いよいよ、コンサートを翌日に控えた夜。連音は私服姿で、ホテル内を歩き回っていた。

「ん……?」
ふと窓から外を見ると、ホテルの敷地を望む場所に、一台の車が止まっているのが見えた。

その車種に見覚えがあった連音は、外へと行ってみる事にした。



   魔法少女リリカルなのはA’s シャドウブレイカー
         外伝  聖歌の守護者達

         第三話  悪意、来る



「お嬢様、逢いに行かなくて宜しいのですか……?」
「……うん。仕事の邪魔、したくないし……あんまり近くに行くと、気付かれちゃうしね」
ノエルは助手席のウインドウを閉め、片眼鏡型のカメラを外す。すると、カーナビのモニターに映っていた恭也の姿が消えた。
「ちょっと、様子見に来ただけだし……元気そうだから……もう、いいや」
そう呟く忍の瞳は、言葉とは裏腹に寂しさに満ちたものだった。

「――な〜にが、『もう、いいや』なんだよ?」
「――ッ!?」
忍がギョッとして窓の方を向くと、そこには幼少期の自分の顔を映したような顔があった。
「つ、連音!?」
忍は驚きつつ、自分側のウインドウを開けた。
「久しぶり。忍姉、ノエルさん」
「お久しぶりでございます、連音様」
ノエルは恭しく頭を下げる。と、忍が怪訝そうにしている。
「………何でポニーテール?」
「ほっといて!?」

「良く、分かったわね?」
「この車に見覚えがあったからね。で、忍姉は恭也さんに逢いに?」
連音が尋ねると、忍の肩が僅かに震えた。
「……ううん。邪魔したら悪いし……もう、帰るわ」
「……そう。明日のコンサートには?」
「来るわ……翠屋の皆と、すずか達とね」
それを聞くと、今度は連音が渋い顔をした。
明日は敵の動く可能性が最も高い日だ。危険と分かっている場所に見知った顔が来る事はどうにも好ましくない。
「忍姉……真面目な話、明日は色々とやばいかも知れない。日を改めた方が良い……」
「――大丈夫です」
「……っ!?ノエルさん!?」
忍に代わって答えたのは、ノエルだった。
「連音様に恭也様、美由希様がいるのですから……何も、心配する事はありません」
「でもそれって、勘とか……そういったもんでしょう?」
「いいえ。経験から来る―――確信です」
ノエルは不安な事など何も無いかのように、ハッキリと言って見せた。
「連音、ここまで言われて……自信が無いの?」
今度は代わって忍が言う。

「もし明日が駄目だって言うんなら……きっと、何時でも駄目よ?だから明日、ちゃんと守りなさい……フィアッセさんを」
「………言われるまでも無いよ。でも、一応忠告はしたからね、怪我しても、責任は取らないよ?」
「あぁ、あたしの責任は良いわよ?でも、すずかの責任は取って貰わないと……ねぇ?」
「―――その通りです」
「何で、そうなるんだよ!?」
「何でって、当たり前でしょう!?嫁入り前の女の子を傷物にしたら、責任を取るなんて、至極真っ当な事よ!?」
「―――その通りです」
「うわっ!!ここには敵しかいない!!」
何時の間にやら、忍はいつもの調子を取り戻し、ノエルは内心で安堵していた。

ここで連音に見つかったのは予想外であったが、結果として、それはプラスになっていた。

忍は内心に強い恐れを抱いていた。

両親を失い、若くして月村家の莫大な財を継承した忍。周囲の敵意の視線から幼い妹を守り続け、その内に強い孤独を宿していた。

そんな彼女が出会ったのが恭也だった。
彼との出会いが、忍の心の孤独を埋め、本当に幸福な時間を得る事になった。

だがそれは、忍に孤独への恐れを抱かせる事にもなっていた。

遠い異国の地。そこで恭也はフィアッセと共にいる。
恭也にとって、フィアッセは特別な存在だ。彼女が危機に晒されている以上、それを放っておく訳が無い。

それを退ければ、恭也はここに帰ってくる。当たり前の事だ。

それでも、もしかしたら……という不安は消えない。


フィアッセを守る為に、恭也は命を落とすかも知れない。

もしかしたら、これを切欠にして、恭也の心が自分から離れてしまうかも知れない。

考え出せば切りが無く、それは来日した時の報道を見て加速した。

二人が隣り合う姿は、余りにも似合っていたから。




だが、そんな不安定だった忍の心は、連音との他愛無い会話の前に、朝露の如く消え去っていた。

「――忍お嬢様、そろそろ帰りませんと。明日のコンサートは遅刻する訳には行きませんし」
「え?あぁ、そっか……じゃあ連音、明日はちゃんと頑張りなさいよ?」
「言われるまでも無いっての」
「それと、結婚式は大安を――」
「するかよ!!絶対に客に怪我させねぇし!!」
「むー、つまらないわね」
「さっさと帰れ!!」
ブーたれた忍の手によって、ウインドウが閉められていく。
「あ、そうだ」
ウインドウが閉まり切る直前、忍はある事を思い出し、閉めるのを止めた。
「なのはちゃん、もうすぐ退院出来るらしいわよ」
「……了解」
「じゃね」
今度こそウインドウは閉じ、車はエンジンをスタートさせる。

連音が数歩後ろに下がると、車は発進し、あっという間に夜の闇に消えていった。
「………さて、俺も戻りますか」
連音も踵を返し、ホテルへと戻っていった。


















そして夜は明け、コンサート当日。


連音がレストランで朝食を取っていると、そこにフィアッセとエリスがやって来た。
「お早う、連音君」
「随分と早いな。まだ6時前だぞ?」
「お早うございます、フィアッセさん、エリスさん。まぁ、早いのはいつもの事ですから。
ところでフィアッセさん……お守りはちゃんと持ってくれていますか?」
「えぇ……ほら、こうして」
フィアッセが服の下に下げている紐を引き上げ、それを連音に見せる。

