ファンの策謀が阻まれ、コンサートは無事に行われた。
それから数日後。ここはイギリス、ロンドン郊外にあるビルの一室。そこには数人の男達がいた。

「クソッ!!あれだけ大口を叩いておいて、このザマか!!」
白のスーツを着た、恰幅の良い男がデスクを苛立ち任せに叩く。
「どうしますか、ボス?あのファンが、そう口を割るとは思いませんが……」
「どうするもこうするも無い……こうなったら、CSSの連中を血祭りに上げてでも『最後の遺産』を手に入れてやるッ!!」
デスクの引き出しから拳銃を取り出し、物騒な事を言い放つ男。彼らこそファンのスポンサー、すなわち今回の件の黒幕である。


「―――生憎と、そうは行かないな」
『―――ッ!?』
声のした方を驚きのままに見れば、ドアがいつの間にか開いており、サングラスに黒のロングコートを着た男が立っていた。

「誰だ、手前ぇは!?どうやって入った!?」
「やれやれ、侵入者相手に随分とのん気だな……勿論、入り口から堂々と入ったに決まっているだろう?」
そう言って男は、呆れたとばかりに頭を振った。

その瞬間、銃声が響いた。男の胸目掛けて引き金が引かれたのだ。

続けて撃たれた数発が、腕や腹、頭を撃ち抜く。男の体がグラリと揺れ、そのまま後ろへと倒れた。



「―――ほう、中々良い腕をしているな」
「なっ―――!?」
その声は、銃を撃った白スーツの男の真後ろから聞こえた。

全員が振り返れば、そこには今しがた殺したはずの男の姿。
黒の皮手袋に包まれた手で、棚に置かれたグラスとブランデーを取り出している。
そのまま馴れた手つきで、ブランデーをグラスに注いでいく。

誰もが唖然とする中、一人が弾かれたように入り口の方を見遣った。果たして、そこに在る筈の男の体は、跡形も無く消え去っていた。

「な、何なんだ……これは!?」
目にした光景の不気味さに誰もが恐怖し、そして戦慄する。


そして男は、まるでここが彼の自宅であるかのように、何事も無くグラスを空けた。

グラスをデスクに置き、男は深く息を吐いた。


「――それじゃ、害虫駆除を始めようか?」





   魔法少女リリカルなのはA’s シャドウブレイカー
         外伝  聖歌の守護者達

        終章  受け継がれる“遺産”





ビルを窺う物影には、AGPO特殊部隊『WED』のトラックが停まっていた。

そして入り口には、身を屈めた特殊部隊の隊員達が配備されている。
彼らは無線での指示を受け、慎重に階段を上がって行く。

ドアの前に一人が着け、二人が自動小銃を構えた。互いに目線を合わせ、タイミングを合わせる。
ドアノブをゆっくりと回し、そして一気に引き開けると、中になだれ込んだ。
「全員動く――――な……っ?」
そこに広がる光景に、隊員達は唖然とした。

中はまるで嵐でも起きたかのように乱雑で、机やソファー、その他の調度品の全てが『人体』によって破壊されていた。
簡単に言えば、マフィアが全員叩きのめされ、そして机やら何やらに叩きつけられていたのだ。

そして全員が息も絶え絶えであり、時折思い出したように呻いていた。

更に奥へと進むと、恐らくは目標が居ると思われる部屋があった。ドアを開け放つと、そこにも唖然とする光景が広がっていた。

壁の多くに弾痕が刻まれ、やはり部屋は荒れていた。


そして標的の男達はズタボロにされた挙句、何故かマリオネットの様にワイヤーロープで天井から吊り下げられていた。

「………」
「ん……?」
黒のスーツの男が、何事かを呟いた。それに気付いた隊員が耳を近付ける。

「……あ……悪魔……が……」
そしてガックリとうな垂れ、意識を手放した。




ビルに居たマフィア達は全員、命に別状は無いものの重傷で、そのまま病院へと搬送された。
そして同ビル内からは銃器類、そしてフィアッセ・クリステラへの脅迫依頼の証拠が押収された。


