二十一話 ジョナンノヒ ヴァイスの恋

 

 

シャワー室を出た良介は目隠しを取り、脱衣所に用意されていた服を手にとった。

用意されていた着替えの服は管理局、地上部隊のカーキ色の制服だった。

まぁ、すぐに用意できる服と言えばこれぐらいしか無かったのだろう。(ちなみに良介が着ていた服はゲンヤが出入りのクリーニング業者に出してくれている。)

まぁ、一時的に借りるものだし、贅沢は言えなかったので良介はその制服を袖に通し着替え始めた。

 

部隊長室ではゲンヤが今回のタッカー逮捕における報告書を作成している最中だった。

そこに・・・・・

「とっつぁん!!」

突然部隊長室のドアが開き、カーキ色の地上部隊の制服を着た女性局員が入ってきた。

勢い良くゲンヤの部屋に入ってきたその女性局員はノーネクタイでYシャツは第三ボタンまで外されており、上着のボタンは全て止めておらず、羽織った状態のラフな格好であった。

「ほぉ〜なかなか似合うじゃねぇか良介」

そう、部隊長室に入ってきた女性局員は女性化した良介だった。

「ふざけんな!!着替えの服が管理局の制服なのはまだ許せるが、なんでよりにもよって女性局員の制服なんだよ!!」

「なんでって・・お前今、女だろう?それに嫌だったら着なければいいじゃねぇか」

「素っ裸で隊舎の中を歩けるか!!」

流石に下着姿、もしくは真っ裸で出歩く勇気は流石の良介でもそんな恥ずかしいことをする度胸は無かった。それに良介自身は気がついていないかもしれないが、ここまで来る途中、男性局員達は女性化した良介に熱い視線を送っていた。もし、良介が下着姿で隊舎を彷徨いていれば女に飢えた狼たちの格好の餌食になっていたのは言うまでもないだろう。

「最大の譲歩じゃねぇか、下着は男モノだろう?」

一応、ゲンヤは空気を読んだのか、パンツは男物を用意してくれた。これで、女性用の下着など用意していれば、良介はノーパン状態でゲンヤに斬りかかっていたかもしれない。

「それでもブラは要らねぇよ!!」

良介は制服の上着のポケットからブラジャーを取り出しゲンヤに投げ返す。胸を痛めると思ってゲンヤはブラジャーだけは用意していた。しかし、良介は受け取りを拒否した。

「それじゃあ、俺はもう帰るからな!!」

乱暴にドアを閉め、部隊長室を出ていく良介であった。

「やれやれ」

と、ため息をつきながら良介が出ていった扉をゲンヤは見つめていた。

 

 

その日、ヴァイス・グランセニック陸曹は108部隊に所用があり、108部隊隊舎に来ていた。

「やれやれ、宮仕えも楽じぇねぇよな・・・・」

愚痴りながら隊舎の通路を歩くヴァイス。すると反対側から一人の女性局員が歩いてきた。

「ん?」

ヴァイスがその局員を見ると、その女性局員の服装はかなりラフな格好だった。

基本的に服装に厳しい管理局で、あんなラフな格好をして注意されないと言うことは少なくともあの女性局員の階級は佐官以上・・・・つまりは陸曹であるヴァイスよりも上官にあたる人物だということになる。