フィアッセが身に着けているお守りは先日、竜魔の里から届けられた物で、連音が彼女に渡した物だ。

「良かった。お守りは肌身離さずが基本ですから。ちゃんと持っていて下さいね?」
「お守りねぇ……気休め位にしかならないだろう?」
「つまりは逆に、気休めにはなるって事です」
「むっ……?」
連音に返され、エリスは口を尖らせる。
コンサートを控え、内心に不安も多い中、気休めがあるというのは、やはり効果が有ると言えるかも知れない。


「――さて、ごちそうさまでした」
「あれ?もう終わりなの?全然、食べてないじゃない」
フィアッセは、連音の前に置かれた食器を見つつ言った。

連音が食べた物といえば、相変わらずドレッシングの掛かっていないサラダと、スクランブルエッグ。それと、フルーツを二掬い程度。
後はオレンジジュースを一杯飲んだだけである。これは流石に、育ち盛りの子供の食事としては、一つ言わねばならない。
「連音君、朝御飯はちゃんと食べないと駄目よ?一日を元気に過ごすには、朝御飯をしっかり食べる事が大事なんだから!」
「いや、分かってますから……ちょっと、何で取って来ようとしてるんですか!?」
「プッ……クク……」
まるで弟を嗜める姉の様なフィアッセの姿に、エリスは思わず込み上げた笑いを堪える。

そんな朝の穏やかな一時も、もうすぐ終わる。このホテルは戦場と化すのだから。














時刻は十四時。
舞台となる大ホールには、スタッフが激しく出入りをし、大型機材のセッティングと調整が行われている。

同ホテル内では早くも、招待客の入場も行われていた。



そして恭也達を含めた、増援の護衛班も最終ミーティングを行っていた。
「コンサート開始まで、あと4時間ッ!!ホールへの出入り、人との接触、不審人物のチェックを!!」
エリスが一同を見回し、檄を飛ばす。
「ミユキは楽屋周辺を、キョウヤはホールの通路を、連音君はホールの入り口を」
「はい!」
「了解です」
連音と美由希が返事を返す。恭也はただ、静かに頷いて返した。
恭也は既に、御神の剣士としてその場にいた。

「フィアッセには私が付く。爆発物や危険物の類は、うちのスタッフに任せてあるから、危険人物の撃退に三人は集中して」
「「はい」」
「――あぁ」
今度は恭也も言葉を返す。それを聞き、エリスはしっかりと頷いて返す。

エリスはそのまま、マクガーレン社のミーティングに向かい、護衛班はそれぞれの持ち場に移動する。



恭也達もそれぞれの場所に移動をしようと、ホールに向かった。

「―――気付いているか?」
その道すがら、恭也は呟くように尋ねる。
「うん……いるね、何人か……」
「かなり、ヤバイ気配ですね……」
「美由希、フィアッセはお前に任せる。守るべき相手を守るのが、御神の剣士だ」
「……うん」
恭也の言葉に、美由希は若干の不安と緊張の声を出す。
そんな彼女の頭に、恭也は軽く手を乗せた。ゴツゴツとしたその手が一度だけ、美由希の頭を撫でた。
「しっかりやれ」
「――うん、きっと……!」
その言葉と温もりだけで、不安が融解していく。既に瞳に迷いや恐れは無い。
「じゃあ、俺は楽屋の方に回ります」
「あぁ、そっちは頼む」
連音は先んじて走り出した。そして恭也と美由希も、互いに違う方向に動き出す。

関係者用通路を進み、連音は控え室前まで辿り着いた。
一呼吸置いてから、ドアをノックする。
(は〜い?)
「あ、辰守です。入っても大丈夫でしょうか?」
(うん、ええよ〜)
中から、ゆうひの返事が返ってきたので、ドアを開ける。

広い控え室の中には、ゆうひを初めとした出演者達が準備の最中であった。
「どないしたん?」
「少しお願いをしに……控え室からは、出来るだけ出ないようにして下さい。
もしも出る時は、セキュリティの人を必ず付けて……あれ、アイリーンさんは?」
連音はふと、控え室にいる筈のアイリーンがいない事に気が付いた。
「えっと………あれ?」
ゆうひも首を傾げる。どうやら彼女も、気付いていなかったらしい。
「アイリーンならさっき、部屋に忘れ物をしたって……取りに戻ったわよ?」
「っ!?ライザさん、それは何時ぐらいの事ですか!?」
「そうね……十分ぐらい前かしら?」
「分かりました、ありがとうございます―――んっ?」
教えてくれたライザに礼を言い、部屋を出ようとした連音は、視界に映ったある物に足を止めた。

植木の陰に、隠す様に置かれたそれ―――編み籠型のバスケット。
連音にはそれが、余りに不自然に見えたのだ。
それが出演者の誰かの物であるというなら、部屋の隅に隠すように置いてある意味が理解出来ない。

(――琥光)
(内部ニ金属反応有リ 爆発燃焼物ト特定)
(やっぱりな……)

これと同じ物がそこら中に仕掛けてあるなら、振動センサーの類は無いと思って良いだろう。
何せ、フィアッセを確保する前に爆発してしまったら、彼女を巻き込む可能性があるし、何より、フィアッセの確保が困難になる。
連音は出来るだけ慎重に籠を持ち上げると、今度こそ控え室を出た。

「さて、これをどうするか……あっ、丁度良い所に!」
連音が辺りを見回すと、そこに都合良く、マクガーレン社のエージェントを見つけた。
「すみません、これと……これをお願いします!!」
「えっ?えっ??」
戸惑う相手に、バスケットと連音特製の見取り図を押し付け、連音は通路を走り出した。








その頃、美由希はホテルのエレベーターフロアに向かっていた。
「……いた!」
美由希の視界に、フィアッセが見えた。丁度、エリスらと共にエレベーターに乗る所だ。
「フィアッセッ!!」
美由希が叫ぶが、無情にもエレベーターはその門扉を閉じ、上階に向かって動き出した。
美由希はフィアッセを追いかけるべく、階段へと向かった。
日ごろの訓練で培った脚力とスタミナをフルに使い、階段を出来得る限りの速度で駆け上がっていく。

といっても、階段はジグザグ状で、思ったように速度を出せない。一々切り返す時に、速度を落とさなければならないからだ。

美由希が三分の一を過ぎた時、その速さを遺憾無く発揮したエレベーターは、目的の階に到達してしまった。


急く心と思うように進まない足と、苛立ちと不焦りが募る。
既に敵が侵入している以上、フィアッセに何時、危害が加えられるか分からない。
「間に合って……っ!!」
祈るように呟く美由希。そんな彼女の思いは、最悪の形で裏切られる。


「―――ッ!?」


鼓膜を揺らす、乾いた炸裂音、そして甲高い悲鳴。数刻の間を置き、更に連続しての炸裂音。

間に合わなかった!?一瞬、脳裏に過ぎる最悪の状況。
(違う……まだだ!!)

