十四話 コウノトリガクルヒ

 

 

それはチンクの一言から始まった。

「ギンガ、赤ちゃんは一体どこからくるのだ?」

「えっ!?」

唐突に赤ちゃんの話題を振られたギンガは困惑する。

「ど、どうしたの?急に?」

「実はな・・・・」

 

チンクたちはその日、朝のニュースでミッドの有名女性芸能人が赤ちゃんを出産したというニュースを見て、ウェンディがまずノーヴェに、

「ノーヴェ、赤ちゃんはどこからくるんっスか?」

と、質問して、質問されたノーヴェは狼狽え、

「せ、セインに聞け!」

と、セインに押しつけ、セインもノーヴェ同様チンクに質問の答えを押し付けた。

更生施設にいるナンバーズの中ではチンクが最も稼働年月が有るからチンクなら知っている。チンクなら姉だからという心理がセインには働いた。それは他の妹達も同様だった。

そしてそれはチンク自身の方も同じで、自分は姉なのだから妹の質問には完璧に答えなければならないと言う姉としてのプライドが働いた。

「そ、それは・・・・」

妹たちから一斉に尊敬の視線を向けられ口ごもるチンク。

たとえ、稼働年月が長くても赤ちゃんがどうやって生まれるのか見当もついておらず、チンクは目を泳がせ、冷汗をかく。

そこにデェイチが一つの仮説を立てる。

「私たちみたく、やっぱり培養槽からじゃないかな?」

「でも、人工的に人を造るのは法律で禁止されてるよ。まさかミッドの人間全てが培養槽から生まれてきたとは思えないし・・・・」

オットーの指摘でデェイチの仮説は否定される。

「少し前に読んだ本だと、コウノトリって言う鳥が赤ちゃんを運んでくるって書いてあったけど・・・・」

ディードが新たに仮説をたてる。

「で、その鳥はどこから赤ちゃんを運んで来るんだ?」

「・・・・わかりません・・・・・」

ノーヴェの質問に答えられず、ディードの仮説も信憑性が薄れた。

「こ、ここはやっぱりギンガに聞いた方がいいんじゃないかな?」

明確な答えが出ず、妙な空気となり、ここは自分たちよりも外の見聞と経験を多く積んでいるギンガに聞いたほうが早いとセインが提案し、満場一致でギンガに聞くこととなった。

 

「・・・・と、言うことがあったのだが、ギンガは知っているか?」

「えっと・・・・それは・・・・」

「やっぱりギンガも知らないのか?」

「いや、そういうわけじゃなくて・・・・知っているって言えば、知っているけど・・・・」

「だったら是非とも教えて欲しい!!」

チンクのキラキラと尊敬するような無垢の眼差しが今のギンガにとっては痛い。コウノトリやキャベツ畑を信じている子供にいきなり現実を突き付けるのは酷い事だと思い、「はたして彼女たちに教えていいものだろうか?」とギンガは悩む。

そこへ、

「いいじゃないギンガ、教えてあげても」

「あ、アリサさん?」

悩むギンガに対し意外にもアリサは教える気満々だった。

「でも、アリサさん・・・・」

「ギンガ、性教育については中学校の保健体育の授業でも学ぶことよ。それに・・・・」

「それに・・・・?」

「女の嗜みの一つとして男の体を知るのにもいい機会じゃない?幸い良介は今日、別件でここには来てないし、ここから出た後、悪い男に引っかからないようにするためにも・・ねっ・・・・」

「わ、わかりました」

こうして今日の授業の課題は「生命の誕生について」となった。

 

 

