘いが来て、ギンガ達は再び八神家に赴いた。
そこで、シグナムはお子様姿の良介を見て、目をキラキラさせ、両手をバッと広げ、良介を誘う。しかし、良介はそれを拒否し、ギンガの膝の上から頑として動こうとしない。
シャマルもシグナム同様目をキラキラさせながら、カメラを片手に良介を見ている。
ザフィーラはなぜか、げんなりとして、床で寝ている。しかも少しやつれているように見える。
「うぅ〜宮本ぉ〜」
普段のシグナムからは考えられないくらいシグナムはしょんぼりとし、目は捨てられた子犬のような円らな瞳をし、指を口にくわえている。
もし、この姿をヴァイスが見ていれば狂喜乱舞していたかもしれない。それほど今のシグナムは普段とのギャップが激しかった。
「・・・・えっと・・・・ほら、良介君、シグナムお姉ちゃんが抱っこしてくれるって。折角だからしてもらいなさい」
寂しそうなシグナムを気の毒に思ったのか、ギンガは自分の膝の上で甘えているお子様姿の旦那にシグナムの方へと行くように促す。
大好きなギンガから頼まれれば、良介はそれを拒否するわけにはいかない。
恐る恐るシグナムの方へと近づく良介。
やがてシグナムの腕が届く距離まで接近した瞬間、
「よぉーっし座れ！ああ〜・・・・可愛い可愛い可愛いっっ！！」
むぎゅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜っっ！
「ぎゃぁぁぁぁぁ・・・・・っ」
目にも留まらぬ速さで良介を捕獲したシグナムは良介を握りつぶすような勢いで良介を強く抱きしめる。
おそらく本能的に何かしらこの危険を察して、シグナムの所に行くのを嫌がったのだろう。
苦しがっている良介とは裏腹にシグナムの方はというと、プニプニのやわらかい頬に頬ずりをしたり、お日様の匂いを帯びた髪に鼻をつけ、匂いをかいだりと、楽しそうではあるが、良介のほうはというと、シグナムの腕に抱きしめられ、胸に顔を押さえつけられ、息苦しそうである。
「あ、あの〜・・・・シグナムさん・・・・そのままだと良介君が死んでしまいます。もう少し自重してください」
お子様良介を抱き絶頂状態のシグナムにギンガは恐る恐る声をかける。
「えっ？・・・・ああ、そうだったな。すまん」
ギンガの言葉により正気に戻ったシグナムはようやく良介を解放する。
「それにしても本当にかわいいですね。私に原因があるなら、責任をもって私が良介さんを引き取りましょうか？・・・・ショタな良介さんもなかなか・・・・」
ペロッと、舌なめずりをしてサラリと少し危ない発言をするシャマル。
良介はシャマルの言葉の意味を理解できないで居るのか、
「え？あっ・・・・う・・・・ど、どうも・・・・
//////」顔を真っ赤にしている。
シャマルの表面的な優しさに騙されている良介。シグナムはあからさまに危ない雰囲気を出していたが、シャマルは上手くその雰囲気を隠している。
「だ、ダメです！！良介君は私の家族なんです！！」
反射的にギンガは声をあげて、良介の引取りを阻止させようとする。
「まぁまぁギンガもそこまでムキにならんとって、シャマルも冗談を言うのも時と場合を考えてぇなぁ」
はやてがおやつが乗ったお盆を手に持ちながら居間へと入ってくる。
（元はといえば全部あなたの所為じゃありませんかはやてさん）
心の中でギンガははやてに文句を言う。
「さ、良介君。おやつにしよか？」
「あっ、うん。ありがとう。はやてお姉ちゃん！！」
子供はお菓子に弱い、そのため良介はおやつを持っているはやての方へと笑顔で駆け寄っていく。
「はい、良介君の分、みんなよりちょっと多めにしてあるでぇ」
「わぁ〜ありがとう〜♪ はやてお姉ちゃん大好き！！」
「フフフ・・・・女の良介も良かったが、お子様の良介もそそる物があるなぁ・・・・」
はやてもシャマルと同じような発言をボソッと呟いた。
「おっ？リョウスケ来ているのか？」