フィアッセにはエリスを含め、腕利きが数名付いている。それを易々と突破は出来ない筈だ。


ついに美由希は、フィアッセのいる階に辿り着いた。
「ッ……!!!」
その目に飛び込んできたのは、フィアッセの行く手を遮る様に壁に突きたてられた大剣と、小剣を抜いた長髪、コート姿の女。

瞬間、美由希は小太刀を抜刀し、神速を発動させた。

モノクロの世界を、美由希はゆっくりと動く。
実際の時間では凄まじい速さも、本人にしてみればもどかしい事この上無い。

何とか小太刀を突き出し、小剣の前に差し込むと、続いてその下に体を滑り込ませる。

神速の領域を抜けた瞬間、世界が色を取り戻す。そして、ぶつかり合う刃が火花を散らした。
「―――っ!?」
「ミユキッ!?」
突如として現れた美由希に、女は一瞬戸惑いを伺わせたが、その刃は揺るがない。
小太刀の上から、強引に押し込んでいく。

美由希は常人に比べれば非力では無いが、剣士としての腕力はやはり低い。
目の前の相手は、確実に美由希よりも腕力がある。これ以上押さえる事が出来ない。
「くっ……!フィアッセを連れて、ここから離れてッ!!」
美由希の不利な状況をすぐに察したエリスは有無を言わせず、フィアッセの腕を掴んで走り出した。それを追って、護衛のメンバーも走る。
「ぅう………だッ!!」
全員が充分に離れたのを確認し、美由希は小剣を逸らして飛び退く。同時にはげナイフを投げる。
しかし、向こうも小剣を投げ、撃ち落して見せた。


女は壁の大剣を引き抜くと、「フッ」と笑った。
何が可笑しいのかと、美由希が怪訝そうな表情になる。そんな彼女の前で、女はサングラスを外し、自分の髪を鷲掴みにした。

「―――っ!?」
ずるり。髪が剥がれるように取れた。
勿論、本当に剥がれたのではない。被っていたロングヘアーの鬘を外しただけだ。

美由希は僅かに動揺する。鬘が取れた事にではない。その下から現れた本当の姿にだ。
(女の人じゃない……!?)
驚きつつ、しかし自分が力負けした事にも納得した。

そんな美由希の様子など知らずか、男は身に着けていたロングコートを脱ぎ捨てた。
長髪の下から現れたのはシルバーグレーの、片目を覆い隠すような髪。コートの下からは純白の、スタンドカラーコート。首元にはロザリオが煌く。
「―――『御神』に、出会えたな」
「っ……!?」
男の口にした言葉に、美由希は眉を潜める。まるで、『御神』の為にフィアッセを襲ったような口ぶりだったからだ。

事実、裏世界で《スライサー》とまで呼ばれる男―――剣士グリフは、その為にここに来た。
「殺しあう為の技術と研鑽を、血が滲むほどに重ねた同士―――」
裏世界に足を踏み入れた時に剣の師から聞かされた、東洋に伝わるという最強の対人流派。
『龍』によって、一族郎党皆殺しにされたと広まっていたが、その裏では僅かに生き残った者がいると。

師を越え、裏世界で名うての殺し屋となった時、その名は再びグリフの中に甦ってきた。

仕事をこなしつつ、情報を集め、そしてついに辿り着いた。対人戦闘最強と謳われる御神流の使い手に。

「―――比べ合おう。どっちが、より上手に斬って……殺せるか」
念願を果たすべく、グリフが大剣を構える。

一方の美由希も、正眼に構えていた小太刀を刺突の構えに切り替える。
(この人、御神を知っている……?それに、空気で分かる。この人……強い!!)
その身より感じる殺気は、恭也や美沙斗にも引けを取らない。
自分の持てる全てを発揮しなければ、一瞬で殺される。

死闘の予感に、美由希の闘志が高まった。













ホテルの地下三階にある駐車場。そこは現在、関係者専用となっており、一般車両が入ってくる事は無い。

人気も当然無い筈だが、高町恭也は自分を取り囲む気配に、気が付いていた。

現れたのは、銃器で武装した集団。全員が、顔を隠す仮面を身に付けている。

『逃げ道を塞げ!ここで殺る!!』
広東語で一人が指示を出し、恭也は四方を完全に囲まれる。
『―――中国系か。所属は……情報通りだろうな』
『―――ッ!?』
一切の動揺を見せない恭也の言葉に、敵は僅かだが、逆に動揺する。

恭也は静かに右手で小太刀の柄を握り、左手で飛針を抜く。
そして、愚かにも立ち塞がった者達に宣戦布告する。

「御神不破流の前に立った事を―――不幸と思え」

恭也が動くと同時に、引き金が引かれる。銃弾の雨を躱し、恭也は飛針を投擲。
「うぐっ!?」
「グアッ!」
苦悶の声が上がった瞬間、恭也は小太刀を抜刀。通り過ぎざまに二人を斬り捨てる。
『逃がすなッ!!』
一瞬で包囲を脱出し、恭也は暗い駐車場を駆け抜けた。












