二十八話　オワビノヒ　クラスに一人くらい影の薄い奴って居るよね〜

良介は先日の喧嘩（二十六話）のお詫びとしてギンガを食事に誘うことにした。

デート場所はミッドではなく、なのは達の故郷である海鳴にした。

ミッドでは、なのは達との遭遇率も高く、復活した時の様にミッドを舞台にギンガを抱え、鬼ごっこなんて、真っ平ゴメンだからである。

海鳴でも知り合いとの遭遇率もそれなりに高いが、後ろからシューターを叩き込まれるような心配はないので、デート場所を海鳴にしたのも理由の一つだが、ギンガにもっと、自分の故郷である地球を見てもらいたかったのも理由の一つだった。

久々のデートということで良介はかなり気合が入っており、デートプランもデートスポットが書かれている本や観光案内の本を読みながら、一晩かけて練り、そしてギンガを目一杯着飾ってもらうため、桃子にギンガのコーディネートを頼んだ。

桃子は良介の頼みを快く了承してくれた。

頼まれた桃子本人もかなり意気込んでおり、ギンガの手を引いてデパートの中へと連れていった。

桃子が何故ここまで意気込んだのか、良介が桃子に聞いてみると、

「美由希となのはじゃあ、あと何年かかるか分からないじゃない？美由希なんて賞味期限（３０歳）目前なのに〜・・・・困ったものね」

と、桃子は微笑みながら言うが、それを聞いた良介もギンガも顔を引き攣らせるしかなかったのと同時にこの場に本人達が居なかったことにホッとした。

（桃子、自分の娘にかなり辛口だな・・・・）

（自分の母親に此処まで言われるなんて・・・・美由希さんとなのはさんがなんだか可哀想に思えてきました・・・・）

デパートに着いた際、良介は二人と一緒にデパートの中へついていこうとしたら出入り口付近で桃子によって止められた。

桃子曰く、

「デートの始まりはやっぱり待ち合わせが基本でしょう？それにそっちの方が、ワクワクするでしょう？ギンガちゃんが、どんな服を来てくるのか？」

だ、そうだ。

確かに桃子の言うことも最もであり、良介はデパートの外でギンガを待つことにした。

女同士の買い物というのは基本的に女性の風呂と同じく時間がかかる。

しかし、今の良介にとってはこの待ち時間は苦にならず、

良介はギンガがどんな感じに着飾ってくるのか、ワクワクしながら待っていた。

その時、

「・・・・あれ？　もしかして、お前、宮本じゃねえ！？　」

突然良介は声を掛けられた。

「ん？」

辺りを見回してみると、

「こっちこっち」

声をかけた人物を見て良介は首を傾げる。

「久しぶりだな！ほら！俺だよ！俺！」

街中で出会い、声をかけてきた男は少量の顎髭を蓄え、小麦色に焼いた肌、肩にかかる茶髪のロンゲ、首には金のネックレス、耳にはダイヤモンド製の小さなピアス、腕には外国製の金の高級腕時計、着ている衣服はコーディネートされた高級メンズファッションで洗練された外見。

一見してモテそうな男、いや、実際に顔駄知も整っているからモテるのだろう。

そんな男がわざわざ良介の傍に、外国製の高級車を横付けして運転席から顔を覗かせて声をかけてきた。

しかし、良介には見覚えも出会った記憶もない。

「忘れちまったのか？俺だよ！俺。お前と同じ施設に居た拓哉だよ！」

人差し指で自分を指す男は「拓哉」と名乗った。

「あー・・・・」

名乗られて漸く目の前の男が誰なのかを思い出した良介。

小学校、中学校の義務教育期間を共に同じ施設で寝食を共にした学友・・・・。

しかし、良介の記憶にある「拓哉」の印象は施設でも学校でも秀才な奴ではあったが、影の薄い奴で、「そういえばこんな奴居たな」と言う感じだった。

だが、目の前の拓哉と良介の記憶の中の拓哉とではあまりにも違いすぎていた。

恐らく再会し、相手から名を名乗られなければ、完全に忘れ去っていただろう。

「ねぇ〜タクヤぁ、その人知り合い？」

「ん？昔の知り合いだよ」

車の助手席には女が一人座っており、同じくこちらを見ている。女の視線はどことなく、良介を馬鹿にするような目つきだった・・・・。

ちなみに男の方も最初に声を掛けてきた時も良介を小馬鹿にしているような目つきだった。

この男の恋人なのだろうか？二十代前半の女で化粧は濃いが、美人と言えば美人の部類に入るだろう。

しかし、周囲が羨むほどの大勢の美女に囲まれている良介にとっては目の前の女は並みレベル程度の女であった。それに良介にとって最高の女は自分の女房（ギンガ）なのだ・・・・。