しかもシャツの間から僅かに見える胸の谷間が何とも男心を擽る。

そんなことを考えていると、その女性局員(良介)は、

「よぉ、ヴァイス。どうした?こんなところで?何か用事か?」

と、気さくに話しかけてきた。

「は、はい!しょ、所用がありまして・・・・」

咄嗟に襟元を正し、直立不動で答えるヴァイス。

「そうか、宮仕えも大変だな」

「い、いえ。これも仕事の内ですから!!」

さっきと言っていることが180度違っているヴァイス。まぁ上官の前で仕事に不満を言うわけにもいかない。

「ん?それにしても今日は随分と態度が固いな?どうかしたのか?それに少し顔が赤いぞ、大丈夫か?」

その女性局員(良介)は首を傾げながらヴァイスの顔を覗き込む。

「い、いえそのようなことは・・・・///// そ、それに体調もすこぶる万全です!!//////

ヴァイスの顔は赤く、心臓は波を打つように激しく脈をうっていた。

その女性局員(良介)はシグナムと似た雰囲気を醸し出していた。

シグナムは言わずと知れた騎士であるが、目の前の女性局員(良介)はその服装から自由気ままな猫、人間に例えるなら女海賊かアマゾネスのような魅力を感じた。

先程までシャワーを浴びていたのだろう。少し湿った黒く長い髪にシャンプーと石鹸の香りがヴァイスの鼻腔を優しく刺激する。

「そうか?それじゃあ仕事がんばれよ〜」

「は、はい」

ヒラヒラと手を振りながら去っていく女性局員(良介)に敬礼するヴァイス。

女性局員(良介)を見る彼の視線は憧れと恋心を秘めていた。

 

 

要件を終えて、一息入れようと、108部隊の食堂に来たヴァイスは機械のようにコーヒーをマドラーでかき混ぜていた。

その様子は完全に心此処にあらず、上の空であった。

こんな気持ちになったのは武装隊に所属していた頃、初めてシグナムと出会った時以来だ。

その理由はやはり先程通路で、出会った女性局員(良介)のことに他ならない。

ヴァイスは女性局員(良介)と別れたあと、あの人の名前も所属部隊も階級も聞き忘れた事を思い出し、後悔の念に駆られていた。

(くそっ、俺のバカ。なんであの時、せめて名前だけでも聞いておかなかったんだ!?)

コーヒーをかき混ぜる手を止め、今度は両手で頭を抱え苦悩するヴァイス。

食堂にいた他の局員はヴァイスの行動が理解できずに若干引き気味。

(そう言えばあの人、俺の名前を知っていたな・・・・ということは、俺はあの人に会っているということか?でも、どこであったんだ?)

ハッとして、頭を抱え込むのを止め、今度は難しい顔をして考え込むヴァイスであった。

 

 

ヴァイスが食堂で悩んでいるその頃、108部隊隊舎に連行されたタッカーの事情聴取がゲンヤの部下の一人、カルタスの手で行われていた。

合成獣製造の罪は既にフェイトとはやてのデバイスにより証拠映像が記憶されているので言い逃れは出来ない。

カルタスが聞いているのは良介が浴びた例の薬液についてだった。

タッカーは良介が死んだと思い、高笑いをしながら如何に自分が優れた科学者であるかを自画自賛していたが、カルタスから良介が生きていたことを聞き、「嘘だ!」を連呼して暴れそうになったので、随伴していた別の捜査官にバインドをかけられた。

「確かに宮本は死ななかった・・・・だが、問題が起きて、性別が入れ替わってしまった。薬液の成分ないし、解毒剤の処方を教えてもらおう」

カルタスから良介の現状を聞くと、タッカーは再び高笑いをし、自画自賛したあげくに「言うわけねぇだろぉヴァーカ」と言い、薬の成分・解毒剤の処方を拒否した。

その言葉を聴き、随伴した捜査官はおもわずタッカーを殴りつけようとしたが、カルタスはそれを止め、一人の捜査官に耳打ちをし、耳打ちをされた捜査官は一度取り調べ室を出て行った。

暫くしてその捜査官と共に白衣を着たシャマルが取調室に現れた。

「この冴えない中年男が良介さんを殺そうとした変態野朗ですか?・・・・へぇー・・・・あなたみたいのが存在し続けたいのなら、二酸化炭素を吸って酸素を出す練習でもしたらどうかしら?」