「Excuse me?」
「え……?」
控え室に戻ろうとしたアイリーンは、不意に呼び止められ、振り返った。
そこに立っていたのは、ストレートケープを纏ったハニーブロンドの女性。
「失礼ですが、アイリーン・ノアさんでいらっしゃいますか?」
美人ではあるが、まるで温度を感じない――貼り付けたような笑顔で尋ねた。
「そうですけど……何ですか?」
「あぁ、やっぱりそうでしたか。ちょっとお願いを聞いて欲しくて……」
「お、お願い……ですか?」
言い知れない不安に駆られ、後退るアイリーン。それを見て、今まで違うニヤッとした笑いを女は浮かべた。

「えぇ……とっても簡単なお願いです」
前の合わせから右腕を外に出し、トランペットスリーブを下に向ける。
どすん。と、カーペットに重りのような物が落ちる。形状はラグビーボールに似た流線型で、四本のエッジのような物が付けられている。
重りの先端からは、真っ黒なワイヤーがとぐろを巻き、袖の中へと続いていた。

女はワイヤーを掴むと先端の重りを振り上げ、そのまま回し始めた。ヒュンヒュンという音がアイリーンの不安を、現実へと変えていく。

「―――死んで下さい。今、ここで」

「……ッ!?」
アイリーンが震える足で、それでも逃げようとするよりも早く、悪魔の弾丸は彼女の眼前に迫ってきた。
何時振るったかも分からないそれは後、数瞬もしない内にアイリーンの脳髄を貫通し、粉砕するだろう。
余りに明確過ぎる自分の死のヴィジョンに、アイリーンは走馬灯を見てしまった。


―――死にたくない。


今まで生きてきて初めて、心から思う。
だが、彼女の願いを叶えてくれる存在など、都合良く現れはしない。


アイリーンの視界が、黒に染まった。



―――ガキィイイイイイインッ!!



「…………え?」
アイリーンの耳に届く金属音。視界を覆っていた黒が、ハラハラと揺らぎ散っていく。

「大丈夫ですか、アイリーンさん!?」
「連音……君?」
その声に、アイリーンは漸く、自分の命が繋がれた事を知る。

視界を覆ったのは連音の長い髪と、その体。一足飛びに割り込みを掛け、琥光で凶弾を弾き飛ばしたのだ。


「鎖分銅……いや、単型の流星錘か?随分と、マニアックな得物を使うな……」
流星錘。それは古代中国で生まれた、投擲型打撃暗器。
紐の端に重りを付け、それを標的に投げつける事で破壊する。

紐の両端に重りをつけた物を双流星、片方だけに付けた物を単流星と呼び、双流星の方が一般的である。

しかし、と連音は思う。
本来、流星錘の先端は真球状の筈。それなのに態々、取り回しの難しい楕円形をしている意味が読めない。

真球と楕円球では、跳ね返りの軌道が全く異なる。つまり、形が違うだけで取り回しの難易度が格段と上がってしまうのだ。

無論、流線型にもメリットはある。真球と違い、その回転は螺旋を描く。つまり貫通力が上がるのだ。

とはいえ、元々打撃による破壊が目的の武器。貫通力を上げる意味は余りアルトは思えない。


女は重りを引き戻し、怪訝そうな表情を浮かべる。
「今のを防いだ……?面白い子がいるものね。じゃあ今度は――」
女が左腕をケープの下から出す、と、両袖から更に三つ、流星錘が出現した。
「――躱せるかしら!?」
四つの流星錘は勢い良く回転を始め、徐々にその範囲を広げていく。
「アイリーンさん、俺から絶対に離れないで……!」
「う、うん……分かった!」
すぐにでも逃げ出したい恐怖に足を震わせながら、しかし連音を信じてギュッと堪える。
連音は苦無も抜き、二刀を持って迎え撃つ。

ふと、女の指が緩み、流星錘が大きく後ろに流れる。
それが攻撃の予備動作だと、即座に判断。集中を更に高める。

「――四錘、連衝牙抱!!」
女の腕が振るわれた瞬間、四つの錘は正しく流星となって襲い掛かってきた。
「―――ッ!?」
流星は何度も、壁とお互いがぶつかり合い、その軌道を複雑に変えながら高速で向かってくる。
連音は真上から襲ってきた錘を、琥光で天井に向かって弾き飛ばす。
両断しようと思えば出来なくはないが、そうするよりも手っ取り早い上、後ろにはアイリーンがいる。

両断した破片が彼女に当たる可能性がある以上、弾く事が最良。

更に、壁を反射した三つの内の一つが連音に迫る。
「ハッ!!」
苦無を振るい、それを床に叩き落す。
「キャアッ!!」
錘がぶつかる度に起こる爆音に、アイリーンが悲鳴を上げる。
二発を防いだ所で、過ぎ去った残り二つの軌道を読む。

二発は連音達の後ろに大きく逸れて飛んでいく。壁と天井にぶつかり、そして互いにぶつかり合った。
真正面からぶつかり合ったそれは、その一つがアイリーンの後頭部目掛けて、軌道を変えた。
「アイリーンさん!!」
「キャッ!!」
連音はすぐさまアイリーンの腕を掴み、強引に引き寄せる。同時に体を入れ替え、流星錘を蹴り落とした。
壁に減り込んだ錘は最早動かず、最後の一つも天井に突き刺さっている。
全ての攻撃を無力化した事を確認し、連音はアイリーンを抱き上げて大きく飛び退く。
それと同時に、女は錘を一息に引き戻した。
「っ……!?」
それに一瞬驚くが、連音はすぐに平静を取り戻し、アイリーンを下ろして女に向きやる。
女は錘を器用に腕に巻きつけると、背を向けて走り出した。

そして連音の耳にも、近付いてくる複数の足音が聞こえる。
振り返れば、マクガーレン社のエージェントが騒ぎに気付き、こちらにやって来ていた。
「アイリーンさん、怪我はないですか?」
「う、うん……」
「俺はあいつを追います。アイリーンさんはセキュリティの人と、控え室に戻って下さい!!」
連音はアイリーンの無事を確認すると、女の後を追って走り出した。