「それで、何か用か？見たところデートの途中だろう？俺もこの後、用が有るんだが・・・・」

「まぁ、そう言うなよ。久しぶりに再会したんだから、ところで今、お前何やってんの？仕事とかは？」

「あー・・・・別に・・・・適当にやっているよ・・・・」

まさか、別世界をまたに掛けて探偵業（万屋）をやっていると言ったところで信じる筈も無く、逆にイタイ奴と思われそうなので良介は適当にごまかす。

「おいおい、まさかその年でアルバイターなのか？それとも無職か？アウトロー気取りはいいけどよ、学歴も職歴もねぇんじゃ今の世の中やっていけないぞ」

心配や気にしているというより、男は完全に馬鹿にした口調で良介を見下している。

良介の言う「適当に」と言う言葉を聞き、良介がバイトを転々としているのだと思ったのだろう。

とかく、良介は貧乏だと思われがちである。

事実、海鳴に借事務所を借りて探偵業をし始めた頃、ミッドに移り住んだ頃は確かに貧乏であったが、仕事をこなしていくにつれ、段々管理局や様々な世界からの依頼が増え始め、さらにアリサが時間を見つけては先物取引や株をやり始め、それらが成功してから段々と金銭的余裕が生まれてきた。

ギンガとの結婚後はその時間も助手の時よりもさらに増え、宮本家は今、それなりに裕福な家庭となっている。

現にミッドにある良介の家は、一般家庭の中では大きい方の部類に入るし、依頼などでよく行くミッド以外の他の世界には拠点となる家（アジト）なども所持している。

しかし、良介のお小遣いが少ないその理由は、

「将来、桜花の為に受験費用や学費のために使う養育費よ」と、既にお受験ママモードのアリサと、

「お金を持たせすぎると、良介は変なことに使うから」と、家の金銭を取り仕切るメイドモードのアリサにより、良介のお小遣いは中々上がらない。

ただし、依頼料のうちの一割〜二割と副業の絵かきの料金は良介のお小遣いとなる。

しかし、それでも足りない場合はアリサが納得する何かしらの理由があれば其の都度ちゃんとお金を工面してくれるあたり、アリサは話がわかる。

そして今日も「ギンガにお詫びを入れるため」と、説明したら「しょうがないわね」と言ってある程度のお金を用意してくれた。

と、まぁこんな感じで良介は目の前のこの男が思っているよりは仕事面でも金銭を含めた生活面でも特に不自由はしていない。

しかし、この事実を話したところで、魔法関係者でない地球の一般人がそう簡単に信じる筈がない。

そのため、良介は適当にはぐらかしている。

「何なら、俺の会社で雇ってやろうか？　もっとも、昔っからチャンバラごっこだけが取り柄のお前じゃあ精々警備員ぐらいしか務まらないかもしれないが・・・・」

良介の現状を知る由もない男は勝手に話を進める。

「俺の会社？」

「へぇー」

助手席の女が男に代わってこの男の現状を良介に自慢するように教える。

女の言葉を聞き、良介は少しだけ感心した。

今、思えば、目の前のこの男は学生時代から勉強に明け暮れていた・・・・。

運動会をはじめとする学校で行われた行事もクリスマス会など、施設で行われた全てのイベントを放り投げて勉強に費やしていた。

そのため皆からハブられたてはいたが、良介自身も強くなるため必死に努力を重ねて来た。

このような経緯もあり、基本的に良介は努力をする人間に対し好感を持っている。そのため、なのはの様な魔導士を目指し、日々鍛錬をこなしてきたスバルや執務官を目指し、勉強と鍛錬を努力しているティアナにもかなりの好感を抱いている。