玄関にある小さな男の子用の靴を見て、出かけ先から帰ってきたヴィータが玄関で声をあげる。
「あっ！ヴィータだ！ヴィータ！！」
ヴィータの声を聞き、良介はお皿の上のおやつを一気に口に押し込んでヴィータを迎える。
「だから、ヴィータお姉さんだって、何度言えばわかるんだよ？」
「え〜でも、ヴィータはヴィータでしょう？」
良介はなぜかヴィータだけは名前の後ろに「お姉ちゃん」を付けない。それは身長が殆ど自分と同じため、良介の中ではヴィータはお姉ちゃんというよりも仲の良い友達と言う関係で認識されている。
「それよりも、ヴィータ、ゲームしよ！！ゲーム！！」
「おっ？やるか？今日は負けねぇからな！！」
「へっへ〜ん！！ヴィータに負けるものか、今日もコテンパンにしてやる」
「ぬかせ！！」
良介とヴィータは居間にあるゲーム機のところへと向かいゲームをやり始めた。二人は幾度かゲームセンターで顔を合わせ、対戦経験があるのだが、今のところの勝敗成績はヴィータの惨敗で終わっている。
ゲームが始まり、暫くするとヴィータの
「てめぇ！！汚ねぇぞ！！羽目技するなんて！！」
「チキショー！！」
等の叫び声が聞こえてきた。
今日もお子様良介にコテンパンに負けたヴィータであった。
「・・・・・・」
ヴィータと楽しそうにゲームを興じている良介を見て、ギンガは複雑な心境である。
確かに皆の言うとおり、お子様体型の良介は可愛いのだが、良介は自分の旦那様なのだ。
六歳の子供でなく、桜花の父親であり、自分の旦那様なのだ・・・・。
ギンガの心の中にはそんな風に言い聞かせる自分がいた。
そんな心境のギンガに、
「・・・・・まぁ、落ち込むなギンガ。女になった時も時間が経てば戻ったのだ。今回もきっと元に戻る」
寝ていた筈のザフィーラがいつの間にか起き、ギンガに声をかける。
「はい、ありがとうございます。ザフィーラさん」
訪れた八神家の中で唯一心配してくれる人？が一人居てくれた事にギンガは救われた気分だった。
時系列を戻し、良介の体が子供になってから一週間が過ぎた日。
「結局、何の変かもなくとうとう一週間もすぎてしまいましたね・・・・」
相変わらず子供の姿の良介をチラリとみたギンガがアリサに呟く。
「そうね、流石に不安になってきたわ。・・こっちでも様々な情報を集めているのだけど、未だ有力な情報が得られなくて・・・・」
アリサも申し訳なさそうにギンガに呟く。
「アリサお姉ちゃん、ギンガお姉ちゃん。お皿洗い終わったよ」
足首まで届くような大きさのエプロンを水と洗剤で少し濡らしながらもお皿洗いを終えた良介が二人の下に近づいてくる。
「ありがとう良介君」
「偉いわね良介」
ニパーっと微笑んでいる良介の姿に重苦しい空気が少なからず和らぐ。
二人はややほろ苦いながら笑顔を良介に返す。
（素直な良介もいいんだけど、やっぱり元の良介の方が張り合いがあるわね・・・・）
アリサは心の中で、お子様良介を見てそんなことを思っていた。
夜、お風呂の時間になり、ギンガがお子様良介をお風呂に入れる。
「ほら、はしゃがないの」
「はーい！」
ギンガは良介をバスチェアーに座らせ、良介の体を洗う。
目の前の背中は本当に小さくて細い。まるで女の子のように華奢な体つきだった。
「痛くない？」
「だいじょうぶ。ちょーどいい」
声をかけるたび、ギンガの方に笑顔を返す良介。そんな笑顔を返す良介にギンガは切なさを感じる。
もし、このまま元に戻らなかったら・・・・そんなことを思うたびに胸がざわつく。
様々な困難を乗り越えて、ようやく夫婦になれたというのに、こんな子供を相手に夫婦の話など出来そうにない。
まして体を重ねることなど出来ない。
出来る筈がない。
もし、本当にこのまま元に戻らなかったら・・・・・。
「ギンガお姉ちゃん？」
「あっ、ごめんね・・・・」
考え事に夢中になっているあまり、ギンガは無意識に良介の体を洗っていた手を止めていた。
ギンガは曖昧に苦笑しながら再び手を動かし良介の体を洗う。