角を曲がった所で、先の角に女のケープが見切れるのを確認し、すぐに追いつけると判断して速度を上げる。

連音がそこに辿り着くと、そこは短い一本道。隠れる場所は何処にも無く、あるのは正面のドアのみ。
しかもドアは半開きになっており、いかにも誰かが出たという様子を窺わせる。
間違いなく女はそこから出たのだろう。連音はドアの前まで行くと、ドアを足で蹴り飛ばし、同時に壁に張り付くように飛び退く。

ドアが開いた瞬間、流星錘がドア貫通して、連音が立っていた場所を襲った。
その直後、ドアを破壊し連音は転がるように外へと飛び出し、錘の打たれた方向を見上げた。
「ッ!?あそこか……!!」
ドアの奥には作業員が使う裏口と、屋上への直通エレベーター。そこに動く人影を確認すると、連音は忍装束を展開し、同時に裏口のドアから外へと出た。

「飛ぶぞ、琥光ッ!」
“天馬乃術”
連音が印を結ぶと、足元に術方陣が光る。そして風のリングが足を包み、連音は一気に屋上目掛けて飛び上がった。

壁面スレスレに飛翔し、屋上に降り立つ。
「ッ―――!!」
その瞬間、流星錘が襲い掛かった。琥光で弾き返すと同時に横に跳ぶ。
物陰に姿を隠し、様子を窺う。

ホテルの屋上は空調用の室外機があり、隠れる場所は多い。その上、巨大なファンの音が気配を探り難くする。

(どういう事だ?今の攻撃、俺があそこに来る事を分かっていた様だったが……?)

「只者じゃないとは思ったけど……噂に聞くジャパニーズ・ニンジャだったとwわね。なるほど、しつこい訳だわ」
「そっちこそ、フィアッセさんが目的じゃなかったのか?何故、アイリーンさんを襲った!?」
気配を殺しながら、連音は少しずつ動く。
「別に………只、彼女が一人でいたからよ?」
「……?」
「勘違いしているようだから言っておくわ。あたし達は、自分の目的の為だけに動いている。
その結果として、利害が一致し………組んだように見えているだけよ?」
「……お前の目的は何だ?」
「―――フィアッセ・クリステラを殺す事よ!」
「っ……!?」
上空から、放物線を描いて流星が降り注ぐ。その数は倍の八つ。
連音は一気に駆け出し、流星を躱す。コンクリートを撃ち砕き、粉塵が舞い上がる。
「……とっ!?」
その粉塵を貫いて、流星はまるで意思を持った存在であるかのように、連音を追尾する。
身を翻し躱すと同時に、ワイヤーを切断するべく琥光を振り抜く。
「なっ……!?」
魔力付与を掛けずとも、鉄でさえ両断する連音の剣が、黒いワイヤーの前に力を発揮し切れずにいた。
打った感触は硬く、しかし柔軟性に富んでいる。刃とぶつかり飛び散る火花。表面に加工が施されている。

連音は斬る事を諦め、大きく跳躍して距離を取る。
どんな理屈かはまだ不明だが、ワイヤーの射程はそれほど長くないと踏んだのだ。
事実、連音が貯水タンクの上まで行くと、攻撃がピタリと止んだ。
大型ファンの向こう。吹き上がる温風にケープを靡かせながら、女は流星錘を地面に遊ばせていた。

「でもね、それだと意味が無いから……別の方法を考えたのよ。フィアッセ・クリステラを殺せないなら……その居場所を全部壊そうって」
女がニタリと、狂気に満ちた笑みを浮かべた。その瞳には悪意と共に、激しい憎悪の色が映る。
「随分とフィアッセさんの事が嫌い……いや、憎いようだが?」
「憎い……?それは違うわ。あたしはただ、化け物には化け物に相応しい住処があるって事を教えたいだけよ」
「化け物……?フィアッセさんが……?」
「そうよ。可愛い顔をしてるけど、あいつは化け物なのよ………《HGS》っていうね」
「HGS?……なるほど。それで、フィアッセさんを化け物呼ばわりか」
自然と琥光を握る手に力が込められる。連音は心の奥に、ふつふつと湧き上がる感情を抑えていた。


HGS。高機能性遺伝子障害。
20年ほど前に発見され、世界数箇所で同時多発した、《変異遺伝子障害》とも呼ばれている、先天的な遺伝子病。
その中でも特殊なケースに、このHGSという病名は付けられている。


「HGSを知ってるのなら、分かるでしょう……?HGSは、人の皮を被った化け物だって。
そんな化け物が、世界に平和と救済の歌を歌う『光の歌姫』?ハッ!冗談も大概にして欲しいものよね!?」


HGSには、Pケースと呼ばれるレベルがある。
そのレベルに達した患者は強力な超能力を有し、それ故にか、一般人を対等に見る事が出来なくなる傾向にある。

無論、それは周りの環境なども関係している事だが。

「……悪いが、俺には理解出来ない話だな」
元より、人とは違う力と血を持つ連音にとって、それを認める事は出来ない。
それを聞き、女は呆れたような表情をする。
「やれやれね………ま、良いわ。どうせ、フィアッセ・クリステラはお仕舞いだもの」
「何だと……?」
「言ったでしょう?あたし達は利害の一致で動いているだけだって。”あいつ”にとってはそれが、最高の囮になってる筈だもの」
「やはり、『クレイジー・ボマー』が来ているかッ!?」
「へぇ〜、そんな所まで調べたんだ?ニンジャってのも、中々やるじゃない」
女は感嘆の声を上げ、パチパチと拍手をした。
状況は最悪に向かいつつあると、連音は判断した。
「……どうやら、さっさと終わらせる必要があるようだな」
「それが出来ると、本気で思うの?この《グリフォン》を相手に……!」
連音は琥光を鞘に収め、印を結び始める。
「グリフォン……聞いた事があるな。数年前から、数々の要人暗殺で名を広め出した殺し屋……貴様がそうだったか」
「そっちこそ、さぞ名のある殺し屋みたいね。あなた、明らかにこっち側の人間だもの……!!」

グリフォンは八つの流星錘を次々に打ち出す。
「クッ!」
間合いの外と思っていたが、あえて攻撃をしなかっただけだったようだ。
連音は大きく跳躍し、空中で印を完成させる。