そして良介自身も貧乏を経験し、金を稼ぐという難しさと辛さを知っているからこそ、良介は目の前のこの男に少しだけ感心したのだ。しかし何故、『少し』なのかと言うと、その理由はこの男とは深い友人関係がないためである。

「この車も今月、一括で購入したばかりなんだぜ。そんでこれから彼女を連れて、デートだ。そんで、夜は海鳴ロイヤルホテルの一等室に泊まるんだ」

男は自らの愛車を片手でポンポンと叩き、もう片方の手で女の肩に手を置く。

「でも、タクヤァ〜、スイートルーム取れなかったんでしょう？」

女が男の顎を撫でながら甘い声で残念そうに呟く。

「ワリィな、どっかの馬鹿が先にとっちまってな。でも、夜景が一番綺麗な部屋をとったからな。この部屋も予約を取るのが大変だったんだぞ」

二人が勝手に桃色空間を作り始めた時、良介は

（ワリィ・・・・お前の言うその馬鹿はこの俺だ・・・・）

と、心の中で男に謝罪した。

良介はギンガを食事に誘うのと同時に夜は二人でゆっくり過ごそうと思い海鳴一のホテルである海鳴ロイヤルホテルのスイートルームを予約していたのだ。

「そう言えば、お前、彼女とかいるのか？　もし、居るなら俺にも紹介してくれよ」

ようやく桃色世界から現実世界に戻ってきた男が良介に尋ねてきた。

「タクヤァ〜可哀想よ、この人にそんな事を聞くのは」

「ハハハハ。それもそうだな。いや、ワリィ、ワリィ、ハハハハハ・・・・」

馬鹿笑いをする男の腕にもたれかかって、女も良介に対し、馬鹿にしつつイヤらしい笑みを向けてくる。

勝ち組に入る男の恋人の座を掴み、女もご満悦のようだ。そしてその優越感を楽しんでいる。

そしてそれは自分よりも下の人間を見下すことにより更にその優劣感が増す。

男も同じ気持ちなのか、良介に対し侮蔑の視線を投げかけている。そして「ワリィ」なんて謝罪の言葉を言っているが、男の態度から見て謝罪の気持ちなんて一ｍｇも含まれていない。

良介は段々ウンザリしてきた。これから楽しみにしていた妻（ギンガ）とのデートなのに、何が悲しくて、他人の勝利をデート前から見せ付けられなければならんのだ。・・と・・・・。

（デートならさっさと行けよ。こっちもデートなんだからさぁ・・・・）

こういう『思い込んで、決めつけている』輩というのはどうも厄介だ・・・・。

力でモノを言わせ黙らせれば暴力しか取り柄がないと思われ、何か皮肉か文句を言えば、負け犬の遠吠えだと言い返される。

「あ、あのさ・・・・」

別に名残惜しむ関係でもないし、こっちから別れを切り出そうとそう思った矢先、

「良介さぁーん！」

桃子からコーディネートを施されたギンガがタイミング良く？現れた。

コーディネートされたギンガの姿は派手すぎず、ギンガの美貌を引き立てるうっすらとした化粧を施された顔に、首や耳にはシンプルなアクセサリーを身に付け、シックなワンピースドレスを身に纏っている。