「しかし、これだけの人数を一体、何処の連中がやったんだろうな?」
現場指揮を務めたジェフリー・レイは、その惨状に閉口するしかなかった。

現場の状況を考えるに、襲撃はWEDの踏み込む直前の筈である。
自分達に気取られずに全員を叩き伏せ、かつ手掛かりとなりそうな物も残されていない。
全くもって理解できない。一体、犯人は何者なのか。

「とりあえず証言を聞けました。どうやら、これら全ては一人が行った事のようです」
「……!?おいおい、幾ら何でもそれは………いや、君らならあるいは……?」
隣に現れた女性を見て、ジェフリーは思い出した。

完全武装のWEDの隊員を翻弄し、圧倒した者が居た事を。

「君なら可能か……美沙斗?」
「そうですね……難しい、とだけ答えておきます」
「そうか。やれやれ、これの報告書をどうするか……頭が痛くなるな」
そう言ってジェフリーが頭を掻いていると、美沙斗はふと窓の外を見遣った。

「―――ッ!?」
そこに見えた人影は、彼女がハッとした瞬間には消えてしまっていた。

(今のは……まさか、空也さん?)

視界に入ったのは、ほんの一瞬。だがその一瞬でも、美沙斗には見覚えのある姿であった。

だが、辰守空也は既に鬼籍に入っている。ならば、あれは誰だというのか。

答えの出ない疑問に、美沙斗はしばしの間、窓の外を眺めていた。








現場から少し離れた所にある、オープンカフェテリア。
そこの席の一つにコートの男は腰掛け、優雅にアッサムティーを飲んでいた。

「……っと、やれやれ」
男はコートの内ポケットから聞こえた電子音に導かれて、懐に手を入れる。

「もしもし……あぁ、椛か。こっちはもう終わった……あぁ、折角だからロンドン見物でもしていくよ」
『…………?』
「土産か〜、じゃあペナントでも買ってくか。え、無い?いやいや、探せばアルかもしれないぞ、エッフェル塔ペナントとか」
『………』
「……そこまで呆れる事は無いだろう?じゃあ、適当に菓子でも買って、送っとくよ。じゃあな」
そう言ってから通話を切って、携帯電話をポケットに仕舞うともう一度、ティーカップを手にする。

「………ふぅ」
そして、再び鼻腔をくすぐる香りに嘆息した。

















無事、日本でのコンサートツアーを終えたCSS一行は、次のツアー先へと向かう為、空港に来ていた。
美沙斗から一連の主犯格を逮捕したという連絡を受け、これで事件は一応の解決となった。

しかし、だからといって彼女――― エリスの仕事が終わった訳ではない。
マクガーレン社とCSSの契約は、このツアーの終了まで続くのだ。



そして今、空港の待合ロビーには出演者やCSSの生徒が居る。
そしてアイリーンと美由希、フィアッセと連音も楽しげに雑談をしている。

そんな様子を、恭也とエリスは少し離れた所にある円形のベンチから眺めていた。



「う〜ん、皆とはここでお別れか〜、本当に残念だわ」
「犯人も捕まったから、もう何も起きないでしょう。後はエリスさん達に任せます………あぁ〜、これでやっと俺も女装から解放される」
連音はツアー中ずっと着ていたCSSの制服を脱ぎ捨て、普段着を身に着けていた。とはいえ、まだ髪は長いままであるが。

その長髪を弄りながら、苦笑いを浮かべる。


「あ、そうだ。私、連音君にずっと聞きたかった事があるの」
「何ですか……?」
「連音君がくれた『お守り』の事なんだけど……?」
「……あぁ、あれですか」
初日のコンサートの後、連音はフィアッセからお守りを一度回収していた。

それを後日、フィアッセに改めて渡したのだが、その時にはファンと対峙した時のような事は起こらなかった。
そうなるように連音がしたのだが、その事をフィアッセは尋ねたいようだ。

さて、と連音は考える。フィアッセにどれだけ教えたものかと。何も教えないというのは納得しないだろう。

少し思案すると連音は説明を始めた。
「実はあのお守りの中身に仕掛けがあって、それを使うと……まぁ、一種のテレパシーみたいな事が出来るんです」
「へぇ〜、そうだったんだ。何か、ハイテクって感じだね」
「で、中身は回収したので、それはもう只のお守りです」
詳しく言うと、お守りの中には琥光に似た石が入っていた。管理局の言葉を借りるならば、簡易デバイスのような物だ。