「異層結界、展開!!」
連音が手を強く打つと、屋上を囲むようにドーム状の結界が展開される。
「っ!?何よこれっ!?」
初めて目の当たりにする魔導の力に、グリフォンが驚きの声を上げる。
「何者も、この結界の外から入る事は出来ない。そして、出る事も出来ない。悪いが、魔獣には檻に入って貰った」
連音は琥光を鞘から抜き、刃先を突きつけて宣告する。
「貴様を世界の敵と判断し、ここで滅する……っ!!」

「滅する?あたしを殺すって事……?フフッ、だったらこっちも教えてあげるわ……」
グリフォンも動揺から立ち直り、流星錘を振り回し始める。
徐々にその範囲を広げながら、錘は不気味な音を大きくしていく。
「魔獣を檻に入れる事なんて……不可能だってね!!」
グリフォンが跳躍し、腕を大きく振るった。真上から魔獣の爪の一撃が連音に襲い掛かる。
それを横に跳び回避する。僅かの間も空けず、貯水タンクが粉砕され、内包された水が零れ出した。
(やはり、破壊力が異常過ぎる……!!)
連音は敵の攻撃に疑問を抱いていた。


廊下で見せた攻撃は、明らかに普通の攻撃ではなかった。
どれほど緻密なコントロールをもってしても、不可能な攻撃。

そして連音が錘を弾いた時、かなり深く減り込ませた。引いただけでは簡単に抜けない筈だった。

更には物陰の連音に目掛け的確に攻撃を仕掛け、尚且つ追尾するかのような動き。

飛び退き体勢を整える連音に、グリフォンが大きく横に腕を振るう。
パイプやバルブを弾き飛ばしながら、錘が連音に迫る。


(どんな手を隠しているかは知らないが……!!)

「――五行、朱炎刃!!」
中指で刀身を擦り上げ、紅蓮の炎が刀身を包む。
「ハァアアアアアッ!!」
そのまま、流星錘目掛けて刃を叩きこんだ。
一瞬散る火花。そして刃は、流星を両断する。
「な……ッ!?」
驚くグリフォン。その間にも、連音は剣速を更に速め、斬鉄の一撃を打ち込む。

空に紅の残光を残し、連音は四つの流星錘を斬り捨てる。重い金属音を立て、星は床に落ちていく。
「ハッ!!」
「チッ!!」
そのまま一気に攻勢に転じる連音。グリフォンは残る四つの錘を、連音に向けて放つ。
当たれば一撃で命を奪うだろうそれを、しかし連音は一切の躊躇無く、それに立ち向かう。

結界を張ったのは、グリフォンを閉じ込める為と、確実に倒す為に魔導を心置きなく使う為である。

連音は極小のシールドを掌に展開して攻撃を受け流すと、ワイヤーをまるで細糸のように斬り落として行く。

「ハァアアアアアアッ!!」
全てを切り伏せ、連音は一気に間合いを詰める。
“瞬刹”
踏み込みを加速させ、連音は魔獣の正面を捉える。
最短距離を駆け、一撃をもって仕留める。
狙いは心臓。そこを貫かれれば、何者であろうとも命を繋ぐ事は出来ない。

突き出される刃。

そして、鮮血が飛び散った。















暗い駐車場に、鮮血が飛ぶ。
『撃て!撃ち殺せ!!』
怒号の様な叫びと共に、複数の銃声が響く。だがそれは、ただの一発すら標的に当たる事は無い。

まるで疾風。通り過ぎ、触れる者を全て斬り捨てる、死神の風。
『ギャアッ!!』
『ウギャアッ!?』
また、短い悲鳴が上がる。一刀の下に斬り捨てられた体が崩れ落ちていく。

恭也はそのまま跳躍し、自分を狙う二人の敵の間に飛び込む。
そして着地と同時に、肘打ちと斬撃を放つ。
『クソッ!!』
恭也の斬撃を防ぎ、反撃の刃を振り下ろす。が、既に恭也はそこには居ない。

神速を使ってコンクリート製の柱まで跳び、それを足場にカウンターの斬撃を打つ。

飛針を投擲し、そのまま袈裟懸けに斬り付けて、更に後ろの敵目掛けて鋼糸を振るう。
「オォオオオアアアアッ!!」
裂帛の気合と共に、撒きつけた鋼糸を引き、敵のバランスを崩す。そして横薙ぎに小太刀を振るい、斬り捨てる。
『グァアアッ……!』
「ッ……!!」
車の陰から放たれる銃弾。恭也はすぐさま駆け出す。


目まぐるしく動く一対複数の戦闘。
御神不破流の真髄が、そこには在った。











「やぁああああああああっ!!」
美由希の小太刀がグリフの前髪を掠める。
「シャッ!」
すぐさまグリフは踏み込み、大剣を振るう。が、美由希はとっさに大きく飛び退きそれを躱す。

それをグリフは躊躇無く追い掛け、そのまま横に斬撃を放つ。

しかし、剣は空を斬る。美由希は神速を使って天井に着地すると、そのまま更に神速を連発して、兆弾の如く移動し、撹乱する。
「―――」
壁を粉砕する程の速度で移動する美由希の姿は、その網膜に映る事すら許さない。
見えないのならば見る必要も無いと、グリフは瞼を閉じ、気配のみに集中する。

視覚以外の五感をフルに活用し、神経を研ぎ澄ます。
「――――シッ!!」
グリフは腕の動くままに、大剣を逆袈裟に振るう。剣風が脆くなった壁を粉砕し、粉塵を巻き起こす。

集中によるリミッターの解除。一瞬だけ筋力を最大に引き上げる、グリフの必殺奥義。

直後、烈風がグリフの脇を抜け、背後の壁目掛けて大きく滑っていく。
そこに現れたのは、僅かに服の肩口を切られた美由希。
「……ッ!!」
美由希は間合いを詰めるべく、すぐさま駆ける。
グリフは大剣の柄を握り直し、振り返ると同時に剣戟を打つ。
大よそ重量兵器とは思えない素早い剣速に、美由希は後半歩を踏み込めず、足を止められる。
躱すと同時に、小太刀が連続して煌く。それはしかし、グリフの皮一枚を掠めるだけでダメージには程遠い。
ぶつかり合う刃。飛び散る火花。