洗い終わり、体についた泡をお湯で洗い落とすと、良介は首を捻り、ジィーっとギンガの顔を覗き込んできた。
「ん？どうしたの？」
「ギンガお姉ちゃん。泣きそうなお顔をしてる」
「っ！？」
子供は感情を読み取るのが鋭く、心が参っているときに純真無垢の視線を言葉は凶器そのもので、深く心を抉られたギンガは苦笑する姿を保っていることが出来なかった。
「そうね・・・・実はお姉ちゃん、少し落ち込んでいるの・・・・」
「どうして？」
「お姉ちゃん・・・・好きな人がいてね・・・・その人が少し前、事件に巻き込まれちゃって会うことも連絡を取ることも出来ないの」
「ふぅ〜ん・・・・ねぇ、どんな人なの？ギンガお姉ちゃんが好きな人って？」
「そうね・・・・」
ギンガは目の前の小さな体にしがみつき、「まぁいいか」と言う気になり、お子様良介に話し出した。
「すっごく、かっこよくて強い人・・・・お姉ちゃんが困ったときに駆けつけてくれて・・・・お姉ちゃんを助けてくれるの・・・・」
それから、ギンガはお子様良介に大人の良介がどんな男なのかを語り続けた。
ギンガの惚気とも愚痴ともつかない言葉は突然小さく柔らかい唇により、中断を余儀なくされた。
そう、お子様良介がギンガにキスをしたのだ。
「・・・・んっ・・・・えっ？な、なに？どうしたの？突然・・？」
久しぶりの旦那からのキスなのだが、戸惑いが隠せないギンガ。
「・・ご、ごめん・・・・ただ、今のギンガお姉ちゃんを見ていたらこうしないといけない気がして・・・・」
良介は気まずそうにギンガから視線をずらして小さく、途切れそうな細い声で言う。しかしキスという行為をして恥ずかしいのか、頬を赤く染めている。
たとえ、記憶をなくしても本能的に体の何処かにまだ大人の良介の信念のようなものがあったのかもしれない。
「ギンガを悲しませない」と言う信念のようなものが・・・・・。
ギンガの方も少し迷ったが、再びその小さな唇に自分の唇を押し付けた。一見ギンガがショタコンに見えなくもない光景であるが、今風呂場にはギンガと良介以外誰もいない。
ならば遠慮などする必要はない。二人は互いに目を閉じ、キスに酔いしれた。
寝る前、良介は隣で横になっているギンガに問う。
「ねぇ、ギンガお姉ちゃん」
「ん？何？」
「僕、ギンガお姉ちゃんの恋人になれる？」
何とかギンガに元気になってもらおうとお子様良介なりの気遣いだった。
「う〜ん・・・・ちょっと無理かな・・・・」
クシャクシャと良介の髪の毛を撫でながらギンガは笑を浮かべながら言う。
「えぇ〜どうして？」
プクーと頬を膨らましてギンガに聞く良介。
「ごめんね。・・・・私の好きな人は、私の旦那様なの」
「だんなさま？」
「そう、その人は私と結婚しているの。そして結婚できるのは大人の人同士なの」
「つまりギンガお姉ちゃんは子供の僕よりその大人のだんなさまの方がいいの？」
「わかりやすく言うとそういうことになるかな・・・・」
「ちぇ〜僕もはやく大人になりたいなぁ〜そうすればギンガお姉ちゃんと恋人になれるのに〜」
口を尖らせ、愚痴を言う良介。
まだ「だんなさま」の意味がよくわかっていない様子。
「大丈夫よ。きっとすぐに大人になれるから」
ギンガは再び良介の頭を撫で、慰める。
（僕が大きくて、強くなれば、ギンガお姉ちゃんを守れるのになぁ・・・・）
お子様良介は心にそう強く願った。今の良介にとって、ギンガは母に近い存在であり、恋心を抱いた人物でもあったからだ。
良介はギンガに頭を撫でられ、気持ちよさそうに目を細め、やがて静かに寝息を立てる。
「おやすみなさい・・良介さん・・・・・」
眠る良介を微笑みながらギンガはその小さな額にキスをして見守った。
翌朝、ギンガが目を覚ますと、隣には大人姿の良介が・・・・。
元の姿に戻った良介がいた。
「良介さん！？」
元の姿に戻った良介を見たギンガは思わず声をあげた。
「ん・・・・ああ、おはようギンガ」