化粧、アクセサリー、服はギンガの名前通り、ギンガの美貌を引き立てる星々の様であった。

コーディネートされたギンガのその姿に良介は元より、施設の同期であるこの男さえ、ギンガの姿に見とれている。

自分の彼女よりも若く、何よりその女性は母性に満ち溢れていた。

物心がつく前に捨てられ、施設で幼少期、青春時代を過ごした経験から、男は自分を捨てた両親を怨んだ。

そして、自分は偉くなってやると心の中で強く誓った。

自分を捨てた両親が羨む程、金持ちになってやる・・・・偉くなってやると・・・・。

そして彼は努力に努力を重ね金持ちになり、偉くなった。しかし、自分に近づいてくる女は皆、自分の財産目当ての連中ばかりであった。

彼は自分を優しく包み込み、甘えさせてくれる女が欲しかった・・・・。

しかし、なまじ地位が有るためそんな姿を見せるわけにはいかなかった。

だが、突然自分の目の前に突然現れたこの紫がかった青髪の女性はまさに彼が求めた理想の女性だった。

「お待ちどうさまです。良介さん。待ちましたか？」

コーディネートされたギンガの姿を近くで見て、良介は思わず頬を赤く染め、視線を逸らす。

「あら？こちらの方達は？・・良介さんのお友達ですか？」

ギンガは良介の横に止まっている高級車から顔を覗かせている男女を見て、良介に尋ねる。

「昔の知り合い」

「そうなんですか。はじめまして。良介さんの妻をしております。宮本ギンガです」

ギンガは一礼し、良介の昔の知り合いに自己紹介をする。

目の前の理想の女がこのアウトロー気取りでロクデナシの良介の妻だと知り、男は狼狽する。

ツマ・・・・つま・・だと！？

刺身などの料理に添えられる大根の千切りのことをツマと言うが、目の前の女性が言うこの場合の「つま」は男性と結婚した女性のことだろう。

「　？　」

男の言うことがいまいち理解できないギンガ。

まぁ、話の途中で来たので現状が理解出来ないのも無理はない。

「か、彼女・・君が優しいのは分かるけど、そいつの妻って言うのは笑えない冗談だよ」

冷静を保とうとしているが、ギンガに話しかけた男は声が震えており、明らかに動揺しているのがわかる。

それほど、この理想の女がロクデナシの良介の妻だと言う事が、信じられず、また認めたくないのだろう。

「　？　いえ、私は正真正銘、良介さんの妻ですよ。私たちの間にはもう子供もいますし」

ギンガは証拠だと言わんばかりに以前、良介がプレゼントした首飾りのアクセサリーに通した婚約指輪を男に見せる。

「なっ！？」

ギンガと良介の間に既に子供がいるという事実と婚約指輪を見て、固まる男。

「ほ、本当かよ！？宮本？」

「ん？ああ、ホントだよ。ホラ、これが俺とギンガとの間に生まれた子供だ。どうだ？可愛いだろ？」

今までの状況から一転、今度は良介が自分の事を自慢するかのように、男に娘（桜花）の写真を見せた。

写真は桜花一人を写した写真と良介、ギンガ、桜花の三人を写した写真の二枚で、二つ折りの定期入れに入っていた。

写真を見せられ、理想の女が改めてこのロクデナシの妻だと言う事実を突きつけられると、

「か、彼女、そんな奴やめとけよ！　そいつはな、ガキの頃から本当にロクデナシで・・・・」

男が昔の良介の悪行を言おうとする。しかし、男が良介の悪行を言う前にギンガが男の言葉を封じる。

「確かに良介さんは出会った頃はよく嘘も言いますし、問題ばかり起こしてきましたが、結婚して今では立派に家族の為に働いていますし、私の事も真剣で愛してくれています。そしてそんな良介さんを私も愛しているんです」　

ギンガの惚気とも捉えられる言葉を聞き、男は完全に言葉を失った。

「それじゃあ、待ち合わせの相手が来たことだし、俺達はもう行くわ。・・お前の方もデート楽しめよ。じゃあな」

良介は一応固まっている男に一言声を掛けてギンガと共にその場を後にした。

さりげなく見せつけるようにギンガと腕を組んで・・・・・。

女が隣で何かを言っているが、男は上の空状態で二人の後ろ姿をただ呆然として眺めていた。

しかも、ギンガもホストクラブの一件があり食べる量を自重してくれた。

昼食後も良介が立てたデートプランで二人は海鳴の町を練り歩いた。

そして夜も海鳴一の高級ホテルのスイートルームで二人は夜の一時を楽しんだ。

良介は念のため、あの街中で会ったあの施設の同期と鉢合わせをしないように、食事も全てルームサービスで取ることにした。

絡まれて、折角のディナーを台無しにされたくは無かったのだ。

幸い良介達が泊まったスイートルームとあの施設の同期が予約した部屋とは階数が違うので、ホテル内を歩いていてもあの男とは鉢会うことはなかった。

ルームサービスの食事を持ってきたボーイ達は運ぶ料理の量を見て、物凄く驚いていたのが印象的だった。

食事の後、二人は一緒に風呂に入った。

良介は風呂でギンガの一糸纏わぬ姿を見て、すぐにでも食らいつきたい衝動を必死に抑え、風呂からあがった後、二人は約半月ぶりに互いの体をベッドの上で堪能しあった。

「あら？アレは・・・・」

「ん？」

ホテルをチェックアウトした際、ギンガが何かに気が付いた様で、ホテルのロビーの一角を指さす。

良介が視線を向けると、そこには、例の同期生の姿を見つけたのだが、その時の彼は、一人で、近くには、昨日昼間に見た女の姿は無く、頬には紅葉痕（張り手によって出来た手形）をつけて、一人ホテルのロビーで茫然としていた。