それは琥光を通して送られる連音の魔力を使って起動し、念話や簡単な防御魔法を発動させる事が出来る。
しかし発動の射程範囲は狭いので、あくまでも非常用として、フィアッセに持たせていたのだ。

フィアッセは「そっか、残念だな〜」などと言ってお守りを摘まんだ。
地球の技術レベルを考えれば、オーバーテクノロジーもいい所なので、その辺りは勘弁して貰いたいと連音は思った。

「……あ、そうだ。フィアッセさんに良い事を教えてあげます。ちょっと耳を貸して下さい」
「すぐに返してね?」
「……使い古されたギャグですね。えっとですね……」
連音はフィアッセの耳に、今しがた後ろで聞こえた会話の内容を伝えた。














日本から飛び立った飛行機。
その窓には遠ざかる島と、白雲が見える。
滞在は少しの間だったが、その間に起こった様々な出来事。事件の有無に関わらず、忘れる事は無いだろう。
そんな事を思いつつ、エリスは窓のブラインドを下ろした。

「ねぇ、エリス?」
「何……?」
タイミングを合わせた様に、隣に座るフィアッセが話し掛けてきた。
何故か彼女はもの凄い笑顔であり、言い知れない不安が過ぎる。

「エリスって………恭也が初恋の相手だって本当?」
「なっ……なぁッ!?」
一瞬でエリスの顔が真っ赤になる。
「へぇ、そうなの?アタシも興味あるわね〜♪」
背もたれを乗り越え、アイリーンが顔を出す。通路を挟んで向こう側の、エレン達も興味有りげにエリスの方を見ている。

歌姫といえども、やはり人の子。人の恋話には興味津々。
目的地に辿り着くまで、まだまだ時間はある。


エリス・マクガーレンの苦難は、まだ始まったばかりである。










「行っちゃったね、フィアッセ達……」
飛び立った飛行機が見えなくなった頃、美由希がふと呟いた。
「エリスが一緒なんだ、心配は要らないさ」
自分が原因で、機内でそんな事が起こっているとは露知らず、恭也は松葉杖を動かし、ロビーへと戻ろうとする。

ホテルでの戦いで、恭也は神速を使い過ぎた為、膝を痛めてしまった。
松葉杖が無ければ、歩くのもキツイ状態であった。

そんな恭也の後に続き、連音と美由希もロビーに戻る。

空港を出てタクシー乗り場に向かう道程で、連音は携帯を取り出し、キーをカチカチと押し出した。
「どうしたの?」
「いえ、忍姉にメールを送っとこうと思いまして……よし、送信」
無事にメールが送られたのを確認してから、連音は携帯電話を仕舞った。




さて、海鳴に戻ると連音は髪を切る為に月村家へ、美由希は高町の家に向かい、恭也はそのまま病院に直行。
主治医であるフィリス医師の診断とお叱りを受ける事になった。

「怪我は大した事はないですね。膝の方も、筋が痛んだせいで炎症を起こしていますが、安静にしていれば大丈夫でしょう」
診察を終え、フィリスは大事無いと安堵した。それを聞き、恭也も一緒になって安堵する。
「まったく……偶には、怪我以外で来て下さいよね?」
服装を整える恭也に、フィリスが呆れ気味に言う。その言葉に恭也は苦笑した。
「すみません……でも、病院に診察以外で来るのは迷惑でしょう?」
「そんな事はないですよ。むしろその方が―――ぁあっと!?何でもありません!!」
慌ててブンブンと手を振って否定するフィリス。その顔は羞恥ゆえか赤みを帯びていた。
「はぁ……?」
何をそんなに慌てているのか恭也は理解できず、ただ首を傾げるばかりであった。


会計を終えた恭也は、腕時計を見た。流石にこの状態では歩いて帰るというわけにも行かず、当然バスを使う事になる。
しかし時間を見てみると、今しがた出たばかりである。しかも次のバスが来るまで二十分近く開いている。
幾ら松葉杖でもそれだけあれば、一つ二つぐらい先の停留所まで行けるかも知れない。