「では、まず『赤ちゃんがどこからくるのか?』ですが、赤ちゃんはお母さんの・・・・女の人のお腹から生まれます」

ギンガが先程あったチンクの質問に答える。

「「「「「「えええっ!!」」」」」」

予想外の答えに驚きの声を上げるナンバーズ一同。

「培養機からでもなく・・・・」

「コウノトリでもない・・・・・」

「女の人の・・・・・」

「お腹・・・・・」

ナンバーズの皆は、自分のお腹を見たり、直接手で触ったりしている。

「では、どのようにして赤ちゃんがお母さんのお腹から生まれてくるのかですが・・・・」

ギンガとアリサは中学生レベルの範囲で生命の誕生についての講義を行なった。その中には当然オブラートに包まれた男女の営みも含まれていた。

「・・・・以上です。なにか質問はありますか?」

ギンガが皆を見渡すが、皆、驚愕の真実を知ったのと、どういう経緯で赤ちゃんが出来、産まれてくるのかを知り、顔がほんのり赤い。

「最後に一つ余談ですが、私のお腹の中にも今、ある人との子供が・・・・もう一つの命が宿っています」

ギンガが手をお腹に当てると、またもナンバーズは驚愕の声をあげる。

「ま、マジかよ・・・・」

「それは本当か!?ギンガ?」

「ギンガ、男の人とあんなことをやったの?」

「はい・・・・」

ギンガは小さく頷く。

「あぶないっスよ、ギンガ!!そのうち赤ちゃんがギンガのお腹を引き裂いて出てくるっスよ!!」

「すぐに取り出して、培養槽にいれたほうがいいよ!!」

ウェンディとセインは彼女達なりにギンガのことを心配しているのだろうが、完全に的はずれな事を言っている。

第一ギンガの子宮の中の胎児は培養槽に入れられるほど、まだ大きくなっていない。

「エイリアンじゃないんだから大丈夫よ。それより、ギンガが妊娠したということは、将来貴方たちにも妊娠の可能性があると言うことよ」

アリサの指摘にポカーンとするナンバーズ一同。

「私たちにも・・・・」

「可能性・・・・」

「そう。私達は戦闘機人・・・・人であり、人ではない存在・・・・でもみんなと同じ戦闘機人の私がこうして妊娠し、子を産めるということは、皆も私と同じく子供を産める体だというなによりの証明になったわけです」

「僕たち・・・・」

「私たちに・・・・」

「いつか・・・・」

「子供が・・・・」

「出来る・・・・」

「子供を産める・・・・・」

ギンガの言葉にチンク以外は皆唖然としている。

「そうか・・・・それは楽しみだ。いつか自分で産んだ我が子をこの手で抱いてみたいものだな」

チンクが自分の手を見ながらしみじみと言った。

それは自分たちの存在が戦うためだけの道具ではなく、一つの尊い生命体であると、自覚した瞬間でもあった。

 

 

今日のプログラムが終わり、ナンバーズの全員が浴室にいるとき、セインが鏡に映る自分の姿を見ながらポツリと口を開く。

「私たちもいつか子供を産む・・・・か・・・・・」

そう言ってセインは自分の下腹部に手を当てる。

「どうしたセイン?」

そんなセインにチンクが話しかける。

「あ、いや今日の授業の事を思い出しちゃって・・・・」

「ああ、赤ちゃんについてか・・・・」

「で、でもさ、赤ちゃん作るのに男の人と・・・・その・・・・あ、あんな事をしなくちゃいけないだろう?」

ノーヴェが恥じらいつつ言う。

「ノーヴェは初心だねぇ〜」

セインがからかい混じりでノーヴェに言うと、

「う、うるせぇ/////

ノーヴェは頬赤く染め、プイっとセインから視線を逸らす。

「でも、赤ちゃんが居るっていった時のギンガの顔、幸せそうだったな・・・・・」

「「うんうん」」

デェイチの言葉に頷くオットーとディード。

「うやらましいっス・・・・アタシも赤ちゃんほしいっス!!」

「ペットじゃないんだぞ!!ウェンディ!!そう軽々しく欲しいなどと言うな!!」

ウェンディに注意をするチンクであったが、心のスミでは自分も将来赤ちゃんが欲しいと思っていた。

 

 