「アレって、昨日、デパートの前で会った、良介さんの昔の知り合いの方ですよね？」

「あ、ああ・・・・」

「同じホテルだったんですね。どうします？折角ですし、挨拶をしていきますか？」

ギンガは声をかけようかと、尋ねてくるが、声をかければ面倒そうなので、

「いや、別にいい。特に親しい仲でもなかったし」

と、良介は声をかけずに、そのままミッドへと帰った。

おまけ

時系列は本編よりちょっと先の未来の出来事

「・・・・はぁ〜」

ふと、少女の瑞々しい唇より溜息が漏れた。

艶やかで紫がかった青い髪を揺らし、男を惹き付けて止まない熟れた肢体をカーキ色の管理局、地上部隊の制服に身を包んだ宮本家の若奥様こと、ギンガである。

育児休暇の期間が終わり、彼女は今、自身の職場である陸士１０８部隊のオフィスにおり、デスクワークの傍らで物憂げな表情をして溜息を何度も吐いていた。

職場復帰後、いきなり捜査官としての前線任務は危険と判断したゲンヤとカルタスは主にデスクワーク作業をギンガに命じ、ギンガは毎日オフィスにて書類とパソコンに向き合い、データ整理を淡々とこなしている日々が続いている。

そんな彼女が溜息をつく理由・・それは他ならぬ家族のことであった。

留守中、娘の世話を任せているアリサが信用できないわけではないが、やはりちゃんと自分の目が届くところで、自分が直接手を出して世話をしたい。

それともう一つは旦那の良介のことである。

浮気とかそのような事を心配しているのではなく、ギンガの心を苛む問題はそんな深刻なものでなく、もっとくだらなくて、かつ他愛ないもの。

幾度目かの溜息と共に、少女はその悩みを小さな声で吐露した。

「はぁ〜・・・・最近・・・・してないなぁ・・・・・」

ギンガの悩みとは正にそれだった。

仕事に復帰してから何故かギンガは良介と共に過ごす時間が極端に少なくなった。

自分が非番の日は良介が仕事。

良介が休みの日は自分が仕事。

通勤時間帯も狙い済ましたかのように食い違う日々。

帰宅時間も同様だ。自分が早い日は良介が遅く、自分が遅い日は良介が早く帰宅し、次の日の仕事に備え既に就寝中ということが何度もあった。

そんな日が続き、二人は肌を重ねるどころか、キスをする暇さえ無い。

眠っている良介にキスをすることは出来てもやっぱりキスをするのなら、互いの舌を絡ませたディープなキスをギンガは望んでいた。

なまじ相手と同じ屋根の下に暮らしているだけに尚更辛いのだ。

こんなにも近くにいるのに、触れ合う事も叶わない。

目の前のディスプレイに目を落せば、作成すべき資料は少しも進んでいないではない。このままでは今日も帰宅時間が遅くなってしまう。家族の心配と色事への欲求に為すべき仕事を蔑ろにする己を、ギンガは内心恥じた。