安静にするよう言われたが、こうなると動きたくなるのが高町恭也の性である。

自動ドアを潜り、さて、と意気込んだ所に見えたのは一台の車。
そして、その所有者であろう女性の姿。
「忍……どうして?」
「連音からメール貰ったから、迎えに来てあげたのよ……だって、ほっといたら歩いて帰りそうなんだもん」
「………そんな事、する訳がないだろう」
「本当かな〜?……ま、良いわ」
忍は恭也を、支えるようにして車へと導いた。




先に帰宅した美由希は、玄関先で待っていた那美と共に家の中へと入った。
リビングに続くドアを開ければ、そこに広がるのは高町家の日常。

「うぁああああっ!!」
美由希達の目に飛び込んできたのは、何故か宙を舞う晶の姿。
「いてッ!?」
そのまま、フローリングに背中から落ちた。
「どうや!何年経とうと、うちには勝てへんで!!う〜ん、レンちゃん、無敵〜ッ!!」
勝利を確信し、ガッツポーズ決めるのは鳳蓮飛。
「どらぁああああああっ!!」
が、晶は寸での所で受身を取っており、すぐさま立ち上がると、再び向かっていった。
「な……っ! グハァッ!?」
完全に不意を突かれ、正拳突きをまともに喰らって、今度はレンが吹っ飛ぶ。
「くっ……! 何すんねん、このおサルッ!!」
「るせーッ!! このカメッ!!」
そして、始まるのは賑やかしい日常の風景。

「えっと……お茶、入れるね?」
「あ、手伝います」
これにも慣れたものと、二人はリビングからキッチンへと入る。


“Restrict Lock”
「うをっ!?」
「ぬあっ!?」
その時、更にエキサイトして跳躍した二人を、桜色の光が縛り上げた。

「レンちゃ〜ん、晶ちゃ〜ん……?」
「「―――ひぃっ!?」」
ドアの向こうにはいつの間にか、素敵に微笑むなのはの姿があった。
その手には彼女のパートナー、レイジングハートが握られている。しかもバスターモードで。

「約束したよね〜? 家の中では暴れないって……なのに今、何してたのかな〜?」「いや、何もしとらんよ!? な、な〜晶!?」
「お、おうっ! 何もしてないって……本当に!!」
動く顔だけを必死に動かし、コクコクと頷く二人。
しばし、なのはとのにらみ合いが続く。

“………明らかに嘘を吐いていますね”
「「やかましいわ、杖!!」」

「あ、なのは。お茶入れたけど……飲む?」
「うん、貰う〜」
美由希に声を掛けられ、なのははそっちに行ってしまう。

「え、ちょっと!?なのちゃん……っ!?」
「茶飲む前に、降ろして〜ッ!!うち、逆さ吊り〜っ!!」
暴れん坊二人は、高町家最強の少女によってお仕置きと相成った。












それからしばらくの時が経ち、ニュースにはCSSのツアーが滞り無く終わった事を伝えるニュースが流れる。

集まった寄付金、収益金は紛争地域への医療援助や、聖マリア慈善病院を初めとした医療施設への寄付として贈られた事も伝えられた。



そして、時は更に流れる。












その事件から数年が経ったある日。CSSには数人の来客があった。

「良く来たなキョウヤ、ミユキ」
「お久しぶりです、エリスさん」
「元気そうで何よりだ」

それはフィアッセから、最後の遺産がついに明らかになったという連絡を受けた恭也達であった。

出迎えたエリスは、戦友との久しぶりの再会に笑顔を零す。

そして彼らの後ろに立つ、もう一人にも目を向けた。
「………何というか、随分とでかくなったな」
「そうですね、恭也さんとは頭一つ違うぐらいですかね……?」
エリスはすっかりと背の高くなった連音に、呆れ気味に言った。

あれから連音の身長はぐんぐんと伸び、今は恭也に迫る程になっていた。
そんな連音の事を見上げながら、エリスはポツリと言った。
「それに、随分と女ぶりも上がったじゃないか?」
「―――殴りますよ? 割と本気で」
「いや、冗談だ……冗談……」
ニッコリと微笑みながらゴキゴキと拳を鳴らす姿に、エリスが若干顔を引きつらせた。

「さ、こっちだ。フィアッセも待っている」
若干早足で、エリスは三人を案内する。
「……でも、どうして士郎さんは、俺にも行くようにって言ったんでしょうね?」
「何やら遺産についても、色々知っていたようだしな……」
連音と恭也は軽く捻った。