その度に、衣の切れ端が飛び、血飛沫が舞う。

「やぁああああああッ!!」
「シャアアアアアアッ!!」


一進一退。
僅かな差がそのまま決着に繋がる、危険なバランスの中で美由希は戦い続ける。

















「ぐうっ……!!」
バタバタと鮮血が滴り、食い縛る口からは苦悶の声が零れる。

「おしい〜ッ!後ちょっとで、首と体をサヨナラさせられたのに……」
跪く連音を見下すように、グリフォンは嘲笑う。

連音の首からは出血が続き、塞がるまでに出血はかなりの量に達してしまう。


連音が最後の一撃を狙った瞬間、それに気付いた。
見えた訳では無い。勘に従って体を逸らせただけだ。その直後、鋭い痛みが首に走り、噴水の様に血が飛び散った。

すぐさま間合いを離し、出血を止めるべく血管を圧迫した。


熱が失せ、内側から力が零れ落ちていく感覚。それでも、連音は構えを解く事無く敵から目を外さない。
睨むように見据える瞳に映るのは、血を受けて姿を現したそれ。


目に映らない程の細さの、鋼の糸。
「斬鉄鋼線……これが、あたしの切り札よ」
ヒュン、と振るって血を落とす。すると再び風景に溶け込み、姿が消える。

流星錘のワイヤーを落とし、グリフォンが腕を振るう。連音はとっさに横に跳ぶ。
一瞬遅れ、床が切り裂かれる。
「シャアッ!!」
獣のような声を上げ、更に鋼線が大気を切り裂いて襲い掛かる。

「流導眼ッ!!」
不可視の鋼線を見る為に、連音は流導眼を使う。
空中を飛ぶそれを捉えて琥光を振るい、叩き切る。

「―――ッ!?」
連音はその時、鋼線を包む奇妙な力の流れに気が付いた。
それはそのままグリフォンを包み、そしてその背中に何か、鳥の翼に酷似した物を模っていた。

連音は大きく飛び退くと、もう一度グリフォンを見た。
鋼線は四つ。そしてやはり、グリフォンの背中には翼が見える。

(フィアッセさんに対する憎悪……HGS……そして、異常な破壊力と不可能な軌道での攻撃……そして、流導眼だけに見える背中の翼……)
断片的に集まった情報を考察し、統合していく。


「さて、ニンジャはこの後……如何するのかしら?」
グリフォンは駆るべき獲物を見据え、愉悦の笑みを浮かべる。
首を落とせなかったとはいえ、出血多量。まともに動くどころか、そのままでも失血死。

圧倒的優位に最早、勝負は決したも同然。それ故に、傲慢と等しき余裕が生まれる。

目の前に死を突きつけられたこの生意気な獲物が、最後に何をするのか。それを見たくなったのだ。

命乞いか、虚勢をはるか、はたまた玉砕覚悟の特攻か。

どれにしても、自分の力の前では無力同然。

「どうするか、か……。そうだなぁ………」
連音は僅かに乱れる息を押し殺しながら、覆面の下で笑う。
「何、その目は……?」
グリフォンはその笑みに不快さを覚え、眉を潜めた。

連音は笑みをそのままに、ゆらりと立ち上がる。そして、マフラーを首にしっかりと巻き直した。
「なら………その背中にある物を見てから、決めさせて貰おうか?」
「―――ッ!?」
連音の言葉に、グリフォンはハッキリと目を見開く。
「リアーフィン……HGSが能力を発動させる時、発現する光の翼……だったか?」
「………」
「『グリフォン』は、お前のフィンの固有名称。それが通り名になった、という所か……」
「………」
「フィアッセさんに対する異常なまでの憎しみ。その正体は……何の事はない、単なる嫉妬―――」
言い切るよりも早く、グリフォンの腕が振るわれた。パイプが幾重にも寸断され、床に落ちていく。
しかし連音はそれを躱し、大型の室外機の上に降り立った。

「―――そういう事だろう?」
「……良く動く口ね。良いわ、そんなに見たいなら………見せてあげるわッ!!」
グリフォンが声高らかに叫ぶと、強風が吹き荒れて、その中で見えざるそれが姿を現した。
猛禽の翼に似た六翼が大きく羽ばたき、羽根を散らす。
「これが『RD−17 グリフォン』……そしてっ!!」
更に、グリフォンの姿が変わっていく。
腕や足が二回り以上に太くなり、皮膚が鉱物の様に硬質化していく。
爪は鋭く凶暴な物になり、長い髪もザワザワと鬣のように揺らめく。

「―――これが、あたしの本当の姿。どう、醜いでしょう……?」
「変身能力……正に、名が体を現したか」
魔獣の力を完全に解き放ったグリフォンに、連音は琥光を構える。
連音にはHGSと戦った経験は無い。情報として知っているのは、念動力や精神感応などが使え、
症例の中には彼女の様な、変身能力を持つ者も極々僅かに居るという位だ。

(全てが未知……なら、するべきは一つ。全身全霊を以って、叩き潰す)
多量の血を失ったが、戦う事は出来る。失った部分は更なる集中で補える。

これ以上のピンチを、連音は何度と無く乗り越えてきた。

故に、連音の心は微塵も揺るがない。


対するグリフォンも、連音の持つ力に警戒を強めていた。

過去、この姿を見た者は恐怖に慄き、そして崩れ落ちた。
それは彼女を”創り”、彼女が皆殺しにした科学者達もそうだった。

LCシリーズのデータを更に発展、改良されたRDシリーズ。
その唯一の完成形にして、HGSの中で最も希少な、変身能力を持つ最強の存在。
更に能力使用の際、リアーフィンを視覚化させない為、運用性に優れる。