「良介さん、本当に・・・・本当に良介さんなんですね！？」
「 ？ さっきから何を言ってんだ？俺が良介以外の何なのだ？・・・・ん？おおっ！！元に戻ってる！！」
良介は大人になった自分の手を見て、次に鏡を見て、喜んでいる。
しかし、カレンダーに記載されている今日の日付を見て、驚いていた。
「なっ！？なんで、あれから一週間も経っているんだよ！？」
「良介さん・・・・覚えていないんですか？」
「ん？何のことだ？」
「い、いえ・・・・何でもないです・・・・」
どうやら良介は心が子供に戻った時の記憶はないようだ。
その事実にギンガは嬉しいようで残念な気もした。
「でも・・・・」
「でも？」
「なんだか懐かしい感じはしたな・・・・まるで母さんと一緒に過ごしたような感じだったな・・・・」
「お母さん・・・・ですか・・・・？」
ギンガが若干頬を染め、聞き返す。良介が朧気ながらも自分の事を母と思っていてくれて嬉しかったのだ。
「ああ・・・・」
良介は遠い昔を懐かしむような表情で呟いた。
後日、シャマルがお子様状態の良介の写真を持っている事を知った良介は激怒し、全ての写真と画像の処分をしようとしたとき、シグナム＆シャマルとの間に大規模な流血戦が起こるほど、良介の怒りと羞恥は凄まじいもので、シグナムとシャマルはお子様良介の姿を収めた画像と写真を死守するのに躍起になった。
そして良介にタッチの差で敗北した二人は血の涙を流すほど、処分されていく写真や画像を見て、泣いていた。
そんな中、良介同様、ギンガはお子様状態の良介の写真や画像を幾つかこっそりお持ち帰りしていた。
おまけ
ジムでのひとコマ
最近、ヴィヴィオがストライクアーツという格闘スポーツをやり始めた。
しかし、なのはは超がつくほどの運動音痴、フェイトは戦闘スタイルが格闘タイプではない。そのため、戦闘スタイルが格闘タイプのギンガ、スバル、ノーヴェに教えて貰う事となった。
最もギンガは桜花の面倒と家事、スバルは局員としての仕事があったため、ヴィヴィオのコーチには主にノーヴェが担当していた。
「よし、まずは基礎体力から作るぞヴィヴィオ」
「はい！」
「それじゃあまず、腕立て２０！始め！」
ノーヴェがヴィヴィオに腕立てをさせると、
「ん・・・・ぐぐぐ・・・・」
まだまだ体力がついていないヴィヴィオにとって腕立てを一回やるのにはかなりの力を使った。
「うぅ〜・・・・腕立てのコツを教えてください」
「いや、コツって言われても・・・・」
ヴィヴィオの言葉に戸惑うノーヴェであった。
「次は柔軟だ」
「はい！・・・・えっと・・・・・柔軟って何ですか？」
「こうやるんだよ」
ノーヴェがお手本と言わんばかりに床に座り、上半身を前に倒すと、ノーヴェの上半身は床とくっつくくらいに折れ曲がる。
「すごい！」
ノーヴェの柔軟性を見たヴィヴィオは声をあげる。
「ヴィヴィオ、ノーヴェは体が脂肪で出来ているから柔らかいんっスよ」
ノーヴェと一緒にジムに来たウェンディがヴィヴィオに姉の体についてそう言うと、
「ダブルチョップ！！」
ノーヴェは両手でウェンディの頭を叩いた。
「何、ヴィヴィオに間違った事教えてんだよウェンディ！？」
「だって本当の事じゃないっスか！毎日アレだけ食べているんだから」
「本当じゃねぇ！！」
ジムにノーヴェの否定する大声が響いた。
あとがき
性転換編と違い、幼児編は短かったですけど、これ以上ネタが思いつかず申し訳ない。
性転換編と違ってギンガがお子様良介に襲いかからなかったのは当然ですね。六歳の子供にそんなことをすれば女性恐怖症になってしまいますし、倫理上問題がありますので。
でも、キス程度ならば多分
OKと思いキスだけはさせました。おまけの話から。もし、ギンガ、スバル、ノーヴェが大した運動していなければウェンディ言うとおり体が脂肪だらけになりそう・・・・彼女達のそんな姿は見たくない！！
では次回にまたお会いしましょう。