フィアッセから連絡を受けたその日、連音は士郎から、恭也らと共にイギリスに行くようにと言われた。
元々誘われてはいたが、自分は場違いと、連音は行く気を示していなかった。

そこに士郎の言葉が重ねられた。


『君には行く意味と、行く義務がある。だから、行かなければならない』と。


その意味を尋ねるが、ただ『行けば分かる』とだけ言われ、結局はこうしてイギリスまで足を運んだのだった。

ティオレ・クリステラが遺した最後の遺産。
それと連音がどう繋がるのか、何も分からないまま、その場所に到着した。



大型のテレビと、AV機器を備えた一室。
ソファーにはフィアッセ、アイリーン、イリアが座り、その後ろに四人が立つ。

「……じゃあ、始めるね?」
フィアッセは全員を見回すと、緊張の面持ちでリモコンの再生ボタンを押した。




少しの間を空けて、テレビに映ったのは世紀の歌姫の姿。
そして、“最後の遺産”が始まった。



それは、何の事はないビデオレターだった。
フィアッセやアイリーン、イリア達CSSの事に始まり、それは恭也達の事にも及んだ。

それを見てそれぞれが、それぞれに感じるものがあり、笑ったり、少し涙したりした。

守り抜いた遺産。それを連音は誇りに思いつつ、その輪に加わる事が出来ない事に少しばかり寂しさを覚える。

各人の想いを余所に、メッセージは続く。


『―――さて、いよいよ遺産の話よ。これが結婚祝いのプレゼントである事を祈るけど……その辺は恭也に期待しておくわ』
「な―――っ!?」

いきなりの爆弾発言に恭也がたじろぐ。

「じ〜〜〜〜」
「じ〜〜〜〜」
「じ〜〜〜〜」
「じ〜〜〜〜」
「恭ちゃん……もしかして」
「恭也さん、あなたやっぱり……」
「な、何だその目は!?俺はやましい事など、何もしていないぞ!?」
『確かに恭也は、やましい事なんて何も無いわよね?』
「何で先読みしているんですか、ティオレさん!?」
『で、遺産は……アルバートとの思い出だから、本当はあげたくないんだけど……そういう訳にも行かないし……フィアッセ、あなたに譲るわ』
「普通に話を続けた!?」
「恭ちゃん、うるさいよ」
「ぐっ……」
美由希に釘を刺され、恭也はモヤモヤを抱いたまま黙る。


遺産。それはフィアッセの父、アルバート・クリステラとの結婚前に一時を過ごした小さな別荘。

やはり、資産的価値はそれほど高くなく、とても狙われるような物ではなかった。

しかしそれは、フィアッセにとって何よりも価値の在る遺産だった。

両親との掛け替えのない思い出。それを新たに彼女は得る事になるのだから。



そしてメッセージは、いよいよ終わりを迎える。
『……さて、じゃあ最後に』
そう言って、ティオレが取り出したのは一本のビデオテープ。
『あなたが最初の気持ちを、どうか忘れないように……』

映像が砂嵐を起こし、切り替わる。ここから別に録画したらしい。

新たに映ったのは、何処かの戦場らしき場所。
破壊された道や家々、大破した戦車や車両、小銃なども落ちている。

そこから残った家や土地に、幾つものテントが設営されている。
「ここって……もしかして?」
フィアッセは、映像に何かを思い出しかけた、
『コンサートホールでなくても、ステージでなくても……』
そのテントの一つには人々が集まり、そして映像にはティオレの言葉が重なっていく。
『歌は、何処でも歌えるって事……二人で歌った、恐らく最初のステージ』

木箱を積んで作った粗末なステージの上に二人の歌い手が立ち、澄んだ歌声を響かせる。
『この気持ち、忘れないでね……』
疲れ果て、希望さえ見出せない焼け野原にあって、余りにも不釣合いな世界。
だが、その歌声を聴く聴衆の中に、徐々に笑顔が生まれていく。


それは時を経て尚、色あせずに在り、今はフィアッセの心に強く響く。
涙で歪む視界を正そうと、目尻を指で拭う。


ふと映像が変わると、今度は木の幹に寄りかかった一人の若い男性が映った。
彼は、カメラが自分に向けられている事に気付くと、笑ってピースサインを送って見せた。
「これ、お父さん……?」
「何やってるんだ、まったく……」
恭也はやや呆れ気味に、顔を抑えた。しかし、その下では口元が少しだけ緩んでいた。