科学が悪魔の英知を得て生み出した、最悪の魔獣―――それがグリフォン。


そもそも、彼女がこの姿になる事さえも久しい。
大抵は能力付与の流星錘か、斬鉄鋼線で終わりだからだ。

それを尽く防ぎ、更に念動発火に似た力も操る。

鋼線だけでは足りない。これ以上何かを出される前に、切り札を使って早々に決着をつける。


グリフォンは大きく跳躍すると、上空から幾重にも鋼線を振るった。
連音はすぐさま走り、斬撃の合間を縫って駆ける。
コンクリートが切り裂かれ、欠片が舞い散り、パイプや室外機のカバーも切り裂かれる。
そして、連音の腕や足も僅かに切られるが、そのまま構わずに駆け抜けた。

真下を抜け、背中に回りこむと同時に大きく跳び上がる。
「オオオオオオッ!!」
咆哮一閃。刃が振り上げられる。が、それをグリフォンは空を滑る様に躱す。そして振り返りざまに腕を振るってきた。
連音も天馬の術を使って鋼線を躱す。触れたマフラーが切られ、室外機のファンに巻き込まれる。

「まさか、あんたも空がッ!?」
「HGSの能力者だけが、空を飛べると思うな」
「ハッ!グリフォンに空中戦を挑もうなんて、身の程を弁えなさい!!」
自在に振るわれる鋼線を回避しつつ、炎を纏った刃が鋼線を切り裂き、一気に間合いを詰める。
「チッ!!」
全ての鋼線を斬り捨てられ、グリフォンが舌打ちする。
フィンを羽ばたかせ、一気に加速して距離を離さんと動く。が、それを読んでいた連音は、瞬刹で一刀の間合いまで踏み込む。

グリフォンが苦し紛れにその凶悪な爪を立てて、爪撃を放たんと腕を振り上げる。
が、余りにも大振りなそれを防ぐ事は容易く、連音は当て身からのカウンターを狙う。

「―――ッ!?」
左腕で受け止めた瞬間、脳内で警報が鳴り響いた。瞬間、連音は腕部の装甲をパージし、左腕を引き抜いた。

それと同時に、グリフォンの爪がアームガードを紙屑のように握り潰した。
というより、アームガードが圧壊したように連音には見えた。

「――本当、むかつく位に勘が良いわね」
グリフォンが潰れたそれを放り捨てながら、肩を竦めた。
「やはり、まだ奥の手を隠し持っていたか」
「あたしの念動力はちょっと特殊でね……直接、触れている物にしか干渉出来ないのよ。代わりに、普通よりもずっと強力なんだけど」
「流星錘を操り、威力を高めていたのはその力か……厄介だな、むかつく程に」
連音は苦無を抜き、二刀を構える。念動力もそうだが、純粋な腕力もかなりのものだ。

そしてまだ、何かを隠している。その確信が連音にはあった。



余人の目に映らぬ世界で、魔獣対竜魔の戦いは最終局面を迎えた。























「クソッ、キョウヤにも繋がらない……!もう始まっているのか……!?」
フィアッセを非常時用の部屋に送り届け、エリスは状況を確認しようと、ミーティング前に渡した無線で連絡を取ろうとした。
が、恭也にも連音にも連絡を取る事が出来ないでいた。
連音は部下からの報告で、別の刺客を追っている事は分かっている。
繋がらないという事は、イコール戦闘状態にあるという事だ。

それも、無線に出る事も出来ない位の状況で。


「如何しますか、エリス?」
「慌てないで。とにかく、ここを固めて。通路は一本道……ここさえ守れば大丈夫な筈よ」
無線機を仕舞うと銃を抜き、マガジンの段数を確認する。

部下の何人かは、別件で密かに動いている。会場そのものの警備もあり、今ここに応援は呼べない。

何が何でも、ここをこの人数で死守しなければならない。

そう、心に決意するエリス。その時だった。
「――――ッ!!」
ドアの向こう、フィアッセと部下数人がいる部屋から、爆発に似た音が響いたのだ。
「今のは!?」
「ここにいて!私が行くッ!!」

入り口を任せ、エリスは室内に踏み込んだ。










それは、一瞬の出来事だった。
壁が爆発したように破壊された瞬間、粉塵と共にエリスの部下達は一蹴された。壁や床に血飛沫が飛ぶ。
「あ……あぁ……っ!」
フィアッセは後退るが、すぐにベッドに足をぶつけてしまう。
男は打ち倒したエリスの部下達の血を振り払い、そして紳士然とした態度で恭しく頭を下げた。
「こんにちは、フィアッセ・クリステラ。いや、君にとっては……初めまして、になるのかな?」

「フィアッセッ!!」
ドアを蹴破り、エリスが踏み込んで来た。
それを見る間も無く、男はポケットに入れていた物をエリスに向かって放り投げる。
「――ッ!!」
エリスは迷い無く引き金を引き、それを撃ち落す。
弾かれて落ちたのは、空になったスプレー缶だった。

「―――エリス・マクガーレン。君とは、久しぶりだね……」
「っ……!?」
缶に意識を取られた瞬間、男はエリスの背後を取っていた。
「……しかし、お転婆は相変わらずだ」
「クッ……!!」
エリスが、背後の敵に銃口を向けようと振り返る。
それよりも早く、男の腕が動いていた。
「エリスッ!!」
フィアッセが叫ぶ。エリスの視界に、不適に笑う男の顔と銀色の影が映った。













「ぅう………?痛……っ!?」
朦朧とする意識の中で、エリスは目を覚ます。と、同時に頭に走る鋭い痛み。
「フィ……アッセ……?」
ふらつく足取りで立ち上がり、部屋を見回す。室内には倒れた部下以外に人は無く、オートロックのドアが開け放たれたままであった。
そこには、ドアを守っていた部下が倒れており、それがつっかえとなって、閉じる事を邪魔していた。

徐々にハッキリしてきた意識の中で、エリスは悟る。


「―――クソッ!!」

壁を殴りつけ、悔しさをぶつける。

エリスは無線で他にいる部下に救護班を呼ぶように連絡をする。
そして最後に、こう付け加えた。

「―――フィアッセが、連れ去られた……!!」





















作者さんへの感想、指摘等ありましたらメ−ル投稿小説感想板
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