翌日、良介がアリサに引きずられながら更生施設へ来た。

「なんだよ!!この前の一回で終わりじゃなかったのかよ!?」

「そんなわけないでしょう!!」

特別担当官に再び就任した良介、しかし本人はやる気がない。

「リョウスケさ〜〜〜んっ!!!」

「ん?・・・・ぐはぁっ!?」

教室に入った瞬間に良介の腹部に何者が突撃(本人は抱きつきのつもり)してきた。

「リョウスケさ〜〜ん、会いたかったっスよ!!昨日はなんできてくれなかったんっスか?」

突撃をかましたのは絵の一件で良介に懐いたウェンディだった。

「あのなぁ俺は局員じゃねぇの!他にも色んな仕事を沢山抱えてんだよ!」

「昨日は来てくれなかったんでアタシ寂しかったっス」

「聞けよ!!」

ウェンディがいじらしく良介の胸板を指でなぞる。

「ウェンディ・・・・いいな・・・・」

「僕もやりたい・・・・・」

同じく良介に懐いたオットーはポツリと呟き、ディードは指をくわえ羨ましそうに二人のやり取りを見ていた。

 

 

午前中のプログラムが終了し、昼食の後の昼休み、各自が思い思いの自由時間を過ごしている中、

「リョウスケさ〜〜ん、これどういう意味っスか?」

雑誌を片手に良介の背後から抱きつくウェンディ。

抱きつかれれば当然良介の背中にはウェンディの程良く実った乳房が押しつけられる。

ただでさえ、彼女たちが今、着ている囚人服は保温効果は有るが、生地の厚さは薄手なので、その感触は凄まじいものだ。

普通の男ならばだらしなく鼻の下を伸ばすようなシュチュエーションだが、伊達に今までの人生を孤独に過ごしてきた良介ではない。

「ウェンディ・・・・離れろ・・・・・」

「え〜なんでっスか?」

「当たってんだよ・・・・」

「何がっスか?」

ニヤニヤ顔で良介に聞いてくるウェンディ。

「お前のその無駄にデカイおっぱいがだぁ!!」

「ふふ、当ててんっスよ

ウェンディが微笑みながら良介の耳元で囁く。そしてさらに言葉を続ける。

「アタシ、リョウスケさんにならアタシの初めて捧げてもいいっスよ・・・・」

頬を赤く染め、恥じらいながら良介の耳元で囁くウェンディ。その姿はまさに恋する乙女であったが、相手が悪かった。

もし、良介がそこら辺の男と同じであれば、そのままウェンディに靡いていたであろうが、あいにく過去に何度もこのような経験をシャマルで経験済みであり、その対処法も知っていた。

しかも既に良介は売約済みなわけであって・・・・。

「バカ言ってんじゃねぇ。そういうのはもっと大事な時にとっとけ!」

「あだっ」

良介はウェンディの額にデコピンを一発くらわす。その直後、良介はどこからか殺気を感じた。

「っ!?」

良介は殺気のした方向に視線を向けると・・・・・。

そこには・・・・・。

・・・・ギンガが・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・いた・・・・。

 

ギンガは更正施設に植えられた樹木の陰からこちら(良介とウェンディ)をジッと見ている。

表情は朗らかな笑顔であるが、樹に添えた手は硬い筈の樹皮をボール紙のように握りつぶし、黒いオーラが滲み出ている。

更に注意深く凝視して見ると、瞳の色が変わっている。

以前、ギンガから戦闘機人として稼動していると瞳の色が金色に変化し、攻撃的になり凶暴性が増すと聞いたことがある。

思えばギンガが洗脳され、対峙した時も瞳の色は金色で躊躇なく良介やスバルに攻撃を仕掛けてきた。

そのギンガが、今まさにあの時と同じ・・・・いや、瞳のハイライトが消えている分、更にあの時の上をいくヤバイ感じになっている。

(はやてさん・・・・あの時のはやてさん達の気持ち、今ならわかる気がします・・・・)

ギンガの中に渦巻く嫉妬と怒気は地獄の業火の如く猛り狂っている。

しかし、はやて達とギンガの違いはここで魔法をぶっ放さなかったことである。

ギンガは必死に理性を働かせ、怒りを鎮めるため、その場を後にした。

 

 