そして映像の中の士郎が、カメラに向かって動いた。
『え、ちょっと……?』
『いや、良いから貸してくれって……』
ガタガタと映像が揺れ、それが治まると視点が高くなった。カメラマンが士郎に代わったらしい。
何事だろうかと一同が思っていると、カメラが寄りかかっていた木の上に向けられた。
そこには木の枝に腰掛けた一人の男性の姿。
『……士郎、何をやっている?』
『いや、折角だし……はい、笑って下さい〜!』
『………お前なぁ』
男性は苦笑しつつ、ヒョイと木の上から降りてきた。
結構な高さから降りたというのに、足音一つ起こさないで着地すると、カメラを構えた士郎の頭に手刀を落とした。
『おぐっ!?』
『ほら、カメラを返してやれ。人が増えてきた、さっさと行くぞ』
男性は士郎に背を向け、一人で行ってしまう。士郎はカメラを元の持ち手に返すとその後を追った。




そして映像は再び、ティオレ達を映す。
二人の歌を聞いた人々の顔には笑顔が帰り、生きる為に気力を取り戻していた。

そして純粋に歌う事を愛し、眩しいまでの笑顔を見せる、幼いフィアッセ。



遺産―――母の想いは確かにフィアッセの心に伝わった。


そしてもう一人、思わぬ“遺産”を受け取った者が居た。

ビデオメッセージを見終え、それぞれがティオレとの思い出を自然と語りだした中、連音は一人、その場を抜け出した。





校舎を出て向かったのは、ティオレの墓。
物言わぬ墓前に片膝を着き、静かに目を閉じる。

士郎の言葉の意味を、連音は映像を見て理解した。


「ありがとう、ティオレさん………貴女のお蔭で、俺は初めて……父さんと逢う事が出来ました」
対面は過去の残照の中。僅か数秒程度。しかしそれでも、連音にとっては初めて知る父の姿だった。


初めて聞いた父の声はとても温かく、初めて見た父の背はとても大きくあった。


それは父親を知らない少年に与えられた、もう一つの遺産。
















日本に帰国した連音は、その足で士郎の元を尋ねた。
「――じゃあ、やっぱり士郎さんは、遺産の事を知っていたんですね?」
「知っていたというより、思い当たるのはそれぐらいだった、というのが正しいがね」
士郎が言うには、あの映像の編集についてティオレに相談をされていたらしい。

だからあの映像の中に、空也が映っている事も知っていたのだ。

「あの時は、紛争地域の慰問でね……まだ情勢が不安定だったんだ。ティオレさんだけならともかく、幼いフィアッセが一緒だったからね。
他のボディーガードもいたけど、俺の方から空也さんに頼んで、来てもらっていたんだ」
「俺、父さんの事……殆ど知らないんです。生まれる前には亡くなっていたから、居ない事が当たり前で……だから、知らなくても良いと思ってました」
そう呟く連音に、士郎は複雑な心境だった。

父親がいない事が当たり前で、寂しいと思わない。その言葉の、何と寂しい事か。

「でも、そうじゃなくなったのは………あの日、士郎さんから父さんの事を聞いてからでした」
「え……?」
「母はもういないし、兄もそんなには覚えていないらしいんです……だから」
そこで言葉を一度区切り、連音は真っ直ぐな視線を士郎に向けた。

「教えて欲しいんです、父の事を。どんな人だったのかとか、好きな事は何だったのかとか……色々」
「………そうか」
その言葉に、士郎は自分の思った事が的外れであったと感じた。


連音は連音なりに、父親の事を受け入れようとしているのだ。

ならば、士郎に断る理由など無かった。


「そうだね……じゃあ、何から話そうか…………」





語らいは蒼穹の元、緩やかに始まった。























では、拍手レスです。



※犬吉さんへ>
連載、がんばってください

>ありがとうございます。
とりあえず今回でOVA編は終了。次は短編でもやって行きたいと思っています。
宜しければ、お付き合い下さいませ。










作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
に下さると嬉しいです。