「はぁ・・・・ちょっと気分転換に顔でも洗ってこようかな・・・・」

このままでは埒が明かぬと、ギンガは立ち上がり、オフィスを出て行き、手洗い場までの道を、彼女はやや早足に歩いた。

冷水で顔を洗えば、少しはこの火照った身も心も鎮まってくれるだろう・・・・と、そう思っていた。

そんな時だった。

ギンガは不意に声を掛けられた。それは最もよく知る人の声だった。

「ギ〜ン〜ガ〜」

「りょ、良介さん！？」

突然、ここに居るはずのない良介に声をかけられギンガは思わず狼狽する。

「ど、どうしたんですか！？い、いえそれよりも何で良介さんがここに？」

「ああ、ゲンヤのとっつぁんに提出する報告書が予定より早く出来てな、それを持ってきたんだ。・・・・それよりギンガちょっといいか？」

「え？ええ・・・・」

良介は１０８部隊隊舎にいる理由を話し終えると、ギンガの手を掴んで歩き出す。

行き着いた先はオフィスから幾らか離れた廊下の角。普段から人気のない場所だった。

一体こんな所に良介は何の用があるのか？

その真意を問おうと、ギンガが口を開く。

「あ、あの・・・・一体どうしたんですか？　こんなところ、で・・・・んっ・・・・」

が、それ以上の言葉は紡げなかった。

突然、良介の顔が近づいたかと思えば、彼の唇がギンガの唇を塞いだのだから。

「んぅ・・・・！？」

唐突に唇を塞がれ、ギンガは思わず身を強張らせた。

だがそれもほんの一瞬のことだ。

すぐに現状を理解したギンガは身も心も、良介を受け入れた。

最初は触れ合うだけだった口付けも、次第に舌を絡ませた濃厚で情熱的なものへと変わっていく。

良介の舌がギンガの口の中へと侵入し、舌同士を絡ませ、良介の舌が届くギンガの口内の範囲全てを愛でる。

ギンガもそれに応え、懸命に舌を絡め合わせていった。

キスに夢中になり最初は気がつかなかったが、良介の手はいつの間にか彼女の艶やかな髪を撫で、その細くくびれた腰を強く抱き寄せる。

ギンガもそんな彼に答えるかのように身を寄せ、その豊満な乳房を押し付け、瑞々しい太股で脚を浅く絡めて応える。

ただキスするだけだというのに、それは堪らなく情熱的な愛撫だった。

久しぶりの甘美な口付けの時間。

良介はギンガをひたすら求め、ギンガもまたひたすらに良介を求めた。

そうした甘美な時間がどれだけ過ぎただろうか。

一分か？十分か？それとも三十分か？ともかく時間の感覚がなくなるほどの甘美な時間を二人は過ごした。

唇を求め合っているあまり息苦しさを感じ、良介がふいに顔を離す。

「あっ・・・・」

甘美な口付けの時間を唐突に打ち切られ、ギンガは寂しげな声を漏らした。そして物欲しそうな子犬のような顔で彼を見る。

もっと欲しい、と。

ギンガは、切なげに潤んだ瞳でそう訴えた。

だが良介はそんなギンガに、どこか底意地の悪い笑みを浮かべて告げる。

「おっと。これ以上はお預けだ。ギンガ、続きはまた今度って事で・・・・」

と、言いながら、良介はそっとギンガの唇に人差し指を触れた。

「そ、そんなぁ・・・・」

もう少し・・・・あとほんの少しだけして欲しい、と、ギンガは瞳を潤ませて視線で請う。

しかし、それもほとんど効果はなく、要件を済ませた良介は早々に隊舎の玄関口へと歩いて行く。

久しぶりに良介からキスをされ、身も心も極限近くまで火照らされたにも関わらず、お預けをされては、今のギンガにとっては酷い生殺しである。

だが、そんな時だった。

一度歩みを止め、良介は振り向いてギンガに告げた。

「ああ、でもな、仕事を早く切り上げたら、夜はたっぷり時間できるよな？俺の方は今日報告書を出して、打ち合わせは終わったから明日は、特に予定も無くなったし、ギンガも明日は休みだろう？」

と、彼は笑みと共に告げた。

良介自身もギンガとの触れ合いに餓えており、驚異的なスピードで本来明日提出する予定だった報告書を今日提出しただのだ。

良介の言葉の意味を理解したギンガはその後、急いでオフィスに戻り鬼神でも乗り移ったかのような勢いで・・・・瞳の色を金色にまでして、猛烈な勢いで仕事を処理していった。

そんなギンガの姿を見た同僚達はカルタスを含め、皆唖然としてその姿を見ていた。

その夜、宮本家でギンガの甘える様な嬉声が宮本家の寝室から響いたのは言うまでもない。

あとがき

リョウさん、許可を出していただきありがとうございます。

作中にあったギンガが左指に婚約指輪をつけない理由として、ギンガは左手にリボルバーナックルをつけるため、指または指輪自体を傷つけないため首から下げている設定にしました。

おまけは産休後のギンガを書いて見ました。

何時まで産休が続くのか作者自身もわからないので補足的な要素を含めました。

では次回にまたお会いしましょう。