シャマルがイイ笑顔でタッカーに迫る。

その雰囲気にタッカーはもとより、その場に居たカルタスを含む捜査官全員が冷や汗をかいた。

「時間も惜しいし、チャッチャッと殺っちゃいましょう〜♪」

(((字が違っていると思うのだが・・・・・))) 誤字にあらず by作者

シャマルは白衣のポケットから一本の注射器を取り出す。その中には怪しい色の液体が入っていた。

「な、なんだ?それは!?」

タッカーが顔色を青くし小さく震え、汗が出ている。

「うふふふふふ♪」

シャマルは注射器の中身を言わず、笑みを浮かべたままバインドで拘束されているタッカーに近づいていく。

「や、やめろぉー!!く、来るなぁ!!」

悲鳴空しくタッカーの腕に注射器が刺さり、中の薬液がタッカーの体内に注入される。

「ふふふ、これで貴方は五分後に心臓が停止しますわ♪〜」

クアットロに似たような悪巧みを含んだ笑を浮かべ、タッカーの寿命を告げるシャマル。

「そ、そんな・・・・」

シャマルの宣告を受け、顔を青くするタッカー。

「でも、ちゃんと解毒剤もあるんですよ〜ホラ・・・・」

シャマルはもう一本、別の注射器をタッカーに見せ付ける。

「良介さんに浴びせた薬の成分を教えてくれればこの解毒剤をすぐに打ってあげましょう」

「き、汚いぞ!!きさまらそれでも正義を自称する管理局の局員か!?」

「命を散々弄んできた貴方にいわれたくないですね〜むしろ貴方がこのような形で死ぬのは当然の報いかもしれませんよ?」

「くっ・・・・」

「さあ、あと三分ですよ・・・・・・・あと二分・・・・・あと一分・・・・・・」

「わ、分かった!!言う!言うから、助けてくれ!!」

タッカーも等々命が惜しくなったのか、白状する気になった。

「いいでしょう。ただし解毒剤を打つのは先に白状してからですよ〜」

「あ、ああ。実はあの薬液の成分は・・・・」

「成分は?」

「成分は・・・・」

「成分は?」

「・・・・覚えてないんだ・・・・・・」

「はぁ?」

「実はあの薬液はその場にあった適当な薬液を色々混ぜて作ったものなんだ・・・・・そのため、解毒剤の生成はわからないし、あの薬液の効き目が何時までなのかもわからない・・・・一日か数日、いや、一週間か一ヶ月か、いやもしかしたら、一年か十年かそれとも一生なのか・・・・」

「・・・・・・」

((((散々勿体つけてそのオチかよ・・・・))))

その場にいた皆の心の声が同調し、呆れた。

「白状したんだから早く解毒剤を!!」

一方、タッカーの方は必死であった。そんなタッカーにシャマルは、

「ああ、さっき打ったのは毒ではなくただの栄養剤ですので、死にはしませんよ〜局員である私がまさか人殺しをするはずがないじゃないですか」

と、笑顔で言い返した。しかし、こめかみは小さくピクついている。

「なっ!貴様!!騙したのか!?」

打たれた薬が毒ではなかったのを知ったタッカーは憤慨した。

そこに・・・・

「黙れよ、豚・・・・」

シャマルがドスの効いた低い声とゴミ屑を見るような冷たい目でタッカーを見下す。

それから三十分後・・・・・。

「すみません・・・・すみません・・・・生きてきてすみません・・・・・私は合成獣にも劣る醜い豚です・・・・・私は・・・・・」

タッカーは虚ろな目でさっきから同じような言葉を繰り返している。

捜査官たちも取調室のスミでガタガタ震えている。かろうじてベテラン捜査官のカルタスはその場に踏みとどまっていたが、冷や汗をかいていた。

この三十分の間、何があったのかは、カルタス達は後に何も語っていない。

ともかくカルタスはこの件を上司であるゲンヤに報告をした。

 

 

「やれやれ、適当に作ったまがい物とはなぁ・・・・・」

カルタスから受けた報告を聞き、ゲンヤは頭を抱えたくなった。

解毒剤の生成方法もその効き目が何時切れるかも分からねぇ・・・・・。

良介が知ったらショックで発狂して自害しちまうかもしれねぇな・・・・

どう良介に説明したらいいのやら・・・・

一人、部屋でそんなことを考えていると、どんどんマイナス思考になってくるので、ゲンヤは気分転換に食堂で、コーヒーでも一杯飲んで、気分を落ち着かせようと、思い食堂にやって来た。

ゲンヤが食堂に入ると、食堂の一角にヴァイスの姿があった。

彼は何か悩んでいるようで、さっきから「う〜ん」と唸って悩んでいる。

「よぉ、ヴァイスじゃねぇか。どうしたんだ?難しい顔をして?」

「あ、ゲンヤさん・・・・」

ヴァイスが顔を上げると手にコーヒーカップを持ったゲンヤがヴァイスの向かい側に座る。

(そうだ!ゲンヤさんならあの人の事を知っているかも!)