ギンガは怒っていた。

それもとてつもなく・・・・。

理由は言うまでもなく先ほど目にした光景である。

ウェンディに引っ付かれて嬉しそうにニヤニヤする良介の姿(ギンガによる視点)。

自分という婚約者がいるにも関わらず、他の女の子とイチャイチャ(ギンガによる視点)していれば面白いわけがない。

「良介さんったら、なによ、あんなにデレデレしちゃって・・・・」

足早に廊下を歩きながら、ギンガは思わず口に出していた。

そこで自分でもこんなに独占欲が強かったなんて思わなかった。

沸き上がるのは彼への純然たる怒りと・・・・・

「でも・・・・ウェンディ、可愛いもんね・・・・」

不安・・・・。

同性の自分から見ても、ウェンディは可愛いいと思う。

屈託のない明るい笑顔。

スバルと同じように子犬みたいな人懐っこい性格。

均整の取れたプロポーション。

もしかしたら、彼は自分との婚約を解消して彼女を取るかもしれない・・・・・・。

まだ結婚ではなく、婚約中という関係のせいか、そんなどうしようもない不安を抱かずにはいられない。

最も現在、妊娠中のギンガを今更良介が捨てる筈があるわけがないのだが、この時のギンガはあまりの怒りのためそのことを完全に忘れていた。

そんな中、背後から良介の声がした。

「ギンガ!」

「りょ、良介さん・・・・」

振り向けば小走りで自分に近づいてくる良介の姿。

だが、ギンガはプイとそっぽを向く。

「何か用ですか?」

「なに怒ってんだよ?さっきのはウェンディの悪ふざけだって!!」

誤解を解こうと説明をする良介だが、ギンガは相変わらずご機嫌斜め。

「別に、私は怒ってなんていません。私の事は気にせず、好きなだけウェンディとイチャついていれば良いじゃないですか?」

ギンガ自身もびっくりするくらいそっけない言い方。

自分自身の醜い嫉妬心に心が痛む。

 

本当は彼にもっと甘えたい。

 

彼にはもっと自分を見てほしい・・・・。

 

そう・・・・他の誰かではなく、自分を・・・・自分だけを見てほしい。

 

だけど、なかなか素直になれない。

 

そんな自分の不器用さを呪うギンガ。

「はぁ・・・・やれやれ・・・・」

良介は溜息を吐いた後、ギンガの手をおもむろにつかむ。

「な、なにを・・・・んッ」

突然手をつかまれ、文句を言おうとしたが、ギンガはそれを言う事は出来なかった。

なぜならば、手をつかまれたと思ったら、急に良介に抱き寄せられ、そのまま彼の唇で自分の唇を塞がれてしまったからだ。

突然の出来事で強張るギンガの身体、しかしそれはほんの一瞬のこと。

唇を割って進入してきた良介の舌と自分の舌が絡み合っていく内にギンガの心の中で、燃えていた怒りと嫉妬の炎は次第に鎮火していく。

腰に回った良介の手がギンガを抱き寄せ、そのまま力強く良介に抱かれる。ギンガもまた瞳を閉じ、身体をギュっと良介の体に押し付け、良介の背中に腕を回して、良介を力強く抱きしめる。

ここが通路だということ、誰かに見られるかもしれないという心配や概念は遥か彼方にとばし、二人は濃厚な口付けに酔いしれる。

「ぷはぁ・・・・」

ギンガの瞳の色は目蓋が開かれた時にはいつものエメラルドグリーンに戻っていた。

二人の唇に繋がる銀色の唾液の橋を、とろんとした目つきで見つめるギンガ。

「これでわかったろう?俺はお前以外の女には靡かないからな・・・・」

良介の言葉を聞き、心が甘ったるい幸福感に満たされながらもまだちょっと素直になりきれないギンガは良介に問う。

「その言葉信じていいんですね?」

「疑り深いな、ギンガは」

「私は捜査官ですから・・・・疑うのが仕事なんです・・・・んっ」

そう言うと、今度はギンガが良介の顔を抱き寄せる。

そして再び重なり合う両者の唇。

二人は再び濃厚な口付けに酔いしれた。

 

ちなみに二人のこの姿はナンバーズの皆とアリサにバッチリ目撃され、後にギンガはこの時の出来事をネタにからかわれることになる。

 

 

あとがき

再び良介君をナンバーズ(主にウェンディ)と絡ませてみました。

絡ませたことによりヤキモチを焼いたギンガさんも描いてみました。

何となくなのはキャラって百合要素とヤンデレ要素を含んでいるような気がします。

次回はいよいよ二人の結婚式を描くつもりです。

では、次回またお会いしましょう。




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