ヴァイスはそう思い、ゲンヤに相談を持ちかけた。

「ゲンヤさん」

「ん?」

「実は俺、ゲンヤさんに聞きたいことが・・・・」

「何だ?」

「実は俺・・気になる人がいまして・・・・」

ヴァイスは少し頬赤く染め、気まずそうに視線をずらし、自らの悩みをゲンヤに話す。

「ほぉ〜恋の悩みか?若いねぇ〜 それで、お前が気になる女って誰だ?やっぱりシグナムの姐ちゃんか?」

「い、いえ・・シグナムの姐さんではなく・・・・その・・・・」

(ほぉー意外だな。コイツがシグナムの姐ちゃん以外に興味を示すなんてな・・・・)

今までシグナム一本だったヴァイスがシグナム以外の女に靡いた事がゲンヤにとっては意外だった。

「実は・・・・さっきこの隊舎の通路で会った人でして・・・・もしかしたらゲンヤさんなら知っていると思って・・・・」

「ん?ウチの隊の所属なのか?まぁそれなら紹介ぐらいはしてやるけど?・・・・誰なんだ?ちなみにギンガは無理だぞ」

「い、いくら俺だってギンガちゃんに手を出して宮本の奴に斬り殺されるのはまっぴらゴメンですよ!!」

「そうか?ならスバルか?それともチンクか?いや、デバイスの形状からデェイチということもありえるな・・・・」

「なんでさっきからゲンヤさんの娘さん達ばっかりなんですか!?それに俺言いましたよね?ここの通路で会ったって!!」

ヴァイスは決してロリコンではない。むしろ自分よりも年上の女に興味がある。そのためゲンヤが先程あげたヴァイスの恋人候補かもしれないゲンヤの娘たちは皆、ヴァイス本人にとっては恋愛対象外だった。

「ああ、そうだったな。それで誰なんだ?」

「実は、名前知らなくて・・・・」

「はぁ? 名前を知らない?」

「は、はい・・・・向こうは俺を知っているみたいでしたけど・・・・」

「どんな女だったんだ?」

「どんなって・・・・えっと・・・・黒くて長い髪をしていて、気の強そうな切れ長の目に長いまつ毛をしていて、声はハスキーボイスで、あと、かなり胸が大きかったです。そのため、服はノーネクタイでシャツのボタンは二つ三つ開けて、上着も前ボタンを止めずに羽織っていました」

「・・・・・・」

ヴァイスが挙げた気になる女の特徴を聞き、それが誰なのかゲンヤはすぐに分かった。

(よりにもよって良介かよ!!)

ゲンヤの顔は引きつった。

「それでゲンヤさん、その人について何か心当たりとかありますか?名前だけでもいいんですが」

「さ、さあな・・・・少なくともウチの部隊には心当たりはねぇな。今日のお前さんみたく他所の所からなにか用があって来たんじゃねぇかな?」

「そうですか・・・・」

ゲンヤの言葉を聞き、ガックリと悄気るヴァイス。

「ま、まぁいつかまた会えるんじゃねぇかな?元気出せって」

性分なのか、無駄だと分かっているにもかかわらずヴァイスを元気づけるゲンヤ。

「そ、そうですね・・・・あの人、管理局の制服を着てたから局にいる限りどこかの部署に居るはずですよね!?」

「あ、ああ」

「よっしゃあ!!必ず見つけ出してやるぜ!!愛しのマイハニー!!」

ゲンヤ言葉を聞いて勢い良く椅子から多々がったヴァイス。

(正体を知ったらヴァイスの奴、ショックのあまり倒れちまうかもしれねぇな・・・・)

そんなヴァイスに対し、ゲンヤは本当の事など言える筈もなかった。

良介、ゲンヤ、ヴァイスの悩みはまだまだ続くこととなった。

 

 

あとがき

何気なく登場させたヴァイスですが、彼のお悩みはなんとなく不完全燃焼で終わるかもしれません。

流石に真実を知った時の彼があまりにも哀れで・・・・。

取調室に登場したシャマルのセリフに荒川アンダーグランドのマリア様のセリフを入れてみました。若本ボイスのゲンヤに次ぐ、沢城ボイスのシャマルも有りだと作者はそう思います。

次回は108部隊を出た良介君の身に不幸?が降りかかります。

では次回にまたお会いしましょう。




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